ゲスト
(ka0000)
【春郷祭】春山登山も楽じゃない!
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/05/22 19:00
- 完成日
- 2019/05/31 00:47
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
その日は素晴らしいお天気だった。
マリナ・リヴェール(kz0272)を先頭に、一行は雪解け水でぬかるむ山道を軽快に歩いていく。
「まるでトレッキングね! この調子ならお昼前に到着するわよ」
マリナも上機嫌だ。
空は青く、空気は澄んで、鳥の鳴く声も心地よい。
目的地はジェオルジのとある山中にある、精霊の憑代の岩だ。
マリナ達サルヴァトーレ・ロッソの元乗員達が移民したバチャーレ村から、谷を越えたちょうど向こう側にあたる。
バチャーレ村近隣で祀る地精霊マニュス・ウィリディスの依頼で、精霊の力を取り戻すための参拝が決行されたのは冬のことだった。
そこで出会ったサニディンという名前の精霊は、小さな男の子の姿をしていた。
「サニディン……鉱石としては、ムーンストーンの親戚みたいな感じね」
実際、憑代の大岩の表面は滑らかに、白く美しく輝いていた。
雪の中でも美しかったが、緑に包まれた山の中ではより映えるだろう。
サニディンとは、春になったらまた改めて来ると約束した。
ちょうどジェオルジの春の郷祭も近い頃でもあり、ご機嫌伺いにやって来たという訳だ。
そうして一行は、目的の岩が遠く見えるポイントにたどり着いたのだが。
「え? ここ、何があったの……?」
マリナが困惑して辺りを見回す。
岩まであと少しというところで道は途切れ、地面には巨大な亀裂が走っている。
歪虚王との闘いの余波か、雪が溶けて緩んだ地面に異変が起きたのかはわからないが、飛び越えて渡るのは難しそうだ。
「どうしよう。ロープを渡せばなんとかなるかな? それとも装備を整えて出直す?」
マリナは全員の返事を待つ。
その日は素晴らしいお天気だった。
マリナ・リヴェール(kz0272)を先頭に、一行は雪解け水でぬかるむ山道を軽快に歩いていく。
「まるでトレッキングね! この調子ならお昼前に到着するわよ」
マリナも上機嫌だ。
空は青く、空気は澄んで、鳥の鳴く声も心地よい。
目的地はジェオルジのとある山中にある、精霊の憑代の岩だ。
マリナ達サルヴァトーレ・ロッソの元乗員達が移民したバチャーレ村から、谷を越えたちょうど向こう側にあたる。
バチャーレ村近隣で祀る地精霊マニュス・ウィリディスの依頼で、精霊の力を取り戻すための参拝が決行されたのは冬のことだった。
そこで出会ったサニディンという名前の精霊は、小さな男の子の姿をしていた。
「サニディン……鉱石としては、ムーンストーンの親戚みたいな感じね」
実際、憑代の大岩の表面は滑らかに、白く美しく輝いていた。
雪の中でも美しかったが、緑に包まれた山の中ではより映えるだろう。
サニディンとは、春になったらまた改めて来ると約束した。
ちょうどジェオルジの春の郷祭も近い頃でもあり、ご機嫌伺いにやって来たという訳だ。
そうして一行は、目的の岩が遠く見えるポイントにたどり着いたのだが。
「え? ここ、何があったの……?」
マリナが困惑して辺りを見回す。
岩まであと少しというところで道は途切れ、地面には巨大な亀裂が走っている。
歪虚王との闘いの余波か、雪が溶けて緩んだ地面に異変が起きたのかはわからないが、飛び越えて渡るのは難しそうだ。
「どうしよう。ロープを渡せばなんとかなるかな? それとも装備を整えて出直す?」
マリナは全員の返事を待つ。
リプレイ本文
●
景色こそ素晴らしいが、楽しいだけの路程ではなかった。
天央 観智(ka0896)は辺りに注意を払いつつ、ぬかるみを歩いてきたことを思い出す。
「護衛任務……ですが。歪虚よりも、道中が難敵……かも、とは思っていました」
だがいざ現地までたどり着いてみると、ぬかるみどころの騒ぎではなかったのである。
「まぁ……どちらに対しても、油断は禁物……ということになりますか」
前方には青空。足元は深い谷。
崖を覗き込んだユメリア(ka7010)が、思わず後ずさりするほどの高低差だ。
「困ってしまいましたね。私もそれほどこうした状況には慣れておりませんので」
ユメリアが自分ひとりならどうにでもなるが、荷物も多い団体だ。
「装備を整えて出直したほうがいいかな」
マリナの困惑しきった表情を見て、鞍馬 真(ka5819)は穏やかに微笑んだ。
「まあ、ここまで来て帰るよりは、どうにかできないかやってみようよ」
トリプルJ(ka6653)も崖の向こうの景色を眺め、続行を提案する。
「ああ、小さい子供でもいりゃ少し考えるが、ここに居るのは覚醒できる大人ばっかりだろうが。このまま進めばいいんじゃね?」
「もう少し詳しく状況を確認してみよう」
カイン・シュミート(ka6967)がモフロウを放した。
「ファミリアズアイ」で共有する視界で、崖の様子を見る。
(落ちたら普通にやばい奴だな)
断面はいかにももろそうで、伝って降りるのは無理だと仲間に伝える。
その間に、天王寺茜(ka4080)は辺りを一通り見て来た。
「そうですね……こういうのは、どうでしょう?」
茜は両岸にある、いくつかの丈夫そうな大木や岩を指さした。
「飛ぶ手段を持っている人が、ロープを2本持ってあちらに渡ります。ザイルとフックを使って1本に身体を吊るして、もう1本を手で引っ張って崖を渡るんです」
「じゃあ俺が先行するぜ」
トリプルJが立候補した。
「複数あったほうが早いだろう。ロープに重りをつけて投げてみよう」
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)も続く。
スキル「アイテムスロー」でどうにか届く距離だった。
「先にロープを渡す方法ですね。ではこのロープもお使いください」
ユメリアがロープを持ち出した。
「色々と準備しておいたのが、役に立ったな」
「ああ。山道なんてちっとのことで崩れるからなあ。山開き前に補修が必要なことくらいあるもんだ」
ふたりはロープの強度を確かめ、準備する。
マリナが興味津々という様子で見守っていると、トリプルJはにやりと笑いかけた。
「ああ、ちゃんとフォローしてやるからな。怖いならお姫様抱っこで運んでやるぜ、マリナ」
「そっちのほうが落っことされそうだけどね」
苦笑いのマリナに、トリプルJはとんでもないという表情を返す。
「心配すんな。全員お姫様抱っこで渡してやっても俺は構わねえぜ?」
マリナは顔をルトガーに向け、じっと見つめた。
ルトガーが含み笑いを返す。
「では運んでもらおうか。滅多にない経験だからな」
そこで、くすっと笑ったのはマリィア・バルデス(ka5848)だ。
「あらごめんなさい。ちょっと光景を想像してしまったわ」
茜が目をつけた候補の木を、ロープの角度や周囲の状況などから確認してきたという。
「強度は問題なさそうよ。でも念のため、私が最後に渡るわ。何かが出てきてもある程度対応出来る人間が最後に渡った方が良いと思うもの」
以前には歪虚の襲撃もあった。ロープを切る知能はなくとも、途中で襲撃を受ける危険は否定できなかった。
そもそも先に行くことを選んだトリプルJも、マリィアも、元軍属だ。
踏破訓練の経験もあり、フォローも互いの状況の把握も易いだろうという目論見である。
観智は6色の宝石をあしらった杖を持ち出す。
「僕は……マジックフライト、を使おうかと思います……ロープにだけに頼るよりは、安全でしょう……。保険ですね……」
それから全員の顔を順に見渡す。
「回数に限りはありますが……保険として使うなら、他にもご希望の方がいれば……」
飛ぶ手段を持っているのは、観智のほかには茜、トリプルJ、カイン、ユメリア。
最後に渡ると宣言したマリィアが譲る。
「私は大丈夫よ。適当な得物もないわね。代わりに荷物をお願いできるかしら」
マリナとルトガーは装備品にマジックフライトをかけてもらうことにした。
マリナは自分の杖を手に、思案する。
「帰りの分も、いるのよね」
渡ったからには帰りもこのルートなのだ。だから片道で使い切らない方が良い。
「そうですね……僕を含めて3人なら、問題ないかと思います……」
観智が請け合ったので、マリナもほっとした様子で表情を緩ませた。
●
カインは崖を見て回り、飛び越える幅が少しでも狭い場所を探す。
だが、向こう岸が崩れやすいようなところでは話にならない。
トリプルJが「天駆けるもの」による幻影の翼を開いて、ロープを持って渡っていく。
ルトガーが投げたロープは、向こう岸の岩に引っ掛かっていた。
カインと茜が「ジェットブーツ」で空中に飛び出す。
「先に行きますね」
後はアルケミックフライトで飛行し、無事に向こう岸に着地した。
ロープを固定する木を探し、しっかり結びつける。
茜は顔を上げ、柔らかな草が揺れる美しい光景にほっと息をついた。
(前に来た時は雪が積もってたけど、景色が全然違うわね)
白一色の世界も美しかったが、生命に満ちた景色は格別の美しさだ。
(サニディン、この間は眠そうだったけど今はどうかしら)
早く逢いに行くためにも、全員がこちら側へ到着しなければならない。
カインの合図を受け、真がまずロープに取りついた。
「一応これでもバランス感覚には自信がある……気がする」
仮に滑り落ちた場合に、崖に取りつけるよう「壁歩き」を使う。
ロープをしっかり握り締め、命綱を腰につける。
「何かあったらゆっくり降ろすぐらいはできるからな。落ち着いていけ」
トリプルJが傍を飛びながら見守る。
「ああ、頼りにしているよ」
身体を預けると、ロープはたわみ、真の身体が揺れた。
(吹き上げる風が意外と強いんだな。それに、冷たい)
あまり時間をかけると握力が落ちそうだった。
真が渡り切ると、茜とカインが手助けして崖に登らせる。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「少し頼りないけれどね。何とかなると思う」
観智とルトガー、マリナはそれぞれの得物にとりつき、念のために命綱を腰につけてロープの傍を飛行する。
「す、すごいわね。こんな方法で飛べるなんて!」
「しっかり……杖を握って……手を離さないように、気をつけてください……」
観智がマリナに注意を促す。手を離せばスキルの効果は切れ、即座に落下だ。
ユメリアは魔箒を操りながら、マリナが緊張のあまり落ちないように、敢えて穏やかな声をかけた。
「初めてなのにお上手です。もういつでも飛べますよ」
「が、がんばるわ!」
本当なら手を握って安心させてやりたいが、相手が手を離せないので声をかけるしかない。
それでもどうにか渡り切った。
ユメリアはマリナのこわばった手を握り、優しく包み込む。
「よかったですわ! マリナ様、お疲れ様です。ロープを渡してくださった皆様にもお礼を申し上げなくては」
「ほんと、助かったわ。もうあきらめるしかないと思ったもの」
マリナもやっと肩の力を抜くことができたようだった。
こうして全員が渡ったのを確認し、最後にマリィアが渡ってくる。
揃ったところで、改めてサニディンの岩へと向かう。
●
ようやく、目的の岩が見える場所にたどり着く。
「ここは寒いせいか、思ったよりも蔓草が絡んだりはしていないね」
真はそう言いながら、白く輝く岩を撫でる。
「簡単に掃除を済ませたら、皆のお供え物を並べよう」
そうしてそれぞれが苦労して持参した物を取り出した。
真はお菓子と木の実を。
「なにか祈りの言葉なんかも必要なのかな。でもそこはマリナさんに任せるよ」
「前は呼んだら答えてくださったけどね」
マリナは跪くと歌うように何か呟き始めた。マニュスに教わった、精霊に届く言葉だ。
茜は自分の鞄から、緑色の実が並んだトウモロコシを取り出した。
「サニディン様、いらっしゃいますか? 私のお供えはコレ、ヒスイトウモロコシです!」
旬には少し早いが、幸い早く収穫できたものを分けてもらったのだ。
「この鮮やかな緑も、もう慣れてきちゃったわねえ……」
持参したスキレットで焼き目をつけても、見事な緑色。だがこれぞジェオルジ産という存在感はある。
バターと醤油の焦げる良い匂いが辺りに立ち込めた。
「あらいい匂いね。私もちょっとお供えを用意したのよ」
マリィアが持参したのは、具沢山のバケットサンドだ。同行者全員分に、1名分をプラスして。
「それからこれね」
乳白色に輝く小さな石を飾る。
(早く貴方もマニュス様のように人に好かれ参拝される精霊になれますように)
もし信仰が力になるなら、人に好かれる方が良いはずだ。
私たちはあなたを好きだと、だからこうしてお守りにしているのだと、精霊に伝えたい。
ユメリアは暫く岩に手を触れ、精霊を感じ取ろうとするかのように目を閉じていた。
目には見えない力。人の使う言葉。勇気。
ユメリア自身も、そんな力で生かされていると思う。
「私には特別な力はありませんが。精霊様に捧げる音楽を奏でましょう」
持参したリュートを抱え直すと、白い指が感謝を込めて音を紡ぎ出す。
山の清涼な空気に混じりあうように、流麗な音が広がっていく。
暫くすると岩の表面が淡く光り、やがて光は10歳ぐらいの少年の姿をかたどる。
「あー、人間だ。なんかいいことがあったみたいだね」
精霊にも、歪虚王が討伐されたことは感じ取れたらしい。
以前より流暢に語り掛けてくる精霊の様子には、どこか余裕が感じられた。
「ええ。今日はお礼を兼ねて、ご挨拶に。ところでここ、何があったんですか?」
マリナが今渡ってきた崖の方を示した。
「山の方のやつが寝ぼけたんじゃない?」
精霊にとっては山の地形の変動は、大きな問題ではないらしい。
観智が興味深そうに、サニディンの傍に近づいた。
小さな精霊は岩のくぼみに胡坐をかいている。
「こんにちは……サニディンさん。このあたりには、他にも精霊さんが……いるのでしょうか」
「うん、この周りにもいるよ。人間には見えないのかな」
観智は思わず周囲を見渡した。だが元々人間とのかかわりが薄い精霊とは、互いを認識するのが難しいのかもしれない。
「見えると……嬉しいですね……いろいろお話も聞きたいです……」
真は親しい友人に話しかけるように挨拶した。
「おはよう。また来るって約束を果たしに来たよ。……覚えていてくれるかな。だったら嬉しいんだけどね」
精霊とはいえ、見た目が子供なのでどうしてもフランクになる。
だがサニディンはあまり気にしないようだ。
「覚えてるよ。約束、守ってくれたね」
「そうだね。どう、もうざわざわはしない?」
サニディンがにっこり笑う。
「うん、大丈夫だよ。あいつ、もういなくなったのかな」
「大精霊様が力を貸してくれたからね。他の精霊様にも、みんな本当に感謝しているよ」
「そっか。じゃあもうざわざわはないね」
茜はサニディンがどこか安堵したように見えた。
「安心してください。もう大丈夫ですよ。だからもし良かったら、バチャーレ村にも来てください」
サニディンが不思議そうに小首をかしげた。
「行く?」
サニディンは自分が座っている石を撫でる。
「オレ、これ。行くって、動くってこと?」
マリナが笑いながら補足する。
「いろんな精霊様がいるの。でも精霊様も私たちをまとめて『ひと』って呼ぶものね」
マニュスやサニディンのようなタイプの精霊は、人間に知覚できる形をとっている間マテリアルを消費し続ける。
憑代から離れればじきに消えてしまうのだ。
「そうなんですね……」
茜は残念に思うが、サニディンは特に気にしていないらしい。
そのとき、空に向けて光弾が奔り、花火のような閃光が飛び散った。
ルトガーの飛ばした「ワンダーフラッシュ」だ。
「騒がしいのは平気かな。お礼になればいいんだが」
「へえ、昼の星だね。面白いな」
ひとしきり光を飛ばした後、改めてルトガーは持参した供え物を差し出す。
「俺の気に入っている地酒だ。マニュス様もお気に入りだぞ。こっちは春野菜だ。農家が心を込めて作った子供達だ」
人間にもいろいろな性格を持つ者がいるように、精霊だってそうだろう。
あくまでも人とは違う存在だ。だがその違いを不安がるだけでなく、手探りで互いを理解しようとする過程は実に楽しい。
「そうだ、こっちはマリナ。マニュス様の名代だ」
「え?」
いきなり前に押し出され、マリナはびっくりしたようだ。
「いい役目を得たな。頑張れよ」
肩を軽く叩き、微笑みかける。
入れ替わりに、トリプルJがキアーラ石を供えて戻って来た。
「あの石が話し相手になりゃいいと思ってな。ところで、これからどの位のペースでサニディンに会いに来る予定なんだ?」
「郷祭の時期になるかな。まだ決めていないけど」
「……お前、本当にここに馴染んだなあ」
「そう?」
笑うマリナの耳に、消えそうな呟きが届く。
「嬉しくもあり寂しくもあり、だな」
真面目な表情で自分を見るトリプルJに、マリナは言葉を探す。
「……まだ帰りたい気持ちはあるの。でも悩むのは、選べるようになってからかな。今は目の前にあることに精一杯取り組むだけ」
トリプルJは静かに頷く。
「じゃあマリナ、俺達が邪神戦争に行ってる間も、精霊達が寂しがらないよう会いに行ってくれるか」
「……勿論。皆を守ってくれるように、大精霊様にもお願いしてもらうわ」
「うん。そうか」
カインは草木染のヴェールとリボンを持って、サニディンに語り掛けた。
「久し振り。あなたが息災なら嬉しい」
ややぎこちない言葉は、目上と認めたためでもある。
「蓬で染めたんだ。会う約束はしてたから布は染めてたが……今回は作るところからお見せしようと思って」
造花を手早く作り、それを供える。
「それからこれも。食べる、わけじゃないのか。スモアって菓子だが……口に合えば嬉しい」
火で炙ったマシュマロをクッキーに挟んで進呈する。
「今日は晴れてよかった」
「晴れが好きなの?」
サニディンが尋ねると、カインは少し答えに悩む。
大地に降る雨は、大事な恵みでもあるからだ。
「雨も嫌いじゃない」
「じゃあ、いつもよかったでいいよね」
「そうかもしれない」
カインも認め、僅かに唇をほころばせた。
言葉にできない沢山のことを、短い言葉にして。
願いが、想いが、この星と共にあるようにと祈る。
今できることは、それだけだった。
<了>
景色こそ素晴らしいが、楽しいだけの路程ではなかった。
天央 観智(ka0896)は辺りに注意を払いつつ、ぬかるみを歩いてきたことを思い出す。
「護衛任務……ですが。歪虚よりも、道中が難敵……かも、とは思っていました」
だがいざ現地までたどり着いてみると、ぬかるみどころの騒ぎではなかったのである。
「まぁ……どちらに対しても、油断は禁物……ということになりますか」
前方には青空。足元は深い谷。
崖を覗き込んだユメリア(ka7010)が、思わず後ずさりするほどの高低差だ。
「困ってしまいましたね。私もそれほどこうした状況には慣れておりませんので」
ユメリアが自分ひとりならどうにでもなるが、荷物も多い団体だ。
「装備を整えて出直したほうがいいかな」
マリナの困惑しきった表情を見て、鞍馬 真(ka5819)は穏やかに微笑んだ。
「まあ、ここまで来て帰るよりは、どうにかできないかやってみようよ」
トリプルJ(ka6653)も崖の向こうの景色を眺め、続行を提案する。
「ああ、小さい子供でもいりゃ少し考えるが、ここに居るのは覚醒できる大人ばっかりだろうが。このまま進めばいいんじゃね?」
「もう少し詳しく状況を確認してみよう」
カイン・シュミート(ka6967)がモフロウを放した。
「ファミリアズアイ」で共有する視界で、崖の様子を見る。
(落ちたら普通にやばい奴だな)
断面はいかにももろそうで、伝って降りるのは無理だと仲間に伝える。
その間に、天王寺茜(ka4080)は辺りを一通り見て来た。
「そうですね……こういうのは、どうでしょう?」
茜は両岸にある、いくつかの丈夫そうな大木や岩を指さした。
「飛ぶ手段を持っている人が、ロープを2本持ってあちらに渡ります。ザイルとフックを使って1本に身体を吊るして、もう1本を手で引っ張って崖を渡るんです」
「じゃあ俺が先行するぜ」
トリプルJが立候補した。
「複数あったほうが早いだろう。ロープに重りをつけて投げてみよう」
ルトガー・レイヴンルフト(ka1847)も続く。
スキル「アイテムスロー」でどうにか届く距離だった。
「先にロープを渡す方法ですね。ではこのロープもお使いください」
ユメリアがロープを持ち出した。
「色々と準備しておいたのが、役に立ったな」
「ああ。山道なんてちっとのことで崩れるからなあ。山開き前に補修が必要なことくらいあるもんだ」
ふたりはロープの強度を確かめ、準備する。
マリナが興味津々という様子で見守っていると、トリプルJはにやりと笑いかけた。
「ああ、ちゃんとフォローしてやるからな。怖いならお姫様抱っこで運んでやるぜ、マリナ」
「そっちのほうが落っことされそうだけどね」
苦笑いのマリナに、トリプルJはとんでもないという表情を返す。
「心配すんな。全員お姫様抱っこで渡してやっても俺は構わねえぜ?」
マリナは顔をルトガーに向け、じっと見つめた。
ルトガーが含み笑いを返す。
「では運んでもらおうか。滅多にない経験だからな」
そこで、くすっと笑ったのはマリィア・バルデス(ka5848)だ。
「あらごめんなさい。ちょっと光景を想像してしまったわ」
茜が目をつけた候補の木を、ロープの角度や周囲の状況などから確認してきたという。
「強度は問題なさそうよ。でも念のため、私が最後に渡るわ。何かが出てきてもある程度対応出来る人間が最後に渡った方が良いと思うもの」
以前には歪虚の襲撃もあった。ロープを切る知能はなくとも、途中で襲撃を受ける危険は否定できなかった。
そもそも先に行くことを選んだトリプルJも、マリィアも、元軍属だ。
踏破訓練の経験もあり、フォローも互いの状況の把握も易いだろうという目論見である。
観智は6色の宝石をあしらった杖を持ち出す。
「僕は……マジックフライト、を使おうかと思います……ロープにだけに頼るよりは、安全でしょう……。保険ですね……」
それから全員の顔を順に見渡す。
「回数に限りはありますが……保険として使うなら、他にもご希望の方がいれば……」
飛ぶ手段を持っているのは、観智のほかには茜、トリプルJ、カイン、ユメリア。
最後に渡ると宣言したマリィアが譲る。
「私は大丈夫よ。適当な得物もないわね。代わりに荷物をお願いできるかしら」
マリナとルトガーは装備品にマジックフライトをかけてもらうことにした。
マリナは自分の杖を手に、思案する。
「帰りの分も、いるのよね」
渡ったからには帰りもこのルートなのだ。だから片道で使い切らない方が良い。
「そうですね……僕を含めて3人なら、問題ないかと思います……」
観智が請け合ったので、マリナもほっとした様子で表情を緩ませた。
●
カインは崖を見て回り、飛び越える幅が少しでも狭い場所を探す。
だが、向こう岸が崩れやすいようなところでは話にならない。
トリプルJが「天駆けるもの」による幻影の翼を開いて、ロープを持って渡っていく。
ルトガーが投げたロープは、向こう岸の岩に引っ掛かっていた。
カインと茜が「ジェットブーツ」で空中に飛び出す。
「先に行きますね」
後はアルケミックフライトで飛行し、無事に向こう岸に着地した。
ロープを固定する木を探し、しっかり結びつける。
茜は顔を上げ、柔らかな草が揺れる美しい光景にほっと息をついた。
(前に来た時は雪が積もってたけど、景色が全然違うわね)
白一色の世界も美しかったが、生命に満ちた景色は格別の美しさだ。
(サニディン、この間は眠そうだったけど今はどうかしら)
早く逢いに行くためにも、全員がこちら側へ到着しなければならない。
カインの合図を受け、真がまずロープに取りついた。
「一応これでもバランス感覚には自信がある……気がする」
仮に滑り落ちた場合に、崖に取りつけるよう「壁歩き」を使う。
ロープをしっかり握り締め、命綱を腰につける。
「何かあったらゆっくり降ろすぐらいはできるからな。落ち着いていけ」
トリプルJが傍を飛びながら見守る。
「ああ、頼りにしているよ」
身体を預けると、ロープはたわみ、真の身体が揺れた。
(吹き上げる風が意外と強いんだな。それに、冷たい)
あまり時間をかけると握力が落ちそうだった。
真が渡り切ると、茜とカインが手助けして崖に登らせる。
「お疲れ様です。どうでしたか?」
「少し頼りないけれどね。何とかなると思う」
観智とルトガー、マリナはそれぞれの得物にとりつき、念のために命綱を腰につけてロープの傍を飛行する。
「す、すごいわね。こんな方法で飛べるなんて!」
「しっかり……杖を握って……手を離さないように、気をつけてください……」
観智がマリナに注意を促す。手を離せばスキルの効果は切れ、即座に落下だ。
ユメリアは魔箒を操りながら、マリナが緊張のあまり落ちないように、敢えて穏やかな声をかけた。
「初めてなのにお上手です。もういつでも飛べますよ」
「が、がんばるわ!」
本当なら手を握って安心させてやりたいが、相手が手を離せないので声をかけるしかない。
それでもどうにか渡り切った。
ユメリアはマリナのこわばった手を握り、優しく包み込む。
「よかったですわ! マリナ様、お疲れ様です。ロープを渡してくださった皆様にもお礼を申し上げなくては」
「ほんと、助かったわ。もうあきらめるしかないと思ったもの」
マリナもやっと肩の力を抜くことができたようだった。
こうして全員が渡ったのを確認し、最後にマリィアが渡ってくる。
揃ったところで、改めてサニディンの岩へと向かう。
●
ようやく、目的の岩が見える場所にたどり着く。
「ここは寒いせいか、思ったよりも蔓草が絡んだりはしていないね」
真はそう言いながら、白く輝く岩を撫でる。
「簡単に掃除を済ませたら、皆のお供え物を並べよう」
そうしてそれぞれが苦労して持参した物を取り出した。
真はお菓子と木の実を。
「なにか祈りの言葉なんかも必要なのかな。でもそこはマリナさんに任せるよ」
「前は呼んだら答えてくださったけどね」
マリナは跪くと歌うように何か呟き始めた。マニュスに教わった、精霊に届く言葉だ。
茜は自分の鞄から、緑色の実が並んだトウモロコシを取り出した。
「サニディン様、いらっしゃいますか? 私のお供えはコレ、ヒスイトウモロコシです!」
旬には少し早いが、幸い早く収穫できたものを分けてもらったのだ。
「この鮮やかな緑も、もう慣れてきちゃったわねえ……」
持参したスキレットで焼き目をつけても、見事な緑色。だがこれぞジェオルジ産という存在感はある。
バターと醤油の焦げる良い匂いが辺りに立ち込めた。
「あらいい匂いね。私もちょっとお供えを用意したのよ」
マリィアが持参したのは、具沢山のバケットサンドだ。同行者全員分に、1名分をプラスして。
「それからこれね」
乳白色に輝く小さな石を飾る。
(早く貴方もマニュス様のように人に好かれ参拝される精霊になれますように)
もし信仰が力になるなら、人に好かれる方が良いはずだ。
私たちはあなたを好きだと、だからこうしてお守りにしているのだと、精霊に伝えたい。
ユメリアは暫く岩に手を触れ、精霊を感じ取ろうとするかのように目を閉じていた。
目には見えない力。人の使う言葉。勇気。
ユメリア自身も、そんな力で生かされていると思う。
「私には特別な力はありませんが。精霊様に捧げる音楽を奏でましょう」
持参したリュートを抱え直すと、白い指が感謝を込めて音を紡ぎ出す。
山の清涼な空気に混じりあうように、流麗な音が広がっていく。
暫くすると岩の表面が淡く光り、やがて光は10歳ぐらいの少年の姿をかたどる。
「あー、人間だ。なんかいいことがあったみたいだね」
精霊にも、歪虚王が討伐されたことは感じ取れたらしい。
以前より流暢に語り掛けてくる精霊の様子には、どこか余裕が感じられた。
「ええ。今日はお礼を兼ねて、ご挨拶に。ところでここ、何があったんですか?」
マリナが今渡ってきた崖の方を示した。
「山の方のやつが寝ぼけたんじゃない?」
精霊にとっては山の地形の変動は、大きな問題ではないらしい。
観智が興味深そうに、サニディンの傍に近づいた。
小さな精霊は岩のくぼみに胡坐をかいている。
「こんにちは……サニディンさん。このあたりには、他にも精霊さんが……いるのでしょうか」
「うん、この周りにもいるよ。人間には見えないのかな」
観智は思わず周囲を見渡した。だが元々人間とのかかわりが薄い精霊とは、互いを認識するのが難しいのかもしれない。
「見えると……嬉しいですね……いろいろお話も聞きたいです……」
真は親しい友人に話しかけるように挨拶した。
「おはよう。また来るって約束を果たしに来たよ。……覚えていてくれるかな。だったら嬉しいんだけどね」
精霊とはいえ、見た目が子供なのでどうしてもフランクになる。
だがサニディンはあまり気にしないようだ。
「覚えてるよ。約束、守ってくれたね」
「そうだね。どう、もうざわざわはしない?」
サニディンがにっこり笑う。
「うん、大丈夫だよ。あいつ、もういなくなったのかな」
「大精霊様が力を貸してくれたからね。他の精霊様にも、みんな本当に感謝しているよ」
「そっか。じゃあもうざわざわはないね」
茜はサニディンがどこか安堵したように見えた。
「安心してください。もう大丈夫ですよ。だからもし良かったら、バチャーレ村にも来てください」
サニディンが不思議そうに小首をかしげた。
「行く?」
サニディンは自分が座っている石を撫でる。
「オレ、これ。行くって、動くってこと?」
マリナが笑いながら補足する。
「いろんな精霊様がいるの。でも精霊様も私たちをまとめて『ひと』って呼ぶものね」
マニュスやサニディンのようなタイプの精霊は、人間に知覚できる形をとっている間マテリアルを消費し続ける。
憑代から離れればじきに消えてしまうのだ。
「そうなんですね……」
茜は残念に思うが、サニディンは特に気にしていないらしい。
そのとき、空に向けて光弾が奔り、花火のような閃光が飛び散った。
ルトガーの飛ばした「ワンダーフラッシュ」だ。
「騒がしいのは平気かな。お礼になればいいんだが」
「へえ、昼の星だね。面白いな」
ひとしきり光を飛ばした後、改めてルトガーは持参した供え物を差し出す。
「俺の気に入っている地酒だ。マニュス様もお気に入りだぞ。こっちは春野菜だ。農家が心を込めて作った子供達だ」
人間にもいろいろな性格を持つ者がいるように、精霊だってそうだろう。
あくまでも人とは違う存在だ。だがその違いを不安がるだけでなく、手探りで互いを理解しようとする過程は実に楽しい。
「そうだ、こっちはマリナ。マニュス様の名代だ」
「え?」
いきなり前に押し出され、マリナはびっくりしたようだ。
「いい役目を得たな。頑張れよ」
肩を軽く叩き、微笑みかける。
入れ替わりに、トリプルJがキアーラ石を供えて戻って来た。
「あの石が話し相手になりゃいいと思ってな。ところで、これからどの位のペースでサニディンに会いに来る予定なんだ?」
「郷祭の時期になるかな。まだ決めていないけど」
「……お前、本当にここに馴染んだなあ」
「そう?」
笑うマリナの耳に、消えそうな呟きが届く。
「嬉しくもあり寂しくもあり、だな」
真面目な表情で自分を見るトリプルJに、マリナは言葉を探す。
「……まだ帰りたい気持ちはあるの。でも悩むのは、選べるようになってからかな。今は目の前にあることに精一杯取り組むだけ」
トリプルJは静かに頷く。
「じゃあマリナ、俺達が邪神戦争に行ってる間も、精霊達が寂しがらないよう会いに行ってくれるか」
「……勿論。皆を守ってくれるように、大精霊様にもお願いしてもらうわ」
「うん。そうか」
カインは草木染のヴェールとリボンを持って、サニディンに語り掛けた。
「久し振り。あなたが息災なら嬉しい」
ややぎこちない言葉は、目上と認めたためでもある。
「蓬で染めたんだ。会う約束はしてたから布は染めてたが……今回は作るところからお見せしようと思って」
造花を手早く作り、それを供える。
「それからこれも。食べる、わけじゃないのか。スモアって菓子だが……口に合えば嬉しい」
火で炙ったマシュマロをクッキーに挟んで進呈する。
「今日は晴れてよかった」
「晴れが好きなの?」
サニディンが尋ねると、カインは少し答えに悩む。
大地に降る雨は、大事な恵みでもあるからだ。
「雨も嫌いじゃない」
「じゃあ、いつもよかったでいいよね」
「そうかもしれない」
カインも認め、僅かに唇をほころばせた。
言葉にできない沢山のことを、短い言葉にして。
願いが、想いが、この星と共にあるようにと祈る。
今できることは、それだけだった。
<了>
依頼結果
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相談卓 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/05/22 17:29:14 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/05/22 04:44:58 |