イノセントイビル 再開の旅路の始まり

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
シリーズ(新規)
難易度
普通
オプション
参加費
1,800
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/06/07 19:00
完成日
2019/06/15 10:01

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 『三度目』の旅を始めるに当たり、私、ルーサー・ダフィールドはこうして旅行記を記すことにした。
 一念発起、というほど大袈裟なものではない。これから始まる旅の道程において起こる出来事を、そして、その時、私が何を感じ、何を想ったのかを記しておこうと思ったのだ。
 この旅は私にとって忘れ得ぬものになる、との予感があった。忘れ得ぬならこうして記録を残す必要もないじゃないかと思われるかもしれないが、忘れ得ぬからといって全てを覚えていられるというほど僕も自信家ではない。将来、年齢を重ね、若き日の思い出を振り返ることもあるかもしれない。その時、この日記は単なる記録ではなく、若き日の瑞々しい記憶を──その時に感じた感性や情動を余すところなく呼び起こすきっかけになってくれるかもしれない──そう期待してのことである。

 さて、誰に見せる訳でもないが、まずは私自身のことについて記そう。流石に自分が何者か分からなくなるまで老いさらばえるとは思いたくはないが、幸か不幸か、私は人生には何が起こるか分からないということを骨身にしみて知っている。
 私の名はルーサー・ダフィールド。グラズヘイム王国北東部フェルダー地方にあって800年の歴史を誇るダフィールド侯爵家の四男坊だ。世間的にはまだ青二才と呼ばれる年齢にも達していないひよっこだ。
 そのひよっこな自分が人生を振り返るというのも中々におこがましくて何だが……ちょっと前の僕はロクでもない子供だった。その頃の私の『世界』と言えば、館とオーサンバラの村と、そして、偶に下るニューオーサンの街くらいのものだった。世間を知らず、人を知らず、絵に描いた様な鼻持ちならぬ貴族のボンボンだった。
 そんな私の価値観を壊してくれたのが旅だった。
 最初の旅は巡礼の旅。家臣たちに無理矢理連れ出された弾丸巡礼の往路だった。……今にして思えば、私の命が狙われていることを知った婆やによる緊急避難的な旅だったのだろう。私には三人の兄がおり、兄弟仲は決して悪くはなかったが……それぞれの母親や家臣たちは自分の息子や主を跡取りとするべく、陰に日向に陰謀を巡らせていたのだ──と後に知った。
 『二度目』の旅はその復路──旅先で『事故』に巻き込まれ、現地で出会ったオードラン伯爵家令嬢クリスとその侍女マリーに連れられ、僕が侯爵家まで送り届けられるまでの道程だ。
 この二度目の旅では色々なことがあった。誘拐犯に浚われたり、そのゴタゴタの最中に殺されそうになったり……実はマリーが伯爵令嬢でクリスが侍女であると分かったり、クーデター騒ぎがあったり── 本当に色んなことがあったが、その内幕の詳細についてはここでは省く。だって、将来、僕が食いっぱぐれるような状況になった時、本として出版する格好のネタになってくれるかもしれないから(笑)
 ともかく、僕はこの旅で変わった。世界と世間と人とを知ることが出来た。貴族としての、それも悪い貴族としての価値観は粉々に崩れ去り、真人間のそれになった。小太りだった身体もすっかりスリムになったし、ちょっぴり背も高くなった(
 家族も誰一人欠けることなく、収まるべきところに収まった。これから新しい自分と人生が始まる──この時はそう思っていた。

 だが、そう、人生は何が起こるか分からない。それを私は骨身にしみて知っている。

 父ベルムドと次兄シモンが歪虚『庭師』によって殺された。
 その時、僕は王立学園への留学の為に王都にいた。
 仇はすぐにハンターたちが取ってくれた。
 僕自身は何も出来なかった。慌てて王都に駆け戻り……現実感の無いまま、葬儀を、死した肉親との別れを済ませた。

 私は三度目の旅を決意した。父と兄の仇はハンターたちが取ってくれた。が、『庭師』が王国中にばら撒いていった『種子』の力が各地で芽吹き始めていた。
 その力は本人の同意を得て『庭師』によりその人の身体に埋め込まれた。そして、人ならざる怪力や動けなくなった四肢の代わりとして機能し……『力』の使用に伴い人外へと化していき、周囲の人間を巻き込んで破滅する。
 ハンターズソサエティやヘルメス通信の事件簿を丹念に調べて行けば、その分布の傾向が把握できた。
 僕はこの『災厄の種』を刈り取る為に旅に出る事にしたのだ。純粋な正義感ではない。父と兄を殺した『庭師』の『企み』を阻止することで、父と兄の死に際して何も出来なかった自分の後悔を晴らす為の、『代償行為』としようというのだ。
 ……我ながら度し難いものだと思った。だが、三男のソード兄様は「自分も同じだ」と私の気持ちを理解し、旅に同行してくれることとなった。クリスとマリーの二人もまた同様に、私の『復讐の旅』について来てくれることとなった。

 旅のリーダーは長兄カールの指名によりクリスが務めることになった。曰く「ソードやルーサーの判断力では心許ない」とのことらしい。無論、僕に異論はない(笑)
 途中、ひょんなことからソード兄様とマリー(!)に覚醒者の素質があることが分かり、その訓練の為に旅は一時中断した。
 僕には(悔しい事に)覚醒者の素質は無かったので、二人の訓練中は(同じように素質が無かった)クリスと一緒に『庭師』関連の事件の情報収集に専念した。また僕には何もできない、と腐れている暇はなかった。僕には僕に出来得ることを──今度こそ。
 類似の事件は豊かな王国南部では殆ど起きてなかった。『庭師』は貧しい北部を中心に、力を求める者に『種子』をばら撒いていたことが推定された。
「王都でもテスカ教徒事件の被害を受けた第七街区北西部で『種』が撒かれたようです。こちらの事件はメフィスト襲来に際して発動した巡礼陣の影響もあってか、大きな被害はなかったようですが……それ以外の地域では大抵、酷い事になっていますね」
 鈴を鳴らしたような凛とした声でクリスが報告し、溜め息を吐いた。……彼女が伯爵令嬢ではなく侍女であることは、この時、とっくに知っていたが、僕にとっては変わらず頭の上がらぬ女性の一人であった。
「……巻き込まれて犠牲になるのは、本人が守りたいと思っていた家族や周囲の人間が殆ど、ですか…… 確かに、やるせないですね」
 私もまた溜め息を吐いた。
「ソード兄様とマリーは……今は、皆と遺跡に籠って実戦訓練の最中ですか。もうじき訓練は終わります。手近なところから解決していきましょう」
 僕がそう言うと、クリスが優し気な瞳で僕を見て微笑した。僕はちょっとドギマギした(うん、仕方ない
「な、なに……?」
「いえ、安心したのです。……どうにもならなかったことで、自分を責める必要はありませんよ、ルーサー」

 クリスの言葉に、僕は無言で頭を下げた。

 マリーと兄様の訓練が終わる。
 僕の三度目の旅が始まる。

リプレイ本文

 マリーとソードたちが遺跡から帰って来るまでの間── 手持ち無沙汰なレイン・ゼクシディア(ka2887)は訓練場の宿舎の扉の前に座り込んで、一人、銃の分解作業を繰り返していた。
「あー、退屈だなぁー…… こんなことなら私も遺跡行けば良かったなぁ…… でも、高確率で『奴ら』も出るしなぁ…… うぅー、あまりに暇すぎなんで、ルー君の武器に無意味な腕を生やしちゃうゾ?」
 ガチャリと宿舎の扉が開いて、背もたれを失ったレインがパタリと床に仰臥した。
 扉を開けて出て来た張本人、ルーエル・ゼクシディア(ka2473)がそれを見下ろし。武器に腕はちょっと……と返した。
「そんなに暇ならルーサーたちのお手伝いをすればいいのに」
「無理デス」
「?」
「知恵熱出そーな高度な頭脳労働はちょっと……」
「あー……」
 宿舎の出入口でそんな夫婦漫才をしていると、ルーサーやクリスと共に宿舎の奥から出て来たヴァルナ=エリゴス(ka2651)──レインの言う『高度な頭脳労働』を手伝っていたのだ──が微笑を浮かべて頼んで来た。
「それでしたら、今夜の催事の準備を手伝ってくれませんか? マリーとソードさんの訓練終了の打ち上げと、旅立ちの壮行会を兼ねた宴会を行う予定なんです」
 レインが口を開くより早く、ルーエルが一段大きな声で答えた。
「それは是非! 僕は料理とかあまり得意じゃないけど、レインおねーさんの作る料理は本当においしいんだから! ね?」
「ええー、そうかなあ! でも、ルー君がそう言うなら……」
 褒められてデレデレになったレインがバラバラになった銃を抱え上げ、料理担当のヴァルナを手伝うべくその後についていった。
 それを共に見送って……ルーエルはルーサーに話し掛けた。
「壮行会だって。中々賑やかなものになりそうだね。……お酒飲む人も多いし」
 幾つかの顔を脳裏に浮かべて笑い合う少年二人。ふとルーエルは、ルーサーも早くお酒を飲んでみたいか、尋ねた。
「どうだろう。前にこっそり舐めさせてもらった時には、あまり美味しいとは感じなかったけど……ルーエルは?」
「……僕の場合は、ほら、止めたり介抱したりする役がいないと……」
 文字通りの苦笑を浮かべて、ルーエル。その視線の先、慌てて駆け戻って来たレインが二人に訊ねた。
「……ねえ、その辺りに銃のバネ、落ちてない?」

 壮行会はオーサンバラ村で行われた。シレークス(ka0752)の提案により、村の人々も招待しての、大々的な祭として行われることになったのだ。
 久しぶりの祭に、村の人々は大いに喜んだ。そして、お祭り好きだった前当主を想い、偲んだ。
 そういうことなら、と、ソードが「費用は侯爵家が持つ」と言った。……実際に資金を捻出するのは現当主のカールだが。ヴァイス(ka0364)は「自分たちも少し出そうか?」と気を使ったが、侯爵家の面子もあってカールはそれを謝絶した。
「宴だー!」
 堅苦しい挨拶も抜きに、シレークスの掛け声とともに盛大な宴が始まった。彼女が選んだ様々な銘柄の酒が樽ごと、ケースごと運び込まれ、参加者の皆に振舞われた。未成年者たちには果実のジュースが渡された。
「旅立つソードとルーサーの兄弟に! そして、オーサンバラの皆々様にエクラの祝福があらんことを祈って! ……あー、ルーサーやマリーにはまだ酒ははえーです。それとサクラ! おめーも酒はダメでやがります!」
 乾杯の音頭の直前。中身がバレないよう木のカップにお酒を注ぎ、両手で隠すようにそれを飲もうとしていたサクラ・エルフリード(ka2598)がシレークスの指摘を受けて、アデリシア=R=エルミナゥ(ka0746)に横から杯を取り上げられた。
「クッ……お酒も飲めずに、何の為の宴だというのですか……」
「残念でしたね、サクラさん。でも、大丈夫! ルーサーもマリーも……飲めない分は食べるのです!」
 キラキラと瞳を輝かせてそう言うディーナ・フェルミ(ka5843)の視線の先で、給仕役を買って出たルーエルと村人たちが、ヴァルナやレインら料理担当者が籠った戦場(厨房)から次々と料理を運び始めた。待ち切れないディーナがそれを手伝い……というか、セルフバイキング方式で全ての料理の皿を自分のテーブルに並べて着席し。厳粛に精霊への祈りを捧げた後……スタートダッシュで貪り付いた。
「はぐはぐはぐ、はぐはぐはぐ……ぷはーっ!」
 周りが呆気に取られる程の早さと勢いで皿の上の料理を口の中に放り込み、咀嚼し、酒をジョッキで流し込む。まるで嵐の様な速さだが、周囲は驚くほど汚れていない。彼女の動きはただ食べる事のみに特化し、最適化されていた(
「うまうまなの! 一生ここに居座りたいのー!」
 輝く様な至高の笑顔で、ディーナ。普段からニコニコしている彼女であるが、このような笑顔は見たことがない。
 台詞一つを休憩に挟み、ディーナが食事を再開する。両の手の指の間に棒手裏剣の如く挟んだ串焼きの肉が、瞬く間に串だけ残して掻き消えた。
「あの、ディーナさん、大丈夫ですか?」
 心配したマリーが声を掛けると、まだ口の中にものが残っていたディーナは目で少し待つよう訴え……ゴクンと呑み込んだ後に答えた。
「大丈夫なの。ハンターは身体が資本なの。食べられる時に食べ尽くすのが基本なの。マリーもソードもじゃんじゃん食べるといいの。二人ともハンターにしては小食だと思うの」
「えぇ……?」
 舞台では有志による即興の出し物が始まっていた。ハンターたちからは我らがヴァイスが持ち芸であるアイドルの歌や踊りを披露していたが、ディーナはまったく見向きもしない(
 やがて、全ての料理を出し終えたヴァルナが、他の給仕たちに交じって自らデザートを運んできた。彼女が持って来たのはケーキだった。ヴァルナ自身が焼いた、旬のチェリーを使ったフルーツタルトだ。
 ディーナは「待ってました!」とばかりにそれを受け取ると、尊いものを手にしたようにゆっくり口に運ぼうとした。が、テーブルの横で2人の子供(姉妹だろうか)がジッとこちらを見ているのに気付いて動きを止めた。
「ど、どうしたの? もしかして、このケーキが欲しいの?」
 はにかむ妹に代わって頷く姉── ディーナは全身から汗を拭き出しながら……断腸の思いでケーキを姉妹に渡してあげた。そして、涙目でヴァルナを見上げ……「すぐに新しいケーキを持ってきますから……」と彼女を苦笑せしめた。

 それまで舞台に上がることを固辞し続けてきたディーナがすっかり出来上がり……舞台の上でマイクを手放さなくなって、暫し。その歌声をBGMに、時音 ざくろ(ka1250)はクリスやソードが座った年長組の──即ち、酒が飲める者たちが集まったテーブルで、杯を片手にこれまでのいきさつを聞いていた。
「そっか……僕がいない間にそんな事になっていたんだね」
 ざくろはそっと視線をテーブルの上に落とし……ソードの方を見やって「大変だったね」と告げ、ベルムドとシモンのお悔やみを述べた。
 どんちゃん騒ぎの最中に、瞬間的に厳粛な空気がもたらされた。アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は静かに杯を掲げ、口元へと傾ける。皆が無言でそれに倣い……その瞬間、「この流れならいける……!」とサクラが酒杯を傾けようとして。瞬間、警戒を緩めていなかったアデリシアにギンッ! と睨まれ、サクラは震えながら硬直した。
「あっ! サクラがお酒を飲もうとしてる……! 気持ちは分かるけど、ダメだよね、その……色々と」
 気の毒そうに言いながら、だが、ざくろもサクラの飲酒は認めない。サクラの事を良く知る人間であれば、彼女の酔った際の脱衣癖は承知していて当然だった(つまり、それだけやらかしたということの証左でもある)
「まったく、油断も隙もありゃしねーんですから、サクラは……」
 サクラから酒杯を取り上げたシレークスは、そのままそれを自分の口元へ運ぼうとして。寸前、その手首をアデリシアにハッシと掴まれた。
「油断も隙も無いのはあなたも同じです。なにサラッと飲もうとしてるんですか。明日、出発なんですよ? 深酒の二日酔いなど許しません」
 そのままシスターとして説教モードへと突入するアデリシア。ちなみに今、彼女の目の前、床の上で正座させられている二人も聖職者だったりする(
 酒が飲める年齢になってまだ間の立っていないざくろもまた、説教の後に続いた『酒を嗜むという事』、『自身の酒量を知ること』講座に巻き込まれた(もっとも、彼にとってはそれすらも冒険の一部になるわけだが)。なお、その場で最も酒が入っているのは、淡々と酒杯を傾け続けるアルトだったりするのだが、顔色一つ変えずにいるので誰一人気付いていない。
(明日に備え、自制していてよかった……)
 いい年をした大人たちが怒られている光景を隣りの卓から見やって、ヴァイスは心の底から安堵した。そして、同卓のソードやクリスらとゆったりとしたペースで差しつ差されつしながら、二人に訊ねた。
「いよいよ明日、出発だな…… 二人のことだから、覚悟なんてとうに済ませているとは思うが、改めて……不安や心配事は無いか? ガス抜きってわけじゃないが、話してみれば少しは心が軽くなるかもしれん」
 ヴァイスの言葉が終わる前に、クリスとソードがバンッとテーブルを叩いた。そして、食い気味に捲くし立て始めた。
「不安!? そりゃありますよ! 勿論、マリーのことです! お転婆なんて愛嬌だと思ってましたが、まさかのハンター適性ですよ!? ただでさえ落ち着かない娘なのに、そんな、虎に翼、糠に釘(?)! ホントに家に帰って伯爵家継ぐ気あります、あの娘?! お館様に顔向けできないんですけど!」
「心配事? そりゃルーサーのことだ。あいつ、自分にハンター適正が無かったことを気にしているんだよ……自分が言い出した旅なのに、周りばかり危険に晒して自分は守ってもらうだけってな。一度、覚悟は決めたはずなのに、マリーの適性でまたブレちまった。……ああ、あいつにも適正あったらなあ! ウジウジ悩まなくても済んだし、稽古もつけてやれたのに!」
 二人の剣幕に、ヴァイスは「お、おう……」と圧倒された。……うん。思ったよりお酒、入ってたね。差しつ差されつ、って盛んに杯を酌み交わす様を表す言葉だもんね。
「……あの娘、冒険は好きだけど、戦いとか苦手なのに……無理してないか、とても心配……」
 むにゃむにゃ呟き、そのままテーブルに突っ伏して眠りに入るクリス。それをぼんやり眺めていたソード(←酔っている)がなんとなくその頬を指で突こうとして。寝たままのクリスにパシッと手で払われた。
「……」
 そんな二人のガス抜きならぬガス爆発を、マリーとルーサーは後ろの卓で聞いていた。様々な理由で酒を控えていた者らが集まった非飲みの卓だ。
 説教から解放されたサクラもこちらに送り込まれていた。その手には『ノンアルコールワイン』といって渡されたぶどうジュースが握られている。
「いや、相変わらず極度のブラコンっぷりですね……最初に会った時、いきなり人の首を跳ねた人とは思えません」
 サクラの言葉に、ルーサーは曖昧な表情で頷いた。
 ──ソードがルーサーを可愛がっていたのは、コンプレックスの裏返しだった。長兄次兄にはまだまだ子供扱いで、あの家で大人ぶれる相手はより年少のルーサーだけだったからだ。父に認められようと兄たちと張り合っていたのも、抱き続けて来た英雄願望も、ソードという人間が抱える『幼さ』の裏返しだった。
「でも、確かに僕は、そのソード兄様以上に子供だったからね…… 母が死んで、あの家でどうしようもなく独りぼっちで……今にして思えば、そんなソード兄様に救われていた。……子分扱いは正直、ウザく思っていたけども」
 ルーサーは寝落ちしたソードを振り返って呟いた。──もう僕は大丈夫だよ、ソード兄様。もうあの時の僕じゃない。皆に支えられてきて……今も支えられて、ここにいる。
「そうだね……ルーサーもソードさんも変わったよ。まさかこんな形でパーティを組むことになるなんて、初めて会った時には思いもしなかった。……僕も少しは背が伸びた。……変わらない人もいるけどね」
 答えて、ルーエルはそっとレインの方を見た。そのレインはマリーに絡んでいた。
「とりあえず、これからの旅の無事を全力で祈りたいと思いますっ!(ビシッ! ←敬礼) そうだ、エルフ式のお祈りでもしちゃおっか!? 全然、覚えていないけど! でひゃひゃひゃひゃ……!」
 ……宴会前、「お酒は程々にネ!」と皆に注意していたレイン本人が完全に泥酔していた。「だから僕はお酒を飲めないんだ」と、ルーエルが水を持って来て介抱する。
 ちなみに、持って来た水は2杯。1杯は、「未知なるものを食べるのは聖導士向きのお仕事なの。何かあったらキュア大活躍なの」と『椅子の背もたれ』に切々と語りかけているディーナに手渡された。

 祭りはのんべぇたちによって朝方まで延々と続けられ……リタイアした者や子供連れから三々五々、家へと帰り、自然と散会となった。
 ハンターたちもまた寝込んだ者たちを起こして宿へと戻り、それぞれ旅の支度を整えた。
 時間になると、ハンターたちの出発を見送る為に再び村人たちが集まって来た。酒樽片手に夜なべした豪の者らもそのまま参列した。

 見送る人々に手を振り返し、オーサンバラを発って暫し……ハンターたちは村が見えなくなった辺りで、出発したばかりだというのに一旦、足を止めた。昨夜、宴が思いのほか盛り上がってしまい、村人たちの手前、自分たちだけ抜け出す事も出来ず…… 旅立ちに際し、直近に話し合っておくべきだった事柄を全然決めてなかったからだ。
 クリスとルーサーが集めた情報を基に話し合うハンターたち。まずは北部アスランド地方から北西部アルテリア地方に掛けてのエリアを回ることに決めた。
「季節は些か早いですが、刈り入れの時期というわけですか……しかし、思った以上にあちこちにばら撒かれていますね。これは結構な時間がかかるかもしれません」
「長い旅? もちろん私はウェルカム! ノープロブレム! ルーサー君もお兄さんと一緒の旅は嬉しいんじゃない?」
 冷静に現況を把握するアデリシアの横で、旅自体が楽しみと弾む声で訊ねるレイン。その問いに「それは……はい」と照れながら答えるルーサーにソードが「そうか」と呟きながら、どこか嬉しそうに弟の頭をわちゃわちゃする。
「では、改めて…… さあ、皆! 『庭師』の『種子』を刈り取る旅に出発だ! 新しい冒険の始まりだよ!」
 ざくろが拳を突き上げながら宣言し、ルーサーの『三度目の旅』が始まった。
 ルーサーは幾分か緊張の面持ちでその第一歩を踏み出した。──自身の発案で始まった旅路。『お客さん』でいられたこれまでの旅とは違う……
「ルーサー、ソード」
 シレークスが侯爵家の兄弟2人に声を掛けた。
「これは『ケジメ』でやがります。おめー達が、『未来(あした)』を生きる為の…… 今から始まるのは、そーゆー始まりの為の旅路──そういうものだと心得やがれ」
 その重い言葉に、ソードとルーサーは、だが、困惑した様に顔を見合わせた。その態度を不審に感じ、シレークスは「……なんです?」と二人に訊ねた。
「……いや、凄く良い事を言ってくれているし、その内容には凄く頷けるんだが……」
「昨日、あれだけお酒を飲んではっちゃけてた人に言われていると思うと……」
 瞬間、見えないちゃぶ台を引っ繰り返して二人を追い掛け回すシレークス。ルーサーは笑って逃げ回りながら、彼女の言葉を反芻し、その決意を新たにした。──ああ、僕には歪虚と戦う力は無いけれど……せめて、侯爵家の一員として、きちんと全てを見届けよう、と……
「三度目の旅の無事完遂を祈りましょう。今度こそ何事も起こらなければ良いですね」
 シレークスに捕まってコブラツイストを駆けられたルーサーに向かってサクラが言った。……言いはしたが、サクラ本人もそれを信じてはいなかった。
(……この面子で旅をする以上、何も起こらないはずがないですよね…… せめて、想定外の大事が起こらなければ良いのですが……多分、無理だろうなぁ)

 旅の初日は何事もなく、街道を通って宿場町で宿を取った。
 二日目はショートカットの為に山道に入り、森の端で野宿することにした。
「よし、マリー、ルーサー。俺たちは今日の夕食を取りに行くぞ!」
 キャンプの設営を皆に任せ、ヴァイスは年少組の二人を誘って森へと分け入った。マリーもルーサーも旅慣れたもので、きっちり人数分の魚を釣り上げて来た。
 それをこの日の調理担当、アデリシアとヴァルナが捌いて焚火で焼いた。ちなみにサクラはこの日も厨房に入ることを遠慮された。……なぜだろう。ただ包丁を持つ度にそれが飛ぶというスリリングな癖があるだけなのに(解せぬ)

 翌朝──
「うんっ、今日も良い天気! また絶好の旅日和っ!」
 片づけを済ませて天を仰いだマリーとレインが同じように伸びをして……互いに気付いて笑い合った。
「マリーちゃんも旅が性に合っているなら、きっとこれからも旅をしていくのかもね♪ ……この際、バイクとかにも手、出しちゃう? 走行中のバイクの上で逆立ち出来るおねーさんが超絶ドライビングテクニックを教えちゃうよ? ……最終的に、コケて自分のバイクに轢かれたけど! 暫くバイク禁止されたけど!」
 そうして始まった三日目の旅ものんびりとしたものだった。あのアルトですら、周囲を警戒しながらではあるが、マリーとソードに雑談を振る程に。
「そう言えば、二人はサブクラスは決めたのだろうか?」
「私はやっぱり聖導士を取ることにしたよ」
「俺の方は……皆のおススメはレアだったからなぁ。プライム的に待つか凌ぐか悩んでいる」
 それを聞いてシレークスも雑談に加わった。
「ユニットはどうするつもりです? まぁ、マリーはユグディラでしょうが」
「……俺は騎馬警官だからなぁ。馬の代わりになりそうなのが良さそうだが」

 四日目──
「いやー、それにしても日差しが気持ちいいね! びっくりするくらいノンビリ旅だね! こんな安全な旅なら間違いなく無事に目的地に着けるに違いないね!」
 レインがそんな事を言った瞬間、前方、行く手の道の先から戦闘音らしき音が聞こえて来た。
 ……この時、時節は傲慢王イヴの『先触れ』が行われていた頃で、『立て札』から出現したイヴの配下が王国のあちこちで人を浚っていた時期だった。
「安全なはずの街道で……レインおねーさんがあんなこと言うから……」
「私の所為?!」
 とは言え、黙って見過ごすわけにもいかない。ルーエルはざくろと頷き合うと、前方、戦場に向かって駆け出した。
「怪我をしている人はこちらに! ……戦闘に割って入る。レイン、援護してくれる?」
「ふえっ!?」
 ルーエルの言葉にドギマギしながら戦闘に入るレイン。
 襲われていたのは商人の馬車だった。ルーエルとざくろが馬車と敵の間に割って入ってこれを守り、他のハンターたちが背後から敵──球形関節の人型古代兵器を殲滅した。
 敵の出現ポイントたる『立て札』も、周囲に偵察に出たざくろが発見し、破壊された。

 その日の夜── 昼間の二人の態度に何かを感じ取ったマリーが訊ねた。
「ねぇ。昼間、ルーエルさんがレインさんを呼び捨てにしてなかった?」
「ふぁっ!?」
 レインが顔を赤く瞬間沸騰させた。ルーエルはそんなレインと顔を見合わせ……意を決した様に皆に向き直った。
「実は、レインおねーさんと籍を……」
「待って、ルー君。マリーとルーサーに報せるのは何か気恥ずかしい!」
 突然の報告に、マリーやルーサーを始め一行の多くが驚いた。
 クリスや幾人かは驚かなかった。だって、冒頭で名字が一緒であることに気付いていたし(


 旅立ちから一週間── 一行は『庭師』の『種子』によるものと思しき事件が頻発している地域に入った。
 村々を巡って情報を集め……幾つ目かの村で、それらしき事象を耳にした。
「この村に、怪力を制御できずに自ら山小屋に閉じこもった男がいるらしい…… 救えるか救えないかは直接会ってみないと分からないが……話を訊く限り、状況的には微妙なところだな。マリーとルーサーも覚悟はしておいてくれ」
 聞き込みを終えて戻って来たヴァイスに告げられ、二人は固唾を飲んで頷いた。
 件の山小屋は村から離れた山中にポツンとあった。
 相手を警戒させない為、まずはディーナとアデリシアの二人で近づいた。
「何があったかお話を聞かせてほしいの。開けて貰えないかな?」
 ディーナが扉をノックすると、中から応答があった。人の言葉──まだ人の意識を保っている。
 ゆっくりと開く扉──小屋から中年男が姿を現す。その全身からは滲み出すように立ち昇る闇色のオーラ──それがハンター、強い光のマテリアルを感じた瞬間、爆発的に外へと溢れ出した。
「あれが『庭師』の『種子』の『力』か」
 アルトはナイフ「デフテロレプト」──目視し難い針状の得物を引き抜くと、手の中でクルリと回して前に出た。
 ソードもまた剣を抜いて後に続き……一方、マリーは拳銃こそ抜いたものの、人間を相手に狙いすらつけれないでいた。
「マリー……!」
 クリスが心配そうに側へ寄ろうとする。それをヴァルナは手で制した。
「大丈夫です。ソードさんもマリーさんも腕を上げました。そう簡単に後れを取ることはありません」
 敢えてそういう言い方で、クリスを止める形を取りつつ、その実、マリーへ呼び掛けるヴァルナ。
 そう、マリーはもう力量的には歪虚と互角に戦えるのだ。だが、その心は優しい娘のままだ。その優しさは確かに彼女の美徳ではある。だが、人に向けて引き金を引けないのはともかく、戦いの場で銃を構えることすら出来ないというのでは、『自分は撃てない』という『弱み』を相手に教えてしまうようなものだ。
(……このままこれを『実践訓練』として、マリーに引き寄せ役をやらせる、というのも手ですかね)
 ヴァルナと共にいつでもマリーのフォローに回れる位置につけながら、アデリシアがそう考えていると、アルトが淡々とした声でマリーに対して呼び掛けた。
「マリー。手前味噌だが、この場にいるハンターたちは皆、割かし歴戦の猛者たちだ。その場で見て勉強しておくと良い」
 アルトの言葉に、マリーはあからさまにホッとした顔をした。その時点でマリーはこの戦い、ハンターたちに戦力外と見做された。
「さて……では、殺るか」
「待て、アルト」
 戦闘に入ろうとするアルトをヴァイスが呼び止めた。
「殺すな。まだ助けられる」
 告げられて、アルトはふむ、と頷き、「あの状態なら、まだ戻せるのか」と得心するとナイフに鞘を嵌め直した。
 男を取り囲むハンターたち。彼を救う為の戦いが始まった。
「まずは暴れられなくなるようにするよ!」
 浄化役のアデリシアとディーナを守れる位置につくざくろ。
 雄叫びと共に闇色のオーラを噴出し、正気を失くしてこちらへ突進を開始する中年男。それを見たヴァイスは『ソウルトーチ』を焚き、男をこちらへ引き寄せた。
「しっかりしろ! 気を強く持て! 俺たちが元に戻してやる! 奥さんと娘さんの元へ帰るんだ!」
 聞き込みで聞いた男の家族構成を基にそう呼びかける。その瞬間、僅かに男の動きが鈍った。
「今です……!」
 すかさず、ヴァルナが歌に鎮魂の祈りを込めて『闇色の力』──歪虚の力を縛る。刹那、相手の懐に潜り込んで手首を掴んだアルトが、そのままアクロバティックな動きで相手の背後を取って相手の手首を捻り上げ、そのまま膝の後ろを打って地面へ押し倒し、拘束する。
 そのまま相手が全力を発揮する前に、アデリシアとディーナ、二人がかりで『ゴッドブレス』──高位の浄化法術を使って、男の身体に埋め込まれた『種子』の『力』を浄化し尽くした。

 正気を取り戻した男の完全浄化を確認し、ハンターたちは村へと連れ帰る前に聞き込みを行った。
 『種子』を埋め込まれた経緯はこれまでの他のケースと同様。「力が欲しいか」と尋ねられ、「そりゃああった方がいいわな」と気軽に答えたら本当に『力』を与えられた。暫くはその怪力を農作業に活用していたが、徐々に体調が悪くなり、やがて怪力の制御も効かないようになってきたので、家族を守る為に山に籠った。
 彼が力を得た時期は、テスカ教団事件の後から侯爵家の事件の前の間。力を与えた存在の外見的特徴は、『庭師』のそれと合致した。

 男は救われた。『庭師』の仕事の一つを潰す事が出来て、ルーサーはその成果に──手応えにギュッと拳を握り締めた。
 だが、数日後に訪れた別の村では……何もかもが余りに遅すぎた。

 その人外と化した存在は、その村の中心部──教会の前の広場で尚も『発芽』を続けていた。
 その変化は余りに唐突で、突然の出来事だったのだろう。ハンターたちが悲鳴を聞いて現場に駆け付けた時、その『バケモノ』の周囲にはまだ大勢の村人たちがいた。そして、彼らは混乱しながらも、夫を、父を、ご近所さんを気遣う声を掛け続けていた。
「アレはどうだ? 助けられるのか?」
 その人込みを掻き分け、前に出ながらアルトが訊ねた。ヴァイスはその場の『遺族』を気遣って「……」と無言を貫き……その沈黙を以ってアルトは答えを得た。
「……そうか」
 アルトはそう呟くと、法術刀とナイフを鞘走らせた。周囲の村人たちの間からどよめきと悲鳴が上がった。
「待って! あれはお父さんなの! お父さん……!」
 縋りつく子供に、ざくろは痛々しい表情で首を振り……ギュッと唇を噛み締めながら魔導剣と盾を構えた。
(少し、遅かったようですね…… ああなればもう、楽にしてさし上げるしかない……)
 アデリシアはソードとマリーを見た。ヴァルナもまた同様に……
 二人の心配事は共通していた。被害者は既に『種子』の『発芽』を終えていた。これまで彼女たちが戦って来た『発芽』の敵は皆、強敵揃いだった。或いは、ソードやマリーらの今の実力では、少し荷が勝ちすぎるかもしれない。
「……ソード兄様」
「ああ……」
 だが、ソードは怯む事無く抜剣し、前に出た。ルーサーは侯爵家の一員としてそれを送り出した。
 そのソードを迎え入れ、共にルーエルは前へと進んだ。……ルーエルは思う。あの『発芽』した男の人が何を理由に種を植え付けられたかは知らない。けど、あの人の家族の気持ちが一番良く分かるのは、ソードさんとルーサーに違いないのだ。
「あれはもうあなたの父様ではありません。卑怯な歪虚の手によって、人とは別の存在にされてしまいました」
 男の家族の前に膝をつき、シレークスがエクラの修道女として話し掛けた。
「ですが、それは貴女達を、村の皆を傷つけようとしてそうなったのではありません。貴方達を愛していたが故に、その心を卑劣な歪虚に付け込まれたのです」
 だからこそ、私は修道女として、守護者として、光の名の下に貴女たちの夫に、父に、安らかなる眠りを与えよう。歪虚としてでなく、エクラの子として精霊様の御許に帰れるように──
「…………あの人を、よろしくお願い致します、守護者様」
「え!? 嫌だよ、お母さん! ねえ、お父さんを助けて! 助けてよう!」
 シレークスは立ち上がった。
「……その祈り、確かにわたくしが届けます」
 振り返り、戦場へと歩を進める。決意と共に。もう迷うことは無い。
「サクラぁ! アデリシアぁ! 大技の『光』を叩き込みます。時間を稼いでください!」
 シレークスの言葉に、サクラとアデリシアは前に出た。丁度、それに応じるように『発芽』を終えた歪虚が雄叫びとも咆哮とも取れない奇妙な音を発して吼えた。
 男は肩から上を巨大な蛸の様なものに変貌を遂げていた。その腹(蛸の頭部と思われている部分は実は腹部らしい)をプクッと膨らませた直後、全周へ触手を跳び伸ばす蛸人間── 直前、ハンターたちが彼我の間に割り込み、それを払い。村人たちが悲鳴を上げて、男の家族、親族、友人たちをその場に残して逃げ出した。
「クリスさんとルーサーさんも、ご家族を連れて下がってください!」
 ヴァルナは後ろを振り返って指示を飛ばすと、『アイデアル・ソング』のステップを刻みながら前に出た。そして、自身のマテリアルを収束して超々重鞘に収まった剣に付与。光の奔流を溢れさせつつ、黄金色に光輝く魔剣をその鞘の中から引き抜いて……その切っ先を刺突一閃、蛸人間へ向け突き払い。その見えざる光の槍で以ってその半ばを断ち貫いた。
 吹き飛ぶ左腕と左胸部、そして蛸の触手と顔半分──直後、内から盛り上がって来た内臓の如き赤い肉が、本体の欠損した部分を蠢き、埋める。
 それを見て「うひゃあ!?」と悲鳴を上げながら、それでも足は止めずに突っ込んで行ったディーナが「やー!」と光って振るう十字鎚。
 その反対側から、炎のオーラを纏って一瞬で距離を詰めたアルトが地面を踏み込み、爆発的な加速で以って砲弾の様に蛸へと突進。目にも止まらぬ速さで蛸人間の周囲を駆け跳び回りながら、無数の斬撃を繰り出し、斬りつけた。
 噴き出す血飛沫と血煙は一瞬──直後、その傷を埋めるように内部から噴き出した無数の触手が、まるで森が溢れ出して来たかのように周囲へ飛び出した。
 ハンターたちが与えた傷の全てから周囲へ跳び広がっていくミミズの様な触手の『海』のうねり── アルトは舌を打って瞬く間に蛸人間の傍から離脱。全ての触手を回避した。ヴァイスとサクラ、ヴァルナとざくろは、『ラストテリトリー』或いは『ガウスジェイル』で以って、男の家族や村人たちが巻き込まれないように全てを自分たちで引き受けた。
「ここは危ない! 貴女たちも早く離れて!」
 自らを絡み取らんとする触手の群れを『攻勢防壁』で弾き返しながら、ざくろが男の家族に叫んだ。
「ああはなりたくないでしょう?」
 ざくろはそう言って、ウネウネの触手に絡み取られたサクラやヴァルナを指差し、告げた。
「……こうなることは分かっていましたヨ? でも、どうしようもなかったじゃないですか」
 蠢く触手に全身をまさぐられ、締め付けられながら、半眼になったサクラが『セイクリッドフラッシュ』の光で触手を吹き飛ばした。ヴァルナの元にはディーナが駆けつけて同様に光を放って散らした。ヴァイスが後回しにされたのは仕方がなかった。だって、おとこのこなんだもの。
 結局、ヴァイスは膂力で触手の拘束を引き千切って脱出した。筋肉と触手のコラボレーション──いや、誰得だと言いたい気持ちは分かるが(
 ざくろの言葉に、顔面を蒼白にした妻は娘を抱いて逃げ出した。
 気付いた蛸人間が触手を槍状にねじり上げ、逃げるその背に向けて伸ばし、突き入れ──
 ──瞬間、マリーの心臓がドクンと一つ、跳ね上げた。

 家族の為に『力』を受け入れた父親が妻と子を殺す……?

 家族の為に『力』を受け入れた父親に妻と子が殺される……?

 ……そんなのは、ダメだ。絶対にダメだ。ああ、そんな事は到底、受け入れられない。ただ見ているだけでも耐えられないのに、ましてや、それを阻止できる力があるというのに、手を伸ばせば助けられる命がそこにあるのに、むざむざそれを取りこぼすなんていうのは……!

「わあぁあぁぁ……!」
 マリーは拳銃を構えて伸ばされた触手へ銃撃を連射した。その内の一発が当たって槍状の触手が弾け飛び、千切れ飛んだゴムの様に捻れが解けてバラバラになった。
 もう一つの触手はヴァイスが盾で打ち落とし、魔鎌を引っかけて引き断った。母娘は無事に攻撃圏内から逃れ出ていった。
「もう終わらせないと、こんなこと……!」
 マリーが蛸人間本体に対する銃撃を開始した。ハンターたちはそれぞれの表情を浮かべ、この場の一つの悲劇を『終わらせる』為に止めを刺しに掛かった。
「助けられないのであれば、せめて苦しまないように……『コール・ジャスティス』! シレークスさん、今です……!」
 半触手塗れのサクラが周囲の皆の意志と力を束ねた。何かを察してその場を離れようとした蛸人間を、アデリシアの闇の刃がその場の地面へ縫い付けた。
 星神器「布津御魂剣」の力が解放され、続けて両椀の得物に魔法剣が付与された。

 光よ、我らを導きたまえ
 我が命は、天使の糧なり
 思い出し給え
 何処に行き給う、何処に行き給う……

「光よ、彼の者を導きたまえ。そう、あれかし」
 エクラの聖印を背負ったシレークスの光の拳が、祈りが蛸人間を完全に消し飛ばした。
 かつて人であった部分を残すことはできなかった。遺品一つ残らなかった。それを成すには、彼らが来るのが余りに遅かったのだ。
「……」
 ルーサーは拳を握り締めた。達成感ではなく、悔しさで。
「でも、他に累が及ぶことは防ぐことが出来ました」
 クリスは前を向くように言って少年を励ました。


「ソードさんもマリーも今日は良くやりました。……マリーはかなりギリギリでしたが」
 全ての後片付けを済ませた後、ヴァルナはそう二人を褒めた。
 アルトも頷き、それを認めた。──躊躇えば周囲の人が死ぬ。マリーがそれを明確に意識できたなら、それは収穫に違いなかった。
「割り切れる事が偉いわけではない。が、考え、決断する時間が必ず有るとは限らない。……迷っていては選ぶことすらできなくなってしまうということもある。だから、何かと戦うことを決めたのなら、自分の中に『芯』を持て。大切なものの為に決断を下せるように──」

 空の棺が埋葬される。
 今にも泣き出しそうな空。すすり泣く家族の声──
「これ以上、こんな想いをする人たちを出さない為に、絶対に『種子』を根絶させなくちゃ」
 ざくろは溢れ出す悔しさを隠さず、力いっぱい拳を握った。
 サクラもまた、空を見上げて呟いた。
「でも、一体、どれ程、種がばら撒かれたのでしょうね……」

 葬儀の後、マリーがハンターたちに頭を下げた。
「銃以外の戦い方も教えてください。まだ『発芽』してない人を、助けられる戦い方を」

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参加者一覧


  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 戦神の加護
    アデリシア・R・時音(ka0746
    人間(紅)|26才|女性|聖導士
  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 掲げた穂先に尊厳を
    ルーエル・ゼクシディア(ka2473
    人間(紅)|17才|男性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 誓槍の騎士
    ヴァルナ=エリゴス(ka2651
    人間(紅)|18才|女性|闘狩人
  • それでも私はマイペース
    レイン・ゼクシディア(ka2887
    エルフ|16才|女性|機導師
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/06/07 11:57:09
アイコン 相談です・・・
サクラ・エルフリード(ka2598
人間(クリムゾンウェスト)|15才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/06/07 11:59:31