ゲスト
(ka0000)
【血断】DESPERADO MARCH
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~8人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/07/25 22:00
- 完成日
- 2019/08/13 03:19
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
小休憩をとって機動兵器ハンガーへ向かう道中、ジーナ・サルトリオ(kz0103)はいつになく険しい表情で先を見つめていた。
その様子に、慌ただしく駆け回っていた特機隊整備班の面々も思わず足を止めて彼女の姿を見送った。
額をはじめ、身体のあちこちに巻かれた包帯やガーゼが痛々しいが、動けるだけマシだとジーナは身体に鞭を打つ。
特に痛みの強いところには、軍医に頼んでギチギチに包帯を巻いてもらった。
血流が悪くなると、痛覚も次第に鈍くなっていくような気がした。
ここへ来る前、ジーナはディアナ・C・フェリックス(kz0105)が運び込まれた治療室に足を運んでいた。
生命維持装置に繋がれたまま、うんともすんとも言わない相手に、ジーナは散々泣き言を吐き捨てて来た。
もしかしたら、ふと目を開けて嫌味小言の1つでも言ってくれるんじゃないか――今はその一言がひたすらに欲しかった。
だけど右手右足、そして右目までも失った彼女は苦しそうな寝息を聞かせてくれるだけだった。
彼女は自分の機体「R7エクスシア」――通称エルモの足元でヘッドギアを装着する。
そこまで近づいて、ようやく隣に見慣れない機体と見慣れた人物が立っているのに気づいた。
「隊長……?」
「おー、ジーナお疲れさん」
特機隊隊長ことダニエル・コレッティ(kz0102)は、パイロット用ヘッドギアを小脇に抱えながらマニュアルらしきものをぺらぺらとめくっている。
ななめ読みなのか、ページをめくるスピードはかなり速い。
「隊長、それって」
「うん? だってほら、虎の子の機体を眠らせとくわけにもいかないでしょ」
「隊長が出るんですか?」
「俺だって特機隊だよ? CAMの事前研修くらいは受けてる。その後は乗ってないけど」
ダニエルの頭上にそびえるのは、コマンダー仕様の魔導型デュミナス。
先の戦いで損傷したディアナ機を予備パーツや他の破損機体とのニコイチで動けるようにしたものだった。
ジーナは少し戸惑ったようにダニエルとデュミナスとを交互に見つめていたが、やがて伏し目がちに口を開いた。
「隊長、私――」
言いかけたところで、ダニエルが咳ばらいをして遮る。
「次の任務は把握しているな?」
「え、あ、はい。ハンターと協力して東側から迫る敵勢力対応です」
ジーナの答えにダニエルは満足げに頷く。
「よろしい。任務を遂行しろ。他のことはその後に考えればいい」
その時の彼の言葉は、どこか冷たいようにジーナの耳に届いていた。
だが今はそれが逆に心地よく、ジーナは力いっぱい胸を張って敬礼を返す。
「はい。ジーナ・サルトリオ、出撃します」
少女は再び死地を目指す。
●
数時間後――戦場の真っただ中に彼女たちの姿はあった。
辺りには霧散していく大量のシェオル型歪虚の骸が散らばっている。
ジーナはバイザーモニターにせわしなく目を走らせると、左方から接近するシェオルの攻撃をスラスターひと吹きで回避。
すぐさま反転してマテリアルソードを突き立てる。
敵が沈黙したのを確認するや否やマテリアルライフルへ持ち替え、前方から接近する個体を撃ち抜いた。
その様子を、ダニエルは一歩引いた位置からつぶさに観察する。
(思ったより落ち着いているな……むしろ動きは良い)
人機一体とはこの事を言うのだろうか。
縦横無尽に敵を討つ彼女の操縦には極限の美しさすらも感じられた。
「隊長、次は!?」
「ああ、12時方向直進。敵の薄い壁を分断して各個撃破に努める」
「了解!」
無線でせっつかれて、ダニエルは慌てて次の指示を下す。
的確な動きのはずなのに、何とも言えない不安。
その正体を彼は口にすることができない。
「隊長!」
「いや、そのまま直進だって」
「そうじゃなくって、あれ見て!」
切羽詰まったジーナの言葉に、ダニエルは彼女が向かった方向にカメラをズームする。
「これは……」
そこにあったのは、地面にぽっかりと空いた巨大な縦穴だった。
シェオルの何匹かがその穴に落ちるように飛び込んでいく。
穴の先は真っ暗だが、よく見れば先の方は道が湾曲していて、洞穴になっているようだった。
「この形から計算すると……洞穴が続いているのは拠点の方向か?」
頭の中で最悪の事態を予期する。
もしこの穴が拠点のすぐ近くに繋がっているとしたら――
「隊長、行きましょう」
ダニエルが判断を下すより早く、ジーナが真っ先に提案をした。
「いやまて、まだそうと決まったわけじゃない。こういうのは基本的に調査隊を出してだね」
「そんな余裕あるんですか?」
彼女の言葉に、ぐうの音も出なかった。
もし本当に穴が拠点に繋がっているなら、戻って報告して調査隊を出して――なんてレスポンスは遅すぎる。
チームを組んでいる間に取り返しのつかないところまで敵が迫ってしまう可能性が高い。
ダニエルはしばらく――と言ってもほんの2~3秒――思考を巡らせてから、周辺の友軍に対して通信を送った。
「これより同盟陸軍特機隊は、戦場に発見された地下トンネルに向かう。可能であれば有志数名に協力してもらいたい。他の友軍はこのまま、周辺シェオルの対応を続けて欲しい」
彼の呼びかけに応じて何名かのハンターが名乗りをあげる。
突入隊としては十分な人数だろうと判断したダニエルは、作戦を実行へ移す意志を固める。
「各員、損害を受けている中だがこのルートを見逃すわけにはいかない。死力を尽くして内部勢力を掃討する。いくぞ!」
掛け声とともに突入隊はすり鉢状に掘削された穴の入り口を滑り降りていく。
ジーナは重力に身体が引かれていくのを感じながら、うなじの辺りがチリチリと焼け付くのを感じた。
焦燥感を落ち着けるように、首から下げたシャークトゥースの首飾りを握りしめる。
お守りだと言って笑っていた彼の姿はもうどこにもない。
(倒すんだ……全部……全部……ヴィオ大尉を、ディアナさんを、ヴァリオスに連れて帰るために……!)
手のひらに歯先が食い込んで、つぅと一筋、赤い血が滴り落ちた。
小休憩をとって機動兵器ハンガーへ向かう道中、ジーナ・サルトリオ(kz0103)はいつになく険しい表情で先を見つめていた。
その様子に、慌ただしく駆け回っていた特機隊整備班の面々も思わず足を止めて彼女の姿を見送った。
額をはじめ、身体のあちこちに巻かれた包帯やガーゼが痛々しいが、動けるだけマシだとジーナは身体に鞭を打つ。
特に痛みの強いところには、軍医に頼んでギチギチに包帯を巻いてもらった。
血流が悪くなると、痛覚も次第に鈍くなっていくような気がした。
ここへ来る前、ジーナはディアナ・C・フェリックス(kz0105)が運び込まれた治療室に足を運んでいた。
生命維持装置に繋がれたまま、うんともすんとも言わない相手に、ジーナは散々泣き言を吐き捨てて来た。
もしかしたら、ふと目を開けて嫌味小言の1つでも言ってくれるんじゃないか――今はその一言がひたすらに欲しかった。
だけど右手右足、そして右目までも失った彼女は苦しそうな寝息を聞かせてくれるだけだった。
彼女は自分の機体「R7エクスシア」――通称エルモの足元でヘッドギアを装着する。
そこまで近づいて、ようやく隣に見慣れない機体と見慣れた人物が立っているのに気づいた。
「隊長……?」
「おー、ジーナお疲れさん」
特機隊隊長ことダニエル・コレッティ(kz0102)は、パイロット用ヘッドギアを小脇に抱えながらマニュアルらしきものをぺらぺらとめくっている。
ななめ読みなのか、ページをめくるスピードはかなり速い。
「隊長、それって」
「うん? だってほら、虎の子の機体を眠らせとくわけにもいかないでしょ」
「隊長が出るんですか?」
「俺だって特機隊だよ? CAMの事前研修くらいは受けてる。その後は乗ってないけど」
ダニエルの頭上にそびえるのは、コマンダー仕様の魔導型デュミナス。
先の戦いで損傷したディアナ機を予備パーツや他の破損機体とのニコイチで動けるようにしたものだった。
ジーナは少し戸惑ったようにダニエルとデュミナスとを交互に見つめていたが、やがて伏し目がちに口を開いた。
「隊長、私――」
言いかけたところで、ダニエルが咳ばらいをして遮る。
「次の任務は把握しているな?」
「え、あ、はい。ハンターと協力して東側から迫る敵勢力対応です」
ジーナの答えにダニエルは満足げに頷く。
「よろしい。任務を遂行しろ。他のことはその後に考えればいい」
その時の彼の言葉は、どこか冷たいようにジーナの耳に届いていた。
だが今はそれが逆に心地よく、ジーナは力いっぱい胸を張って敬礼を返す。
「はい。ジーナ・サルトリオ、出撃します」
少女は再び死地を目指す。
●
数時間後――戦場の真っただ中に彼女たちの姿はあった。
辺りには霧散していく大量のシェオル型歪虚の骸が散らばっている。
ジーナはバイザーモニターにせわしなく目を走らせると、左方から接近するシェオルの攻撃をスラスターひと吹きで回避。
すぐさま反転してマテリアルソードを突き立てる。
敵が沈黙したのを確認するや否やマテリアルライフルへ持ち替え、前方から接近する個体を撃ち抜いた。
その様子を、ダニエルは一歩引いた位置からつぶさに観察する。
(思ったより落ち着いているな……むしろ動きは良い)
人機一体とはこの事を言うのだろうか。
縦横無尽に敵を討つ彼女の操縦には極限の美しさすらも感じられた。
「隊長、次は!?」
「ああ、12時方向直進。敵の薄い壁を分断して各個撃破に努める」
「了解!」
無線でせっつかれて、ダニエルは慌てて次の指示を下す。
的確な動きのはずなのに、何とも言えない不安。
その正体を彼は口にすることができない。
「隊長!」
「いや、そのまま直進だって」
「そうじゃなくって、あれ見て!」
切羽詰まったジーナの言葉に、ダニエルは彼女が向かった方向にカメラをズームする。
「これは……」
そこにあったのは、地面にぽっかりと空いた巨大な縦穴だった。
シェオルの何匹かがその穴に落ちるように飛び込んでいく。
穴の先は真っ暗だが、よく見れば先の方は道が湾曲していて、洞穴になっているようだった。
「この形から計算すると……洞穴が続いているのは拠点の方向か?」
頭の中で最悪の事態を予期する。
もしこの穴が拠点のすぐ近くに繋がっているとしたら――
「隊長、行きましょう」
ダニエルが判断を下すより早く、ジーナが真っ先に提案をした。
「いやまて、まだそうと決まったわけじゃない。こういうのは基本的に調査隊を出してだね」
「そんな余裕あるんですか?」
彼女の言葉に、ぐうの音も出なかった。
もし本当に穴が拠点に繋がっているなら、戻って報告して調査隊を出して――なんてレスポンスは遅すぎる。
チームを組んでいる間に取り返しのつかないところまで敵が迫ってしまう可能性が高い。
ダニエルはしばらく――と言ってもほんの2~3秒――思考を巡らせてから、周辺の友軍に対して通信を送った。
「これより同盟陸軍特機隊は、戦場に発見された地下トンネルに向かう。可能であれば有志数名に協力してもらいたい。他の友軍はこのまま、周辺シェオルの対応を続けて欲しい」
彼の呼びかけに応じて何名かのハンターが名乗りをあげる。
突入隊としては十分な人数だろうと判断したダニエルは、作戦を実行へ移す意志を固める。
「各員、損害を受けている中だがこのルートを見逃すわけにはいかない。死力を尽くして内部勢力を掃討する。いくぞ!」
掛け声とともに突入隊はすり鉢状に掘削された穴の入り口を滑り降りていく。
ジーナは重力に身体が引かれていくのを感じながら、うなじの辺りがチリチリと焼け付くのを感じた。
焦燥感を落ち着けるように、首から下げたシャークトゥースの首飾りを握りしめる。
お守りだと言って笑っていた彼の姿はもうどこにもない。
(倒すんだ……全部……全部……ヴィオ大尉を、ディアナさんを、ヴァリオスに連れて帰るために……!)
手のひらに歯先が食い込んで、つぅと一筋、赤い血が滴り落ちた。
リプレイ本文
●
すり鉢状の傾斜を滑り降りた先で、ハンター達はシェオル型歪虚の熱烈な歓迎を受けることになった。
奥の暗がりから放たれる大量の魔弾を前に、機動兵器が盾を構えて展開する。
「視覚に頼らなくって良い歪虚って、たまに羨ましく思うわ……!」
仲間の盾に守られながら、天王寺茜(ka4080)が、自らのガンポッドに照明化の魔術を施した。
暗がりの中に、他9機の僚機の姿が浮かび上がった。
近辺の状況が確認できるようになったところで、キヅカ・リク(ka0038)のマスティマと、トリプルJ(ka6653)、アニス・テスタロッサ(ka0141)のコンフェッサーに取り付けられたサーチライトが、洞穴の奥へ真っすぐ光と届ける。
2本の直光の中で、シェオル型の姿が幾重にも浮かび上がった。
「うへぇ。こりゃ、見ない方が気分的にマシだったか?」
コックピットでJが呻く間も、シェオル達からの攻撃が飛び交う。
シェオルたちは光自体に反応した様子はなく、とにかく目の前の外敵を屠ろうという意志だけが満ちていた。
「とにかく陣を敷くぞ! コレッティ大佐は適宜細かい指示を願います!」
「ま、正直それくらいしか役に立てなさそうだしねぇ」
近衛 惣助(ka0510)からの通信に、ダニエル・コレッティ(kz0102)はデュミナスを数歩分後退させる。
そのさらに後方にアニス機と、マリィア・バルデス(ka5848)のエクスシアが滑り込んだ。
「地上側はクリア。上の部隊が頑張ってくれてるみたいね」
追ってくるシェオルの姿がないのを確認し、マリィアは機体にマテリアルヒーリングを施す。
先の地上戦で自身も機体もかなり消耗している。
騙し騙しでも、こうしてこまめに修復していかなければとても生きた心地がしない。
一方のアニスはコンソールに指を走らせ、最前衛で盾になっている惣助機、リク機、J機にマテリアルラインを繋ぐ。
「自前のものだけより、多少はマシだろう」
「ああ。遠映があるのはありがたい……!」
後方から見渡すアニス機のカメラ映像を元に、リクはマスティマの遠隔兵器「ブレイズウィング」を射出する。
刃状の翼がサーチライトの光を反射しながら飛び交い、シェオル型の何匹かをズタズタに引き裂いた。
虫の息で残った個体たちも確認して、ハンター達の集中砲火が群れを襲う。
前線3機の僅かな隙間を縫って放たれる一矢。
頭蓋を撃ち抜かれて霧散するシェオル・ノドの姿を遠巻きに、ミグ・ロマイヤー(ka0665)の身を武者震いが伝う。
「馴染む馴染むぞ、マイサンよ」
ダイブシステムを通じて隅々まで感じるルクシュヴァリエの駆動は、まさしく機体を自らの手足としたかのようだった。
ハンターの射撃・砲撃を受けながら、シェオルたちはぞろぞろと距離を詰めてくる。
矢面に立ったJのコンフェッサーが超々重斧を振り回してそれらに応対していた。
「急ぐからって突出するなよ、敵はどこから来るか分からない」
「分かってら。このまんまじゃ回復する暇もありゃしねぇ」
連戦の損傷を抱えるハンター達は持ち場をカバーし合いながら戦うことを余儀なくされていたが、結果としてそれは侵攻の停滞へと繋がってしまう。
穴はまだまだ深い。
ダニエルはしかめっ面を浮かべてから、通信を繋いだ。
「少し切り込めるかな? 進みつつ誘い出した方が効率は良さそうだ」
「やってみます」
マスティマ「エストレリア・フーガ」のブライズウィングが直線状に放たれる。
敵群のど真ん中を貫くように刃が閃くと、続けざまの砲火が穴をこじ開けた。
「今度は僕が矢面でひきつける。みんなは進路を広げて!」
リクが言うや否や、敵陣の穴へと飛び込むエストレリア。
突出した一機に軍団の意識が集中する。
そこへJや惣助が微速前進と共に砲撃を重ねていった。
「邪魔をするなぁ!」
彼らから一歩引いた位置でジーナ・サルトリオ(kz0103)のエクスシアがライフルの引き金を引く。
普段なら射撃の成績はぺーぺーな彼女のはずだが、その的確なショットはシェオルの胸部を的確に撃ち抜いていた。
そんな彼女を、浅黄 小夜(ka3062)はどこか落ち着かない様子で見守っていた。
射撃戦をガンポッドのオートショットに任せ、エクスシアのサブカメラでジーナ機の様子をモニタする。
まるで別人みたいに動きが良い。
いや、単純なパイロットとしてジーナはそもそも腕のいい兵士だったが、それとも遠くかけ離れたような――この不安はなんだろう。
「この近辺は一直線のようね。先は折れ曲がっているようだけど」
マリィアはカメラを操作しながら洞穴の様子を丁寧に探っていた。
ガトリングガンを構えてこそいるものの、前線で多くの機動兵器が並べば敵に当てるより味方が射線に入ってしまう可能性の方が高い。
だからあえて割り切って、確実に狙える状況でない限りは損傷の回復と、周辺の観察に舵を切る。
僚機のサーチライトで照らされる洞穴の奥は、緩やかなカーブを描いていた。
あの先の状況を確認するには、今は進むしかない。
惣助が最初に比べればだいぶ歓迎ムードも収まって来たのを確認して、声を上げる。
「大佐。ずいぶん敵影も減ってきたがどうだ?」
「うん。それじゃ先を急ごうか。前衛はとにかくダメージを与えて、中衛がそれを撃破。ダメなら後衛さんに回そう」
ハンター達は短く返事をすると、機体のペダルを先ほどよりも大きく踏み込む。
隊の進行速度が跳ね上がり、機動兵器たちは暗い穴の先へと飛び込んでいった。
その銃声が止むことはない。
●
洞穴の奥は、蛇のお腹の中みたいにうねうねと曲がりくねっていた。
とはいえ右に行けば左に。
左に行けば右にと、誤差単位での軌道修正の軌跡は見える。
「結構来たかな……うねってはいるけれど、拠点には近づいてるみたい」
茜は地図を片手に小さく唸る。
前線では、コンフェッサーが放ったバズーカの砲弾が炎の花を散らしていた。
「ふぃ~。この辺りのは片付いたな」
リロードしながらJは大きく息を吐く。
洞穴内のシェオルの配置はまばらで、集団が固まっていることもあれば、数体がぱらぱらと道に迷ったように取り残されていたりする時もある。
特段、統率を取ってこの穴を侵攻しているわけではないようだ。
もっとも統率が取れたシェオルなんて考えたくもないものだが。
惣助はコンソールのダメージ表示を横目に、眉間に皺を寄せる。
リクとJと3人、最前面で敵の砲火を引き受け続けたことで損傷がかさんでいた。
別格のタフネスを誇るマスティマと、こまめな修繕を繰り返すJとに比べて、限界が見え始めるのも早かった。
「すまない。誰かポジションのスイッチを頼めるか?」
「それなら私が行く」
手を挙げたのはジーナ。
シフトチェンジするのであれば中衛からだが、今のメンバーの適材適所を探れば人選は妥当だ。
上司であるダニエルも、反対の意は示さなかった。
「お姉はん……」
小夜は何かを言いかけて、ぐっとそれを飲み込んだ。
自分の不安や意見が正しいかどうかなんてわからない。
平静を装っているだけ――なんてこと、小夜自身が一番よく分かっていた。
「機体が危なくなったら……惣助はんみたいに、すぐに交代……して?」
「うん……分かった」
ジーナから返事が来るまで、ほんのわずかにラグがあった。
「敵襲!」
リクの通信に、空気が一気に張り詰める。
「裏口から退場する人気バンドの気分だよ」
リクは視線の先、サーチライトの光に照らされる敵影を前に、薄い笑みを浮かべた。
数はこれまでで一番多い。
深部のシェオルもこれまでの戦闘に釣られて来たのだろうか。
ブレイズウイングが予備動作無しにリリースされる。
しかし、流石に行く手を埋め尽くすこの数を相手にこれだけで優位を取るのは厳しそうだ。
「射線、ズレて!」
響いた声に、リクは咄嗟に操縦桿を切る。
エストレリアの背後から、エルモの放った高出力のマテリアルライフルが長い洞穴を貫いた。
最も敵を多く巻き込める射角を狙った、ピンポイントかつ的確な一射。
勢い余った光線が、行く先のカーブの壁に激突して洞穴が小さな振動に包まれる。
「うわっ! 崩れないよね!?」
茜は咄嗟に片手で頭を覆いながら、もう片方の手で操縦桿のバランスを取る。
それほど意味がないことを分かっていても、足もコックピットの床で踏ん張った。
「おい、生き埋めになったらシャレになんねーぞ!」
「現に崩れてはいないよ。それに、今のうち」
「そういう話をしてんじゃねぇ」
アニスの怒声に、ひどく冷たい声で返事をするジーナ。
思わずアニスの噛みしめた奥歯が鳴る。
「テメェがくたばるのは勝手だが……周りに余計な負担かけるようなら軍人失格だ」
吐き捨てるように口にした叱責。
しかし今度はうんともすんとも返ってこない。
代わりに、エクスシアのマテリアルソードがシェオル・ノドを両断する。
「こんなところまできて、お守りをする謂れはないぞ」
ミグは大きなため息をついた。
だが、事実で言えば敵の足並みは乱れた。
散り散りになった個体を、ゴッド・バウの矢が1体ずつ的確に屠っていく。
「ジーナ。ヒールを残してるから、キツい時は言ってね?」
優しい口調で茜が語り掛ける。
ジーナは短く「うん」とだけそれに返した。
「隊長はんは私の後ろに……」
「悪いね。居るなら娘ぐらいの年の子に守られる、ってのは甲斐性ないもんだけど」
魔弾が中衛に届く位置まで敵が迫ると、小夜がブラストハイロウを起動して前衛と中・後衛の間に光の壁を築く。
「足止まっちゃう、よねぇ?」
「そうですね。この数はなかなか――」
尋ねるダニエルに、惣助はガトリングを掃射しながら答える。
僅かに足がすくんだシェオルへ、今度は集中的に放たれた銃弾が外殻を砕きながら叩きこまれていく。
「こっちは急いでいるんだ、引っ込んでろ!」
思わず口を突いてでた言葉は、焦燥の現れだったのかもしれない。
前衛、中衛が正面の敵群に集中しているころ、マリィアは最後尾で静かに周囲の状況を観測していた。
暗闇の中、シャインやサーチライトの光はあるとはいえ、視覚に頼りきることはできない。
だから気づいたのは、機体のマイクが収音した僅かな音だった。
「アニス、後ろ!」
「なん――」
アニスが機体を反転させ、サーチライトを後方へ目掛ける。
すると、眼前に飛び掛かるシェオル・ノドの白い外殻が光を淡く反射した。
「こいつ……!」
アニスはシェオルの爪を盾で受け止め、機銃の砲身を掴む。
手早くスライドさせたブレード部を敵に突き付けると、力いっぱいはじき返した。
「いったいどこから――」
左右に振れるサーチライトに数体の中小サイズのシェオルの影が映る。
やがて、後方の壁面に小さな穴が開いているのが目に付いた。
「またとんでもないことしてくれちゃって」
マテリアルラインを通して観測したダニエルも苦い表情を浮かべる。
「おいおい、加勢するか!?」
「いや、こっちは俺らで処理する! あんたらは前見てろ!!」
Jの申し出を一蹴して、アニスは銃モードに戻した機銃を次々と照準していく。
J自身も、直後に正面から襲い掛かったブリッツ型の重圧を斧で受け止めるのにかかりきりになってしまった。
「小夜、ハイロウはまだ持つかしら?」
「はい……余裕は、あります」
「そう、じゃあ後は幸運を祈るわ」
マリィアのエクスシア「メルセナリオ」が後方を向いたまま数歩下がり、ブラストハイロウを展開する。
中衛を間に挟み込む形で展開された2枚の光が、前後の集団を分離した。
「ポジション的には、仕事が無い方が良かったのでしょうけどね」
携えたガトリングの砲身が唸りをあげて回転し、銃弾の雨を吐き出す。
激しさを増す銃声は、休む間もなく洞穴に反響し続けた。
●
シェオルの集団を何とか乗り越え、一団は掛かった時間を取り戻すべく先を急いだ。
途中、いくつかの小さな横穴を発見した。
とてもじゃないが、CAMは侵入できない大きさの横穴。
うちの1本は先ほど後方へと通じたものだろうか。
他の穴も、内部に銃弾を放ってみるなどして様子を伺ってみたが、反応のないものに関しては後に回すことにした。
修復スキルも尽き、損傷も疲労もかさみ始めたころ、不意に穴が大きく広がり始めた。
CAMが3列並べるほどだったものが4列並べそうに。
やがては5列並べそうに。
それぐらいの大きさになったところで、再びシェオルの集団が行く手に立ちふさがる。
それだけではない。
サーチライトの光が、さらに奥に蠢く個体を静かに照らし出した。
それはとてつもなく大きく、とてつもなく長い。
ブリッツ型をさらに大きくしたような、ムカデ型の巨大シェオルだった。
巨大ブリッツはCAMくらい簡単に飲み込んでしまいそうな大きな顎で壁に向かい、ガリガリとものすごい勢いで岩盤を削っている。
そこが、洞穴の終着点だった。
「とても自然の物じゃないと思っていたが……アレが元凶か」
惣助の頬に思わず汗が伝う。
「奴さんは穴掘りに相当ご執心らしい。下手に手を出さずに、まずは周りのシェオルを減らすんだ」
「了解だぜ!」
Jのコンフェッサーが駆ける。
「これくらい広くなりゃ、ようやくこいつの出番だってな」
敵と衝突する前に、マテリアルバルーンを射出して注意を分散させる。
オトリの風船に向かうシェオルに、エストレリアの斬艦刀が容赦なく振り下ろされた。
「お前ら……ここから先へ進めると思うんじゃねぇよ!」
鬼気迫る勢いで、機体が集団の中へと飛び込んでいく。
その背中を小夜と茜のガンポットが遠隔で援護する。
「あのデカブツのデータは無いのじゃろうな」
「残念ながら」
ミグの問いに肩をすくめるしかないダニエル。
「まあよい。倒さなければならんのに変わりはない」
「ごもっともで」
「今のところ後方からの敵影はないわ」
マリィアは報告するとともに、ガトリングガンを前方へと構える。
これくらい広ければフレンドリーファイアの心配も薄れる。
「茜、拠点までの距離は?」
「うーん、ぐねぐねしてたから正確な距離は出せないけど、かなり近いと思います」
「だったらなおさら、時間はかけていられないわね」
10機の銃声がひっきりなしにシェオルの波を撃ち払う。
銃弾が飛び、シェオルが砕け、マテリアルが散る。
互いに退路は無い。
生きていた者こそが、この戦いの勝者なのだ。
「気を付けろ! デカブツが気づいたぞ!」
半数ほどのシェオルを屠ったころだろうか。
掘削に集中していた大型ブリッツが、ゆったりとその鎌首を翻し、ハンター達の方を向いた。
大型ブリッツは、ヤツメウナギの口ような円形の顎を大きく開いて、その中にマテリアルの輝きを灯す。
直後、数発の大型魔弾が放たれて、ハンターの布陣の中で爆発した。
「きゃぁぁ!?」
爆炎に巻き込まれた茜のルクシュヴァリエ。
その装甲が衝撃で吹き飛ぶ。
彼女だけではない。
各機が、余波を受けただけで目に見える損傷。
そんな中で、真改が自重を支えきれずに膝を折る。
機体が悲鳴をあげるように、モニターを埋め尽くすほどの不調アラートが鳴り響く。
「タフさが最大の取り得でね……こんなところでくたばっていられるか」
身体に鞭を打って、己の生命力をマテリアルを通じて機体へと注ぎ込む。
感覚が広がり、自分の身体が巨大化したかのような錯覚に襲われる。
ルクシュヴァリエに搭載された搭乗者の感覚没入システムを疑似的に発生させる、パイロットの奥義。
違いがあるとすれば、使用者の安全が全く担保されていないこと。
真改は盾を構え前線へと突貫する。
「洞穴内じゃブレイズウィングが要だ! リクはデカブツを頼む!」
「分かりました!」
真改の裏に回り込み、リクはウイングをリリースする。
ノドの頭上を飛び越えて飛翔する刃が、巨大ブリッツの外殻に次々と突き立った。
「痛みでも感じてくれりゃ楽なんだがな」
キマリスはバルーンでノドの視線を分散しながら、大型ブリッツへの距離を詰める。
射程に捉えた瞬間、期待から射出されたマテリアルの網が敵の足元を絡めとる。
「くたばれぇぇぇぇ!!!」
脚を取られた大型ブリッツへ、ジーナ機が駆けた。
ブースターで飛び上がり、外殻にマニピュレーターでしがみつくと、どす黒い本体へとマテリアルソードを突き立てる。
「おい、ネエチャン! バンザイアタックかますにゃタイミング早すぎねぇか!?」
Jは通常のブリッツ型をマテリアルフィストで吹き飛ばし、慌てて駆け出す。
が、その足元にノドの群れが寄って集って、行く手を阻んだ。
「くそっ! 誰か行けるか!?」
「ああ、もう……! こっちはこっちで何とかするから、小夜と茜はジーナのフォロー頼む」
「わ……わかりました」
ダニエルの言葉に、エクスシアとルクシュヴァリエのガンポッドが大型ブリッツめがけて飛翔する。
ちょうどその時、ぐわんぐわんと身体を振る敵に振り回されたジーナ機が、ついに宙へと放り出される。
エクスシアが地面に叩きつけられ、衝撃で片腕が惜し潰れる。
「お姉はん!?」
小夜機が駆け寄り、ジーナ機を抱え起こす。
茜機が斬艦刀で、群がるシェオルから2人を守った。
「大丈夫……ちょっと頭打ったけど、機体はまだまだ動けるよ」
「それじゃダメだジーナ!」
突然、通信にリクの声が割って入った。
「機体じゃない……お前が生きなきゃだめなんだ!」
「私……?」
「お前は生きて、証明しなきゃいけない! 彼らが――ヴィオ大尉や、みんなが作った時間が未来を作ったんだってこと!」
ジーナは引きつったように息を飲んだ。
エストレリアは斬艦刀を手に、大型ブリッツへと肉薄する。
振り下ろした一撃が、尻尾の先を叩き切った。
流石に不快だったか、のたうちまわるように暴れる大型ブリッツ。
その一瞬の隙を突いて、赤い機体が懐に飛び込んだ。
アニスのキマリス――マテリアルに覆われた鋭い抜き手が、外殻の隙間から敵の腹を抉る。
「目の前で仲間に死なれた数なら、俺はテメェの比じゃねぇ……数で語るつもりはねぇよ。だが、それでも、俺は生きてんだ」
突き入れた腕に力を入れるように、グリグリと中へ中へとねじ込まれていく手刀。
開かれた手は、あの日のLH044で仲間たちに届かなかった手に重なったように思えた。
「軍人なら、任務を完遂して帰還すんだよ……わかったか!」
そのまま力任せに抜き取られた手が、敵の腹を一文字に割く。
ミグの放った矢の一撃が、傷口をさらに抉った。
大型ブリッツはさらに激しさを増し、暴れまわる。
そのたびに洞穴が大きく振動し、ガラガラと天井の岩盤の一部が崩れ落ちた。
「水をさすようで悪いけど、このままじゃ洞窟ももたなそうよ」
マリィアの冷静な言葉に、ダニエルはミサイルのトリガーを引く。
爆炎が大型ブリッツを包み込むが、それで止まるようなタマではない。
「アレさえ何とかなれば、この戦力なら残りはどうにかなるんだろうが」
「――了解。小夜ちゃん、茜さん、援護お願い」
短く答えたジーナ機が、スラスターを吹かして前へ出る。
「あいつ、また人の話を……!」
アニスが舌打ちをする。
が、小夜は静かに首を振った。
「ううん……たぶん大丈夫やと、思います」
アニスはいぶかし気に眉をひそめる。
大型ブリッツの足元では、Jがやたらめったらに斧を振り回す。
「はやくくたばれってんだよ! 生き埋めはゴメンだぜ!」
とにかく倒れるまで殴る。
それくらいしか、できることはないのだから。
「道案内は任せて! かっ飛ばすわよ!」
茜のルクシュヴァリエが障壁を纏ってノドの群れの中を突貫する。
すぐ後に続いた小夜のCoMが魔法陣を背負い冷気を纏う。
直後に寒風がひと吹き。
大型ブリッツの周囲に氷雪の嵐が吹き荒れる。
その冷気を突っ切って、ジーナ機が一気に敵への距離を詰めた。
彼女は視線を巡らせると、敵の大量の脚を潜り抜けて懐のある一点めがけてもぐりこむ。
そして一点――アニスが作った腹の傷に、マテリアルライフルの銃口を突きこんだ。
「貫けぇぇぇぇ!!」
一筋の光が、敵の巨体を一直線に貫く。
大型ブリッツは叫ぶような咆哮をあげながら、長い身体でジーナ機を激しく打った。
彼女の機体が再び宙を舞う。
コックピットブロックの外壁が、大きくひしゃげていた。
小夜が顔を真っ青にして目を見開く。
「お姉はん……!?」
「……大丈夫! 敵を討って!」
すぐに返事があったことに安堵し、意識を大型ブリッツへ戻す。
半身を焼かれた敵はなおも暴れまわっているが、先ほどまでよりもどこか勢いはなくなっているように感じた。
すぐさまキマリスが距離を詰める。
再び突き込まれた抜き手が、今度は外殻ごと敵の腹を掻っ捌く。
「あれだけ叱咤して……任務達成できませんでしたは示しがつかねぇんだよ」
今度こそこの手を伸ばす。
もう手を伸ばせないヴィオやディアナの代わりに、ここに居る自分が伸ばすのだ。
「各機攻撃を集中しろ!」
「了解じゃ。マイサンも滾っておる」
大型ブリッツから放たれる魔連弾。
しかし、放たれた瞬間にマテリアルの炎は空中で霧散した。
マスティマのシステムが因果律を捻じ曲げたのだ。
同時に放たれたゴッド・バウの一矢が敵の口内を射た。
ハンターらの銃弾が、敵の全身にそそがれる。
この機を逃せば後がないと言わんばかりに――実際に、状況はその通りだった。
「悪いけど、そこまで大人じゃないんだ……」
エストレリアが文字通り空を走り抜けた。
担いだ斬艦刀は真っすぐに敵の頭頂をめがけて、大きく、一息に、振り下ろされる。
「だから、行き場のないこの感情を……全部ぶつけさせて貰う」
歯を食いしばり、力任せに振った1撃。
敵のカブトが真っ二つに断ち切られ、長大な巨体は音を立てて崩れ落ちた。
●
最深部の岩盤を砕くと、ぼんやりとした光が洞穴に降り注いだ。
「外……か」
リクが細い声でつぶやいた。
連戦により長期化したマスティマへの搭乗で、彼の体力も限界だった。
穴を押し広げ外へと出ると、そこは連合軍拠点の背後をやや見下ろす小高い丘の上だった。
このルートが開通していたら、被る被害は想像できるものじゃない。
「で、これはどうするのじゃ? このまま放っておくわけにもいかんじゃろう」
「調査しきれなかった小せぇ穴もあったしなぁ」
ミグとJの言葉に、ダニエルは小さく喉を鳴らす。
「“ある”くらいなら“ない”方がいいのは確かだ。中の様子は分かったし、工作部隊を組んで爆破崩落させてしまうよう上申してみるか」
「それが良いでしょうね。ただ、部隊を出して貰えるのかしら」
「なに、階級ってのはこういう時に使うもんだ」
「うわっ、職権乱用……って、こういう時は正しいのかしら」
心配するマリィアに、彼はへらりを笑って答えてみせた。
後方のタンデムシートで、茜がほんのり苦笑する。
傍らではジーナの歪んだコックピットハッチを、アニスと惣助が修復しようと試みていた。
だが、思ったよりフレーム部分の歪みがひどいようでどちらからともなく首を横に振る。
「ふむ、ハンガーに戻ってからこじ開けて貰った方が早そうだ」
「おいジーナ、自分で歩けるか?」
「大丈夫……脚部の損傷は、ひどくないから」
アニスの問いかけに、病人のように息を弾ませながら答えるジーナ。
言葉を信じれば身体にひどい怪我はないようだが、おそらく限界を超えた集中の疲れが一気に出たのだろう。
「ま、ちゃんと生きて任務を完遂したことは褒めてやるよ」
「へへ……やったね」
ジーナの声に僅かに元気が戻る。
通信ごしに、その表情が思い浮かぶかのようだった。
「ね……小夜ちゃん。私さ……私を守ってくれたみたいに……CAMの力で誰かを守るために戦ってたつもりだったけど……何と戦ってるのか……わかんなくなっちゃった」
「……お姉はん」
「私……向いてなかったのかもなぁ……ふふ、そう思ったらなんか……軽くなった気がしたんだ」
小夜はコックピットで1人、泣きそうな顔で何度も頷いた。
「考えよ……ね? 皆が力になるから……いっしょに」
「うん……みんなの未来……私の未来……未来ってどんなだろ」
その疑問に、リクが力ない笑顔で返す。
「笑ってもいい、泣いてもいい……まずはいっぱい、話すんだ。これまでの時間を……思い出を、呪いにするのか、祈りにするのか。それは俺たちに託されているんだから……」
エクスシア――エルモの1本腕が空へ伸び、握りしめられていた手がぱっと開かれた。
それは、拳に掴んでいた何かを空へと解き放つ様にも似ていた。
すり鉢状の傾斜を滑り降りた先で、ハンター達はシェオル型歪虚の熱烈な歓迎を受けることになった。
奥の暗がりから放たれる大量の魔弾を前に、機動兵器が盾を構えて展開する。
「視覚に頼らなくって良い歪虚って、たまに羨ましく思うわ……!」
仲間の盾に守られながら、天王寺茜(ka4080)が、自らのガンポッドに照明化の魔術を施した。
暗がりの中に、他9機の僚機の姿が浮かび上がった。
近辺の状況が確認できるようになったところで、キヅカ・リク(ka0038)のマスティマと、トリプルJ(ka6653)、アニス・テスタロッサ(ka0141)のコンフェッサーに取り付けられたサーチライトが、洞穴の奥へ真っすぐ光と届ける。
2本の直光の中で、シェオル型の姿が幾重にも浮かび上がった。
「うへぇ。こりゃ、見ない方が気分的にマシだったか?」
コックピットでJが呻く間も、シェオル達からの攻撃が飛び交う。
シェオルたちは光自体に反応した様子はなく、とにかく目の前の外敵を屠ろうという意志だけが満ちていた。
「とにかく陣を敷くぞ! コレッティ大佐は適宜細かい指示を願います!」
「ま、正直それくらいしか役に立てなさそうだしねぇ」
近衛 惣助(ka0510)からの通信に、ダニエル・コレッティ(kz0102)はデュミナスを数歩分後退させる。
そのさらに後方にアニス機と、マリィア・バルデス(ka5848)のエクスシアが滑り込んだ。
「地上側はクリア。上の部隊が頑張ってくれてるみたいね」
追ってくるシェオルの姿がないのを確認し、マリィアは機体にマテリアルヒーリングを施す。
先の地上戦で自身も機体もかなり消耗している。
騙し騙しでも、こうしてこまめに修復していかなければとても生きた心地がしない。
一方のアニスはコンソールに指を走らせ、最前衛で盾になっている惣助機、リク機、J機にマテリアルラインを繋ぐ。
「自前のものだけより、多少はマシだろう」
「ああ。遠映があるのはありがたい……!」
後方から見渡すアニス機のカメラ映像を元に、リクはマスティマの遠隔兵器「ブレイズウィング」を射出する。
刃状の翼がサーチライトの光を反射しながら飛び交い、シェオル型の何匹かをズタズタに引き裂いた。
虫の息で残った個体たちも確認して、ハンター達の集中砲火が群れを襲う。
前線3機の僅かな隙間を縫って放たれる一矢。
頭蓋を撃ち抜かれて霧散するシェオル・ノドの姿を遠巻きに、ミグ・ロマイヤー(ka0665)の身を武者震いが伝う。
「馴染む馴染むぞ、マイサンよ」
ダイブシステムを通じて隅々まで感じるルクシュヴァリエの駆動は、まさしく機体を自らの手足としたかのようだった。
ハンターの射撃・砲撃を受けながら、シェオルたちはぞろぞろと距離を詰めてくる。
矢面に立ったJのコンフェッサーが超々重斧を振り回してそれらに応対していた。
「急ぐからって突出するなよ、敵はどこから来るか分からない」
「分かってら。このまんまじゃ回復する暇もありゃしねぇ」
連戦の損傷を抱えるハンター達は持ち場をカバーし合いながら戦うことを余儀なくされていたが、結果としてそれは侵攻の停滞へと繋がってしまう。
穴はまだまだ深い。
ダニエルはしかめっ面を浮かべてから、通信を繋いだ。
「少し切り込めるかな? 進みつつ誘い出した方が効率は良さそうだ」
「やってみます」
マスティマ「エストレリア・フーガ」のブライズウィングが直線状に放たれる。
敵群のど真ん中を貫くように刃が閃くと、続けざまの砲火が穴をこじ開けた。
「今度は僕が矢面でひきつける。みんなは進路を広げて!」
リクが言うや否や、敵陣の穴へと飛び込むエストレリア。
突出した一機に軍団の意識が集中する。
そこへJや惣助が微速前進と共に砲撃を重ねていった。
「邪魔をするなぁ!」
彼らから一歩引いた位置でジーナ・サルトリオ(kz0103)のエクスシアがライフルの引き金を引く。
普段なら射撃の成績はぺーぺーな彼女のはずだが、その的確なショットはシェオルの胸部を的確に撃ち抜いていた。
そんな彼女を、浅黄 小夜(ka3062)はどこか落ち着かない様子で見守っていた。
射撃戦をガンポッドのオートショットに任せ、エクスシアのサブカメラでジーナ機の様子をモニタする。
まるで別人みたいに動きが良い。
いや、単純なパイロットとしてジーナはそもそも腕のいい兵士だったが、それとも遠くかけ離れたような――この不安はなんだろう。
「この近辺は一直線のようね。先は折れ曲がっているようだけど」
マリィアはカメラを操作しながら洞穴の様子を丁寧に探っていた。
ガトリングガンを構えてこそいるものの、前線で多くの機動兵器が並べば敵に当てるより味方が射線に入ってしまう可能性の方が高い。
だからあえて割り切って、確実に狙える状況でない限りは損傷の回復と、周辺の観察に舵を切る。
僚機のサーチライトで照らされる洞穴の奥は、緩やかなカーブを描いていた。
あの先の状況を確認するには、今は進むしかない。
惣助が最初に比べればだいぶ歓迎ムードも収まって来たのを確認して、声を上げる。
「大佐。ずいぶん敵影も減ってきたがどうだ?」
「うん。それじゃ先を急ごうか。前衛はとにかくダメージを与えて、中衛がそれを撃破。ダメなら後衛さんに回そう」
ハンター達は短く返事をすると、機体のペダルを先ほどよりも大きく踏み込む。
隊の進行速度が跳ね上がり、機動兵器たちは暗い穴の先へと飛び込んでいった。
その銃声が止むことはない。
●
洞穴の奥は、蛇のお腹の中みたいにうねうねと曲がりくねっていた。
とはいえ右に行けば左に。
左に行けば右にと、誤差単位での軌道修正の軌跡は見える。
「結構来たかな……うねってはいるけれど、拠点には近づいてるみたい」
茜は地図を片手に小さく唸る。
前線では、コンフェッサーが放ったバズーカの砲弾が炎の花を散らしていた。
「ふぃ~。この辺りのは片付いたな」
リロードしながらJは大きく息を吐く。
洞穴内のシェオルの配置はまばらで、集団が固まっていることもあれば、数体がぱらぱらと道に迷ったように取り残されていたりする時もある。
特段、統率を取ってこの穴を侵攻しているわけではないようだ。
もっとも統率が取れたシェオルなんて考えたくもないものだが。
惣助はコンソールのダメージ表示を横目に、眉間に皺を寄せる。
リクとJと3人、最前面で敵の砲火を引き受け続けたことで損傷がかさんでいた。
別格のタフネスを誇るマスティマと、こまめな修繕を繰り返すJとに比べて、限界が見え始めるのも早かった。
「すまない。誰かポジションのスイッチを頼めるか?」
「それなら私が行く」
手を挙げたのはジーナ。
シフトチェンジするのであれば中衛からだが、今のメンバーの適材適所を探れば人選は妥当だ。
上司であるダニエルも、反対の意は示さなかった。
「お姉はん……」
小夜は何かを言いかけて、ぐっとそれを飲み込んだ。
自分の不安や意見が正しいかどうかなんてわからない。
平静を装っているだけ――なんてこと、小夜自身が一番よく分かっていた。
「機体が危なくなったら……惣助はんみたいに、すぐに交代……して?」
「うん……分かった」
ジーナから返事が来るまで、ほんのわずかにラグがあった。
「敵襲!」
リクの通信に、空気が一気に張り詰める。
「裏口から退場する人気バンドの気分だよ」
リクは視線の先、サーチライトの光に照らされる敵影を前に、薄い笑みを浮かべた。
数はこれまでで一番多い。
深部のシェオルもこれまでの戦闘に釣られて来たのだろうか。
ブレイズウイングが予備動作無しにリリースされる。
しかし、流石に行く手を埋め尽くすこの数を相手にこれだけで優位を取るのは厳しそうだ。
「射線、ズレて!」
響いた声に、リクは咄嗟に操縦桿を切る。
エストレリアの背後から、エルモの放った高出力のマテリアルライフルが長い洞穴を貫いた。
最も敵を多く巻き込める射角を狙った、ピンポイントかつ的確な一射。
勢い余った光線が、行く先のカーブの壁に激突して洞穴が小さな振動に包まれる。
「うわっ! 崩れないよね!?」
茜は咄嗟に片手で頭を覆いながら、もう片方の手で操縦桿のバランスを取る。
それほど意味がないことを分かっていても、足もコックピットの床で踏ん張った。
「おい、生き埋めになったらシャレになんねーぞ!」
「現に崩れてはいないよ。それに、今のうち」
「そういう話をしてんじゃねぇ」
アニスの怒声に、ひどく冷たい声で返事をするジーナ。
思わずアニスの噛みしめた奥歯が鳴る。
「テメェがくたばるのは勝手だが……周りに余計な負担かけるようなら軍人失格だ」
吐き捨てるように口にした叱責。
しかし今度はうんともすんとも返ってこない。
代わりに、エクスシアのマテリアルソードがシェオル・ノドを両断する。
「こんなところまできて、お守りをする謂れはないぞ」
ミグは大きなため息をついた。
だが、事実で言えば敵の足並みは乱れた。
散り散りになった個体を、ゴッド・バウの矢が1体ずつ的確に屠っていく。
「ジーナ。ヒールを残してるから、キツい時は言ってね?」
優しい口調で茜が語り掛ける。
ジーナは短く「うん」とだけそれに返した。
「隊長はんは私の後ろに……」
「悪いね。居るなら娘ぐらいの年の子に守られる、ってのは甲斐性ないもんだけど」
魔弾が中衛に届く位置まで敵が迫ると、小夜がブラストハイロウを起動して前衛と中・後衛の間に光の壁を築く。
「足止まっちゃう、よねぇ?」
「そうですね。この数はなかなか――」
尋ねるダニエルに、惣助はガトリングを掃射しながら答える。
僅かに足がすくんだシェオルへ、今度は集中的に放たれた銃弾が外殻を砕きながら叩きこまれていく。
「こっちは急いでいるんだ、引っ込んでろ!」
思わず口を突いてでた言葉は、焦燥の現れだったのかもしれない。
前衛、中衛が正面の敵群に集中しているころ、マリィアは最後尾で静かに周囲の状況を観測していた。
暗闇の中、シャインやサーチライトの光はあるとはいえ、視覚に頼りきることはできない。
だから気づいたのは、機体のマイクが収音した僅かな音だった。
「アニス、後ろ!」
「なん――」
アニスが機体を反転させ、サーチライトを後方へ目掛ける。
すると、眼前に飛び掛かるシェオル・ノドの白い外殻が光を淡く反射した。
「こいつ……!」
アニスはシェオルの爪を盾で受け止め、機銃の砲身を掴む。
手早くスライドさせたブレード部を敵に突き付けると、力いっぱいはじき返した。
「いったいどこから――」
左右に振れるサーチライトに数体の中小サイズのシェオルの影が映る。
やがて、後方の壁面に小さな穴が開いているのが目に付いた。
「またとんでもないことしてくれちゃって」
マテリアルラインを通して観測したダニエルも苦い表情を浮かべる。
「おいおい、加勢するか!?」
「いや、こっちは俺らで処理する! あんたらは前見てろ!!」
Jの申し出を一蹴して、アニスは銃モードに戻した機銃を次々と照準していく。
J自身も、直後に正面から襲い掛かったブリッツ型の重圧を斧で受け止めるのにかかりきりになってしまった。
「小夜、ハイロウはまだ持つかしら?」
「はい……余裕は、あります」
「そう、じゃあ後は幸運を祈るわ」
マリィアのエクスシア「メルセナリオ」が後方を向いたまま数歩下がり、ブラストハイロウを展開する。
中衛を間に挟み込む形で展開された2枚の光が、前後の集団を分離した。
「ポジション的には、仕事が無い方が良かったのでしょうけどね」
携えたガトリングの砲身が唸りをあげて回転し、銃弾の雨を吐き出す。
激しさを増す銃声は、休む間もなく洞穴に反響し続けた。
●
シェオルの集団を何とか乗り越え、一団は掛かった時間を取り戻すべく先を急いだ。
途中、いくつかの小さな横穴を発見した。
とてもじゃないが、CAMは侵入できない大きさの横穴。
うちの1本は先ほど後方へと通じたものだろうか。
他の穴も、内部に銃弾を放ってみるなどして様子を伺ってみたが、反応のないものに関しては後に回すことにした。
修復スキルも尽き、損傷も疲労もかさみ始めたころ、不意に穴が大きく広がり始めた。
CAMが3列並べるほどだったものが4列並べそうに。
やがては5列並べそうに。
それぐらいの大きさになったところで、再びシェオルの集団が行く手に立ちふさがる。
それだけではない。
サーチライトの光が、さらに奥に蠢く個体を静かに照らし出した。
それはとてつもなく大きく、とてつもなく長い。
ブリッツ型をさらに大きくしたような、ムカデ型の巨大シェオルだった。
巨大ブリッツはCAMくらい簡単に飲み込んでしまいそうな大きな顎で壁に向かい、ガリガリとものすごい勢いで岩盤を削っている。
そこが、洞穴の終着点だった。
「とても自然の物じゃないと思っていたが……アレが元凶か」
惣助の頬に思わず汗が伝う。
「奴さんは穴掘りに相当ご執心らしい。下手に手を出さずに、まずは周りのシェオルを減らすんだ」
「了解だぜ!」
Jのコンフェッサーが駆ける。
「これくらい広くなりゃ、ようやくこいつの出番だってな」
敵と衝突する前に、マテリアルバルーンを射出して注意を分散させる。
オトリの風船に向かうシェオルに、エストレリアの斬艦刀が容赦なく振り下ろされた。
「お前ら……ここから先へ進めると思うんじゃねぇよ!」
鬼気迫る勢いで、機体が集団の中へと飛び込んでいく。
その背中を小夜と茜のガンポットが遠隔で援護する。
「あのデカブツのデータは無いのじゃろうな」
「残念ながら」
ミグの問いに肩をすくめるしかないダニエル。
「まあよい。倒さなければならんのに変わりはない」
「ごもっともで」
「今のところ後方からの敵影はないわ」
マリィアは報告するとともに、ガトリングガンを前方へと構える。
これくらい広ければフレンドリーファイアの心配も薄れる。
「茜、拠点までの距離は?」
「うーん、ぐねぐねしてたから正確な距離は出せないけど、かなり近いと思います」
「だったらなおさら、時間はかけていられないわね」
10機の銃声がひっきりなしにシェオルの波を撃ち払う。
銃弾が飛び、シェオルが砕け、マテリアルが散る。
互いに退路は無い。
生きていた者こそが、この戦いの勝者なのだ。
「気を付けろ! デカブツが気づいたぞ!」
半数ほどのシェオルを屠ったころだろうか。
掘削に集中していた大型ブリッツが、ゆったりとその鎌首を翻し、ハンター達の方を向いた。
大型ブリッツは、ヤツメウナギの口ような円形の顎を大きく開いて、その中にマテリアルの輝きを灯す。
直後、数発の大型魔弾が放たれて、ハンターの布陣の中で爆発した。
「きゃぁぁ!?」
爆炎に巻き込まれた茜のルクシュヴァリエ。
その装甲が衝撃で吹き飛ぶ。
彼女だけではない。
各機が、余波を受けただけで目に見える損傷。
そんな中で、真改が自重を支えきれずに膝を折る。
機体が悲鳴をあげるように、モニターを埋め尽くすほどの不調アラートが鳴り響く。
「タフさが最大の取り得でね……こんなところでくたばっていられるか」
身体に鞭を打って、己の生命力をマテリアルを通じて機体へと注ぎ込む。
感覚が広がり、自分の身体が巨大化したかのような錯覚に襲われる。
ルクシュヴァリエに搭載された搭乗者の感覚没入システムを疑似的に発生させる、パイロットの奥義。
違いがあるとすれば、使用者の安全が全く担保されていないこと。
真改は盾を構え前線へと突貫する。
「洞穴内じゃブレイズウィングが要だ! リクはデカブツを頼む!」
「分かりました!」
真改の裏に回り込み、リクはウイングをリリースする。
ノドの頭上を飛び越えて飛翔する刃が、巨大ブリッツの外殻に次々と突き立った。
「痛みでも感じてくれりゃ楽なんだがな」
キマリスはバルーンでノドの視線を分散しながら、大型ブリッツへの距離を詰める。
射程に捉えた瞬間、期待から射出されたマテリアルの網が敵の足元を絡めとる。
「くたばれぇぇぇぇ!!!」
脚を取られた大型ブリッツへ、ジーナ機が駆けた。
ブースターで飛び上がり、外殻にマニピュレーターでしがみつくと、どす黒い本体へとマテリアルソードを突き立てる。
「おい、ネエチャン! バンザイアタックかますにゃタイミング早すぎねぇか!?」
Jは通常のブリッツ型をマテリアルフィストで吹き飛ばし、慌てて駆け出す。
が、その足元にノドの群れが寄って集って、行く手を阻んだ。
「くそっ! 誰か行けるか!?」
「ああ、もう……! こっちはこっちで何とかするから、小夜と茜はジーナのフォロー頼む」
「わ……わかりました」
ダニエルの言葉に、エクスシアとルクシュヴァリエのガンポッドが大型ブリッツめがけて飛翔する。
ちょうどその時、ぐわんぐわんと身体を振る敵に振り回されたジーナ機が、ついに宙へと放り出される。
エクスシアが地面に叩きつけられ、衝撃で片腕が惜し潰れる。
「お姉はん!?」
小夜機が駆け寄り、ジーナ機を抱え起こす。
茜機が斬艦刀で、群がるシェオルから2人を守った。
「大丈夫……ちょっと頭打ったけど、機体はまだまだ動けるよ」
「それじゃダメだジーナ!」
突然、通信にリクの声が割って入った。
「機体じゃない……お前が生きなきゃだめなんだ!」
「私……?」
「お前は生きて、証明しなきゃいけない! 彼らが――ヴィオ大尉や、みんなが作った時間が未来を作ったんだってこと!」
ジーナは引きつったように息を飲んだ。
エストレリアは斬艦刀を手に、大型ブリッツへと肉薄する。
振り下ろした一撃が、尻尾の先を叩き切った。
流石に不快だったか、のたうちまわるように暴れる大型ブリッツ。
その一瞬の隙を突いて、赤い機体が懐に飛び込んだ。
アニスのキマリス――マテリアルに覆われた鋭い抜き手が、外殻の隙間から敵の腹を抉る。
「目の前で仲間に死なれた数なら、俺はテメェの比じゃねぇ……数で語るつもりはねぇよ。だが、それでも、俺は生きてんだ」
突き入れた腕に力を入れるように、グリグリと中へ中へとねじ込まれていく手刀。
開かれた手は、あの日のLH044で仲間たちに届かなかった手に重なったように思えた。
「軍人なら、任務を完遂して帰還すんだよ……わかったか!」
そのまま力任せに抜き取られた手が、敵の腹を一文字に割く。
ミグの放った矢の一撃が、傷口をさらに抉った。
大型ブリッツはさらに激しさを増し、暴れまわる。
そのたびに洞穴が大きく振動し、ガラガラと天井の岩盤の一部が崩れ落ちた。
「水をさすようで悪いけど、このままじゃ洞窟ももたなそうよ」
マリィアの冷静な言葉に、ダニエルはミサイルのトリガーを引く。
爆炎が大型ブリッツを包み込むが、それで止まるようなタマではない。
「アレさえ何とかなれば、この戦力なら残りはどうにかなるんだろうが」
「――了解。小夜ちゃん、茜さん、援護お願い」
短く答えたジーナ機が、スラスターを吹かして前へ出る。
「あいつ、また人の話を……!」
アニスが舌打ちをする。
が、小夜は静かに首を振った。
「ううん……たぶん大丈夫やと、思います」
アニスはいぶかし気に眉をひそめる。
大型ブリッツの足元では、Jがやたらめったらに斧を振り回す。
「はやくくたばれってんだよ! 生き埋めはゴメンだぜ!」
とにかく倒れるまで殴る。
それくらいしか、できることはないのだから。
「道案内は任せて! かっ飛ばすわよ!」
茜のルクシュヴァリエが障壁を纏ってノドの群れの中を突貫する。
すぐ後に続いた小夜のCoMが魔法陣を背負い冷気を纏う。
直後に寒風がひと吹き。
大型ブリッツの周囲に氷雪の嵐が吹き荒れる。
その冷気を突っ切って、ジーナ機が一気に敵への距離を詰めた。
彼女は視線を巡らせると、敵の大量の脚を潜り抜けて懐のある一点めがけてもぐりこむ。
そして一点――アニスが作った腹の傷に、マテリアルライフルの銃口を突きこんだ。
「貫けぇぇぇぇ!!」
一筋の光が、敵の巨体を一直線に貫く。
大型ブリッツは叫ぶような咆哮をあげながら、長い身体でジーナ機を激しく打った。
彼女の機体が再び宙を舞う。
コックピットブロックの外壁が、大きくひしゃげていた。
小夜が顔を真っ青にして目を見開く。
「お姉はん……!?」
「……大丈夫! 敵を討って!」
すぐに返事があったことに安堵し、意識を大型ブリッツへ戻す。
半身を焼かれた敵はなおも暴れまわっているが、先ほどまでよりもどこか勢いはなくなっているように感じた。
すぐさまキマリスが距離を詰める。
再び突き込まれた抜き手が、今度は外殻ごと敵の腹を掻っ捌く。
「あれだけ叱咤して……任務達成できませんでしたは示しがつかねぇんだよ」
今度こそこの手を伸ばす。
もう手を伸ばせないヴィオやディアナの代わりに、ここに居る自分が伸ばすのだ。
「各機攻撃を集中しろ!」
「了解じゃ。マイサンも滾っておる」
大型ブリッツから放たれる魔連弾。
しかし、放たれた瞬間にマテリアルの炎は空中で霧散した。
マスティマのシステムが因果律を捻じ曲げたのだ。
同時に放たれたゴッド・バウの一矢が敵の口内を射た。
ハンターらの銃弾が、敵の全身にそそがれる。
この機を逃せば後がないと言わんばかりに――実際に、状況はその通りだった。
「悪いけど、そこまで大人じゃないんだ……」
エストレリアが文字通り空を走り抜けた。
担いだ斬艦刀は真っすぐに敵の頭頂をめがけて、大きく、一息に、振り下ろされる。
「だから、行き場のないこの感情を……全部ぶつけさせて貰う」
歯を食いしばり、力任せに振った1撃。
敵のカブトが真っ二つに断ち切られ、長大な巨体は音を立てて崩れ落ちた。
●
最深部の岩盤を砕くと、ぼんやりとした光が洞穴に降り注いだ。
「外……か」
リクが細い声でつぶやいた。
連戦により長期化したマスティマへの搭乗で、彼の体力も限界だった。
穴を押し広げ外へと出ると、そこは連合軍拠点の背後をやや見下ろす小高い丘の上だった。
このルートが開通していたら、被る被害は想像できるものじゃない。
「で、これはどうするのじゃ? このまま放っておくわけにもいかんじゃろう」
「調査しきれなかった小せぇ穴もあったしなぁ」
ミグとJの言葉に、ダニエルは小さく喉を鳴らす。
「“ある”くらいなら“ない”方がいいのは確かだ。中の様子は分かったし、工作部隊を組んで爆破崩落させてしまうよう上申してみるか」
「それが良いでしょうね。ただ、部隊を出して貰えるのかしら」
「なに、階級ってのはこういう時に使うもんだ」
「うわっ、職権乱用……って、こういう時は正しいのかしら」
心配するマリィアに、彼はへらりを笑って答えてみせた。
後方のタンデムシートで、茜がほんのり苦笑する。
傍らではジーナの歪んだコックピットハッチを、アニスと惣助が修復しようと試みていた。
だが、思ったよりフレーム部分の歪みがひどいようでどちらからともなく首を横に振る。
「ふむ、ハンガーに戻ってからこじ開けて貰った方が早そうだ」
「おいジーナ、自分で歩けるか?」
「大丈夫……脚部の損傷は、ひどくないから」
アニスの問いかけに、病人のように息を弾ませながら答えるジーナ。
言葉を信じれば身体にひどい怪我はないようだが、おそらく限界を超えた集中の疲れが一気に出たのだろう。
「ま、ちゃんと生きて任務を完遂したことは褒めてやるよ」
「へへ……やったね」
ジーナの声に僅かに元気が戻る。
通信ごしに、その表情が思い浮かぶかのようだった。
「ね……小夜ちゃん。私さ……私を守ってくれたみたいに……CAMの力で誰かを守るために戦ってたつもりだったけど……何と戦ってるのか……わかんなくなっちゃった」
「……お姉はん」
「私……向いてなかったのかもなぁ……ふふ、そう思ったらなんか……軽くなった気がしたんだ」
小夜はコックピットで1人、泣きそうな顔で何度も頷いた。
「考えよ……ね? 皆が力になるから……いっしょに」
「うん……みんなの未来……私の未来……未来ってどんなだろ」
その疑問に、リクが力ない笑顔で返す。
「笑ってもいい、泣いてもいい……まずはいっぱい、話すんだ。これまでの時間を……思い出を、呪いにするのか、祈りにするのか。それは俺たちに託されているんだから……」
エクスシア――エルモの1本腕が空へ伸び、握りしめられていた手がぱっと開かれた。
それは、拳に掴んでいた何かを空へと解き放つ様にも似ていた。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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質問卓 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/07/23 23:25:56 |
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相談卓 近衛 惣助(ka0510) 人間(リアルブルー)|28才|男性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2019/07/25 21:49:51 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/22 23:22:33 |