【陽光】ジャンヌとアメリア

マスター:のどか

シナリオ形態
ショート
難易度
不明
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~6人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/07/06 07:30
完成日
2019/07/21 01:57

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


「――陛下。城のすべてが我が手中となりました。これにより、契約は確かに履行されたものと判断いたします」
 恭しくお辞儀をした赤い燕尾服の執事――ダンテリオに、ジャンヌ・ポワソン(kz0154)は艶やかな瞳で答える。
「そう……それじゃあ、さっそく“掃除”をしてちょうだい」
「かしこまりました」
 彼女の命にダンテリオは大きく手を振り上げる。
 そのまま滑らかに腕を振ると、ボロボロに破壊・劣化していた城の壁・床・天井・柱・その他が、細かい格子状に分断されそれぞれに回転しながら動き始める。
 まるでルービックキューブを解くかのように素早く、滑らかに。
 その中でリズミカルに腕を振るダンテリオはオーケストラの指揮者のようであり、ジャンヌはそのたったひとりの観客であった。
 パズルはしかして、少しずつ「新たな城」へと組み上がっていく。
 エキゾチックな夢幻城――タラクサクムのイメージはそのままに、より壮麗、より絢爛に。
 円形に組み替えられた広い謁見室は、囲む高い壁に4階分のバルコニーが覗く。
 その光景はまるで、最奥のジャンヌを囲むオペラホールのようでもある。
 壁が塞がったことで室内は薄暗くなっていたが、王座に目掛けて光を取り込む天窓が開けられていて、ジャンヌの姿を照らし出していた。
「いかがでしょうか」
「いいわ」
 ジャンヌは喜ぶでもなく、気が沈むでもなく、あまり興味はないといった様子だった。
「とはいえ、ここまででございますね。家具装飾や調度品は新調しませんことには……そうですね、回収してまいりましょうか。お気に入りも残っていればよいのですが」
 自ら出した問題に自ら解を得て、1人で勝手に納得する。
 そんな彼をジャンヌがふと呼んだ。
「ダンテリオ……私のアイは間違っているのかしら?」
「……なんと?」
 質問の内容を心得ず、ダンテリオは笑顔のまま首をかしげる。
「この世界にとって私のアイは妨げらしいわ」
「ですが、受け入れる者はいるのでしょう? でしたら間違えているということはないでしょう。妨げだと感じた者にとって、それは忌むべきことであったというだけの話です」
「……それでは、すべてにアイを送ることはできないわ」
「それは素敵な夢でございますね」
 ダンテリオが称えるように手を鳴らす。
 こだまする拍子の中で、ジャンヌは天窓から差し込む光を見上げた。
「ここから東へいくつもいくつも山を越えた先に、ジェオルジという小村の集まりがございます。ためしに、村ひとつへアイをお与えに行かれてみてはどうでしょう。街や村というものは世界の縮図。そこで知りうることもあるでしょう」
「……そうね。ここで思案しても仕方がないことはこの数千年で知っているわ」
 ジャンヌは立ち上がり、ドレスの裾を広げた。
「ダンテリオ」
「街の方へ城を彩るためのものを回収しに行ってまいろうと考えておりましたが……ご用命とあらば」
「そう……なら私ひとりで十分よ。あなたはあなたの成すべきことを全力で成しなさい」
「かしこまりました」
 ジャンヌはひとり歩み出す。
 その陽だまりを世界へそそぐために。
 

 村長祭の余韻残る村に騎竜が降り立ったのは、太陽がさんさんと輝く昼下がりのことだった。
 竜の広い背に備えられた王座風の鞍から、1人の女性が舞い降りる。
 その瞬間、傍にいた村人たちは不意に激しい動悸に襲われた。
 ひどい風邪にでもかかったような感覚。
 幾人かは立つことすらもままならず、その場にへたり込んでしまっていた。
「――私は“陽だまりの女王”ジャンヌ・ポワソン。この村にアイを与えに来たわ」
「ジャンヌ……?」
 ぽつりと、1人の少女がその名前を反芻する。
 1本にまとめたプラチナブロンドの長髪が肩口から零れた。
「さ……さぞ、高名なお方であると心得ます……差し出せるものであれば、どのようなものでも差し出します……どうか……村の者の命だけは……」
 村長らしきご老人が、地べたを這いずるようにしながら朦朧とする意識の中で言葉を絞る。
「……私は私のアイを受け取って欲しいだけ」
「受け取ったら……どうなるんだ?」
 1人の男性が尋ねる。
 具合は悪そうだが何とか耐えられるのか、立ったままジャンヌへと1歩踏み出した。
「……歪虚になるわ」
 ゾクリと人々の背が凍り付いた。
 中には小さな悲鳴をあげながら、転がるように後退るものさえいた。
 その様子を見て、ジャンヌは目を伏せる。
「……それは、誰でもなれるのかい?」
 また誰かが声をあげた。
 身体をおこすこともできず、地面に横たわる線の細い青年だった。
「アイを受け止めてくれるのなら」
「じゃあ……与えてくれないか?」
「ハロルド……!?」
 傍にいた壮年の女性が狼狽えた様子で彼を見る。
「知ってるんだ母さん……自分の病気の事……先が長くないことも。それに、この先世界が滅びてしまうとも分からない……そこで噂に聞く成れの果てみたいな歪虚になるくらいなら……最期くらい僕は僕の意志で……」
 ジャンヌが青年へと歩み寄る。
 しゃがみ込み、そっと頬に触れて顔を自分の方へ向かせると、瞳をみつめながら語り掛けた。
「貴方たちにとって歪虚になることは死と同じ意味なのね……だけど貴方は死なないわ。私たちが行きつく先は虚無――そこには死も絶望もない。望めば人の感覚では永遠にも近い時を生きることだってできる」
「ありがとう……僕ははじめて自分の意思で未来を決めるよ」
 ジャンヌの正中に刻まれた傷跡にじわりと血が滲む。
 そのまま彼を抱き起すと、子供をあやすように優しく抱きしめた。
 ぶくりと彼の身体が肥大化し、白い肌の巨人――プエル=プルスが生まれる。
 人々は恐れおののき、先ほどよりも明確な悲鳴が響き渡った。
 プエル=プルスは大人しくジャンヌの姿を見下ろしている。
 彼女も見上げて視線を交わすと、再び村人を見渡した。
「……あなたたちにアイを」
 すぐに次の声が上がることはなかった。
 ジャンヌは村長へ目を向けた。
「しばらくこの村にいるわ。アイを受け取ってくれる人はいつでも訪ねていらっしゃい。そうね……あなた」
 ジャンヌが1人の姿を射止める。
 あのプラチナブロンドの髪の少女だった。
「あなたは平気なのね……ここにいる間の付き人になってくれるかしら」
「わ、わたしは……」
 戸惑う少女は助けを求めるように辺りを見渡す。
 だが誰もが彼女から目を背けると、表情を曇らせた後に、わずかな間を置いて頷いた。
「分かったわ。わたしでよければ」
「そう……名前は?」
 少女はジャンヌの瞳をまっすぐに見つめ返して答えた。
「――アメリア」
 巨人が騎竜の脚を掴み、西の空へと飛んでいく。
 ジャンヌはアメリアを連れて、ゆるりと村を歩きはじめる。
(もしかしてこの人が……)
 アメリアがジャンヌの横顔を盗み見た。
 あの日、忘却の騎士が求めた面影を思い描き、重ねるように。

リプレイ本文


「それじゃあ……詳しいことは何も知らないのね」
「ええ。協力したいのはやまやまなのだが」
 リアリュール(ka2003)と語らう中で、アメリアの父親は肩を小さくしながら己の至らなさに眉を寄せた。
 ジャンヌの来訪当時、夫妻はここ――村はずれの自宅で畑仕事をしており、中心部へ出ていたのはアメリアだけだったという。
 だから、娘が事件に巻き込まれているなどと思いもよらなかったそう。
「アルバート事件の後、アメリアはどうしていたのかしら?」
 その問いに、父親は苦い表情を浮かべる。
「いくらか腫物にされておりました。性格があれなものですから……今ではましになっていたのですが」
「本当に、そうかしらね」
「え……?」
 虚を突かれた様子の2人に、リアリュールは静かに首を振った。


 広場に大勢の村人が集まっていた。
 農作業の昼休憩を狙って集まってもらった彼らの前に、キヅカ・リク(ka0038)が歩み出す。
「これで全員ですか?」
 わざわざ訪ねたのは、集まったのが村1つにしては少ない人数だと感じたから。
「既に被害者となった家の者たちは呼びかけに応じませんでした。他にも何人か……」
 被害者――彼の口にした言葉に、少なくともここに集まった者たちの認識は理解できた。
「来てないヤツっての、どこに住んでるか教えてくれ。俺が回ってくる」
「それは構いませんが……」
 ジャック・エルギン(ka1522)の申し出に、村長は躊躇するように言葉を濁す。
 下手に彼らを刺激しまいかと心配しているのだろう。
「確かに、あいつについて行きゃ死や絶望はないかもしれねえ。だが生きる喜びも希望もない」
 ジャックは迷いのない瞳で村長を見返す。
 それで信用を得られたのか、家々の場所を教えて貰うことができた。
 それから村長は、今度はジャック自身を心配するように手を取る。
「若いの、あまり気負いなさるな」
「……ああ、サンキュな」
 言葉では頷きながら、胸の内では悔しさでいっぱいだった。
 歪虚化した人々にも、その縁者にも、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
 だが同時に、ジャンヌが彼らを見つけに来たというのもまた事実だ。
 自分には、先回って彼らの心を救うことはできなかった。
 いくじなし――彼女の吐息が耳に残る。
 
 ジャックの背中を見送って、リクは再び村人たちに向き直る。
「集まってもらったのは、みなさんの意志を聞くためです」
 そう前置いて、リクは集まった1人1人の顔を見る。
「みなさんがジャンヌの“アイ”を必要としない、否定するのだというのなら、僕たちがそれを彼女へ伝えに行きます。場合によっては戦闘になってしまうかもしれませんが……僕らが皆さんの意志を背負い、きっと彼女を村から退去させます」
 その提案に、村人の反応は何とも言えない様子だった。
 大半は、触らぬ神に祟りなし――と言うべきだろうか。
 中には頷く者の姿もあるが、同じくらいそれが正しい選択なのかどうかで迷っているような顔も見受けられた。
 その様子に、傍らで静観していたマリィア・バルデス(ka5848)は眉間に深く皺を刻んだ。
「苦しい生は確かにある。時には受け入れなければならない死も……でも、それまでの間に新たな出会いや感謝があったかもしれない。あの十三魔がしたことは、その芽を永遠に摘み取ることよ」
 彼女の言葉は研ぎ澄まされた刃のように鋭く、そして正しかった。
 それに反論することはただの感情的な癇癪であると村人たちも理解して、ああとか、ううとか言いながら視線を泳がせる。
 マリィアは煮え切らない彼らを焚きつけるように、その翡翠色の瞳で一瞥した。
「今はまだ歪虚に占拠された悲劇の村。だけど、この状態が続けば歪虚に下った裏切りの村へと評価は変わるでしょうね」
 その言葉に、最も強く反応したのは村長だった。
「私たちなら……少なくとも奴らを村から放逐することに手を貸せると思うわ」
 言うなればトドメの一撃。
 先ほど渋っていた「大半」の村人が、消極的に頷き返す。
「僕らが欲しいのは皆さんの覚悟です。そうだな、できれば目に見える形がいい。署名とかつけましょうか」
 リクはひりついた空気をほぐすように笑みを浮かべて紙とペンを取り出した。


 ミグ・ロマイヤー(ka0665)は、巫女としてジャンヌに迎合した家族を持つ家を1件ずつ回っていた。
 情報では彼女の下へ向かったのは5名。
 男女は問わなかったが、病に伏せている、恋人を失ったなど、どれも未来の希望を失った若い世代の者たちだった。
「突っぱねるようになってしまうが、彼への想いは断ち切ってもらうほかない」
 ミグは村で真っ先に受け入れたハロルドと言う青年の家で、残された壮年の母親に説く。
 毎晩泣きはらしたのだろう――母親はぽってりと腫れた目元で、寂しそうに笑顔を浮かべてみせた。
「どこか遠くの国へ行ったのだと思えば、ずいぶん心は軽くなりました」
「その考えは、そなたの身を亡ぼすだけだ。前に進むためには受け入れることこそが必要じゃ」
 きっぱりと告げられて、母親の頬にほろりと涙がこぼれる。
(彼女の感情……恐れとはまた違う。これは、あまりよくない感じじゃのう)
 切迫する状況を理解して、ミグは眉を寄せる。
 アイ――そんな無形のものを与える存在は、手ごわいうえに理解できない。
 死を与える存在の方がよほど相手取りやすいと、目の前の女性の姿に歯がゆさを隠せなかった。


 マテリアルの外套に身を包んで、カーミン・S・フィールズ(ka1559)はゲストハウスの外周をぐるりと見て回っていた。
 雑草が生い茂る裏の原っぱでは、以前街で見た怠惰の巨人――プエル=プルスが2体、のんきに日向ぼっこをしてる。
「これだけ見たら絵本の1ページみたいなんだけれど……」
 カーミンは、少なくとも彼らに自分が認識されていないことを確認すると足早に軒下の窓辺へと歩み寄る。
 そして中の様子をうかがった。
「――いた」
 リビングルームのソファにジャンヌ・ポワソン(kz0154)、傍らにアメリアの姿があった。
 ここからでは聞き取れないが、ジャンヌが何かを語りかけ、アメリアが短い言葉で返している。
 そんな時、ふとジャンヌと目があった。
 ドキリとして、カーミンは咄嗟に窓枠の下に隠れる。
 見られた……?
「気のせい……かしらね」
 だが、なんとなく嫌な気配を感じて彼女は携えたバスケットへ視線を落とす。
「仕方ない。来訪者でいっか」
 カーミンはマテリアルのベールを脱ぎ捨てると、玄関のドアノッカーに手を掛けた。


「こんにちわ。アメリアさん、だね」
 玄関のノッカーを鳴らしたリクが、出迎えた少女に尋ねる。
「ジャンヌに話があって来たんだ。取り合ってもらえるかな?」
「あ……はい、聞いてみます」
 アメリアが奥へ戻ってすぐ、5人のハンターがゲストハウスの中へと招かれた。

「あら、遅かったじゃない」
 彼らはリビングルームでくつろぐカーミンの姿を見て思わず目を丸くする。
 どういうことが机と紅茶を囲んで、主人とともにマロンプリンをつついていたようだ。
「アメリアもカーミンも、無事だったのね。それだけで安心したわ」
「心配かけたなら悪かったわ。ま、ちょっといろいろね」
 そう言って、プリンを咀嚼する。
 さっきからゴーゴー変な音が聞こえると思ったら、足元の絨毯の上をロボットクリーナーがせわしなく行き来していた。
「アメリア、これご両親から。その、傷は大丈夫……?」
 アメリアはリアリュールから受け取ったバッグをそっと広げる。
 中には替えの着替えが数組と、まだほんのり温かいパンが入っていた。
「傷は、もうすっかり塞がったよ」
 彼女は胸元を気にするように撫でながら答える。
「ちゃんと守ってあげられなくてごめんなさい」
「ううん、ありがとう。お父さんたちにも元気だって伝えてくれる?」
 朗らかな笑顔で答えたアメリアに、リアリュールは僅かに首を振る。
「そうならないように来たわ」
 そこで主人――ジャンヌは奥のソファから艶やかな瞳でハンターらを一瞥して、紅茶で濡れそぼった唇を静かに震わせた。
「……あなた達なの。話、というのは」
「単刀直入に言えば、この村から手を引いてくれないか」
 リクの言葉に、ジャンヌは小さく息をつく。
「こだわりがあってここにいるわけじゃないわ……だけど、理由ぐらい聞かせてくれても」
 リクは手にした書面をテーブルの上に落とした。
「村人の署名だ。内容は、ジャンヌ・ポワソンの村からの退去を求めるもの」
 ジャンヌへ細い指先で書面を摘まみ上げると、ざっと目を走らせる。
「この村にはこれしか人がいなかったのかしら?」
「……指摘の通り、総意というわけじゃない」
 結局、村人全員の署名を集めることは叶わなかった。
 ジャンヌは署名をテーブルに戻し、窓の外に視線を向ける。
「そう……なら、私は間違えているわけじゃないのね」
「受け入れられない人間がいることは確かだ」
 リクは不安を抑え込むように強い口調で断言した。
 ジャンヌは何も答えない。
 何かを考えているのか、それとも考えようとすらしていないのか、その表情から読み取ることはできなかった。
「アメリア。アルバートの話は彼女にしたの?」
 尋ねるリアリュールに、アメリアは小さく首を縦に振る。
「私、彼女に会って理解できた。あの瞬間、彼はたぶん私を彼女だと見間違えて豹変してしまったのだと思う」
 そう語る彼女の出で立ちは、よくよく見れば全く違うものの、どこかジャンヌに似た面影というか――空気を感じる。
 誰よりも先にそれを感じ取っていたカーミンは、咳ばらいをするように喉を鳴らした。
「ハロルド――って覚えてる?」
 カーミンの質問に、ジャンヌはゆっくり視線を投げる。
「……確か、この村で最初のヒトがそう呼ばれていたわね」
「そう。じゃあ、外の2人は?」
「2人とも名乗らなかったわ……私も聞かなかった」
「それはどうして?」
 カーミンが眉をひそめる。
 ジャンヌは当たり前のように答えた。
「名前に意味なんてない。存在――ただそれだけで、アイしアイされる資格がある。私はここにいる。彼らもそこにいる。そして貴女も――」
 ジャンヌはカーミンの瞳を真っすぐ見つめ返す。
「――貴女はここにいる。他の誰でもない、貴女が」
 カーミンはそっと息を吸い込んだ。
 心臓がキュッと締め付けられるように軋む。
「私はそれを、アイしたい」
 ジャンヌの青い瞳が、言葉以上の覚悟を語る。
「ジャンヌ、お前のアイはおかしなことが1つある」
 そう言って彼はジャンヌの表情を指差した。
「なんでそう哀しそうなんだよ。お前自身が、全然幸せそうじゃねえのはなんでだ」
「哀しい……?」
 困ったような顔で、ジャンヌは聞き返す。
「その顔だよ」
 ジャックの指摘に、彼女は自分の表情に触れた。
 鏡なんて見ていないのだろう。
 少なくとも今の彼女には、彼の言葉は理解できていないようだった。
 マリィアがため息を吐く。
 それは落胆というよりは、予定調和の結果に愛想を尽かしたかのようだった。
「……前も言ったわね。お前のアイはただの従属よ。『アイ』なんて音を当てはめるのもおこがましい」
 彼女の視線がジャンヌに突き刺さる。
 ジャンヌは一瞬、狼狽えたように身じろいだ。
「命じられたこと以外考えもせず、ただ正のマテリアルを食んで負のマテリアルを撒き散らす。他者をマテリアルの正負でしか認識できず、上位者の命には逆らわない。お人形に囲まれて楽しいでしょう、十三魔?」
「そんなことはないわ……あの子たちは、お人形なんかじゃないわ」
「いいえ、人形よ。お前のそれは愛じゃない……自分が他者を独占したいだけの支配欲よ!」
「そんな……こと」
 ジャンヌの肩が小さく震える。
 ハンター達は彼女の感情の高ぶりを感じて武器に指を這わせた。
 だが、全ての予想を裏切って、彼女から零れ落ちたのは数滴の雫――涙だった。
「お人形なんかじゃない……みんな良い子よ? なんで……どうして傷つけるの……?」
 静寂が流れる。
 それは決して同情から生まれたものではない。
 彼女から溢れ出した感情の出処を、ハンター達は量りかねていた。
「だが、それは自分が愛されるためなのじゃろう?」
 沈黙を破ったのはミグだった。
「在りし日の自分に帰るため……そちのアイがそのための手段であるならば、口にしているほど高尚なものには捉えられぬ。まるで子供が母親の愛欲しさに駄々をこねるようなものじゃ。今のそちの姿ものぅ」
 ジャンヌは頬に伝う涙はそのままに、唇をかみしめる。
 プツンと小さな音がして、唇から一筋の血が零れ落ちた。
「……あなたは、歪虚になった時のことを覚えているの?」
 唐突なリアリュールの質問に、ジャンヌは血に濡れた唇を緩める。
「……記憶はあるわ。気に留めていなかっただけで」
 口にして、彼女は胸元の傷跡をそっと撫でる。
「私の中に流れる“彼”の血が……ここから流れ込んで来たから」
「彼……?」
 濁された言い方に、リアリュールは首をかしげる。
 ジャンヌは唇からこぼれた血を小さく喉を鳴らして飲み込んで、自分の肩を抱いた。
「私はあの世界しか知らないから……それが全てだったから。理解されないのなら、きっと仕方がないことだわ。私は、私たちは、いずれ消滅を待つだけの、この世界からはみ出した存在。だとしたら私は……私たちの居場所を守りたい。私たちの陽だまりの国を――」

――私は“陽だまりの女王”なのだから。

 ふっと、瞬き一つの間にジャンヌの姿が目の前から消えた。
 咄嗟に身構えるハンター達。
 しかし彼女の姿はすぐに、窓の外で見つかった。
 ジャンヌは外のプエルを連れだって村の外へと歩んでいく。
 少なくとも村のことは諦めたように見えた。
「アメリアっ」
 リアリュールの声が響いて、他のハンター達は弾かれたように振り返る。
 アメリアは受け取った荷物を抱えて、廊下へ飛び出そうとしているところだった。
「私……後を追います」
「やめなさい」
 マリィアがピシャリと言い放つ。
 アメリアはびくりと肩を揺らして、それでも懇願するように頭を下げた。
「私、アイを受け入れるつもりはありません。でも、このままもっと酷いことが起こるような気がして……分かるんです、何となく」
 周りのハンターも彼女を止めようとする。
 だがただひとり、カーミンだけはその背中を押した。
「行って。ただ、すぐにハンターが後を追うから」
 アメリアは頷いてゲストハウスから飛び出す。
 それを見送って、カーミンは自分の胸を押さえた。
 彼女の存在はきっとジャンヌにとって――いや、自分にとって欲しかった存在なのだと理解して。

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MVP一覧

  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデスka5848

重体一覧

参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 未来を示す羅針儀
    ジャック・エルギン(ka1522
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • 花言葉の使い手
    カーミン・S・フィールズ(ka1559
    人間(紅)|18才|女性|疾影士
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
ジャック・エルギン(ka1522
人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/07/06 07:38:24
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/07/02 04:24:18