ゲスト
(ka0000)
【血断】世界を見る意味
マスター:猫又ものと

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/06/24 19:00
- 完成日
- 2019/07/07 15:24
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●戸惑い
「彼らは邪神の討伐を選んだの」
黙示騎士の居城たるサルヴァトーレ・ネロの展望室でバニティーが発した言葉に、テセウスは目を見開いた。
「どう、して……?」
隣に立つクリュティエ(kz0280)の震えた声。いつも冷静な妹が、動揺しているのが分かる。
「それはハンターにしかわからないよ」
バニティーは窓の向こうの星々を眺めながら、クリュティエと目を合わせずに言う。
「もし、気になるのなら……ハンターと直接話して答えを聞く以外ないんじゃないかな」
淡々と、バニティーは言う。
「ハンターズソサエティはリゼリオにある。そこに行けば確実にハンターと話せると思うよ」
「でも……、負のマテリアルの影響はどうする? リゼリオは都市だ。無用な混乱を我は招きたくない」
「そこはわたしの虚飾の能力でどうにかしてあげる。2時間くらいは持続するはずだから、その間に話せばいいでしょ? 転移はテセウスに頼めばいい」
「……すまない。我は行ってくる」
「謝ることないよ。きっと、戦いが本格的になってしまえば──挨拶をする時間もないから」
「……分かった。リゼリオまで送るよ。クリュティエ、おいで」
頷き、震える妹の手を取るテセウス。彼はバニティに呼び止められて振り返る。
「……何? バニティー」
「テセウスも、今のうちに話してきた方がいいんじゃないかな」
「何でそう思うの?」
「テセウスは、何度もハンター達と交流してるって聞いたよ。何か思うことがあるなら、話しておいた方がいいよ。後悔、しない為にも」
それに無言を返すテセウス。
――彼は、ハンター達と話していたからこそ、彼らに恭順の意思がないことを理解していた。
クリュティエにもそれは伝えたけれど、それでも彼女は……願いが叶うことを祈り続けていた。
クリュティエの気持ちも分かるし、ハンターの気持ちも何となく分かる。
それでも……。あの人の声が頭から離れない。
――いいかい? テセウス。もう一度言うから覚えておいて。黙示騎士の誰か1人が倒れたその時は、君が代わりにその座に就いて……黙示騎士として邪神ファナティックブラッドを守り、神の意思を遂行するんだよ。
――もう十分、黙示騎士としてやっていける。……あとは、頼んだよ。
そう。俺は、シュレディンガー様の遺志を継がないといけない。
だから……。
「……バニティーの気持ちは嬉しいけど。これ以上話したって、きっといいことはない。このまま別れた方がいいんだよ」
呟くテセウス。
……今自分がどんな顔をしているか、テセウスは解っているのだろうか。
バニティ―はそう思いつつも、無言で新米黙示騎士を見送った。
●世界を見る意味
――その日のリゼリオは雨だった。
「2時間経ったら迎えに来るよ」
青い顔で頷くクリュティエ。彼女をソサエティの前まで送ると、妹の頭を撫でて背を向ける。
このまま帰ろうかと思ったけれど……テセウスは、ふらりとリゼリオの街を歩く。
バニティ―が虚飾の能力で覆ってくれたし、自分自身も負のマテリアルを抑える方法を覚えた。
……少しくらいなら、大丈夫かな。
……きっとここを見るのも最後になるだろうから。
そう考えると、胸に微かな痛みが宿る。
それが、どうしてなのかはよく分からない。
でも、痛いのは嫌いだ。
足早に道を行く人々。市場から聞こえる声。雨に濡れる街。
今日もこんなにも、世界に生きる命は『暖かくて』『キレイ』だ。
――こんなこと知りたくなかった。知らない方が良かった。
命の営みが、こんなにキレイであることも。
お友達と話すことは楽しいことも。
皆で食べる食事が美味しいということも。
決別する運命が変えられないのなら、辛いだけじゃないか。
だったら何も知らないまま、世界を壊すことに心酔できていた方が幸せだった。
……分からない。
知ったら痛い思いをするだけなのに。
シュレディンガー様は何を思って俺に『世界を見ろ』と言ったのか。
世界を濡らす雨すらキレイで、テセウスはぼんやりと空を見上げた。
●雨の日のリゼリオ
「……あの、すみませんハンターさん。ちょっとお願いしてもいいですか?」
人が多く集まるハンターズソサエティ。傘を複数持って歩み寄って来たソサエティ職員、イソラがに首を傾げる。
「……どうかしたのか?」
「はい。先ほどクリュティエさんがこちらにいらしたんですけど、その時テセウスさんも一緒だったんです。ハンターさんに会って行かれますか? って聞いたんですけど、『俺はいいよ』と言って、そのまま傘も持たずに行ってしまって……」
「……テセウスが? その後どこに行ったか分かってるの?」
ハンターの問いに首を振るイソラ。
そのまままっすぐ帰っていればいいが、リゼリオの街を1人でフラフラしている可能性もある。
「それ、放っておいたらマズいんじゃないのか? あいつあれでも黙示騎士だし」
「そうなんです。申し訳ないんですが、テセウスさんを探して、もしリゼリオ内にいらっしゃるようなら監視をお願いできますか? もし見つからないようでしたらそれはそれで構いませんので」
「分かったわ」
「あと、これ……もしテセウスさんがいらしたら渡してあげてください。私の私物なので、返す必要ないからって」
イソラから傘を受け取り、頷くハンター達。
――雨は止むことはなく、その勢いを増していた。
「彼らは邪神の討伐を選んだの」
黙示騎士の居城たるサルヴァトーレ・ネロの展望室でバニティーが発した言葉に、テセウスは目を見開いた。
「どう、して……?」
隣に立つクリュティエ(kz0280)の震えた声。いつも冷静な妹が、動揺しているのが分かる。
「それはハンターにしかわからないよ」
バニティーは窓の向こうの星々を眺めながら、クリュティエと目を合わせずに言う。
「もし、気になるのなら……ハンターと直接話して答えを聞く以外ないんじゃないかな」
淡々と、バニティーは言う。
「ハンターズソサエティはリゼリオにある。そこに行けば確実にハンターと話せると思うよ」
「でも……、負のマテリアルの影響はどうする? リゼリオは都市だ。無用な混乱を我は招きたくない」
「そこはわたしの虚飾の能力でどうにかしてあげる。2時間くらいは持続するはずだから、その間に話せばいいでしょ? 転移はテセウスに頼めばいい」
「……すまない。我は行ってくる」
「謝ることないよ。きっと、戦いが本格的になってしまえば──挨拶をする時間もないから」
「……分かった。リゼリオまで送るよ。クリュティエ、おいで」
頷き、震える妹の手を取るテセウス。彼はバニティに呼び止められて振り返る。
「……何? バニティー」
「テセウスも、今のうちに話してきた方がいいんじゃないかな」
「何でそう思うの?」
「テセウスは、何度もハンター達と交流してるって聞いたよ。何か思うことがあるなら、話しておいた方がいいよ。後悔、しない為にも」
それに無言を返すテセウス。
――彼は、ハンター達と話していたからこそ、彼らに恭順の意思がないことを理解していた。
クリュティエにもそれは伝えたけれど、それでも彼女は……願いが叶うことを祈り続けていた。
クリュティエの気持ちも分かるし、ハンターの気持ちも何となく分かる。
それでも……。あの人の声が頭から離れない。
――いいかい? テセウス。もう一度言うから覚えておいて。黙示騎士の誰か1人が倒れたその時は、君が代わりにその座に就いて……黙示騎士として邪神ファナティックブラッドを守り、神の意思を遂行するんだよ。
――もう十分、黙示騎士としてやっていける。……あとは、頼んだよ。
そう。俺は、シュレディンガー様の遺志を継がないといけない。
だから……。
「……バニティーの気持ちは嬉しいけど。これ以上話したって、きっといいことはない。このまま別れた方がいいんだよ」
呟くテセウス。
……今自分がどんな顔をしているか、テセウスは解っているのだろうか。
バニティ―はそう思いつつも、無言で新米黙示騎士を見送った。
●世界を見る意味
――その日のリゼリオは雨だった。
「2時間経ったら迎えに来るよ」
青い顔で頷くクリュティエ。彼女をソサエティの前まで送ると、妹の頭を撫でて背を向ける。
このまま帰ろうかと思ったけれど……テセウスは、ふらりとリゼリオの街を歩く。
バニティ―が虚飾の能力で覆ってくれたし、自分自身も負のマテリアルを抑える方法を覚えた。
……少しくらいなら、大丈夫かな。
……きっとここを見るのも最後になるだろうから。
そう考えると、胸に微かな痛みが宿る。
それが、どうしてなのかはよく分からない。
でも、痛いのは嫌いだ。
足早に道を行く人々。市場から聞こえる声。雨に濡れる街。
今日もこんなにも、世界に生きる命は『暖かくて』『キレイ』だ。
――こんなこと知りたくなかった。知らない方が良かった。
命の営みが、こんなにキレイであることも。
お友達と話すことは楽しいことも。
皆で食べる食事が美味しいということも。
決別する運命が変えられないのなら、辛いだけじゃないか。
だったら何も知らないまま、世界を壊すことに心酔できていた方が幸せだった。
……分からない。
知ったら痛い思いをするだけなのに。
シュレディンガー様は何を思って俺に『世界を見ろ』と言ったのか。
世界を濡らす雨すらキレイで、テセウスはぼんやりと空を見上げた。
●雨の日のリゼリオ
「……あの、すみませんハンターさん。ちょっとお願いしてもいいですか?」
人が多く集まるハンターズソサエティ。傘を複数持って歩み寄って来たソサエティ職員、イソラがに首を傾げる。
「……どうかしたのか?」
「はい。先ほどクリュティエさんがこちらにいらしたんですけど、その時テセウスさんも一緒だったんです。ハンターさんに会って行かれますか? って聞いたんですけど、『俺はいいよ』と言って、そのまま傘も持たずに行ってしまって……」
「……テセウスが? その後どこに行ったか分かってるの?」
ハンターの問いに首を振るイソラ。
そのまままっすぐ帰っていればいいが、リゼリオの街を1人でフラフラしている可能性もある。
「それ、放っておいたらマズいんじゃないのか? あいつあれでも黙示騎士だし」
「そうなんです。申し訳ないんですが、テセウスさんを探して、もしリゼリオ内にいらっしゃるようなら監視をお願いできますか? もし見つからないようでしたらそれはそれで構いませんので」
「分かったわ」
「あと、これ……もしテセウスさんがいらしたら渡してあげてください。私の私物なので、返す必要ないからって」
イソラから傘を受け取り、頷くハンター達。
――雨は止むことはなく、その勢いを増していた。
リプレイ本文
ヒトは声から忘れていく、と誰かが言っていた。
でもあの人の声は、今でもハッキリと思い出せる。
――最期に一つだけ。テセウス、世界を見るんだ。ニンゲンも、世界の在り方も……そうすれば、きっと君は――。
……シュレディンガー様。世界を見たら、一体俺はどうなるんですか。
こうして見続けることに、一体何の意味があるんですか。
あの人から受け継いだ能力は、転移能力だけじゃない。
この瞳に宿る『力』が、一体何の役に立つのか。俺は未だに分からない。
世界を見て、知ったことも沢山あった。
ハンター達にも色々と教えてもらった。
けれど――その果てに自分が得たのは、理由の分からない胸の痛みだ。
分からない。世界を知れば知る程、分からなくなる。
あの人の遺言を、望みを。果たさなくてはいけないのに。
――俺はどうしたらいい?
何をしたらいい?
シュレディンガー様。俺は……。
リゼリオの街は、しとしとと雨が降り続けている。
止みそうもないそれを見上げて、アルスレーテ・フュラー(ka6148)はため息をつく。
「まーた面倒なことになってるわね……」
「テセウス、この雨の中、どこに行ったのかな」
「傘持ってないんでしょ? 濡れたら風邪ひいちゃうね」
「そもそも歪虚は風邪を引くのでしょうか……?」
心配そうなシアーシャ(ka2507)。
頷く夢路 まよい(ka1328)にフィロ(ka6966)が素朴な疑問を漏らす。
降り続く雨の中へ、アルマ・A・エインズワース(ka4901)は傘もささずに踏み出す。
「アルマ。傘くらいさしたら?」
「……いえ、僕は傘、いらないです」
ラミア・マクトゥーム(ka1720)に呼び止められて振り返るアルマ。
テセウスを探すのに、傘をさしていたら視界が遮られて邪魔になる。
それより急いで探してあげないと――。
「手分けして探した方が良いでしょうか?」
「うん。……多分、だけど。テセウスは眺めの良い場所にいるんじゃないかな」
小首を傾げるエステル・ソル(ka3983)に目線を送るキヅカ・リク(ka0038)。
キヅカ自身、これまでにテセウスと関わりがあった訳ではないけれど。
テセウスは、シュレディンガーに『世界を見ろ』という遺言を託されていた。
きっと彼は、こんな状況であってもそれを果たそうとするだろう、と。
そう続けたキヅカに、ルシオ・セレステ(ka0673)はこくりと頷く。
「……そうだね。あの子は人々を見渡せる場所にいるんじゃないかな」
「ジャア、そういう場所を重点的に探すとしようカ」
傘を手に、濡れた路面を軽やかに歩き出すアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)。
その背を、仲間達も追いかける。
テセウスを探し、リゼリオの街中を手分けして探していたハンター達。
その姿を一番最初に見つけたのは、街中をママチャリで爆走していたアルスレーテだった。
赤毛の青年は、雨に打たれたまま高台にある塀に腰掛けて、街並みをじっと見つめている。
その様子を眺めていたアルスレーテは、リクとルシオの予想通りだったわね……なんて思いながら、新米黙示騎士に声をかけた。
「馬鹿と煙は高いところが好きっていうけど……。あなたそんなところで何してんのよ」
聞き覚えのある声に振り返るテセウス。若草色の瞳が彼女を捉える。
「……何だ。姉さんか」
「何だとは何よ。雨の中わざわざ探しに来てやったのに」
「探してくれなんて頼んでないよ」
「あらそう。可愛くないわねー。ああ、そこから動くんじゃないわよ。今皆呼ぶから」
「……ところで姉さん、濡れて服透けてるけどいいの?」
「ちょっとあなたどこ見てるワケ?! セクハラじゃない!」
「別に見たくて見たワケじゃないし。教えてあげただけでしょ」
「うっさいわよ! ちなみに中に着てるのは水着です残念でした!!」
ギャーギャーとやり合う2人。その声に気づいたフィロもやって来る。
テセウスもアルスレーテもずぶ濡れであることを確認すると、徐に通信機を手にする。
「こちらフィロです。テセウスさんを発見しました。……申し訳ないんですが、タオルを多めに持ってきて戴いても宜しいですか? ……はい。傘はありますので。……はい。お願いします」
その通信を聞き、真っ先に姿を見せたのはアルマだった。
走って来たのか、珍しく肩で息をしている。
彼は塀に駆け上がったかと思うと、そのままテセウスの首根っこを掴む。
「ちょっ……!? 何すんの!?」
問答無用で塀から降ろされ、声をあげるテセウス。それに無言を返して、アルマはズルズルと新米黙示騎士を引きずっていく。
屋根のあるところまで来ると、そのままテセウスに腕を回して引き寄せた。
「アルマさん、何……」
「なんで会わずに行っちゃうですか……!? どうして何も言ってくれないんです! 僕たちトモダチでしょう?」
言葉を遮り、テセウスの肩に顎を乗せたまま喋るアルマ。今度はそれに、テセウスが無言を返す。
「いきなり戦場で会って、黙って君と殺しあえって……そういうのが、一番、ひどいです……!」
「そんな事言ったって……これ以上話したって、何も変わらないじゃないか」
ぼそりと呟くテセウス。それでも、アルマを振り払うようなことはしない。
そんなことをしているうちに、仲間達が集まって来た。
歩み寄って来たルシオは、アルマとテセウスをそっとタオルで包み込む。
「二人ともずぶ濡れじゃないか。これできちんと拭きなさい。ほら、アルスレーテも」
「……全く。何やってんのさ。傘くらい差しなよ。バカ」
アルマとテセウスの様子を見て、呆れたようにため息をつくラミア。
魔箒から降りたエステルがかくりと首を傾げる。
「お二人は仲良しさんです?」
「そうねー。ずぶ濡れの男2人が抱き合ってるって、これはこれで美味しいシチュエーションなのかしらね」
「そうなのですか?」
「ジャア、魔道スマートフォンで写真を撮っておこうカ」
受け取ったタオルで頭を拭きつつ意味深な笑みを浮かべるアルスレーテに、首を傾げるフィロ。アルヴィンがにこにこと魔道スマートフォンを構える。
リクは慌ててツッコミを入れた。
「いやいや、今そういう話してないし、そっちの方向はマズいからね???」
「とにかく、ここで立ち話も何だし、場所移動しない?」
「そうだね。このままじゃ凍えちゃうし。テセウス、行こ?」
まよいの提案に頷くシアーシャ。テセウスに向けて、手を伸ばす。
彼は暫く無言で考えていたが……おずおずと、シアーシャの手を取って立ち上がった。
それから、ハンター達は、そこからほど近い宿屋の一室を借りた。
フィロがハンターオフィスに行こう、と提案したものの、『クリュティエがハンター達と対面しているのを邪魔したくない』とテセウスが訴えた為、急遽別な場所を手配したのだ。
ずぶ濡れになったハンターとテセウスを見て同情した宿屋の主人は、部屋着を貸してくれ――着替えて、自分達の濡れた服を干して……ようやく一息ついた。
「ほら、温かい紅茶を貰って来たよ。皆で飲もう」
「はい、いつもの。とりあえずこれ食べなさいな」
「私もクッキーを持参致しましたのでどうぞ。……あぁ、申し遅れました。フィロと申します。以後お見知りおきください」
紅茶を配るラミア。ツナサンドを差し入れるアルスレーテに、フィロが続いて……エステルがぴょこん、と淑女のお辞儀をした。
「エステルです。宜しくお願いしますです」
「僕も自己紹介がまだだったね。リクだよ」
「私はまよい! 気軽に呼び捨てでいいよ!」
「僕はアルヴィンだヨ。宜しくネ」
「……どうも」
自己紹介をするハンター達を順番に見て、頷くテセウス。
その様子を見て、少し、顔つきが変わって来たかな……とルシオは思う。
以前は少年のようなあどけなさがあったが、今はより青年らしくなったというのだろうか。
――世界を見ることで、成長をしたのかもしれないな……。
彼女がそんなことを考えている間にも、アルスレーテの声が室内に響く。
「で? テセウスは何あんなところでセンチメンタルな雰囲気醸し出してたわけ?」
「……きっとここを見るのも最後になるだろうから。見ておこうと思ったんだ」
「何で最後になると思ったの? 誰かにそう言われたの?」
続いたシアーシャの問い。それにテセウスは首を振る。
「言われた訳じゃない……でも、君達はファナティックブラッドの討伐を選んだでしょ。俺は黙示騎士として邪神ファナティックブラッドを守り、神の意思を遂行しないといけない。……俺と君達は決別したんだよ。今更会って話したって、何も変わらないよ」
「テセウス君……」
新米黙示騎士の言葉に、悲し気に眉根を寄せるアルマ。リクは考え込みながら、言葉を選ぶようにして口を開く。
「……その事なんだけどさ。僕達は確かにファナティックブラッドの討伐を選んだけど、別に君達黙示騎士と敵対するつもりはないんだ」
「は? どういうこと?」
「僕達が狙っているのは、ファナティックブラッドを狂わせている部分だよ。ファーザーを苦しめ、ファナティックブラッドが内包する世界を苦しめている”反動存在”を討伐したいんだ。ファーザーやファナティックブラッド自体を壊したい訳じゃない」
「ファナティックブラッドを構成する一部を破壊し、正常な働きに戻す……これであれば、私たちは敵対しなくても良いのではないですか?」
リクとフィロの言葉に、ポカンとするテセウス。信じられない、というように首を振る。
「言ってることが滅茶苦茶だよ。……そんな事、出来ると思ってるの?」
「それは分からない。分からないけど……やってみなければ、どんなことも実現しない」
きっぱりと断言したリクを目を丸くして見つめ返すテセウス。
ルシオも、ため息交じりに言葉を紡ぐ。
「……私たちの成そうとしていることは、『討伐』の一言で表すにはとても難しい。でも、テセウス。今まで世界を見て来た君なら分かるだろう。世界に、何一つ同じものはなかった筈だ。人の心も考えも……違うものを少しずつでも掬える様にと出した結果だと思う。勿論根底は少なからず私達本位だけどね」
「ねえ。聞かせて欲しいんだけど。テセウスはどうしたい?」
「ラミアさん……。俺はさっきも言ったでしょ。黙示騎士として役目を……」
「それは、『黙示騎士』のテセウスの考えだよね。『テセウス』自身の考えはどうなの? やっぱり、あたし達が憎い……?」
ラミアの問いに、うぐ、と言葉に詰まるテセウス。
ハンター達から目線を外して、弱々しく呟く。
「……分からないんだ」
「何が、分からないです……?」
気遣うように言うエステルに、テセウスは肩を竦める。
「全部だよ。俺は自分がどうしたいのか。何でシュレディンガー様は死を選んだのか。シュレディンガー様の遺言の意味も……」
「……それが分かれば、テセウスさんの答えは出るですか?」
「どうかな。少なくとも、モヤモヤした気持ちはなくなるのかも」
その答えに振り返って仲間を見つめるエステル。アルヴィンとまよいが、こくりと頷いて……。
「テセウス君。シュレディンガーは消えて行く時、実は君にだけじゃなくて……ハンターや、他の人にも色々と言葉を遺してるんだヨ」
「それが、私たちの……ハンターズソサエティに記録として残ってるの。テセウスさえ良ければ、だけど。ちょっとそれ読んでみない?」
それからテセウスは、まよいが持ってきたシュレティンガーの最期の記録の写しを読んだ。
文字を勉強中である彼には読めないところもあって……それはアルマやアルヴィン、フィロが根気強く丁寧に解説を入れて読み進めて――。
アルスレーテとフィロの差し入れが全部なくなり、ルシオが3杯目の紅茶を運んで来たところで、ようやく記録を読み終えた。
「……この記録を読んで、テセウス君はどう思いました?」
「……ごめん、ちょっと……混乱してる」
恐る恐る尋ねるアルマに、テセウスの若草色の瞳が困惑に揺れる。
ここにきて初めて、親も同然の存在の死の事実を知ったのだ。
混乱するのも無理はない……。
リクはテセウスの隣に座って、うんうんと頷く。
「そうだろうね。ちょっと、整理してみようか」
「……シュレディンガー君を黄泉路に送ったのは、僕の友人なんだヨ。この時のやり取りと、シュレディンガー君の想いを、僕なりに話してみようカ。もう本人はいない以上、受け取った者の推測で語るしかないケレドね……」
静かに、言い聞かせるように口を開くアルヴィン。
――シュレディンガーは黙示騎士の中でも古株だったと聞いている。きっとそんな中で、色々なモノや人を見て、見続けて……。
その果てに出会ったのが、ドナテロという男だったのだろう。
彼の歪みのなさ、正義感……純朴さ。ただただ、人を人として守ろうとする姿。
そして、ドナテロという人物を通して、世界やヒトというものを『見た』。
「だから彼は……ドナテロ議長に惹かれたんだろうネ。好きで、好きだから少しでも長く生きていて欲しくて――邪神に与している以上は敵でしかない事も解っていて、ソレでも好きだと言うことに、気付けたのでは無いカナァ」
大人しく話を聞いているテセウスを見つめるアルヴィン。
善悪というのは曖昧で、お互いの掲げる『義』が違うだけなのだろう。
人の数だけ、その人の譲れない『義』がある。
お互いに護りたいモノが違うから争う。生きて想いを持つモノなら誰しもそうで。
掲げるものが違うだけで、敵だからといって嫌いにならなければいけない訳ではないのだ。
――彼の友人も、きっとシュレディンガーにそういうことが言いたかったのだろう。
敵だからといって諦めず、想うモノは違っても好きだと思えるなら。
お互いの意志を尊重しつつ、寄り添うこともできたかもしれない。
最初から諦めないで、話してみれば、違う道もあったかもしれない、と。
「シュレディンガーさん、昔ファーザーさんを説得しようとしてたって聞いたです。……でも、止められなかったって。だからあの人も止まれなかったのかな、って」
アルヴィンの言葉を補うように、独りごとのように呟くアルマ。
ファーザーの説得に失敗し、邪神の望みを叶えるべく、途方もない時間を過ごして来たシュレディンガーは、『あたたかいもの』に触れて影響は受けたものの、生き方を変えることは出来なかったのだろう。
長い間の観測で薄れてしまった自分の自我。
ヒトが好きだと気づいても引き返せないところまで来てしまった。
だから……きっと。これ以上、『好きなものを傷つけない為に』彼は退場する道を選んだのではないか――。
今憶測を語っているアルヴィン自身、あらゆる事象において傍観に回ることが多く、今回の一件もただ興味があったから、という理由でやって来ていた。
テセウスという存在について、思うところはあまりない。
彼がどういう方向に進むかは、彼自身が決めれば良いことだ。
ただ……テセウスという存在が、人と交流し、自身で判断し、成長していくというのなら――それは『ヒト』と同質の存在だと言えるのではないか?
……だからこそ、彼もヒトも面白いと、アルヴィンは思うのだ。
アルヴィンの語りにこくこくと頷きながら、エステルも口を開く。
「わたくしは、この一件を報告書でしか知りませんが、シュレディンガーさんとドナテロさんには特別な絆があったように思えます」
でも、何もかもが遅すぎて、シュレディンガーには選択肢が残されていなかった。
だからこそ『選ぶ』機会を、テセウスにあげたかったのかもしれない。
「世界を美しいと感じて、楽しいと知って、人と一緒に生きていける明日を……あの人も夢見たのかなって……」
「でも、あの人はちゃんと黙示騎士として働いてたよ。他の黙示騎士とも上手くやってたし、仕事にも一生懸命で……ヒトが死ぬのも仕方ない、不可抗力だって」
エステルから紡がれる美しい言葉に、まとまらない思考を口に出すテセウス。
だって。あの人はいつでも任務の遂行に心を砕いていた。
俺が分からないようなすごい計画を立てて、邪神の望みが叶うように、いつだって……。
それを黙って聞いていたまよいは、テセウスの顔を覗き込む。
「……ずっと、矛盾を抱えてたんだと思うよ。記録の中に、シュレディンガーがクリュティエやテセウスを生み出した理由っていうのがあったでしょ。カレンデュラが人類と共存できた歪虚だったから、それが羨ましくてクリュティエを生み出して……自分の手で『ハンター』を生み出せば、ヒトを理解できると思って、テセウスを生み出したんだって」
「共存が、羨ましい……?」
「うん。そう感じるってことは、どういうことか分かる? テセウス。シュレディンガーも、自分では気づいていなかったけど、心のどこかでそれを望んでたってことだよ。だから……テセウスが世界を回れば、それを好きになっちゃうこと、分かっててそんなことを言ったんじゃないかな」
「……そういえば、俺、シュレディンガー様が消える時に、貴方が好きだから消えて欲しくないって言ったんだ。そしたら、シュレディンガー様……『好き』っていう感情知ってるのか、僕よりずっと賢いって……」
震えるテセウス。彼が少しでも落ち着くようにと、シアーシャはその手をきゅっと握る。
アルスレーテはため息をつくと、渾身のデコピンをテセウスにお見舞いした。
「いたっ。姉さん痛い!」
「あーもー。グダグダ悩むんじゃないわよ。私はシュレディンガーじゃないし、子持ちになったこともないから親の気持ちもわかんないけども。貴方に遺された言葉は、単に子育ての一環でしょう?」
「……子育て?」
「そーよ。あなたもクリュティエも、シュレディンガーの子供みたいなもんじゃない。ただ黙示騎士っていう足りないピースを補って欲しいだけなら、そんな言葉遺さないでしょうよ」
「そうだね。シュレディンガーが君に望んだことは、人の親が子に望むことだ」
アルスレーテの言葉を継いだルシオ。
テセウスの真っ直ぐな目線を受け止める。
「……人の親が子に望む事はね、ただ元気で生きてくれること。そして自分を超えてくれることだよ」
「シュレディンガー様を、超える?」
「そう、きっとね。君は世界を見て来たのだろう? 何も知らない、まっさらな心の時分から。……親の言葉そのままに従う必要は無い。超え方を、叶え方を自分で考えて示すなら……彼もきっと頷いてくれるんじゃないかな」
ルシオの言うことを反芻しているのか、無言になるテセウス。
そこにアルマが畳みかける。
「ねえ、テセウス君。君はファナティックブラッドがしようとしていることを、どう思ってますか? ……『庇って傷つけないだけ』が、守るって事ですか?」
「それは……。正直そこまで考えたことなかった。ただ、シュレディンガー様の言う通りにすればいいと思ってたから」
「シュレディンガーさんが君に託したのって、そういうんじゃないって思うです。君に世界を見せて……本当は邪神が何を守りたかったのか。知ってほしかったんです、きっと」
日々違う輝きを見せる世界。
雲一つ見たって、同じものは何一つない。紡がれる歴史や、命の輝き……そういうものを、ファナティックブラッドは守りたかったはずなのだ。
でも、狂い果てた今の邪神では――取り込まれたら、世界から『始まり』も『終わり』も消えてしまう。
それは、幸せなこととは言えない。どうしたらテセウスに伝わるだろう。
リクは必死に頭を巡らせながら、口を開く。
「ねえ、テセウス。僕たちのやること全てに同意してほしいとは言わない。そんなのは無理だって分かってる。僕たちだって、黙示騎士達がやってること全てに同意することなんてできないから。それでも……一時的でもいいから、手を取り合うことは出来ないかな」
「部分から全体を知ることは難しくても、知ろうとし続けることで理解できることがあります。仲間を助け世界をより良く……と言う願いは、テセウス様も私達も持つ願いです。立場陣営を尊重しあっても、それを超えて出来ることがあるかもしれないと、今日テセウス様やクリュティエ様を見て思いました」
「うん。僕もフィロの言う通りだと思う。……色々難しいこと言って混乱させてると思うけど……君は何かを受け継ぎ、託すこと……きっとそれを、誰よりも知っていると思うんだ。シュレディンガーの託した想いも、君の願いも、なかったことになんてしたくないんだよ」
フィロの涼やかな声に頷くリク。アルマが更に、抱きつくような勢いでテセウスに迫る。
「ねぇ、テセウス君。僕らと一緒に、邪神を救いに行きませんか? 本当の願いもわからなくなって、止まり方も忘れちゃった、あの可哀想な神様を」
世界の救済を望みながら、全てを破壊するモノになり果てた神。
人との共存を願いながら、その願いを叶えることが許されなかった黙示騎士。
きっとそこにあったのは純粋な願いであった筈なのに――。
仲間達の必死の説得を、難しい顔をして聞いているテセウス。それを、ラミアは複雑な気持ちで見つめていた。
――好きになった人と、同じ顔。以前はそれが許せなかった。
けれど、いつの間にか『好きな人と同じ顔をした奴』、から『テセウス』という個人で見るようになっていた。
仲間達の紡ぐような、上手な説得方法なんて思いつかない。
ただ……この赤毛の黙示騎士と、戦いたくはない、と思っている。
……きっとそれは、願ってはいけないことなのだと理解しながら。
――テセウスはどうなのだろう。
仲間達の話を聞いた状態の彼であれば、違う言葉を聞けるのだろうか?
だから、もう一度。彼に問いたい。
「ねえ。テセウス。繰り返しになるけど……今まで見てきたモノを、皆と見せてきたモノを……『テセウス』はどうしたい? 皆の話を聞いた今なら、判断がつくんじゃないのかい?」
「俺は……」
「シュレディンガーに言われたっていうのは、なしね。誰の意見でもなく、アンタ自身が決めな」
ラミアの言葉に顔を上げたテセウス。
……さっきとは、顔つきも反応も違う。
言いたいことはあるけれど、言っていいのか迷っているように見える。
それを察したエステルとシアーシャが、彼の決意を促すように言葉を続ける。
「どの道を選んでも、得るものと失うものがあります。どの道にするかは、テセウスさんが自分の意志で決めていいんです」
「テセウスにとってのいちばんは、何? それはどうして? いちばんのためなら、他の好きなものは、諦められる?」
きっと世界を見なければ、『ヒト』という一括りにした顔のない存在を壊すだけでよかった。
テセウスは迷わずに、ただ『黙示騎士』として生きていけたのだろう。
でも、もう彼は知ってしまった。『心』を得てしまった。
何も考えずにいるのは楽だ。だが、それでは、心を持ってる意味がない。
感じて、考えて、選ぶ自由を。シュレディンガーはテセウスに与えたかったのだろう、
『世界を見ろ』という遺言もその為。自分の手から離れて、彼自身の力で羽ばたけるように――。
「……選ぶのは難しいし、苦しいよね。でも、あなたはハンターのコピーじゃない。『テセウス』っていう名前と意思を持った存在になったんだよ。生きるって言うのは、迷って悩んで……選択を続けていくことなんじゃないかな。それは無駄にはならないし、テセウスの力になると思うの」
シアーシャの重ねられる言葉に、目を閉じるテセウス。
……ああ、そうか。言われてみれば簡単なことだった。
シュレディンガー様は、俺の『好き』を否定しないどころか褒めてくれた。
ハンターに復讐しろだなんてひと言も言わなかった。
それも全部……俺に『自分で見て、考えて欲しかった』からだったんだ――。
再び目を開けた彼は、意思を漲らせた瞳でハンター達を見据えた。
「俺、決めた。ハンターさんとは敵対しない。全面的には無理だろうけど、できる限り協力はする。あと、並行して黙示騎士達にも協力する」
「ハァ!!?」
彼のトンデモ発言に素っ頓狂な声をあげたラミア。
テセウスと敵対しないで済むのは有り難いが、黙示騎士にも協力するっていうのは大分無茶があるんじゃ……?
まよいも目を丸くしてテセウスを見つめ返す。
「それは嬉しいけど……そんなことして大丈夫なの?」
「分かんない。でも、俺がやりたいようにやっていいんでしょ? だったら、そうする。皆と協力しながら、世界も見続ける。俺は何一つ諦めたくない」
「アハハハハ。これは面白いことになったネ」
「……随分と大胆な選択をなさいましたね」
「そうかな。俺、あなた達結構好きだよ。世界も好きなんだと思う。でも、クリュティエや黙示騎士達も大事な仲間で……きっと俺が抜けたら困ると思うんだ」
新米黙示騎士の決断を笑いながらも理解を示すアルヴィン。フィロに若干驚きは混じっているが、否定する気はないのだろう。
笑顔を返すテセウスに、リクは苦笑する。
「仲間が困る、か……そう言われちゃうと、僕としても止めようがないなー」
「黙示騎士達のことも、シュレディンガー様の選択も、否定したくないと思ったんだ」
「そっか。僕も結局さ、大切な人が死んで…4年経った今も忘れられずにいる。この想いは……吹っ切れないよ。だから、抱えていくしかないんだ」
「うん。私もね、ハンターになる前は外の世界をまるで知らなかったの。ご本の中の物語が、私の知ってる全てだったんだけど……実際に外の世界に出てみて、なんて素敵なんだろうって思ったわ。テセウスも、同じように感じてくれたなら、私も嬉しい」
リクとまよいの言葉に、真顔で頷くテセウス。
その頃に芽生えた、世界が好きだという思いが……まよいが世界を護ろうって思ったきっかけだから。
テセウスも同じように思ってくれたら、こんなに素敵なことはないと思う。
「テセウスの望みは実行しようと思ったらすごく大変だけど、応援するから! 困ったことがあったら言ってね!」
「うん。ありがとう、シアーシャさん。ねえねえ、ちょっとこっち来て」
「なーに?」
テセウスに手招きされて、トコトコと歩み寄るシアーシャ。
小首を傾げて彼を見上げると……両腕をぐいっと引っ張られて、テセウスが急接近したと思った矢先に、額に冷たいものが触れる。
それがテセウスの唇であると理解する前に、般若の形相になったアルスレーテから彼の頭に拳骨が落ちた。
「いった!! 姉さん何すんの!?」
「それはこっちの台詞! 許可なくレディにそういうことしちゃダメでしょ!」
「あ、そうなの? でも、何かそうしたいと思ったから」
へにゃ、と人懐っこく笑うテセウス。事態をようやく理解したシアーシャの頬が赤く染まる。
「テ、テセウス。何でそうしたいと思ったのかはともかく、こういうことは誰にでも気軽にしちゃ駄目だよ……?」
「何で?」
「何でって、こういうことは好きな人としないと」
「じゃあ問題ないね。俺、シアーシャさん好きだもん」
続いたテセウスの言葉に耳まで赤くなるシアーシャ。
彼はまだ幼いし、この『好き』に深い意味はないんだろうと思う。
そう思うけど、見た目は大人な訳で、こういう愛情表現の仕方をされると心臓が持たない訳で……!
言葉に詰まるシアーシャの代わりに、エステルがピシャリと言い放った。
「そういうことは、『特別な好き』な人じゃないとダメです!」
「特別な好き……?」
意味が分からないのか小首を傾げるテセウス。アルマはんー……と考えながら助け舟を出す。
「えっと、テセウス君は僕のこと好きです?」
「うん。アルマさん好きだよ」
「じゃあ、僕にシアーシャさんと同じことしたいと思います?」
「んー……? 思わない、かも?」
「その違いが何なのか。良く考えてみるといいと思うです」
「はーい、先生」
「うん。テセウス君はいい子です!」
テセウスをぎゅっと抱きしめて、わしわしと頭を撫でるアルマ。
その様子を、仲間達がじっとりとした目で見ている。
「……テセウスって子供って聞いてたけど、僕と大して変わらない感じじゃん」
「以前はもっと子供だったんだよ……」
「これも成長って言うのかな……」
ひそひそと話すリクとラミア、まよい。
ルシオは咳ばらいをすると、テセウスに手を差し出した。
「ともあれ……元々、相容れる事は無いと思っていたのにここまで話せたのは君のおかげだ。ありがとう、テセウス」
「ううん。皆が色々教えてくれたからよ。簡単じゃないかもしれないけど、やってみる」
ルシオの手を取り、握手するテセウス。フィロも穏やかな笑みを浮かべる。
「……テセウス様に敵対の意志がない、との言質を戴き、安堵致しました。その代わりと言ってはなんですが、困ったことがあったらお呼びください。……例えば、テセウス様の意思表明をした結果、他の黙示騎士に命を狙われた、とか言った場合があるかもしれません。その際は早急に保護処置を取らせていただきますのでお知らせください」
「俺、皆にはない転移の能力があるから、すぐに命を狙われたりってことはないと思う。ただ、皆と話してみて……もしダメそうだったら、その時は連絡入れるね。それでいい?」
「ああ、分かった。でも、くれぐれも気を付けるんだよ」
「うん。……ラミアさん心配してくれてるの?」
「調子に乗るんじゃないよ!」
嬉しそうなテセウスに、今度はラミアから拳骨が落ちた。
――リゼリオには、しとしとと雨が降り続けている。まだ止みそうにはないけれど。
先の見えない雨の中でも、彼らが撒いた可能性の種は、育っていく。
いつか芽となり、何かが実るといい。
ハンター達は、少し成長した新米黙示騎士の背を見送ったのだった。
でもあの人の声は、今でもハッキリと思い出せる。
――最期に一つだけ。テセウス、世界を見るんだ。ニンゲンも、世界の在り方も……そうすれば、きっと君は――。
……シュレディンガー様。世界を見たら、一体俺はどうなるんですか。
こうして見続けることに、一体何の意味があるんですか。
あの人から受け継いだ能力は、転移能力だけじゃない。
この瞳に宿る『力』が、一体何の役に立つのか。俺は未だに分からない。
世界を見て、知ったことも沢山あった。
ハンター達にも色々と教えてもらった。
けれど――その果てに自分が得たのは、理由の分からない胸の痛みだ。
分からない。世界を知れば知る程、分からなくなる。
あの人の遺言を、望みを。果たさなくてはいけないのに。
――俺はどうしたらいい?
何をしたらいい?
シュレディンガー様。俺は……。
リゼリオの街は、しとしとと雨が降り続けている。
止みそうもないそれを見上げて、アルスレーテ・フュラー(ka6148)はため息をつく。
「まーた面倒なことになってるわね……」
「テセウス、この雨の中、どこに行ったのかな」
「傘持ってないんでしょ? 濡れたら風邪ひいちゃうね」
「そもそも歪虚は風邪を引くのでしょうか……?」
心配そうなシアーシャ(ka2507)。
頷く夢路 まよい(ka1328)にフィロ(ka6966)が素朴な疑問を漏らす。
降り続く雨の中へ、アルマ・A・エインズワース(ka4901)は傘もささずに踏み出す。
「アルマ。傘くらいさしたら?」
「……いえ、僕は傘、いらないです」
ラミア・マクトゥーム(ka1720)に呼び止められて振り返るアルマ。
テセウスを探すのに、傘をさしていたら視界が遮られて邪魔になる。
それより急いで探してあげないと――。
「手分けして探した方が良いでしょうか?」
「うん。……多分、だけど。テセウスは眺めの良い場所にいるんじゃないかな」
小首を傾げるエステル・ソル(ka3983)に目線を送るキヅカ・リク(ka0038)。
キヅカ自身、これまでにテセウスと関わりがあった訳ではないけれど。
テセウスは、シュレディンガーに『世界を見ろ』という遺言を託されていた。
きっと彼は、こんな状況であってもそれを果たそうとするだろう、と。
そう続けたキヅカに、ルシオ・セレステ(ka0673)はこくりと頷く。
「……そうだね。あの子は人々を見渡せる場所にいるんじゃないかな」
「ジャア、そういう場所を重点的に探すとしようカ」
傘を手に、濡れた路面を軽やかに歩き出すアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)。
その背を、仲間達も追いかける。
テセウスを探し、リゼリオの街中を手分けして探していたハンター達。
その姿を一番最初に見つけたのは、街中をママチャリで爆走していたアルスレーテだった。
赤毛の青年は、雨に打たれたまま高台にある塀に腰掛けて、街並みをじっと見つめている。
その様子を眺めていたアルスレーテは、リクとルシオの予想通りだったわね……なんて思いながら、新米黙示騎士に声をかけた。
「馬鹿と煙は高いところが好きっていうけど……。あなたそんなところで何してんのよ」
聞き覚えのある声に振り返るテセウス。若草色の瞳が彼女を捉える。
「……何だ。姉さんか」
「何だとは何よ。雨の中わざわざ探しに来てやったのに」
「探してくれなんて頼んでないよ」
「あらそう。可愛くないわねー。ああ、そこから動くんじゃないわよ。今皆呼ぶから」
「……ところで姉さん、濡れて服透けてるけどいいの?」
「ちょっとあなたどこ見てるワケ?! セクハラじゃない!」
「別に見たくて見たワケじゃないし。教えてあげただけでしょ」
「うっさいわよ! ちなみに中に着てるのは水着です残念でした!!」
ギャーギャーとやり合う2人。その声に気づいたフィロもやって来る。
テセウスもアルスレーテもずぶ濡れであることを確認すると、徐に通信機を手にする。
「こちらフィロです。テセウスさんを発見しました。……申し訳ないんですが、タオルを多めに持ってきて戴いても宜しいですか? ……はい。傘はありますので。……はい。お願いします」
その通信を聞き、真っ先に姿を見せたのはアルマだった。
走って来たのか、珍しく肩で息をしている。
彼は塀に駆け上がったかと思うと、そのままテセウスの首根っこを掴む。
「ちょっ……!? 何すんの!?」
問答無用で塀から降ろされ、声をあげるテセウス。それに無言を返して、アルマはズルズルと新米黙示騎士を引きずっていく。
屋根のあるところまで来ると、そのままテセウスに腕を回して引き寄せた。
「アルマさん、何……」
「なんで会わずに行っちゃうですか……!? どうして何も言ってくれないんです! 僕たちトモダチでしょう?」
言葉を遮り、テセウスの肩に顎を乗せたまま喋るアルマ。今度はそれに、テセウスが無言を返す。
「いきなり戦場で会って、黙って君と殺しあえって……そういうのが、一番、ひどいです……!」
「そんな事言ったって……これ以上話したって、何も変わらないじゃないか」
ぼそりと呟くテセウス。それでも、アルマを振り払うようなことはしない。
そんなことをしているうちに、仲間達が集まって来た。
歩み寄って来たルシオは、アルマとテセウスをそっとタオルで包み込む。
「二人ともずぶ濡れじゃないか。これできちんと拭きなさい。ほら、アルスレーテも」
「……全く。何やってんのさ。傘くらい差しなよ。バカ」
アルマとテセウスの様子を見て、呆れたようにため息をつくラミア。
魔箒から降りたエステルがかくりと首を傾げる。
「お二人は仲良しさんです?」
「そうねー。ずぶ濡れの男2人が抱き合ってるって、これはこれで美味しいシチュエーションなのかしらね」
「そうなのですか?」
「ジャア、魔道スマートフォンで写真を撮っておこうカ」
受け取ったタオルで頭を拭きつつ意味深な笑みを浮かべるアルスレーテに、首を傾げるフィロ。アルヴィンがにこにこと魔道スマートフォンを構える。
リクは慌ててツッコミを入れた。
「いやいや、今そういう話してないし、そっちの方向はマズいからね???」
「とにかく、ここで立ち話も何だし、場所移動しない?」
「そうだね。このままじゃ凍えちゃうし。テセウス、行こ?」
まよいの提案に頷くシアーシャ。テセウスに向けて、手を伸ばす。
彼は暫く無言で考えていたが……おずおずと、シアーシャの手を取って立ち上がった。
それから、ハンター達は、そこからほど近い宿屋の一室を借りた。
フィロがハンターオフィスに行こう、と提案したものの、『クリュティエがハンター達と対面しているのを邪魔したくない』とテセウスが訴えた為、急遽別な場所を手配したのだ。
ずぶ濡れになったハンターとテセウスを見て同情した宿屋の主人は、部屋着を貸してくれ――着替えて、自分達の濡れた服を干して……ようやく一息ついた。
「ほら、温かい紅茶を貰って来たよ。皆で飲もう」
「はい、いつもの。とりあえずこれ食べなさいな」
「私もクッキーを持参致しましたのでどうぞ。……あぁ、申し遅れました。フィロと申します。以後お見知りおきください」
紅茶を配るラミア。ツナサンドを差し入れるアルスレーテに、フィロが続いて……エステルがぴょこん、と淑女のお辞儀をした。
「エステルです。宜しくお願いしますです」
「僕も自己紹介がまだだったね。リクだよ」
「私はまよい! 気軽に呼び捨てでいいよ!」
「僕はアルヴィンだヨ。宜しくネ」
「……どうも」
自己紹介をするハンター達を順番に見て、頷くテセウス。
その様子を見て、少し、顔つきが変わって来たかな……とルシオは思う。
以前は少年のようなあどけなさがあったが、今はより青年らしくなったというのだろうか。
――世界を見ることで、成長をしたのかもしれないな……。
彼女がそんなことを考えている間にも、アルスレーテの声が室内に響く。
「で? テセウスは何あんなところでセンチメンタルな雰囲気醸し出してたわけ?」
「……きっとここを見るのも最後になるだろうから。見ておこうと思ったんだ」
「何で最後になると思ったの? 誰かにそう言われたの?」
続いたシアーシャの問い。それにテセウスは首を振る。
「言われた訳じゃない……でも、君達はファナティックブラッドの討伐を選んだでしょ。俺は黙示騎士として邪神ファナティックブラッドを守り、神の意思を遂行しないといけない。……俺と君達は決別したんだよ。今更会って話したって、何も変わらないよ」
「テセウス君……」
新米黙示騎士の言葉に、悲し気に眉根を寄せるアルマ。リクは考え込みながら、言葉を選ぶようにして口を開く。
「……その事なんだけどさ。僕達は確かにファナティックブラッドの討伐を選んだけど、別に君達黙示騎士と敵対するつもりはないんだ」
「は? どういうこと?」
「僕達が狙っているのは、ファナティックブラッドを狂わせている部分だよ。ファーザーを苦しめ、ファナティックブラッドが内包する世界を苦しめている”反動存在”を討伐したいんだ。ファーザーやファナティックブラッド自体を壊したい訳じゃない」
「ファナティックブラッドを構成する一部を破壊し、正常な働きに戻す……これであれば、私たちは敵対しなくても良いのではないですか?」
リクとフィロの言葉に、ポカンとするテセウス。信じられない、というように首を振る。
「言ってることが滅茶苦茶だよ。……そんな事、出来ると思ってるの?」
「それは分からない。分からないけど……やってみなければ、どんなことも実現しない」
きっぱりと断言したリクを目を丸くして見つめ返すテセウス。
ルシオも、ため息交じりに言葉を紡ぐ。
「……私たちの成そうとしていることは、『討伐』の一言で表すにはとても難しい。でも、テセウス。今まで世界を見て来た君なら分かるだろう。世界に、何一つ同じものはなかった筈だ。人の心も考えも……違うものを少しずつでも掬える様にと出した結果だと思う。勿論根底は少なからず私達本位だけどね」
「ねえ。聞かせて欲しいんだけど。テセウスはどうしたい?」
「ラミアさん……。俺はさっきも言ったでしょ。黙示騎士として役目を……」
「それは、『黙示騎士』のテセウスの考えだよね。『テセウス』自身の考えはどうなの? やっぱり、あたし達が憎い……?」
ラミアの問いに、うぐ、と言葉に詰まるテセウス。
ハンター達から目線を外して、弱々しく呟く。
「……分からないんだ」
「何が、分からないです……?」
気遣うように言うエステルに、テセウスは肩を竦める。
「全部だよ。俺は自分がどうしたいのか。何でシュレディンガー様は死を選んだのか。シュレディンガー様の遺言の意味も……」
「……それが分かれば、テセウスさんの答えは出るですか?」
「どうかな。少なくとも、モヤモヤした気持ちはなくなるのかも」
その答えに振り返って仲間を見つめるエステル。アルヴィンとまよいが、こくりと頷いて……。
「テセウス君。シュレディンガーは消えて行く時、実は君にだけじゃなくて……ハンターや、他の人にも色々と言葉を遺してるんだヨ」
「それが、私たちの……ハンターズソサエティに記録として残ってるの。テセウスさえ良ければ、だけど。ちょっとそれ読んでみない?」
それからテセウスは、まよいが持ってきたシュレティンガーの最期の記録の写しを読んだ。
文字を勉強中である彼には読めないところもあって……それはアルマやアルヴィン、フィロが根気強く丁寧に解説を入れて読み進めて――。
アルスレーテとフィロの差し入れが全部なくなり、ルシオが3杯目の紅茶を運んで来たところで、ようやく記録を読み終えた。
「……この記録を読んで、テセウス君はどう思いました?」
「……ごめん、ちょっと……混乱してる」
恐る恐る尋ねるアルマに、テセウスの若草色の瞳が困惑に揺れる。
ここにきて初めて、親も同然の存在の死の事実を知ったのだ。
混乱するのも無理はない……。
リクはテセウスの隣に座って、うんうんと頷く。
「そうだろうね。ちょっと、整理してみようか」
「……シュレディンガー君を黄泉路に送ったのは、僕の友人なんだヨ。この時のやり取りと、シュレディンガー君の想いを、僕なりに話してみようカ。もう本人はいない以上、受け取った者の推測で語るしかないケレドね……」
静かに、言い聞かせるように口を開くアルヴィン。
――シュレディンガーは黙示騎士の中でも古株だったと聞いている。きっとそんな中で、色々なモノや人を見て、見続けて……。
その果てに出会ったのが、ドナテロという男だったのだろう。
彼の歪みのなさ、正義感……純朴さ。ただただ、人を人として守ろうとする姿。
そして、ドナテロという人物を通して、世界やヒトというものを『見た』。
「だから彼は……ドナテロ議長に惹かれたんだろうネ。好きで、好きだから少しでも長く生きていて欲しくて――邪神に与している以上は敵でしかない事も解っていて、ソレでも好きだと言うことに、気付けたのでは無いカナァ」
大人しく話を聞いているテセウスを見つめるアルヴィン。
善悪というのは曖昧で、お互いの掲げる『義』が違うだけなのだろう。
人の数だけ、その人の譲れない『義』がある。
お互いに護りたいモノが違うから争う。生きて想いを持つモノなら誰しもそうで。
掲げるものが違うだけで、敵だからといって嫌いにならなければいけない訳ではないのだ。
――彼の友人も、きっとシュレディンガーにそういうことが言いたかったのだろう。
敵だからといって諦めず、想うモノは違っても好きだと思えるなら。
お互いの意志を尊重しつつ、寄り添うこともできたかもしれない。
最初から諦めないで、話してみれば、違う道もあったかもしれない、と。
「シュレディンガーさん、昔ファーザーさんを説得しようとしてたって聞いたです。……でも、止められなかったって。だからあの人も止まれなかったのかな、って」
アルヴィンの言葉を補うように、独りごとのように呟くアルマ。
ファーザーの説得に失敗し、邪神の望みを叶えるべく、途方もない時間を過ごして来たシュレディンガーは、『あたたかいもの』に触れて影響は受けたものの、生き方を変えることは出来なかったのだろう。
長い間の観測で薄れてしまった自分の自我。
ヒトが好きだと気づいても引き返せないところまで来てしまった。
だから……きっと。これ以上、『好きなものを傷つけない為に』彼は退場する道を選んだのではないか――。
今憶測を語っているアルヴィン自身、あらゆる事象において傍観に回ることが多く、今回の一件もただ興味があったから、という理由でやって来ていた。
テセウスという存在について、思うところはあまりない。
彼がどういう方向に進むかは、彼自身が決めれば良いことだ。
ただ……テセウスという存在が、人と交流し、自身で判断し、成長していくというのなら――それは『ヒト』と同質の存在だと言えるのではないか?
……だからこそ、彼もヒトも面白いと、アルヴィンは思うのだ。
アルヴィンの語りにこくこくと頷きながら、エステルも口を開く。
「わたくしは、この一件を報告書でしか知りませんが、シュレディンガーさんとドナテロさんには特別な絆があったように思えます」
でも、何もかもが遅すぎて、シュレディンガーには選択肢が残されていなかった。
だからこそ『選ぶ』機会を、テセウスにあげたかったのかもしれない。
「世界を美しいと感じて、楽しいと知って、人と一緒に生きていける明日を……あの人も夢見たのかなって……」
「でも、あの人はちゃんと黙示騎士として働いてたよ。他の黙示騎士とも上手くやってたし、仕事にも一生懸命で……ヒトが死ぬのも仕方ない、不可抗力だって」
エステルから紡がれる美しい言葉に、まとまらない思考を口に出すテセウス。
だって。あの人はいつでも任務の遂行に心を砕いていた。
俺が分からないようなすごい計画を立てて、邪神の望みが叶うように、いつだって……。
それを黙って聞いていたまよいは、テセウスの顔を覗き込む。
「……ずっと、矛盾を抱えてたんだと思うよ。記録の中に、シュレディンガーがクリュティエやテセウスを生み出した理由っていうのがあったでしょ。カレンデュラが人類と共存できた歪虚だったから、それが羨ましくてクリュティエを生み出して……自分の手で『ハンター』を生み出せば、ヒトを理解できると思って、テセウスを生み出したんだって」
「共存が、羨ましい……?」
「うん。そう感じるってことは、どういうことか分かる? テセウス。シュレディンガーも、自分では気づいていなかったけど、心のどこかでそれを望んでたってことだよ。だから……テセウスが世界を回れば、それを好きになっちゃうこと、分かっててそんなことを言ったんじゃないかな」
「……そういえば、俺、シュレディンガー様が消える時に、貴方が好きだから消えて欲しくないって言ったんだ。そしたら、シュレディンガー様……『好き』っていう感情知ってるのか、僕よりずっと賢いって……」
震えるテセウス。彼が少しでも落ち着くようにと、シアーシャはその手をきゅっと握る。
アルスレーテはため息をつくと、渾身のデコピンをテセウスにお見舞いした。
「いたっ。姉さん痛い!」
「あーもー。グダグダ悩むんじゃないわよ。私はシュレディンガーじゃないし、子持ちになったこともないから親の気持ちもわかんないけども。貴方に遺された言葉は、単に子育ての一環でしょう?」
「……子育て?」
「そーよ。あなたもクリュティエも、シュレディンガーの子供みたいなもんじゃない。ただ黙示騎士っていう足りないピースを補って欲しいだけなら、そんな言葉遺さないでしょうよ」
「そうだね。シュレディンガーが君に望んだことは、人の親が子に望むことだ」
アルスレーテの言葉を継いだルシオ。
テセウスの真っ直ぐな目線を受け止める。
「……人の親が子に望む事はね、ただ元気で生きてくれること。そして自分を超えてくれることだよ」
「シュレディンガー様を、超える?」
「そう、きっとね。君は世界を見て来たのだろう? 何も知らない、まっさらな心の時分から。……親の言葉そのままに従う必要は無い。超え方を、叶え方を自分で考えて示すなら……彼もきっと頷いてくれるんじゃないかな」
ルシオの言うことを反芻しているのか、無言になるテセウス。
そこにアルマが畳みかける。
「ねえ、テセウス君。君はファナティックブラッドがしようとしていることを、どう思ってますか? ……『庇って傷つけないだけ』が、守るって事ですか?」
「それは……。正直そこまで考えたことなかった。ただ、シュレディンガー様の言う通りにすればいいと思ってたから」
「シュレディンガーさんが君に託したのって、そういうんじゃないって思うです。君に世界を見せて……本当は邪神が何を守りたかったのか。知ってほしかったんです、きっと」
日々違う輝きを見せる世界。
雲一つ見たって、同じものは何一つない。紡がれる歴史や、命の輝き……そういうものを、ファナティックブラッドは守りたかったはずなのだ。
でも、狂い果てた今の邪神では――取り込まれたら、世界から『始まり』も『終わり』も消えてしまう。
それは、幸せなこととは言えない。どうしたらテセウスに伝わるだろう。
リクは必死に頭を巡らせながら、口を開く。
「ねえ、テセウス。僕たちのやること全てに同意してほしいとは言わない。そんなのは無理だって分かってる。僕たちだって、黙示騎士達がやってること全てに同意することなんてできないから。それでも……一時的でもいいから、手を取り合うことは出来ないかな」
「部分から全体を知ることは難しくても、知ろうとし続けることで理解できることがあります。仲間を助け世界をより良く……と言う願いは、テセウス様も私達も持つ願いです。立場陣営を尊重しあっても、それを超えて出来ることがあるかもしれないと、今日テセウス様やクリュティエ様を見て思いました」
「うん。僕もフィロの言う通りだと思う。……色々難しいこと言って混乱させてると思うけど……君は何かを受け継ぎ、託すこと……きっとそれを、誰よりも知っていると思うんだ。シュレディンガーの託した想いも、君の願いも、なかったことになんてしたくないんだよ」
フィロの涼やかな声に頷くリク。アルマが更に、抱きつくような勢いでテセウスに迫る。
「ねぇ、テセウス君。僕らと一緒に、邪神を救いに行きませんか? 本当の願いもわからなくなって、止まり方も忘れちゃった、あの可哀想な神様を」
世界の救済を望みながら、全てを破壊するモノになり果てた神。
人との共存を願いながら、その願いを叶えることが許されなかった黙示騎士。
きっとそこにあったのは純粋な願いであった筈なのに――。
仲間達の必死の説得を、難しい顔をして聞いているテセウス。それを、ラミアは複雑な気持ちで見つめていた。
――好きになった人と、同じ顔。以前はそれが許せなかった。
けれど、いつの間にか『好きな人と同じ顔をした奴』、から『テセウス』という個人で見るようになっていた。
仲間達の紡ぐような、上手な説得方法なんて思いつかない。
ただ……この赤毛の黙示騎士と、戦いたくはない、と思っている。
……きっとそれは、願ってはいけないことなのだと理解しながら。
――テセウスはどうなのだろう。
仲間達の話を聞いた状態の彼であれば、違う言葉を聞けるのだろうか?
だから、もう一度。彼に問いたい。
「ねえ。テセウス。繰り返しになるけど……今まで見てきたモノを、皆と見せてきたモノを……『テセウス』はどうしたい? 皆の話を聞いた今なら、判断がつくんじゃないのかい?」
「俺は……」
「シュレディンガーに言われたっていうのは、なしね。誰の意見でもなく、アンタ自身が決めな」
ラミアの言葉に顔を上げたテセウス。
……さっきとは、顔つきも反応も違う。
言いたいことはあるけれど、言っていいのか迷っているように見える。
それを察したエステルとシアーシャが、彼の決意を促すように言葉を続ける。
「どの道を選んでも、得るものと失うものがあります。どの道にするかは、テセウスさんが自分の意志で決めていいんです」
「テセウスにとってのいちばんは、何? それはどうして? いちばんのためなら、他の好きなものは、諦められる?」
きっと世界を見なければ、『ヒト』という一括りにした顔のない存在を壊すだけでよかった。
テセウスは迷わずに、ただ『黙示騎士』として生きていけたのだろう。
でも、もう彼は知ってしまった。『心』を得てしまった。
何も考えずにいるのは楽だ。だが、それでは、心を持ってる意味がない。
感じて、考えて、選ぶ自由を。シュレディンガーはテセウスに与えたかったのだろう、
『世界を見ろ』という遺言もその為。自分の手から離れて、彼自身の力で羽ばたけるように――。
「……選ぶのは難しいし、苦しいよね。でも、あなたはハンターのコピーじゃない。『テセウス』っていう名前と意思を持った存在になったんだよ。生きるって言うのは、迷って悩んで……選択を続けていくことなんじゃないかな。それは無駄にはならないし、テセウスの力になると思うの」
シアーシャの重ねられる言葉に、目を閉じるテセウス。
……ああ、そうか。言われてみれば簡単なことだった。
シュレディンガー様は、俺の『好き』を否定しないどころか褒めてくれた。
ハンターに復讐しろだなんてひと言も言わなかった。
それも全部……俺に『自分で見て、考えて欲しかった』からだったんだ――。
再び目を開けた彼は、意思を漲らせた瞳でハンター達を見据えた。
「俺、決めた。ハンターさんとは敵対しない。全面的には無理だろうけど、できる限り協力はする。あと、並行して黙示騎士達にも協力する」
「ハァ!!?」
彼のトンデモ発言に素っ頓狂な声をあげたラミア。
テセウスと敵対しないで済むのは有り難いが、黙示騎士にも協力するっていうのは大分無茶があるんじゃ……?
まよいも目を丸くしてテセウスを見つめ返す。
「それは嬉しいけど……そんなことして大丈夫なの?」
「分かんない。でも、俺がやりたいようにやっていいんでしょ? だったら、そうする。皆と協力しながら、世界も見続ける。俺は何一つ諦めたくない」
「アハハハハ。これは面白いことになったネ」
「……随分と大胆な選択をなさいましたね」
「そうかな。俺、あなた達結構好きだよ。世界も好きなんだと思う。でも、クリュティエや黙示騎士達も大事な仲間で……きっと俺が抜けたら困ると思うんだ」
新米黙示騎士の決断を笑いながらも理解を示すアルヴィン。フィロに若干驚きは混じっているが、否定する気はないのだろう。
笑顔を返すテセウスに、リクは苦笑する。
「仲間が困る、か……そう言われちゃうと、僕としても止めようがないなー」
「黙示騎士達のことも、シュレディンガー様の選択も、否定したくないと思ったんだ」
「そっか。僕も結局さ、大切な人が死んで…4年経った今も忘れられずにいる。この想いは……吹っ切れないよ。だから、抱えていくしかないんだ」
「うん。私もね、ハンターになる前は外の世界をまるで知らなかったの。ご本の中の物語が、私の知ってる全てだったんだけど……実際に外の世界に出てみて、なんて素敵なんだろうって思ったわ。テセウスも、同じように感じてくれたなら、私も嬉しい」
リクとまよいの言葉に、真顔で頷くテセウス。
その頃に芽生えた、世界が好きだという思いが……まよいが世界を護ろうって思ったきっかけだから。
テセウスも同じように思ってくれたら、こんなに素敵なことはないと思う。
「テセウスの望みは実行しようと思ったらすごく大変だけど、応援するから! 困ったことがあったら言ってね!」
「うん。ありがとう、シアーシャさん。ねえねえ、ちょっとこっち来て」
「なーに?」
テセウスに手招きされて、トコトコと歩み寄るシアーシャ。
小首を傾げて彼を見上げると……両腕をぐいっと引っ張られて、テセウスが急接近したと思った矢先に、額に冷たいものが触れる。
それがテセウスの唇であると理解する前に、般若の形相になったアルスレーテから彼の頭に拳骨が落ちた。
「いった!! 姉さん何すんの!?」
「それはこっちの台詞! 許可なくレディにそういうことしちゃダメでしょ!」
「あ、そうなの? でも、何かそうしたいと思ったから」
へにゃ、と人懐っこく笑うテセウス。事態をようやく理解したシアーシャの頬が赤く染まる。
「テ、テセウス。何でそうしたいと思ったのかはともかく、こういうことは誰にでも気軽にしちゃ駄目だよ……?」
「何で?」
「何でって、こういうことは好きな人としないと」
「じゃあ問題ないね。俺、シアーシャさん好きだもん」
続いたテセウスの言葉に耳まで赤くなるシアーシャ。
彼はまだ幼いし、この『好き』に深い意味はないんだろうと思う。
そう思うけど、見た目は大人な訳で、こういう愛情表現の仕方をされると心臓が持たない訳で……!
言葉に詰まるシアーシャの代わりに、エステルがピシャリと言い放った。
「そういうことは、『特別な好き』な人じゃないとダメです!」
「特別な好き……?」
意味が分からないのか小首を傾げるテセウス。アルマはんー……と考えながら助け舟を出す。
「えっと、テセウス君は僕のこと好きです?」
「うん。アルマさん好きだよ」
「じゃあ、僕にシアーシャさんと同じことしたいと思います?」
「んー……? 思わない、かも?」
「その違いが何なのか。良く考えてみるといいと思うです」
「はーい、先生」
「うん。テセウス君はいい子です!」
テセウスをぎゅっと抱きしめて、わしわしと頭を撫でるアルマ。
その様子を、仲間達がじっとりとした目で見ている。
「……テセウスって子供って聞いてたけど、僕と大して変わらない感じじゃん」
「以前はもっと子供だったんだよ……」
「これも成長って言うのかな……」
ひそひそと話すリクとラミア、まよい。
ルシオは咳ばらいをすると、テセウスに手を差し出した。
「ともあれ……元々、相容れる事は無いと思っていたのにここまで話せたのは君のおかげだ。ありがとう、テセウス」
「ううん。皆が色々教えてくれたからよ。簡単じゃないかもしれないけど、やってみる」
ルシオの手を取り、握手するテセウス。フィロも穏やかな笑みを浮かべる。
「……テセウス様に敵対の意志がない、との言質を戴き、安堵致しました。その代わりと言ってはなんですが、困ったことがあったらお呼びください。……例えば、テセウス様の意思表明をした結果、他の黙示騎士に命を狙われた、とか言った場合があるかもしれません。その際は早急に保護処置を取らせていただきますのでお知らせください」
「俺、皆にはない転移の能力があるから、すぐに命を狙われたりってことはないと思う。ただ、皆と話してみて……もしダメそうだったら、その時は連絡入れるね。それでいい?」
「ああ、分かった。でも、くれぐれも気を付けるんだよ」
「うん。……ラミアさん心配してくれてるの?」
「調子に乗るんじゃないよ!」
嬉しそうなテセウスに、今度はラミアから拳骨が落ちた。
――リゼリオには、しとしとと雨が降り続けている。まだ止みそうにはないけれど。
先の見えない雨の中でも、彼らが撒いた可能性の種は、育っていく。
いつか芽となり、何かが実るといい。
ハンター達は、少し成長した新米黙示騎士の背を見送ったのだった。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/22 12:19:59 |
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相談?雑談??卓 アルスレーテ・フュラー(ka6148) エルフ|27才|女性|格闘士(マスターアームズ) |
最終発言 2019/06/24 08:43:56 |