• 血断

【血断】地獄への道行き

マスター:猫又ものと

シナリオ形態
イベント
難易度
難しい
オプション
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/07/29 22:00
完成日
2019/08/13 08:36

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

※注意
 当依頼は、同日公開の辺境を舞台とするシナリオとリンクしております。
 他のマギア砦、及びパシュパティ砦を舞台とする依頼に重複参加された場合、当依頼には『遅れて参加した』ものとして判定されます。ご注意ください。

●契約
「……いいかい。もう一度言うよ。この契約の代償は、君の生命力だ。ここから先の余命については君次第。僕は保証できないから、そのつもりでいてね」
「……ああ、分かっている」
 確認するように言うイクタサ(kz0246)に、頷くバタルトゥ・オイマト(kz0023)。
 言葉を続けようとしたバタルトゥを、イクタサは手で制止する。
「礼を言う必要はないよ。この契約は、僕に損はない。むしろ立場を使って、君を利用しているようなものだから。……さて。起きて早々悪いけど、仕事だよ。パシュパティ砦に向かって欲しい」
「……敵襲か」
「そ。邪神ファナティックブラッドとの戦いが本格化して、世界各地が戦場になってる。辺境も例外じゃない。怠惰王は消えて、平和になりました……って、なればよかったのにね。そうしたら、僕も君も楽が出来たのに」
 苦笑するイクタサ。
 辺境を覆う脅威が去って、また新たな脅威がやってきている。
 それは、邪神が勝つか。人類が勝つか。
 決着がつくまで終わることのない戦いとなるだろう。
 それまでに、一体どれだけの命が散ることになるのか――。
 彼は短くため息をつくと、振り向いておいで、と声をかける。
 後方から音もなく現れた金の鬣の馬に、バタルトゥは目を見開く。
「……イクタサよ。これは……」
「この子は僕秘蔵の幻獣でね。これは僕から、死地へ旅立つ君への餞別。連れて行くといいよ」
 金の鬣の馬を撫でるイクタサ。そのまま、辺境部族の大首長を見据える。
「――君の旅路を祝福しよう、バタルトゥ・オイマト。この地の為に、僕の為に……その命を使うといい」
「……礼は要らぬと言われたが。やはり言っておこう……。……勇気の精霊、イクタサよ。貴殿に最大限の感謝を」
 世界の為に。この地の為に。この世界に生きる命の為に。この力を揮おう。
 この命が尽きるまで。必ず――。
 バタルトゥは胸に手を当てると、恭しく頭を下げた。

●地獄への道行き
 辺境北部に建つパシュパティ砦。その危機の報せは、開拓地ホープの警護を任されていたイェルズ・オイマト(kz0143)の耳にも届けられていた。
「ヴェルナーさんが状況を読み間違えるなんて……珍しいこともあるものだな」
「イェルズ様。出来る限りの手勢を集めました。すぐに出発しますか?」
「ハンターさん達が来るからもうちょっと待って。……パシュパティ砦の状況は?」
「はい。レヲナ様がマチヨ族を従えて抵抗を続けているとのことです。急ぎヴェルナー様が向かっております。ファリフ様もハンターを伴って事態の対応に当たられていますが――とにかく敵の数が多く、このままでは砦が陥落するのも時間の問題かと……」
「マギア砦にも敵が現れたんだよね?」
「はい。ヨアキム様が警護に当たられておられます」
 辺境の戦士の報告に眉根を寄せるイェルズ。
 マギア砦にも敵が現れているということは、ヴェルナーは最低限の人数で救援に向かっているはずだ。
 ファリフ・スコール(kz0009)も対応に当たっているから、大丈夫だと思いたいが……。
 ……何だろう。すごく嫌な予感がする。
 ヴェルナーさんと一刻も早く合流しないと――。
 唇を噛むイェルズ。そこに到着したハンター達が駆け込んで来た。
「すまん! 待たせた!」
「パシュパティ砦が襲われてるんですって!? 急ぎましょう」
「……俺も行こう」
 聞き慣れた低い声。振り返ったイェルズとハンター達は、そこに立っていた男の姿にハッとした。
「族長……!」
「バタルトゥじゃないか……! もう動けるのか?」
「……ああ。心配をかけたな。これより戦線に復帰する」
 バタルトゥの登場にどよめく辺境の戦士達。
 それを制止しつつ、イェルズは族長に駆け寄る。
「族長、現在の状況ですが……」
「……イクタサから既に聞いている。ヴェルナーもレヲナ達も喪う訳にはいかん。……パシュパティ砦を放棄し、撤退。人命を最優先とする。……時は一刻を争う。すぐに出発するぞ……」


 バタルトゥとイェルズ、そしてハンター達は、辺境の戦士達を従え、パシュパティ砦を目指して進軍を開始した。
「……誰ひとりとして欠けることは許さん。必ず生きて……その足で、再び赤き大地を踏め。……良いな」
 静かな声で告げるバタルトゥ。その声に、辺境の戦士達が勝鬨をあげる。
 その姿を、イェルズは言葉もなく見つめる。
 ――この人に、これまでも人を率いる才覚はあった。
 だが、どうだ。今は風格すら漂っている。
 ヴェルナーが言っていた『王の器』というのはこのことを指すのだと、今なら分かる。
 誰しもが持っているものではない。
 この人が。この人こそが、辺境を率いるべきなのに。
 どうして死ななければならない……?
「……イェルズ」
「はい、族長」
「……これから、お前に族長として必要なものを示す。……刮目して見よ」
「……っ」
 バタルトゥの言葉に、イェルズは答えることが出来ず……目を伏せた。

リプレイ本文

 ――時は出立前に遡る。
 部族会議の面々と辺境の戦士達は、仲間達を救う為に出立の準備に追われていた。
「武器とか荷物、これで全部? 忘れ物ないー?」
「怪我人増えそうですし、応急手当の道具多めに持ちましょうか。私のトライクで運べますし!」
 忙しなく走り回る部族会議の面々を手伝う夢路 まよい(ka1328)とアシェ-ル(ka2983)。
 ――辺境を覆う脅威が去って、また新たな脅威がやってきている。
 邪神が勝つか。人類が勝つか。決着がつくまで終わることはないだろう。
 それは当然激しい戦いとなるだろうし、命を賭けねば守れないものがある。
 分かってはいるが……見送るというのは、何度体験しても慣れないものだ、と。
 クリスティア・オルトワール(ka0131)は眉根を寄せる。
「……大丈夫かい?」
「ええ、勿論です。私達のやるべきことを、果たしましょう」
 彼女の心情を察したのか、声をかけて来た鞍馬 真(ka5819)に頷く彼女。
 せめて、彼の辺境の戦士としての生き様を目に焼き付けようと、バタルトゥ・オイマト(kz0023)に目線を送ると……彼は、リューリ・ハルマ(ka0502)とアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)に挨拶を受けていた。
「やっほー! バタルトゥさん! お手伝いに来たよ!!」
「そうか……。……すまんな。手間をかける……」
「そこは謝るところじゃないんじゃないかな。困っても困らなくても手伝いに来るって言っただろう?」
「このお二方は有言実行ですからね」
 くすりと笑うエステル(ka5826)。
 エアルドフリス(ka1856)はバタルトゥの隣で緊張した面持ちの赤毛の青年をじっと見つめる。
「……やれやれ。大首長殿も俺ごときに随分と重い頸木をつけたもんだ」
 誰に言うでもなく呟く彼。
 故郷を失い、流れ者となった自分。
 雨の如く巡り流れる――どこへ行くのも気ままだと、そう思っていたのに。
 この期に及んで、補佐役の目付を請われるとは……。
「いや、あれこそが上に立つ器量、というものか。……してやられたな」
 薄く笑う彼。ああ言えば、エアルドフリスが動くこともきっと大首長は織り込み済だったのだろう。
 あの器量は誰しもが持っている訳ではない。……彼を喪うことは、間違いなく今後の辺境に大きな打撃を与えることだろう。
 ――だが。これでも赤き大地の戦士として、巫女としての矜持は備えているつもりだ。
 その憂慮を少しでも払う為に、お答えせにゃあなるまいて……。
「さて、イェルズ殿。今日は補佐に回らせて戴きますよ」
「あ、エアルドフリスさん。俺に敬語は不要です。あなたはほら、俺の兄弟子みたいなものですし」
「ん? それはそれ、これはこれ、ですよ。補佐役殿」
 エアルドフリスの態度で言わんとしていることを察したのか、微妙な顔をするイェルズ・オイマト(kz0143)。
 彼はまだ若いが、いずれ辺境を背負って立つ身。エアルドフリスにとっては敬意を払うべき相手だ。
 バタルトゥの願いに応えるつもりがあるなら、尚の事。
 エアルドフリスとルシオ・セレステ(ka0673)の温かな目線に若干居心地の悪さを感じて目を逸らしたイェルズは、ふと隣にラミア・マクトゥーム(ka1720)がいることに気づいた。
 目を泳がせた後、彼女からも目を逸らしたイェルズに、ラミアが首を傾げる。
「……? どうかした?」
「いや、あの。ラミアさん。この間は見苦しいとこ見せてすみませんでした……」
「さーて、何のことだったかな? ほら、そんな話してる暇あったら支度急ぎな!」
 申し訳なさそうなイェルズの背中をバシッと叩くラミア。
 ……あの時のことは、誰にも言わないと約束したし。今は別にすることがある。
 彼らがそんなやり取りをしている間、イスフェリア(ka2088)はそっとバタルトゥに歩み寄った。
「バタルトゥさん、ちょっといい?」
「……どうした?」
 いつもと変わらぬ様子で自分を見下ろして来る彼に、イスフェリアは戸惑いで瞳を揺らす。
 ……本当は、こんなことを言ってしまって良いものか分からない。
 これから告げることは、彼を困らせるだけだというのも理解している。
 何も告げずに見送ることが、自分がこの人に与えられる優しさなのかもしれない。
 ――でも。いつか別れが来るのなら、後悔はしたくないと。そう思ったから……。
「あのね、バタルトゥさん。あなたは私にオイマト族の一員になると良いって言ったけど。わたしは……あなたと、家族になりたかったんだよ」
 彼女の声に、微かに目を見開くバタルトゥ。
 人が見れば分からぬ程の表情の差だが、長い付き合いのイスフェリアには、彼が驚愕しているのだと分かる。
 それでも、彼女は言葉を続ける。
「……この間、違うって言ったのはそういう意味だよ。あなたがいないオイマト族じゃ、意味がないの」
「……すまない、イスフェリア。俺は……」
「ううん。謝って欲しい訳じゃないの。私も謝らないから、バタルトゥさんも謝らないで。今までもこれからも、わたしの気持ちは変わらないから」
 きっぱりと断じたイスフェリア。
 応えてくれるとも、応えて欲しいとも思っていない。でも……バタルトゥの顔を見ることが出来なくて、そのまま踵を返す。
 その様子を遠目で眺めていた蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)は、口元を扇で隠してくつりと笑った。
「ここにきて事態が動く、か。やれやれこれだからあやつからは目が離せぬのう」
「ううう。蜜鈴さんどうしましょう……! とっても強力なライバルです……」
 オロオロとしながら姉のような存在にすがりつくエステル・ソル(ka3983)。
 蜜鈴もライバルの1人であるはずなのだが、そこはそれらしい。
 彼女は青い髪のエステルの頬を宥めるように撫でた。
「さての。どうするかはあの朴念仁が決めることじゃ。おんしはおんしらしく、最後まであやつの近くにおればよい。妾もそうするゆえ」
「はいです……!」
 こくりと頷く青い髪のエステル。
 ――それからまもなくして、ハンターと辺境の戦士達の連合部隊は、パシュパティ砦に向けて出発した。


 パシュパティ砦を覆うように迫る歪虚は、まるで打ち寄せる黒い波のようにも見えた。
 グリフォンの背に乗り、上空からその様子を眺めていたまよいとクリスティアは、そのあまりの数の多さに息を飲む。
「何あれ。聞いてはいたけど、本当すごい数……!」
「いくら堅牢な砦であれ、あのように押し寄せられてはひとたまりもありませんね」
「……急ごう。皆が来る前に、少しでも数を減らしておきたい」
 真の言葉に頷くクリスティア。まよいはもう一度、歪虚の群れを見下ろす。
 ――以前、幻獣の森が歪虚の群れに襲われた。
 大急ぎで駆け付けたものの、多くの幻獣が傷つき、森は蹂躙される結果となった。
 行ってみたら遅かった、はもう嫌だと。あの時、もっと強くなると誓った。
 今回も間に合うなら……いや、間に合わせる――!
「行くよ! イケロス! 全速前進!」
「カートゥル、全速で降下! サイドワインダー!」
 続くまよいの短い詠唱。手元に現れた魔法陣。束ねられた紫の雷が、次々と敵を貫く。
 そして真の空色のワイバーンが風のような速さで歪虚に襲いかかり――彼の強化された魔導剣から、蒼いオーラが突き出される。
 2人の攻撃によって一気に数を減らした歪虚。
 その少し後方にいたクリスティアも詠唱をしようとして……少し見晴らしがよくなった視界に、違和感を感じて目を凝らす。
 ――パシュパティ砦から少し離れた場所。歪虚ではないモノが動いている。
 更に良く見ると……それは、人間であることに気づいた。
 恐らくパシュパティ砦から避難しようとして、敵に取り囲まれたのだろう。
 必死に応戦しているようだが、このままでは全滅するのも時間の問題だ……!
 クリスティアは魔道スマートフォンを手にすると通信回線を開いた。
「こちらクリスティア! 聞こえますか?」
「こちら奏音です。どうなさいました?」
「砦近くに逃げ遅れた人たちを見つけました。私達はなるべく敵を減らすように努めますので、救助をお願いします」
「了解しました。急行します」
 夜桜 奏音(ka5754)の声に、お願いします、と短く答えたクリスティア。
 通信を切ると、杖を構え直して攻撃に備える。


「奏音さま、先行部隊の皆さまは何と?」
「砦の近くに逃げ遅れた人たちを発見したとのことです」
「ええええ! 急がないとじゃない!!」
 フィロ(ka6966)の問いに、通信機を仕舞いながら応える奏音。
 シアーシャ(ka2507)の悲鳴に近い声に、仲間達にも緊張が走る。
「見た限り、敵の数も多いです。この中を退路を作って撤退支援をするのは苦労しそうですが……」
 奏音の呟きにバタルトゥはため息をつくと、少し後方を走るデュミナスとR7エクスシアを振り返る。
「足並み揃えて……という余裕はなさそうだ。……すまんが、先に行くぞ」
「ええ、どうぞ。優先すべきは人命ですから」
「私達もすぐに追いつきます!!」
 デュミナスとR7エクスシアから聞こえて来る天央 観智(ka0896)と宵待 サクラ(ka5561)の声。
 その横を並走していたルクシュヴァリエ――ルベーノ・バルバライン(ka6752)の右手が上がって親指を立てた。
「ハッハッハ! そう来なくてはな! ではひと暴れするとしようか!」
「了解。ほら、行くぞイェルズ! しっかりついて来い!」
「分かってます……!」
 もう1台のルクシュヴァリエから聞こえるトリプルJ(ka6653)の声。
 イェルズもイェジドの手綱を握り締めて、速度を上げる。


「うわー! 派手だねー」
 紫色のイェジドの背から、降り注ぐ火球を見上げるリューリ。
 【月待猫】の面々が接敵する頃には、まよいと真、クリスティアが攻撃を開始しており、かなりの数の歪虚を薙ぎ払っていた。
 その猛攻は充分、突破口を作り出していたが、仲間達が通る道とするには、まだ足りない。
 アルトはグリフォンから降りると、仲間達を振り返る。
「ここから更に突破口を広げる。リューリちゃん、エステル。準備はいい?」
「いつでもいいよ!」
「お任せください!」
 リューリと銀髪のエステルの返答に頷くアルト。控えるグリフォンに目配せをする。
「ジュリア! ダウンバースト!!」
 短い叫び。グリフォンが飛び出したのはほぼ同時。急降下と共に巻き起こる暴風が、歪虚を吹き飛ばし――相棒によって出来上がった空白地に、敵を踏みつけ、風のような速さで踏み込んだアルトは、その穴を更に広げるように斬撃を繰り出す。
「ペガサス! サンクチュアリお願いします!」
 そこに飛び込む銀髪のエステルのペガサス。光の結界が仲間達を包み込む。
 続けざまにリューリの身体から発する輝き。銀髪のエステルから立ち昇る炎のようなオーラに、歪虚達の動きが吸い寄せられるように変化した。
「アルトさん! 釣れました!!」
「OK! エステルはサンクチュアリを維持! リューリちゃんは寄って来るやつを全部片っ端から薙ぎ払え!」
「おっまかせー! どーんと行くよ!!」


 上空から次々と敵を薙ぎ払って行く真とまよい、クリスティア。
 そしておびき寄せた敵を片っ端から倒して歩いているアルトとリューリ、銀髪のエステルを見て、トリプルJはあんぐりと口を開けた。
「うわあ……。あれだけ食らってまだこんだけいるのかよ」
 普通の敵であればとっくの昔に全滅しているであろう程度には、仲間達の攻撃の手が緩むことはなく。
 それでも、これだけの猛攻を食らって敵が尽きてない、という事実にじわりと背筋に冷たい汗が落ちる。
 その光景を見て、ルベーノは心底楽しそうに笑った。
「ハハハハ! こいつぁいい! まだまだ倒すべき奴らが沢山いるじゃないか!」
「お前さん喜んでる場合かよ!?」
「うむ。俺が暴れられるだけの敵が残っていないとつまらないだろうが」
 呆れるトリプルJに殊更深い笑みを浮かべるルベーノ。
 流石は王国制のルクシュヴァリエ。ユニット越しではあるが、かなり自分自身の身体が動いている、という感覚に近い。
 これは戦いを楽しまなければ損というもの……!
 先行部隊と通信をしていた奏音が、仲間達に目線を送る。
「……真さんからの通信です。ヴェルナーさんの部隊を発見、ですが、ブラッドリー達と交戦中で近づけないとのことです。レヲナさんの部隊はまだ砦の内部で防戦を続けている様子ですね」
「そうですか……。あまり時間をかけてはいられないですね」
 心配そうに眉根を寄せるアシェールにバタルトゥも重々しく頷く。
「……このまま進軍するしかあるまいな。真やアルト達が敵を減らしてくれている今なら、強行突破も可能か……」
「うむ。妾がまで砦までの道を作ろう。退路の維持は……」
 ワイバーンの背の上で言いかけた蜜鈴。その声は、追いついてきた2機のユニット……観智とサクラによって遮られた。
「それは僕達がやりましょう。このまま行っても、追いつけそうにないですし」
「そうだね……! ちょっとでもご恩返ししたいし、適材適所だよね!」
 スピードを要する場面。追いつけないのであれば、その場に留まって出来ることをやるべきだ。
 観智とサクラのユニットの性能があれば、仲間達の猛攻をすり抜けてきた歪虚達にも対処できるだろう。
「……確かにそれが合理的ですね。分かりました。孤立しないようにだけお気をつけくださいませ」
 フィロの言葉に頷く2人。蜜鈴と青い髪のエステルは目配せをすると、意識を集中する。
「――猛る光、静かなる嵐、苛烈な静寂。……最期の光をその魂に刻め、誰そ彼の想いに触れる吐息すら無く」
「白き龍よ。その息吹をここに――」
 続く2人の詠唱。
 束ねられた紫の雷と、白く輝く息吹が正面の敵を薙ぎ払い――開けた路を目指し、エアルドフリスは左右で目の色が違うイェジドを駆る。
「それじゃあ、全速前進と行こうじゃないか」
「各員、俺に続け……!」
「おっと。その役目は俺にお譲り戴きますよ、大首長殿」
 先陣を切るバタルトゥ。そんな彼に、エアルドフリスが並走する。
「ちょ、ちょっと! ダメだよ、バタルトゥさん! バタルトゥさんが楽できるように、あたしたちが暴れるんだからー!!」
 アワアワと慌てながらも、辺境の戦士達と共にその背を追うシアーシャ。
 バタルトゥを乗せて走る馬の幻獣を眺めて、蜜鈴は目を細める。
「……確かオイマト族の祖霊は、金の鬣の馬じゃったの。オイマトの祖霊は幻獣だったのやもしれんな」
 頷くイスフェリアと青い髪のエステル。
 確か、オイマト族の馬の文様は『守る』という意味があった。
 あの幻獣が、すぐ無茶をするオイマト族の族長を、守ってくれたら良いと思う。
 二度目の奇跡はないと、イクタサは言った。
 でも、未来はまだ誰にも分からない。
 誰も予想しなかった結果だってあるかもしれない。
 それを掴む為に。少しでも彼が、永らえる為に。
 ……最大限の努力を続けよう。
 決意を滲ませる青い髪のエステル。
 アルバ・ソル(ka4189)とレイア・アローネ(ka4082)は、それぞれワイバーンに騎乗し、彼女の後方を追走するようにしてサポートを続けていた。
「……すまないな、レイア。付き合わせてしまって」
「何のことだ?」
「今回は僕のワガママに付き合わせてしまったようなものだろう」
 槍で歪虚を貫きながら呟くアルバ。
 ――彼の妹は、ずっと部族会議の大首長を一人の男性として慕っている。
 その気持ちは知っていたし、陰ながら応援してきた。
 今回、こんなことになって……きっと、彼女なりに思うところはあるのだろう。
 ――妹はもう小さな子供ではない。
 悩み、苦しみながらも……一人で乗り越えようとしているなら、それを邪魔してはいけない。
 ただ――どうしても、彼女が困った時には。誰より早く手が差し伸べられるように、傍にいよう……。
 アルバの決意に満ちた顔。それを横目で見て……レイアは、飛来した狂気歪虚を手にした剣で両断しながら呟く。
「今更何だ、水臭い。兄のお前がエステルを見守るというのであればそれに従うしかあるまいよ。……私はサポートをするだけだ。お前の兄としての役割のな」
「……僕は良い友達を持ったね」
「何だ。今頃気づいたのか?」
 くすりと笑い合う2人。親しきものの為に。彼らはただただ、武器を揮う。
 この戦いの果てに待つものが、どんな結果になるのかは分からないけれど。
 そこに救いがあればいい……と、願う。


「ハハハハ! お前達邪魔だ! すり潰すぞ!!」
「実際すり潰しながら言う台詞じゃなくね!?」
 高らかに笑うルベーノに思わずツッコミを入れるトリプルJ。
 襲い来る敵にすっかり高揚しているのか、ルベーノの高笑いは止まらない。
 笑いながら、光の刃で面白いように敵をなぎ倒していく。
 トリプルJも、ルクシュヴァリエを大きく回転させ、巨人の足を潰した。
「砦まであともうちょっとです! 頑張りましょう!!」
「かしこまりました。防衛はお任せを!」
「撃ち漏らしを一掃します……!!」
 ユグディラを伴い、剣を振るい続けるアシェール。フィロの駆るコンフェッサーから、仲間達を守るようにバルーンが編み出される。
 それを奏音の投げた符がひらりと飛び越えて……発した稲妻が、進行方向にいる歪虚を焼き払った。
 そして、エアルドフリスと並んで戦うバタルトゥ。
 その戦いぶりは、今までに増して鬼気迫るものがあった。
 元々、心身共に強い人間ではある。
 恐らく、辺境の中で一番強い戦士は誰かと問われたら、スコール族の族長と彼と言われるであろう程には。
 イクタサの加護を得たことで強さが増した可能性もあるが……恐らく、彼がこれほどまでの戦いぶりを見せるのは、『覚悟を決めた』からなのだろう。
 それは、彼が『もうすぐ消えるのだ』という事実を。
 越えられない壁を、まざまざと見せられている気がして――イェルズは目を伏せる。
 様子のおかしい彼に、ラミアがイェジドごと距離を詰めた。
「イェルズ、敵が来てる。前を見な!」
「分かってる! 分かってるけど……!」
 苛立ったようなイェルズの声。そこに、蜜鈴の鋭い声が聞こえた。
「イェルズ。おんしがあれに戦って欲しゅうないと思って居るのは理解する。皆同じ気持ちじゃ。……だが、辛くとも視よ。お前に何もかもを教えようとしておるあ奴の努力を無にするな。……アレがおんしの目指し、追い抜くべき背じゃ」
「……っ!」
「……おんしも立派な男子じゃろ。背負う覚悟を持て。いつまで守られておるつもりじゃ」
 その言葉に顔を歪ませるイェルズ。向かい来る敵から目を逸らさずに、シアーシャも口を開く。
「ねえ。イェルズさん。あたし思うんだけど……その時代に合ったリーダーって、あるんだと思う。これから待ってるのは戦いじゃなくて、復興とか再生でしょ? そういうことは、イェルズさんの方がいいのかなって」
 バタルトゥは、確かに上に立つものの資質があるのだろうと思う。
 でも、彼が得意としていることは『戦うこと』だ。本人も、それ以外の生き方を知らないと言っていた。
 この先の時代に必要とされる力は、きっとそれではない筈だから――。
「あたしね、何でバタルトゥさんが、イェルズさんを指名したか分かるような気がするんだ。イェルズさんは、バタルトゥさんにないものを持ってるから。バタルトゥさんはイェルズさんを認めてるし、信じてるんだと思うよ。だから、イェルズさんも信じてあげてよ」
「……でも、俺は……」
「誰も、はじめからそうだった訳じゃないよ、イェルズ。バタルトゥだって族長になったばかりの頃は、何も分からなかった筈だ。彼は時間をかけて、ああなるに至った。君もそうだ。これから、そうなって行くんだよ」
 ルシオの優しい声。イェルズは、ハッとして顔を上げる。
「彼と同じものになる必要はない。先のことが分からなくたって良い。大いに悩むといい。そして、君の在り方を探すんだ」
 いいね? と念を押すルシオ。
 ……この子は賢い。きっと頭では分かっているのだろう。
 ただ――気持ちの整理がつかないというだけだ。
 そんな理由で、本質を見誤って欲しくないと思うから、つい口を出してしまうのだが……。
 これも親心というのだろうか。
「――とりあえず、この戦いは生きて帰ります。帰って、族長に文句の一つも言ってやらないと」
「イェルズ、それはどうなのさ」
「止めないでください。そうしないと俺多分、親離れできません」
「バタルトゥは親なの……!?」
「父親みたいなもんですよ」
「随分歳の近いお父さんだね」
「そうでしょう? 族長が10歳の時の息子です」
 呆れたように言うラミアにきっぱりと返すイェルズ。2人の軽口に、ルシオから笑みが漏れる。
「その調子で気の済むまで言ってやるといい。バタルトゥならどんな言葉でも受け止めてくれるさ」
「そうですね……。そうします」
「全く、アレもおんしも手がかかるのう」
 頷くイェルズ。蜜鈴はため息をつくと、ひらりと扇で彼の肩をつついた。


 その頃。退路を維持する為に残っていた観智とサクラは、どんどん増え続ける敵に苦戦を強いられていた。
「ギリギリ道は維持できていますが……これはなかなかに厳しいですね」
「ううう。これじゃジリ貧だよーーー!!」
「とはいえ、続けないことにはどうしようもないですし」
「分かってるよーーーー!!」
 淡々と言う観智に、サクラの悲鳴に近い声。
 そう。味方が戻ってくるまではこの手数で何とかしなければならないが、敵の数は増えるのだ。
 本人達もユニットも大したダメージを食らっている訳ではないが、なかなかに骨の折れる作業だ。
 だが、これも大事な仕事。仲間達と取り残された辺境の戦士達の撤退が済むまでは、続けなくてはならない。
 武器を構え直した2人。
 一瞬の後、2人の前方に砲撃の雨が降り注いだ。
「うわわわ!? な、なにごとーーー!?」
「あれは……」
 振り返るサクラと観智。そこには、派手に改造を施されたダインスレイブの姿があった。
「ギリギリ間に合ったようじゃのう。これで最新鋭のクエーサー砲のお披露目も出来るというものじゃ」
 操縦席でニヤリと笑うミグ・ロマイヤー(ka0665)。
 どうやら、あちこちの戦場を渡り歩いていたらしい。
 ダインスレイブの表面が煤で汚れているが、用意してきた弾はばっちりだ!
「これはこれはちょうどいいところに」
「うわー! ミグさん助かったーーー!!」
「うむ。ミグが来たからにはもう安心じゃ! そなた達、周辺の敵を一掃するぞよ!」
 ミグの明るい声に頷く観智とサクラ。
 これで、退路の維持は問題なく行えるだろう。


 ペガサスの背の上で、アルトとリューリに回復を施していた銀髪のエステルは何かに気づいたように遠くを見た。
「エステル、どうかした?」
「……どうやら皆さん、砦に到達したようです」
 アルトの問いに、砦の方を見ながら答える銀髪のエステル。
 大きな斧を振り回し、シェオル型の首を跳ね飛ばしながらリューリが笑う。
「え! ホント!? 思ったより早かったね!」
「敵を引き付けてたのが少しは功を奏してるといいんだけど」
「ええ、間違いなく役に立っていますよ」
 巨人の足を大根のように両断しながら言うアルト。
 銀髪のエステルはにっこり微笑みながら考える。
 ……大体、こんな恐ろしい勢いで敵を駆逐している彼女達が役に立っていない訳がないのだ。
 アルトとリューリに目をつけられるなんて、歪虚達にちょっとだけ同情する。
 ちょっとだけだが。
「完全に撤退が完了するまでもう少しかかるでしょうし、私達はこのまま続けましょうか」
「そうだね。……それにしても雑魚ばっかりだな」
「燕太郎さんくらい強いの出ないかなー」
 頷きながらぼやくアルトとリューリに、銀髪のエステルはでっかい冷や汗を流した。


 そして、ミグが仲間達と合流を果たした頃。ハンター達は予想より早いタイミングで砦付近へと到達することが出来ていた。
 必死に防戦を続けていた辺境の戦士達を庇うようにハンター達が散会する。
 辺境の戦士達にイスフェリアが慌てて駆け寄った。
「皆、大丈夫!? もう大丈夫だからね」
「あ、あああ……! もうダメかと思った……」
「ありがとう、ありがとう……!」
 イスフェリアの手に縋りつく戦士達。
 見れば、彼らは長時間の戦いで傷だらけになり、疲弊していた。
 全員、歩かせることなく運びだしてやれれば良かったが、そのためには一部の者をここに残していかなくてはならない。
 これだけの歪虚の数だ、隊の分断は全滅を意味する。
 苦しいだろうが、彼らには極力、自分の足で歩いてもらわなくてはならない。
 イスフェリアはせめて痛みが減るようにと、戦士達に回復魔法をかけていく。
 ルシオもそれに加わると、後方から、血相を変えた戦士がやって来た。
「向こうに動けなくなってる奴がいるんだ! 置いて行けない。助けてやってくれ!」
「分かった。私達が運ぶから、落ち着いて。動けない人がいる場所を教えて欲しい」
「こっちだ」
 宥めるようなルシオの声に頷き、案内をする戦士。
 その場に向かうと、重傷者が数名、砦の中に寝かされている状態だった。
 ……この人数であれば、皆のユニットで手分けをすれば運びだせるだろうか。
 ルシオがそんなことを考えている間、ラミアとトリプルJは、安堵で頽れている戦士達に発破をかけた。
「ほら、あんた達! こんなとこでボサっとしてたら死ぬよ! 動ける人はあたし達に続きな!」
「おう! こんなところに長居は無用だ! とっととずらかるぞ!」
 その声に、疲れた身体に鞭を打って動き出す戦士達。ルシオは自身のイェジドの背に、足を怪我した戦士を乗せる。
「さあ、乗って」
「妾のワイバーンも使うがよい」
「私のイェジドにも乗っていいよ!」
「ああ、すまない。ありがとう」
 蜜鈴とシアーシャに頭を下げる戦士達。その様子を見て、イスフェリアが首を傾げた。
「疲れた人は交代制でユニットに乗って貰えばいいかな」
「そうだね。そうしようか」
 イスフェリアの提案に頷くルシオ。
 怪我の重い者達を優先し、ハンター達のワイバーンやグリフォン、イェジドの背に載せてゆく。
「俺のルクシュヴァリエに……と言いたいところだが、残党狩りと洒落込むからなあ! ハハハハハ!!」
「私が運びますから、ルベーノさんはどうぞご自分のお勤めを果たしてください。敵に対応して戴くことも必要ですから」
 依然バトルハイが続くルベーノ。フィロはコンフェッサーで人を抱えられるだけ抱えるとすっくと立ちあがる。
 脱出の準備が終わると、バタルトゥは双剣を構えて言い放った。
「……俺が殿を務める。行け……!」
「……! バタルトゥさんはどうしてそう……!」
 無茶をしようとするですか、と言いかけて言葉を噤む青い髪のエステル。
 いつ倒れるかも分からない。だからこそ、今まで以上にギリギリの戦いをしようとするのだろう。
 ――今更命を大事にしろ、だなんて言っても届かない。
 だって、文字通り。命を賭けて契約をして、戦場に戻って来たのだから。
 エアルドフリスもそれが分かっているのか、何も言わずに並んで殿を務める。
「……まこと仕方のない奴じゃ。のう、エステル」
「はいです。だから守らないとダメですね。わたくし達もお手伝いするです」
 顔を見合わせて苦笑する蜜鈴と青い髪のエステル。
「皆さん、離れててくださいね! アシェール! いきまーーーーす!!」
 そうしている間に聞こえて来たアシェールの叫び。彼女から紫色の雷撃が放たれて――。
 逃げ遅れた辺境の戦士達を伴って、撤退が始まった。


「……まよいさん、どうしかした?」
「ん。皆、撤退を始めたみたい。ヴェルナーさん達も何とかなってる、かな」
 首を傾げる真に、目を凝らしながら答えるまよい。
 仲間達が砦に残されていた者達をどんどん連れ出しているのは見て取れる。
 この調子であれば、レヲナ達も何とか逃げ出せるだろう。
 だが、砦はもうボロボロで、敵に呑まれてしまっている――。
 奪還が不可能な状況であることを察して、まよいが眉根を寄せる。
「……砦、落ちちゃったね。また間に合わなかったかな」
「……人命は救助出来たんだ。それで良かったと思おう」
 励ますように言う真に、こくりと頷くまよい。クリスティアも切り替えるように顔を上げた。
「では、私達は撤退支援と参りましょうか」
「そうだね。あれだけ避難する人がいるんじゃ、退路の維持を続けないとマズい。まよいさん、奏音さんに通信お願いできる?」
「了解☆」
 真にビシっと敬礼を返したまよい。通信機を取り出して、話し始める。
 そして3人はそのまま、退路の維持へと任務を移行した。


 ――歪虚を倒して、薙ぎ払って。
 辺境の戦士達を連れて、逃げて逃げて、逃げ続けて……。
 パシュパティ砦は陥落したが、取り残されていた者達、ほぼ全員を命がある状態で救い出し、そして、バタルトゥもまた、無茶はしたものの、ハンター達の手厚いフォローによって無事に戻って来ることが出来ていた。
「……今回の結果は、まずまずといったところですかね。大首長殿」
「……そうだな。ヨアキムは残念だったが……ヴェルナーが無事で、何よりだった」
 あれにいなくなられては、部族会議の今後に関わるからな……と続けたバタルトゥに、エアルドフリスは強い眼差しを向ける。
「大首長殿に一つお伺いしたい。イェルズ殿に……これからの赤き大地に、何を望まれますか?」
 その目線を受け止めたバタルトゥは、ため息を一つくと徐に口を開く。
「……こういうことを言っては、皆が怒るかもしれんが……俺は戦いしか知らぬ生を送って来た。……平和を望んではいるのは嘘ではない。が、敵を全て倒した後に、自分が何をしているのか想像もつかんのだ。……俺の生き方は、平和な世には合わん。ここで退場するのも悪くない選択だったのかもしれん……」
「……剣を振るうだけが戦いじゃあないと思いますがね」
「ああ……。だからこそ、だ。イェルズは、武者修行を通じてリアルブルーの軍人たちとも、クリムゾンウェストの他国の重鎮達と友好な関係を築くに至った。あれは俺と違い、素直だ。軋轢もなく、他者に寄り添い、穏やかな治世を敷けるだろう。俺より余程上手くやってくれるはずだ……」
「なるほど。それが大首長殿の望まれる赤き大地の形ですか。覚えておきますよ」
「……ああ。頼む」
 にこりともせずに言うバタルトゥ。
 ……やれやれ。本当に、随分と重い頸木をつけてくれたものだ。
 そんなことを考えながら、エアルドフリスは軽く頭を下げる。


 ……そこから少し離れたところで、ルシオとラミア、シアーシャは項垂れているイェルズに気づいた。
「イェルズ? こんなところでどうしたんだい?」
「すごい顔してるけど、どっか怪我でもした?」
「お腹空いちゃった? あたし、お菓子持ってるよ?」
 三人三様の反応を返す彼女たちに、イェルズは困惑した目線を向ける。
「……俺、族長に文句言ってやろうと思ったんですよ。そしたら、エアルドフリスさんと族長が話してるの、聞いちゃって……」
 ぼそぼそと喋るイェルズに顔を見合わせた3人。そのまま、彼の言葉を待つ。
「族長、俺なんかよりずっと色々考えてて……文句言ってやろうと思ったのに、言えなくなっちゃって」
「イェルズ……」
「言いたいことがあるなら、ハッキリ言った方がいいんじゃないかな。後で伝えれば良かったって思うかもしれないよ」
 気遣うように彼の背中を撫でるラミア。シアーシャの真っすぐな目線を受け止めて、イェルズは思い詰めたような顔をして続ける。
「それはそうなんですけど……言っても、族長を苦しめるだけかなって」
「……イェルズさんはそれでいいの? それで、決められるの?」
 首を傾げるシアーシャ。イェルズの顔が苦しげに歪む。
「大首長も、オイマト族の族長も……あの人の方がいいっていう俺の気持ちは変わらないです。甘えとか、そういうんじゃなくて。辺境のこの先のことを考えたら、あの人の方がいいに決まってる」
「そうなのかもしれない。皆だって彼に死んで欲しい訳じゃない。生きていて欲しいと願っている。……でも、それは叶わない。分かってるだろう?」
 ルシオの言い聞かせるような言葉に、頷くイェルズ。彼が微かに震えているのが分かる。
「……はい。族長の言うようなことが、俺に出来るのかは分からないです。でも、族長があんな風に自分を否定して、悩まなくていいようにはしたいなって……」
「……そうか」
 目を細めるルシオ。彼もまた、成長を始めている。
 このまま進んでいけば、きっと。彼なりの答えを見つけられるだろう。
「……平和になったら何をしたらいいか分からないって、馬鹿ですよね、族長。そんなの、今からいくらでも探せるのに」
「そう言ってやったらいいよ、バタルトゥに」
 泣きそうな顔をするイェルズを宥めるように、その肩を叩くラミア。
 ……バタルトゥもイェルズも、お互いのことを思っているのに。
 どうしてこんなに苦しまなくてはならないのか――。
 2人の気持ちを思うとやりきれなくて、シアーシャは目頭が熱くなって、慌てて目を伏せた。


 パシュパティ砦を巡る戦いの一つは、こうして終焉を迎えた。
 部族会議大首長の帰還という吉報を抱きながら、部族会議は最後の戦いに向かって走り出した。

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  • 古塔の守り手
    クリスティア・オルトワールka0131
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよいka1328

  • 鞍馬 真ka5819

重体一覧

参加者一覧

  • 古塔の守り手
    クリスティア・オルトワール(ka0131
    人間(紅)|22才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ガスティ
    ガスティ(ka0131unit002
    ユニット|幻獣
  • 元気な墓守猫
    リューリ・ハルマ(ka0502
    エルフ|20才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    レイノ
    レイノ(ka0502unit001
    ユニット|幻獣
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ヤクトバウプラネットカノーネ
    ヤクト・バウ・PC(ka0665unit008
    ユニット|CAM
  • 杏とユニスの先生
    ルシオ・セレステ(ka0673
    エルフ|21才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    レオーネ
    レオーネ(ka0673unit001
    ユニット|幻獣
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    マドウガタデュミナス
    魔導型デュミナス射撃戦仕様(ka0896unit003
    ユニット|CAM
  • 夢路に誘う青き魔女
    夢路 まよい(ka1328
    人間(蒼)|15才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    イケロス
    イケロス(ka1328unit002
    ユニット|幻獣
  • ずっとあなたの隣で
    ラミア・マクトゥーム(ka1720
    人間(紅)|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    フレイ
    フレイ(ka1720unit001
    ユニット|幻獣
  • 赤き大地の放浪者
    エアルドフリス(ka1856
    人間(紅)|30才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ゲアラハ
    ゲアラハ(ka1856unit001
    ユニット|幻獣
  • 導きの乙女
    イスフェリア(ka2088
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ヴォルカヌス」
    刻令ゴーレム「Volcanius」(ka2088unit001
    ユニット|ゴーレム
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャ(ka2507
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ファリガ
    ファリガ(ka2507unit001
    ユニット|幻獣
  • 東方帝の正室
    アシェ-ル(ka2983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    カジディラ
    カジディラ(ka2983unit004
    ユニット|幻獣
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ジュリア
    ジュリア(ka3109unit003
    ユニット|幻獣
  • 部族なき部族
    エステル・ソル(ka3983
    人間(紅)|16才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    フローライト
    フロー(ka3983unit003
    ユニット|幻獣
  • ヒトとして生きるもの
    蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009
    エルフ|22才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    テンロク
    天禄(ka4009unit003
    ユニット|幻獣
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    アウローラ
    アウローラ(ka4082unit001
    ユニット|幻獣
  • 正義なる楯
    アルバ・ソル(ka4189
    人間(紅)|18才|男性|魔術師
  • ユニットアイコン
    レイン
    レイン(ka4189unit006
    ユニット|幻獣
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ココノソジロウ
    九十二郎(ka5561unit003
    ユニット|CAM
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ゼフィール
    ゼフィール(ka5754unit001
    ユニット|幻獣

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    カートゥル
    カートゥル(ka5819unit005
    ユニット|幻獣
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ペガサス
    ペガサス(ka5826unit006
    ユニット|幻獣
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    コッキゴーレム「ルクシュヴァリエ」
    刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」(ka6653unit008
    ユニット|CAM
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
  • ユニットアイコン
    コッキゴーレム「ルクシュヴァリエ」
    刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」(ka6752unit007
    ユニット|CAM
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    コンフェッサー
    コンフェッサー(ka6966unit004
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 【質問】聞いてみよう
エステル・ソル(ka3983
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/07/25 19:13:23
アイコン 【相談】砦防衛&退路確保
エステル・ソル(ka3983
人間(クリムゾンウェスト)|16才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/07/29 18:33:52
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/07/28 18:08:09