ゲスト
(ka0000)
屠竜の日
マスター:赤山優牙

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- やや難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/07/29 09:00
- 完成日
- 2019/08/02 02:48
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●竜の巣
“必ずお前を止める”
そう記された紙を見つめ、ティオリオスは突き刺さっていたナイフを無造作に抜き捨てた。
ナイフは乾いた音を立てて転がっていき……やがて、水の中へと落ちていった。
「……いいだろう。受けて立とうではないか」
真剣な眼差しでティオリオスは外に繋がる通路へと視線を向けた。
ここは、王国南東部リンダールの森と海岸線を結ぶ川岸から伸びている洞窟だ。
巨大な空間が広がっているのは、元々、海だった場所が侵食されて、地面が隆起したからである。
洞窟は大きな広間が二つあった。
一つは地底湖を抱えた広間。そして、そこから伸びて、もう一つ、元々、寝床として使っていた広間。
「世界が滅びるかもしれないという間際のようだが、決着を付けるというのなら、迎えてやらんとな」
異世界から奇妙な歪虚が出現している事をティオリオスは知っている。
それらと己が相容れない存在だというのはすぐに分かった。目的は“別”なのだ。
「未来さえもいらない。全ての滅びこそ、強欲――ドラッケン――の行動原理であり、そして、俺に全てを捧げたヒトの願いなのだから」
不幸や悲劇が起こるのなら……そもそも、最初から何もなければ、不幸や悲劇は起こらない。
世界は最初から“虚無”であればそれで良かったのだ。
だが、ハンター達は、いや、この世界に住む者達は、それを真っ向から否定する。
だから、ティオリオスは望む。
それぞれの意思をぶつけ合う事を。決着をつける事を。
「……邪神との戦い、手伝ってやろうとも思ったが、それだと面白くはなかろう」
ティオリオスから見ても、邪神勢力の勢いは強大だと思った。
まともに戦えば、きっと、ティオリオスも無事では済まないだろう……いや、倒されるだろう。
そんな最後を迎えるのであれば――。
「まずは俺の“庭”で出迎えてやる」
考えていた事を途中で遮って、ティオリオスは歩き出したのであった。
●フライングシスティーナ号
傲慢歪虚との決戦後、ドッグ入りしていたフライングシスティーナ号は、応急点検を終えると、王国南東部の海を目指した。
ティオリオス討伐の為の移動だけではなく、王国と同盟やリゼリオとの海路を邪神眷属から守る為でもある。
広い甲板に刻騎ゴーレムが数機、降り立った。先頭の機体から降りてきたのは、星加 孝純 (kz0276)だった。
「“隊長代理”、邪神眷属は想像以上でした。」
「傲慢歪虚との戦いで戦力をもっと失っていたら危ない所でしたよ」
少年を出迎えたのは、爽やかな青色の部分鎧を身に着けた、痩せた騎士だった。
ただの騎士ではない。数々の戦いを指揮し、今日に至るまで『無敗』であり、『軍師騎士』と一部の者から呼ばれていた騎士、ノセヤだ。
だが、今は二つ名で呼ばれる事はない。グラズヘイム王国騎士団“青の隊”の“隊長代理”なのだ。
“青の隊”の隊長は騎士団長であるゲオルギウスが兼任している。
激務である為、働ける者には仕事を――という事の人事なのか、はたまた、特定の派閥に所属していなかったノセヤなら、誰も角が立たないという政治的な配慮なのかは分からないが。
ノセヤは少年が力強く拳を握っているのを見て声を掛けた。
「孝純君には申し訳ない事をした。僕が依頼をださなければ、君は今頃、邪神と戦っていたのだから」
「いえ、良いんです。ここで戦う事も、とても大事な事であると思っていますので」
少年は空を見上げた。
もし……自分が邪神との戦いに臨んでいたらどうなっていただろうか。
生き残っているだろうか、それとも……。
「邪神と戦う皆さんが無事である事を祈るのみです」
「僕の尊敬する先輩が言っていましたよ。人の祈りは力になると――。だから、孝純君の祈りも、きっと、意味があるのです」
「はい。では、憂いなく確りと祈っていられるように、目の前の敵からですね」
海岸線を指差した孝純の台詞にノセヤは大きく頷いた。
歪虚ティオリオスを討伐する。その為に、フライングシスティーナ号は王都防衛から離れ、ここまで来たのだから。
●作戦開始
フライングシスティーナ号の船内、転移門や神霊樹が設置してある特別な一角にハンター達は集められた。
敵は強大だ。無作戦で挑むのは無謀だ。だからといって、大兵を投入できるかというとそうでもない。
「ティオリオスが邪神勢力と接触する前にできるだけ早期に討ちたいと思います。ですが、ティオリオスは水竜でもあり、強大な力を持つ為、少数精鋭で挑む必要があるとも考えています」
ノセヤがそう切り出した。
一定の空間を水に置き換える事が出来る【水棺】の能力。これが厄介だ。
生身の人間ではとてもではないが対抗できない。
「ハンター達の事前調査によって敵が潜んでいる住処が判明しています」
モニターに表示されたのは、ひょうたんを横に倒したような洞窟のイメージ絵だった。
出入口に近い方の広間には水が溜まっている事が示されている。
「恐らく、ティオリオスはこちらでハンター達を迎撃してくるはずです。【水棺】の能力は水場がなければならないようですので」
ピシっと指示棒で絵を指すノセヤ。
そして、ハンター達をぐるっと見回すと続ける。
「出入口はCAMや刻騎ゴーレムでも通り抜けができるので、これらの機体での出撃とします。そして、ここからが大事な事になります……」
そう言って、ノセヤは奥の広間を指す。
此処こそ、ティオリオスの寝床なのだ。かなりの広さがあるが、最初の広間から入ろうとすると、かなり細くなった通路を抜けなければいけない。
「通路は凄く狭いようなので、機体は通れないと思います。なので、もし、ティオリオスが奥の広間に逃げ出すようであれば、機体から降りて、戦う事になります……つまり、白兵戦の準備も必要です」
深手を負わせて、奥の広間に逃げられても出口を抑えている限り、脱出される恐れはない。
だが、ハンター達もずっと同じ場所で待ち構えている程の余裕はない。
「長期戦が想定されますので、確りと準備を行った上で、出撃をお願いします。なお、フライングシスティーナ号から敵地までは孝純君が案内人となります」
「よろしくお願いします」
緊張した趣きで少年が頭を下げた。
難敵ティオリオスとの決戦が間近に迫っていた。
“必ずお前を止める”
そう記された紙を見つめ、ティオリオスは突き刺さっていたナイフを無造作に抜き捨てた。
ナイフは乾いた音を立てて転がっていき……やがて、水の中へと落ちていった。
「……いいだろう。受けて立とうではないか」
真剣な眼差しでティオリオスは外に繋がる通路へと視線を向けた。
ここは、王国南東部リンダールの森と海岸線を結ぶ川岸から伸びている洞窟だ。
巨大な空間が広がっているのは、元々、海だった場所が侵食されて、地面が隆起したからである。
洞窟は大きな広間が二つあった。
一つは地底湖を抱えた広間。そして、そこから伸びて、もう一つ、元々、寝床として使っていた広間。
「世界が滅びるかもしれないという間際のようだが、決着を付けるというのなら、迎えてやらんとな」
異世界から奇妙な歪虚が出現している事をティオリオスは知っている。
それらと己が相容れない存在だというのはすぐに分かった。目的は“別”なのだ。
「未来さえもいらない。全ての滅びこそ、強欲――ドラッケン――の行動原理であり、そして、俺に全てを捧げたヒトの願いなのだから」
不幸や悲劇が起こるのなら……そもそも、最初から何もなければ、不幸や悲劇は起こらない。
世界は最初から“虚無”であればそれで良かったのだ。
だが、ハンター達は、いや、この世界に住む者達は、それを真っ向から否定する。
だから、ティオリオスは望む。
それぞれの意思をぶつけ合う事を。決着をつける事を。
「……邪神との戦い、手伝ってやろうとも思ったが、それだと面白くはなかろう」
ティオリオスから見ても、邪神勢力の勢いは強大だと思った。
まともに戦えば、きっと、ティオリオスも無事では済まないだろう……いや、倒されるだろう。
そんな最後を迎えるのであれば――。
「まずは俺の“庭”で出迎えてやる」
考えていた事を途中で遮って、ティオリオスは歩き出したのであった。
●フライングシスティーナ号
傲慢歪虚との決戦後、ドッグ入りしていたフライングシスティーナ号は、応急点検を終えると、王国南東部の海を目指した。
ティオリオス討伐の為の移動だけではなく、王国と同盟やリゼリオとの海路を邪神眷属から守る為でもある。
広い甲板に刻騎ゴーレムが数機、降り立った。先頭の機体から降りてきたのは、星加 孝純 (kz0276)だった。
「“隊長代理”、邪神眷属は想像以上でした。」
「傲慢歪虚との戦いで戦力をもっと失っていたら危ない所でしたよ」
少年を出迎えたのは、爽やかな青色の部分鎧を身に着けた、痩せた騎士だった。
ただの騎士ではない。数々の戦いを指揮し、今日に至るまで『無敗』であり、『軍師騎士』と一部の者から呼ばれていた騎士、ノセヤだ。
だが、今は二つ名で呼ばれる事はない。グラズヘイム王国騎士団“青の隊”の“隊長代理”なのだ。
“青の隊”の隊長は騎士団長であるゲオルギウスが兼任している。
激務である為、働ける者には仕事を――という事の人事なのか、はたまた、特定の派閥に所属していなかったノセヤなら、誰も角が立たないという政治的な配慮なのかは分からないが。
ノセヤは少年が力強く拳を握っているのを見て声を掛けた。
「孝純君には申し訳ない事をした。僕が依頼をださなければ、君は今頃、邪神と戦っていたのだから」
「いえ、良いんです。ここで戦う事も、とても大事な事であると思っていますので」
少年は空を見上げた。
もし……自分が邪神との戦いに臨んでいたらどうなっていただろうか。
生き残っているだろうか、それとも……。
「邪神と戦う皆さんが無事である事を祈るのみです」
「僕の尊敬する先輩が言っていましたよ。人の祈りは力になると――。だから、孝純君の祈りも、きっと、意味があるのです」
「はい。では、憂いなく確りと祈っていられるように、目の前の敵からですね」
海岸線を指差した孝純の台詞にノセヤは大きく頷いた。
歪虚ティオリオスを討伐する。その為に、フライングシスティーナ号は王都防衛から離れ、ここまで来たのだから。
●作戦開始
フライングシスティーナ号の船内、転移門や神霊樹が設置してある特別な一角にハンター達は集められた。
敵は強大だ。無作戦で挑むのは無謀だ。だからといって、大兵を投入できるかというとそうでもない。
「ティオリオスが邪神勢力と接触する前にできるだけ早期に討ちたいと思います。ですが、ティオリオスは水竜でもあり、強大な力を持つ為、少数精鋭で挑む必要があるとも考えています」
ノセヤがそう切り出した。
一定の空間を水に置き換える事が出来る【水棺】の能力。これが厄介だ。
生身の人間ではとてもではないが対抗できない。
「ハンター達の事前調査によって敵が潜んでいる住処が判明しています」
モニターに表示されたのは、ひょうたんを横に倒したような洞窟のイメージ絵だった。
出入口に近い方の広間には水が溜まっている事が示されている。
「恐らく、ティオリオスはこちらでハンター達を迎撃してくるはずです。【水棺】の能力は水場がなければならないようですので」
ピシっと指示棒で絵を指すノセヤ。
そして、ハンター達をぐるっと見回すと続ける。
「出入口はCAMや刻騎ゴーレムでも通り抜けができるので、これらの機体での出撃とします。そして、ここからが大事な事になります……」
そう言って、ノセヤは奥の広間を指す。
此処こそ、ティオリオスの寝床なのだ。かなりの広さがあるが、最初の広間から入ろうとすると、かなり細くなった通路を抜けなければいけない。
「通路は凄く狭いようなので、機体は通れないと思います。なので、もし、ティオリオスが奥の広間に逃げ出すようであれば、機体から降りて、戦う事になります……つまり、白兵戦の準備も必要です」
深手を負わせて、奥の広間に逃げられても出口を抑えている限り、脱出される恐れはない。
だが、ハンター達もずっと同じ場所で待ち構えている程の余裕はない。
「長期戦が想定されますので、確りと準備を行った上で、出撃をお願いします。なお、フライングシスティーナ号から敵地までは孝純君が案内人となります」
「よろしくお願いします」
緊張した趣きで少年が頭を下げた。
難敵ティオリオスとの決戦が間近に迫っていた。
リプレイ本文
●
フライングシスティーナ号から出撃した一行は、ティオリオスが隠れている竜の巣の入口までやって来た。
総勢11機、CAMと刻騎ゴーレムの混成部隊は竜退治には少ない戦力だが、全員が精鋭であると星加 孝純 (kz0276)は感じていた。
「いよいよ、ですね」
道案内役を務めていた孝純はハンター達に呼び掛ける。
少年が乗る刻騎ゴーレムの横に、アーシャ(ka6456)が操作する刻騎ゴーレムが並んだ。
「あたしもルクシュヴァリエ準備してきたよー。孝純くんとお揃いだね!」
「性能がほぼ同じなだけに、足を引っ張らないように頑張りたいと思います」
孝純は苦笑を浮かべる。
もっとも、成長のカスタマイズ次第では方向性が変わってしまうので、性能が同じとは限らないが。
「大変な相手みたいだけど、何が相手でも負けるわけには行かないよね。がんばろう!」
「はい。精霊との大事な約束のようですし」
母艦であるフライングシスティーナが空に飛べるようになったのは、水の精霊の協力があってこそだ。
その協力を得る為の試練が、ティオリオス討伐なのだ。
「ティオリオスか……やっかいな相手のようだな。出し惜しみは無しでいくか」
瀬崎・統夜(ka5046)が黒騎士(魔導型デュミナス)(ka5046unit001)のコックピット内でデータを最後まで確認していた。
難敵であるのは間違いない。王都における戦いではハンター達が乗る機体を大破させているのだ。
「竜……ですか。生身で戦える機会があればいいですが」
不敵な笑みを浮かべてエクスシアに乗っているハンス・ラインフェルト(ka6750)が言った。
ノセヤの作戦では討伐は二段階で行われる可能性が高いとしている。竜の巣はひょうたん型の洞窟であり、奥の空間に行くにはCAMや刻騎ゴーレムでは大きすぎて通れないのだ。
「可能性としては十分にあり得るだろうな」
「楽しみですが、だからといって、此処で手を抜く訳ではありませんよ」
手を抜くどころか、各人が全力で挑まなければ追い詰めない相手だろう。
エーテル(R7エクスシア)(ka0684unit001)のコックピット内でモニターに映る刻騎ゴーレムの外装チェックを終えた瀬織 怜皇(ka0684)はUisca Amhran(ka0754)へ声を掛ける。
「……移動の影響はないみたいだよ」
「ありがとう、レオ。後は……竜の巣に入るだけだね。ティオリオスさんに希望を示せればいいけど」
「受け入れてくれるかは分からないけど……やるしかないからね」
愛する人の台詞に頷きながら怜皇はそう返した。
王都での戦いでは、人の話を聞くような雰囲気はなかったが、試みる意味はあるだろう。
「互いの願いが相容れないのならば、ここで決着を付ける」
強い決意と共に、魔動冒険王『グランソード』(刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」)(ka1250unit008)を駆る時音 ざくろ(ka1250)が宣言した。
ティオリオスは全ての滅びを願っている。
決して、互いに受け入れる事はできないだろう。今日、ここが決着の場なのだ。
「その通り。いい加減決着つけよう。こっち……というか、世界が立て込んできたんでね」
ゼーヴィント(魔導型デュミナス)(ka1963unit002)が正常に稼働している事を再確認しながらレベッカ・アマデーオ(ka1963)がざくろの宣言に続く。
邪神勢力との戦いは、日々、増しているのだ。世界を守る為、ハンター達も忙しいのだ。
破軍(刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」)(ka0725unit004)を孝純機の前に進めた鹿東 悠(ka0725)は周囲を警戒する。
事前情報にあった通りだ。少なくとも、竜の巣に乗り込んだら、留守でした……という事はないだろう。
(前回の調査でもしやと思いましたが、やはり彼も参加となりましたか……立場上、仕方ないのかもしれませんが、親子揃って貧乏くじを引きやすいのでしょうかねぇ……)
そんな事を心の中で呟く。
人とは不思議なもので、そうした道を望まなくても幾つも通らなければならない人がいるものだ。
きっと、この少年もそういう宿命を背負っているのかもしれない。
「鹿東さん、何か気になる事が?」
「いえ、つまらない保険ですよ。使わないことが一番ですがね……気が張っているようですね」
通信から聞こえてくる少年の声に鹿東は気に掛けた。
「強敵と聞いているので……」
「そうですね。そして……強い想いを持っている。信念のある敵との戦いがどう言うモノかしっかりと見届けなさい」
「はいっ!」
孝純機の隣にヘルヴェル(ka4784)がOpfer(R7エクスシア)(ka4784unit002)を操作して移動してきた。
「よく、カズマさんの動きを見てくださいね。きっと、君が目指す道の一つです」
「もちろん、そのつもりです」
「他の方のもよく見てください。参考になりますよ」
前途有望な若者だ。
きっと、ここでの戦いは彼の将来にとって大きな意味を持つ事になるだろう。
少年はモニターの中に映る、竜の巣の様子を伺っているKoias(コンフェッサー)(ka0178unit005)を捉えていた。
そこには、龍崎・カズマ(ka0178)が乗っていた。
「奴自身の本当の願い、意思を引き釣り出した時に強くなる可能性がある」
彼は全員に注意を促すようにそう言った。
明かされている能力以上の事がなければ良いのだが、無いという前提で挑むのは無謀というものだろう。
「マテリアルは感情に影響を受けるようだしな。まして、此処は奴の庭だ。何が仕込まれているかわからないから警戒を」
カズマの台詞に全員は頷くと、いよいよ、竜の巣へと入っていった。
●
竜の巣の中は真っ暗闇だった。大型サーチライトの光が三つ、洞窟内を照らす。
圧倒的な光量は、壁に当たると反射し、CAMのモニターには、洞窟内がぼんやりとした薄明かりに包まれているようだった。
「射撃に影響はあるか?」
真っ先にカズマはマテリアルラインを繋いでいる仲間に呼び掛けた。
後方からの援護射撃がなければ、とてもではないが、倒すのは難しいはずだからだ。
「問題ない……こちらの機能も正常に稼働している」
応えたのはコマンダータイプにカスタマイズされた機体に乗っている統夜だった。
真横に並ぶヘルヴェル機の射撃管制も問題ない様子だ。
「行けるわ」
その時、サーチライトの光が、水竜形態のティオリオスを発見した。
全員に緊張が走る。向こうは暗闇の中で待っていたのだ。奇襲を仕掛けられる状況だったのにも関わらず、ハンター達が発見するまで待っていたというのは、それだけの余裕が、あるいは……。
「相手はドラゴン……! 不足はないっ!」
ガチャっと音を立てながら、瀬崎機とヘルヴェル機が銃口を向けた。
だが、弾丸が発射されるよりも早く、洞窟内が一瞬にして水に満たされる。
一定の空間を水に入れ替えるティオリオスの能力【水棺】だ。
こうなると、火器類の使用は一部を除いて不可能になる。
「初手から敵も全開って事か。攻撃に合わせて別方向から仕掛ける!」
レベッカが叫ぶようなに告げると、機体を操作させて大きく迂回させる。
水で満たされた事により、上下左右自由に移動できるのだ。これを利用しない手はない。
仲間が水中を疾走する様子を見つめながら、アーシャは孝純に呼び掛けた。
「孝純くんは、近接得意じゃないんでしょ? 近接は任せてフォローお願いね」
「分かりました。でも、無茶はしないで下さいね」
スッと後方に下がる孝純。
一方、アーシャとハンスの機体が正面から水竜へと向かった。
「正義の味方としては負けられないよ!」
「私を楽しませてくださいね」
猛烈な水圧撃に、機体を捩じって避ける。
接近を試みる仲間を援護するように、鹿東はサーチライトの光の向きを調整した。
射撃組が見失わないように、かつ、接近する仲間を背から当てる事で、目をくらませようとしたのだ。
「どうやら、敵は視覚があってもなくても関係ないようですね」
ティオリオスは水竜であるが、その存在は通常の生物とは大きく異なるのだろう。
歪虚化している事もあるし、元々は精霊だ。人間が知らない方法で周囲を“認知”している可能性が高い。
「連携重視です。カズマさんのマテリアルラインを有効に活かしましょう」
何人かの機体は事前にクロスマインドで強化されたマテリアルラインで繋がれている。
視覚の共有化とまでいかなくとも、各種データの情報は共有されている。これを使わない手はない。
「この前はルクシュヴァリエを使ったから、今は少なくても覚えられてはいない機体のはずだ」
カズマがそう言いながら機体を迂回させながら水竜へ接近させる。
“知られていない”というアドバンテージは意味があるはずだ。もし、ティオリオスがコンフェッサーの性能を知っていれば、真っ先にカズマ機を狙ってきていた事だろう。
「イスカ、援護するから、行って!」
マジックエンハンサーを展開させながら、怜皇機が錬機剣を手に水竜へと突貫した。
仲間が攻撃した部位を狙って剣を繰り出すが、水竜は巨大な身体を捩じるようにして水壁で防いだ。
しかし、それは目論見通りだ。怜皇の機体に捕まるように後方に控えていたUiscaの機体が飛び出ると、聖機槍を構えた。
直後、マテリアルの塊と化した刃が放たれた。
「手応えはありますが、やっぱり、簡単にはいきませんね」
水竜の反撃を後退しながら避ける。
追撃を加えようとした水竜の鼻先をマテリアルビームが掠めた。
「決着を付けに来たぞ、ティオリオス! それぞれの望みをかけて、正々堂々と勝負だ!」
「ガアァァァ!」
斬艦刀を両手で構えて大見得を切ったざくろ機に向かって、水竜は牙を剥いた。
そこへ別方向から、マテリアルライフルが放たれ、急接近してきた黒きデュミナスがマテリアルブレードを放つ。
ヘルヴェルと瀬崎の機体から放たれたものであった。
「水中では実弾類が使えなくても、魔法扱いの攻撃なら!」
「お前の手の内は分かってるんだよ!」
立て続けの攻撃に対し、水竜は水壁で防御していく。
弾かれて消滅していく水壁は厄介だが、確実に水竜の守りを削っていた。
「胴体部分は全部削りましたよ!」
刻騎ゴーレムを操作してマテリアルの光刃を放ったアーシャが仲間へと伝えるとその頭上をハンスの機体が跳躍するように突き進む。
まずは水竜の身体を守っている水壁を消滅させなければ、ダメージを与えていけない。
スキルトレースで舞刀士の動きを再現させたエクスシアが斬艦刀を振るう。
「こうなれば、後は切り刻むだけですね」
想定以上の猛攻にティオリオスは全身を震わせる。
これまでは【水棺】の圧倒的な力に守られていたが、水中戦対応の機数が揃えられれば【水棺】の意味がない。
「ヅヅヅゥ!!」
不気味な音と共に、水の流れが変わる。
水圧が集束しているのだ。この力は、以前、王都での戦いで確認できた。
逃れる為には遠くに離れるか、あるいは、耐えきるしかないが、強力な機体を大破に追い込む程の威力だ。
「これは……」
マテリアルラインから流れて来る様々な情報がモニターに表示され、カズマは呟いた。
コンフェッサーは元々、悪条件下の環境で戦闘する事を想定されて作られている。マテリアルラインはその為のものだ。
孝純の母が執念で造り出したものだ。水竜の【水棺】に決して引けを取るものではない。
「鹿東! この情報を送る!」
「なるほど……敵に、そう何度も同じ手段が、上手く行くと思わないで貰いましょうか。逃げられないなら先に集束する水圧を破壊するまでです!」
そう告げると、鹿東の機体はマテリアルの光を放ちながら水竜へと接近戦を挑む。
僅かな時間しかないだろう。水圧を集束するのであれば、逆に水を分散させれば威力を低下させる事ができるはずだ。
「そういう絡繰りなら……一刀両断ッ! スゥゥゥパァァァ、リヒトッ、カイザァ!!」
ざくろの機体も光刃を放って、周囲の水を巻き込んで水竜を攻撃する。
どれだけの効果があるか分からないが、それでも、瀬織は盾を構えつつ、ビームを叩き込む。
マテリアルカーテンをいつでも起動できるようにして、Uiscaを庇うように立った。万が一になっても、回復魔法が唱えられる彼女が無事なら、全体の生存率は上がるからだ。
「……どんな嵐でも、人は立ち向かえる! そうですよね、レベッカさん!」
高速詠唱術をスキルトレースで発動させながら、Uiscaは水竜に迂回しながら接近した仲間に呼び掛けた。
「当然だよ!」
叫び返しながらレベッカの機体がハイパーブーストの光を残しながら水竜に突撃した。
圧倒的な推進力は水竜の身体を文字通り、押した。
「嵐や渦潮と似たようなもんならさ……当人は、嵐の目や渦潮の中心から、ズレたらどうなんだろうな?」
「ガッァアァァ!?」
中央に集束した水圧は、全周囲に向かって放たれた。中心部はその影響はないのは容易に想像できた。
もし、水竜中心だったら、狙った通りにはいかなかっただろう。
だから、これは“賭け”だった。
刹那、猛烈な水圧が嵐となって【水棺】の中を吹き荒れた。
「威力が……低い!?」
「狙い通りですね」
前回、攻撃を受けたざくろの感想に鹿東が応える。
それでも高威力であるのは確かだ。マテリアルカーテンに包まれたハンスの機体の中では搭乗者がコックピット内に響く警報音を忌々しげに止める。
「コックピットは無事でしょうが、これは機体が持ちませんね」
不意にアーシャの刻騎ゴーレムが吹き流れていったが――咄嗟にフォローに入った孝純のゴーレムが受け止める。
それで体勢を整えるアーシャ。間一髪の所だ。
「私の方が守って貰っちゃったね」
「フォローをお願いされていましたから」
照れるように返す孝純。
そうこうしている内に【水棺】内部を猛進した水圧は勢いを失い、同時に水に満たされていた空間が解除された。
こうなれば、実弾兵装が使用可能だ。
「逃がしません!」
元々、後方に控えていたヘルヴェルの機体は、先程の攻撃のダメージは少なかったようだ。
ここぞとばかりにカノン砲を放つ。
切り札とも言える大技を放ってもハンター達を倒しきれなかった事に水竜は驚いた様子だった。
大きく咆哮をあげると洞窟の奥に向かって飛翔する。
「まさか、あの大きさで抜けるつもりか!?」
瀬崎が言った通りに、水竜は強引に細い通路へと巨大な身体を入り込ませた。
コックピットの中というのに跳ねるような振動と大地が砕ける音が響く中、水竜は奥の空間に向かって姿を消したのであった。
●
間髪いれず、中破した機体を乗り捨てたカズマが、水竜が通過していった通路へと駆け出した。
「狭い場所もあるようだが、生身なら通り抜けできそうだ」
「結果的に、ユニットから降りての戦闘になりそうですね」
カズマからの連絡に孝純は応えながら、刻騎ゴーレムから降りる。
各人の機体は大破や中破している。これ以上のユニット戦はどの道、難しいだろう。
「こちらも苦しい状況ですが、敵も同じなはずです。速やかに追撃に移りましょうか」
鹿東の言葉に一行は頷いた。
ハンター達はもともと、白兵戦の準備をしていたのだ。
「こい、ロプラス。後は、ざくろ達の手で直接決着を付けに行く」
動かなくなった刻騎ゴーレムに向かって哀しそうに「クェェ」と鳴いたペットを肩に乗せ、ざくろは地面に確りと足を踏み込む。
砕かれた通路を文字通り這いながら抜けると、一行は洞窟の奥に辿り着いた。
「もう逃がさないぞ、ティオリオス!」
ざくろの叫び声が響くと、暗闇の中から水竜の頭がゆっくりと姿を現した。
「逃げたつもりはない。この場こそ、決着の地だからな」
「ここは神殿跡?」
水竜の言葉に怜皇は辺りを見渡した。
巨大な空間の一角に崩れた柱のようなものが見えたのだ。ハンター達が事前に調べた時、時間的な関係で細かくは調べられなかったので見つけられなかったが、怜皇の言う通り、確かにここは神殿跡であった。
Uiscaが両手を広げて進みだすと、語り掛けた。
「ミュールちゃんは最後、安らかな顔をしていましたよ」
王都での決戦時、王城の中で何があったかまでは水竜は知らないだろう。
だから、Uiscaは幼女の最期を伝えようと思っていたのだ。
「ミュールちゃんの事、気にかけていたでしょう? あの子もきっと感謝していたはず……だからこそ、あの子のお姉ちゃんとして貴方にも希望を持ってほしいんです」
「……あの小娘の悲劇は貴様ら人間が生み出したものだ」
「だから、私達は希望を伝え続けたいのです」
強い想いを込めて話すUiscaの横に怜皇が並んだ。
「貴方の果たそうとしている復讐は悲しい気持ちの連鎖に過ぎません……復讐をこれからの希望に。貴方が語り部となって、悲劇を繰り返さない未来を繋ぐことは出来ないですか?」
「そんな事は必要ない。全てが滅びれば、関係ないのだ」
二人の言葉に、ティオリオスは即答で応えた。
予想されてはいたが、やはり、通じないようだ……それは、とても残念で、そして、哀しい事実だった。
どちらかが求めた訳でもなくUiscaと怜皇は手を繋いだ。
「すべてが虚無ならよかったなんて認めないっ」
「悲しいばかりが人生じゃない、そこにあった笑顔を忘れて復讐にかられるなんて俺は認めない!」
「だったら、止めてみればいい!!」
話し合いはここまでたと言わんばかりに、水竜が猛烈な炎のブレスを二人に向かって放つ。
その猛烈な炎のブレスは、機導術を駆使しながら庇いに入ったざくろが受け止めた。
「超機導パワーオン……弾け跳べ!」
「この程度で、俺が飛ばされるとでも思ったか」
無意味だった訳ではない。
その隙にレベッカが機導砲を放って攻撃を繰り出していたからだ。
「小賢しい事を。俺を止めるなら、前に出て来るのだな」
「あたしより殴り合い強いのがいるのに前出る理由無いよ!」
真横に走り出しながら、仲間に自身のマテリアルを分け与えていく。
今回、無理して前に出る必要はない。タイミングをみて立ち回ればいいのだ。戦う仲間は多いのだから。
「竜と生身で……ふふふ。素晴らしい!」
瞳を輝かせてハンスが開いていた間合いを詰める。
接近させないと水竜が全身を震わせると瓦礫や岩が跳ねて襲い掛かってくるがハンスは気にしない。
「これしきの事!」
多少のダメージは覚悟の上だ。
でなかれば、彼がやろうとしている事が果たせない。
ハンスの突撃を援護するように、ヘルヴェルやアーシャが援護する。
「どうやら、更なる形態変化はなさそうですね」
「一気に畳み掛けましょう!」
蒼機剣が舞うように飛び、次元斬が容赦なく水竜の身体を刻む。
手応えはあるが、思った以上にダメージは与えていないようだ。
「硬い竜鱗ですね。流石、竜なだけはあります」
「それでも、積み重ねていけば勝機だってある! 絶対に諦めないから!」
【水棺】は周囲に水がないと使用できない。
となると、後は双方の壮絶な殴り合いだ。
手を繋いだまま、Uiscaと怜皇も前線に出る。
「怒りが収まらないなら竜の巫女として貴方の怒りを鎮めますっ」
「……ティオリオス、悲しみはいつか解放される時が来ます。今がその時、なんですよ!」
数多の闇色の龍牙や龍爪が水竜に食い込み、無数の氷柱が貫いていく。
二人の強力な魔法が水竜の体力を一気に奪い取っていった。
「まだだ! 全てを滅ぼすまで、俺は止まらない!」
咆哮と共に水竜が全身を激しく振った。長い尾が洞窟全体を叩く。
それが直撃すれば、生身の人間はひとたまりもないだろう。
「これでは、迂闊に近寄れませんね……なんとか、ハンスさんを接近させたい所ですが」
鹿東は冷静に敵の動きを観察しながら、仲間の攻撃を支援する為、照明で確りと水竜を照らす。
ティオリオスは、元が精霊の類だ。ハンスが構えている星神器に何か感じているものがあるかもしれない。
「……いや、手段が無い訳ではないですけど!」
照らした先、そこには誰もいないはずだった――少なくとも水竜はそう感じていた。
だが、不可思議なマテリアルの存在に気が付く。
「全てを滅ぼす……その邪魔をするなぁ!」
「強欲としての破滅の望み? 捧げた人の滅びの願い? お前自身の意思がその程度のものにかき消されるなら……」
猛烈なブレスを避けて隠れながら接近していたカズマが最後の距離を一気に詰める。
カズマの右腕に装着してある星神器が紫紅の光を発した。
「なんだ、その光はっ!?」
「お前こそ、借り物でしかない“それ”で邪魔をするなよ!」
叩き込まれた必殺の連撃は竜鱗を貫いた。
苦し紛れに水竜が前脚を振り下ろすが――マテリアルの流れが幾つも交差。彼の左腕の装着している武神到来拳が水竜の身体深くに突き刺さる。
だが、カズマもただでは済まない。強力な前脚が直撃した。
「させないっ!」
レベッカが機導術を放ちながら駆け出した。
その攻撃を水竜はグッと上体を持ち上げて避けて、振り上げた脚をレベッカへと向けた。
しかし、その攻撃が降ろされるよりも前にダメージを負ったはずのカズマが再び立ち上がると拳を叩き込む。
「なに!?」
深手を負わせたという自信が水竜にはあったからだ。なぜ立てるのか……それは、レベッカから放たれた機導術が機導砲ではなかったからだ。
エナジーショットをあたかも攻撃型の機導術のように用いたのだ。
「バレなきゃイカサマじゃないってね……使えそうな手札は隠しとくもんさ」
カズマの攻撃により、動作が遅れた前脚の動きをレベッカは避けると、素早く抜刀した怨讐刀を深く突き立てた。
「おのれっ!」
「言ったろ。止めるって」
倒れ込むようなプレス攻撃を後退して距離を取るカズマとレベッカ。
「俺の役目は果たしたぞ」
「見事な動きでしたよ!」
僅かに生じた隙にハンスが水竜の足元へと転がり込んだ。
カズマとレベッカの二人で気を引いた為、ハンスが接近できたのだ。
ハンスは気合の掛け声と共に力強く地面に踏み込むと、星神器を高く掲げた。
「神殺の理、大いなる存在を九つに斬り刻み、神の血を降らせよ、オロチアラマサ!」
星神器に秘められた理の力が放たれ、膨大なマテリアルの流れが幾つもの刃となって、水竜を切り刻んでいく。
前半戦での傷も負っている所で、カズマとハンスの二人から決定打ともいえるダメージを受けた水竜は、それでもなお、咆哮をあげると頭を大きく挙げた。
「なるほど、しぶといですね。でも、ここからは刻むだけですよ」
ブレスを警戒するハンスの目の前で、後方から瀬崎の銃撃音が響いた。
それも、1発ではない。
「お前にどんな理由があろうとも、こちらにも負けられない理由がある!」
負ける訳にはいかない。全ての滅びを認めさせる訳にはいかない。
そして、幾つもの絶望を乗り越えてきた仲間達の想いを、未来へと繋げないといけないのだ。
「くらえぇぇぇ!」
瀬崎を包むマテリアルが不思議な流れを呼び込みながら、蒼機砲へと流れ込む。
それは、猟撃士の特別な力……普段では成し得ないような連射を放ったのだ。
「おおぉぉぉ!?」
流星群のような圧倒的な火力の前によろめく水竜。
口の中に溜め込んだブレスが天井に向かって無意味に放たれた。
「今がチャンスです!」
「孝純くん!」
ヘルヴェルの掛け声にアーシャが孝純を呼ぶ。少年は意図を理解したようで力強く頷いた。
狙い澄ました投擲が砕けた竜鱗に直撃し、そこをアーシャの次元斬が畳み掛ける。
それでもなお、水竜は最後の執念を見せるように、両前脚を構えた。
正面から対峙するかのように、ざくろが機導術を行使しつつ、全員の前に出る。
「燃え上がれざくろのマテリアル。そして、目覚めてざくろの武器達!」
マテリアルのオーラに包まれながら、ざくろは手にした剣を正眼に構えた。
次の一撃で決める――そんな決意と共に練り上げたマテリアルを魔導剣に流し込んだ。
「全マテリアル解放、必殺、超重剣妖魔十字斬! これが、ざくろ達の未来を望む想いの力だぁぁ!」
強力な一撃が、水竜の胴体の奥深くまで食い込むと、それがトドメとなった。
振り下ろそうとしていた前脚はだらりと落ち、大きな音を立てながら、その巨体が横たわるのであった。
●
多くの歪虚や堕落者と同様、ティオリオスの身体も全身が塵となって消滅していく。
しかし、その瞳に宿る力は失われていなかった。全ての滅びが、ティオリオス本人も消し去る事を意味しているものだとしても。
「まだだ、まだ……」
「終わったんだよ……」
そう告げながら、見開いた瞼をレベッカが両手でゆっくりと降ろして閉じる。
ティオリオスには、唸るような声をあげる。もはや、瞼を開く力すら残されていないようだ。
「お疲れさん……こっから先は、あたしらが全部決着つける。ナーシャさんと一緒に先に休んでな」
「ナーシャ……俺が守れなかったから……」
「あたしらが守るよ。海も、願いも」
レベッカの言葉を聞きながら、ティオリオスは消え去っていく。
塵が洞窟内を吹き抜けた風に乗って彼女の躰の周囲を舞った。
――頼む。
幻のような、そんな言葉が聞こえた気がしたのだった。
「どうか安らかに……」
ティオリオスとレベッカの別れを黙しながら見届ける、Uiscaは小さく祈った。
強欲歪虚ティオリオスが生まれたのは、間違いなく人の業によるものだ。人はいつまでもこのような悲劇を繰り返さなければならないのだろうか。
Uiscaの隣に怜皇が静かに並び立つ。
「想いを繋げる未来へ行かないとね」
「私、慰霊碑を立てたいと思う。事の顛末記した慰霊碑を」
海を汚せば相応の報いを受ける事を。精霊はいつだって、人々の行いを見ている事を。
そして、自然への感謝を忘れない事を記した慰霊碑を、この地に建てたいとUiscaは思った。
「俺も出来る事は手伝うよ」
「ありがとう、レオ」
二人は寄り添うように手を繋ぐのであった。
静けさを取り戻した洞窟の中でハンスは崩れた柱の一角にやって来た。
位置的には、通路が崩れなかったら、正面に位置している場所。
「参道……というものでしょうか」
「ざくろが思うに、神殿だったかもしれない」
この場所でティオリオスを祀っていたかどうかは分からない。
そもそも、神霊樹ライブラリでは過去にこの様な場所には行けなかった。
「別の龍や精霊が居て、それをティオリオスが奪ったのか受け継いだのか……みないな」
「それなら、棲み処としていた理由にはなりますね。これほどの規模の洞窟なら……よほど大きな存在だったのでしょう」
首を傾げながら冒険者らしく推測したざくろの言葉にハンスはニヤリと表情を緩めながら応える。
そんな存在が居たのならば……ぜひ、戦ってみたいものだと。
「全員、大きな怪我はなくて良かったな」
瀬崎が言う通り、戦闘不能になるような大きな怪我を負った者はいなかった。
……もっとも、ユニットの方は軒並み、酷い状態だが。
帰りは骨が折れる事になるだろう。それに、ティオリオスは倒したが、ハンター達にはまだ、邪神との決戦が待っている。
「結果的には大勝利という事でしょう。前半戦のダメージを抑えられたのが大きかったと」
「僕もそう感じています」
鹿東の感想に孝純が追随する。
もし【水棺】での水圧流を相殺する事が出来なかったら、乗り手も大きな傷を受けていた可能性は高い。
そうなると、洞窟奥での戦いはどうなっていたのか……。
「ありがとね、孝純くん」
「い、いえ、だって、ほら、そういう話だったし……」
アーシャの感謝に少年は顔を真っ赤にした。
年頃の男の子という事だろうか。微笑ましい光景にヘルヴェルはポンと孝純の頭に手を置く。
「色々と見る事ができましたか?」
「はい……それは、もう沢山に」
孝純は、戦闘経験がまだ少ない。きっと、ハンター達と共に戦う事、一つ一つが新鮮だろう。
大袈裟な手ぶりで応えた少年にアーシャがクスリと笑う。
「まるで、親子ね」
「そ、そんなんじゃありませんから、ヘルヴェルさんは僕の大先輩ですから」
「……思いっ切り否定されるのも、何か釈然としません。確かに、母ではありませんが」
「え、えと、ヘルヴェルさん!?」
「冗談を上手く捌く技術も、孝純君には必要かもしれませんね」
慌てる孝純に鹿東が意味深な頷きと共にそう言った。
思わず頭を抱える少年の前を、洞窟内に危険な存在が残っていないか確認していたカズマが通り過ぎる。
「あ……龍崎さん!」
嬉しそうな表情で呼び掛けてきた少年にカズマは右腕を挙げて応えた。
「俺のこれは、一つの形だ。参考にはなるかもしれんが、別にお前は誰かの真似をする必要はないし、誰かになる必要もない」
「それでも、僕は……辿り着けるのでしょうか? 母さんや牡丹さんみたいに」
「自分の意思と、目指す夢を忘れなきゃ、自分の形を得られるさ」
そう言って乗って来たCAMの回収へと向かう一人の戦士の背を、孝純は見つめ続けた。
依頼の目的は達成した。だが、それで終わりではない。
目指すべき夢を、未来へ繋いでいく想いを、形にしていかなければならない。
「はいっ!」
未来へと進む少年の元気な声が、洞窟に響き渡るのであった。
強欲歪虚ティオリオスをハンター達は死闘の末、討伐する事が出来き、節制の精霊プラトニスからの試練を果たした。
また、ハンターの強い希望と青の隊隊長代理のノセヤからの取り計らいにより、戦場となった洞窟から程近い漁村に慰霊碑が建てられる方向で話が進められているという。
――了。
フライングシスティーナ号から出撃した一行は、ティオリオスが隠れている竜の巣の入口までやって来た。
総勢11機、CAMと刻騎ゴーレムの混成部隊は竜退治には少ない戦力だが、全員が精鋭であると星加 孝純 (kz0276)は感じていた。
「いよいよ、ですね」
道案内役を務めていた孝純はハンター達に呼び掛ける。
少年が乗る刻騎ゴーレムの横に、アーシャ(ka6456)が操作する刻騎ゴーレムが並んだ。
「あたしもルクシュヴァリエ準備してきたよー。孝純くんとお揃いだね!」
「性能がほぼ同じなだけに、足を引っ張らないように頑張りたいと思います」
孝純は苦笑を浮かべる。
もっとも、成長のカスタマイズ次第では方向性が変わってしまうので、性能が同じとは限らないが。
「大変な相手みたいだけど、何が相手でも負けるわけには行かないよね。がんばろう!」
「はい。精霊との大事な約束のようですし」
母艦であるフライングシスティーナが空に飛べるようになったのは、水の精霊の協力があってこそだ。
その協力を得る為の試練が、ティオリオス討伐なのだ。
「ティオリオスか……やっかいな相手のようだな。出し惜しみは無しでいくか」
瀬崎・統夜(ka5046)が黒騎士(魔導型デュミナス)(ka5046unit001)のコックピット内でデータを最後まで確認していた。
難敵であるのは間違いない。王都における戦いではハンター達が乗る機体を大破させているのだ。
「竜……ですか。生身で戦える機会があればいいですが」
不敵な笑みを浮かべてエクスシアに乗っているハンス・ラインフェルト(ka6750)が言った。
ノセヤの作戦では討伐は二段階で行われる可能性が高いとしている。竜の巣はひょうたん型の洞窟であり、奥の空間に行くにはCAMや刻騎ゴーレムでは大きすぎて通れないのだ。
「可能性としては十分にあり得るだろうな」
「楽しみですが、だからといって、此処で手を抜く訳ではありませんよ」
手を抜くどころか、各人が全力で挑まなければ追い詰めない相手だろう。
エーテル(R7エクスシア)(ka0684unit001)のコックピット内でモニターに映る刻騎ゴーレムの外装チェックを終えた瀬織 怜皇(ka0684)はUisca Amhran(ka0754)へ声を掛ける。
「……移動の影響はないみたいだよ」
「ありがとう、レオ。後は……竜の巣に入るだけだね。ティオリオスさんに希望を示せればいいけど」
「受け入れてくれるかは分からないけど……やるしかないからね」
愛する人の台詞に頷きながら怜皇はそう返した。
王都での戦いでは、人の話を聞くような雰囲気はなかったが、試みる意味はあるだろう。
「互いの願いが相容れないのならば、ここで決着を付ける」
強い決意と共に、魔動冒険王『グランソード』(刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」)(ka1250unit008)を駆る時音 ざくろ(ka1250)が宣言した。
ティオリオスは全ての滅びを願っている。
決して、互いに受け入れる事はできないだろう。今日、ここが決着の場なのだ。
「その通り。いい加減決着つけよう。こっち……というか、世界が立て込んできたんでね」
ゼーヴィント(魔導型デュミナス)(ka1963unit002)が正常に稼働している事を再確認しながらレベッカ・アマデーオ(ka1963)がざくろの宣言に続く。
邪神勢力との戦いは、日々、増しているのだ。世界を守る為、ハンター達も忙しいのだ。
破軍(刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」)(ka0725unit004)を孝純機の前に進めた鹿東 悠(ka0725)は周囲を警戒する。
事前情報にあった通りだ。少なくとも、竜の巣に乗り込んだら、留守でした……という事はないだろう。
(前回の調査でもしやと思いましたが、やはり彼も参加となりましたか……立場上、仕方ないのかもしれませんが、親子揃って貧乏くじを引きやすいのでしょうかねぇ……)
そんな事を心の中で呟く。
人とは不思議なもので、そうした道を望まなくても幾つも通らなければならない人がいるものだ。
きっと、この少年もそういう宿命を背負っているのかもしれない。
「鹿東さん、何か気になる事が?」
「いえ、つまらない保険ですよ。使わないことが一番ですがね……気が張っているようですね」
通信から聞こえてくる少年の声に鹿東は気に掛けた。
「強敵と聞いているので……」
「そうですね。そして……強い想いを持っている。信念のある敵との戦いがどう言うモノかしっかりと見届けなさい」
「はいっ!」
孝純機の隣にヘルヴェル(ka4784)がOpfer(R7エクスシア)(ka4784unit002)を操作して移動してきた。
「よく、カズマさんの動きを見てくださいね。きっと、君が目指す道の一つです」
「もちろん、そのつもりです」
「他の方のもよく見てください。参考になりますよ」
前途有望な若者だ。
きっと、ここでの戦いは彼の将来にとって大きな意味を持つ事になるだろう。
少年はモニターの中に映る、竜の巣の様子を伺っているKoias(コンフェッサー)(ka0178unit005)を捉えていた。
そこには、龍崎・カズマ(ka0178)が乗っていた。
「奴自身の本当の願い、意思を引き釣り出した時に強くなる可能性がある」
彼は全員に注意を促すようにそう言った。
明かされている能力以上の事がなければ良いのだが、無いという前提で挑むのは無謀というものだろう。
「マテリアルは感情に影響を受けるようだしな。まして、此処は奴の庭だ。何が仕込まれているかわからないから警戒を」
カズマの台詞に全員は頷くと、いよいよ、竜の巣へと入っていった。
●
竜の巣の中は真っ暗闇だった。大型サーチライトの光が三つ、洞窟内を照らす。
圧倒的な光量は、壁に当たると反射し、CAMのモニターには、洞窟内がぼんやりとした薄明かりに包まれているようだった。
「射撃に影響はあるか?」
真っ先にカズマはマテリアルラインを繋いでいる仲間に呼び掛けた。
後方からの援護射撃がなければ、とてもではないが、倒すのは難しいはずだからだ。
「問題ない……こちらの機能も正常に稼働している」
応えたのはコマンダータイプにカスタマイズされた機体に乗っている統夜だった。
真横に並ぶヘルヴェル機の射撃管制も問題ない様子だ。
「行けるわ」
その時、サーチライトの光が、水竜形態のティオリオスを発見した。
全員に緊張が走る。向こうは暗闇の中で待っていたのだ。奇襲を仕掛けられる状況だったのにも関わらず、ハンター達が発見するまで待っていたというのは、それだけの余裕が、あるいは……。
「相手はドラゴン……! 不足はないっ!」
ガチャっと音を立てながら、瀬崎機とヘルヴェル機が銃口を向けた。
だが、弾丸が発射されるよりも早く、洞窟内が一瞬にして水に満たされる。
一定の空間を水に入れ替えるティオリオスの能力【水棺】だ。
こうなると、火器類の使用は一部を除いて不可能になる。
「初手から敵も全開って事か。攻撃に合わせて別方向から仕掛ける!」
レベッカが叫ぶようなに告げると、機体を操作させて大きく迂回させる。
水で満たされた事により、上下左右自由に移動できるのだ。これを利用しない手はない。
仲間が水中を疾走する様子を見つめながら、アーシャは孝純に呼び掛けた。
「孝純くんは、近接得意じゃないんでしょ? 近接は任せてフォローお願いね」
「分かりました。でも、無茶はしないで下さいね」
スッと後方に下がる孝純。
一方、アーシャとハンスの機体が正面から水竜へと向かった。
「正義の味方としては負けられないよ!」
「私を楽しませてくださいね」
猛烈な水圧撃に、機体を捩じって避ける。
接近を試みる仲間を援護するように、鹿東はサーチライトの光の向きを調整した。
射撃組が見失わないように、かつ、接近する仲間を背から当てる事で、目をくらませようとしたのだ。
「どうやら、敵は視覚があってもなくても関係ないようですね」
ティオリオスは水竜であるが、その存在は通常の生物とは大きく異なるのだろう。
歪虚化している事もあるし、元々は精霊だ。人間が知らない方法で周囲を“認知”している可能性が高い。
「連携重視です。カズマさんのマテリアルラインを有効に活かしましょう」
何人かの機体は事前にクロスマインドで強化されたマテリアルラインで繋がれている。
視覚の共有化とまでいかなくとも、各種データの情報は共有されている。これを使わない手はない。
「この前はルクシュヴァリエを使ったから、今は少なくても覚えられてはいない機体のはずだ」
カズマがそう言いながら機体を迂回させながら水竜へ接近させる。
“知られていない”というアドバンテージは意味があるはずだ。もし、ティオリオスがコンフェッサーの性能を知っていれば、真っ先にカズマ機を狙ってきていた事だろう。
「イスカ、援護するから、行って!」
マジックエンハンサーを展開させながら、怜皇機が錬機剣を手に水竜へと突貫した。
仲間が攻撃した部位を狙って剣を繰り出すが、水竜は巨大な身体を捩じるようにして水壁で防いだ。
しかし、それは目論見通りだ。怜皇の機体に捕まるように後方に控えていたUiscaの機体が飛び出ると、聖機槍を構えた。
直後、マテリアルの塊と化した刃が放たれた。
「手応えはありますが、やっぱり、簡単にはいきませんね」
水竜の反撃を後退しながら避ける。
追撃を加えようとした水竜の鼻先をマテリアルビームが掠めた。
「決着を付けに来たぞ、ティオリオス! それぞれの望みをかけて、正々堂々と勝負だ!」
「ガアァァァ!」
斬艦刀を両手で構えて大見得を切ったざくろ機に向かって、水竜は牙を剥いた。
そこへ別方向から、マテリアルライフルが放たれ、急接近してきた黒きデュミナスがマテリアルブレードを放つ。
ヘルヴェルと瀬崎の機体から放たれたものであった。
「水中では実弾類が使えなくても、魔法扱いの攻撃なら!」
「お前の手の内は分かってるんだよ!」
立て続けの攻撃に対し、水竜は水壁で防御していく。
弾かれて消滅していく水壁は厄介だが、確実に水竜の守りを削っていた。
「胴体部分は全部削りましたよ!」
刻騎ゴーレムを操作してマテリアルの光刃を放ったアーシャが仲間へと伝えるとその頭上をハンスの機体が跳躍するように突き進む。
まずは水竜の身体を守っている水壁を消滅させなければ、ダメージを与えていけない。
スキルトレースで舞刀士の動きを再現させたエクスシアが斬艦刀を振るう。
「こうなれば、後は切り刻むだけですね」
想定以上の猛攻にティオリオスは全身を震わせる。
これまでは【水棺】の圧倒的な力に守られていたが、水中戦対応の機数が揃えられれば【水棺】の意味がない。
「ヅヅヅゥ!!」
不気味な音と共に、水の流れが変わる。
水圧が集束しているのだ。この力は、以前、王都での戦いで確認できた。
逃れる為には遠くに離れるか、あるいは、耐えきるしかないが、強力な機体を大破に追い込む程の威力だ。
「これは……」
マテリアルラインから流れて来る様々な情報がモニターに表示され、カズマは呟いた。
コンフェッサーは元々、悪条件下の環境で戦闘する事を想定されて作られている。マテリアルラインはその為のものだ。
孝純の母が執念で造り出したものだ。水竜の【水棺】に決して引けを取るものではない。
「鹿東! この情報を送る!」
「なるほど……敵に、そう何度も同じ手段が、上手く行くと思わないで貰いましょうか。逃げられないなら先に集束する水圧を破壊するまでです!」
そう告げると、鹿東の機体はマテリアルの光を放ちながら水竜へと接近戦を挑む。
僅かな時間しかないだろう。水圧を集束するのであれば、逆に水を分散させれば威力を低下させる事ができるはずだ。
「そういう絡繰りなら……一刀両断ッ! スゥゥゥパァァァ、リヒトッ、カイザァ!!」
ざくろの機体も光刃を放って、周囲の水を巻き込んで水竜を攻撃する。
どれだけの効果があるか分からないが、それでも、瀬織は盾を構えつつ、ビームを叩き込む。
マテリアルカーテンをいつでも起動できるようにして、Uiscaを庇うように立った。万が一になっても、回復魔法が唱えられる彼女が無事なら、全体の生存率は上がるからだ。
「……どんな嵐でも、人は立ち向かえる! そうですよね、レベッカさん!」
高速詠唱術をスキルトレースで発動させながら、Uiscaは水竜に迂回しながら接近した仲間に呼び掛けた。
「当然だよ!」
叫び返しながらレベッカの機体がハイパーブーストの光を残しながら水竜に突撃した。
圧倒的な推進力は水竜の身体を文字通り、押した。
「嵐や渦潮と似たようなもんならさ……当人は、嵐の目や渦潮の中心から、ズレたらどうなんだろうな?」
「ガッァアァァ!?」
中央に集束した水圧は、全周囲に向かって放たれた。中心部はその影響はないのは容易に想像できた。
もし、水竜中心だったら、狙った通りにはいかなかっただろう。
だから、これは“賭け”だった。
刹那、猛烈な水圧が嵐となって【水棺】の中を吹き荒れた。
「威力が……低い!?」
「狙い通りですね」
前回、攻撃を受けたざくろの感想に鹿東が応える。
それでも高威力であるのは確かだ。マテリアルカーテンに包まれたハンスの機体の中では搭乗者がコックピット内に響く警報音を忌々しげに止める。
「コックピットは無事でしょうが、これは機体が持ちませんね」
不意にアーシャの刻騎ゴーレムが吹き流れていったが――咄嗟にフォローに入った孝純のゴーレムが受け止める。
それで体勢を整えるアーシャ。間一髪の所だ。
「私の方が守って貰っちゃったね」
「フォローをお願いされていましたから」
照れるように返す孝純。
そうこうしている内に【水棺】内部を猛進した水圧は勢いを失い、同時に水に満たされていた空間が解除された。
こうなれば、実弾兵装が使用可能だ。
「逃がしません!」
元々、後方に控えていたヘルヴェルの機体は、先程の攻撃のダメージは少なかったようだ。
ここぞとばかりにカノン砲を放つ。
切り札とも言える大技を放ってもハンター達を倒しきれなかった事に水竜は驚いた様子だった。
大きく咆哮をあげると洞窟の奥に向かって飛翔する。
「まさか、あの大きさで抜けるつもりか!?」
瀬崎が言った通りに、水竜は強引に細い通路へと巨大な身体を入り込ませた。
コックピットの中というのに跳ねるような振動と大地が砕ける音が響く中、水竜は奥の空間に向かって姿を消したのであった。
●
間髪いれず、中破した機体を乗り捨てたカズマが、水竜が通過していった通路へと駆け出した。
「狭い場所もあるようだが、生身なら通り抜けできそうだ」
「結果的に、ユニットから降りての戦闘になりそうですね」
カズマからの連絡に孝純は応えながら、刻騎ゴーレムから降りる。
各人の機体は大破や中破している。これ以上のユニット戦はどの道、難しいだろう。
「こちらも苦しい状況ですが、敵も同じなはずです。速やかに追撃に移りましょうか」
鹿東の言葉に一行は頷いた。
ハンター達はもともと、白兵戦の準備をしていたのだ。
「こい、ロプラス。後は、ざくろ達の手で直接決着を付けに行く」
動かなくなった刻騎ゴーレムに向かって哀しそうに「クェェ」と鳴いたペットを肩に乗せ、ざくろは地面に確りと足を踏み込む。
砕かれた通路を文字通り這いながら抜けると、一行は洞窟の奥に辿り着いた。
「もう逃がさないぞ、ティオリオス!」
ざくろの叫び声が響くと、暗闇の中から水竜の頭がゆっくりと姿を現した。
「逃げたつもりはない。この場こそ、決着の地だからな」
「ここは神殿跡?」
水竜の言葉に怜皇は辺りを見渡した。
巨大な空間の一角に崩れた柱のようなものが見えたのだ。ハンター達が事前に調べた時、時間的な関係で細かくは調べられなかったので見つけられなかったが、怜皇の言う通り、確かにここは神殿跡であった。
Uiscaが両手を広げて進みだすと、語り掛けた。
「ミュールちゃんは最後、安らかな顔をしていましたよ」
王都での決戦時、王城の中で何があったかまでは水竜は知らないだろう。
だから、Uiscaは幼女の最期を伝えようと思っていたのだ。
「ミュールちゃんの事、気にかけていたでしょう? あの子もきっと感謝していたはず……だからこそ、あの子のお姉ちゃんとして貴方にも希望を持ってほしいんです」
「……あの小娘の悲劇は貴様ら人間が生み出したものだ」
「だから、私達は希望を伝え続けたいのです」
強い想いを込めて話すUiscaの横に怜皇が並んだ。
「貴方の果たそうとしている復讐は悲しい気持ちの連鎖に過ぎません……復讐をこれからの希望に。貴方が語り部となって、悲劇を繰り返さない未来を繋ぐことは出来ないですか?」
「そんな事は必要ない。全てが滅びれば、関係ないのだ」
二人の言葉に、ティオリオスは即答で応えた。
予想されてはいたが、やはり、通じないようだ……それは、とても残念で、そして、哀しい事実だった。
どちらかが求めた訳でもなくUiscaと怜皇は手を繋いだ。
「すべてが虚無ならよかったなんて認めないっ」
「悲しいばかりが人生じゃない、そこにあった笑顔を忘れて復讐にかられるなんて俺は認めない!」
「だったら、止めてみればいい!!」
話し合いはここまでたと言わんばかりに、水竜が猛烈な炎のブレスを二人に向かって放つ。
その猛烈な炎のブレスは、機導術を駆使しながら庇いに入ったざくろが受け止めた。
「超機導パワーオン……弾け跳べ!」
「この程度で、俺が飛ばされるとでも思ったか」
無意味だった訳ではない。
その隙にレベッカが機導砲を放って攻撃を繰り出していたからだ。
「小賢しい事を。俺を止めるなら、前に出て来るのだな」
「あたしより殴り合い強いのがいるのに前出る理由無いよ!」
真横に走り出しながら、仲間に自身のマテリアルを分け与えていく。
今回、無理して前に出る必要はない。タイミングをみて立ち回ればいいのだ。戦う仲間は多いのだから。
「竜と生身で……ふふふ。素晴らしい!」
瞳を輝かせてハンスが開いていた間合いを詰める。
接近させないと水竜が全身を震わせると瓦礫や岩が跳ねて襲い掛かってくるがハンスは気にしない。
「これしきの事!」
多少のダメージは覚悟の上だ。
でなかれば、彼がやろうとしている事が果たせない。
ハンスの突撃を援護するように、ヘルヴェルやアーシャが援護する。
「どうやら、更なる形態変化はなさそうですね」
「一気に畳み掛けましょう!」
蒼機剣が舞うように飛び、次元斬が容赦なく水竜の身体を刻む。
手応えはあるが、思った以上にダメージは与えていないようだ。
「硬い竜鱗ですね。流石、竜なだけはあります」
「それでも、積み重ねていけば勝機だってある! 絶対に諦めないから!」
【水棺】は周囲に水がないと使用できない。
となると、後は双方の壮絶な殴り合いだ。
手を繋いだまま、Uiscaと怜皇も前線に出る。
「怒りが収まらないなら竜の巫女として貴方の怒りを鎮めますっ」
「……ティオリオス、悲しみはいつか解放される時が来ます。今がその時、なんですよ!」
数多の闇色の龍牙や龍爪が水竜に食い込み、無数の氷柱が貫いていく。
二人の強力な魔法が水竜の体力を一気に奪い取っていった。
「まだだ! 全てを滅ぼすまで、俺は止まらない!」
咆哮と共に水竜が全身を激しく振った。長い尾が洞窟全体を叩く。
それが直撃すれば、生身の人間はひとたまりもないだろう。
「これでは、迂闊に近寄れませんね……なんとか、ハンスさんを接近させたい所ですが」
鹿東は冷静に敵の動きを観察しながら、仲間の攻撃を支援する為、照明で確りと水竜を照らす。
ティオリオスは、元が精霊の類だ。ハンスが構えている星神器に何か感じているものがあるかもしれない。
「……いや、手段が無い訳ではないですけど!」
照らした先、そこには誰もいないはずだった――少なくとも水竜はそう感じていた。
だが、不可思議なマテリアルの存在に気が付く。
「全てを滅ぼす……その邪魔をするなぁ!」
「強欲としての破滅の望み? 捧げた人の滅びの願い? お前自身の意思がその程度のものにかき消されるなら……」
猛烈なブレスを避けて隠れながら接近していたカズマが最後の距離を一気に詰める。
カズマの右腕に装着してある星神器が紫紅の光を発した。
「なんだ、その光はっ!?」
「お前こそ、借り物でしかない“それ”で邪魔をするなよ!」
叩き込まれた必殺の連撃は竜鱗を貫いた。
苦し紛れに水竜が前脚を振り下ろすが――マテリアルの流れが幾つも交差。彼の左腕の装着している武神到来拳が水竜の身体深くに突き刺さる。
だが、カズマもただでは済まない。強力な前脚が直撃した。
「させないっ!」
レベッカが機導術を放ちながら駆け出した。
その攻撃を水竜はグッと上体を持ち上げて避けて、振り上げた脚をレベッカへと向けた。
しかし、その攻撃が降ろされるよりも前にダメージを負ったはずのカズマが再び立ち上がると拳を叩き込む。
「なに!?」
深手を負わせたという自信が水竜にはあったからだ。なぜ立てるのか……それは、レベッカから放たれた機導術が機導砲ではなかったからだ。
エナジーショットをあたかも攻撃型の機導術のように用いたのだ。
「バレなきゃイカサマじゃないってね……使えそうな手札は隠しとくもんさ」
カズマの攻撃により、動作が遅れた前脚の動きをレベッカは避けると、素早く抜刀した怨讐刀を深く突き立てた。
「おのれっ!」
「言ったろ。止めるって」
倒れ込むようなプレス攻撃を後退して距離を取るカズマとレベッカ。
「俺の役目は果たしたぞ」
「見事な動きでしたよ!」
僅かに生じた隙にハンスが水竜の足元へと転がり込んだ。
カズマとレベッカの二人で気を引いた為、ハンスが接近できたのだ。
ハンスは気合の掛け声と共に力強く地面に踏み込むと、星神器を高く掲げた。
「神殺の理、大いなる存在を九つに斬り刻み、神の血を降らせよ、オロチアラマサ!」
星神器に秘められた理の力が放たれ、膨大なマテリアルの流れが幾つもの刃となって、水竜を切り刻んでいく。
前半戦での傷も負っている所で、カズマとハンスの二人から決定打ともいえるダメージを受けた水竜は、それでもなお、咆哮をあげると頭を大きく挙げた。
「なるほど、しぶといですね。でも、ここからは刻むだけですよ」
ブレスを警戒するハンスの目の前で、後方から瀬崎の銃撃音が響いた。
それも、1発ではない。
「お前にどんな理由があろうとも、こちらにも負けられない理由がある!」
負ける訳にはいかない。全ての滅びを認めさせる訳にはいかない。
そして、幾つもの絶望を乗り越えてきた仲間達の想いを、未来へと繋げないといけないのだ。
「くらえぇぇぇ!」
瀬崎を包むマテリアルが不思議な流れを呼び込みながら、蒼機砲へと流れ込む。
それは、猟撃士の特別な力……普段では成し得ないような連射を放ったのだ。
「おおぉぉぉ!?」
流星群のような圧倒的な火力の前によろめく水竜。
口の中に溜め込んだブレスが天井に向かって無意味に放たれた。
「今がチャンスです!」
「孝純くん!」
ヘルヴェルの掛け声にアーシャが孝純を呼ぶ。少年は意図を理解したようで力強く頷いた。
狙い澄ました投擲が砕けた竜鱗に直撃し、そこをアーシャの次元斬が畳み掛ける。
それでもなお、水竜は最後の執念を見せるように、両前脚を構えた。
正面から対峙するかのように、ざくろが機導術を行使しつつ、全員の前に出る。
「燃え上がれざくろのマテリアル。そして、目覚めてざくろの武器達!」
マテリアルのオーラに包まれながら、ざくろは手にした剣を正眼に構えた。
次の一撃で決める――そんな決意と共に練り上げたマテリアルを魔導剣に流し込んだ。
「全マテリアル解放、必殺、超重剣妖魔十字斬! これが、ざくろ達の未来を望む想いの力だぁぁ!」
強力な一撃が、水竜の胴体の奥深くまで食い込むと、それがトドメとなった。
振り下ろそうとしていた前脚はだらりと落ち、大きな音を立てながら、その巨体が横たわるのであった。
●
多くの歪虚や堕落者と同様、ティオリオスの身体も全身が塵となって消滅していく。
しかし、その瞳に宿る力は失われていなかった。全ての滅びが、ティオリオス本人も消し去る事を意味しているものだとしても。
「まだだ、まだ……」
「終わったんだよ……」
そう告げながら、見開いた瞼をレベッカが両手でゆっくりと降ろして閉じる。
ティオリオスには、唸るような声をあげる。もはや、瞼を開く力すら残されていないようだ。
「お疲れさん……こっから先は、あたしらが全部決着つける。ナーシャさんと一緒に先に休んでな」
「ナーシャ……俺が守れなかったから……」
「あたしらが守るよ。海も、願いも」
レベッカの言葉を聞きながら、ティオリオスは消え去っていく。
塵が洞窟内を吹き抜けた風に乗って彼女の躰の周囲を舞った。
――頼む。
幻のような、そんな言葉が聞こえた気がしたのだった。
「どうか安らかに……」
ティオリオスとレベッカの別れを黙しながら見届ける、Uiscaは小さく祈った。
強欲歪虚ティオリオスが生まれたのは、間違いなく人の業によるものだ。人はいつまでもこのような悲劇を繰り返さなければならないのだろうか。
Uiscaの隣に怜皇が静かに並び立つ。
「想いを繋げる未来へ行かないとね」
「私、慰霊碑を立てたいと思う。事の顛末記した慰霊碑を」
海を汚せば相応の報いを受ける事を。精霊はいつだって、人々の行いを見ている事を。
そして、自然への感謝を忘れない事を記した慰霊碑を、この地に建てたいとUiscaは思った。
「俺も出来る事は手伝うよ」
「ありがとう、レオ」
二人は寄り添うように手を繋ぐのであった。
静けさを取り戻した洞窟の中でハンスは崩れた柱の一角にやって来た。
位置的には、通路が崩れなかったら、正面に位置している場所。
「参道……というものでしょうか」
「ざくろが思うに、神殿だったかもしれない」
この場所でティオリオスを祀っていたかどうかは分からない。
そもそも、神霊樹ライブラリでは過去にこの様な場所には行けなかった。
「別の龍や精霊が居て、それをティオリオスが奪ったのか受け継いだのか……みないな」
「それなら、棲み処としていた理由にはなりますね。これほどの規模の洞窟なら……よほど大きな存在だったのでしょう」
首を傾げながら冒険者らしく推測したざくろの言葉にハンスはニヤリと表情を緩めながら応える。
そんな存在が居たのならば……ぜひ、戦ってみたいものだと。
「全員、大きな怪我はなくて良かったな」
瀬崎が言う通り、戦闘不能になるような大きな怪我を負った者はいなかった。
……もっとも、ユニットの方は軒並み、酷い状態だが。
帰りは骨が折れる事になるだろう。それに、ティオリオスは倒したが、ハンター達にはまだ、邪神との決戦が待っている。
「結果的には大勝利という事でしょう。前半戦のダメージを抑えられたのが大きかったと」
「僕もそう感じています」
鹿東の感想に孝純が追随する。
もし【水棺】での水圧流を相殺する事が出来なかったら、乗り手も大きな傷を受けていた可能性は高い。
そうなると、洞窟奥での戦いはどうなっていたのか……。
「ありがとね、孝純くん」
「い、いえ、だって、ほら、そういう話だったし……」
アーシャの感謝に少年は顔を真っ赤にした。
年頃の男の子という事だろうか。微笑ましい光景にヘルヴェルはポンと孝純の頭に手を置く。
「色々と見る事ができましたか?」
「はい……それは、もう沢山に」
孝純は、戦闘経験がまだ少ない。きっと、ハンター達と共に戦う事、一つ一つが新鮮だろう。
大袈裟な手ぶりで応えた少年にアーシャがクスリと笑う。
「まるで、親子ね」
「そ、そんなんじゃありませんから、ヘルヴェルさんは僕の大先輩ですから」
「……思いっ切り否定されるのも、何か釈然としません。確かに、母ではありませんが」
「え、えと、ヘルヴェルさん!?」
「冗談を上手く捌く技術も、孝純君には必要かもしれませんね」
慌てる孝純に鹿東が意味深な頷きと共にそう言った。
思わず頭を抱える少年の前を、洞窟内に危険な存在が残っていないか確認していたカズマが通り過ぎる。
「あ……龍崎さん!」
嬉しそうな表情で呼び掛けてきた少年にカズマは右腕を挙げて応えた。
「俺のこれは、一つの形だ。参考にはなるかもしれんが、別にお前は誰かの真似をする必要はないし、誰かになる必要もない」
「それでも、僕は……辿り着けるのでしょうか? 母さんや牡丹さんみたいに」
「自分の意思と、目指す夢を忘れなきゃ、自分の形を得られるさ」
そう言って乗って来たCAMの回収へと向かう一人の戦士の背を、孝純は見つめ続けた。
依頼の目的は達成した。だが、それで終わりではない。
目指すべき夢を、未来へ繋いでいく想いを、形にしていかなければならない。
「はいっ!」
未来へと進む少年の元気な声が、洞窟に響き渡るのであった。
強欲歪虚ティオリオスをハンター達は死闘の末、討伐する事が出来き、節制の精霊プラトニスからの試練を果たした。
また、ハンターの強い希望と青の隊隊長代理のノセヤからの取り計らいにより、戦場となった洞窟から程近い漁村に慰霊碑が建てられる方向で話が進められているという。
――了。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鹿東 悠(ka0725) 人間(リアルブルー)|32才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/07/29 06:51:18 |
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質問卓 鹿東 悠(ka0725) 人間(リアルブルー)|32才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/07/24 07:26:21 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/07/27 14:45:13 |