風樹の嘆

マスター:サトー

シナリオ形態
ショート
難易度
やや易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
4~7人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2015/02/03 19:00
完成日
2015/02/10 09:57

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

 親孝行をしたいと思っても、その頃には既に親はいない、という話はよく聞く。
 なら、僕は、どうしたらいいのだろう――。



「ようこそ、プレアルバ村へ」
 依頼を受けてジェオルジのとある村にやってきたハンター達は昼過ぎに到着すると、そのまま村長宅へ案内され説明が始まった。
 ――モグラ退治。一言で済ませれば、それが依頼である。
 最近村の畑に出没するモグラが農作物を荒らして困っているという。とはいえ、単なるモグラならば、わざわざハンターが出張る必要はない。
 村長は、一人の青年をハンター達に紹介した。
 藍色がかった黒髪に、若干垂れ気味な目は穏やかな光を湛え、広い額は知性の輝きを放つ。鼻筋の通った細い面立ちは、きりっとした口元で引締められ、優男の印象を程よく染める。
「私はルチオ・スペランツァと言います。よろしくお願いします」
「ルチオは実に優秀な若者でしてな。我が村期待の逸材なのです。早いところヴァリオスへ学びに――」
「村長。その話は……」
 眉を顰めたルチオに、村長は残念そうに話を戻す。
「詳しい依頼内容に関しては、ルチオの方から説明させて頂きますので。私はこれで」
 村長が退席すると、ルチオは目にかかりそうな前髪をいじり、ため息を一つ吐いた。
「今回のモグラ、これは事前にお話ししてある通り雑魔なのですが、事の経緯からお話しましょう」


 夜間に畑から物音がするのを不審に思った村人が、作物を荒らしているモグラを見たのがきっかけ。村人は追い払おうとモグラに近づいたところ、腕を思い切り噛み付かれ重傷を負った。
 負傷した村人の情報から、モグラが見たことも無いほど大きかったということで、早々に危険を取り除こうと村をあげて巣の捜索を行った。モグラの巣は特有のキノコの真下にあると知られていたので、捜索自体に手間はそうかからなかった。
 村の北の雑木林の中でモグラの巣を見つけて埋めてはみたが、その日の晩も変わらず姿を現した。
「巣が他にもあるのか、埋めてもまた修復されてしまったのかは分かりません」
 そのときはまだ、雑魔と知れていなかったので、とルチオは言う。
 已む無く、ルチオを含む村人が夜間の畑の監視を行うこととなった。
 畑は村の東西南の3か所に集中している。内1つをじっと陰から監視していたルチオは、突如畑に現れたモグラ塚をじっと目で追った。土の固い平地では、地中深くを潜行していたのだろうか。
 少しして、土から突き出た鼻がひくひくと動き、のっそりと地上に姿を現す。体長は30cmほどか。ルチオは静かに魔導銃を構えて撃った。
「こう見えて、私は機導師なんです」
 本業ではありませんし、駆け出しなんですが、とルチオは自嘲する。
 ルチオの弾丸は、しかしモグラに当らなかった。モグラにはあり得ないほどの機敏な動きで弾丸を躱し、地中と地上をいったりきたり。その後地表に現れたところを狙って何発か撃ってはみたものの、一発もかすりもせず。
「情けないことに、そのまま逃がしてしまいました」
 そこでようやく雑魔と判断したらしい。
 残りの畑でも同じタイミングで襲われていたことから、少なくとも雑魔モグラは2匹以上いると見られる。
「モグラが雑魔化したとあっては、巣に汚染の元があるのかもしれません。前回はよく確認していなかったので……。
 それと、モグラは目はほとんど見えないのですが、嗅覚と聴覚が鋭いんです。雑魔が同様とは限りませんが、参考までに」
 と、そこへ、ノックと共に勢いよく扉が開かれた。
「お兄ちゃん!」
「これ、グイーダ」
 村長に押し留められるように出てきたのは、藍色の髪の少女。
「イーダ、今は仕事中だ。待っていなさい」
 ルチオは村長に目配せする。村長はすまなそうに一同に頭を下げた。
「早く済ませてね! 話はまだ終わってないんだから!」
 ルチオとは似ても似つかぬ勝気な少女――グイーダは、短く切り揃えられた髪を振って、村長の制止も厭わず外へ戻る。
 ルチオは謝罪し、一同を外に誘った。


「この村では、大根や株、小麦やほうれん草、にんにくなどを現在育てています」
 縦10m横20m程の畑が4つ並んでいる。これが東西南にそれぞれあるらしい。畑の一部には、盛り上がった土の生々しい跡が残されている。
「本来、モグラは作物自体は食さないはずなんですが、雑魔だからでしょうか。作物も狙われてしまっていて」
 できるだけ早急に退治したいとルチオは懇願する。
 最悪撃退だけでも良い、とのことだが、その場合、周辺の村々への被害が懸念される為、新たにハンターへ依頼を出さなければならなくなるだろう。
「はぁ、やれやれ」
 グイーダを家に帰した村長が、一同の前に歩いて来る。
「すみません、イーダがお手数をおかけして」
 10歳になったばかりの妹のグイーダは、何かと世話を焼きたがるお転婆なお年頃。口を挟むのが大好きなのだろう。だから、今も、ルチオは困ってしまう。
「いや、構わんさ」
 村長はルチオに気にしないように言うが、その実、何か言いたそうにもごもごとしていた。
「ルチオ、お主の家族もああ言っているのだし、もうそろそろ――」
「村長……」
 ルチオの強めの諌めに、むぐぅと村長は口を閉じた。
 訝しむハンター達に、ルチオは困ったように笑う。
「この辺りでは、優秀な子供が出ると、後学のために都会に送り出して様々な知識を習得させるという習いがあるのです」
 多くの事を学び戻って来た彼らの意見を取り入れ、村はより発展する、というのが、一般的な流れなのだそうだが、ルチオは渋い顔のままだ。
「それでは、私はこれで。
 駆け出しですが、私もハンターですので、私の手が必要でしたら遠慮なくお声かけ下さい。畑は極力荒らしたくないので、頭の片隅に入れておいて頂ければ幸いです。
 それと、何かご入用がある際も、私に言っていただければ、村の中にあるものでしたら、極力ご用意いたします」
 言って、ルチオは去る。村長は弱ったように頬を掻いていた。
「ルチオは幼い頃から頭のいい子でして、10になる頃には、ヴァリオスに送り出そうという計画があったのです」
 けれど、その計画は8年たった今でも実行されていない。
 理由は簡単。ルチオは家族と離れるのを嫌がった。
 ルチオの父は、妹のグイーダが一歳になる前に、ゴブリンに襲われ亡くなった。
 残された一家三人。ルチオは身体の弱い母と幼い妹が心配で、村を離れることを断った。
 当時ルチオと仲の良かった子供の話では、言葉には出さないが、都会へ行って色んな勉強をしたいという風ではあったらしい。勉強を教えていた村人から見ても、ルチオは大層知識欲が高かったそうだ。
「事情は理解できるのですが……。ルチオの家族も、ヴァリオス行きには賛成してくれているのです。後はルチオが頷いてくれるだけとはいえ……」
 村長は荒らされた畑を眺めつつ、大きなため息を吐いた。

リプレイ本文

「細い棒のようなものはありませんか? 作物を育てる際の添え棒のような物で構いません」
 神代 誠一(ka2086)はルチオに尋ねる。
「それと、糸と鈴もあれば、お願いしたいのですが」
「棒に糸に鈴……なるほど」
 ルチオはその言葉で何か思い至ったのか、感心したように頷いた。
「はい、今ご用意しますね」
 誠一がルチオの後に着いて行った頃、カグラ・シュヴァルツ(ka0105)とシュネー・シュヴァルツ(ka0352)は、ルチオの妹・グイーダと話をしていた。
「此処では10歳は区切り……?」
 腰を屈めたシュネーの問いに、グイーダは少しだけ首を捻る。
「10歳って決まってるわけじゃないけど、大体その位で都会へ行かせるか決めるみたい」
 ここ暫くの諍いを思い出してきたのか、グイーダの顔が次第にむすっとなっていく。
「……イーダさんはお兄さんの話――」
「勿論賛成よ!」
 シュネーはほんの僅か眉を顰めた。
「イーダさん……お兄さんは心配なんだと思います」
 苛立ちを露わにするグイーダ。それがシュネーの懸念でもあった。
 カグラはちらりとシュネーの横顔を見やる。
 昔は引っ込み思案で無口だった従妹のシュネーが、たどたどしくも精一杯自分の考えを、その気持ちを伝えようとしている。その変化は、面倒を見てきたカグラにとって感慨深いものだったらしく、トレンチコートの陰で微かに笑顔を見せた。
「安心させる為、です……」
 そう言って、シュネーは落ち着いて話をすることの大切さを説く。
 グイーダがシュネーの言葉に理解を示した頃、誠一とルチオが資材を抱えて戻って来た。
「少しいいでしょうか?」
 カグラがルチオを話に誘うと、誠一は一足先に資材を運びに行く。
 訝しんだルチオだったが、そこにいるグイーダを見て、大方の話の内容を悟った。
「お気持ちは分かります……。家族に良いって言って貰えても躊躇はしますよね……」
 シュネーは横のカグラをちらと見る。カグラは無表情だ。
「でも……沢山学んで、結果家族の力になる事が出来れば」
 シュネーは過去のあの時以来、ずっと従兄であるカグラに護られてきた。
 護られるのはとても嬉しいし、有り難いことだ。けど、家族だからこそ、ただ守られるだけというのは嫌なのだ。お互いに支え合う。それが家族のあるべき形なのだと。
 奇しくも、グイーダは10歳。当時のルチオと同じ歳。
「……時には頼っても、良いと思います」
「まぁ、シュネーの場合は頼るべき面を頼らず、頼らない方がいい面で頼るというか引き籠る習性がありますけどね」
「……今は私の事はいいのよ」
 シュネーはむぅと唸る。カグラは澄ましたように薄い微笑みを浮かべ、ルチオに向き直る。
「どんな状況であれ、決めるのは自分自身です」
 それは親が居ようと居まいと関係ない。
 ヴァリオスへ学びに出ることと村に残ること、それぞれにメリットとデメリットがある。現実的な側面として、それは恐らくルチオも理解しているだろう。
「ただ、いずれ、子は親を離れて生きる事になるのですから」
 カグラは後はシュネーに任せ、道具作りに勤しむ皆の下へ先に戻った。


「本当でござるか!?」
 驚きの声を上げるのは、シオン・アガホ(ka0117)。
「え、ええ」
 対するは誠一。
「拙者、ずっと憧れていたのでござる!」
 シオンは目をきらきらと輝かせ、誠一を見つめる。棒に鈴を結びつける作業中なのだが、先ほどからすっかり手が止まっている。
「そ、そうですか」
 誠一は余りの熱意に気圧され気味だ。
「あぁ、早くサムライの事が知りたいでござる!」
「はい、後ほど……。その、手が」
「おっと」
 シオンは作業に戻る。誠一はほっと息を吐いた。
「モグラの雑魔、ねぇ……」
 奄文 錬司(ka2722)は、せっせと自前の紙巻煙草をほぐしている。
「近所のじーさんばーさんがやってる畑にもモグラは出てきたことあるが、こいつが効けばいいがね」
 錬司が作ろうとしているのは煙玉。
 嗅覚と聴覚が鋭いのが、モグラの特徴だ。上手くいけば、穴から燻りだすことも可能だろう。
「きっと上手くいきますよ」
 誠一が錬司に微笑む。その傍らでは、ベラ・ハックウッド(ka3727)がにやりと口元を弓なりにしている。
「そうね。きっと上手くいくわ……きっと……」
 ふふっと笑うその顔を、闇でできたような漆黒の髪が半ばまで隠す。どこぞの幽霊のようで、少し不気味だ。
 錬司は肩を竦めた。
「後はルチオだったか? あいつにも手伝ってもらおうか」
「そうですねえ。手はあるだけ良いもので」
 これも仕事の内、と作業を手伝っていたマッシュ・アクラシス(ka0771)が賛同した。


 準備を終えた一同は、畑を一面ずつ四方から囲み、中央に寄せていく方法を採る。
 鈴を付けた細めの棒を、手分けして等間隔に畑の周囲に挿し込む。これにより、地中のトンネルをモグラが通った際に音が鳴って居場所が分かるという寸法だ。
「ふむ、ジャパンには似たような話があったと見たことがあるでござる……確か、おむすびころりんすっとん――」
 と、何やら妙な呪文を唱えながら、おむすびを穴の中に放り込むシオン。
「シオンさん、それは……」
 ペアを組む誠一が、恥を欠かせぬように小声で囁く。
「なんと!?」
 やはり本物は違うでござると感心するシオンを尻目に、各ペアは新しそうなモグラ塚の跡に、錬司の作成した煙玉に火を付けて放り込む。煙玉には、ルチオの提案で、にんにくを細かく砕いた物も混合させた。より臭いを強烈にするためだ。
 だが、鈴が鳴る気配は無い。
 トンネルが広くて煙が行き渡っていないのか、それとも巣で眠っているのか。
 畑の西側にて待つ錬司は鈴を注視しながら、ペアを組んだルチオと世間話に興じる。
「のんびりしたところだなぁ、ここは」
「はい、外の人には退屈かもしれませんが」
「いや、悪かないぜ」
 物臭な性格の錬司には、閑散としている田舎の雰囲気が性に合うのかもしれない。
「お前さんは色々あるみたいだがな」
 錬司は余った煙草をくゆらせる。ルチオはじっと錬司を見つめた。
「お前の本心はどこにある。迷いがあるなら何度でも口に出せ。独り言でもいいんだ。出せないなら地面にでも書いてみろ。少しは頭の中が整理できる」
 風来坊で人当たりが必ずしも良いとは言えない錬司だったが、どこか他人を気遣ってしまうのは、彼の性なのか。
「私は……」
 ルチオは惑う。シュネーとカグラにも諭された。もっと家族を信じろ、と。
 だが、もし自分がいない時に何かあったら――。そんな考えが浮かんでは沈み、脚は動かなくなる。
 ルチオの迷いを見透かして、錬司は呟く。
「どちらを選んでも後悔はするんだろうが……少なくとも俺みてぇなダメ男にはなるんじゃねぇぞ?」
 せめて反面教師になれればいいと。
 錬司は今までどんな経験をしてきたのか、ルチオが想いを馳せたその時――ちりん。
 鈴の音が鳴った。
 一同はさっと気を引き締める。
 音が鳴ったのは、南側の誠一・シオンペアの鈴。
 凄い勢いで中央へと鈴の音が移っていき、畑にはモグラ塚が現れた。
 臭いを嫌ってか、ぴょこんと外に顔を出したモグラに、シオンが刀を模した杖を振るう。
「お、大人しくするでござる!!」
 眠り雲が瞬時に畑を覆う。
「……ふっ、峰打ちでござる」
 目を瞑り決め台詞を放つシオンだが、雲の中にモグラの姿は無い。シオンが杖を振るおうとしたのを察知し、直前に穴の中に逃げ込んでいたのだ。
 むむぅと唸るシオン。次いで東、北と鈴の音が鳴り響く。モグラは混乱しているようだ。
 畑の北側に再度出現したモグラ。カグラの構えた猟銃に反応し逃げようとするが、発砲音の方が一瞬早かった。
「シュネー」
「はい、カグラ兄さん」
 足元に牽制射撃を打ち込まれたモグラの動きが止まった瞬間を見逃さず、シュネーはランアウトで一気に距離を詰め、畑に出来た穴に足を乗せ、逃走を阻害する。
 突き込まれる短剣。モグラは持ち前の素早さで回避せんと動く。
 にやり。シュネーはうっすらと笑みを浮かべる。
 直後、短剣は長剣へと形状を変えた。
 急激な間合いの変化に対応しきれず、モグラはあっけなく貫かれ消滅。可変式の剣の特性を利用した見事な手並みだった。
 間をおかず、畑の南側に新たなモグラ塚が出現する。
 北側に注がれていた一同の目。しかし、誠一だけは一匹目の討伐にも気を緩めてはいなかった。
(速く、正確に。視野は広く)
 ランアウトで接近する誠一。モグラが気が付いた時には、既に誠一は間合いの中にいた。
 狙い澄ました七節棍を、モグラは紙一重で避ける。
 怒りに猛るモグラは、誠一の首元目がけて飛びかかった。
 と、モグラの視界を突如塞ぐのは、誠一の腕。がぶりとモグラが噛み付くのを、誠一は顔を顰めて耐える。
 ここは生活の現場。荒れきった畑では、次節の収穫が不意になってしまう。仮に雑魔の討伐に成功しても、村民の生活が守れなければ意味が無い。
 そう考え、畑を荒らさぬよう無闇に動かず、自ら腕を差し出したのだ。
 誠一は噛まれた腕を大きく上に振り上げる。
 牙の外れたモグラは宙へ高々と。無防備に腹を晒す。
「これならどうでござる! 真んん空ううう波ぁぁっ!」
「逃がさないわ」
 刀を模した杖を弓に見立てて、風の刃を射るシオン。ベラも掲げた杖から、研ぎ澄まされた炎の矢を繰り出した。
 風がモグラの両腕を裂き、炎が胴体を穿つ。
 ぐぇと潰れた蛙のような鳴き声とともに、モグラは塵と消えた。
 錬司のヒールが誠一の傷を癒す。暫しの静寂を待って、一同は次の畑に移った。

 次の畑でもやることは同じ。煙玉で炙り出し、出てきたところを叩くだけ。
 鳴り渡る鈴の音。今度は地中を凄まじい速さで移動しているのか、ほぼ全ての方向の鈴が鳴っている。
 一匹目の行動パターンを記憶していたカグラは、微細な土の変化を見落とさない。
「そこです」
 カグラは仲間に声をかけると同時に、盛り上がりかけた大地を撃つ。
 瞬時に逃げに転じようとしたモグラを、鋭い眼差しで捉えたマッシュがナイトメアを振るう。
 精密な一撃は大地に刃を突き立て、地中のモグラを縫い止めた。手応えありだ。
 盛り上がった大地は、それ以上広がることは無い。

 残りの一つでも同様。
 錬司の射撃に追い立てられたモグラを、ベラとマッシュが逃げ道を塞ぎ、シオンとカグラの援護で動きを止め、誠一とシュネーで打ち倒す。
 ルチオはハンター達の鮮やかな手並みに、ほとんど活躍する場は無かった。


 都合4匹。
 全てのモグラを退治し終えると、マッシュとベラは若干荒れてしまった畑の修復に取りかかる。
「すまねぇな」
 共に畑の手直しをする村民の感謝の言葉に、二人は静かに首を横に振る。
「このままでは可哀想だもの」
 自身の植物園にて普段からお世話をしているベラにはお手の物だ。植物園ほど多種多様では無いのが、少し寂しさを催させるが。もっと何か珍しい植物でもあれば、もっと楽しめただろう。
「この程度は仕事の内です」
 丁寧だが聊か投げやりなマッシュの言葉も、丹精込めて土を均す姿を見れば、その気持ちが言葉通りのものとは思えない。
「しかし、エルフの姉ちゃんは顔色が悪いが大丈夫なのか?」
「あらあら、ちゃんとお化粧してきたつもりなのだけれど。気を付けないといけないわね」
 ベラが鋭い目つきを更に細めると、村民はびくっと身を震わせた。

「巣の方は後でこちらで探して、浄化を頼んでおきますのでご心配なく。ありがとうございました」
 微笑んで頭を下げるルチオ。
「お兄ちゃん、もう終わったの?」
 グイーダが駆け寄って来る。だが、今朝までとは異なり、随分と落ち着いた様子だ。
 頷くルチオに、グイーダは躊躇いつつも、その質問をぶつけた。
「……どうしても、気持ちは変わらないの?」
「…………」
 ふと、ルチオの肩に何かが置かれる。誠一の手だ。
「俺は行く行かないは、自由だと思っていますよ。けど、学べば選択肢が増える。経験もね」
 誠一は穏やかに、緩い笑みを浮かべる。
 転移前は高校の教諭だった彼には、ルチオは生徒のように見えるのかもしれない。
 丁度人生の岐路に立たされ、道に迷う嘗ての教え子達のように。ただ、彼らに比べれば、ルチオは手のかからない生徒だろうが。
「……君が本当に何をかけてでも守りたいと思った時に、困らないだけの経験と知識を」
 そんな誠一の言葉は、精錬された重みを持っていた。
「そうでござる」
 傍らでサムライの話を心待ちにしていたシオンも、大きく首肯する。
「貴殿次第でござるが、街に出て更に力を付ければ、今よりももっと確実に家族を守れるようになるでござるよ」
 ヴァリオスへ行くことで身に着けられるもの――。
 このままの暮らしを続けて対応できないことが起こった時、ヴァリオスへ行って成長した自分になら対応できたかもしれない。
 そう、後悔する日が来るのだろうか。
 畑の修繕を終え、土で汚れた手を拭きながら歩み寄って来たマッシュは、そっぽを向いて呟く。
「選択とは必ず後悔を伴うものです。何しろ片方捨てるのですから」
 捨てる――。その断罪するような、またきっぱりとした物言いは、マッシュのこの世界に対する見方に基づいているのだろう。
「何を選ぶにしても後悔するのですから、今の自分に正直にでもすれば宜しい。……後悔を誰かのせいには、したくないでしょう」
 付け加えられた言葉は、誰へのものなのか。
 マッシュはルチオに背を向ける。
「独り言が過ぎました。これ以上は追加料金を頂くことになりますので」
 と、マッシュは颯爽と歩いていく。
 普段殊更金銭への執着を見せる彼が、金にもならないアドバイスを送るのは、意外と不器用なところがあるのかもしれない。
 ベラも何かを言いたそうにしていたが、思ったように言葉が出てこないのか、難しい顔をしてマッシュの後に続いた。
 その二人の背を眺めて、誠一は小さく苦笑する。
「しばしば大人はお節介焼きになるんですよ」
 それでは、と去る誠一。待ちに待った時間だと言わんばかりに、シオンは誠一の隣で急かしている。
「さて、俺も行くかね」
 錬司は大きな鳥の羽があしらわれた帽子を被り直す。
「あとは、お前さん次第だ。ま、あんまり一人で抱え込まんようにな。もう少し周りの気持ちも考えてやるといいさ」
 残されたルチオは、こちらをじっと見つめている妹のグイーダを見る。
 家族と自身の欲望。どちらを優先すべきなのか。どちらを選択するべきなのか。
 その答えは恐らく、元々自分の心の奥底に潜んでいたのだろう。ただ気付かない振りをしていただけで。
 一方的な関係ではない、家族のあるべき姿。相手を信じ、委ねることの大切さ。
 ルチオは人生の先輩であるハンター達から受け取ったアドバイスを噛みしめ、彼らの背を見送った。

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重体一覧

参加者一覧


  • カグラ・シュヴァルツ(ka0105
    人間(蒼)|23才|男性|猟撃士
  • THE SAMURAI
    シオン・アガホ(ka0117
    エルフ|15才|女性|魔術師
  • 癒しへの導き手
    シュネー・シュヴァルツ(ka0352
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 無明に咲きし熾火
    マッシュ・アクラシス(ka0771
    人間(紅)|26才|男性|闘狩人
  • その力は未来ある誰かの為
    神代 誠一(ka2086
    人間(蒼)|32才|男性|疾影士

  • 奄文 錬司(ka2722
    人間(紅)|31才|男性|聖導士
  • 冒険者
    ベラ・ハックウッド(ka3727
    エルフ|24才|女性|魔術師

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マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談用
ベラ・ハックウッド(ka3727
エルフ|24才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2015/02/03 20:09:18
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2015/02/01 00:44:53