帝国軍兵士諸君

マスター:湖欄黒江

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/02/03 07:30
完成日
2015/02/06 22:18

みんなの思い出

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オープニング


「ちょいと、こいつを街に貼り出しちゃくれねぇか」
 男が差し出すビラの束にはへたくそな絵で、剣機らしきドラゴンに食い殺される帝国軍兵士の姿が描かれていた。
 白黒の印刷も粗雑で、遠目には何が書かれているのかさえ分からない代物だ。
 束は見たところ、ざっと100枚ほどか。そんなものを街に貼って回るだけで、
「その金額か? 冗談だと言ってくれ旦那」
 仕事を依頼されたちんぴらの頭目が、手下たちを振り返る。

 ここは帝都バルトアンデルスの貧民街にある、うらぶれた酒場の2階。
 狭く汚い部屋の壁際に並ばされて、手下たちは窮屈そうだ。頭目が言う。
「こんな仕事受けちまったら、明日から真面目に働く気が失せちまうよ。なぁお前ら」
 一同、声を上げて笑う。しかし彼らの笑い声は心の底からのものではない。
 あまりにおかしな仕事だ。つまらない体制批判ビラを貼って歩くだけで、大金が手に入る。
 大して頭が良くもなく、また金には常日頃困っているちんぴらたちも、これには本能的に警戒した。
 しかし何度紙を広げ、灯りに透かして眺めてみても、何か仕掛けがある訳でなし。ただのビラだった。

「旦那には、何か隠しごとがありそうだね」
 話を持ちかけてきた男。身なりこそ界隈に似合いのみすぼらしい服装だ。
 穴だらけの外套、黄ばんだシャツ、黒ずんで元の色が分からないネクタイ、
 継ぎあてだらけのズボン、擦りきれた長靴。
 だが、目深にかぶった汚らしい帽子から覗く黒髪の質の良さ、
 袖から覗けた手の白さ、ちんぴらを警戒し落ち着きのない仕草、芝居臭い言葉遣い、
 それら全て、彼が本当は上流階級の人間であることを示している。
(この場で有り金巻き上げられて、簀巻きにされて川に放り込まれでもしたらどうするつもりかね、この御仁は)
 だが、男は先手を打った。
「相場に合わな――合わねぇ報酬かも知れねぇが、これはいわば前金よ。
 お前た――お前らがこの仕事を受けて、上手くやってくれたら、次の仕事も任してぇ。
 ここだけの話、裏には大変な大物が絡んでい――絡んでんだ。そのお方にしてみりゃこの程度、はした金よ」

「ふーん」
 頭目が素っ気ない顔をしてみせると、男はあからさまにたじろいだ。
 素人め、だが金離れは良さそうだ。実際この仕事だけで何か大事が持ち上がるとも思えないし、
 上手く運べば後々まで金づるになるかも知れない。どの道大した損はないのだから、
「ま、良いよ。任された。じゃ早速、別嬪さんを拝ませてもらおうか」
 おっかなびっくり差し出された袋をひったくって、中身の金貨を確かめる。本物だ。
「ビラは街の目立つところに貼ってくれぃ。捕まらないよう、手分けして慎重に」
「心配すんなよ、こっちは万事心得てんだ」

 男はしばし、帽子の陰からちんぴらたちを見回すと、
「くれぐれも約束を違えるような真似する――すんじゃねぇぞ。そんときゃあお前ら全員、魚の餌に」
「あんた、そういう喋り方向いてないよ」
 頭目にからかわれた男は赤面し、そそくさとその場を立ち去った。
 見送りつつ、この仕事ホントにやるんですかと尋ねる手下に、
「そこらのガキに小銭掴ませて、やらせりゃ良いだろ……あ、糊代がねぇぞって言っときゃも少し金もらえたかな」
 頭目はせせら笑って、手元のビラを見下ろす。改めて見ても酷い絵だ。下に添えられた文章は――


「忠実なる帝国軍兵士諸君よ! 君たちの職務とは、すなわち歪虚の餌である。
 賢明なる皇帝陛下は来たるべき食糧難に備え、歪虚を肥え太らせて新たな家畜とする計画に熱心なご様子。
 近頃の剣機騒ぎを見るに、いずれはここ帝都の住民からも飼料もとい義勇兵を募り、
 斬新な歪虚料理が栄えある帝国の食文化に華やかな1ページを添えることであろう。
 忠実なる帝国軍兵士諸君よ! 誰か、いい加減ご注進差し上げるべきである。
 陛下、それはあまりに時間の無駄です。
 聞けば歪虚の好物は代用皇帝の肉であり、彼らにとって最高の栄養だそうではありませんか。
 陛下御自ら計画にご参加なさるか、さもなくば我らを緑麗しき農村へ帰し、羊の世話をさせて下されまいか、と!
 あるいはこう申し上げたほうがよろしいか――せめて魚の餌にしてくれ、それなら食える! と……以上です」

「下らないな」
 帝都のとある一区画を預かる、帝国軍第一師団の詰所。ビラを読み上げる部下の前で隊長は苦笑してみせた。
「同じものがこれまで20枚ほど、城下の街頭から見つかっております。
 ちょうどビラ貼りをしていた小僧をヘンリクが捕まえてとっちめたところ、知らない大人に頼まれたとか。
 他に似たような証人――どれも浮浪児ですが、
 連中の言うには、どうもビラ貼りを指示して回っているちんぴらどもがいるようで。
 仰る通り下らない内容ですが、皇帝の治世に反感を持つ不逞の輩が、裏で手を引いているのでしょう。
 ご命令下されば、すぐにでも私とヘンリクでちんぴらの溜まり場に当たり、黒幕を追ってみますが……」

 隊長はしばし部下の顔を見つめ、思案する。
 部下はまだ髭も満足に生えそろわないような青年だ。
 似たような新米とふたりや3人で行かせて、年季の入ったごろつきども相手に怪我などされたら気に食わない。
 だが生憎と、経験豊富で腕力自慢の他の部下たちは別件で手が塞がっている。
 後日改めて大勢で本格的な手入れをするような事件でもなし、ただでさえ反骨精神旺盛な貧民街の住民の前で、
 扇動にもならないような間抜けなビラの為に武装した兵たちを送り出すなどすれば、第一師団の沽券に係わる。
「いや。とりあえずお前は、今分かってる限りのことで良いから文書にまとめといてくれ。
 上には俺から報告しておく。で、差し当たって、ちんぴらの締め上げにはハンターを使おう。
 お前らを信用しない訳じゃないが、ちょいと振る舞いが『忠実なる帝国軍兵士諸君』っぽ過ぎて、向きじゃない。
 ハンターなら上手くあの界隈に溶け込んで、あまり騒ぎを立てずに仕事できる奴もいるだろうからな」

 ビラ束を預かって部下を持ち場へ返すと、隊長は今月分の予算表を取り出しハンター雇用の算段を立てた。
 大したヤマではないし、支払いは問題なさそうだ――予算表を置き、もう一度ビラを取り上げる。
 ふと、目の粗い黄ばんだ紙の右端に、小さな印のようなものが書いてあるのを発見した。
 黒いジグザグ模様が途中でいくつにも枝分かれして、雷か木の根を簡単な記号で表したもののように見える。
 束をめくると、同じ印が全てのビラの右端に入っている。何か意味でもあるのか。
 ただの汚れかも知れない。どうせろくな印刷屋を使ってないから、活版に傷でも入っていたんだろう。
 隊長はベルを鳴らして詰所付きの事務員を呼び、ハンターオフィスへの依頼書を書き取らせた。

リプレイ本文


「仰る通り、まともな店なら引き受けんでしょうね」
 とある印刷工は、ティアーチェ・バルフラム(ka0745)が持ち込んだビラにそう答えた。
「この手の印刷は場末の酒場やいかがわしい店……
 あんたみたいなお嬢さんにする話でもないですが、ま、そういう店がチラシに使ってますよ」
「業者に心当たりはない?」
 ティアーチェが尋ねる。印刷工はインクで黒ずんだ指をビラに這わせ、
「名指しできるほど知っちゃいませんが、客のことを考えれば、
 印刷屋自体もあまり柄の良くない所に店を構えてるでしょうな。
 機材を買えば個人でできないこともないですがね、
 それだけ金と時間に余裕があるならもっと凝ったもの作るでしょ。うんと目立つ奴を」

 印刷所を後にして、ティアーチェはジェームズ=ベレスフォード(ka3943)と合流する。
 金次第で何でも刷るやくざな店を当たれば、ビラの出所が見つけられるかも知れない。
「探偵仕事も、たまには楽しいわね」
「そうとも。歪虚と格闘するよかずっと良い……、
 こっちも貧民街の周りに当たり臭い店があるって話が聞けた。押しかけてみよう」

 貧民街から程近い場所にある古い事務所。
 入ってすぐの部屋は汚れた事務机と椅子、煤けたストーブがあるきりで、床にはごろごろと空瓶が転がっている。
 奥の間には年代物の印刷機と、それに似合いのくたびれた老人が鎮座していた。
「当店は紹介制、一見さんはお断り」
 無愛想に言う老人へジェームズが、
「良く言うぜ、どうせろくなもん刷ってねぇだろうが。うちにおかしなビラ貼りやがった野郎を探してんだ」
 酒瓶を蹴飛ばして奥へ進み、老人の鼻先にビラを突きつけた。
 老人はぶつくさ言いつつも、やにの溜まった目をこすり、間近でビラを確かめる。
「知らねぇな」
 知っている。答えが早すぎる。ちらと見ただけで目を逸らした。
 ティアーチェが身振りで『脅せ』と言った。早速声を張り上げる。
「ネタぁ挙がってんだ、大人しく吐かねぇとぶっちめるぞ!」
 怒声と共に、印刷機を殴りつけてみせた。
 拳が痛んだ――少しは鍛えておかないとまずいな、とジェームズは思う。
 だが、ひとまず脅しは成功したようだ。怯えた様子で、
「金は出すって……原版と刷り上がりの100枚まとめて売っただけで……、
 言われた通りにやっただけだよ。俺ぁ何も……金は返すから勘弁してくれ」
 老人は手近な小箱を引き寄せて、中身の金貨を見せる。残り1枚。
 辺りに転がる酒瓶の本数からして、飲み代にだいぶ注ぎ込んだようだ。

「……同じビラが、またうちに貼られなければそれで良いの。それより」
 誰に頼まれたのか、ティアーチェが尋ねたが、老人は酔っていて答えも要領を得ない。
 仕事を持ち込まれたときも酔っていたのだろう。ただ若い男、としか分からなかった。
 酒臭さに辟易したふたりは、今後同じことがないようにと念を押して出ていった。出がけに老人が呟く。
「仕方ねぇだろ。息子は兵隊に行って死んだ、かかぁもいねぇ、
 畑はとっくに売っちまって、やっとで建てた印刷屋もこのザマだ。
 革命からこっち、俺ぁもうどうしようもねぇんだ……」


 貧民街のとある通りを、神楽(ka2032)とサントール・アスカ(ka2820)が並んで歩いていく。
 昼日中は人通りも少なく、家々から時折赤ん坊の泣き声が聴こえるくらいで後はしんと静まり返っている。
 細い通りの両側から額を突き合わすようにせり出すアパートメント、
 窓から窓へ張り渡された干し綱に、汚れた衣類が垂れ下がる。
 風にそよとも揺らがない辺り、出しっぱなしの洗濯物は冬の冷気でみんな凍りついているようだ。
 もう少し広い通りには、道端に横たわり、ぼろ布の塊かと見紛う浮浪者たちの姿。
 内何人かは息をしていなかったかも知れないが、
 だとしても、春になって匂い出すまで誰も片付ける気はなさそうだ。神楽が言う。
「こっちの世界も、こういうとこは何だかんだで変わんないっすね」
 目立たぬよう、古着で扮装したサントールが先を歩きながら、
「金のある者はさっさと出ていくし、ない者も外へ仕事を探しに行く。
 女は男と一緒か、子供の世話で家の中だ。表を歩いてるのは浮浪者、稼ぎの足りない花売り娘……」
「後は縄張りでごろ巻いてるちんぴらと、家が狭いからって追い出された子供くらいっすか。
 ビラについて聞き込みしたかったけど、答えてくれそうな人がほとんどいないっすね」
 建物の間の路地を、子供が駆けていく足音。早足で後を追う。
 浮浪児らしきその子供は、路地の奥へ追い詰められたことに気づいて身構えた。
「何も盗んじゃいないよ!」
 言いつつ、横目で逃げ道を探す子供を神楽がなだめた。
「そうじゃなくって、頼みがあるっす! タダとは言わないっすから……」

 子供は、神楽に貰ったポテトチップスをあっという間に食い尽してしまう。
 見かねたサントールが別の袋を差し出し、
「人を探してるんだ。ビラ貼りの仕事を、君たちみたいな子供に任せて回ってるらしいんだけど」
 ビラを見せると、子供は菓子を貪りながら頷いた。
「俺も10枚ばかしやったよ! アレが毎日できるなら、もう稼ぎのことで親父に殴られないで済むね」
「へぇ、そんなに良い仕事っすか」
 是非紹介して欲しいと神楽が言った。誰かがまたビラを持ってきたら知らせてほしいと。
 リアルブルー製の珍しい菓子に懐柔され、子供は快く頼みを引き受けてくれた。
 ちんぴらを探しに出ていくその後ろ姿を見て、サントールが言った。
「辺境移民の子だね。訛りで分かる」
 路地の合間の狭い冬空を、しばし仰いだ。


「仕事の依頼をしたい」
 呆気に取られた顔のちんぴらに金を握らせる、宮前 怜(ka3256)の服からは安ワインの嫌な臭いが漂っていた。
 泥酔者を装って通りに寝転んでいた怜は、ちんぴらが子供にビラを渡す現場を押さえることに成功した。
 何だ貴様と言いかけたちんぴらも、唐突に見せられた袖の下には満更でもない顔をしてみせる。
「ここらの顔役にお目通し願えないか、これを紹介料に」
 ちんぴらは渡された金の額を確かめて、今度は怜の身なりを観察する。ひとりでに頷き、
「ついてきな」

 ちんぴらに案内される途中で、怜は『用を足す』と言って道を離れた。
 懐に隠したトランシーバーへそっとスイッチを入れ、仲間へ合図を送る。
『かかった。場所は……』
 連絡を受けたダリオ・パステリ(ka2363)は、魔導短伝話でティアーチェを呼び出した。
「怜殿が、ちんぴらどもに上手く近づけたようだ。それがしも後を追う。
 道に何か印を残していくのでな、頃合いを見て駆けつけてもらいたい」
 短伝話を仕舞い、怜に教えられた場所へ向かう。
 人影はほとんどないが、時々、ほうぼうの窓から鋭い視線を感じる。
 振り返ってみてもすぐにカーテンが閉まって、相手が何者なのか分からない。
(警戒されておるな。弱者が故、見知らぬ人間へ敵意を持つのも無理はなかろう。
 今回の事件の黒幕もよそ者であれば、この界隈ではそれなりに目立ったであろうな)
 しばらく歩く内、2人組がこそこそと前を歩いているのを見つけた。
 神楽とサントール。子供を使ってちんぴらのひとりを探し当て、尾行しているのだろう。
 行先は同じだろうが、ここは敢えて距離を取る。最初から大人数で押しかけてちんぴらを刺激したくない。
(穏便に済ますに越したことはないが……)


「金は仲間が持っているんで、ここへ呼んでも良いだろうか」
 怜はとある酒場の2階へ通され、界隈を仕切るちんぴらの頭目と相対した。
 頭目は安楽椅子に腰かけて、立たせたままの怜を下からねめつける。
 外套の右ポケットに突っ込んだ手は、裾の下がり具合から言って恐らく拳銃を握っている。
 周囲の壁には3、4人の手下が腕を組んで寄りかかり、
 その内のひとりが、部屋に通される前に取り上げられた怜の銃とナイフを物珍しそうにいじくる。
「変わった銃だな」
「リアルブルー製だ。値に見合うだけの威力はある――安全装置に触るんじゃない」
 咎められたちんぴらは、肩をすぼめて銃をポケットへ仕舞う。頭目が空いた手で顎を撫で、
「やっぱり、どんな仕事なのか先に教えてもらったほうが良いと思うんだ。
 別に、武器を呑んでたことを怪しんでんじゃない。
 ここらじゃみんな、何かしら持ってるのが当たり前だからな。
 けどよ、あんな高級品はちょっと普通じゃないぜ。何たって『貧民街』だから……」
「兄貴。怪しいのがふたりっぱかし表をうろついてますぜ」
 ドアの外から手下が告げる。頭目は片手を軽く上げただけで、視線を怜から逸らさない。
 怜もじっと見返した。しばしの沈黙の後、
「適当に痛めつけてから用を訊け。手強いようなら、こっちは人質がいると知らせろ」
 頭目はゆっくりと銃を抜いて、怜の腹に狙いをつけた。他の手下も後ろに回って逃げ道を塞ぐ。

 神楽とサントールがちんぴらに気づかれた。
 喧嘩自慢らしい体格の良いのがふたり、革の棍棒を手に詰め寄った。
 離れた場所からうかがっていたダリオがそっと近づく。
 サントールは、ちんぴらの背後を取ろうとするダリオから努めて目を逸らし、
「荒事はなしにしてくれないか、俺たちは――」
「ハンターだけど、やり合う気はねっす!」
 神楽の放ったハンター、という言葉にちんぴらが一瞬たじろぐ。更にダリオが背後から畳みかけるように、
「武器を収めてはくれぬか。話し合いに来たのだ」
「手前ら、上にいる男の仲間か……?」
「その通り。彼らもだ」
 ダリオが指差した道の先から、ティアーチェとジェームズがやって来る。
「おいおい、やばい雰囲気だぜ。おじさん喧嘩は嫌いなんだけどな」
「大丈夫よ。いざとなったら私が助けてあげる」
 5対2。危険を察知したちんぴらは、大人しく酒場の入口へと下がった。


「気に入らねぇな」
 戸口から現れた5人を見て、頭目は銃を突きつけたまま怜に話しかける。
「いきなり全員で押しかけて、逃げられたら困るからな」
 そう答える怜を囲んだ手下たちを更に囲むように、5人は狭い部屋の中でそれとなく立ち位置を選んだ。
 まずはダリオが頭目を見やって咳払いをひとつし、ビラを取り出す。
「我々の用事はこれだ。しかし狙いは貴公らではない、貴公らを雇った人間に興味があるのだ」
「そういうことべらべら喋ってて、俺たちの商売が成り立つと思うかい」
「ただとは言わん」
 ダリオ、そしてティアーチェが金の入った袋をちかつかせた。
 気を惹かれて身動きした手下を、サントールと神楽が前に出て牽制する。
 ジェームズも懐に手を差し入れたまま、怜の拳銃を握ったちんぴらと睨み合う。
「情報に対しては相応の礼を払う」
 頭目は答えない。押すしかないと見て、
「我々の依頼主は帝国軍第一師団。彼らの目的はビラを撒いた黒幕の摘発だ……、
 貴公らはその大事な手がかり、協力さえしてもらえれば不義理にはせんと誓おう。
 少なくとも、正体を隠さねばならん黒幕の男よりは、我々のほうが身許も確かで信用できる筈だが?」
「今ならまだ見逃せるし、金一封のオマケつきっすよ!」
「それが嫌なら、こっちも出方を考えなくちゃいけないけど」
 ティアーチェの言葉を最後に長い沈黙が続き、狭苦しい部屋の中で汗をかいたちんぴらたちの体臭が強くなる。

 やがて、しびれを切らした頭目が口を開く。
「分かった、分かったよ。思ってたよりあのビラはまずかったんだな。
 お国を本気で敵に回すこたぁないと踏んでたんだ。見込み違いだった。
 ビラ貼りは止める、在庫もあんたらに渡そう。で……」
「まずは半分だ」
 ダリオが近くの手下に袋を渡す。中身を手下に確かめさせると、頭目は、
「よそ者だ。俺たちのひとりが声をかけられたもんで、紹介料取ってここへ通した。
 服こそ汚かったが、ありゃ金持ちだね。若僧だ、また20を過ぎたばっかりくらいの……」
 仕事の依頼を受けたときの様子を語る。
 黒幕は上流階級出身の青年で、変装はしつつも決して貧民街への出入りに慣れた人間ではないようだ。
 ティアーチェとジェームズは話を聞きながら、
 印刷屋の老人にビラ刷りを持ちかけたのも同じ人物に違いない、と踏んだ。

 そこから2、3簡単な質問をした後、
「協力ありがとう。ティアーチェさん?」
 サントールが間に入り、ティアーチェが出した残りの金を、ビラ束と交換で手下へ引き渡した。
 ダリオは仲間たちの顔を見て――怜に何か考えがあるようだった――頭目に告げる。
「これで、貴公らは放免だ。第一師団へは黒幕の情報だけを伝える」
 それだけ言って、まずは5人が退散した。
 ひとり残された怜は、自分の武器を預けた手下へ首を傾けてみせる。
「返してもらおう」
 頭目が指図し、怜に武器を返させる。受け取りながら、
「しかし何だ、ハンターってのもあんまり堅気な仕事でなくてね。
 今回は仲間の顔を立ててこっちの都合を通させてもらったが、
 俺個人としちゃ実入りも少ないし危ないばかりで……」
「何が言いたい」
「例の黒幕に個人的な興味がある。また来たら、俺に紹介してくれないか。
 『ミヤマエ リョウ』宛てに、ハンターオフィスへそれらしい手紙でも書かせてくれ。
 あんたらに迷惑はかけないし、上首尾に運んだらそれなりの礼もできるだろう」


 遅れて戻った怜が、ちんぴらはあれ以上に情報を持っていなさそうなこと、
 2度目があればこちらへ協力させられそうなことを仲間へ伝えた。
「ビラの調べはどんな感じっすか?
 こっちも聞き込みしようとしたんすけど、上手く行かなかったっすから……」
 神楽に尋ねられたティアーチェは、素っ気なく肩をすぼめ、
「印刷屋にビラを作らせたのと、ちんぴらを雇ったのが同じ男らしいってことくらい」
「端っこのマークみたいなの、俺も調べてみたが、正体はまだ知れんなぁ。
 だが、この国は12年前に革命をやったばかり……それで割りを食った連中の仕業って感じがするね。
 そういう連中にとっては、何か意味のあるサインだったりするのかも」
 ジェームズが言った。ダリオは無精髭を撫でつつにんまりとし、
「気持ちは分からんでもない。それがしも、落ちぶれた我が主家を当代で再興することが悲願故」
 道すがら、ダリオは滔々と己の目的について語るが、その内容はどこか胡散臭い。
 これ見よがしにあくびをしてみせるティアーチェ。サントールが貧民街を振り返るのを見て、
「どうしたの、忘れ物でもした?」
「いや……」

 貧民街に溜まりたまった、貧しさへの不満。
 黒幕が金に飽かせてつけ込むようなら、ビラ貼り程度で済むとは思えない。
(……荒れるかもな)
 ちんぴらから回収したビラ束に目を落としつつ、サントールはふと辺境移民の浮浪児の姿を思い出す。
 『我らを緑麗しき農村へ帰し』の一文が、いやに耳に痛かった。

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MVP一覧

  • 演技派
    ティアーチェ・バルフラムka0745
  • 帝国の猟犬
    ダリオ・パステリka2363

重体一覧

参加者一覧

  • 演技派
    ティアーチェ・バルフラム(ka0745
    エルフ|14才|女性|魔術師
  • 大悪党
    神楽(ka2032
    人間(蒼)|15才|男性|霊闘士
  • 帝国の猟犬
    ダリオ・パステリ(ka2363
    人間(紅)|28才|男性|闘狩人
  • 絡みつく慚愧の鎖
    サントール・アスカ(ka2820
    人間(紅)|25才|男性|疾影士
  • 奈落への案内人
    宮前 怜(ka3256
    人間(蒼)|32才|男性|猟撃士

  • ジェームズ=ベレスフォード(ka3943
    人間(蒼)|42才|男性|猟撃士

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼相談スレッド
ティアーチェ・バルフラム(ka0745
エルフ|14才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/02/03 02:16:54
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/01/30 14:33:42