ゲスト
(ka0000)
【血断】もう1つの選択【幻想】
マスター:猫又ものと

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/07/01 19:00
- 完成日
- 2019/07/14 18:53
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「……君達の話は分かった。でも、残念ながらそれは無理だよ」
きっぱりと断じたイクタサ(kz0246)に、イェルズ・オイマト(kz0143)とヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は言葉を失った。
それを聞いてもなお、ファリフ・スコール(kz0009)は勇気の精霊に縋るような眼差しを向ける。
「そんな……何とかならないの?」
「こればっかりは可愛いファリフのお願いでも難しいね……。言っておくけど、ボクの能力云々じゃない。彼自身の命運の話だよ」
ファリフの髪を撫でるイクタサ。
――こういう場に、愛し子を連れて来るあたり、ヴェルナーは本気で自分を動かそうとしているのだと言うのが伺える。
でも、何と言われても、無理なものは無理なのだ。
幻獣の森が攻め落とされ、幻獣達の一時避難場所となっているイクタサの森。
そこにある東屋で、この森の主と、部族会議大首長の補佐役とノアーラ・クンタウの管理者、そしてスコール族の族長が面会していた。
話している議題は――怠惰王との戦いの果てに、意識不明となっているバタルトゥ・オイマト(kz0023)を元に戻せないか、ということだ。
この話をイクタサに持ち込もうと提案したのはヴェルナーだが、勿論ある程度の勝算はあってのことだった。
真なる怠惰王との戦いは、イクタサが作り出した次元の狭間『アフンルパル』の内部にて行われた。
オーロラの討伐が終了した時点で、アフンルパルも消え去ったが……未だ目覚めぬバタルトゥの精神は、その次元の狭間に取り残されたままになっているのでは、と踏んだのだ。
そうなのであれば、次元の狭間を作り出した張本人に掛け合うのが一番早い。
そこで、お願いをするべく接待の用意をし、こうして切り札であるファリフまで連れて来たという訳だ。
……まあ、当のファリフは純粋にバタルトゥを心配していて、自分が切り札扱いされているとは思ってもいないだろうけれど。
そうして、バタルトゥを元に戻せないか、と尋ねた結果……返答は『無理』だったという訳だ。
「……あの。何故無理なのか、どうしてそう断言するのか。お伺いしても良いですか?」
「さっきも言ったけど、この状態で生きていられていること自体が不思議なんだ。通常であればとっくに死んでる。……もう、その時点で奇跡は使い果たしてるんだよ」
衝撃を隠しきれないイェルズに淡々と答えるイクタサ。
「そういう意味では『元に戻すことは不可能』だって言ってる。……まあ、一時的であれば起こすことは可能だけどね」
「一時的、ですか。それはどういう?」
酷く冷淡な声で言うヴェルナー。感情を抑えているのだろう。イクタサは肩を竦めて続ける。
「簡単だよ。ボクと契約して、加護を彼に付与するんだ。そうすれば一時的ではあるけれど、動くことが出来るようにはなるよ」
「一時的って、どれくらいの期間なの?」
「そうだね。邪神ファナティックブラッドとの決戦くらいまでじゃないかな。邪神に対抗する力は多い方がいいから、実はボクとしても悪い話じゃない。ただ……」
「ただ……何ですか?」
ファリフの問いに微かに笑みを浮かべるイクタサ。先を促すイェルズに目線を移す。
「……この契約の代償は、『彼の生命力』だ。それを全部引き替えて、数か月の活動が可能になる」
「じゃあ。それが終わったら……どうなるんです? また眠り続けるんですか?」
「……まさか。生命力を使い果たすんだ。当然死ぬことになるだろうね。それが嫌だというなら、現状維持だよ。彼はこのまま一生起きることはないだろうが、きっと本来の寿命分は生きられるだろう」
何でもないようにいうイクタサに息を飲むイェルズとファリフ。ヴェルナーだけが、こめかみに手をやって目を閉じる。
「……こんな話が出来るということは、貴方最初からこの事態を想定していましたね?」
「ははは。御名答。だからボク、キミのこと好きになれないんだよね。……本人の意思は既に確認してあるよ。彼、『このまま何もせず眠り続けるくらいなら、命と引き換えにしても良いから戦いたい』ってさ。その返答も、キミなら予測してたんじゃないのかな?」
「……やはり、バタルトゥさんを行かせるんじゃありませんでした。失策でした」
のんびりと言うイクタサに、顔を上げずに呟きを漏らすヴェルナー。
彼らしからぬ、感情の混じった声に、イェルズは膝に置いた拳を握り締める。
「まあ、ボクはどちらでも構わないよ。このままでも、彼に加護を与えるのも。君達が望むなら、少しの間ではあるけれど、バタルトゥと対話をさせてあげられるよ。……二度目の奇跡は起きない。加護を与えれば必ず死は訪れる。良く考えて決めることだね」
そう言って席を立ち、森へと向かうイクタサ。
その背を見送った3人に流れる、嫌な沈黙。
それを破ったのはファリフだった。
「……どうしたらいいのかな。こんな話、ボク達だけで決めていいの?」
「……そうですね。どちらを選択しても悔恨は残るでしょう。死んでもいいから戦いたいというのは、まあバタルトゥさんらしくはありますが……」
「一度持ち帰って……部族会議と、ハンターさんの意見も伺いましょう」
ヴェルナーの言葉に頷いて、のろのろと立ち上がるイェルズ。
――族長が死ぬ? あの族長が……?
青年の心に満ちる困惑。
――こうして。部族会議大首長の命運を握る採択が、行われようとしていた。
きっぱりと断じたイクタサ(kz0246)に、イェルズ・オイマト(kz0143)とヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は言葉を失った。
それを聞いてもなお、ファリフ・スコール(kz0009)は勇気の精霊に縋るような眼差しを向ける。
「そんな……何とかならないの?」
「こればっかりは可愛いファリフのお願いでも難しいね……。言っておくけど、ボクの能力云々じゃない。彼自身の命運の話だよ」
ファリフの髪を撫でるイクタサ。
――こういう場に、愛し子を連れて来るあたり、ヴェルナーは本気で自分を動かそうとしているのだと言うのが伺える。
でも、何と言われても、無理なものは無理なのだ。
幻獣の森が攻め落とされ、幻獣達の一時避難場所となっているイクタサの森。
そこにある東屋で、この森の主と、部族会議大首長の補佐役とノアーラ・クンタウの管理者、そしてスコール族の族長が面会していた。
話している議題は――怠惰王との戦いの果てに、意識不明となっているバタルトゥ・オイマト(kz0023)を元に戻せないか、ということだ。
この話をイクタサに持ち込もうと提案したのはヴェルナーだが、勿論ある程度の勝算はあってのことだった。
真なる怠惰王との戦いは、イクタサが作り出した次元の狭間『アフンルパル』の内部にて行われた。
オーロラの討伐が終了した時点で、アフンルパルも消え去ったが……未だ目覚めぬバタルトゥの精神は、その次元の狭間に取り残されたままになっているのでは、と踏んだのだ。
そうなのであれば、次元の狭間を作り出した張本人に掛け合うのが一番早い。
そこで、お願いをするべく接待の用意をし、こうして切り札であるファリフまで連れて来たという訳だ。
……まあ、当のファリフは純粋にバタルトゥを心配していて、自分が切り札扱いされているとは思ってもいないだろうけれど。
そうして、バタルトゥを元に戻せないか、と尋ねた結果……返答は『無理』だったという訳だ。
「……あの。何故無理なのか、どうしてそう断言するのか。お伺いしても良いですか?」
「さっきも言ったけど、この状態で生きていられていること自体が不思議なんだ。通常であればとっくに死んでる。……もう、その時点で奇跡は使い果たしてるんだよ」
衝撃を隠しきれないイェルズに淡々と答えるイクタサ。
「そういう意味では『元に戻すことは不可能』だって言ってる。……まあ、一時的であれば起こすことは可能だけどね」
「一時的、ですか。それはどういう?」
酷く冷淡な声で言うヴェルナー。感情を抑えているのだろう。イクタサは肩を竦めて続ける。
「簡単だよ。ボクと契約して、加護を彼に付与するんだ。そうすれば一時的ではあるけれど、動くことが出来るようにはなるよ」
「一時的って、どれくらいの期間なの?」
「そうだね。邪神ファナティックブラッドとの決戦くらいまでじゃないかな。邪神に対抗する力は多い方がいいから、実はボクとしても悪い話じゃない。ただ……」
「ただ……何ですか?」
ファリフの問いに微かに笑みを浮かべるイクタサ。先を促すイェルズに目線を移す。
「……この契約の代償は、『彼の生命力』だ。それを全部引き替えて、数か月の活動が可能になる」
「じゃあ。それが終わったら……どうなるんです? また眠り続けるんですか?」
「……まさか。生命力を使い果たすんだ。当然死ぬことになるだろうね。それが嫌だというなら、現状維持だよ。彼はこのまま一生起きることはないだろうが、きっと本来の寿命分は生きられるだろう」
何でもないようにいうイクタサに息を飲むイェルズとファリフ。ヴェルナーだけが、こめかみに手をやって目を閉じる。
「……こんな話が出来るということは、貴方最初からこの事態を想定していましたね?」
「ははは。御名答。だからボク、キミのこと好きになれないんだよね。……本人の意思は既に確認してあるよ。彼、『このまま何もせず眠り続けるくらいなら、命と引き換えにしても良いから戦いたい』ってさ。その返答も、キミなら予測してたんじゃないのかな?」
「……やはり、バタルトゥさんを行かせるんじゃありませんでした。失策でした」
のんびりと言うイクタサに、顔を上げずに呟きを漏らすヴェルナー。
彼らしからぬ、感情の混じった声に、イェルズは膝に置いた拳を握り締める。
「まあ、ボクはどちらでも構わないよ。このままでも、彼に加護を与えるのも。君達が望むなら、少しの間ではあるけれど、バタルトゥと対話をさせてあげられるよ。……二度目の奇跡は起きない。加護を与えれば必ず死は訪れる。良く考えて決めることだね」
そう言って席を立ち、森へと向かうイクタサ。
その背を見送った3人に流れる、嫌な沈黙。
それを破ったのはファリフだった。
「……どうしたらいいのかな。こんな話、ボク達だけで決めていいの?」
「……そうですね。どちらを選択しても悔恨は残るでしょう。死んでもいいから戦いたいというのは、まあバタルトゥさんらしくはありますが……」
「一度持ち帰って……部族会議と、ハンターさんの意見も伺いましょう」
ヴェルナーの言葉に頷いて、のろのろと立ち上がるイェルズ。
――族長が死ぬ? あの族長が……?
青年の心に満ちる困惑。
――こうして。部族会議大首長の命運を握る採択が、行われようとしていた。
リプレイ本文
――辺境部族の大首長の行く末を決める。
その場に多くのハンターが集まっていたが、進んで口を開くものはなく。
どことなく思い雰囲気が漂う。
――バタルトゥ・オイマト(kz0023)は真なる怠惰王討伐の際、ハンター達の退路を守り……その果てに、意識不明となった。
あの状況は、誰か1人が引き起こしたものではない。不幸な偶然が重なった上での結果だった。
当然、殿として残ったバタルトゥも、己の迎え得る結末を予測していた筈だ。
……それでも、そう簡単に割り切れるものではなく。彼と何を話していいのか、分からない者も多かった。
イェルズ・オイマト(kz0143)を伴ってやって来たヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)に、サクラ・エルフリード(ka2598)は恭しく頭を下げた。
「お久しぶりです。バタルトゥさんのお身体の具合はいかがですか?」
「ご丁寧にありがとうございます。ええ、バタルトゥさんは元気ですよ。目を覚まさないこと以外はね」
「それ元気って言わないっすよ」
淡々と答えたヴェルナーに思わずツッコミを入れた神楽(ka2032)。
ヴェルナーはため息混じりにそうですね、と呟くと、ハンター達に向き直る。
「……それでは、早速ですが。バタルトゥさんの今後について……皆さんのご意見をお伺いしても宜しいでしょうか」
「難しい選択ですね……。凄く太く短く生きるか、凄く細く長く生きるか、という選択にもなりそうですが……」
何も言わず、青い顔をしているイェルズから目線を外し、目を伏せるサクラ。
ヴェルナーの背におんぶお化けよろしく張り付いていたアルマ・A・エインズワース(ka4901)は、ハイ! と元気に挙手をした。
「わふ。僕は、バタルトゥさんを起こして、戦いに参加させるのに1票です」
「随分とあっさりしてますね。アルマさん?」
「だって、バタルトゥさんがそれを望んでるですよね? なら『天秤なる守護者』の僕がそれを否定したらだめかなって」
肩越しに目線を向けてくるヴェルナーに、にっこりと笑みを返すアルマ。
――守護者として契約をした時に、あの子に言われた。
『あなたは世界の外側で、天秤になりなさい。誰かの願いを測る、正しき天秤に』
その言葉はずっと彼の心の真ん中にあって――アルマは、『天秤』になることに決めた。
天秤とは、願いを測った上で、『正しい』ものだと判断できれば、それを叶える。
その上で、今回のバタルトゥの願いは……叶えるに足る『大切な』ものだと、アルマは思ったのだ。
「……望んだ場所で正しく命を使えるのは幸せなことだと思うですよ、僕」
「わたくしからも1票。わたくしはエクラ教徒として、守護者として。その意思を尊重するべきだと思いやがります」
シレークス(ka0752)はアルマの言葉に強く頷く。
「一生目覚めぬことができないまま、自らの望みも果たすことができない。ただただ眠って見守ることしかできない、それを地獄と言わずして何と言いますか!」
「そっすね……。それだと、死んでるのとあんま変わらないっすよね」
神楽の呟きに、シレークスはもう一度頷いて、瞳に強い力を宿す。
「命燃え尽きることになろうとも。自分の目で見て、自分の口で話して、手足で動くことができやがります。余命幾何もなくなろうと。それが本人が望む『生きること』であるのならば、わたくしは尊重しやがります」
「私も、その方がいいかな、と思います」
ぽつりと呟くサクラ。
何が正しいのかは分からない。誰しも彼に生きて欲しい、と。そう願ってはいる。
けれど、何もせず、ただ生き永らえるというのは……やはり、何かが違うとサクラも思う。
夢路 まよい(ka1328)はうーん、と考えたあと、口を開いた。
「私は……直接バタルトゥにどうして欲しいって言うのも、どうかなと思ってる。そこまで踏み込んでいいことかどうか、分からないから。だから実際にどうするかは、バタルトゥと本当に親しい人の間で決めるといいんじゃないかな」
一旦言葉を区切った彼女。でもね……と、言葉を紡ぎ続ける。
「私はこうも思うんだ。もし私が好きな人が同じ状態に陥ったらどうするかって。その時、私は好きな人の意志を尊重することを選んでたと思う。私がどちらを願ったとしても、それは私の我儘だけどね」
ムズカシイよね、と困ったように笑うまよい。星野 ハナ(ka5852)もこくりと頷く。
「そうですよねぇ。私は徹頭徹尾他人に委ねちゃうのが嫌いな人なのでぇ、自分の事だったら死んでも良いから戦争が終わるまで動ける方を選びますぅ。でもそれは私の意見であってぇ、オイマトさん達の意見じゃないからぁ」
格好よくて偉大なオイマト族長がこんなことになるなんて、世の中残酷ですよねぇ、と続けたハナ。
――バタルトゥが何を思ってこの選択を選んだのか、というのは、想像するしかないけれど。
彼が『このまま待つ』という選択肢を選ばないのであれば、仕方ない。
……この三世界の技術革新を信じるとか、彼が、その生き方を変えるほどに影響を与える人がいるとか。そういうことがあるのなら、違った未来もあったかもしれないけれど。
彼自身が消えても、辺境の戦士の誇りが次代に受け継がれることを疑っていないのだろう。
それはとても美しいけれど、悲しいことだ。
鞍馬 真(ka5819)も躊躇いがちに口を開く。
「そうだな。私の言いたいことはもう、大体皆が言ってくれているけど……私には、辺境の未来とか、そういう大きな視点で考えることはできない。ただ、彼自身が戦いたいと願うのなら、それを否定したくないと思う」
もし、自分が彼と同じ立場であったのなら。
皆が命を懸けて必死に戦っている中で、自分だけが何も出来ずにただただ眠っている。
守りたいものを守ることもできない、そんな状況は……死ぬよりも辛いかな、と思う。
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は、いつもと変わらぬ傍観者の目に、その光景を映す。
「選択肢がソノ2つしかナイのでアレバ、答えは決まってイルヨ。彼の意志を尊重すべきダヨ」
――生きるとは、心を動かすこと。
息だけをして、身体だけを生かしたところで、心がなければ何も生まれはしないのだ。
族長を想うヒトは、どんな形であっても生きて欲しいと願うのだろう。
その気持ちも理解はする。それがヒトの情というものだ。
それもまた、尊いものだとも思う。
だが――ヒトの命は儚い。だったら……思うように生きた方がいい。
「短い時間で精一杯に輝くカラ、ヒトは美しいのだと、僕は信じてイルカラネ」
「そうですね。……誰しも、遅かれ早かれいつかは必ず死を迎えるんですし、好きなようにやった方がいいというのは……僕も同意ですね」
「デショ? ルールーはどうダイ?」
天央 観智(ka0896)の言葉に頷くアルヴィン。彼に話を振られて、目線だけをこちらに向けたエアルドフリス(ka1856)は、腕を組んだまま、淡々と続けた。
「彼は辺境の戦士だ。赤き大地の為に血を流す事は戦士の本懐。……その名誉を汚す事など、俺にはできん」
エアルドフリス自身、辺境の出身だ。彼の部族は既に無いが、辺境の戦士としての矜持は持ち続けている。
赤き大地の為に生涯を捧げ、誇り高く散って行った蛇の戦士の教えもまた、彼も胸の中にある。
恐らくエアルドフリスが族長と同じ立場にあっても、彼と同じ選択をしただろう。
……本当は、一人が犠牲になるのは誤りだ。まして彼は若く、指導者の資質がある。
かの蛇の戦士もさぞ残念がるだろう。
だが、今は……世界を未曾有の危機が覆っている。
彼の犠牲をやむを得ないとするのなら。その手段を取るのなら……二度と彼のような人を出さないような未来にしなければならない。
「……それが、我々の義務なんじゃあないのかね」
「そうだな。戦えず言葉も交わせずただ他人の手により生かされる。例えそれが愛からでたものであっても、戦士にとっては悍ましく恥に満ちた一生となろう。戦士の誇りを他者が汚してはならん」
きっぱりと断じるルベーノ・バルバライン(ka6752)。
彼は辺境の出ではない。辺境の戦士の風習はよく分からないが……戦う者としての覚悟や矜持といったものは、理解が出来る。
「……これが世に聞く神々の終焉ならば、死者の戦列に加わるのは大首長が最後ではなかろうよ。寧ろ俺を含む殆どの戦士が、その葬列に加わるだろう。戦士にとって、自分の生が、死が、仲間と愛するものを守ること以上の誉れなどない。その信念を支えるべきだと、俺は思うぞ」
ルベーノの戦士として生きるものの言葉に、八島 陽(ka1442)は唇を噛む。
――犠牲となる事を選ぶ者の意志。
自分を犠牲にして子供をコロニーから脱出させた母親を見た。
フェンリルはハンター達の前でファリフを護る為に散り、ファリフの祖霊となった。
トモネを護る為、ユーキは悪役を演じ、全ての責任を負って殺されようとした――。
そんな人達を減らしたくて陽はずっと戦ってきたし、叫んできた。
でも……こうも思う。
何かの為に犠牲になろうとした彼らも、厳しい現実と戦った上での選択だった。
彼らの意志も本物だった、と。
観智もそうですね……とため息交じりに続ける。
「僕も皆さんに同意ですが……。万が一、戦いを終えて存在が消えたとしても……英霊として残ることが出来たりするんじゃないですかね。易々と実際に英霊に成る事は無いにしても……可能性はゼロではないかと」
「俺は、ちょっと違う。別な可能性に賭けたい」
「別な可能性……ですか?」
「ああ。契約を終えたバタルトゥが、生きられる可能性だ」
首を傾げる観智に、頷く陽。
――邪神を討伐後、試みられる星の再誕。そこで新たな奇跡が生まれるかもしれない。
それが本当に僅かな可能性だったとしても。
諦めるようなことはしたくない。
そこにひょこっと、イクタサ(kz0246)が顔を覗かせた。
「簡単に言ってくれるけど、それ難しいからね。本当に可能性はゼロじゃない、っていうだけでほぼゼロだと思って欲しい。期待されても困るから」
「わう。イクタサさん冷たいですー」
「僕が優しかったことなんてあった?」
「ん? あるですよ? というか、イクタサさんはいつでも優しいです!」
「……やっぱり君の感性は変わってるよね。言っとくけどこれ皮肉だからね」
大好きな精霊の姿を見つけて背中に飛びついたアルマ。イクタサは肩を竦めつつも、彼を振り払うようなことはしなかった。
こうして、ハンター達から希望を聴取した結果、ほぼ満場一致で、『バタルトゥを起こし、戦いに参加させる』という採決が取られた。
それを聞いたイクタサは、分かったよ、と短く呟いて立ち上がった。
「本人を起こして来るよ。戦いが始まればゆっくり話す時間もない。今話しておいた方がいいこともあるでしょ」
イクタサのそんな言葉の後に、ハンター達の前に姿を現したバタルトゥは、真なる怠惰王と戦ったあの日から、何も変わらぬように見えた。
彼は仲間達を見据えた後、己の補佐役達に目線を映した。
「おやおや。大首長殿におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「……会って早々嫌味か? ヴェルナー。……お前たちに詫びの一つもしたいところだが、時間が惜しい。今後の話をしておきたい……。……イェルズ」
「……! はい! 何ですか? 族長」
「……オイマト族の次期族長はお前を任命する。……部族会議の次期大首長は、ファリフかイェルズが相応しいとは思うが……ヴェルナー。投票を持って選出する方向にしてくれ……。多くの部族の意志が反映されなければ、部族会議の意味がない……」
「分かっています。言われずともそのつもりでしたよ」
「面倒なことを頼んですまない……。今後も、部族会議の面々を支えてやってくれ」
「本当に面倒事ばかり頼んでくれますね、貴方は」
肩を竦めて苦笑を浮かべるヴェルナー。イェルズは、何も言わずに踵を返し、その場から走り去る。
「ちょ、イェルズ……?!」
その背を慌てて追いかけるラミア・マクトゥーム(ka1720)。ルシオ・セレステ(ka0673)もドアに向かいながら、顔だけこちらに向ける。
「……あの子は若い。まだこの事実を受け止めきれないんだろう。私達が追うよ」
「……すまない。イェルズを頼む」
「できる限りのことはするよ。……バタルトゥも、悔いのないようにね」
それだけ言い残し、イェルズの後を追うルシオ。
シアーシャ(ka2507)はずんずんと強い足取りで歩み寄り、バタルトゥの前に立った。
「バタルトゥさん。他に道がないなら、仕方がないから貴方の意志を尊重する。でも、残される人の……イェルズさんの気持ちを考えたことある!?」
無言を返すバタルトゥ。
彼女が慕っている赤毛の補佐役は、師匠であったシバに続いて、父であり、兄であり、ずっとその背を追って来た大切な存在を喪おうとしている。
イェルズのことを考えたら、どうしても言わずにはいられなかった。
「道半ばで死ぬのは無念だけど、残された人も辛いんだよ。バタルトゥさんを大切に思ってる人たちの気持ちも考えてよ。抗う為だけじゃなくて、みんなのことも、自分のことも守るように戦ってほしいの」
「……バタルトゥさんも、考えてのことだと思うよ。悩んだと思うし、辛くない訳ではないはずだ」
「でも……! 体の傷より、心の傷の方が痛いんだよ! 自分を大事にできなきゃ、他の人のことも大切にできないよ!」
「……どう思われても仕方がない。だが俺は、これ以外の生き方を知らない……」
宥めるような真に、真っすぐな気持ちをぶつけるシアーシャ。吐き出すように続いたバタルトゥの言葉にハッとして、唇を噛む。
――彼は、ずっと辺境の為に戦って来た。
ハイルタイによってベスタハの悲劇が起き、父を失い、その代わりとなって若くしてオイマト族の族長に就任してからは、その贖罪の為に人生を捧げて来たようなものだった。
不器用過ぎるその生きざま。誰にでもできることではないけれど。イェルズのことを思うと、それがもどかしくて……。
彼女の気持ちも理解できる真は、シアーシャに労わるような目線を向けると……ふと、口を開く。
「バタルトゥさん、一つだけ、聞きたいことがあるんだ」
「……何だ?」
「死ぬのは、怖くないのかい?」
イクタサと契約し、戦い抜いたその果てには、確実な死が待っている。
泣いても喚いても、その時は刻一刻と迫るのだ。
怖くは、ないのだろうか。
――何故それを聞きたいと思ったのかは、口に出しておきながらよく分からなかった。
ただ……真自身が、いつ死んでもいいと思っているし、死への恐怖を感じていなくて……言い方は悪いけれど、何かを救うという大義名分を得て、惰性で生きている。ヒトの為に働き続ける機関のようなようなものだから。
バタルトゥには、そうあって欲しくない、と。ヒトらしくあって欲しいと思ったのかもしれない。
暫く考えていた族長は、真を見据えてキッパリと断じた。
「……死ぬのは怖くない。……それより、赤き大地や、そこに生きる命を守れないことの方が恐ろしい」
「……私と同類か。残念だよ」
誰にも聞こえぬ小さな声で、そう呟いた真。その回答を聞いたルベーノが、鷹揚に笑った。
「戦士としての本懐という奴だな。根っからの戦士という訳だ」
「穏やかそうに見えて戦闘狂なんですから困ったものです。もう少し立場というものを考えて貰いたかったんですけどね」
「そう言うな、ヴェルナー」
ため息をつくヴェルナーの肩をばしばしと叩くルベーノ。彼はそのまま、まっすぐに大首長を見据えた。
「偉大なる大首長。俺は戦士として、その信念を支える。大首長の意志を尊重しよう」
「……ああ、ありがとう」
頷いたバタルトゥ。そんな彼の元へ、ディーナ・フェルミ(ka5843)がぱたぱたと駆け寄って来た。
「あの、やれることをやらずに諦めたくないの。バタルトゥさんに回復スキルを掛けさせてほしいの。ヴェルナーさん、許可を戴きたいですの」
無言で頷くヴェルナーに頭を下げた彼女。
彼女はただひたすら、持てるだけ持ってきた回復スキルを族長にかける。
――バタルトゥと会ったのは、オイマト族の小物をもっと売って欲しいとお願いしに行った時以来だ。
あの時はとても元気で、ディーナの願いにも可能な限り応えようとしてくれて……。
こんな状況になるなんて、想像もしていなかった。
――ディーナには好きな人がいる。もしその人が、彼と同じ状況になったら……自分はきっと、その人の望みを優先するだろう。
もちろん死んで欲しくはない。出来得る限り、自分と一緒に生きて欲しい。
でも……その人の命と意志は、その人のものだ。
そんなに愛していようが、それを歪めることは許されないと思うから。
――だから、バタルトゥを止めることが出来ない。
こんな不確かな形でしか、彼の為に出来ることがないなんて……。
「……力不足でごめんなさいなの。役に立てなくて本当にごめんなさいなの」
「……泣くな、ディーナ。お前のせいではない……」
「オイマト族長さん、女泣かせですぅ。まあ、そうですよねぇ。今まで格好よすぎて近づくことも出来なかったくらいですしぃ」
「これは女泣かせとは言わねぇんじゃねえのか……?」
ぽろぽろと涙を零すディーナ。宥める族長に容赦のないツッコミをするハナ。
それに、シガレット=ウナギパイ(ka2884)が苦笑しつつ、バタルトゥに頭を下げる。
「……こんなことになっちまうとはなァ。命を救ってもらった礼は今後の戦いと行動で返礼する所存だ」
「……俺は当然のことをしたまでだ。礼も詫びも必要ない。それより……邪神との戦いが激化すれば、あちこちにその影響が出るだろう。俺に、力を貸してくれ」
「あんた、こんな時まで自分のことは後回しなんだなァ」
ため息を漏らすシガレット。族長は徹頭徹尾、大切な何かの為に働き続ける男だ。その大切なものの中に、少しでも自分が入っていれば結果は変わったかもしれないのに。
――そういう意味では、この男は青木 燕太郎と本質が近いのかもしれない。
彼の始まりの願いもまた、大切なものを守りたいという、誰しもが持つ純粋なものだった。
だが、そこに……青木自身が含まれてはいなかったのだろう。
だからこそ、歪虚と契約するという形で己の願いを叶えようとし、悪辣の旅路を進んだ。
ああ。そうか。バタルトゥは運よく契約相手がイクタサだが、自分の命を引き替えてまで力を手にしようとしているところまで同じなのだ。
――本当に、どうしようもない奴らだ。
今さら言ってみても仕方がない。あと己にできることは……この男の生存率を、少しでも上げてやることだ。
「なあ、バタルトゥよ」
「……ん?」
「邪神との戦い。剣を持って敵を打ち倒すことだけが、戦いではないだろう」
「どういう意味だ……?」
「効果的に力を振るうには、相手を知る必要があるって言ってんだ。敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うだろ?」
これから戦う相手は、正攻法ではまず敵わないだろう。
相手の動きを内部から止めるような、そんな奇襲が必要だ。その為にも、邪神がなんたるかを理解しなければならない。
「まぁ、敵を理解しても納得するかどうかは別だがな。相手の主張に負けず、こちらの主張を押し通す力の助けになるだろうよ」
「ああ、そうだな……」
「……生き残れよ、最後までな」
「……努力はしよう」
シガレットのどこか祈るような言葉に、バタルトゥは仏頂面のまま頷いた。
「お話をするのは久方ぶりになりますね、大首長」
「久しいな、息災で何よりだ」
挨拶に来たというエアルドフリスをいつもと変わらぬ様子で迎えたバタルトゥ。
エアルドフリスは、辺境の指導者たる男の姿を、目に焼き付ける。
「貴方をこのような事態に陥らせたのは我々の力不足。その責は負う覚悟です、勝利によって」
「ああ、期待している」
「……今一度共に戦列に連なる栄誉に、感謝します」
「……エアルドフリス」
「何です?」
「……オイマト族の次期族長は……イェルズを任命しようと思っている」
大首長の真意が掴めず、次の言葉を待つエアルドフリス。
バタルトゥは、彼の灰色の瞳をじっと見つめる。
「……これから、それに必要な知識も技術も全てあいつに叩き込むが……暫くの間、あいつを見守ってやってくれないか」
「……どうして俺なんです? 他に適任がいるでしょう」
「お前はシバと懇意にしていただろう……。……あれもシバの弟子だ。お前が見守ってくれれば、蛇の戦士も安心するだろう……」
「ここでシバ師の名前を出すのはちょっと卑怯じゃあないですかね、大首長殿」
「……お前はもう分かっていると思うが……俺は狡猾な性質でな」
「……話は分かりました。考えておきますよ」
くつりと笑うバタルトゥ。エアルドフリスは、胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
ハンター達から挨拶を受けるバタルトゥを、キヅカ・リク(ka0038)は何とも言えない気持ちで見つめていた。
――思えば、随分前から助けてもらってばっかりだった。
マギア砦での籠城戦で、庇って動けなくなったところを助けてもらった。
この前の怠惰王との戦いも、結局……オーロラとの決着の後、退路を確保するという形で、彼に頼ることになってしまった。
……救えなかった。救われてばかりだった。
救われた分は返そうと、ずっとずっと思っていたのに。
結局、何も返してやれないまま……こんなことになってしまった。
あの頃よりも力を付けたはずなのに。
守護者にもなって、少しはマシになったはずなのに――届かなかった。助けられなかった。
こんな結果を引き起こして、何が星の守護者か……!
「……バタルトゥ」
「どうした……? リク」
「……今更こんなこと言われても困ると思うけど、言わせて。本当、ごめん。こんなことになったのは、僕達のせいだ」
族長に、深々と頭を下げるリク。
きっと恨まれるだろう、蔑まれるだろう。
そう思ったら、少し足が竦んだけれど……でも、ここに来なくちゃいけないと思った。
目を逸らしてはいけない。見なければ。
救えなかった者が、現実が、此処にある。
この現実を背負う為に、しなくてはならないことがある。
「バタルトゥ・オイマト。君の未来を……命を、そして願いを、僕達にくれ。世界の未来を勝ち取るために、貴方の力が必要なんだ」
「……言われるまでもない。俺こそ、詫びなければならない……。俺の取った行動で、お前達に迷惑をかけた……」
「そこは、謝っちゃ駄目でしょ。……僕が、馬鹿みたいじゃん」
熱くなる目頭をぐっと堪えるリク。
――心のどこかで分かってはいた。この清廉で強い男は、誰を恨むでもなく、淡々と事実を受け入れるのだろう、と。
でも、それに甘えてはいけない。もう二度と、繰り返しはしない。
必ず、1つでも多くの命を救う。それが、守護者に選ばれた者の使命だから……。
リクは心に誓うと、大首長に最大限の敬意を表して……もう一度深々と頭を下げた。
「……あなたは、やっぱり最後まで戦うんだね」
「……ああ。俺は、それしか能がないからな」
「またまた嘘ばっかりー。バタルトゥさん、お裁縫とお料理も上手じゃない!」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の言葉に頷くバタルトゥ。リューリ・ハルマ(ka0502)の明るい声に、張り詰めた場が和んだ気がして、アルトは目を細める。
リューリはふと真顔になると、ぺこりと頭を下げた。
「ゴメンね、バタルトゥさん。あの時、もっと早くに燕太郎さんを止められていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
「……謝ることはない。お前達も出来ることはやったと理解している。たらればを言っても、詮方ないことだ」
「それはそうかもしれないけど……謝罪の言葉だけでも受け取って欲しい」
続いたアルトの言葉に、そうか、と呟いて頷いたバタルトゥ。
――戦士として、人生を歩んできたアルトには、彼の気持ちが痛いほどに分かる。
きっと自分が彼と同じ立場だったとしても、この状況は自分が選択したからだと思うだろう。
逃げることも出来た。けれど、それをしなかったのは他でもない自分なのだから。
それでも、やはり彼には謝らないといけないとは、思っていた。
――セトは、親友がヒトならざる存在になっていることを察し、最期に『青木をヒトであるうちに死なせてやって欲しい』という願いを口にしていた。
その言葉を聞いていたリューリもアルトも、そうなるように努力はしたけれど、一歩届かず……青木を終末の獣にしてしまった。
全てとはもちろん言わないが……その責任の一端は、自分達にある。
だからこそ……謝罪以外に、彼を手伝えることを探したい。
リューリも同じことを思ったのか、おずおずと口を開く。
「あのね、起きてからきっと忙しくなっちゃうと思うけど……ふと我に返った時に寂しく思ったり、怒りたい時には誰かに頼っても良いと思うよ?」
「……俺が、そういう感情を持ち合わせてると思うのか?」
「えっ。そりゃ、そういうイメージはないけど……だからこそ、誰にも知られずに悩んだりするのかなって」
明け透けに言うリューリに噴き出しかけたアルト。
親友は気持ちいいほどに真っすぐで、遠慮がないのに嫌味がなくて、まるで太陽のようだ。
こういう性格だからこそ、あの頑なだった歪虚も、彼女には心を開いたのかもしれない。
「まあ、そう言わずにさ。協力者は多い方がいいよ、バタルトゥさん。あなたにも、遺したいものはあるでしょ。……最後くらい、手伝わせてよ。星の友として」
かつて、彼が辺境部族の大首長となる時に受けた試練は、怪我をしていてロクに手伝うことが出来なかった。
だから、今度こそ……という気持ちが、アルトにはあった。
「……星の友の名を出されては、断る訳にはいかんな……。有事の際には、頼りにさせて貰う……」
「あ、有事の時じゃなくてもいいよ? 雑用とかやるよ? オイマト族のお手伝いとかも!」
「そうだね。困っても、困ってなくても、必要な時にはいつでも呼んで欲しい」
言い募るリューリとアルトに、バタルトゥはありがとう……と低い声で呟いた。
「……身体、辛いところ、ない?」
「……ああ、問題ない」
気遣うイスフェリア(ka2088)に頷き返すバタルトゥ。
いつもの仏頂面で、淡々と答える彼が、あまりにいつもと変わらなくて……。
――生きていること自体が奇跡なのだと、イクタサも言っていた。
またこうして話せることは、とても幸運なことだとは理解している。
それでも……こうやって言葉を交わして、何も変わらない彼を見ていると。
この先もこのまま変わらずに生きてくれるのではないかと……そんな奇跡に縋ってしまいたくなる。
「ねえ、バタルトゥさん。眠り続けるより戦いたい、という気持ちはよく分かるよ。でもね……どうせ死ぬからって、捨て身になるのはやめて欲しいの」
まとまらない考えを、ぽつりぽつりと吐き出すイスフェリア。
死に場所を求めるように戦うのではなく、少しでも長く生き抜いて……辺境の幸福な未来を見るまでは死なないと。
彼には、それくらい、前向きな気持ちでいて欲しい。
……元々、贖罪の為に生きているような人だ。
――今回の結末に、『自らの命を持って罪を贖える』と安堵している部分があるのではないかと……そんな気がして仕方がないのだ。
そんなこと誰も望んでいないのに。皆が彼の幸せを願っても、彼自身がそれを許さない。
残り少ない時間くらい、彼自身の為に使って欲しいけれど、そう言って納得する人ではないから。
彼が納得するような理由を探す。
「族長って、子供達を教え導く立場でしょう? 死に向かう族長じゃなくて、生を、命を大切にする族長を見せてあげて欲しいの。……そんな姿を、子供達の記憶に残してあげてほしい」
それまで黙して彼女の話を聞いていたバタルトゥは、微かに困ったように眉根を寄せて、頷く。
そして暫し考え込むような素振りを見せた後、口を開いた。
「……イスフェリア」
「なあに?」
「……もし、お前がまだ『故郷』を求めているのなら……オイマト族の一員になるといい。俺は消えるが、オイマト族は続いていく。……お前が望むなら、イェルズに話しておこう」
「……違う。違うよ、バタルトゥさん。そういうことじゃないの……!」
目を見開いて叫ぶイスフェリア。
私はあなたに憧れた。傍にいたかった。あなたのいるオイマト族の一員になりたかった。
今の言葉は、彼なりの配慮だと言うのは分かる。けれど、あまりにもずるいし、残酷だ。
……あなたがいないのに、故郷を得て、何の意味があるというの……?
「……? 何が違うんだ……?」
「分からないのならちょっと考えて!」
このまま一緒にいたら、泣いてしまいそうで――イスフェリアは慌てて部屋を飛び出した。
「……バタルトゥさん」
「……どうした。何を泣く……?」
「ようやっと、目を開けてくれたから……ですかね」
涙で濡れた橙色の瞳で、バタルトゥを見上げるエステル・ソル(ka3983)。
彼の姿がよく見たいのに、次から次へと溢れてくる熱いもので視界がぼやける。
ごしごしと目を擦る彼女の手を、バタルトゥが制止した。
「……そんなに強く擦ったら目が腫れるぞ」
「誰のせいだと思ってるですか……」
彼の手にした手拭いが、エステルの涙を吸いとる。
想いに応える気がないというなら、何故こんなに優しくするのか。
わたくしは貴方のいない明日が怖くて、凍り付いたように動けなかったというのに――。
……今聞こえている心臓の音も、息遣いも、いつかは失うのかもしれない。
それでも、彼は引くような人ではないから――わたくしも、覚悟を決めなくては。
「約束して欲しいことがあります。今度は置いて行ったりしないと……わたくしも一緒に戦いますから、出来る限り傍に置いてください」
祈るように手を組むエステル。
彼女も星の守護者だ。招集があれば、それに応じなければならない。
彼の立場上、ずっと一緒にいるというのは難しいかもしれないが……それでも。
バタルトゥの励ましがあればきっと、挫けずに最後まで戦える。
「……お前がきちんと生きて帰ると約束できるのであれば、出来る限りのことはしよう。……誰かを道連れにするのは御免だ」
「……本当に、ずるい人です。貴方が夢見た未来をこの世界にもたらましょう。そして生きて帰ったら、貴方の夢を守り続けましょう。……愛しています。ずっと、貴方だけを」
ぽろぽろと涙を零しながら、微笑むエステル。
もう少女ではない彼女から目を逸らして、バタルトゥは続けた。
「……お前の気持ちに応えることは出来ない。……お前はまだ若い。先のない男ではなく、相応しい者を探せ」
「……っ! バタルトゥさんは本当にひどい人です!」
目を見開くエステル。パシン、と乾いた音が室内に響く。
バタルトゥを殴った手より、心の方が痛かった。
「……まったく、おんしはどこまでも女心を理解せぬのう」
「……俺はいずれ死ぬ。そんな奴の近くにいても不幸になるだけだ……」
「幸か不幸かはおぬしが決めることではなかろう? そういうことを言っておるから殴られるのじゃぞ?」
バタルトゥの赤くなっている頬を扇でつつく蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)。
ふと彼から目線を外して、悲しげに笑った。
「ほんに……酷な選択を強いる奴じゃのう……。バタルトゥ、おんしまで、オイマトと同じ道を歩むのか……」
「……俺のやることは変わらない。……最期のその時まで、赤き大地と、そこに生きる命の為に戦うだけだ」
「そうかえ。未来の為に……賭けるのじゃな」
迷いのないバタルトゥに、ため息を漏らす蜜鈴。
……彼をこのような境遇にしたのは、ハンター達だと言うのに。
恨み言も言わず、ただただ、自分の為すべきことを為そうとしている。
――彼の祖がそうであったように。
この運命が変えられないと言うのなら……今回も、最期まで見送ろう。
それがオイマトを見送った、己の務めだとも思うから。
「その代わり、邪神を滅ぼすまで決して足を止めるで無いぞ。振り返らず進め、……背は、妾が護る故。おんしが望んだ未来は、妾が死した折の手土産にしてやる」
「……ああ、最期まで戦い抜く」
「……妾の愛した龍も、騎士も、おんしも……妾を置いて逝くのじゃな」
眉根を寄せた蜜鈴の呟き。それはあまりに小さく聞き取れなかったのか、バタルトゥが首を傾げる。
「……蜜鈴? 何か言ったか……?」
「いや、何でもない。イクタサに契約ついでに能力の底上げを願うと良いぞ。生存の可能性が上がる故な」
「何を代償に取られるか分からんぞ……?」
「ほう? であれば、妾の命も少し分けてやろうかの?」
「……勘弁してくれ」
肩を竦めるバタルトゥに、鈴を転がすように笑う蜜鈴。
――こんな穏やかな時間が、あと何回過ごせるだろう。
それでも、彼と彼の名誉は守り抜くと、心に誓った。
ハンター達のいる場所から飛び出して来たイェルズ。
それを見かけて追いかけて来たトリプルJ(ka6653)は、イェルズに探るような目線を送った。
「なあ、一つ確認したい。お前が次のオイマト族の族長になるんだよな?」
「……っ! 俺はそんなものになりたくない! 族長は、族長にしか務まらない……!」
イェルズからぶつけられた言葉で、己の考えが正しかったことを察したトリプルJ。
そのまま、深々と頭を下げた。
「……俺は、お前に詫びに来た。俺たちの力不足の皺寄せだ。悪かった」
「……謝罪なんてしてもらう必要はないですよ。族長が、判断して決めたことですし。それに……」
謝ってもらったって、族長が元に戻る訳じゃないでしょう?
苦しげに呟いたイェルズから、彼の秘めた思いを知って……トリプルJは頭を下げたまま続けた。
「もしあの状態になったのが俺でも、お前でも。望むことは、同じだろう。邪神戦争に勝つために、戦う。仲間を守るために、戦う。そのために惜しむ命はない。その気持ちが戦士として分かるから、誰も族長の望みを止められない」
……それがイェルズにも分かっている。
分かっているから、それでも大切な人に生きて欲しいと願うから――こんなにも苦しんでいるのだ。
これから言うことは残酷だと分かっていても……この若き後継者に、言わなくてはならない。
「謝って許されることじゃねえのも分かってる。でも、俺達は……族長が逝く前に、さすがオイマトの次代よ、その友よと、安堵させてやらなきゃならんと思う。虫の良い願いだとは分かってるが……これからも共に戦うと誓わせてくれないか。俺達ハンターを、これからも切磋琢磨する友だと認めてくれないか」
「だから、俺は……」
「まだ族長をやるとは言ってない、そうだよな。分かった。……でも俺は、お前にしか務まらんと思うぞ。オイマトの次代はな」
そう言い残し、その場を去っていくトリプルJ。
それに答えるでもなく、ぼんやりと虚空を見つめたままのイェルズの肩を、ルシオはそっと叩く。
「……シバのことを思い出すね。あの人の最期も、戦いだったっけ」
ルシオの優しい声に頷くイェルズ。
蛇の戦士が選んだ最期を。
辺境の戦士としての弔いの方法を。
出来る限りを、あのひと時に伝えて逝った英雄。
死合に応じたハンターの刃を受け止めて尚立っていた。
――戦士として生き、戦士として死んで行った、強い人だった。
イェルズ自身、あの高みに憧れて、必死にその背を追って来たけれど。
まさか、バタルトゥまで、こんな最期を迎えることになるなんて……。
「ルシオさん。俺、皆みたいに割り切れないんです。族長に戦って欲しくない。動けなくてもいいから、生きてて欲しいって……思ってしまうんです」
「……それも間違いではないよ、イェルズ。君は族長が大切だからこそ、そう思うのだろう。家族の余命を聞かされて、冷静になれる者などいないよ」
そう、イェルズの願いも間違いではない。
それも、族長を深く思うが故の願いだから。
きっと、ハンター達の中にも、同じように思っている人がいるのだろう。
ただ……バタルトゥの、ハンター達と共に戦い、伝え、受け継ぎ、残された命を精一杯生きるという願いを、否定することが出来なかっただけだ。
「……トリプルJに言われたことも、バタルトゥの願いも、君は理解が出来ているのだろう? ただ、認めたくないだけで。ゆっくり考えられるほどの時間はないけれど……思う存分悩むといい」
イェルズの燃えるような色の髪を、よしよしと撫でるルシオ。
この子は賢く、そして蛇の戦士が見込んだ強い子だ。
そして人をどこか遠ざけ、過去に生きていた自分に――触れ合いという温かさをくれた優しい子でもある。
悩んでもきっと、自分なりの答えを出してくれると、そう信じることが出来るから――。
「イェルズ、もう1つ伝えておくよ。君は独りではない。思い悩み、辛いと思ったら……頼りなさい。きっと手を差し伸べてくれるよ。……ほら、彼女もその一人だ」
そう言い、振り返るルシオ。
ラミアの姿を見て、小さく、後は頼んだよ……と囁いた。
ラミアは、どこか小さく見えるイェルズの肩を掴むと、ぐいっと自分の方に向けて……彼の表情を見て、言葉を失くした。
イェルズの顔は、傷心でも、悲しみでもない。憤りに満ちていたから。
――きっとイェルズは、自分を責めている。
族長の生き方を認められず、死んで欲しくないと願いを抱えた己を。
割り切れずに、族長に縋ろうとしている弱さを――。
しっかりしろ、と発破をかけるつもりでいたのに。
それは何だか違う気がして……ラミアは、そっと彼の背を撫でる。
「ねえ、イェルズ」
「……何ですか?」
「今は望みが無いかもしれない。でも、まだ終わってないよ。強化人間達だって、助けることが出来たでしょ。同じように、何か助ける方法が見つかるかも」
「……そう、でしょうか」
「うん。皆が諦めても、あたし達は信じていようよ。あたし達とイェルズが未来を作るって。今は苦しくて、歩けないかもしれないけど……絶対歩けるようになるから。だから、諦めないで見届けよう?」
しっかりと、安心させるような声で続けるラミア。彼の背を撫でる指先に、力がこもる。
イェルズがアレクサンドルに捕まっていた時の恐怖。
この人を喪うかもしれないという絶望を思い出して、足元が覚束なくなるけれど……。
それでも、この人に伝えなくてはいけない。
「邪神との戦いはもう目前まで迫ってる。立ち止まってる暇はないよ。歩けないなら、手伝うから。あたしが、支えるから」
「……ラミアさん」
「何?」
「ちょっと……肩貸して貰っていいですか」
「……? いいけど」
申し出の意図が分からなかったけれど、断る理由もなくてこくりと頷くラミア。
イェルズの顔が近づいて来て――自分の肩にその重さが乗ったことに気づいて、瞬時に耳まで赤くなる。
「……!?」
「……何で。何で、シバ様も族長も……俺を置いてくんだ」
聞こえた掠れる声。
イェルズの頭が乗っている肩先が、濡れているのを感じて……彼女はそっとイェルズに手を伸ばして、その赤い髪を撫でる。
「……大丈夫だよ。あたしがいるよ。あんたが弱音吐いたことも、誰にも言わないから、ね?」
――だから、どんどん頼って欲しい。
あなたが立っていられるように、隣にいるから。
この決意が、イェルズに伝わればいい、と。ラミアはずっと、彼の涙が止まるまで……その髪を撫で続けた。
「お世話になっております。本日は、イタクサ様にお話を伺いたく参上しました」
「あ、俺も聞きたいことあるっすよ」
深々と頭を下げるフィロ(ka6966)と珍しく真顔の神楽を一瞥したイクタサは、面倒臭そうなのを隠そうともせずにため息をついた。
「別にいいけど。手短にお願いね」
「それでは……バタルトゥ様が奇跡で目覚めた場合、その余命ははっきりここまでと分かるものなのでしょうか。戦場で突然糸が切れるようにお亡くなりになることはあるのでしょうか」
「一応確認すけど、起こした後に俺達の生命力を分け与えて延命させるとかは無理なんすよね?」
「……無理だろうね。間違わないで欲しいんだけど。僕は奇跡を起こしてるんじゃない。ただ、バタルトゥに契約という形で力を貸すだけだよ」
フィロと神楽の問いに、きっぱりと断じたイクタサ。
彼女はそうですか……と呟いた後、質問を重ねる。
「バタルトゥ様が邪神戦争後も数日程度は永らえる加護をお願いしたいのです。バタルトゥ様は沢山の方に愛されております。可能ならば、加護の水増しをお願いできませんか?」
「君達は、随分僕を便利な能力者だと思ってるんだね。残念ながら、余命についてはバタルトゥの生命力次第。こればかりは僕でもどうしようもない。戦いの最中に突然倒れるかもしれないし、戦い終えたらどれだけ生きられるかの保証もないよ。加護を水増ししてどうこうできる問題じゃない」
「最終決戦に参加するのは仕方ないっすけど、それ以外はちゃんと終活しなきゃ駄目っす。色んな引継ぎをしたり、大切な人に別れを告げたりとかして、世界を救った後に思い残す事なく旅立てるようにしたいっすよ。何とかならないっすか?」
すげないイクタサに、畳みかける神楽。勇気の精霊はやれやれ、と言った様子で肩を竦めた。
「君達の気持ちは解らなくもないけど、お別れの時間を用意してあげられる保証もない。……さっきも言ったけど、奇跡を起こすのは僕じゃないからね」
「……保証がなくとも、バタルトゥ様ご自身が望まなくても、残される方々のことを思えば、誰かが願うべきと考えました」
「そう。なら、願ってみれば?」
「……? それはどういう……?」
「願いや祈りの力は馬鹿に出来ないよ? 実際、それは僕たち精霊の力になる。それが、バタルトゥに影響するかまでは分からないけどね」
イクタサの弁に、ハッとしたフィロ。それでも何かを得たのか、ありがとうございます……と呟く。
神楽は更に、質問を続けた。
「それと、死んだ後にバタルトゥさんを祖霊として呼んで力を借りたりできるようにする事は可能っすか?」
「さあね。そもそも祖霊や英霊っていうのはなろうと思ってなるものでもなければ、作り出そうと思って作れるものでもない。……大体、そんなことが出来るなら、今頃君達のご先祖は英霊として大活躍してると思わない?」
「それもそーっすね……」
「何度も言ってるけど、奇跡は起こそうとして起こせるものじゃないから。……じゃあ、僕は帰るよ。バタルトゥと本契約をする準備をしないとね」
それだけ言って、席を立ったイクタサ。
フィロと神楽は、面倒臭そうにしながらも質問に答えてくれた勇気の精霊の背に、感謝の言葉を投げかけた。
その場に多くのハンターが集まっていたが、進んで口を開くものはなく。
どことなく思い雰囲気が漂う。
――バタルトゥ・オイマト(kz0023)は真なる怠惰王討伐の際、ハンター達の退路を守り……その果てに、意識不明となった。
あの状況は、誰か1人が引き起こしたものではない。不幸な偶然が重なった上での結果だった。
当然、殿として残ったバタルトゥも、己の迎え得る結末を予測していた筈だ。
……それでも、そう簡単に割り切れるものではなく。彼と何を話していいのか、分からない者も多かった。
イェルズ・オイマト(kz0143)を伴ってやって来たヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)に、サクラ・エルフリード(ka2598)は恭しく頭を下げた。
「お久しぶりです。バタルトゥさんのお身体の具合はいかがですか?」
「ご丁寧にありがとうございます。ええ、バタルトゥさんは元気ですよ。目を覚まさないこと以外はね」
「それ元気って言わないっすよ」
淡々と答えたヴェルナーに思わずツッコミを入れた神楽(ka2032)。
ヴェルナーはため息混じりにそうですね、と呟くと、ハンター達に向き直る。
「……それでは、早速ですが。バタルトゥさんの今後について……皆さんのご意見をお伺いしても宜しいでしょうか」
「難しい選択ですね……。凄く太く短く生きるか、凄く細く長く生きるか、という選択にもなりそうですが……」
何も言わず、青い顔をしているイェルズから目線を外し、目を伏せるサクラ。
ヴェルナーの背におんぶお化けよろしく張り付いていたアルマ・A・エインズワース(ka4901)は、ハイ! と元気に挙手をした。
「わふ。僕は、バタルトゥさんを起こして、戦いに参加させるのに1票です」
「随分とあっさりしてますね。アルマさん?」
「だって、バタルトゥさんがそれを望んでるですよね? なら『天秤なる守護者』の僕がそれを否定したらだめかなって」
肩越しに目線を向けてくるヴェルナーに、にっこりと笑みを返すアルマ。
――守護者として契約をした時に、あの子に言われた。
『あなたは世界の外側で、天秤になりなさい。誰かの願いを測る、正しき天秤に』
その言葉はずっと彼の心の真ん中にあって――アルマは、『天秤』になることに決めた。
天秤とは、願いを測った上で、『正しい』ものだと判断できれば、それを叶える。
その上で、今回のバタルトゥの願いは……叶えるに足る『大切な』ものだと、アルマは思ったのだ。
「……望んだ場所で正しく命を使えるのは幸せなことだと思うですよ、僕」
「わたくしからも1票。わたくしはエクラ教徒として、守護者として。その意思を尊重するべきだと思いやがります」
シレークス(ka0752)はアルマの言葉に強く頷く。
「一生目覚めぬことができないまま、自らの望みも果たすことができない。ただただ眠って見守ることしかできない、それを地獄と言わずして何と言いますか!」
「そっすね……。それだと、死んでるのとあんま変わらないっすよね」
神楽の呟きに、シレークスはもう一度頷いて、瞳に強い力を宿す。
「命燃え尽きることになろうとも。自分の目で見て、自分の口で話して、手足で動くことができやがります。余命幾何もなくなろうと。それが本人が望む『生きること』であるのならば、わたくしは尊重しやがります」
「私も、その方がいいかな、と思います」
ぽつりと呟くサクラ。
何が正しいのかは分からない。誰しも彼に生きて欲しい、と。そう願ってはいる。
けれど、何もせず、ただ生き永らえるというのは……やはり、何かが違うとサクラも思う。
夢路 まよい(ka1328)はうーん、と考えたあと、口を開いた。
「私は……直接バタルトゥにどうして欲しいって言うのも、どうかなと思ってる。そこまで踏み込んでいいことかどうか、分からないから。だから実際にどうするかは、バタルトゥと本当に親しい人の間で決めるといいんじゃないかな」
一旦言葉を区切った彼女。でもね……と、言葉を紡ぎ続ける。
「私はこうも思うんだ。もし私が好きな人が同じ状態に陥ったらどうするかって。その時、私は好きな人の意志を尊重することを選んでたと思う。私がどちらを願ったとしても、それは私の我儘だけどね」
ムズカシイよね、と困ったように笑うまよい。星野 ハナ(ka5852)もこくりと頷く。
「そうですよねぇ。私は徹頭徹尾他人に委ねちゃうのが嫌いな人なのでぇ、自分の事だったら死んでも良いから戦争が終わるまで動ける方を選びますぅ。でもそれは私の意見であってぇ、オイマトさん達の意見じゃないからぁ」
格好よくて偉大なオイマト族長がこんなことになるなんて、世の中残酷ですよねぇ、と続けたハナ。
――バタルトゥが何を思ってこの選択を選んだのか、というのは、想像するしかないけれど。
彼が『このまま待つ』という選択肢を選ばないのであれば、仕方ない。
……この三世界の技術革新を信じるとか、彼が、その生き方を変えるほどに影響を与える人がいるとか。そういうことがあるのなら、違った未来もあったかもしれないけれど。
彼自身が消えても、辺境の戦士の誇りが次代に受け継がれることを疑っていないのだろう。
それはとても美しいけれど、悲しいことだ。
鞍馬 真(ka5819)も躊躇いがちに口を開く。
「そうだな。私の言いたいことはもう、大体皆が言ってくれているけど……私には、辺境の未来とか、そういう大きな視点で考えることはできない。ただ、彼自身が戦いたいと願うのなら、それを否定したくないと思う」
もし、自分が彼と同じ立場であったのなら。
皆が命を懸けて必死に戦っている中で、自分だけが何も出来ずにただただ眠っている。
守りたいものを守ることもできない、そんな状況は……死ぬよりも辛いかな、と思う。
アルヴィン = オールドリッチ(ka2378)は、いつもと変わらぬ傍観者の目に、その光景を映す。
「選択肢がソノ2つしかナイのでアレバ、答えは決まってイルヨ。彼の意志を尊重すべきダヨ」
――生きるとは、心を動かすこと。
息だけをして、身体だけを生かしたところで、心がなければ何も生まれはしないのだ。
族長を想うヒトは、どんな形であっても生きて欲しいと願うのだろう。
その気持ちも理解はする。それがヒトの情というものだ。
それもまた、尊いものだとも思う。
だが――ヒトの命は儚い。だったら……思うように生きた方がいい。
「短い時間で精一杯に輝くカラ、ヒトは美しいのだと、僕は信じてイルカラネ」
「そうですね。……誰しも、遅かれ早かれいつかは必ず死を迎えるんですし、好きなようにやった方がいいというのは……僕も同意ですね」
「デショ? ルールーはどうダイ?」
天央 観智(ka0896)の言葉に頷くアルヴィン。彼に話を振られて、目線だけをこちらに向けたエアルドフリス(ka1856)は、腕を組んだまま、淡々と続けた。
「彼は辺境の戦士だ。赤き大地の為に血を流す事は戦士の本懐。……その名誉を汚す事など、俺にはできん」
エアルドフリス自身、辺境の出身だ。彼の部族は既に無いが、辺境の戦士としての矜持は持ち続けている。
赤き大地の為に生涯を捧げ、誇り高く散って行った蛇の戦士の教えもまた、彼も胸の中にある。
恐らくエアルドフリスが族長と同じ立場にあっても、彼と同じ選択をしただろう。
……本当は、一人が犠牲になるのは誤りだ。まして彼は若く、指導者の資質がある。
かの蛇の戦士もさぞ残念がるだろう。
だが、今は……世界を未曾有の危機が覆っている。
彼の犠牲をやむを得ないとするのなら。その手段を取るのなら……二度と彼のような人を出さないような未来にしなければならない。
「……それが、我々の義務なんじゃあないのかね」
「そうだな。戦えず言葉も交わせずただ他人の手により生かされる。例えそれが愛からでたものであっても、戦士にとっては悍ましく恥に満ちた一生となろう。戦士の誇りを他者が汚してはならん」
きっぱりと断じるルベーノ・バルバライン(ka6752)。
彼は辺境の出ではない。辺境の戦士の風習はよく分からないが……戦う者としての覚悟や矜持といったものは、理解が出来る。
「……これが世に聞く神々の終焉ならば、死者の戦列に加わるのは大首長が最後ではなかろうよ。寧ろ俺を含む殆どの戦士が、その葬列に加わるだろう。戦士にとって、自分の生が、死が、仲間と愛するものを守ること以上の誉れなどない。その信念を支えるべきだと、俺は思うぞ」
ルベーノの戦士として生きるものの言葉に、八島 陽(ka1442)は唇を噛む。
――犠牲となる事を選ぶ者の意志。
自分を犠牲にして子供をコロニーから脱出させた母親を見た。
フェンリルはハンター達の前でファリフを護る為に散り、ファリフの祖霊となった。
トモネを護る為、ユーキは悪役を演じ、全ての責任を負って殺されようとした――。
そんな人達を減らしたくて陽はずっと戦ってきたし、叫んできた。
でも……こうも思う。
何かの為に犠牲になろうとした彼らも、厳しい現実と戦った上での選択だった。
彼らの意志も本物だった、と。
観智もそうですね……とため息交じりに続ける。
「僕も皆さんに同意ですが……。万が一、戦いを終えて存在が消えたとしても……英霊として残ることが出来たりするんじゃないですかね。易々と実際に英霊に成る事は無いにしても……可能性はゼロではないかと」
「俺は、ちょっと違う。別な可能性に賭けたい」
「別な可能性……ですか?」
「ああ。契約を終えたバタルトゥが、生きられる可能性だ」
首を傾げる観智に、頷く陽。
――邪神を討伐後、試みられる星の再誕。そこで新たな奇跡が生まれるかもしれない。
それが本当に僅かな可能性だったとしても。
諦めるようなことはしたくない。
そこにひょこっと、イクタサ(kz0246)が顔を覗かせた。
「簡単に言ってくれるけど、それ難しいからね。本当に可能性はゼロじゃない、っていうだけでほぼゼロだと思って欲しい。期待されても困るから」
「わう。イクタサさん冷たいですー」
「僕が優しかったことなんてあった?」
「ん? あるですよ? というか、イクタサさんはいつでも優しいです!」
「……やっぱり君の感性は変わってるよね。言っとくけどこれ皮肉だからね」
大好きな精霊の姿を見つけて背中に飛びついたアルマ。イクタサは肩を竦めつつも、彼を振り払うようなことはしなかった。
こうして、ハンター達から希望を聴取した結果、ほぼ満場一致で、『バタルトゥを起こし、戦いに参加させる』という採決が取られた。
それを聞いたイクタサは、分かったよ、と短く呟いて立ち上がった。
「本人を起こして来るよ。戦いが始まればゆっくり話す時間もない。今話しておいた方がいいこともあるでしょ」
イクタサのそんな言葉の後に、ハンター達の前に姿を現したバタルトゥは、真なる怠惰王と戦ったあの日から、何も変わらぬように見えた。
彼は仲間達を見据えた後、己の補佐役達に目線を映した。
「おやおや。大首長殿におかれましてはご機嫌麗しゅう」
「……会って早々嫌味か? ヴェルナー。……お前たちに詫びの一つもしたいところだが、時間が惜しい。今後の話をしておきたい……。……イェルズ」
「……! はい! 何ですか? 族長」
「……オイマト族の次期族長はお前を任命する。……部族会議の次期大首長は、ファリフかイェルズが相応しいとは思うが……ヴェルナー。投票を持って選出する方向にしてくれ……。多くの部族の意志が反映されなければ、部族会議の意味がない……」
「分かっています。言われずともそのつもりでしたよ」
「面倒なことを頼んですまない……。今後も、部族会議の面々を支えてやってくれ」
「本当に面倒事ばかり頼んでくれますね、貴方は」
肩を竦めて苦笑を浮かべるヴェルナー。イェルズは、何も言わずに踵を返し、その場から走り去る。
「ちょ、イェルズ……?!」
その背を慌てて追いかけるラミア・マクトゥーム(ka1720)。ルシオ・セレステ(ka0673)もドアに向かいながら、顔だけこちらに向ける。
「……あの子は若い。まだこの事実を受け止めきれないんだろう。私達が追うよ」
「……すまない。イェルズを頼む」
「できる限りのことはするよ。……バタルトゥも、悔いのないようにね」
それだけ言い残し、イェルズの後を追うルシオ。
シアーシャ(ka2507)はずんずんと強い足取りで歩み寄り、バタルトゥの前に立った。
「バタルトゥさん。他に道がないなら、仕方がないから貴方の意志を尊重する。でも、残される人の……イェルズさんの気持ちを考えたことある!?」
無言を返すバタルトゥ。
彼女が慕っている赤毛の補佐役は、師匠であったシバに続いて、父であり、兄であり、ずっとその背を追って来た大切な存在を喪おうとしている。
イェルズのことを考えたら、どうしても言わずにはいられなかった。
「道半ばで死ぬのは無念だけど、残された人も辛いんだよ。バタルトゥさんを大切に思ってる人たちの気持ちも考えてよ。抗う為だけじゃなくて、みんなのことも、自分のことも守るように戦ってほしいの」
「……バタルトゥさんも、考えてのことだと思うよ。悩んだと思うし、辛くない訳ではないはずだ」
「でも……! 体の傷より、心の傷の方が痛いんだよ! 自分を大事にできなきゃ、他の人のことも大切にできないよ!」
「……どう思われても仕方がない。だが俺は、これ以外の生き方を知らない……」
宥めるような真に、真っすぐな気持ちをぶつけるシアーシャ。吐き出すように続いたバタルトゥの言葉にハッとして、唇を噛む。
――彼は、ずっと辺境の為に戦って来た。
ハイルタイによってベスタハの悲劇が起き、父を失い、その代わりとなって若くしてオイマト族の族長に就任してからは、その贖罪の為に人生を捧げて来たようなものだった。
不器用過ぎるその生きざま。誰にでもできることではないけれど。イェルズのことを思うと、それがもどかしくて……。
彼女の気持ちも理解できる真は、シアーシャに労わるような目線を向けると……ふと、口を開く。
「バタルトゥさん、一つだけ、聞きたいことがあるんだ」
「……何だ?」
「死ぬのは、怖くないのかい?」
イクタサと契約し、戦い抜いたその果てには、確実な死が待っている。
泣いても喚いても、その時は刻一刻と迫るのだ。
怖くは、ないのだろうか。
――何故それを聞きたいと思ったのかは、口に出しておきながらよく分からなかった。
ただ……真自身が、いつ死んでもいいと思っているし、死への恐怖を感じていなくて……言い方は悪いけれど、何かを救うという大義名分を得て、惰性で生きている。ヒトの為に働き続ける機関のようなようなものだから。
バタルトゥには、そうあって欲しくない、と。ヒトらしくあって欲しいと思ったのかもしれない。
暫く考えていた族長は、真を見据えてキッパリと断じた。
「……死ぬのは怖くない。……それより、赤き大地や、そこに生きる命を守れないことの方が恐ろしい」
「……私と同類か。残念だよ」
誰にも聞こえぬ小さな声で、そう呟いた真。その回答を聞いたルベーノが、鷹揚に笑った。
「戦士としての本懐という奴だな。根っからの戦士という訳だ」
「穏やかそうに見えて戦闘狂なんですから困ったものです。もう少し立場というものを考えて貰いたかったんですけどね」
「そう言うな、ヴェルナー」
ため息をつくヴェルナーの肩をばしばしと叩くルベーノ。彼はそのまま、まっすぐに大首長を見据えた。
「偉大なる大首長。俺は戦士として、その信念を支える。大首長の意志を尊重しよう」
「……ああ、ありがとう」
頷いたバタルトゥ。そんな彼の元へ、ディーナ・フェルミ(ka5843)がぱたぱたと駆け寄って来た。
「あの、やれることをやらずに諦めたくないの。バタルトゥさんに回復スキルを掛けさせてほしいの。ヴェルナーさん、許可を戴きたいですの」
無言で頷くヴェルナーに頭を下げた彼女。
彼女はただひたすら、持てるだけ持ってきた回復スキルを族長にかける。
――バタルトゥと会ったのは、オイマト族の小物をもっと売って欲しいとお願いしに行った時以来だ。
あの時はとても元気で、ディーナの願いにも可能な限り応えようとしてくれて……。
こんな状況になるなんて、想像もしていなかった。
――ディーナには好きな人がいる。もしその人が、彼と同じ状況になったら……自分はきっと、その人の望みを優先するだろう。
もちろん死んで欲しくはない。出来得る限り、自分と一緒に生きて欲しい。
でも……その人の命と意志は、その人のものだ。
そんなに愛していようが、それを歪めることは許されないと思うから。
――だから、バタルトゥを止めることが出来ない。
こんな不確かな形でしか、彼の為に出来ることがないなんて……。
「……力不足でごめんなさいなの。役に立てなくて本当にごめんなさいなの」
「……泣くな、ディーナ。お前のせいではない……」
「オイマト族長さん、女泣かせですぅ。まあ、そうですよねぇ。今まで格好よすぎて近づくことも出来なかったくらいですしぃ」
「これは女泣かせとは言わねぇんじゃねえのか……?」
ぽろぽろと涙を零すディーナ。宥める族長に容赦のないツッコミをするハナ。
それに、シガレット=ウナギパイ(ka2884)が苦笑しつつ、バタルトゥに頭を下げる。
「……こんなことになっちまうとはなァ。命を救ってもらった礼は今後の戦いと行動で返礼する所存だ」
「……俺は当然のことをしたまでだ。礼も詫びも必要ない。それより……邪神との戦いが激化すれば、あちこちにその影響が出るだろう。俺に、力を貸してくれ」
「あんた、こんな時まで自分のことは後回しなんだなァ」
ため息を漏らすシガレット。族長は徹頭徹尾、大切な何かの為に働き続ける男だ。その大切なものの中に、少しでも自分が入っていれば結果は変わったかもしれないのに。
――そういう意味では、この男は青木 燕太郎と本質が近いのかもしれない。
彼の始まりの願いもまた、大切なものを守りたいという、誰しもが持つ純粋なものだった。
だが、そこに……青木自身が含まれてはいなかったのだろう。
だからこそ、歪虚と契約するという形で己の願いを叶えようとし、悪辣の旅路を進んだ。
ああ。そうか。バタルトゥは運よく契約相手がイクタサだが、自分の命を引き替えてまで力を手にしようとしているところまで同じなのだ。
――本当に、どうしようもない奴らだ。
今さら言ってみても仕方がない。あと己にできることは……この男の生存率を、少しでも上げてやることだ。
「なあ、バタルトゥよ」
「……ん?」
「邪神との戦い。剣を持って敵を打ち倒すことだけが、戦いではないだろう」
「どういう意味だ……?」
「効果的に力を振るうには、相手を知る必要があるって言ってんだ。敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うだろ?」
これから戦う相手は、正攻法ではまず敵わないだろう。
相手の動きを内部から止めるような、そんな奇襲が必要だ。その為にも、邪神がなんたるかを理解しなければならない。
「まぁ、敵を理解しても納得するかどうかは別だがな。相手の主張に負けず、こちらの主張を押し通す力の助けになるだろうよ」
「ああ、そうだな……」
「……生き残れよ、最後までな」
「……努力はしよう」
シガレットのどこか祈るような言葉に、バタルトゥは仏頂面のまま頷いた。
「お話をするのは久方ぶりになりますね、大首長」
「久しいな、息災で何よりだ」
挨拶に来たというエアルドフリスをいつもと変わらぬ様子で迎えたバタルトゥ。
エアルドフリスは、辺境の指導者たる男の姿を、目に焼き付ける。
「貴方をこのような事態に陥らせたのは我々の力不足。その責は負う覚悟です、勝利によって」
「ああ、期待している」
「……今一度共に戦列に連なる栄誉に、感謝します」
「……エアルドフリス」
「何です?」
「……オイマト族の次期族長は……イェルズを任命しようと思っている」
大首長の真意が掴めず、次の言葉を待つエアルドフリス。
バタルトゥは、彼の灰色の瞳をじっと見つめる。
「……これから、それに必要な知識も技術も全てあいつに叩き込むが……暫くの間、あいつを見守ってやってくれないか」
「……どうして俺なんです? 他に適任がいるでしょう」
「お前はシバと懇意にしていただろう……。……あれもシバの弟子だ。お前が見守ってくれれば、蛇の戦士も安心するだろう……」
「ここでシバ師の名前を出すのはちょっと卑怯じゃあないですかね、大首長殿」
「……お前はもう分かっていると思うが……俺は狡猾な性質でな」
「……話は分かりました。考えておきますよ」
くつりと笑うバタルトゥ。エアルドフリスは、胸に手を当て、恭しく頭を下げた。
ハンター達から挨拶を受けるバタルトゥを、キヅカ・リク(ka0038)は何とも言えない気持ちで見つめていた。
――思えば、随分前から助けてもらってばっかりだった。
マギア砦での籠城戦で、庇って動けなくなったところを助けてもらった。
この前の怠惰王との戦いも、結局……オーロラとの決着の後、退路を確保するという形で、彼に頼ることになってしまった。
……救えなかった。救われてばかりだった。
救われた分は返そうと、ずっとずっと思っていたのに。
結局、何も返してやれないまま……こんなことになってしまった。
あの頃よりも力を付けたはずなのに。
守護者にもなって、少しはマシになったはずなのに――届かなかった。助けられなかった。
こんな結果を引き起こして、何が星の守護者か……!
「……バタルトゥ」
「どうした……? リク」
「……今更こんなこと言われても困ると思うけど、言わせて。本当、ごめん。こんなことになったのは、僕達のせいだ」
族長に、深々と頭を下げるリク。
きっと恨まれるだろう、蔑まれるだろう。
そう思ったら、少し足が竦んだけれど……でも、ここに来なくちゃいけないと思った。
目を逸らしてはいけない。見なければ。
救えなかった者が、現実が、此処にある。
この現実を背負う為に、しなくてはならないことがある。
「バタルトゥ・オイマト。君の未来を……命を、そして願いを、僕達にくれ。世界の未来を勝ち取るために、貴方の力が必要なんだ」
「……言われるまでもない。俺こそ、詫びなければならない……。俺の取った行動で、お前達に迷惑をかけた……」
「そこは、謝っちゃ駄目でしょ。……僕が、馬鹿みたいじゃん」
熱くなる目頭をぐっと堪えるリク。
――心のどこかで分かってはいた。この清廉で強い男は、誰を恨むでもなく、淡々と事実を受け入れるのだろう、と。
でも、それに甘えてはいけない。もう二度と、繰り返しはしない。
必ず、1つでも多くの命を救う。それが、守護者に選ばれた者の使命だから……。
リクは心に誓うと、大首長に最大限の敬意を表して……もう一度深々と頭を下げた。
「……あなたは、やっぱり最後まで戦うんだね」
「……ああ。俺は、それしか能がないからな」
「またまた嘘ばっかりー。バタルトゥさん、お裁縫とお料理も上手じゃない!」
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の言葉に頷くバタルトゥ。リューリ・ハルマ(ka0502)の明るい声に、張り詰めた場が和んだ気がして、アルトは目を細める。
リューリはふと真顔になると、ぺこりと頭を下げた。
「ゴメンね、バタルトゥさん。あの時、もっと早くに燕太郎さんを止められていたら、こんなことにはならなかったかもしれないのに」
「……謝ることはない。お前達も出来ることはやったと理解している。たらればを言っても、詮方ないことだ」
「それはそうかもしれないけど……謝罪の言葉だけでも受け取って欲しい」
続いたアルトの言葉に、そうか、と呟いて頷いたバタルトゥ。
――戦士として、人生を歩んできたアルトには、彼の気持ちが痛いほどに分かる。
きっと自分が彼と同じ立場だったとしても、この状況は自分が選択したからだと思うだろう。
逃げることも出来た。けれど、それをしなかったのは他でもない自分なのだから。
それでも、やはり彼には謝らないといけないとは、思っていた。
――セトは、親友がヒトならざる存在になっていることを察し、最期に『青木をヒトであるうちに死なせてやって欲しい』という願いを口にしていた。
その言葉を聞いていたリューリもアルトも、そうなるように努力はしたけれど、一歩届かず……青木を終末の獣にしてしまった。
全てとはもちろん言わないが……その責任の一端は、自分達にある。
だからこそ……謝罪以外に、彼を手伝えることを探したい。
リューリも同じことを思ったのか、おずおずと口を開く。
「あのね、起きてからきっと忙しくなっちゃうと思うけど……ふと我に返った時に寂しく思ったり、怒りたい時には誰かに頼っても良いと思うよ?」
「……俺が、そういう感情を持ち合わせてると思うのか?」
「えっ。そりゃ、そういうイメージはないけど……だからこそ、誰にも知られずに悩んだりするのかなって」
明け透けに言うリューリに噴き出しかけたアルト。
親友は気持ちいいほどに真っすぐで、遠慮がないのに嫌味がなくて、まるで太陽のようだ。
こういう性格だからこそ、あの頑なだった歪虚も、彼女には心を開いたのかもしれない。
「まあ、そう言わずにさ。協力者は多い方がいいよ、バタルトゥさん。あなたにも、遺したいものはあるでしょ。……最後くらい、手伝わせてよ。星の友として」
かつて、彼が辺境部族の大首長となる時に受けた試練は、怪我をしていてロクに手伝うことが出来なかった。
だから、今度こそ……という気持ちが、アルトにはあった。
「……星の友の名を出されては、断る訳にはいかんな……。有事の際には、頼りにさせて貰う……」
「あ、有事の時じゃなくてもいいよ? 雑用とかやるよ? オイマト族のお手伝いとかも!」
「そうだね。困っても、困ってなくても、必要な時にはいつでも呼んで欲しい」
言い募るリューリとアルトに、バタルトゥはありがとう……と低い声で呟いた。
「……身体、辛いところ、ない?」
「……ああ、問題ない」
気遣うイスフェリア(ka2088)に頷き返すバタルトゥ。
いつもの仏頂面で、淡々と答える彼が、あまりにいつもと変わらなくて……。
――生きていること自体が奇跡なのだと、イクタサも言っていた。
またこうして話せることは、とても幸運なことだとは理解している。
それでも……こうやって言葉を交わして、何も変わらない彼を見ていると。
この先もこのまま変わらずに生きてくれるのではないかと……そんな奇跡に縋ってしまいたくなる。
「ねえ、バタルトゥさん。眠り続けるより戦いたい、という気持ちはよく分かるよ。でもね……どうせ死ぬからって、捨て身になるのはやめて欲しいの」
まとまらない考えを、ぽつりぽつりと吐き出すイスフェリア。
死に場所を求めるように戦うのではなく、少しでも長く生き抜いて……辺境の幸福な未来を見るまでは死なないと。
彼には、それくらい、前向きな気持ちでいて欲しい。
……元々、贖罪の為に生きているような人だ。
――今回の結末に、『自らの命を持って罪を贖える』と安堵している部分があるのではないかと……そんな気がして仕方がないのだ。
そんなこと誰も望んでいないのに。皆が彼の幸せを願っても、彼自身がそれを許さない。
残り少ない時間くらい、彼自身の為に使って欲しいけれど、そう言って納得する人ではないから。
彼が納得するような理由を探す。
「族長って、子供達を教え導く立場でしょう? 死に向かう族長じゃなくて、生を、命を大切にする族長を見せてあげて欲しいの。……そんな姿を、子供達の記憶に残してあげてほしい」
それまで黙して彼女の話を聞いていたバタルトゥは、微かに困ったように眉根を寄せて、頷く。
そして暫し考え込むような素振りを見せた後、口を開いた。
「……イスフェリア」
「なあに?」
「……もし、お前がまだ『故郷』を求めているのなら……オイマト族の一員になるといい。俺は消えるが、オイマト族は続いていく。……お前が望むなら、イェルズに話しておこう」
「……違う。違うよ、バタルトゥさん。そういうことじゃないの……!」
目を見開いて叫ぶイスフェリア。
私はあなたに憧れた。傍にいたかった。あなたのいるオイマト族の一員になりたかった。
今の言葉は、彼なりの配慮だと言うのは分かる。けれど、あまりにもずるいし、残酷だ。
……あなたがいないのに、故郷を得て、何の意味があるというの……?
「……? 何が違うんだ……?」
「分からないのならちょっと考えて!」
このまま一緒にいたら、泣いてしまいそうで――イスフェリアは慌てて部屋を飛び出した。
「……バタルトゥさん」
「……どうした。何を泣く……?」
「ようやっと、目を開けてくれたから……ですかね」
涙で濡れた橙色の瞳で、バタルトゥを見上げるエステル・ソル(ka3983)。
彼の姿がよく見たいのに、次から次へと溢れてくる熱いもので視界がぼやける。
ごしごしと目を擦る彼女の手を、バタルトゥが制止した。
「……そんなに強く擦ったら目が腫れるぞ」
「誰のせいだと思ってるですか……」
彼の手にした手拭いが、エステルの涙を吸いとる。
想いに応える気がないというなら、何故こんなに優しくするのか。
わたくしは貴方のいない明日が怖くて、凍り付いたように動けなかったというのに――。
……今聞こえている心臓の音も、息遣いも、いつかは失うのかもしれない。
それでも、彼は引くような人ではないから――わたくしも、覚悟を決めなくては。
「約束して欲しいことがあります。今度は置いて行ったりしないと……わたくしも一緒に戦いますから、出来る限り傍に置いてください」
祈るように手を組むエステル。
彼女も星の守護者だ。招集があれば、それに応じなければならない。
彼の立場上、ずっと一緒にいるというのは難しいかもしれないが……それでも。
バタルトゥの励ましがあればきっと、挫けずに最後まで戦える。
「……お前がきちんと生きて帰ると約束できるのであれば、出来る限りのことはしよう。……誰かを道連れにするのは御免だ」
「……本当に、ずるい人です。貴方が夢見た未来をこの世界にもたらましょう。そして生きて帰ったら、貴方の夢を守り続けましょう。……愛しています。ずっと、貴方だけを」
ぽろぽろと涙を零しながら、微笑むエステル。
もう少女ではない彼女から目を逸らして、バタルトゥは続けた。
「……お前の気持ちに応えることは出来ない。……お前はまだ若い。先のない男ではなく、相応しい者を探せ」
「……っ! バタルトゥさんは本当にひどい人です!」
目を見開くエステル。パシン、と乾いた音が室内に響く。
バタルトゥを殴った手より、心の方が痛かった。
「……まったく、おんしはどこまでも女心を理解せぬのう」
「……俺はいずれ死ぬ。そんな奴の近くにいても不幸になるだけだ……」
「幸か不幸かはおぬしが決めることではなかろう? そういうことを言っておるから殴られるのじゃぞ?」
バタルトゥの赤くなっている頬を扇でつつく蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)。
ふと彼から目線を外して、悲しげに笑った。
「ほんに……酷な選択を強いる奴じゃのう……。バタルトゥ、おんしまで、オイマトと同じ道を歩むのか……」
「……俺のやることは変わらない。……最期のその時まで、赤き大地と、そこに生きる命の為に戦うだけだ」
「そうかえ。未来の為に……賭けるのじゃな」
迷いのないバタルトゥに、ため息を漏らす蜜鈴。
……彼をこのような境遇にしたのは、ハンター達だと言うのに。
恨み言も言わず、ただただ、自分の為すべきことを為そうとしている。
――彼の祖がそうであったように。
この運命が変えられないと言うのなら……今回も、最期まで見送ろう。
それがオイマトを見送った、己の務めだとも思うから。
「その代わり、邪神を滅ぼすまで決して足を止めるで無いぞ。振り返らず進め、……背は、妾が護る故。おんしが望んだ未来は、妾が死した折の手土産にしてやる」
「……ああ、最期まで戦い抜く」
「……妾の愛した龍も、騎士も、おんしも……妾を置いて逝くのじゃな」
眉根を寄せた蜜鈴の呟き。それはあまりに小さく聞き取れなかったのか、バタルトゥが首を傾げる。
「……蜜鈴? 何か言ったか……?」
「いや、何でもない。イクタサに契約ついでに能力の底上げを願うと良いぞ。生存の可能性が上がる故な」
「何を代償に取られるか分からんぞ……?」
「ほう? であれば、妾の命も少し分けてやろうかの?」
「……勘弁してくれ」
肩を竦めるバタルトゥに、鈴を転がすように笑う蜜鈴。
――こんな穏やかな時間が、あと何回過ごせるだろう。
それでも、彼と彼の名誉は守り抜くと、心に誓った。
ハンター達のいる場所から飛び出して来たイェルズ。
それを見かけて追いかけて来たトリプルJ(ka6653)は、イェルズに探るような目線を送った。
「なあ、一つ確認したい。お前が次のオイマト族の族長になるんだよな?」
「……っ! 俺はそんなものになりたくない! 族長は、族長にしか務まらない……!」
イェルズからぶつけられた言葉で、己の考えが正しかったことを察したトリプルJ。
そのまま、深々と頭を下げた。
「……俺は、お前に詫びに来た。俺たちの力不足の皺寄せだ。悪かった」
「……謝罪なんてしてもらう必要はないですよ。族長が、判断して決めたことですし。それに……」
謝ってもらったって、族長が元に戻る訳じゃないでしょう?
苦しげに呟いたイェルズから、彼の秘めた思いを知って……トリプルJは頭を下げたまま続けた。
「もしあの状態になったのが俺でも、お前でも。望むことは、同じだろう。邪神戦争に勝つために、戦う。仲間を守るために、戦う。そのために惜しむ命はない。その気持ちが戦士として分かるから、誰も族長の望みを止められない」
……それがイェルズにも分かっている。
分かっているから、それでも大切な人に生きて欲しいと願うから――こんなにも苦しんでいるのだ。
これから言うことは残酷だと分かっていても……この若き後継者に、言わなくてはならない。
「謝って許されることじゃねえのも分かってる。でも、俺達は……族長が逝く前に、さすがオイマトの次代よ、その友よと、安堵させてやらなきゃならんと思う。虫の良い願いだとは分かってるが……これからも共に戦うと誓わせてくれないか。俺達ハンターを、これからも切磋琢磨する友だと認めてくれないか」
「だから、俺は……」
「まだ族長をやるとは言ってない、そうだよな。分かった。……でも俺は、お前にしか務まらんと思うぞ。オイマトの次代はな」
そう言い残し、その場を去っていくトリプルJ。
それに答えるでもなく、ぼんやりと虚空を見つめたままのイェルズの肩を、ルシオはそっと叩く。
「……シバのことを思い出すね。あの人の最期も、戦いだったっけ」
ルシオの優しい声に頷くイェルズ。
蛇の戦士が選んだ最期を。
辺境の戦士としての弔いの方法を。
出来る限りを、あのひと時に伝えて逝った英雄。
死合に応じたハンターの刃を受け止めて尚立っていた。
――戦士として生き、戦士として死んで行った、強い人だった。
イェルズ自身、あの高みに憧れて、必死にその背を追って来たけれど。
まさか、バタルトゥまで、こんな最期を迎えることになるなんて……。
「ルシオさん。俺、皆みたいに割り切れないんです。族長に戦って欲しくない。動けなくてもいいから、生きてて欲しいって……思ってしまうんです」
「……それも間違いではないよ、イェルズ。君は族長が大切だからこそ、そう思うのだろう。家族の余命を聞かされて、冷静になれる者などいないよ」
そう、イェルズの願いも間違いではない。
それも、族長を深く思うが故の願いだから。
きっと、ハンター達の中にも、同じように思っている人がいるのだろう。
ただ……バタルトゥの、ハンター達と共に戦い、伝え、受け継ぎ、残された命を精一杯生きるという願いを、否定することが出来なかっただけだ。
「……トリプルJに言われたことも、バタルトゥの願いも、君は理解が出来ているのだろう? ただ、認めたくないだけで。ゆっくり考えられるほどの時間はないけれど……思う存分悩むといい」
イェルズの燃えるような色の髪を、よしよしと撫でるルシオ。
この子は賢く、そして蛇の戦士が見込んだ強い子だ。
そして人をどこか遠ざけ、過去に生きていた自分に――触れ合いという温かさをくれた優しい子でもある。
悩んでもきっと、自分なりの答えを出してくれると、そう信じることが出来るから――。
「イェルズ、もう1つ伝えておくよ。君は独りではない。思い悩み、辛いと思ったら……頼りなさい。きっと手を差し伸べてくれるよ。……ほら、彼女もその一人だ」
そう言い、振り返るルシオ。
ラミアの姿を見て、小さく、後は頼んだよ……と囁いた。
ラミアは、どこか小さく見えるイェルズの肩を掴むと、ぐいっと自分の方に向けて……彼の表情を見て、言葉を失くした。
イェルズの顔は、傷心でも、悲しみでもない。憤りに満ちていたから。
――きっとイェルズは、自分を責めている。
族長の生き方を認められず、死んで欲しくないと願いを抱えた己を。
割り切れずに、族長に縋ろうとしている弱さを――。
しっかりしろ、と発破をかけるつもりでいたのに。
それは何だか違う気がして……ラミアは、そっと彼の背を撫でる。
「ねえ、イェルズ」
「……何ですか?」
「今は望みが無いかもしれない。でも、まだ終わってないよ。強化人間達だって、助けることが出来たでしょ。同じように、何か助ける方法が見つかるかも」
「……そう、でしょうか」
「うん。皆が諦めても、あたし達は信じていようよ。あたし達とイェルズが未来を作るって。今は苦しくて、歩けないかもしれないけど……絶対歩けるようになるから。だから、諦めないで見届けよう?」
しっかりと、安心させるような声で続けるラミア。彼の背を撫でる指先に、力がこもる。
イェルズがアレクサンドルに捕まっていた時の恐怖。
この人を喪うかもしれないという絶望を思い出して、足元が覚束なくなるけれど……。
それでも、この人に伝えなくてはいけない。
「邪神との戦いはもう目前まで迫ってる。立ち止まってる暇はないよ。歩けないなら、手伝うから。あたしが、支えるから」
「……ラミアさん」
「何?」
「ちょっと……肩貸して貰っていいですか」
「……? いいけど」
申し出の意図が分からなかったけれど、断る理由もなくてこくりと頷くラミア。
イェルズの顔が近づいて来て――自分の肩にその重さが乗ったことに気づいて、瞬時に耳まで赤くなる。
「……!?」
「……何で。何で、シバ様も族長も……俺を置いてくんだ」
聞こえた掠れる声。
イェルズの頭が乗っている肩先が、濡れているのを感じて……彼女はそっとイェルズに手を伸ばして、その赤い髪を撫でる。
「……大丈夫だよ。あたしがいるよ。あんたが弱音吐いたことも、誰にも言わないから、ね?」
――だから、どんどん頼って欲しい。
あなたが立っていられるように、隣にいるから。
この決意が、イェルズに伝わればいい、と。ラミアはずっと、彼の涙が止まるまで……その髪を撫で続けた。
「お世話になっております。本日は、イタクサ様にお話を伺いたく参上しました」
「あ、俺も聞きたいことあるっすよ」
深々と頭を下げるフィロ(ka6966)と珍しく真顔の神楽を一瞥したイクタサは、面倒臭そうなのを隠そうともせずにため息をついた。
「別にいいけど。手短にお願いね」
「それでは……バタルトゥ様が奇跡で目覚めた場合、その余命ははっきりここまでと分かるものなのでしょうか。戦場で突然糸が切れるようにお亡くなりになることはあるのでしょうか」
「一応確認すけど、起こした後に俺達の生命力を分け与えて延命させるとかは無理なんすよね?」
「……無理だろうね。間違わないで欲しいんだけど。僕は奇跡を起こしてるんじゃない。ただ、バタルトゥに契約という形で力を貸すだけだよ」
フィロと神楽の問いに、きっぱりと断じたイクタサ。
彼女はそうですか……と呟いた後、質問を重ねる。
「バタルトゥ様が邪神戦争後も数日程度は永らえる加護をお願いしたいのです。バタルトゥ様は沢山の方に愛されております。可能ならば、加護の水増しをお願いできませんか?」
「君達は、随分僕を便利な能力者だと思ってるんだね。残念ながら、余命についてはバタルトゥの生命力次第。こればかりは僕でもどうしようもない。戦いの最中に突然倒れるかもしれないし、戦い終えたらどれだけ生きられるかの保証もないよ。加護を水増ししてどうこうできる問題じゃない」
「最終決戦に参加するのは仕方ないっすけど、それ以外はちゃんと終活しなきゃ駄目っす。色んな引継ぎをしたり、大切な人に別れを告げたりとかして、世界を救った後に思い残す事なく旅立てるようにしたいっすよ。何とかならないっすか?」
すげないイクタサに、畳みかける神楽。勇気の精霊はやれやれ、と言った様子で肩を竦めた。
「君達の気持ちは解らなくもないけど、お別れの時間を用意してあげられる保証もない。……さっきも言ったけど、奇跡を起こすのは僕じゃないからね」
「……保証がなくとも、バタルトゥ様ご自身が望まなくても、残される方々のことを思えば、誰かが願うべきと考えました」
「そう。なら、願ってみれば?」
「……? それはどういう……?」
「願いや祈りの力は馬鹿に出来ないよ? 実際、それは僕たち精霊の力になる。それが、バタルトゥに影響するかまでは分からないけどね」
イクタサの弁に、ハッとしたフィロ。それでも何かを得たのか、ありがとうございます……と呟く。
神楽は更に、質問を続けた。
「それと、死んだ後にバタルトゥさんを祖霊として呼んで力を借りたりできるようにする事は可能っすか?」
「さあね。そもそも祖霊や英霊っていうのはなろうと思ってなるものでもなければ、作り出そうと思って作れるものでもない。……大体、そんなことが出来るなら、今頃君達のご先祖は英霊として大活躍してると思わない?」
「それもそーっすね……」
「何度も言ってるけど、奇跡は起こそうとして起こせるものじゃないから。……じゃあ、僕は帰るよ。バタルトゥと本契約をする準備をしないとね」
それだけ言って、席を立ったイクタサ。
フィロと神楽は、面倒臭そうにしながらも質問に答えてくれた勇気の精霊の背に、感謝の言葉を投げかけた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/06/30 08:40:19 |