• 東幕

【東幕】泥底たる失意の中で

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/07/22 07:30
完成日
2019/07/29 02:31

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

※このシナリオは(赤山比で)難易度が“超”高く設定されています。貴方の大事な装備アイテムの損失、重体や再起不能、死亡判定が下される可能性があります。
なお、登場するNPCも、皆様と同様、重体や再起不能、死亡判定があり、容赦なく判定されます。

●龍尾城
 朱夏(kz0116)が宝物庫から様々な品を運び出し、目録に記していた。
 中には一度使用してしまえば、失われる貴重な物もある。だが、目的を達する為にはやむを得ない事だ。
「符術関係のものが多いな」
 持ち出しの様子を見ていたスメラギ(kz0158)がそんな感想を口にした。
 それらのアイテムは符術師でなくとも術が行使できる、いわば、スキルウェポンのようなものだった。
「全てを解決できるような万能なものがあれば良かったのですが」
「そんな物があるなら、俺様が先に使ってるって」
 憮然とした態度でスメラギは言った。
 この所、武家と朝廷の争いは下火になってきた。スメラギの統治が上手くいっている……というよりかは、邪神による脅威への備えだろう。
 それでも、前に進んでいる事は確かな事だ。
「スメラギ様……急な作戦変更、申し訳ありませんでした」
「なに、気にするんじゃねぇよ。俺様としては大歓迎だぜ。ハンター達と一緒なら、より確実だしな」
「ですが……もし、上様が……」
 肩を落として心配する朱夏にスメラギはうっかり口を滑らせそうになった。
 とあるハンターから、口止めされていた事を思いだしたからだ。
「彼奴は託したんだ……俺様達に未来を。だから、俺様達が、成し遂げてやればいい。そして、いつか見させてやればいいんだ。これが彼奴自身が守った世界なんだと」
 明るく言ったスメラギの言葉に、朱夏は胸をグサリと刺された気分になった。
 人は成長する。あんなにも生意気なガキだったスメラギから、こんな台詞が出てくるなんて。
 それに比べて自分は――という思いを飲み込んで朱夏は顔を挙げた。
「そう……ですね。スメラギ様。それでは行って参ります。吉報をお待ち下さい」
「あぁ! 期待してるぜ!」
 こうして、いよいよ、地下龍脈に潜む悪狐の討伐が始まろうとしていた。

●立花院家屋敷
 悪狐を倒すのに当たって、戦場となる場所や戦力・戦術に課題は残っていない。
 後は倒すだけだ。だが……一つだけ、朱夏にとって見過ごす事ができない問題があった。
「……上様が取り込まれていた場合……」
 秘術によって悪狐を移動を封じる。
 その間にハンター達の攻撃により、大ダメージを与え、敵を倒す。
 コアとなった存在が残っているかどうか分からないが……これだけの日付が経過したのだ。原型は残っていないだろう。
 それでも、人としての形が僅かにでも残っていればそれが“誰か”という話にはなる。
「状況的に他に取り込まれた人はいない……だから、残ったものがあるとすれば、それは……」
 立花院紫草である事に違いない。
 それは幕府の大将軍が悪狐のコアになっていたという事実になる。
 どれだけ不名誉の事なのか、言葉にする必要はないだろう。ましてや立花院家は名だたる武家の頂点に立つのだ。
「…………」
 何か手段が無いのか考え続けたが、妙案は浮かばなかった。
 朱夏は項垂れると、両肩を小刻みに振るわせる。
「……私に、こんなにも覚悟が足りないなんて、思わなかった……」
 誰にも聞こえないように朱夏は呟いた。
 解決する為の方法がない訳ではない。しかし、その実行は文字通り、最後手段だった。
 だが、現実を目の前にすると、それは絶望でしかなった。
「牡丹も仁々木も、幕府軍の皆も……こんな中、戦ったというの……こんなの……」
 死ぬ事が分かっていても、それでも、彼らは戦い続けた。
 未来を守る為に、ハンター達を逃がした。それと同じ事ではないが、死ぬことには変わりはない事を目の前に朱夏は打ちひしがれた。
「……私、死にたくなかったんだ……上様の為でも、家の為でもなかったんだ……」
 大粒の涙がとめどなく流れて来る。
 自分の存在に気が付いた。自分がどんな人間なのかと。戦死した牡丹や仁々木、幕府軍の皆と比べれば、なんと矮小で卑怯な人間だったんだと。
「私は……私は……」
 激しい嫌悪感に包み込まれたその時、部屋の外から出撃を知らせる声が入っていた。
 朱夏は慌てて涙を拭うと返事をする。
「……分かりました。出撃します」
 震えた声が聞こえていないかどうか、そんな心配と共に。

●地下龍脈
 作戦は順調に進んでいた。
 龍尾城の宝物庫から借り出した秘術の符を幕府軍が適度な場所に貼り付けていく。
 時折“涅色の狐の雑魔”が邪魔してくるが、問題なく排除する。
 部下達の報告を聞いて指揮官である朱夏の父親は満足そうに頷いた。
「よし、手筈通りだな。ハンターの皆さんにも状況を逐一、報告しておくのだぞ」
 待機しているハンター達に気を遣う事を忘れない。
 この作戦の要は、彼ら彼女らなのだ。秘術により、悪狐の移動を封じたとしても、それを打ち倒さなければならない。
 強力な装備、術は必須であり、幕府軍の討伐隊は人数はいるが、決定打を放てるものが少ない。
 そうでなくとも、雑魔の対応などにも人員を必要としているのだ。
「それで、まだ、悪狐の姿は見つからんのか?」
「そろそろ地中から姿を現すと思われる」
「よし、いち早く見つけるんだ。秘術の効果を最大限に活かす必要があるからな」
 地下龍脈に姿を現した所で秘術により敵の移動を封じるのだが、どこでもいい訳ではない。
 少なくともハンター達が展開できる場所まで誘導する必要があるからだ。そして、そこまでは幕府軍の仕事だった。
 同時に、僅かでも“涅色の狐の雑魔”を倒し続ける事で、敵の負のマテリアルの総量を減らすのだ。
 総量が減れば減るほど、本体である悪狐との戦いが有利になる。
「そういえば、朱夏の姿がまだ見えないが……?」
「まだ探索に出ておられるかと」
 朱夏や一部の武士には、誘導役を任せているのだ。確りと仕事をして貰わないと困る。
「どうしますか? ハンター達にも探索をお願いしますか?」
「そうだな……希望者がいれば、お願いしよう」
 父親は頷くと、ハンター達が待機している場所へと向かうのであった。

リプレイ本文

●探し求めて
 地下龍脈は特殊な影響により、細かい路地が移り変わってしまう現象がある。
 その為、地図を作っても、常にその地図が正しいとは限らないのは、これまでの地下龍脈の調査で判明していた事だ。
 ミィリア(ka2689)が口元をギュッと閉じながら、洞窟の壁に印をつけていた。
「涅狐が湧いてきた方向の汚染が酷いと当たりをつけてたけど……どうも違うでござる?」
 地面には先ほど討伐したばかりの涅狐雑魔がゆっくりと消滅していた。
 戦闘自体は特に問題はないのだが、探索で躓いていたのだ。
「私もそう考えていたのだが……ミィリア殿、そっち側にも印を」
 同行している銀 真白(ka4128)が地図に得られた情報を書き込んでいく。
 他の班や幕府軍からの探索結果も合わせての事だ。
「はいでござる!」
「新しく地図を作るような感覚の方が早かったか……朱夏殿が無事であればいいが」
 既存のものが役に立たない上に、広大な地下龍脈に入り込んだ一人の女性を探すのは思った以上に骨が折れる事だった。
 二人は地下龍脈内に響く物音や戦闘跡なども確認しつつ、洞窟の奥深くへと進むのであった。

 細い路地の中でハンス・ラインフェルト(ka6750)が器用に聖罰刃を振るっていた。
 左右は壁なので、前後と上下のスペースを活かして荷重を移動させる。
「今度こそ大元に行き会えると良いのですが……これでも多少は役に立っていると信じたいところですね」
 窮屈な体勢からであったが振り下ろした剣先が涅狐を切り裂いた。
 それが消滅するよりも早く、奥から別の涅狐が飛び出してくる。
「敵が来る方に大元が居る可能性が高いとは思いますが、絶対でもないでしょうから。難しい所ですね」
「まったくだ。地下龍脈が無駄に広い上に、こうも入り組んでいると」
 応えたのは輝羽・零次(ka5974)だった。
 構えた機甲拳鎚から練ったマテリアルを一直線に放つ。
 朱夏(kz0116)が残した戦闘跡のようなものは見つけたが、まだ発見に至る決め手には欠けていた。
「雑魚とはいえ、敵の多さと入り組んだ地形が問題でしょう」
「他の班との協力も必要だが、どこまで出来るか……出来るだけ早く見つけ出せればいいが」
 その時、視線の先、照明の灯りが届かない闇の中から、新手の涅狐が現れ、二人は武器を構えるのであった。

「アルトさんに任せっきりで……」
 申し訳なさそうにイツキ・ウィオラス(ka6512)が、魔導カメラ片手に洞窟の壁や地面を丁寧に調べているアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)に言った。
 二人共、探索に重きを置いて行動していた。
 思った以上に成果が得られなかったイツキと比べ、アルトは悪狐や朱夏の痕跡を見つけ出していたからだ。
「気にする事はない。全員で取り組んだ結果が繋がればいいのだから」
 勿論、他班からの情報や、複数のマップを用いたりとしているものの、純粋に力量差が如実に出ていた。
 これは探索だけでもなく、戦闘においても同様だった。もっとも、イツキが足手まといだった訳ではない。
 アルトというハンターと比べればという話なだけで、一般的なハンターと比べれば、イツキも遜色は無かっただろう。
「それにしても朱夏さんはどこに行ってしまったのだろうか」
「……確かに、心配ですね」
 幕府軍も悪狐を探しているが連絡は取れている。それなのに、一人だけ連絡がつかないのは不安になる。
「心配なのかい?」
 爽やかに言ったアルトにイツキは少し、考え込む。
 腰元に固定させたランタンが鎧とこすれて乾いた音を立てた。
「……強すぎる人が間近にいるのは、似ているのかなって」
 だからという訳ではないが、そんな自分だからこそ、何か伝えられる事があるのではないかと、イツキは思うのであった。

 天竜寺 詩(ka0396)がスッと壁に印をつけた。
 探索は順調ではなかったが、悪狐が存在すると思われる一角の目途はついてきた感じだ。
「この先は、路地の変化が多いみたいですね」
 それだけ悪狐に迫っているという事なのだろうか。龍崎・カズマ(ka0178)は詩の台詞に頷きながら、地図データを更新する。
「もし、負の感情が影響するのなら、俺の中にもある……愛するが故の後悔も、怒りも、悲しみも、絶望も……悪狐は、これを引き寄せるか?」
「そうだったら、朱夏さんも悪狐を引き寄せるのかな」
「……まさか、連絡がつかないって事は……」
 もし、朱夏が自暴自棄になっていたら――どんな行動をするか分からない。
「悪狐との戦闘よりも前に朱夏さんを見つけないと……やっぱり、ネムレスさんの事、伝えなかったからかもしれないし……」
 やや肩を落とす詩にカズマは首を横に振った。
「きっと、問題は“そこ”ではないはずだ」
「?」
 首を傾げた詩にカズマは、行く手に広がる闇を真っ直ぐ見据えて応えた。
「見えていないんだ。周りも、そして、自分自身を……」

 連れてきた忍犬はあまり活躍しなかったが、ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)のニンジャ探索術は探索に有効だった。
 占術や生命を感知する符術を駆使出来たのは大きかった。
「朱夏さんも探して、絶対一緒に帰るんだから!」
 意気込むルンルンは僅かに残された痕跡がないか地面を這いつくばるように調べる。
 だが、それが良くなかったようだ。涅狐の接近に気が付かなかったからだ。
「ルンルンさん後ろですーー!?」
 アルマ・A・エインズワース(ka4901)の声が響くと同時に、三つの光が飛んだ。
 それらは、ルンルンに襲い掛かろうとした涅狐を貫いていく。
「あっ! ありがとうございます!」
「そんなに熱心にしているからですよ……何かあったのですか?」
「これを見て下さい!」
 ルンルンが指さしたのは女性の足跡だった。
 手元の地図では、他の班や幕府軍も、まだ未探索の場所だ。
「この先は悪狐が潜んでいるかもしれない一角にも繋がりますし」
「だったら、急がないといけないですー!」
 二人は目を合わせると口伝符を手に駆け出した。

●届かぬ想いと真隣の絶望
 位置的にはルンルンとアルマの班、次にカズマと詩の班が近く、すぐに合流。
 開けた空間に出た所で、朱夏を発見できた――いや、正確に言うと、悪狐の近くに佇む朱夏を一緒に見つけ出せたという事だろう。
 もう少し探索に力を入れていれば、朱夏が悪狐に辿り着く前に、彼女と出逢っていたかもしれない。
「……今更なんですか?」
 朱夏は4人のハンターの姿を確認した。
 頭の中、ハンターオフィスで調べた報告書にあった人物と照らし合わせた――そして「あの人が……」と、小さく呟く。
「どうして一人で動いたの!」
 一気に詰め寄ろうとした詩だったが、カズマに止められた。
 それで気が付いた。朱夏は悪狐のほぼ隣にいると。悪狐は幕府軍の作戦で足止めされているから身動きが取れないのだろう。それでも悪狐の意識が朱夏に向いただけで、極めて危険な事になるはずだ。
「上様と家の事です……貴方達には関係の無い事」
「朱夏さん、悪狐に飲み込まれるつもりなんですか?」
 ルンルンの問いかけに朱夏は何も答えなかった。
 ただ、怯えた瞳で全身を震わせていた。それが、問いかけの答えを暗に物語っていた。
「死ぬのが怖くない人なんていない。私だってそうだよ」
「私は、牡丹や仁々木のようにはなれない……けれど、それでも、やらないといけない」
「確かに、牡丹さんや正秋さんは死を覚悟はしてたと思う。けど、私は彼等が死ぬ為に戦ったんじゃなく、最後まで生き抜く為に戦ったんだって、そう信じてる」
 詩の台詞に朱夏はカズマへと視線を向けた。
 それは一瞬の事。すぐに詩へと意識を戻す。
「だったら、尚の事、私は、そうは成れない」
「命を賭けると命を捨てるは違う。命を賭けてもいい、でも、捨てないで。お父さんを悲しませないで……」
「やめてぇ! もう、こうするしかないんだから!」
 説得を跳ね退けるように朱夏は叫ぶと刀を抜いて、ハンター達へと刀先を向けた。
 どうしてもハンター達の声は届かないようだ。
「上様が、悪狐に飲み込まれ、核となっているかもしれない……そんな事は認められない。私達の上様が、憤怒に取り込まれるなんて!」
 立場的な問題もあるが、それ以上に、紫草が憤怒と一体化しているかもしれないという事実を受け入れたくないのだろう。
「わぅ? 紫草さんって記憶はともかく、一先ず、リゼリオに行って、暗殺とかされ辛くなった……ですよね?」
 叫ぶような朱夏の言葉に、アルマがさらっと義手の指を口元に当てて言い続ける。
「リゼリオなら、色々安心ですしそんなに無茶する必要は……えっと……これ、もしかして言っちゃいけない奴だったです?」
「それが……それがなにか!?」
 鋭い視線と刀先を向けられてアルマは思わず、一歩下がった。
「僕、よく紫草さんにぎゅーしてましたし……ぎゅーして確認したので多分間違いないと思うですっ。あれはご本人です!」
 アルマの説明に朱夏は詩へと視線を変えた。
 詩はそれに気が付き、申し訳なさそうに頭を軽く下げる。
「ごめんなさい……事が終わったら、殴るなり好きにしていいから。だから、その為にも、生きる為に戦って……」
 懇願するような二人に朱夏は舌打ちのような乾いた音を立てた。
 だらりと刀を下げると、そのまま、手を離す。刀が無造作に地面に落ちて転がった。
「……だったら、どうしたっていうのよ! それは、上様じゃない!」
「朱夏さん……」
「わ、わん!?」
 唐突な反応に詩とアルマは絶句する。
「……記憶喪失でリゼリオに? だったら、なんで家に戻ってこないの? 記憶喪失なんて嘘よ。そんな都合よく、記憶が無くなる訳っ……違う、違う! 私達は見捨てられた訳じゃない! それは、偽物よぉ!」
 頭を抑えながら叫ぶ朱夏。
 朱夏が恐れていた事――帰ってこない紫草に自分達が見捨てられたという不安が、紫草の生存情報に強く反応したようだった。
 紫草が生きているとしれば、少なくとも、悪狐の核にはなっていない。その為、命を捨てて、飲み込まれに行く必要はない……だが、それを認めるという事は、家に帰ってこない紫草の行動は、既に自分達を見捨てた事になる。それは、朱夏にとって、命を失う事と同じ位、残酷な事であった。
「私が飲み込まれれば、悪狐を倒した後、何か残ったものがあっても、それは私であって、上様じゃないだけの事なんだから!」
「それは何も解決にならないよ、朱夏さん! 貴女が死んじゃたら!」
 ルンルンの必死の制止に、彼女は涙目になりながらも、強気に返した。
「もう……こうするしか、ないから!」
 それまで無反応だった悪狐がハンター達の存在に気が付いたようだ。騒ぎ過ぎた事もある。
 移動は出来ないものの、身体の向きは変える事はできるようで、不気味にぐるりと胴体を動かす。負のマテリアルが固まりとなって蠢く様子は、生理的にも受け入れ難い雰囲気を放っていた。
「こっちに来るんです、朱夏さん!」
 アルマの呼びかけを無視して、朱夏はギュッと瞳を閉じる。
 そうこうしている間に、悪狐はハンター達を正面に見据えていた。もはや、今から朱夏を強引に避難させるなど、何かをする猶予はないだろう。
「踏み出さなかったら変われない。このまますべて無くなってしまう事がもっと怖い……。だから、恐れを越えようと、誰かに笑って欲しいと信じて、最初の一歩を進むんだ!」
 黙って経過を見守っていたカズマが朱夏に告げる。
 朱夏は閉じた瞳をゆっくりと開くと、カズマの腕に視線を向ける。それに気が付きながらも、カズマは続けた。
「彼女だってそうだった! 恐れて、それを越えようとしていたんだ!」
「私は牡丹みたいにも、貴方みたいにも成れない! 踏み止まっていいじゃない!」
「例え、泥の底だろうとも、足掻いていくしかないんだよ!」
 背後から仲間達が駆けつけてくる音が響いた。
 悪狐もハンター達の増援に気が付いたようだ。そして、眼下にいる朱夏に不気味な口を開く。
 カズマの根気に朱夏は折れたようだった。どんなに辛くても苦しくても、足掻くしかない。彼だからこその、言葉の力なのだろう。
「……牡丹が、貴方を好きになるのが分かった。羨ましい……さよなら……」
 直後、悪狐の巨大な口が、あっけなく朱夏を飲み込む。
 彼女は避ける事も、声をあげる事もなかった――。

●想定外へ
「つまり、悪狐の中に将軍の遺物が入っている事が明らかになる事が、立花院家にとって極めて不名誉な事なんだな」
 事情を確認する零次に真白が頷く。
「そういえば、地下龍脈で見つかった将軍殿の鎧……激しく損傷していた……確か、術の依代だったはず」
「悪狐の中に何か残っている可能性は高いという訳か。だから、現実に将軍が生き残っているかどうか兎も角、誰かが討伐前に飲み込まれれば、それが将軍のものかどうかはあやふやに出来ると……」
 零次の推測に集合したハンター達は視線を悪狐へと向ける。
 今にも襲い掛かってきそうだが、移動を封じられているので、押しつぶされる心配は今の所はない。それでも、遠距離攻撃の類は持っているだろう。いつまでも、対峙している時間はない。
「それでどうしましょうか? 私はこのまま斬りかかってもいいですが」
 既に戦闘モードに入ったハンスが仲間達に尋ねる。
 悪狐を討伐すればいいのだが、あの中には朱夏が飲み込まれているのだ。それを、このまま攻撃をすれば、朱夏にハンター達の攻撃が当たってしまう場合もあるだろう。
 ルンルンが符を構えて胸を張った。
 どうするもこうもない。答えは最初から決まっているからだ。
「正義のニンジャは、人々の笑顔を護るものなのです! 朱夏さんを助け出して、悪狐を退治しちゃいます!」
「そういう事だな。問題は、どうやって、救出するか、だが……」
 ルンルンの宣言に同意しながら、アルトは仲間達に視線を順に向けた。
 朱夏だけではなく、誰かが飲み込まれた場合の対処を想定していなかったようで、明確な作戦が浮かばない。今ある手段を再確認して、各自が持てる力を出し尽くすしかない。
「救出するまで、積極的な攻撃を控えるとしたら、私とアルマは牽制程度か」
「確かに、ジュって焼きかねないです」
 うんうんとアルマが頷く。
 二人共、恐ろしい程の攻撃力を持つハンターだ。勢い余って朱夏を殺してしまいましたでは話にならない。
 真白が十翼輝鳥を手に言った。
「敵の攻撃を受け止める者、道を開く者、中に突入する者、援護する者が必要かと……」
「それなら、俺の出番だな。攻撃に耐え続けるなら、少しは自信があるぜ」
「一人では連続攻撃を受けるのは危険です。私も盾になりましょう」
 零次とイツキの二人が、悪狐の攻撃を受け止める役を買って出る。
 格闘士には、圧倒的な攻撃に耐える技があるのだ。救出するまでの間なら保てるかもしれない。
「俺が突入する。手段があるからな」
 カズマが星神器に触れながら宣言した。
 負のマテリアルの集合体である悪狐の中はどうなっているか分からない。仲間の構成を見ても自分が適任だろうと思う。
「それじゃ、ミィリアは道を開くでござるよ!」
「そういう事であれば、私も振るわせて貰いますよ」
「ミィリア殿とハンス殿が行くのであれば、私は後ろから撃ちます……後は、突入前後に合わせての援護ですが……」
 話をまとめるような真白の言葉に、ルンルンがビシっと手を上げた。
「突入まではルンルン忍法で、その後は、ポーションを用意します!」
「私は最初から魔法で援護するわ」
 ヒーリングポーションをルンルンに渡す詩。
 なんとしてでも、朱夏を救出しなければならない。そんな思いを心に刻みながら、魔法を唱える為、意識を集中させるのであった。

●泥底たる失意の中で
 ハンター達のマテリアルの光が、悪狐の負のマテリアルを押しのけるように広がった。
「僅かな時間だけど、かなりの防御力がついたはずかな」
「しつこい汚れ、今度こそここで綺麗さっぱりお掃除しちゃうんだからっ!」
 詩の強力な掩護魔法を受け、ルンルンの五色光符陣が輝き、朱夏の救出作戦が始まった。
「ミィリア達は誰かを信じられる、想い合える……そんな強さで明日を掴み取る!」
 桜吹雪のマテリアルが渦を巻いて大太刀へと集う中、ミィリアは瞬きせずに悪狐を見つめ続けた。
「押し付けられた怒りなんていう無粋なもので、邪魔なんてさせやしないんだから…!」
 ドンっと大きく踏み出すと、大太刀を真っ直ぐに突き出した。
 巨大な音と共に放たれたマテリアルの光の一撃が地下龍脈を揺らす。
 闘狩人の極限の奥義。神をも穿つ光が、悪狐の胴体を貫いた。
「なるほど……やりますね。それなら、私は……」
 強力な一撃にハンスは不敵な笑みを浮かべて星神器たる滅龍の剣を掲げた。
「神殺の理、大いなる存在を九つに斬り刻み、神の血を降らせよ、オロチアラマサ!」
 星神器からマテリアルの光が迸った。
 それは一振りしただけなのに、悪狐には幾度となくマテリアルの刃が斬りかかる。
 二人の必殺の攻撃により、胴体部分が深く抉れる。その抉れた場所を知らせるように真白は左手に持つ弓で狙いをつけつつ、右手を保護するようなタグを掲げた。
「東方に巣食う影……今度こそ、ここで斬り祓うっ!」
 真白の周囲に浮くように漂うマテリアルの光が集束すると同時に、指向性を持って悪狐を照らした。
 ただの光ではない。コンクエスターの力だ。
「……正秋殿、瞬殿……今一度、力を――いや、見届けて欲しい。私達が前に進む事を!」
 右手のタグからマテリアルの矢を形成する。
 狙いは一点。機会は一度切りだ。
 悪狐もやられっぱなしという訳ではない。強力な攻撃を立て続けに受けた事で、反撃を試みる。
 巨大な右の前脚を振り下ろす。それを正面から零次は受け止めた。
「なかなか、とんでもねぇ一撃だな」
 今度は左からの攻撃。
 それをイツキが蛇節槍で受ける。折れそうになるほどの圧倒的な威力の攻撃。
「……いつまで、保つか分かりませんが……一歩も引かないです」
 攻撃は避けられればベストだろうが、突入を試みるカズマを支援する為には、下がる訳にはいかない。
 目的が達せられるまでは受け止め続けるしかないのだ。
「簡単には倒れたりしねぇーぞ!」
「その通りです。ここで倒れたら、何の為に今、この場に立っているかという事ですから」
 砕ける事のない強い意志とマテリアルが体内を廻る。
 一発逆転のその時まで、いかなる攻撃でも立ち続ける事ができるのだ。
 もし、ハンター達の準備がいずれかでも欠けていたら、あるいは別のスキルをセットしていれば、この状況には至らなかっただろう。
 カズマは星神器と武神到来拳を構えながら、仲間達が作った道を駆ける。
「皮肉なものだな。お前がいたから俺は彼女に出会えて、お前が残したもので俺は彼女を失った……」
 星神器の力を解放させる。秘められた武の理の力が、カズマを包み込む。
 流れるような髪を持つ影が一瞬、重なった。
「本当に世界はままならない! 俺はただ、報われてほしいと願っただけなのに!」
 踏み込みと同時に疾影士としての力も行使した。
 深く抉れた腹部を更に削ると、立て続けに放ったアサルトディスタンスで体内へと侵入する。
 負のマテリアルに圧壊されるような痛みと暗闇。文字通り、足掻くようにカズマは拳を振り続けた。
「入りやがったか! いっけー!!」
 零次がエビフライを咥えながら叫ぶ。
 後はカズマが朱夏を見つけて救出すればいい。僅かな間かもしれないが、それまでの間、耐えきればいいのだ。
「出口を塞がれる訳にはいきません」
 腹部に空いた穴を抑えるように前脚を塞ごうとする動きをイツキが牽制する。
 他の仲間達もそれぞれ、武器を振るって攻撃している。負のマテリアルの塊である悪狐には、何度も同じ武器を使うと武器が損傷したり、魔法も同じ魔法は威力が漸減していくが、その辺り、ハンター達の準備は万全だった。
「まだ、倒れる訳にはいかねーんだよ!」
 尽きかけそうなマテリアルを絞り出して、やっとの事で零次は立ち続けた。


 漆黒の闇と全身を襲う倦怠感の中、朱夏は意識を深く沈めていた。
 これでいい。何も考える事はない。そんな中、光が見えた。紫紅色の光だった。
(ひかり?)
 縋るように朱夏は手を伸ばした。
 もう望むものなど何もなかったはずなのに、この暗闇の中で、それが愛おしく思えた。
(あぁ……だから、足掻くんだ……)
 叶わないと思いつつも、それでも朱夏は精一杯手を伸ばした。明日を掴むように――。
 直後、伸ばした腕を掴まれた。
 何か叫び声のようなものが聞こえるが、何を言っているのか理解できない。それでも、意味は分かった。
(ぁあぁぁああぁ!)
 泣き叫ぶと同時に身体が抱き締められる。
 それが誰なのか確かめる前に、朱夏は意識を失った。


 負のマテリアルを撒き散らしながら、カズマが朱夏を抱えて悪狐の体内から飛び出した。
 全身から煙のようなものが噴き出ている。強く汚染されたようだ。もし、もう少し遅ければ、二人共、四肢がバラバラになっていてもおかしくなかっただろう。
「どうだ……耐えきった、ぜ」
「零次さん!」
 飛び出してきた仲間の無事を確認して、膝をついた零次にルンルンが駆け寄る。
 朱夏を救出した。この後は攻撃を繰り返すだけだ。そして、その役目を担う戦力をハンター達は温存している。
「傷ついた者は、一度、後ろへ!」
 零次が抜けた事で出来た戦線の穴に真白が駆け出すと呼び掛ける。
 次、誰かが飲み込まれても助け出す手段がない以上、飲み込まれる事は絶対に防がなければいけない。苦しい状況だが、ここが正念場だ。
「回復魔法を!」
「引っ張りながら下がるには、流石に少しばかり無理がありますね……」
 詩がカズマと朱夏に回復魔法を唱える間、ハンスがずりずりと二人を引っ張って、少しでも悪狐から遠ざける。
 だが、それを敵が見逃すはずがない。まとめて潰そうと頭突きを繰り出してくる悪狐に対し、イツキが星神器を掲げた。
「必滅の理、深き罪と救済を呼ぶ、汚される事なき者の想いよ、アンフォルタスの槍と成れ!」
 光を纏った強力な一刺しが、悪狐の頭を貫通した。
 その衝撃で頭突きの軌道がズレて、倒れ込んでいる二人の脇にドスンと落ちる。
「早く!」
 悪狐の頭が上がると同時に前脚が振り下ろされた。
 それを真白が十翼輝鳥を交差させてマテリアルで盾を作りつつ、割って入って受け止める。
 地面に埋め込まれるのではないかという程の威力だ。真白は半分消えかけている意識の中、十翼輝鳥を構え続ける。
 まだ敵の攻撃が終わった訳ではない。再び振り上げられた前脚――真白の視界の中に桃色の侍が飛び込んできた。緑色の鉢巻が揺れている……。
「マーシィロォォォ!」
 ミィリアの叫び声と共に振り下ろされた悪狐の前脚は不可思議なベクトルに合わせ捻じ曲げられた。
 真白や倒れた仲間達を直撃するはずだった、悪狐の強力な攻撃を大太刀で受け止め、桜吹雪状のオーラが弾けるように舞った。
「ミィリア殿!?」
「こんなところで折れてやるつもりなんてない!」
 叫ぶ彼女の身体からはマテリアルの光が発せられていた。
 ここで折れたら、あの時からの時間は、意味はなんだったというのだ。全力で悪狐の攻撃を受け止める。
 この間の貴重な時間で、カズマと朱夏に応急処置を施した詩はハンスとイツキに呼び掛ける。
「今のうちに、下がりましょう」
 負傷者を安全な所にまで下げれば、敵は追って来られないのだ。

●憤怒狩り
「やれやれ、ほんと、最後の最後まで憤怒はしつこいな……」
 負傷者を後方へと下げる仲間達と入れ替わるように悪狐の正面に回ったアルトは予備武器から剛刀へと持ち替える。
 武器の準備は万全だ。そして、アルトには自信があった。あの時“獄炎の影”を倒した時よりも、遥かに成長しているのだから。
「随分と仲間を痛めつけてくれたようだからね」
 ググっと剛刀を持つ手に力を込めながら、視界の隅で朱夏の姿を確認する。命に別状はないようだ。
「立花院さんは、常にこの国の次の世代の為にと、心を砕いていたと思うし……その中には、多分この子も含まれていると思うんだが、な」
 これでは盛大な親離れの行事となってしまったではないか。朱夏は大丈夫だろう。命を懸けて、彼女を守ろうとした仲間達の想いと声は、届いたはずだ。
 後は、早々に、この“死に損ない”を退治しなければならない。
「ここまで引っ張ったんだから、少しは手応えを感じさせてくれよ」
 トントン……と軽くステップを踏んでからアルトは花びら模様の残像と共に駆けだした。
 猛烈な速さで悪狐の身体を駆けあがると、的確に剛刀を連続して叩き込む。悪狐の反撃を苦もなく避けると二転三転して大地に降り立った。
「――」
 アルトは集中していた意識を解き放つ。
 広がる知覚、マテリアルの流れ、それら全てを見えるかのように。
 超加速したアルトが悪狐の身体の周囲を駆け巡りながら繰り出す斬撃の雨は、瞬く間に悪狐を削り取っていった。

 その様子に機導術を行使していたアルマが「おぉ~」と目を丸くする。
「さすが、アルトさんですね。だけど、僕だって、ここからが本番ですよ」
 ニヤリと口元を緩めた。
 魔法攻撃は、同じ魔法を撃つ度に弱っていく。
 その為、多数の魔法をセットして準備した。その中で、アルマは取って置きを残しておいた。
「マテリアルに包まれていない武器で攻撃を続ければ、その武器は痛んでいく。魔法攻撃は負のマテリアルが同調して威力が下がっていく……だったら、その間を突くなら、防ぎようがないですよね!」
 アルマは錬金杖を高く掲げるとマテリアルを練る。
 幻影の翼が羽ばたく中、力を注ぎこまれた錬金杖は幾重にも蒼焔を纏う。
「殴っても強いんですっ、よ!」
 圧倒的なマテリアルの輝きを放ちつつ、悪狐の身体に叩きつけるアルマ。
 魔力を込めた一撃を放つ霊魔撃というスキルだ。これは、魔法威力を上昇させた近接攻撃であり、ダメージは魔法威力がベースとなる。
 そして、アルマの魔法威力は、少なくとも、ここに集まった面々が認める程の、高威力であるのは確かだ。
「何発叩き込めるか、楽しみです!」
 悪狐の炎を後転するように避けると、体勢を整えて、再び意識を集中させる。
 一発や二発で沈むほど弱くないと思いたい。じゃないと、満足出来るまで叩き潰せず、ストレスだけが残りそうだったからだ。

 結局、負傷者を後方に下げたハンター達が戻ってくるまでに、悪狐を討伐寸前にまで追い詰めた二人であった。

●戦い終わって
 依頼は朱夏の作戦通り、悪狐の移動を封じた所をハンター達が猛攻を加えて討伐した。
 探索の傍ら、涅狐を多く討伐できた事も、意味があった。涅狐の討伐数が少なければ、戦闘自体もそうだが、取り込まれた際にも影響があったのだろうから。
「……あれ……ここは、屋敷?」
「良かった。朱夏さん、目が覚めたみたいで」
 見慣れた屋敷の一室。
 横になった状態で朱夏は目を覚ました。外からは犬の元気な鳴き声が聞こえてくる。
 すぐ傍にいた詩がホッと肩を撫でおろした。
「確か……私は、飲み込まれて……それから……」
「悪狐は無事に倒せたよ」
 飲み込まれた後の事はよく思い出せない。
 ただ、真っ暗の空間の中で、温もりのようなものを感じた気がする。朱夏は両腕で自分の身体を抑えた。
「私……助け出されたのですね。生き恥もいい所……」
 そんな風に呟いた朱夏の枕元にイツキがゆっくりとした動作で座った。
 イツキは怒っている訳でも、何か諭そうとしている様子でもなかった。
「誰に何を求め、何を重ねるか……其れは自由です。けれど、其れが全てになってはいけない」
「……」
 イツキの言葉を聞いて黙り込むように俯く朱夏。
 それでも、彼女の台詞は続く。あれだけ威勢よく反論していたのが、嘘のようだ。
 何か、朱夏の心の中に変化があったのだろうか。
「己を確かなものするのは己自身。出逢ったもの、築き上げたものが支えこそすれど、奮い立たせるのは……自分でなければいけない」
「強いんですね……皆さんは」
 思えば、立花院家は当主を失って、慌て過ぎていたのかもしれない。
 それだけ紫草が偉大だったという事だが、逆をいえば、紫草がいなければ烏合の衆とも捉えられかねない。
 だが、そうではないと奮い立つ事が、朱夏には出来なかった。
 当主がいなくても、残った者達だけでも、力強く生きていくと、前を向いて進まなければならなかったのに、それが出来なかった。
「誰だって最初から強くはないし挫けることもあるけれど……」
 ミィリアは朱夏が寝ている布団の正面で正座していた足を崩して苦笑を浮かべながら告げる。
「……一人じゃないでござるよ。前を向く為に手を貸してくれる仲間がいる。そうして信じられる事がある。だから、ミィリア達も手を取り合えないかな?」
「そうだ。正秋殿も大将軍殿も、我らに後を託していった。繋がるものは確かにある。それに、やはり私は、これ以上もう誰にも泣いて欲しくはない」
 話を続けるように真白はミィリアの横でピシっと姿勢よく背筋を伸ばしながら真摯に朱夏を見つめていた。
「一人だけが、誰かだけが、背負って行くのではなく、皆で共に戦いたい。その為にも、朱夏殿も、どうか力を貸して欲しい」
「でも、私、皆さんに悪い事を……」
 下手をすれば、誰か命を落としていたかもしれない。
 これまでの事を思いだし落ち込む朱夏の肩をイツキがポンと叩いた。
「道を選ぶのも、歩んで行くのも、他の誰でもない自分の意志です」
「……今はまだ分からないけど、きっと、いつか、皆さんと一緒に……」
 朱夏は自分の胸に手を当ててそう答えた。
 牡丹のような強さを、正秋のような誠実さを、持っていないかもしれないけれど、それでも、歩いていけるのなら。

 襖の外で、朱夏とハンター達の会話を聞いていたアルトはフッと微笑を浮かべていた。
 自分でも出来ない事を成し遂げた仲間達に向かって感謝の言葉を心の中でそっと送る。
「そういえば、結局、悪狐からは壊れた鎧の欠片しか出て来なかったか」
 戦いの後の事を思い出したアルトが、中庭で、柴犬のような犬と戯れているアルマに声を掛けた。
「万が一、紫草さんの記憶がコアにされていた場合……朱夏さんの記憶と融合して、切り離せなくなったり……とか怖い想像しちゃったですけど、なんともなかったです」
 壊れた鎧の欠片は、紫草の鎧だった。真白の話によると、負のマテリアルの奔流を受け止める際、術の依代になっていたという。
 依代とは、神霊が依り憑くものの事だ。強力な術になると、例えば、物ではなく、自身の身体を使う場合もある。
「愛用していた鎧を使うというのは、意味があっての事だったという事でしょうか」
 ハンスの台詞にアルトは頷いた。
 紫草の事だ。術が失敗しないように何か工夫していても可笑しくはない。
「自身の身体の一部として作用させていた可能性はあるかもしれない」
「……となると、記憶が無くなったのは、術の影響とかあったという事とかです?」
「悪狐の体内で鎧が残った為、記憶も一緒に残らざる得らなかった――というのは考え過ぎでしょうか」
 アルマのハッとしたような反応に驚いた犬が逃げ出す様を、両肩を竦めてハンスは見届ける。
 突拍子もない事だが、相手が相手なだけに、あり得そうで不思議ではない。
「そういう事は、本人に聞いてみるのが手っ取り早そうです!」
 逃げ出す犬を抱き捕まえたルンルンが声をあげた。
 今話している内容が合っていれば、悪狐を討伐したのだから、記憶が戻っている可能性もある。
「……果たして、どうかな」
「ほえ、そうなんですか?」
 アルトの呟きにルンルンが驚きながら返す。
 都合よく記憶が戻るとは限らないし、それに……立花院家は、もう大丈夫だろうし。
 そんな風に思いながら、アルトは遠く、リゼリオの方角をみつめた。

 詩に肩を借りて、朱夏は隣の大広間へと移動した。
 そこには多くの負傷者が横になっていた。立ち直れない程の大怪我をした者がいなかったのは、ハンター達の活躍があってこそだろう。
 もし、悪狐を退治できなかったら、足止めしていた術が解け、敵が暴れていたはずだ。それを防ぐ為、幕府軍の多くが犠牲になっていた可能性は高い。
「お……もう動いて大丈夫なのか?」
「朱夏さんがどうしてもって……零次さんは大丈夫なんですか?」
 零次が残ったエビフライをもしゃもしゃと食べながら尋ね、詩が笑顔を向けて応えた。
 食べ物が入るって事はそれなりに回復しているという事なのだろう。今回、回復薬の持ち込みはとても貴重で、まさに紙一重だった。
「龍崎なら、御覧の通り、まだお寝んねだぜ。マテリアルを激しく消費しているらしいが、命に影響はねぇ」
 そう告げると零次はよろよろと立ち上がり、朱夏にスペースを空ける。
 無理を押して起きてきた朱夏は乱れた呼吸を整えつつ、よろめきながら、寝ているカズマの横に座った。
「ごめん、なさい……私が、皆の話を聞かないから……」
「朱夏さん、きっと、それは違うと思うわ。カズマさんは、誰かの未来――あす――を守る為に行ったの、だから、謝罪が欲しい訳じゃないと思う」
 その言葉に朱夏は涙を浮かべ、横たわるハンターに視線を向き直した。
 一度、呼吸を整えると、静かに、感謝の言葉を告げるのであった。
「ありがとうございました。私……足掻いてみたいと思います。皆さんと一緒に」
 聞こえているかどうか分からないが、カズマは穏やかな表情で静かに、寝息を立て続けていた。


 ハンター達の活躍により、地下龍脈に潜む負のマテリアルの集合体である悪狐は無事に退治された。
 また、朱夏はハンター達の想いに触れ、自分を見つめなおし、新たな一歩を進みだそうとしていた。


 ――了。


●リゼリオ
 仮面を付けた剣士は午睡から目を覚ました。
 普段、昼寝をする事がないのだが、急な眠気に襲われ、意識を失うように机に突っ伏していた。
「……」
 剣士は仮面を外す。
 よく思い出せないが、寝ている間、夢を見ていた気がしていた。
 遠い記憶の夢だった……遠い記憶の……そこまで思い出し、剣士は顔を挙げる。
「……そう、だったんですね……」
 思わず驚きの声を漏らすと、しばらく、同じ姿勢で考え込む。
 やがて、何事も無かったかのように仮面を装着すると、腰に差していた直剣と白板のような盾を取り外した。
「これは好きですが、物足らないですからね」
 物腰柔らかに剣士は立ち上がった。
 自分が何者なのか、何をすべき者なのか、それを再び手にする為に。

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  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマka0178
  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩ka0396
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニka3109
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワースka4901

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  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩(ka0396
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 正秋隊(雪侍)
    銀 真白(ka4128
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師
  • 拳で語る男
    輝羽・零次(ka5974
    人間(蒼)|17才|男性|格闘士
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士

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依頼相談掲示板
アイコン 敵情報まとめ
ミィリア(ka2689
ドワーフ|12才|女性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/07/17 14:36:36
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/07/18 18:15:42
アイコン 相談
龍崎・カズマ(ka0178
人間(リアルブルー)|20才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/07/22 06:45:16