ゲスト
(ka0000)
わた私
マスター:ゆくなが

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/06/30 19:00
- 完成日
- 2019/07/10 16:00
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
誰も喋らないから、馬の蹄の音と車輪の音だけが聞こえている。
グリューエリン・ヴァルファー(kz0050)は馬車で、ぎゅっと両腕で立てた膝を抱えて座り込んで俯いていた。垂れ下がった炎色の髪が、馬車の振動に合わせて揺れていた。彼女は手にハンカチを握っている。
夕凪 藍の血を拭った白いハンカチだ。
ハンターと歌舞音曲隊の隊員は、SSSとこれに作製された配下歪虚討伐後、一応シャーフェ家の屋敷とSSSの書斎を調べた。何も出てこなかった。シャーフェ家の墓地にあったSSSの墓石には、
『Stille Schafe Schäferin』
『生没年 832-835』
『夢には触れられない 墓石が真実とは限らない』
などと、ふざけたことが書いてあった。
ブラウエブルームには何もなかった。
グリューエリンは、なるべく綺麗な場所に藍を埋めて、小さな墓を作った。もう誰も彼女に気がつくことはないだろうけど、それでも放っては置けなかったから。
藍と対峙した時、グリューエリンは彼女にかける言葉が見つからなかった。きっと、藍の言葉に共感していたからだ。
コウモリの自爆によって昏睡させられた日、グリューエリンはファンの言葉から逃げ出した。逃げてしまった理由を藍の言葉に見出したからだった。
だから何も言えなくて、彼女を埋める時すら気の利いた言葉さえかけてやれなかった。
現在、調査を終えた一行は帝都ではなく、ブラウエブルームの隣、旧ヴァルファー領であるロータファーベンに向かっていた。
SSSが残した『フリーセンの敵前逃亡には理由がある』という言葉を確かめに行くためだ。
あの本には『領民を流行病から救うために罪を被った』と書いてあった。
もし、それが真実ならグリューエリンが今まで信じてきたものはなんだったのだろう。
父親を軟弱者だと思っていた。家名を復興させるために軍に志願し、アイドルにだってなった。そのどれもが、勘違いの産物でしかなかったのか。
グリューエリンは、母から貰った水玉のワンピースを思い出していた。仕事と訓練が忙しくて、軍人が着るには可愛らしすぎて、結局一度も袖を通さなかった。13歳に似合っていたあの服を着る時期は過ぎてしまった。
もし、父親の真実を知っていたら、ワンピースを着る機会もあっただろうに。軍人にだってならなかったかもしれない。アイドルにだってならなかっただろう。
軍人でもアイドルでもないグリューエリンは、可愛い服を着て友達と恋の話でもしたのだろうか。恋人をつくって、愛を囁いたりキスをしたりしていたのだろうか。たらればでしかないのだけど、考えずにはいられない。今まで自分は一体、どれだけの可能性を真実から目を逸らすことで捨ててきたのだろう。
領地を没収された後の家で、母と兄が父親の話題に触れるたびにグリューエリンは耳を塞いで自分の部屋に籠って、ベッドの中で息を殺していた。
だって、そんな裏切り者の話なんて聞きたくない。軟弱な人の話なんて聞きたくない。
それを続けた結果がここにある。
グリューエリンはずっと、『逃げたくない』と思って行動してきた。なぜなら、フリーセンが逃げたからだ。
でも、今となってはどうだろう。
フリーセンとグリューエリン、逃げていたのはどちらの方か?
(軟弱者なのは、私の方ではありませんか……)
真実に耳を塞ぎ目を瞑り、都合の良い敵を作り出して、自分はあいつとは違うと宣っていた。
(……私の方が、よっぽどズルいじゃありませんか)
そういえば、あのワンピースは赤地に白い水玉模様だった。
藍の白いウェディングドレスを濡らした彼女の血は、赤い水玉模様みたい。
俯いたグリューエリンが考えるのは、フリーセンのこと、あり得たかもしれない軍人でもアイドルでもない自分のこと。そして、藍のことだった。
「おまえもいつかこうなるんだ」
グリューエリンはその藍の瞳が訴えた言葉を、当たり前のこととして受け止めた。朝になったら太陽が昇るとか、夜は暗いとか、ナイフで体を切ったら痛いとか、人間の血は赤いとか、そういったもののひとつとして捉えていた。
センセーションでもなんでもない、食後のお茶のような言葉だった。
(私たち、きっと、よく似ていた)
長い髪も、スカウトでアイドルになった経緯も、年齢も。よく似ていて、それでいて絶対的に別の人間だった。
でも──、と、だから──、が交わって、グリューエリンの中でひとつの答えが出来上がる。
(私は、あなたのようにはなりません)
(何故なら、私はあなたを知ってしまったから)
(あなたが迎えた結末を見届けたからこそ、同じ道は歩まない。歩めない)
(それが餞になるなんて思わない。そんなの私の勝手な辻褄合わせだ)
(私は、あなたを消費したくない)
馬車が止まった。ロータファーベンの入り口について、諸々の手続きを行っているのだろう。
それらが終わりようやく、馬車から降りて外を見てみると、見知らぬ景色が広がっている。グリューエリンは幼少期をこの土地で過ごしたはずだが、幼過ぎて記憶はあまりない。だから懐かしいより、初めて訪れたという感覚の方が近い。
「頑張れ、頑張れ、私……」
グリューエリンは唱えた。ここで生活する人々の話を聞けばSSSの言っていたことが本当かどうかが判明する。
本当だったら、どうするんだろう。どうなるんだろう。
「あと少しだけ、頑張れ……」
虚構を暴いた先に、何があるんだろう。
(私は、ここで確かめる)
(私は『私』を確かめる)
(やらなくてはならない)
(『私』を確かめて、全てが終わった後)
(私は──)
(アイドル、やめる?)
グリューエリン・ヴァルファー(kz0050)は馬車で、ぎゅっと両腕で立てた膝を抱えて座り込んで俯いていた。垂れ下がった炎色の髪が、馬車の振動に合わせて揺れていた。彼女は手にハンカチを握っている。
夕凪 藍の血を拭った白いハンカチだ。
ハンターと歌舞音曲隊の隊員は、SSSとこれに作製された配下歪虚討伐後、一応シャーフェ家の屋敷とSSSの書斎を調べた。何も出てこなかった。シャーフェ家の墓地にあったSSSの墓石には、
『Stille Schafe Schäferin』
『生没年 832-835』
『夢には触れられない 墓石が真実とは限らない』
などと、ふざけたことが書いてあった。
ブラウエブルームには何もなかった。
グリューエリンは、なるべく綺麗な場所に藍を埋めて、小さな墓を作った。もう誰も彼女に気がつくことはないだろうけど、それでも放っては置けなかったから。
藍と対峙した時、グリューエリンは彼女にかける言葉が見つからなかった。きっと、藍の言葉に共感していたからだ。
コウモリの自爆によって昏睡させられた日、グリューエリンはファンの言葉から逃げ出した。逃げてしまった理由を藍の言葉に見出したからだった。
だから何も言えなくて、彼女を埋める時すら気の利いた言葉さえかけてやれなかった。
現在、調査を終えた一行は帝都ではなく、ブラウエブルームの隣、旧ヴァルファー領であるロータファーベンに向かっていた。
SSSが残した『フリーセンの敵前逃亡には理由がある』という言葉を確かめに行くためだ。
あの本には『領民を流行病から救うために罪を被った』と書いてあった。
もし、それが真実ならグリューエリンが今まで信じてきたものはなんだったのだろう。
父親を軟弱者だと思っていた。家名を復興させるために軍に志願し、アイドルにだってなった。そのどれもが、勘違いの産物でしかなかったのか。
グリューエリンは、母から貰った水玉のワンピースを思い出していた。仕事と訓練が忙しくて、軍人が着るには可愛らしすぎて、結局一度も袖を通さなかった。13歳に似合っていたあの服を着る時期は過ぎてしまった。
もし、父親の真実を知っていたら、ワンピースを着る機会もあっただろうに。軍人にだってならなかったかもしれない。アイドルにだってならなかっただろう。
軍人でもアイドルでもないグリューエリンは、可愛い服を着て友達と恋の話でもしたのだろうか。恋人をつくって、愛を囁いたりキスをしたりしていたのだろうか。たらればでしかないのだけど、考えずにはいられない。今まで自分は一体、どれだけの可能性を真実から目を逸らすことで捨ててきたのだろう。
領地を没収された後の家で、母と兄が父親の話題に触れるたびにグリューエリンは耳を塞いで自分の部屋に籠って、ベッドの中で息を殺していた。
だって、そんな裏切り者の話なんて聞きたくない。軟弱な人の話なんて聞きたくない。
それを続けた結果がここにある。
グリューエリンはずっと、『逃げたくない』と思って行動してきた。なぜなら、フリーセンが逃げたからだ。
でも、今となってはどうだろう。
フリーセンとグリューエリン、逃げていたのはどちらの方か?
(軟弱者なのは、私の方ではありませんか……)
真実に耳を塞ぎ目を瞑り、都合の良い敵を作り出して、自分はあいつとは違うと宣っていた。
(……私の方が、よっぽどズルいじゃありませんか)
そういえば、あのワンピースは赤地に白い水玉模様だった。
藍の白いウェディングドレスを濡らした彼女の血は、赤い水玉模様みたい。
俯いたグリューエリンが考えるのは、フリーセンのこと、あり得たかもしれない軍人でもアイドルでもない自分のこと。そして、藍のことだった。
「おまえもいつかこうなるんだ」
グリューエリンはその藍の瞳が訴えた言葉を、当たり前のこととして受け止めた。朝になったら太陽が昇るとか、夜は暗いとか、ナイフで体を切ったら痛いとか、人間の血は赤いとか、そういったもののひとつとして捉えていた。
センセーションでもなんでもない、食後のお茶のような言葉だった。
(私たち、きっと、よく似ていた)
長い髪も、スカウトでアイドルになった経緯も、年齢も。よく似ていて、それでいて絶対的に別の人間だった。
でも──、と、だから──、が交わって、グリューエリンの中でひとつの答えが出来上がる。
(私は、あなたのようにはなりません)
(何故なら、私はあなたを知ってしまったから)
(あなたが迎えた結末を見届けたからこそ、同じ道は歩まない。歩めない)
(それが餞になるなんて思わない。そんなの私の勝手な辻褄合わせだ)
(私は、あなたを消費したくない)
馬車が止まった。ロータファーベンの入り口について、諸々の手続きを行っているのだろう。
それらが終わりようやく、馬車から降りて外を見てみると、見知らぬ景色が広がっている。グリューエリンは幼少期をこの土地で過ごしたはずだが、幼過ぎて記憶はあまりない。だから懐かしいより、初めて訪れたという感覚の方が近い。
「頑張れ、頑張れ、私……」
グリューエリンは唱えた。ここで生活する人々の話を聞けばSSSの言っていたことが本当かどうかが判明する。
本当だったら、どうするんだろう。どうなるんだろう。
「あと少しだけ、頑張れ……」
虚構を暴いた先に、何があるんだろう。
(私は、ここで確かめる)
(私は『私』を確かめる)
(やらなくてはならない)
(『私』を確かめて、全てが終わった後)
(私は──)
(アイドル、やめる?)
リプレイ本文
「ロータファーベン。中々良いところじゃねぇか」
のどかな土地をデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は散策している。
(定期的に弾かねぇと、俺様の超絶テクも錆びついちまうかも知れねぇしな)
ロケーションには困らない。デスドクロの目的は果たせそうだ。
(悪あがきって呼ばれるかもしんねぇけどよ)
(俺様はまだ、信じているんでな)
●
グリューエリン・ヴァルファー(kz0050)はハンターの後を幽霊みたいな足取りでついて行く。
人々からフリーセンの話を聞くのは簡単だった。彼の尽力により流行病で死者がほとんど出なかったこと。それ以外の統治においても彼は名君だったことを、Uisca Amhran(ka0754)や時音 ざくろ(ka1250)は確認していた。
「グリューさんの故郷は、どんなところ?」
フューリト・クローバー(ka7146)がグリューエリンに話しかけるが、彼女は沈黙して答えない。
「おとーさんやおにーさんに会いたい?」
「会わせる顔、ありませんから」
「そっか」
主な調査は済んだが、キヅカ・リク(ka0038)はさらにこの土地にフリーセン時代のものが残っているかどうかを確認している。
「グリューエリン様。大丈夫ですか?」
ユメリア(ka7010)は、それでもグリューエリンが暗い表情なのを案じていた。
「木陰で休みますか?」
「いえ、大丈夫ですわ……」
「私が話をしたいのです。……少々、長い話になると思いますから」
●
「あなたは何も間違っていない。あなたはあなたです」
ユメリアが優しく言う。
ここでようやく、グリューエリンは自分に話しかけているユメリアに意識を集中させることができた。
「私の話を、聞いてくださいませ」
──ユメリアはある人に溺れていたことを話しはじめる。
私は吟遊詩人になろうと決めたのは、森を訪れた師の歌がとても美しく、心に響いたからでした。
それから、私は周りが止めるのも聞かず、詩人になりました。
そこで外に出て知りました。私が感銘を受けた詩人は……人間的には最低な部類だということを。
あの人は自分の夢に人をはめ込むんです。夢と現実を織り交ぜて混乱させ、人を別の誰かに従順な人形にし変えてしまうのです。
そんな人間の歌に惑わされて数十年が経っていました。
あの人の本性を見抜く観察眼もなければ、歌の源流さえも紛い物。
私は詩人の素質はないことを自分で証明していたのです。
SSSは私の師匠と似ていたかもしれません。
「でも、その時間が無駄だったのかというと、そうではないと思うのです。私を構成するものは、私が学び、私が磨き、私がつかみ取ったもの。数百の音楽、数千の言葉、数万の出会い、数億の感動。それらが私に積み重なっている。紛い物の道程だったかもしれない。けれど、それらまで嘘にはならない。グリューエリン様。あなたはあなた。あなたは確かにたくさんの人を喜ばせた確かなアイドルです」
「でも、私、今……消えてしまいそうで」
「根底は不安に満ちているでしょう。私もそうですもの。ここへ来たことであなたは新たなステージに立つことができるでしょう。人生の、それから舞台の」
「本当に……?」
「ええ、きっと。貴女の歌を聴かせてください。そして、あなたにしか起こせない奇跡を朝になっても咲かせて欲しいと思いますよ」
●
「えっと」
フリーセンは弱い人間ではなかった。それが真実だ。だけれど、グリューエリンはむしろ考え込んでいく様子だ。それにざくろはやや困惑していた。
「お父さんの本当のこと、知りたくなかったの……?」
「……どうしても考えてしまうんです。もし、真実を知っていたら、別の人生があったんじゃないかって」
「うん、そうだね……それは確かに別の道を歩いていたかもしれないね。でも、そうしたらざくろ達こうして出会えてなかったかもしれないから、それはそれで寂しいな」
「そうですね……。でも、……」
「あのさ、最初に軍人になった、アイドルとして活動したきっかけはそれだったのかもしれないけど、でも、今でもそれだけでアイドルを続けていた? 大勢の人の前で歌う楽しさとか、アイドルの活動自体に惹かれている部分も生まれてきたんじゃないかって」
「もちろん、ありました。でも、藍を見ていたら、私……これからどうなっちゃうんだろうって」
「藍を助けられなかったことは、ざくろも悔しく思うよ……。でもさ、藍の言葉がグリューエリンにとって真実だったとして、お父さんのことは真実だからこそ、過去のもしもを思うより、真実を知った上で今何がしたいかじゃないかな……ざくろは、その選択を応援するよ」
●
「ねえ、エリンさん。フリーセンさんが敵前逃亡をした結果、家が没落したことは事実です。理由はどうあれ、エリンさんが没落した家を復興しようとしたことは、そんなに悪い事でしょうか……?」
Uiscaは探るように話しかける。
「悪いことではないでしょう。でも、私はただ勘違いをしていただけなんです」
グリューエリンは俯いて、誰とも目を合わそうとしていない。
「エリンさんが軍人にならなかったら、歌舞音曲部隊の皆さん、レン、私たちとは出会えなかったかもしれない……この縁まで否定してしまうんですか……? 私たちと一緒にあいどるとして練習をして活動した日々はエリンさんにとって強制された苦痛な日々だったのでしょうか……。藍さんとの違いは──」
──人の出会いだったのでは? といいかけて、Uiscaはやめた。Uiscaも藍も戦場での短い時間だったけど確かに出会っていたはずなのだから。
「大変なこともありました」
グリューエリンが答えていく。
「楽しいことやキラキラしたことはもっとありました。だからこそ、足元に開いていた奈落の暗さに気が付けないんです」
「……だとしたら、あいどるをやめて普通の女の子に戻りましょう。その方が貴女にとっても、ファンの方々や歌舞音曲部隊の皆さんにとっても幸せなのです」
「それは無理ですよ。ファンがアイドルの引退を喜ぶわけないじゃないですか。幸せに思うわけないじゃないですか。アイドルはきっと、『逃げられない』だけです。選択すらできないんです」
「あいどるは一種のシステムで、皆の願いを受け取り再現するだけの器みたいなもの……。例えそうだったとしても……あいどるその人の輝きが、あいどるを惹き付けるものだと信じたいのです……。それに自分を愛せない人が多くの人へ愛を分け与えられるとは思えないから……」
グリューエリンには、Uiscaの言葉に答える藍の、冷笑的なくせに泣き出しそうな声が聞こえた気がした。
●
「迷ってるならさ。おとーさんに手紙とか、書いてみたら」
「私は私が許せないだけですよ」
フューリトの提案をグリューエリンは断った。
「僕は生きて呼吸してる。アイさんのことは忘れないけど、歩いていかないといけない。グリューさんはどうなの?」
「忘れないって、何を? どうって、何のことですか」
「これからのことでしょ。誰かに言われたから歌うのも、誰かに言われたから歌わないのも、同じと思ったから、あの時、好きにしていいと言ったの」
「……」
「誰かに言われてアイドルを続けるのも、誰かに言われてアイドル辞めるのも、同じこと」
「……」
「それでも、あなたが考えて選ばないといけない。その選択を誰かが代わることは出来ない。ツライ時は寄り添う。笑う時には一緒に笑い泣きたい時には一緒に泣く。僕にはそれしか出来ないから」
「でも、それは『出来てしまうこと』なんでしょ?」
平坦だったグリューエリンの口調に感情が乗ってビブラートがかかる。
「好きにして良いと言っておきならが、どこかで自分の都合のいいようになるって思ってるんじゃありませんか?」
「あなたには全ての可能性がある、歩き続ける足がある、己に問い続ける心があるから、僕は……」
「じゃあ、どうして私があなたを嫌いになる可能性を考えないんですか? 私があなたと一緒に居たくないと思うことをどうして無視してるんですか?」
「僕は、『あなた』が好きだから、ここにいてほしくて……」
「私がここに居たくないって気持ちはどうなるんですか。あなたは綺麗なことばかり言う。悪いものや嫌なものを無視しているのか見ようともしていないのかはわかりません。でも、もう……綺麗なだけじゃ生きられないんです。汚い私もいるんです。そのことを理解する気もないだけなんじゃないんですか」
グリューエリンはさっと歩き出した。
「グリューさん……どこへ行くの?」
「今は、フューリト殿と一緒にいたくないんです」
グリューエリンは振り返らずに、どこかへ走り去ってしまった。
●
「ちょっと、エリンちゃんってば……!?」
逃げるようなグリューエリンの手首を掴んで、キヅカが引き止める。
「離してくださいっ」
彼女は立ち止まったが、無理やりそれを振り解いた。
「……そう」
それを、キヅカは敢えて軽く受け流した。
「この土地にフリーセンさんの痕跡があるかと思ったけど、もう……特にないんだって。見つけられなかった」
彼女は俯いた。
「私って……空っぽなんですね……」
「──エリンちゃん。顔上げたら」
よくわからないが、彼に言われるままに顔を上げたら、左頬に衝撃が走った。
「──え?」
グリューエリンがよろめいてキヅカを見上げる。確かに彼が彼女の頬を引っ叩いたのだ。
でも、キヅカの瞳は誰よりも怒っていて──誰よりも悲しみに満ちていた。
「そうだな……もしアイドルでもなければこんな想いしなくて済んだだろうよ。彼氏もできただろう、可愛いから。もっと笑えてたよ」
その言葉にはぶん殴られるくらいの衝撃があった。
「俺だって転移してなきゃボロボロの体をエリクシールで無理やり動かす事も、目の前で初恋の相手が死ぬことも無かった。……こんな想いしなくて済んだんだ。けど……けどなぁ……! 俺は、今の自分を……お前と会えたことを後悔なんかしちゃいない!!」
でも、その言葉はグリューエリンだけでなくキヅカ自身も殴っているのかもしれない。
「お前は確かに思い込み強い処があって不器用で……それでも、自分の心にウソだけは絶対に付かなかった。だから俺は今もここにいるんだよ! アイドルを辞めるのもいい。その明日を俺が死んでも繋げてやるよ。このまま終わるのが嫌なら親父さん助けるまで手伝うよ。俺みたいな盆暗やつの事なんてどうでもいい。けれど、今までの自分を……真っすぐだったあの日々を、仲間たちを……ひとつ間違えただけで嫌いにだけはならないでやってくれよ……」
昂ぶった言葉は、次第に落ち着いていき、最後は流星の尾のように消え入りそうな弱々しさだ。
「ぃ──たい、痛い、痛いよ……」
グリューエリンは頬を抑えて、大粒の涙を流しはじめた。
「痛い、いたい、居たい」
と、繰り返しながら。
「……謝らないよ」
キヅカだって、生半可な覚悟で叩いた訳ではないからだ。でも、グリューエリンが返したのは、
「嬉しいんです、痛くて……」
そんな言葉だった。嗚咽に混じりながら、彼女は気持ちを紡いでいく。
「藍が死んじゃった後、気持ちはずっとふわふわしていて、自分の体もよくわからなくて、このまま、何も感じない幽霊になっちゃったら、どうしようって思ってた……。叩かれて痛かった、私ちゃんと体があった、痛いって感じられた、ここに居たんだ、よかった、よかったよぉぉ」
泣き崩れるグリューエリンにキヅカはサーコートをかけてやった。
「思う存分泣けばいい。それは心が生きてる証拠だから。生きるって……痛いよな」
●
グリューエリンが落ち着いて、他の仲間の元に戻ろうと歩いていたところ、2人は声をかけられた。
「聴いてけよ。10万の観客を収容できる箱でしか演らなねぇ俺様のライブだ。この場にいる奴等は一生分の運を使い果たしたと言っても過言じゃねぇんだからよ」
デスドクロである。彼はギターを構えていた。
ただひとつ、デスドクロが息を吸っただけで周囲の空気が張り詰めた。続くギターの旋律と、歌声が世界に色を齎した。
あの日 歌っていた
掃除をしながら歌った ヒーローショーで歌った
選挙パレードで歌った バレンタインの日歌った
特別レッスンで歌った 帝都を守るために歌った
──ギターの音色は深い哀しみを纏っている。でも芯の部分では熱いものがある。熱いからこそ、周囲の温度の落差が際立って、哀しみはより深くなる。
音は風に乗り 空へと消えていった
あの日の空は 過去から続いているのか
あの日の歌は 何を思って歌ったのか
あの日 歌っていた
──ジャンルで言えばフォークロック。言葉にすればそれだけで、それ以上の何かが、歌声と旋律が世界の扉をノックしている。
ひとりぼっちで歌った たくさんの人達と歌った
焼ける夏の日に歌った 雪が降る冬の日に歌った
一度歌うことをやめた 気付けばまた歌っていた
──扉はそれでも開かない。だからノックは打撃になって世界に訴えかける。ここにはまだ諦めきれない者がいると。
声は風に乗り 空へと消えていった
あの日の空は 明日へと続いているのか
あの日の歌は 何を想って歌ったのか
──この期に及んで、まだ不感症の世界を揺さぶっている。
音楽が色に見えた。猥雑な色の渦中で、デスドクロは漆黒の特異点として存在している。
黒は全ての色を受け入れるというように。受け入れるからこそ黒は強かなのだというように。
でも──ライブは終わる。曲は終わる。しかし、終わるのなら、再び鳴らせばいい。
「俺様は、まだ、歌が『世界』を変えられると信じているからな」
グリューエリンがデスドクロの前に歩み出る。
「私でも、出来るでしょうか」
「何事もやってみなくちゃわからねぇ。だから、選ばれるためには『こいつなら何とかしてくれそう』って、オーラが必要なんだぜ」
「確かにアイドルには何か残酷な裏側があるのでしょう。でも……私は。これが逃げられなかった選択の結果だったとしても、最後には笑っていたい」
「……いいんじゃねぇの」
ふっと、静かにデスドクロは笑った。
続いて、グリューエリンに明るい声がかけられる。
「グリューエリン!」
ざくろの声だった。
「デスドクロの歌が聞こえたから……。で、その……、ざくろ、大事なこと伝え忘れてて……」
そして、ざくろは力強く叫んだ。恥ずかしがり屋の彼だけど、伝えたいこと、伝えるべきことがあったから。
「グリューエリンのお父さんって、凄い人なんだね!!」
真実は決して落ち込むだけのものではなかったのだと。
グリューエリンは息を吸い込んだ。そしてざくろに負けない大声で言った。認めた。
「そうなんです!! 私のお父様は凄い方なんですから!!」
この結末も、きっと何かの続きになるのだろう。
のどかな土地をデスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013)は散策している。
(定期的に弾かねぇと、俺様の超絶テクも錆びついちまうかも知れねぇしな)
ロケーションには困らない。デスドクロの目的は果たせそうだ。
(悪あがきって呼ばれるかもしんねぇけどよ)
(俺様はまだ、信じているんでな)
●
グリューエリン・ヴァルファー(kz0050)はハンターの後を幽霊みたいな足取りでついて行く。
人々からフリーセンの話を聞くのは簡単だった。彼の尽力により流行病で死者がほとんど出なかったこと。それ以外の統治においても彼は名君だったことを、Uisca Amhran(ka0754)や時音 ざくろ(ka1250)は確認していた。
「グリューさんの故郷は、どんなところ?」
フューリト・クローバー(ka7146)がグリューエリンに話しかけるが、彼女は沈黙して答えない。
「おとーさんやおにーさんに会いたい?」
「会わせる顔、ありませんから」
「そっか」
主な調査は済んだが、キヅカ・リク(ka0038)はさらにこの土地にフリーセン時代のものが残っているかどうかを確認している。
「グリューエリン様。大丈夫ですか?」
ユメリア(ka7010)は、それでもグリューエリンが暗い表情なのを案じていた。
「木陰で休みますか?」
「いえ、大丈夫ですわ……」
「私が話をしたいのです。……少々、長い話になると思いますから」
●
「あなたは何も間違っていない。あなたはあなたです」
ユメリアが優しく言う。
ここでようやく、グリューエリンは自分に話しかけているユメリアに意識を集中させることができた。
「私の話を、聞いてくださいませ」
──ユメリアはある人に溺れていたことを話しはじめる。
私は吟遊詩人になろうと決めたのは、森を訪れた師の歌がとても美しく、心に響いたからでした。
それから、私は周りが止めるのも聞かず、詩人になりました。
そこで外に出て知りました。私が感銘を受けた詩人は……人間的には最低な部類だということを。
あの人は自分の夢に人をはめ込むんです。夢と現実を織り交ぜて混乱させ、人を別の誰かに従順な人形にし変えてしまうのです。
そんな人間の歌に惑わされて数十年が経っていました。
あの人の本性を見抜く観察眼もなければ、歌の源流さえも紛い物。
私は詩人の素質はないことを自分で証明していたのです。
SSSは私の師匠と似ていたかもしれません。
「でも、その時間が無駄だったのかというと、そうではないと思うのです。私を構成するものは、私が学び、私が磨き、私がつかみ取ったもの。数百の音楽、数千の言葉、数万の出会い、数億の感動。それらが私に積み重なっている。紛い物の道程だったかもしれない。けれど、それらまで嘘にはならない。グリューエリン様。あなたはあなた。あなたは確かにたくさんの人を喜ばせた確かなアイドルです」
「でも、私、今……消えてしまいそうで」
「根底は不安に満ちているでしょう。私もそうですもの。ここへ来たことであなたは新たなステージに立つことができるでしょう。人生の、それから舞台の」
「本当に……?」
「ええ、きっと。貴女の歌を聴かせてください。そして、あなたにしか起こせない奇跡を朝になっても咲かせて欲しいと思いますよ」
●
「えっと」
フリーセンは弱い人間ではなかった。それが真実だ。だけれど、グリューエリンはむしろ考え込んでいく様子だ。それにざくろはやや困惑していた。
「お父さんの本当のこと、知りたくなかったの……?」
「……どうしても考えてしまうんです。もし、真実を知っていたら、別の人生があったんじゃないかって」
「うん、そうだね……それは確かに別の道を歩いていたかもしれないね。でも、そうしたらざくろ達こうして出会えてなかったかもしれないから、それはそれで寂しいな」
「そうですね……。でも、……」
「あのさ、最初に軍人になった、アイドルとして活動したきっかけはそれだったのかもしれないけど、でも、今でもそれだけでアイドルを続けていた? 大勢の人の前で歌う楽しさとか、アイドルの活動自体に惹かれている部分も生まれてきたんじゃないかって」
「もちろん、ありました。でも、藍を見ていたら、私……これからどうなっちゃうんだろうって」
「藍を助けられなかったことは、ざくろも悔しく思うよ……。でもさ、藍の言葉がグリューエリンにとって真実だったとして、お父さんのことは真実だからこそ、過去のもしもを思うより、真実を知った上で今何がしたいかじゃないかな……ざくろは、その選択を応援するよ」
●
「ねえ、エリンさん。フリーセンさんが敵前逃亡をした結果、家が没落したことは事実です。理由はどうあれ、エリンさんが没落した家を復興しようとしたことは、そんなに悪い事でしょうか……?」
Uiscaは探るように話しかける。
「悪いことではないでしょう。でも、私はただ勘違いをしていただけなんです」
グリューエリンは俯いて、誰とも目を合わそうとしていない。
「エリンさんが軍人にならなかったら、歌舞音曲部隊の皆さん、レン、私たちとは出会えなかったかもしれない……この縁まで否定してしまうんですか……? 私たちと一緒にあいどるとして練習をして活動した日々はエリンさんにとって強制された苦痛な日々だったのでしょうか……。藍さんとの違いは──」
──人の出会いだったのでは? といいかけて、Uiscaはやめた。Uiscaも藍も戦場での短い時間だったけど確かに出会っていたはずなのだから。
「大変なこともありました」
グリューエリンが答えていく。
「楽しいことやキラキラしたことはもっとありました。だからこそ、足元に開いていた奈落の暗さに気が付けないんです」
「……だとしたら、あいどるをやめて普通の女の子に戻りましょう。その方が貴女にとっても、ファンの方々や歌舞音曲部隊の皆さんにとっても幸せなのです」
「それは無理ですよ。ファンがアイドルの引退を喜ぶわけないじゃないですか。幸せに思うわけないじゃないですか。アイドルはきっと、『逃げられない』だけです。選択すらできないんです」
「あいどるは一種のシステムで、皆の願いを受け取り再現するだけの器みたいなもの……。例えそうだったとしても……あいどるその人の輝きが、あいどるを惹き付けるものだと信じたいのです……。それに自分を愛せない人が多くの人へ愛を分け与えられるとは思えないから……」
グリューエリンには、Uiscaの言葉に答える藍の、冷笑的なくせに泣き出しそうな声が聞こえた気がした。
●
「迷ってるならさ。おとーさんに手紙とか、書いてみたら」
「私は私が許せないだけですよ」
フューリトの提案をグリューエリンは断った。
「僕は生きて呼吸してる。アイさんのことは忘れないけど、歩いていかないといけない。グリューさんはどうなの?」
「忘れないって、何を? どうって、何のことですか」
「これからのことでしょ。誰かに言われたから歌うのも、誰かに言われたから歌わないのも、同じと思ったから、あの時、好きにしていいと言ったの」
「……」
「誰かに言われてアイドルを続けるのも、誰かに言われてアイドル辞めるのも、同じこと」
「……」
「それでも、あなたが考えて選ばないといけない。その選択を誰かが代わることは出来ない。ツライ時は寄り添う。笑う時には一緒に笑い泣きたい時には一緒に泣く。僕にはそれしか出来ないから」
「でも、それは『出来てしまうこと』なんでしょ?」
平坦だったグリューエリンの口調に感情が乗ってビブラートがかかる。
「好きにして良いと言っておきならが、どこかで自分の都合のいいようになるって思ってるんじゃありませんか?」
「あなたには全ての可能性がある、歩き続ける足がある、己に問い続ける心があるから、僕は……」
「じゃあ、どうして私があなたを嫌いになる可能性を考えないんですか? 私があなたと一緒に居たくないと思うことをどうして無視してるんですか?」
「僕は、『あなた』が好きだから、ここにいてほしくて……」
「私がここに居たくないって気持ちはどうなるんですか。あなたは綺麗なことばかり言う。悪いものや嫌なものを無視しているのか見ようともしていないのかはわかりません。でも、もう……綺麗なだけじゃ生きられないんです。汚い私もいるんです。そのことを理解する気もないだけなんじゃないんですか」
グリューエリンはさっと歩き出した。
「グリューさん……どこへ行くの?」
「今は、フューリト殿と一緒にいたくないんです」
グリューエリンは振り返らずに、どこかへ走り去ってしまった。
●
「ちょっと、エリンちゃんってば……!?」
逃げるようなグリューエリンの手首を掴んで、キヅカが引き止める。
「離してくださいっ」
彼女は立ち止まったが、無理やりそれを振り解いた。
「……そう」
それを、キヅカは敢えて軽く受け流した。
「この土地にフリーセンさんの痕跡があるかと思ったけど、もう……特にないんだって。見つけられなかった」
彼女は俯いた。
「私って……空っぽなんですね……」
「──エリンちゃん。顔上げたら」
よくわからないが、彼に言われるままに顔を上げたら、左頬に衝撃が走った。
「──え?」
グリューエリンがよろめいてキヅカを見上げる。確かに彼が彼女の頬を引っ叩いたのだ。
でも、キヅカの瞳は誰よりも怒っていて──誰よりも悲しみに満ちていた。
「そうだな……もしアイドルでもなければこんな想いしなくて済んだだろうよ。彼氏もできただろう、可愛いから。もっと笑えてたよ」
その言葉にはぶん殴られるくらいの衝撃があった。
「俺だって転移してなきゃボロボロの体をエリクシールで無理やり動かす事も、目の前で初恋の相手が死ぬことも無かった。……こんな想いしなくて済んだんだ。けど……けどなぁ……! 俺は、今の自分を……お前と会えたことを後悔なんかしちゃいない!!」
でも、その言葉はグリューエリンだけでなくキヅカ自身も殴っているのかもしれない。
「お前は確かに思い込み強い処があって不器用で……それでも、自分の心にウソだけは絶対に付かなかった。だから俺は今もここにいるんだよ! アイドルを辞めるのもいい。その明日を俺が死んでも繋げてやるよ。このまま終わるのが嫌なら親父さん助けるまで手伝うよ。俺みたいな盆暗やつの事なんてどうでもいい。けれど、今までの自分を……真っすぐだったあの日々を、仲間たちを……ひとつ間違えただけで嫌いにだけはならないでやってくれよ……」
昂ぶった言葉は、次第に落ち着いていき、最後は流星の尾のように消え入りそうな弱々しさだ。
「ぃ──たい、痛い、痛いよ……」
グリューエリンは頬を抑えて、大粒の涙を流しはじめた。
「痛い、いたい、居たい」
と、繰り返しながら。
「……謝らないよ」
キヅカだって、生半可な覚悟で叩いた訳ではないからだ。でも、グリューエリンが返したのは、
「嬉しいんです、痛くて……」
そんな言葉だった。嗚咽に混じりながら、彼女は気持ちを紡いでいく。
「藍が死んじゃった後、気持ちはずっとふわふわしていて、自分の体もよくわからなくて、このまま、何も感じない幽霊になっちゃったら、どうしようって思ってた……。叩かれて痛かった、私ちゃんと体があった、痛いって感じられた、ここに居たんだ、よかった、よかったよぉぉ」
泣き崩れるグリューエリンにキヅカはサーコートをかけてやった。
「思う存分泣けばいい。それは心が生きてる証拠だから。生きるって……痛いよな」
●
グリューエリンが落ち着いて、他の仲間の元に戻ろうと歩いていたところ、2人は声をかけられた。
「聴いてけよ。10万の観客を収容できる箱でしか演らなねぇ俺様のライブだ。この場にいる奴等は一生分の運を使い果たしたと言っても過言じゃねぇんだからよ」
デスドクロである。彼はギターを構えていた。
ただひとつ、デスドクロが息を吸っただけで周囲の空気が張り詰めた。続くギターの旋律と、歌声が世界に色を齎した。
あの日 歌っていた
掃除をしながら歌った ヒーローショーで歌った
選挙パレードで歌った バレンタインの日歌った
特別レッスンで歌った 帝都を守るために歌った
──ギターの音色は深い哀しみを纏っている。でも芯の部分では熱いものがある。熱いからこそ、周囲の温度の落差が際立って、哀しみはより深くなる。
音は風に乗り 空へと消えていった
あの日の空は 過去から続いているのか
あの日の歌は 何を思って歌ったのか
あの日 歌っていた
──ジャンルで言えばフォークロック。言葉にすればそれだけで、それ以上の何かが、歌声と旋律が世界の扉をノックしている。
ひとりぼっちで歌った たくさんの人達と歌った
焼ける夏の日に歌った 雪が降る冬の日に歌った
一度歌うことをやめた 気付けばまた歌っていた
──扉はそれでも開かない。だからノックは打撃になって世界に訴えかける。ここにはまだ諦めきれない者がいると。
声は風に乗り 空へと消えていった
あの日の空は 明日へと続いているのか
あの日の歌は 何を想って歌ったのか
──この期に及んで、まだ不感症の世界を揺さぶっている。
音楽が色に見えた。猥雑な色の渦中で、デスドクロは漆黒の特異点として存在している。
黒は全ての色を受け入れるというように。受け入れるからこそ黒は強かなのだというように。
でも──ライブは終わる。曲は終わる。しかし、終わるのなら、再び鳴らせばいい。
「俺様は、まだ、歌が『世界』を変えられると信じているからな」
グリューエリンがデスドクロの前に歩み出る。
「私でも、出来るでしょうか」
「何事もやってみなくちゃわからねぇ。だから、選ばれるためには『こいつなら何とかしてくれそう』って、オーラが必要なんだぜ」
「確かにアイドルには何か残酷な裏側があるのでしょう。でも……私は。これが逃げられなかった選択の結果だったとしても、最後には笑っていたい」
「……いいんじゃねぇの」
ふっと、静かにデスドクロは笑った。
続いて、グリューエリンに明るい声がかけられる。
「グリューエリン!」
ざくろの声だった。
「デスドクロの歌が聞こえたから……。で、その……、ざくろ、大事なこと伝え忘れてて……」
そして、ざくろは力強く叫んだ。恥ずかしがり屋の彼だけど、伝えたいこと、伝えるべきことがあったから。
「グリューエリンのお父さんって、凄い人なんだね!!」
真実は決して落ち込むだけのものではなかったのだと。
グリューエリンは息を吸い込んだ。そしてざくろに負けない大声で言った。認めた。
「そうなんです!! 私のお父様は凄い方なんですから!!」
この結末も、きっと何かの続きになるのだろう。
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相談卓 デスドクロ・ザ・ブラックホール(ka0013) 人間(リアルブルー)|34才|男性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/06/27 22:05:50 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/26 21:16:02 |