• 血断

【血断】昨日が消えようと夢は続く

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~4人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/05/28 09:00
完成日
2019/05/29 22:09

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 ノアーラ・クンタウで久しぶりに顔を合わせたあの後。
 問いに、そして寝ている間に突き付けられた選択に、しっかり考えてから答えたいと一旦時間を置いて、そして今日、伊佐美 透とその相棒チィ=ズヴォーはハンターオフィスのロビーで改めて顔を合わせていた。
「……考えたけど、俺はやっぱり、封印を選ぼうと思ってる」
 透はまず、静かにそう切り出した。落ち着いたその声音にはだが、苦しげなものも確かに感じ取れた。そうだろう、それは……別れを意味する選択なのだから。そうなるかもしれない、と覚悟してきたつもりでも、自らの手でそれを選べ、と言われるのは苦渋があった。
「そうですかい……」
 ポツリとチィが答える、その声には。寂しさは間違いなくあったが、失望では無かった。そのまま、チィはただ向き合っている。また話し合おうと決めた相棒、それが出した答えがどのような想いによるのか、まずはキチンと向き合おうと。
「……お前からの問いは、よく考えたよ。俺にとってのこの世界。お前との時間が、何だったのか──勿論、かけがえのないものだったよ。無駄なんかじゃ、無い。この五年間、役者としては遠回りになったかもしれない。衰えた技術、出遅れた時間も間違いなくあるだろう……でも、今の俺だから表現できるものがある。今はそう、確信してる」
 透の言葉に、チィはやはり寂しそうなまま、それでも安堵するように、納得するように微笑んで、頷いた。
「だから……俺は、伝えていきたい。俺がこの世界で何を貰ったのかを、役者としての人生を通して、人々に観せて、発信していきたい。そのためにはやっぱり……帰る世界が、平和じゃなきゃ、意味がない」
 向き合ってくるチィに、透もまた、目を逸らさずに答えた。苦しさは、申し訳なさはある。この五年間は相棒と共に在った五年間で……それでも。戦ってきた目的は、リアルブルーへ帰ること、帰ってまた舞台に立つという夢を叶えることだった。……邪神を倒すことじゃない。『元の世界に』帰ることだ……傷付いた、故郷だった場所では無く。
「別れることは……辛いよ。ごめん、なんていくら言っても足りないことも、さ。……でも、だから俺のすべてを使って、伝えていく。おとぎ話なんかにさせない、昔話なんかにさせない。この世界は、お前をはじめとした、この世界の人たちは、間違いなく今も存在するんだって。忘れさせない……いつか俺の世界の人々が、神の力に依らずこの世界に会いに来るまで!」
 大それたことを。根拠もない願望を口にしているとは分かっている。結局自分を納得させるための詭弁なのかもしれない……と。
 それでも。
 別れたくない、その為に巻き込めるのか、多くの人を。いや、おためごかしはやめよう。殲滅となればクリムゾンウェストでもリアルブルーでもその戦いは一層激しくなるのだろう。巻き込まれる。親、友人、ファンの人たち……──どうしようもなく、恐ろしい。
「……何にも聞かないのか」
 静かにこちらを、眩しそうに見つめるだけのチィに、戸惑うように透は聞き返す。
「んー……透殿のことですから、手前どもが突っ込みそうなことなんて、とっくに考えた上での結論なんじゃねえですかねって」
「だからお前は何でそう……」
 苦笑しながら。だが実際、考えてあることも有る。封印は一時しのぎに過ぎない、未来にすべてを丸投げするのか、精霊の力が失われるんだぞ……と。
 だけど。
「人はずっと、大精霊の加護を越えられないのかな、って」
 人間の持つ可能性を信じろというのならば。未来にそれを信じたっていいじゃないか。丸投げでは無く、責任をもって、伝えて、繋げていく。邪神の脅威を色褪せぬように。今大精霊によってもたらされる恩恵を、人の手で越えるまで。
 無謀だろうか。
 あまりにも浅はかなことを言っているだろうか。
 でも……そう、その浅はかさこそを、自分は一度思い知っているかもしれない、と思ったのだ。
 それは役者を目指したいと言って、上京した時の事──親元を離れて、自分の面倒はすべて自分で見ると決意して。
 生活費も自分で稼ぐ。家事も自分でやる。その上で夢を目指して行動もする。容易では無いと分かっていたつもりだった。でも安易に何とかなるというつもりでもなかった。一人分の生活費を稼ぎ、一人分の家事をすればいい……そう思って。
 二週間ほどでぶっ倒れた。
 別に身体を壊したわけじゃないが、布団からピクリとも這い出せなくなって、限界まで疲れると人間こうなるんだな、と妙な悟りを得た。
 週三、四日の、時間もフルタイムではない程度のバイト。別に毎日はやらなくとも多少は何とかなる程度の家事。……の、合間にトレーニングやらオーディションやらは入っていたが。
 一時間ほどかけて通勤して、フルタイム、残業も当たり前の仕事に顔色一つ変えずに毎日行っていた父の。パートをしながら一家四人分の家事をかかさず手を抜かずやっていた母の。普通の事だと、当たり前の事だと思っていた、その恩恵をどれほど受けていたのかを、しみじみと思い知って。
 やっぱり無理だ、帰ろうとかなり本気で思って……それでも、流石にこんな短期で、という気持ちが辛うじて勝って、食いしばって。
 ……そうするうちに。やっぱり親に面倒を見てもらっていた時ほどの生活とは言えなくても、いつの間にかそれなりにはできるようになったじゃないか、と。
「それをふと思い出したらさ、思ったんだ。……ここで大精霊と、精霊たちの力と離れなきゃいけないなら。それってつまり、必要な『親離れ』の時が来たって事じゃないかって」
 それは寂しいことだけど。
 考えようによっては、前に進むための、いつかは訪れるべき道程なんじゃないかと。
 そこまで聞いて、チィはふう、と息を吐いた。
 透の話はここで終わりなのだろう。ならば……──
「手前どもは、ですね……──」
 そうして、今度はチィが話し始める。



「どこか、ゆっくり、のんびり出かけてみたいんだけど、どこかいい場所知らないかな」
 そうして、話しかけられそうなハンターに透はそう尋ねていた。
「自分の決断、決意を固めるために。この世界をもっとよく見てかなきゃいけない。大切なものだと、大好きな場所だと、しっかり自覚して、刻んでかなきゃいけない、そう思って」
 自分が別れると決めようとしているもの。それに巻き込んで別れさせてしまうもの。景色、幻獣、思い出……──戦いの中でごまかさずに、ゆっくりとそれらの美しさに触れあって。己の残酷さに向き合って。
 楽しめば楽しむほど、悲しくなるかもしれない。揺らぐかもしれない。でも、それは乗り越えなきゃいけない。
 でも、信じたい。──……昨日までが消えてしまっても。今はその先に続く道程なんだと。

リプレイ本文

 ──いつもの、ハンターオフィスの午後。
 神代 誠一(ka2086)が忙しそうなオフィス職員、見知った彼らに会釈すると、アン=ズヴォーがそれに返してと、そんなやはり、いつも通りの時間を過ごしていると。
「わふーーー!」
 聞こえてきた声に思わず振り向く。
 見ればアルマ・A・エインズワース(ka4901)がチィへとタックルをかましているところだった。
「おお! アルマ殿じゃねえですか!」
 チィはそれをむしろ嬉しそうに受け止める。そのまま二人は勢いでくるりと回ると、互いの長い黒と銀の髪が弧を描いて舞って──それはそう、二匹の子犬が互いの尻尾を追いかけてじゃれる様を思わせた。先日のお喋りで互いにすっかり懐いたらしい。
 そこに、やはり騒ぎで気付いたのかユメリア(ka7010)が近付いてくる。
「透様、お加減は如何ですか。辺境での戦いではよくぞご無事で生きていてくださいました」
「ご心配おかけしたようで……この通り、もうすっかり平気ですから」
 恐縮気味に透が答えると、ユメリアは微笑みかけた。
「覚えていらっしゃいますか、ハロウィンカフェでの一時」
「あの時のことは特に貴女のことは良く印象に残っていますよ」
「あの時は貴方と戦うことも、こうして話すことなど思いもよりませんでした」
「……そう、ですね」
 ユメリアの言葉に、確かに数奇な縁だと感じて透は答える。
「透さん、お元気になってよかったです! 一緒にあそぶですー!」
 そこでアルマも──取り敢えずチィとは今は満足するまでじゃれつくしたという顔で──話に入ってくると、聞きつけた鞍馬 真(ka5819)も混ざってきて。
「うん、実はさ……」
 真の登場に透は気安くしたのか、出かけたいという話をここで初めて、一行が透に意識を集中する。
「……チィさん。少しの間、一緒しても?」
 誠一がチィに、遠慮がちに声をかけたのはこの時だった。



「ちゃんと話をするのははじめてですね……実は結構前から話してみたいなとは思ってたんですけどね。いつも戦場だからなかなかタイミングもなくて」
 角の取れた丸い声。
 オフィスの裏庭。木陰をくれる樹には、美しい青葉。足元には小さな花が咲いて。植え込みの向こう側からは、通りを過ぎ行く人々の気配を感じる──ささやかな、だが確かな自然の気配。この世界の。
「チィさんはリアルブルーに来たことがあると聞きました。好きになった場所とかありますか」
「そりゃ、どこもかしこも驚きでしたねぃ。面白ぇことだらけでさぁ……けど、好きな場所、ですかい」
 誠一の問いにチィは楽しそうな声を上げて、しかし次第に声を落とす。楽しい。また行きたい。そんな場所ではあるが、好きか、と言われると……覚えるのは窮屈さ。何処か自分の根元とは相容れない場所。
 誠一はどこか納得もした。
 便利だけど無機質──そんな、彼の日常があった土地。それは……
「──……空が凸凹なのが、どうにも不思議な感じでやした」
「へ?」
 思わず聞き返す。……聞き進めると高層ビル群の話らしい。何処まで見上げても、空を建物が遮っている光景。それを──そんな風に感じるのか。
 ああ、これだから対話は楽しい。
「そうですか。俺は転移してきて、自然の豊かさに驚いて。……俺はこっちに転移するまで教師だったので、まさかハンターになる日が来るなんてなぁ」
 一方的にならないよう、時に自分も語り、時に静かに耳を傾けながら会話を重ねていく。
「……そういえば透殿がそろそろこの世界に慣れてきたって頃に聞いたんでさあ。ここをどう思いやす? って」
 ふとチィは何か急に視界が開けたかのように話し始めた。
「『良い所だと思うよ……けどやっぱ、少し寂しいかな』って」
 チィはそれを、独りここに来て知人と分かたれた事かと思ったが。
「誠一殿と話してて今急に気付きやした──あの景色を過ごしてきた人たちには、この世界は逆に隙間だらけなんですかねえ」
 そうして。また一歩理解して近付けた気がするから、やっぱり行って良かったし、今少しあの景色が好きになれそうだと。
 そう話して、誠一も気付いた。
 もっと話したい、聞きたい、興味深いと思うのは──同じく相棒という無二の存在を持つ人だからか。
(俺も相棒とは偶然参加した依頼で出会って、だもんな……)
 故郷の違う二人のハンター。
 違う視点がこうやって重なるのを感じながら誠一がそう思ったところで、透が様子を見に来た。皆で出掛ける話が纏まったと。
「誠一殿も、良ければ一緒にきやす?」
 誠一は、ついそのまま頷いていた。



 そうして一行は今、見渡す限りの草原の中に居た。はしゃぐアルマ……
「あ、コメット……首根っこはだめです。だめです……」
 を、彼が連れて来たイェジド、コメットが咥えて制御する。その姿は、うちの子がすみません、と言いたげで、アルマを我が子のように思っているかのようだった。
「良し、コメット、『取ってこい』です!」
 アルマが早速とばかりに取り出したフリスビーを、コメットはやれやれと咥えると、そのまま器用に口でそれを放り投げ、アルマがキャアキャアとそれを追いかけていく……
「「「って取ってくるのそっち!?」」」
 誠一と真と透が見事にハモってツッコミを入れた。
「良し、フォンもやってみるでさあ!」
 気にせず楽しそうなアルマの様子に、チィが興味を持ったのか己のグリフォンに言って混ざる。
 そうしていると、
「え。レグルス何ちょっと興味ありそうにしてるの。私が取ってくるの……?」
 真がそうして、傍らのイェジドのソワソワした様子に気が付いて困ったように言って。仕方ないなあ、という風に近づいていくが……。
「よし! 皆の絆を見せてもらうのですよー!」
 アルマにそんな風に言われると、ちょっと本気になってたりもした。
 やがて、
「クッソなんか楽しそうだな!? おーい真、レグルスちょっと借りるぞ!?」
 誠一もそんなことを言い出して。
「……え、もしかしてこれ俺も混ざらないといけない流れか」
 流れにそっと透が呟くと。
 最終的には三匹の幻獣と五人の男(※なお全員いい年)がただ只管全力で草原を駆け回っており。
「……では私はBGMでも」
 ユメリアはそう言ってくすくすと笑ってその光景を見つめ、軽快な音楽を爪弾くのだった。

「あー……っ!」
 そのまま全員力尽きるまで走り抜けて。投げ出すように草原に身体を横たえる。
 草が柔らかく疲れ切った身体を受け止めて、濡れた額を風が撫でていく。底抜けに馬鹿みたいにはしゃいだことによる疲労は……ただただすごく気持ちよかった。
 呼吸が落ち着いて、やがて心も少し静かになってくると。ふと、透は上半身だけを起こした。すぐそばにはレグルスが居て、真から触れても大丈夫だよ、と言われていた透は、そっと手を伸ばして、その毛並みを撫でる。
「……」
 そうされるのが嬉しいのか、長い尻尾を振って喜ぶレグルスを、透は目を細めて見ていた。
 そんな透にユメリアが近づいて言う。
「私も、実は封印派です。殲滅派と比べると気弱ですか?」
 驚きの顔を向ける透に、全員が生きる道です。胸を張ってもいいと思います、とユメリア。
「神秘はすべて消えるといいますが、生きていれば奇跡は起きるものです。今日の出会いのように」
 ……奇跡は超常の力だけが起こすものではない。ならば。
「むしろ会えるように、運命が再び交差するように、成長していくことが生者の努めだと思います」
 ただ漫然と生きるのではなく、再び出会えるように、目的を持って進もうと。
 彼女がそこまで言ったところで。
「わぅー……」
 仰向けになったままのアルマが、べしょり、とでもいうような様子で声を上げた。
「オフィスで透さんのお話も聞いた……聞こえちゃったし、言いにくいですー」
 言いつつアルマは、封印だけはあり得ないです、ときっぱりと告げてきた。
「コメット達の事もですけど……僕ね、今度結婚するんです」
 急に変わったように思える話題、しかしその内容に、一行からおお、と歓声が上がる。次々に与えられる祝福の言葉に、アルマは笑顔でお礼を言って、そうして「あれ……でも今度結婚て」とふと気付いた透が思わず微妙な顔をすると「あ、そっちのフラグはへし折るです」とアルマは平気そうに答えた。
 ──成立させるフラグは選んでこそ一級フラグ建築士!
 ……と。
「……おはなし、ずれましたです?」
 そんな脱線も挟みつつ。
「──僕の婚約者ね。精霊なんです」
 正確には英霊だが。言われてその意味に気付いた透の表情が凍り付く。
「……っ! ごめ……」
「わぅぅ。こういうのって、皆の我儘で決めちゃってるみたいなものですっ」
 声を詰まらせ謝罪しようとする透に、アルマが慌てて割り込んだ。
 どうせ我儘で決めるなら、存分に我儘を詰め込んだ選択をした方がいいと思っていると。
「僕は、僕の我儘で『撃破』に票を入れるです! あの子と僕が幸せに暮らす未来って、撃破を選んで、且つ二人とも生き残ることでしか手に入らないんですもん」
 封印は世界の力として彼女が使われてしまうので論外。
 どちらかが死んでも当然アウト。
 それでも賭けたい、守りたいと思ったと。
 ……透の脳裏に、ごちゃごちゃと思いつくことはあった。
 互いに存在を感知できなくなるだけだし、こちらから姿を見れるようにする研究があるかもとか、将来封印を解くかもとか。
 ……思う。けど、言えない。そんなのは相手への慰めじゃなくて、自分が楽になりたいだけだ。
 それを言うなら殲滅だってリアルブルーへの被害は何とかなるかもと言われたら……思うだろう。当てにならない、より確実な方法の方がいい──我儘を、言えば。
「封印はただのお別れじゃ済まないです……忘れない、で済ませられたくもない、です。でも」
 ──でも、決めるからには透も同じような覚悟をした……ですよね?
 そうアルマに問われると、透は。
「……うん。俺も、犠牲になる人たちを必要だったで済ませられたくない。皆が楽しく過ごせるのが、俺の愛する舞台の世界で……俺が取り戻したいものは、それなんだ」
 そう、少し時間をかけて答えると、アルマは笑顔を魅せた。
「わふふ。選んだからには、結果がどうあれ絶対にその心だけは貫いてくださいっ。僕も、そうします!」
 それはいつものように無邪気な──意地悪な呪い。



「芝居をしませんか。ロミオとジュリエット」
「──今、それをですか!」
 ユメリアの提案に透は唸る。
 古典も古典のこの話が今も演じられるのは、それだけ様々なやりようがあるからだろう。
 運命が別とうとしても、結ばれようと努力するこの話は。
 死が決して相いれないはずの両家を和解させた話でもあり。
 劇中時間僅か五日。二人が『運命』を知ってから『決断』まではあまりに短く。
 ロミオは16歳。ジュリエットは13歳。悲劇は未熟ゆえの視野の狭さを示そうとしたものだ、と読む者もあり。
 彼の者の描いた劇の中では美麗な言葉が多いこの話は、大人も子供も含め愚かさを美辞麗句で曖昧にしてやればご立派な物語に見えるだろ? という作者の皮肉が込められている、と解釈したものもある。
 それを──今やるなら、どんな形で?
 真剣に考える透をユメリアは見守る。……戯れではなく、これはさっきの話の続きなのだ。
 演技もただ練習するだけでは芸術の領域まで至らない。目指す人が、ものが、あるから、限界を超える。
 彼女にも目指す人がいる。
 その人が目指す世界──全員が取りこぼしなく幸せになる結末を、彼女も目指すのだと。
 具体的にどうしたら叶うのか。その人任せにせず、自分なりのやり方で。
 それがまた成長になる。
 選択肢は3つだけ。でも塩梅は任されている。目指す方向は無数にある。
 ──そう、台詞も筋道も決まっている物語にこれだけの選択があるように。
「ここに仮死の毒がなければ、何を使いましょう」
 ユメリアのもう一つの提案と、アルマとの会話で、透は決めた。
 これはただ一つ、最後まで、何だけは守るかという物語だ。
 家督を、命を失おうとも、この愛だけは奪わせない形で貫く。
 ──……筋書きを少し変える。初めから振りではない心中として。
 これで僕たちの愛は誰にも壊せないんだ、ロミオの声は、その瞳は確信に揺るぐことは無く。
 ジュリエットは愛の輝きを高らかに歌い上げながら頷き彼の刃を受ける。
 そして最後までロミオは自らの道を疑うことなく、違えることなく進み

 湖畔の森の開けた場所を舞台に、紅の吟じ手と蒼の演じ手が全霊で創った一幕。
 やはり真剣に透を見るチィを、誠一は横眼に見て。
 そんな誠一の前髪を風が揺らし……向かされた視線の先で巻き上がる葉。
 ふと荷を分かつ翼を思い出して一人笑い──こうして重ねる思い出に、一人で過ごす日常の中、チィさんも透さんの存在を感じることがあるだろうか、と誠一は思うのだった。



 ……やがて夜になる。
 まだ肌寒いからと焚火を燃やすと、キャンプファイヤの様に皆でそれを囲んでいた。
 照らされる皆の顔は一様に穏やかで。
 炎に、焼き付けようとしているようにも見えた。今日が楽しかったと、かけがえのない時間だったと──辛い時でも思い返せるように。
「……あ、焦げた。まあ良いか……」
 持参した食材を炙り、魚の干物の皮が少し黒くなったのを見て真は呟く。気の抜けた、素のぼんやりふわふわした様子──二人の前なら、別に取り繕う必要は無いかなって。
 そうやって、真はレグルスに凭れて皆の……というかやっぱり、透とチィが会話するのを感慨深げに聞いていた。
 ふと、視線に気づいたのか透が真を振り向く。真は微笑した。
「二人が何の蟠りも無く話しているのが、凄く嬉しくて」
「ああ、そうだった。君には……」
 透がはたと改まって真に身体ごと向き直ると、真は手を振って透の言葉を遮った。
「拗れた糸が解けたのは、きみ達の絆が為したこと。だから、その感謝は私じゃなくて、お互いに向けるべきものだよ」
 真は当然のようにそう言って。
「いやそりゃ透殿に感謝はしてやすよ? 真殿に礼を言うのはそれとこれは別の話でじゃねえさあ?」
「え、いや」
 そしてチィにしれっと言い返されて、真はちょっと困った顔をした。

 どこかの時間で、真はふと立ち上がり、透を呼ぶ。そうして、二人で湖畔の縁を巡るように歩き始めた。
「私はさ。これから先の戦いで、別に死んでも良いって思ってるんだ。叶えたい夢。帰りたい故郷。会いたい人。そういうものが、何も無いから」
「……」
「でも、きみとずっと一緒に戦ってきて。……生きたいと、思えるようになりたくなった」
 俯き気味に真の話を聞いていた透は、その言葉に驚いて顔を上げて、まじまじと真を見た。
「……だから。私と、未来の約束をしてくれないかな。一緒に誕生日を祝うとか、桜を見に行くとか、些細なことで良いんだ」
 驚く顔の透、だが一番驚くのは真自身だ。
 未来のことなんて諦めていた。考える必要も無いと思っていた。
 そんな自分が、未来のことを約束したいと思えた──それは、夢を追い続けた、透の存在があったから。
「我儘を言ってごめん。……駄目、かな」
 最後は恐る恐る問う真を、透は暫く見つめて……そして、ハハッと、どこか泣きそうな声で笑いを上げた。
「なあ……なあ、やっぱり言わせてくれよ。俺がチィとちゃんと話せたのは、きみのお陰なんだ。……資料室での話、覚えてるか?」
 全てを差し出してでも戦うといった真に、透は寂しいと言った。
「あの後さ、考えたんだ。……君は今や守護者だ。全てを差し出して世界を守れという事が……比喩でもなんでもなく起きうるのかもしれないって」
「それは……。……」
「言ったとおり、そうなったら俺は辛いよ。……でもやっぱり、君が大好きだって思った。その時が来たら辛いから君とはもう距離を置こうとか……そんな風には、どうしても思えなかった」
 そして。本当にそうなったら、やっぱり寂しくて、辛くて、そんな選択をした君を恨むかもしれないけど……それでも。いつか俺だけでも分かってやりたいとも思って。
「……だからあいつに一度、すべてを素直に話しておこう……そうして、いつか分かってもらいたい。そう思えたんだ」
「……。別にあれ、そんなつもりじゃ、無かったよ?」
「だろうな。偶然だと思う。それでも君が話してくれたお陰で……それならやっぱまた言うよ。君が居なくなると寂しい──今の君の言葉が、すごく嬉しい」
 透の声は、最後の方は少し涙に滲んでいた。
「……良いよ。しよう、約束。誕生日は……近いんだよな、じゃあ真ん中とか。花見も良いし、それから……」
 そして星を見上げて湖を一周しながら、二人であれこれ……未来の話を、した。

 ……戻ってくる気配に、チィと会話をしていた誠一がふと視線を上げる。
 丁度、こちらの会話も一段落する頃。
「手前はこの世界に出会えて良かったでさあ」
 わざと相手の口調を真似て空へ。緩い笑み。
 彼にも──誰にもまだあるだろう、そして誠一にも在る「先」への不安と寂しさ。
 それでも。
 だからこそ、口に出すのだ。

 彼らが佇む湖畔には双月。星々。無数の輝きがそこに映し出されている。
 ──何気ない、かけがえのないこの一日に生まれたそれぞれの光を映す鏡かのように。

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重体一覧

参加者一覧

  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    コメット
    コメット(ka4901unit001
    ユニット|幻獣

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レグルス
    レグルス(ka5819unit001
    ユニット|幻獣
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/25 20:34:46
アイコン 相談卓
神代 誠一(ka2086
人間(リアルブルー)|32才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/05/28 01:45:20