• 血断

【血断】戦乱 一重向こう側の死

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~5人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/06/18 19:00
完成日
2019/06/22 12:10

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「はははっ! ははははははっ!」
「く、くそっ……やめろっ! ……ぐあっ……!」
 逃げ惑う幻獣が。
 それを庇おうとしたハンターが。
 血飛沫を上げて倒れていく。
 突如の、幻獣の森への歪虚の大侵攻。混乱する幻獣たちの、対応に駆け付けるハンターたちの前に、ふらりとその男は姿を表し……そして虐殺を開始した。
 堕落者とおぼしきその男はまた一振りの刃を生み出すと、逃げる幻獣の一体へと投げ放つ。
 腕を掲げれば、そういう能力でも与えられているのか、傍を漂う狂気たちが揃って熱線を連射しいっそ美しい程に弾幕を描いて周囲のハンターや幻獣たちを打ちのめしていった。
「ほらほらぁ、しっかりしたまえよ。酷いねえ。悲しいねえ。どうしてこんなことが出来るのだろうねえ!」
 意識して幻獣も狙うそこには殺しを楽しむと同時に、そうすればハンターたちは庇わざるを得ない、という冷静な計算も見て取れる。
 居合わせたハンターたちは悔しさに男を睨み付けた。男の言う通り。何故こんなことを、と。男は傷付いたハンターたちにじっとりと眺め倒して大仰に腕を広げる。
「しっかりしたまえ! しっかりしたまえよハンター諸君。『私に殺されるのは何回目だと思ってるのかね』!?」
 ……は?
 そうして、男の言葉を聞いてしまっていたハンターが、一部、意味がわからないと言う風に男にマジマジと視線を向けた。
「ああやっぱりか! 君も! 君も! 君もまだ! 『また』! 思い出してないのかね! また私だけか! いや知っていたがね!」
 男の声は。狂乱しているようで。どこか悲壮感がこもっていて。
 ……まさか。
「そうだよ何故こんな酷いことが出来るかだよね! 『飽きたから』だよ。……私だって最初は世界を救おうとした! 何回も何回も! 幾つかの悲劇を奇跡に変えたりもしたさ! だが駄目だった! そうして、救っても救っても忘れられるうちに──飽きてしまってね?」
 ハッタリだ。こちらの心を折る作戦だ。
 思うのに。
 男の雰囲気が、声が。狂ったように笑うのに、感じ取れてしまう哀切が、空虚が、胸をざらりと撫でていく。
 ……どうしても、意識に浮かぶ──『ループの中で多くの者は、そのことを自覚できない』。
「そんなの……嘘、だ……」
 呻きながら深く傷ついた一人のハンターが膝を折った。男はそちらに近付き、刃を持った腕を振り上げる。
「──……っ!」
 そこに、割って入った存在が居た。横薙ぎに振るわれる刃を代わりに受け、吹き飛ばされると樹に叩きつけられる。ずるずると凭れるようにへたりこむと……僅かに持ち上げようとした腕が震え、そして、パタリと脱力して落ちた。
「おや、失礼。リアルブルーの方にはもう少し生きてもらうつもりだったが……──」
 男は動かなくなったハンターの様子を一瞥して、しかし。
 直後、絶叫をあげたもう一人の方を見て、少し満足そうに酷薄な笑みを浮かべた。
「なるほど彼は君の大事な友人だったかね。それはそれは。様を見ろだよ。クリムゾンウェストの者は絶望したまえ。全てを失って死ね──」
 男はそうしてゆっくりと、悲鳴をあげた──動かぬ伊佐美 透から目を離せないままのチィ=ズヴォーへと近付いていく。
 理解が追い付かぬままに後ずさるチィ。ゆっくり近付く男。これからの愉悦に心満ちた様子で、見せつけるように刃を振りかぶり──
 そして直後、背後から突き倒されて地に伏した。
「なっ……──!」
 うつ伏せになり押さえ付けられて、男は首だけ振り返る。殺したはずのハンターが自分を押さえている驚きは。
「……沢渡さん」
 伸し掛かる透が、苦しげに、悲しげにその名を呟いたその事に、上書きされた。
「……ご活躍、存じておりました。厚みのある台詞回しと……特に先ほどのような狂気やケレンミのある表現を、叩きつけるように響かせてくる演技は……相変わらずお見事です」
 透の言葉に男の表情が目まぐるしく変化する。驚愕と少しの喜び、納得。
「……成程ご同業かね! ……しかし分かってるなら逆に大胆なことをするじゃないか! ……君も中々だったよ、と言うべきだろうね。私は知らなかったが」
 堕落者、しかし人の形は保っている。背中から上を取り、関節などを意識して動きを封じれば暫く抑えて置くことは可能だった……暫くだろうが。男もそれは分かっているのだろう。首だけ振り向き、話しかけてくるのは余裕によるものだ。
「じゃあ君なら尚のこと分かるのではないかね! 何故この世界を恨まない! 何故唐突に、他の世界を護るために必死で積み上げてきたものを一瞬で奪い去られねばならないのかね!?」
「……っ!」
 その感情に覚えはある。抱いたことなど無いと言えば嘘だ。
「共に復讐しようじゃないか! 全てを奪ったこの世界が全てを食らわれるんだ。我々を苦しめたこの世界を何度も何度も滅茶苦茶にしてやれるなどなんとも素敵ではないかね!」
 ……そしてなるほど、絶望の果てに繰り返しの救済を彼はそう見い出したわけか。
「脚本も演出も思いのままだ。最高のショウを仕上げて何度でも夢見よう!」
 これは、成り得た自分の姿なのだろう。
 無二の相棒に。そこからの最高の仲間たちに。出会えなかったら。独り彷徨う中に、出会ってしまったのが歪虚だったら。
 転移した場所。一言にしたらたったそれだけの、一重向こう側。だとしたら確かにこの世界は……残酷かもしれない。
 ──……だが今は。
「……気に食わんね」
 男──沢渡の声が低くなる。圧倒的有利な体勢、なのにすでに、受ける反発に透のの手足は悲鳴を上げ始めている。
「何故君が、察するに私より実績も知名度も無いんだろう君がそんな希望に満ちた、諦めない顔で、眼で居るのかね!?」
 首だけ振り向く、その瞳に宿る濁り。己へと向けられるそれに、透は確信する。
 同調などしてる場合じゃない──今一重向こう側にあるのは……死だ。
 けど。
「世界はまだ終わっていないと、俺が確信するのは……貴方が役者だと知ってたからだけじゃない。覚えていられるものが居るなら……彼らだってそのはずだ。そう信じてるからですよ」
 近付く気配に、透は呟いた。
 まだ足掻いて見せる。
 下された選択の中──それが彼らの答えならば。



 透の攻防の間、チィはずっと呆けていた訳では無かった。心臓に悪すぎる光景からどうにか立ち直ると、文句は後回しだと状況を把握し直す。相棒の策略と無茶による時間稼ぎは何のためにあるのか。
 未だに逃げ惑う、無力な幻獣たち。
 倒れたまま動かない、だが何名かはまだ息があるハンター。
 堕落者を押さえ付ける為に透が手放した刀は彼が始めに倒れた樹の側に転がったままだ。
 狂気たちは男の集中が削がれたせいか、今は統率を失っている。
 ──……何ができる。
 ここで、何をすべきか。
 チィは考える。異常を察知し近づいてくるハンターたちの気配を感じ取りながら。

リプレイ本文

●初太刀

 動乱の幻獣の森を、久我・御言(ka4137)はリーリーのカナンに騎乗し駆け回っていた。
 通信妨害を受けているこの場で、モフロウ博士の呼び掛けは中々森に行き渡っていない。何とか各地にいるハンターに避難先のことを伝えられないかと御言はトランシーバーに伝波増幅をかけるが、ブラッドリーの妨害はそれでは破れないようだった。
「カナン、すまないが超特急で頼むよ。晩御飯はご馳走する」
 とかく今は伝えられる相手を探して森を駆け巡るしかない。訓練で高めた走力を頼りに、邪魔な敵は跳躍で飛び越え無視して、御言とカナンは森を走る。

 現場付近に居合わせたハンターたちは異常を察知して駆け付けると、状況を見るなり即座に行動を開始した。
 重大な傷を負って倒れているものに気が付くと、鳳城 錬介(ka6053)は最も近くにいる一人に駆け寄っていく。
 同時に鞍馬 真(ka5819)が声を上げた。
「チィさん! 怪我人を錬介さんの元へ!」
「……! へえ!」
 呼び掛けにチィは金縛りが解けたように走り出す。
 倒れているのは三人。あと一人は自分が……と思ったところで、トリプルJ(ka6653)が近付いているのを見て、真は向かう先を変えた。……透の刀の、回収。
 エステル・ソル(ka3983)はペガサス、パールに跨がると、高くなったその視線から一度全体を俯瞰するように見渡す。そうして怪我人の救援に向かった皆とは違う場所へと羽ばたいていく。
 ここだ、と見極めたその位置で、彼女は手の甲を前方へ翳した。
(堕落者が悲しい存在であると知っています。どんな優しい思いも堕落者となれば歪んでしまう)
 その手に嵌められた指輪、本来純白であるそれは今、彼女のマテリアルを帯びて色彩を放っている。
(でもだからこそ、その凶行を必ず止めて見せます!)
 ──力がそこに集まり、輝きを帯びる。
「星よ、巡りゆく光よ。たとえ明日が暗闇に飲まれても なお瞬く希望となれ──≪レメゲトン≫!」
 星神器がその秘められた理を放ち、周囲が圧倒的な光に飲み込まれる。
 狂気たちが塵となって消滅していく。
「ぐ、おおっ!?」
 沢渡が、透の下で苦悶の声を上げる。そうして、同じ光に飲み込まれた透は……傷が癒えていくのを感じ、驚きを抑えながら痛みを訴えなくなった手足に更に力を込めた。
 ……そして、傷付き倒れていた幻獣らが、ゆっくりと身体を起こし始める。
 レメトゲン。その理は流転。敵には破滅の力を、味方には癒しを。その効果が十分に発揮されたのを見極めると、パールと意識を一体化させ高めあった力で更にもう一度動く。幻獣の回復を優先した為に僅かに届かなかった範囲にいた小型狂気、負傷者の回復の邪魔はさせないと、更に彼女の指輪から星のきらめきを宿した小鳥が五匹、流星のように駆けていき、敵を射抜いて落としていく。

 錬介の元へと負傷者を運び終えたJは傍らに従えていたイェジドに跨ると首筋を軽くたたき、
「頼むぜ、相棒」
 と告げるとエステルと同様、幻獣と意識を一体化させていく。駆け抜けて位置を調整するとともに、幻影の手が沢渡の元へと伸びた。
 驚きの声が重なる。沢渡の身体がJの元へ引き寄せられると、上に居た透は横転し地面に片手を着いた。だが、そのカバーに真が透の近くまで来ている。透がバランスを崩した瞬間丸腰の透が攻撃されるかとも思ったが、この時に沢渡はまだ動ける体勢では無かった。真は透に刀を渡す。Jは相棒の力を借りてさらに移動し、より遠くへと沢渡を引き離していた。また視線を横にやれば、錬介が倒れていた三人に回復を施している。
「幻獣たちを取りまとめて避難をお願いできますか」
 起き上がった三人に錬介はそう話しかけた。三人は「ああ……」と同意はするも、その顔は青ざめ、動作もどこか重い。
「大丈夫。あの人がどのくらい強いか知りませんが……絶対守ってみせます」
「だ、だが、どこに向かわせれば……」
「……。一先ず、堕落者から離しましょう」
 やはり遠くへ行くJを見やりながら錬介は瞬間的に判断し伝える。落ち着いた彼の態度に、元負傷者たちも段々冷静さを取り戻していった。
「済まない……ここは任せる」
 頷き、彼らは各々散り散りの幻獣たちに向かい始める。
 エステルがパールの上で意識を集中する。Jが沢渡を引き摺ったその先で、氷の花の幻影が生まれた。伸びる二本の金の蔓、解放された沢渡はその一本は辛うじて避けて見せるがもう一本に捉えられ彼に巻き付いていく。動きを阻害する蔓に顔をしかめる沢渡。……だがその表情にまだ危機感は浮かんでいない。
 彼女はさらに星鳥を呼び出し、僅かに残っていた狂気すら屠って見せるが……。
(──……?)
 エステルは何か背筋に嫌なものが走るのを感じた。彼女の術が狂気を倒すのを見て……沢渡が、彼女の方を見て嗤った気がしたからだ。
 そうして、自由を取り戻した沢渡がここで動く。ゆっくり腕を掲げ……──。


●その忌むべき名を呼べ

 他の仲間から大きく引き離すことになったJは沢渡と一対一で対峙していた。Jのイェジドが吠えたてて威圧すると、Jは跨ったまま沢渡に躍りかかる。
「極東のアクターなんざ俺が知る分けねえだろう? しかもそれを恫喝にしか使えねえような腐れ野郎、例えハリウッドスターだったとしても忘れてやらぁ!」
 挑発しながらJは斬りかかる。幻獣の力も借りて、怒涛の四度の連続攻撃。沢渡はその攻撃にはともかく、言葉は笑い飛ばした。まずJが知らないという点については、それはそうだろうという話でしかない。そして、
「なんだ、道徳的で平穏なお話ばかりがお好みかね? だとしたら見た目のわりに存外つまらん男だねえ君は」
「ああ?」
「作品とは観た者の心を侵してこそだよ! 価値観を捻じ曲げたい! 歪んだ性癖に目覚めさせたい! 表現者たるものそのくらいの気概で無くてどうするね!? 都合の良いお優しい展開やあらゆる方向に配慮する物言い、そんな作品ばかりの世界などくそ食らえだとも!」
 哄笑し沢渡もまたJに二度斬りかかる。
「ホラー作品に触れたものが、ただの天井の染みが人の顔にしか見えなくなるように! この世界において私の名を死と同義にしてみせよう!」
 Jは不快さに──今の状況のありとあらゆる不快さに顔をしかめた。
「今更のこのこ現れたぽっと出が吹かすんじゃねえ! 文字通りの役者不足だって教えてやらあ!」
 叫んで、Jは一人、沢渡と殴り合う。

「──……っ!」
 片手間の移動では追い付けないほど大きく距離を離されJの元へと駆け付けた一行は、その状況に一度息を飲むしか無かった。
 ……Jはただ堕落者の前に一人居るだけではない。その周囲を完全に狂気に包囲されていたからである。
 状況を見直そう。エステルによって狂気はほとんど倒されていた、即ち再び沢渡の周囲に狂気が補充される「半数が倒されている」条件を満たしていた。あくまで倒された数が補充されるというこの条件、エステルが残りを倒してくれたのは即ちこの場に呼べる数を増やしてくれた事になるのだ。そして狂気の到来はJ以外のハンターが戦闘不能者の救援を終え沢渡の元へ向かうより前のタイミングで行われた。
 無限に沸く、大量の、統制された雑魚、とは何を意味するのか。
 攻撃を束ねられることだけではない。壊れやすいがすぐ復活する防壁だ──占有という手段による。
 Jは今や完全に孤立し、彼もまた移動を封じられた。
 エステルの魔法は届けられない。錬介のオートソルジャー、伐折羅も辿り着けない。
 そして、行動阻害を受ける沢渡が何故まだ余裕でいられるのか。Jもまた、四方から伸びる狂気の触手にその行動を妨害されているからである。
 えげつないと、思うだろうか。
 だが、殺意とは──『本気で殺しに来る』とは、こういうことだ。
 この条件下で、一人大きく移動する、その移動距離に対し誰も同時のフォローを入れていない、というのは、見せてはいけない隙だった。
「……くっ……!」
 呻く真の身体から炎のごときオーラが発せられる。狂気の多数が、一斉に己に意識を向けるのを感じて……だが、それだけだった。向かってはこない。
 真にも分かっている。これはあくまで「注目」を集める効果で、行動の強制力はない。集中を乱し多少Jへの妨害を緩めはしたようだが……沢渡の支配力の方が上だった。
「お前は他人が起こした騒動に乗じて暴れているだけだろう? 演技はともかく脚本は三流以下だな」
 だから更に、言葉で沢渡自身を挑発する。それに沢渡は不愉快な表情を見せたが……狂気たちの動きに変化はない。
 彼の挑発は通常であれば効果を見せたかも知れない。だが……これ程優位な状況を感情で崩してくれるほど馬鹿な敵ではなかった。
 ……ソウルトーチにより沢渡と狂気を分離することは出来ない。その事がはっきりしたことで、Jが弱者から堕落者を引き離そうとしたことは結局どういうことになるのか。
 結局狂気は沢渡に伴って移動、再補充されるのだから、対応するものもそれに合わせて移動せざるを得ない。つまり──戦場が少しずれた。それだけでしかない。


●褒賞

 この時、救助されたハンターたちが移動させることが出来ていた幻獣の数は少なくは無かった。
 実は、幻獣たちの退避、という観点においては、好転していた状況もある。
 一斉連射をまだ沢渡は行っていないのだ。Jから離れられないためあまりいい位置が取れないことに加え、エステルの火力は圧力にはなっているからである。整列させる必要のある一斉射撃の一発火力よりこのまま射線妨害を維持する陣形の方がいいと沢渡は判断したのだ。これによりかなりの幻獣が流れ弾による被害を免れていた。
 そうして、退避を続ける彼らと御言が合流した。
「私の名前は久我・御言。諸君、よろしく頼む」
 手短な挨拶の後に状況を聞き、御言は頷く。
「皆、こちらだ。安心してくれたまえ。君達は我らが守ろう」
 このまま避難誘導に協力することにした彼は殿の位置につく。
 少数で敵の進軍を妨害してくれている仲間には頭が下るばかりだが、心配している暇は無い。沢渡の支配下の狂気が追撃してくる気配は今のところ無いが、それでもこの森にはまだ多数の敵が攻撃してきているのだ。
 沢渡の方向指示に従いながら進む一行。しばし進むとカナンが一際鋭い声で鳴いた。
「こういうときの君の臆病さは貴重なものだな」
 呟いて彼は身を捻り左後方に杖を向けた。放射される炎の渦が迫り来ていた狂気の一団を焼き払う。
 結果として、倒れていたハンターたち全員、そして堕落者と遭遇したという窮地にしては数多くの幻獣が救われたと言えた。
 安全圏まで誘導できたと判断すると、御言は引き返しはせずに次の戦場へと向かう。


●己が信念を杖に

 蒼炎を纏った真の剣が狂気たちを薙ぎ払う。チィの薙ぎ払いがそこに重なり、それでも生き延びた一体を透が叩き斬る。狂気が密集する形になったため元より狂気を対処するつもりだった真の成果は上がっていた。
 更にエステルの攻撃が加わると、狂気たちが塞ぐ空間に時折風穴を開けることが出来た。これで伐折羅がJの近くに入る。
 その援護も受け、触手を振りほどきながらJが沢渡に攻撃する。
 沢渡の投刃はその間、気まぐれに誰かを襲い続けている。狂気たちの攻撃はもはやこの場のハンターには大した脅威ではないとはいえ、束ねられれば細かい傷を蓄積する。
 やがて……。
「ああ……」
 エステルから吐息が零れる。パールとの一体感が失せていく。次いでJも同じ感覚を味わった。
 ……じり貧だ。過ぎていく時間に対して、明らかに沢渡へ与えられているダメージが足りていない。単純な手数の上に、Jの攻撃も、狂気の妨害によりかなり削がれてしまっていた。
「……透殿」
「ああ……そうだな。真……ごめん」
 チィが何か決意したように呟くと、それだけで察して透が返した。え、と横を向く真の視線の先で、二人は強く踏み込み──狂気を押しのけ、進んでいく。
「……! 待ちやがれ! お前らが……!」
「俺たち如きに何が出来る、と言いたいですか? ですが、今、俺たちがしてやられてるのは堕落者に対してじゃない……【たかが小型狂気たち】にですよ」
 非難の声を上げかけたJに、透は静かに告げた。
 ここまで。ガウスジェイルすら届かない位置で、イェジドに己の生命力を防壁として与えつつ耐え凌ぐというJの準備と能力は、一人堕落者の前に立とうとすることについては自惚れとは言い切れないものだった。だからこそ──堕落者を相手にする際でも、統制される、無限に発生する狂気たち、その影響を簡単に無視できると思ってしまったことが問題なのだ。一つ一つの力は大したことが無くとも集まれば大きな力となる……それはハンターたちこそがこれまで示してきたことではないか。
「……なら俺たちだって、雑魚なら雑魚なりの意地を見せます」
 単独では相手にならなくとも、Jに合わせ、少しでもダメージを。せめてJの攻撃を確実に当てられるようにと。
 ──透とチィから堕落者を引き離すためにJは離れたのに、結果は己が孤立することにより、結局占有突破力を持っていたこの二人しか救援に来れないという皮肉なものとなった。
「まあ私に言わせれば」
 そうして沢渡は、せせら笑いながら二人に刃を向ける。
「初めから、今の戦局で大した戦力にならん者を守ろうとするのが愚かな選択だったと思うがね」
「ふざけんなっ……!」
「分かってないのかね? 君たちが既にしたのはそういう選択じゃないか。未来に禍根を残さないためなら、今の犠牲には目を瞑るんだろう? ……なら、ここで私を逃がして別の場所で誰かを殺したりされないように、役立たずの幻獣やここで敗北する程度の者など放っておいて最初から私を全力で殺しに来るくらいできなくてどうするのかね?」
「……! ……それでも、わたしはっ……!」
 エステルは声を上げようとして……詰まる。
 全てを救える程の力など無いと分かっているつもりだった。分かった上でそれでも、全てを救う為に出来る全てを行うのだと。
 ……だが、そうして己は今何をやっているのだろう。本来の役割をろくにこなせず、一人安全な距離で無傷で立っている現状は、やはり意識してしまうと悔しくて悔しくて。このままじゃ駄目だと思うのに。どうすればいいのか、何をすべきなのか、定められない。

「エステルさんっ!」
 真が声を上げた。
「突破します! 協力してください!」
 この状況に即座に対応を決められたのは真だった。彼はこの状況、全てを取りこぼさずにいられる保証など無いと弁えていた。そして、思う通りに行かなかった際、臨機応変な判断に必要なのは己が何を優先するのかはっきりと割り切ること。真ははっきり一つそれを決めていた──透の生存、だ。
 はっとしてエステルが再び星鳥を呼び出して、真の眼前の狂気を撃ち抜く。
 伐折羅をそうして送り出したように、目の前の狂気を斬り倒しながら前進する。
 ……邪魔な狂気の最後の一匹を斬り伏せる。開かれた視界。その先に透の姿が見えて。
「──やあ来たか、真」
 微笑するその表情は、
「じゃあ言っとく。誰か一人だけが無理するのは無しだ。これできっと切り抜けられる」
 諦めて、犠牲になることを覚悟したものでは……無かった。
「あ……」
 呟く真の眼前では、沢渡の刃が再び透に迫っている。咄嗟に手を伸ばして、マテリアルを拡散し、その攻撃を引き寄せる。
 違う、と咄嗟には思った。
 忸怩たる想いが真を締め付ける。まだ空虚なそこが、違う、透が助かるならこんな命どうでもいいと叫んでいて。
 そして、真も知る。
 透がここまでに深手を負っていないのは。諦めずにいさせたのは何なのか。
 真の内側から、想いが弾ける。
『みんな無事で戻ってくるです! じゃないとだめですー!』
 ……それは、己の無事を一生懸命祈る友の声。それがもたらす力。
 そして透が声を上げる。
「もういい! 上手くいかなくって落ち込んで、そんなのこれまでもう散々やりつくしたんだよ!? いい加減ネタ切れワンパターン繰り返してられっか!?」
 透は認める。自分は至らない。弱い。もうそれが普通なんだ──それでも、まだ生きてる。そうしたらまたやり直せることも散々分かったじゃないか。
 これからも上手くいかない度、責める声は止められないだろう。内からも外からも。
 それでも。
『死んじゃだめよ。貴方の望む未来を掴んで』
『ダチの為にやれるコトがあンならやっときてぇもんな。だから、これが今のオレにできる精一杯』
『伊佐美さんの舞台、リアルブルーを取り戻したら、また見たいんです』
 ──それでも一番に耳を、心を傾け、応えようとすべきなのは、この戦いでも聞いてきた、この声にじゃないのか!
 透は周囲の存在に順に目を走らせる。
 どうせもう引き返せないのだ。もう選びなおせないのだ。だから。
「それでも……貴方たちを信じ続けるしか、俺たちに進む道は無いんです……!」
 そう、心からの切実さを込めて、透は皆に向かって訴える。

「ええ……そうですね。大丈夫です! 何とかしましょう!」
 錬介がそう言って、前進を始めた。
「伊佐美さんもチィさんも真さんも、皆も! 今いる全員無事に帰りますよ!!」
 それはいつも皆の命を支え続けてきたものの。強く、優しく、暖かな声。
 そうして、真も気付いた。錬介。そう、彼もここに来れば。
 ……ガウスジェイルで程よくダメージをコントロールし合いながら回復し続ける。透も含めて使い手が三人いるのだから回せるはずだ。そうすれば皆前に立ち続けられる。
 実はここに回復手段は結構多い。これまでも狂気からの細かいダメージはずっと真の連れて来たユグディラ、シトロンが隠れながら癒し続けていた。エステルのペガサスもある。
 それは壮絶な耐久戦の選択だった。決定打を欠いての敵全体との乱戦。
 エステルの魔法は届かず、Jの祖霊の力を借りた連撃も十分な効果を発揮できないまま消費してしまった。いい加減、幻影の手や氷蔓による拘束も解けている。
 沢渡の刃が──錬介の聖盾剣、アレクサンダーへと吸い寄せられる。鈍い音を立ててがっちりと受け止められる、その硬さに沢渡は大きく顔を歪めた。瞳を覗きこむような視線を受けて、錬介は意志をそこに込める。
 焦りのままに力を振るってはいけない。守り続けて己が倒れては意味がない。祈りの力には限りがある。余裕がある内は見送る決意も必要だった。仲間を想う熱い気持ちと、状況を見据える泰然さ。黒の双眸は、その二つを映す。
(守る。支える。それが俺の役割。俺はその為に──ここに立っている)
 続く戦いの中、ヤルダバオートが発動する。一気に攻め込む好機……だが、今回の敵はぼさっとそれに翻弄されるだけの手合いではない。その性質を見極めると、己や狂気たちの行動を守りに固めて、凌いでくる。
 だがそれでも、ハンターたちの懸命の戦いは沢渡を追い詰めてもいるのだろう。ハンターたちにもそれなりのダメージが蓄積されているのを確認すると、勝負に出てきた。
 狂気たちが横一斉に並ぶ。
 同時に次々とその瞳に熱線の光が灯る。
 ハンターたちは身構えた。
 次々と吐き出される光が、周囲を彩り、そして……──
























●そして、蛮勇は血に沈む























 そして光が収まったその後……──真、透、チィが倒れ動かなくなっていた。






















 イェジドに護らていたJは。防御力と生命力に優れていた錬介は立っている。
「あ、あ、あああああっ!」
 エステルが夢中でパールを駆る。並ぶ狂気たちを回り込み、まだ立つ沢渡の元へ……──
「そうだねえ」
 沢渡は迎えるようにゆっくりと声を発した。
「あと少しだよ。君たちが頑張れば私を滅ぼせるかもねえ……そうなれば、私もここからさらに全力で粘らざるを得ないが」
 ねめつけるように倒れた三人に視線をやりながら。
「どうするかね?」
 意味を、エステルは理解して。
「……見逃したら、引いていただけますか」
 震える声で、そう応じるしかなかった。
「いいとも。ああ警戒しないで大丈夫だよ。その選択を次に私を見たとき君たちがどう思うか楽しみだ」
 約束なんて守るもんかよと身構えるJに沢渡は告げる。
「ああでも、君は私を忘れるんだっけか? いいよ、忘れてみたまえ。それじゃあこれでさようならかな?」
 告げて。
 舞台挨拶のように優雅に一礼すると、俊敏に姿を消したのだった。
 へたり込む……余裕もない。
「三人を……運びませんと」
 錬介が流石に、消沈した声で言った。三人ともまだ息はある、その事にだけ兎に角安堵する。後は……彼らの生命力に祈るしかない。
「ギリギリの深手は負わせました。すぐにはまた出てきはしないはずです。……警戒を、伝えておきましょう」
 それが。
 帰路、彼らが発せた、最後の会話になった。

依頼結果

依頼成功度失敗
面白かった! 8
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    パール
    パール(ka3983unit004
    ユニット|幻獣
  • ゴージャス・ゴスペル
    久我・御言(ka4137
    人間(蒼)|21才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    カナン
    カナン(ka4137unit002
    ユニット|幻獣

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シトロン
    シトロン(ka5819unit004
    ユニット|幻獣
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    バサラ
    伐折羅(ka6053unit007
    ユニット|自動兵器
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    イェジド
    イェジド(ka6653unit002
    ユニット|幻獣

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 質問卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/06/16 00:38:33
アイコン 相談卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/06/18 13:43:56
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/06/15 22:04:39