• 春郷祭1019

【春郷祭】炎と氷のトラットリア 前編

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
少なめ
相談期間
5日
締切
2019/05/31 09:00
完成日
2019/06/13 23:51

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 オフィスの相談スペースに並々ならぬ存在感があった。
 筋骨隆々の大きな体にピチピチのコックコートがトレードマークの彼の姿を前にして、ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)は頬杖をついたままじっとりとした眼差しを投げかけた。
「うん、なんだかそろそろ来る頃だろうなと思ってましたよ。ハイ」
 彼――アルフォンソはルミの言葉が理解できていないようで、困ったような笑顔を浮かべながら小さく首をかしげる。
 きゅっと寄せられた肩は大きい身体をどこか小さく見せ、とりあえず何か問題を抱えているんだろうなというのはひと目で理解できた。
 まあ、仮にもお客を前にしていつまでもそんな態度を取っているわけにもいかない。
 ルミは首の節をコキリコキリと鳴らしながら背を伸ばすと、一点、ニコニコと営業スマイルを浮かべて向き直った。
 
 アルフォンソ――春と秋のこの時期になると、何かとオフィス……というかルミのもとを訪れる、季節風みたいな男。
 同盟ではそれなりに名の知れた料理人である。
 かつては港湾都市ポルトワールに店を構えていたが、ハンターとの料理対決に敗北してからこれを閉店。
 方々へ料理探究の旅を行った末に、その成果を同盟中に伝え広めるために移動屋台式のトラットリア「エスプロジオーネ」を開店した。
 人呼んで「炎の料理人」。
 そのダイナミックかつ暑苦s――熱い調理スタイルは目を見張るものがある。
 
「それで、今回はどうしたんですか? そろそろ郷祭の時期ではありますけど、本祭はまだ先ですよね?」
「ええ、お察しの通りジェオルジのお祭りに関係する話ではあるのですが……」
 そこまで口にして、アルフォンソは居心地が悪そうに椅子に座り直す。
 そのたびにピチピチのコートが体中の筋肉を浮かび上がらせ、見ているだけでも暑苦しい。
「また料理対決の相談ですか? でも、今回はどこも怪我されていないようですし……別の問題?」
「ええ、まあ、それが……」
 なんとも煮え切らない様子にルミも次第にイライラしてきたが、そこはぐっとこらえて、彼が本題に入るのを待つ。
 何度も付けなおした羽ペンのインクが、ぽたりとメモ用紙の上に染みを作った。
「ええとですね……実は、今回は久しぶりにお祭りへの出店を考えておりまして」
「あー、以前にお祭りで開店セレモニーしたことありましたね。だと、従業員の募集ですか?」
「あ、はい、それもあるのですが、その前にひとつ問題がありまして……」
 アルフォンソは再び言葉を区切って、何度か深呼吸を交える。
 それから意を決して、だけども囁くような小声で口にした。
「ええと、前回料理対決を行ったカフェ『インヴェルノ』のオーナー、覚えてますか?」
「フラヴィアさんですね。あなたの元婚約者の――あっ、ごめんなさい」
 元婚約者――その言葉にアルフォンソがさらに肩を小さく落としたのを見て、ルミは慌てて話題を変える。
「冬に彼女のお店に行って来ましたよ~。ケーキもジェラートもとってもおいしかったです」
「ええ、そうでしょう。彼女ほどの菓子職人は、ポルトワールにもそうはいません」
 ちょと気を取り直して、アルフォンソは自信満々に頷いた。
 フラヴィア――アルフォンソの元婚約者にして、旧トラットリア「エスプロジーネ」の花形パティシエだ。
 氷の菓子職人の異名を持ち、とりわけ氷菓の扱いに長けている。
 今は極彩の街ヴァリオスの人気カフェのオーナーを務め、瞬く間に貴婦人たちの舌を虜にした実力者だ。
「それでですね、今回の出店に彼女に協力してもらいたいというか……合同出店のようなものを企画しておりまして」
「へぇ~! フラヴィアさん、よくOKしましたね!」
 悪気はない。
 悪気はないのだ。
 いや、ちょっとはあるかも。
 瞬間、アルフォンソの熱いハートがカチコチに凍り付いて、粉々に砕け散るのが見えたような気がした。
「ううぅ……それが話も聞いてもらえず、取りつく瀬もないとはこのことで」
「えっ、じゃあ企画倒れ?」
「そうならないために、どうか協力をしていただきたいのです!」
 今日一番の勢いで、彼はカウンターにかぶりつく。
 力んだせいか、コートの胸元のボタンがひとつ、胸筋に耐えられずポーンとどこかに飛び散った。
「今回は同盟にとっても大事なお祭りです。ですから私も最高の料理をふるまいたいと考えておりまして……そのためには、彼女の力をお借りしたいのです」
 アルフォンソは懐からメモ用紙を1枚取り出す。
 そこにはグリグリと力強い文字で「自然と生命、食は命の架け橋」とスローガンじみた文字が書かれている。
 おそらく出店のテーマなのだろう。
 ルミはちょっと考える。
 まあ、依頼である以上は受けることはやぶさかではない。
 だけど、それだけなんだろうか。
 なんだか今日彼が訪れたことの確信に触れていないような気がして、ルミは1つだけ質問した。
「それは、やましい話全くなしで――ですか?」
 アルフォンソは思わず押し黙る。
 二つ返事で出かけた言葉を飲み込み、まっすぐ見つめてくるルミの双眸を見返す。
 ごくりとつばを飲み込むと、観念したように大きく息を吐いた。
「……できれば、それを通して彼女と仲直りがしたいと思っています」
 大男がまたしゅんとしぼんだのを見て、ルミはしょうがないなと笑みを浮かべて見せた。
「むしろ、それなら喜んで。アルフォンソさんの、その言葉が聞きたかったんです」
「ルミさん……」
「せっかく依頼を出すのに、本当に望んでることが達成されなかったら意味ないでしょ?」
 ニコリと笑った彼女の笑顔に、アルフォンソは潤んだ瞳でぶんぶんと首を上下に振る。
「それじゃ、まずはフラヴィアさんに協力を取り付けましょう。えーっと、状況としては会ってすらもらえないんですっけ?」
「はい……前回の対決の時もそうでしたが、やっぱり私を恨む心は変わらないようでして」
「前の時、お店に遊びに来てくれるよう約束とりつけてませんでしたっけ?」
「はい。普通にお客として来て、食べて、帰っていきました」
「何か感想とかもらったり?」
「……来店アンケートの『店の雰囲気はいかがですか』の『悪い』に〇が」
「ああー」
 思わず頭を抱える。
 完全なる冷戦状態。
 氷の菓子職人だけに――座布団全部持って行ってください。
「また彼女の店を訪れようと思っています。その時に同行いただいて……なんとか、お願いします」
 文字通り藁にもすがる思いで頭を下げるアルフォンソ。
 彼の一世一代の勝負が始まろうとしていた。

リプレイ本文


 その日のカフェ「インヴェルノ」も入店の列ができるほどの賑わいだった。
 ヴァリオスはもともとミーハーが多いものだが、開店から1周年を迎えてもこの賑わいを継続しているのはオーナーの確かな実力によるものだろう。
 満席の店内の一角。
 窓際のテーブル席に向かい合って座る星野 ハナ(ka5852)とユメリア(ka7010)は、ランチセットのデザートに舌鼓を打っていた。
「はぁ~、美味しいですぅ~」
 エスプレッソのクリームに包まれたロールケーキを口にして、ハナがうっとりと頬を緩ませる。
 ユメリアはサクサクに焼いたメレンゲが散らしてあるチーズクリームケーキをフォークでついばむように食べながら、めくるめく甘味の世界へと心を通わせていた。
「まるで銀世界の美しさを表現しているみたいですね。氷上を滑る妖精……もしくは、雪原を駆け回る子供たちのように軽やかに。それでいて、積雪の下で息づく生命を感じます」
「つまり、おいしいってことですねぇ」
 美味しさに語彙力が崩壊したハナの前ではサラリと流されてしまったユメリアの表現力だが、周りのお客には伝わったようで、同じケーキを食べている人たちはひと口ひと口を噛みしめるように味わう。
「すっごく仕事のやる気が出たので頑張りますぅ。料理した方にも是非そうお伝え下さいぃ」
「ありがとうございます! オーナーにお伝えします」
 支払いの時にそれとなく店員に謝辞を伝えると、ルンルン気分のハナを筆頭に何事もなくお店を後にする。
 それから、向かいのコーヒースタンドにたむろしている“仲間”たちの元へと合流していった。
「とても素敵な体験をいたしました」
 6人掛けの広いテーブル席で、ユメリアは余韻に残る滑らかなクリームの舌触りを思い起こす。
 すると、天王寺茜(ka4080)がむずむずと肩を揺らした。
「うう~、私も行きたかった! でも顔が割れちゃってるし……」
「そんなにうまいの? やっぱり俺も行けばよかったなぁ」
 唇を尖らせたラスティ・グレン(ka7418)に、隣に座るアルフォンソは申し訳なさそうに頭を下げた。
「すみません。このような形でさえなければ」
 そんな時、向かいのカフェの様子を伺っていたレイア・アローネ(ka4082)がみんなの視線を集めた。
「そろそろ空いてきたみたいだな」
「よし、それじゃ行きましょうか」
 レイアと茜が立ち上がり、荷物をまとめる。
「それじゃ、合図するまで待っててくれ」
 2人はコーヒースタンドを後にすると、意気揚々と「インヴェルノ」の扉を潜った。
 
「すみませーん」
 茜が入口で声を掛けると、すぐにフロアスタッフがパタパタとやってくる。
「いらっしゃいませっ。2名様ですか?」
「あ、いえ……オーナーさん、いらっしゃいますか?」
 その言葉に、スタッフは不思議そうに首をかしげる。
 清潔感のあるポニーテールがふわりと揺れた。
「はい……ええと、どういったご用件でしょうか?」
「では、伝えていただけませんか? 料理対決に負けたハンターがリベンジに来ました――と」

 ほどなくして、2人が通された奥のテーブル席に彼女が姿を現す。
 氷の料理人――フラヴィアは、あの祭の時と変わらずに冷ややかな趣きでお辞儀をした。
「当店オーナーのフラヴィアです。お久しぶりですね」
「半年とちょっとぶりくらいか? ひとまず、元気なようで安心だ」
「おかげ様で。それで――」
 フラヴィアは2人に向かい合うように席につくと、真っ白な指先でつぅと、テーブルの中央を横になぞる。
 まるで境界線を示すように。
「再戦ということですね。私は構いませんが」
「へぇ……」
 茜が目を丸くする。
「てっきり、ふたつ返事で断られるものかと」
「食の研鑽に対決は程よいスパイスになると、前回のことで体感しましたので」
 先の対決で彼女が披露した『花散る季節のステーキ』は、きっと彼女が当時の限界を超えて見つけたものだ。
 幼いころから料理に触れていた茜には、そのことが自分のことのように理解できた。
「日取りを決めましょう。といっても、期日はだいぶ限られますが」
「おっと、じゃあその前にこっちのメンツの挨拶をさせてくれ」
 そこでレイアがそっと話の腰を折る。
 彼女は表に面した窓へ向かって大きく手を振ると、コーヒーショップから残りのメンバーが席を発った。
 やがて彼らがお店に現れると、テーブルの空気がひんやりと凍えたような気がした。


「……いらっしゃいませ」
 冷ややかに口にして、フラヴィアは席を発つ。
 茜が慌てて彼女を制すると、しぶしぶ、もう一度席に座った。
「お久しぶりです、フラヴィア。先日はご来店ありがとうございます」
「他店の味を知るのは料理人の責務ですから」
 アルフォンソとフラヴィア。
 とりとめのない挨拶の中に飛び交う、頼りなさと隠さない棘。
 針の筵に立たされた状況に、コホンと茜が咳ばらいをした。
「端的に言いますね。この間流れちゃったアルフォンソさんとの料理対決、しませんか?」
「お断りします」
 フラヴィアはふたつ返事で言い切った。
 レイアが思わず椅子からずっこける。
「おい、食の研鑽うんぬんはどうしたっ!」
「研鑽に値する相手ではないと言っているんです」
 あくまで冷静にフラヴィアは語る。
 アルフォンソが僅かに表情を曇らせた。
「わお……ねえちゃん、クール無口系? あんちゃんのあつくる筋肉とは正反対だね。そりゃ話合わないよなぁ」
 ラスティが謎に納得する向かい側で、ユメリアの声がふわりとBGM代わりのオルゴールに乗った。
「先ほどランチをいただいたのですが、どのお料理も最高の味でした。この時期だからこそ、涼し気な銀世界の美しさと言うのでしょうか」
「ありがとうございます」
「あれほどの腕をお持ちでしたら、確かにそれ相応の方でなければ研鑽に足る相手とならないかもしれません」
「確かにぃ……でも、ハンターはおっけーなんですよねぇ?」
 ハナが首をかしげると、フラヴィアはすんと小さく鼻を鳴らす。
「あなた方の発想は凝り固まった料理人の脳をほぐすものです。そういう意味で切磋琢磨するに値します」
 僅かな沈黙が流れる中、いよいよフラヴィアが席を立つ。
 誰も止められないと思われた時、グゥと気の抜けた音が席に響いた。
「なぁなぁ、あんちゃんあんちゃん。俺、腹減っちまったよ」
 突然鳴った腹の虫に、ラスティがちょっとバツが悪そうにしながらアルフォンソの袖を引く。
「ランチは終わってしまったようですし……ケーキセットとかで良ければ頼みましょうか?」
 アルフォンソがメニュー表をめくる。
 すると、立ち去る機会を失ったフラヴィアがため息交じりにメニューを取り上げた。
「お茶もお出しせずに失礼しました。明日の分でよろしければサービスいたしましょう。ただし――」
 そして、有無を言わさぬ口ぶりで言い添える。
「食べたらお引き取りください」

 フラヴィアが厨房に姿を消すと、ハンター達は一斉に気が抜けたように息を吐く。
「おい! ちょっとは何か売り込めよ! お前のための会なんだぞ!」
「あんちゃん、俺から見てもちょっとカッコ悪いな……」
「す、すみません」
 レイアとラスティに立て続けに責められて、アルフォンソは小さな椅子で大きな身体を縮こまらせる。
「まったく、お前らみたいなのは幸せになってわた――孤独なやつらの嫉妬と憎しみを受ければいいだよ!」
 最後の方はなぜが慌てた様子で、レイアが鼻を鳴らした。
「しかし約束が取り付けられても、あまり主張し合う音はハーモニーを損なってしまいます」
「うーん……別の問題もあると思うんですけどねぇ」
 静かに厨房を見つめるユメリアに対して、ハナの双眸がアルフォンソを捉えた。
「ただ最高の料理を作りたいだけなら、共同出店する必要はありませんよねぇ。フラヴィアさんとのマリアージュは必要ないわけですぅ」
 責めるというよりはひたすらに事実を並べるように、彼女は淡々とした口調で語る。
「恨んでるって考えが既に間違ってるって分かってますぅ? それって、問題は相手にあるって言ってるのと同じ態度ですぅ。フラヴィアさんはちゃんとあなたのお店に来てくれたんですよねぇ?」
「それは……」
 言葉を詰まらせる彼に痺れを切らしたのか、ハナは1枚の紙を突き付けた。
「これは来店アンケート……?」
「お借りしたフラヴィアさんの回答用紙ですぅ。読み上げましょうかぁ?」

 料理――A。
 接客――B。
 雰囲気――E。
 満足度――B。

「“雰囲気”には私情が入っていたとしても、フラヴィアさんはちゃんと評価してくれてるじゃないですかぁ! それなのにアルフォンソさんがそんな態度じゃ、彼女があんまりですぅ! 仕事を受けないのだって当然ですよぅ!」
 再び突き付けられた用紙を受け取って、アルフォンソは穴が開くほどに見つめる。
「思うんです……フラヴィアさんが前回対決に拘ったのって、恨みじゃなくって、今のアルフォンソさんを認めちゃうことになるからじゃないかって」
「私を認める……?」
「これは想像です。フラヴィアさん、前のお店を閉める前の『炎の料理人』が大好きだったんじゃないかなって」
 茜の言葉に、アルフォンソが息を呑む。
「失礼します。ご注文の品をお持ちしました。オーナーからのサービスとなります」
 やがて料理は運ばれる。
 サーブするのは朗らかな笑顔が特徴的なスタッフだった。


 アルフォンソを含む、さっきランチを食べ損ねた4人はランチセットを。
 先にいただいた2人は紅茶とお茶うけのクッキーをチョイスした。
 明日のランチメニューは『サンセットガレット』。
 甘くないクレープ生地にホワイトソースを落とし、たっぷりのキノコと輪切りオリーブ、ベーコン、ホウレン草、半熟卵を落として優しく包み、オーブンで焼き上げたもの。
 直前に削ったのだろう、振りかけられた粉チーズから食欲をそそる香りが沸き立つ。
 卵を突けば雲間から夕陽が溶け出すように黄身がチーズを絡めて広がって、濃厚なソースへと様変わりした。
「うーまっ! うまっ! かあちゃんの食事と全然違うぞ! 俺、こんな美味い料理初めて食った!」
 腹ペコのラスティはがっつくようにガレットを頬張る。
 割り溶いた黄身が口の周りにつくのも気にせず、しきりにうまいうまいと漏らしていた。
「いやー、食ってるだけなら気楽でいいな。正直、また対決させられるのかとひやひやしてたんだ。てか、もうちょっと食べたいなこれ」
 レイアも同じように舌鼓を打つが、早々に食べ終えた彼女はやや恨めしそうに残り2人の皿を見る。
 ユメリアがクッキーの皿を勧めると、喜んでぱくついた。
 デザートのケーキまでいただいて、ひと心地。
 まったりとしたアフタヌーンティーの時間が流れる。
「――って、これで終わりじゃないですからっ!」
 茜が思い出したように手を叩くと、みんなはっとしたように夢見心地から解放される。
 すっかり食べ終えたラスティが物欲しそうにスタッフに視線を投げると、気づいた彼女がささっとテーブルへやって来た。
「えーと、こんな美味い料理を食べさせてくれたねえちゃんに、ちゃんとお礼がしたいです。駄目ですか?」
「わぉ、眼差し光線……!」
 上目遣いでおねだりするラスティ。
 その姿に思わずハナが目元を覆って仰け反る。
「うう……分かりました! お見送りを言いつけられてるんですけど、掛け合ってみますっ」
 スタッフも目をしょぼしょぼさせながら胸の内の葛藤と戦うと、何故かびしりと敬礼をしてお店の奥に消えていく。
 少しの間を要した後、フラヴィアはもう一度姿を現した。
「もう話すことはないはずですが」
「ほら、あんちゃん、今こそあつくる筋肉の出番だぞ!」
 ラスティに急かされるようにして、アルフォンソが席から立ち上がった。
「フラヴィア。私と一緒にジェオルジの村長祭で出店しませんか?」
「嫌です」
「もー!」
 ラスティが思わず地団駄を踏んだ。
「ねえちゃん! 俺はお祭でも姉ちゃんの料理が食いたい! あんちゃんは筋肉だから、ねえちゃんの言葉も、あんちゃんの言葉も、うまく伝わってない気がするけど……」
 なんだかうまく言葉にできず、もごもごと口ごもってしまう。
「私はいただいたのは今日のランチ……銀世界。素晴らしいものでしたが、美しい世界だからこそ、焚き木の温かさが欲しいとも感じました」
 代わりにユメリアが艶やかな声で紡いだ。
「花は散るからこそ美しいように、雪も春に溶けるからこそなお美しい。雪解けの清水が命をはぐくみ、銀世界はより引き立つと思うのです」
 そして、今のフラヴィアにその温かさはない。
 わざわざ口にしなくとも、暗に意図は伝わっていた。
「対決しませんか? 郷祭の合同出店で」
 見計らったように放たれた茜の再提案に、フラヴィアの視線が彼女へ移る。
「互いに1品ずつメニューを出店し、そのオーダー数で勝負を決める。公平を期すために、お店は共同。調理も共同。従業員もハンターを雇うものとする。これなら、純粋な料理の腕対決になると思うんですが」
 提示された条件に、フラヴィアが何かを言いかけ――言葉にならないまま口を噤んだ。
「それともなんだ、私が代わりに料理を披露しようか? ん?」
「稀に見る大惨事になりそうだからやめて……!」
 ドヤ顔のレイアを前にして、茜が顔を覆う。
「ま、それは冗談として……力仕事くらいならいくらでも手伝うぞ!」
「私も、お店にぴったりな曲を提供します。【雰囲気:E】とは言われませんように」
「俺は……えっと……美味しい料理いっぱい食いたい!」
 みんなが思い思いに出店への熱意を語る。
 最後にハナが、お願いをするように両手を握り合わせてフラヴィアを見た。
「あのお料理がまだ未完成だっていうなら、私は完成系が食べたいですぅ。お祭りへの参加、検討してくれませんかぁ?」
 すぐに返事は帰ってこない。
 だが、彼女は伏し目がちに思案したのちに静かに、だが確かに頷いた。
「良いでしょう……ただし条件が3つあります」
「はい」
 今度はアルフォンソが間も置かずに答えた。
「1つ、対決のテーマは私が決めること。2つ、私が指定する食材を必要なだけ揃えること。そして――」
 みんなが息を呑む。
「3つ、私が勝ったらあなたのスペシャリテ――“セミフレッド・アルコバレーノ”のレシピを渡すこと」
「そ……れは」
 アルフォンソの目が見開かれた。
「そのセミ……なんちゃらって何だ?」
 話題についていけてないレイアだったが、とりあえず何か大事なものを賭けているのだろうという雰囲気は察して真面目な顔をしておく。
 アルフォンソはやや気おくれした様子だったものの、固く首を縦に振った。
「わかりました。賭けましょう」

 かくして約束は取り付けられた。
 しかし暗雲は今だ空を覆ったままだった。

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MVP一覧

  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜ka4080

重体一覧

参加者一覧

  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜(ka4080
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士
  • 桃源郷を探して
    ラスティ・グレン(ka7418
    人間(紅)|13才|男性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談するとこです。
天王寺茜(ka4080
人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/05/30 20:14:45
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/05/31 00:01:08