ゲスト
(ka0000)
【春郷祭】炎と氷のトラットリア 後編
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 少なめ
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/06/21 07:30
- 完成日
- 2019/07/06 01:02
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
村長祭本番を目前に、同盟オフィスの相談窓口には再び彼の姿があった。
衝立で仕切られたスペースに、大きな身体をギチギチに詰め込んで座る男、ピエール・アルフォンソ。
先日、元婚約者フラヴィアを合同出店に誘いたいという相談をしてきた彼は、ハンター達の協力のもとでなんとか約束を取り付けることに成功した。
その代わりに、2人でオーダー数勝負を行うこと。
それが話し合いの中で形になった、参加の条件だった。
「まずは良かったですね~。約束してもらえて」
「はい。本当に……」
ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)の言葉に、アルフォンソは浮かない顔で笑う。
ガラでもないが緊張しているのだろう。
そう感じ取ったルミは、それとなく話題を変えることにした。
「それで、フラヴィアさんが指定したテーマは何なんです?」
「『生命の息吹』です。私の元々の企画をより端的にしたようですね」
フラヴィアはオーダー勝負を行うにあたって3つの条件を提示した。
そのうちの1つが、『テーマを自分に決めさせること』。
そして2つ目は、『指示した食材を揃えること』。
「フラヴィアさんから食材の指定、来てるんですよね? テーマと食材から、何作るかわかっちゃったりしません?」
「はい、分かります」
ここ数日では珍しく、アルフォンソは確かな自信で答えた。
「作ろうとしているのは間違いなく『ウォーヴァ・ディ・フォーコ』――彼女の“スペシャリテ”です」
「うぉーもんがー?」
「ウォーヴァ・ディ・フォーコ――炎の卵です」
「それってどんな料理なんです?」
「黄身をふんだんに使ったジェラートを焼いたパイ生地で軽く包み、たっぷりのメレンゲでコーティングします。表面をさっと窯で焼き固めた後に、ラム酒を振りかけて火を放つ。そのままお客に提供する『燃える氷菓』――それが炎の卵です」
「あー! あー! なんだっけ……そう、ベイクド・アラスカ!」
説明を受けて、ルミがポンと手を叩いた。
「おや、似たような料理をご存じで?」
「でもあれって、終始かなり細かい温度管理が必要だったような……しかも中身は溶けやすいジェラート。リアルブルーなら冷蔵庫や電子オーブンが充実してるから楽ですけど」
「本来、彼女を称えるべき名は“カローレの魔術師”。灼熱から氷点下まで、天性の勘による温度管理のスペシャリストです」
「フラヴィアさんも全力ってことですね。それじゃあ、アルフォンソさんも当然スペシャリテを?」
ルミの問いに、アルフォンソは思いとどまるように口を結んだ。
フラヴィアの最後の条件――彼女が勝負に勝った場合、アルフォンソの“スペシャリテ”のレシピを譲ること。
「『セミフレッド・アルコバレーノ』。セミフレッドって、クリームジェラートみたいなのですよね。前にアルフォンソさんか作ってくれた……って、あれ? お菓子?」
「はは……実は私、もともとは菓子職人を目指しておりまして」
アルフォンソは苦笑しながら頭をかく。
「ああー、そう言えばそんなこと言ってましたね」
「ただ才能が無かったようで……そのセミフレッドは、唯一師匠を唸らせることができた品なのです」
「どんなんです?」
「7色層の虹のセミフレッドで――レシピは秘密です。すみません」
「ま、普通はそうですよね」
謙遜するアルフォンソに、ルミはほむりと頷く。
が、すぐに眉間に皺を寄せて首をかしげた。
「あれ、じゃなんでフラヴィアさんのレシピ知ってるんです?」
「それは……」
アルフォンソは息を呑んだ。
「彼女が私のお店で働いていた時に、私の立ち合いの下で作り上げたものだからです……コースのデザートのために」
そこまで言って、アルフォンソはルミをまっすぐに見つめる。
両の拳がにぎりしめられ、コックコートがはちきれんばかりに全身に力がこもっていた。
「私は“炎の料理人”として彼女に勝たなければなりません。だから菓子職人の“スペシャリテ”ではなく、料理人としての得意料理で勝負します」
料理名は『大噴火(グランデ・エルツィオーネ)』。
じっくり火を通した牛スネ肉のトマト煮込みで、ごろごろの牛肉と赤いソースがまるでマグマのように見えることから名付けたという。
当日はそれをピザ生地に乗せて提供するスタイルで臨むらしい。
「へぇ~、おいしそう! 試作品で良いから食べさせてくださいよっ!」
「もちろんです。事前に大量に仕込んでおけるうえに、当日は生地に乗せて焼くだけです。調理スピードは『炎の卵』をはるかにしのぐでしょう」
回転数で勝負する。
料理人としての“スペシャリテ”を持たないアルフォンソにとっては、それが唯一の希望であった。
「これまでの屋台出店のノウハウを生かした作戦ですね! それなら勝ち目がある……のかなぁ?」
微妙に不安なのは、「普通」においしそう、ということ。
炎の卵に比べて、内容を聞いただけで口の中に味が想像できる。
それが吉と出るのか、凶とでるのか――
「とにかく、お手伝いのハンターさんは私の方で募っておきます。アルフォンソさんは勝負に集中してくださいねっ」
「はい、ありがとうございます」
彼はどこか寂し気に笑ってオフィスを後にした。
●
村祭本番――セレモニーとしての花植え会が終わると、村は一瞬にして陽気なお祭りムードへと変わった。
数々の行商露店に大道芸人。
旅の音楽隊を囲んでは村娘たちがダンスを踊る。
年に2回の、村がもっともにぎわう時。
そんな村広場の一角に、トレーラーを引いた魔導トラックが止まる。
さらなる改良を重ねたアルフォンソの移動式トラットリア「エスプロジオーネ」だ。
展開されたトレーラー部分はそのままライブキッチンへと様変わりする。
周囲に簡易テーブルや折り畳みの椅子を並べれば、あっという間に青空トラットリアの完成だ。
もともとのウリであった特大薪窯はそのままに、トラックの魔導エンジンから供給される余剰エネルギーで魔導調理機器も多少使えるようになっている。
この季節、魔導冷蔵庫が使えるだけでもありがたいというものだ。
「逃げなかったことは評価しましょう」
開店作業を行いながら、フラヴィアは冷ややかな視線をアルフォンソに投げる。
彼女も既に仕込みの大半を終え、冷凍スペースには大量のジェラートの準備ができている。
自ら入念に行っている窯の温度チェックは、炎の卵の『黄身』を溶かさないためにも重要だ。
「“炎の料理人”として、私は“カローレの魔術師”に正面から挑むつもりです」
彼の決意に、フラヴィアは一瞬だけ息をのむ。
「……懐かしい呼び名。だけど今の私は“氷の菓子職人”ですから」
陽が高くなりはじめ、降り注ぐ光はさんさんとトラットリアを照らす。
勝負は夜祭の焚火が消えるまで。
今日は良い天気になりそうだ。
村長祭本番を目前に、同盟オフィスの相談窓口には再び彼の姿があった。
衝立で仕切られたスペースに、大きな身体をギチギチに詰め込んで座る男、ピエール・アルフォンソ。
先日、元婚約者フラヴィアを合同出店に誘いたいという相談をしてきた彼は、ハンター達の協力のもとでなんとか約束を取り付けることに成功した。
その代わりに、2人でオーダー数勝負を行うこと。
それが話し合いの中で形になった、参加の条件だった。
「まずは良かったですね~。約束してもらえて」
「はい。本当に……」
ルミ・ヘヴンズドア(kz0060)の言葉に、アルフォンソは浮かない顔で笑う。
ガラでもないが緊張しているのだろう。
そう感じ取ったルミは、それとなく話題を変えることにした。
「それで、フラヴィアさんが指定したテーマは何なんです?」
「『生命の息吹』です。私の元々の企画をより端的にしたようですね」
フラヴィアはオーダー勝負を行うにあたって3つの条件を提示した。
そのうちの1つが、『テーマを自分に決めさせること』。
そして2つ目は、『指示した食材を揃えること』。
「フラヴィアさんから食材の指定、来てるんですよね? テーマと食材から、何作るかわかっちゃったりしません?」
「はい、分かります」
ここ数日では珍しく、アルフォンソは確かな自信で答えた。
「作ろうとしているのは間違いなく『ウォーヴァ・ディ・フォーコ』――彼女の“スペシャリテ”です」
「うぉーもんがー?」
「ウォーヴァ・ディ・フォーコ――炎の卵です」
「それってどんな料理なんです?」
「黄身をふんだんに使ったジェラートを焼いたパイ生地で軽く包み、たっぷりのメレンゲでコーティングします。表面をさっと窯で焼き固めた後に、ラム酒を振りかけて火を放つ。そのままお客に提供する『燃える氷菓』――それが炎の卵です」
「あー! あー! なんだっけ……そう、ベイクド・アラスカ!」
説明を受けて、ルミがポンと手を叩いた。
「おや、似たような料理をご存じで?」
「でもあれって、終始かなり細かい温度管理が必要だったような……しかも中身は溶けやすいジェラート。リアルブルーなら冷蔵庫や電子オーブンが充実してるから楽ですけど」
「本来、彼女を称えるべき名は“カローレの魔術師”。灼熱から氷点下まで、天性の勘による温度管理のスペシャリストです」
「フラヴィアさんも全力ってことですね。それじゃあ、アルフォンソさんも当然スペシャリテを?」
ルミの問いに、アルフォンソは思いとどまるように口を結んだ。
フラヴィアの最後の条件――彼女が勝負に勝った場合、アルフォンソの“スペシャリテ”のレシピを譲ること。
「『セミフレッド・アルコバレーノ』。セミフレッドって、クリームジェラートみたいなのですよね。前にアルフォンソさんか作ってくれた……って、あれ? お菓子?」
「はは……実は私、もともとは菓子職人を目指しておりまして」
アルフォンソは苦笑しながら頭をかく。
「ああー、そう言えばそんなこと言ってましたね」
「ただ才能が無かったようで……そのセミフレッドは、唯一師匠を唸らせることができた品なのです」
「どんなんです?」
「7色層の虹のセミフレッドで――レシピは秘密です。すみません」
「ま、普通はそうですよね」
謙遜するアルフォンソに、ルミはほむりと頷く。
が、すぐに眉間に皺を寄せて首をかしげた。
「あれ、じゃなんでフラヴィアさんのレシピ知ってるんです?」
「それは……」
アルフォンソは息を呑んだ。
「彼女が私のお店で働いていた時に、私の立ち合いの下で作り上げたものだからです……コースのデザートのために」
そこまで言って、アルフォンソはルミをまっすぐに見つめる。
両の拳がにぎりしめられ、コックコートがはちきれんばかりに全身に力がこもっていた。
「私は“炎の料理人”として彼女に勝たなければなりません。だから菓子職人の“スペシャリテ”ではなく、料理人としての得意料理で勝負します」
料理名は『大噴火(グランデ・エルツィオーネ)』。
じっくり火を通した牛スネ肉のトマト煮込みで、ごろごろの牛肉と赤いソースがまるでマグマのように見えることから名付けたという。
当日はそれをピザ生地に乗せて提供するスタイルで臨むらしい。
「へぇ~、おいしそう! 試作品で良いから食べさせてくださいよっ!」
「もちろんです。事前に大量に仕込んでおけるうえに、当日は生地に乗せて焼くだけです。調理スピードは『炎の卵』をはるかにしのぐでしょう」
回転数で勝負する。
料理人としての“スペシャリテ”を持たないアルフォンソにとっては、それが唯一の希望であった。
「これまでの屋台出店のノウハウを生かした作戦ですね! それなら勝ち目がある……のかなぁ?」
微妙に不安なのは、「普通」においしそう、ということ。
炎の卵に比べて、内容を聞いただけで口の中に味が想像できる。
それが吉と出るのか、凶とでるのか――
「とにかく、お手伝いのハンターさんは私の方で募っておきます。アルフォンソさんは勝負に集中してくださいねっ」
「はい、ありがとうございます」
彼はどこか寂し気に笑ってオフィスを後にした。
●
村祭本番――セレモニーとしての花植え会が終わると、村は一瞬にして陽気なお祭りムードへと変わった。
数々の行商露店に大道芸人。
旅の音楽隊を囲んでは村娘たちがダンスを踊る。
年に2回の、村がもっともにぎわう時。
そんな村広場の一角に、トレーラーを引いた魔導トラックが止まる。
さらなる改良を重ねたアルフォンソの移動式トラットリア「エスプロジオーネ」だ。
展開されたトレーラー部分はそのままライブキッチンへと様変わりする。
周囲に簡易テーブルや折り畳みの椅子を並べれば、あっという間に青空トラットリアの完成だ。
もともとのウリであった特大薪窯はそのままに、トラックの魔導エンジンから供給される余剰エネルギーで魔導調理機器も多少使えるようになっている。
この季節、魔導冷蔵庫が使えるだけでもありがたいというものだ。
「逃げなかったことは評価しましょう」
開店作業を行いながら、フラヴィアは冷ややかな視線をアルフォンソに投げる。
彼女も既に仕込みの大半を終え、冷凍スペースには大量のジェラートの準備ができている。
自ら入念に行っている窯の温度チェックは、炎の卵の『黄身』を溶かさないためにも重要だ。
「“炎の料理人”として、私は“カローレの魔術師”に正面から挑むつもりです」
彼の決意に、フラヴィアは一瞬だけ息をのむ。
「……懐かしい呼び名。だけど今の私は“氷の菓子職人”ですから」
陽が高くなりはじめ、降り注ぐ光はさんさんとトラットリアを照らす。
勝負は夜祭の焚火が消えるまで。
今日は良い天気になりそうだ。
リプレイ本文
●
さんさんと降り注ぐ太陽の下で、青空合同店舗「エスターテ・インヴェルノ」が開店する。
「夏と冬」の意味を成すお店には、オープンと同時にお客の姿が見受けられた。
「いらっしゃいませっ。お席にご案内します♪」
店員に扮した天王寺茜(ka4080)が笑顔でお客を席へ通す。
「メニューは大きく2つです。お飲み物は横のリストからお願いします」
てきぱきと接客をこなし、席の間をくるくると駆けていく。
ラスティ・グレン(ka7418)がその様子を眺めながら、小さく口笛を吹いた。
「ひゃあ。慣れてるなぁ、ねえちゃん」
そして感心しながらキッチンカーへオーダーを通す。
「あんちゃんの1つと、ねえちゃんの2つ。よろしくな」
「はい、かしこまりました」
注文を受け取ると、アルフォンソとフラヴィアはすぐに動き始めた。
アルフォンソの方は寝かせておいたピザ生地をあっという間に円盤状に成形して、数日かけて作り置いたゴロ肉のソースをたっぷりと乗せていく。
フラヴィアは冷凍室から取り出したタッパーからジェラートを掬い取ると、その上にカットしたスポンジ生地やメレンゲでコーティングを施していく。
その間、一足先にアルフォンソが燃え盛る窯の中へと料理を投入した。
「ライブキッチンなんて意味あるのかって思っていたが、こういうのを見せつけられるんなら悪い気はしないな」
レイア・アローネ(ka4082)は、キッチンスペースの裏手で唸る。
手にした手斧で割っているのは窯用の薪だ。
ある程度の本数になったところで、ひとくくりにまとめてキッチンのストッカーへと放っていく。
「助かります。二窯もくべているとすぐになくなってしまいますからね」
「こういう手伝いならいくらでも、だ。間違っても厨房に立つことさえなければな。うん」
「ふへぇ……今日の厨房は地獄ですよぉ」
一方で星野 ハナ(ka5852)は流しで完全にうだりきった様子だ。
それでも綺麗に拭いたボウルを積み重ねて、手の届く位置に添える。
「まだ昼飯の時間じゃないけど、こう暑いとやっぱねえちゃんのが売れ行きいいな」
客席に並ぶ氷山のようなアイスを見渡して、ラスティがふと漏らす。
開店直後お店の動向としては良い調子ではあったものの、オーダー数で比べればフラヴィアの『炎の卵』がリードしている状況だ。
「ラスティさん、お願いします」
「よしきた!」
先に出来上がった『大噴火』をラスティが運んでいく。
フラヴィアの方はこれから仕上げの『炎』を灯そうとしているところだ。
振りかけたアルコールに着火した炎は、ゆらゆらと神秘的な輝きを放っている。
「運びますねっ」
バッシングで戻って来た茜が皿を持ってお客の元へ急ぐ。
現れた燃えるアイスに、お客は声を上げて驚いていた。
皿の上で揺らめく炎は、辺りに響く音楽の中でまるで踊っているかのようにも見えた。
音色は客引き役のユメリア(ka7010)のもの。
彼女はリュートをつま弾きながら、漂う香りへと想いを馳せる。
(まだ、交わってはいないのですね……)
具体的な案が必要なのだ。
今はただ、少しでも思考の幅を広げて貰えるようにお客を増やすことが、自分にできる一番の可能性の模索。
すべてはそう――開店前の時間に遡る。
●
早朝のトラットリアワゴンの中で、2人の料理人は勝負のための仕込みに余念がなかった。
そんな中、先に準備を終えたフラヴィアはロケーションの確認と言ってワゴンを後にする。
アルフォンソだけがその場に残されたのを見計らって、仕込みを手伝っていたハナがふと口を開いた。
「こんなこと言っちゃうとアレなんですけど……私、貴方は今回きちんと負けるべきだと思ってますぅ」
「え……?」
突然のことに、生地を練っていたアルフォンソの手が止まる。
「今回のメニューって、お祭りに来るお客さんのことちゃんと考えて作ってますかぁ?」
「それは、もちろんです」
「本当ですかぁ? 私には欠片も感じられないんですぅ」
ハナは小麦粉を計りながら、淡々と突き放すように続けた。
「フラヴィアさん、得意料理だからってスペシャリテを出すわけじゃないのは分かりますよねぇ? 珍しくて、驚きがあって、それでいて美味しい。今日も天気が良くなりそうですしぃ、そこで冷たい食べ物っていうのもポイント高いですぅ。そういうのを全部考えて、選んだんだと思うんですよぉ。貴方のは、そういうの、ちょっとでも考えてますかぁ?」
「トマト煮込みですので、見た目よりも口当たりはさっぱりとしています。それをピザにすることで、フォークやナイフが無くても食べられるように――と」
その他にもアルフォンソが語っていくコンセプトを、ハナは1つ1つ吟味するように耳を傾ける。
だがそこで、隅の方で座って見学をしていたラスティが小さく唸る。
「俺さ……ねえちゃんの料理を食べて満面の笑顔になる客はいくらでも想像できるけど、あんちゃんの料理を食べて笑顔になる客あんまり想像できないんだ」
その言葉にアルフォンソの表情が険しくなる。
「別に回転数上げたいってんならジュースとかだっていいわけだよな。それでねえちゃんに勝てるもの作れるかは別として……あんちゃん凄い料理人だと思うけど、なんか、ハートをちっとも感じないんだ」
「それは……聞き捨てなりません」
アルフォンソが肩を震わせ答える。
「かつて料理の主体性に捕らわれた私は、長い旅を通して、どこでどんな人がどんなものをどんなふうに食べているのか――それを体感してまわりました。その時に感じたものを沢山の人に味わってもらいたい……そう願って作ったのがこの移動式トラットリアなのです」
「だとしてもさ、今回のにいちゃんの料理だったら、味は劣っても俺は母ちゃんの料理が食いたい。だって、俺のためだけに作ってくれるんだ」
負けじとラスティは言い返す。
思ったことをそのまま口にしたせいか、微妙に話がずれてしまったような気もした。
それでも、その語り口から言いたいことは分かる。
その料理は誰のための料理なのだ――と。
ハナが真っすぐにアルフォンソを見上げた。
「私、貴方は最高の料理研究家だと思いますぅ。でも、最低の料理人だとも思いますぅ」
「最低の……料理人……?」
アルフォンソが大きく息を飲んだ。
料理が好きだ――それだけでやってきた十余年。
研究家と料理人、その違いを自らの中で議論したことは1度もなかった。
「――ひとつ、聞きたいことがあったんだ」
ふと、ワゴンの戸口にレイアとユメリアが立っていた。
ちょうど椅子やテーブルの荷運びが終わったところだった。
「なんで、スペシャリテを作らないんだ?」
それは素朴にしてもっともな疑問。
相手がスペシャリテで来るのなら、アルフォンソも同等の皿で迎えればよいだけなのでは――と。
「これから先、彼女と向き合っていかなければならない私は、今の私です。ですから今――“炎の料理人”としてのアルフォンソで、彼女に認めて貰わなければならないのです」
「……なるほどな」
レイアは難しい顔で頷いた。
「私は男女の仲なんてないが、もし惚れた相手と剣士として決着をつけないと先に進めないとしたら――と考えたら、何となく気持ちは分かるよ。それ貫けばいい。私は協力する」
「……レイアさん」
「ただ、フラヴィアは菓子職人のお前に憧れてる節があったんじゃないかとも思っている。レシピを奪うことで、完全に想いを断ち切ろうとしているのかもな」
アルフォンソはそれを聞いて、何も言わず肯定した。
「分かってるなら、あとはやるだけだ。理想や憧れを塗り替えるって、生半可なことじゃないと思うけどな!」
結局具体的なアドバイスはできずに、レイアは勢いと笑顔でごまかしてみせる。
それでも気持ちの整理はついたのか、アルフォンソは幾分憑き物が取れたような表情で生地作りを再開していた。
●
お昼時を回り、客足は自然と増加の傾向を見せはじめる。
そろそろ猫の手も借りたいころかと、ユメリアはブースの方へと戻ってきていた。
キッチンワゴンでは、カウンター越しに茜とアルフォンソが料理のやり取りをしている。
「アルフォンソさん押されてますね。う~ん……やっぱりインパクトで負けちゃってるのかな」
「それは私も感じています」
「見た目からのワクワク感が欲しいですよね。ホットパイみたいなのとか」
「すみません、キッチンの片隅をお借りしてよいでしょうか。そろそろお飲み物が欲しい時間かと思いまして」
「はい、お願いします」
アルフォンソの了承を経て、ユメリアは冷蔵庫から取り出した果実を絞り始める。
そのころピザがちょうど焼き上がって、茜が運んで行った。
「……あら、珍しい香りをつけているのね」
ふと、フラヴィアがすんと鼻を鳴らす。
「はい。お2人のお料理――そのイメージを香りとしてまとってみました」
彼女の言葉に、ユメリアは蕾が色づくように笑う。
「飲み物もそう……おふたりの料理を仲介できる、架け橋となれるよう心を尽くします」
「架け橋、ですか」
アルフォンソがぽつりとこぼした。
ユメリアはミントの葉を丁寧にむしりながら頷く。
「私はこのお店のスタッフですから、お2人の料理をお客様に最大限に楽しんでいただくのが役目です。どちらかではなく、両方を。ですからジェラートを食べたらピザを、ピザを食べたらジェラートを食べたくなるような――そんな時間を作りたいと思っています」
生地を伸ばしていたアルフォンソの手が止まる。
それから何かを思案して、作り置きの鍋へと振り返った。
「――そうか、簡単な答えだったのですね」
彼は急いで備蓄棚を漁ると、中からゴッソリと何かを取り出す。
フラヴィアが怪訝な表情でそれを流し見ていた。
●
「あれ、にいちゃんメニュー変更?」
「はい、今の時間からこちらでお願いします」
アルフォンソがラスティに手渡した新しいメニュー表には『火山(ボルケーノ)』という名前と共に3本の唐辛子のイラストが描かれていた。
「注文を受ける時に唐辛子の本数を一緒に聞いてください。子供やお年寄りには1本をお勧めしてくださいね」
「おっけー」
快く引き受け、ラスティは駆け足でテーブルのメニューを入れ替えていく。
「香りが変わりましたね」
すんと鼻を鳴らしたユメリアが心地よさそうに目を細めた。
隣でメレンゲを泡立てていたハナも、手を止めてくんくんと臭いをかぐ。
「カレーとは違いますけど、なんかスパイシーですねぇ」
程なくして注文が入り始めた『火山』だったが、その姿を見て茜は目を丸くした。
「これってカルツォーネってやつだよね?」
お皿に乗っていたのは大きな餃子にも似た半月上の生地の固まり。
なるほど、これなら準備したものをそのまま流用して、ただのピザよりは1段階驚きを隠すことができる。
そしておそらく中にソースが入っているのだと思うが――
「かっれぇぇぇぇえええええ!?!?」
不意に、お客の悲鳴にも似た声が響いた。
「お、お水お持ちしますっ!」
慌ててチェイサーを持っていく茜だったが、そのお客は「辛い! 辛い!」と叫びながらピザにかぶりついている。
あっという間にたいらげた後に茜の水をひったくるようにして飲み干すと、ヒーヒー言いながら彼女のことを見上げた。
「辛いねぇ……いや美味かったけど。あのさ、アイスみたいなのあるんでしょ? それちょうだいよ」
「えっ、あっ、はい、ありがとうございます!」
虚を突かれて、慌ててオーダーを通す茜。
同時に、さっきの悲鳴が呼び水になったのか興味本位で次々と『火山』の注文が入って行く。
そして『火山』のオーダーと同じだけ『炎の卵』が追加で注文されていくのだ。
「これは……!?」
フラヴィアが戸惑ったようにお店の様子を眺め、そしてアルフォンソを見た。
「お店としてあるべき姿を問うならば、これが正しいのではありませんか?」
「そ、それは……」
彼女が言葉を詰まらせる。
もともとオーダー勝負とはお店の内部事情だ。
お客にとっては関係のないこと。
だとしたら両方美味しく食べて貰う――それが店として正道なのではないか、と。
「は~い、お会計ですね、ただいま! オーダー、火山2と卵2お願いしますっ!」
茜がくるくるとめまぐるしくブースを駆け回る。
天気も相まって汗だくになりながらだったが、その表情はどこかいきいきとした笑顔に包まれていた。
(うん……この忙しさ、やっぱり好きだなぁ)
心に遠く思い馳せるのは、今は失われた在りし日の故郷のお店だ。
●
――お疲れ様でした!
陽が沈んで、営業時間が終わる。
アルフォンソ達はこのあと夜祭の料理人として村に雇われているが、合同店舗としての営業はここまでとなった。
余った食材で作った賄い料理を囲みながら、ハンター達が顔を寄せて注目するのはオーダー表から書き起こした正書き。
最後の1枚のチェックを終えた瞬間、おお、と小さなどよめきが起きた。
「ええと……それじゃ発表するぞ?」
ラスティが表を掲げて2人の料理人に向き直る。
空気が引き締まったのを肌で感じた。
「勝者――フラヴィアのねえちゃん!」
後半追い上げたように見えたアルフォンソだったが「両方オーダーする」形が定着したため追い上げには至らなかった。
結果として序盤の差がそのまま勝敗を左右した形だった。
「まぁ、仕方ないですよねぇ」
半分納得済みの状況に苦笑するハナだったが、アルフォンソもまた同じようにほほ笑んだ。
「それではこれを」
アルフォンソは懐から古びたメモを取り出し、フラヴィアへと差し出す。
彼女は無言でそれを受け取った。
「これで私は、“炎の料理人”になれたのだと思います」
口にしてレイアに視線を投げる。
彼女は一瞬返答に困りながらも、やがて肯定するように頷き返した。
「今日は本当にお疲れさまでした! 目が回るくらい忙しかったけど、すっごく楽しい一日になりました♪」
茜が2人の料理人にぺこりとお辞儀をする。
2人もこちらこそ――と礼を返した。
「やはりお2人の音は共鳴できましたね……よい香りと、歌を聞かせていただきました」
うっとりと添えたユメリアの言葉に、アルフォンソはまっさらな気持ちでフラヴィアへと向き直る。
「菓子職人の過去を返上した以上、私のお店にはドルチェがありません。インヴェルノへ仕入れにうかがってもいいですか?」
フラヴィアは少しの間を置いてから答える。
「しばらくはこのレシピ習得のために忙しいですね」
「そこは『はい』って言っとけよぉ! チクショウ!」
耐え切れなくなって思わずレイアが声を荒げた。
それが可笑しくって誰からともなく笑い声が零れる。
もう眉間に皺を寄せて料理を作るのはやめよう。
食事とは人を笑顔にするために存在するのだから。
さんさんと降り注ぐ太陽の下で、青空合同店舗「エスターテ・インヴェルノ」が開店する。
「夏と冬」の意味を成すお店には、オープンと同時にお客の姿が見受けられた。
「いらっしゃいませっ。お席にご案内します♪」
店員に扮した天王寺茜(ka4080)が笑顔でお客を席へ通す。
「メニューは大きく2つです。お飲み物は横のリストからお願いします」
てきぱきと接客をこなし、席の間をくるくると駆けていく。
ラスティ・グレン(ka7418)がその様子を眺めながら、小さく口笛を吹いた。
「ひゃあ。慣れてるなぁ、ねえちゃん」
そして感心しながらキッチンカーへオーダーを通す。
「あんちゃんの1つと、ねえちゃんの2つ。よろしくな」
「はい、かしこまりました」
注文を受け取ると、アルフォンソとフラヴィアはすぐに動き始めた。
アルフォンソの方は寝かせておいたピザ生地をあっという間に円盤状に成形して、数日かけて作り置いたゴロ肉のソースをたっぷりと乗せていく。
フラヴィアは冷凍室から取り出したタッパーからジェラートを掬い取ると、その上にカットしたスポンジ生地やメレンゲでコーティングを施していく。
その間、一足先にアルフォンソが燃え盛る窯の中へと料理を投入した。
「ライブキッチンなんて意味あるのかって思っていたが、こういうのを見せつけられるんなら悪い気はしないな」
レイア・アローネ(ka4082)は、キッチンスペースの裏手で唸る。
手にした手斧で割っているのは窯用の薪だ。
ある程度の本数になったところで、ひとくくりにまとめてキッチンのストッカーへと放っていく。
「助かります。二窯もくべているとすぐになくなってしまいますからね」
「こういう手伝いならいくらでも、だ。間違っても厨房に立つことさえなければな。うん」
「ふへぇ……今日の厨房は地獄ですよぉ」
一方で星野 ハナ(ka5852)は流しで完全にうだりきった様子だ。
それでも綺麗に拭いたボウルを積み重ねて、手の届く位置に添える。
「まだ昼飯の時間じゃないけど、こう暑いとやっぱねえちゃんのが売れ行きいいな」
客席に並ぶ氷山のようなアイスを見渡して、ラスティがふと漏らす。
開店直後お店の動向としては良い調子ではあったものの、オーダー数で比べればフラヴィアの『炎の卵』がリードしている状況だ。
「ラスティさん、お願いします」
「よしきた!」
先に出来上がった『大噴火』をラスティが運んでいく。
フラヴィアの方はこれから仕上げの『炎』を灯そうとしているところだ。
振りかけたアルコールに着火した炎は、ゆらゆらと神秘的な輝きを放っている。
「運びますねっ」
バッシングで戻って来た茜が皿を持ってお客の元へ急ぐ。
現れた燃えるアイスに、お客は声を上げて驚いていた。
皿の上で揺らめく炎は、辺りに響く音楽の中でまるで踊っているかのようにも見えた。
音色は客引き役のユメリア(ka7010)のもの。
彼女はリュートをつま弾きながら、漂う香りへと想いを馳せる。
(まだ、交わってはいないのですね……)
具体的な案が必要なのだ。
今はただ、少しでも思考の幅を広げて貰えるようにお客を増やすことが、自分にできる一番の可能性の模索。
すべてはそう――開店前の時間に遡る。
●
早朝のトラットリアワゴンの中で、2人の料理人は勝負のための仕込みに余念がなかった。
そんな中、先に準備を終えたフラヴィアはロケーションの確認と言ってワゴンを後にする。
アルフォンソだけがその場に残されたのを見計らって、仕込みを手伝っていたハナがふと口を開いた。
「こんなこと言っちゃうとアレなんですけど……私、貴方は今回きちんと負けるべきだと思ってますぅ」
「え……?」
突然のことに、生地を練っていたアルフォンソの手が止まる。
「今回のメニューって、お祭りに来るお客さんのことちゃんと考えて作ってますかぁ?」
「それは、もちろんです」
「本当ですかぁ? 私には欠片も感じられないんですぅ」
ハナは小麦粉を計りながら、淡々と突き放すように続けた。
「フラヴィアさん、得意料理だからってスペシャリテを出すわけじゃないのは分かりますよねぇ? 珍しくて、驚きがあって、それでいて美味しい。今日も天気が良くなりそうですしぃ、そこで冷たい食べ物っていうのもポイント高いですぅ。そういうのを全部考えて、選んだんだと思うんですよぉ。貴方のは、そういうの、ちょっとでも考えてますかぁ?」
「トマト煮込みですので、見た目よりも口当たりはさっぱりとしています。それをピザにすることで、フォークやナイフが無くても食べられるように――と」
その他にもアルフォンソが語っていくコンセプトを、ハナは1つ1つ吟味するように耳を傾ける。
だがそこで、隅の方で座って見学をしていたラスティが小さく唸る。
「俺さ……ねえちゃんの料理を食べて満面の笑顔になる客はいくらでも想像できるけど、あんちゃんの料理を食べて笑顔になる客あんまり想像できないんだ」
その言葉にアルフォンソの表情が険しくなる。
「別に回転数上げたいってんならジュースとかだっていいわけだよな。それでねえちゃんに勝てるもの作れるかは別として……あんちゃん凄い料理人だと思うけど、なんか、ハートをちっとも感じないんだ」
「それは……聞き捨てなりません」
アルフォンソが肩を震わせ答える。
「かつて料理の主体性に捕らわれた私は、長い旅を通して、どこでどんな人がどんなものをどんなふうに食べているのか――それを体感してまわりました。その時に感じたものを沢山の人に味わってもらいたい……そう願って作ったのがこの移動式トラットリアなのです」
「だとしてもさ、今回のにいちゃんの料理だったら、味は劣っても俺は母ちゃんの料理が食いたい。だって、俺のためだけに作ってくれるんだ」
負けじとラスティは言い返す。
思ったことをそのまま口にしたせいか、微妙に話がずれてしまったような気もした。
それでも、その語り口から言いたいことは分かる。
その料理は誰のための料理なのだ――と。
ハナが真っすぐにアルフォンソを見上げた。
「私、貴方は最高の料理研究家だと思いますぅ。でも、最低の料理人だとも思いますぅ」
「最低の……料理人……?」
アルフォンソが大きく息を飲んだ。
料理が好きだ――それだけでやってきた十余年。
研究家と料理人、その違いを自らの中で議論したことは1度もなかった。
「――ひとつ、聞きたいことがあったんだ」
ふと、ワゴンの戸口にレイアとユメリアが立っていた。
ちょうど椅子やテーブルの荷運びが終わったところだった。
「なんで、スペシャリテを作らないんだ?」
それは素朴にしてもっともな疑問。
相手がスペシャリテで来るのなら、アルフォンソも同等の皿で迎えればよいだけなのでは――と。
「これから先、彼女と向き合っていかなければならない私は、今の私です。ですから今――“炎の料理人”としてのアルフォンソで、彼女に認めて貰わなければならないのです」
「……なるほどな」
レイアは難しい顔で頷いた。
「私は男女の仲なんてないが、もし惚れた相手と剣士として決着をつけないと先に進めないとしたら――と考えたら、何となく気持ちは分かるよ。それ貫けばいい。私は協力する」
「……レイアさん」
「ただ、フラヴィアは菓子職人のお前に憧れてる節があったんじゃないかとも思っている。レシピを奪うことで、完全に想いを断ち切ろうとしているのかもな」
アルフォンソはそれを聞いて、何も言わず肯定した。
「分かってるなら、あとはやるだけだ。理想や憧れを塗り替えるって、生半可なことじゃないと思うけどな!」
結局具体的なアドバイスはできずに、レイアは勢いと笑顔でごまかしてみせる。
それでも気持ちの整理はついたのか、アルフォンソは幾分憑き物が取れたような表情で生地作りを再開していた。
●
お昼時を回り、客足は自然と増加の傾向を見せはじめる。
そろそろ猫の手も借りたいころかと、ユメリアはブースの方へと戻ってきていた。
キッチンワゴンでは、カウンター越しに茜とアルフォンソが料理のやり取りをしている。
「アルフォンソさん押されてますね。う~ん……やっぱりインパクトで負けちゃってるのかな」
「それは私も感じています」
「見た目からのワクワク感が欲しいですよね。ホットパイみたいなのとか」
「すみません、キッチンの片隅をお借りしてよいでしょうか。そろそろお飲み物が欲しい時間かと思いまして」
「はい、お願いします」
アルフォンソの了承を経て、ユメリアは冷蔵庫から取り出した果実を絞り始める。
そのころピザがちょうど焼き上がって、茜が運んで行った。
「……あら、珍しい香りをつけているのね」
ふと、フラヴィアがすんと鼻を鳴らす。
「はい。お2人のお料理――そのイメージを香りとしてまとってみました」
彼女の言葉に、ユメリアは蕾が色づくように笑う。
「飲み物もそう……おふたりの料理を仲介できる、架け橋となれるよう心を尽くします」
「架け橋、ですか」
アルフォンソがぽつりとこぼした。
ユメリアはミントの葉を丁寧にむしりながら頷く。
「私はこのお店のスタッフですから、お2人の料理をお客様に最大限に楽しんでいただくのが役目です。どちらかではなく、両方を。ですからジェラートを食べたらピザを、ピザを食べたらジェラートを食べたくなるような――そんな時間を作りたいと思っています」
生地を伸ばしていたアルフォンソの手が止まる。
それから何かを思案して、作り置きの鍋へと振り返った。
「――そうか、簡単な答えだったのですね」
彼は急いで備蓄棚を漁ると、中からゴッソリと何かを取り出す。
フラヴィアが怪訝な表情でそれを流し見ていた。
●
「あれ、にいちゃんメニュー変更?」
「はい、今の時間からこちらでお願いします」
アルフォンソがラスティに手渡した新しいメニュー表には『火山(ボルケーノ)』という名前と共に3本の唐辛子のイラストが描かれていた。
「注文を受ける時に唐辛子の本数を一緒に聞いてください。子供やお年寄りには1本をお勧めしてくださいね」
「おっけー」
快く引き受け、ラスティは駆け足でテーブルのメニューを入れ替えていく。
「香りが変わりましたね」
すんと鼻を鳴らしたユメリアが心地よさそうに目を細めた。
隣でメレンゲを泡立てていたハナも、手を止めてくんくんと臭いをかぐ。
「カレーとは違いますけど、なんかスパイシーですねぇ」
程なくして注文が入り始めた『火山』だったが、その姿を見て茜は目を丸くした。
「これってカルツォーネってやつだよね?」
お皿に乗っていたのは大きな餃子にも似た半月上の生地の固まり。
なるほど、これなら準備したものをそのまま流用して、ただのピザよりは1段階驚きを隠すことができる。
そしておそらく中にソースが入っているのだと思うが――
「かっれぇぇぇぇえええええ!?!?」
不意に、お客の悲鳴にも似た声が響いた。
「お、お水お持ちしますっ!」
慌ててチェイサーを持っていく茜だったが、そのお客は「辛い! 辛い!」と叫びながらピザにかぶりついている。
あっという間にたいらげた後に茜の水をひったくるようにして飲み干すと、ヒーヒー言いながら彼女のことを見上げた。
「辛いねぇ……いや美味かったけど。あのさ、アイスみたいなのあるんでしょ? それちょうだいよ」
「えっ、あっ、はい、ありがとうございます!」
虚を突かれて、慌ててオーダーを通す茜。
同時に、さっきの悲鳴が呼び水になったのか興味本位で次々と『火山』の注文が入って行く。
そして『火山』のオーダーと同じだけ『炎の卵』が追加で注文されていくのだ。
「これは……!?」
フラヴィアが戸惑ったようにお店の様子を眺め、そしてアルフォンソを見た。
「お店としてあるべき姿を問うならば、これが正しいのではありませんか?」
「そ、それは……」
彼女が言葉を詰まらせる。
もともとオーダー勝負とはお店の内部事情だ。
お客にとっては関係のないこと。
だとしたら両方美味しく食べて貰う――それが店として正道なのではないか、と。
「は~い、お会計ですね、ただいま! オーダー、火山2と卵2お願いしますっ!」
茜がくるくるとめまぐるしくブースを駆け回る。
天気も相まって汗だくになりながらだったが、その表情はどこかいきいきとした笑顔に包まれていた。
(うん……この忙しさ、やっぱり好きだなぁ)
心に遠く思い馳せるのは、今は失われた在りし日の故郷のお店だ。
●
――お疲れ様でした!
陽が沈んで、営業時間が終わる。
アルフォンソ達はこのあと夜祭の料理人として村に雇われているが、合同店舗としての営業はここまでとなった。
余った食材で作った賄い料理を囲みながら、ハンター達が顔を寄せて注目するのはオーダー表から書き起こした正書き。
最後の1枚のチェックを終えた瞬間、おお、と小さなどよめきが起きた。
「ええと……それじゃ発表するぞ?」
ラスティが表を掲げて2人の料理人に向き直る。
空気が引き締まったのを肌で感じた。
「勝者――フラヴィアのねえちゃん!」
後半追い上げたように見えたアルフォンソだったが「両方オーダーする」形が定着したため追い上げには至らなかった。
結果として序盤の差がそのまま勝敗を左右した形だった。
「まぁ、仕方ないですよねぇ」
半分納得済みの状況に苦笑するハナだったが、アルフォンソもまた同じようにほほ笑んだ。
「それではこれを」
アルフォンソは懐から古びたメモを取り出し、フラヴィアへと差し出す。
彼女は無言でそれを受け取った。
「これで私は、“炎の料理人”になれたのだと思います」
口にしてレイアに視線を投げる。
彼女は一瞬返答に困りながらも、やがて肯定するように頷き返した。
「今日は本当にお疲れさまでした! 目が回るくらい忙しかったけど、すっごく楽しい一日になりました♪」
茜が2人の料理人にぺこりとお辞儀をする。
2人もこちらこそ――と礼を返した。
「やはりお2人の音は共鳴できましたね……よい香りと、歌を聞かせていただきました」
うっとりと添えたユメリアの言葉に、アルフォンソはまっさらな気持ちでフラヴィアへと向き直る。
「菓子職人の過去を返上した以上、私のお店にはドルチェがありません。インヴェルノへ仕入れにうかがってもいいですか?」
フラヴィアは少しの間を置いてから答える。
「しばらくはこのレシピ習得のために忙しいですね」
「そこは『はい』って言っとけよぉ! チクショウ!」
耐え切れなくなって思わずレイアが声を荒げた。
それが可笑しくって誰からともなく笑い声が零れる。
もう眉間に皺を寄せて料理を作るのはやめよう。
食事とは人を笑顔にするために存在するのだから。
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依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/06/21 00:59:19 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/18 17:34:07 |