ゲスト
(ka0000)
【春郷祭】花咲く頃に会えますように
マスター:三田村 薫
このシナリオは5日間納期が延長されています。
オープニング
●あればあるほどよいもの
今年の春郷祭では、精霊に感謝を捧げる、ということで花壇作りが提案されていた。その内の一角に、ボランティアとしてエルフのサンドラが種や苗の提供をしている。
「さー、どんどこ持ってけー!」
叩き売りの様に種と苗を渡している。
「そう言うイベントじゃないよね?」
と、受け取りながら苦笑しているのは猟撃士のナンシーだ。
「似たようなもんだ。感謝の気持ちはいくら捧げたって多すぎるということはないんだ」
サンドラは腕を組んで一人でうんうんと頷く。
「そう言えばお前、この前は司祭の護衛をありがとう。おかげで今はもうすっかりぴんぴんしてる。あ、それはお前も知ってるな。この前司祭とデートしたって? あいつはちゃんとお前を丁寧に扱ったのか?」
「結局サークルで遊びに出掛けたって感じだったよ」
何気なく返事をしてから、ナンシーは、「あれ、何か誤解されてるけど訂正してない」と言うことに気付いたが、
「そうか。司祭は割とのんびりだからな……うん。司祭が誰かを甘やかす図……うわ一切想像できない」
「あっはっはっはっは」
ナンシーは手を叩いて笑った。
「まあ、あれで大事な人とかできたら……うーんそれが一切想像できないね」
「ハンクのことは可愛がってたみたいだけどなぁ。好きな人とかいるんだろうか」
「まあ、それはプライベートなことだから、あんまり突っ込まない方が良いかもね」
肩を竦めると、ナンシーは苗と軍手、移植ごてを借り受けて苗を植えるために花壇の方へ足を進めた。サンドラはその背中に、
「あ、そうだ。お前、これが終わったら私とデートしないか?」
「え? あたし?」
「そうだ。私がごちそうしてやろう。遠慮するな。私は百歳近いんだ。おばあちゃんだと思って甘えて良い。エルフでは全然おばあちゃんじゃないけどな。でも人間からしたら九十代はおばあちゃんらしいからおばあちゃんと言うことにして良い」
「何それ。良いよ。ごちそうになろうかな」
「じゃあ後でな」
「うん」
●ハンドアウト
あなたたちは、春郷祭に来ているハンターです。
今年の郷祭では「精霊に感謝を捧げる期間」というものが設けられていました。その一環で、ジェオルジには花壇が設けられていました。ここに種や苗を植えるのです。
あなたたちは、その催しに心惹かれて花壇の一つにやって来ました。金髪のエルフがあなたたちを手招きし、軍手と移植ごてを押しつけます。
「さあお前たち、どんどん持って行け! あ、でもあんまり一人で植えすぎると他の人が植える場所がなくなるからな。節度を持ってどんどんもってけ!」
無理難題をふっかけるエルフです。彼女はサンドラと名乗りました。
「こっちが種だ。苗はこれ。どちらも赤、白、黄色に統一してある。花壇のどこに何色を植えるとかは別に決まってないからな。好きなように植えろ」
あなたたちは思い思いに種と苗を受け取ると、まだ耕した跡の新しい花壇を目指して歩いて行くのでした。
今年の春郷祭では、精霊に感謝を捧げる、ということで花壇作りが提案されていた。その内の一角に、ボランティアとしてエルフのサンドラが種や苗の提供をしている。
「さー、どんどこ持ってけー!」
叩き売りの様に種と苗を渡している。
「そう言うイベントじゃないよね?」
と、受け取りながら苦笑しているのは猟撃士のナンシーだ。
「似たようなもんだ。感謝の気持ちはいくら捧げたって多すぎるということはないんだ」
サンドラは腕を組んで一人でうんうんと頷く。
「そう言えばお前、この前は司祭の護衛をありがとう。おかげで今はもうすっかりぴんぴんしてる。あ、それはお前も知ってるな。この前司祭とデートしたって? あいつはちゃんとお前を丁寧に扱ったのか?」
「結局サークルで遊びに出掛けたって感じだったよ」
何気なく返事をしてから、ナンシーは、「あれ、何か誤解されてるけど訂正してない」と言うことに気付いたが、
「そうか。司祭は割とのんびりだからな……うん。司祭が誰かを甘やかす図……うわ一切想像できない」
「あっはっはっはっは」
ナンシーは手を叩いて笑った。
「まあ、あれで大事な人とかできたら……うーんそれが一切想像できないね」
「ハンクのことは可愛がってたみたいだけどなぁ。好きな人とかいるんだろうか」
「まあ、それはプライベートなことだから、あんまり突っ込まない方が良いかもね」
肩を竦めると、ナンシーは苗と軍手、移植ごてを借り受けて苗を植えるために花壇の方へ足を進めた。サンドラはその背中に、
「あ、そうだ。お前、これが終わったら私とデートしないか?」
「え? あたし?」
「そうだ。私がごちそうしてやろう。遠慮するな。私は百歳近いんだ。おばあちゃんだと思って甘えて良い。エルフでは全然おばあちゃんじゃないけどな。でも人間からしたら九十代はおばあちゃんらしいからおばあちゃんと言うことにして良い」
「何それ。良いよ。ごちそうになろうかな」
「じゃあ後でな」
「うん」
●ハンドアウト
あなたたちは、春郷祭に来ているハンターです。
今年の郷祭では「精霊に感謝を捧げる期間」というものが設けられていました。その一環で、ジェオルジには花壇が設けられていました。ここに種や苗を植えるのです。
あなたたちは、その催しに心惹かれて花壇の一つにやって来ました。金髪のエルフがあなたたちを手招きし、軍手と移植ごてを押しつけます。
「さあお前たち、どんどん持って行け! あ、でもあんまり一人で植えすぎると他の人が植える場所がなくなるからな。節度を持ってどんどんもってけ!」
無理難題をふっかけるエルフです。彼女はサンドラと名乗りました。
「こっちが種だ。苗はこれ。どちらも赤、白、黄色に統一してある。花壇のどこに何色を植えるとかは別に決まってないからな。好きなように植えろ」
あなたたちは思い思いに種と苗を受け取ると、まだ耕した跡の新しい花壇を目指して歩いて行くのでした。
リプレイ本文
●白い兎の見る空は
「世界はチョット大変ダケレド、ソレはソレとして祭は楽しまなケレバネ☆」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はそう決めると、ふらりと花壇の方へやって来た。エルフの女性が、参加者に種と苗を渡していくのが見える。
「アルヴィンさん?」
不意に後ろから声が掛かった。振り返ると、小隊員の妹、エステル・クレティエ(ka3783)がきょとんとしてこちらを見ている。
「やあ、コレハコレハ、エステル嬢。お会いできて光栄ダネ!」
恭しく礼をする。
「君も、花を植えに来たのカナ?」
「ええ、そうなんです。あちらの方ともちょっとご縁が……サンドラさん!」
「エステル! エステルじゃないか!」
サンドラは立ち上がると、エステルを目一杯抱きしめた。緑を映す湖水の様だと評した両目を覗き込む。サンドラはアルヴィンを見て、
「お兄さんか?」
「兄の小隊仲間の方です」
「私はサンドラだ。お前の小隊仲間の妹は本当に良い子だな」
「ウンウン、僕もそう思うヨ。僕はアルヴィン=オールドリッチ」
「心を込めて植えるので素敵に褒めて下さいね」
「ここに来ただけで褒めてやろう。お前たちの慈愛に満ちた心根には、ここに植えられた花たちが報いるだろう。ところで何色の苗が良い? 種でも良いぞ」
「でしたら、白を下さいな」
「僕も白が良いナ」
「よし、持って行け」
サンドラに渡された苗を持って、二人は花壇に移動する。
「アルヴィンさん兎さんお好きなんですよね?」
エステルは首を傾げながら、苗を配置していく。
「こう、白いお花の苗で……兎っぽく出来ないでしょうか。顔に横二つ……縦に耳……ええと 雰囲気だけ!」
「良いんジャナイカナ?」
アルヴィンも、兎の色ということで白色を選んでいる。自分の苗も足して、
「顔にもうチョットあるとそれらしいカナって」
「わあ」
エステルは顔を綻ばせる。
人によっては、言われなければわからないかもしれないが、それでもエステルにはそれが兎だと思えたから。
「アア、いけないヨ、エステル嬢。せっかくの素敵なお召し物が汚れてしまうカラネ」
アルヴィンは紳士然とした振る舞いでハンカチを差し出す。
「まあ、ありがとうございます、アルヴィンさん」
レディの扱いを受けて嬉しいお年頃だ。エステルはありがたく、借りたハンカチで土を避ける。
「豊かな恵みをありがとうございます」
エステルは精霊に感謝を捧げた。
「綺麗に……無事に咲きます様に」
世界の暗雲が呼ぶ嵐に負けませんように。
●今ひとときの平和を
サクラ・エルフリード(ka2598)は、郷祭を見て回る中で花壇作りに目を留めた。
「素敵な催しですね」
「ありがとう。いや、私が考えたわけじゃないけどな。好きなだけ持って行くと良い」
エルフの女性がそう言って苗と種を指した。どうやら、赤白黄色とあるらしい。
「三種類ですか……好きなだけ、ということは全部植えても良いのですね」
「構わない。三種類いっとくか?」
「いっときます。せっかくですし全部植えましょうか……。何処でもいいのですが、色んな場所に植えたほうが楽しいですかね……?」
「それはお前の心の向くままにすると良い」
そして、サクラは三種類の苗と種を抱えて花壇の方へとことこと歩いて行った。貸し出された移植ごてを使って、丁寧に土を掘る。その中に、そろりと花の苗を降ろした。土をかけて、水をやる。
「おや、サクラではないか。お前も来ていたのか」
ふと、聞いたことのある声がかかる。顔を上げると、レイア・アローネ(ka4082)が移植ごてを持ってこちらを見ていた。近くにはセレスティア(ka2691)もいる。どうやら二人は一緒に来たらしい。
「お二人もいらしてたんですね……」
とりとめのない言葉を交わす。
何色にしたんですか、とか。
綺麗に咲くと良いですね、とか。
その時は見に来たいですね、とか。
そんな話をしながらゆっくりと。
「ふう、こんなものでしょうか……では、私はそろそろ……また会いましょう……」
二人に暇を告げて、サクラは花壇を離れた。
働いた後には冷たい飲み物が良い。簡易イートインがしつらえられた屋台でドリンクを買い求めると、パラソルの下、椅子に座って初夏の空気を楽しみながらのんびりと過ごす。
(せめて今だけはこの平和が長く続きますように……)
微笑むように風が吹いた。
●たまには女同士
サクラと会う少し前のこと。セレスティアとレイアは花の種と苗を選んでいた。
「何色が良い?」
「当てっこしても面白そうね」
セレスティアは白、レイアは赤を選ぶ。借りた園芸グッズも持って、二人は土の臭いが濃厚な花壇に足を踏み入れた。
(今日まで色々あったけれど、なんとか仲間たちとともに今を生きていられることに精霊様達に感謝を)
色々なことがあった。自分も周りも、何度も危ない目に遭ったものだ。そしてこれからも。これからは、もっと危機に瀕することがあるだろう。
(そして、これからも絆を繋いで行けますように)
心から、望む。
「最後の邪神との戦いもおそらくお前と一緒なのだろうな」
レイアが顔についた土を親指で落としながら呟いた。セレスティアとレイアは、大規模作戦があると、共闘することが多い。
「ええ、そうかもしれませんね」
「一緒に帰ってきて、花が咲くのを見届けよう」
「レイアったら」
セレスティアはくすりと笑う。
「フラグですよ」
「フラグ? 知るか。帰ってくると誓ったのだからそれは絶対だ」
「そうですね。これが最後になることの無い様に。祈るとともに、誓いましょう」
それをなしていくのは、戦場に赴く自分たちなのだから。
たまたま一緒になったサクラが、自分の作業を終えて去って少ししてから、二人の荷物も軽くなった。
「この後、屋台巡りはどうだろうか」
「ええ。是非。お祭りの雰囲気って好きなんです。生きていく意味がそこにあるという気がしていて……」
「決まりだな」
「たまには女同士も悪くはないわよね」
親しい二人は、楽しげな声が上がる屋台の方へ歩いて行く。
まだ続く未来へ行くように。
●楽しいこと
「ミィリアは種を貰おっかな。色はおまかせで」
「種から育てる楽しみを知っているとは見所のあるやつだ」
ミィリア(ka2689)がエルフにそう告げると、彼女はうんうんと頷きながら種をわしづかみにして袋に入れる。
「こう見えて趣味家庭菜園なんだからまかせてまかせて! 採ったばかりのお野菜を肴にお酒飲んだり、シソを漬けたり、果実酒漬けたり……楽しいんだよねぇ」
「楽しいのが一番だぞ。私も野菜育てようかな。自分で作ると美味いよな」
「うんうん! ……っていけないいけない! お花! お花を育てなくっちゃでござる!!」
「よし、任せた」
ミィリアは移植ごてなどを持って送り出された。ふかふかの土。まだ何も撒かれていない辺りに目を付けて、彼女は作業を開始した。
気候が良ければ、種はすぐに芽吹くだろう。その後上手く育つかは……運の要素も大きい。
土をかぶせて、優しく水を掛ける。そうでなければ種が流れていってしまう。
「よーし、こんなもんだよね」
要領よく種まきを終えたミィリアは、エルフの元へ戻った。道具を返しながら、
「この試み、とっても素敵だなって思うでござる。季節が巡る度に何度だって種をまいて、何度だって皆で楽しく笑顔でお花見!」
「私もそう思う。だからこの話を聞いていてもたってもいられなかったんだ。咲く頃に見に来い」
「うん。楽しみでござる!」
楽しみはいっぱいあって困ることないもの。
別の楽しみでもある屋台の方へ歩きながら、ミィリアは賑やかな空気に浮き足立ち、花が咲く頃に思いを馳せる。精霊への感謝を捧げながら。
●甜言蜜語リターンズ
「お久しぶりですサンドラ様、変わらぬ太陽の如き明るさに私は眩んでしまいます。なんて、ふふ♪」
「今日は懐かしい顔によく会うなぁ! さっきエステルも来たぞ。お兄さんの小隊仲間の男と一緒に」
ユメリア(ka7010)が笑みを溢して挨拶をすると、サンドラは立ち上がった。ユメリアは傍らにいた高瀬 未悠(ka3199)を紹介する。
「こちら高瀬未悠さん。未悠さん、こちらサンドラ様」
「百歳近い。人間なら私をおばあちゃんだと思ってくれても良い」
「ユメリアと同じ位の歳なのね。でもタイプは正反対みたい」
「まあ、そうだな。私が暖炉ならユメリアは水辺の風みたいな感じだな」
「未悠さんは心から人の幸せの為に行動を起こせる人。なのに可憐でいて」
「花の美しさに通じる娘か」
「ええ、本当に。いくら慕っても足りません」
ステレオ甜言蜜語である。
「もうっ、褒め過ぎよ。貴女こそ詩の女神様みたいだわ」
未悠は頬を染めながらも言葉を返した。
必要なものを受け取って花壇へ。ユメリアは、花壇を見て、そこからゆっくりと空へ視線を伸ばした。
「花蔓が絡みあい、一つの大樹となり天蓋のようにして人を守る。数多の心一つにする象徴の花壇になるよう。そんな日を作りましょうね。未悠さん」
「ええ、必ず」
未悠は細い指で土を触る。慈しむ様に優しく丁寧に。精霊への感謝を込め人々の幸せを願いながら。日に温められた土は、命の温かさを伝える様。
「あ、ユメリア、私、追加をもらって来るわね」
「ええ、行ってらっしゃい」
「なんだ、お前か。どうした?」
「追加をもらうと言ってきたの」
「そうか、それなら……」
「ユメリアが森から離れ生きられるのは後数年なの。貴女なら残りの人生をどう生きたい……?」
サンドラは手を止めた。未悠はどこか思い詰めたように、
「私は……おばあちゃんになるまで彼女と一緒にいて、最期は看取ってあげたいの。どうしたら良い?」
「今を大事にしろ」
エルフは首を横に振る。
「私にも、看取ってやりたい奴がいる。その子は人間だ。私より何十歳も年下なのに、年寄りで寿命が近い。最近は私の事もわからない時がある」
未悠は聞いている。
「私もあと少ししたら森に帰る。でもその前に死んでくれとは言えない。だから、どう言う形で別れが来ても、それが運命だったと言えるくらい今を積み重ねろ。私もえらいことは言えない。悔いるかもしれない。それでも後悔を減らすには今しかない」
「そうね……」
風に乗って二人の会話が聞こえて来る。ユメリアは目を閉じた。
(未来は無数にありますから、願いを胸にたった一つしかない今を大切にしましょう)
その積み重ねが何かを変えることは、未悠が教えてくれたこと。
「ごめんなさい、ユメリア。待たせてしまって」
「いいえ。随分と悩まれていたようですね」
「三色しかないのにね。ねえ、ユメリア」
「はい、何でしょう」
「この花壇が花で一杯になったら……見に来ましょうね」
「ええ、必ず」
近くをアルヴィンと通りかかったエステルが手を振った。二人はそれに気づき、顔を綻ばせて手を振り返す。
愛しい今を積み重ね、未来へ繋がる事を願って。
●真実の友情
「わあ、結構集まってるわね。まだ植える場所、余ってるかな」
天王寺茜(ka4080)は手でひさしを作りながら、広がる花壇を見渡した。
「ねじこめ」
種と苗を配るエルフが言い放つ。
「黄色い花ガ咲く種を下さいナ♪」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)がぴょんと前へ出て両手を出した。エルフはそこに種が入った袋を置く。
「マーガレット。花言葉は色々あるが、真実の友情というのを伝授してやる」
「素敵ネ」
「あ、パティに茜さんじゃない?」
「遥華さん!」
「ハルも来てたのネ。一緒にお花植えよっカ?」
央崎 遥華(ka5644)とまさかの遭遇に、その場に花が咲いたように明るくなった。遥華がエルフから白と黄の種を受け取ると、三人は花壇に移動する。
「植え終わったら春郷祭に行ってみましょ。美味しいモノたくさん出てそうよ」
「そうだね。名物料理とか、写真も撮りたいな~」
「パティ、スマホ持ってるヨ。皆で思い出たっくさん残そうネ」
和気藹々としながらも、三人とも手元は丁寧だ。茜はパトリシアと並んだ所に種を撒くと、目を閉じて、祈りを捧げた。
(花が咲く頃に、またパティと来れますように)
「キミはきっとキレイに咲くからネ。おっきく元気に育つんダヨ〜♪」
パトリシアも、ふかふかの土をかぶせながらウキウキした調子で声を掛ける。
「ねぇ、アカネ。お花咲く頃に、また一緒に見にこようネ」
(戦うことを選んだカラ、誰が欠けても、みんな失敗しても、おかしくない)
それでも。
(もう進むっテみんなと決めたカラ)
「もちろんよ」
茜も頷く。作業を終え、祭会場へ移動しようとした三人だったが、茜は知った顔を見つけて、二人に「先に言ってて」と声を掛ける。
「エド!」
「ん? ぎゃあ! 茜だ!」
「ぎゃあって何よ、失礼ね」
知り合いのハンター、エドだ。彼は両腕で顔を隠しながら、
「くそ。こんな奉仕活動みたいなことしてるとこ、絶対見られたくなかった」
「何よそれ。どう? 元気してる?」
「おかげ様でな。そういやハンクの奴、どうにか持ち直したよ。ありがとな」
「仲良くやってるの?」
「もちろん。今度また依頼で一緒した時に証明してやる」
「それは楽しみね。じゃあ、また会いましょう」
「ああ。またな」
遥華は郷祭の雑踏を見回している。
郷祭は遥華にとって、ハンターとして戦い続ける中での大切な平和だった。こちらへ転移してきて以来、たくさんの思い出をここで作った。
だから、この心安らぐ時間が一時でなく日常になれば良いと願っている。
「お待たせ! 行きましょうか」
茜が戻って来た。三人はまた他愛のない言葉を交わしながら、群衆の一部になった。
●パワーワード
「そんなパンツで大丈夫でちゅか?」
「なんだお前。透視能力でもあるのか?」
サンドラは、北谷王子 朝騎(ka5818)が開口一番に放ったパワーワードに脊髄反射で言い返した。
「苗と種、両方植えたいので下さい」
「何色が良い? 赤白黄色三色揃ってるぞ」
「白にしまちゅ」
「よし……色のチョイスにちょっと含みを感じるな」
「ありがとうございまちゅ」
第一声こそインパクトの塊だったが、特に奇行に走ることはなく、朝騎は花壇での作業を終えたのであった。
●一寸先は闇
「こんにちは、サンドラさん。今日も綺麗だね」
「どうしたんだお前、らしくないぞ。魂が半分口から出てないか?」
「そうかな……」
鞍馬 真(ka5819)は明らかにどんよりとした気配を纏って現れた。
「赤白黄色と三種類あるが、どれが良い?」
「白をもらおうかな」
真は種を受け取ると、
「……そうだ、一緒に植えて貰っても良いかな。どういう深さに植えれば良いとか、わからなくて」
その言葉に偽りはなかったが、彼自身、意識しないところで明るい人といたい、という気持ちがあったのだ。サンドラのレクチャーを受けながら、種を撒き、土をかぶせる。
(……これが咲く頃まで、私は生きているのかな。大切な人達は、世界は、無事なのかな)
今考えても仕方の無いことだ。真にだってそんなことはわかっている。
「真? 大丈夫か?」
「え? あ、うん。大丈夫だよ……」
「う、うん……そうか。花が咲くのを楽しみにしていろ」
「ありがとう。この花壇の花が満開になったら、また見に来たいな」
生きていたら、と言う言葉は飲み込んだ。
●白い手
「君、よく僕がここにいるってわかったな」
「CJなら功徳を積みにここに来そうな気がしたの。ところで風邪はもう治ったの?」
ディーナ・フェルミ(ka5843)はそう言うと、C.J.(kz0273)の前にしゃがみ込んだ。その手には移植ごてと苗がある。
「事情通か? おかげ様ですっかり良くなったよ。一日で熱が下がった。日頃の信仰かな?」
彼は苦笑した。ディーナは苗を植える穴を造りながら、
「CJが真面目なエクラ教徒であることは疑ってないの。私に泣かされるくらい泣き虫だけど」
「あのね、あの時は僕だって怖い思いしたんだからな。ちょっとのことで泣いちゃう状態だったの。君、恐怖に対して鈍感だよな?」
C.J.から見て、ディーナは、死の手前を飛び越しているようにも見えた。「これ以上やったら死ぬかもしれない」恐怖に対して鈍感で。たまに心配になることもある。
「私の方が変? 大食い以外で私に変なところなんて、ないと思うの」
「もうちょっと、よそからどう見えるか考えて発言した方が良いぞ、君は。ああ、説教臭いこと言った……ごめん、忘れて。これだから徳が積み上がらない」
「郷祭期間中に安全に功徳を積みたいなら、食べ歩きより他のことした方が効率がいいかもなの。私が一日位食べ歩きをしなくても、エクラさまは怒らないの」
「それこそ善行じゃねぇのかぁ?」
「ついでに、ヴィルジーリオさんの庭へ植樹……じゃなかった植花に行く? あそこを花いっぱいに魔改造はアリだと思うの」
「いや、もうあいつ花の種類覚えるのでいっぱいいっぱいだからそっとしておこうぜ」
●ラグナロク
マリィア・バルデス(ka5848)は花壇で偶然一緒になった教師ジェレミアと作業をしている。ジェレミアは行事ではなく、個人として来ているため、私服だった。
「ハンターじゃない知り合いは少ないのよ。私は先生に、懺悔したかったのかもね」
「懺悔って?」
ジェレミアはきょとんとして尋ねる。
「私はリアルブルーの北欧神話のお膝元の出身よ。北欧神話はね、全ての力ある者が亡くなって、隠れていた人間が地上に現れ新しい時代を拓く所で終わるのよ。邪神戦争が始まった時、ラグナロクが始まったんだと思ったわ」
「でも、その気持ちわかるな。僕も、世界が終わっちゃうのかと思ったよ」
「世界中を戦場にしても戦うか、全ての精霊と幻獣に死絶えるまで結界を張らせるか、全員で歪虚になるか。歪虚になって延々殺しあうのも、精霊と幻獣を殺すのも、私は嫌だった」
マリィアは首を横に振る。
「優しいなぁ。マリィアさんらしいよ。でも、どうしてそれを僕に?」
「先生は一般人だけど、子供の前に歪虚が現れた時、唯一指示を出せる大人でもあるから……ごめんなさい、先生」
「ああ、そう言うこと……マリィアさんは子供が好きだもんね。その時は僕も全力を尽くすから、安心して」
「ありがとう先生。ああ、終わったわ。花が咲く頃にまたお会いできると良いわね」
●魔改造ガーデン
星野 ハナ(ka5852)は、ハンクが大分慣れた手つきで園芸作業をしているのを見て顔を綻ばせた。
「ふむぅ、花植えてるとハンク君、って気がしますねぇ」
「そ、そうですか? 今もヴィルさんのところに通ってるんですよ。お庭、大分綺麗になったんですよ」
「もしもこのあとぉ、エド君たちと待ち合わせとかなかったらぁ、ヴィルジーリオさんところの庭に一緒に行きませんかぁ?」
「気になりますか?」
「そぉですねぇ、サンドラさんが様子見してる筈ですからぁ、そこそこ変なことにはなってないと思いますけどぉ。ヴィルジーリオさんってぇ、私達がヒントを出さなきゃ薔薇が植えられてたことも気付かないウッカリさんだったじゃないですかぁ。何となくですけどぉ、既に手が付けられないほど魔改造されてるような気がして心配でぇ」
「ああ」
ハンクは笑う。
「その心配はないですよ。彼、『これ以上知らん花は増やしたくねぇ』って呻いてるくらいですし」
「頑固ですねぇ。あぁ、何だったらお昼くらい奢りますよぅ。エド君達も呼んでいいですよぅ」
「今日は別行動なんですよ。エドってば、『そんな奉仕活動みたいなことしてたまるか!』って言ってどっか行っちゃいました」
ハナは吹き出した。
●残る人
「ハンクから聞いてましたが、本当にあなたが土いじりするなんて」
「意外か?」
「ちょっと」
トリプルJ(ka6653)は忌憚のないジョンの言葉に苦笑した。それから真顔を作り、
「お前がもう腹括っちまったなら、頼めねえ話だが……ジョン、お前このままでいる気はないか」
「腹は括りましたが……なんですか? このままって?」
「北欧神話は、隠れて生き延びた一組の男女のおかげで新世界が始まった。俺は今が、正しくそうだと思ってる」
「そしてアダムとイブは追放され、カインはアベルを殺し、ノアを残して人類は洪水に飲まれるんです?」
「お前、エドに感化されてねぇか? そんなわけで、大精霊と生殖可能な男女が一組以上残りゃ俺達の勝ちだ。敵もそう思った。だから一般人がどんどん襲われるようになった。邪神戦争に参加してる俺らは、どうしたって一手遅れる。そこに偶然居る誰かしか、皆を救えねえ。謗られることも多いと思う。それでも、積極的に邪神戦争に関わらない誰かが必要なんだ」
邪神だけ倒してハッピーエンド、というわけには行かない。攻撃に晒される、無力な者たちを守る存在は必要になる。
「ああ、そう言う……だったら安心して下さい。僕たちはクリムゾンウェスト防衛に残るつもりでいますよ」
経験の浅いハンターは紅の世界に残る方針だ。もっとも、方針と言うだけで例外はあるだろうが。ジョンはそれに乗ろうと思っている。
「あなたは行かれるんですか? 僕たちを置いてまさか自分だけ死にませんよね?」
「その顔はハンクに感化されてんなぁ……」
●三角形?
「……え? ナンシーさん、略奪愛に走ったんですか?」
「何故?」
穂積 智里(ka6819)はサンドラとナンシーの会話を聞いて、ぽかんとして二人を見た。
「だって、ヴィルジーリオ司祭はサンドラさんと相思相愛だと思っていたので……え? え? え……あれ?」
「だってナンシーさん達三人は仕事仲間って感じで、全然恋愛談義に走るような要素を感じさせないじゃないですか。流石にその程度は分かりますから。だから、恋愛するなら他の方なのかな、と思って…それに思いもよらないカップルの方がありそうな気がするじゃないですか」
三回ほど二人で説明して、やっと智里は納得した。そもそも、サンドラと司祭だって祖母と孫の様なものである(サンドラ談)。
「ありそうって、なにそれ。確かにこないだのグループデートは楽しかったけど。ま、そう言うことで、今日も一人だよ」
「それじゃこれを植え終わったら一緒に郷祭の屋台を見に行きませんか」
「うん。こないだは何だかんだ、仕事だったからね。あたしも智里と屋台見たいな。仕事は一緒するけど遊ぶことってそうそうないし」
「はい! じゃあ、今日は思いっきり楽しみましょう」
●Dig,dig,dig
「龍園では咲かない花なのでしょう」
木綿花(ka6927)はエルフから白い花の苗を受け取りながら呟いた。
「龍園の事情は知らんが、これはニチニチソウだ。覚えて帰れ」
「はい。そのようにいたします。あら……?」
彼女は見知った顔を見て歩み寄った。
「ナンシーさん」
その人は振り返る。すぐに相手が誰だかわかったようだ。
「木綿花? こんなところで会えるなんて。あんたも花植えに?」
「ええ。ご一緒しても?」
「もちろん」
成り行きで二人は一緒に土いじりを始めた。木綿花は労働歌がごとく、テンポ良く歌いながらざくざくと土を掘っている。ナンシーもなんとなくメロディを真似た。
「黄色ですか?」
「うん。あたし黄色好きなんだ。木綿花は?」
「私は白です。この後別の色を頂こうかと。依頼はオフィスで?」
「たまにね」
「お一人暮らしですか? お食事は……こちらの料理はお口に合いますか?」
「野郎二人は一緒だけど、あたしは一人。料理は、まあ自炊したりなんなり。最近ね、こっちの料理にも慣れてきたよ。ブルー出身者が出してる店とかに入りがちだけど」
他愛のない話。もう最後かもという気持ちが、普段は遠慮することにも、勇気や決断力を与えてくれるような気がする。木綿花は手を止めて、空を仰ぎ、呟く。
「やり残したことってなんだろうと考えてしまいますが」
「そうだよねぇ。後回しにしちゃうとね、ほんとに埋もれて、もう駄目だって時に未練になったりするんだよねぇ」
きっと、木綿花もナンシーも、もし瀕死になったらやり残したことをたくさん思いつくのだろう。やらなかった後悔を今際にたくさん残して行くのだろう。
それでも、今日の願い事は一つ。
(今日植えた苗が花開き、次の苗になるまででも続きますように)
●防衛へ
「お久しぶりです、アルトゥーロ司祭様。聖歌隊の皆様方はお元気ですか」
フィロ(ka6966)は、以前自分がゴ……甲虫型雑魔の出た聖堂から助け出した司祭を見つけて丁寧に腰を折った。
「ああ! お久しぶりです。僕のこと、よく覚えてましたね」
「司祭様は最初にお会いした時の印象が強烈で」
「ハハハ……最近はテンション振り切れる前に状況が変わっちゃうからあんなに取り乱しませんよ……フィロさんでも目を逸らすんですね……」
「ところで司祭様は、アウグスタ様の件が終わってからも、邪神戦争に積極的に関わられるのでしょうか」
フィロの言葉に、アルトゥーロは首を横に振った。
「いえ。僕はクリムゾンウェスト防衛に残ります」
「私もそれがよろしいかと。私達が邪神側と戦うことを選び、邪神側も積極的に一般人を襲ってくるようになりました。一般の方と縁が深いハンターは、一般の方を守る方を優先して良いのではないかと思ったのです」
「僕もそう思いました。ええ、アウグスタの様な子供を出さないためにも、残ります」
「はい。どこに居ても戦場たり得ます。全員が邪神に関わったら、間に合わないかもしれないと思ったのです。私は大精霊と生殖可能な人間の男女一組以上が生存すれば、この戦争は勝ちだと考えます」
シビアな話をしながらも、フィロの手つきは丁寧で優しい。ちょこんと植えられた苗は、弱い風に吹かれて涼しげに揺れていた。
●花の楽しみ
ミア(ka7035)は迷いに迷った挙げ句、種を撒くことにした。
「白いマーガレットと、黄色いパンジーを下さいニャス」
「あったかな……」
種と苗を配っているエルフはそんな心細いことを良いながら、「多分これがそうだ」と言ってミアに種を渡した。
「ありがとニャス」
彼女はぴょこんと頭を下げると、借りた園芸用具を持って土の出ているエリアに向かった。
(お花の楽しみって色々あるニャスよなぁ)
もちろん、花が咲いている光景が一番だろうとは思う。けれど、芽が出て、蕾がついて、
(その蕾が膨らんで、ようやくお花が咲くっていうワクワク感が、ミア、大好きだニャぁ)
育てる楽しみはそこにあるのだろう。花が咲かない時期だって、大切なものだ。ミアは撒いた種にそっと土をかぶせた。
「大きく元気におニャりー」
優しく水を掛ける。
ミアがマーガレットとパンジーをリクエストしたのには理由がある。自分の思いを重ねたのだ。
マーガレットには、心安らげる誰かの憩いになるよう。花言葉に合わせた願い。
パンジーはほぼ直感で選んだ。どちらかと言うと、色の方に意味がある。
(ビタミンカラーだから、みんなを元気にしてくれるかニャって)
例え物思いに沈んでも、明るい色が照らしてくれる。そんな気がした。
今太陽に照らされている、土の下の種が、いつか人々の心を照らしてくれますように。
●初恋の思い出?
レオーネ・ティラトーレ(ka7249)は親しくしているヴィルジーリオ(kz0278)と花壇のエリアに足を運んだ。レオーネは白、司祭は赤の苗をサンドラから受け取る。
既にたくさんの苗が植えられていた。二人は開いたスペースを探してしゃがみ込むと作業を始めた。レオーネは、大分慣れたように見える相手の手つきを見ながら、
「そういやカモミッラ、カミツレは教会に植える予定ある? あの花好きなんだよ」
「これ以上手入れの違う花を増やしたくないので勘弁してください」
「ははっ!」
レオーネは笑いながら移植ごてで土を避けた。
「結局ナンシーとそういう間柄なのか?」
「付き合ってるかって? まさか。何です突然」
「俺ら今逢瀬してね? って思って。浮気は良くないからな。念のため」
「色気のねぇ逢瀬だな」
「ところで、好みのタイプは?」
「涙の美しい、おしとやかな年上……触ったら折れそうな」
「初恋の思い出は美しいか? 俺は好きになった人がタイプ……あ、ヴィオ当て嵌まるな」
「うっへぇ。あなたに懸想している方に恨まれそうだ……やめよう、段々洒落にならない気になってきた」
後ろを振り返る。その様子を見ながらレオーネはからからと笑った。
「お前本当素直で可愛いな」
「寂しいんですか?」
「そう見える?」
「上のご兄弟が話題に上がらないと言うことはブルーに残った。でも、妹さんたちから見たら、今の一番上はあなたでしょう。心配事はあなたが背負うことに」
「俺の心配はあの子達には内緒だぜ?」
つつがなく、移植は完了した。二人は感謝を捧げる。
「今ここでこうして、友とあることができることに感謝いたします」
●花咲く頃に、会えますように
「ア」
パトリシアは見慣れた後ろ姿を見つけると、背伸びして上から声を掛けた。
「シンー!」
「わっ!? び、びっくりしたな……」
真は身を竦めて振り仰ぐ。
「シンの心ハ、曇り空?」
「どちらかと言うと土砂降りかな……」
そろそろ土砂崩れが起きそうだ。
「パティたちは、さっき植え終わったノ。シンは少し早かったみたいネ」
「そうかもしれない」
「ダカラ、あれ見てないカナって」
「あれって?」
パトリシアが指す方を振り返る。
「わあ……」
参加者が思い思いに植えた苗の蕾が、入り交じって広がっている。白い花は眩しく、赤い花は力強く、黄色い花は軽やかに。
「皆であんなに植えたんだね」
「うんっ。あっちは、種で植えたカラ、まだ何もないのネ。デモ、きっと時期が来たら、綺麗に咲くと思うノ。ダカラ」
また次の郷祭で、この場所で、笑顔で会えますように。
「世界はチョット大変ダケレド、ソレはソレとして祭は楽しまなケレバネ☆」
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はそう決めると、ふらりと花壇の方へやって来た。エルフの女性が、参加者に種と苗を渡していくのが見える。
「アルヴィンさん?」
不意に後ろから声が掛かった。振り返ると、小隊員の妹、エステル・クレティエ(ka3783)がきょとんとしてこちらを見ている。
「やあ、コレハコレハ、エステル嬢。お会いできて光栄ダネ!」
恭しく礼をする。
「君も、花を植えに来たのカナ?」
「ええ、そうなんです。あちらの方ともちょっとご縁が……サンドラさん!」
「エステル! エステルじゃないか!」
サンドラは立ち上がると、エステルを目一杯抱きしめた。緑を映す湖水の様だと評した両目を覗き込む。サンドラはアルヴィンを見て、
「お兄さんか?」
「兄の小隊仲間の方です」
「私はサンドラだ。お前の小隊仲間の妹は本当に良い子だな」
「ウンウン、僕もそう思うヨ。僕はアルヴィン=オールドリッチ」
「心を込めて植えるので素敵に褒めて下さいね」
「ここに来ただけで褒めてやろう。お前たちの慈愛に満ちた心根には、ここに植えられた花たちが報いるだろう。ところで何色の苗が良い? 種でも良いぞ」
「でしたら、白を下さいな」
「僕も白が良いナ」
「よし、持って行け」
サンドラに渡された苗を持って、二人は花壇に移動する。
「アルヴィンさん兎さんお好きなんですよね?」
エステルは首を傾げながら、苗を配置していく。
「こう、白いお花の苗で……兎っぽく出来ないでしょうか。顔に横二つ……縦に耳……ええと 雰囲気だけ!」
「良いんジャナイカナ?」
アルヴィンも、兎の色ということで白色を選んでいる。自分の苗も足して、
「顔にもうチョットあるとそれらしいカナって」
「わあ」
エステルは顔を綻ばせる。
人によっては、言われなければわからないかもしれないが、それでもエステルにはそれが兎だと思えたから。
「アア、いけないヨ、エステル嬢。せっかくの素敵なお召し物が汚れてしまうカラネ」
アルヴィンは紳士然とした振る舞いでハンカチを差し出す。
「まあ、ありがとうございます、アルヴィンさん」
レディの扱いを受けて嬉しいお年頃だ。エステルはありがたく、借りたハンカチで土を避ける。
「豊かな恵みをありがとうございます」
エステルは精霊に感謝を捧げた。
「綺麗に……無事に咲きます様に」
世界の暗雲が呼ぶ嵐に負けませんように。
●今ひとときの平和を
サクラ・エルフリード(ka2598)は、郷祭を見て回る中で花壇作りに目を留めた。
「素敵な催しですね」
「ありがとう。いや、私が考えたわけじゃないけどな。好きなだけ持って行くと良い」
エルフの女性がそう言って苗と種を指した。どうやら、赤白黄色とあるらしい。
「三種類ですか……好きなだけ、ということは全部植えても良いのですね」
「構わない。三種類いっとくか?」
「いっときます。せっかくですし全部植えましょうか……。何処でもいいのですが、色んな場所に植えたほうが楽しいですかね……?」
「それはお前の心の向くままにすると良い」
そして、サクラは三種類の苗と種を抱えて花壇の方へとことこと歩いて行った。貸し出された移植ごてを使って、丁寧に土を掘る。その中に、そろりと花の苗を降ろした。土をかけて、水をやる。
「おや、サクラではないか。お前も来ていたのか」
ふと、聞いたことのある声がかかる。顔を上げると、レイア・アローネ(ka4082)が移植ごてを持ってこちらを見ていた。近くにはセレスティア(ka2691)もいる。どうやら二人は一緒に来たらしい。
「お二人もいらしてたんですね……」
とりとめのない言葉を交わす。
何色にしたんですか、とか。
綺麗に咲くと良いですね、とか。
その時は見に来たいですね、とか。
そんな話をしながらゆっくりと。
「ふう、こんなものでしょうか……では、私はそろそろ……また会いましょう……」
二人に暇を告げて、サクラは花壇を離れた。
働いた後には冷たい飲み物が良い。簡易イートインがしつらえられた屋台でドリンクを買い求めると、パラソルの下、椅子に座って初夏の空気を楽しみながらのんびりと過ごす。
(せめて今だけはこの平和が長く続きますように……)
微笑むように風が吹いた。
●たまには女同士
サクラと会う少し前のこと。セレスティアとレイアは花の種と苗を選んでいた。
「何色が良い?」
「当てっこしても面白そうね」
セレスティアは白、レイアは赤を選ぶ。借りた園芸グッズも持って、二人は土の臭いが濃厚な花壇に足を踏み入れた。
(今日まで色々あったけれど、なんとか仲間たちとともに今を生きていられることに精霊様達に感謝を)
色々なことがあった。自分も周りも、何度も危ない目に遭ったものだ。そしてこれからも。これからは、もっと危機に瀕することがあるだろう。
(そして、これからも絆を繋いで行けますように)
心から、望む。
「最後の邪神との戦いもおそらくお前と一緒なのだろうな」
レイアが顔についた土を親指で落としながら呟いた。セレスティアとレイアは、大規模作戦があると、共闘することが多い。
「ええ、そうかもしれませんね」
「一緒に帰ってきて、花が咲くのを見届けよう」
「レイアったら」
セレスティアはくすりと笑う。
「フラグですよ」
「フラグ? 知るか。帰ってくると誓ったのだからそれは絶対だ」
「そうですね。これが最後になることの無い様に。祈るとともに、誓いましょう」
それをなしていくのは、戦場に赴く自分たちなのだから。
たまたま一緒になったサクラが、自分の作業を終えて去って少ししてから、二人の荷物も軽くなった。
「この後、屋台巡りはどうだろうか」
「ええ。是非。お祭りの雰囲気って好きなんです。生きていく意味がそこにあるという気がしていて……」
「決まりだな」
「たまには女同士も悪くはないわよね」
親しい二人は、楽しげな声が上がる屋台の方へ歩いて行く。
まだ続く未来へ行くように。
●楽しいこと
「ミィリアは種を貰おっかな。色はおまかせで」
「種から育てる楽しみを知っているとは見所のあるやつだ」
ミィリア(ka2689)がエルフにそう告げると、彼女はうんうんと頷きながら種をわしづかみにして袋に入れる。
「こう見えて趣味家庭菜園なんだからまかせてまかせて! 採ったばかりのお野菜を肴にお酒飲んだり、シソを漬けたり、果実酒漬けたり……楽しいんだよねぇ」
「楽しいのが一番だぞ。私も野菜育てようかな。自分で作ると美味いよな」
「うんうん! ……っていけないいけない! お花! お花を育てなくっちゃでござる!!」
「よし、任せた」
ミィリアは移植ごてなどを持って送り出された。ふかふかの土。まだ何も撒かれていない辺りに目を付けて、彼女は作業を開始した。
気候が良ければ、種はすぐに芽吹くだろう。その後上手く育つかは……運の要素も大きい。
土をかぶせて、優しく水を掛ける。そうでなければ種が流れていってしまう。
「よーし、こんなもんだよね」
要領よく種まきを終えたミィリアは、エルフの元へ戻った。道具を返しながら、
「この試み、とっても素敵だなって思うでござる。季節が巡る度に何度だって種をまいて、何度だって皆で楽しく笑顔でお花見!」
「私もそう思う。だからこの話を聞いていてもたってもいられなかったんだ。咲く頃に見に来い」
「うん。楽しみでござる!」
楽しみはいっぱいあって困ることないもの。
別の楽しみでもある屋台の方へ歩きながら、ミィリアは賑やかな空気に浮き足立ち、花が咲く頃に思いを馳せる。精霊への感謝を捧げながら。
●甜言蜜語リターンズ
「お久しぶりですサンドラ様、変わらぬ太陽の如き明るさに私は眩んでしまいます。なんて、ふふ♪」
「今日は懐かしい顔によく会うなぁ! さっきエステルも来たぞ。お兄さんの小隊仲間の男と一緒に」
ユメリア(ka7010)が笑みを溢して挨拶をすると、サンドラは立ち上がった。ユメリアは傍らにいた高瀬 未悠(ka3199)を紹介する。
「こちら高瀬未悠さん。未悠さん、こちらサンドラ様」
「百歳近い。人間なら私をおばあちゃんだと思ってくれても良い」
「ユメリアと同じ位の歳なのね。でもタイプは正反対みたい」
「まあ、そうだな。私が暖炉ならユメリアは水辺の風みたいな感じだな」
「未悠さんは心から人の幸せの為に行動を起こせる人。なのに可憐でいて」
「花の美しさに通じる娘か」
「ええ、本当に。いくら慕っても足りません」
ステレオ甜言蜜語である。
「もうっ、褒め過ぎよ。貴女こそ詩の女神様みたいだわ」
未悠は頬を染めながらも言葉を返した。
必要なものを受け取って花壇へ。ユメリアは、花壇を見て、そこからゆっくりと空へ視線を伸ばした。
「花蔓が絡みあい、一つの大樹となり天蓋のようにして人を守る。数多の心一つにする象徴の花壇になるよう。そんな日を作りましょうね。未悠さん」
「ええ、必ず」
未悠は細い指で土を触る。慈しむ様に優しく丁寧に。精霊への感謝を込め人々の幸せを願いながら。日に温められた土は、命の温かさを伝える様。
「あ、ユメリア、私、追加をもらって来るわね」
「ええ、行ってらっしゃい」
「なんだ、お前か。どうした?」
「追加をもらうと言ってきたの」
「そうか、それなら……」
「ユメリアが森から離れ生きられるのは後数年なの。貴女なら残りの人生をどう生きたい……?」
サンドラは手を止めた。未悠はどこか思い詰めたように、
「私は……おばあちゃんになるまで彼女と一緒にいて、最期は看取ってあげたいの。どうしたら良い?」
「今を大事にしろ」
エルフは首を横に振る。
「私にも、看取ってやりたい奴がいる。その子は人間だ。私より何十歳も年下なのに、年寄りで寿命が近い。最近は私の事もわからない時がある」
未悠は聞いている。
「私もあと少ししたら森に帰る。でもその前に死んでくれとは言えない。だから、どう言う形で別れが来ても、それが運命だったと言えるくらい今を積み重ねろ。私もえらいことは言えない。悔いるかもしれない。それでも後悔を減らすには今しかない」
「そうね……」
風に乗って二人の会話が聞こえて来る。ユメリアは目を閉じた。
(未来は無数にありますから、願いを胸にたった一つしかない今を大切にしましょう)
その積み重ねが何かを変えることは、未悠が教えてくれたこと。
「ごめんなさい、ユメリア。待たせてしまって」
「いいえ。随分と悩まれていたようですね」
「三色しかないのにね。ねえ、ユメリア」
「はい、何でしょう」
「この花壇が花で一杯になったら……見に来ましょうね」
「ええ、必ず」
近くをアルヴィンと通りかかったエステルが手を振った。二人はそれに気づき、顔を綻ばせて手を振り返す。
愛しい今を積み重ね、未来へ繋がる事を願って。
●真実の友情
「わあ、結構集まってるわね。まだ植える場所、余ってるかな」
天王寺茜(ka4080)は手でひさしを作りながら、広がる花壇を見渡した。
「ねじこめ」
種と苗を配るエルフが言い放つ。
「黄色い花ガ咲く種を下さいナ♪」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)がぴょんと前へ出て両手を出した。エルフはそこに種が入った袋を置く。
「マーガレット。花言葉は色々あるが、真実の友情というのを伝授してやる」
「素敵ネ」
「あ、パティに茜さんじゃない?」
「遥華さん!」
「ハルも来てたのネ。一緒にお花植えよっカ?」
央崎 遥華(ka5644)とまさかの遭遇に、その場に花が咲いたように明るくなった。遥華がエルフから白と黄の種を受け取ると、三人は花壇に移動する。
「植え終わったら春郷祭に行ってみましょ。美味しいモノたくさん出てそうよ」
「そうだね。名物料理とか、写真も撮りたいな~」
「パティ、スマホ持ってるヨ。皆で思い出たっくさん残そうネ」
和気藹々としながらも、三人とも手元は丁寧だ。茜はパトリシアと並んだ所に種を撒くと、目を閉じて、祈りを捧げた。
(花が咲く頃に、またパティと来れますように)
「キミはきっとキレイに咲くからネ。おっきく元気に育つんダヨ〜♪」
パトリシアも、ふかふかの土をかぶせながらウキウキした調子で声を掛ける。
「ねぇ、アカネ。お花咲く頃に、また一緒に見にこようネ」
(戦うことを選んだカラ、誰が欠けても、みんな失敗しても、おかしくない)
それでも。
(もう進むっテみんなと決めたカラ)
「もちろんよ」
茜も頷く。作業を終え、祭会場へ移動しようとした三人だったが、茜は知った顔を見つけて、二人に「先に言ってて」と声を掛ける。
「エド!」
「ん? ぎゃあ! 茜だ!」
「ぎゃあって何よ、失礼ね」
知り合いのハンター、エドだ。彼は両腕で顔を隠しながら、
「くそ。こんな奉仕活動みたいなことしてるとこ、絶対見られたくなかった」
「何よそれ。どう? 元気してる?」
「おかげ様でな。そういやハンクの奴、どうにか持ち直したよ。ありがとな」
「仲良くやってるの?」
「もちろん。今度また依頼で一緒した時に証明してやる」
「それは楽しみね。じゃあ、また会いましょう」
「ああ。またな」
遥華は郷祭の雑踏を見回している。
郷祭は遥華にとって、ハンターとして戦い続ける中での大切な平和だった。こちらへ転移してきて以来、たくさんの思い出をここで作った。
だから、この心安らぐ時間が一時でなく日常になれば良いと願っている。
「お待たせ! 行きましょうか」
茜が戻って来た。三人はまた他愛のない言葉を交わしながら、群衆の一部になった。
●パワーワード
「そんなパンツで大丈夫でちゅか?」
「なんだお前。透視能力でもあるのか?」
サンドラは、北谷王子 朝騎(ka5818)が開口一番に放ったパワーワードに脊髄反射で言い返した。
「苗と種、両方植えたいので下さい」
「何色が良い? 赤白黄色三色揃ってるぞ」
「白にしまちゅ」
「よし……色のチョイスにちょっと含みを感じるな」
「ありがとうございまちゅ」
第一声こそインパクトの塊だったが、特に奇行に走ることはなく、朝騎は花壇での作業を終えたのであった。
●一寸先は闇
「こんにちは、サンドラさん。今日も綺麗だね」
「どうしたんだお前、らしくないぞ。魂が半分口から出てないか?」
「そうかな……」
鞍馬 真(ka5819)は明らかにどんよりとした気配を纏って現れた。
「赤白黄色と三種類あるが、どれが良い?」
「白をもらおうかな」
真は種を受け取ると、
「……そうだ、一緒に植えて貰っても良いかな。どういう深さに植えれば良いとか、わからなくて」
その言葉に偽りはなかったが、彼自身、意識しないところで明るい人といたい、という気持ちがあったのだ。サンドラのレクチャーを受けながら、種を撒き、土をかぶせる。
(……これが咲く頃まで、私は生きているのかな。大切な人達は、世界は、無事なのかな)
今考えても仕方の無いことだ。真にだってそんなことはわかっている。
「真? 大丈夫か?」
「え? あ、うん。大丈夫だよ……」
「う、うん……そうか。花が咲くのを楽しみにしていろ」
「ありがとう。この花壇の花が満開になったら、また見に来たいな」
生きていたら、と言う言葉は飲み込んだ。
●白い手
「君、よく僕がここにいるってわかったな」
「CJなら功徳を積みにここに来そうな気がしたの。ところで風邪はもう治ったの?」
ディーナ・フェルミ(ka5843)はそう言うと、C.J.(kz0273)の前にしゃがみ込んだ。その手には移植ごてと苗がある。
「事情通か? おかげ様ですっかり良くなったよ。一日で熱が下がった。日頃の信仰かな?」
彼は苦笑した。ディーナは苗を植える穴を造りながら、
「CJが真面目なエクラ教徒であることは疑ってないの。私に泣かされるくらい泣き虫だけど」
「あのね、あの時は僕だって怖い思いしたんだからな。ちょっとのことで泣いちゃう状態だったの。君、恐怖に対して鈍感だよな?」
C.J.から見て、ディーナは、死の手前を飛び越しているようにも見えた。「これ以上やったら死ぬかもしれない」恐怖に対して鈍感で。たまに心配になることもある。
「私の方が変? 大食い以外で私に変なところなんて、ないと思うの」
「もうちょっと、よそからどう見えるか考えて発言した方が良いぞ、君は。ああ、説教臭いこと言った……ごめん、忘れて。これだから徳が積み上がらない」
「郷祭期間中に安全に功徳を積みたいなら、食べ歩きより他のことした方が効率がいいかもなの。私が一日位食べ歩きをしなくても、エクラさまは怒らないの」
「それこそ善行じゃねぇのかぁ?」
「ついでに、ヴィルジーリオさんの庭へ植樹……じゃなかった植花に行く? あそこを花いっぱいに魔改造はアリだと思うの」
「いや、もうあいつ花の種類覚えるのでいっぱいいっぱいだからそっとしておこうぜ」
●ラグナロク
マリィア・バルデス(ka5848)は花壇で偶然一緒になった教師ジェレミアと作業をしている。ジェレミアは行事ではなく、個人として来ているため、私服だった。
「ハンターじゃない知り合いは少ないのよ。私は先生に、懺悔したかったのかもね」
「懺悔って?」
ジェレミアはきょとんとして尋ねる。
「私はリアルブルーの北欧神話のお膝元の出身よ。北欧神話はね、全ての力ある者が亡くなって、隠れていた人間が地上に現れ新しい時代を拓く所で終わるのよ。邪神戦争が始まった時、ラグナロクが始まったんだと思ったわ」
「でも、その気持ちわかるな。僕も、世界が終わっちゃうのかと思ったよ」
「世界中を戦場にしても戦うか、全ての精霊と幻獣に死絶えるまで結界を張らせるか、全員で歪虚になるか。歪虚になって延々殺しあうのも、精霊と幻獣を殺すのも、私は嫌だった」
マリィアは首を横に振る。
「優しいなぁ。マリィアさんらしいよ。でも、どうしてそれを僕に?」
「先生は一般人だけど、子供の前に歪虚が現れた時、唯一指示を出せる大人でもあるから……ごめんなさい、先生」
「ああ、そう言うこと……マリィアさんは子供が好きだもんね。その時は僕も全力を尽くすから、安心して」
「ありがとう先生。ああ、終わったわ。花が咲く頃にまたお会いできると良いわね」
●魔改造ガーデン
星野 ハナ(ka5852)は、ハンクが大分慣れた手つきで園芸作業をしているのを見て顔を綻ばせた。
「ふむぅ、花植えてるとハンク君、って気がしますねぇ」
「そ、そうですか? 今もヴィルさんのところに通ってるんですよ。お庭、大分綺麗になったんですよ」
「もしもこのあとぉ、エド君たちと待ち合わせとかなかったらぁ、ヴィルジーリオさんところの庭に一緒に行きませんかぁ?」
「気になりますか?」
「そぉですねぇ、サンドラさんが様子見してる筈ですからぁ、そこそこ変なことにはなってないと思いますけどぉ。ヴィルジーリオさんってぇ、私達がヒントを出さなきゃ薔薇が植えられてたことも気付かないウッカリさんだったじゃないですかぁ。何となくですけどぉ、既に手が付けられないほど魔改造されてるような気がして心配でぇ」
「ああ」
ハンクは笑う。
「その心配はないですよ。彼、『これ以上知らん花は増やしたくねぇ』って呻いてるくらいですし」
「頑固ですねぇ。あぁ、何だったらお昼くらい奢りますよぅ。エド君達も呼んでいいですよぅ」
「今日は別行動なんですよ。エドってば、『そんな奉仕活動みたいなことしてたまるか!』って言ってどっか行っちゃいました」
ハナは吹き出した。
●残る人
「ハンクから聞いてましたが、本当にあなたが土いじりするなんて」
「意外か?」
「ちょっと」
トリプルJ(ka6653)は忌憚のないジョンの言葉に苦笑した。それから真顔を作り、
「お前がもう腹括っちまったなら、頼めねえ話だが……ジョン、お前このままでいる気はないか」
「腹は括りましたが……なんですか? このままって?」
「北欧神話は、隠れて生き延びた一組の男女のおかげで新世界が始まった。俺は今が、正しくそうだと思ってる」
「そしてアダムとイブは追放され、カインはアベルを殺し、ノアを残して人類は洪水に飲まれるんです?」
「お前、エドに感化されてねぇか? そんなわけで、大精霊と生殖可能な男女が一組以上残りゃ俺達の勝ちだ。敵もそう思った。だから一般人がどんどん襲われるようになった。邪神戦争に参加してる俺らは、どうしたって一手遅れる。そこに偶然居る誰かしか、皆を救えねえ。謗られることも多いと思う。それでも、積極的に邪神戦争に関わらない誰かが必要なんだ」
邪神だけ倒してハッピーエンド、というわけには行かない。攻撃に晒される、無力な者たちを守る存在は必要になる。
「ああ、そう言う……だったら安心して下さい。僕たちはクリムゾンウェスト防衛に残るつもりでいますよ」
経験の浅いハンターは紅の世界に残る方針だ。もっとも、方針と言うだけで例外はあるだろうが。ジョンはそれに乗ろうと思っている。
「あなたは行かれるんですか? 僕たちを置いてまさか自分だけ死にませんよね?」
「その顔はハンクに感化されてんなぁ……」
●三角形?
「……え? ナンシーさん、略奪愛に走ったんですか?」
「何故?」
穂積 智里(ka6819)はサンドラとナンシーの会話を聞いて、ぽかんとして二人を見た。
「だって、ヴィルジーリオ司祭はサンドラさんと相思相愛だと思っていたので……え? え? え……あれ?」
「だってナンシーさん達三人は仕事仲間って感じで、全然恋愛談義に走るような要素を感じさせないじゃないですか。流石にその程度は分かりますから。だから、恋愛するなら他の方なのかな、と思って…それに思いもよらないカップルの方がありそうな気がするじゃないですか」
三回ほど二人で説明して、やっと智里は納得した。そもそも、サンドラと司祭だって祖母と孫の様なものである(サンドラ談)。
「ありそうって、なにそれ。確かにこないだのグループデートは楽しかったけど。ま、そう言うことで、今日も一人だよ」
「それじゃこれを植え終わったら一緒に郷祭の屋台を見に行きませんか」
「うん。こないだは何だかんだ、仕事だったからね。あたしも智里と屋台見たいな。仕事は一緒するけど遊ぶことってそうそうないし」
「はい! じゃあ、今日は思いっきり楽しみましょう」
●Dig,dig,dig
「龍園では咲かない花なのでしょう」
木綿花(ka6927)はエルフから白い花の苗を受け取りながら呟いた。
「龍園の事情は知らんが、これはニチニチソウだ。覚えて帰れ」
「はい。そのようにいたします。あら……?」
彼女は見知った顔を見て歩み寄った。
「ナンシーさん」
その人は振り返る。すぐに相手が誰だかわかったようだ。
「木綿花? こんなところで会えるなんて。あんたも花植えに?」
「ええ。ご一緒しても?」
「もちろん」
成り行きで二人は一緒に土いじりを始めた。木綿花は労働歌がごとく、テンポ良く歌いながらざくざくと土を掘っている。ナンシーもなんとなくメロディを真似た。
「黄色ですか?」
「うん。あたし黄色好きなんだ。木綿花は?」
「私は白です。この後別の色を頂こうかと。依頼はオフィスで?」
「たまにね」
「お一人暮らしですか? お食事は……こちらの料理はお口に合いますか?」
「野郎二人は一緒だけど、あたしは一人。料理は、まあ自炊したりなんなり。最近ね、こっちの料理にも慣れてきたよ。ブルー出身者が出してる店とかに入りがちだけど」
他愛のない話。もう最後かもという気持ちが、普段は遠慮することにも、勇気や決断力を与えてくれるような気がする。木綿花は手を止めて、空を仰ぎ、呟く。
「やり残したことってなんだろうと考えてしまいますが」
「そうだよねぇ。後回しにしちゃうとね、ほんとに埋もれて、もう駄目だって時に未練になったりするんだよねぇ」
きっと、木綿花もナンシーも、もし瀕死になったらやり残したことをたくさん思いつくのだろう。やらなかった後悔を今際にたくさん残して行くのだろう。
それでも、今日の願い事は一つ。
(今日植えた苗が花開き、次の苗になるまででも続きますように)
●防衛へ
「お久しぶりです、アルトゥーロ司祭様。聖歌隊の皆様方はお元気ですか」
フィロ(ka6966)は、以前自分がゴ……甲虫型雑魔の出た聖堂から助け出した司祭を見つけて丁寧に腰を折った。
「ああ! お久しぶりです。僕のこと、よく覚えてましたね」
「司祭様は最初にお会いした時の印象が強烈で」
「ハハハ……最近はテンション振り切れる前に状況が変わっちゃうからあんなに取り乱しませんよ……フィロさんでも目を逸らすんですね……」
「ところで司祭様は、アウグスタ様の件が終わってからも、邪神戦争に積極的に関わられるのでしょうか」
フィロの言葉に、アルトゥーロは首を横に振った。
「いえ。僕はクリムゾンウェスト防衛に残ります」
「私もそれがよろしいかと。私達が邪神側と戦うことを選び、邪神側も積極的に一般人を襲ってくるようになりました。一般の方と縁が深いハンターは、一般の方を守る方を優先して良いのではないかと思ったのです」
「僕もそう思いました。ええ、アウグスタの様な子供を出さないためにも、残ります」
「はい。どこに居ても戦場たり得ます。全員が邪神に関わったら、間に合わないかもしれないと思ったのです。私は大精霊と生殖可能な人間の男女一組以上が生存すれば、この戦争は勝ちだと考えます」
シビアな話をしながらも、フィロの手つきは丁寧で優しい。ちょこんと植えられた苗は、弱い風に吹かれて涼しげに揺れていた。
●花の楽しみ
ミア(ka7035)は迷いに迷った挙げ句、種を撒くことにした。
「白いマーガレットと、黄色いパンジーを下さいニャス」
「あったかな……」
種と苗を配っているエルフはそんな心細いことを良いながら、「多分これがそうだ」と言ってミアに種を渡した。
「ありがとニャス」
彼女はぴょこんと頭を下げると、借りた園芸用具を持って土の出ているエリアに向かった。
(お花の楽しみって色々あるニャスよなぁ)
もちろん、花が咲いている光景が一番だろうとは思う。けれど、芽が出て、蕾がついて、
(その蕾が膨らんで、ようやくお花が咲くっていうワクワク感が、ミア、大好きだニャぁ)
育てる楽しみはそこにあるのだろう。花が咲かない時期だって、大切なものだ。ミアは撒いた種にそっと土をかぶせた。
「大きく元気におニャりー」
優しく水を掛ける。
ミアがマーガレットとパンジーをリクエストしたのには理由がある。自分の思いを重ねたのだ。
マーガレットには、心安らげる誰かの憩いになるよう。花言葉に合わせた願い。
パンジーはほぼ直感で選んだ。どちらかと言うと、色の方に意味がある。
(ビタミンカラーだから、みんなを元気にしてくれるかニャって)
例え物思いに沈んでも、明るい色が照らしてくれる。そんな気がした。
今太陽に照らされている、土の下の種が、いつか人々の心を照らしてくれますように。
●初恋の思い出?
レオーネ・ティラトーレ(ka7249)は親しくしているヴィルジーリオ(kz0278)と花壇のエリアに足を運んだ。レオーネは白、司祭は赤の苗をサンドラから受け取る。
既にたくさんの苗が植えられていた。二人は開いたスペースを探してしゃがみ込むと作業を始めた。レオーネは、大分慣れたように見える相手の手つきを見ながら、
「そういやカモミッラ、カミツレは教会に植える予定ある? あの花好きなんだよ」
「これ以上手入れの違う花を増やしたくないので勘弁してください」
「ははっ!」
レオーネは笑いながら移植ごてで土を避けた。
「結局ナンシーとそういう間柄なのか?」
「付き合ってるかって? まさか。何です突然」
「俺ら今逢瀬してね? って思って。浮気は良くないからな。念のため」
「色気のねぇ逢瀬だな」
「ところで、好みのタイプは?」
「涙の美しい、おしとやかな年上……触ったら折れそうな」
「初恋の思い出は美しいか? 俺は好きになった人がタイプ……あ、ヴィオ当て嵌まるな」
「うっへぇ。あなたに懸想している方に恨まれそうだ……やめよう、段々洒落にならない気になってきた」
後ろを振り返る。その様子を見ながらレオーネはからからと笑った。
「お前本当素直で可愛いな」
「寂しいんですか?」
「そう見える?」
「上のご兄弟が話題に上がらないと言うことはブルーに残った。でも、妹さんたちから見たら、今の一番上はあなたでしょう。心配事はあなたが背負うことに」
「俺の心配はあの子達には内緒だぜ?」
つつがなく、移植は完了した。二人は感謝を捧げる。
「今ここでこうして、友とあることができることに感謝いたします」
●花咲く頃に、会えますように
「ア」
パトリシアは見慣れた後ろ姿を見つけると、背伸びして上から声を掛けた。
「シンー!」
「わっ!? び、びっくりしたな……」
真は身を竦めて振り仰ぐ。
「シンの心ハ、曇り空?」
「どちらかと言うと土砂降りかな……」
そろそろ土砂崩れが起きそうだ。
「パティたちは、さっき植え終わったノ。シンは少し早かったみたいネ」
「そうかもしれない」
「ダカラ、あれ見てないカナって」
「あれって?」
パトリシアが指す方を振り返る。
「わあ……」
参加者が思い思いに植えた苗の蕾が、入り交じって広がっている。白い花は眩しく、赤い花は力強く、黄色い花は軽やかに。
「皆であんなに植えたんだね」
「うんっ。あっちは、種で植えたカラ、まだ何もないのネ。デモ、きっと時期が来たら、綺麗に咲くと思うノ。ダカラ」
また次の郷祭で、この場所で、笑顔で会えますように。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/26 06:39:44 |