ゲスト
(ka0000)
二年越しの帰宅
マスター:硲銘介
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/01/30 12:00
- 完成日
- 2015/02/07 11:18
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
懐かしい故郷の香りがする。この風、この肌触りこそ、私の帰還を祝福するものだ。
私――バッファ・リチェルカは二年にも及ぶ旅の果てに此処へ帰ってきた。
リアルブルーからクリムゾンウェストに飛ばされてきた私の祖父は、躍る好奇心のままに西方諸国を歩いたという。その旅の終着で彼はこの小さな町に豪邸を築いた。
世界中を回った末に選んだのがこんな辺鄙な場所とはとんだ物好きだ、父が笑いながら話していたのを今でも憶えている。そう言いながらも父は最期まで同じ町で暮らし、息を引き取っていった。
時は移り、父の代を経て家の家督は私が継ぐ事となった。だが困った事に、私には旅好きな祖父の血が色濃く受け継がれていたらしい――私は、祖父と同じ様に長い旅に出た。
グラズヘイムにゾンネンシュトラール、自由都市の各町や果ての辺境まで。私は各国を旅して回った。
旅の途中、何処かで腰を落ち着ける事になるやもしれない。そう考えていたのだが、気がつけばまたこの町へ足が向いていた。
帰巣本能、というやつだろうか。どうやら私も、父達と同じ様にこの場所を大切に思っていたらしい。
町の中を歩き、やがて私は見慣れた門の前へ。長い間留守にしていた代償に些か寂れてはいたが、そこに待っていたのは紛れもない祖父の屋敷であった。
知らず、口元が緩んでいた。家へ帰る、というのは良いものだと改めて思う。
「ただいま」
屋敷へ、そう声をかける。勿論返事など返ってこないのだが、それでも優しく迎えてくれているように感じられた。
そして私は屋敷の門を潜り、玄関の扉を開け――開かなかった。
いや、失敗した。鍵がかかっているのだから開かないのは当然だ。私は戸の鍵を求めて荷物の中を漁る。
漁る。漁る。漁る。漁――っても漁っても、鍵は姿を見せない。
顎に手を当て思案する。どうした事か。鍵が無い。いや、待てよ――あぁ、思い出した。
何しろ二年も前の事、思い出すのに少し時間がかかってしまった。
長旅で鍵を紛失しては敵わない。そう思い、私は鍵を屋敷の敷地内に隠す事にしたのだ。そうだそうだ。
さて、何処に隠したのだったか。周囲を見渡すと柱の後ろに小さな箱があった。開いてみると、中には一枚の紙切れが入っていた。
……あぁ、思い出した。二重の防犯対策という事で鍵の在り処を記した暗号を作ったのだった。
暗号の内容はさっぱり覚えていないが、過去の私が作ったものだ。解けない筈はあるまい。
●
Hint
我が屋敷へ踏み入らんとする者よ。汝の資質を問う。
優雅に天を舞うもの。汝は紫の蝶か、はたまた銀の鷲か。
無様に地を這うもの。汝は赤き兎か、はたまた黒き獅子か。
汝の知恵を示せ。資格有らば、白き一角獣が導こう。
我が屋敷へ踏み入る者よ。汝は黄金の亀を得ん。
私は赤が嫌いだ。血を連想するそれを私は嫌悪する。
私は白が好きだ。穢れ無き純潔を私は愛する。
金と銀、どちらが好きかと問われれば……成金趣味と思われるだろうか。
派手さは無くとも黒も嫌いではない。上から四番目、そんなところだ。
白も好きだが、私の一番好きな色は……やはり、紫色を措いて他には無い。
●
すっかり日が暮れかけているが、肝心の暗号はさっぱりだった。
とはいえ、私も無為に時間を過ごした訳じゃない。ヒントを求めて屋敷内を探していたのだ。
春になれば色とりどりの花を咲かす、無数の蝶を呼び寄せた我が家の花壇。掘り返すも、泥にまみれただけであった。
かつては多くの魚が泳いでいた美しい池。足を滑らせ落ちた後で、亀は飼っていなかった事を思い出した。
獅子のレリーフが施された玄関の扉の取っ手。擦っても叩いても、火を近づけても反応しない。
屋根に上って以前鳥が巣を作っていた場所へ……いや、あれは燕だったなぁ。
嫁にいった妹に乞われ造った飼育小屋。昔は兎もいた筈だが、今は何もいない。
屋敷の広間には一角獣を模した彫像が――って、だから中に入れないのだというのだ。
――やるじゃないか、過去の私。いや、さすがは過去の私、といったところか。
まったく解ける予感がしない。優しく迎えてくれていたように思ったのは気のせいだったのか、我が家よ。
とはいえ、屋敷に入る方法が無い訳じゃない。以前執事を勤めていた者に連絡すれば合鍵もあるだろうし、泥棒よろしく窓を割り侵入するという手もある。
だが、そのような手段を用いたくは無かった。
ここは父祖伝来の屋敷。鍵を壊したりといった行為は、それを傷つける事に他ならない。
そう、これはただの感傷だ。祖父達が愛した屋敷を荒らしたくはない。
付け加えるなら過去の私に対する意地でもあり、二年越しの帰宅は堂々と玄関からでありたいというこだわりでもある。
何にせよ、私のエゴに過ぎない。それでも――否、だからこそ私は正攻法での突破を望む。
――だが決意が結果へ直列する事はなく、私はその日の夜を自分の屋敷の庭で野宿して過ごす羽目になった。
夜空を見上げながら、私は考えた。
人の知恵を借りる事は恥ではない。私だけでは解けない謎も、寄り合って解く事が出来たのならそれでもいいのではないだろうか。
しかし、傍から見れば滑稽なだけであろう状況に手を貸してくれる者がいるだろうか。しばし思案し、一つの心当たりを思いつく。
彼らなら。
以前、旅の途中でも幾度か世話になった事がある。彼らは仕事であれば何だって引き受け、酔狂な立ち回りとて演じてみせる。何より――彼らは総じて優秀である。
その彼らなら、私の希望に沿うように事を運んでくれるやも知れない。ごく僅かでも、手を貸してくれる者は必ずいる筈だ。そんな希望を抱き、私は彼らを頼る事を決めた。
そうだ、依頼の後には食事でも振舞う事にしようか。今ではすっかり人気の失せたこの屋敷に、かつての賑やかさが一時でも帰ってくるのなら、それはとても喜ばしい事だと思うのだ――――
懐かしい故郷の香りがする。この風、この肌触りこそ、私の帰還を祝福するものだ。
私――バッファ・リチェルカは二年にも及ぶ旅の果てに此処へ帰ってきた。
リアルブルーからクリムゾンウェストに飛ばされてきた私の祖父は、躍る好奇心のままに西方諸国を歩いたという。その旅の終着で彼はこの小さな町に豪邸を築いた。
世界中を回った末に選んだのがこんな辺鄙な場所とはとんだ物好きだ、父が笑いながら話していたのを今でも憶えている。そう言いながらも父は最期まで同じ町で暮らし、息を引き取っていった。
時は移り、父の代を経て家の家督は私が継ぐ事となった。だが困った事に、私には旅好きな祖父の血が色濃く受け継がれていたらしい――私は、祖父と同じ様に長い旅に出た。
グラズヘイムにゾンネンシュトラール、自由都市の各町や果ての辺境まで。私は各国を旅して回った。
旅の途中、何処かで腰を落ち着ける事になるやもしれない。そう考えていたのだが、気がつけばまたこの町へ足が向いていた。
帰巣本能、というやつだろうか。どうやら私も、父達と同じ様にこの場所を大切に思っていたらしい。
町の中を歩き、やがて私は見慣れた門の前へ。長い間留守にしていた代償に些か寂れてはいたが、そこに待っていたのは紛れもない祖父の屋敷であった。
知らず、口元が緩んでいた。家へ帰る、というのは良いものだと改めて思う。
「ただいま」
屋敷へ、そう声をかける。勿論返事など返ってこないのだが、それでも優しく迎えてくれているように感じられた。
そして私は屋敷の門を潜り、玄関の扉を開け――開かなかった。
いや、失敗した。鍵がかかっているのだから開かないのは当然だ。私は戸の鍵を求めて荷物の中を漁る。
漁る。漁る。漁る。漁――っても漁っても、鍵は姿を見せない。
顎に手を当て思案する。どうした事か。鍵が無い。いや、待てよ――あぁ、思い出した。
何しろ二年も前の事、思い出すのに少し時間がかかってしまった。
長旅で鍵を紛失しては敵わない。そう思い、私は鍵を屋敷の敷地内に隠す事にしたのだ。そうだそうだ。
さて、何処に隠したのだったか。周囲を見渡すと柱の後ろに小さな箱があった。開いてみると、中には一枚の紙切れが入っていた。
……あぁ、思い出した。二重の防犯対策という事で鍵の在り処を記した暗号を作ったのだった。
暗号の内容はさっぱり覚えていないが、過去の私が作ったものだ。解けない筈はあるまい。
●
Hint
我が屋敷へ踏み入らんとする者よ。汝の資質を問う。
優雅に天を舞うもの。汝は紫の蝶か、はたまた銀の鷲か。
無様に地を這うもの。汝は赤き兎か、はたまた黒き獅子か。
汝の知恵を示せ。資格有らば、白き一角獣が導こう。
我が屋敷へ踏み入る者よ。汝は黄金の亀を得ん。
私は赤が嫌いだ。血を連想するそれを私は嫌悪する。
私は白が好きだ。穢れ無き純潔を私は愛する。
金と銀、どちらが好きかと問われれば……成金趣味と思われるだろうか。
派手さは無くとも黒も嫌いではない。上から四番目、そんなところだ。
白も好きだが、私の一番好きな色は……やはり、紫色を措いて他には無い。
●
すっかり日が暮れかけているが、肝心の暗号はさっぱりだった。
とはいえ、私も無為に時間を過ごした訳じゃない。ヒントを求めて屋敷内を探していたのだ。
春になれば色とりどりの花を咲かす、無数の蝶を呼び寄せた我が家の花壇。掘り返すも、泥にまみれただけであった。
かつては多くの魚が泳いでいた美しい池。足を滑らせ落ちた後で、亀は飼っていなかった事を思い出した。
獅子のレリーフが施された玄関の扉の取っ手。擦っても叩いても、火を近づけても反応しない。
屋根に上って以前鳥が巣を作っていた場所へ……いや、あれは燕だったなぁ。
嫁にいった妹に乞われ造った飼育小屋。昔は兎もいた筈だが、今は何もいない。
屋敷の広間には一角獣を模した彫像が――って、だから中に入れないのだというのだ。
――やるじゃないか、過去の私。いや、さすがは過去の私、といったところか。
まったく解ける予感がしない。優しく迎えてくれていたように思ったのは気のせいだったのか、我が家よ。
とはいえ、屋敷に入る方法が無い訳じゃない。以前執事を勤めていた者に連絡すれば合鍵もあるだろうし、泥棒よろしく窓を割り侵入するという手もある。
だが、そのような手段を用いたくは無かった。
ここは父祖伝来の屋敷。鍵を壊したりといった行為は、それを傷つける事に他ならない。
そう、これはただの感傷だ。祖父達が愛した屋敷を荒らしたくはない。
付け加えるなら過去の私に対する意地でもあり、二年越しの帰宅は堂々と玄関からでありたいというこだわりでもある。
何にせよ、私のエゴに過ぎない。それでも――否、だからこそ私は正攻法での突破を望む。
――だが決意が結果へ直列する事はなく、私はその日の夜を自分の屋敷の庭で野宿して過ごす羽目になった。
夜空を見上げながら、私は考えた。
人の知恵を借りる事は恥ではない。私だけでは解けない謎も、寄り合って解く事が出来たのならそれでもいいのではないだろうか。
しかし、傍から見れば滑稽なだけであろう状況に手を貸してくれる者がいるだろうか。しばし思案し、一つの心当たりを思いつく。
彼らなら。
以前、旅の途中でも幾度か世話になった事がある。彼らは仕事であれば何だって引き受け、酔狂な立ち回りとて演じてみせる。何より――彼らは総じて優秀である。
その彼らなら、私の希望に沿うように事を運んでくれるやも知れない。ごく僅かでも、手を貸してくれる者は必ずいる筈だ。そんな希望を抱き、私は彼らを頼る事を決めた。
そうだ、依頼の後には食事でも振舞う事にしようか。今ではすっかり人気の失せたこの屋敷に、かつての賑やかさが一時でも帰ってくるのなら、それはとても喜ばしい事だと思うのだ――――
リプレイ本文
●
「邸内へお通し出来ず申し訳ない。諸君、此度は依頼を受けて頂いた事に感謝する。どうかその知恵を私に貸していただきたい。その後には共に晩餐を楽しみたいと考えている」
バッファは屋敷の庭に集まったハンター達へそう告げる。その中の一人、クレール(ka0586)が頷く。
「旅立った人もいつかは帰る……そういうものですよね。屋敷もきっと喜んでくれます! 素敵な晩餐会にする為、頑張りましょうね!」
彼女の言葉に賛同し他の面々も頷く。その様子にバッファは微笑む。
「ありがとう。早速だが、これが例の暗号だ」
暗号の書かれた一枚の紙切れが取り出され、ハンター達は皆それを覗き込む。
何人かは早速思考を巡らせ、また何人かはお手上げとばかりに眉根を寄せていた。
「自分で考えた暗号に……とんだ笑い者だよ」
自嘲気味に笑うバッファ。ミコト=S=レグルス(ka3953)も困ったように笑いながら続く。
「自分で決めた事でも、わかんなくなっちゃうのってよくありますよね……」
うんうんと頷き合うミコトとバッファ。それを見たカール・フォルシアン(ka3702)も頬を緩ませ、屋敷の庭を見渡しながら口を開く。
「謎解きってなんだかわくわくしますね。おっきなお屋敷ですし、探索も出来るといいなぁ」
「あぁ、勿論。好きに探ってもらって構わない。中に入れたなら、そちらも自由に回るといいだろう」
「本当ですか、ありがとうございます! 楽しみだなぁ」
バッファの申し出に喜ぶカール。そのやり取りを聞きながら、Holmes(ka3813)が暗号の紙から顔を上げる。
「あぁ、折角の謎掛けだ、楽しまなくてはね。しかし――依頼主が急いでいるのならば仕方ない」
Holmesはゆっくりと屋敷の壁――否、窓に向かって歩を進める。そして、
「――窓を割ろう」
仕込み杖を構える。狙いは言葉通り、鍵のかかった屋敷の窓である。
突然の行動を唖然として見つめる一同。真っ先に反応したのはクレールだった。
「え――ええっ!? ちょ、ちょっと待って、Holmesちゃん!」
慌てて駆け寄り、Holmesの手を握り引き止める。Holmesは平然とクレールに視線を送り、自らの考えを口にする。
「何事も最後に使われるのは暴力という手段だ。ならば最初からそれを選択するのは理に適っているだろう」
「え? えーっと……」
迷い無いHolmesの態度に言葉に詰まるクレール。だが、その間に事態に追い付いたバッファが口を開く。
「あー、なんだね。確かに最終的にはそれも致し方なしと考えてはいるが……急ぎという訳ではない。まずは正攻法で挑んでみてはどうか」
「ん? あぁ、ゆったりと考えても良いのかい?」
Holmesは予想外の言葉を貰った様に静止する。やがて武器を収め、
「それなら少し失礼。一服つかせて貰うよ」
そう言って窓の傍から離れていった。クレールはそれを見送り、安堵に溜息を吐いた。
●
「うーん……」
ノートを片手に庭を散策し、カールは考えを巡らせていた。
ページには暗号文の写しと、それに対する彼の考えが書かれている。
「Hintだけアルファベット、ブルーでいう英語なんですね……そういえば、ブルーから転移してきた家系の方なんでしたっけ」
自分の呟きを書き加え更に思案を深める。ノートを眺めつつ、カールは邸内を回っていく。
その最中、また何かを思いついたように立ち止まり周囲を見渡す。
「そういえば、この庭――」
「二年間放置だったという割に、そんなに荒れてない印象かな?」
ルドルフ・デネボラ(ka3749)は庭の様子を見てそう言った。
依頼人が既に庭のあちこちを探索していたが、漏れもあるかもしれない。加えて暗号解読は不得手だと自己診断し、幼馴染のミコトと共に足を使って暗号解読に貢献する事にしたのだ。
そして、飼育小屋や池の周囲といった庭中の探索の途中で気づいた。
二年もの間放置されていた、それにしてはこの庭は綺麗だ。花壇に花こそ無いが、普通はもっと雑草が茂ったりと荒れた印象を受ける。
何か違和感を感じつつも、明確な答は出なかった。ルドルフは花壇を探るミコトに声をかける。
「ミコ、何か見つかった?」
その声にミコトが顔を上げる。頬についた土を手で拭いつつ、彼女は答える。
「ううん。駄目ー、なんにも見つからないよー。これ以上はちょっと荒らしすぎちゃうかなぁ」
「そうだなぁ……ひとまずステンの所に戻ろうか」
「うん、応援しなくちゃだね!」
二人は捜索を一旦切り上げ、友人であるトルステン=L=ユピテル(ka3946)の元に戻る事にした。
集合地点へ向かうと、トルステンは暗号の紙を睨みブツブツと呟いていた。集中しているのか、二人が戻ってきても彼は反応しない。
ルドルフは近くに寄り、肩を叩きながら尋ねる。
「で、そっちはどう? 解けそう?」
と、問いかけるもやはり反応は無い。考え中だから話しかけるな、という意志表示にも思えた。
が、それに構わずミコトが声をかける。
「ステン君、うちはルゥ君と一緒にまた捜索隊するから、暗号頑張ってねー!」
応援に煩そうに耳を塞ぐトルステン。彼は相変わらず顔を上げずに一言呟く。
「探し回る必要無いぜ、多分な」
トルステンは不思議そうに首を傾げる二人に説明の言葉を続ける。
「上の五行、屋敷の各所に対応してそうに見えるケド……亀は飼ってないし一角獣は屋敷の中、直接場所を示すなら矛盾する」
そう自分の考えを示し、
「この文だけで解ける筈――でなきゃ、暗号じゃねぇ」
目の前の友人達に言い切るのだった。
●
暫くして、また全員が場に揃った。ルドルフとミコトは捜索を止め、カールも散策から帰ってきている。
暗号に対してクレールは既に音を上げ、Holmesとトルステンの二人は熱心に紙切れに向かっていた。
その中でエーミ・エーテルクラフト(ka2225)だけはどこか余裕の表情を浮かべていた。
彼女は少しの間、暗号に向かっていたかと思うとすぐに紙から離れて行った。それからは皆を楽しそうに見渡している。
「ふふ、もう最初から執事さんに問い合わせた方がいいんじゃないかしら」
進展の無い問題にエーミが提案し、それにバッファが答える。
「それも選択肢の一つだが……出来るなら答を知りたい」
「そうね、謎は日々を楽しく生きるための最高の味付けよね。もうちょっと考えてみましょ?」
エーミはにこにこと言い、再び皆の推理の様子を見守り始めた。
「どうかしら。誰か、答が分かった人はいる?」
少し経って、エーミが全員に言葉を投げかける。が、返答は無い。しかし、
「この文、重要な事を隠す為に勿体ぶってるんじゃねぇかな」
トルステンがそんな言葉を溢す。それに呼応するようにHolmesも口を開く。
「暗号は前半と後半に分かれているね。前半は色とりどりの動物と謎掛け、後半は色の好み。実に統一感の無い問いだとは思わないかい?」
「試しに生物を抜き出すと……紫の蝶、銀の鷲、赤い兎、黒い獅子、白い一角獣、金の亀」
「後半の順序は紫、白、金、黒、銀、赤……これに前半の動物を当てはめると――」
「蝶、一角獣、亀、獅子、鷲、兎……か」
Holmesとトルステン、両者の推理した内容は同様だった。議論のように、互いの言葉を継ぎながらそれを確認していく。
テンポ良く進んでいく二人の推理に周囲からおおー、と賞賛の声が上がる。
語られていく言葉に誰もが聞き入る中、カールは自身のノートを目で追う。そこに認めた自らの考えと目の前の推理、それらを確認しながら頷いていく。
「こういうのは頭文字を取るのがセオリーだからね。さぁ、読んでみようか」
「頭文字? えっと、んー」
Holmesの言葉にミコトが唸る。続くように、クレールが不安げに声を出す。
「ち、いかしわう……?」
その場の大半が黙る。ただ一人、エーミだけがクスクスと愉快そうに成り行きを見守る。
探偵役二人の言葉が止まり、推理は行き詰まる。そこにエーミが口を挟む。
「暗号文の不自然は、ほぼ必然に仕込まれた鍵。暗号文で遊んだ事があるなら気づくわよね」
エーミは暗号の紙を受け取り、全員へ広げて見せる。
「今回のヒントはまさにHint。ふふ、ここだけ違うのは何か意味があったんじゃないかしら」
「――――!」
その言葉に数人が閃く。Holmesとトルステンが推理を再開する。
「あぁ、そういえばHintがあったね。リアルブルーの言葉で謎を解く手がかり、だったかな?」
「んで、Hintは英語で書いてあると……解けた気がする」
「これはまさか……リアルブルー語に変換する類の暗号!?」
そこまで言われクレールも気づいたのか、声を上げる。と同時に、異界の言葉の混入に混乱し、一人慌てふためく。
Holmesが頷き続ける。
「ふむ、それではそれに倣って、全ての動物を別の言葉に直してみよう」
「Butterfly、Unicorn、Turtle、Lion、Eagle、Rabbit――BUTLER」
「つまり執事……失礼ですが、バッファ様は家を出る時に鍵を何処かに隠したのではなく――誰かに預けたのでは?」
その指摘に全員の視線が依頼人へと向く。バッファは何かを思い出したかのように目を開き、大口を開けながら、
「……そういえば、そうだった」
――蘇った過去の記憶に、答を見た。
「すごーいっ!」
ミコトの感嘆の声が響く。続くように周囲からもHolmesとトルステン、二人の名探偵に賞賛の声が飛ぶ。
喝采の中、二人の推理の結末とノートに綴られた自身の答が一致したのを確認し、カールは静かに微笑んでいた。
エーミも拍手と共に彼らを称える――いち早く真実に辿り着いた彼女が答を口にする事は最後まで無かった。
バッファは困ったように頭を掻きながら、一層大きな拍手を贈った。
「……あぁ、そうだ。コレ言わねぇと」
喧騒の中心でトルステンが小さく呟く。それは誰に聞かせるでもない、一つの推理を締めくくる為の言葉であった。
「――Q.E.D.」
●
導かれた答の通り、屋敷の鍵は執事が預かっていた。
「いつか、もしも私が帰ってくる時があったなら――その時にはまた仕えて貰えるだろうか」
二年前、屋敷を出る際にバッファはそう言ったらしい。言った自分がすっかり忘れていた事を謝罪すると、
「はは、お気になさらずに――お帰りなさいませ、ご主人様」
「……あぁ、ただいま」
笑いながら出迎える執事に、バッファは再び頭を下げた。
「二年間人の手が入っていなかった……にしては綺麗ですね?」
屋敷に入ったクレールが首を傾げる。言葉の通り、内部はそう荒れた状態ではなかった。
彼女の言葉に執事が答える。いつか主人が戻った時の為に、彼が時折手入れに来ていたのだという。
その甲斐あってか目立った汚れは少なく、掃除は積もった埃の除去が主になりそうだ。
「楽しい食事は環境から! 執事さん、私達もお手伝いします。在りし日の賑やかなお屋敷みたいに……皆でピッカピカにしようよ!」
張り切るクレールが執事と仲間達に声をかける。皆それぞれの持ち場に散っていく。
執事とエーミ、トルステンが晩餐会の為の食事を作る間、他の者は用意された清掃用具と作業着を受け取り、屋敷の清掃に臨んだ。
●
「わぁ! 豪華で楽しいお食事だー! ふふー、お腹ぺこぺこ!」
食卓に並んだ料理の数々にクレールが歓喜する。屋敷から借りた礼装に身を包み、体を揺らす姿はとても嬉しそうだ。
料理の出来も申し分ない。晩餐に間に合う様に急いで買い物と調理を済ませたにしては、十分すぎる程のご馳走だ。
皆が席に着くのを確認し、バッファが立ち上がった。
「まずはありがとう。おかげで再び屋敷に帰り、晩餐会を開く事も出来た。っと、長くなってはいけないな……さぁ、食べよう!」
その号令で、晩餐は始まった。
「お、何となく懐かしい味がしますね。美味しいです。こんなご馳走、こっちの世界に来てから初めて食べるかも……食材も足りたんですね」
料理を口にしたルドルフがエーミに言う。対するエーミは悪戯っぽく笑ってみせる。
「あら、謎は最高の味付けじゃなかったっけ」
「うっ……!? 何が入ってるんですか……?」
「有り合わせで上手く出来るものよ。ふふ、変な物は入ってないから」
からかわれるルドルフの横でカールがアップルパイに手を伸ばして言う。
「頭を使うとお腹が減りますよね。アップルパイは嬉しいなぁ」
嬉しそうに笑うカールを見て、ルドルフとエーミも微笑む。
「お料理はエーテルクラフトの魔法なの」
エーミは言う。自分にとって料理は誰かを笑顔にする為の魔法の一つ。その魔法で皆が楽しく過ごす事――それが自身の願いなのだと。
「電化製品か。こちらの世界に惚れた祖父の意向でね、この屋敷には置いてないが、君達の世界の物は出回っているよ。尤も、動力を確保できない為に骨董品の扱いだがね」
ミコトが問うこの生活について答え、嬉しそうにバッファは語る。尋ねたミコトも興味津々で楽しそうに話す。
「うちはまだこちらに来て日が浅いので、あちこち観察して見たくて、許可が貰えるなら屋敷の中も見て回りたいです」
「かまわないさ。此処にあるのはこちらの生活様式そのものだ。君の見たい物も見れるかもしれない」
「わぁ、ありがとうございます! ステン君も行こうね!」
隣でサフランライスを口に運ぶトルステンにミコトが嬉しそうに言う。自身の手掛けた料理を食べながら、彼もバッファに尋ねる。
「リチェルカさんが一番面白かった街って何処ッスか」
「あ、俺も知りたいです。一度行くべきって場所があれば是非」
ルドルフも一緒になって尋ねる。バッファは少し思案し、
「自由都市には面白い物がたくさん在ったなぁ。何処も魅力的だが、あそこは特に色々な物が集まる。ずっと居たって飽きないだろう」
他にもオススメの街を語って聞かせるバッファ。
幾つもの場所を話し終えた彼に、クレールが問う。
「私も聞きたいな。私、一年くらい家を出て旅の途中だから……いつか私が帰る時……その時、そっと後押ししてくれるようなお話が聞けたらなって」
「そうか、君も……」
「帰る契機になった出来事とか、伺いたいです!」
彼女の言葉にバッファは静かに目を閉じ、過ごした二年間を思い浮かべ、口を開く。
「旅の途中には様々な……本当に、多くの事があった。離れがたいと思う土地もあった――それでも、帰ってきたなぁ」
「それは、何故……?」
「いつしか、自然と向かっていたんだ。旅を終える場所はやはり、自分の家だって事――それをなんとなく分かっていたのかもしれないな」
バッファの語る旅の記憶は続く。彼の色とりどりの体験談は、ハンター達と共に一つの旅の終わりを演出していった――――
「邸内へお通し出来ず申し訳ない。諸君、此度は依頼を受けて頂いた事に感謝する。どうかその知恵を私に貸していただきたい。その後には共に晩餐を楽しみたいと考えている」
バッファは屋敷の庭に集まったハンター達へそう告げる。その中の一人、クレール(ka0586)が頷く。
「旅立った人もいつかは帰る……そういうものですよね。屋敷もきっと喜んでくれます! 素敵な晩餐会にする為、頑張りましょうね!」
彼女の言葉に賛同し他の面々も頷く。その様子にバッファは微笑む。
「ありがとう。早速だが、これが例の暗号だ」
暗号の書かれた一枚の紙切れが取り出され、ハンター達は皆それを覗き込む。
何人かは早速思考を巡らせ、また何人かはお手上げとばかりに眉根を寄せていた。
「自分で考えた暗号に……とんだ笑い者だよ」
自嘲気味に笑うバッファ。ミコト=S=レグルス(ka3953)も困ったように笑いながら続く。
「自分で決めた事でも、わかんなくなっちゃうのってよくありますよね……」
うんうんと頷き合うミコトとバッファ。それを見たカール・フォルシアン(ka3702)も頬を緩ませ、屋敷の庭を見渡しながら口を開く。
「謎解きってなんだかわくわくしますね。おっきなお屋敷ですし、探索も出来るといいなぁ」
「あぁ、勿論。好きに探ってもらって構わない。中に入れたなら、そちらも自由に回るといいだろう」
「本当ですか、ありがとうございます! 楽しみだなぁ」
バッファの申し出に喜ぶカール。そのやり取りを聞きながら、Holmes(ka3813)が暗号の紙から顔を上げる。
「あぁ、折角の謎掛けだ、楽しまなくてはね。しかし――依頼主が急いでいるのならば仕方ない」
Holmesはゆっくりと屋敷の壁――否、窓に向かって歩を進める。そして、
「――窓を割ろう」
仕込み杖を構える。狙いは言葉通り、鍵のかかった屋敷の窓である。
突然の行動を唖然として見つめる一同。真っ先に反応したのはクレールだった。
「え――ええっ!? ちょ、ちょっと待って、Holmesちゃん!」
慌てて駆け寄り、Holmesの手を握り引き止める。Holmesは平然とクレールに視線を送り、自らの考えを口にする。
「何事も最後に使われるのは暴力という手段だ。ならば最初からそれを選択するのは理に適っているだろう」
「え? えーっと……」
迷い無いHolmesの態度に言葉に詰まるクレール。だが、その間に事態に追い付いたバッファが口を開く。
「あー、なんだね。確かに最終的にはそれも致し方なしと考えてはいるが……急ぎという訳ではない。まずは正攻法で挑んでみてはどうか」
「ん? あぁ、ゆったりと考えても良いのかい?」
Holmesは予想外の言葉を貰った様に静止する。やがて武器を収め、
「それなら少し失礼。一服つかせて貰うよ」
そう言って窓の傍から離れていった。クレールはそれを見送り、安堵に溜息を吐いた。
●
「うーん……」
ノートを片手に庭を散策し、カールは考えを巡らせていた。
ページには暗号文の写しと、それに対する彼の考えが書かれている。
「Hintだけアルファベット、ブルーでいう英語なんですね……そういえば、ブルーから転移してきた家系の方なんでしたっけ」
自分の呟きを書き加え更に思案を深める。ノートを眺めつつ、カールは邸内を回っていく。
その最中、また何かを思いついたように立ち止まり周囲を見渡す。
「そういえば、この庭――」
「二年間放置だったという割に、そんなに荒れてない印象かな?」
ルドルフ・デネボラ(ka3749)は庭の様子を見てそう言った。
依頼人が既に庭のあちこちを探索していたが、漏れもあるかもしれない。加えて暗号解読は不得手だと自己診断し、幼馴染のミコトと共に足を使って暗号解読に貢献する事にしたのだ。
そして、飼育小屋や池の周囲といった庭中の探索の途中で気づいた。
二年もの間放置されていた、それにしてはこの庭は綺麗だ。花壇に花こそ無いが、普通はもっと雑草が茂ったりと荒れた印象を受ける。
何か違和感を感じつつも、明確な答は出なかった。ルドルフは花壇を探るミコトに声をかける。
「ミコ、何か見つかった?」
その声にミコトが顔を上げる。頬についた土を手で拭いつつ、彼女は答える。
「ううん。駄目ー、なんにも見つからないよー。これ以上はちょっと荒らしすぎちゃうかなぁ」
「そうだなぁ……ひとまずステンの所に戻ろうか」
「うん、応援しなくちゃだね!」
二人は捜索を一旦切り上げ、友人であるトルステン=L=ユピテル(ka3946)の元に戻る事にした。
集合地点へ向かうと、トルステンは暗号の紙を睨みブツブツと呟いていた。集中しているのか、二人が戻ってきても彼は反応しない。
ルドルフは近くに寄り、肩を叩きながら尋ねる。
「で、そっちはどう? 解けそう?」
と、問いかけるもやはり反応は無い。考え中だから話しかけるな、という意志表示にも思えた。
が、それに構わずミコトが声をかける。
「ステン君、うちはルゥ君と一緒にまた捜索隊するから、暗号頑張ってねー!」
応援に煩そうに耳を塞ぐトルステン。彼は相変わらず顔を上げずに一言呟く。
「探し回る必要無いぜ、多分な」
トルステンは不思議そうに首を傾げる二人に説明の言葉を続ける。
「上の五行、屋敷の各所に対応してそうに見えるケド……亀は飼ってないし一角獣は屋敷の中、直接場所を示すなら矛盾する」
そう自分の考えを示し、
「この文だけで解ける筈――でなきゃ、暗号じゃねぇ」
目の前の友人達に言い切るのだった。
●
暫くして、また全員が場に揃った。ルドルフとミコトは捜索を止め、カールも散策から帰ってきている。
暗号に対してクレールは既に音を上げ、Holmesとトルステンの二人は熱心に紙切れに向かっていた。
その中でエーミ・エーテルクラフト(ka2225)だけはどこか余裕の表情を浮かべていた。
彼女は少しの間、暗号に向かっていたかと思うとすぐに紙から離れて行った。それからは皆を楽しそうに見渡している。
「ふふ、もう最初から執事さんに問い合わせた方がいいんじゃないかしら」
進展の無い問題にエーミが提案し、それにバッファが答える。
「それも選択肢の一つだが……出来るなら答を知りたい」
「そうね、謎は日々を楽しく生きるための最高の味付けよね。もうちょっと考えてみましょ?」
エーミはにこにこと言い、再び皆の推理の様子を見守り始めた。
「どうかしら。誰か、答が分かった人はいる?」
少し経って、エーミが全員に言葉を投げかける。が、返答は無い。しかし、
「この文、重要な事を隠す為に勿体ぶってるんじゃねぇかな」
トルステンがそんな言葉を溢す。それに呼応するようにHolmesも口を開く。
「暗号は前半と後半に分かれているね。前半は色とりどりの動物と謎掛け、後半は色の好み。実に統一感の無い問いだとは思わないかい?」
「試しに生物を抜き出すと……紫の蝶、銀の鷲、赤い兎、黒い獅子、白い一角獣、金の亀」
「後半の順序は紫、白、金、黒、銀、赤……これに前半の動物を当てはめると――」
「蝶、一角獣、亀、獅子、鷲、兎……か」
Holmesとトルステン、両者の推理した内容は同様だった。議論のように、互いの言葉を継ぎながらそれを確認していく。
テンポ良く進んでいく二人の推理に周囲からおおー、と賞賛の声が上がる。
語られていく言葉に誰もが聞き入る中、カールは自身のノートを目で追う。そこに認めた自らの考えと目の前の推理、それらを確認しながら頷いていく。
「こういうのは頭文字を取るのがセオリーだからね。さぁ、読んでみようか」
「頭文字? えっと、んー」
Holmesの言葉にミコトが唸る。続くように、クレールが不安げに声を出す。
「ち、いかしわう……?」
その場の大半が黙る。ただ一人、エーミだけがクスクスと愉快そうに成り行きを見守る。
探偵役二人の言葉が止まり、推理は行き詰まる。そこにエーミが口を挟む。
「暗号文の不自然は、ほぼ必然に仕込まれた鍵。暗号文で遊んだ事があるなら気づくわよね」
エーミは暗号の紙を受け取り、全員へ広げて見せる。
「今回のヒントはまさにHint。ふふ、ここだけ違うのは何か意味があったんじゃないかしら」
「――――!」
その言葉に数人が閃く。Holmesとトルステンが推理を再開する。
「あぁ、そういえばHintがあったね。リアルブルーの言葉で謎を解く手がかり、だったかな?」
「んで、Hintは英語で書いてあると……解けた気がする」
「これはまさか……リアルブルー語に変換する類の暗号!?」
そこまで言われクレールも気づいたのか、声を上げる。と同時に、異界の言葉の混入に混乱し、一人慌てふためく。
Holmesが頷き続ける。
「ふむ、それではそれに倣って、全ての動物を別の言葉に直してみよう」
「Butterfly、Unicorn、Turtle、Lion、Eagle、Rabbit――BUTLER」
「つまり執事……失礼ですが、バッファ様は家を出る時に鍵を何処かに隠したのではなく――誰かに預けたのでは?」
その指摘に全員の視線が依頼人へと向く。バッファは何かを思い出したかのように目を開き、大口を開けながら、
「……そういえば、そうだった」
――蘇った過去の記憶に、答を見た。
「すごーいっ!」
ミコトの感嘆の声が響く。続くように周囲からもHolmesとトルステン、二人の名探偵に賞賛の声が飛ぶ。
喝采の中、二人の推理の結末とノートに綴られた自身の答が一致したのを確認し、カールは静かに微笑んでいた。
エーミも拍手と共に彼らを称える――いち早く真実に辿り着いた彼女が答を口にする事は最後まで無かった。
バッファは困ったように頭を掻きながら、一層大きな拍手を贈った。
「……あぁ、そうだ。コレ言わねぇと」
喧騒の中心でトルステンが小さく呟く。それは誰に聞かせるでもない、一つの推理を締めくくる為の言葉であった。
「――Q.E.D.」
●
導かれた答の通り、屋敷の鍵は執事が預かっていた。
「いつか、もしも私が帰ってくる時があったなら――その時にはまた仕えて貰えるだろうか」
二年前、屋敷を出る際にバッファはそう言ったらしい。言った自分がすっかり忘れていた事を謝罪すると、
「はは、お気になさらずに――お帰りなさいませ、ご主人様」
「……あぁ、ただいま」
笑いながら出迎える執事に、バッファは再び頭を下げた。
「二年間人の手が入っていなかった……にしては綺麗ですね?」
屋敷に入ったクレールが首を傾げる。言葉の通り、内部はそう荒れた状態ではなかった。
彼女の言葉に執事が答える。いつか主人が戻った時の為に、彼が時折手入れに来ていたのだという。
その甲斐あってか目立った汚れは少なく、掃除は積もった埃の除去が主になりそうだ。
「楽しい食事は環境から! 執事さん、私達もお手伝いします。在りし日の賑やかなお屋敷みたいに……皆でピッカピカにしようよ!」
張り切るクレールが執事と仲間達に声をかける。皆それぞれの持ち場に散っていく。
執事とエーミ、トルステンが晩餐会の為の食事を作る間、他の者は用意された清掃用具と作業着を受け取り、屋敷の清掃に臨んだ。
●
「わぁ! 豪華で楽しいお食事だー! ふふー、お腹ぺこぺこ!」
食卓に並んだ料理の数々にクレールが歓喜する。屋敷から借りた礼装に身を包み、体を揺らす姿はとても嬉しそうだ。
料理の出来も申し分ない。晩餐に間に合う様に急いで買い物と調理を済ませたにしては、十分すぎる程のご馳走だ。
皆が席に着くのを確認し、バッファが立ち上がった。
「まずはありがとう。おかげで再び屋敷に帰り、晩餐会を開く事も出来た。っと、長くなってはいけないな……さぁ、食べよう!」
その号令で、晩餐は始まった。
「お、何となく懐かしい味がしますね。美味しいです。こんなご馳走、こっちの世界に来てから初めて食べるかも……食材も足りたんですね」
料理を口にしたルドルフがエーミに言う。対するエーミは悪戯っぽく笑ってみせる。
「あら、謎は最高の味付けじゃなかったっけ」
「うっ……!? 何が入ってるんですか……?」
「有り合わせで上手く出来るものよ。ふふ、変な物は入ってないから」
からかわれるルドルフの横でカールがアップルパイに手を伸ばして言う。
「頭を使うとお腹が減りますよね。アップルパイは嬉しいなぁ」
嬉しそうに笑うカールを見て、ルドルフとエーミも微笑む。
「お料理はエーテルクラフトの魔法なの」
エーミは言う。自分にとって料理は誰かを笑顔にする為の魔法の一つ。その魔法で皆が楽しく過ごす事――それが自身の願いなのだと。
「電化製品か。こちらの世界に惚れた祖父の意向でね、この屋敷には置いてないが、君達の世界の物は出回っているよ。尤も、動力を確保できない為に骨董品の扱いだがね」
ミコトが問うこの生活について答え、嬉しそうにバッファは語る。尋ねたミコトも興味津々で楽しそうに話す。
「うちはまだこちらに来て日が浅いので、あちこち観察して見たくて、許可が貰えるなら屋敷の中も見て回りたいです」
「かまわないさ。此処にあるのはこちらの生活様式そのものだ。君の見たい物も見れるかもしれない」
「わぁ、ありがとうございます! ステン君も行こうね!」
隣でサフランライスを口に運ぶトルステンにミコトが嬉しそうに言う。自身の手掛けた料理を食べながら、彼もバッファに尋ねる。
「リチェルカさんが一番面白かった街って何処ッスか」
「あ、俺も知りたいです。一度行くべきって場所があれば是非」
ルドルフも一緒になって尋ねる。バッファは少し思案し、
「自由都市には面白い物がたくさん在ったなぁ。何処も魅力的だが、あそこは特に色々な物が集まる。ずっと居たって飽きないだろう」
他にもオススメの街を語って聞かせるバッファ。
幾つもの場所を話し終えた彼に、クレールが問う。
「私も聞きたいな。私、一年くらい家を出て旅の途中だから……いつか私が帰る時……その時、そっと後押ししてくれるようなお話が聞けたらなって」
「そうか、君も……」
「帰る契機になった出来事とか、伺いたいです!」
彼女の言葉にバッファは静かに目を閉じ、過ごした二年間を思い浮かべ、口を開く。
「旅の途中には様々な……本当に、多くの事があった。離れがたいと思う土地もあった――それでも、帰ってきたなぁ」
「それは、何故……?」
「いつしか、自然と向かっていたんだ。旅を終える場所はやはり、自分の家だって事――それをなんとなく分かっていたのかもしれないな」
バッファの語る旅の記憶は続く。彼の色とりどりの体験談は、ハンター達と共に一つの旅の終わりを演出していった――――
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/01/25 20:43:53 |
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暗号解いたり喋ったり。 トルステン=L=ユピテル(ka3946) 人間(リアルブルー)|18才|男性|聖導士(クルセイダー) |
最終発言 2015/01/29 23:58:26 |