ゲスト
(ka0000)
ジューンブライドにかこつけて
マスター:石田まきば
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●血断が迫っているからこそ
正直に言ってしまえるのであれば、恭順という言葉そのものを否定したい。
以前であれば明確に表明できたであろうそれは、今の立場では難しくなってしまった。
(それでも、何かしらの道は選ばなければならないのだろうな)
その為に意見の吸い上げをしなければならない。
それだけでも、きっと面倒が起こるのだろう。
「今の私は、動き回っているようで……身動きが取れない」
わかっていたことだ。その上で道を選んでいるのだから。
「……自由にできるのは、ほんの一部だけ。それでも私は幸せな方なのだろうな」
「落ち着いたかと思えば……短い春か」
今までの人生で何度、そう思ったことだろう。
激動の道だったと思うのに、気付けば新しい揺さぶりが控えている。
(悪い気はしないがな)
新しい出会いを良いものにするか悪いものにするか、それは結局自身の手腕にかかっている。
地位を得てからは特に、変化を望んできたのだから怖気づくなんて選択肢はなかった。
「さて、仕込みを終えておくか」
いつでも動けるよう、備え続けておくだけだ。
変わらない毎日がずっと続くと思っていた。
前進を望むことはあっても、別にこのままでもいいと思っていた。
(幸せですからね)
けれど、その地盤が揺らぐと聞いた時、何も思い浮かばなかった。
「何ができるのか、わかりません……」
ただ日々をこなしているだけ、ただ流されているだけだった。
(どうしたら、いいんでしょうか?)
答えが見つかる気配はまだ、ない。
「人生の転換期、ねえ♪」
可愛がるべき後輩は気付けば上司になっていた。
友人達は関係の変化を望む望まぬに関わらず、影響受けている。
「僕は変らないままで居たいのだけどね♪」
愛しい相棒を撫でながら、詩う。
(ああ、でも)
街を歩けば幸せそうな声が聞こえてくる。
「本当、今更で。何も変わらないものなんだね」
●執着点まで剛速球
ジューンブライド!
それは結婚嫁の季節!
一部の人生充実した人々にとっては嬉し恥ずかし互いの進退をかけて落ち着かなくなる季節!
正直今からプロポーズしたとして、6月中に結婚式を挙げるなんて無茶なスケジュールではある!
何カ月も前から準備するのが当たり前、それが結婚式の常識!
だったのだが!
ここに商機を見出した者が居た!
「今なら宣伝費が浮く! 実費だけで人が呼べるなら儲けもの!」
特にピースホライズン、此処は様々な文化が混ざり合い混沌と化す可能性を秘めた街!
「あくまでも宣伝の季節! 結婚式は後からでもできる!」
盛り上がって居るこの時期、予備群を確保するなら今!
「予約を貰ってしまえばこちらの勝利!」
果たして、この商機は成功へと導いてくれるのか?
●とある幻獣が配っていたチラシ(一部抜粋)
【ブライダルフェア開催中!】
6月の花嫁は幸せになれる、そんな言葉が囁かれております。
ジューンブライドと呼ばれるこの季節に、身近な誰かとの将来を、具体的に考えてみませんか?
まだ見ぬ何方かの、背中を押す小さなきっかけとなることを願って。
スタッフ一同、お待ちしております。
会場:貸しホール「シャンゼリゼ」
企画一覧
(1)チャペル見学
ホールからも見える庭園に、ミニチャペルが建ちました。
中で宣誓が出来る程度の広さではありますが、屋外での結婚式、その雰囲気を体験することができます。
(2)衣装試着
各種衣装を取り揃えております。ご希望の色や型があればご指定下さい、スタッフによる着付けサポートもございます。
魔導カメラ等の持ち込みがあれば、記念撮影も可能となっております。
(3)コースの試食
順序立ててではなく、纏めて、かつ控えめな量でのご提供になりますが、自慢の味をご賞味くださいませ。
フェアの都合上、内容は一律となっておりますのでご了承くださいませ。
(4)ユニットオプション体験
ベールガール、リングボーイ、オープンカーなどの演出を、大切な相棒に頼みたい、そんな声が集まり実現しました。
幻獣達を飾るアクセサリー、兵器を華やかに見せる装備(剥がせるシールタイプ)等をご用意し、先行体験が可能となっております。
リプレイ本文
●最短距離
キヅカ・リク(ka0038)の視線を追った金鹿(ka5959)もポスターに気付く。
「キヅカさんは黒がお似合いになるから袴も似合うでしょうし」
髪色に合わせるのは定番だ。
「だからこそ、洋装での白を見てみたい気もして迷いますわね……」
「よし行こう」
「どちらにするか、決まっていませんけれど?」
「え、両方着るよ」
着だけなんて記載はない。
「勿論、マリも合わせて着てくれるだろ?」
撫でつけた髪の具合を無意識に確かめて。
(どっちも似合うだろうけど)
視線を入口の方に向けているべきか、窓の外で樹でも数えているべきか……
「お待たせしましたわ」
「思っていたより早かっ……」
「……キヅカさん?」
呆けたリクと、首を傾げる金鹿。
「大丈夫ですの?」
ぐいと腕を引かれバランスを崩した。
「きゃっ!?」
「綺麗だ」
気付けば抱え上げられている。所謂お姫様抱っこというやつで、足元がおぼつかない、その心許なさが……今、なんと?
「……急に、なんなんですの!」
理解した途端頬が熱い。白無垢だからなおさら、朱色が映える。
「ここにカメラがないのが憎い……!」
付き合いたてほやほやで記念写真の為の道具を忘れるあたり、リクは浮かれていたのである。
「だからさ、マリ。目だけじゃなくて、五感全部で覚えておこうと思って」
「ま、まあ……他の方の目はありませんし? 少しくらいなら」
まだ火照ったままなのがわかるせいか、新たに袖を通すドレス生地のひんやりとした手触りが心地よく感じられる。平静を保とうと心掛けてはいるものの、どうしても先ほど感じた近すぎる体温が脳裏から離れてくれそうにない。
「……こちらから仕掛けてもいいはずですわ」
リードされてばかりだからではないだろうか、なんて考えがよぎったのは、きっとこのフェアの空気にあてられているせいだ。
二度目となると慣れたのか、照れた顔は拝めなかった。
「すました顔もかわいい」
勝手にこぼれた言葉に僅かにたじろいだようだけれど、金鹿の腕が首に回されて、顔が近づいてくる。
「マリ?」
表情が見えなくなったからと顔を向けようとするが、遮られる。
「ちゃんと幸せにしてくださいましね……リクさん」
耳元への囁き。改めて、関係が変わったことを実感する。
「反則だろ……」
自分も赤くなっている筈だ。顔を見られないよう、背を支える腕に力を籠める。
「……お前を好きになって良かった」
●鐘の音を
説明に相槌をうつヒース・R・ウォーカー(ka0145)の様子は普段通りで、南條 真水(ka2377)はどこかふわふわとした足取りのまま隣を歩いている。
(そのうち結婚するのかな)
こうして一緒に来ているのだから、そんな未来がいつか来るのだろう、ぼんやり『いつ』かを考える。
(この戦いが終わったら……いやこれ死亡フラグだ止めよう)
勢いよく首を振る真水だけれど、体勢が崩れることもない。傍目にも心ここにあらずな彼女の手には、ヒースの手がしっかりと繋がれている。
軽く手を引く程度の誘導だけでチャペルへとついてくる真水は知的好奇心の方が勝っているのか、視線を方々に向けている。その信頼感に安堵と自信を改めて感じとる。
「少し相談してみるからねぇ」
都合よく他の見学客が居ないタイミングだ。ヒースがそう伝えれば、案内役は退出していった。
二人きりだという事に、彼女が気付くのはいつだろう?
「真水」
声の方へ視線を戻せば、目線が低い。繋がれていた筈の手は、大切だと、大事だと示すようにその触れ方が変わっている。
「ボクはこの世界で生きると決めた。過去を背負い、今を生きて未来に進む。その為に、お前は必要なんだ、真水」
手の向こう側。
「南條真水。ボクと……ヒース・R・ウォーカーと結婚してください」
見上げてくる金色に、縫い止められたようで、動けない。
「……あわ、わ」
頬が、いや、むしろ首のあたりまで赤くなっている。とても近くから覗き込みたい衝動を抑えながら返事をじっと、待つ。
「わわ……っ」
僅かだが視線を逸らしたのを感じ取り、もうすぐだと気が逸る。聞き逃さないよう意識を最大限、真水だけに向ける。
「……すぐ未亡人にしたら承知しないからな」
無意識に呼吸を止めていた。意味を理解するのと同時に世界がまた動き出して、腕を伸ばした。
「あわわっ? 何っ!?」
「ごめん、抑えきれなかった。情けないボクを笑ってくれ」
心配そうな色を湛えた紫が、腕の中からこちらを伺っている。
「いや、一緒に笑い合いたいかな」
「世界で一番、君を愛してるよ、真水」
真剣な声音も、甘くとろかせて体全体に浸透させてくる今の声も。
(笑顔なんて余裕、あるわけないじゃないか!)
でも、これだけは。
「ああ、もうっ、南條さんだってヒースさんを、ああ愛し、てるよ!」
すぐに彼の胸元で顔を隠すくらいしか、出来そうになかった。
鐘の音が、星が、ひとつになったシルエットを祝うように、響く。
●幸せの欠片を
「カッテが……チョコ届いたって……」
「時間がかかってしまったけどね」
長老と、師団長を経由したらしい。わずかに眉が下がる様子に、シェリル・マイヤーズ(ka0509)は小さく首を振る。
「ううん……充分、以上……それでね。まだ未来の予定だけど……お返事、貰えた……」
「良い結果だったみたいだね?」
「恋って……切ないだけじゃないみたい……」
しっかりと頷くのと同時に、笑みが浮かんでいる。
「ありがと、シャイネ……」
「結果を教えてもらったんだ、僕の方こそありがとう、だよ♪」
客足が多いおかげで、うまく周囲に紛れさせることが出来ている。
そろそろ頃合いだろうか?
(にーさんと、新しいねーさんに……内緒でサプライズ……)
想いを伝えて、同じ心を返される幸せ。
他の誰か……特に今は、親しい二人の幸せを願えるのだ、それもまた幸せなことで。
「……星を降らせるのと……雪を降らせるのと……どっちがいいと思う?」
スタッフにスキルの許可と意見を求めれば、タイミングを合わせて鐘も鳴らしますとの提案も受けて。
「それ、いい……!」
流れ星を模した光弾が、祝福の鐘を鳴らす形になったのだ。
●結んで解いて、また繋いで
「エアさん見て見て! ブライダルフェアだって!」
組んでいた腕を引き、ジュード・エアハート(ka0410)はチラシを示す。
「へぇ、エクラのしきたりは詳しくないが」
エアルドフリス(ka1856)も興味を引かれ誘われるまま歩みを揃えた。
建物ひとつとっても数多の文化が込められているから、興味は尽きない。
「こんなチャペルで式を挙げられたら素敵だよねー」
聞こえたジュードの弾む声に首を傾げた。
「そういうものかね」
「エアさんは違うの?」
「場所に拘るという感覚は、面白いもんだと思うが」
思い返すのはかつての記憶。
「俺の故郷では、族長と巫女が司式をする。夫婦となる2人は、その日最初の朝露を布に染ませてね」
自然と精霊にこれからの在り方を誓う様式だ。
懐かしむ声音を感じながら、ジュードはステンドグラスを見上げる。
「俺は、結婚って誓いの儀式だと思ってる」
ただ、自分の考えを伝えておきたい、それだけ。
故郷の話へのほんのお返し。押し付けたくないという意思が、呟きの形で零れる。
「ずっと一緒にいるとか、貴方にだけは嘘はつかないとか……ほんの小さな約束。その内容は、2人で決めて良いんじゃないかな」
たったひとつの願い事に辿り着いたから。
「……誓う先も、自分と、相手と。第三者はどんな精霊でもヒトでも良いかなって」
そう、思うようになった。
「駄目だな、俺は」
小さな呟きが染みこんでくる。大事なものだからこそ、雫が溜まっていく。
(ジュードと離れたくない、それは本心だ)
本心を聞いて、固まり始めたけれど。
(各地を巡り人々を助けたいという願いも、本心だ)
生き様も手放せない。
保証もせず恋人の未来を縛るような二つの願いを持つ自分に、資格があるのか……迷いが生まれた。
もう一押し、そう思ってもいい?
「エアさんには、旅に出ても絶対俺のところに帰ってくるって誓って欲しいな」
この我儘は、エアさんを困らせるかな?
「エアさん、俺と結婚しよ?」
見上げてくる緑に籠もる熱は、甘い夜よりももっと、強い。
(一般的な意味の結婚は難しかろう)
だから踏み出せないまま、踏み込ませてしまった。
(だが一緒に居る、生涯を共にするという意味なら)
身体ではなく、心の距離。愛しい熱をより深い場所に、常に抱き続けてもよいのなら。
三つの願い事はきっと、満たすことができる……か?
口付けの距離で囁きを、返した。
●どこに在っても
エルティア・ホープナー(ka0727)が新たな物語の気配を見出そうと思考を巡らせるのは、余所見も含め日常茶飯事。シルヴェイラ(ka0726)が支えてくれているからこそだ。
「蒼の地では雨季を梅雨……と言うのだったかしら?」
ショーウィンドゥの白いドレスに視線を移す。美しいけれど、季節に不似合いだとも思ってしまう。
「建設的ではないと思うの」
「また斬新な視点だな、エア」
「湿気でジメジメするし、泥跳ねで汚れてしまうじゃない」
「……君がそこを気にするのか」
小さく零された言葉は聞こえていない。
「ただ、そうね……雨音の奏でる祝歌は素敵だと思うわ」
寝入りの雨音を思い出す。
「誰かの物語が交わって重なる瞬間……素敵よね……」
同時に、新しい物語ができるのだから。
(憧れがある、なんて言い出すよりはエアらしいな)
仮ではあっても着たところを見てみたいと思いはするが、この時期ではないだろうと打ち消す。しかし、だ。
「邪神に攻められようとしている今でも、祝い事を行おうという人の強さは凄いものだな」
「そんな物語もあるから、知識としてはわかるわ」
終わりを前にした華やかさは長く続かない、目まぐるしく展開される物語の常、約束事のようなもの。
「何事にも始まりはあり、終わりがあるは必定」
わかってはいても、急いて歩みたいわけではない。
「だが、まだ先であるべきだ……私には失いたくないものがあるからね」
視線は、エアに向かう。
(ある意味では、願掛けかもしれないが)
エアという物語に寄り添い整える糸であるために、小さな可能性も潰しておきたいと思うのは当たり前だと思うのだ。
「あら、結末はひとつじゃないわ」
示された道だけでも複数。犠牲や変化の提示もあった。新たに拓かれる可能性も。
「ハッピーエンドの先にも物語は続くのよ?」
なにより、バッドエンドだとも決まっていない。
「何が有ろうと私は見届けると決めたの」
エアが求めるのは、世界に溢れる物語の中でも、『世界』そのものが綴るそれ。
「零れ落ちる詩すら聞き逃したくないわ」
いつもどおりの彼女の言葉が、当たり前だからこそ心地よくシーラの耳を擽る。
「貴方も、一緒に居てくれるでしょう?」
尋ねているようでいて、その表情に不安は浮かんでいない。
「「この命が燃え尽きる最期のその瞬間まで」」
エアの言葉に重ねる。答えは決まっている。
「私は、そんな君と共に居よう」
●約束
「ほれほれ、アル。さっさと決めていきますですよ♪」
「わわっ!?」
様々なサンプルを見比べながら、アルフレッド・キーリング(ka7353)に身を寄せるシレークス(ka0752)。その横に控えながら、インフラマラエは吐息を零す。
その髪色に負けないくらい顔を真っ赤にさせた少年と、純情を手の上で転がし翻弄し続けるお姉さん……視点によっては背徳的。
「まずは式次の確認からですよ、覚えていやがりますか?」
「勿論です、予習復習も、鍛錬と共に怠ってません……!」
諳んじるアルは頻繁に、シレークスの表情を伺っている。
(くふふっ♪ 慌てていやがりますねぇ、実に可愛いことであります♪)
実際のところ、今日はあくまでも下見なのである。そもそも二人は今の関係になってまだ日が浅く、プロポーズなんて話も出ていない。なので必然的に知人の為のものなのだが……。
うにゃ~
気付かない上に焦ってばかりのアルと、それをニヤニヤと眺め口元に笑みが浮かぶことが抑えられないシレークス。インフラマラエの前足が十字を切った。
「それじゃー実際の動きもさらってみやがりますか」
「えっ?」
チャペルに入ってすぐ。さっさと新郎の位置に行けと身振りで追いやるシレークス。インフラマラエもすました様子でシレークスの隣に立った。
お手をどうぞとばかりに差し出された猫手を握る。身長差はこの際気にしない。修道女の神聖な雰囲気を纏ったシレークスが、少しずつ、バージンロードを歩む。
(くふふふ……いい顔してやがりますね、じゅるり)
近付くほど、上せたように潤む瞳をしっかりと脳裏に焼き付ける。それでいて態度に出してないあたりシレークスは器用だ。
インフラマラエが神父役の場所に移動して咳払いするのを合図に、シレークスの雰囲気が変わった。
文字通り手取り足取り、緊張と戸惑いでおぼつかないアルの手を誘導したり、姿勢を正させてみたり。わざとらしいほど甲斐甲斐しい仕草は、アルの視界、そのすぐそばで美味しそうな小麦色がちらつき続けることと同義である。
脳内処理が追いつかない、しかし気になって仕方ない……そんなアルの様子を、シレークスは心の底から楽しむ事に徹する。
(まぁ、いずれはおめーとも……)
楽しみはそろそろ終わり。流されるままに近づいてきたアルとのわずかな距離に手を差しいれた。そう、誓いのキスを寸止めである。
「シレークス、様……?」
「なぁに、その内、おめーとの予定も立ててやりやがりますからねぇ。ククククッ」
「っ!!?」
急に現実に引き戻されたその顔も、とてもおいしそうだ。
不覚にも、驚きが先に来てしまった。
(シレークス様は、もっと先まで考えておられました)
チャペルの見学に二人でなんて、どうしても意識してしかたなかった。
勿論嬉しい。けれど恐れ多いと感じていた。まだその資格がないと、そう思っているから。
真直ぐ見つめ返すべきところだと思うから、アルは顔中が熱いのを自覚しながらも、シレークスの正面で姿勢を正す。
「いえ、あの、とても光栄なこととは思いますが、まだ早いと思うんです……」
譲れない部分がある。男として、背中を追うだけでなくて、頼ってもらえる存在になりたいと思う。
「おめーのタイミングを待て、と?」
「はい」
うにゃ~
「インフラ様、からかわないでくださいぃ!?」
肩をすくめる仕草はどうしても見過ごせなくて焦るアルに、初めて目を奪われた時と同じ微笑みが向けられる。
「待ってあげやがりますよ」
「……はい。そう仰って頂けるなら、頑張れます。精進します……!」
貴女の隣に、今よりもっと胸を張って立てる、その時まで。
●新しい関係
気付けば真っ白なドレスを着せつけられていた。
「あの……主様」
ふわふわのプリンセスライン。この感触はどうにもなれない。時音 ざくろ(ka1250)の待つ部屋に辿り着いてすぐ、タキシード姿の眩しさに頬が熱くなる。
焦って一度首を振ってから、どうにか視線を逸らす。リンゴ(ka7349)は周囲へと視線を巡らせた。
「どうしたの?」
「その、嫁様達はどちらに?」
「え? 今日は2人でだよ」
微笑みを浮かべ、手を伸ばしてくるざくろ。目が逸らせなくなって、見つめ合ってしまった。
「ざくろ、リンゴと2人でもっといろんな事体験したかったから」
「私だけ、ですか……」
嬉しいと、言葉にする前に心が逸る。その手に触れたいと願ってしまって。少しずつ踏みしめるように、近付いていく。
「リンゴ凄く綺麗……」
見惚れるような甘い言葉に我に返る。自分はあくまでも従う立場で、嫁である彼女達とは違うはずで。
「主様のタキシード姿も素敵です」
このままでは都合のいい勘違いをしてしまいそうだと、逸る胸を抑えながら目を逸らした。
「一緒に来れて本当に良かった」
手を引いてチャペルへと連れ出すけれど、リンゴは一歩後ろを歩くのを止めない。
「私がこのような……」
深呼吸の気配に、ゆっくりと続きを待つことにする。
「主様に、嫁のように扱っていただけるなんて……夢のような時間でした……」
「えっ、リンゴ!?」
慌てて顔を覗き込めば、どこか辛そうに、涙をこらえているようで。潤んだ瞳がより強く輝くのに一瞬、見惚れてしまう。
「違うよ」
いけない、今は言葉を尽くしたい。この気持ちを伝えなくちゃ。
「リンゴとの結婚式の下見になったらいいなって思ったんだよ」
夢になんてさせないんだから。
「ざくろ、いつかリンゴにもざくろの家族になって欲しい、君が大好きなんだ」
だから悲しい顔をしないで、笑って欲しいな。覗き込んで視線を重ねる。
まだ視線を逸らそうとするけれど、手は繋がったままだから。泣いたままになんて、させない。
「でも私が主様の嫁になるだなんて……」
「どうして? リンゴは素敵な女の子だよ。ざくろの好きな子のことを、リンゴが否定しないで?」
「……主様」
「ねえ、返事をちょうだい?」
見上げてくれる。その頬の赤みに愛しさがこみ上げる。
「私も、お慕いしておりました……大好きです」
笑顔から零れたのは、幸せの涙。
●一歩ずつ
「今日は助かりました!」
「こういうときくらい頼ってくれていいから」
「もっと甘えちゃいますよ?」
「……別に、これくらい普通だよ」
「ふふ。ラファルちゃんもありがとう、ね?」
買い物の荷物持ち兼足役としてついてきたユリアン(ka1664)は、ルナ・レンフィールド(ka1565)の視線がラファルに向かったところで小さく息を吐く。
頼まれたら断れるわけがない。深く掘り下げずに話題を逸らしてくれるあたり、まだ手加減されているのだろうと気付いても居るのだけれど。
「ん?」
紙の音を辿れば、いつの間に渡されたのか。ラファルがチラシを咥えている。
「ブライダルフェア?」
「体験企画……ですか」
二人で覗き込む中、ルナの視線の先がドレスのイラストに向かったことに気付いて。
「ラファルに乗って行こうか」
「でも、荷物……」
「足が早いものはなかったよね」
「そうですけど」
「ラファル宜しく」
手早く騎乗したキャリアーの上から、ユリアンがルナへと手を差し出す。
「この場所、ちょっと懐かしくてさ。折角だから」
「それなら……お願いします!」
「目移りしちゃいます」
「折角だから沢山着たら?」
ちょっとした独り言のつもりが拾い上げられて。
「時間、結構かかっちゃいますよ?」
引くなら今だと、少しだけ譲歩を示してみる。
「今見るのが俺だけでも良ければ」
一番に見せたいのは貴方なのだけれど?
「写真にも撮れるしね。後で妹にも見せるよ。撮影は任せて」
「……ずるいです」
「何か言った?」
わざとなのか無意識なのか。それなら、めいっぱい付き合ってもらうしか、ない!
「どうですか?」
「よく似合ってる。瞳にあわせた分、外れないと思ったけど」
「せっかくですし、ユリアンさんも着てみませんか?」
「俺も??」
「待たせて撮ってもらうだけなんて申し訳ないです」
「男の衣装試着みて楽しいかな」
「私が見たいです。駄目、ですか……?」
「……じゃあ、一着だけ」
「どうだろう。着慣れない自覚はあるんだけど」
「すごく素敵です!」
「ありがとう。ルナさんは別のドレスにしたんだね」
「沢山着たら、って言ったのユリアンさんですよ」
「うん……綺麗だ、とても」
良く似合ってる、と続けながら思い出すのは、荷物の中に入れっぱなしのティアラ。一目見てルナのものだと、そう思った品。
「そうだ」
取り出してルナへと差し出す。髪はシンプルに降ろされているから、おあつらえ向きの状況。
「これとか、合いそうかな。……ちょっと、動かないで」
「……え、自分で」
「後ろの方は、自分じゃ見えないだろ」
「~~!!」
スタッフに、スマートフォンとカメラを預け撮影を依頼してすぐ、ルナの手がユリアンの腕に絡む。
「え」
「庭園がうまく入らないじゃないですか」
家族の近さと、慣れない体温。
「そう、だけど」
「カメラはあっちですよ!」
「待っ」
カシャッ!
「またいつか、一緒に着てみたいな……」
外から吹き込む風が、花弁と一緒に運ぶ小さな呟き。
窓の外、庭園のチャペルを眺める彼女の横顔に、つい手を伸ばしそうになって……気付いて、戻した。
遠くに流れてしまった、今はもう見えない空向こうの雨雲を探す。
「生きて、いたら……」
それくらい、見えない先の自分でなければ。自信のない今からの逃げかも知れないけれど。
「長く付き合わせてごめんね」
「こっちの台詞ですよ!」
「ねえ、ルナさん」
軽く屈んで、目線を合わせる。この高さなら大丈夫。
「……あの目は、多用はしない方がよいかもしれない」
どうしても勝てない。
「特に、男には……ね」
それじゃまた。姿勢を戻すのにあわせて、軽く髪を梳くように頭を撫でる。他の、なんて付け加えないうちに退散してしまおう。
●結びし愛の種類
「ユメリアも一緒に……ね?」
「そんな歳でもないのに。私、もうお婆さんですよ」
「もう、私だけなんて嫌よ」
「未悠さんのドレス選び、楽しみにしてきたんですよ。楽しみを奪わないでくださいな?」
「そうよ、だったら、私がユメリアのドレスを選ぶわ! それでお互いにお化粧もしあうの、素敵じゃない?」
「それ、なら……未悠さんの選ぶ衣装が気になってしまうではありませんか」
「やったわ、決まりね!」
高瀬 未悠(ka3199)が思い出すのは先日の、涙。
(幸せを贈り合う中の事だから、喜んでもらえたのは、分かっているの)
どうしても見過ごせない、小さな違和感。
(本当に少しだけ……苦しくて切なそうに見えたわ)
それがどこからくるものなのか、どうしたら自分に癒すことができるのか。
溢された年齢。残された時間を幸せに過ごすなら?
「……ドレスはすぐに決まったけれど。迷っているせいかしら?」
涙を意識しているせいか、真珠ばかりに目が向いてしまう。
「白と、赤……それぞれの調和がきっと、必要ですよね」
彼女の恋人と並ぶ前提で考えるべき、そう思えばこそユメリア(ka7010)の手は迷わずに伸びる。
幸せへの近道となるよう祈りを込めて。今までに教わり、与えられた彼女の心をより際立たせるように……
守れなかった命に向き合う優しさ。押しつぶされない強さ。絆を信じる心。
(それから……愛するということ……)
幸せをいつも、貰っている。
ロングマリアベールの中に隠すように、緩く編んだ三つ編みは肩から前へと垂らされている。澄んだ川を流れるように飾りつけられた白薔薇の中にも、そして流れを示す三つ編みにも真珠がちりばめられ、森の奥に隠された湧き水のように清廉とした雰囲気を保っている。三つ編みの先でもエンパイアラインの上に重ねられたシフォンが岸に波打つ様子を称え、照り返す陽射しの代わりにダイヤのビーズが並んでいる。
「とっても綺麗よ」
女神様みたいだと微笑みながら、唇に淡いピンクをのせていく未悠。涼し気な色で統一されていた中に、優しい暖色。それだけでぐっと人間味が、温もりが、優しさが感じられる。
後れ毛を少しだけ残しあげた髪はふわりと大きなシニヨン。薔薇の透かし細工を連ねた金のティアラを乗せれば華やぐ。添わせるのは一輪の薔薇。これはユメリアが持ち込んだ一品。芳醇な香りと、より瞳に近い色を理由に選んだ真紅の薔薇の残りは腰のラインを彩っている。動きで花弁がこぼれても、ふわりと広がるプリンセスラインのスカートの柔らかな輝きの上に留まったままになるはずだ。腰には純白の大きなリボンがひとつ、よく見れば華奢な金鎖が支えるようレース状に沿っている。
ティアラと揃いの指輪には紅玉をいくつか花弁に、青にも緑にもとれる蛍石を二つ、はめこんで。
「薔薇の君に相応しい姿ですね……」
満足そうに微笑むユメリアが、パシャリとまた一枚、記録を残す。
「ありがとう」
答える未悠の笑顔もまた幸せが溢れている。
「こうして一緒に過ごす時間も楽しいわ。なによりユメリア、貴女がこうして私の為に考えてくれていると分かるから、嬉しいの」
飛翔の邪魔にならないよう、ヴェールと同じ素材を幾重にも重ねたリボンで首や胴を飾り付けられたエーテル。その背から祝福の花弁が振舞われていく。
ユメリアの纏うヴェールも宙を舞い、空を彩っている。
降り注げ 花も陽光(ひかり)も
降り注げ 雨も雪も
大切なあなたに注ぐものすべて 幸せと変えて
世界中の誰かが積み重ねた絆も 新しい縁へ
降り注げ 幸せの欠片
ヴァージンロードの両側から花弁を振舞うのはレースをふんだんに利用したドレスに身を包んだミラと、未悠。タイミングを合わせふわりと風に乗せていく。気付けば口ずさんでいた歌も、軽快なリズムへと変わっていった。
「……ね、記念写真。とりましょうか」
「楽しかった記憶を形に残さなくてはね!」
カメラを自分の方に向けて、うまく枠に収めようと未悠に己の身を寄せる。
(貴女への想いを、いただいた大切なものを全て、この瞬間に封じ込めたいのです)
出来る限り、互いの距離をなくした一枚は、勿論これから先の宝物。
取り出した写真を確認しようとする横から、未悠の手が奪っていく。
「ねえ、ユメリア。貴女と一緒にいられてとても幸せよ」
絡む視線は胸の奥底を覗いてくるようで。
「私は。あなたの幸せな姿を謳えることが、私の幸せです」
「なら、すっとずっと貴女の側にいるわ」
近くで見られるだけでも良かった。けれど側に居てよいと、認めてもらえた。
「これからも私が貴女を幸せにするわ」
「なら、私も。あなたの幸せを私も作り、守ります。守らせて、ください」
「私、こんなに想ってくれる人がいて幸せね」
もう一枚、今度は未悠が抱きついて、シャッターを切る。
『互いに互いの幸せを守るため共に必ず生き残る』
裏面に書き込むのは今日の日付と、誓いの言葉。
●未来のさきどり
トレーンも長く作られたAラインのスカートを軽く摘みあげて、ゆっくりとシトロンが歩いてくる。
慣れない長さに戸惑いながら、けれど耳はピンと立って、尻尾は機嫌よく揺れている。ドレスに施されたレースと同じリボンが髪飾りのかわりに揺れていて、ミニヴェールもゆっくりと後をついてくる。
チャペルの入り口の小さな段差。立ち止まって、小さく首をかしげて。一度鞍馬 真(ka5819)の方へと視線を向けてから、頷いて。
もう一度正面へと向き直って、丁寧に、一歩ずつ。
(なにこれどうしよう、一瞬たりとも見逃せない)
着替え終わった全身を確認するところから、庭園を通り今この瞬間まで、真はずっとシャッターを切り続けている。
(……シトロンも、いつか他のユグディラと結婚したりするのかな)
試しにシルエットを隣に並べようとしてみたのだが、想像が明確に形をとる前に霧散した。
「うん、駄目だね!」
考えるだけで泣きそうだ、むしろ今目元が熱い気さえする。娘を持った父親の気持ちが、なんだか分かってしまった。
「シトロン、変な相手を連れて来たら私怒るからね! 覚えておいて?」
不安そうに見上げてくる小さな肩に両手を置いて、真剣に伝える。耳がぺたりと伏せた。
「あぁ、ごめん。驚かせちゃった。気が逸ってね……」
ヴェールを落とさないようにそっと頭を撫でれば、嬉しそうに抱きついてくるのにホッとする。急な大声で尻尾がぶわりと膨らんでいたくらいなので、いつも通りの様子に戻ってくれれば安心できるというものだ。
(それよりは、目先の……)
選び取る道によっては、シトロンだけでなく。家族として共に過ごす皆との縁がなくなる。それはこの数年で築き上げた真の根幹も揺らぐ可能性を秘めている。
(……ううん、今はそれを考える時じゃないな)
折角の企画なのだから楽しむべきだ。
小さな娘、愛らしい花嫁を抱き上げて、庭園へと足を向けることにする。
「でも、その時が来たら、きちんと送り出すからね」
ほんの少しだけ、尻尾の位置が下がっているのだが、既に目的地へと視線を向けている真は気付かない。
「けど……私はまだ手放せそうにないよ」
今日だって、大人びた雰囲気を出そうと、成長しようと頑張る、可愛らしい様子をまた一つ見つけたばかりだ。
「だからね、まだまだ私と一緒にいてほしいな?」
頬を摺り寄せてくるシトロンの毛並みがくすぐったくて、真の笑い声があがった。
●満たされたいの!
「おいしいけどもっと量があったら最高なの……」
ディーナ・フェルミ(ka5843)が見つめるのは空っぽのプレート。ソースもパンで綺麗に拭って残さず食べている。
ちらりと給仕に視線を向けて。
「あと5人前何て言わないの……あと1人前、駄目?」
その体躯からは想像できない暴食が可能なディーナである。捨てられた仔犬のような眼が、更に涙を湛え……効果はナイようだ!
「……うん、しょうがないよね」
タダめしである。されど、それは宣伝の為のもの。
「試食だってわかってたけど。すっごく……美味しかった……」
空っぽのお皿が下げられていく。仕切りの向こうに見えなくなるまで、ディーナの視線は追い続けていた。
「決めたの!」
勢いよく立ち上がった音に周囲から視線が集まったけれど、考えに夢中なディーナは気にしない。
「私、自分の時は食べ放題にするの!」
なにより大好きなあの人も、一緒に食べることの幸せ、それを分かってくれるはず。
「喉元まで詰め込む幸せのお裾分けってあっても良いと思うの!」
せっかくの素敵な思い付きは、すぐに伝えたい。早速連絡を取ってみようか。笑顔になったディーナは楽しげに席を立った。
●たぬきざん?
「龍園じゃこういう服じゃないでしょぉからぁ、興味あったんですぅ」
しっかり記録しようと、星野 ハナ(ka5852)は魔導スマホのシャッターをきっていく。自撮り棒の操作とアングル計算はお手の物。ブーケをうまく使えば、鏡だって有効活用できるのだ!
「やっぱり白のウェディングドレスって夢がありますけどぉ」
ドレスを見下ろし頷く。揃いで並ぶなら白のタキシードだろうか?
「でも、龍園だったらもっと、伝統の? 民族衣装になるんでしょぉか……?」
頭を捻る。
「ああ! 龍園の衣装もありますかって、聞いてしまいましょぉかぁ」
浮かぶ笑顔は、あまり人様に見せていい表情ではなかったりする。
先ほどから妄想で同伴しているあの人にもそれを見せているので、実際の進展はさっぱりないのだが。
仮の相手として妄想するくらいは、ほら、セェフ!
「肉体美を損なわないものだったらいいですぅ」
割れた腹筋が分かるような薄地もしくはぴっちり、なぁんて。
「やばいですぅ……ぺろぺろはぁはぁくんかくんかしたいですぅ」
乱れる呼吸にあわせてさらに表情が崩れた状態で、ハナは更に深く妄想タイムへと突入し……アウト?
●隣で、真ん中
「はぇ?」
「あれ、雲雀ちゃ~ん?」
「……デ」
「うん?」
「デート、ですよね?」
「そうだよ~? 体験会なんだって♪」
「……あっ、そっ、そうですよねっ!?」
「うん、もしかして……打ち合わせだと思った?」
「それは」
「それでもいいよ~?」
「……」
「固まっちゃったか~。でも、抱っこしていけば大丈夫だよね♪」
一着目は、斜めにカットしたシフォンを幾重にも重ね妖精のように仕上げられた桃色。
二着目は、光の加減で虹のように輝く糸で全面に羽根の刺繍を施した純白。
グラディート(ka6433)の見立てたドレスを請われるままに着用していく雲雀(ka6084)に、少しばかり緊張を交えながら差し出すのは、黒。ただ漆黒で塗りつぶしたようなものではなく、僅かな濃淡のグラデーションがスカートのひだを彩っている。
「もうあなた以外の色には染まりません。って意味もあるけどね?」
目を丸くする雲雀に、微笑んで。
「そのままの自分であり続けていいですか、ってことで、うちの一族は着るんだよね~」
最後にして本命のその黒いドレスを、ディはお願いという形ではなく、ただ、差し出す。
(ねえ、雲雀ちゃんは……着てくれる?)
何物にも染まらない色。
自己があるからこそ簡単に染まらない色。
だからこそ相手を吸収し、共に在れる色。
(僕を受け入れて、その上で。雲雀ちゃんのままで、居てくれる?)
(……初めて聞いたのです)
ゆっくりと瞼を閉じて、呼吸をそっと整える。
確かに白や、淡い色が当たり前だと思っていた。
鮮やかな赤も、思い描く候補に上がっていた。憧れている彼の姉の色であり、彼の瞳の色だから。
(でも。今は)
ドレスを抱きしめる。その意味は確かに素敵なもので、自分としても。憧れの姿に近づけそうで。
(これが、いいのです)
軽く乱れた髪を整えながら、身に着けたばかりのドレスに意識を向ける。
「……ディの色ですから」
幼馴染なのだから、とっくに。あなたの色に染まって居るのだ……心の中にある部屋なんて、特に。
「……似合うですか?」
「……」
「ディ?」
「僕はね、雲雀ちゃん」
「……何か気がかりでもあるのです?」
「最初の勘違い、あったでしょ。そのとおりでも構わなかったんだよ?」
「ッ!?」
「でも大丈夫。心配しないで? ちゃ~んと、雲雀ちゃんにあわせるよ。……順番は守るから、ね♪」
「~~ッ、ディ……っ!?!?」
●嵐の予感
「ドレスって言いださなくて良かったけどよ」
あいつなら言いかねん。そう思いながら白のフロックコートに着替えるカイン・シュミート(ka6967)は、気付けばリーベ・ヴァチン(ka7144)に連れ出されていた。
「そうだ、これで撮影を頼みたいんだが」
リーベの支度が整う前に、忘れずにカメラを出しておく。
惜しげなくデコルテをさらけ出すビスチェタイプの一着は、常よりも女性としての魅力を際立たせてくれる。カインの視線を絡め取れたようだ。
「お前のドレス豪華だな」
「着てみたかったんだ」
今日はまだ一時的だが、姫君を奪い取って来た甲斐はある。
(この命を懸ける為のゲン担ぎだ)
前借りだが、バチは当たらないと信じている。
「……お前が他の誰かの色に染まるとか、想像できないけどな」
「何を言っている」
Aラインのスカートはトレーンこそ長くとられているが、アシンメトリのチュールを重ねた構造のおかげで足さばきを遮ることがない。淡虹の隙間からすらりとした脚が覗くことも気にせずに、リーベはカインへと迫る。
「おまっ、視線とか考えろ!?」
「阿呆」
真っ赤な顔を、至近距離から見つめる。
「お前が私に染まるんだ」
触れそうなほどの近くで囁く声は、無意識に甘く響く。
「念入りに染めてやる」
「ちょ、俺が染まるって……!?」
「決まっているだろう? ドレスを着るのは私だが、それは外見上の都合だ」
「確かに似合ってると思うがっ」
「これが私だ」
混乱しているカインは隙が多い。
(今日はどの女も出し抜けた。遠慮なんてするものか)
足元がおぼつかないと思った瞬間、床がわからなくなった。
「!?」
リーベの顔が近いだけでなく、温もりに包まれる。
「う、わあああ……」
顔を覆うしかできない。お姫様抱っこなんて、普通俺がやる側だろう!?
「着地点を見守りたい子がいる。私が本番を迎えられるのはあの子次第だろう」
なんとなくだが、察した。
「……本番?」
「待ってろよ、私のお姫様?」
「はっ!?」
耳に直接届けられた睦言に、また頬が熱くなる。それどころではないと、強引に言葉をひねり出す。
「姫じゃねぇけど待っててやる」
そう言えば、お前は帰ってくるだろう?
「……姫じゃねぇけど」
見つめ合う瞬間の写真、そのフラッシュに気付いたのは随分と後。
混乱に陥ったカインも、宥めず楽しげに愛でるリーベもまた、互いにいくつかの過程をすっ飛ばした、その事実を見落としているのだった。
キヅカ・リク(ka0038)の視線を追った金鹿(ka5959)もポスターに気付く。
「キヅカさんは黒がお似合いになるから袴も似合うでしょうし」
髪色に合わせるのは定番だ。
「だからこそ、洋装での白を見てみたい気もして迷いますわね……」
「よし行こう」
「どちらにするか、決まっていませんけれど?」
「え、両方着るよ」
着だけなんて記載はない。
「勿論、マリも合わせて着てくれるだろ?」
撫でつけた髪の具合を無意識に確かめて。
(どっちも似合うだろうけど)
視線を入口の方に向けているべきか、窓の外で樹でも数えているべきか……
「お待たせしましたわ」
「思っていたより早かっ……」
「……キヅカさん?」
呆けたリクと、首を傾げる金鹿。
「大丈夫ですの?」
ぐいと腕を引かれバランスを崩した。
「きゃっ!?」
「綺麗だ」
気付けば抱え上げられている。所謂お姫様抱っこというやつで、足元がおぼつかない、その心許なさが……今、なんと?
「……急に、なんなんですの!」
理解した途端頬が熱い。白無垢だからなおさら、朱色が映える。
「ここにカメラがないのが憎い……!」
付き合いたてほやほやで記念写真の為の道具を忘れるあたり、リクは浮かれていたのである。
「だからさ、マリ。目だけじゃなくて、五感全部で覚えておこうと思って」
「ま、まあ……他の方の目はありませんし? 少しくらいなら」
まだ火照ったままなのがわかるせいか、新たに袖を通すドレス生地のひんやりとした手触りが心地よく感じられる。平静を保とうと心掛けてはいるものの、どうしても先ほど感じた近すぎる体温が脳裏から離れてくれそうにない。
「……こちらから仕掛けてもいいはずですわ」
リードされてばかりだからではないだろうか、なんて考えがよぎったのは、きっとこのフェアの空気にあてられているせいだ。
二度目となると慣れたのか、照れた顔は拝めなかった。
「すました顔もかわいい」
勝手にこぼれた言葉に僅かにたじろいだようだけれど、金鹿の腕が首に回されて、顔が近づいてくる。
「マリ?」
表情が見えなくなったからと顔を向けようとするが、遮られる。
「ちゃんと幸せにしてくださいましね……リクさん」
耳元への囁き。改めて、関係が変わったことを実感する。
「反則だろ……」
自分も赤くなっている筈だ。顔を見られないよう、背を支える腕に力を籠める。
「……お前を好きになって良かった」
●鐘の音を
説明に相槌をうつヒース・R・ウォーカー(ka0145)の様子は普段通りで、南條 真水(ka2377)はどこかふわふわとした足取りのまま隣を歩いている。
(そのうち結婚するのかな)
こうして一緒に来ているのだから、そんな未来がいつか来るのだろう、ぼんやり『いつ』かを考える。
(この戦いが終わったら……いやこれ死亡フラグだ止めよう)
勢いよく首を振る真水だけれど、体勢が崩れることもない。傍目にも心ここにあらずな彼女の手には、ヒースの手がしっかりと繋がれている。
軽く手を引く程度の誘導だけでチャペルへとついてくる真水は知的好奇心の方が勝っているのか、視線を方々に向けている。その信頼感に安堵と自信を改めて感じとる。
「少し相談してみるからねぇ」
都合よく他の見学客が居ないタイミングだ。ヒースがそう伝えれば、案内役は退出していった。
二人きりだという事に、彼女が気付くのはいつだろう?
「真水」
声の方へ視線を戻せば、目線が低い。繋がれていた筈の手は、大切だと、大事だと示すようにその触れ方が変わっている。
「ボクはこの世界で生きると決めた。過去を背負い、今を生きて未来に進む。その為に、お前は必要なんだ、真水」
手の向こう側。
「南條真水。ボクと……ヒース・R・ウォーカーと結婚してください」
見上げてくる金色に、縫い止められたようで、動けない。
「……あわ、わ」
頬が、いや、むしろ首のあたりまで赤くなっている。とても近くから覗き込みたい衝動を抑えながら返事をじっと、待つ。
「わわ……っ」
僅かだが視線を逸らしたのを感じ取り、もうすぐだと気が逸る。聞き逃さないよう意識を最大限、真水だけに向ける。
「……すぐ未亡人にしたら承知しないからな」
無意識に呼吸を止めていた。意味を理解するのと同時に世界がまた動き出して、腕を伸ばした。
「あわわっ? 何っ!?」
「ごめん、抑えきれなかった。情けないボクを笑ってくれ」
心配そうな色を湛えた紫が、腕の中からこちらを伺っている。
「いや、一緒に笑い合いたいかな」
「世界で一番、君を愛してるよ、真水」
真剣な声音も、甘くとろかせて体全体に浸透させてくる今の声も。
(笑顔なんて余裕、あるわけないじゃないか!)
でも、これだけは。
「ああ、もうっ、南條さんだってヒースさんを、ああ愛し、てるよ!」
すぐに彼の胸元で顔を隠すくらいしか、出来そうになかった。
鐘の音が、星が、ひとつになったシルエットを祝うように、響く。
●幸せの欠片を
「カッテが……チョコ届いたって……」
「時間がかかってしまったけどね」
長老と、師団長を経由したらしい。わずかに眉が下がる様子に、シェリル・マイヤーズ(ka0509)は小さく首を振る。
「ううん……充分、以上……それでね。まだ未来の予定だけど……お返事、貰えた……」
「良い結果だったみたいだね?」
「恋って……切ないだけじゃないみたい……」
しっかりと頷くのと同時に、笑みが浮かんでいる。
「ありがと、シャイネ……」
「結果を教えてもらったんだ、僕の方こそありがとう、だよ♪」
客足が多いおかげで、うまく周囲に紛れさせることが出来ている。
そろそろ頃合いだろうか?
(にーさんと、新しいねーさんに……内緒でサプライズ……)
想いを伝えて、同じ心を返される幸せ。
他の誰か……特に今は、親しい二人の幸せを願えるのだ、それもまた幸せなことで。
「……星を降らせるのと……雪を降らせるのと……どっちがいいと思う?」
スタッフにスキルの許可と意見を求めれば、タイミングを合わせて鐘も鳴らしますとの提案も受けて。
「それ、いい……!」
流れ星を模した光弾が、祝福の鐘を鳴らす形になったのだ。
●結んで解いて、また繋いで
「エアさん見て見て! ブライダルフェアだって!」
組んでいた腕を引き、ジュード・エアハート(ka0410)はチラシを示す。
「へぇ、エクラのしきたりは詳しくないが」
エアルドフリス(ka1856)も興味を引かれ誘われるまま歩みを揃えた。
建物ひとつとっても数多の文化が込められているから、興味は尽きない。
「こんなチャペルで式を挙げられたら素敵だよねー」
聞こえたジュードの弾む声に首を傾げた。
「そういうものかね」
「エアさんは違うの?」
「場所に拘るという感覚は、面白いもんだと思うが」
思い返すのはかつての記憶。
「俺の故郷では、族長と巫女が司式をする。夫婦となる2人は、その日最初の朝露を布に染ませてね」
自然と精霊にこれからの在り方を誓う様式だ。
懐かしむ声音を感じながら、ジュードはステンドグラスを見上げる。
「俺は、結婚って誓いの儀式だと思ってる」
ただ、自分の考えを伝えておきたい、それだけ。
故郷の話へのほんのお返し。押し付けたくないという意思が、呟きの形で零れる。
「ずっと一緒にいるとか、貴方にだけは嘘はつかないとか……ほんの小さな約束。その内容は、2人で決めて良いんじゃないかな」
たったひとつの願い事に辿り着いたから。
「……誓う先も、自分と、相手と。第三者はどんな精霊でもヒトでも良いかなって」
そう、思うようになった。
「駄目だな、俺は」
小さな呟きが染みこんでくる。大事なものだからこそ、雫が溜まっていく。
(ジュードと離れたくない、それは本心だ)
本心を聞いて、固まり始めたけれど。
(各地を巡り人々を助けたいという願いも、本心だ)
生き様も手放せない。
保証もせず恋人の未来を縛るような二つの願いを持つ自分に、資格があるのか……迷いが生まれた。
もう一押し、そう思ってもいい?
「エアさんには、旅に出ても絶対俺のところに帰ってくるって誓って欲しいな」
この我儘は、エアさんを困らせるかな?
「エアさん、俺と結婚しよ?」
見上げてくる緑に籠もる熱は、甘い夜よりももっと、強い。
(一般的な意味の結婚は難しかろう)
だから踏み出せないまま、踏み込ませてしまった。
(だが一緒に居る、生涯を共にするという意味なら)
身体ではなく、心の距離。愛しい熱をより深い場所に、常に抱き続けてもよいのなら。
三つの願い事はきっと、満たすことができる……か?
口付けの距離で囁きを、返した。
●どこに在っても
エルティア・ホープナー(ka0727)が新たな物語の気配を見出そうと思考を巡らせるのは、余所見も含め日常茶飯事。シルヴェイラ(ka0726)が支えてくれているからこそだ。
「蒼の地では雨季を梅雨……と言うのだったかしら?」
ショーウィンドゥの白いドレスに視線を移す。美しいけれど、季節に不似合いだとも思ってしまう。
「建設的ではないと思うの」
「また斬新な視点だな、エア」
「湿気でジメジメするし、泥跳ねで汚れてしまうじゃない」
「……君がそこを気にするのか」
小さく零された言葉は聞こえていない。
「ただ、そうね……雨音の奏でる祝歌は素敵だと思うわ」
寝入りの雨音を思い出す。
「誰かの物語が交わって重なる瞬間……素敵よね……」
同時に、新しい物語ができるのだから。
(憧れがある、なんて言い出すよりはエアらしいな)
仮ではあっても着たところを見てみたいと思いはするが、この時期ではないだろうと打ち消す。しかし、だ。
「邪神に攻められようとしている今でも、祝い事を行おうという人の強さは凄いものだな」
「そんな物語もあるから、知識としてはわかるわ」
終わりを前にした華やかさは長く続かない、目まぐるしく展開される物語の常、約束事のようなもの。
「何事にも始まりはあり、終わりがあるは必定」
わかってはいても、急いて歩みたいわけではない。
「だが、まだ先であるべきだ……私には失いたくないものがあるからね」
視線は、エアに向かう。
(ある意味では、願掛けかもしれないが)
エアという物語に寄り添い整える糸であるために、小さな可能性も潰しておきたいと思うのは当たり前だと思うのだ。
「あら、結末はひとつじゃないわ」
示された道だけでも複数。犠牲や変化の提示もあった。新たに拓かれる可能性も。
「ハッピーエンドの先にも物語は続くのよ?」
なにより、バッドエンドだとも決まっていない。
「何が有ろうと私は見届けると決めたの」
エアが求めるのは、世界に溢れる物語の中でも、『世界』そのものが綴るそれ。
「零れ落ちる詩すら聞き逃したくないわ」
いつもどおりの彼女の言葉が、当たり前だからこそ心地よくシーラの耳を擽る。
「貴方も、一緒に居てくれるでしょう?」
尋ねているようでいて、その表情に不安は浮かんでいない。
「「この命が燃え尽きる最期のその瞬間まで」」
エアの言葉に重ねる。答えは決まっている。
「私は、そんな君と共に居よう」
●約束
「ほれほれ、アル。さっさと決めていきますですよ♪」
「わわっ!?」
様々なサンプルを見比べながら、アルフレッド・キーリング(ka7353)に身を寄せるシレークス(ka0752)。その横に控えながら、インフラマラエは吐息を零す。
その髪色に負けないくらい顔を真っ赤にさせた少年と、純情を手の上で転がし翻弄し続けるお姉さん……視点によっては背徳的。
「まずは式次の確認からですよ、覚えていやがりますか?」
「勿論です、予習復習も、鍛錬と共に怠ってません……!」
諳んじるアルは頻繁に、シレークスの表情を伺っている。
(くふふっ♪ 慌てていやがりますねぇ、実に可愛いことであります♪)
実際のところ、今日はあくまでも下見なのである。そもそも二人は今の関係になってまだ日が浅く、プロポーズなんて話も出ていない。なので必然的に知人の為のものなのだが……。
うにゃ~
気付かない上に焦ってばかりのアルと、それをニヤニヤと眺め口元に笑みが浮かぶことが抑えられないシレークス。インフラマラエの前足が十字を切った。
「それじゃー実際の動きもさらってみやがりますか」
「えっ?」
チャペルに入ってすぐ。さっさと新郎の位置に行けと身振りで追いやるシレークス。インフラマラエもすました様子でシレークスの隣に立った。
お手をどうぞとばかりに差し出された猫手を握る。身長差はこの際気にしない。修道女の神聖な雰囲気を纏ったシレークスが、少しずつ、バージンロードを歩む。
(くふふふ……いい顔してやがりますね、じゅるり)
近付くほど、上せたように潤む瞳をしっかりと脳裏に焼き付ける。それでいて態度に出してないあたりシレークスは器用だ。
インフラマラエが神父役の場所に移動して咳払いするのを合図に、シレークスの雰囲気が変わった。
文字通り手取り足取り、緊張と戸惑いでおぼつかないアルの手を誘導したり、姿勢を正させてみたり。わざとらしいほど甲斐甲斐しい仕草は、アルの視界、そのすぐそばで美味しそうな小麦色がちらつき続けることと同義である。
脳内処理が追いつかない、しかし気になって仕方ない……そんなアルの様子を、シレークスは心の底から楽しむ事に徹する。
(まぁ、いずれはおめーとも……)
楽しみはそろそろ終わり。流されるままに近づいてきたアルとのわずかな距離に手を差しいれた。そう、誓いのキスを寸止めである。
「シレークス、様……?」
「なぁに、その内、おめーとの予定も立ててやりやがりますからねぇ。ククククッ」
「っ!!?」
急に現実に引き戻されたその顔も、とてもおいしそうだ。
不覚にも、驚きが先に来てしまった。
(シレークス様は、もっと先まで考えておられました)
チャペルの見学に二人でなんて、どうしても意識してしかたなかった。
勿論嬉しい。けれど恐れ多いと感じていた。まだその資格がないと、そう思っているから。
真直ぐ見つめ返すべきところだと思うから、アルは顔中が熱いのを自覚しながらも、シレークスの正面で姿勢を正す。
「いえ、あの、とても光栄なこととは思いますが、まだ早いと思うんです……」
譲れない部分がある。男として、背中を追うだけでなくて、頼ってもらえる存在になりたいと思う。
「おめーのタイミングを待て、と?」
「はい」
うにゃ~
「インフラ様、からかわないでくださいぃ!?」
肩をすくめる仕草はどうしても見過ごせなくて焦るアルに、初めて目を奪われた時と同じ微笑みが向けられる。
「待ってあげやがりますよ」
「……はい。そう仰って頂けるなら、頑張れます。精進します……!」
貴女の隣に、今よりもっと胸を張って立てる、その時まで。
●新しい関係
気付けば真っ白なドレスを着せつけられていた。
「あの……主様」
ふわふわのプリンセスライン。この感触はどうにもなれない。時音 ざくろ(ka1250)の待つ部屋に辿り着いてすぐ、タキシード姿の眩しさに頬が熱くなる。
焦って一度首を振ってから、どうにか視線を逸らす。リンゴ(ka7349)は周囲へと視線を巡らせた。
「どうしたの?」
「その、嫁様達はどちらに?」
「え? 今日は2人でだよ」
微笑みを浮かべ、手を伸ばしてくるざくろ。目が逸らせなくなって、見つめ合ってしまった。
「ざくろ、リンゴと2人でもっといろんな事体験したかったから」
「私だけ、ですか……」
嬉しいと、言葉にする前に心が逸る。その手に触れたいと願ってしまって。少しずつ踏みしめるように、近付いていく。
「リンゴ凄く綺麗……」
見惚れるような甘い言葉に我に返る。自分はあくまでも従う立場で、嫁である彼女達とは違うはずで。
「主様のタキシード姿も素敵です」
このままでは都合のいい勘違いをしてしまいそうだと、逸る胸を抑えながら目を逸らした。
「一緒に来れて本当に良かった」
手を引いてチャペルへと連れ出すけれど、リンゴは一歩後ろを歩くのを止めない。
「私がこのような……」
深呼吸の気配に、ゆっくりと続きを待つことにする。
「主様に、嫁のように扱っていただけるなんて……夢のような時間でした……」
「えっ、リンゴ!?」
慌てて顔を覗き込めば、どこか辛そうに、涙をこらえているようで。潤んだ瞳がより強く輝くのに一瞬、見惚れてしまう。
「違うよ」
いけない、今は言葉を尽くしたい。この気持ちを伝えなくちゃ。
「リンゴとの結婚式の下見になったらいいなって思ったんだよ」
夢になんてさせないんだから。
「ざくろ、いつかリンゴにもざくろの家族になって欲しい、君が大好きなんだ」
だから悲しい顔をしないで、笑って欲しいな。覗き込んで視線を重ねる。
まだ視線を逸らそうとするけれど、手は繋がったままだから。泣いたままになんて、させない。
「でも私が主様の嫁になるだなんて……」
「どうして? リンゴは素敵な女の子だよ。ざくろの好きな子のことを、リンゴが否定しないで?」
「……主様」
「ねえ、返事をちょうだい?」
見上げてくれる。その頬の赤みに愛しさがこみ上げる。
「私も、お慕いしておりました……大好きです」
笑顔から零れたのは、幸せの涙。
●一歩ずつ
「今日は助かりました!」
「こういうときくらい頼ってくれていいから」
「もっと甘えちゃいますよ?」
「……別に、これくらい普通だよ」
「ふふ。ラファルちゃんもありがとう、ね?」
買い物の荷物持ち兼足役としてついてきたユリアン(ka1664)は、ルナ・レンフィールド(ka1565)の視線がラファルに向かったところで小さく息を吐く。
頼まれたら断れるわけがない。深く掘り下げずに話題を逸らしてくれるあたり、まだ手加減されているのだろうと気付いても居るのだけれど。
「ん?」
紙の音を辿れば、いつの間に渡されたのか。ラファルがチラシを咥えている。
「ブライダルフェア?」
「体験企画……ですか」
二人で覗き込む中、ルナの視線の先がドレスのイラストに向かったことに気付いて。
「ラファルに乗って行こうか」
「でも、荷物……」
「足が早いものはなかったよね」
「そうですけど」
「ラファル宜しく」
手早く騎乗したキャリアーの上から、ユリアンがルナへと手を差し出す。
「この場所、ちょっと懐かしくてさ。折角だから」
「それなら……お願いします!」
「目移りしちゃいます」
「折角だから沢山着たら?」
ちょっとした独り言のつもりが拾い上げられて。
「時間、結構かかっちゃいますよ?」
引くなら今だと、少しだけ譲歩を示してみる。
「今見るのが俺だけでも良ければ」
一番に見せたいのは貴方なのだけれど?
「写真にも撮れるしね。後で妹にも見せるよ。撮影は任せて」
「……ずるいです」
「何か言った?」
わざとなのか無意識なのか。それなら、めいっぱい付き合ってもらうしか、ない!
「どうですか?」
「よく似合ってる。瞳にあわせた分、外れないと思ったけど」
「せっかくですし、ユリアンさんも着てみませんか?」
「俺も??」
「待たせて撮ってもらうだけなんて申し訳ないです」
「男の衣装試着みて楽しいかな」
「私が見たいです。駄目、ですか……?」
「……じゃあ、一着だけ」
「どうだろう。着慣れない自覚はあるんだけど」
「すごく素敵です!」
「ありがとう。ルナさんは別のドレスにしたんだね」
「沢山着たら、って言ったのユリアンさんですよ」
「うん……綺麗だ、とても」
良く似合ってる、と続けながら思い出すのは、荷物の中に入れっぱなしのティアラ。一目見てルナのものだと、そう思った品。
「そうだ」
取り出してルナへと差し出す。髪はシンプルに降ろされているから、おあつらえ向きの状況。
「これとか、合いそうかな。……ちょっと、動かないで」
「……え、自分で」
「後ろの方は、自分じゃ見えないだろ」
「~~!!」
スタッフに、スマートフォンとカメラを預け撮影を依頼してすぐ、ルナの手がユリアンの腕に絡む。
「え」
「庭園がうまく入らないじゃないですか」
家族の近さと、慣れない体温。
「そう、だけど」
「カメラはあっちですよ!」
「待っ」
カシャッ!
「またいつか、一緒に着てみたいな……」
外から吹き込む風が、花弁と一緒に運ぶ小さな呟き。
窓の外、庭園のチャペルを眺める彼女の横顔に、つい手を伸ばしそうになって……気付いて、戻した。
遠くに流れてしまった、今はもう見えない空向こうの雨雲を探す。
「生きて、いたら……」
それくらい、見えない先の自分でなければ。自信のない今からの逃げかも知れないけれど。
「長く付き合わせてごめんね」
「こっちの台詞ですよ!」
「ねえ、ルナさん」
軽く屈んで、目線を合わせる。この高さなら大丈夫。
「……あの目は、多用はしない方がよいかもしれない」
どうしても勝てない。
「特に、男には……ね」
それじゃまた。姿勢を戻すのにあわせて、軽く髪を梳くように頭を撫でる。他の、なんて付け加えないうちに退散してしまおう。
●結びし愛の種類
「ユメリアも一緒に……ね?」
「そんな歳でもないのに。私、もうお婆さんですよ」
「もう、私だけなんて嫌よ」
「未悠さんのドレス選び、楽しみにしてきたんですよ。楽しみを奪わないでくださいな?」
「そうよ、だったら、私がユメリアのドレスを選ぶわ! それでお互いにお化粧もしあうの、素敵じゃない?」
「それ、なら……未悠さんの選ぶ衣装が気になってしまうではありませんか」
「やったわ、決まりね!」
高瀬 未悠(ka3199)が思い出すのは先日の、涙。
(幸せを贈り合う中の事だから、喜んでもらえたのは、分かっているの)
どうしても見過ごせない、小さな違和感。
(本当に少しだけ……苦しくて切なそうに見えたわ)
それがどこからくるものなのか、どうしたら自分に癒すことができるのか。
溢された年齢。残された時間を幸せに過ごすなら?
「……ドレスはすぐに決まったけれど。迷っているせいかしら?」
涙を意識しているせいか、真珠ばかりに目が向いてしまう。
「白と、赤……それぞれの調和がきっと、必要ですよね」
彼女の恋人と並ぶ前提で考えるべき、そう思えばこそユメリア(ka7010)の手は迷わずに伸びる。
幸せへの近道となるよう祈りを込めて。今までに教わり、与えられた彼女の心をより際立たせるように……
守れなかった命に向き合う優しさ。押しつぶされない強さ。絆を信じる心。
(それから……愛するということ……)
幸せをいつも、貰っている。
ロングマリアベールの中に隠すように、緩く編んだ三つ編みは肩から前へと垂らされている。澄んだ川を流れるように飾りつけられた白薔薇の中にも、そして流れを示す三つ編みにも真珠がちりばめられ、森の奥に隠された湧き水のように清廉とした雰囲気を保っている。三つ編みの先でもエンパイアラインの上に重ねられたシフォンが岸に波打つ様子を称え、照り返す陽射しの代わりにダイヤのビーズが並んでいる。
「とっても綺麗よ」
女神様みたいだと微笑みながら、唇に淡いピンクをのせていく未悠。涼し気な色で統一されていた中に、優しい暖色。それだけでぐっと人間味が、温もりが、優しさが感じられる。
後れ毛を少しだけ残しあげた髪はふわりと大きなシニヨン。薔薇の透かし細工を連ねた金のティアラを乗せれば華やぐ。添わせるのは一輪の薔薇。これはユメリアが持ち込んだ一品。芳醇な香りと、より瞳に近い色を理由に選んだ真紅の薔薇の残りは腰のラインを彩っている。動きで花弁がこぼれても、ふわりと広がるプリンセスラインのスカートの柔らかな輝きの上に留まったままになるはずだ。腰には純白の大きなリボンがひとつ、よく見れば華奢な金鎖が支えるようレース状に沿っている。
ティアラと揃いの指輪には紅玉をいくつか花弁に、青にも緑にもとれる蛍石を二つ、はめこんで。
「薔薇の君に相応しい姿ですね……」
満足そうに微笑むユメリアが、パシャリとまた一枚、記録を残す。
「ありがとう」
答える未悠の笑顔もまた幸せが溢れている。
「こうして一緒に過ごす時間も楽しいわ。なによりユメリア、貴女がこうして私の為に考えてくれていると分かるから、嬉しいの」
飛翔の邪魔にならないよう、ヴェールと同じ素材を幾重にも重ねたリボンで首や胴を飾り付けられたエーテル。その背から祝福の花弁が振舞われていく。
ユメリアの纏うヴェールも宙を舞い、空を彩っている。
降り注げ 花も陽光(ひかり)も
降り注げ 雨も雪も
大切なあなたに注ぐものすべて 幸せと変えて
世界中の誰かが積み重ねた絆も 新しい縁へ
降り注げ 幸せの欠片
ヴァージンロードの両側から花弁を振舞うのはレースをふんだんに利用したドレスに身を包んだミラと、未悠。タイミングを合わせふわりと風に乗せていく。気付けば口ずさんでいた歌も、軽快なリズムへと変わっていった。
「……ね、記念写真。とりましょうか」
「楽しかった記憶を形に残さなくてはね!」
カメラを自分の方に向けて、うまく枠に収めようと未悠に己の身を寄せる。
(貴女への想いを、いただいた大切なものを全て、この瞬間に封じ込めたいのです)
出来る限り、互いの距離をなくした一枚は、勿論これから先の宝物。
取り出した写真を確認しようとする横から、未悠の手が奪っていく。
「ねえ、ユメリア。貴女と一緒にいられてとても幸せよ」
絡む視線は胸の奥底を覗いてくるようで。
「私は。あなたの幸せな姿を謳えることが、私の幸せです」
「なら、すっとずっと貴女の側にいるわ」
近くで見られるだけでも良かった。けれど側に居てよいと、認めてもらえた。
「これからも私が貴女を幸せにするわ」
「なら、私も。あなたの幸せを私も作り、守ります。守らせて、ください」
「私、こんなに想ってくれる人がいて幸せね」
もう一枚、今度は未悠が抱きついて、シャッターを切る。
『互いに互いの幸せを守るため共に必ず生き残る』
裏面に書き込むのは今日の日付と、誓いの言葉。
●未来のさきどり
トレーンも長く作られたAラインのスカートを軽く摘みあげて、ゆっくりとシトロンが歩いてくる。
慣れない長さに戸惑いながら、けれど耳はピンと立って、尻尾は機嫌よく揺れている。ドレスに施されたレースと同じリボンが髪飾りのかわりに揺れていて、ミニヴェールもゆっくりと後をついてくる。
チャペルの入り口の小さな段差。立ち止まって、小さく首をかしげて。一度鞍馬 真(ka5819)の方へと視線を向けてから、頷いて。
もう一度正面へと向き直って、丁寧に、一歩ずつ。
(なにこれどうしよう、一瞬たりとも見逃せない)
着替え終わった全身を確認するところから、庭園を通り今この瞬間まで、真はずっとシャッターを切り続けている。
(……シトロンも、いつか他のユグディラと結婚したりするのかな)
試しにシルエットを隣に並べようとしてみたのだが、想像が明確に形をとる前に霧散した。
「うん、駄目だね!」
考えるだけで泣きそうだ、むしろ今目元が熱い気さえする。娘を持った父親の気持ちが、なんだか分かってしまった。
「シトロン、変な相手を連れて来たら私怒るからね! 覚えておいて?」
不安そうに見上げてくる小さな肩に両手を置いて、真剣に伝える。耳がぺたりと伏せた。
「あぁ、ごめん。驚かせちゃった。気が逸ってね……」
ヴェールを落とさないようにそっと頭を撫でれば、嬉しそうに抱きついてくるのにホッとする。急な大声で尻尾がぶわりと膨らんでいたくらいなので、いつも通りの様子に戻ってくれれば安心できるというものだ。
(それよりは、目先の……)
選び取る道によっては、シトロンだけでなく。家族として共に過ごす皆との縁がなくなる。それはこの数年で築き上げた真の根幹も揺らぐ可能性を秘めている。
(……ううん、今はそれを考える時じゃないな)
折角の企画なのだから楽しむべきだ。
小さな娘、愛らしい花嫁を抱き上げて、庭園へと足を向けることにする。
「でも、その時が来たら、きちんと送り出すからね」
ほんの少しだけ、尻尾の位置が下がっているのだが、既に目的地へと視線を向けている真は気付かない。
「けど……私はまだ手放せそうにないよ」
今日だって、大人びた雰囲気を出そうと、成長しようと頑張る、可愛らしい様子をまた一つ見つけたばかりだ。
「だからね、まだまだ私と一緒にいてほしいな?」
頬を摺り寄せてくるシトロンの毛並みがくすぐったくて、真の笑い声があがった。
●満たされたいの!
「おいしいけどもっと量があったら最高なの……」
ディーナ・フェルミ(ka5843)が見つめるのは空っぽのプレート。ソースもパンで綺麗に拭って残さず食べている。
ちらりと給仕に視線を向けて。
「あと5人前何て言わないの……あと1人前、駄目?」
その体躯からは想像できない暴食が可能なディーナである。捨てられた仔犬のような眼が、更に涙を湛え……効果はナイようだ!
「……うん、しょうがないよね」
タダめしである。されど、それは宣伝の為のもの。
「試食だってわかってたけど。すっごく……美味しかった……」
空っぽのお皿が下げられていく。仕切りの向こうに見えなくなるまで、ディーナの視線は追い続けていた。
「決めたの!」
勢いよく立ち上がった音に周囲から視線が集まったけれど、考えに夢中なディーナは気にしない。
「私、自分の時は食べ放題にするの!」
なにより大好きなあの人も、一緒に食べることの幸せ、それを分かってくれるはず。
「喉元まで詰め込む幸せのお裾分けってあっても良いと思うの!」
せっかくの素敵な思い付きは、すぐに伝えたい。早速連絡を取ってみようか。笑顔になったディーナは楽しげに席を立った。
●たぬきざん?
「龍園じゃこういう服じゃないでしょぉからぁ、興味あったんですぅ」
しっかり記録しようと、星野 ハナ(ka5852)は魔導スマホのシャッターをきっていく。自撮り棒の操作とアングル計算はお手の物。ブーケをうまく使えば、鏡だって有効活用できるのだ!
「やっぱり白のウェディングドレスって夢がありますけどぉ」
ドレスを見下ろし頷く。揃いで並ぶなら白のタキシードだろうか?
「でも、龍園だったらもっと、伝統の? 民族衣装になるんでしょぉか……?」
頭を捻る。
「ああ! 龍園の衣装もありますかって、聞いてしまいましょぉかぁ」
浮かぶ笑顔は、あまり人様に見せていい表情ではなかったりする。
先ほどから妄想で同伴しているあの人にもそれを見せているので、実際の進展はさっぱりないのだが。
仮の相手として妄想するくらいは、ほら、セェフ!
「肉体美を損なわないものだったらいいですぅ」
割れた腹筋が分かるような薄地もしくはぴっちり、なぁんて。
「やばいですぅ……ぺろぺろはぁはぁくんかくんかしたいですぅ」
乱れる呼吸にあわせてさらに表情が崩れた状態で、ハナは更に深く妄想タイムへと突入し……アウト?
●隣で、真ん中
「はぇ?」
「あれ、雲雀ちゃ~ん?」
「……デ」
「うん?」
「デート、ですよね?」
「そうだよ~? 体験会なんだって♪」
「……あっ、そっ、そうですよねっ!?」
「うん、もしかして……打ち合わせだと思った?」
「それは」
「それでもいいよ~?」
「……」
「固まっちゃったか~。でも、抱っこしていけば大丈夫だよね♪」
一着目は、斜めにカットしたシフォンを幾重にも重ね妖精のように仕上げられた桃色。
二着目は、光の加減で虹のように輝く糸で全面に羽根の刺繍を施した純白。
グラディート(ka6433)の見立てたドレスを請われるままに着用していく雲雀(ka6084)に、少しばかり緊張を交えながら差し出すのは、黒。ただ漆黒で塗りつぶしたようなものではなく、僅かな濃淡のグラデーションがスカートのひだを彩っている。
「もうあなた以外の色には染まりません。って意味もあるけどね?」
目を丸くする雲雀に、微笑んで。
「そのままの自分であり続けていいですか、ってことで、うちの一族は着るんだよね~」
最後にして本命のその黒いドレスを、ディはお願いという形ではなく、ただ、差し出す。
(ねえ、雲雀ちゃんは……着てくれる?)
何物にも染まらない色。
自己があるからこそ簡単に染まらない色。
だからこそ相手を吸収し、共に在れる色。
(僕を受け入れて、その上で。雲雀ちゃんのままで、居てくれる?)
(……初めて聞いたのです)
ゆっくりと瞼を閉じて、呼吸をそっと整える。
確かに白や、淡い色が当たり前だと思っていた。
鮮やかな赤も、思い描く候補に上がっていた。憧れている彼の姉の色であり、彼の瞳の色だから。
(でも。今は)
ドレスを抱きしめる。その意味は確かに素敵なもので、自分としても。憧れの姿に近づけそうで。
(これが、いいのです)
軽く乱れた髪を整えながら、身に着けたばかりのドレスに意識を向ける。
「……ディの色ですから」
幼馴染なのだから、とっくに。あなたの色に染まって居るのだ……心の中にある部屋なんて、特に。
「……似合うですか?」
「……」
「ディ?」
「僕はね、雲雀ちゃん」
「……何か気がかりでもあるのです?」
「最初の勘違い、あったでしょ。そのとおりでも構わなかったんだよ?」
「ッ!?」
「でも大丈夫。心配しないで? ちゃ~んと、雲雀ちゃんにあわせるよ。……順番は守るから、ね♪」
「~~ッ、ディ……っ!?!?」
●嵐の予感
「ドレスって言いださなくて良かったけどよ」
あいつなら言いかねん。そう思いながら白のフロックコートに着替えるカイン・シュミート(ka6967)は、気付けばリーベ・ヴァチン(ka7144)に連れ出されていた。
「そうだ、これで撮影を頼みたいんだが」
リーベの支度が整う前に、忘れずにカメラを出しておく。
惜しげなくデコルテをさらけ出すビスチェタイプの一着は、常よりも女性としての魅力を際立たせてくれる。カインの視線を絡め取れたようだ。
「お前のドレス豪華だな」
「着てみたかったんだ」
今日はまだ一時的だが、姫君を奪い取って来た甲斐はある。
(この命を懸ける為のゲン担ぎだ)
前借りだが、バチは当たらないと信じている。
「……お前が他の誰かの色に染まるとか、想像できないけどな」
「何を言っている」
Aラインのスカートはトレーンこそ長くとられているが、アシンメトリのチュールを重ねた構造のおかげで足さばきを遮ることがない。淡虹の隙間からすらりとした脚が覗くことも気にせずに、リーベはカインへと迫る。
「おまっ、視線とか考えろ!?」
「阿呆」
真っ赤な顔を、至近距離から見つめる。
「お前が私に染まるんだ」
触れそうなほどの近くで囁く声は、無意識に甘く響く。
「念入りに染めてやる」
「ちょ、俺が染まるって……!?」
「決まっているだろう? ドレスを着るのは私だが、それは外見上の都合だ」
「確かに似合ってると思うがっ」
「これが私だ」
混乱しているカインは隙が多い。
(今日はどの女も出し抜けた。遠慮なんてするものか)
足元がおぼつかないと思った瞬間、床がわからなくなった。
「!?」
リーベの顔が近いだけでなく、温もりに包まれる。
「う、わあああ……」
顔を覆うしかできない。お姫様抱っこなんて、普通俺がやる側だろう!?
「着地点を見守りたい子がいる。私が本番を迎えられるのはあの子次第だろう」
なんとなくだが、察した。
「……本番?」
「待ってろよ、私のお姫様?」
「はっ!?」
耳に直接届けられた睦言に、また頬が熱くなる。それどころではないと、強引に言葉をひねり出す。
「姫じゃねぇけど待っててやる」
そう言えば、お前は帰ってくるだろう?
「……姫じゃねぇけど」
見つめ合う瞬間の写真、そのフラッシュに気付いたのは随分と後。
混乱に陥ったカインも、宥めず楽しげに愛でるリーベもまた、互いにいくつかの過程をすっ飛ばした、その事実を見落としているのだった。
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