ゲスト
(ka0000)
【血断】始祖が丘に魂は集う
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 不明
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/06/18 22:00
- 完成日
- 2019/06/29 03:19
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
「なんだか浮かない顔してるわねぇ」
セントラルの格納フロアでひとりマスティマが整備されている様子を眺めていたリアルブルーは、突然の声にふつと視線をあげた。
そこに立っていたベアトリクス・アルキミア(kz0261)に彼は薄い笑みを返すと、また自らの入れ物たる機体へと視線を巡らせた。
「なんていったかしらぁ。昔のオンナでも思い出してるような顔?」
「どこでそんな言葉を覚えてきたんだい?」
「リアルブルーの漫画よぉ。はまってるシリーズがあって」
クスクスと笑みを浮かべながら、ベアトリクスは彼の隣に並ぶ。
リアルブルーは少し呆れたように眉を潜めたが、なんとなく彼女らしいなとも考えた。
「きみは本当に何でも興味を持つね」
「せっかくの異文化交流だもの。消えちゃう前に全部読めるかしら……あと16巻もあるのよねぇ」
ベアトリクスは腕組をして、困ったように眉と口をへの字に曲げる。
「それで、昔のオンナは?」
「居るわけないだろ」
「なんだ、つまんないわぁ」
悪びれる様子のない彼女に、リアルブルーは大げさにため息をついてみせた。
「……ひとつ、どうしても気にかかっていることがあってね」
それからベアトリクスと目を合わせずに、ぽつりとそんなことをこぼした。
「悩み事ならお姉さんが聞いてあげるけれど?」
「いや、これはきっと僕が解決しなければならないことだから。ただ――」
リアルブルーは小さく息を飲んだ。
「――どうするのが正解なのか、僕自身にもわからない」
それを聞いて、ベアトリクスはクスリと柔らかい笑みを浮かべた。
「だったら、とにかく動いてみたらどうかしら。『やってみればなんとかなるなる!』よぉ。リアルブルーでも有名な人のお言葉」
「聞いたことがないな。近現代の人かい?」
「ううん、わたし」
彼女はえへんと鼻高に胸を張ってみせた。
「わたしたちは大精霊というシステムだけど、こうして考えることができるわぁ。びびっとコンマ1秒で最適解がひらめくわけじゃない。ひらめいて欲しいけど。それでどうしようもないことなら、動いてみるしかないんじゃないかしら? ハンター達はそういうの得意そうねぇ」
「そんなので良いのかな。僕たちが動くということは……大きな責任を伴うことだ」
「良いんじゃないかしら?」
あっけらかんと答えたベアトリクスに、リアルブルーは思わすぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
それからふっと噴き出したように笑みをこぼして、もう一度、マスティマを見上げる。
「そうだね。動いてみよう」
「外に出るなら、ちゃんとハンターを雇っていくのよぉ」
かの機体の翼は、未来へ羽ばたくためにある。
●
コックピットでリアルブルーは、ずっと『彼』のことを考えていた。
『彼』――いや『彼ら』を生み出してしまったのは自分だ。
自分が、自分の都合で、『彼ら』に業を背負わせてしまった。
それが『彼』という存在であるのなら――それを生み出してしまったことこそが、自分にとっての業なのだ。
ハンターから、身を案じるような通信が入る。
ふいに黙ってしまったものだから、気を使わせてしまったのだろう。
「大丈夫。ちょっと考え事をしていただけさ」
ハンターたちには依頼をする段階で目的と『彼』のことは伝えてある。
正直、これはわがままだ。
だからこそ、それに付き合ってくれた彼らには感謝してもしきれない。
だが問題なのは――ハンターから一言、不安の声があがる。
本当に現れるのか――と。
それに関しては、不思議と確信があった。
「僕が出れば……きっと現れる」
まさにその時だった。
前方の空間が大きくゆがみ、そこから何か、黒くて大きなものが飛び出す。
真っ黒な太陽のようにも見えるそれが『彼』だと気づいたのは、身に纏う黒炎がかき消え、その姿があらわになった時だった。
黙示騎士イグノラビムス――狂乱の戦士が、今こうして目の前に立っていた。
「イグノラビムス……やっぱり、来てくれたね」
リアルブルーはコックピットハッチを開いて、その姿を世界に晒す。
イグノラビムスは一瞬むき出しの牙を噛み締め威嚇するように唸り声をあげたが、ふっと顎の力を抜いて口を開いた。
『……呼ばれたような気がした。だから私は、ここへ来た』
低く、唸るような声。
だがハッキリと、彼は答えた。
「僕がきみを呼んだんだ。話を……するために」
リアルブルーが言葉を詰まらせながらもそういうと、イグノラビムスは眉間に深く皺を刻んだ。
「きみを、きみたちを知っている。覚えている。古の地球の守護者……いや“救世主”たち。僕は知りたいんだ。かつて地球と人類を愛し、本気で救おうとしていたきみたちが、どうしてきみのような存在になってしまったのかを」
『……“どうして”?』
イグノラビムスが小さく唸った。
『分かり切ったこと。人間に救う価値などなかった』
「なぜそんなことを」
『それは、あなたが一番よく知っておられるはずだ……!』
真正面から射抜かれるような問答に、リアルブルーは思わず言葉を詰まらせる。
『どれだけ言葉を尽くそうとも、どれだけ模範を示そうとも、人間は結局、隣人を愛することができなかった。争い、奪い、果てにはあなたの言葉を都合よく解釈し、自らの欲望に利用する。そうして身勝手に他者を破壊することしかできないのだ……!』
吠えるように口にして、イグノラビムスの毛並みがわっと逆立った。
『人の限界はあまりにも低すぎた! 我々は絶望した! 今もそうだ。道こそ違えど、ファナティックブラッドもまた我らが願った志――宇宙の救済を目指している! それを、言葉だけの“未来”を振りかざして、人間は今もなおもっともらしい詭弁を押し付ける! そのようにしか生きられないというのであれば、“私”こそがこの手で破壊する……! “我々”が導いた未来――なれば、砕くのも我々だッ!』
激昂と共に、黒い嵐が吹き荒れた。
あっという間に赤い大地を黒い炎で染め上げ、イグノラビムスもまた、黒い炎に包まれた。
強靭な脚力で大地を蹴り、イグノラビムスは駆けた。
リアルブルーは咄嗟にハッチを閉じると、ブレイズウィングを解放する。
飛び交う刃羽が彼の行く手を牽制する。
イグノラビムスは翻って距離を取り直し、今一度ハンターらと対峙する。
その時、彼の後ろの空間が大きく歪んだ。
中から足を揃えて踏み出したのは、大型の人型狂気。
その数――12体。
『テセウス……余計な真似を』
イグノラビムスは吐き捨てるように言って、増援などに目もくれず敵へと牙を剥く。
「僕は彼を受け入れなきゃならない。押し付けた業から彼らを解放しなきゃならない。そのために……彼らの言葉に、耳をかたむけなきゃいけないんだ」
ブレイズウィングを収納しながら、リアルブルーはハンターたちに語り掛ける。
「だからお願いだ――」
――僕に力を貸してくれ。
「なんだか浮かない顔してるわねぇ」
セントラルの格納フロアでひとりマスティマが整備されている様子を眺めていたリアルブルーは、突然の声にふつと視線をあげた。
そこに立っていたベアトリクス・アルキミア(kz0261)に彼は薄い笑みを返すと、また自らの入れ物たる機体へと視線を巡らせた。
「なんていったかしらぁ。昔のオンナでも思い出してるような顔?」
「どこでそんな言葉を覚えてきたんだい?」
「リアルブルーの漫画よぉ。はまってるシリーズがあって」
クスクスと笑みを浮かべながら、ベアトリクスは彼の隣に並ぶ。
リアルブルーは少し呆れたように眉を潜めたが、なんとなく彼女らしいなとも考えた。
「きみは本当に何でも興味を持つね」
「せっかくの異文化交流だもの。消えちゃう前に全部読めるかしら……あと16巻もあるのよねぇ」
ベアトリクスは腕組をして、困ったように眉と口をへの字に曲げる。
「それで、昔のオンナは?」
「居るわけないだろ」
「なんだ、つまんないわぁ」
悪びれる様子のない彼女に、リアルブルーは大げさにため息をついてみせた。
「……ひとつ、どうしても気にかかっていることがあってね」
それからベアトリクスと目を合わせずに、ぽつりとそんなことをこぼした。
「悩み事ならお姉さんが聞いてあげるけれど?」
「いや、これはきっと僕が解決しなければならないことだから。ただ――」
リアルブルーは小さく息を飲んだ。
「――どうするのが正解なのか、僕自身にもわからない」
それを聞いて、ベアトリクスはクスリと柔らかい笑みを浮かべた。
「だったら、とにかく動いてみたらどうかしら。『やってみればなんとかなるなる!』よぉ。リアルブルーでも有名な人のお言葉」
「聞いたことがないな。近現代の人かい?」
「ううん、わたし」
彼女はえへんと鼻高に胸を張ってみせた。
「わたしたちは大精霊というシステムだけど、こうして考えることができるわぁ。びびっとコンマ1秒で最適解がひらめくわけじゃない。ひらめいて欲しいけど。それでどうしようもないことなら、動いてみるしかないんじゃないかしら? ハンター達はそういうの得意そうねぇ」
「そんなので良いのかな。僕たちが動くということは……大きな責任を伴うことだ」
「良いんじゃないかしら?」
あっけらかんと答えたベアトリクスに、リアルブルーは思わすぽかんと口を開けたまま固まってしまった。
それからふっと噴き出したように笑みをこぼして、もう一度、マスティマを見上げる。
「そうだね。動いてみよう」
「外に出るなら、ちゃんとハンターを雇っていくのよぉ」
かの機体の翼は、未来へ羽ばたくためにある。
●
コックピットでリアルブルーは、ずっと『彼』のことを考えていた。
『彼』――いや『彼ら』を生み出してしまったのは自分だ。
自分が、自分の都合で、『彼ら』に業を背負わせてしまった。
それが『彼』という存在であるのなら――それを生み出してしまったことこそが、自分にとっての業なのだ。
ハンターから、身を案じるような通信が入る。
ふいに黙ってしまったものだから、気を使わせてしまったのだろう。
「大丈夫。ちょっと考え事をしていただけさ」
ハンターたちには依頼をする段階で目的と『彼』のことは伝えてある。
正直、これはわがままだ。
だからこそ、それに付き合ってくれた彼らには感謝してもしきれない。
だが問題なのは――ハンターから一言、不安の声があがる。
本当に現れるのか――と。
それに関しては、不思議と確信があった。
「僕が出れば……きっと現れる」
まさにその時だった。
前方の空間が大きくゆがみ、そこから何か、黒くて大きなものが飛び出す。
真っ黒な太陽のようにも見えるそれが『彼』だと気づいたのは、身に纏う黒炎がかき消え、その姿があらわになった時だった。
黙示騎士イグノラビムス――狂乱の戦士が、今こうして目の前に立っていた。
「イグノラビムス……やっぱり、来てくれたね」
リアルブルーはコックピットハッチを開いて、その姿を世界に晒す。
イグノラビムスは一瞬むき出しの牙を噛み締め威嚇するように唸り声をあげたが、ふっと顎の力を抜いて口を開いた。
『……呼ばれたような気がした。だから私は、ここへ来た』
低く、唸るような声。
だがハッキリと、彼は答えた。
「僕がきみを呼んだんだ。話を……するために」
リアルブルーが言葉を詰まらせながらもそういうと、イグノラビムスは眉間に深く皺を刻んだ。
「きみを、きみたちを知っている。覚えている。古の地球の守護者……いや“救世主”たち。僕は知りたいんだ。かつて地球と人類を愛し、本気で救おうとしていたきみたちが、どうしてきみのような存在になってしまったのかを」
『……“どうして”?』
イグノラビムスが小さく唸った。
『分かり切ったこと。人間に救う価値などなかった』
「なぜそんなことを」
『それは、あなたが一番よく知っておられるはずだ……!』
真正面から射抜かれるような問答に、リアルブルーは思わず言葉を詰まらせる。
『どれだけ言葉を尽くそうとも、どれだけ模範を示そうとも、人間は結局、隣人を愛することができなかった。争い、奪い、果てにはあなたの言葉を都合よく解釈し、自らの欲望に利用する。そうして身勝手に他者を破壊することしかできないのだ……!』
吠えるように口にして、イグノラビムスの毛並みがわっと逆立った。
『人の限界はあまりにも低すぎた! 我々は絶望した! 今もそうだ。道こそ違えど、ファナティックブラッドもまた我らが願った志――宇宙の救済を目指している! それを、言葉だけの“未来”を振りかざして、人間は今もなおもっともらしい詭弁を押し付ける! そのようにしか生きられないというのであれば、“私”こそがこの手で破壊する……! “我々”が導いた未来――なれば、砕くのも我々だッ!』
激昂と共に、黒い嵐が吹き荒れた。
あっという間に赤い大地を黒い炎で染め上げ、イグノラビムスもまた、黒い炎に包まれた。
強靭な脚力で大地を蹴り、イグノラビムスは駆けた。
リアルブルーは咄嗟にハッチを閉じると、ブレイズウィングを解放する。
飛び交う刃羽が彼の行く手を牽制する。
イグノラビムスは翻って距離を取り直し、今一度ハンターらと対峙する。
その時、彼の後ろの空間が大きく歪んだ。
中から足を揃えて踏み出したのは、大型の人型狂気。
その数――12体。
『テセウス……余計な真似を』
イグノラビムスは吐き捨てるように言って、増援などに目もくれず敵へと牙を剥く。
「僕は彼を受け入れなきゃならない。押し付けた業から彼らを解放しなきゃならない。そのために……彼らの言葉に、耳をかたむけなきゃいけないんだ」
ブレイズウィングを収納しながら、リアルブルーはハンターたちに語り掛ける。
「だからお願いだ――」
――僕に力を貸してくれ。
リプレイ本文
●
「起きろ“メギンギョルズ”――仕事の時間だ」
手甲の下に巻き付けたバンテージが、テノール(ka5676)の意思と共に力を解放する。
その隣でフィロ(ka6966)もまた腕に装着された星神器の力を解放した。
2人の守護者が莫大な力を纏い並び立つのを前にして、イグノラビムスの表情が憤怒に歪む。
「リアルブルー様が対話を望まれるなら、拳で語り合うのは私達の役目でしょう」
俄然勢いを増した敵を前に、フィロは迎撃の姿勢で拳を構える。
イグノラビムスは後方からの増援をすっかり置き去りにして、単騎、ハンター達との距離を詰める。
衝突にはまだ遠い距離。
彼は右腕を覆う黒炎を手の先に集めると勢いをつけて解き放った。
着弾、そして爆炎。
フィロが黄金律を全身に張り巡らせると、身体に燃え移った黒炎が吹き飛んだ。
「時間稼ぎは任されよう」
バックステップで爆炎を回避したテノールは、着地するや否や敵前へと踏み込んでいく。
その間にリアルブルー(kz0279)がマスティマのコンソールに座標演算を走らせる。
「いつでも行けるよ」
「お願いします」
エステル・ソル(ka3983)が頷き返したのを見て、彼はシステムを起動した。
マスティマの周囲を淡いマテリアル光が包み込む。
「頼むぜ! でも無理すんなよー!」
オウガ(ka2124)が、光の中に溶けていく相棒のワイバーンに激を飛ばした。
プライマルシフト――マスティマの持つ空間転移システム。
光は数名のハンターと幻獣たちを包み込んで、輝きを増していく。
「リアルブルーさん」
跳躍の直前、エステルがペガサスの背からマスティマを見上げた。
「わたくしたちの遠い祖先はイグノラビムスさんを裏切ってしまったのかもしれないけれど……それでも他者と手を取り合いながら、今を必死に生きています。それはイグノラビムスさんが目指した未来のひとつのはずです」
「……そうだね。そして、僕が彼らに託した望むべき世界の姿でもあった」
リアルブルーは重々しく答える。
その胸に抱いているのは“彼ら”に背負わせてしまった業の重さ。
「大丈夫です。あの方の怒りはきっと人と世界をまだ愛しているからだと思うんです」
「そうダネ。でなれば、裏切られたと思う事も、幻滅する事も、傷つく事もないのダカラ」
同意するアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)に、エステルはふと笑みを浮かべた。
「心の奥底ではきっとリアルブルーさんを……人間を、信じたいはずです」
リアルブルーは一拍の間を置いて、コックピットの中で頷く。
「僕も信じたいんだ。かつて確かに彼らが抱いていた、彼らの中の希望を」
頷き返したエステルの姿はやがて強烈な光の中に溶けていく。
直後、遠方から歩み寄る中型狂気の軍勢の前に同様の光が花開いた。
「先走ってくれた今なら――」
光の中から現れた鞍馬 真(ka5819)が、振り返ってイグノラビムスとの位置を確認する。
既に十分に距離があることを理解すると、その身にソウルトーチの炎を宿した。
途端に中型狂気たちの目の色が変わる。
真は彼らの敵意が自らへ集まっているのを感じながら、跨るイェジドの首を撫でた。
「行くよレグルス。私たちが要だ」
足止めを食らった中型狂気たちを他所に、数体の狂気はイグノラビムスの背を追いかける。
そうはさせまいと、戦場に巨大な炎の薔薇が次々と咲き乱れた。
さらに上空から2騎のワイバーンによるレイン・オブ・ライトの光が絨毯爆撃のように降り注ぐ。
地上から空から出会いがしらの猛攻が狂気たちの巨体を包み込む。
「あの大きさでは、流石にすべて巻き込むことはできませんか」
それでも半数近くを飲み込んだ炎の花――紅燐華は、放ったエステルの眼前で火の粉となって散っていく。
12体の狂気は未だ健在だ。
「流石にしぶといですねぇ」
マッシュ・アクラシス(ka0771)のダイブしたルクシュヴァリエが、ペガサス「雪花」のホーリーシュートによる支援を受けながらの群れの中へ踏み込む。
中でも突出する数体に狙いを定めると、マテリアルを纏わせた聖機槍を一振り。
マテリアルによって伸長した刃が敵をまとめて薙ぎ払った。
「……まだ立ちますか。良いですよぉ。我々も人間の意地というものを見せつけなければなりませんからな」
マシュは狂気が振るうマテリアルブレードをステップで難なく躱し、槍をかつぐ。
足元では乱れ飛ぶマテリアルレーザーの雨を潜り抜けるレグルスの背で、真が左右の手の剣へ青い炎のマテリアルを纏わせる。
そのままエステルの結晶魔法「蒼燐華」が降り注ぐ間を縫って、手負いの狂気へと飛びかかった。
2本の剣がそれぞれ左右の足を両断する。
崩れ落ちる巨体をそのまま待ち構えると、頭上目掛けて追撃の衝撃波を放っていた。
狂気の身体が音を立てて地面に倒れ込む。
その胸の中心にぽっかりと空いた大穴の中で、真は両の剣を血振りした。
「まずは1体。いや……ようやく1体、かな」
見上げた空では、トーチに釣られなかった狂気のレーザー掃射をワイバーンたちが木の葉のように躱していた。
●
「よっしゃ……暴れるぜぇ!」
モフロウを通して流れ込む祖霊・赤い竜の力がオウガ、そして周囲の仲間たちへと注がれる。
沸き立つ血潮を感じながら、ハンターらはイグノラビムスへ向けて一斉に散開した。
真っ先に飛び込んだテノールとフィロの白虎真拳が乱れ飛ぶ。
イグノラビムスは跳躍の応酬ですべての拳を躱すと、頭上から迫るルクシュバリエの剣もひときわ大きなバックステップで対処してみせた。
「こいつ……なんて動きをしやがる!」
機体にダイブしているアーサー・ホーガン(ka0471)が眉間に皺を寄せる。
「いつも以上に動きが活発ダネェ」
飄々とした笑みで冷静に分析しながらも、アルヴィンの心中は表面上ほど穏やかではなかった。
1人でも前衛が欠ければ、増援が見込めないこの状況では一気に布陣を崩される危険がある。
まだ余力はありそうだったが、先ほど黒炎を耐えたフィロへ治癒術を施した。
前線一歩後ろでは、先ほど黒炎弾が爆発した地点で金鹿(ka5959)が浄龍樹陣を展開する。
陣はイグノラビムスの身体も包み込んだが、流石に纏った黒炎まで浄化されることはなかった。
「1分は持ちますわ。上手く使ってくださいまし」
「そいつはありがてぇ」
ずいとジャック・J・グリーヴ(ka1305)が彼女の前へ出る。
そのまま両の眼でイグノラビムスの陽炎のような姿を見据え、盾を握りしめた。
「認めるぜ……お前は強いよ。そりゃそうだ。俺とおんなじモン背負って来たんだ。腹立たしいが、俺1人じゃお前らを受け止めることはできねぇ。だからよ――」
大精霊――力を貸してくれよ。
心に覚悟を抱き、念じる。
星のマテリアルがその想いに応える――超覚醒。
その身を金色に輝かせながら、ジャックは再びイグノラビムスを臨む。
自らも知る性質のマテリアルの気配を感じた彼の表情が、激しい憎悪に歪んだ。
『主よ……ッ! いまだ我らと同じ枷をヒトへ与えたもうかッ!!』
「それは……」
吠えるイグノラビムスに、リアルブルーは歯がゆそうに言葉を詰まらせる。
「それは違います」
代わりにフィロが首を振る。
「これは、俺たちの選択だ」
テノールが拳を握りしめて断言した。
「俺たちは自らの意思で守護者となった……しかし、その実ただのヒトでしかない事も知っている。お前らとてそうだ。ただのヒトであったはずなのにヒトの世に見切りをつけ、破壊しようなどと……ずいぶん自分勝手で傲慢だな」
『我々の救世を見限ったのは、お前たちニンゲンだ』
「だが、お前が破壊するのは未来であって、人間じゃねぇんだな」
『――ッ』
差し込まれたアーサーの言葉に、イグノラビムスが息を飲む。
しかしそのままわなわなと全身を震わせると、周囲を数多の黒炎が渦巻き始める。
『戯言を――ッ!』
激昂。
イグノラビムスを中心に直径30mもの巨大な黒炎嵐が、取り囲むすべての存在を飲み込んでいく。
視界を埋め尽くす憎悪の炎。
しかし嵐が止んだ後、そこには傷ひとつないハンター達の姿があった。
「……させはしないよ」
マスティマのシステム――パラドックスが因果律を操作していた。
ルクシュヴァリエが剣を振るう。
今度は避けそこなったイグノラビムスは、木の幹のような腕でそれを受け止めた。
すかさずフィロの拳が距離を詰める。
星神器の力によって放たれる神速の連撃がボディを狙うが、イグノラビムスは左右のステップで躱しきる。
「死による救世……果たしてそれは、本当にあなた方が説いてきた救世の形なのでしょうか」
『……それは違う』
意外にも、彼はハッキリとそう答えた。
『だが、邪神のもたらす救世であることに偽りはない。それを善悪で語るのは、救われた先の者が決めることだ』
「そんなの、無責任だろ!?」
オウガ大斧を、イグノラビムスはあえて真正面から受け止めた。
分厚い刃を手のひらで掴み取り、捕食者の眼光で彼を睨む。
『現に邪神の救世を拒んだのだろう。それは異界の状況を観測したお前たちの尺度による結論にすぎない。我々はそうして、誰かが語る歴史の中で聖とも邪ともされてきたのだ』
その言葉に真正面から反論できる者はいなかった。
未来への選択に正解は存在しない。
それを支えるのは1人1人の持つ願望だ。
現に邪神への恭順こそが目指すべき道であると示した者もいた。
その存在は悪なのか――いや、そんなことを言える権利は誰にもない。
「だからそんなに泣きそうなのか?」
『……何?』
ジャックがぽつりと溢した言葉に、イグノラビムスは眉間の皺を増やす。
「お前の“それ”よ、俺には必死に涙をこらえているようにしか見えねぇ」
イグノラビムスは掴んだ斧を押し返すと、そのまま大きく跳躍した。
彼がそれまでいた空間をテノールの右拳が穿つ。
また躱された――しかし、立て続けに左の拳が天を突いた。
それは着地寸前だったイグノラビムスの腹部を鋭く抉る。
白虎神拳「追咬」――出し惜しむ状況でないことは最初の一撃で理解していた。
激しい衝撃が打突点から全身を巡り、敵の動きが大きく鈍る。
「今ですわ……っ!」
金鹿が両手に大量の札を取り出し、一斉に放る。
放たれた札はイグノラビムスの周囲で陣を描き、その巨体を縛り付けた。
「黒曜封印――急急如律令ッ!」
その瞬間、イグノラビムスの動きが完全に封じられていた。
●
その頃、中型狂気との戦いは混戦へともつれこんでいた。
真のソウルトーチによる誘因は功をなし、イグノラビムス側との距離は十分に開いていた。
その代わり狂気たちは目の前の獲物――ハンターと幻獣を倒すことに意識を移し、ショートジャンプを主体とした包囲戦をけしかけている。
一方でハンターたちもみすみす包囲を許すようなことはしないが、一方で敵の動きに振り回されているのも確かだった。
戦場に降り注ぐ結晶――エステルの蒼燐華に、手負いの2体がまとめて消滅する。
「申し訳ありませんが、これで撃ち止めです! 以降は各個攻撃を目指します!」
ペガサスを翻し、唱えるのは流星の魔術。
5つの星鳥が5体の狂気へ駆け、うち3体へと命中する。
「ここからが踏ん張りどころというやつですねぇ。なに、私はまだしばらく持ちますよ」
マッシュのルクシュヴァリエが赤土の大地を蹴り、槍を振るう。
切っ先は狂気へ深い傷を負わせるものの、別の方向から放たれたレーザーがシールド面を直撃する。
「おっと失敬」
「私が行きます!」
イェジドが駆け、真は自らにソウルトーチを掛けなおす。
狂気の意識がその炎に惹かれ、マッシュの包囲は完成前に瓦解した。
ここまで討伐できた狂気は6体。
残る半数は、1体を除いてほとんどダメージを負っていない。
真を追う狂気を、ワイバーン「ウォルター」の突撃が背中から射抜く。
態勢が崩れたところをもう一騎のワイバーンのブレスが襲い、体表を黒く焦がした。
狂気の感染か、とりわけ幻獣たちの気性が荒くなり始めると、雪花のトリートメントがそれを落ち着かせる。
「優勢とも劣勢とも言い難いですねぇ」
マッシュの放った衝撃波が真を追う狂気を襲う。
これらの敵におそらく意識というものは存在しない。
あるのは敵味方の認識と、敵を倒すという本能のみ。
レーザーが戦場を交差して、真の駆るイェジドも全くの無傷とは言えない状況。
怪我の様子をみて治療をするべく、雪花が駆ける。
「おまちください!」
思わずエステルが呼び止めるが、咄嗟の事に雪花は理解を示さなかった。
駆けていくその先に、ショートジャンプしてきた狂気が立ちはだかる。
ブレードが雪花の背を切り裂き、天馬は崩れるように地に伏せた。
「くぅ……っ!」
イェジドが急旋回で踵を返し、雪花を襲った狂気へ飛びかかる。
2刀と衝撃波の連撃が乱れ咲くが、狙いが甘かったのか当たったのは最初の一刀だけ。
それどころか最後の衝撃波を放つ際にバランスを崩してしまう。
「こんな時に……!」
態勢の崩れた真たちへ、ソウルトーチに惹かれた狂気たちのレーザーが一斉に放たれる。
咄嗟に主人を庇って一身に受け止めたレグルスが、弱々しい遠吠えとともに身を横たえた。
「レグルス!?」
投げ出された地面で受け身を取って、真は咄嗟に相棒へと駆け寄る。
包囲する狂気たちにエステルの星鳥が飛来すると、彼らはショートジャンプで一気に散開した。
「真さん、無事ですか……!?」
「私は大丈夫……だけどレグルスが」
顎の下を撫でてやる真。
意識は無いが息はある。
真は彼を背に立ち上がると、2刀を狂気目がけて構えなおした。
「ここからは私だけで……大丈夫。やれるよ」
マテリアルの炎を灯したまま、真は戦場を駆けた。
少しでも多くの狂気を惹きつけることが、結果としてレグルスの安全に繋がるのだ。
その姿を前に、エステルはありったけの力を発動器へと注ぎ込む。
「援護します!」
10本の星鳥が狂気の群れ目掛けて乱れ飛んだ。
半数ほどは避けられてしまうものの、それでも確実に、じわじわと、狂気へとダメージを蓄積する。
「ほうら、後ろがお留守ですよぉ」
背後へ回ったマッシュの一閃。
腹部から両断された狂気の上半身が重い音を立てて地面に転がる。
大丈夫だ、まだ戦える。
それを認識して、ハンター達は覚悟を決める。
●
力づくで止めたイグノラビムスの周りをハンター達は取り囲む。
対話の意思を示すためか、警戒をしつつもここで手を出すようなことはしない。
黒曜封印の行使で動くことのできない金鹿だけ、アーサーのルクシュヴァリエ「ウィガール」の結界が守っている。
「私たちはあなたと対話の場を設けたいのです。無為に戦闘を続けるつもりはありませんわ」
結界の中から金鹿が声を掛ける。
イグノラビムスは低い唸り声をあげて、瞳だけ結界の輝きを睨みつけた。
「なぁ、イグノラビムス。もしもお前の望み通りに未来を破壊したとして、その先はどうする」
『それは邪神の救世が成されたということ……すなわち、私の存在意義も果たされる』
「あくまで見届けるだけっていうのか? やっぱり無責任じゃないか」
むっとして答えたオウガに、イグノラビムスは吐き捨てるように言う。
『私は導いた責任を果たさなければならない。だからこそ世界が破壊されるのであればこの手で、この炎で、果たすのだ』
「それは誰のためですの?」
差し込まれた金鹿の問いに彼は押し黙る。
「そう……少なくとも己のためだなんて口にしないのは、安心しましたわ」
金鹿は小さくため息をついた。
「世界の隔たりを越え、種族の隔たりを越え、私たちは今日までを歩んできましたの。確かに人間の限界は低かったのかもしれない。けれど人間にはできないことができる彼ら。彼らにはできないことができる人間。出会いは可能性を――未来を望むだけの夢を与えてくれましたわ。だから……」
息を吐いた分、大きく息を吸い込んで、彼女は覚悟を決めた。
「人間だけを――目先の良し悪ししか見えていなかったのは、貴方の方ではなくて?」
イグノラビムスは何も言わず、静かにその言葉を聞いていた。
代わりに、小さな唸り声をあげたのはアルヴィンだった。
「マー、あれだネ。裏切ったとか裏切られたとか、そういう話じゃなくテ。ヒトは弱いカラ、どうしても善くも悪くもなってしまう。気の持ちようって言ったらソレまでだケド、全部ひっくるめてヒト――だよネ」
「人は成長する。それによって、過ちを正すことだってできる」
ジャックが言い添えると、アルヴィンは心地よさそうに目を細めた。
「ソウやて善きモノであろうとするヒトのことが僕は好きで、死なせたくないト思う」
それから彼は、もう一度イグノラビムスへ目を向けた。
「かつて君たちが好きになったヒトという生き物は、ソウいうモノではなかったのカナ?」
『私は……』
うろたえたように、イグノラビムスの身体が震えた。
それはまるで内包された幾百、幾千の意思が互いにせめぎ合っているかのようで、その度に全身の毛がざわざわと逆立った。
唸り声がサイレンのように響く。
苦しんでいる――そう悟った時、うつむいていた彼の表情が跳ね上がった。
『私は……ニンゲンを許さなイッ!』
弾かれたように、イグノラビムスが大地を蹴る。
「足止めが解けたか……ッ!?」
テノールがその背を追おうとするが、ゴウと駆ける敵の背は遠ざかっていくばかりだった。
イグノラビムスはアーサーが作り出す光の結界に正面からぶちあたる。
そして強固な境界面に無理やり爪を差し込むと、引き裂くように破った。
「クソッ!」
咄嗟に術を解くことはできず、アーサーは迫りくるイグノラビムスに真正面から対峙する。
その背に動けない金鹿を守る立ち位置だったが、大きく身を捩ったイグノラビムスはゴーレムごと彼女の身体を薙ぎ払った。
華奢な身体が宙を舞い、同時に敵を取り囲んでいた封印の陣が消滅する。
「クソがッ……やっぱり、怒りを全部吐き出させなきゃだめなのかよ」
ジャックが歯がゆそうにしながら、己の周りに「勇気」の理を解放した。
「僕が援護する! 彼女を!」
「わかったヨ」
マスティマのブレイズウィングがリリースされ、イグノラビムスを追うように次々と大地へ突き刺さっていく。
その度に敵はバックステップで回避し、距離が取れたところでアルヴィンがグリフォンの背から金鹿を回収した。
敵に追い付いたテノールの白虎真拳と追咬のワンツーブロー。
先ほどと同じく初撃を躱され、追撃の右ストレートをイグノラビムスはその手のひらで掴むように受け止めた。
「救世主だ守護者だ言ったところでお前もヒトだ! ならば、お前はお前自身も呪うのか!?」
『そうだ……私は、我々を許しはしないッ!』
「何……?」
戸惑いに一瞬緩んだ拳。
その隙を突いて、イグノラビムスは掴んだテノールを地面に叩きつける。
「あんた、めちゃくちゃなんだよ! もう自分を制御できてないじゃないか!」
オウガの斧が敵の背に突き刺さる。
イグノラビムスはテノールを離した手で斧を払うと、咆哮と共に黒炎嵐を巻き上げる。
しかし、起動する2度目のパラドックス。
炎は、何者も焼き尽くさぬまま赤い空へと散って行った。
「これが最後だ! 次は防げない!」
「ああ、何とかする!」
結界を解いたアーサーが、組みつく勢いでイグノラビムスを攻め立てる。
「いい加減にしやがれ! お前の神サンが待ってんだよ!」
憎しみの炎に燃える相手から零れるのは、獲物を前にした肉食獣のどう猛な唸り声だけ。
剣とそれを弾く爪とがぶつかり合い、鈍い金属音が響き渡る。
「マダ動けるネ?」
「当然だ」
アルヴィンに傷を癒してもらい、テノールはよろりと起き上がる。
視線の先では、フィロの拳がついに敵の脇腹を捉えていた。
「取り込まれ、姿を変えてしまうならそれは消滅と何が違うのでしょう。貴方の救世はそれで良いのでしょうか?」
『私は失敗した! 私が主の期待を裏切ったのだ! だから私は我々を――限界へ至った存在を滅するッ!!』
巻きあがる黒炎嵐。
それはハンター達をまるごと飲み込んで、空の分厚い雲をも突き抜けていった。
風の結界に守られていたアルヴィンとグリフォンを除いて、少なくない被害にハンターらの表情は険しさを増す。
オウガが力尽き、金剛不壊で耐えたテノールとフィロが命からがらに起き上がる。
黄龍のオーラで無理やり気力を補填するの機会を待つ暇はない。
次にまた動き出す前にと、2人は嵐の目へと駆けた。
左右に分かれ、挟み込むように打ち込む拳。
イグノラビムスは太い腕を交差して受け止めると、それを開く勢いで白虎真拳の衝撃を相殺する。
虫の息の2人の顔を、視線が行き来した。
「お前の相手はこっちだ!」
ジャックが「節制」の理を解放する。
全身を覆ったマテリアル障壁の煌めきが、イグノラビムスの注意を引きつける。
「あいつ、丸腰で……くそっ!」
ジャックは盾こそ構えているものの、銃は腰と背に携えたまま。
アーサーが踵を返し、フォローに走る。
「好きなんだろ、人間をッ! だったらまた愛してみせろよ! 野暮ったい炎なんかでごまかしてんじゃねぇ!」
割って入ったルクシュヴァリエの巨体。
振りぬかれた剣をイグノラビムスは四つん這いになって避け、そのままゴーレムの懐へ頭から飛び込んだ。
『絶望を知らぬ口がッ!』
「知ってるよ! だから戦友たちと乗り越えて来たッ!」
ゴーレムは全身で突撃を受け止めた。
衝撃で腹部装甲に亀裂が走る。
「それぞれが独りで失敗したんだろ! それが寄って集ったってのに、新しい可能性のひとつも話しちゃいないのかよ!?」
イグノラビムスは牙が砕けそうなほどに食いしばり、相手の巨体をかち上げた。
バランスを崩して転倒したゴーレムを乗り越え、ついに、ジャックへと掴みかかっていた。
掴まれた肩がみしみしと悲鳴をあげる。
ジャックは微動だにせず、それを受け入れた。
「あの時の気持ち、なんら変わっちゃいねぇよ。俺がお前を救ってやる」
『その言葉を……ヒトの身で軽々しく口にするな』
イグノラビムスの表情が苦し気に歪んだ。
振るわれた腕がジャックの身体を打つ。
盾で受け止めながらも軽々と吹っ飛んだ彼の身体へ、イグノラビムスは執拗に襲い掛かった。
倍の大きさはある巨体に組み敷かれ、ありったけの憤怒がジャックへと向けられる。
「俺は逃げねぇし、お前を救うことも諦めねぇ。お前が誰かの隣人であろうとしたなら、俺はその1人だ。だから、気が済むまでやれよ――」
鋭い牙が、ジャックの肩口を食い破る。
一方的な殺戮本能。
しかしジャックは、纏った「勇気」だけを頼りに銃を抜かなかった。
「俺は、お前を救いてぇ」
『その言葉を――』
「俺は裏切らねぇ!」
ジャックが初めて声を張った。
「俺がお前を愛して――救ってやる」
その時、再び食らいつきかけたイグノラビムスの顎がぴたりと止まった。
●
僅かな間を置いて、残る2体の中型狂気が一斉に転移ゲートに飲み込まれた。
警戒しながらそれを見送った真は、緊張が解けたように膝を折る。
そして少なくない傷を負った身体で、大きく深呼吸をした。
「なんとか凌げたみたいだね」
「そのようですね。お疲れ様でした」
エステルも一息をつくが、その視線はおのずと離れた仲間たちの戦域へと向く。
マッシュも淡白な視線ながらそれに倣った。
「人間であったからこその理不尽な感情……我々も邪神に敗北してしまった暁にはああなってしまうのですかな」
「そうならないように、私たちは望んだ未来を叶えるんだ」
立ち上がった真が語る。
その上空を、ワイバーンたちが哨戒のために巡回していた。
●
よろりと、イグノラビムスの身体がジャックから離れた。
瞳に映った戸惑の中に、様々な感情が明滅する。
『汝……隣人を愛せよ……』
「ああ、愛してやるよ」
ジャックがハッキリと口にすると、イグノラビムスは拳を勢いよく地面へ打ち付ける。
それから頭を振って、天を仰いだ。
『テセウスッ!』
「逃すか……!」
テノールが追い縋ったものの、拳が届くより先にその身体は転移ゲートへと包まれていった。
思わず眉間に皺が刻まれた。
「あらー、逃げられちゃったネ。ミッションフォールトかナ?」
「申し訳ありません。対象をロストいたしました」
お道化るアルヴィンの視線の先で、フィロはリアルブルーへと告げる。
「いや、良いんだ。尋ねるべきことも、伝えるべきことも、きっと全て済んだから」
リアルブルーはカメラアイ越しにイグノラビムスが消えた虚空を見つめる。
「僕は彼らに託した想いを……彼らと出会った過去を、後悔しない」
そして、はっきりとそう口にした。
「“これが最初の1回目”だ。今度こそ、誓いを守ってみせろよ」
「ふふ、そうだね」
アーサーの言葉に、笑みを浮かべるリアルブルー。
他の大精霊と同じように、自分は自分の守護者を信じている。
だから彼らも――今は素直に、そう思えるような気がしていた。
「起きろ“メギンギョルズ”――仕事の時間だ」
手甲の下に巻き付けたバンテージが、テノール(ka5676)の意思と共に力を解放する。
その隣でフィロ(ka6966)もまた腕に装着された星神器の力を解放した。
2人の守護者が莫大な力を纏い並び立つのを前にして、イグノラビムスの表情が憤怒に歪む。
「リアルブルー様が対話を望まれるなら、拳で語り合うのは私達の役目でしょう」
俄然勢いを増した敵を前に、フィロは迎撃の姿勢で拳を構える。
イグノラビムスは後方からの増援をすっかり置き去りにして、単騎、ハンター達との距離を詰める。
衝突にはまだ遠い距離。
彼は右腕を覆う黒炎を手の先に集めると勢いをつけて解き放った。
着弾、そして爆炎。
フィロが黄金律を全身に張り巡らせると、身体に燃え移った黒炎が吹き飛んだ。
「時間稼ぎは任されよう」
バックステップで爆炎を回避したテノールは、着地するや否や敵前へと踏み込んでいく。
その間にリアルブルー(kz0279)がマスティマのコンソールに座標演算を走らせる。
「いつでも行けるよ」
「お願いします」
エステル・ソル(ka3983)が頷き返したのを見て、彼はシステムを起動した。
マスティマの周囲を淡いマテリアル光が包み込む。
「頼むぜ! でも無理すんなよー!」
オウガ(ka2124)が、光の中に溶けていく相棒のワイバーンに激を飛ばした。
プライマルシフト――マスティマの持つ空間転移システム。
光は数名のハンターと幻獣たちを包み込んで、輝きを増していく。
「リアルブルーさん」
跳躍の直前、エステルがペガサスの背からマスティマを見上げた。
「わたくしたちの遠い祖先はイグノラビムスさんを裏切ってしまったのかもしれないけれど……それでも他者と手を取り合いながら、今を必死に生きています。それはイグノラビムスさんが目指した未来のひとつのはずです」
「……そうだね。そして、僕が彼らに託した望むべき世界の姿でもあった」
リアルブルーは重々しく答える。
その胸に抱いているのは“彼ら”に背負わせてしまった業の重さ。
「大丈夫です。あの方の怒りはきっと人と世界をまだ愛しているからだと思うんです」
「そうダネ。でなれば、裏切られたと思う事も、幻滅する事も、傷つく事もないのダカラ」
同意するアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)に、エステルはふと笑みを浮かべた。
「心の奥底ではきっとリアルブルーさんを……人間を、信じたいはずです」
リアルブルーは一拍の間を置いて、コックピットの中で頷く。
「僕も信じたいんだ。かつて確かに彼らが抱いていた、彼らの中の希望を」
頷き返したエステルの姿はやがて強烈な光の中に溶けていく。
直後、遠方から歩み寄る中型狂気の軍勢の前に同様の光が花開いた。
「先走ってくれた今なら――」
光の中から現れた鞍馬 真(ka5819)が、振り返ってイグノラビムスとの位置を確認する。
既に十分に距離があることを理解すると、その身にソウルトーチの炎を宿した。
途端に中型狂気たちの目の色が変わる。
真は彼らの敵意が自らへ集まっているのを感じながら、跨るイェジドの首を撫でた。
「行くよレグルス。私たちが要だ」
足止めを食らった中型狂気たちを他所に、数体の狂気はイグノラビムスの背を追いかける。
そうはさせまいと、戦場に巨大な炎の薔薇が次々と咲き乱れた。
さらに上空から2騎のワイバーンによるレイン・オブ・ライトの光が絨毯爆撃のように降り注ぐ。
地上から空から出会いがしらの猛攻が狂気たちの巨体を包み込む。
「あの大きさでは、流石にすべて巻き込むことはできませんか」
それでも半数近くを飲み込んだ炎の花――紅燐華は、放ったエステルの眼前で火の粉となって散っていく。
12体の狂気は未だ健在だ。
「流石にしぶといですねぇ」
マッシュ・アクラシス(ka0771)のダイブしたルクシュヴァリエが、ペガサス「雪花」のホーリーシュートによる支援を受けながらの群れの中へ踏み込む。
中でも突出する数体に狙いを定めると、マテリアルを纏わせた聖機槍を一振り。
マテリアルによって伸長した刃が敵をまとめて薙ぎ払った。
「……まだ立ちますか。良いですよぉ。我々も人間の意地というものを見せつけなければなりませんからな」
マシュは狂気が振るうマテリアルブレードをステップで難なく躱し、槍をかつぐ。
足元では乱れ飛ぶマテリアルレーザーの雨を潜り抜けるレグルスの背で、真が左右の手の剣へ青い炎のマテリアルを纏わせる。
そのままエステルの結晶魔法「蒼燐華」が降り注ぐ間を縫って、手負いの狂気へと飛びかかった。
2本の剣がそれぞれ左右の足を両断する。
崩れ落ちる巨体をそのまま待ち構えると、頭上目掛けて追撃の衝撃波を放っていた。
狂気の身体が音を立てて地面に倒れ込む。
その胸の中心にぽっかりと空いた大穴の中で、真は両の剣を血振りした。
「まずは1体。いや……ようやく1体、かな」
見上げた空では、トーチに釣られなかった狂気のレーザー掃射をワイバーンたちが木の葉のように躱していた。
●
「よっしゃ……暴れるぜぇ!」
モフロウを通して流れ込む祖霊・赤い竜の力がオウガ、そして周囲の仲間たちへと注がれる。
沸き立つ血潮を感じながら、ハンターらはイグノラビムスへ向けて一斉に散開した。
真っ先に飛び込んだテノールとフィロの白虎真拳が乱れ飛ぶ。
イグノラビムスは跳躍の応酬ですべての拳を躱すと、頭上から迫るルクシュバリエの剣もひときわ大きなバックステップで対処してみせた。
「こいつ……なんて動きをしやがる!」
機体にダイブしているアーサー・ホーガン(ka0471)が眉間に皺を寄せる。
「いつも以上に動きが活発ダネェ」
飄々とした笑みで冷静に分析しながらも、アルヴィンの心中は表面上ほど穏やかではなかった。
1人でも前衛が欠ければ、増援が見込めないこの状況では一気に布陣を崩される危険がある。
まだ余力はありそうだったが、先ほど黒炎を耐えたフィロへ治癒術を施した。
前線一歩後ろでは、先ほど黒炎弾が爆発した地点で金鹿(ka5959)が浄龍樹陣を展開する。
陣はイグノラビムスの身体も包み込んだが、流石に纏った黒炎まで浄化されることはなかった。
「1分は持ちますわ。上手く使ってくださいまし」
「そいつはありがてぇ」
ずいとジャック・J・グリーヴ(ka1305)が彼女の前へ出る。
そのまま両の眼でイグノラビムスの陽炎のような姿を見据え、盾を握りしめた。
「認めるぜ……お前は強いよ。そりゃそうだ。俺とおんなじモン背負って来たんだ。腹立たしいが、俺1人じゃお前らを受け止めることはできねぇ。だからよ――」
大精霊――力を貸してくれよ。
心に覚悟を抱き、念じる。
星のマテリアルがその想いに応える――超覚醒。
その身を金色に輝かせながら、ジャックは再びイグノラビムスを臨む。
自らも知る性質のマテリアルの気配を感じた彼の表情が、激しい憎悪に歪んだ。
『主よ……ッ! いまだ我らと同じ枷をヒトへ与えたもうかッ!!』
「それは……」
吠えるイグノラビムスに、リアルブルーは歯がゆそうに言葉を詰まらせる。
「それは違います」
代わりにフィロが首を振る。
「これは、俺たちの選択だ」
テノールが拳を握りしめて断言した。
「俺たちは自らの意思で守護者となった……しかし、その実ただのヒトでしかない事も知っている。お前らとてそうだ。ただのヒトであったはずなのにヒトの世に見切りをつけ、破壊しようなどと……ずいぶん自分勝手で傲慢だな」
『我々の救世を見限ったのは、お前たちニンゲンだ』
「だが、お前が破壊するのは未来であって、人間じゃねぇんだな」
『――ッ』
差し込まれたアーサーの言葉に、イグノラビムスが息を飲む。
しかしそのままわなわなと全身を震わせると、周囲を数多の黒炎が渦巻き始める。
『戯言を――ッ!』
激昂。
イグノラビムスを中心に直径30mもの巨大な黒炎嵐が、取り囲むすべての存在を飲み込んでいく。
視界を埋め尽くす憎悪の炎。
しかし嵐が止んだ後、そこには傷ひとつないハンター達の姿があった。
「……させはしないよ」
マスティマのシステム――パラドックスが因果律を操作していた。
ルクシュヴァリエが剣を振るう。
今度は避けそこなったイグノラビムスは、木の幹のような腕でそれを受け止めた。
すかさずフィロの拳が距離を詰める。
星神器の力によって放たれる神速の連撃がボディを狙うが、イグノラビムスは左右のステップで躱しきる。
「死による救世……果たしてそれは、本当にあなた方が説いてきた救世の形なのでしょうか」
『……それは違う』
意外にも、彼はハッキリとそう答えた。
『だが、邪神のもたらす救世であることに偽りはない。それを善悪で語るのは、救われた先の者が決めることだ』
「そんなの、無責任だろ!?」
オウガ大斧を、イグノラビムスはあえて真正面から受け止めた。
分厚い刃を手のひらで掴み取り、捕食者の眼光で彼を睨む。
『現に邪神の救世を拒んだのだろう。それは異界の状況を観測したお前たちの尺度による結論にすぎない。我々はそうして、誰かが語る歴史の中で聖とも邪ともされてきたのだ』
その言葉に真正面から反論できる者はいなかった。
未来への選択に正解は存在しない。
それを支えるのは1人1人の持つ願望だ。
現に邪神への恭順こそが目指すべき道であると示した者もいた。
その存在は悪なのか――いや、そんなことを言える権利は誰にもない。
「だからそんなに泣きそうなのか?」
『……何?』
ジャックがぽつりと溢した言葉に、イグノラビムスは眉間の皺を増やす。
「お前の“それ”よ、俺には必死に涙をこらえているようにしか見えねぇ」
イグノラビムスは掴んだ斧を押し返すと、そのまま大きく跳躍した。
彼がそれまでいた空間をテノールの右拳が穿つ。
また躱された――しかし、立て続けに左の拳が天を突いた。
それは着地寸前だったイグノラビムスの腹部を鋭く抉る。
白虎神拳「追咬」――出し惜しむ状況でないことは最初の一撃で理解していた。
激しい衝撃が打突点から全身を巡り、敵の動きが大きく鈍る。
「今ですわ……っ!」
金鹿が両手に大量の札を取り出し、一斉に放る。
放たれた札はイグノラビムスの周囲で陣を描き、その巨体を縛り付けた。
「黒曜封印――急急如律令ッ!」
その瞬間、イグノラビムスの動きが完全に封じられていた。
●
その頃、中型狂気との戦いは混戦へともつれこんでいた。
真のソウルトーチによる誘因は功をなし、イグノラビムス側との距離は十分に開いていた。
その代わり狂気たちは目の前の獲物――ハンターと幻獣を倒すことに意識を移し、ショートジャンプを主体とした包囲戦をけしかけている。
一方でハンターたちもみすみす包囲を許すようなことはしないが、一方で敵の動きに振り回されているのも確かだった。
戦場に降り注ぐ結晶――エステルの蒼燐華に、手負いの2体がまとめて消滅する。
「申し訳ありませんが、これで撃ち止めです! 以降は各個攻撃を目指します!」
ペガサスを翻し、唱えるのは流星の魔術。
5つの星鳥が5体の狂気へ駆け、うち3体へと命中する。
「ここからが踏ん張りどころというやつですねぇ。なに、私はまだしばらく持ちますよ」
マッシュのルクシュヴァリエが赤土の大地を蹴り、槍を振るう。
切っ先は狂気へ深い傷を負わせるものの、別の方向から放たれたレーザーがシールド面を直撃する。
「おっと失敬」
「私が行きます!」
イェジドが駆け、真は自らにソウルトーチを掛けなおす。
狂気の意識がその炎に惹かれ、マッシュの包囲は完成前に瓦解した。
ここまで討伐できた狂気は6体。
残る半数は、1体を除いてほとんどダメージを負っていない。
真を追う狂気を、ワイバーン「ウォルター」の突撃が背中から射抜く。
態勢が崩れたところをもう一騎のワイバーンのブレスが襲い、体表を黒く焦がした。
狂気の感染か、とりわけ幻獣たちの気性が荒くなり始めると、雪花のトリートメントがそれを落ち着かせる。
「優勢とも劣勢とも言い難いですねぇ」
マッシュの放った衝撃波が真を追う狂気を襲う。
これらの敵におそらく意識というものは存在しない。
あるのは敵味方の認識と、敵を倒すという本能のみ。
レーザーが戦場を交差して、真の駆るイェジドも全くの無傷とは言えない状況。
怪我の様子をみて治療をするべく、雪花が駆ける。
「おまちください!」
思わずエステルが呼び止めるが、咄嗟の事に雪花は理解を示さなかった。
駆けていくその先に、ショートジャンプしてきた狂気が立ちはだかる。
ブレードが雪花の背を切り裂き、天馬は崩れるように地に伏せた。
「くぅ……っ!」
イェジドが急旋回で踵を返し、雪花を襲った狂気へ飛びかかる。
2刀と衝撃波の連撃が乱れ咲くが、狙いが甘かったのか当たったのは最初の一刀だけ。
それどころか最後の衝撃波を放つ際にバランスを崩してしまう。
「こんな時に……!」
態勢の崩れた真たちへ、ソウルトーチに惹かれた狂気たちのレーザーが一斉に放たれる。
咄嗟に主人を庇って一身に受け止めたレグルスが、弱々しい遠吠えとともに身を横たえた。
「レグルス!?」
投げ出された地面で受け身を取って、真は咄嗟に相棒へと駆け寄る。
包囲する狂気たちにエステルの星鳥が飛来すると、彼らはショートジャンプで一気に散開した。
「真さん、無事ですか……!?」
「私は大丈夫……だけどレグルスが」
顎の下を撫でてやる真。
意識は無いが息はある。
真は彼を背に立ち上がると、2刀を狂気目がけて構えなおした。
「ここからは私だけで……大丈夫。やれるよ」
マテリアルの炎を灯したまま、真は戦場を駆けた。
少しでも多くの狂気を惹きつけることが、結果としてレグルスの安全に繋がるのだ。
その姿を前に、エステルはありったけの力を発動器へと注ぎ込む。
「援護します!」
10本の星鳥が狂気の群れ目掛けて乱れ飛んだ。
半数ほどは避けられてしまうものの、それでも確実に、じわじわと、狂気へとダメージを蓄積する。
「ほうら、後ろがお留守ですよぉ」
背後へ回ったマッシュの一閃。
腹部から両断された狂気の上半身が重い音を立てて地面に転がる。
大丈夫だ、まだ戦える。
それを認識して、ハンター達は覚悟を決める。
●
力づくで止めたイグノラビムスの周りをハンター達は取り囲む。
対話の意思を示すためか、警戒をしつつもここで手を出すようなことはしない。
黒曜封印の行使で動くことのできない金鹿だけ、アーサーのルクシュヴァリエ「ウィガール」の結界が守っている。
「私たちはあなたと対話の場を設けたいのです。無為に戦闘を続けるつもりはありませんわ」
結界の中から金鹿が声を掛ける。
イグノラビムスは低い唸り声をあげて、瞳だけ結界の輝きを睨みつけた。
「なぁ、イグノラビムス。もしもお前の望み通りに未来を破壊したとして、その先はどうする」
『それは邪神の救世が成されたということ……すなわち、私の存在意義も果たされる』
「あくまで見届けるだけっていうのか? やっぱり無責任じゃないか」
むっとして答えたオウガに、イグノラビムスは吐き捨てるように言う。
『私は導いた責任を果たさなければならない。だからこそ世界が破壊されるのであればこの手で、この炎で、果たすのだ』
「それは誰のためですの?」
差し込まれた金鹿の問いに彼は押し黙る。
「そう……少なくとも己のためだなんて口にしないのは、安心しましたわ」
金鹿は小さくため息をついた。
「世界の隔たりを越え、種族の隔たりを越え、私たちは今日までを歩んできましたの。確かに人間の限界は低かったのかもしれない。けれど人間にはできないことができる彼ら。彼らにはできないことができる人間。出会いは可能性を――未来を望むだけの夢を与えてくれましたわ。だから……」
息を吐いた分、大きく息を吸い込んで、彼女は覚悟を決めた。
「人間だけを――目先の良し悪ししか見えていなかったのは、貴方の方ではなくて?」
イグノラビムスは何も言わず、静かにその言葉を聞いていた。
代わりに、小さな唸り声をあげたのはアルヴィンだった。
「マー、あれだネ。裏切ったとか裏切られたとか、そういう話じゃなくテ。ヒトは弱いカラ、どうしても善くも悪くもなってしまう。気の持ちようって言ったらソレまでだケド、全部ひっくるめてヒト――だよネ」
「人は成長する。それによって、過ちを正すことだってできる」
ジャックが言い添えると、アルヴィンは心地よさそうに目を細めた。
「ソウやて善きモノであろうとするヒトのことが僕は好きで、死なせたくないト思う」
それから彼は、もう一度イグノラビムスへ目を向けた。
「かつて君たちが好きになったヒトという生き物は、ソウいうモノではなかったのカナ?」
『私は……』
うろたえたように、イグノラビムスの身体が震えた。
それはまるで内包された幾百、幾千の意思が互いにせめぎ合っているかのようで、その度に全身の毛がざわざわと逆立った。
唸り声がサイレンのように響く。
苦しんでいる――そう悟った時、うつむいていた彼の表情が跳ね上がった。
『私は……ニンゲンを許さなイッ!』
弾かれたように、イグノラビムスが大地を蹴る。
「足止めが解けたか……ッ!?」
テノールがその背を追おうとするが、ゴウと駆ける敵の背は遠ざかっていくばかりだった。
イグノラビムスはアーサーが作り出す光の結界に正面からぶちあたる。
そして強固な境界面に無理やり爪を差し込むと、引き裂くように破った。
「クソッ!」
咄嗟に術を解くことはできず、アーサーは迫りくるイグノラビムスに真正面から対峙する。
その背に動けない金鹿を守る立ち位置だったが、大きく身を捩ったイグノラビムスはゴーレムごと彼女の身体を薙ぎ払った。
華奢な身体が宙を舞い、同時に敵を取り囲んでいた封印の陣が消滅する。
「クソがッ……やっぱり、怒りを全部吐き出させなきゃだめなのかよ」
ジャックが歯がゆそうにしながら、己の周りに「勇気」の理を解放した。
「僕が援護する! 彼女を!」
「わかったヨ」
マスティマのブレイズウィングがリリースされ、イグノラビムスを追うように次々と大地へ突き刺さっていく。
その度に敵はバックステップで回避し、距離が取れたところでアルヴィンがグリフォンの背から金鹿を回収した。
敵に追い付いたテノールの白虎真拳と追咬のワンツーブロー。
先ほどと同じく初撃を躱され、追撃の右ストレートをイグノラビムスはその手のひらで掴むように受け止めた。
「救世主だ守護者だ言ったところでお前もヒトだ! ならば、お前はお前自身も呪うのか!?」
『そうだ……私は、我々を許しはしないッ!』
「何……?」
戸惑いに一瞬緩んだ拳。
その隙を突いて、イグノラビムスは掴んだテノールを地面に叩きつける。
「あんた、めちゃくちゃなんだよ! もう自分を制御できてないじゃないか!」
オウガの斧が敵の背に突き刺さる。
イグノラビムスはテノールを離した手で斧を払うと、咆哮と共に黒炎嵐を巻き上げる。
しかし、起動する2度目のパラドックス。
炎は、何者も焼き尽くさぬまま赤い空へと散って行った。
「これが最後だ! 次は防げない!」
「ああ、何とかする!」
結界を解いたアーサーが、組みつく勢いでイグノラビムスを攻め立てる。
「いい加減にしやがれ! お前の神サンが待ってんだよ!」
憎しみの炎に燃える相手から零れるのは、獲物を前にした肉食獣のどう猛な唸り声だけ。
剣とそれを弾く爪とがぶつかり合い、鈍い金属音が響き渡る。
「マダ動けるネ?」
「当然だ」
アルヴィンに傷を癒してもらい、テノールはよろりと起き上がる。
視線の先では、フィロの拳がついに敵の脇腹を捉えていた。
「取り込まれ、姿を変えてしまうならそれは消滅と何が違うのでしょう。貴方の救世はそれで良いのでしょうか?」
『私は失敗した! 私が主の期待を裏切ったのだ! だから私は我々を――限界へ至った存在を滅するッ!!』
巻きあがる黒炎嵐。
それはハンター達をまるごと飲み込んで、空の分厚い雲をも突き抜けていった。
風の結界に守られていたアルヴィンとグリフォンを除いて、少なくない被害にハンターらの表情は険しさを増す。
オウガが力尽き、金剛不壊で耐えたテノールとフィロが命からがらに起き上がる。
黄龍のオーラで無理やり気力を補填するの機会を待つ暇はない。
次にまた動き出す前にと、2人は嵐の目へと駆けた。
左右に分かれ、挟み込むように打ち込む拳。
イグノラビムスは太い腕を交差して受け止めると、それを開く勢いで白虎真拳の衝撃を相殺する。
虫の息の2人の顔を、視線が行き来した。
「お前の相手はこっちだ!」
ジャックが「節制」の理を解放する。
全身を覆ったマテリアル障壁の煌めきが、イグノラビムスの注意を引きつける。
「あいつ、丸腰で……くそっ!」
ジャックは盾こそ構えているものの、銃は腰と背に携えたまま。
アーサーが踵を返し、フォローに走る。
「好きなんだろ、人間をッ! だったらまた愛してみせろよ! 野暮ったい炎なんかでごまかしてんじゃねぇ!」
割って入ったルクシュヴァリエの巨体。
振りぬかれた剣をイグノラビムスは四つん這いになって避け、そのままゴーレムの懐へ頭から飛び込んだ。
『絶望を知らぬ口がッ!』
「知ってるよ! だから戦友たちと乗り越えて来たッ!」
ゴーレムは全身で突撃を受け止めた。
衝撃で腹部装甲に亀裂が走る。
「それぞれが独りで失敗したんだろ! それが寄って集ったってのに、新しい可能性のひとつも話しちゃいないのかよ!?」
イグノラビムスは牙が砕けそうなほどに食いしばり、相手の巨体をかち上げた。
バランスを崩して転倒したゴーレムを乗り越え、ついに、ジャックへと掴みかかっていた。
掴まれた肩がみしみしと悲鳴をあげる。
ジャックは微動だにせず、それを受け入れた。
「あの時の気持ち、なんら変わっちゃいねぇよ。俺がお前を救ってやる」
『その言葉を……ヒトの身で軽々しく口にするな』
イグノラビムスの表情が苦し気に歪んだ。
振るわれた腕がジャックの身体を打つ。
盾で受け止めながらも軽々と吹っ飛んだ彼の身体へ、イグノラビムスは執拗に襲い掛かった。
倍の大きさはある巨体に組み敷かれ、ありったけの憤怒がジャックへと向けられる。
「俺は逃げねぇし、お前を救うことも諦めねぇ。お前が誰かの隣人であろうとしたなら、俺はその1人だ。だから、気が済むまでやれよ――」
鋭い牙が、ジャックの肩口を食い破る。
一方的な殺戮本能。
しかしジャックは、纏った「勇気」だけを頼りに銃を抜かなかった。
「俺は、お前を救いてぇ」
『その言葉を――』
「俺は裏切らねぇ!」
ジャックが初めて声を張った。
「俺がお前を愛して――救ってやる」
その時、再び食らいつきかけたイグノラビムスの顎がぴたりと止まった。
●
僅かな間を置いて、残る2体の中型狂気が一斉に転移ゲートに飲み込まれた。
警戒しながらそれを見送った真は、緊張が解けたように膝を折る。
そして少なくない傷を負った身体で、大きく深呼吸をした。
「なんとか凌げたみたいだね」
「そのようですね。お疲れ様でした」
エステルも一息をつくが、その視線はおのずと離れた仲間たちの戦域へと向く。
マッシュも淡白な視線ながらそれに倣った。
「人間であったからこその理不尽な感情……我々も邪神に敗北してしまった暁にはああなってしまうのですかな」
「そうならないように、私たちは望んだ未来を叶えるんだ」
立ち上がった真が語る。
その上空を、ワイバーンたちが哨戒のために巡回していた。
●
よろりと、イグノラビムスの身体がジャックから離れた。
瞳に映った戸惑の中に、様々な感情が明滅する。
『汝……隣人を愛せよ……』
「ああ、愛してやるよ」
ジャックがハッキリと口にすると、イグノラビムスは拳を勢いよく地面へ打ち付ける。
それから頭を振って、天を仰いだ。
『テセウスッ!』
「逃すか……!」
テノールが追い縋ったものの、拳が届くより先にその身体は転移ゲートへと包まれていった。
思わず眉間に皺が刻まれた。
「あらー、逃げられちゃったネ。ミッションフォールトかナ?」
「申し訳ありません。対象をロストいたしました」
お道化るアルヴィンの視線の先で、フィロはリアルブルーへと告げる。
「いや、良いんだ。尋ねるべきことも、伝えるべきことも、きっと全て済んだから」
リアルブルーはカメラアイ越しにイグノラビムスが消えた虚空を見つめる。
「僕は彼らに託した想いを……彼らと出会った過去を、後悔しない」
そして、はっきりとそう口にした。
「“これが最初の1回目”だ。今度こそ、誓いを守ってみせろよ」
「ふふ、そうだね」
アーサーの言葉に、笑みを浮かべるリアルブルー。
他の大精霊と同じように、自分は自分の守護者を信じている。
だから彼らも――今は素直に、そう思えるような気がしていた。
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