• 血断

【血断】今日は、死ぬのに最良の日だ

マスター:葉槻

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
4日
締切
2019/07/11 19:00
完成日
2019/07/26 10:55

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●魔法少女のカラクリ
 ドロシー(kz0230)は気がついた時には崑崙基地でトマーゾ・アルキミア (kz0214)教授の施術により覚醒者となっていた。
「とはいえ、覚醒者となったからと言って、戦場で生きなければならないという事は無い。君たちの邪神との契約で壊れた精神は戻せないし、食いつくされた寿命も取り戻せない。覚醒者になっても、余命はせいぜい数年じゃろう」
 トマーゾは包み隠さず全ての情報をドロシー達に公開し、そしてその上で戦う事、戦わない事、まずその選択肢を与えた。
 残された日数をまずは“誰か”の為ではなく、自分の為に使えと、そうトマーゾは告げたのだ。
 だが、少なくともシチリア基地群から救出された200に近い強化人間達のその殆どが戦う事を選んだという。
 ドロシーもまた、その一人だった。

 あの日。カターニア郊外の連合軍基地で迎えた朝。
 その時の事を衝撃として残ってはいるが記憶は殆ど朧気で、まるで保存状態の悪い白黒映画を見せられた後のようだ。
 ただ、戦わなければならないという思いだけが残った。

「ドロシー」
 説明が終わり、解散となった後。名を呼ばれ振り返れば硬い表情のトマーゾ教授がいた。
「君は、少し特殊な施術を受けていた。その自覚はあるかな?」
 全てを見透かすような青い瞳にひたと捕らえられ、だがしかしそれに臆すること無くドロシーは静かに頷いた。
「……ただの田舎娘が、他の人たちをまとめて戦場に立てるのはおかしい、そうですよね?」
 『魔法少女になれた』その高揚感、全能感がなかったといえば嘘になる。だが、流石に一回り以上年上の者にまで認めて貰えるほど自分が出来た人間ではない事を自覚している。
「……君からは一種のフェロモンのようなマテリアルが放出されるようになっていた一方で、同時期に施術を受けた者達は受容体となる部分があった」
「……そうですか。教えていただき、有り難うございます、教授」

 ガッカリしなかったと言えば嘘になる。だが、妙に腑に落ちた事も確かで。
 ドロシーにとって“ナンバー”の仲間は皆いい人だった。たった12歳のドロシーにちゃんと向き合い、意見をぶつけ合い、泣いて笑って一緒に訓練をして戦った。
 死に別れた仲間の最期を忘れた事は無いし、最期まで仲間は他の仲間のことを思って逝ったと疑ったことも無い。
 ただ、それが本人の意図しない施術のせいだったということ。ただ、それだけだ。

 ――いつも抱えていたぬいぐるみ型スマホケースのグリンダがいなくなってしまったから、こんなときに愚痴や弱音をこぼせなくなってしまったのが、つらいだけだ。

「ドロシー」
 呼び止められ、ドロシーは明るすぎる廊下を振り返った。
「……みんな」
 そこにいたのはかつての“ナンバー”の仲間たちだった。
「どうしたの?」
 フェロモンは負のマテリアル由来だったため、もう彼らの意思を縛る事も無いはずだ。そうトマーゾも言っていた。ならば、今、少し怒ったような表情をしているのは、今まで知らなかったとは言え、彼らの自由意志を縛っていた事に対する恨み辛みでもぶつけるつもりだろうか。
 そんなことを思って、喉の奥をキュッと鳴らすとドロシーは彼らに向かい合った。
「……1人で行く気でしょう?」
 11の言葉にドロシーは思わず苦笑を浮かべた。
「もう私はあなた達のリーダーじゃないもの。皆は皆のしたいようにしたらいいわ」
「お前、俺達を何だと思ってる」
 7の言葉にドロシーは両肩を竦めて首を横に振った。
「私は皆のことが大好きだった。でも、皆にとってそれは自由じゃなかった。そう、今日初めて知ったの。ごめんなさい、今まで知らなくて」
「違う! そういうことじゃねぇ!!」
 5の叫び声にドロシーは開きかけた口を閉じた。
「あたし達は、あんたと一緒にいきたいって言ってんのよ」
 11の言葉にドロシーは大きな瞳を見開いた。
「たとえ切欠は何か変な力が働いてたからだとしても、俺は今もお前がリーダーだって思ってる」
「お前みたいに危なっかしいのは俺達がいなきゃどーせ無茶すんだろうしなぁ」
「あたし達のこと、大切な仲間で大好きな家族だって言ってくれたのは、嘘だっていうの?」
 11が驚きのあまり硬直しているドロシーへと歩み寄ると、視線を合わせるためにしゃがみ込んで少女のやわらかな頬に触れた。
「あたしは変わんないよ。あんたの事が好きだし、この仲間が家族だって思ってる。……あんたは?」
 ボロボロと大粒の涙を零し、ドロシーは何度も何度も大きく首を縦に振る。それを見た4が穏やかに笑う。
「僕達は戦争しか知らない。だから覚醒者になってあと数年好きに生きろって言われたって戦うことしか選べなかった。でも、君は違うだろう? もしも、君が穏やかな生活に戻りたいっていうなら見送ろうって皆と話してたんだ。でも……」
「お前が戦うって言うなら、俺達の戦場はそこしかねぇ。っつーのに、お前、オヒトリサマで最前線希望するとか超、生意気」
 7がドロシーの真っ赤な鼻をつまみ上げ、その横で5がニヤリと笑う。
「戦争が終わるまで、一蓮托生、だろ? リーダー」
 乱暴に目元を拭って、ドロシーはぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
「皆、大好きよ。だから、また、一緒に戦ってくれる?」
 しゃくり上げながら問うたその返事は綺麗に重なり、一同に笑みが溢れた。



●少女残響
 邪神突入作戦、その斥候部隊は強化人間達の中から志願者のみで組まれた。
 その一部隊にはドロシー達シチリア基地群の者達も含まれている。
 斥候部隊は作戦の本隊となるハンター達を無傷で作戦領域へ届ける為、その道中の戦闘を一手に引き受ける必要がある。
 つまり、もう二度と生きては戻れない死地への片道切符。
「『カミカゼ』? 『トッコー』っていうんだっけ?」
「あぁ、それ聞いたことあるかも」
「『トッコー』と『サイコー』って似てない?」
「え、意味分かんない……」
 一見緊張感の無いやり取りをしながらも、眼前の敵を次々に撃破していく。シェオル型にも怯まず戦えるのは、この短時間の間中、覚醒者専用戦闘シュミレーターで訓練を積んだからに他ならない。

 ――最期の一瞬まで、一体でも多くの敵を撃って道を拓く……!

 ハンター達との思い出を胸に。受けた恩を返し、未来を託す。

 目標作戦領域が近付くにつれ、戦闘は激化し、斥候部隊は1人また1人と宇宙の塵へと変わっていく。

「後は、頼んだぜ!」
「7!」
 片手と両脚をもがれたオファニムが巨大シェオル型に絡め取られると同時に自らの核を貫き巨大な爆発を生んだ。
 叫び声を上げ、ドロシーは銃を構える。涙など、流さない。そんな感情の乱れも時間も惜しい。この戦いを死に場所と決めたのだ。どうせ、すぐまた会える。

 主力ハンター達が到着する頃。彼らが悠々と進軍出来れば、それでいいのだ。


リプレイ本文

●IN THE ZONE クレール・ディンセルフ(ka0586)
『“ブラボー”大破。3時の方向フォロー頼む』
『“グランマ”フォローに行く。6時は頼んだよ』
『了解。健闘を』

(振り返るな、意識を回すな、速度を落とすな! ほんの少しでも到着が遅れれば、ドロシーさんや11さん達への侮辱になる)
(今はただ、生身の私を完璧な状態で、最大速度でグラウンド・ゼロに送り込むだけ)

「ぶっちぎれ、コロナァッ!!」

 愛機のカリスマリス・コロナのペダルに全体重を乗せる。
 両手は白くなるほど操縦桿を握り締め、両目はモニタに釘付けて。身体にはただ最速でまっすぐに進む単純作業を強いて、それでも両耳は、心は通信を捕らえる。
 目的地まで、本当は通信を切って何も考えないのが最良だ。
 しかし、強化人間達がこの作戦での斥候に付いたと知った。
 参加者一覧を見て、知った名前を見つけた。
 だから、通信を切れなかった。
 それをやったら、心残りを抱えて死ぬ気しかしなかったからだ。

『“ファイブ”大破。後、自爆。』

 ブツッと唇が切れる音がした。噛み締めた唇がついに切れたのだと知る。ジンとした痛みに遅れて生温い鉄の味が舌先を濡らす。
 何を聞こうが、その全てを闘志に変えろと己の心に強いる。
 何を見ようと、涙を流そうと、それなら全てを雄々しい歩みに変えろと、一層強くレバーを握り込む。

(思考と身体を切り離せ。「何もなかった」では終わらせない、ここで起きた全てをグラウンド・ゼロの決戦への力にする)

 だから、聴く。
 一緒に訓練した戦友たちの……恐らく、最後となる戦いを。

 眼前に最初の目的地である遺跡が見え始め、先攻していた同作戦参加者達の姿を認めて私はペダルを慎重に操作し速度を落とす。
 ここから先は生身でチームと合流してプラトニスの元を目指す。
 それでも、スキルを使う事は出来ない。全ては戦闘で使うと決めたのだから。
 一回の誤差で死ぬ。そういう戦場だと理解している。

(“でも”)

 自分に言い聞かせてきた一方で、心の中で“もや”が渦巻いているのを感じていた。
 『意識して見捨てた』その自覚が心に突き刺ささり、私は固く握り締めていたレバーから手を離した。

 ――『みんなが気になって死にました』なんて彼らに合わせる顔が無い。

 インカムをひったくるように取ると口元へ寄せた。

「ドロシーさん、11さん、皆さん、ありがとうございました!」

 次いで、インカムを叩き付けるように手放すとグラウンド・ゼロの荒れた大地に立った。
 見苦しい、見苦しい。……そんなことはわかっている。

 ドロシー達、カターニア郊外の連合基地群、崑崙防衛宙軍、そしてアスガルドの子ら。
 どれほどの強化人間達がこの戦場にいるのか。
 何人の知人達がここで戦っているのか。
 『かたきは とる』
 無機質な白い部屋で、あの時、そう誓った。それは今も、偽りはない。

「これは禊だ」

 その証拠に楽になった。
 私は今度こそ真っ直ぐに前を向く。そして走り出した。

(使え、何でも使え、何でもして勝て。報いろ! クレール・ディンセルフ!!)

 軽くなった心と、地を蹴る両脚と。大きく振る両腕と風を切る肌感覚。共に明日を掴み取るのだと、私はただ勝利を目指し同作戦に参加する仲間の元へと走って行った。



●Inner Universe エルバッハ・リオン(ka2434)
 静かだった。
 空気の無い宇宙空間ではただただ無音が耳に痛い。
 地上で打てば大音量の銃声が響く「ラワーユリッヒNG5」も今は振動を感じるのみ。
 それなのに、通信器が無くても会話が可能という現状に最初こそ違和感を覚えたが、もう慣れた。

 マスティマを預かる守護者としてファーザーの元へ行く。
 そのため、先行隊にどれ程の犠牲が出たとしても援護はしないと決めていた。
 しかり、降りかかる火の粉があれば払わねばならない。可能な限り銃器又は斬艦刀での攻撃として消耗を抑えて来た。
 そもエルバッハの元まで辿り着くようなシェオル型や狂気はその殆どが這々の体であった為、ちょっと蜂の巣にしてやればすぐに塵となり消えた。
 接敵が無ければエルバッハは持参した地球連合軍用PDAを使って、味方の戦いや散り様をできる限り記録に残そうと思ったが、彼らとの距離が遠いためそれは殆ど上手く行かなかった。

 また一機、沈んだと報告が入る。「やりきれない」という誰かの声が聞こえた。
「彼らもこの戦いに参加している以上、犠牲になることは覚悟のうえでしょう。なら、私は自分の戦場に向かうことを最優先にします」
 淡々と。己がすべき役割をすべきだとエルバッハは言う。
「私も必要な時がくれば、その時は味方のための捨て駒になるだけですが」
 それは、自分自身も捨て駒になる覚悟を決めていたから言える言葉であった。

 誰かが、隊を出奔し彼らの元へ向かったらしい。
(個人的には賛同出来ませんが……)
 あえて援護を阻むようなことはしない。個人の考え方に違いがあって当然なのだから。
 とにかく最小限の戦闘で済むよう細心の注意を払いながらエルバッハは先へと進んでいく。

 先へと進む度、CAMの残骸を見かける事が増えてきた。
「貴方たちの覚悟に敬意を表し、その献身に感謝します」
 静かに目を伏せ、そして前を見る。
(ファーザーとの戦いがどうなるか、見ていて下さい)
 その義に報いるに義を以ってす。エルバッハはウルスラグナの操縦桿を握り締め、そう胸に刻んだのだった。



●Heavens Divide 鞍馬 真(ka5819)
 相棒であるレグルスに乗り、周囲を警戒しながら進む。
 これはもう、意識してというよりは長年のハンター生活で染み込んだクセのような物だ。
 そして、遠く――だが、辛うじて視認出来る距離で、強化人間達が道を拓くため戦っている。

(……理屈ではわかっているんだ。あの子達の生命は残り少ない。ハンターと比べてしまったら、強くは無い。
 だから、私達が生き残らなくてはならない。
 理解はできる。でも、心の底から納得できる程、私は強くない)

 助けに入ろうと進言する者もいたが、私はそうしなかった。
 彼らの内心がどうであれ、表面上で伺える決意を、覚悟を、妨げるような行動はしたくない。
 最期を、忘れないように目に焼き付けて、感謝の言葉を掛けて、振り返らずに進む。
 とはいえ、行きたいと望む者を止める気にもならなかった。
 助けたい気持ちは痛い程解る。彼らと親しくしていた人達は、余計にそう思うだろう。

(犠牲は出る。覚悟はしていたことだ。
 でも、それが、あの子達でなければいけなかったんだろうか。
 去年の戦いで、私はあの子達の仲間を殺してしまった。助けたかったのに助けられなかった。未だにその後悔を抱えている。
 だから、彼らの死は見たくない。助けたい)

 だから、助けに行った者が危機に陥ったら助け行けるよう、最悪共倒れになりそうならハンターだけを引っ張って離脱することを念頭に警戒していたが……幸いにして私の周りの人たちは皆冷静だったようだ。
 私達が無事に進めないことは、彼らが一番望まないことだろうから、そうならずにすんで良かったと思っている。

(それでも、私はハンターだから。個人の感情で、作戦に影響を出してはいけない。何を犠牲にしてでも、未来を掴まなければいけない)

 何があっても冷静さを保ち、取り乱さない。
 どんな状況でも淡々と、自分がやるべきことだけを見据えて進む。
 そう意識して、相反する感情を切り離す。

(あの子達の分まで、生きて。託された未来を、繋がなければ)

 強化人間達の包囲網を抜け出てきたシェオル型を発見し、大事に至る前にレグルスと共に塵へと還す。
 首筋で束ねた髪と共にリボンが踊る。
 この戦いに赴く前にも漆黒のリボンを手に取り、そして髪を結わえてきた。

(大切な仲間と共に生きるため。必ずファーザーとの交戦も無事に終えてみせる)

 生きて。必ず全てに報いる。私はそう強く心に刻み、再び仲間の元へと戻っていった。



●You Raise Me Up カール・フォルシアン(ka3702)
 まだ遠い前方で戦いの光りが星の瞬きのように見える。
 作戦領域につくまでの道中とはいえ戦闘を全て回避できる戦域でもなければ、スキルを使わずに、機体を消耗させずに切り抜けられる戦域でもない。
 ならばどうするか。
 道を作る者と、進む者に分かれる。
 今迄もそういう作戦は幾度もあった。
 ただ一つ違うのは、道を作る者はここで「終わり」の可能性が高いこと。
 機体に負担をかけぬよう強化人間の皆の後ろで守られながら。
 僕は唇を噛みしめ、思う。

(本当にこれは、血と屍の道)

 小型シェオル型の群れがついに突出し、僕達の方へと近付いて来る。
 それを強化人間達のCAM3機が追ってくるのが見えた。
 徐々に近付くそのマテリアルの輝きに、戦い方に、機体が違っていても分かってしまった。

「ドロシー、さん……っ!!」

 誰に唆されたわけでも、強要されたわけでもない。
 僕たちが自分で選んだ道だ。
 たくさんの犠牲がでる可能性があると解っていて、それでも最良だと思った道。
 それなのに僕はまだ覚悟が足りない。
 彼女の前へと躍り出ると同時にマテリアルカーテンを展開する。
 敵の苦し紛れの攻撃などで彼女を傷付けさせないために。

『カール、君!?』

 久しぶりに聞く彼女の声が僕の名前を呼んでくれた。
 それが、僕にはどうしようも無く嬉しくて。

『えへへ、また助けてもらっちゃった。アリガト。でも、大丈夫。心配掛けてゴメンね、今、道を空けるから!』

 彼女はそう告げると、本隊へと近付くシェオル型へ銃弾の雨を降らせ、僕の背を押して離れていった。
 思わず伸ばした手は何も掴めないまま、僕は慣性のまま仲間の元へと流されていく。

 前の作戦時、助けられないと思ったけど助けられた。
 嬉しかった。
 でも彼女たちの寿命を聞いて目の前が真っ暗になった。
 医者を志す者として知っている。
 いくら知識と腕を磨き、全力を尽くしても、救えない命があることを。
 その絶望を。

 でも、今日、久しぶりに見た彼女の背中はそんな絶望を感じさせない。
 仲間を生かす為に、僕達の為に、彼女は機体を操り続ける。
 そんな彼女の戦い、生き様を目に焼き付ける。

「僕は友達一人も救えないっ……でも、ドロシーさんは、ドロシーさんは……!!」

 僕や強化人間の皆さんやたくさんの人を救ってくれた。
 勇気を与えてくれた。
 それはきっとドロシーさんの素敵な魔法。

「……魔法少女は、諦めないんですよ。だから……!」

 伝えたいことは沢山あるのに。言葉が纏まらなくてつっかかる。
 そんな僕の耳に、小さく笑うような吐息が聞こえた。

『Ci vediamo dopo』

 ――それじゃ、またあとで――
 彼女から紡がれたのは“さようなら”ではなかった。

「……うん、ありがとう、また後で」

 今度こそ僕は彼女の作ってくれた道を、スラスターで全開で突っ切り、後ろを振り返らない。
 ここで僕がスキルを減らしたり傷ついてこの先の戦力が不足する方が、彼女の覚悟を無駄にしてしまうから。
 視界がぼやけるのはBSではない。
 生きて、また再会できるように。
 彼女が僕に掛けてくれた優しい“魔法”を胸に、僕は僕の戦場を目指した。



●Seven Nation Army 瀬崎・統夜(ka5046)
 作戦領域に近付くにつれ、明らかにCAMと分かる残骸が漂っているのが見えた。
 俺と同じく不思議に思ったヤツが周囲に問うと、『知らないのか?』と物知り顔なヤツが教えてくれた。
 指差された座標。ここからはまだかなり遠い所だが戦いの火が上がっているのが肉眼でも見えた。

「ここまで不要な交戦に巻き込まれなかったのはこの為か……」

 よくある事だ。チームであろうと、無かろうと、軍に居た頃であれ、ハンターになったからであれ。
 大きな戦いの中、いや、そうでない依頼ではあっても他の者の助けが無かった事などない。
 同じハンターの仲間、ギルドの職員、関わる者全ての助けがあって今ここに居る。
 愛機の整備でさえ、CAMほどの規模になれば大事だ。一人では手が届かない部分もある。
 自分の知ってる所、それ以上に知らない所でより多くの人間が動き今がある。

 だから、これはよくある事。

 感謝はすれど、それ以上はない。
 彼らの行為に報いる何よりの事は、彼らの積み上げた仕事を無駄にする事なく、己の仕事を果たす事だ。
 それ以外には無い。

 犠牲となる存在、その屍の上を無言で越える事に、なんの躊躇いもあるはずが無い。

「……んな訳があるか、馬鹿野郎!!」

 俺の唐突な叫びに周囲の仲間が驚いた様に足を止め、『どうした?』と次々に声を掛けてくる。

「寄り道をしていく。すまん」

 制止と戸惑いの声を無視して愛機である黒騎士のレバーをフルスロットルにセットすると、最高速で戦闘が行われているだろう場所へと掛けだした。

 愚かにも程がある。アクセルをいれた時点でそう自覚はある。
 だが、緩める気にならないのだから最悪だと自分を評す。
 助けに来られた所で覚悟している者達からすれば疑問に思っても感謝するはずもない。
 自分達の屍を越えていけ、と望んでいるのだから。

 屍を越える?
 悪いな、俺の足元は戦友達の亡骸でもう一杯だ。
 満員なんだよ、空きなんてないんだ。
 だから、誰も知らない様な場所で数人で逝くなんてさせねえよ。
 こんな馬鹿の通り道だった不運に嘆いてくれ。
 俺はそこで戦う者の為に戦う。

 1人の強化人間の顔が思い浮かぶ。
 腐敗した軍上層部に翻弄されながらも、不正の証拠を押さえ、そして覚醒者となった後、1人息子に見守られて生涯を閉じたと言う彼女。
 もしも彼女がまだ生きていたなら、きっとここに立っていただろう。
 俺と同じように遠慮無しに、全力で、誰も死なせたくない、とその思いだけで。

 さぁ、ここにいる凄いやつらと共に戦おう。

「瀬崎・統夜だ。宜しく頼む」

 周囲の強化人間達は突然現れた俺に驚いている様子だったが、何も言わずに迎えてくれた。
 俺と同じように考えたハンターはやはり数人はいたようだった。
 声をかけ合い、戦って、戦って、戦って、戦って――

 手痛い一撃を食らって、警告ランプが鳴りモニタにはエラーマークが表示される。

「くそっ! まだ、まだだ……!」

『トウヤ、有り難う。お前は“生きろ”』

 穏やかな声と共に、大きく黒騎士が揺れる。ノイズの酷いモニタの映像からどうやら胴体部を蹴り飛ばされたらしい事が分かった。

『お前みたいな馬鹿、俺は嫌いじゃない。いいか、このまま真っ直ぐ行けば仲間の元まで流れ着くはずだ……幸運を祈るよ』

「おいっ!! ふざけんな!!」

 何とか慣性に逆らおうと様々試すが命令系統がやられたらしい黒騎士は蹴られたその威力のまま宇宙を漂っていく。
 見づらいモニタの向こうでは俺を蹴り飛ばしたヤツが、敵のビームに晒され右肩から先が爆発するのが見えた。

「ちくしょう、ちくしょう……!!」

 ついにモニタがイカれたらしい。画面が歪んで良く見えない。

「馬鹿はどっちだ……名乗りぐらいしろよ、バカヤロウ……!」


 結局その後、俺は為す術も無く広く暗い宇宙を流れて、流れ着いた先に作戦領域へ向かう一団がいた事で回収され一命を取り留めたのだった。



●Hail Holy Queen ミグ・ロマイヤー(ka0665)
「任務を全うして逝ったか。見事である。そなたらの仕事無駄にはすまいぞ。」

 帰順し、生まれ変わった強化兵士らの斥候部隊。彼らでなくともそれが片道切符なのがわかる。
 そして『命を大事に』などという薄っぺらな呼びかけが彼らに届かぬことも。
 ミグは砲兵隊だ。前線を担う兵隊にとっては砲兵は女神とさえ称される事もあるが、当のミグにとっては神など名ばかりの張子の虎にすぎない。

(若者らばかり先に逝かせて何が神な物か)

 そんなミグでも異界の一軍をも退けるほどの威力を誇るグランドスラムがもたらされたとき、対邪神戦争における勝利への光明が見えた気もした。
 以降、機導師としての持てる技をすべて駆使してインジェクションを改良開発したミグ回路によって、また、それを搭載したミグ式グランドスラム製造装置で、よりたくさんのグランドスラム砲弾の戦場への持ち込みも可能としてきた。
 だが、それらをもってしてもまだ足りぬというらしい。
 だからと言って若者だけに先に逝かせることなど看過できるものではない。

「手向けの花じゃ、しかと受け取れぃ!」

 だが、幸いにもミグは砲兵だった。
 だから愛機の超長射程を使って彼らの下に地獄を送り届ける事が出来る。

 ……結論としてグランドスラムは無駄にはならなかった。
 要請座標がどこだろうと冷徹に地獄をデリバリーできるのが砲兵というものであり、そしてそれでも女神と言うのであればそれは、恐らく地獄に住まう女神の顔をしているに違いない。
 それでも、3発だけだ。それ以上は本来の作戦に影響を与える可能性があり、それは彼らとて望まぬであろう事は想像に難くない。

『掩護射撃、感謝する。Good Lack』

 一言だけ。個別回線で一言だけの返礼があった。
 それだけで十分だ。彼らの成し遂げたことに敬意をもって進軍しよう。
 そして次はミグらの番だ。

「Good Lack」

 ほんのわずかな慰めとともにミグはヤクト・バウ・PCの砲身を前方へ、進行方向へ戻すとその先を見据えた。



●Eiyu Fate's Song クラン・クィールス(ka6605)
 ダインスレイブで暗い宇宙を進む。
 進めば進むほど増える残骸を見て、自然と眉間に力が入る。

 ただ進む…たったそれだけの事に、これだけ足取り重く感じるのは……いつぶりだろうな。
 ……いや。惰性で生きていた時ですら、ここまでではなかったか。

 ……分かっている。分かっていた。こんな戦場になると、こんな光景が当たり前だと。考えるまでもなく分かる事で……予想もしたし、夢にだって見た。
 それでも……俺はそんな血に塗れた道を選んだ。どれだけの血と屍を見ようと、アイツとの未来の為に、誓いの為に。

 操縦桿から手を離し、手のひらを見る。抱き寄せたときのあの柔らかさを、温もりを思い出し、それが零れ落ちないように握り締める。

 幸せにすると約束した。共に未来を生きると約束した。
 たとえ、俺が先に逝くのが宿命なのだとしても……それでも前を向けるくらい、多くのものを残してみせると。

 きっと、それは元強化人間達がこの戦いに残した想いに近いはずだと。それが誤解でも自惚れだとしてもそう信じて。

 ……ならば、進むしかない。躊躇わず、振り返らず、目を逸らさずに。先へ進む以外にない。

 今までだって見てきた事だ。これからだって目にする事だ。それを今更、見ぬ振りなんて出来ない……してはいけない。
 アイツら……元強化人間達も、生きていたい理由があったかもしれない。共に生きたい人がいたかもしれない。それでもこの道は、アイツらの確かな意志で拓いた道だ。
 ……だからせめて、全てを目に、記憶に焼き付けていく。アイツらの覚悟も想いも……進む糧にしたという罪も全て、背負って進むために。

 遠く前方で戦いの火柱が見えた。
 作戦領域まであともう少し。仲間が接近してきた小型狂気を撃ち落とす。
 俺もまた気を引き締めていつでも発砲できるよう、トリガーを握り直す。
 ここまで殆ど攻撃らしい攻撃を受けてこずに済んだ。アイツらの仕事ぶりに感嘆を抱かずにはいられない。
 恐らく敵を引き付け、前へ、前へと道を拓き進み続けたのだろう。

 言い訳なんてしない。
 俺は、自分の幸せの為に道を行く。望む未来の為に先へ行く。
 縁を、絆を。手にあるモノをちゃんと未来へ持っていく為に……何をどれだけ抱え込もうと、必ず生きて進んでみせる。

 ……それが、此所で逝った連中への最大の手向けだと。エゴの塊でしかないその考えを、それでも、正しいものだと信じて。



●A LETTER 坂上 瑞希(ka6540)

 船から見える、斥候たちの残骸の山。
 人だけど、まるで人じゃない死のよう。

 私は殆ど彼らと関わった事がない。だから、その経緯も人伝に聞いただけ。
 元は、リアルブルーを救おうと、狂気から守ろうと力を付けた人たちだと。
 ただの人だった人もいたし、軍人上がりも多いと聞いた。
 でもその力の源が歪虚だった。だから、“契約者”だったのだと。
 リアルブルーが封印される前に救出された彼らはトマーゾ博士達の手によって覚醒者へと“上書き”されたのだとも。
 結果、元強化人間達は極端に寿命が短いのだと聞いた。

 ……気にくわない。

 元強化人間を消費するような作戦も、消費されていく元強化人間にも、そして消耗していく元強化人間達を乗り越えて進んでいくしかない自分に、どうしようもなく腹が立つ。
 それでも、未来に向かうためには進むためには前へと向かうしかないから。

 同じ作戦領域を選んだ人たちの顔を見る。
 緊張感を取ろうと仲間とのたわいない会話に花を咲かせる人たち。
 1人黙々と刃を磨く人。
 私と同じように窓の外を物憂げに見つめる人。
 艦の兵士と何やら話し込む人。

 私はあまり強くない。
 きちんと戦術を相談してから戦いに挑んだ経験なんてそれこそ両手で足りるほど。
 でも、戦わなければ道を切り拓けないことは、知っている。

 ……己の身が亡ぶのは、私の勝手。
 その過程でその他を巻き込むのは、とても気が咎める。
 けれど、だからこそ、屍の上に立つ私たちは、その先の未来を拓くために。

「……ごめんね」

 小さく、私にしか届かない声は、作戦領域に入ったという艦内放送に掻き消されたのだった。



●Remind You 氷雨 柊(ka6302)
 戦艦の窓から外を見る。
 宇宙には空気が無いから星が瞬かないのだという。ただ、そこにあるだけ。
 太陽の様に自分の熱で光る星以外は何も見えない、ただ暗闇が広がるだけ。

 そこに、CAMの残骸らしきものが見え始めて私は胸元で両手を強く握り込む。

 選択をする時に。『彼』へ、大切な人と共にあるために選んだと告げた。
 その選択をしたことに後悔するはずも、選択した思いに嘘偽りがあるわけでもない。
 ……でも。
 知らない誰かを、顔見知りである誰かを、平気な顔して失えるわけなんて、ない。
 苦しくて胸が張り裂けそうで、立ち止まりたくて仕方なくて。

(それでも、私は……選んだの)

 仲間たちの血に濡れた道を。誰かの屍でできた道を。

 この道を通る時は振り返らない。……ううん、振り返れない。
 振り返ったら助けに行ってしまう。この先の作戦に支障をきたす。
 それは彼らの本意では、決してない。

 握り込んでいた手をそっと開く。

 それに、知っているから。私の手は、全てを守りきれない。
 そんな風に奢れるほど、皆を守れる大きな手じゃない。
 私の手は小さくて、周りにいる人と手を取るだけで精一杯で。
 ……その精一杯と未来を生きたくて、選んだの。すごく自分本位な願いなの。
 本当はずっとずっとそう思っていて、けれどだからこそ他の選択肢なんて選べなかった。

 あの中で最善だった選択肢がどれかなんてわからない。
 それでも選んだ道を引き返すことはもうできないの。
 彼らが作ってくれた道を、無駄にする訳にはいかないから。

 この先は自分たちの力で切り開く道。……私たちの血で濡れる道。
 手抜きなんてしない。誰かが歩みたかった未来を、私たちが歩みたい未来へ……絶対に、届かせる。

 そう決意を新たにしたところで、作戦領域に入った旨の放送が流れた。
 私は聖槍を手に静かに立ち上がると持ち場へと急いだのだった。



●rise アーサー・ホーガン(ka0471)
「……助けに行きたいな……」
 後ろの席の男がそう零し、その隣にいる男がそれに呼応し語気荒く捲し立てている。

 『民間人を守り、仲間と助け合って、敵を倒す』
 それが、俺の『己の中に据えた揺るがぬ柱』だ。だが――

(仲間ってのは対等な関係だ。何処にも余裕なんてない、この状況で決死の覚悟を決めた奴に、一方的に助けを施すのは侮辱にしかならねぇよ)

 言葉にすることは無く、足早にその場を立ち去った。

「何か言いたげだな?」

 止まり木で休んでいるモフロウの大きな瞳が俺を見る。
 左腕に止まらせると、首を90℃傾け小さく鳴いた。

「俺は託される側であり、守護者として乾坤一擲の一斉攻撃を後押しする立場だ。柄じゃねぇが、作戦全体の成否に関わる立場で、ひいては世界の命運に繋がる役割だってわけだな。
 そんな俺が、託した側を救おうと動くのはやっちゃならねぇことだ。託された物の重みを理解できてねぇことになる。
 主客転倒って言うのか? 託した側の犠牲を無駄にする行いだぜ」

 モフロウはゆっくりと瞬く。

「命ばかりが助け合いの対象じゃねぇ。目指す先に届かぬ者が礎となって後を託し、託された者が目指す先へと至って目的を果たす。
 そんな、目的のための役割分担もまた『助け合い』だ。つまり、俺はこれから助けられに行くんだ。その後で、存分に助けるためにな」

 俺の言葉に満足したのかモフロウは再び止まり木に戻ると船をこぎ始める。
 その姿に思わず噴き出してから俺は作戦領域へと向かった。


 道中では一切戦闘に関与せず。
 礎となるべく散っていく彼ら彼女らに思いを向ける事もしなかった。
 ただ前を向き、目指す未来を見据え、結果を示すための行動に備える。


 ――そして、その時がついに訪れた。
 
「待ちかねたぜ。やっと出番が来たな。耐え忍ぶ時間はここまでだ」

 ガーディアン参加者全員での一点集中攻撃。
 それは、大きな光となり、満願は成就する。



●LILIUM ドロシー(kz0230)

 ――少女は夢に見る

 青空

 緑の木々

 空飛ぶ鳥

 波の飛沫

 両親の呼ぶ声

 それは幸せないつかの――


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参加者一覧

  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 明日も元気に!
    クレール・ディンセルフ(ka0586
    人間(紅)|23才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    カリスマリス・コロナ
    カリスマリス・コロナ(ka0586unit002
    ユニット|CAM
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤクトバウプラネットカノーネ
    ヤクト・バウ・PC(ka0665unit008
    ユニット|CAM
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウルスラグナ
    ウルスラグナ(ka2434unit004
    ユニット|CAM
  • はじめての友達
    カール・フォルシアン(ka3702
    人間(蒼)|13才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    マーナガルム
    月狼(ka3702unit002
    ユニット|CAM
  • 【魔装】希望への手紙
    瀬崎・統夜(ka5046
    人間(蒼)|28才|男性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    シュバルツ
    黒騎士(ka5046unit001
    ユニット|CAM

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    レグルス
    レグルス(ka5819unit001
    ユニット|幻獣
  • 一握の未来へ
    氷雨 柊(ka6302
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • ドント・ルック・バック
    坂上 瑞希(ka6540
    人間(蒼)|17才|女性|猟撃士
  • 望む未来の為に
    クラン・クィールス(ka6605
    人間(紅)|20才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ダインスレイブ
    ダインスレイブ(ka6605unit004
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カール・フォルシアン(ka3702
人間(リアルブルー)|13才|男性|機導師(アルケミスト)
最終発言
2019/07/11 12:44:42
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/07/07 19:00:54