【アルカナ】対するは、己が『世界』

マスター:桐咲鈴華

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~15人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/07/26 22:00
完成日
2019/08/03 06:32

みんなの思い出

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オープニング



 エフィーリア・タロッキは、部族の集落にて『世界』の対策を練るべく、部族の者たちと会議を行っていた。部族の全員に事情を説明した時は、驚かれこそしたが、皆概ね腑に落ちたといった反応を見せた。弱まりつつある封印と、世界全体をに広がる邪神復活の影響。不吉な予感が重なり続けたが故に、程度の差はあれ皆が不穏な気配を感じ取っていたのだった。
 故に、最大のアルカナたる『世界』の復活が間近に迫っている事を伝えた折には、その対策の為に部族全体が協力を惜しまない姿勢を見せた。アルカナに対峙し続けてきたエフィーリアを中心に、すぐさま対策会議が執り行われる。とはいえ、『世界』のアルカナに関する情報は一切が謎に包まれており、族長を交えた会議の中でも、有力な情報が出ないといった実情があったのだった。

「おや、数百年に渡って封印を守り続けてきた部族達にも、かの正体は解りませんか」

 そんな場に突然、慇懃無礼な態度で割り込んできた、正装に身を纏った亜人が姿を現した。
「ま、それも仕方ありますまい。かの最後のアルカナを知る者は、私を含め一人たりとも居なかったのですから」
「『愚者(Fool)』……!?なぜ、ここに……」
 アルカナの一体である歪虚の登場に、会議中の面々は警戒し武器を構える。しかし『愚者』は意に介した様子もなく、ひらひらと手を振りながら、堂々と会議の中央に歩いてゆく。
「なに、『ゲーム』の勝者に対する報酬をお渡ししに来たに過ぎませんよ」
「ゲーム?」
 エフィーリアが聞き返すと、『愚者』はくるりとステッキを回し、身を翻しながらエフィーリアに向き直る。
「ええ。戒めより這い出たアルカナが人々を殺し、『世界』が復活するか。それとも……アルカナ達が滅され、『世界』の力が削がれるか。そういった類のゲームを、私は眺めておりました故」
「……」
「おっと、気を悪くしないで下さい。私は、そういうアルカナなのです」
 ゲームという言葉選びにエフィーリアが『愚者』を睨み、『愚者』は居所が悪そうに肩を竦める。
「どうあれ、あなた方人間は『ゲーム』に勝ったのです。少ない情報、制限された人員の中、本来不滅である筈だった強力な歪虚たる我々を滅し続けた」
 『愚者』はシルクハットを被り直し、そして今一度ステッキをカツンと地面に付ける。
「……そうして、本来ならば目覚めた『世界』に取り込まれ、糧とされる筈だった彼らの、絶望を精算し、解き放ち続けた。ゲームの仕掛け人として、かつての『あの人』の友として。これ以上の事はありますまい」
「仕掛け人……? まさか、『愚者』。アルカナの封印に綻びが出たのは……」
 エフィーリアの言葉に、『愚者』はシルクハットを目深に被り直す。

「……遠い昔の話です。『あの人』は、絶望のない『世界』を願った。命を落とした者たちに新たな命を。絶望に沈み続けた仲間たちに、今度は幸福をあげたかった」

 『愚者』は、ゆっくりと歩きながら語る。

「……けれど、そうはならなかった。あの人の願いはひとりでに這い回り、仲間たちを怪物へと変えていった。人を殺す為、人を否定する為、人を滅ぼす為の力と転化した力は、あの人に更なる絶望を与えた」

 その視線は上を向いているが、部屋の屋根を見つめてはいない。遠くを想いながら、彼は言葉を紡ぐ。

「あの人はその命を賭けて、彼らをいつか終わらせてくれる者を未来に望んだ。自らの無力を嘆きながら、それでも。かつての仲間たちを救ってくれる者を、願った」

 くるりと身を翻した『愚者』は、再びエフィーリアに向き直る。

「そうして、悠久の時を経て、あなた達が現れた。絶望の『世界』を終わらせる者達が」
「……あなたは……」

 彼はエフィーリアに向け、シルクハットを取り、恭しく一礼する。

「私は『愚者』。どっちつかずの道化。総てアルカナの外側に居る『0』番目の使徒。人を殺す存在たる歪虚の中にありながら、唯一。『享楽』を通して、伝える事を許された存在。故に。『世界』を討つ、ただ一つの『鬼札(ジョーカー)』となれましょう」

 『愚者』はエフィーリアの目を見据える。その瞳は歪虚特有の、混濁と悪意に満ちていたが、その奥の奥……誰もが見落とす筈のその中に、微かなる光を見出した。多くのアルカナを送り、その絶望を目の当たりにしてきたエフィーリアだからこそ、彼の。悪意に塗り潰された意識の中に潜む、たった一つの想いを見出したのだった。
「……わかりました、『愚者』。他に手もありません、あなたを信じましょう。しかし、そうまであなたが恐れる『世界』とは一体?」
 エフィーリアの答えに『愚者』は一礼すると、シルクハットを被り直して今一度、彼女に相対する。
「『世界』の正体。以前聞かれた問いにもあったように、私も知りません。そして、『目の当たりにすれば、それが世界の終わり』とされる事も、嘘ではございません。ですが……『世界』は、今世界に起きている異変に呼応するように、微睡みから醒めようとしている。故に、こう考えられるのです、『世界』は、世界の終わりにこそ目覚めるものだ、と。そうして、生前の我々を歪虚にした元凶でもある」
 シルクハットをくるりと回しながら被り直し、『愚者』は続ける。
「しかし、我々は厳密には生き返った訳ではありません。我々が目を覚ました時、かつて『我々だった者』の死体はすぐ傍にありました。そこで私は、かつての私の映し身であるという推測を立てた」

 『愚者』は両手を広げ、そして言葉を続ける。
「『世界の終わりに目覚め』、そして『他者の映し身を歪虚として作り出す』存在。そんな者がもし、世界を滅ぼさんとする邪神と接触すれば……?」
 エフィーリアはそこまで聞いて、目を見開く。
「……まさか、『世界』の狙いは」
「あくまで推測の域を出ませんがね。さて、ここからはその対策です」
 『愚者』はエフィーリアに向け、手を差し出すように向ける。

「おそらく『世界』は、本来糧とする筈だったアルカナが封印から抜け出たせいで、本来の力を出せておりません。しかし、予想されるその性質は、想像を絶するものとなるでしょう。しかし……かの秘術。アルカナを滅する術。その光と共に戦った者たちならば、あるいは……」

 エフィーリアはその言葉に、拳を握りしめる。

「さて、『世界』の目覚めはすぐそこまで来ていますが、かの存在は未だ大部分は微睡みの中……。故に、今我々は、どんな行動を取るべきでしょうか?」

 『愚者』の問いに、エフィーリアは表情を強張らせる。しかし、このまま手を拱いている訳にはいかないのは、ここに居る全ての人間が思っている事だった。

「……やるなら今しかない、という事ですね。……ならば、答えは一つです」

 エフィーリアは瞠目し、一拍おき……そして、言い放つ。

「……『世界』を、討滅します」

リプレイ本文

 タロッキ族の集落、その奥地には今日まで守られてきた、アルカナの封印がある。その封印の奥にて力を蓄えている存在『世界』と呼ばれる、アルカナ達の集合体。それが今まさに復活の瀬戸際にいた。
 エフィーリアは、洞窟の奥にある封印までの道を歩み、やがて祭壇へと足を踏み入れる。洞窟の中にありながら大きく開けた空間は天井部分も大きく開いており、不吉な空模様をそのまま祭壇に映している。
「……」
 今からまさに、封印を解かんとしているのだ。ここで『世界』を直接叩かねば、より力を付けて自ら封印を破り、世界を終わらせる為に活動を始めるだろう。それを阻止するためにここまで来たのだ。だが、それでも。今まで一族の信仰の根源となっていた封印を、伝承の中に在る最も恐ろしき存在を解き放つ事に、恐怖を感じずにはいられない。胸元できゅっと手を握り、自らの震えを諌めようとする。その手にそっと添えられたのは、Uisca Amhran(ka0754)の手だった。
「大丈夫です、エフィ」
「イスカ……?」
「強大なる者に立ち向かう恐ろしさを、一人で抱え込まないで。私達は絶望を払う為に、共に歩んできたのですから」
 Uiscaは励ましの言葉を贈る。同じ巫女として心を分かちあい、友達になれた者が彼女の心を温める。
「そういうこと。わたし達はずっとキミについてきたんだから。今回も、信じてくれると嬉しいな」
 そして振り返れば、十色 エニア(ka0370)が笑んでいる。エフィーリアをいつも気遣い、支えてくれた存在。エフィーリアはエニアの言葉を受け取り、心に決意が灯るのを感じた。
(そうです……今の私は、一人ではありません)
 エフィーリアは、巨大な空間の奥に鎮座する、門のような建造物へと歩み寄る。そうして、手を翳す。紡ぐ言葉は、これまでと同じ。秘術は疵を負ったアルカナの核を解き放つ為のもの。封印の中に満ち、取り込むべきアルカナの欠けた『世界』へと、手を翳す。
「皆様、どうか力を」
 エフィーリアは背後に控えるハンター達に、振り向かずに伝える。手を封印へと翳し、その心の奥を想い……そして、決意と共に唱える。

「終の使徒よ、真なる姿をここへ……アテュ・コンシェンス!」

 エフィーリアの紡いだ詠唱と共に、この空間そのものが光に包まれる。ビシリ、と門が、ひび割れるような音を立てて動き出す。
「来るぞ、聞いていた通りなら、奴は……」
 自らの刀の柄に手を添え、開いていく封印を見据えるアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は言う。

「『世界』は”私達自身“をぶつけてくる筈だ……!」

 アルトの言葉が開戦の合図となるように、開いた門の隙間から大量の負のマテリアルと、12人の人影が飛び出してくるのだった。


●対するは

「フン、世界とは大層な名を名乗るものよ!さて、どの程度の……」
 ミグ・ロマイヤー(ka0665)は意気揚々と兵器を片手に負のマテリアルを纏う影と対峙する。絶望など無縁な自分の影だ、さぞかし矮小な存在が出てくるのだろう、口八丁で追い払う事も出来ると考えていたミグは、直後に形を変えたその負のマテリアルに言葉を失う事になる。
 その影は異形の存在となる。それは巨大兵器の残骸にも見え、機体の各所には細胞のようなものが付着している。その付着した生物とも言えぬ物体がさながら、無惨に溶かされた己のように錯覚したメグは、恐怖のあまりその場で兵器を落とす事になる。己が根底を揺さぶるような、恐怖の姿。メグ自身にも知覚できぬ程の奥底に潜む絶望の現出。メグはそのまま、言い知れぬ恐怖に腰を抜かしてへたり込むしか出来なかった。


 その様子を見、リラ(ka5679)は驚く。『愚者』から齎されていた情報は、己が映し身の現出。だが、『世界』の力は想像を超えたものであった。
「まさか……これは私達の……歪虚と化した姿ということですか!」
 リラの目の前にいるのは、人の形を逸脱した『自分』だった。手甲の嵌められた両の手は赤黒く染まり、下半身はどろどろに溶けて濁っている。目は包帯のようなもので縛られ、切り裂かれたようにぱっくりと開いた喉からは、煙のようなものが吹き出しては消えていく。自らを冒涜するようなその異形にリラは竦みそうになるが、それでもぐっと歯を食いしばり、対峙する。
「全力で、いきます!」
 リラは地を蹴って飛び込む。己が拳を繰り出したのと同じタイミングで、その異形は拳を繰り出してくる。火花を散らす拳を引き戻し、足を返してステップを踏む。それと同じようにドロドロの下半身が滑り、ステップを踏むように同じく距離を取る。その戦い方はまるで鏡を見ているかのようで、その異形が否応なく『自分』であることを思い知らせてくる。
「……っ」
 リラが時折考えていた、地に足の着かない沼に飲み込まれるかのような絶望。何もできず、見ている事しかできない自分を知っている。目の前の異形はそれだ。見ることを拒み、言葉を紡ぐ事を呪い、沈んでゆく自分の姿。ハンターになる前からずっと怯えて、見ないふりをしていた自分の末路だ。
 あまりの悲しさに膝を折りそうになった時、リラの脳裏に、ある歌声が響き渡る。
「……」
 母が歌ってくれた歌が、脳裏に響いている。共に戦う仲間が褒めてくれた歌を、リラは自然と口ずさむ。
「あけない夜なんか、どこにも無くて――積もった雪も、ゆっくりと溶かすだろう――」
 拳を振るいながら、リラは歌う。その歌に合わせてリズムを刻み、ステップを踏み、自らを現す異形とぶつかり合う。異形は自分と同じ動きをしていたが、ぱくぱくと蠢く口から声は出ず、喉の穴から煙が吹き上がっては消えていくのみだ。互角の二人の、ほんの僅かなそのズレが、少しずつ戦況を傾けていく。
「そうです……私は、こんな所で諦めている場合じゃないんです!」
 歌声を張り上げ、勇気を振り絞る。その想いが、徐々に異形たる自分を追い込み、遂にその胴体に渾身の拳を叩き込んだ。
「前だけを見て、たまに躓いても、歌を歌って、また前に。そうやって、また誰かの希望になれたなら……」
 胴体を貫かれた異形はその形を崩していく。異形が消え去った後、リラはその拳に一枚のカードを握っていた。それは『星』のタロットカード。『希望』の意味を暗示する、リラの信念を現すカタチだった。


 少し離れた所。音速を超える速度で交差し火花を散らし合う、2つの影が在った。剣閃が奔り、衝撃がぶつかり合い、その度に烈風が巻き起こる。その片方はアルト。相手は……。
「……なるほど、勝率は5割を超えることはないな」
 アルトは武人だ。相手を殺す以上に、自分をどうやったら殺せるかをいつも考えていた。自分を殺す手を考え、それを阻む為の手を無数に考える。戦に生きる者とはそういうものだ。
 ならば、自分と同じ存在たる相手も、全く同じ事を考えるもの。アルトが対する影は全身を覆うスーツ状の鎧に身を包む人型の歪虚だ。バイザーで隠されて表情は読めず、焔を纏う大刀は圧倒的な威圧感を放っている。姿が違っていても、それは紛れもなくアルトそのものだった。同じ力と思考を持つ者同士ならば、戦いは拮抗する……いや、アルトの持つ刀が、軋むような悲鳴をあげている。歪虚としての方が肉体的強度は高く、拮抗は傾いているように見える。
「……だが、それは」
 アルトは、刀を構え直す。
「『本当に私と同じ存在なら』の話だ」
 剣閃が交差する。鋭い金属音が周囲に響き渡る。
 赤影が交差する。甲高い衝撃が周囲に拡散する。
 その度、携えられた獲物が悲鳴をあげていく。

 そう、歪虚のアルトの持つ大刀の方が、大きな軋みを響かせていた。

(あの時、目の前で。あの子を助ける事ができなかった)
 アルトの持つ後悔、それは無力たる自分だ。力が足りずに誰かを死なせてしまった自分に絶望し、剣をとった。目の前の姿は、なるほど。負けぬ為にどこまでも戦に効率的になり、全てを削ぎ落とした姿なのだろう。
「お前は過去の私だ。力が足りずに絶望し、その情景を目に映し続ける私だ」
 剣と剣が交差する。互角のはずの……いや、事実から見れば不利な筈のアルトの方が、影を肉薄する。
「だからこそ私はお前には負けない。今の私には、この世界で紡いだ無数の絆がある。力という鎧に身を包み、歩む事を止めたお前などに……私は、負けはしない!」
 自分と同じ剣を振るう者。だからこそ、それは矛盾している剣だ。迷いのある剣をアルトは許す事はなく、その力の象徴たる大刀ごと、その影を両断した。霧散する影の中から、一枚のカードが落ちる。『力』のタロットカードは、まるでアルトの生き様を現しているかのように地面に鋭く突き立ったのだった。



「本当に、本当に……厄介な敵」
 サフィーア(ka6909)が放つ魔法と、同じ魔法が激突しては相殺する。風の刃が衝突しては霧散し、吹雪の塊が互いの勢いを食い合って台風の目を作り出す。周囲が冷気と疾風で満たされた中で、サフィーアと異形は相対していた。
「……不快だわ」
 サフィーアの目の前に居たのは、サフィーアの顔を持った『兵器』だった。人のように四肢こそあるが、腕があるはずの部位は多数の銃口になっており、腿から下は無数の刃で構成されている。機械で出来た身体は自分と変わらないが、歩み寄る事を拒絶するような四肢が、応対した相手を殺害する事だけを現しているように見えた。
「”殺戮人形”……」
 そうだ、目の前にいるのが自分だ。歪虚の殲滅だけを掲げる自分は、目の前にいる”人を鏖殺せんとするだけの存在”と何が違うのだろう。そうして戦いだけに生きてきた自分が、戦いのなくなった世界で生きていける筈もない……その事実を、目の前の存在は嫌というほど突きつけている。いつだって、考えずには居られなかった絶望。それが今、目の前にカタチを成しているのだ。
「……けれど」
 サフィーアは、それを振り払うように杖を振るう。放たれた吹雪は、同じく相手の放った吹雪と衝突し、更なる暴風を周囲に作り出した。
(けれど、そう思考してしまう事は、ただの『人形』にはあり得ない――嗚呼。なら、私はもう)
 思考し、自らの在り方に苦悶する姿。それは”ヒト”にのみ許された行為だ。
 周囲を取り巻く暴風雪は少しずつ、拮抗を崩すかのように、殺戮人形を凍らせていく。
「ただのお人形じゃ……なくなっているのね」
 自らの中に芽生えた自覚が決意へと変わった瞬間、いつもの自分では考えられない程の魔力が湧き上がり、目の前の殺戮人形を氷の中に閉じ込めた。
「私の中に、芽生えた灯り。この輝きをこそ、私は……信じてみせるわ」
 殺戮人形を閉じ込めた氷は、中身ごと粉砕される。パラパラと舞い落ちる粉雪と共に、ひらりと『運命の輪』のタロットカードが、その心の転機を現すかのように落ちていった。


 鞍馬 真(ka5819)は剣を構え、目前の異形と相対していた。それは人の胴体に鴉の翼と、高下駄のような足。胸部はぽっかりと孔が空いて空洞になっており、顔を現す部位はのっぺらぼうのように貌がない。手には黄金の宝石が埋め込まれた漆黒の剣が携えられており、真と同じく構えたまま眼前を見据えている。
「……成程。少しでも歯車が狂えば、私自身がああなっていたのかもしれないね」
 目の前にいるのは異形の歪虚。他から見れば似ても似つかないと否定するだろうが、当の真にとってはそれが”自分”に思えてならなかった。自分には転移前の記憶がない。大切だった人たちや故郷の事を、何一つ思い出せない。なのに、その事を悲しむ事すらしない自分は、なんて薄情な人間なんだろうと絶望していた。
その間隙を埋めようと、他人の役に立つ事を率先してきたが、そんな事実は慰めにもなりはせず……胸はどうしようもない空虚で満ちていたのだった。
「……それでも」
 真は、剣を構える。目の前の異形も、同じように構える。姿勢をやや前屈気味に、踏み込む力を蓄える。
(それでも、その空白ごと埋めてくれる人がいる。こんな私を、必要としてくれる人がいる)
 例えこの胸の空虚は埋まらなくても。例えこの想いが稚拙なものだったとしても。
 大切な人達から貰った想いを抱いたまま……負ける事なんて許されない。
「この絶望も、空虚も、想いも。全部私のものだ。――偽物如きにくれてやる訳にはいかないんだよ……!」
 地を蹴ると同時に、目の前の異形も翼で空を切る。二人の剣閃は鏡写しのように正確に、同じ軌跡を描き、そして互いの身体を切り裂いた。
「が、は……っ」
 交差し、剣を振り抜いたまま背中合わせになった二人。真の胴体は深く切り裂かれ、血だまりを作る程に血が流れ落ちていく。自己の薄い真は、己を守る技術に関心はない。ただ自らの剣を届かせるのが先になるが故に今まで生き残ってきたが、『全く同じ自分の剣』となれば、どちらが先に到達するかなどという順序もない。あまりにも鋭き自らの刃が、自分の身体を切り裂いたのだ。
 だが、先に膝を折ったのは、影の方だった。
「……ああ……また私は、皆の想いに、生かしてもらったんだな……」
 遅れて、真もまた倒れる。全く同じに到達した剣が辛うじて急所をずらしたのは、真の中にほんの一欠片だけ芽生えた、”生きようとする意志”。
 想いを貰った相手に報いたいと願う、真の心。その思いやる心を現すかのように、異形の崩れ去った所には『教王』のカードが落ちていたのだった。



 更に離れた所で爆発が連続する。同じ熱量の火球が炸裂し、熱線と衝撃を撒き散らす。爆炎の中佇むフェリア(ka2870)は、肩で息をしながら眼前の敵を見据える。
「これが『世界』ですか……」
 フェリアの前に立つは、一人でに動く空洞の鎧。女性のものと思しき銀の鎧が独立して動いている。背には多数の剣が折り重なるように生えており、翼のようにも、背後に剣を向けているようにも見える。中身のない兜の奥に灯る青い光を見る度に、自身の瞳を覗き込んでいるようだとフェリアは錯覚した。
 眼前の存在から目を逸らしたい衝動に駆られる。振り払うように最大火力をぶつけても、同じ魔法で相殺される。拮抗は焦りを産み、自らの無力さを責め立てていく。
 目の前の存在は、自分の姿だ。帝国に殉ずると決めて今まで生きてきたのに、役に立てない自分がいること。その剣を眼前でなく、背負うべき矜持に突きつけているとしたら……?目の前のこれは自分のそんな絶望を現してならないと、否が応でも思い知らされる。このまま拮抗すれば、先に果てるのは自分の方。先手も取れず、生命のスペックでも劣り、気力も少しずつ削がれていく。
「……だから、どうだと言うの!」
 フェリアは右手に魔力を集中、突き出した拳から電を放出し、対するフェリアの歪虚も同じく電を放出、両者の魔法が激突する。
(負けの言い訳ばかりで嫌になるわ、何があろうと、私は私……帝国の剣としての誇りも自負も折れてなんていない)
 自らの想いを一欠片でも疑った自分を叱責するかのように、フェリアは魔力を高めていく。かつて『女帝』との戦いで、命と愛の重みを痛いほどに知った彼女は、だからこそ。己の双肩に掛かる責務と矜持の重みを理解している。
「その私が、簡単に……諦めてなるものですかっ!」
 目の前にいるのは自分だ。故に超えなければならない。でなければ、自分を信じてくれている皆を否定することになってしまう。そう考えたフェリアは強く想いを込める。拮抗した雷は、ほんの僅かにフェリアの側に均衡を傾け、衝撃が歪虚の態勢を大きく崩した。そこへ最大の魔力を込めた火球を叩き込むと、歪虚は爆発炎上し、その形を崩していった。
「私は……折れない。剣として、誇りを胸に歩んでいくと決めたのだから……!」
 炎が消えた後に、歪虚の姿はなかった。代わりにそこに残っていたのは、一枚のカード。『正義』のカードだった。


 ボルディア・コンフラムス(ka0796)は傷ついた自身を奮い立たせ、眼前の敵を見据える。
 そこに居たのは赤黒い体毛を纏う犬だ。自身の倍はある巨躯に、強靭な顎に咥えられた戦斧。怒りに燃えるかの如くぎらついた獰猛な瞳をもち、首には無数の鎖が巻き付き、音を立てる程に締め付け続けられている。その苦しさからか、口から唸り声が漏れる。
 救えない。助けられない。
 『犬』の唸り声は、ボルディアの耳にはそう聞こえる。
「うるせえッ!」
 振り払うように戦斧を叩きつける。『犬』もまた、戦斧で迎撃する。斧を咥えて食い縛られた口から、また唸り声が漏れていく。
 ――の力が足りないせいで
「うるせえ……うるせえ……ッ!」
 『犬』の首は戦いを増す毎に締め付けられていく。苦悶のような、怨嗟のような。あるいは、後悔にも似た唸り声が、自身を苛むかのように発され続ける。
 やめろ、殺すな、俺が弱かったせいで。
「……ッ」
 唸り声が耳に届く度に、その叫び声が頭に響く。
 目の前にいるのは、どこかの自分だ。自らの力が足りなかったせいで救えなかった命が、目に焼き付いて離れない。締め付けられた首に呼吸すらもままならない、後悔に苦悶する唸り声は、ボルディアにだけ意味が理解できてしまった。

 俺が 死ねば よかったのに。

「……ッ!!」
 ボルディアは、自身の頬を思い切り殴りつけた。脳裏に響いていた声が、目の奥で弾ける程の衝撃に吹き飛ばされる。2,3度首を振って、大きく息を吐いて。
「……ああ、そうだな、そうだよな」
 ボルディアは己を焼く程に燃え盛る想いを一旦鎮め、『犬』を見据える。自身の力が弱かったせいで、守れなかった命があるのは事実だ。紛れもない、自分の弱さだ。
「でもな、だからこそ……そいつらを助けられなかった分!吐く程後悔した分!別の誰かを助けなきゃなんねえんだ!」
 咆哮する。目の前の魔獣に、まるで獣の如く飛びかかる。2つの獰猛な力が、激しくぶつかり合う。眼前の”自分"は、戦いに駆り立てられ、己を殺すほどの己の後悔そのものだ。その絶望が今、目の前に形を成している。なら、それを超えなきゃならない。弱かった自分が居た事実を噛み締め、それでも。"弱いままの自分"に負けてやる訳にはいかないと!
「だから俺は……その後悔もろとも、ブチ壊してやる!」
 ボルディアの斧は『犬』の首を捉え、その鎖ごと粉砕する。力は互角だったが、歪虚にはなかった『意志』の力が、僅かにボルディアの方へ均衡を傾けたのだった。
 その強靭な意志を現すかの如く、霧散した歪虚の痕から『皇帝』のカードがひらりと舞い落ちたのだった。




 ピシリ、と頭の中で響いた音と同時に、周囲の景色の時間が止まり、凍りついた時の中で成すべき事を判断し、剣を振るう。攻撃の度に停止する景色の中で最善手を選び……そして、相手もまた同じ最善手を選んでくる。自分と、同じ動きで。
 ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529)は蛇のような目で、対峙する相手を見据える。下半身から先が大蛇のようになったゼクス自身の影。右腕には拳銃が埋め込まれ、左手は剣と同化し、そして顔にはまるで死神のように髑髏の面が張り付いている。
「お前は……何のために死を齎す?」
 自問するように問いかけながら、自分の歪虚と切り結ぶ。ゼクスはあの日。『死神』に向けて引き金を引いた事を思い出していた。
 コイツは、俺自身だと。
 守るものを喪い、殺す為だけのものと成り下がった存在。何処かで歯車が狂っていれば、そうなっていた姿。今、目の前にて対峙しているのはそれだ。かつての『死神』に感じていた、もしもの姿だ。
「だからこそ、俺自身の手で決着をつけなきゃいけない」
 ゼクスは再び剣を握りしめ、再び切り結ぶ。独自の格闘技術を生かした剣戟は、当然相手も同じく行ってくる。下半身が蛇のようになっていても、その技術に何の不都合もなく、卓越した動きでゼクスを追い詰めんとする。
 だがゼクスは、それでも表情を崩さない。肉体的に不利な筈のゼクスは、それでも尚強力である筈の歪虚に肉薄していく。身体を翻して蹴りを入れて距離を取ると、武器を掲げ、告げる。
「――死を想え。死は終わりを告げ、新たな始まりを告げるもの」
 ゼクスは自戒の加護を敵対する歪虚へとかける。本来味方を鼓舞する筈の技は、逆に歪虚を苛むが如く動きを諌める。それもその筈、この技は死を次へと繋ぐゼクスの信念を現した技だ。ただ殺すモノと成り果てたゼクスの歪虚は、己の在り方を揺らされ、苦悶する。
「俺が死を齎すのは、否定する為じゃない。今度こそ、愛する者を悲しませない為に……俺は、俺自身を超える!」
 動きの鈍った自身の歪虚へと駆け、一閃。斬撃から迸るマテリアルが無数の氷柱を生み出し、歪虚は氷の中へと鎖した。
「愛する人の編み出した技だ。俺も、お前も……もう、一人ではない」
 破砕された氷の中、砕け散った歪虚空の居た箇所から、ひらりと一枚のカードが落ちる。『死神』のカードは、ゼクスの生き様を現すかのように、くるくると回りながらゆっくりと地面へと落ちていったのだった。


 咆哮と共に暴れ回る歪虚と、シガレット=ウナギパイ(ka2884)は対峙していた。振るわれた武器を寸での所で回避し、聖なる力を込めた一撃を叩き込む。互いに攻撃を交わしながら、その敵の姿を見据える。
「薄皮一枚剥きゃ、俺も歪虚と変わらんと言われた事アあるが……」
 その歪虚は憤怒の表情を浮かべた悪魔のような姿をしていた。背に翼を携え、憤怒の表情と血の涙の痕を貼り付けた顔は常に慟哭の咆哮をあげている。片手には重火器の仕込まれた巨大な十字架と、片手には血に染まったギロチンの刃を携え、ただただ怒りに任せて暴れ回る。
「これを目の当たりにしちゃ否定もできんな」
『アァァ……!アァァ!』
 歪虚は怒声をあげてシガレットに襲いかかる。凄まじい破壊力を伴った砲撃とギロチンの斬撃を携えた武器でいなしながら、減少した体力を術で癒やしていく。
「……おう、世界が憎いか?」
『憎イ……憎イ!歪虚モ、人モ!何モカモダ!故郷ヲ、アイツヲ奪ッタ……世界ノ全テガ、憎イ!!』
 シガレットは目を瞑る。理不尽な世界への呪い、汲めども溢れ出てくる無念と、憎悪。その嘆きはまさしく、彼が心の内に秘めていた絶望そのものだ。故郷を滅ぼされた憎しみから救い出してくれた恋人をも、悲しみの果てに喪った。
「……あァ、そうだろうよ。間違いなく、お前は俺自身なんだなァ」
 もう一度、シガレットはその姿を見据え、戦いの最中にも関わらず、煙草を取り出し、咥える。
“憎しみに囚われてはダメ”最愛の恋人と交わした約束だ。吐き出す煙の中に、自らの想いを溶かして。世界を壊そうとする程の絶望と、向き合う。
「……なるほどなァ、お前は間違いなく俺自身だ。俺が憎しみに囚われた姿で……アイツの事を、忘れちまった姿だ」
『ナニィ?』
 シガレットは煙を、ゆっくりと吐き出す。武器を構え、慟哭の化身と向き合う。もう、あの手を繋ぐ事も、抱きしめる事もできない。それでも、彼は一度たりとも彼女の事を忘れた事はない。だからきっと、こんな姿を彼女が見たら……彼女は、誰よりも悲しむだろう。誰よりも彼女を愛したシガレットにとって、それだけは認められなかった。
「決着をつけるぞ、もう一つの世界の俺よ!」
 双つの力がシガレットの身体に宿る。片腕には悲劇を生み出さない為の闇の刃、片腕には悲劇を止める為の聖なる魔力を込め、2つの兵器を振り翳す歪虚と、真っ向から激突する。砲撃を身に受け、斬撃に肉体を抉られながらも、障壁と回復で強引に攻撃を耐え、渾身の二撃を叩き込むと、歪虚は衝撃に耐えきれず、霧散した。
「……だからよ、安心しててくれや。俺は絶対に、約束を守り続けてみせるからよ」
 シガレットは、歪虚の消えた痕に落ちていたカードを拾い上げる。そのカードは、『節制』。自制と献身を暗示するこのカードを見て、シガレットはゆっくりと、天に向けて煙を吐き出すのだった。


 Uiscaもまた、自身を模した歪虚と相対している。白骨化した龍に磔にされた女が一体となり、その背からは大量の人の腕の影が生え、それらが女の手足を掴んでいる。Uiscaは盾を構えて歪虚を迎撃する。霊力の放射や、白骨部分での殴打など、歪虚の体躯を活かした攻撃を行って来ているが、それはUiscaの戦闘方法にもよく似ていた。互いの攻撃と防御が衝突し、拮抗していく中、磔にされた女の口が歪み、言葉を漏らす。
『白龍に身を捧げた巫女が、恋愛なんて許されると思っているの?』
「っ」
 不意に囁かれた言葉に一瞬、Uiscaの動きが鈍る。磔の女は口元を歪ませ、言葉を続けていく。
『愛する彼を優先すれば、信仰に捧げたその身を開けなきゃいけない。純潔でない巫女を、白龍様がお赦しになるとでも思っているの?』
 磔の女はUiscaを責め立てる。いや、これはUisca自身の持つ不安感、即ち絶望そのものであった。白龍の巫女として生き、その使命に殉じてきた彼女の中に灯った、愛する者への愛。それはどこまでも尊くあり、同時に葛藤を生むものであった。巫女の使命と彼の愛、どちらも捨てる事の出来ないUiscaは、どっちつかずのままに揺れていた。今、目の前で磔にされている女は、まさしくそんな自分の姿ではないかとUiscaは錯覚した。
『選ぶ事が人の責務。どちらも選べないような貴女は……結局、どちらの事も真に愛せてなんていないのよ』
 言葉と共に振り下ろされる躯龍の尾。絶望と共に迫るその尾を、Uiscaは
「……いいえ!」
 盾を掲げ、龍尾の一撃を受け止める。
「愛とは見返りを求めず、ただ心のままに与えたい想いのこと」
 盾によって龍尾を打ち払った後、Uiscaは杖を歪虚に突きつけて言う。
「私の心は、私だけのもの!白龍様への愛も、レオへの愛も。どちらも切り捨てる事なく、あまねく世界に届けてみせる!それが、私の心からの想いであり、覚悟なんです!」
『愚かね、そんな我儘が通るとでも!』
 女の言葉と共に龍の顎に霊力が束ねられていく。極大の一撃の予感に、Uiscaは目を伏せる。
「ええ、我儘です。けれど、人とはそういうもの。愛は私自身の心の有り様で、それは誰にも否定はさせません。例え……私の内から生じた貴女であっても、私の心を奪わせはしません!」
 力強い言葉と共に翳した杖から放たれるは、龍の爪牙を象った闇の波動。それが躯の龍の放つ霊力の息吹と衝突し、相殺しあい……やがて、想いの強さを現すかのように、Uiscaの放つ闇が、歪虚全てを飲み込んだ。
 闇の晴れた所には、『女帝』のタロットカードが落ちていた。これはUiscaが、愛の力を示した証だとも、かつての『女帝』が、背を押してくれたかのようにも思えた。


 少し離れた所で、シェリル・マイヤーズ(ka0509)もまた、自分を模したと思しき存在を見据える。それはローブを身に纏った、半透明の体を持つ幽霊だ。目深に被ったフードから表情は見えず、足もない。右腹部に空いた傷跡のような所からは、青色の血が流れ出ている。手には、血で染まったナイフが握られていた。
「……」
 彼女自身、絶望と共に在った少女だ。両親を亡くし、戦いに身を投じ。綺麗なんかじゃないセカイを、幾つも、幾つも見てきた。

 いつだって、優しい人から壊れていくセカイが嫌い。
 騙し合う人が嫌い、争い合う人が嫌い。
 何より……そんな現実を、何も変えられない自分が、嫌いだった。

 だから眼の前にいるのは、そんな自分。無力で、『セカイ』に対して、あまりにも小さすぎる自分。人を嫌ったが故に、人をやめた、自分だと。

 歪虚はナイフを構え、マテリアルのオーラを纏い、意識の外側へと潜伏する。身を潜め、機会を伺い、隙を突く。まさしくそれはシェリルの戦い方そのものだ。それに対して、シェリルは。

 鮮血が飛び散る。刺し貫かれた胴体からは、赤い血が吹き出した。

『……!?』
「ぅ……っ」

 驚いたのは歪虚の方だった。シェリルは攻撃を一切、回避しなかった。胴狙いの凶刃をまともに受けたシェリルの口からは、苦悶の声と同時に血が流れ落ちる。
「……それでも、ね。そんなセカイ、でも。守りたい、人ができた。信じあえる、人ができた。たくさんの人(セカイ)に触れて……私は、変われた」
 懐に潜り込んだ歪虚を、シェリルは、両の腕を回して抱きしめた。
「……温かい、でしょ? 私が、みんなから、もらった……温かさ……絶望ばかりのセカイの中で……私は、こんなにも、温かい人に、なれた……」
 辛うじて致命傷には至らなかったものの、シェリルの受けたダメージは重症だ。流れ落ちる血がシェリルの足から徐々に力を奪っていき、意識が朦朧としてくる。それでも、抱きしめる手は殊更に強く、歪虚に温もりを伝え続けていた。
「アナタは……私だ。絶望に染まった……ううん、私の絶望だからこそ……アナタも、受け入れなきゃいけない。それが……私が、アナタに……『世界』に、伝えたいこと、なんだ」
『……』
 歪虚は、動けない。ナイフを携えたその手が、だらりと落ちる。
その歪虚はシェリルの絶望そのものだ。だがシェリルは、それに抗する事なく、受け入れる事を選んだ。他の誰も成し得ないような事を、成してみせた。
「少しでも、この温もりが……アナタに伝わったなら、いいな……」
 歪虚は、その存在を維持できずに消えていく。その者の抱く絶望を映し出す姿は、絶望を超える想いを以て打ち倒されるもの。だがシェリルは、その絶望すらも己の内側に飲み込んだのだった。シェリルは膝を折り、地面に横たわる。
「ほら、糸は……繋がったでしょう? ……ねぇ、『死神』……」
 シェリルはその手に握られていた、『吊られた男』のカードを胸に抱きながら、彼方の男へと祈った。そのカードが現すは、『奉仕』『忍耐』、そして……『救済』の暗示だった。


 エニアは、門の付近で見守るエフィーリアを案じながら、目の前に現れた異形と対峙する。それはエニアの姿をした歪虚。ボロを纏っただけの素肌は、その節々に球体関節を覗かせる。目を布で覆われ、頭に挿された簪のような物からは、その全身を縛り締め付ける茨のようなものが伸びていた。身じろぎすらできない姿のまま、その背から生える9枚の翅が、羽音を立ててその体を浮かべていた。
「……まいったなぁ、こんな姿で出てくるなんて」
 その姿を見たエニアは、まるで“人形のようだ”と自嘲気味に目を伏せる。
 心当たりがない訳がない。それは過去の自分だ。大切だった人の物だった自分。あらゆる自由を束縛され、何処に行くことも、何をすることもままならなかった姿だ。
 そしてそれは、今のエニアにとっての絶望の形でもある。戦いを続ける度に生じてゆく無力感。ここに居る意味を問う自分。何もできない、無力な存在。それは昔の自分も同じだ。エニアは確かに強くなったが、それでもなお、自分はあの頃と何も変わっていないんじゃないかという疑惑が、エニアにとっての何よりの絶望だった。
「……だけど」
 エニアは鎌を握りしめる。魔力を練り上げながら鎌を構え、眼前の自身を見据える。
「だけど、そんなわたしにも……大切なものが、出来たんだ」
 エニアは、今も皆の戦いを見守ってくれている彼女の方に一瞬視線を向け、そしてまた、自身の絶望の形に向き直る。
「なら、わたしはまだ戦える。たった一つでも、途切れさせたくないものがあるのなら……わたしは、あの日には戻らない。今の大切なものを守るためだったら……あの日の自分だって、乗り越えてみせる!」
 鎌を一閃、マテリアルが奔ると同時に、閃光が爆ぜるようにその背に9枚の翅が展開される。歪虚もまた翅を広げ、その翅の先端から9つの魔力を収束させる。二人の周囲に雷撃が迸り、眼前に収束していく。
 エニアが手を掲げると同時に、その雷は巨大な槍と化して直線を薙いでゆく。対する歪虚もまた同じ雷槍を放ち、2つの魔法が激突する。
(負けない、負けてたまるもんか。これがあの頃のわたしだと言うのなら……そこに居てくれる"キミ"の為に……あの頃のわたしと、訣別してみせる!)
 エニアの思い描いた、彼女の姿。その姿を想うと、背に展開された9つの翅が、殊更に眩く輝いた。絶望すらも越えるほどの想いが、エニアに大きな力を与えた。やがて雷槍は、相殺し続けていた歪虚の雷槍ごと、敵の姿を飲み込んだ。
「……うん、まだ歩けるよ。キミと手をとって……また、明日も」
 塵と消えた歪虚の、最後に残った簪が、地面に落ちて砕け散る。その痕には、逆向きに突き刺さった『月』のタロットカードが、まるでエニアの決意を現すかのように、その場にあったのだった。



 かつてアルカナ達と戦い、絶望を知り、そして乗り越えていったハンター達は、自身の絶望を現す存在にも負けはしなかった。自身の断片を討ち滅ぼされていった『世界』は、徐々に負のマテリアルの放出が弱くなってゆく。
 エフィーリアはその様子を確認すると、ゆっくりと『世界』の本体の眠る、封印の門へと歩み寄る。その前に、自身と同じ姿をした影が現れる。
「……ええ、解っています」
 『世界』が引き出すは、絶望。心を映し、内なる闇を引き出す。かつての英雄たちの絶望を映し出した力だ。だが、一番最初のこの『世界』は。一体、誰の絶望から生まれたものなのか?
「抱いた絶望の分だけ、その先には……希望は必ず来ると、信じていた。まるで、正逆を現す、タロットカードのように」
「――」
 エフィーリアは、自身と同じ輪郭をした影に歩み寄る。
「それがきっと、あなたの最初の願いだったから。絶望に負けてしまっても、それでも。皆が遺した想いを、叶えたかった。だから……願いの成就を、絶望を希望へとひっくり返してくれる誰かを、ここで待ち続けた」
「――――」
 影の輪郭はぼやけ、不定形の靄となる。エフィーリアはその影に手をかざし、静かに告げる。
「……約束します、あなたたちの悲劇の分だけ、未来の希望を掴んでみせると。そんな形になってなお、世界の尊さを信じた、あなたたちの為に」
 目を伏せ、そしてもう一度その靄を見て。エフィーリアは、静かに。されど力強く言葉を紡ぐ。

「その絶望を決して、ただの悲劇で終わらせない為に」

 その言葉に、靄は少しずつ、ほつれるように拡散していく。ハンター達がマテリアルのエネルギーを削りきり、もはや形を成せずに居た『世界』の、最後に繋ぎ止めていたも。今、エフィーリアはそれを断ち切ったのだった。

「――ありがとう」

 霧散していく負のマテリアルから、最後に。そんな声が聞こえた気がした。

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  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニアka0370
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズka0509
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhranka0754
  • 茨の王
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重体一覧

  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズka0509

  • 鞍馬 真ka5819

参加者一覧

  • 【ⅩⅧ】また"あした"へ
    十色・T・ エニア(ka0370
    人間(蒼)|15才|男性|魔術師
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 【Ⅲ】命と愛の重みを知る
    フェリア(ka2870
    人間(紅)|21才|女性|魔術師
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 【ⅩⅢ】死を想え
    ゼクス・シュトゥルムフート(ka5529
    人間(蒼)|25才|男性|機導師
  • 想いの奏で手
    リラ(ka5679
    人間(紅)|16才|女性|格闘士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • その歩みは、ココロと共に
    サフィーア(ka6909
    オートマトン|21才|女性|魔術師

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【相談卓】完成か、未完成か
十色・T・ エニア(ka0370
人間(リアルブルー)|15才|男性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/07/26 11:28:19
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/07/24 21:05:15