ゲスト
(ka0000)
【血断】散りゆく華の様に 傾く夕陽の様に
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~5人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/06/25 15:00
- 完成日
- 2019/07/03 08:11
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
あちこちの建物が崩れ落ちていた。
人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。だがそこに、天から紫電が落ちて突き刺さる。
黒焦げになり倒れる人たち。その中心には黒い影があった。黒い影に覆われシルエットしか分からない、槍を掲げた男の姿。逃げるものたちに回り込むように駆け抜け、立ちはだかると今度は己を中心に雷の環を広げて泣き叫ぶ人々を焼き滅ぼしていく。
ハンターたちが漸く駆けつけたときに広がっていたのはそんな光景だった。
「くっ……! もうやめろ! 街の人たちに手を出すな! 私が相手だ!」
一人がそういって影──おそらくシェオルだろう──に、飛びかかる。
一撃をシェオルは手にした槍で受け……
『街の人に手を出すな……だと?』
そしてハンターの言葉に、あえて見せつけるかのように、人々を巻き込みながらの雷の攻撃を繰り返す。
『何を言っている。何故逃がす。何故立ち向かわせない。お前たちが?』
そうして、侮蔑を込めた声でそう言い放った。
「何を……馬鹿なことを……」
『馬鹿なこと、だと!? お前たちの選択はそう言うことだろうが! 勝ち目の無い戦いだろうが、諦めずに足掻くのが正しいのだろう!? 希望を捨てなければ、どんな困難でも乗り越えられると言うのだろう!?』
シェオルは跳躍し立ちはだかるハンターたちの封鎖をすり抜ける。槍を高く掲げ、ハンターたちの後ろで恐怖にすくんで動けなかった一人の人間を貫き殺す。
『こいつらが死ぬのは諦めたからだ! 工夫が足りないからだ! 実力差に恐れず皆で作戦を考えて立ち向かえば勝てたんだ! だから死ぬのはこいつらが悪い、お前たちはそう言うんだろう!?』
「な……滅茶苦茶だ! 俺たちがやろうとしてるのはそんなのとは……」
『違うのか? 本当に? 邪神とお前たちの実力差が、俺とこいつら程度の差でないと何故言える?』
シェオルの全身に紫の雷光がみなぎる。怒りのように。周囲の空気を焼きながら。
『これでも! これでも! 諦めずに戦うのが正しいのか! 最後まで、立ち向かうと、そう言うのか! 諦めなければ勝てる、望めば全て上手くいくというなら──!』
負けた者は全て努力が足りなかったというのか。
なんだかんだで途中から諦めてたんだろうとでも言うのか。
必死で。必死で。必死で戦ったんだ……そして滅びを迎えても、本当に諦めない方が正しかった、やり方が悪かっただけだとでも言うのか。
──その雷が、その怒りが焼こうとしているのは何なのだろう。
一瞬、どう答えれば良いのか分からず顔を歪めたハンターたちに、シェオルは振り向き。
……紫電の中、輪郭しか分からないその顔が、にぃ、と邪悪に笑った気がした。
『ほぉら、必死で足掻け! 足掻けば何とかなる筈だ! 実力差なんて関係ない! 目を背けてる現実なんて無い! 立ち向かえ! お前たちの希望はそう言ってるぞ!』
嗤う。
嘲う。
誰にともつかない虚しい笑い声を上げながら、槍が振るわれ、雷が散る。
──そんな姿に、何を……。
「答えようなんて、考えても無駄でしょうね」
言葉と共に銃声が上がり、シェオルに撃ち込まれる。
後続として新たに対処にやって来た者の一人、高瀬 康太はそうして、シェオルを静かに見つめていた。
会話など無駄なのだ。
する必要がない。
シェオルとはもはや会話など成立しない──という以上に。
【それ】が、どういう存在で、どういう思考に基づいて動いているのか、康太には判る気がしたからだ。
議論を交わしたい訳ではないのだ。
慰めが欲しいわけでもない。
ただ汚点を染み付けてやりたいだけなのだ。その成功を、その未来を、ぐちゃぐちゃに掻き乱して滅茶苦茶にしてやりたいだけなのだ。
その輝きに汚泥を塗り付けてそれだって卑しいものなのだと叫ばなければ。
そうしなければ自分は惨めなだけの存在になってしまうじゃないか。
だから憎む。
だから汚す。
反動存在。
反動存在。
反動存在!!!
(ああ──そうだとも)
判る。
だって己だって、かつては。
そうやって初めて、ハンターたちの前に姿を現したんじゃないか。
世界を守るという役割と同時に個としての夢を持ち個人としての存在を認められようとしていた『彼』の。反動存在だった。世界の守護者としてそんな在り方は誤っている、そんな中途半端な奴らが英雄として認められて自分達が蔑ろにされるのは間違っている。
前に立つべきなのは、戦いに専任し、その覚悟を自ら請け負った者であるべき──なのだ。
──だから。
「対話や説得が必要とは思いませんが、しかしその主張の一部に理解できる部分はありますけどね」
康太はそのシェオルの前へと立ちはだかる。
逃げ惑う人たち、負傷する先行したハンターたち、それらを逃がすために、己の身を、どう使うか。
「認めるべき現実というのはあります。足掻いてもどうにもならない状況というものはあるし、減らせる犠牲にも限度はある──それでも選ばれたのは、犠牲を覚悟し乗り越えて進む道だという事実は、依然としてある」
ああ、そうだ。
己のかつての主張だって。その全てが間違っていたとは、今も思っていない。
個より優先すべき全体の事情というものは、せねばならないことというものは、ある。
──例え己の命を、それによって叶わなくなる夢を、犠牲にしてでも。
そうだ。この道が選ばれてから、覚悟はしていた。
当てもないのに何とかなる、と思い込むのは希望なんかじゃない。現実から目を反らしているだけだ。
犠牲は出るのだ。この作戦は。
そして、先のない己がその犠牲となるべき役割を避けようとするなど許容できない。
やっと分かった。
己は、日向に輝く花ではなく陰に咲く花だ。
昇る朝日ではなく傾く夕陽だ。
眩く明るい光に憧れはした。それでも、日向に出そうなど、また高みに上げようなどしてくれなくていい。
己がやり遂げるべきことは。
日陰からそれでも己の華を咲かせて散り、沈み行くその色で空を彩ることだ。
康太は覚悟する。
かつて語った己の夢を。
その夢のことを思う度にちらつく面影を。
それを彼は──破り捨てる。
この身は以降全て、人類の勝利のために。未来のために。
その為に生き延びるべき誰かのために。
──ただ。
(この命を使い果たすべきは、まだここではないとも……思いたいですけどね)
そうして彼は、共にこの場に救援へと駆けつけた者たちと、改めてシェオルへと向き直った。
人々は悲鳴を上げて逃げ惑う。だがそこに、天から紫電が落ちて突き刺さる。
黒焦げになり倒れる人たち。その中心には黒い影があった。黒い影に覆われシルエットしか分からない、槍を掲げた男の姿。逃げるものたちに回り込むように駆け抜け、立ちはだかると今度は己を中心に雷の環を広げて泣き叫ぶ人々を焼き滅ぼしていく。
ハンターたちが漸く駆けつけたときに広がっていたのはそんな光景だった。
「くっ……! もうやめろ! 街の人たちに手を出すな! 私が相手だ!」
一人がそういって影──おそらくシェオルだろう──に、飛びかかる。
一撃をシェオルは手にした槍で受け……
『街の人に手を出すな……だと?』
そしてハンターの言葉に、あえて見せつけるかのように、人々を巻き込みながらの雷の攻撃を繰り返す。
『何を言っている。何故逃がす。何故立ち向かわせない。お前たちが?』
そうして、侮蔑を込めた声でそう言い放った。
「何を……馬鹿なことを……」
『馬鹿なこと、だと!? お前たちの選択はそう言うことだろうが! 勝ち目の無い戦いだろうが、諦めずに足掻くのが正しいのだろう!? 希望を捨てなければ、どんな困難でも乗り越えられると言うのだろう!?』
シェオルは跳躍し立ちはだかるハンターたちの封鎖をすり抜ける。槍を高く掲げ、ハンターたちの後ろで恐怖にすくんで動けなかった一人の人間を貫き殺す。
『こいつらが死ぬのは諦めたからだ! 工夫が足りないからだ! 実力差に恐れず皆で作戦を考えて立ち向かえば勝てたんだ! だから死ぬのはこいつらが悪い、お前たちはそう言うんだろう!?』
「な……滅茶苦茶だ! 俺たちがやろうとしてるのはそんなのとは……」
『違うのか? 本当に? 邪神とお前たちの実力差が、俺とこいつら程度の差でないと何故言える?』
シェオルの全身に紫の雷光がみなぎる。怒りのように。周囲の空気を焼きながら。
『これでも! これでも! 諦めずに戦うのが正しいのか! 最後まで、立ち向かうと、そう言うのか! 諦めなければ勝てる、望めば全て上手くいくというなら──!』
負けた者は全て努力が足りなかったというのか。
なんだかんだで途中から諦めてたんだろうとでも言うのか。
必死で。必死で。必死で戦ったんだ……そして滅びを迎えても、本当に諦めない方が正しかった、やり方が悪かっただけだとでも言うのか。
──その雷が、その怒りが焼こうとしているのは何なのだろう。
一瞬、どう答えれば良いのか分からず顔を歪めたハンターたちに、シェオルは振り向き。
……紫電の中、輪郭しか分からないその顔が、にぃ、と邪悪に笑った気がした。
『ほぉら、必死で足掻け! 足掻けば何とかなる筈だ! 実力差なんて関係ない! 目を背けてる現実なんて無い! 立ち向かえ! お前たちの希望はそう言ってるぞ!』
嗤う。
嘲う。
誰にともつかない虚しい笑い声を上げながら、槍が振るわれ、雷が散る。
──そんな姿に、何を……。
「答えようなんて、考えても無駄でしょうね」
言葉と共に銃声が上がり、シェオルに撃ち込まれる。
後続として新たに対処にやって来た者の一人、高瀬 康太はそうして、シェオルを静かに見つめていた。
会話など無駄なのだ。
する必要がない。
シェオルとはもはや会話など成立しない──という以上に。
【それ】が、どういう存在で、どういう思考に基づいて動いているのか、康太には判る気がしたからだ。
議論を交わしたい訳ではないのだ。
慰めが欲しいわけでもない。
ただ汚点を染み付けてやりたいだけなのだ。その成功を、その未来を、ぐちゃぐちゃに掻き乱して滅茶苦茶にしてやりたいだけなのだ。
その輝きに汚泥を塗り付けてそれだって卑しいものなのだと叫ばなければ。
そうしなければ自分は惨めなだけの存在になってしまうじゃないか。
だから憎む。
だから汚す。
反動存在。
反動存在。
反動存在!!!
(ああ──そうだとも)
判る。
だって己だって、かつては。
そうやって初めて、ハンターたちの前に姿を現したんじゃないか。
世界を守るという役割と同時に個としての夢を持ち個人としての存在を認められようとしていた『彼』の。反動存在だった。世界の守護者としてそんな在り方は誤っている、そんな中途半端な奴らが英雄として認められて自分達が蔑ろにされるのは間違っている。
前に立つべきなのは、戦いに専任し、その覚悟を自ら請け負った者であるべき──なのだ。
──だから。
「対話や説得が必要とは思いませんが、しかしその主張の一部に理解できる部分はありますけどね」
康太はそのシェオルの前へと立ちはだかる。
逃げ惑う人たち、負傷する先行したハンターたち、それらを逃がすために、己の身を、どう使うか。
「認めるべき現実というのはあります。足掻いてもどうにもならない状況というものはあるし、減らせる犠牲にも限度はある──それでも選ばれたのは、犠牲を覚悟し乗り越えて進む道だという事実は、依然としてある」
ああ、そうだ。
己のかつての主張だって。その全てが間違っていたとは、今も思っていない。
個より優先すべき全体の事情というものは、せねばならないことというものは、ある。
──例え己の命を、それによって叶わなくなる夢を、犠牲にしてでも。
そうだ。この道が選ばれてから、覚悟はしていた。
当てもないのに何とかなる、と思い込むのは希望なんかじゃない。現実から目を反らしているだけだ。
犠牲は出るのだ。この作戦は。
そして、先のない己がその犠牲となるべき役割を避けようとするなど許容できない。
やっと分かった。
己は、日向に輝く花ではなく陰に咲く花だ。
昇る朝日ではなく傾く夕陽だ。
眩く明るい光に憧れはした。それでも、日向に出そうなど、また高みに上げようなどしてくれなくていい。
己がやり遂げるべきことは。
日陰からそれでも己の華を咲かせて散り、沈み行くその色で空を彩ることだ。
康太は覚悟する。
かつて語った己の夢を。
その夢のことを思う度にちらつく面影を。
それを彼は──破り捨てる。
この身は以降全て、人類の勝利のために。未来のために。
その為に生き延びるべき誰かのために。
──ただ。
(この命を使い果たすべきは、まだここではないとも……思いたいですけどね)
そうして彼は、共にこの場に救援へと駆けつけた者たちと、改めてシェオルへと向き直った。
リプレイ本文
現場に到着したハンターたちはシェオルの姿を認めると次々と殺到していく。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の全身から焔が舞い上がった。全身に漲らせたマテリアルの発現。加速した肉体で一気に距離を詰めると、輝羽・零次(ka5974)がそれに後れを取るまいと強く地を蹴る歩法で追いすがる。二人の怒涛の連撃がシェオルへと躍りかかる。
アルトは短剣を逆手に低い姿勢から近寄ると、巧みに相手の身体を足掛かりに駆け上がる様に下から上に二度、斬撃を与えてそのまま相手の頭上を越えていく。ほぼ同時の二撃、そこに反応する相手の動きを縫い留めるような立体の挙動に翻弄され、刃はシェオルの身体を捉え闇を散らした。
零次は機甲拳鎚を強く握り固めると炎を纏う連続攻撃を見舞う。炎……雷を纏う相手は風属性かと期待したが、肉体そのものがそうだというわけでは無いらしい。とはいえ、やはり瞬間的に加速してからの四連撃は驚異の一言に尽きる。槍で弾かれながらも、その攻撃は確実に敵の肉体へと届いている。
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)とメアリ・ロイド(ka6633)は前衛の二人が位置についたのを確認して距離を置いて立つ。先行するハンターから聞いた雷球がまだ出現していないのを認めると一旦はシェオル本体へと狙いを定めた。パトリシアが呪画を広げると光の蝶が現れシェオルに向かって飛んでいく。メアリは魔導銃を構えると機導砲がそこから放たれた。だが、単発の攻撃は機敏なシェオルに二発とも避けられる。
初月 賢四郎(ka1046)は接近はしないがパトリシアとメアリよりはやや前、中距離に位置取り機動術を編む。紡がれた光は守護の力となってまずアルトを覆った。
一行がそうしてシェオルと相対すると、口火を切ったのは賢四郎だった。
「諦めなければ勝てる。望めば上手くいく。何処にそんな御伽話があるんだ?」
静かながらはっきりとした声でシェオルに呼びかける。シェオルは全身に雷を漲らせアルトと零次を薙ぎ払わんとするところだった。広がる雷環を、アルトは俊敏に、零次はギリギリのところで避ける。攻防の中でしかし、シェオルは確かに、賢四郎の言葉に反応を見せていた──薄く笑みを浮かべる形で。
「自身が生き延びる為に他を滅ぼす。上手くいかなければ仕方ない。それだけの事だろう──どんな主義主張をしようと構わないが、それを押しつけるな」
続く言葉にそうして、シェオルははっきりと口を開く。
『やはり、やはりか! お前らも! 【うまくいかなければ仕方ない】!? そんな破れかぶれの見込みなのか! 意気込みだけで挑む、その末路は業火に焼かれる地獄を延々と繰り返す地獄よ!』
その、吐いた言葉が向かう先は。空へと吸い込まれるようなそれは。まさに「天に向かって何とやら」という言葉を思い起こさせて。
「やかましいんだよ、ボケが! 言われなくたってやってやらあ!」
零次が付き合っていられないとばかりに、再び連撃を繰り出した。
(つかこんだけ喋るシュオルって初めてみるが、どうでもいいや)
ただ、こいつは黙らせてやる、と。意気込んだ同時攻撃は再びシェオルの身体を貫いていく。
頭に来るものは有るものの思考の一部は冷静に保ったまま零次は相手を見ていた。こちらを侮るようならそこに付け込もうと思ったが、住民はともかくハンター相手に油断どいうほどの油断は見られなかった。会話に反応はしつつも、響いた様子は無いしそれによって動きが鈍ったり隙が生じるというわけでも無い。
アルトもまた。空を歩くが如き自在な動きからの連撃を繰り返す。……思うところは、あった。
「この世界……と言うよりはソサエティは戦うことを選んだが、それにこの世界全ての人が従うとは思っていない。覚悟は誰かに言われたものではなく、己で持たなければ脆く崩れ去るだけだからな。……私とて私の想いで戦うことを選んだ」
それは口元だけの呟きだった。シェオルには届いていない。
語り合うつもりは無かった。ただの彼女の内心。もしあれが、彼女の想像通りの命運を辿って来た者ならば。
「お前達がどんな覚悟を持ちどんな道をたどったのかはわからないが、その時のお前達が……お前が持った覚悟を否定しようとは思わないし、悔しさもあっただろう……──」
──と、思っていたが。
呼びかけに、様子も変えず暴れまわるシェオルにアルトは向き直る。
「自分達が失敗したからと言って、他人の足を引っ張るとは……ガキか? その情けない性根叩き直してやろう」
そこで不意に、今度こそ聞こえる声でシェオルに向けてはっきり言うと。
彼女の身体を纏っていた焔が消えうせた。
消失。体内を巡るマテリアルが沈静するとともに彼女の見る世界は急速にモノクロームに変化していきあらゆる音が遠く小さくなっていく。判断を阻害するあらゆる無駄な情報が削ぎ落され、選別された物だけを知覚する。さらに加速する肉体が捉える感覚は通常のままでは処理しきれない故に覚醒させた無我の境地。そうして世界を置き去りにして彼女は奔る。
「悪いが子供レベルの癇癪に長々付き合ってやるつもりはない」
挑発の言葉。だがそれにもまだシェオルは揺らぐ様子は見せなかった。
『子供の癇癪? ──違うな。痛みを知った大人として、現実を認めぬ子供を諭してやってるまでよ!』
なおも、吠える。
「イヤなコト言うシェオルちゃんネ~」
パトリシアが呟いた。
諦めなければ、望めば全て上手く。彼女だってそんなことは思っていない。
事実、ままならないこともたくさん見て来たから、亡くしてしまう事の想像はとてもリアルだ。
でも。
「お前もかつては、『諦められぬと諦めた』んだろう。それを間違いとは言えないさ──だがら認めた上で踏破する」
パトリシアの前で、賢四郎が呟いた。
彼らに、進むことに迷いはない。もう選ばれてしまっているのだから。
賢四郎が掲げた機械剣から、三つの光弾が放たれる。向かう先は、浮かび上がる雷球。機械剣による指向性操作で三つとも向かったそれは一発は回避されて二発が突き刺さり……雷球は健在。続くパトリシアの符術で破壊された。
その間、メアリは康太に話しかけている。
「……私は貴方が死ぬのが怖いんじゃない。犠牲で志半ばで死ぬのが嫌なんだ。先がないとか命の重さとか関係ない! 私にとって康太さんは、一番大事な光です」
「では志が変わったと言えばそれで終わる話ですね」
熱く語りかけるメアリ。だが康太の反応は静かすぎるくらい静かだった。
「……っ! 諦めて夢叶えずに寿命以外で死んだらその唇奪ってやる……そんな事、」
「勝手にすればいい」
渾身の脅し文句のつもりだったのだろう、それにすら。
──これまでの彼と明確に何か変わったのだ、とそこで思い知りそうになるほど、冷静にきっぱりと割り込んで告げる。
「相応の決意を持って改めてこの道を行くと決めたのです。死すら乗り越えた今更、そこに遺体が侮辱される程度の事が加わったくらいで止まりませんよ」
これは……一体、何なんだろうか。とにかくはっきり感じるのは、用意してきた言葉は伝わらない、その確信だった。だけど、それがなぜなのか分からない。まるで、これは。
「……僕の今の気持ちが。『諦め』という言葉にしかしてもらえないことが、まさに僕と貴女たちの咲く場所の違いなんでしょうね」
これが最後、という風に康太は告げた。その眼はずっとシェオルの方を向いたままだ。シェオル……そう。
まるであのシェオルに向けた会話のようだった。理解を期待していない。分かりはしないだろうと分かっている、そんな。
そう。実際の所、『諦めるな』という言い分は康太にとってあのシェオルが言っていること、やっていることと大差ない話なのだ。
──それに対しては、望めば叶うわけでは無いと、それを押し付けるなと言ってるでは無いか。
シェオルの言葉に、住民の様子に彼は痛感したのだ。己の力は『勝利のために力を尽くす』『生きて己の夢を叶える』、せいぜいどちらかしか叶わない。両方やれ、諦めるなと言われるのは己を追い詰めるだけの無理難題なのだと。
ならばいっそ片方に集中する。己の夢を追う事をやめてもう一歩。命を差し出してもう一手。この戦いのために尽くす。それが『討伐』というハンターの決断を受けての『彼の決断』。それを、『諦め』と、悪しきものと断ぜられるだけのものだとは、康太はもう思わない。
だが、もう……分かり合う事は無いだろう。その時間はもう無いと、康太は思っている。
とにかく今は闘いに集中する。そう切り替えたメアリに、彼もこれ以上言葉を重ねる気は無かった。
闘いは続いている。アルトと零次の猛攻を前に、シェオルはその場を動かず二人への対応を続けている。シェオルのフェイントを交えてからの雷環に零次が巻き込まれる。零次は兜へと意識を集中する。流れてくる気功でそのダメージを軽減し吸収しようとするが、受けきれない。
危機を感じた賢四郎が控えていたパトリシアにサインを送る。シェオルの周囲に符が展開する。描かれる陣から生み出されるのは輝ける黒。それは敵の力を飲み込み、封じる力。
シェオルが流石に慌てた反応をして周囲を見渡す。
「おっと、よそ見の暇があると思うなよ」
そこでアルトの声。これまでずっと攻撃の手を緩めることなくシェオルの意識を集中させてきた彼女だが、その強力無比さを存分に見せつけたがゆえにシェオルに余計に決断させる。この封印は捨て置けないと。
シェオルがパトリシアに向かう。零次が、賢四郎が順にそこに立ちはだかろうとするが、単騎としての能力が上の相手に独りでただ立ちはだかっても止められない。素の力と機敏さでもって押しのけ横をすり抜けられる。
その途中でシェオルの足が不意に沈んだ。パトリシアがこの戦いの最中に各地に仕掛けていた地縛符だ。だがシェオルはそれも、完全無効とは言わないがそれなりに余力のある様子で打ち破った。
パトリシアの元まで到達したシェオル。康太がその前に立つ。しかし。
易々と接近を許すこの状況で、猟撃士である彼にフォローと言っても何が出来るのか。制圧射撃は黒曜の発動と共に試みた。やはり通じなかった。となるとあと彼に思いつくのは。己の行動を捨てて待ち構え、敵の攻撃に合わせて彼女を庇うことだけだった。
……信頼のできる足止め手段と、確実に庇える堅牢な守り手。この両方を欠いた状態で黒曜を安全に運用するにはピースが足りてない。作戦のあちこちに見えた不確実に頼った部分は、強敵相手にはやはり誤魔化しきれない。
だが、あくまで『安全に運用するには』だ。こうなることが織り込み済みだというなら、この敵のスキルを封印できるというのは確かに大きいと康太は評価する。
……己が身体を張って時間を稼ぎ、その間に強者が目的を果たす。それは結果として──康太が願ったりな形の物だから。そして、応えてくれるだけの力はここまでを見るにあるだろうと。
シェオルの槍が康太に向けて突き刺さる。だがそれは遠き祈りの力によって弾き飛ばされた。その時聞こえた声に対する答えは……もう康太の中でしてあるが。
ハンターたちはその間シェオルに集中攻撃にかかる。だが、確実に当てうるのはアルトの攻撃のみ。零次の連撃は出し尽くしている。単発の攻撃しかない他の者には、この相手を捉えるには、ただ各々が個別に狙うのではなくもっと工夫は必要だった。
「康太さん、代わります!」
「……そうですね」
これ以上康太が庇うのは限界と感じ取るとメアリが告げると、康太はあっさりとそれを受け入れた。これも勘違いさせたようだが、康太は別に場当たり的にいつでも命を捨てる覚悟をしたわけではない。出来るならより意義のある一手を打つときに使いたいと望んでいる。だから彼としても、敗北しない限りはここで死ぬ気はない。
以降メアリがパトリシアを庇う形になる。複数の武器を機導術で操りながらの防御は更なる時間を稼ぐが、……しかし。
なお倒しきれていない。それは……向こうにも黒曜に抗う時間を与えたことを意味する。咆哮と共に陣からシェオルを覆い続けていた黒い幕が砕け散っていく。そして一か所に固まる形になっていた一行を纏めて雷の環が薙ぎ払った。康太が倒れ、動きの鈍ったメアリも続いて薙ぎ倒される。
ここでシェオルが次に目を向けたのは賢四郎だった。再び浮かぶ雷球に賢四郎はその意味を理解する。急ぎ賢四郎もパトリシアもそれに攻撃を向けるが……攻撃手が減った状態で、雷環を受けた状態で、その殲滅精度は明らかに落ちていた。
天雷が、賢四郎を貫き、倒れる──そしてそれは天雷を止められなくなったことを意味する。
『やはりな! これが俺たちの歩み、そしてお前たちの進む先だ! 倒れる仲間たちに絶望に耐え切れず、その刃は邪神に届かず折れる!』
呪いの言葉を吐くシェオル……それでも此処迄のハンターたちの猛攻に、その姿も消えかけではあったが。
それでも天雷が今度は零次を襲い──
「何言ってっかわかんねえけど、これだけは言っとくぞ!
──だから、どうした!
及ばなくたって! 変えようがなくたって!
そんな場面いくらでもあった!
それでも、ここで立たなきゃ何かが失われるんなら、諦める事なんか出来るわけがないだろうが!!」
そして、立ち上がれぬはずの無い威力を与えるそれから、気功と不屈の魂で零次は立ち上がり、吠える!
虚を突かれたのか、その拳が突き立つ。思えば敵の脅威に対し、最も的確に能力を合わせてきたのは彼と言えた。窮地に陥りながらも、彼は彼の意志を、彼であることを、貫き、その意地を示してみせたのだ。
そうして、ふらつくそれにアルトの攻撃が、今度こそ止めとなって、シェオルの姿を消していく……──。
黒曜はシェオルをこの場に釘付けにするという意味では大きな貢献を果たした。先行するハンターと連絡を取っていたパトリシアは、住民避難は滞りなく進んだことを聞いて一先ず安堵する。
……だが、倒れた仲間たち。この結果に、伝えようとしていた言葉は飲みこむしかないだろう……そう、深く溜息をつく。
●
そして、彼らは帰還して。
傷ついた身体を引きずって、康太はある場所へと向かっていた。
「寝ている場合では……ない。僕には……」
希少なそれは、己程度の者が易々と手にするものでは無いと分かっている。……そもそも莫大な費用が掛かる。
だが、後者は別に康太には問題では無かった。金を残して何がしたいという未練ももう……ない。
前者については……しかし今は。今だからこそ。自分だから。
これからすべきことに備えて。
不退転の覚悟も込めて、康太はそれを──エリクシールを、手にした。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の全身から焔が舞い上がった。全身に漲らせたマテリアルの発現。加速した肉体で一気に距離を詰めると、輝羽・零次(ka5974)がそれに後れを取るまいと強く地を蹴る歩法で追いすがる。二人の怒涛の連撃がシェオルへと躍りかかる。
アルトは短剣を逆手に低い姿勢から近寄ると、巧みに相手の身体を足掛かりに駆け上がる様に下から上に二度、斬撃を与えてそのまま相手の頭上を越えていく。ほぼ同時の二撃、そこに反応する相手の動きを縫い留めるような立体の挙動に翻弄され、刃はシェオルの身体を捉え闇を散らした。
零次は機甲拳鎚を強く握り固めると炎を纏う連続攻撃を見舞う。炎……雷を纏う相手は風属性かと期待したが、肉体そのものがそうだというわけでは無いらしい。とはいえ、やはり瞬間的に加速してからの四連撃は驚異の一言に尽きる。槍で弾かれながらも、その攻撃は確実に敵の肉体へと届いている。
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)とメアリ・ロイド(ka6633)は前衛の二人が位置についたのを確認して距離を置いて立つ。先行するハンターから聞いた雷球がまだ出現していないのを認めると一旦はシェオル本体へと狙いを定めた。パトリシアが呪画を広げると光の蝶が現れシェオルに向かって飛んでいく。メアリは魔導銃を構えると機導砲がそこから放たれた。だが、単発の攻撃は機敏なシェオルに二発とも避けられる。
初月 賢四郎(ka1046)は接近はしないがパトリシアとメアリよりはやや前、中距離に位置取り機動術を編む。紡がれた光は守護の力となってまずアルトを覆った。
一行がそうしてシェオルと相対すると、口火を切ったのは賢四郎だった。
「諦めなければ勝てる。望めば上手くいく。何処にそんな御伽話があるんだ?」
静かながらはっきりとした声でシェオルに呼びかける。シェオルは全身に雷を漲らせアルトと零次を薙ぎ払わんとするところだった。広がる雷環を、アルトは俊敏に、零次はギリギリのところで避ける。攻防の中でしかし、シェオルは確かに、賢四郎の言葉に反応を見せていた──薄く笑みを浮かべる形で。
「自身が生き延びる為に他を滅ぼす。上手くいかなければ仕方ない。それだけの事だろう──どんな主義主張をしようと構わないが、それを押しつけるな」
続く言葉にそうして、シェオルははっきりと口を開く。
『やはり、やはりか! お前らも! 【うまくいかなければ仕方ない】!? そんな破れかぶれの見込みなのか! 意気込みだけで挑む、その末路は業火に焼かれる地獄を延々と繰り返す地獄よ!』
その、吐いた言葉が向かう先は。空へと吸い込まれるようなそれは。まさに「天に向かって何とやら」という言葉を思い起こさせて。
「やかましいんだよ、ボケが! 言われなくたってやってやらあ!」
零次が付き合っていられないとばかりに、再び連撃を繰り出した。
(つかこんだけ喋るシュオルって初めてみるが、どうでもいいや)
ただ、こいつは黙らせてやる、と。意気込んだ同時攻撃は再びシェオルの身体を貫いていく。
頭に来るものは有るものの思考の一部は冷静に保ったまま零次は相手を見ていた。こちらを侮るようならそこに付け込もうと思ったが、住民はともかくハンター相手に油断どいうほどの油断は見られなかった。会話に反応はしつつも、響いた様子は無いしそれによって動きが鈍ったり隙が生じるというわけでも無い。
アルトもまた。空を歩くが如き自在な動きからの連撃を繰り返す。……思うところは、あった。
「この世界……と言うよりはソサエティは戦うことを選んだが、それにこの世界全ての人が従うとは思っていない。覚悟は誰かに言われたものではなく、己で持たなければ脆く崩れ去るだけだからな。……私とて私の想いで戦うことを選んだ」
それは口元だけの呟きだった。シェオルには届いていない。
語り合うつもりは無かった。ただの彼女の内心。もしあれが、彼女の想像通りの命運を辿って来た者ならば。
「お前達がどんな覚悟を持ちどんな道をたどったのかはわからないが、その時のお前達が……お前が持った覚悟を否定しようとは思わないし、悔しさもあっただろう……──」
──と、思っていたが。
呼びかけに、様子も変えず暴れまわるシェオルにアルトは向き直る。
「自分達が失敗したからと言って、他人の足を引っ張るとは……ガキか? その情けない性根叩き直してやろう」
そこで不意に、今度こそ聞こえる声でシェオルに向けてはっきり言うと。
彼女の身体を纏っていた焔が消えうせた。
消失。体内を巡るマテリアルが沈静するとともに彼女の見る世界は急速にモノクロームに変化していきあらゆる音が遠く小さくなっていく。判断を阻害するあらゆる無駄な情報が削ぎ落され、選別された物だけを知覚する。さらに加速する肉体が捉える感覚は通常のままでは処理しきれない故に覚醒させた無我の境地。そうして世界を置き去りにして彼女は奔る。
「悪いが子供レベルの癇癪に長々付き合ってやるつもりはない」
挑発の言葉。だがそれにもまだシェオルは揺らぐ様子は見せなかった。
『子供の癇癪? ──違うな。痛みを知った大人として、現実を認めぬ子供を諭してやってるまでよ!』
なおも、吠える。
「イヤなコト言うシェオルちゃんネ~」
パトリシアが呟いた。
諦めなければ、望めば全て上手く。彼女だってそんなことは思っていない。
事実、ままならないこともたくさん見て来たから、亡くしてしまう事の想像はとてもリアルだ。
でも。
「お前もかつては、『諦められぬと諦めた』んだろう。それを間違いとは言えないさ──だがら認めた上で踏破する」
パトリシアの前で、賢四郎が呟いた。
彼らに、進むことに迷いはない。もう選ばれてしまっているのだから。
賢四郎が掲げた機械剣から、三つの光弾が放たれる。向かう先は、浮かび上がる雷球。機械剣による指向性操作で三つとも向かったそれは一発は回避されて二発が突き刺さり……雷球は健在。続くパトリシアの符術で破壊された。
その間、メアリは康太に話しかけている。
「……私は貴方が死ぬのが怖いんじゃない。犠牲で志半ばで死ぬのが嫌なんだ。先がないとか命の重さとか関係ない! 私にとって康太さんは、一番大事な光です」
「では志が変わったと言えばそれで終わる話ですね」
熱く語りかけるメアリ。だが康太の反応は静かすぎるくらい静かだった。
「……っ! 諦めて夢叶えずに寿命以外で死んだらその唇奪ってやる……そんな事、」
「勝手にすればいい」
渾身の脅し文句のつもりだったのだろう、それにすら。
──これまでの彼と明確に何か変わったのだ、とそこで思い知りそうになるほど、冷静にきっぱりと割り込んで告げる。
「相応の決意を持って改めてこの道を行くと決めたのです。死すら乗り越えた今更、そこに遺体が侮辱される程度の事が加わったくらいで止まりませんよ」
これは……一体、何なんだろうか。とにかくはっきり感じるのは、用意してきた言葉は伝わらない、その確信だった。だけど、それがなぜなのか分からない。まるで、これは。
「……僕の今の気持ちが。『諦め』という言葉にしかしてもらえないことが、まさに僕と貴女たちの咲く場所の違いなんでしょうね」
これが最後、という風に康太は告げた。その眼はずっとシェオルの方を向いたままだ。シェオル……そう。
まるであのシェオルに向けた会話のようだった。理解を期待していない。分かりはしないだろうと分かっている、そんな。
そう。実際の所、『諦めるな』という言い分は康太にとってあのシェオルが言っていること、やっていることと大差ない話なのだ。
──それに対しては、望めば叶うわけでは無いと、それを押し付けるなと言ってるでは無いか。
シェオルの言葉に、住民の様子に彼は痛感したのだ。己の力は『勝利のために力を尽くす』『生きて己の夢を叶える』、せいぜいどちらかしか叶わない。両方やれ、諦めるなと言われるのは己を追い詰めるだけの無理難題なのだと。
ならばいっそ片方に集中する。己の夢を追う事をやめてもう一歩。命を差し出してもう一手。この戦いのために尽くす。それが『討伐』というハンターの決断を受けての『彼の決断』。それを、『諦め』と、悪しきものと断ぜられるだけのものだとは、康太はもう思わない。
だが、もう……分かり合う事は無いだろう。その時間はもう無いと、康太は思っている。
とにかく今は闘いに集中する。そう切り替えたメアリに、彼もこれ以上言葉を重ねる気は無かった。
闘いは続いている。アルトと零次の猛攻を前に、シェオルはその場を動かず二人への対応を続けている。シェオルのフェイントを交えてからの雷環に零次が巻き込まれる。零次は兜へと意識を集中する。流れてくる気功でそのダメージを軽減し吸収しようとするが、受けきれない。
危機を感じた賢四郎が控えていたパトリシアにサインを送る。シェオルの周囲に符が展開する。描かれる陣から生み出されるのは輝ける黒。それは敵の力を飲み込み、封じる力。
シェオルが流石に慌てた反応をして周囲を見渡す。
「おっと、よそ見の暇があると思うなよ」
そこでアルトの声。これまでずっと攻撃の手を緩めることなくシェオルの意識を集中させてきた彼女だが、その強力無比さを存分に見せつけたがゆえにシェオルに余計に決断させる。この封印は捨て置けないと。
シェオルがパトリシアに向かう。零次が、賢四郎が順にそこに立ちはだかろうとするが、単騎としての能力が上の相手に独りでただ立ちはだかっても止められない。素の力と機敏さでもって押しのけ横をすり抜けられる。
その途中でシェオルの足が不意に沈んだ。パトリシアがこの戦いの最中に各地に仕掛けていた地縛符だ。だがシェオルはそれも、完全無効とは言わないがそれなりに余力のある様子で打ち破った。
パトリシアの元まで到達したシェオル。康太がその前に立つ。しかし。
易々と接近を許すこの状況で、猟撃士である彼にフォローと言っても何が出来るのか。制圧射撃は黒曜の発動と共に試みた。やはり通じなかった。となるとあと彼に思いつくのは。己の行動を捨てて待ち構え、敵の攻撃に合わせて彼女を庇うことだけだった。
……信頼のできる足止め手段と、確実に庇える堅牢な守り手。この両方を欠いた状態で黒曜を安全に運用するにはピースが足りてない。作戦のあちこちに見えた不確実に頼った部分は、強敵相手にはやはり誤魔化しきれない。
だが、あくまで『安全に運用するには』だ。こうなることが織り込み済みだというなら、この敵のスキルを封印できるというのは確かに大きいと康太は評価する。
……己が身体を張って時間を稼ぎ、その間に強者が目的を果たす。それは結果として──康太が願ったりな形の物だから。そして、応えてくれるだけの力はここまでを見るにあるだろうと。
シェオルの槍が康太に向けて突き刺さる。だがそれは遠き祈りの力によって弾き飛ばされた。その時聞こえた声に対する答えは……もう康太の中でしてあるが。
ハンターたちはその間シェオルに集中攻撃にかかる。だが、確実に当てうるのはアルトの攻撃のみ。零次の連撃は出し尽くしている。単発の攻撃しかない他の者には、この相手を捉えるには、ただ各々が個別に狙うのではなくもっと工夫は必要だった。
「康太さん、代わります!」
「……そうですね」
これ以上康太が庇うのは限界と感じ取るとメアリが告げると、康太はあっさりとそれを受け入れた。これも勘違いさせたようだが、康太は別に場当たり的にいつでも命を捨てる覚悟をしたわけではない。出来るならより意義のある一手を打つときに使いたいと望んでいる。だから彼としても、敗北しない限りはここで死ぬ気はない。
以降メアリがパトリシアを庇う形になる。複数の武器を機導術で操りながらの防御は更なる時間を稼ぐが、……しかし。
なお倒しきれていない。それは……向こうにも黒曜に抗う時間を与えたことを意味する。咆哮と共に陣からシェオルを覆い続けていた黒い幕が砕け散っていく。そして一か所に固まる形になっていた一行を纏めて雷の環が薙ぎ払った。康太が倒れ、動きの鈍ったメアリも続いて薙ぎ倒される。
ここでシェオルが次に目を向けたのは賢四郎だった。再び浮かぶ雷球に賢四郎はその意味を理解する。急ぎ賢四郎もパトリシアもそれに攻撃を向けるが……攻撃手が減った状態で、雷環を受けた状態で、その殲滅精度は明らかに落ちていた。
天雷が、賢四郎を貫き、倒れる──そしてそれは天雷を止められなくなったことを意味する。
『やはりな! これが俺たちの歩み、そしてお前たちの進む先だ! 倒れる仲間たちに絶望に耐え切れず、その刃は邪神に届かず折れる!』
呪いの言葉を吐くシェオル……それでも此処迄のハンターたちの猛攻に、その姿も消えかけではあったが。
それでも天雷が今度は零次を襲い──
「何言ってっかわかんねえけど、これだけは言っとくぞ!
──だから、どうした!
及ばなくたって! 変えようがなくたって!
そんな場面いくらでもあった!
それでも、ここで立たなきゃ何かが失われるんなら、諦める事なんか出来るわけがないだろうが!!」
そして、立ち上がれぬはずの無い威力を与えるそれから、気功と不屈の魂で零次は立ち上がり、吠える!
虚を突かれたのか、その拳が突き立つ。思えば敵の脅威に対し、最も的確に能力を合わせてきたのは彼と言えた。窮地に陥りながらも、彼は彼の意志を、彼であることを、貫き、その意地を示してみせたのだ。
そうして、ふらつくそれにアルトの攻撃が、今度こそ止めとなって、シェオルの姿を消していく……──。
黒曜はシェオルをこの場に釘付けにするという意味では大きな貢献を果たした。先行するハンターと連絡を取っていたパトリシアは、住民避難は滞りなく進んだことを聞いて一先ず安堵する。
……だが、倒れた仲間たち。この結果に、伝えようとしていた言葉は飲みこむしかないだろう……そう、深く溜息をつく。
●
そして、彼らは帰還して。
傷ついた身体を引きずって、康太はある場所へと向かっていた。
「寝ている場合では……ない。僕には……」
希少なそれは、己程度の者が易々と手にするものでは無いと分かっている。……そもそも莫大な費用が掛かる。
だが、後者は別に康太には問題では無かった。金を残して何がしたいという未練ももう……ない。
前者については……しかし今は。今だからこそ。自分だから。
これからすべきことに備えて。
不退転の覚悟も込めて、康太はそれを──エリクシールを、手にした。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
シェオル型討伐相談 メアリ・ロイド(ka6633) 人間(リアルブルー)|24才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/06/25 12:15:19 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/19 20:35:50 |