プレゼントのかわりに目覚めのキス?

マスター:紺堂 カヤ

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/06/22 12:00
完成日
2019/06/30 18:00

このシナリオは2日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

 王都の上空を塞いでいた、浮遊大陸が、消えた。平和が訪れた、とまで言うことはできないだろうが、身を縮め、息をひそめていた王国民は、少し、肩の力を抜くことができた。
 それは、宝石商モンド氏の一人娘・ダイヤもであった。
 彼女は王国の有事に際し、行き場のない避難民を集めた「ダイヤモンド・ホール」を父と共に必死に切り盛りしていたのである。
 避難していた人々をひとまずはそれぞれの家に帰すことができるようになったとわかり、ダイヤは大きく、大きく、安堵の息をついた。
 場を取り仕切った経験などほとんどなかったというのに、必死に背筋を伸ばして先頭に立ち続けたのである。内心は避難してくる人々と同じように不安だったに違いなく、どんなに無理をしてきたか想像にあまりある。
「よく、頑張りました」
 いつもは決して、褒めてくれることなどない辛辣冷淡な使用人・クロスが、このときばかりは、素直な言葉でダイヤをねぎらった。
「ほんとう……? 私、頑張れていた……?」
 ダイヤは目を見開いた。そこにはクロスに褒められた、という驚きと共に、色濃い疲労が見て取れた。
「はい」
 クロスは、はっきりと頷いた。ダイヤは、本当によく頑張っていた。いつもの、揶揄するような辛辣な言葉で、頑張って疲れ切っている彼女を傷つけることは、クロスにはできなかった。クロスは厳しい人物ではあるが、決して無情であるわけではないのだ。
「そっか……、よかった……、私、役に立ってたんだね……」
 ダイヤはそう言って、とてもとても嬉しそうに笑った。嬉しそうに笑って。
「お嬢さま!?」
 バタッと、倒れてしまった。



 モンド邸へ運び込まれたダイヤは、すぐさま医者の診察を受けた。命に別状はなく、単なる疲労……もっと端的に言えば寝不足が原因であるという。数日安静にしていればすぐに元気を取り戻せるという。
 その診察を聞いて、クロスは胸を撫で下ろした。
「よかった……」
 すこやかな寝息をたてるダイヤの、栗色の髪に、おそるおそる触れる。その髪に縁どられた白い頬。そこにはもう、『少女』の面影はほとんどなく、ひとりの『女性』としての光を宿していた。
 眠るダイヤを見守るクロスの様子を、さらに見守っている者たちがいた。
 モンド邸の、メイドたちである。
「も~~~、もどかしいわねえ」
「さっさとキスしちゃえばいいのに! 折角眠ってるんだから!」
「まったくだわ!!」
 隣の部屋から覗き見しつつ、ひそひそ声で交わされる、いわゆる「余計なお世話」なセリフの数々。ダイヤとクロスのもどかしい関係性を長年見てきたメイドの皆さんである、致し方ないといえば致し方ないのであるが。
 しばらくののちに、クロスはダイヤの部屋を出て行った。あーあ、というあからさまにガッカリした声が、メイドたちから上がる。
「あ! そうだわ!」
 メイドのひとりが声を上げた。なにか「いいこと」を思いついたらしい。



 その後、数日たって今もダイヤは眠り続けている。
 ……と、いうことになっている。クロスに対してだけは。実際は、倒れて二日目にダイヤは目を覚ましている。
 メイドたちは思いついた「いいこと」を、ダイヤに怖いほどの真剣さで語り、提案した……、というか、押し通した。

「いいですか、お嬢さま。これからお嬢さまには眠り続けているふりをしていただきます」
「眠り続けているとどうなると思います?」
「クロスさんがとてもとても心配します。そこでですね、ダイヤお嬢さまを目覚めさせるためにあらゆる方法を試そうということになるはずです」
「ハンターの皆さんを集めて、お見舞いに来てもらったりアドバイスをしてもらおう、みたいなふうに。そこでですね、こうなるわけです」

「「「万策尽きた。ここはひとつ、愛する者のキスを試そう」」」

「そして皆が見守る中で、クロスさんがお嬢さまにキスをして、お嬢さまはそのキスでめでたく目覚めるんです!」
「集まっていただいたハンターの皆さんとは、そのあとパーティをいたしましょう!」
「お嬢さま、もうすぐお誕生日ですし!」
「そうですよ、お誕生日パーティにいたしましょう!」
「世界情勢はまだまだ予断を許さないと言いますけれど、お嬢さまもこれまでとても頑張ってこられたんですもの、ちょっとくらいお祝いしたって罰は当たらないはずです!」
「大丈夫、ちょっと眠り姫になった気分でいてくださればいいんですよ」
「いいですね、お嬢さま」

 冷静に考えなくとも無茶苦茶な話で、いいですね、ではないのだが、なにせ、寝起きの状態でまくしたてられたダイヤである。よく判断できないままに、返事をしてしまった。
「わ、わかったわ……」
 こうして、モンド邸のメイドたちによる『眠り姫のバースデーパーティ』という奇妙な催しの火蓋が、切って落とされることになったのであった。

リプレイ本文

 モンド家のメイドたちの思惑通り(というかもちろん彼女たちがそうなるように仕向けたわけだが)、ハンターたちが集められた。「眠り姫の誕生パーティ」という奇妙な催しに、ある者は目を白黒させ、ある者は苦笑している。
「なんだか……、変わったバースデーパーティになっておりますね……」
 目を白黒させている側の参加者、サクラ・エルフリード ( ka2598 )である。
「まあ、ここの催し物は大抵が変わっているけれどね……」
 苦笑している側である鞍馬 真 ( ka5819 )が呟いた。真の苦笑は、能面のような顔で現れたクロスを見て、さらに深くなった。まるで、与えられたセリフを嫌々言うように、クロスはハンターたちの前で棒読みの挨拶をする。
「皆さま、本日はお集まりくださいまして誠にありがとうございます。ダイヤお嬢さまのお誕生日を祝うのがこのパーティの目的なのですが、誠に申し訳ないことながら、お嬢さまは数日前から眠り続けておりまして、皆さまにご挨拶することがかないません。寝顔の状態でよろしければお目通りできますので、ご希望の方はこのあと私とともにお部屋までおいでください」
 と、言ったあと。
「……いや、あの、別にいいですからね、お目通りしなくても。料理とか用意してありますので、自由に楽しんでください」
 と暗い調子で付け加えた、この部分だけが、クロスの本音だった。志鷹 都 ( ka1140 )が思わずくすくすと笑い出し、真や大伴 鈴太郎 ( ka6016 )は、相変わらずクロスは苦労しているな、という目をしていた。そんなクロスを、横目で睨んで、メイドのひとりが前へ進み出た。
「お嬢さまのお部屋へご案内いたします」
 メイドはハンターたちを連れて廊下を歩きながら、さも深刻そうにため息をついた。
「折角のお誕生日ですのに、お嬢さまがお可哀想です。目を覚まさせる方法を、何かご存じであれば教えていただきたいのですが……」
「オーララ! なんてことだ! ボクももっと協力できていればと悔やんでも悔やみきれないよ! ダイヤ君の元気な姿を見ることができるように、ボクも力を尽くそうっ」
 メイドの言葉を聞いて嘆くのは、イルム=ローレ・エーレ ( ka5113 )である。メイドたちのたくらみには、もちろん気が付いていた。気が付いている上で、乗せられておこう、というわけだった。
「ずっと起きてこないとは……色々と大変なのデスネ……」
 サクラも、ぎこちない表情ながら話を合わせる。
 部屋に入った面々は、くだんの眠り姫……、ダイヤをそっと見守った。寝たふりをしているのか、本当に寝ているのかは、見ただけではよくわからない。寝たふりをしているのだとしたら、ダイヤもなかなかの演技力を身に着けたものだ、などと鈴太郎なんかは考えたりした。
「フー……ム、薬を飲ませたりは難しいからね。音楽療法や芳香療法なんかを試してみるかい? 誕生日プレゼントにと思ってアロマキャンドルを用意してきたんだっ」
 イルムが妙にうきうきと準備を始める傍で、メイドたちは互いに目配せをしながら言い合う。
「眠りを覚ますには、やはり、愛する者からのキスが必要なんじゃないかしら……」
「そんなお伽話みたいなこと……」
「でも、何をやってもダメ、となれば……」
 そんな会話を耳にして、央崎 遥華 ( ka5644 )も遅まきながらメイドたちのたくらみに気がついた。誕生日であるダイヤ当人が眠っているというのにパーティの準備がされているというところから、おかしいとは思っていたのだ。
「ダイヤちゃん、心配だね……、やれることは全部やった方がいいもの、半信半疑のことでも試してみるべきかも」
 わざとらしさを一切感じさせない迫真の演技で、遥華はダイヤを心配しつつ、メイドたちの話にノっていった。暗に、キスも試してみるべきだ、というわけである。そうしながら、部屋の扉近くで控えているクロスをちらり、と見やる。平坦な表情からは、クロスが何を考えているのか読み取れない。
「いくら仲が良くても、寝ている女の子にいきなりチューはチカンと変わらないよ」
 エンバディ ( ka7328 )がそう言ってメイドたちの話の輪に入って行った。
「女の人は男を悪者にするって聞いたよぉ。だから誘われても警戒しろってさ、酒場のおじさん達が言ってた」
 メイドたちは、ぎょっとした表情でエンバディを見たが、すぐに笑顔になって頷いた。
「確かに、その通りです。私たち、お嬢さまに目覚めてほしいばかりに、モラルについて考えるのを忘れてしまったようですね」
「ところで、エンバディさま、お客さまであるのに申し訳ないのですが、少し、パーティの支度を手伝っていただけませんか?」
「手伝い? うん、構わないよ。何をしたらいい?」
 エンバディはあっさりとこだわりなく頷いて、メイドに連れられ、ダイヤの部屋を出てパーティ会場へと移動して行く。
「モンド家のメイドさんたち、怖いほどに鮮やかですね……」
 決して失礼な態度を取ることなくエンバディを連れ去って行ったその手腕に舌を巻きつつ、メアリ・ロイド ( ka6633 )が呟いた。



 メイドたちのたくらみに対してハンターたちが右往左往するのを、クロスはため息をこらえながら眺めていた。と、そのクロスの目の前に、都がやってきた。
「クロスさん、こんにちは。少しお話させていただける?」
「ええ、構いませんが」
 クロスは頷いて、部屋の壁沿いに並べられている椅子に、都を促した。女性を相手に立ち話というわけにもいかない。
「ありがとう。話というのは、ダイヤさんのことなんだけれど……」
「まあ、そうでしょうね」
 予想はしていた、とクロスが苦笑すると、都もそうだよね、と微笑む。
「あのね……、私、クロスさんには、自分の気持ちに正直になってもらいたいと思っているの」
 都は、柔らかな表情で、しかし率直に語り出した。
「少し解るの。彼女の……、ダイヤさんの気持ち。好きな人は誰よりも近く、遠くて……。私も中々想いが届かなくて、苦しかったから」
 都の言葉を、クロスは黙ったまま、真剣に聞いた。
「クロスさんはダイヤさんと居て、笑顔を見て、触れて、どんな気持ちになる?」
「どんな、と言われましても」
「ふふ、そうだよね。……もし、視線が自然と彼女の姿を探すのなら、それは彼女を愛してる証拠。私は、そう思うの」
 愛している、という言葉に、クロスは目を見開いて面喰った。とっさに何も、返せなくなる。そんなクロスに、都はあえて返事を迫ることなく語り続けた。尋問したいわけではない。都はただ、自分の考えをクロスに伝えておきたいだけだ。
「当たり前の事など、ないの。別れはいつ訪れるかわからない。後悔しないよう、どうか貴方の本当の気持ち、伝えてあげて下さい」
 都はそう締めくくると、時間をくださってありがとう、と微笑んで、クロスから離れて行った。クロスは、そっと息を吐いた。知らず知らずのうちに緊張していたらしい。想いの詰まった言葉を受け取るには、それなりの心構えがいるものなのだ。
「本当の気持ち、ですか」
 クロスは、ほつりと呟いた。メイドたちが期待している「キス」について、都が言及しなかったことに安堵したが、つまり今回の「キス」から逃れようとすることは、あくまでも表面上のものでしかないのだということを突き付けられたわけで、実のところは決して、安堵している場合ではないのだった。
「なあ、クロス……、ちょっといいか?」
 都が立ち去ったと思ったら、今度は鈴太郎が、神妙な面持ちでやってきた。
「クロスは……、やっぱ乗り気じゃないのか?」
「それは、目覚めのキス、のことですね?」
「き、キキキキ……、そ、そうだけど……、そうはっきり言うなよぉ!」
 顔を真っ赤にして狼狽える鈴太郎に、クロスは苦笑した。物言いは乱暴なのに、誰よりも純情なところは相変わらずのようだ。鈴太郎はしばらく目を泳がせていたが、気を取り直すように咳払いをして、表情を真剣なものにした。
「なぁ、頼むよクロス。ダイヤの最高に幸せなツラ、目に焼き付けておきてンだ……」
「……」
 クロスは、すぐに返事をすることなく、鈴太郎の言葉を受け止めた。鈴太郎が、ダイヤを本当に大事な友人だと思ってくれていることは、クロスもよく知っている。だからこそ、いい加減なことを言うわけにはいかない。
「……目覚めのキスをすることで、本当にお嬢さまが幸せなお顔をすると、大伴さまは思っておいでなんですね」
「え?」
「私の考えは、違うんです。だけれど、お約束します。必ず、お嬢さまに笑顔になっていただく、と。……この返事では、お許しいただけないでしょうか?」
 クロスの返事に、鈴太郎はまだ納得していなさそうな目つきをしたが、いい加減なことを言っているわけではないことは伝わったらしく、わかった、と頷いた。
「約束だかンな! 絶対、ダイヤを笑顔にしろよ!」
 びしっとクロスの顔を指差して、鈴太郎はクロスのそばから離れて行った。クロスはそっと、息を吐いた。こうした嘆息は、本日二度目だ。
「……なかなか、大変そうだね」
 そう声をかけてきたのは、真だ。
「入れ代わり立ち代わりで申し訳ないけど」
「いえ、そんなことはありません」
 気遣うような目を向けてくる真に、クロスは首を横に振った。真もまた、ダイヤとクロスのことをいつも心配してくれていることを、クロスはしっかりと感じていたし、それについていつも、感謝しているのだ。
「クロス君……、多分、この企みに気付いているよね」
「ええ、まあ」
 クロスが苦笑しながら頷くと、真もやはり、と苦笑して頷いた。
「クロス君自身がどう思っているのか、どうしたいのかを率直に聞きたいな。いや、無理にとは言わないんだけど。ここまで見て来た身としては、知っておきたいなと思って……」
「はい。いつも気にかけてくださって、ありがとうございます」
「いやいや、お礼を言われるようなことはしていないけど」
 ダイヤとクロス、このふたりの、兄のような気持ちでいる真としては、単純に、放っておけないのだ。
「どうしたいか、は、正直に申し上げて、よくわかりません。ですが……、メイドたちが期待している、いわゆる目覚めのキスで、お嬢さまがお喜びになるとは、私には思えないのです。先程、大伴さまにもお話しましたが」
「なるほどね」
 クロスの素直な語り口を聞いて、真は頷いた。
「誰よりも近くでダイヤ嬢を見ているクロス君の言うことだ、きっと、そうなんだろうね。そこは、自信を持った方がいいと思うよ。他人の意見や思惑なんかに左右されずにね。……でも、私としては少し安心したかな」
「安心?」
「もしも想いを伝えたいと思うのなら、起きている時に真っ向から伝えた方が、お互いにとって良いかも知れないと思ってね。勿論、ロマンチックなキスも良いとは思うけどね」
そう言って、真はくすくすと笑った。クロスも、釣られて笑う。真に話したことで、胸の内が軽くなったような気がした。
「いやあ、なかなか手強いねぇ」
 アロマキャンドルを試していたイルムの声が、部屋に響いた。
「やっぱり目覚めのキスが必要かな? なんてねっ」
 皆の顔が、自然と、クロスの方を向いた。クロスは、もう行動を起こすしかあるまいと決心して、立ち上がった。真が安心させるように肩を軽く叩いてくれるのに頷いて、ダイヤが横たわるベッドへと近付く。
 ハンターたちと、特にメイドたちが期待のまなざしでクロスを見た。クロスはその視線のことごとくを無視して、ダイヤだけを、見た。
「お嬢さま。聞こえておいでですね」
 目を閉じたままのダイヤに、クロスは語りかけた。
「お嬢さまが本当に、私からの目覚めのキスとやらをご所望であるのならば、辞さぬ構えです。……が、お嬢さま、本当にそれを望んでおられますか? 今、周りにはメイドたちと、たくさんのハンターの皆さまがおられます。このたくさんの人が見ている中で、私にキスされて目覚められます? それ、嬉しいですか?」
 クロスの物言いが、どんどん辛辣になってゆく。しかし、それでこそクロスであるとも、言えた。
「今から、五つ数えます。五つ数えても寝ておられたら、私はこの大勢の前でお嬢さまにキスをします。いいですね。では、いち、に、」
 心の準備というものすらさせられない矢継ぎ早なカウントがなされ、そして。
「ムリムリムリ!!!!!」
 眠り姫は叫び声とともにがばり、と起き上がったのであった。



 ダイヤの部屋でこうしたドタバタが繰り広げられている間にも、パーティ会場である大広間には穏やかな時間が流れていた。
「いい茶葉を使っているのう」
蜜鈴=カメーリア・ルージュ ( ka4009 )が紅茶を飲んで微笑んだ。友人である白藤 (ka3768)、ミア (ka7035)とお喋りを楽しみつつ、すっかりくつろいでいる。ダイヤの部屋へは向かわなかった三人だが、彼女たちの耳にも、メイドのたくらみの話は入ってきていた。
「なあなあ、しーちゃん。しーちゃんだったら誰のちゅーで目を覚ましたいニャス?」
 ミアが可愛らしく小首をかしげて、白藤に問う。問われた白藤はゆったりと微笑むと、ミアの唇をそっと指で撫でた。
「せやな……、女性やったら、ミアやろか?」
「えへへへ、恥ずかしいけど嬉しいニャス」
 蜜鈴はそのふたりの様子を微笑ましげに眺めつつ、常に持ち歩いている煙管をくわえ、紫煙を吐き流した。
「キスには魔法が宿ると云うしのう……。戯れる子猫も愛らしゅうて良いが……して、殿方なればその胸に想うは誰で在ったかのう?」
 そうして、ふわり、と香花幻舞にて花弁を舞わせる。赤い椿の花、だ。白藤は、す、と目線を床に落として悩むようなそぶりをした。
「男性か、悩ましいな……うちの想いは重たそうやから」
 そう呟いて、舞い降る赤き椿の花びらに唇を寄せた。形だけは、微笑んでいる唇を。
「しーちゃんだってお姫さまなんニャスよ」
 下に向く白藤の視線をすくい上げるように、ミアが真正面から語りかけた。ぱっちりとした両目で、想いを白藤に伝えようとする。思わず、白藤はその両目を真っ直ぐに見た。きらきらと輝く、ミアの瞳。
「……だから、目を覚ましたらちゃんと王子様に甘えてね、ニャス」
 真正面から見つめ返してくれた白藤に、ミアはあたたかな言葉をかけた。蜜鈴がそんなふたりを愛おしげに眺め、そっと、青い薔薇の花弁を舞わせた。ミアの想いに寄り添う花だった。
 しばらくして、ダイヤの部屋へ行っていたハンターたちが大広間に姿を見せ始めた。ミアが、イルムの姿を見つけてパッと駆けてゆく。
「イルムちゃん、見て見て! ミア、似合うニャス?」
 そう言いながら掲げる左の手首には、鈴蘭のブレスレット。ミュゲの日にイルムから贈られたものであった。
「やあやあ、実によく似合っているよっ! 大切にしてくれているんだね、嬉しいなっ」
 イルムがにっこりと返事をしている様子に、リラ ( ka5679 )も目を細めつつ、ふと、気がついた。
「あれ……? 皆さんだけ、ですか?」
 大広間に入ってきた面々の中に、ダイヤとクロスの姿がない。パーティにダイヤがやってくるのと待って挨拶しようと思っていたリラは、首を傾げた。まさか、目を覚まさないままなのだろうか。
「もう少ししたら、来ると思うぜ」
「パーティに出るためのドレスアップが必要なんだって」
「なんせさっきまで寝ていたんだもんねえ」
 連れだってやってきた鈴太郎と都、遥華の三人がリラの疑問に気が付いて、口々に教えてくれた。
「では、無事にお目覚めになったんですね」
 リラがホッとして尋ねると、三人はくすくすけらけら笑いながら頷いた。
「そう、目覚めたの。聞いてくれる? その目覚めの経緯を」
「はい、是非教えてください」
「ホンット、あのふたりはさあ」
「でもまあ、ダイヤとクロスらしいっちゃらしいんだけどよぉ」
 鈴太郎たちがわいわいと賑やかに事の顛末を話している横を、真とメアリ、サクラが通り抜ける。どの顔も、ホッとした様子だった。
「無事にお目覚めになりましたし、安心して食事を楽しみましょうかね……。せっかくのパーティーですし……」
 サクラが言うと、真もメアリも頷いた。大広間のテーブルには様々な料理や菓子が並び、北谷王子 朝騎 ( ka5818 )などはすでにしっかりと料理を楽しんでいるようだった。メイドたちから頼まれた手伝いを終えていたエンバディもグラスを持ち上げて真たちに挨拶する。朝騎は、この料理が美味しい、などとまるで料理をしたシェフ顔負けにオススメしてくるので、サクラはつい笑ってしまう。
大広間が賑やかになり、くつろいだ雰囲気はそのままながら華やかになった。そうして場が十分にあたたまったころ。
「皆さん、お待たせしました!!!」
 ダイヤが、駆け込んできた。皆が一斉に、彼女の方を向く。栗色の髪を結いあげ、空色のフレアワンピースに身を包んだダイヤは、その名のごとく輝いて見えた。
「HappyBirthdayお嬢さん」
 白藤が、真っ先に祝いの言葉をダイヤにかけると、それを皮切りに、皆、口々に誕生日を祝った。
「ダイヤ君、誕生日おめでとう! よく頑張ったね」
「おめでとうニャス!」
「皆さん、ありがとう!! 心配かけて、迷惑もかけて、ごめんなさい」
 ダイヤがぺこりとお辞儀をする。誰もがそれを笑顔で見守り、そして、わらわらとダイヤの周りに集まった。
「これ、お誕生日のプレゼントです」
 と都が美しいブーケを差し出せば、私も私も、と遥華もプレゼントを取り出す。丁寧にラッピングされたプレゼントの中身は「ダイアモンドスター」だ。
「ぴったりだと思って!」
「ありがとう! 嬉しいわ!!」
 笑顔を弾けさせて喜ぶダイヤに、遥華は悪戯っぽい表情で囁いた。
「魔除けの効果もあるらしいよ。クロスさんが傍にいない時間でも、悪い虫さんが近づけないかもね?」
「えっ!? えええ!?」
 頬を赤く染めて狼狽えるダイヤに、リラがくすくすと笑う。改めて祝いの言葉を述べつつ、リラは気にしていたことを口にした。
「セブンさんはあれから連絡あったのでしょうか……?」
 ダイヤが取り仕切っていたホールからひとり離れ、故郷へ向かったセブンスを、リラは心配してくれていたのだった。
「ううん……、何もないの。でも、私、セブ君はきっとここに帰ってきてくれるって信じようと思って。……忘れちゃってるかもしれないけど、それでも」
「そうですね」
 リラは、ダイヤと頷き合った。セブンスのことを心配してくれている人が自分以外にもいる、ということが、ダイヤにはとても嬉しかった。そしてリラは、心配そうな顔からパッと笑みを作ってぽん、と手を叩く。
「さあ、お誕生日でございますから。僭越ながらお祝いに歌を歌わせていただければ、と思います。騎士で歌姫とも呼ばれた母を目指して練習中なんですよ。良ければ是非聞いてくださいね」
 リラは大広間のどこからでもよく見える場所に立ち、可憐な歌声を、響かせた。
「あら、では私も」
 都がすかさずリュートで伴奏に入り、リラとハモるようにして歌い始めた。それに合わせるようにヴァイオリンの音色も聞こえてきた。メアリが、奏で始めたのである。清楚で上品なドレスを身に着けたメアリの演奏は、聞くだけでなく演奏のその姿も心を明るくするようであった。
 ヴァイオリンを弾きながら、メアリはこっそり、ダイヤとクロスの姿を眺める。ふたりで微笑みあいながら演奏を聞いてくれている姿が幸せそうで、少し、羨ましい気持ちになった。好きな人と幸せになれるのはどんなに素敵なことだろう、と思う。決戦前の本当に一時、こういう優しい時間を過ごせるのは後どれぐらいであろうか。そんな思いが、音色に乗って、流れて行った。



 演奏が続く中、鈴太郎がダイヤに声をかけた。本当は大広間の外に連れ出したかったのだが、誰もがダイヤを祝っている中ではそうもできず、大広間の片隅で、話をさせてもらう。
「よぉ、ダイヤ! ワリィな主役呼び出しちまって」
「ううん。鈴さん、来てくれてありがとう!」
「そりゃ、ダチだかんな! ……あのさ、これダイヤにやるよ。誕生日プレゼント。ダイヤにゃもっと綺麗なのが似合うと思うけど、貰ってくれっと嬉しい」
そう言って、鈴太郎は、いつも着けているチェーンブレスレットを片方外し、ダイヤに差し出した。受け取ろうとしたダイヤの手に、鈴太郎自ら、着けてやる。
「ありがとう! すごく、嬉しい。ふふふ、いつも一緒、って感じね! 私、憧れてたの、こういう、女の子同士のお友だちがよくやるようなこと」
 心から嬉しそうに、ダイヤは笑って、ブレスレットを愛しそうに眺めた。
「喜んでもらえて、よかった。……この前は手伝い行けなくてゴメンな。でも、ダイヤならきっとどうにかするって思ったンだ」
 鈴太郎は、真っ直ぐに言葉をつづった。ダイヤは、その真剣さに少し不思議そうにしつつも、きちんと、頷いて受けとめる。
「オレはダイヤを──ダイヤとダチであるコトを誇りに思う」
 正面からそう言って、鈴太郎はダイヤの手を握った。同じブレスレットをしている手で。



「そういえば」
 パーティもそろそろ終わり、という頃になって、エンバディが声を上げた。
「ところで二人はチューしたの?」
 目覚めのキスはしなかったらしい、ということは、エンバディも聞いていた。だが、その後、パーティ会場へ姿を現す間、しばらくふたりきりの時間があったはずだ、と気がついたのである。
 全員の視線が、ダイヤに集まり、ダイヤは全身を硬直させて何も言えなくなった。と、そんなダイヤを全員の視線から隠すように、クロスが立ち塞がった。そして、すらりとした笑顔を見せると。
「秘密です」
 こともなげに、そう言ってのけたのであった……。

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重体一覧

参加者一覧

  • 母のように
    都(ka1140
    人間(紅)|24才|女性|聖導士
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 天鵞絨ノ空木
    白藤(ka3768
    人間(蒼)|28才|女性|猟撃士
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • 凛然奏する蒼礼の色
    イルム=ローレ・エーレ(ka5113
    人間(紅)|24才|女性|舞刀士
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師
  • 想いの奏で手
    リラ(ka5679
    人間(紅)|16才|女性|格闘士
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 友よいつまでも
    大伴 鈴太郎(ka6016
    人間(蒼)|22才|女性|格闘士
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • 天鵞絨ノ風船唐綿
    ミア(ka7035
    鬼|22才|女性|格闘士
  • 舌鋒のドラグーン
    エンバディ(ka7328
    ドラグーン|31才|男性|魔術師

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アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/06/21 22:59:52