ゲスト
(ka0000)
【血断】我ら、水平線に暁を望むまで
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/07/17 09:00
- 完成日
- 2019/07/26 03:03
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
遠洋の連合艦隊に関する速報を受け取ったとき、同盟海軍総司令官ブルーノ・ジェンマ(kz0100)はただ静かに広げられた海図へ視線を落とした。
同盟周辺海域を縮図としてまとめたそれには、凸型の駒が大量に並べられている。
うち、大きな駒の纏まりが4つの都市の沿岸へ。
別のいくつかのまとまりが遠洋へと散らばっていた。
その中のヴァリオス~リゼリオ周辺沖の駒群を、彼はゆっくりと卓上から払いのける。
「敵は」
「艦隊換算で言えば小規模の1艦隊ほどが健在。しかし空にも狂気歪虚が展開されているため、戦力は計り知れません」
「連合艦隊の被害は」
「修理無しに再び出撃することは不可能です」
ブルーノは色の違う駒をそれまで連合艦隊駒が置かれていた場所へと並べた。
その矛先はまっすぐにヴァリオスの港の方へと向いている。
「ヴォルペザンナのエリゼオに指令を飛ばせ。“南西の風にて進め”」
「はっ!」
伝令士官が敬礼を返し、指令室を後にする。
ブルーノはヴァリオスに展開するいくつかの艦隊駒のうちの、ひと塊を遠洋に向け進軍させた。
窓辺から見える同盟の海は気持ちがいいほどに穏やかだった。
●
その日の夜、ヴァリオス沿岸で防衛網を構築していた艦隊が遠洋へ向けて出立した。
すぐに出なかったのはハンターの乗船を待っていたからである。
「敵が最新式の航空艦隊と思えば、こちらは旧世代の遺物か」
旗艦ヴォルペザンナの甲板で、本作の戦艦隊司令官エリゼオは潮風で焼けた声で唸った。
エリゼオ・ルッチは実直な海の男だった。
港湾都市ポルトワールに生まれ、誰もがそうしたように海の男の背中に憧れを抱き、当たり前のように海軍へと志願した。
日夜訓練や兵法・艦船運用の勉強に励み、出世軌道に乗ってからは艦隊運用の技術習得にも余念がなかった。
その結果として今、壮年ながら艦隊ひとつを任されている。
若くして軍のトップへ昇りつめたブルーノに比べれば日陰者扱いだとしても、十二分な逸材だった。
彼はかつて、興味本位でリアルブルーから流れて来たという古い軍艦関連のスチルを眺めたことがあった。
そこに描かれていたのは鉄の翼を持った個人用飛行ユニットの部隊と、それを収容する大型の装甲艦の姿。
このヴォルペザンナも新造された虎の子の装甲戦艦だが、規模や性能、そして航空部隊によりアウトレンジ化された戦いには衝撃を受けるばかりだった。
我々の時代が「そこ」へ追いつくのはいつになるのだろうか。
少なくとも、自分が生きているうちにその光景をのぞむことはないだろう。
彼は額の古傷を隠すように、軍帽を深くかぶり直した。
「敵艦隊の様子は? いや……艦隊というのはおかしな話か」
口にして薄い笑みがこぼれる。
「依然としてヴァリオスへ向けて進行中とのこと。この速度で進めば明朝には敵の射程内に入るものと思われます」
「アウトレンジか……」
傍らの士官の報告に、エリゼオは苦い表情を浮かべる。
遠洋に出現したシェオル型歪虚は、その巨大さに加え数Kmもの有効射程をもつ砲撃が特徴だった。
もちろんアウトレンジというのはこちらの艦船の視点で、と言うことになる。
それにより遠洋に展開していた連合艦隊は壊滅。
善戦により敵軍勢の大半を刺し違えることには成功しているが、それでも何匹かを見逃す結果になってしまった。
エリゼオは振り返って、甲板に集まったハンターらと向き合う。
他の船でも同様に艦長とハンターとの面会が行われているころだ。
「まずは協力に感謝する。今回の作戦の本懐は海洋型大型歪虚『シェオル・フルクトゥス』の殲滅にある。これを為さない限り、本艦隊は暁を望むことはできない」
暁を望む――海軍における勝利を意味する伝令パターンの1つである。
「フルクトゥスの最大の特徴はそのアウトレンジ砲撃にある。開戦直後には諸君らの攻撃はおろか艦隊砲撃すらもまともに届きはしない。よって本艦隊は速やかに敵本隊へ接近。有効射程に入り次第、残存戦力による艦隊一斉射でこれを撃滅する」
そこでエリゼオは改めてハンターらの顔を見渡した。
「君らの任務は、その間に襲い掛かるであろう狂気歪虚から本艦を護ることである。艦隊が無事であるならば遠慮はいらん。どのような手段でも敵を討て。我々も君らに優雅な遠洋クルーズをプレゼントするつもりはない」
そう言って、口元に不敵な笑みをたたえる。
「艦隊戦は総力戦だ。1人1人の勝利の積み重ねが艦隊の勝利となる。我々は運命共同体だ。ヴォルペザンナの甲板を踏みしめた瞬間、君らも否応なしにその一員となった。我々に求められるのは勝利のみ。共に暁を望もうッ」
エリゼオがハンターらへ敬礼を送る。
湿り気を帯びた冷たい潮風が、彼らの間を吹き抜けていった。
●解説
▼勝利条件
同盟海軍艦隊によるシェオル・フルクトゥスの撃滅
▼概要
同盟周辺海域に出現した海洋型シェオルを中心とした大量の歪虚群は、沖合の海軍連合艦隊と激突。
艦隊は壊滅の被害と引き換えにその大半を撃破することに成功します。
しかし討ち漏らした集団は依然として首都ヴァリオスへ向けて接近しています。
ヴァリオスの防衛艦隊と共に出撃してこれを撃滅してください。
敵はアウトレンジからの砲撃性能があり、艦隊は確実にダメージを与えられる距離へ接近しての一斉射を行う作戦を執っています。
ハンターの任務は『甲板』or『空中』に展開し、有効射程に入るまで戦艦を護り切ることです。
小型艇を借りて『水面・水中』に展開しても構いませんが、艦隊の航行速度の関係からあまり推奨はされません。
みなさんのチームが守るのは旗艦であるヴォルペザンナ級一番艦。
リアルブルーの技術を学び建造されたサイズ7の装甲戦艦です。
みなさんの他にも船員である海軍兵士たちが協力します。
艦隊はその他大小数十隻の木造戦艦で構成されていて、それぞれに護衛のモブハンターがついています。
便宜上、艦隊全体の被害状況はヴォルペザンナの被害状況とリンクすることにします。
遠洋の連合艦隊に関する速報を受け取ったとき、同盟海軍総司令官ブルーノ・ジェンマ(kz0100)はただ静かに広げられた海図へ視線を落とした。
同盟周辺海域を縮図としてまとめたそれには、凸型の駒が大量に並べられている。
うち、大きな駒の纏まりが4つの都市の沿岸へ。
別のいくつかのまとまりが遠洋へと散らばっていた。
その中のヴァリオス~リゼリオ周辺沖の駒群を、彼はゆっくりと卓上から払いのける。
「敵は」
「艦隊換算で言えば小規模の1艦隊ほどが健在。しかし空にも狂気歪虚が展開されているため、戦力は計り知れません」
「連合艦隊の被害は」
「修理無しに再び出撃することは不可能です」
ブルーノは色の違う駒をそれまで連合艦隊駒が置かれていた場所へと並べた。
その矛先はまっすぐにヴァリオスの港の方へと向いている。
「ヴォルペザンナのエリゼオに指令を飛ばせ。“南西の風にて進め”」
「はっ!」
伝令士官が敬礼を返し、指令室を後にする。
ブルーノはヴァリオスに展開するいくつかの艦隊駒のうちの、ひと塊を遠洋に向け進軍させた。
窓辺から見える同盟の海は気持ちがいいほどに穏やかだった。
●
その日の夜、ヴァリオス沿岸で防衛網を構築していた艦隊が遠洋へ向けて出立した。
すぐに出なかったのはハンターの乗船を待っていたからである。
「敵が最新式の航空艦隊と思えば、こちらは旧世代の遺物か」
旗艦ヴォルペザンナの甲板で、本作の戦艦隊司令官エリゼオは潮風で焼けた声で唸った。
エリゼオ・ルッチは実直な海の男だった。
港湾都市ポルトワールに生まれ、誰もがそうしたように海の男の背中に憧れを抱き、当たり前のように海軍へと志願した。
日夜訓練や兵法・艦船運用の勉強に励み、出世軌道に乗ってからは艦隊運用の技術習得にも余念がなかった。
その結果として今、壮年ながら艦隊ひとつを任されている。
若くして軍のトップへ昇りつめたブルーノに比べれば日陰者扱いだとしても、十二分な逸材だった。
彼はかつて、興味本位でリアルブルーから流れて来たという古い軍艦関連のスチルを眺めたことがあった。
そこに描かれていたのは鉄の翼を持った個人用飛行ユニットの部隊と、それを収容する大型の装甲艦の姿。
このヴォルペザンナも新造された虎の子の装甲戦艦だが、規模や性能、そして航空部隊によりアウトレンジ化された戦いには衝撃を受けるばかりだった。
我々の時代が「そこ」へ追いつくのはいつになるのだろうか。
少なくとも、自分が生きているうちにその光景をのぞむことはないだろう。
彼は額の古傷を隠すように、軍帽を深くかぶり直した。
「敵艦隊の様子は? いや……艦隊というのはおかしな話か」
口にして薄い笑みがこぼれる。
「依然としてヴァリオスへ向けて進行中とのこと。この速度で進めば明朝には敵の射程内に入るものと思われます」
「アウトレンジか……」
傍らの士官の報告に、エリゼオは苦い表情を浮かべる。
遠洋に出現したシェオル型歪虚は、その巨大さに加え数Kmもの有効射程をもつ砲撃が特徴だった。
もちろんアウトレンジというのはこちらの艦船の視点で、と言うことになる。
それにより遠洋に展開していた連合艦隊は壊滅。
善戦により敵軍勢の大半を刺し違えることには成功しているが、それでも何匹かを見逃す結果になってしまった。
エリゼオは振り返って、甲板に集まったハンターらと向き合う。
他の船でも同様に艦長とハンターとの面会が行われているころだ。
「まずは協力に感謝する。今回の作戦の本懐は海洋型大型歪虚『シェオル・フルクトゥス』の殲滅にある。これを為さない限り、本艦隊は暁を望むことはできない」
暁を望む――海軍における勝利を意味する伝令パターンの1つである。
「フルクトゥスの最大の特徴はそのアウトレンジ砲撃にある。開戦直後には諸君らの攻撃はおろか艦隊砲撃すらもまともに届きはしない。よって本艦隊は速やかに敵本隊へ接近。有効射程に入り次第、残存戦力による艦隊一斉射でこれを撃滅する」
そこでエリゼオは改めてハンターらの顔を見渡した。
「君らの任務は、その間に襲い掛かるであろう狂気歪虚から本艦を護ることである。艦隊が無事であるならば遠慮はいらん。どのような手段でも敵を討て。我々も君らに優雅な遠洋クルーズをプレゼントするつもりはない」
そう言って、口元に不敵な笑みをたたえる。
「艦隊戦は総力戦だ。1人1人の勝利の積み重ねが艦隊の勝利となる。我々は運命共同体だ。ヴォルペザンナの甲板を踏みしめた瞬間、君らも否応なしにその一員となった。我々に求められるのは勝利のみ。共に暁を望もうッ」
エリゼオがハンターらへ敬礼を送る。
湿り気を帯びた冷たい潮風が、彼らの間を吹き抜けていった。
●解説
▼勝利条件
同盟海軍艦隊によるシェオル・フルクトゥスの撃滅
▼概要
同盟周辺海域に出現した海洋型シェオルを中心とした大量の歪虚群は、沖合の海軍連合艦隊と激突。
艦隊は壊滅の被害と引き換えにその大半を撃破することに成功します。
しかし討ち漏らした集団は依然として首都ヴァリオスへ向けて接近しています。
ヴァリオスの防衛艦隊と共に出撃してこれを撃滅してください。
敵はアウトレンジからの砲撃性能があり、艦隊は確実にダメージを与えられる距離へ接近しての一斉射を行う作戦を執っています。
ハンターの任務は『甲板』or『空中』に展開し、有効射程に入るまで戦艦を護り切ることです。
小型艇を借りて『水面・水中』に展開しても構いませんが、艦隊の航行速度の関係からあまり推奨はされません。
みなさんのチームが守るのは旗艦であるヴォルペザンナ級一番艦。
リアルブルーの技術を学び建造されたサイズ7の装甲戦艦です。
みなさんの他にも船員である海軍兵士たちが協力します。
艦隊はその他大小数十隻の木造戦艦で構成されていて、それぞれに護衛のモブハンターがついています。
便宜上、艦隊全体の被害状況はヴォルペザンナの被害状況とリンクすることにします。
リプレイ本文
●
夜明け前の白い空の下で、穏やかな潮風が肌を優しく撫でた。
ジャック・エルギン(ka1522)はぺろりと口の端を舐めると、張り付いた塩分がじんわりと口の中へ広がっていった。
「おいでなすったな。この世界で1番の海にようこそだ」
双眼鏡を構えていた彼は、跨ったグリフォン「オストロ」の腹を優しく蹴る。
急旋回で艦隊へと引き返すさ中、通信距離に入るなりトランシーバーを片手に携えた。
「ジャックより、団体さんのご到着だ。歓迎の準備を頼む」
『ラジャ。メインディッシュは仕込み終えた』
近衛 惣助(ka0510)が返事をして、待機モードの魔導エンジンに火を入れる。
甲板で膝立ちだったダインスレイブ「長光」に命が吹き込まれ、ゆっくりとその身体をおこした。
先の戦いで負っていた損傷は接敵までにロニ・カルディス(ka0551)の協力を得て回復させてある。
準備は整った。
ヴォルペザンナの艦内には警報が鳴り響き、船員たちが慌ただしく駆け回っていた。
甲板には既に百数十名の兵士たちが展開し、数人ずつチームを組んで各方面に散っている。
「みんなと一体、とっても良い船ネ」
「うん。みんなで守ろう」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)は心地よさそうに目を細める。
充足した空気を胸いっぱいに吸い込むと、自分もこの船の一員になったのだと、そんな気にさせられた。
戦域までの航行中、船の見学がてらに沢山の船員と言葉を交わした。
みんな街を守るという使命に燃えた勇士たちだった。
まあ組織柄か、ちょっと自信家というか豪快な人が多かったが、それも含めて海軍だということを彼女は知っている。
お揃いの水兵服で魔術師たちと配置の確認を行っていたマチルダ・スカルラッティ(ka4172)も、軍隊としての練度の高さを感じ取っていた。
頼もしい限りだが、歪虚という存在は人間の規格をはるかに超えてくる。
だから油断をするつもりはなくても、鳴り響く警報と共に緊張は高まっていく。
そんな時、通信機から時音 ざくろ(ka1250)の切迫した声が響いた。
「前方に光源――こんな距離から!? 来るよ――」
彼の言葉を遮るように、水平線に見えた7つの光があっという間に7本の光の束となって艦隊の中を駆け抜けていった。
光がヴォルペザンナを掠め、いくつかの小型僚艦へも突き刺さる。
衝撃に艦がぐらりと揺れたが、ダメージは鋼の装甲を軽く焦がした程度だ。
「流石は最新鋭……頑丈ですね」
通信に流れて来た「被害軽微」の報告に、天央 観智(ka0896)は小さく頷く。
「極力船を狙えないよう……射界を何とか出来ればよかったんですけれど」
そうしている間にも第二射が光り、船団を貫いていく。
手が出せない以上は操舵士たちも回避に専念できているが、それでもはがゆいものだ。
「みんなのヴォルちゃんにハ、簡単に当てさせられないからネっ」
操舵士の傍に陣取ったパトリシアが、ペガサス「エボニー」のお腹をぽみぽみと撫でる。
エボニーが甲高い声でわななくと、マテリアルを通じて予知の力を彼に与えた。
しばらくの間は敵の砲撃を潜り抜けながらの接近。
しかし、やがて敵影から黒い雲が噴き出し始める。
また別の攻撃か――そう思って身構えたハンター、そして船員たちは、すぐにその予想を捨て去ることとなった。
「こりゃ壮観だな」
瀬崎・統夜(ka5046)は機体カメラで雲の様子を捉えると、可能な範囲で拡大してその正体と向き合う。
すぐさまバイパスをフライトフレームへと接続して、バックパックにエネルギーを送り込んだ。
「必ず勝とうな」
デュミナス「黒騎士」が甲板から艦橋を見上げ、敬礼をする。
すぐに視線を暗雲――敵の軍勢へと戻すとフットペダルを最大まで踏み込んだ。
ため込んだエネルギーを一気に放出して、彼の機体は発艦した。
「歓迎にグランドスラムを使う! 空の友軍はこのまま艦と速度を合わせておいてくれ!」
惣助が叫ぶと、長光のサブアームが滑腔砲に大型の徹甲榴弾を込める。
機体がそのまま射撃姿勢を取ると、惣助のバイザーモニターに距離カウントが表示された。
「3――2――1――ファイア!」
激しいバックファイアを伴って射出された砲弾。
それは遠い空で炸裂し、巨大な爆炎で歪虚雲を飲み込んだ。
霧散していく小型の狂気たちの中を突っ切って、健在な大型の狂気や後続の軍団がわらわらと押し寄せる。
上空で待機していた飛行隊が、炎が晴れる間際を狙って前線へと飛び出した。
ロニがワイバーン「ラヴェンドラ」の背で周囲にマテリアルを展開する。
マテリアルは無数の黒い刃・プルガトリオへと変わると、一斉に敵目掛けて射出された。
刃に貫かれた狂気たちは翼を不可視の力で蝕まれ、海へと落下していった。
「近づけないことが第一の目的ならば、無勢だろうとやりようはある」
プルガトリオを運よく耐えた堕天使型や大型の甲虫型は、直近の敵であるハンター達へと意識と進路を向け始める。
そこへざくろのルクシュヴァリエ「グランソード」から放たれたデルタレイと黒騎士の四連装カノン砲が斉射された。
「大型はこちらに任せろ。数を減らす方は任せる」
「ああ。そう易々と後方へ抜けさせるつもりはない。暫くここで遊んでいてもらおう」
「クジラビーム、また来るよっ!」
ざくろの通信を受けて2人は大きく散開する。
フルクトゥスのマテリアルビームは狂気の雲を飲み込んで、まっすぐに艦隊を貫いた。
「味方もろともかよ、おっかねぇな」
ジャックは上空から光を見下ろして、小さく口笛を吹く。
手綱を引くとオストロが翼を縮め、急降下を開始した。
「敵が左右に広がり始めた! 俺は左舷に行く!」
衝撃波で甲虫型の翼を切り裂いて、ジャックは叫ぶ。
ロニがそれに頷くと、ワイバーンを右へと旋回させた。
「では俺が右舷に行く」
「俺とざくろは正面か。とにかく注意を引くぞ」
「わかったよ統夜! ここで艦隊の被害が大きく変わるんだ……!」
2機の機体が浮遊型のビームの雨を潜り抜けながら、1機ずつ確実に敵を仕留めていく。
ほどなくして敵の前線と至近距離で激突すると、グランソードが巨大な機剣を抜き放った。
「時音ざくろ、魔動冒険王『グランソード』――行くよ!」
甲板では2機の機動兵器の砲撃音に重なるように、断続的に海兵猟撃士たちの狙撃音がこだまする。
大型の敵に対しては甲板に設置されている艦砲も放たれるが、取り回しの悪さから牽制としての役割が良いところだ。
観智はバイザーモニターに接続されたスコープの映像を覗き込みながら引き金を絞る。
放たれたプラズマ弾頭は前線のグランソードに側面から迫った堕天使型の肩を撃ち抜き、距離を取らせた。
(有効射程まではまだ先……ここから、なのでしょうね)
「前方より敵、距離50を割った!」
「わかりました。備えます」
長光の外部スピーカーから響いた声に、マチルダが魔杖を構える。
傍の海面をフルクトゥスのレーザーが突き抜け、跳ね上がった飛沫が横顔をぐっしょりと濡らした。
それにも構わず空中に展開した魔法陣に意識を集中していくと、甲板上の他の魔導士たちも同じようにマテリアルを大きく、大きく練り上げていく。
やがて放たれた大量のメテオスォームやファイアボールの輝きが、艦隊の前方で大きく花開いた。
●
艦隊の上空に到達した狂気たちを相手に、甲板上から迎撃の砲火、そして空中のハンター達が乱れ交う乱戦が繰り広げられる。
中には早々に艦艇に取りつき破壊活動を繰り広げる甲虫型や、浮遊型・堕天使型が放つレーザーの着弾が徐々に艦隊を蝕んでいく。
小型の艦艇の中にはフルクトゥスからの攻撃との積み重ねで航行不能となり、脱出艇や周辺の艦船の救助を待つ兵士たちが、海面で必死の抵抗を続けていた。
後続からはまだまだ次の歪虚陣が迫り、その数は減るところを知らない。
後方の増援部隊は射線が通る範囲で長光のグランドスラムに飲み込まれていくが、いかんせん数が数だ。
押し込まれるのも時間の問題だろう。
そんな時、突然船が断続的な衝撃とともに振動に包まれる。
「なんだ!?」
惣助が機体のバランスを取りながら辺りを見渡す。
衝撃は船の下から響いていた。
「魚類型だ。魚雷みたいに船底に突貫しかけてるぞ」
統夜からの通信に、甲板の者たちは視線を下方の海へと向けた。
遠い船底にいくつもの白波の筋が突き立っている。
それが魚類型狂気であると気づいた時、再び船にガツンと衝撃が伝わった。
「人魚さんお願いだヨ!」
パトリシアが展開する宝石の輪の中から精霊ネプチューンが顕現し、海へと飛び込む。
「大きな波も怖くない! ざぶーんっテいくヨっ♪」
水中の人魚が作り出した渦が、竜巻のように水流を空へと押し上げる。
その流れに巻き込まれるように、魚類型が甲板近くまで跳ね上げられた。
すぐに同盟の兵士たちが打ち上げられた敵へととどめを刺していく。
一方でマチルダたち魔術師は魔術をグラビティフォールへと切り替えて、空から甲板へ取り付く敵の足止めに集中していた。
「私の故郷。よそ者のすきにはさせないの」
フルクトゥスから放たれた黒炎弾がすぐ近くで炸裂する。
辺りを強力な光が覆うものの魔法の手を緩めることはしない。
重力波から逃れた個体は彼女のワイバーン「ステラ」が強襲し、身体を張って押しとどめる。
空中で大型の甲虫型ともんどりうって、激しい格闘戦を繰り広げていた。
「一気に薙ぎ払うぞ、巻き込まれるなよ!」
長光が滑空砲を背負い、代わりにハンガーから波動銃「アマテラス」を引っ張り出す。
強力な光線が折り重なる空の狂気をまとめて貫いて、直線の空洞を作り出した。
その空洞を突き抜けて、大きな黒炎弾が甲板へと迫る。
長光は大型のフライトシールドを前面で構えると、爆炎をその身で受け止めた。
「流石に強烈だな……だが、俺たちがやられれば船が墜ちる」
そうさせるわけにはいかない。
機体の限界まで盾となり続ける意志だ。
迎撃戦が主体となる甲板と違い、増援に次ぐ増援の空は文字通り混戦の一途だった。
見渡す限りの敵。
繊細な機体制御や飛行操作が命運を左右している。
フルクトゥスの巨大なレーザーが黒騎士の片足を飲み込んだ。
機体のバランスが大きく傾くが、統夜はスラスターの出力バランスを調整し体制を保つ。
「あいにく、飛んでいるなら足は飾りでな」
連装カノン砲が頭上を飛び越える甲虫型2体をまとめて屠る。
そのまますぐにアサルトライフルへと持ち替えるとと、堕天使型の剣をするりと避けて、銃弾を見舞った。
「前方海面、何か来るぞ!」
刺突一閃、左舷の堕天使型を穿ったジャックが、魚類型とはまた違う白波の群れを目前にして注意を促す。
周囲の敵を討ち払いながらそれが何であるか目を凝らすと、特徴的な白い外骨格が波間に突き出ているのが見えた。
「シェオルだ! シェオルの軍勢が来るぞ!」
咄嗟にグリフォンを翻そうとするが、空の敵陣の壁が厚く、思わず思いとどまる。
今ここを離れるわけにはいかない。
「ざくろが行く! 統夜、ここは任せたよ!」
「ああ、なんとかするさ」
起動したフライトシールドの上にフロートユニットのように乗って、グランソードが海面めがけて急降下する。
構えた機剣が光を宿し、大きなひと振りと共にマテリアルを放出した。
「必殺――ヒトカイザー!」
放たれた一撃は水柱を上げながら群れを飲み込んだ。
しかしシェオルという個体はそれだけで止まるような相手ではない。
突破してくるのを承知のうえで、ざくろは再び剣を構える。
「止まらないなら、ざくろのことを脅威だと思わせるだけだよ!」
放たれた第2靭が再び海面に水柱を打ち立てた。
「派手にやるな。そのぐらいの方が気前がいいか」
機体の簡易チェックを行いながら、統夜は自機を囲む狂気へアサルトライフルで牽制を行う。
ざくろと2機で守っていた正面の軍勢を一挙に引き受けると、流石に損傷も積もり始める。
時折ロニが駆けつけてリカバリーを行ってくれるが、彼も長いこと持ち場を離れるわけにもいかないので、結局は騙し騙しだ。
「勝つまで持てばいい。そういうもんだ」
背後から取り付いた甲虫型を強引に振り払い、アサルトライフルの銃口を突き付けるようにして全弾を叩きこむ。
右舷でも同じように、ロニが増え続ける敵に1騎での対応の限界を迎え始めていた。
「ある程度の損耗は織り込まねばならないのだろうが……ただでは抜けさせん」
レクイエムの祝詞を口にし、周囲を抜けていく歪虚群へマテリアルの呪いを浴びせる。
同時に自身も少しずつ戦線をヴォルペザンナの傍へと押し下げていった。
「有効射程はまだか?」
『あと100mは近づきませんと……“届くだけ”なら十分でしょうが』
観智の返答に、ロニは大きく息を吸い込む。
それでは意味がない。
残り100m――ここからが正念場だ。
堕天使型のマテリアル砲がFシールドに遮られて弾ける。
浮遊盾はすぐさま射線上から対比すると、構えていたガトリングガンが敵の巨体を撃ち抜く。
懐に入り込まれ始めると、アンチマテリアルライフルでは取り回しが悪い。
ここからの役目はさながら対空砲として取り付く歪虚を払うことだ。
「移動型砲台の役目は……得意ですけれどね」
観智は堕天使型の動きに合わせて機体を甲板に走らせ、その進路を遮り続ける。
小型の敵ならば範囲攻撃で対応できる魔術師たちに任せた方が効率がいい。
自分の役目は、CAMで相手すべき存在を足止めすることだ。
ヴォルペザンナの外壁を、シェオル・ノドの群れが爪を立てて登っている。
ざくろが海に蹴落とすように対応を行っているものの、全てに追いつく数ではなく徐々に甲板に敵が登頂し始めていた。
闘狩人や疾影士など、白兵戦を得意とする兵士たちが甲板に散り、文字通り水際の攻防を繰り広げる。
しかり彼らにとってすればシェオルの力はやはり強大で、1人、また1人と被害は広がりつつあった。
ヴォルペザンナもよく持ちこたえているが、右舷に強打を受ければ左舷にもわざと受けておくなど、艦船運用上のダメコン理論に則ってダメージが決して少ないわけではない。
艦隊の僚艦が減るにつれて的が絞られはじめると、狂気の攻勢やフルクトゥスの砲撃にさらされることも多くなってきた。
「ステラ!」
マチルダが呼び笛を吹くと、頭上を旋回していたワイバーンが甲板へと降り立つ。
彼女はその背中に飛び乗って、上空へと飛び上がった。
甲板と言う平面の敵相手なら見下ろした方が効率がいい。
敵の頭上から狙いを定め、ピンポイント爆撃のようにマジックアローの雨を降らせる。
『甲板、持ちこたえてるか!?』
ジャックからの通信にパトリシアが答えた。
上空を見上げればグリフォンが木の葉のように空を舞い、敵の軍勢の中を右へ左へと飛び回っている。
「みんな頑張ってる……頑張ってるヨ!」
頑張ってる――他に表現のしようがない。
劣勢は理解しているから、何とか持ちこたえている――なんて表現は口にしたくなかった。
みんな一丸になって頑張っている。
「頑張ってるか……分かった。俺たちも頑張るぜ……!」
ジャックはインカムから指を離し、頭上から迫った甲虫型の爪を盾で受け止める。
「オストロ! 風を呼べ!」
掛け声とともに風の結界が彼らの周囲を包み込む。
斉射された浮遊型や堕天使型の砲撃が結界に遮られて効力を失った。
「確かに、他にやりようはねぇか」
ジャックは意地を張って笑みを浮かべると、オストロの手綱を振った。
翼の羽ばたきと共に放たれた竜巻が、小型狂気をまとめて飲み込み、切り刻んでいく。
●
各ブロックからの報告が飛び交う艦橋で、エリゼオは低く唸った。
覚悟はできていたことだが、艦隊の被害は大きい。
今の戦力で斉射したところで、はたしてあのクジラ共を屠ることができるだろうか……と。
「ただ撃ち合っては……か」
彼はレシーバーを手に取ると、艦内に向けてその声を届けた。
『間もなく本艦隊は敵艦隊に対して有効射程に入る。各員、よく持ちこたえてくれた。だがあいにく艦隊の被害も少なくはない。このままでは刺し違えるかどうかが関の山だろう。そこでだ。各員、もうひと踏ん張り耐えてくれ。必ずや、船上で見る暁を約束しよう』
ブリッジを見上げ、パトリシアがキョトンとした表情で首をかしげる。
「えっと……つまり、もう少し頑張ればいいってコト?」
マストでは伝令兵が周りの艦隊に向けて手旗信号を送っている。
それに併せて艦隊が一斉に面舵を取ったのを見ると、どうやら陣形を変えるらしい。
「耐えろっつーならやってやる。俺だって同盟の男だ。海の男達にかっこ悪いところ見せられるかよ!」
艦の進行に併せて、ジャックもグリフォンの進路を大きく切る。
その進路は蛇行しながらも近づいていたこれまでのものとは違い、敵陣の周りを大きく旋回するかのような縦並びのものだった。
敵の進路に向け、艦隊は次第に腹を見せていく。
射程が近づくにつれ敵の攻勢も激しさを増していく。
クジラの口内から発艦した狂気たちがすぐに前線に到達するのだから、それは仕方のないことだ。
ヴォルペザンナの後方から激しい破壊音が響く。
フルクトゥスから放たれた黒炎弾が尾部のスクリューを破壊したのだ。
推進力が激しく低下し、エリゼオが叫んだ。
「予備帆を張れ! 竜骨が折れない限りは食らいつけ!」
マストから一斉に白い帆が落ちる。
風を受けて大きく膨らんだそれは、まさしく艦隊の旗印のようだった。
甲板ではデュミナスが射撃姿勢のまま次々に迫りくる大型狂気を打ち落とす。
せわしなく飛び回るFシールドは流石に攻撃のすべてを防ぐことができず、時折受け止めそこなった攻撃が機体装甲を打った。
そのたびに観智は機体の位置取りを変え、被害面が敵勢を向かないように立ち回る。
「もう少し、とはなかなかな無茶を……ですが、それぐらい状況は切迫しているのでしょうね」
敵に腹を向ける艦隊進行に、攻撃を受ける船の揺れも大きくなっていった。
激しい横揺れに、甲板の弾薬や薬莢がガラガラと音を立てて転がった。
「エボニーはみんなに元気を分けてあげてネ。パティはヴォルちゃんのために頑張るヨ!」
エボニーが傷ついた兵士たちの怪我を癒す傍ら、パトリシアは船首でストーンサークルを展開する。
顕現したクルルカンが、船の守り神のように淡く輝く。
「クルルちゃん、道をお願いネっ♪」
クルルカンが空を駆け、進路上に立ちふさがる狂気を蹴散らしていく。
空を守る3人はそれを押し広げるように、無理やり身体をねじ込んでいった。
「ちっ……ここらが潮時か」
機体の損傷が嵩んだのを確認して、統夜が徐々に降下を始めた。
正面の多勢をなんとか抑え込んで来たものの、ここにきて機体が限界だった。
黒騎士が甲板に着陸――というより不時着すると、統夜は蒼機砲を携えてコックピットから滑り出る。
「俺はまだやられちゃいないぞ」
そのままシェオルの鼻っ柱に1発ぶち込んでやると、甲板の部隊へと合流した。
船体の腹ではざくろが主砲の前でガウスジェイルを展開し、歪虚たちに立ちふさがる。
必然的に攻撃が集中するものの、彼は一歩も引こうとはしなかった。
「守り切れグランソード! ここを耐えれば勝利はそこだ!」
「ああ、ここを耐えれば……!」
炸裂する黒炎弾をホーリーヴェールで耐え、ロニは疲弊しながらも空を突き進む。
クルルカンが作った道をライトニングボルトで維持する。
「ステラ、頑張って!」
マチルダはワイバーンに言い聞かせながら、進路とは反対方向に飛び回る。
マジックアローで注意を引きつつ、少しでも敵の目を分散させる狙いだ。
さきほどからとっくに射程圏には入っているはずだ。
だが、艦隊はまだ砲撃を開始しない。
そうしている間にもフルクトゥスが艦隊の動きに追いつき、ビームを放つ頭部をこちらへ向けようとしていた。
「艦長、まだか!?」
『まだだ』
ジャックの問いに、エリゼオは落ちついた口調で答える。
フルクトゥスたちの頭部に光が集まりはじめ、マテリアルが集束していく。
その時、惣助はふと脳裏に過った言葉があった。
「この進路……そうか」
エリゼオの意図を理解した彼は、長光の滑腔砲にグランドスラムを装填する。
あと待つのは、司令官の掛け声ひとつ。
満を持して、エリゼオは叫んだ。
――全砲照準! 撃てッ!
ヴォルペザンナの砲群が一斉に火を噴く。
それに釣られるように、一列に並んだ艦隊が一斉に砲撃を開始する。
敵の進路に腹を向けながら次々と放たれていく砲弾はフルクトスゥの頭部目掛けてつぎつぎと着弾し、白い外骨格を粉々に撃ち砕いていく。
「丁字戦法か」
惣助が呟くと、観智が感心したように息を吐いた。
「現代では航空戦やミサイルの発達でとっくに廃れたものですが……この世代ならなるほど」
長光から放たれた榴弾は、外殻を失ったフルクトスゥの黒い身体に着弾し、派手な花火を打ち上げた。
艦隊は旋回しながら距離を狭め、次々と砲弾を撃ち込んでいく。
空を埋め尽くす狂気をぶち抜きながら放たれる砲弾は壮観だった。
「墜ちろっ! 私たちの街は、私たちが守るんだ……っ!」
距離が狭まるるにつれてマチルダや魔術師部隊の魔法が砲撃に併せて飛び交い始めた。
乱れ飛ぶメテオやファイアボールにフルクトゥスの影が1体、また1体と、霧散しながら海に沈んでいく。
「一刀両断……スーパーリヒトカイザー!!」
グランソードから放たれた光の刃が、さらに小型のフルクトゥスを1体両断する。
洋上に響き渡る轟音は、勝利を称えるファンファーレのように心地よいものだった。
「これが艦隊戦か……」
最後に攻撃が集中した超大型フルクトゥスが沈んでいく。
それを眼下に眺めながら、ロニは感嘆の息を漏らした。
彼の側面から甲虫型狂気が迫る。
振われた爪を盾の一振りで弾くと、堕杖の先を敵の眼前に向ける。
「良いのかお前たち。ここからは殲滅戦だ」
ライトニングボルトが放たれるのと同時に、艦隊の射角が空を向く。
これまであまり無駄弾を打てなかった主砲群が、空や水上の敵へ向けて一斉に火を噴いたのだ。
この世代の砲撃と言えば炸裂弾ではなく鉄球だ。
質量を伴った運動エネルギーこそが、最大のダメージを生む。
四方から砲弾の直撃を受けては、仮に大型の甲虫狂気であろうとも、四肢をあらぬ方向にねじ曲がり、外殻はぐちゃぐちゃに潰されるほかない。
ボロボロになった敵に留めの一刺しを突き入れて、ジャックは不敵に笑みを浮かべた。
「ははっ、やっぱ海の戦いはこうでなきゃな……こっからはハンターじゃなく、同盟の男としての戦いだぜッ!」
グリフォンが堕天型の背につかみかかり、態勢が崩れたところを剣が切り裂く。
繊細さなんてない、勢い任せの荒々しい限りの戦い方。
ビビらせた方が勝つ。
それが海の男の戦いだ。
やがて砲撃音止み、波間に静寂が訪れた。
最後に統夜が打ち抜いたシェオルが空に霧散し、この戦域から歪虚の姿は消え去った。
「勝った……んだよね?」
甲板に降り立ったマチルダが、セーラーについた煤を払いながら、どこか呆然として呟いた。
彼女の疑念に答えるように、トランシーバーが音を立てる。
『貴殿らの協力に感謝する。水平線を見るといい』
言葉につられ、ハンター達は艦上からはるかなる水平線を見つめた。
海と空の境界――世界一曖昧なその境目に、兆しの光が確かに輝いていた。
夜明け前の白い空の下で、穏やかな潮風が肌を優しく撫でた。
ジャック・エルギン(ka1522)はぺろりと口の端を舐めると、張り付いた塩分がじんわりと口の中へ広がっていった。
「おいでなすったな。この世界で1番の海にようこそだ」
双眼鏡を構えていた彼は、跨ったグリフォン「オストロ」の腹を優しく蹴る。
急旋回で艦隊へと引き返すさ中、通信距離に入るなりトランシーバーを片手に携えた。
「ジャックより、団体さんのご到着だ。歓迎の準備を頼む」
『ラジャ。メインディッシュは仕込み終えた』
近衛 惣助(ka0510)が返事をして、待機モードの魔導エンジンに火を入れる。
甲板で膝立ちだったダインスレイブ「長光」に命が吹き込まれ、ゆっくりとその身体をおこした。
先の戦いで負っていた損傷は接敵までにロニ・カルディス(ka0551)の協力を得て回復させてある。
準備は整った。
ヴォルペザンナの艦内には警報が鳴り響き、船員たちが慌ただしく駆け回っていた。
甲板には既に百数十名の兵士たちが展開し、数人ずつチームを組んで各方面に散っている。
「みんなと一体、とっても良い船ネ」
「うん。みんなで守ろう」
パトリシア=K=ポラリス(ka5996)は心地よさそうに目を細める。
充足した空気を胸いっぱいに吸い込むと、自分もこの船の一員になったのだと、そんな気にさせられた。
戦域までの航行中、船の見学がてらに沢山の船員と言葉を交わした。
みんな街を守るという使命に燃えた勇士たちだった。
まあ組織柄か、ちょっと自信家というか豪快な人が多かったが、それも含めて海軍だということを彼女は知っている。
お揃いの水兵服で魔術師たちと配置の確認を行っていたマチルダ・スカルラッティ(ka4172)も、軍隊としての練度の高さを感じ取っていた。
頼もしい限りだが、歪虚という存在は人間の規格をはるかに超えてくる。
だから油断をするつもりはなくても、鳴り響く警報と共に緊張は高まっていく。
そんな時、通信機から時音 ざくろ(ka1250)の切迫した声が響いた。
「前方に光源――こんな距離から!? 来るよ――」
彼の言葉を遮るように、水平線に見えた7つの光があっという間に7本の光の束となって艦隊の中を駆け抜けていった。
光がヴォルペザンナを掠め、いくつかの小型僚艦へも突き刺さる。
衝撃に艦がぐらりと揺れたが、ダメージは鋼の装甲を軽く焦がした程度だ。
「流石は最新鋭……頑丈ですね」
通信に流れて来た「被害軽微」の報告に、天央 観智(ka0896)は小さく頷く。
「極力船を狙えないよう……射界を何とか出来ればよかったんですけれど」
そうしている間にも第二射が光り、船団を貫いていく。
手が出せない以上は操舵士たちも回避に専念できているが、それでもはがゆいものだ。
「みんなのヴォルちゃんにハ、簡単に当てさせられないからネっ」
操舵士の傍に陣取ったパトリシアが、ペガサス「エボニー」のお腹をぽみぽみと撫でる。
エボニーが甲高い声でわななくと、マテリアルを通じて予知の力を彼に与えた。
しばらくの間は敵の砲撃を潜り抜けながらの接近。
しかし、やがて敵影から黒い雲が噴き出し始める。
また別の攻撃か――そう思って身構えたハンター、そして船員たちは、すぐにその予想を捨て去ることとなった。
「こりゃ壮観だな」
瀬崎・統夜(ka5046)は機体カメラで雲の様子を捉えると、可能な範囲で拡大してその正体と向き合う。
すぐさまバイパスをフライトフレームへと接続して、バックパックにエネルギーを送り込んだ。
「必ず勝とうな」
デュミナス「黒騎士」が甲板から艦橋を見上げ、敬礼をする。
すぐに視線を暗雲――敵の軍勢へと戻すとフットペダルを最大まで踏み込んだ。
ため込んだエネルギーを一気に放出して、彼の機体は発艦した。
「歓迎にグランドスラムを使う! 空の友軍はこのまま艦と速度を合わせておいてくれ!」
惣助が叫ぶと、長光のサブアームが滑腔砲に大型の徹甲榴弾を込める。
機体がそのまま射撃姿勢を取ると、惣助のバイザーモニターに距離カウントが表示された。
「3――2――1――ファイア!」
激しいバックファイアを伴って射出された砲弾。
それは遠い空で炸裂し、巨大な爆炎で歪虚雲を飲み込んだ。
霧散していく小型の狂気たちの中を突っ切って、健在な大型の狂気や後続の軍団がわらわらと押し寄せる。
上空で待機していた飛行隊が、炎が晴れる間際を狙って前線へと飛び出した。
ロニがワイバーン「ラヴェンドラ」の背で周囲にマテリアルを展開する。
マテリアルは無数の黒い刃・プルガトリオへと変わると、一斉に敵目掛けて射出された。
刃に貫かれた狂気たちは翼を不可視の力で蝕まれ、海へと落下していった。
「近づけないことが第一の目的ならば、無勢だろうとやりようはある」
プルガトリオを運よく耐えた堕天使型や大型の甲虫型は、直近の敵であるハンター達へと意識と進路を向け始める。
そこへざくろのルクシュヴァリエ「グランソード」から放たれたデルタレイと黒騎士の四連装カノン砲が斉射された。
「大型はこちらに任せろ。数を減らす方は任せる」
「ああ。そう易々と後方へ抜けさせるつもりはない。暫くここで遊んでいてもらおう」
「クジラビーム、また来るよっ!」
ざくろの通信を受けて2人は大きく散開する。
フルクトゥスのマテリアルビームは狂気の雲を飲み込んで、まっすぐに艦隊を貫いた。
「味方もろともかよ、おっかねぇな」
ジャックは上空から光を見下ろして、小さく口笛を吹く。
手綱を引くとオストロが翼を縮め、急降下を開始した。
「敵が左右に広がり始めた! 俺は左舷に行く!」
衝撃波で甲虫型の翼を切り裂いて、ジャックは叫ぶ。
ロニがそれに頷くと、ワイバーンを右へと旋回させた。
「では俺が右舷に行く」
「俺とざくろは正面か。とにかく注意を引くぞ」
「わかったよ統夜! ここで艦隊の被害が大きく変わるんだ……!」
2機の機体が浮遊型のビームの雨を潜り抜けながら、1機ずつ確実に敵を仕留めていく。
ほどなくして敵の前線と至近距離で激突すると、グランソードが巨大な機剣を抜き放った。
「時音ざくろ、魔動冒険王『グランソード』――行くよ!」
甲板では2機の機動兵器の砲撃音に重なるように、断続的に海兵猟撃士たちの狙撃音がこだまする。
大型の敵に対しては甲板に設置されている艦砲も放たれるが、取り回しの悪さから牽制としての役割が良いところだ。
観智はバイザーモニターに接続されたスコープの映像を覗き込みながら引き金を絞る。
放たれたプラズマ弾頭は前線のグランソードに側面から迫った堕天使型の肩を撃ち抜き、距離を取らせた。
(有効射程まではまだ先……ここから、なのでしょうね)
「前方より敵、距離50を割った!」
「わかりました。備えます」
長光の外部スピーカーから響いた声に、マチルダが魔杖を構える。
傍の海面をフルクトゥスのレーザーが突き抜け、跳ね上がった飛沫が横顔をぐっしょりと濡らした。
それにも構わず空中に展開した魔法陣に意識を集中していくと、甲板上の他の魔導士たちも同じようにマテリアルを大きく、大きく練り上げていく。
やがて放たれた大量のメテオスォームやファイアボールの輝きが、艦隊の前方で大きく花開いた。
●
艦隊の上空に到達した狂気たちを相手に、甲板上から迎撃の砲火、そして空中のハンター達が乱れ交う乱戦が繰り広げられる。
中には早々に艦艇に取りつき破壊活動を繰り広げる甲虫型や、浮遊型・堕天使型が放つレーザーの着弾が徐々に艦隊を蝕んでいく。
小型の艦艇の中にはフルクトゥスからの攻撃との積み重ねで航行不能となり、脱出艇や周辺の艦船の救助を待つ兵士たちが、海面で必死の抵抗を続けていた。
後続からはまだまだ次の歪虚陣が迫り、その数は減るところを知らない。
後方の増援部隊は射線が通る範囲で長光のグランドスラムに飲み込まれていくが、いかんせん数が数だ。
押し込まれるのも時間の問題だろう。
そんな時、突然船が断続的な衝撃とともに振動に包まれる。
「なんだ!?」
惣助が機体のバランスを取りながら辺りを見渡す。
衝撃は船の下から響いていた。
「魚類型だ。魚雷みたいに船底に突貫しかけてるぞ」
統夜からの通信に、甲板の者たちは視線を下方の海へと向けた。
遠い船底にいくつもの白波の筋が突き立っている。
それが魚類型狂気であると気づいた時、再び船にガツンと衝撃が伝わった。
「人魚さんお願いだヨ!」
パトリシアが展開する宝石の輪の中から精霊ネプチューンが顕現し、海へと飛び込む。
「大きな波も怖くない! ざぶーんっテいくヨっ♪」
水中の人魚が作り出した渦が、竜巻のように水流を空へと押し上げる。
その流れに巻き込まれるように、魚類型が甲板近くまで跳ね上げられた。
すぐに同盟の兵士たちが打ち上げられた敵へととどめを刺していく。
一方でマチルダたち魔術師は魔術をグラビティフォールへと切り替えて、空から甲板へ取り付く敵の足止めに集中していた。
「私の故郷。よそ者のすきにはさせないの」
フルクトゥスから放たれた黒炎弾がすぐ近くで炸裂する。
辺りを強力な光が覆うものの魔法の手を緩めることはしない。
重力波から逃れた個体は彼女のワイバーン「ステラ」が強襲し、身体を張って押しとどめる。
空中で大型の甲虫型ともんどりうって、激しい格闘戦を繰り広げていた。
「一気に薙ぎ払うぞ、巻き込まれるなよ!」
長光が滑空砲を背負い、代わりにハンガーから波動銃「アマテラス」を引っ張り出す。
強力な光線が折り重なる空の狂気をまとめて貫いて、直線の空洞を作り出した。
その空洞を突き抜けて、大きな黒炎弾が甲板へと迫る。
長光は大型のフライトシールドを前面で構えると、爆炎をその身で受け止めた。
「流石に強烈だな……だが、俺たちがやられれば船が墜ちる」
そうさせるわけにはいかない。
機体の限界まで盾となり続ける意志だ。
迎撃戦が主体となる甲板と違い、増援に次ぐ増援の空は文字通り混戦の一途だった。
見渡す限りの敵。
繊細な機体制御や飛行操作が命運を左右している。
フルクトゥスの巨大なレーザーが黒騎士の片足を飲み込んだ。
機体のバランスが大きく傾くが、統夜はスラスターの出力バランスを調整し体制を保つ。
「あいにく、飛んでいるなら足は飾りでな」
連装カノン砲が頭上を飛び越える甲虫型2体をまとめて屠る。
そのまますぐにアサルトライフルへと持ち替えるとと、堕天使型の剣をするりと避けて、銃弾を見舞った。
「前方海面、何か来るぞ!」
刺突一閃、左舷の堕天使型を穿ったジャックが、魚類型とはまた違う白波の群れを目前にして注意を促す。
周囲の敵を討ち払いながらそれが何であるか目を凝らすと、特徴的な白い外骨格が波間に突き出ているのが見えた。
「シェオルだ! シェオルの軍勢が来るぞ!」
咄嗟にグリフォンを翻そうとするが、空の敵陣の壁が厚く、思わず思いとどまる。
今ここを離れるわけにはいかない。
「ざくろが行く! 統夜、ここは任せたよ!」
「ああ、なんとかするさ」
起動したフライトシールドの上にフロートユニットのように乗って、グランソードが海面めがけて急降下する。
構えた機剣が光を宿し、大きなひと振りと共にマテリアルを放出した。
「必殺――ヒトカイザー!」
放たれた一撃は水柱を上げながら群れを飲み込んだ。
しかしシェオルという個体はそれだけで止まるような相手ではない。
突破してくるのを承知のうえで、ざくろは再び剣を構える。
「止まらないなら、ざくろのことを脅威だと思わせるだけだよ!」
放たれた第2靭が再び海面に水柱を打ち立てた。
「派手にやるな。そのぐらいの方が気前がいいか」
機体の簡易チェックを行いながら、統夜は自機を囲む狂気へアサルトライフルで牽制を行う。
ざくろと2機で守っていた正面の軍勢を一挙に引き受けると、流石に損傷も積もり始める。
時折ロニが駆けつけてリカバリーを行ってくれるが、彼も長いこと持ち場を離れるわけにもいかないので、結局は騙し騙しだ。
「勝つまで持てばいい。そういうもんだ」
背後から取り付いた甲虫型を強引に振り払い、アサルトライフルの銃口を突き付けるようにして全弾を叩きこむ。
右舷でも同じように、ロニが増え続ける敵に1騎での対応の限界を迎え始めていた。
「ある程度の損耗は織り込まねばならないのだろうが……ただでは抜けさせん」
レクイエムの祝詞を口にし、周囲を抜けていく歪虚群へマテリアルの呪いを浴びせる。
同時に自身も少しずつ戦線をヴォルペザンナの傍へと押し下げていった。
「有効射程はまだか?」
『あと100mは近づきませんと……“届くだけ”なら十分でしょうが』
観智の返答に、ロニは大きく息を吸い込む。
それでは意味がない。
残り100m――ここからが正念場だ。
堕天使型のマテリアル砲がFシールドに遮られて弾ける。
浮遊盾はすぐさま射線上から対比すると、構えていたガトリングガンが敵の巨体を撃ち抜く。
懐に入り込まれ始めると、アンチマテリアルライフルでは取り回しが悪い。
ここからの役目はさながら対空砲として取り付く歪虚を払うことだ。
「移動型砲台の役目は……得意ですけれどね」
観智は堕天使型の動きに合わせて機体を甲板に走らせ、その進路を遮り続ける。
小型の敵ならば範囲攻撃で対応できる魔術師たちに任せた方が効率がいい。
自分の役目は、CAMで相手すべき存在を足止めすることだ。
ヴォルペザンナの外壁を、シェオル・ノドの群れが爪を立てて登っている。
ざくろが海に蹴落とすように対応を行っているものの、全てに追いつく数ではなく徐々に甲板に敵が登頂し始めていた。
闘狩人や疾影士など、白兵戦を得意とする兵士たちが甲板に散り、文字通り水際の攻防を繰り広げる。
しかり彼らにとってすればシェオルの力はやはり強大で、1人、また1人と被害は広がりつつあった。
ヴォルペザンナもよく持ちこたえているが、右舷に強打を受ければ左舷にもわざと受けておくなど、艦船運用上のダメコン理論に則ってダメージが決して少ないわけではない。
艦隊の僚艦が減るにつれて的が絞られはじめると、狂気の攻勢やフルクトゥスの砲撃にさらされることも多くなってきた。
「ステラ!」
マチルダが呼び笛を吹くと、頭上を旋回していたワイバーンが甲板へと降り立つ。
彼女はその背中に飛び乗って、上空へと飛び上がった。
甲板と言う平面の敵相手なら見下ろした方が効率がいい。
敵の頭上から狙いを定め、ピンポイント爆撃のようにマジックアローの雨を降らせる。
『甲板、持ちこたえてるか!?』
ジャックからの通信にパトリシアが答えた。
上空を見上げればグリフォンが木の葉のように空を舞い、敵の軍勢の中を右へ左へと飛び回っている。
「みんな頑張ってる……頑張ってるヨ!」
頑張ってる――他に表現のしようがない。
劣勢は理解しているから、何とか持ちこたえている――なんて表現は口にしたくなかった。
みんな一丸になって頑張っている。
「頑張ってるか……分かった。俺たちも頑張るぜ……!」
ジャックはインカムから指を離し、頭上から迫った甲虫型の爪を盾で受け止める。
「オストロ! 風を呼べ!」
掛け声とともに風の結界が彼らの周囲を包み込む。
斉射された浮遊型や堕天使型の砲撃が結界に遮られて効力を失った。
「確かに、他にやりようはねぇか」
ジャックは意地を張って笑みを浮かべると、オストロの手綱を振った。
翼の羽ばたきと共に放たれた竜巻が、小型狂気をまとめて飲み込み、切り刻んでいく。
●
各ブロックからの報告が飛び交う艦橋で、エリゼオは低く唸った。
覚悟はできていたことだが、艦隊の被害は大きい。
今の戦力で斉射したところで、はたしてあのクジラ共を屠ることができるだろうか……と。
「ただ撃ち合っては……か」
彼はレシーバーを手に取ると、艦内に向けてその声を届けた。
『間もなく本艦隊は敵艦隊に対して有効射程に入る。各員、よく持ちこたえてくれた。だがあいにく艦隊の被害も少なくはない。このままでは刺し違えるかどうかが関の山だろう。そこでだ。各員、もうひと踏ん張り耐えてくれ。必ずや、船上で見る暁を約束しよう』
ブリッジを見上げ、パトリシアがキョトンとした表情で首をかしげる。
「えっと……つまり、もう少し頑張ればいいってコト?」
マストでは伝令兵が周りの艦隊に向けて手旗信号を送っている。
それに併せて艦隊が一斉に面舵を取ったのを見ると、どうやら陣形を変えるらしい。
「耐えろっつーならやってやる。俺だって同盟の男だ。海の男達にかっこ悪いところ見せられるかよ!」
艦の進行に併せて、ジャックもグリフォンの進路を大きく切る。
その進路は蛇行しながらも近づいていたこれまでのものとは違い、敵陣の周りを大きく旋回するかのような縦並びのものだった。
敵の進路に向け、艦隊は次第に腹を見せていく。
射程が近づくにつれ敵の攻勢も激しさを増していく。
クジラの口内から発艦した狂気たちがすぐに前線に到達するのだから、それは仕方のないことだ。
ヴォルペザンナの後方から激しい破壊音が響く。
フルクトゥスから放たれた黒炎弾が尾部のスクリューを破壊したのだ。
推進力が激しく低下し、エリゼオが叫んだ。
「予備帆を張れ! 竜骨が折れない限りは食らいつけ!」
マストから一斉に白い帆が落ちる。
風を受けて大きく膨らんだそれは、まさしく艦隊の旗印のようだった。
甲板ではデュミナスが射撃姿勢のまま次々に迫りくる大型狂気を打ち落とす。
せわしなく飛び回るFシールドは流石に攻撃のすべてを防ぐことができず、時折受け止めそこなった攻撃が機体装甲を打った。
そのたびに観智は機体の位置取りを変え、被害面が敵勢を向かないように立ち回る。
「もう少し、とはなかなかな無茶を……ですが、それぐらい状況は切迫しているのでしょうね」
敵に腹を向ける艦隊進行に、攻撃を受ける船の揺れも大きくなっていった。
激しい横揺れに、甲板の弾薬や薬莢がガラガラと音を立てて転がった。
「エボニーはみんなに元気を分けてあげてネ。パティはヴォルちゃんのために頑張るヨ!」
エボニーが傷ついた兵士たちの怪我を癒す傍ら、パトリシアは船首でストーンサークルを展開する。
顕現したクルルカンが、船の守り神のように淡く輝く。
「クルルちゃん、道をお願いネっ♪」
クルルカンが空を駆け、進路上に立ちふさがる狂気を蹴散らしていく。
空を守る3人はそれを押し広げるように、無理やり身体をねじ込んでいった。
「ちっ……ここらが潮時か」
機体の損傷が嵩んだのを確認して、統夜が徐々に降下を始めた。
正面の多勢をなんとか抑え込んで来たものの、ここにきて機体が限界だった。
黒騎士が甲板に着陸――というより不時着すると、統夜は蒼機砲を携えてコックピットから滑り出る。
「俺はまだやられちゃいないぞ」
そのままシェオルの鼻っ柱に1発ぶち込んでやると、甲板の部隊へと合流した。
船体の腹ではざくろが主砲の前でガウスジェイルを展開し、歪虚たちに立ちふさがる。
必然的に攻撃が集中するものの、彼は一歩も引こうとはしなかった。
「守り切れグランソード! ここを耐えれば勝利はそこだ!」
「ああ、ここを耐えれば……!」
炸裂する黒炎弾をホーリーヴェールで耐え、ロニは疲弊しながらも空を突き進む。
クルルカンが作った道をライトニングボルトで維持する。
「ステラ、頑張って!」
マチルダはワイバーンに言い聞かせながら、進路とは反対方向に飛び回る。
マジックアローで注意を引きつつ、少しでも敵の目を分散させる狙いだ。
さきほどからとっくに射程圏には入っているはずだ。
だが、艦隊はまだ砲撃を開始しない。
そうしている間にもフルクトゥスが艦隊の動きに追いつき、ビームを放つ頭部をこちらへ向けようとしていた。
「艦長、まだか!?」
『まだだ』
ジャックの問いに、エリゼオは落ちついた口調で答える。
フルクトゥスたちの頭部に光が集まりはじめ、マテリアルが集束していく。
その時、惣助はふと脳裏に過った言葉があった。
「この進路……そうか」
エリゼオの意図を理解した彼は、長光の滑腔砲にグランドスラムを装填する。
あと待つのは、司令官の掛け声ひとつ。
満を持して、エリゼオは叫んだ。
――全砲照準! 撃てッ!
ヴォルペザンナの砲群が一斉に火を噴く。
それに釣られるように、一列に並んだ艦隊が一斉に砲撃を開始する。
敵の進路に腹を向けながら次々と放たれていく砲弾はフルクトスゥの頭部目掛けてつぎつぎと着弾し、白い外骨格を粉々に撃ち砕いていく。
「丁字戦法か」
惣助が呟くと、観智が感心したように息を吐いた。
「現代では航空戦やミサイルの発達でとっくに廃れたものですが……この世代ならなるほど」
長光から放たれた榴弾は、外殻を失ったフルクトスゥの黒い身体に着弾し、派手な花火を打ち上げた。
艦隊は旋回しながら距離を狭め、次々と砲弾を撃ち込んでいく。
空を埋め尽くす狂気をぶち抜きながら放たれる砲弾は壮観だった。
「墜ちろっ! 私たちの街は、私たちが守るんだ……っ!」
距離が狭まるるにつれてマチルダや魔術師部隊の魔法が砲撃に併せて飛び交い始めた。
乱れ飛ぶメテオやファイアボールにフルクトゥスの影が1体、また1体と、霧散しながら海に沈んでいく。
「一刀両断……スーパーリヒトカイザー!!」
グランソードから放たれた光の刃が、さらに小型のフルクトゥスを1体両断する。
洋上に響き渡る轟音は、勝利を称えるファンファーレのように心地よいものだった。
「これが艦隊戦か……」
最後に攻撃が集中した超大型フルクトゥスが沈んでいく。
それを眼下に眺めながら、ロニは感嘆の息を漏らした。
彼の側面から甲虫型狂気が迫る。
振われた爪を盾の一振りで弾くと、堕杖の先を敵の眼前に向ける。
「良いのかお前たち。ここからは殲滅戦だ」
ライトニングボルトが放たれるのと同時に、艦隊の射角が空を向く。
これまであまり無駄弾を打てなかった主砲群が、空や水上の敵へ向けて一斉に火を噴いたのだ。
この世代の砲撃と言えば炸裂弾ではなく鉄球だ。
質量を伴った運動エネルギーこそが、最大のダメージを生む。
四方から砲弾の直撃を受けては、仮に大型の甲虫狂気であろうとも、四肢をあらぬ方向にねじ曲がり、外殻はぐちゃぐちゃに潰されるほかない。
ボロボロになった敵に留めの一刺しを突き入れて、ジャックは不敵に笑みを浮かべた。
「ははっ、やっぱ海の戦いはこうでなきゃな……こっからはハンターじゃなく、同盟の男としての戦いだぜッ!」
グリフォンが堕天型の背につかみかかり、態勢が崩れたところを剣が切り裂く。
繊細さなんてない、勢い任せの荒々しい限りの戦い方。
ビビらせた方が勝つ。
それが海の男の戦いだ。
やがて砲撃音止み、波間に静寂が訪れた。
最後に統夜が打ち抜いたシェオルが空に霧散し、この戦域から歪虚の姿は消え去った。
「勝った……んだよね?」
甲板に降り立ったマチルダが、セーラーについた煤を払いながら、どこか呆然として呟いた。
彼女の疑念に答えるように、トランシーバーが音を立てる。
『貴殿らの協力に感謝する。水平線を見るといい』
言葉につられ、ハンター達は艦上からはるかなる水平線を見つめた。
海と空の境界――世界一曖昧なその境目に、兆しの光が確かに輝いていた。
依頼結果
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依頼相談掲示板 | |||
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質問卓 ジャック・エルギン(ka1522) 人間(クリムゾンウェスト)|20才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/07/13 15:24:38 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/14 00:47:24 |
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相談 パトリシア=K=ポラリス(ka5996) 人間(リアルブルー)|19才|女性|符術師(カードマスター) |
最終発言 2019/07/16 22:15:39 |