月下美人と永遠の誓い

マスター:ことね桃

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/06/08 07:30
完成日
2019/06/19 13:16

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●たとえ一夜限りの命でも

 それはフィー・フローレ(kz0255)がいつものように自然公園の花の手入れをしていた時のこと。
 4月に外へ植え替えをした月下美人の蕾が膨らみつつあることに気がついた彼女はにわかに慌てだした。
「ワ、ワワワ。モウ少シナノ!?」
 月下美人の花は一夜限りの命。
 入念に手入れをすることで複数回花を咲かせることもできるというが、
 実際にそれができるかどうかは株の持つ力と環境によって異なる。
 フィーはできればこの花を皆に見せたいと思った。――が。
「……皆、忙シイモノネ。我儘言ッチャイケナイノ」
 ハンター達は世界の運命を決めるため、今もギルド内で議論を交わしているという。
 そんな大切な時期に時間を割いてもらうなんて申し訳ないとフィーは思った。
(キット皆、良イ方向ニ未来ヲ考エテクレルハズナノ。ダカラ……静カニシテナクチャ。皆ヲ信ジテ、待ツノ……)
 そこでふいに思いついた。
 そうだ、この花が咲いたらここで精霊達とささやかなお茶会をしよう。
 普段は夜寝るのは早い仲間達だけれど、一日ぐらいなら夜更かししても大丈夫なはずだ。
 曙光の精霊ローザリンデ(kz0269)だってランタンを灯せば少しは顕現してこの花を愛でてくれるかもしれない。
 フィーは月下美人の茎をそっと撫でると
「綺麗ナオ花、タクサン咲カセテネ」
 そう言って再び花の手入れを始めた。
 この花が幸せなひとときの象徴として皆の記憶にずっと刻み込まれるようにと。


●その誓いは永遠となる

 ――6月に入ってからというもの、街の役場は毎日が大盛況だ。
 なにしろジューンブライドのジンクスを信じたカップルが
 次々と並んで婚姻届の受付を待っているのだから仕方がない。
 役場周辺にはペアのアクセサリーや花、酒や軽食、
 ついでに玩具などを扱う店など様々な屋台がずらりと並んでちょっとしたお祭り騒ぎだ。
 中には結婚式場の職員も街頭に立ち「これから間に合うおすすめ格安プラン」など
 綴ったポスターを首からさげてカップルの案内を始める始末。
 そんな明るさに満ちた役場周辺、だが――。
 本当はにわかに物々しい空気が漂い出したこのご時世で、
 真実を知らされていない民草もその雰囲気を肌で感じているのだろう。
 彼等は明るく振る舞うその顔の裏で、
 いつ何があっても心が崩れぬようにと愛し合い支え合える生涯の伴侶を見つけ出し……ここにいる。
 彼等はたとえ月下美人の花のように明日がわからない儚い宿命にあろうとも、
 日々の中で多くを学び。働いて。そして愛して。
 そうすることで自分の命を次の世代に繋げていく。
 力なき衆生はそうやって歪虚という脅威に抗って長らくこの世界を守ってきたのだ。
 だから彼らの「未来を願う心」も歪虚に抵抗してきたかけがえのない力といえる。
 そんな活気の中で役場の職員が後列のカップル達に歩み寄ると深く一礼した。
「皆さん、お待たせしております。現在職員を増やして対応しておりますので今しばらくお待ちください!」
 だがカップルたちにとってはそのようなことは些事に過ぎない。
 真面目な顔で書類に不備がないか改めて確認したり、これからの生活について楽しそうに語り合っている。
 もっとも不安がないと言えば嘘になる。だけどこの日ぐらいは幸せな夢を見てもいいだろうと。
 ――もちろんその中にハンターの姿もあった。
 彼は最後の戦いに向けて揺れ動く心を抑え、愛する人の顔をふと見つめる。するとその人は花のように笑んだ。
「……あなたとならどのような道でもずっと一緒に歩んでいける。そう信じているから」
 たとえ戦の中で果ててもこの幸福な誓いは永遠。だから――絶望的な戦いにも剣を握って立ち向かえる。
 ハンターはその答えに「……なんだよ、突然」とはにかむも、
 進み始めた列の中でしっかりとその人の手を握った。
 ――どこまでもこの手を放すまいと。

リプレイ本文

●静かな食卓

 穏やかな朝。小鳥が囀り、開いた小窓からは初夏の香りを孕んだ涼しい風が吹き抜ける。
 それはかつてのふたりにとってとても居心地の良い空間だった。
 だが、今は食器に箸やスプーンが触れる音が響くだけで、
 向かい合った元恋人達は黙したまま味気なく朝餉を口に運ぶ。
 昔は幸福に満ちていたのに、正月に揃って垣間見た悪夢が原因ですっかり熱が冷めてしまった食卓。
 それなのに今も完全に離れることはできず、ふたりは奇妙な同居生活を続けている。
「ハンスさん」
 穂積 智里(ka6819)は箸を一旦下ろすと目の前の青年にぎこちなく笑みを向け、こう切り出した。
「帝国で精霊のフィーさんが月下美人のお花見をするそうです。
 東方だとそこそこ珍重される花ですし、ハンスさんもお好きじゃないかと思います」
「月来香ですか、欧州では香水によく使われる香り高い花ですね。
 今日は生憎依頼を受けているのですが、依頼が終わり次第観に行くのも悪くないでしょう」
 ありがとう、穂積さん。
 そう言って湯呑を傾けるハンス・ラインフェルト(ka6750)。智里が悲しげに目を伏せた。
(穂積さん……か。他人行儀な呼び方はいつまで続くのでしょうね)
 ほんの70cm足らずの距離なのに、それがひどく遠くもどかしく感じる。
 あの夢を見るまではこの距離が丁度良かったはずなのに。
(ハンスさんはきっと私が誘わなくとも行くのでしょうけれど。それに私が誘えばきっと機嫌が悪くなる……)
 本音を言いたくても言えない。
 それは目の前に見えない壁があるようにさえ思える。智里は無意識に服の裾を握りしめた。
 一方、ハンスは智里の寂しそうな顔を見つめるも「御馳走様でした」と箸を置いた。
「今日の依頼で対処する歪虚は神出鬼没、早期に仕留めなねばなりません。
 ですのでこれから出立しますが、花見には間に合うよう努力しましょう」
「そうですか。……それではどうぞ、お気をつけて。無事のお帰りを願っています」
 その言葉を受けてハンスが颯爽と腰に刀を挿し、家を出て行く。
 ひとりぼっちになった智里は食器を洗う手に
 ぬるい水がぽたぽたと落ちるのを見つめ「もう一度、あなたに会いたい……」と祈るように呟いた。


●再会

「……大人な人の誘いじゃなくてゴメン」
 ここは帝国の軍人墓地に隣するささやかな緑地。
 花束を二束抱くシェリル・マイヤーズ(ka0509)は、
 帝国軍第二師団所属の軍人ヴァルターに丁寧に会釈した。
「いや、こっちもずっと転戦続きでさ。君のおかげで休む時間ができた、感謝してるよ。
 それに元気そうで何よりだ。……で、今日はなんで俺を呼んだのかな?」
 ヴァルターが笑みを浮かべる。その顔にシェリルは静かに息を呑んだ。
 体はより大きく逞しくなったが、顔に無数の傷が刻み込まれている。
 それほど長く前線に身を置き、苦労を重ねたのだろう。
 そんな彼に言葉を選びながらシェリルは訥々と語り掛けた。
「……エリザベートって覚えてる?」
「ああ、忘れるもんか。あいつのせいでオウレルやたくさんの仲間がいなくなっちまったんだ。
 俺が自由に動けるハンターだったらと何度思ったことか!」
 無意識に声を荒げ、拳を堅く握りしめるヴァルター。
 その手をシェリルが優しくときほぐし、首を横に振った。
「エリザベートは先日、私達が討伐した。南方の古城で……彼女の下僕達も一緒に」
「そうだったのか、それは……」
 ヴァルターはそれ以上の言葉を紡ぐことが出来ず、俯いた。
 彼女に感謝せねば、労いたい、とどれほど強く思っていても。
 ――できるならこの手であの歪虚を断罪し、友の仇を討ちたかった。
 その想いを察し、シェリルが言う。
「……だから、今日はその報告に。エリザベートの犠牲になった人達の……お墓参りをしようと思って」
「そっか……君は忘れないでくれていたんだな。あいつらのことを……ありがとう」
 早速ヴァルターが墓地を案内し、戦死者の名を刻んだ石碑の前で足を止める。
 シェリルは純白の花束を手向けると十字を切った。彼らの魂が救われるようにと。
 そして隣で祈りを捧げるヴァルターが目を開くのを見計らい、静かに問うた。
「……スザナってどんな人?」
「一言で言うなら『強い人』かな。皆を守る為に常に声を張り最前線で戦ってる。
 オウレルの件で責任をとる事になっても一言も反論せず耐えた。自他ともに厳しい人だよ」
「そう。……あのね、お兄さん……皆に謝りたいって言ってた。ここにも来たいって」
「ああ、君はオウレルの最期を看取ってくれたんだったな。
 そうか……あいつ、頭を弄られてもそう考えていてくれたのか……」
 石碑に刻まれた真新しい「オウレル・エルマン」の名を指でなぞり、しみじみと呟くヴァルター。
 そこでシェリルが俯いたまま、問う。
「……『もし』オウレルが生きていたら……なんて言う?」
「え? それはまぁ、言いたいことは沢山あるよ。でもさ、あいつは死んだんだろ?」
 その瞬間、シェリルが彼の軍服の胸元を掴み縋るように見上げた。
「あ、あのね、ヴァルター。……本当は……!私じゃ、あの人を救えないの。だから……!」
 たすけて、と唇が動くも言葉を発することはできなかった。
 ヴァルターが彼女の真意を察し、傷だらけの手で唇を押さえたのだ。
「ここには管理人がいる。声を潜めた方がいい。……つまり、奴は死を偽装してどこかに潜んでいるのか?」
「……」
「それならば軍はオウレルを再び敵対対象として認め、討伐せねばならない。
 帝国は歪虚の殲滅を目指している国家だ。そのことはわかっているよな?」
「……! ヴァルターも、オウレルを傷つけるの……?」
 シェリルの視線が怯えるように揺れる。ヴァルターはそれを逃がさないようまっすぐに見つめた。
「俺自身の感情は真実をもとに決める。ただ、此処はそういう国なんだと理解してくれ」
「わかった……それなら……」
 ぽつぽつとシェリルが言葉を紡ぐ。今まで自分が見たこと。そしてオウレルの覚悟を。
「……ハンターオフィスに全ての記録を残している。もし疑うなら報告書を確認して。
 ね、今のオウレルは皆のために力を尽くし……燃え尽きようとしているんだよ……」
「そうだったのか……。馬鹿野郎、手前一人で何もかも背負いやがって!」
 ヴァルターは両目を腕で隠すとそのまま石段に腰を下ろして泣いた。
 もう、オウレルは帰ってくることはない。
 歪虚となっても罪から逃げず最後まで邪神に抗い、この世界のために死ぬつもりでいる。
 そんな中だからこそシェリルは哀しみを顔に出さず、率直な想いを口にした。
「私は……今までの戦いで歪虚も心を持っていると知った。
 だから……オウレルにひとときでいい。ヴァルターやスザナが彼を『ひとりの人間』として……
 迎え入れてくれる時間をくれると嬉しい……」
 するとヴァルターが軍服の袖口で顔を拭い、顔を上げた。その表情に迷いはなかった。
「……わかった。それなら俺は君達の『共犯者』になろう。
 あいつが邪神戦争の中で姿を現したら共闘者として受け入れるよう進言して守る。
 報告書という立派な証拠もあることだし、団長にもかけあってみるさ」
「そんなこと、できるの?」
「こう見えても俺だって結構昇進したんだぜ?
 今の地位を捨ててでも、罪を被ってでも、邪神を滅ぼすまでの間だけでも、
 軍にあいつを志を共にする仲間と認めさせるよう力を尽くす。約束だ」
 下瞼を真っ赤に腫らせたヴァルターがシェリルに手を差し出す。
 彼女は「ありがとう」とそれをしっかりと握り返した。
(お兄さん……あなたはヒトリじゃないよ。
 私がそうだったように。帰ってくる場所があるんだよ……だから諦めないで……!)


●幸せいっぱい胸いっぱい

 久我・御言(ka4137)は鷹藤 紅々乃(ka4862)の家のチャイムを鳴らすと
 胸の高鳴りが大きくなるのをはっきりと感じた。
「はーいっ……あ、御言さん! おはようございますっ!」
「おはよう、紅々乃くん。今日もいつも通り愛くるしいね!」
 無垢な紅々乃の笑顔にいつものオーバーアクション気味な反応を示す御言。
 額に手を当て、くらっと体を揺らしてみせる。
「は、はわわっ! 御言さん、大丈夫ですか!?」
「ん……問題ない、君が傍にいてくれるかぎり私はいつだって幸福かつ健康だよ。
 ところで紅々乃くん、今日は時間があるのかな?」
「はい、今日は依頼を受けていないので。あ、もしかしてデートのお誘いですか!?」
 紅々乃は御言と過ごす時間をとても大切に思っており、満開の小花のような笑みをこぼした。
 何しろ常に紳士で優しく誠実な彼は紅々乃を喜ばせるために
 様々なデートプランを計画しては幸せな時間を提供してきたのだから。
 ――だけど。今日は少しばかり様子が違うようだ。
 御言が後ろ手に隠していた純白の綺麗な紙袋を紅々乃に差し出す。
「すまない。今日はデートではないんだよ、紅々乃くん。受け取ってほしい物があるんだ」
「え、あの、これ……プレゼント、ですか?」
「まずは開けてみてくれ。そしてそれをどうするか……考えてほしい」
 紙袋の中には白い鳩のレリーフが入った封筒と、厚紙に包まれた小さな箱がひとつ。
 箱を開いてみると、そこには愛らしい宝石が嵌められた指輪が一点。
 そして封筒には御言のサインが記入済の婚姻届が収まっている。
「はわ、はわわ、はわわわわ~~~~?!?!」
 指輪と婚姻届を交互に見て目を回しそうになる紅々乃。
 今度は御言が紅々乃をしっかりと抱きしめ、華奢な体を支えた。
「紅々乃くん、まずは落ち着いて聞いてくれ。……私は君が好きだ。一緒になってくれないか?」
 しっとりとした優しい声音が紅々乃のほころびそうな心を現実に呼び戻す。
 ――たちまち彼女の心へ幸せの小波が押し寄せてきた。
 まずは御言へ深々と頭を下げ、妻として初めての挨拶を贈る。
「え、えと……あ、あのっ! 不束者ですがこれからも宜しくお願いします……!」
 その答えに御言が満面の笑みを浮かべ、紅々乃の左手の薬指に指輪をそっと嵌めた。
 サイズはぴったり、紅々乃の名によく似あう紅玉が明るく輝く。
 そして御言も自分用の指輪をジャケットのポケットから出すと、今度は健気にも紅々乃が彼の薬指にそれを嵌めた。
「これで私達……夫婦ですね。旦那様、お慕いしています!」
 その瞬間、御言の心の中で春一番のごとき強く暖かな風が吹いて――
 今まで小花のように可憐だった紅々乃が、咲き誇る大輪の百合のように美しく艶やかに見え始めた。
(……っ! 一体何なんだろう、この感覚は。
 まるで世界が一層鮮やかに色づき、全てが私達を祝福してくれているようだ!)
 だがここで感動に浸ってばかりいては陽が暮れてしまう。
 これから婚姻届に紅々乃の名前を署名し、役場に提出しなければ公に夫婦とは認められない。
「ああ、世界はこんなにも芳醇であるのだね……。
 今もまた君に見惚れるなんて。
 これから私は毎日新しい君と出会い、そして時の移ろいとともに幸福を重ね続けるのだろうな。
 さぁ、いざ行かん約束の地へ!」
「はい、旦那様! 何時までも何処までもお傍に!」
 とはいえ、役場まではさほど距離が離れていないので、のーんびり手を繋いで歩いていくふたり。
 ……だが世界の行く末を案じる時勢であっても、
 この夫婦の互いの笑顔と信じあう心だけはどこまでも変わらない。


●それはまるで青い薔薇のように

「フリーデさん、お迎えに来ましたです!」
 コロッセオ・シングスピラの一室にいつも通りノックした上で
 得意の『とつげきわんこ!』を繰り出すアルマ・A・エインズワース(ka4901)。
 それに対しフリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)は
『よし、来い!』と普段通り彼を抱き上げ、ソファの上にぽふんと座らせた。
 だが棚から封筒を出すその姿はどこか不安そう。
『この前の書類……記入してみたのだが、これで間違いはないだろうか?』
 これは5月にアルマから渡された婚姻届。
 そこに「不器用を文字にするとこうなるのか!」と思わせる不細工な字でフリーデの名がサインされている。
 アルマはそれを時々首を捻りながら判読し
「わふ! フリーデさんの直筆であることが肝心なので! 大丈夫です!!」と断言するや申請日を記入した。
 そして揃って外出した瞬間――アルマがフリーデに手を差し出した。
「フリーデさん、手を繋いでいきましょう」
『な、何故その必要が……? その……私のような者が手を繋ぐのは……少し気恥ずかしいというか……』
「だって今日は特別な日です! それに手を繋ぐと心があったかくなるです。
 幸せな日には遠慮なく甘えるですよ。
 あと……これから戦争で僕ら……会えない時間もあるかもしれませんし」
 もちろんふたりとも死ぬ気などさらさらない。
 だが精霊は四大精霊の力を借りてもグラウンド・ゼロに向かうのが精一杯。
 その一方でアルマは守護者という大任を担っている。
 世界を守るため彼は誰よりも前へ進む義務を背負っているのだ。
『そうか……そうだったな。それなら甘えさせてもらおうか』
 穏やかな風のマテリアルがアルマの手に重なる。そこでアルマがふふっと笑った。
「戦いが終わったら結婚する、がフラグなら、戦いが終わらなくても結婚しちゃえばいいんですよね」
『ああ、昔からの物語のお約束というやつか。
 戦争が終わったら故郷で幼馴染と結婚するとか、新しく商売を始める約束をしたとか』
「そうです! 夢を後回しにすると勿体ないことになることがあるです。
 屁理屈かもしれませんけどね、でも美味しいものは先に食べないと損することがあるんですよ」
 冗談めかして言うアルマにフリーデが笑い返す。
 そんなふたりが通りに出ると途端に賑やかな空気に包まれた。
 華やかな街並みを歩けば時折、
 人を避けるために肩を寄せ合うこともあり――アルマがその度にフリーデへそっと囁く。
「初めましてからずっと、あなたは僕にとって素敵な女の子ですよ。
 本当はあの日……なんて可愛い子がいるんだろうって思って……それで声を掛けたんです」
『……っ! こういうことはこんな場所では……!』
「大丈夫ですよ、誰も彼も自分たちのことばかりで僕らのことなんて気にしていません。
 だからどこでだって言うんです。愛してるって。……君は僕の可愛い奥さんなんですから」
『うう……』
 フリーデが鼻の傷跡を掻き、俯く。その仕草さえアルマには愛おしい。
 やがて役場に着くとふたりは職員に婚姻届を手渡した。
 職員は新婦が精霊であることに目を白黒させていたが
 書類に不備がないことを確認すると「おめでとうございます、末永くお幸せに」と受理の印を押した。
 それはほんの数分で終わるあまりにも呆気ない婚姻の儀。
 しかしアルマは「フリーデリーケ・K・エインズワース」と記された戸籍の写しを見て微笑んだ。
 生前のフリーデは数多の亜人を血の海に沈めてきた絶火の騎士。
 それが長き時を経て、伝承をもとにしたマテリアルと姿を変えながらも
 ――心を改め、エルフである自分を愛し、共に歩み始めた。
 それはかつて不可能の代名詞とされていた「青薔薇」の花言葉と同じ「奇跡」ではないか。
(……ならばこれから行くべきところはひとつですよね)
 アルマはフリーデの手を離さぬまま、これから行くべきところへ想いを馳せた。


●婚姻届は血の香り!?

 御言と紅々乃が役場に到着し、いよいよ紅々乃が婚姻届に署名した時。
 ふと、日本人ならではの文化が頭を過ぎりその手を止めた。
「どうしたんだい、紅々乃くん。まさか、今回の件を考え直したいとでも?」
 御言の不安そうな一言に首を横に振る紅々乃。しかしその瞳は困惑したように揺れていた。
「あの……私、印鑑持ってないです……あ、血判でもイケるんでしょうか!?」
 迷わず腰に挿した短刀を抜き放ち、人差し指に押し当てようとする紅々乃。
 途端に周囲がざわめき、職員も何事かと怯えだす。
 ――咄嗟に御言が彼女の手を掴んだ。
「紅々乃くん、いいか。ここは日本じゃない。サインで十分だ。
 それに君のその可愛い指を傷つけるのは私が赦さないよ? 君は自分を大切にするべきだ」
「旦那様……! ごめんなさい、心配させてしまいました……」
 顔を真っ赤にし、大人しく短刀を鞘に納める紅々乃。すぐに「お騒がせしました」と周囲に一礼する。
 そして今度はきちんとふたりで婚姻届に手を重ね「よろしくお願いします」と受付に提出した。
 ――万感の想いがふたりの間に波紋のように広がっていく。
「……初の共同作業だね」
「はい……ふたりで手を添えて。……旦那様の優しい手に包まれてとっても幸せです」
 こうして無事に手続きを終えて外に出ると、御言はうら若き愛妻に歌うように囁いた。
「私は君を必ず幸せにしてみせよう。それが私の最大の幸福だよ」
「私も旦那様を幸せにします、ずっとずっと……!」
 誰もいない役場の裏でそっと交わすささやかな口づけ。
 それはとても甘く、柔らかく――幸せの味がした。


●露店が並ぶ賑わいの中で

 アウレール・V・ブラオラント(ka2531)はツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)と
 久方ぶりの休暇をとり、役場前のオープンカフェでティータイムを楽しんでいた。
 今日のふたりは特に何をすることもない。
 ただ、日常の一瞬一瞬を目に収め平穏な時間がいかに大切なものかを噛みしめていた。
(今日も街は平和そのものだな、良い事だ。
 これからも歪虚に脅かされることなく日常が続く……そうあれば良いのだが)
 先の戦いで守護者としての力を解き放ち、未だそのマテリアル減少による疲労が残るアウレール。
 ツィスカはそんな彼の体調を気遣いながら口を開く。
「……想いを秘めた伴侶同士が結ばれ、子を成して、
 彼らの生を見届けるように寄り添って生を終えていく。
 そんな当たり前の光景が永遠に続くよう、私達は往くのですね」
「ああ。生命の営みは物語と似ている。
 物語は語り継がれ、糧となり、新たな物語の序章となる。
 総て物語に終わりはなく、語り手を変えながら連綿と続くもの。
 我々は生命の物語を断たせないために戦うのだ」
「はい、普通の生活の幸福な物語を紡ぐために……」
 ツィスカは彼の堅い意思に頷きながらも、
 役場に並ぶ幸せそうなカップルたちの姿をほんの少しだけ羨ましそうに眺める。
 どんな些細なことだって構わない。
 目の前の人と未来への夢を語り合えたなら、どれほど幸せなことだろうと。
 そんなもの寂しげなツィスカの視線に気づいたのか。
 アウレールが紅茶を一服口に含み逡巡すると――静かにこう切り出した。
「普通の生活の幸福、か。
 ……ツィシィ、全てが片付くまでは私は自身を計算に入れるのを後回しにせざるを得ない。
 そのことは承知しているな?」
「はい。世界とそこに住まう民衆のために守護者として剣を揮うことが
 アウレール殿のノブレスオブリージュの体現であり、
 ご意思であるのなら……私はその背を支えることが本懐となりましょう」
「ありがたい」
 そう言ってカップをソーサーに戻すアウレール。
 だがツィスカは先ほどの発言に心へ刃を押し付けるような痛みを感じていた。
(願わくば私は……アウレール殿にも、彼なりの幸があって欲しいと思う。
 けど、それを手にするには彼は修羅の道を歩み過ぎている。
 それならば彼の荷を少しでも背負い……そしてこの方の願いが叶うよう支えるのが私の務めなのでしょう)
 だがアウレールも彼女の切ない表情に胸を痛めていた。
 ……ツィスカの意思をわかっているのに、彼女の願いを聞き入れられないやるせなさが何とも心苦しい。
(ツィシィは気高く潔い女だ。
 もし私と結ばれたとして、私が先立つことあらば残りの生涯を喪に服しかねない。
 アルトホーフェンの令嬢ならば後家となっても引く手数多だろうが、意思を翻すことはないだろう。
 だから……今の私とは手を携えない方が良い。……そうだろう?)
 エリザベートの一件で距離感が狭まったと思っていたふたり。
 しかしやはり互いを思いやるからこそ、相手を傷つけないようにと――不器用に離れてしまう。
(血塗られた道であることはわかっていても、
 それでも私はアウレール殿の傍らに立ちたい……空回りに終わっても、すれ違っても)
 そんな中、見知った顔が幸せそうに郊外に向かって歩いていくのが目に入った。
 ツィスカは一瞬声を掛けようか迷ったが、ここで水を注すのも野暮だろうと口を噤む。
 その時――アウレールがおもむろに口を開いた。
「ツィシィ、私達は……とりわけ私は、明日をも知れぬ身。
 だからこそ先に、という考えもあろうが……僅かな時間と引換に、
 貴女の残りの人生を後家としてとして過ごさせるのは忍びないと考えているのだよ」
 突然の思わぬ言葉に、紅茶をかき混ぜていたティースプーンを皿に落とすツィスカ。
 これはある種の告白ではないか?
 ――だがその言葉は死すら辞さない覚悟を背負っているだけに、やはり重い。
「私は……何よりもアウレール殿に生きて幸福になっていただきたいです。
 そして私は万が一独りになったとしても、道を違えず歩んでいく覚悟も備えております。それでも……?」
 そこでアウレールはひとつひとつ言葉を丁寧に選びながら答えた。
「これからの戦は正と負、互いの存在をかけた全面戦争になる。
 それゆえに常に不確定要素と危険が付き纏う。だからこそ常に切れ得る可能性のある契りは結べないのだ」
 悲しげに目線を落とすツィスカ。だがアウレールは人々の姿を眺めながら――続ける。
「……しかし、もしこの戦いを二人で生き残れたとしたら。
 それならば、私自分を勘定のファクターとして考えることもできるようになるかもしれん」
「っ、アウレール殿……っ!」
 感極まり、思わず立ち上がるツィスカ。テーブルの上のカップがかちゃんと軽く音を立てた。
 その反応にアウレールは少し困ったように微笑んで……
 でも、その瞳が彼女の赤みを帯びた顔を確かに見つめた。
「もっとも私はこの通り、己を勘定へ入れる方法をまだ知らないでいる。……それでも確かに、望んでいるのだ」
 その願いにツィスカがひとすじの涙を流す。
 今はまだ甘えを赦されずとも、未来への希望がひとつ見つかったのだから。
「私はこれからの戦でも出来得ることを全て成し、最後まで生き抜くことを誓います。
 ですからどうか……振り返ることなく存分に力を揮い、本懐を成し遂げてくださいませ。
 それがきっと邪神の闇を切り拓く灯りとなりましょう」
「ああ、生命の物語を絶やすわけにはいかない。貴女自身の物語も邪神になど好きにはさせんよ」
 静かに頷く彼の穏やかな瞳にツィスカはようやく本来の笑顔を取り戻した。


●夕刻迫る

 月下美人の開花の話を聞きつけたリアリュール(ka2003)は自然公園を尋ねると微笑みながらこう言った。
「フィー様、月下美人の花を観賞させてくださいな。音には聞くけれど、見たことはなくて」
 フィー・フローレ(kz0255)は皆の迷惑にならないようこっそり茶会を開くつもりでいたが、
 どうやら軍人の間で「貴重な花が咲くらしい」と評判になっていたようだ。
 フィーが照れながら「ウン、リアリュールハ大好キナオ姉チャンダカラ!」と頷く。
 しかし開花までにはまだ少し時間がかかりそうだ。
 そこでふたりで咲き終えた花の球根を回収し、伸びた枝を刈り、花を植え替える。
 ――するといつの間にか黄昏刻になっていた。
「そろそろ暗くなってきましたから今日は終わりにしましょう。フィー様、お茶を淹れてきますね」
「ウン! イツモアリガトウナノ!」
 フィーが象の形をしたジョウロで花に水を撒きながらてくてく歩く。
 その背を見つめ、リアリュールは思った。
(音楽か絵画か、一瞬の輝きか永遠の夢か。どちらも捨て難いものね。
 深く心に刻んだ思い出はいつでも鮮明に瞬時にその時に帰れるものだから)
 この公園の花は特別な精霊の加護を受けたものではなく、
 あくまでも丁寧な手入れによって咲き誇ったものばかり。
 だからこそ一層愛おしく美しく感じるのだろう。

 その頃、ベンチの上でうたた寝を始めたローザリンデ(kz0269)のもとに
 美少女めいた容貌の少年がランタンを手に歩み寄った。
「ねぇ、ローザ……ちょっといいかな?」
『ん……?』
 ローザが目を擦りながら体を起こすと、そこには彼女と将来を誓い合った恋人
 白樺(ka4596)が両膝に手をあてて可愛らしく小首を傾げる。
「ローザ、あのね?
 ……フィーも言ったかもしれないけど、夜にしか咲かないお花をシロはローザと見たいの……」
『ああ、月下美人のことかい。随分と良い香りのする綺麗な花らしいね。
 アタシはこの通りだからまだ見たことはないんだけどさ』
「うん。それでね?
 ローザが夜に姿を現すことはとってもとっても大変ってシロわかってるのに……
 こんな酷いお願いしちゃうの……。
 シロのマテリアル全部使っちゃっても良いから……夜に……一緒に逢えないかな?」
 彼はランタンにたっぷりとオイルを注ぎ、
 万が一の時はクマのぬいぐるみ風の法具「くまんでぃーぬ」でシャインの魔法を行使するという。
 ローザは(アタシとしたことが……どうも惚れた弱みってやつには逆らえないんだねェ)と
 眠気で薄れ始めた意識を無理矢理引き戻し、白樺の柔らかな蜂蜜色の髪を撫でた。
『そっか、そこまでして……ありがとね。それじゃあ特別に今日は夜更かしするよ。
 たまには月光浴っていうのも悪くないだろうしねェ』
 気怠さを感じながらもベンチから腰を上げて、白樺を抱きしめ――頬に軽くキス。
 白樺は相変わらず初心で、すぐに頬を赤らめる。
「……ねえ、ローザ。絶対に無理はしないでね?」
 ローザの手を引きながら、その身を案じる白樺。
 しかし愛しい彼女の吐息がかつての煙草ではなく
 優しい香りに変わったことに気づいた瞬間――白樺はまた胸が高鳴った。


●あなたに逢いたくて

 智里は窓の外がオレンジ色に染まっているのを見ると「……私も行かなきゃ」と呟き、家を出た。
 馴染みのパン屋で軽食と飲み物を購入し、手提げに入れる。
 そして懐かしい通りを歩くと胸にノスタルジックな痛みがあふれ出してきた。
(お祭りの時、腕を組んでこの街を歩いたね。……あの時は本当に幸せだった)
 智里の大きな青い目の縁に熱いものが伝わり、頬を濡らす。
「でも私のシャッツは……もう私のことをそう呼んでくれない……。
 こんな日が来るなんて思ってもみなかった……!」
 シャッツとはリアルブルーのドイツ語で「最愛の人」や「宝物」を表す、愛の籠った呼称のひとつ。
 今も智里にとってはハンスは掛け替えのない存在だが、ハンスは彼女をどう思っているのだろう。
 無機質な反応からそれを読み解くのは難しく、それがただただ残酷で――苦しい。
 涙を手の甲で拭いながら、帰宅する人波に逆らうように歩き続ける智里。
 その胸の内にはたったひとつの願いがあった。
(私を思い出した貴方に……ただ一度でもいい。逢いたい……!)

 一方、シェリルは再び戦場に向かうヴァルターを見送ると水を汲んだバケツに一束の花を浸した。
(自分で来ない意気地なし。
 死に場所と口実……都合のいいようにして。皆を守ったのも抗ったのも……貴方なのに)
 石段に腰を下ろし、オウレルとの今までの会話を反芻するシェリル。
 彼の言い分に筋が通っていることはわかっている。
 でも、それでも――自分の存在を否定するようなことは言ってほしくなかった。
 最後ぐらい屈託のない笑顔を見せてほしかった。
「オウレル……私は貴方にも笑って欲しいんだよ。私の手が届くなら」
 次第に墓地を吹き抜ける風が冷たくなってきた。
 シェリルは管理人から貸してもらった毛布を肩に掛けると、紫色に染まった空を見つめ息を吐いた。
(来るはずないけど……一晩だけ待とう)
 それは祈りに似た願い。シェリルはまだ諦めずにここにいる。


●精霊達への結婚報告

 アルマとフリーデはコロッセオに戻る前に自然公園に向かい、精霊達に結婚の報告をした。
 精霊達は初めこそ目を白黒させたが、
 フリーデが精霊や亜人に分け隔てなく接し、この地に親しんできたこと。
 そしてアルマが帝国で発生した数々の事件の解決に貢献してきたことに感謝し、次々と祝福する。
 かつて清水の精霊を傷つけ恐れられていたフリーデはようやくここで精霊達の仲間と認められた気がした。
 そして精霊達が月下美人の花を観に向かう中――アルマがフリーデに木陰で身を寄せ甘く囁く。
「フリーデさん。愛してます。
 僕の残り370年とちょっと……いえ、その向こうも全部あげますっ。これからもよろしくです!」
『ありがとう、とても嬉しい……。でも、向こうとは?』
「僕は必ず帰ってきて君を幸せにするです。
 そうしてふたりで長生きする間に、たくさんの人を助けて幸せにしましょう。
 そうすれば……今の僕がおじいちゃんになって死んでしまっても
 英霊としてフリーデさんとずっと一緒にいられるかもしれないですよね?」
 それは正確にはアルマ本人ではなく、伝承や信仰で形作られたアルマに似た何かなのだが。
 もっとも、彼をよく知るフリーデが生きていれば本人に似た英霊が生まれる可能性は高いだろう。
 そしてアルマがフリーデの肩をしっかりと掴んだ。青い瞳が宿す光は真剣そのもの。
「……だから君も絶対生きて帰るです!
 僕が戻った時にフリーデさんが消えていたら泣くじゃ済まないですよ? 多分、すぐに後を追いますっ!」
『わかった、必ず約束は守ろう。ただし、お前も死ぬなよ?
 お前の言っていることが逆に発生したなら……私もそうするだろうから』
 その答えにアルマは「ええ、僕は死にません」と、ふわりと微笑んだ。
 そして――そこからふと思い出したように首を傾げる。
「ところで結婚といえば……精霊さんと僕らだとコウノトリさんって来てくれるんでしょうか」
 実はアルマは子供を産むための具体的なプロセスを知らない。
『コウノトリの精霊が夫婦に赤子を成すマテリアルを届け、母親が寝ている間に体内に宿してくれる』と
 家族に冗談交じりで聞かされたのを今も純粋に信じている。
 そこでフリーデは困ったように頭を掻くと、もごもごと口を動かした。
『……私は風のマテリアルだからな。その……赤子を宿すベッドが体にない。
 だからお前との子供は……作ることはできないと、思う。すまない……』
「あ、いえ! それは仕方のないことです。
 実はね、僕も本当は覚悟してました。それなら養子を迎え、温かい家庭を作りましょう」
『ありがとう、お前にはたくさんの夢を叶えてもらったな。
 これからは私がお前を幸せにせねばならん。……だから死ぬなよ』
 アルマを抱きしめ、頬を擦り寄せるフリーデ。
 体温がない筈のその体はいつになく優しいぬくもりに包まれているような気がした。


●月下美人の香りが漂う前に

 空が藍色に染まった頃――月下美人の鑑賞会の話を聞いたハンター達が自然公園に集まり出した。
「フィー様こんばんは、良い夜ですね。夜のお花見、ご一緒させていただいても良いですか?」
 エステル・クレティエ(ka3783)が親友のユメリア(ka7010)とともに来場し、フィーの手をふんわりと握る。
 フィーが嬉しそうに目を細め「モチロン。エステルト一緒ダト心ガポカポカナノ」とにっこり笑った。
「フィー様、こんにちは。精霊の皆様もお元気そうで何よりです」
「ウン! ユメリアモ元気デ嬉シイノ! 月下美人ノ開花ハモウ少シダカラ、チョット待ッテテネ!」
 ウキウキした様子で精霊達が並べたテーブルにランタンを灯していくフィー。
 そこにリアリュールがカップを並べ、
 香りを邪魔しないようにと用意したレモングラスのハーブティーを注いでいく。
 ハーブに詳しいエステルがランタンに照らされた淡黄色に目を細めた。
「レモングラスですか、公園の緑の香りに和む素敵なお茶ですね」
「ええ、時間になったら誰もが月下美人の開花を見届けられるように……そう思って」
「なるほど。私もとても良い香りのお花と聞いたので、
 お茶は穏やかな東方のものをご用意しました。お茶請けも折衷感があるもので」
 月下美人は熱帯雨林が原産地とされているが、どこかオリエンタルな風情が漂う花だ。
 そこでエステルはチョコレートを包んだ餅と緑茶を、
 ユメリアは「月下美人の花が咲くと聞きまして。これはお土産です」と言ってアイス月餅と紅茶を提供。
 これからの来客に備えてそれぞれが茶会の準備を始める。
 マリィア・バルデス(ka5848)も会場に訪れるなり
「夜来香のお花見、ね。何も食べずに一晩中じゃ大変だもの。私にも何か作らせて頂戴」と言って、
 購入してきた食材を管理小屋で調理し始めた。
 様々な味のジャムを挟んだジャムサンドを皿に盛りつけ、テーブルを彩る。
 しかしパンだけでは喉に詰まるだろうとジュースやお茶といった飲み物を揃えるあたり、
 彼女はやはり根が世話好きな女性なのだろう。
 そしてフィーに会うと腰をおとして小さな彼女をしっかりと抱きしめた。
「お招きありがとう、フィー。
 夜来香……月下美人は香水で人気があるけれど、
 実物を見たことがなかったから、この機会に巡りあえてとても嬉しいわ」
「ソウナノ? マリィアニ喜ンデモラエテ嬉シイノ!」
「ええ。香水を通して匂いの雰囲気は知っているつもりだけど、
 本物はたった一日で花を終えてしまうのでしょう?
 だからリアルブルーにいた頃でも写真でしか見たことがなかったのよ」
「ワァ! リアルブルーニモコノオ花ガ咲イテルノネ!
 アッチハ機械ノ文化ガ進ンダ世界ダッテ聞イテタケド、
 同ジオ花ガ咲ク場所ガアルナラキット仲良シニナレルノ!」
 マリィアの足に抱き着いて頬をむぎゅっと押し付けるフィー。
 リアルブルーの精霊達は信仰を失ったことで消えてしまったけれど、
 いつか人々が自然を崇め、精霊の存在を信じ……
 そして愛する時が訪れればもしかしたら小さな小さな――フィーのような存在が生まれるかもしれない。
 マリィアはフィーのふわふわの頭を撫でながら優しく囁いた。
「そうね、きっと仲良しになれるわ。種族の違う私たちだってこうしてわかりあえたんだもの」と。
 その頃、サクラ・エルフリード(ka2598)も自然公園に足を運び――空を見上げた。
 奇しくも今日は満月の夜。濃紺に浮かぶ白銀の輝きが眩しく、美しい。
(……きっとこの月に一夜限りの夢の花はよく似合うことでしょうね……)
 サクラはフィーに会うと物静かな口調ながら、胸のときめきを抑えられないようで微かに微笑んだ、
「……月下美人、初めて見るので……楽しみです」
「サクラモ初メテナノネ!
 トッテモイイ香リノオ花ダカラ、キット気ニ入ッテクレルト思ウノ。皆デ観ラレテ嬉シイノ!」
 サクラの両手を包んでぶんぶん、と縦にゆすって握手するフィー。
 昔に比べてすっかり人馴れしたようだ。
 そしてフィーの親友である澪(ka6002)と濡羽 香墨(ka6760)も手を携え合い公園を訪れた。
「月下美人……どんな花なのかは私も知らないからすごく楽しみだね、香墨」
「うん。フィーがずっと手入れしてくれてた花。……それに澪とフィーと一緒に観られるのが嬉しい」
 香墨がフィーにこの花について尋ねてみたところ、
 たしかにこの花は一晩で開花を終えるが、
 実は年に1回きりの花ではなく手入れと株の持つ力次第で年に複数回咲く可能性を持つという。
 しかし土壌造りと適切な温度ならびに水の管理、
 病気の原因となる害虫の駆除を要するため、大きく育てるには根気が必要らしい。
 きっとフィーが手間暇かけて育ててきたのだろうとふたりは香りの薄い月下美人を見つめた。


●花の香り、漂う頃に

「フィーさん、お花見開催してくれてありがとうございます。花が咲くのが楽しみです」
 もうすっかり空は満天の星空。
 智里が手提げからサンドイッチや一口大のチキンナゲットを出し、大皿に並べる。
 フィーは智里の顔に僅かに浮かぶ哀愁に小首を傾げるも、
 笑顔で「今日ハ遊ビニキテクレテアリガト! 楽シンデイッテネ!」と右手を差し出した。
 一瞬きょとんとするも、フィーの柔らかな手を握って笑む智里。
 律儀な彼のことだからきっと……と思い直す。
 サクラは風がひんやりと冷たくなってきたのを感じると、
 智里提供の惣菜によく合う軽やかな風味の紅茶をカップに注ぎ皆に配った。
「風が冷たくなってきましたね。……紅茶をどうぞ」
 そしてハーモニカを取り出し、静かな夜想曲を奏で始めた。
 その音色はとても優しく郷愁を誘うもの――月の厳かな輝きと初夏の小さな森の静けさによく似あう。
 そこにリアリュールがヴァイオリン、エステルがフルート、ユメリアが歌を重ねる。
 即興のカルテットなのに皆の心にじわりと温かいものが伝わるのは
 きっと4人の想いが同じだからなのだろう。
 サクラが演奏を終えると、ぽつぽつと呟いた。
「もう私達の道は決まりました……救済のための嵐のような決戦が……。
 ですからその前の静けさに……幸せを噛みしめたいと思うのです……」
 邪神戦争の終結までにどれほどの犠牲が生まれるのかはわからない。
 だからこそ生きる喜びを感じられるうちに生を謳歌するのだと。
 マリィアはその言葉に運命に抗い戦い続ける恋人の姿を想い――揃いのミサンガを強く握りしめた。
 その瞬間、ひゅうと風が吹く。すると微かな香りが皆の間に漂った。
「もしかして……!」
 澪がランタンを手に走り出す。だが花弁は清らかな白の蕾のまま。
 茎は赤みを帯びていて、どこか妖艶な食虫植物にも見える。
「……色は綺麗だけどどこか怖くて不思議。ここから大きく開くのかな……?」
 恐る恐る蕾の先に触れる澪。その瞬間純白の花弁が「ぽんっ」と音を立て、
 まるで硝子細工のような透明感のある白が広がった。
 たちまち茉莉花に似た優しくも強く――そして甘い匂いが周囲に立ち込める。
「香墨、フィー! 真っ白な花が咲いたよ!」
「うん。咲いた……ね。心が落ち着く。いい匂い。それに。……綺麗」
 周りのハンターや精霊達もすぐさまそこに駆け寄り、
 月光をそのまま透明な器におさめたような純白の輝きを見つめる。
(まだ蕾はたくさんある……息を潜めれば花が開く音が聞こえそう)
 エステルがユメリアと頷きあうと、周囲の花もじいっと見つめた。
 すると次々と「ぽんっ」「ぽんっ」と軽やかな音を立てて花が開いていった。
「……まるで奇跡が起こる瞬間を見ているような心地です」
 ユメリアが詩の一篇にできそうと微笑む。
 一日花といえば他にも夏椿などが存在するが、ここまで開花が華やかな花もそうはない。
 サクラも「これが夜に一日だけ咲く花、月下美人ですか……。初めて見られました……」と瞳を輝かせる。
 マリィアはフィーとお揃いの魔導スマートフォンで互いに月下美人をフレームに収めた写真を撮影した。
「コレナライツデモマリィアト一緒ナノ!」
 マリィアから以前譲り受けた魔導スマートフォンのスタート画面にマリィアを映すフィー。
 それならとマリィアもフィーの顔をアイコンに加工し、互いににんまり笑い合った。
 その傍らで。
「一夜限りの花……とても綺麗……でも、朝になったら萎むって……儚いね」
 感嘆と切なさが入り混じった息を吐く澪。隣で香墨が深く頷いた。
「……でも、壊れなければ何度だって花は咲く。
 それならまた皆で観られるように……頑張らなくちゃ。……綺麗で儚いけれど。また繋ぐためにも」
「うん……」
 香墨は以前よりずっと強くなった。聖導士としてだけでなく、この世界で生きる者として。
 ヒトと歪虚を恐れ――ただ死を拒むために覚醒者となった彼女が、今は前を向いて生きている。
 そのことが澪にとってはただただ嬉しい。
(香墨の想い……とても嬉しかった。
 この前の茶会での話し合いは実りの多いものだったけれど、
 それと同時に香墨と同じ方向を向いていることを知って……本当に嬉しい)
 先日の依頼で「必ず邪神を倒し、しっかりと生き抜く」と宣言していた澪と香墨。
 そのための約束として交わした婚姻届は今もふたりの胸のうちにある。
「ね、澪。あれから考えて。でもやっぱり。みんな大事だから。
 やれること。できること。難しいかもしれないけど。やらなくちゃ」
 香墨がそう言って婚姻届の入った小さな封筒とフィー達が作ったペンダントをちらりと見せた。
「……ふたりのお守りもあるし。繋いでみせる」
 愛する人と、大切な友人たちの想いが詰まった贈り物。
 それを見た澪はフィーを連れてきて、香墨とフィーを一緒にぎゅっと抱きしめた。
「やっぱり……何があっても離したくない。
 香墨が……それにフィーも。大好きだから。……だから、守りたい」
「澪の背を守るのは私。だから……澪だけには背負わせない。
 大切なものを失うことは死と同じくらい怖いことだって知ったから」
 香墨の言葉にフィーも頷き、小さな腕でふたりを抱きしめる。
 今は――ただそれだけで十分。言葉はいらなかった。


●満開の花の森で

 星野 ハナ(ka5852)が公園にやってきたのは夜半過ぎだった。
 どうやら厄介な歪虚討伐に参加し、始末後に着替えをしたらこんな時間になってしまったという。
「うわぁ、フィーちゃん頑張ったんですねぇ。こんなにたくさんの月下美人を育てるなんて……」
 満開の花を魔導スマートフォンで何度も写真に収めるハナ。
 その時、いくつかの花が萎れ始めているのを見るとある考えが浮かんだ。
「そうですぅ! 折角のお花ですからぁ、みんなで最後まで味わうのも良いと思いますぅ」
「最後マデ? 味ワウ?」
 小首を傾げるフィーにハナが任せて、と胸を叩く。
「月下美人のお花は食用にもなるんですよぅ。
 本当は花がしぼんだ朝に作るんですけどぉ。
 ここ借りてるのが夜だけなら解散前に振る舞っちゃうのが良いと思いますぅ。
 冷えてきましたからぁ、お肉と針生姜入りのあったかいスープとサラダを作ろうと思いますぅ」
「ワワワ、ソレハ素敵ナノ! 私モ手伝ウノ!」
 フィーが花鋏で萎れた花を剪定する。
 ハナを管理小屋に連れていこうと手を引くと、ハナが一旦足を止めた。
「あ、そうだ。フィーちゃん、咲いて綺麗なお花も一輪貰っても良いですぅ?」
「ウン!」
 花は既に数え切れないほど咲き誇っている。一輪分けるぐらいなら問題ないだろう。
「ありがとうございますぅ。それでは美味しいお料理を一緒に作りましょうねぇ」
「ワーイ! ハナトオ料理楽シイノ!」
 フィーとハナはまるで姉妹のように楽しそうに寄り添い歩いていった。

 そしてこの時間に――もうひとりの来客が現れた。
 ハンスは賑やかな光景を避けるように静かに歩きながら、木々の間で揺れる純白の花を眺めた。
(……あぁ、これが月来香。たしかにあの甘く切ない香りがする……)
 月下美人――別名、月来香。
 柔らかな芳香で蝙蝠を招き受粉させる麗しい花であり、同時に数多の花言葉を持つ夜の女王でもある。
(たしか花言葉は……儚い恋、強い意思、秘めた情熱。
 どこか懐かしさを感じるフレーズもあるが……どこでそれを抱いたものか)
 ――その時、彼は目にした。智里が皆と離れた場所で咲く花を静かに見つめている姿を。
 そこは月光の射す静謐な空間。
 ハンスは漆黒の闇の中でも清らかな輝きを纏う智里の姿を見て無意識に口にした。
「……私の月来香」
 それは吐息とともに漏らした、ささやかな独り言。
 それでも彼女はハンスの草を踏む音に気付き――振り返った。
「は、ハンスさんっ……!」
 智里の目から零れ落ちる涙。それは哀しみではなく、別の感情からあふれ出したもの。
 しかしハンスは自身の呟きに戸惑い、慌てて背を向ける。
(一体どうしたというのだ、私は。穂積さんを月来香に例えるなど……彼女にそんな感情など……!)
 ざっと早歩きで公園から立ち退こうとするハンス。それを智里が健気にも追おうと駆けだす。
 しかし覚醒していない彼女は動きが鈍く、草に紛れた石に躓いてしまった。
「待って、ハンスさん……きゃっ!」
「っ! 掴まれッ!!」
 咄嗟にハンスが彼女に腕を差し出したことで、辛うじて事なきを得る智里。ハンスは低い声でこう告げた。
「……夜は足元がとかく危険です。気を付けてください、穂積さん」
 自分でも何故このような行動に出たのかわからない。
 例え怪我をしようとも覚醒者なら簡単な魔法で擦り傷など一瞬で消し去れるはずなのに。
 ……なのに何故目の前の女性を放っておけなかったのか。
 彼は「帰りは気をつけて」とだけ言うと今度こそ振り返らずに公園を出た。
(……明日からの態度はどうしたものか)
 その一方で智里は胸に手を当てると涙を零した。とても温かく――幸せな涙を。
「もう一度逢えましたね……私の『シャッツ』」

 その頃、白樺はローザとともにランタンの灯りのもと月光浴と月下美人鑑賞を楽しんでいた。
 しかし空が暗くなるほどにローザの力は薄れ、姿が時折透け始める。
(ランタンの力だけじゃ心もとないかな……それなら、シャインの力で……!)
 くまんでぃーぬに光を宿し、ローザに向ける白樺。すると白いドレスが再び実体化した。
『ありがとね、白樺。
 アンタのおかげでアタシひとりじゃ見られないものが今日はたくさん見られているよ。
 月下美人がこんなにいい匂いのする花だなんて知らなかった』
「ん、でもローザ……頑張りすぎないでね」
『わかってるよ、でも夜の世界がこんなに面白いものだって知らなかったからさ。
 真っ暗なのに月と花は光のように真っ白で綺麗なもんだ』
「うん。実は月下美人の花言葉は『ただ一度逢いたくて』っていうの。
 ……シロね、ローザに逢いたい理由いっぱい探したの。
 煙草の匂いが薄くなったこと? 微笑みに隠した不安に揺れる心? って」
『あはは、アンタには隠し事ができないみたいだね。
 まぁ、こんなご時世だからさ、アタシだって惚れた男にもっと好きになってほしいって思うし。
 ……心配はさせたくないって思ったりするんだよ』
「そうなの……。それならね、もっとシロにローザの『本当』をぶつけて。
 でないとシロ、寂しいもの。それに本当はね……理由なんて本当は何でもよかった。
 ねえ、ローザ……今日も、月が綺麗だね?」
 空を指さして微笑む白樺。銀色の光に包まれた彼の笑顔に――ローザは幸福を確かに感じていた。


●花とダンスを!

 エステルはランタンを手に夜咲きの花を眺めると小さくため息をついた。
「こんなに多くの種類、貴重な花も咲き誇るようになったのはフィー様が欠かさず愛情を注がれたからですね」
「エヘヘ……頑張ッタノ!」
 フィーがハナと作った月下美人の花弁のサラダを並べ、花用のドレッシングを添える。
 ハナも「本当にぃ、フィーちゃんのお花は傷みが少なくて料理にするのが勿体ないですぅ」と
 褒めながら出来立てのスープをよそう。
 サラダはテーブルを華やかに彩り、針生姜の効いたスープは体を温めてくれる。
 そこでエステルがサラダを口にするなり、小さく手を打った。
「食用といえば……私、母が育てた薬草園を受け継ぐのが目標のひとつなんです。
 何時か見に来てくださいね。約束です」
 フィーをはじめハンターや精霊達に小指を立てて笑顔を見せるエステル。
「エステルノ育テタ薬草見テミタイノ! イツカ王国ニ行ケルヨウニナッタラ絶対行クノ!!」
 フィーは大喜びでエステルに抱き着いた。

 やがて夜が少しずつ白ぎ始める。
 木々の向こうから青みがかった光があふれ始めた時――リアリュールがフィーの手をとった。
「フィー様、お手を。一緒に踊りましょう」
 小さいフィーだがリアリュールとともに元気よくステップを踏む。
 その楽しそうな姿にリアリュールがエルフの古歌のうちでも明るいものを選び、
 口ずさみながらターンのタイミングや独特のステップを教えていった。
「また来年も月下美人を愛でましょう、フィー様。約束ですよ」
「ウン! 忘レナイヨ!」
 フィーは楽しいこと、興味のあることにはとりわけ高度な集中力があるようだ。
 きっと次はもっと上手に楽しく踊る事だろう。

 一方、満腹感と体を動かしたことでうとうとしだしたフィー。
 エステルがユメリアを招いて毛布を荷ほどきした。
「明け方が一番冷えるのですよね……毛布に一緒に包まりましょうか?」
「ええ、喜んで。感謝します」
 エステルとユメリアの間にフィーを挟んで明け方の空を見上げる。
 フィーの目が辛うじて瞬きしている間にとユメリアは先日からの想いを言葉にした。
「フィー様、私ね……封印と言いながら、結局フィー様と共に生きる道を模索することを選びました。
 フィー様だけじゃなくてあの空の月も星々も。この花も」
「……アノ日ノユメリアハ世界ノ全部ヲ助ケテクレヨウトシテイタノ。
 ……ダカラ、アノ答エハ嬉シカッタノヨ……」
「でもね、それはみーんなでお話したら、今までにない可能性すらも見えてきたんです。
 みんながいれば可能性は見つかる。みんなとお話しすれば新しい糸口も見つかるのですね」
「ソレハ……トッテモ幸セナコトナノネ……ユメリア、エステル、アリガト……」
 ふたりの腕に抱き着くようにして眠りにつくフィー。ユメリアがフィーの頭をそっと撫でた。
「良い明日が訪れますよう……」


●花の終わりと明日の始まり

 夜明けを見届けたハンターと精霊達は
 萎んだ月下美人の花をほんの少し名残惜しそうに見ると、
 それぞれの生活に戻っていった。
 サクラは今日は一旦家で休んでから戦場に向かうという。
「邪神戦争の行方はどうなるかわかりませんけれど……
 穏やかな時くらいはゆったりと平和に過ごしていきたいものですね……。
 では、また機会がありましたら……」
 小柄ながらも剣と甲冑を身に纏う彼女の姿は凛として美しい。
 マリィアはテーブルの片づけをしながら、のろのろと起き出したフィーを抱き上げると優しくこう囁いた。
「思っていることはもっと大きく声に出して良いのよ、フィー。
 言わないで我慢されたら、フィーの考えてることは誰にも伝わらなくなる。
 同じ不安を感じていると察することもできなくなるの」
 そのためにあなたにスマートフォンを渡したのよ、苦しいや悲しい時は連絡を頂戴と。
 そう言ってマリィアはまん丸なフィーのほっぺたに軽くキスをした。
「マリィア、大好キ!」
 フィーがふわふわの毛皮でマリィアを抱きしめる。
 マリィアは「ありがと、絶対に忘れないでね」と微笑んだ。
 一方、管理小屋に戻ったハナは大きめのガラス瓶を手にフィーに駆け寄った。
「3カ月ほど見て楽しんでから飲めますよぅ。来られなかった人に見せてあげると良いですぅ」
 ガラス瓶の中では不思議なことに満開の月下美人が咲き誇っている。
『エ……!? 朝ニナッテモ萎レテナイノ。不思議ナノ! ハナノ魔法ナノ?』
「魔法というよりもぉ、生活の知恵というものですねぇ。
 月下美人は果実用のリカーに漬ければ3カ月ぐらいそのままの姿を保てるんですぅ。
 最後はシンプルな味の花果酒になりますのでぇ、観て楽しんで皆で呑むのが一番かなってぇ」
『ソレナラハナモ絶対一緒ニ飲ムノ!
 私ハ子供ダカラ飲メナイカモダシ……
 ソレナラハナヤ大好キナ皆ト一緒にマタオ茶会シテ、イッパイ遊ブノ!』
『……そうですねぇ、そうできるよう頑張りますぅ。これでまた約束が増えましたねぇ!』
 ふふっと笑ってフィーを撫でるハナ。
 彼女もまた守護者のひとりだ。
 戦争で常に大きな役割を果たす以上、死は常に隣り合わせ。
 だからこそ死ぬわけにはいかない。
 この花が立派な酒になる頃には守護者としての務めを終え、
 ひとりの女性として笑顔でいられるようハナは歩みを進めようと――そう決心した。


●そして今日は明日につながっていく

「……っ!」
 シェリルが石段の上で目を覚ました。
 どうやらいつの間にか眠っていたらしい。肩には毛布がかかったままだ。
(……結局、来なかったのかな)
 その時、管理人が熱い紅茶の入ったカップを持ってシェリルを労った。
「お嬢さん、待ち人とは会えたかね?」
「……多分、来ていないと思う。いつの間にか寝ちゃってたけど……」
「そうか……いやさ、夜にね?
 帝国軍第二師団の軍服を着た軍人さんがお嬢さんの隣で熱心に手を合わせていたんだよ。
 ごめんな、ごめんなって何度も言って。涙を流しちゃいないんだけどなんか必死で。
 もしかしたらその人かと思ったんだが、声を掛けづらい雰囲気だったからそっとしてたんだ」
「……っ!」
 慌てて周囲を見回してみると花束が石碑の前の花立に綺麗に飾られていた。
 そして毛布を脱ぐと、そこには1枚のメモ紙が挟まっている。
『ありがとう、待っていてくれて。僕を信じてくれて。だから僕はここに来ることが出来た』
 その字は走り書きのようで少し不格好だったけれど、とても温かい。
 シェリルはそれを大切にポケットに入れ――初夏の高い空を眩しそうに仰いだ。

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参加者一覧

  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • ツィスカの星
    アウレール・V・ブラオラント(ka2531
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • 曙光とともに煌めく白花
    白樺(ka4596
    人間(紅)|18才|男性|聖導士
  • 琴瑟調和―響―
    久我 紅々乃(ka4862
    人間(蒼)|15才|女性|舞刀士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    コメット
    コメット(ka4901unit001
    ユニット|幻獣
  • アウレールの太陽
    ツィスカ・V・A=ブラオラント(ka5835
    人間(紅)|20才|女性|機導師
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 重なる道に輝きを
    ユメリア(ka7010
    エルフ|20才|女性|聖導士

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2019/06/08 00:49:18
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人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/06/07 17:18:50