• 血断

【血断】大切な人の話をしよう

マスター:石田まきば

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/07/18 12:00
完成日
2019/07/22 01:14

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●巫女の手はどこまで届くのか

 エルフハイムの巫女達の大半は、幼い少女達である。
 そして彼女達は大半が覚醒者ではない為に、戦闘能力がない。
 彼女達は、浄化の仕事のない際は森に戻り、清浄なマテリアルの中で共同生活を行っている。
「たくさんの人達が、闘いに行ってるんだって」
「忙しく飛び回ってるんだって」
 修行の合間の休憩時間、彼女達の最近の話題は、やはり慌ただしく変わりゆく世界のこと。彼女達の声にも張りが減っている事は分っていた。
(あの方が、あまり姿を見せないことも影響しているのでしょうね)
 かつて人型術具の務めを担っていた存在を想う。
 文献の解読作業の為に彼女達の勉学を促し、教鞭をとっていた彼女はあらかたの基礎を教えたところでその頻度を下げた。
 言葉では浄化の器……今はアイリスとして過ごしている……を口うるさい存在のように言っている少女達は、実際とても彼女を慕っている。それは自分達、大人になってしまった者達には難しい事。
(わたくしは大層な事を言える立場ではないのですけれども……)
 自然な離別を狙っているとわかる彼女の行動に、どう接していいのかがわからない。かつて周囲に流されてよくない態度を取っていたことが、どうしても先を渋ってしまう。僅かな同僚達と贖罪を続けているつもりだが、何をしても足らないのだろう。
「フュネ様、休憩の時間ではありませんか?」
「ええ、そろそろ行かせてもらうけれど……デリア、貴女は充分に休めているかしら?」
「師匠であるフュネ様のご指導の賜物です! 最初に比べて身体が楽に動かせるようになりましたし、疲れにくくもなりました!」
「……そう、なら、よかったわ。じゃあ、暫く離れますわね」
 特に自分を慕ってくれる弟子に微笑みを返して、少女達の傍を離れる。
「おまかせ下さい!」
 見えなくなるまで見送ってくれているのだろうと、廊下を曲がる前に少しだけ振り向く。憧れの視線がこちらにまだ向けられていて、くすぐったさも感じる。
(出来ることをするだけだと、わかっておりますわ)

「ユレイテル様」
 ノックへの返事は簡潔だ。やり取りを交わす機会が多い分必要な手順が減り、簡易的になっていくのが今のエルフハイムにおける変化だ。
「君か……君達は皆、変わりないか」
「はい、いつも通りと言って差し支えありませんわ」
「それって、フュネ君は違うってことなのかな?」
 軽く頭を下げて定期報告をしていれば、部屋の影から別の声。
 気配を感じなかった。いくらマテリアルに溢れるこのエルフハイムの地でも、個人のもつマテリアルの検知については、今の巫女達の中でトップという自負があるのに。
「……」
「ふふ、僕は巫女ではないけれど、それなりに研鑽をつんでいるからね♪」
「……そう、ですわね」
 どうにか表情を抑える。顔を下げていたのが功を奏した。ゆっくりと顔をあげるフュネを待つ間に、シャイネがユレイテルの座る後へと移動していた。
 ほっとする。フュネは武人ではないが、後ろを取られているのは気分が落ち着かない。とにかく用事を済ませて退室してしまいたい。
「技量があがっているのは確かだと思いますわ。けれど、かつての同僚達とその技量、今の彼女達とその技量……」
 続けるには、もう少しの勇気が必要で。フュネは呼吸を挟む。対する男二人はそんな高位巫女の様子を静かに待っている。
「……人数の差を考えても、等しいかと言われますと……現状を保っているというのが不思議だと、やはり考えてしまいますわ」
「そうか、いつも負担をかけてすまないが」
 言われずとも、最期まで続けるつもりでいる。
「いえ、そのような言葉は恐れ多いことですわ」
「テコ入れが必要なのかもしれないね♪」
「「……」」
 何故割り込むのだろうか。そう思いはするがフュネは口を閉ざしておく。最近になってシャイネはユレイテルの傍に居ることが多くなったのは把握している。
 昔から「いい子」扱いされていた彼を、フュネは正直信用していない。
 行動理念は聞いたことがあっても、理解はしても共感はできない。
 同僚を殺した者の弟だとかは関係ない、重用されているのも関係ない、ただそのつかみどころのない様子が気に食わないだけだ。
 多忙な長老の補助に入るなら、もっと早くこちら側に来るべきだと思う。
 顔に出さないようにはしているが、きっとこれは向こうには筒抜けだろう。別に構わないけれど。
「不安に感じてる子達を安心させる……とまではいかないかもしれないけれどね?」
 今の戦いに、どんな心構えで臨むべきか。戦いに赴けないにしても、前線を担う者達がどのような想いを抱えているのか。知ることは巫女達の糧になるはずだ。
「中継も利用できそうならお願いして、来れるなら招いて。話をしてもらおうじゃないか♪」
 シャイネが、未だに自称ハンターと宣う吟遊詩人が提案し。
 状況を最も把握している長老が許可を出したから。
 巫女達の情操教育も兼ねて、ハンター達に声がかけられることになったのだ。


●吟遊詩人は物語る

 光を恐れた王様は、外に出たいと望みます。
 眩しい光は痛いから、強い防具を望みます。
 護るだけでは生きられない、強い力を望みます。
 強い家来を招こうと、力の限り叫びます。

 王様の声は新しすぎて、国の皆は聞き入れません。
 王様仲間が増えなくて、ひとりで道を探します。
 家来になるのがいなければ、一から作ればいいではないか。
 まずは草から作ってみよう。
 動けないから意味がない。
 次は獣を使ってみよう。
 知能が足りず扱えない。
 自然を求めた王様は、自然を壊して進みます。

 知恵の元から揃えてみよう。
 機械を学びに外に出た。
 外は眩しい光は痛い、深く深く帽子を被ろう。
 顔を隠そう、少しは紛れる。

 機械の家来は身体だけ。
 命令しないと動かない。
 知恵と本能あわせてみよう。
 賢い家来になるのでは?
 王様、どんどん試します。
 試して調べて次から次へ。
 どんどん、どんどん、調べます。
 自然を求めた王様は、自然を捻じ曲げ進みます。

 王様の城は、森の奥。
 人目を逸らした、森の奥。
 王様、次第に過去の人。
 記憶廃れてただの人。
 一人ぼっちの王様の、傍の家来は物言わず。

 たくさん作った衛兵は、狩られてみんな、鉄屑に。
 僅かな欠片をかき集め、城の再建臨みます。
 身体を支える骨と皮、城の中心、大きな支柱。
 身体を動かす肉臓器、機械を動かす歯車に。
 身体を巡る血液は、機械の力の源に。
 全てを繋ぐは王様自身。
 城になるのは王様自身。 
 玉座はからっぽ、歯車まみれ、城の形の小さなおうち。
 一人ぼっちの王様の、望みを叶える永久機関。
 自然を求めた王様は、自然の中へと還ります。

 王様、とっくに過去の人。
 記録も消されたただの人。
 城も家来も霞に消えた。
 王様欠片も残していない。
 一人ぼっちの王様の、望みは永久に暗闇に……♪

リプレイ本文

●幸せ家族のほんの一部

 シャイネが、ひとつの記録媒体を取り出した。
「話を聞いてね、録画してきたんだよ♪」
 出張費用をさりげなく強請る彼から受け取りユレイテルがデバイスに繋ぐ。皆が見ることができるよう、映像が大きく映し出されていく。
 所謂、ビデオレターである。

 海図の貼られた壁をバックに、二人掛けのソファが映っている。画面の外から、カラカラと車輪の様な物が回る音が聞こえ始めた。
『巴も生まれて間もない娘も、まだエルフハイムまで連れて行くわけにいかなくて』
 照れながらも嬉しそうな笑顔が絶えない時音 ざくろ(ka1250)が、画面の中央にゆっくりと歩いてくる。すぐ隣の舞桜守 巴(ka0036)のエスコートが最優先になっているらしく、視線はずっと妻と、ベビーカーの方へ向けられたまま。
『映像でお邪魔させてもらうね』
『このとおり、今は私があまり動けないので……』
 産後間もない巴がゆっくりと会釈をしてからソファ座り、ざくろもその隣へ腰をおろした。ベビーカーも二人のすぐ傍で、それだけでも幸せな家族写真のようだ。
 定位置に収まったところでやっと安心したようで、ざくろがカメラの方に向き直る。

『大切な人といったら、ざくろはやっぱり家族みんなのことだね』
 巴の肩に手を伸ばし抱き寄せる。幸せで満ち足りていると、その表情が言葉以上に物語っている。応えるように巴がもたれ掛るものだから、画面のこちら側の者達まで甘いものを食べたような顔をしている。巫女達に至っては、桃色のマテリアルが見える、となにやらあやしい呟きまで出てくるほど。
『この世界に来た時は、結婚するなんて考えたことなかったんだよね』
 ざくろが呟けば巴も頷いて。
『……そうですねー、私も最初はこんな関係にまでなるとは思っていませんでしたね』
『巴は女の子が好きだもんね』
『勿論、皆かわいい子達ですから。でも』
 短く呼吸を挟むのと同時に、ざくろを見つめる巴。
『今はざくろの事も愛していますよ。確かに、女の子らしい容姿が切欠ではありますが』
『そ、それは今言わなくてもいいんじゃないかなっ!?』
 今なら笑い話みたいなものだと言ってはいるが。慌てるざくろの顔は羞恥の赤に染まっている。
『ふふ……♪』
 巴の笑い声に揶揄われたのだと気付いて我に返ったらしい。大袈裟な深呼吸はきっと、撮影中だという事を思い出したからだろう。
 見る側にとって分かりやすい、という配慮は大事なのだ。
『ともかく、えーっと……結婚して子供が出来るなんて、もっと思ってもみなかったんだ。でも今は、巴達と出会えて、一緒に色んな事を経験して』
 そこで何を思い出したのか、再び真っ赤になるざくろ。巴はすました笑顔で何も引き継ごうとしていない。
 この場において、映像の利点は質疑応答が出来ないことだ。
 想像力豊かな巫女達がキャーキャー騒ぎそうになっていたが、幸いにも映像のざくろが落ち着いた様子を見せ始めたのに合わせて静まっていった。
 なにせ騒ぐと彼等の声が聞こえなくなってしまうのだ。一言一句洩らしはしないと息をのむ子達が何名か。
『……そして今は娘も居る。その全てがざくろに力をくれるんだ』
 綺麗に纏めたつもりの笑顔が、逆にちょっと物足りない。そんなガヤが聞こえたところで巴が口を開いた。
『ええ、忘れちゃいけないざくろの他のお嫁さんも、その全てに含まれておりましてね?』
「「「!?」」」
 少女達の持つ常識が覆された瞬間である。ぽかんと口を開けた子達を放置したまま話は進んでいく。何故ってそれが映像だから。
『さっきの“巴達”の部分、他の女の子が居るってことですからねこの人』
『巴っ、それ今必要ー!?』
 見るからに慌てたざくろの手をぽいと放る巴。その顔は面白がっているため笑顔なのだが、ざくろは気付いていないようだ。
『ざくろ、娘が起きてしまいますから大声はいけませんよ』
『ごめッ……んん』
 バッ、と音を立てて自身の口を両手で抑えるざくろ。そのままベビーカーの様子を伺い始めて。
『ホントもーどうしようもないですよねコレ』
 言葉に反して、巴の声は柔らかい。
『まあそこも含めて好きなんで私もどうしようもないんですが』
 これは同じ立場の女の子たち全員同じだと思いますよ、なんてフォローもしっかり入れていた。

『不思議なものですよやっぱり。色々大事になってるのに出産までしてる事とか』
 ハンターになった当時は全く想像つかなかったことだと続けていく巴。主導権は完全に巴の手に渡っていた。さすが正妻。
『こうなるまでになんかかやありましたが、やはり皆で最期まで無事で在りたいなと、そう思っています』
『巴……』
 かっこいい、なんて小さな声が聞こえてくる。少し前にぐずり始めた娘をあやすため画面の外に出ていた彼が戻ってきたようだ。
『ごめんね巴、お乳の時間みたいでざくろじゃ駄目だったんだ』
『では交代ですね。……父親になったんですから。最後はびしっと決めて下さい?』
 やるときはやる男なのは、わかっていますよ。なんて潜めた声だけれど。カメラはそんな巴の声もしっかり捉えている。
『娘と、ざくろと、私と……それだけじゃなく、私も。皆ってところに。家族全員も含んでますから』
 そんな私の分もお願いしますね。 巴の声が小さく、遠ざかっていく。
『それじゃ、ざくろの思う、これからの決意みたいなもの……かな』
 キリッとした顔になれば、確かに男性で、見間違えることもない。
『愛しい巴、そして娘が、今ざくろが未来を勝ち取りたい理由、そして力の一つだから……』
 先ほどまでのどこか幼い、異性に間違われやすい原因とも言える雰囲気はなりをひそめた。巫女達の驚いたような溜息が零れている。
『何があっても一緒にこの先の人生。未来を歩み続けたいと思うんだ!』
 そう宣言するざくろは確かに、幾人もの妻を持つ男の懐、その広さを示していた。


●小さな竜巻

「その子が、君のいい子かな♪」
 ラファルに寄りかかり周囲を眺めていたユリアン(ka1664)に届けられた声は、いつものように楽しげに響いている。
「や、シャイネさん。此処の林檎も気に入るんじゃないかと思って」
 最近ずっと飛んでもらってばかりで、その労いも兼ねているのだ。
 食べ物を示す言葉にそわそわ翼を震わせる様子に、つい笑みがこぼれた。
「解ってる。君は都合のいい移動手段じゃなくて、れっきとした相棒で……うん、もう少しだけ、待ってて」
 急かしてくるラファルへの慣れた対応に、シャイネがなるほどと頷いた。
「憧れはもう、君の当たり前になっているんだね♪」
 幻獣用に用意した場所に案内するよ、と先を行く友人に続いて歩いていく。
「……うん、それこそ最初は胃袋を掴むところからだったけど」
 すぐ横をゆったり歩くラファルに視線を向ければ、きょとりと首が傾げられて。
「少しは気持ちが通じているって、信じてるんだ」
 もうすぐみたいだよ、と翼を撫でれば、控えめに、けれどはっきりと尻尾が揺れた。
(うん、嬉しいんだ。確かにずっと前から、憧れていたから)
 食べ物の好みが似ているとか、風に誘われて飛ぶところに親近感を感じるとか。
 相性も良いと、思っていたりする。

 しゃくしゃくと、身体の大きさに反して可愛らしい林檎を食む音。気に入った様子にほっとして、友との会話に興じることにする。
「……ただ、飛べるというだけじゃなくてさ」
 空は憧れだったから、飛行そのものが嬉しかった。
「一緒に戦える……一緒に飛んで、天と地に別れて協力できるようになって」
 飛ぶだけでは感じられない一体感を得られて、それまでとは違う感覚が拓けた。
「……もっと俺が強かったら良かったとも思うけど」
 ラファルという翼の前に、自分自身が足りて居ないと思うようにもなった。
「それでもさ。側に居てくれて、前に立つ力をくれるんだ」
 当たり前になって、その上でまだ先を目指す支えになってくれる。
「俺にとっては大事な……相棒なんだ」
 例えばアルエットだとか、相棒と呼べる存在は他にもいるけれど……ラファルは中でも、特別な位置付け。

「時間はあるのだから、吐きだしてしまっていいと思うけどね」
「それも詩のため?」
「ふふ、どうだろうね♪」

「……歌で力を届けてくれる、人が居て」
 ぽつり。切欠さえ零れ落ちれば、後はただ、繋がりを紐解いていくだけ。
「その歌は翼の様に思えるし、瞳は真っ直ぐで、光が……眩しくて」
 目を逸らしたくなってしまう筈なのに、認識している。見続けてしまっている。
「いい加減腹を括らないと、とは……思っているんだけど」
 おや♪ なんて小さく零れた声には気づかない。胸の内から自分の言葉を取り出すことに意識が向かいすぎていた。
「相棒とは……やっぱり」
 彼女が傍に居る訳ではなくても、その先をはっきりと言葉には出来ない。ただ、ひとつ頷くことだけで、どうにか代わりとしておく。
 ちらりと視線を向ければ頷き返すシャイネが見えて、続きを取り出すためにまた、視線を落とす。
「ただ、共通して言えるのは、さ」
 ユリアンにとって、翼をくれる二つの存在。
「こんなに色々貰っているのに……俺、には」
 これは、言葉にしてしまっていいものなのだろうか。
「ありがとうって。その言葉しか……言えないんだ」
 求められているモノを、想いを、返せる気がしない。
 空への道に見合う力も。想いに見合う想いも。
「お互いに、が理想だよね。本当は」

「普通でなくちゃいけないのかな?」
 じっと見つめていただけのシャイネから、僅かに節のついた言葉が流れ出る。
「君の大切な存在は、見合うものを求めたのかな」
「……いや、どうだったか、な……?」
「例えば僕がね」
 考える隙を与えずに、詩は続く。
「君に助力を求めてばかりだけれど、君はそうではなかっただろう?」
 狼狽えていたせいで、ユリアンの反応は遅れてしまった。気付けばシャイネは目の前に居る。
「それとも君を追い詰めたなら……欲しい答えが見つかるのかな♪」
 いつかの近い距離をやり返された。
 そう思った時にはウインクをひとつ寄越されて、満足そうに離れていく。
「かつての君は、故郷と過去を見ていたけれど」
 反論の隙もなく、気付けば終わりに近いようで。 
「今の君は、今と未来を見ているよ♪」
「……そういえば、巫女達に話すんじゃなかった、っけ?」
「そこは問題ないよ? 君の話は、友である僕が責任をもって詩にしておくからね♪」


●1級の腕前

「大切な人の話なー」
 ラスティ・グレン(ka7418)の両手が何故か、中途半端に上がっている。
「俺は家族だな。まだπ乙カイデーな姉ちゃんの知り合いもいないし」
 巫女達は一瞬言葉の意味が分からなかったようだけれど。ラスティの手が胸を揉むように動いた、その一瞬で理解してしまった。
「「「!!!」」」
 そして少女達は一斉にフュネの方を向いた。
「……貴女達、明日からの修行の段階を一段階あげて欲しいようですわね?」
 ザッ!
 少女達は即座にラスティの方へと視線を戻す。一糸乱れぬ動き過ぎて、怖い。
「おっ!? ……おぉ? 修行熱心なのはいいことだな……だよな?」
 残念なことにラスティの位置からはフュネの胸部装甲が見えなかったため、事態は把握できていない。
(掴みはオッケーってことでいい、のか?)
 考えても分からないことは、流すのが正解だな!
 という事で、ラスティの語りは続行である。
 確かに巫女達の興味は鷲掴めているので問題はないのである。

「俺がハンターになったのはチョー最近。でも依頼は2回もこなしたし大規模にも行ってんだぜ」
 他の皆は色々経験豊富な先輩方だけどな、俺みたいな新人の話でも聞いて損はねえだろ?
「行く途中で知り合ったのがまた、濃い面子ばっかりでなー?」
 孫の話しかしねぇ爺さんとか。溺愛っていうのかあれ? やっと終わったかと思えばまた始めから話し始めるんだ。周回かってーの。
 馬の話しかしねえ闘狩人とか。動物愛も過ぎるとなんだか困りもんだな。構われ過ぎると剥げそうな気分にならない? 俺だけ?
 全く話さねぇ聖導士とか……これはもう間が持たなくて辛い。なんかの決まり事なのか知らねえけど、身振りくらい入れて欲しい。あんた達は巫女だって聞いてるけど、なんか制約みたいなのあんの?
「でもなあ、濃いけどやっぱり先輩方なんだぜ。すっげえ頼りになんの。そんな面子に囲まれた俺は、鼻水たらしまくってちびりそうになりながら行ってきた……」
 肩をすくめてみせるラスティ。うまく運べていると思う。巫女達は楽し気に話を聞いてくれているのだ。
「そこっ、ちびってねえぞ、そこ間違えるなよ?」
 くすくす笑った少女に、ビシィと指を突きつければ、上手いこと話もまとまるってものだ。

「あとはなー、途中の飯とか。飯ってさ、誰と食べるかで旨さが全然違うだろ?」
 依頼でそういう機会があってさ、と自然に話を繋げる。
「例えば嫌いな奴と食う飯。どんなに美味そうでも味がしないんだぜ。知ってたか?」
 普段から皆が知り合いだそうだから、知らない可能性が高いと踏んでいた。
「嫌いじゃなくてもよ。怖いとか、緊張するとか。そんなでもやっぱり食べた気がしないんだ」
 もちろんそこで終わる話ではなくて、伝えたい、教えたいことはこの後だ。
「好きな相手と食う飯は逆な! 多少味がどうでも美味いんだ」
 信頼できる相手でもいい、ちょっと仲がいい程度でも、とにかく好意的な意思があればそれで充分だったりするけれど、一番はやっぱり大切な相手だな。
「聞いたことないか? 愛情は最高のスパイスってな!」


●かさねて

「大切な人……って、考え方によって変わると思うの」
 考えながら言葉を紡ぐのはリアリュール(ka2003)。
「ハンターになって、いろんな人と会って、それぞれの生き方や考え方に触れて、世界の見え方は変わったと思うの」
 森の中の事は大切な家族が教えてくれた。過去の背中を追いかけた、その背中をリアリュールは追っていた。
 すぐにその目的は難しいと思うようになったけれど。可能性がある限りは続けてもよいと思ったし、なにより森の外に溢れる様々なものに驚かされた。
 違うものばかりで、それまでのリアリュールの常識は、世界の当たり前ではなかった。
「……どれが正しいともなくて。だから、とやかくいっちゃいけないのよね」
 大切な人のことだけじゃなくて。同じものを見ていても、人によっては違う事を思うのは当たり前。
「違う事の方が、普通だったの」
 森の中、このエルフハイムの中は、考え方が大きく二つ。些末な差があっても誤差にされて、それはむしろ特殊な状態だと知ってしまった。
 それは自分達という個を保つ上では重要だったけれど、これから先は? リアリュールは外を知ったからこそ、けれど中の出身だからこそ、言いきることができない。
「ありのままを受け入れるって辛いなと思ったの」
 自分達の事か、それとも自然そのものか。それは受け止める側の、聞いてくれている巫女達次第だと思いながら。
「でも、それを受け入れられる大きな器が欲しいなと……思うの」

 ちらり、シャイネの姿を今一度確認しておく。
 ゆっくりと息を吸って、吐いて。喉を震わせる。
 吟遊詩人の彼がそうしたように、節はほんの少し添わせるだけ。
「力になりたいと思っても、中々触れられないままで」
 手を尽くそうにも問題があれば、それは簡単ではなくて。どれだけ不安だったか、胸を痛めたか。
「結局雑魔になってしまって、それを倒さざるを得ない」
 自分だったら、もし絆を育む相棒が、ユグディラが、同じ状況になったとしたら。リアリュールはその時、答えを出せるだろうか。
「その子が悪いのではないの」
 誰だってそう思いたい出来事だった。なにより、そう考える事が一番、全ての皆に優しいから。
「もしかしたら、心底望んでいたことなのかもしれないけれど」
 本当の事は、当人の心の中にしかないのだから。原因は調べなければいけないけれど、彼等の望みはもう、わからないから。
「依頼で出会った縁だけど、何度も振り返ってしまうわ」
 それだけ知る機会があって、なのに聞き出せなかったのが心残り。今だって思い出は簡単に思い出せるのに。
「大切な存在を輝かせてあげられなかった自分への無念」
 出来ることがあったかもしれない。取り返せないからこそ、今もなお胸に残ってしまう。思い描いてしまう、可能性の別の道を。
「誰かが望む道がまっすぐどこまでも続くように」
 どうか、彼等の魂がせめて安らかに眠りにつけますように。
 どうか、私が私の目指す形を見つけられますように。
 どうか、彼女達もそう在れますように。
 どうか、森の中にもっと、外の在り方が伝わりますように。
 大きな不幸な出来事が、減らせる道があるのなら……
「想いを力に変えて」
 最後まで、詩いあげた。


●親愛!

「私にとって、一度縁を紡いだ人は、皆大切な人なんだ」
 話を聞いてくれる君達も、勿論。微笑みに頬を染める巫女も居たが、鞍馬 真(ka5819)が気付くことはない。
「中でも一人……特別に。大切な人が居るんだ」
 彼の話をする真は、ずっと自身の心、彼への想いしか見えていない。
 
「彼は、時々依頼を共にするハンター仲間で、出会ったのも依頼の中だった」
 あくまでも対等な仲間としての付き合いから始まった。最初はそう印象も強いものではなかったと思う。
「何度か一緒に仕事をしてね。少しずつ信頼していくようになったんだ」
 ビジネスパートナー程度の繋がりが、少しずつ、個人の話をする機会を経て変わっていった。
「元々はリアルブルーの方で俳優……劇とかを演じる人だったって聞いてる」
 彼の過去の実績は、思い出せない真にとって全くわからないことだけれど。
 彼の持つ技術が素晴らしいものだということは、演じ分ける彼を見てきたから、知っている。
「多分、ハンターとしては特別強い訳じゃない、と思う」
 ハンターの強さを決めるものが何か、なんて難しい話はしない。
「守りたいと、思う事があるからかな? 私にもよくわかっていないのだけれどね」
 別の理由で頬を染める誰かも居たけれど、やはり真は気が付かない。それはとても幸せな事だろう。
「それでも、自分なりにできることを模索して、実行できる人なんだ」
 少なくとも。真は彼の諦めない姿勢を美点だと思っている。彼の技術を、素晴らしいと思うところはいくらでも挙げられる。
「例えば、演じることで人を励ましたりとか、ね。はじめて見た時は、急に雰囲気が変わったから驚いたものだけど」
 相手に必要な誰かという偶像を、自分だけの力で満たす。誰かの心に救いの手を差し伸べる。
 そう気付いた時の真がどれだけの衝撃を受けたか。
 それまでに知らなかった彼の側面は、真が想像するよりも沢山あるのだと思い知らされた。
 自分ではない他の誰かを演じ、なりきること。それは『自分』を理解しているから出来ることだと真は考えているから。
 いつでも『自分』に戻れるから。『自分』と誰かの違いを分かっているから。『自分』の出来ることを把握しているから……
「どんな状況でも自分らしく在るって、本当に凄いことだと思う。単純に戦闘力が高いよりも、余程ね」
 私は私であることを、自分で示す自信がない。出来ると思えることを突き詰めて、働くこと、闘う技術を積み重ねることでばかり、自分を慰めているから。
 目を伏せたのはほんの一瞬。自嘲を含む笑みを誰かに見せる気はなかった。すぐに彼のことだけで、頭の中を、思考を埋める。
「彼は、私にとっての希望なんだ!」
 自分自身への想いを振り切る為に少し声が大きくなったが、主張したい意思とも合致していたので誰もがそのまま受け入れている。
「だから、私は彼が大好きだし、尊敬しているし、生き残ってほしいと思う」
 大怪我の時は自分の事のように痛みを感じた。
 少しでも癒えるなら得だ。あの時ほど聖導士のクラスをインストールした自分を褒めたことはないかもしれない。
 迷う彼に少しでも届けたいと言葉を紡いだ。
 例えそれが効果を為さないとしても、聞こえないほどだったとしても、そう教えられていたとしても。真は同じことを言うし、出来ることをしただろう。
「私が命を懸けてでも世界を守りたい理由。その一つが、彼の存在なんだ」
 一番だ、とは言わない。他にも理由はあるし、理由に差をつけたくない。理由がたくさんある方が、真はより自分を賭けられる。
「大切な人が生きる世界ごと、守りたい。取り戻したい」
 自分の弱さを認める時の、薄い笑みに変わる。過去がないからこそだと足掻いて、けれど満たせない自分の空洞。
「……実際は、上手くいかないことばかりだけどさ」

 少女達の視線の熱が少し弱まったことを感じて、慌てて声の調子を変えた。今日は彼のことを話しに来たのに。俳優の彼に向かう想いは、笑顔の伴うものであればいい。
「あとね、とてもイケメンで格好良い!」
 大事な事だというのに、教えるのが遅くなってしまった。
「それにね、歌が上手くて。時々一緒に歌ってくれるんだけど、すごく心地良いんだ」
 真も歌が好きで、それなりの腕はあるけれど。共に歌う相手にも気を配ってくれているような、優しさが感じられるから。
「そういうところも好きなんだ。……あ、恋愛感情は無いよ?」
 期待の眼差しに気付いて、慌てて添えた。
 肩を落とした巫女に気付いたのか、ただ自分でもブレーキをかけているのか。真相は誰にもわからない。


●ひとつの愛のかたち

 彼女を語るなら、どんな言葉がはじめに相応しいだろう?
 この場所に来るまでに幾度も繰り返したその疑問。これが最後の問いかけだと自分自身の心に向けて、龍崎・カズマ(ka0178)は口を開く。
「彼女はね、ポーカーフェイスが似合わない子だったよ」
 問いの度に彼女との全ての思い出を振り返った。中でも一番鮮明なのは、彼女が見せる様々な表情だったのだ。
 表情豊かだとか、情緒に溢れるだとか、それで表現できるような彼女ではなかった。彼女の表情は、必ずしも彼女自身が見せたくて見せているものばかりではなかったから。

「最初にあったときはね、張り詰めたような糸のような感じがしていたよ」
 感情を抑えたいのに抑えられない、そんな表情はほんの少し引っかけるだけで脆く崩れてしまいそうな危うさがあったように思う。
「実際、勝つことに強く執着していたし。勝たなければならないと思い込んでいた」
 彼女自身の立場がそうさせていたのは明白だった。与えられた立場というものは、それに値する役割を、責任を、それらを満たす力を示し続けなければならないものだから。
「……今の状況では仕方ないのだろうけどね」
 理解はできる。そもそも世界の前提が違うが歴史を漁ればあり得たことだから。その知識が彼女自身の想いや悩みを受けとめる土台になったのかもしれないとくれば、歴史、つまり過去の存在は必要だった悪いものではないのかもしれない。あくまでも、世界の持つ過去ではあるけれど。
 彼女の話を語るのは今で現在でなければならない。彼女との思い出は全て今となる。現在という言葉で区切られた中にカズマは己を定義している。
「実際に強かったし、なのに振る舞いはどこか幼くて、放っておけない人だった」
 けれど彼女を語る言葉は過去形でしかありえない。語る間、カズマは『今』と題された思い出の中に存在している。
 瞳の灰色は元に戻らないけれど。

「彼女の強さは後悔から生まれていた」
 言葉は同時に、カズマが彼女の強さを認めて、そして強く惹かれていたことを示している。 
「届かなかった事を、出来なかった事を繰り返したくなかったからがむしゃらに走るしかなかった」
 彼女の軌跡を知れるほど、教えてもらえるほどの縁を育んでいったと自負がある。
「自分をどこまでも強く磨き上げるしかなかった」
 強く在ろうとする彼女の、ひたむきな努力を知っていた。失敗に怯える弱さを知っていた。それでも立ち向かう強い意思を知っていた。
 ほんの些細な出来事の合間に垣間見えるありのままの姿を、知っていた。知れる立場に在った。

「俺は彼女が報われて欲しかった」
 どんな境遇に在ろうと笑おうとする彼女が眩しかった。声に負けぬ精神の強さ、力に溺れず進む愚直さ、自身さえも駒に出来る聡明さ……全てが彼女の魅力であり弱さを示していた。
「辛いことも苦しいことも、最後には帳消しになってほしかった」
 その場所に至るまでの軌跡が遂にその甲斐を果たしたのだと、笑って迎えてほしかった。
「……そこまでしなくても、幸せになってもよいのだと」
 伝えたかった言葉は届けられることはない。
 語り終えたカズマの目に、今はもう映らない。


●ひたむき

 メアリ・ロイド(ka6633)の纏うマテリアルは鮮烈な、赤。
 心が血を流すほどに胸を焦がした、強い感情の、想いの色。

「私の好きな人は、元強化人間の軍人で」
 とつとつと語り始めるその声は平淡に聞こえる。
「寿命が残り数ヶ月」
 ハンター達は知っている。彼女の想い人が今、どこに居るのか。
 知らない筈の巫女達には視えている、彼女のマテリアルの色。想いの向かう場所を。
「今回の戦いで自分の夢を生きて叶えるよりも、戦って戦いの中死んでも希望を繋ぐ方を選んだ人です」
 メアリの目は、青の輝きは今誰にも見えていない。
 目を閉じたままで語る彼女はずっと、想いを溢れださせないように堪えているから。
 少しずつ、受け入れるために己を律し続けているその様子を邪魔しないよう、皆が息を潜める。
「彼がいずれ寿命で死ぬという事実から私は目をそらしていました」
 まるで罪を懺悔するかのような言い方。誰も謗ることはないのに、唇を噛む。
 メアリのマテリアルがさらに色を強く、濃く、染めていく。
「でも彼の決意が諦めからくるものでは無いと分って……私も、覚悟が出来た」
 彼を恋を命を、諦める道もあったはずだ。ある意味で全てに優しく、誰も傷つかない道。同時に、誰も救わない道。
 不可能に抗う道もあったはずだ。越えられない壁を乗り越える姿勢でつかの間の夢を見る、大願だけを見据える道。
 けれど、メアリが選んだのは。
 彼の意思を受け入れて。彼の死を受け入れて。彼の想いに手を伸ばして。
 メアリの想いを告げて。メアリの生を添えて。メアリの意思を夢にした。
「リアルブルーを奪還して、見守るという夢ができた……彼の夢を、叶えたいから」
 最期は故郷で。そう願った彼の顔を思い浮かべた時。黒と金のマテリアルが微かに混じる。
 メアリの口元が僅かに歪む。それを微笑みだと分かった者はどれだけいるだろう。
「そして彼が死んだ後も想い続けて、私の寿命が終わったら。必ず死後の世界でも彼を見つける」
 彼を看取ること。彼の最期までの時間を思い出として記憶に残すこと。
 自死を選ばないこと。最期まで夢を臨み前に向かっていた彼を想うからこそ、自分の生は定められた最期まで全うしなければ、彼にあわせる顔がない。
 最期まで彼以外を想わないこと。そうすれば、彼の元にずっと早く、迷わずに向かっていける筈。
「死んだら忘れるなんて。不器用な私には絶対無理」
 それは決意でも願望でもなく自覚。
「カラッポだった私に恋を、夢を教えてくれた」
 淡い桃色が浮かび、金の輝きを纏い、青が閃く。それらは全て中心に、黒い、暗い、極小さいけれど確かにそこに在る核の様なその場所に向かって。赤の中へと消えていく。
「私の大好きな気持ちは彼にしっかり伝わったと思います」
 ゆっくりと、メアリの瞼が開かれる。瞳の青は潤むこともなく、けれど凪ぐこともなく。ただ前を見据えている。
「受け入れる素振りは見せてもらえませんでしたけど。繰り返しましたから」
 目を細める。それが今のメアリの出来る自然な、笑みと呼べる表情。
「片想いだったし、自惚れでしょうけど。」
 名前を読んでもらえたから。声にならない呟きが、空に溶けた。

 誰も、なんの言葉も届けなかった。
 彼の言葉は、彼女が自分で手に入れるべきで、他の誰も邪魔をしていいものではないのだから。


●女神の手腕

「情操教育だって?」
 キッチンを借りたいと申し出たシャーリーン・クリオール(ka0184)に、頭を下げたのはユレイテルだった。
「そうだ。これまでも彼女達の教育に同様の配慮をしていたのだが」
 招待を受けたメンバーの中で、面識があり信頼度も高い、かつ巫女達と同性である等の条件から、シャーリーンが一番安心できるだとか。
「ん、生真面目だね」
「今、最も必要なことなのでな」
 その返答もまた拍車がかかっているよ、なんて言っても今更のような気がする。
「まあ、貸して貰えればそれで。あたしはあたしに出来ることをするだけさね」
「それで、いや、それが最も欲していることだからな」
「……材料の提供は頼んでも?」
「在るものは勿論だが、足りないものは言ってくれ、手配する」

(……気張り過ぎだと思うけどね)
 目的であるキッチンの許可が下りたので、あまり気にしないことにする。むしろ普段通りで良いというお墨付きなのだから、気にする方が馬鹿らしい。
 長老の疲れ目はさっさと頭の隅から追いやって、少女達が笑顔になれるよう、腕をふるうことにする。
「ここのキッチンはどんな具合だろうね? 楽しみにしてきたのさ。じっくりつきあわせて貰おうじゃないか」

「さぁ、焼き上がったばかりのタルトタタンさ! 召し上がれ?」
 話のキリが良い所を見計らって声をあげたシャーリーンに視線が集まる。
 慣れている筈の林檎が、甘さを多分に伴って香る。巫女達が大喜びで駆けよろうとして、フュネに優しく止められていた。
「大丈夫、皆に行きわたるよう、たくさん焼いてあるからね!」
 逃げないから順番にとりにきてくれればいいと続ければ、巫女達も、ハンター達も。シャーリーンの前に並びだす。
 エルフハイム産の林檎を、これまたこの森で作られたアップルシードルに漬けて。浸漬に足りないはずの時間は加熱と攪拌を繰り返す時短テクニックで補ってある。
 十分なケーキ型の数もなくて、宿泊客向けにたくさん用意されている陶器のカップで全て個別に焼いたのだ。
 切り分けない分、敷き詰めた林檎が崩れることもない。薄く切ってある林檎其々が花弁のようにも見せていた。

「常に全力だと保たないから、息抜きや楽しみも必要さ」
 配り終えた後は、巫女達の下でアップルティーをサーブする。タルトタタンには使わなかった皮も、こうして美味しく楽しむべきだ。
 そんな説明も添えながら食べる少女達の、美味しいを示す笑顔。それが今日見たかったものだけれど。
「……不思議じゃないかね、タルトタタンは失敗作だったんだよ」
 頼まれた仕事だって、忘れていない。不思議そうに見上げてくる少女達に、ゆっくりと返す。
「ほんの偶然さ。予定と違う仕上がりだったけれどね。食べてみたらとても美味しかったから……今も長く引き継がれ、広まったレシピになっているのさ」
 失敗を恐れる心は必要だし、備える心構えもまた忘れてはならないものだ。けれど、失敗にも意味はあるのだと、うまく伝えられただろうか。
 成功だけが、勝利だけに意味があるわけではないのだと、少女達は気付いてくれるだろうか。
「うん、まあ、あたしが戦うのは護りたい郷と人のため。でも、あたしが帰って来なかったら悲しませてしまうじゃないかね」
 少しずつ、頷きが返ってくることに安堵して。
「だから、絶対に帰らないといけない、そういう事だね」


●言葉には、しない

 穂積 智里(ka6819)の手をひいたハンス・ラインフェルト(ka6750)が口を開く。
「此方は智里さん……私の人生のパートナー、もっと簡単に言えば妻ですね」
 じっくりと、舌の上で確かめるように紡がれる言葉。ハンスと繋がっている手に無意識に力がこもったことに気付いて、智里は慌てて前を向く。
「私のシャッツのハンスさんです」
 けれどその身体はハンスにり添ったまま。縋るような仕草を、今はもう表に出さずともいい筈だと思い出す。
「シャッツはリアルブルーの言葉のひとつで。宝物と言う意味です」
 この言葉を、堂々と。この人の隣で口に出来る幸せを噛みしめる。
「ハンスさんは以前私のことをマウジーと呼んでくれていました」
 その意味は私の可愛いネズミちゃん。男性から女性に、愛しさを込めて呼ぶ時の言葉で。その説明はきっと同じ故郷の血を持つ二人だからわかりあえることだから、あえて説明をすることはない。
「またそう呼ばれるようになりたいと思っています」
 ただ、貴方にそう伝えたくて。かつてのシャッツ、貴方のあの想いが溢れだすような声音で。そう呼んでほしくて。
 じっと、薄い青の瞳を向ける。まだ少しぎこちなさの残る貴方の傍に。智里は、私は居るのだと。

「先日、ちょっとした呪い……なんでしょうが、お互い1番大事な相手を忘れまして」
 原因を深く語るつもりは無かった。まだ、ハンスの中で全てを消化しきれている自信がなかった。
 実際に、智里の瞳を。かつてと同じように呼んでほしいと望む熱を。うまく受け止めることが出来ていないのだ。
「私は智里さんを、智里さんは自分の祖父母を忘れました」
 だから。話をしなければいけないというこの状況を理由にして、気付かないふりをする。
「半年ほどごたごたしましたが、先日やっと和解した次第です」
 そう、あくまでも和解。仲直りではあるけれど、元に戻ったと、それを示す言葉ではない。
 けれど、妥協故の事ではないと、それだけはハンスの中でも答えとして出ている。

「元々東方を巡る同志でもありましたから」
 リアルブルーからの転移者同士。同じ故郷の血を持ち、なおかつハンスが非常に興味を示す東方と近しい日本の血を持つ智里だ。
「忘れても同居はしていました。ただ雰囲気は悪かったですよ」
 親しげに、馴れ馴れしく接してくる様子は不可解で。同居の理由にもとんと理解ができなかった。
 同志であるとわかればこそ、状況の継続はしていた。覚えていない過去が何かの理由をもってそうしたのだと、それだけは理解していたので。
 しかし、なによりも、だ。
「何故私が忘れて、智里さんが忘れなかったか……納得いきませんでしたから」
 幾度も説明はされていた。生活空間のあらゆるものが、二人の仲を示していた。けれど不公平な状況がそれらの許容を妨げた。
 同じ想いを向け合っていたなら。同じように過ごしていたなら。同じ呪いのような何かを受けたなら。
 もたらされる結果だって、同じでなければおかしいではないか。
 違う何かがあって忘れたものが違うというなら、同じだと思っていたことが違ったのではないか?
 想いが、正しく交わせていなかったのではないか?
 その不信が、迷いが。ハンスの態度を頑なにしていたのだ。

 見つめ続けていたハンスの話の区切りを切欠に、智里が巫女達へと顔を向ける。
「……あの時、最初の数日は本当に酷かったです」
 話を引き継いで、自分の経験を告げていく。視点が変われば、何か違うものを見せられると思うから。
(巫女の皆さんにとってだけではなく、ハンスさん、貴方にも)
 愛しい貴方の態度はまだ、かつての頃に比べてしまうと物足りない。けれどそれが、私の至らないせいだということもわかっている。
「ハンスさんにとって、私は見知らぬ嘘つき女みたいなものでしょう?」
 自分に起こった事と比べれば、それが仕方のない事だとわかっているつもりだ。ただ失ったものが、今の生活に影響する度合いが全く違ったから。 
「泣いて縋って状況証拠を上げて説明して……それでやっと納得して貰えました」
 話を聞いてもらう状況を作るまでも長かった。ぶつかっていくだけでは不信感しか煽れなくて。必要なタイミングを待つまでは忍耐の日々が続いていた。
 愛しい貴方の事を覚えているから、貴方の性格を知っているからできたこと。それを言うとまた振出しに戻ってしまいそうで、上手く伝えることが出来ていないけれど。
「ハンスさんが理性を優先させる人で良かったです」
 嘘つきであっても、そうなった理由があると。気付いてくれる聡明な、貴方。

「それでも折に触れ感じるものはありました。私はきっとこの人のここが好きだったんだろう、という」
 曖昧なものだというのに、それが本能だと察してしまうのだ。
 智里が些細な危険にあったとき。あとで治療すればそれで元通りだというのに、転びそうなその瞬間、身体が動いていた。小さな傷も許さない、そう訴えるように。
 ハンスが妥協ではないと確信する理由はそこだ。
「人の本質は忘れたくらいじゃ変わらない。良い経験でしたよ」
 まだ時間はかかるのだろう。完全なる元通りとは言えないだろう。ただ、時間が欲しいと、そう思っている。

 せっかく繋いでくれている手が解けないよう気を付けながら、智里がハンスの腕にもたれ掛る。
「ここまで来るのに半年以上かかりましたけど……もし同じことが起きたら、今度はきっとお互いを忘れます」
 戻った、という言葉は智里も使わない。智里が望むのはもっと先に進んだ関係だ。かつての関係を越えて、より、離れがたい繋がりを。
 祖父母を忘れているという話を、智里はあまり実感できていない。ハンスとのことで手いっぱいだったというのもあるが、祖父母は傍に居る訳ではないから。そう、思っている。
 今は、何よりもハンスの隣が一番。
「お互い様なら。拗れない分、もっと早く和解できると思いますから」
 むしろ、不謹慎だと言われたとしても、もう一度同じことが起きた方が……少しだけ、そう思っているなんて。


●大好き

「ミア、今日も僕の髪が玩具かい?」
 飽きないねえ、君は。そう笑いながらも長く伸ばした髪を貸してくれた。
 ミア(ka7035)はそんな兄の隣で、三つ編みを編むのが好きだった。
 緩く束ねられた水浅葱色は真直ぐで、解けば雨のように広がった。薄紫地の着物に咲く黒の紫丁香花が恵みの雨を喜んでいる……そんな風に見えたから。編んでは解いて、解いては編んで……
「そんなに気に入ったなら、この着物はミアにあげようか」
 ふるふると首を振れば、どうしてと返されて。
「兄さんだから似合う」
 ぶんぶんと、何度だって頷けたのだ。それだけ綺麗だと思っているのに。どうして納得してくれないの。喜んでくれないの。
「そうかな? 僕の髪が恵みの雨なら、ミアの髪は導く陽射しじゃないか」
「……導く?」
「どちらも、命にとって必要なものだからね。紫丁香花だって、喜ぶはずさ」
 試しに着てみればいいと言われたけれど、力づくで止めていた。
 双子だからか、兄が年齢よりも細身だったからか。体格はそう変わらなかった。後ろに回り込んでその背におぶされば、逞しさがわかった。自分との違いがよくわかった。
「兄さんが着てるのを見るのが、好き」
 広くて、温かくて……とても、安心できる香りがして……

「眠っちゃったんだったと思うニャス」
 兄の声を真似て、今と違う事を示すために、自分の口調も少しばかり変えて。穏やかな日常を思い出して、聞いてくれる者達の脳裏に上手に描けるように、演じてみせて。
「大好きだった兄さんなのニャス」
 今は思い出の中でしか会えない、この世にはもういないヒトだけれど。
「ミアに残された、たった一人の家族だったニャス」
 陽射しのようだと言ってくれたあの日も、二人きりの暮らし、その中のちょっとした時間だった筈だ。
 寝過ごしてしまって、夕食の支度も全て兄さんが済ませてしまっていて。
 良く寝ていたから、なんて穏やかに笑うヒトだった。
「……兄さんは、ミアの為に……」
 ずっと過去形だったから、誰もが察していて。彼の生死を聞き返すことはしなかった。
「ミアを、愛してるから……愛してくれているから……ミアに……ミアを……」
 それ以上は、言葉にすることができない。
 悲しくて、愛しくて、辛くて、大切で、優しくて、残酷で、唯一で、ただ一人の。
(誰も、逆らえなかった……!)
 声にならない言葉は、両手で顔も覆っていたから。誰に気付かれることもなかった。

「……村を出た時、ミアにはもう二度と家族はできないと思ってたニャス」
 たった一人残っていた、血を分けた兄との別れ。絶対的な家族との別れは、明るい未来なんて夢見る余裕を与えてくれなかった。
 ミアには罰にしか思えなかったし、村の者達もそのつもりだった筈だ。
「でも……一期一会って、本当にあるんニャスね」
 ハンターになったばかりの頃は日々を我武者羅に過ごすだけだったけれど。
「縁を大切に繋いでいけば……幸せになれる……こんなミアでも、“家族”と思える人達ができたニャス」
 サーカスに入ってからは、気軽に話せる仲間が出来た。
 姉と慕う彼女とは、猫姉妹のように気紛れに戯れる気安さが生まれた。
 過ごす日々が楽しくて。
 村の外は寂しいだけなんて、そんなことはなかった。
「みんな、大切な大切な、ミアの家族ニャス!」


●笑顔の花を枯らさずに

「我が家のプリンチペッサ、妹達の話をしよう」
 此処は麗しい女性達が多くて素晴らしいね、なんて軽口を挟みながらレオーネ・ティラトーレ(ka7249)が腰を落ち着ける。
 聞き取りやすい声は昔取った杵柄、鍛錬を重ねた賜物なのだけれど。さてその事実尋ねてもらえる機会が訪れるのか、どうか。

「実家は家族が多くてね、転移してきていたのは俺だけだから、何の連絡も取れていなかったのだけれど」
 リアルブルーと世界が繋がることになったその時に、妹達だけがこちらの世界に、クリムゾンウエストに避難してきていた。
「あの時の俺は、簡単に連絡が付けられるとか、そういった状況がよくわかってなかったんだな」
 大規模作戦に参加していたせいで、出迎えるのが遅くなってしまったのだ。
 此処での生活基盤を整えて、より過ごしやすくすることばかりに捕らわれていたのだと、後から思う。自分一人だけの転移だったから切り替えるのは容易だったのだ。
 リアルブルーの家族達は皆でうまくやっているはずだと、信じていた。信じるしかなかったというのも、ある。
「聞いていたら、もっと早く動けたはずだけれど。とにかく連絡を受けて迎えに行ったんだ」
 焦ったことは否定しない。でも、離れていた彼女達に会える。無事を確認できることがどれほど嬉しかったか!
 同時に、どれだけ心細かっただろうかとか。温かく迎えてやらなければとか。自分の為ではあったけれど、生活のために稼げる手段があって、それなりに安定した暮らしができるようになっていてよかったと思った。
「出会い頭はともかく、プリンチペッサ達を安心させたくてな。歓迎の言葉を言おうと口を開いたんだけど」
 その出鼻はあっさりと挫かれてしまった。
「3人で開口一番“一家全員、我が家の誇りを失わない決断をすればいい、一家の命運を託した”って泣きもせず言い出してな」
 予想外、いや、予想以上だったと言えばいいのかもしれない。信じていた、その想いが遠く世界を越えた先の家族とも、しっかり重なっていたのだから。
「一家の総意として、だ。俺へ気丈にもそう言った妹達が……俺が死なずに、自分達を迎えに来るまでどれだけ心細く不安でいたか……思ったら泣けてきて」
 再会できた喜びを笑顔で示そうとしてくれていた。目は、随分と潤んでいたけれど。
 不安を見せないように、耐えるために手はずっと握りしめられていた。爪で怪我をしないだろうか、それが気になってしまった。
 顔を伏せずに、周囲に視線を向けて。少しでもこの世界を知ろうと努力していた。三人とも、固まって互いを護るように。
「ああ、兄の俺が先に泣いた!」
 隠せると思っていないし、隠す気もない明るい笑顔で、人によっては恥ずかしい記憶をさらけ出す。
「でもそれが良かったみたいで。俺が泣いたから、それで逆に安心したみたいだった」
 泣いても、何も取りこぼさないとわかったから。
「妹達も大泣きして、家族四人で大号泣大会だ」
 そして浮かぶのは、満面の笑顔。
「今の情勢、俺も不安だけど。我が家のプリンチペッサ達の顔を曇らせるなど断じてありえないからな、笑ってるさ!」
 託された一家の命運を、必ず繋ぎ切る為にも。


●きょうだい

 改めて考えれば奇特な縁だと思うキヅカ・リク(ka0038)。
(未悠は何事にも折れない……いや、本当のところ内心は直接聞いたことがないけど)
 意気込みを伝えるための言葉から過去を感じとれることはある。
(それだけのことがあった筈なのに、やっぱり立ち上がるんだ)
 自分だって辛い筈なのに、折れたっておかしくないのに、歩いていた場所に戻ろうとする。それまでと同じような形じゃなくても、前に進もうとする。
(力を持つと、人って結構周りの事見えなくなりがちなのに)
 ちょっとブーメランな気もするけれど、客観的にそう思えるだけマシだということにしておこう。今は高瀬 未悠(ka3199)のことだ。
(それでも未悠は常に誰かの為に、って戦ってる)
 世界に慣れようとする時期は確かに自分の為だったかもしれないけれど。自分が立てなければ、誰かの為なんて動けるはずがない。
(そういう所は好きだし尊敬してる)
 勿論彼女とは別の、家族枠だけれどもね?

 一番に浮かぶのは、やはり恋人だ。
(大好きで堪らないのだもの)
 彼の強さに魅せられた。彼の言葉に揺さぶられた。深い喪失感から救い上げてくれて、狭まった視野を広げてくれて、道標になってくれた。
 覚えたばかりの不器用な恋情を否定しないでいてくれた。ひたむきで力業な愛情にも笑顔を向けてくれた。お互いに歩み寄るための時間をくれて、少しずつ互いを知ることになって、今は愛し愛される幸せを教えてくれて……隣に立つことを受け入れてくれた。
 自分なりの強さを持って、護って、支えて、共に立ち向かっていきたい……最愛の人。
 彼の姿がぼやけて、別の姿を形作っていく。ひとつに定まらず、いくつもの顔を象ってはぼやけ、留まりそうにない。
(……それだけ、親友と呼べる子達が増えたのよね)
 かつてはこんな風に、心を許せる相手なんてできると思っていなかった。常に壁があるように感じていたから、自分自身の事さえも把握できていなかったのだと思う。
 彼女達全員を思い浮かべれば、曖昧な想像が鮮明になる。
 高瀬の名に関係のない、自分を未悠という個人で見てくれる子達だ。被せられた未悠というイメージの殻を破って、ありのまま等身大の未悠をみつけて、自分の為に生きる方法を教えてくれた……大好きな女の子達。

 目を開けて隣を見れば、こちらを見ているリクと目が合った。首を傾げはするものの、そのまま想いを巡らせる。
 血縁関係上の家族にむける感情の希薄さは感じとっていた。自分も話すことはないけれど、リクの話も聞いたことがないのだ。同じだからこそ理解してしまう。
(まるで合わせ鏡みたいにそっくり)
 そう気付いたからか、異性だというのに気安さが増した。新たな場所で得た縁とその喪失、それらを乗り越えて立ち上がる強さを教えてくれたのはリクだ。
(彼は別格だから、比べられないけれど。貴方のその強さも、尊敬しているのよ)
 恋人に向ける恋情とは全く別のもの。もし彼が本当にそうだったらと思わずにはいられない、弟のように大切な存在。

「結構長かったけど、何かあった?」
 傾げていた首が戻り対の赤に温かみが宿ったように思えたので、声をかけてみる。
「大したことでは……あるわね」
「ちょっと不穏に聞こえるのは僕の気のせいかな?」
 じとり、と軽く睨みをきかせてみるけれど、効果があるなんて期待しちゃいない。現に未悠はクスクスと楽しげに笑っている。
「リク、貴方に恋人が出来てから、死なない努力をするようになって安心してるのよ」
「その節は随分とご心配をおかけしまして、未悠御姉様には常日頃大変な感謝を覚えております」
 大袈裟に、どこまでも楽し気に。勢いよく頭を下げてみせれば堪えきれなくなったのか、軽やかな笑い声があがる。
「まったくもう。今はもう大丈夫ね?」
 どうにか収まって問う視線は確かに真直ぐで、誤魔化すのは躊躇われた。
「彼女を悲しませるつもりは無いよ」
 軽い空気を抑えるのはここだけだけどね。
「まあその……いや、死なない様にはしてるんだけどね? ちょーっと、入院期間だけは結構伸びてて」
 つい最近最長記録を更新したばかりだ。
「22日なんて言われちゃったもんだから……エリクシール、使った!」
「それ、移動中とか大丈夫なのかしら……?」
「そこはほら、僕慣れてるし?」
 言っちゃ駄目な言葉の気もしたが、事実なのだから仕方がない。
「彼女の看病が受けられる重要なステータスなんだけど、今はそこまでじっくり余裕がないのがねー」
 思い出すのは恋人になる前の記憶だ。今なら前よりもっと可愛い姿が見られるだろうし、それを堪能してからでも遅くないかも、なんて誘惑は確かにあったのだ。
「治しちゃったから言えるんだけど、やっぱり勿体なかったかな? どう思う、未悠も恋人の看病とか、機会があったらしたいよね?」
「心配ばかりが先に立って、看病の余裕なんてなくなりそうだわ。あまり、そういった行為には慣れていないし……でも、二人きりで弱った姿……」
「あーんとかしてみたくない? 軽い怪我程度だったら、むしろ僕は進んでベッド待機したかったね」
 一通り終わったら、おかげで治ったということにして一通りいちゃつく心積もりだ。問題は、今の情勢ではそんな軽い怪我ですむことが少ないという事だが。
(ああでもそうやって翻弄されてくれる様子は絶対可愛いよね!)
 想像だけなのだが感情が高まるのだから、やはり彼女の存在は素晴らしい。
 これ見よがしなため息が聞こえて、視線を未悠に戻した。
「デレデレし過ぎな気がするけど……お互い様よね?」
「そこを否定する気は1ミリもないね!」

「……リク、貴方は私にとって家族みたいに大切な人よ」
 かしこまって口を開けば、不思議そうに首を傾げる。
「これから先もずっと貴方の幸せな姿を見守っていたいわ。私の事も同じ風に見守っていてくれる……?」
 これまで弟だなんだと言っていたのは遊び半分に聞こえていたかもしれないけれど。実際にそう思っているから、咄嗟に出てしまっていただけなのだ。互いの掛け合いが楽しくて当たり前で、改めて確認なんてして来なかった。
 でもせっかくの機会だから、伝えてしまおうと思ったのだ。
「まったく。なーに水臭い事言ってるんだよ」
 ほんの少しだけ存在していた不安が、吹き飛ばされていく。
「僕だって、赤の他人を姉なんて言ったりしないって。そう言うからには相応の根拠と、覚悟があるわけ。……大事な、家族としてさ」
 未悠もそうだろ? と確認のようで、確信を持った声が届けられる。
「だから、ちゃんと見守るし助けもする。約束だ」


●比翼

「ユレイテル、わしが語るときは、隣に居てくれるじゃろうか?」
 必要なことだから。そう頼むイーリス・クルクベウ(ka0481)に長老の目が瞬く。
「駄目かのう?」
 不安気な瞳が、自然と上目遣いになる。
「そうではない……イーリス」
「?」
「その時間だけしか、隣に居てはいけないのか」
 囁きに近い言葉にイーリスの動きが止まる。
「今日は、君の傍にずっと居ると決めている」

「それじゃあ、こういう付き合いもあると言う一例を示すとするかのう」
 どこかぎこちない声になるのはどうしようもなかった。手番になる前にどうにか慣れるつもりでいたのだけれど。
 巫女達の視線がとても痛い。興味津々だと表情が明確に告げてきている。
(フュネ殿が挨拶に来たあたりから、更にぐいぐい視線が来るのじゃが)
 それはもう念入りに梱包されて熨斗だけでなく粗品まで付いてきそうなほどに丁寧な感謝の言葉を贈られた。これで面倒なごますりが来なくなる云々。
 どうにか思考を逸らしてみるが、片手はずっと隣を陣取る恋人に捕らえられている……落ち着かない。
「馴れ初めが聞きたいです!」
 しびれをきらした巫子のフライングに、イーリスは悟った。
(ええい、なるようになれじゃ!)

「最初は維新派として、ユレイテルを応援していたのじゃ」
 もともとこの地の出身であることも伝えておく。巫女達は幼過ぎて面識がないだけで、彼女達の親世代になると知り合いが居るだろうと言っては見たが、巫女達は全く気を逸らすことがなかった。
「……中から意識を変える未来を思うと、期待が膨らむものじゃ。外から手伝えることもあるじゃろうとユレイテルをたててる内に……ッ」
 握られた手が少し苦しい。隣を見上げれば耳の先が少し染まっている。
「……親しくなって、いったんじゃ」
 中途半端な言葉を言いきれば、耳元に届けられる、任せておけの一言。
「私の場合は信頼が先にあったな。手際も良く対等で在ろうと、同じ視点に立とうとしてくれる相手を好意的に見ない方がおかしい」
 表に出さないように気を付けていた、なんてイーリスも初めて聞いた。むしろここまで饒舌になるとは。
「イーリス?」
 心配そうに覗きこまれ、更に顔が近い。巫女達の黄色い悲鳴が妙に遠くに聞こえる。
「疲れているなら切り上げるか?」
「……原因、の……おぬしが、言うなと……」
 どうにか声を絞り出すが、顔が赤い自覚もある。少女達の声が嬉しげで、恋仲と言う説明は不要だと確信させられてしまう。
「話すには、近すぎると言うに!」
 どうにか押しのけて対の紫を遠ざける。眉が下がるくらい知った事か。
「何もべた付くだけが恋仲であるわけではないじゃろう?」
 元々は巫女達に告げるつもりだった言葉だ。まさか当の恋人に言うことになるとは思わなかった。手が離されることはなかったが、とりあえず精神の安寧は強引に保てた、筈だ。
「こほん……わしらは比翼であり、共に宿り木の仲よ」
 離れていても、想いがある。心は繋がっていると、照れを無理やりに抑え込んで続ける。
「のう、ユレイテル?」
「勿論だ」

 過剰だからと、フュネ達保護者組に追いやられた。
(予定とは違ってしまったが)
 正論を破る気は起きなかった。誰の目も気にしなくていい部屋の中、正面から視線を重ねる。
「この戦いが終わったら……ッ」
「それこそ駄目だ。私に言わせてくれ」
 ゆっくりと、抑えていた手を離すユレイテルの瞳の色が濃くなって。
「その時は、君を妻と呼ぶ」
 答える前に、言葉ごと飲み込まれた。

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参加者一覧

  • 母親の懐
    時音 巴(ka0036
    人間(蒼)|19才|女性|疾影士
  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士
  • 幸せの青き羽音
    シャーリーン・クリオール(ka0184
    人間(蒼)|22才|女性|猟撃士
  • ユレイテルの愛妻
    イーリス・エルフハイム(ka0481
    エルフ|24才|女性|機導師
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ラファル
    ラファル(ka1664unit003
    ユニット|幻獣
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • シグルドと共に
    未悠(ka3199
    人間(蒼)|21才|女性|霊闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
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