ゲスト
(ka0000)
【血断】変わらぬ明日へ、掴むよ勝って
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/08/01 12:00
- 完成日
- 2019/08/02 19:13
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「ハンターは、わたし達を助けてくれた」
ゾンネンシュトラール帝国、首都バルトアンデルス。
「小さくて弱々しいわたしを、いいえ、わたしだけじゃない。帝国の人々を、世界の人々を、異世界の命だって助けてくれた」
邪神ファナティックブラッドによって襲来するシェオル型との決戦地、グラウンド・ゼロでの戦闘はいまだに続いていた。だが、形勢はあまりよくない。暴食王ハヴァマールが退いた後からいくつか歪虚が決戦地から漏れ出たという情報も入っているし、各国軍の損耗率も徐々に大きくなっている。ゾンネンシュトラール帝国のシグルドの直轄軍も旅団一つを送っていたが、一個大隊まるまる通信が取れなくなったという情報も入ってきている。
「その彼らに恩返しをするというなら、今しかないのよ!」
庶民議員となったクリームヒルトの掛け声に応じて、方々から動きがあった。
「誰一人命を奪わせたりしない。みんなの命はみんなで守ります!」
防衛力のない地方の町村は各部都市への避難を受け入れている。その足になればと羊飼いの娘テミスは喜んで人を恐れない数多の勇猛な羊を送り出して避難を進めた。
「あたしも生かされた以上は、へたれてなんかいられない、ってね」
まだこの世界が、自分の命が風前の灯火であることを理解できない人々には人形使いと呼ばれたアミィがその口上と手練をもって、意図せずとも移動させることに努めている。
「ハンターさんに喜んでもらえることは、みんなが笑顔になることだからっ」
避難民を受け入れに必要な物は商人のミネアと詩天の商人五条がその財産を惜しみなく使い物資をかき集めた。
「体の傷も、心の傷も、同じように痛い。そのどれもを癒してくれたハンターさんのように……私達も」
怪我をした人々には名もなき医療団のチームたちが治療を開始している。
「ハンターたちの努力に比べれば、自分たちの努力など些末な事ではありますが」
「何度でもやり直せるってことを教えてくれたんだから、こっちもやり直せる機会作ってやらなきゃな」
光の森では人間だけではない、数々の動物や精霊を受け入れて、守りを固めている。
「守れ、ハンターだけが全てではないことを示せ!!」
そしてグラウンド・ゼロで逃した歪虚たちを跋扈させない為にも軍隊に一斉放火の号令を飛ばすのはギュントだ。
それでも、それでも歪虚は押し寄せてくる。
それでも難民と化した人々の命を狙ってくるものがいる。
「手が、手が勝手に動くんだ。やめて、やめてやめてやめて」
右腕に虫の卵を植え付けられた男が半狂乱になって叫んだが、異形と化した右腕はそのまま妻の首を吹き飛ばそうとした瞬間、勇猛なる羊が突き飛ばしてそれを阻止する。だが、それも産卵者たる巨大な蠅型の歪虚を前にしては無為な抵抗かもしれない。
「通信できない大隊が……バルトアンデルス北東から戻って来てます……が通信に反応しません。おそらく歪虚に乗っ取られていると推測されます」
ボロボロながらも戦車や魔導アーマーで編成された部隊。その歩兵たちは茫洋とした瞳ながらも、銃器や剣を向けてバルトアンデルスに迫る。
「なんだ、この音……」
大隊に通信を試みる通信兵が、音楽のようなものが通信に混ざるのを聞き取った。
そしてその次に、通信兵の瞳は泥のように光を失い、次々と通信チャンネルを解放していく。
この得も言われぬ曲を皆に聞かせるために。
「それでも私達は……」
次の瞬間、クリームヒルトの言葉は轟雷の音にかき消された。
「ひぇぇ……」
大隊より若干方向は違うが、まだ数キロ先だというのにはっきりと視認できる歯車で構成されたような羽のある竜が咆哮を上げると、雷が次々とバルトアンデルスを襲い掛かるが、それは各種防衛機構で歯止めをかけるが、その轟音は消せないし、空気を震わせ畏怖させるには十分だった。一般人たちはただひたすらに脅えるしかない。
「私達が信じているのは人の力でしょう!!」
「轟音勝負なら負けんっ」
負けてたまるか。ボラ族のレイアが風を起こし蠅を祓い、ゾールが雷をこちらも巻き起こして雷に対抗する。そんな小さなことで、畏怖の呪縛からは解放されるものだ。
「あんなもの達を間近でハンター達は立ち向かってきたのよ。遠くから眺めるだけで恐怖に打ち震えるなんてしたらハンターに笑われてしまうわっ」
「いい演説するじゃないか。さすが庶民議員。祈りよりよほど効果がある」
叫ぶクリームヒルトに応えたのは、シグルドだった。
「人の心を一つにすることで、ハンターの役に立てるのなら、こんなことくらい」
クリームヒルトが演説を始めたのは、シグルドの提案だった。
「ファナティックブラッドが無数の異世界から歪虚を召喚するには各異世界に指令を送る必要がある。それを惑星ジュデッカの衛星、黒い月のクレーターに存在する神霊樹が担っている。でも無数の異世界から適切に情報を統理管制するのは難しいはずだ。ファナティックブラッドは異世界をことごとく滅ぼして、世界最後の日を見せる事で世界中の人々を縛りつけている。つまり統率しているわけだ。そうすることで情報の簡便化を図っている。とてもいい考えだ」
シグルドはそう話し、言葉を続ける。
「クリムゾンウェストに置き換えてみればいい。神霊樹は大精霊にもつながっている。だが、僕達の感情は様々な想いに溢れている。それを認められるのが生きている世界だが、それは同時に世界の感情が統一されていないことになる。こちらの神霊樹に自然的なものだが負担をかけている。もし人々が、命が、気持ちを一つにし、神霊樹に負担がかからなくなれば、力なき者たちでも……力になるかもしれない。君ならできるだろう、祈るように人々の心が一つにすることを」
その言葉にクリームヒルトは笑って答えた。
「ちょうど、この前衣装づくりをしてね、同じデザインのTシャツが売れてきているの。『運命の解放者』って命名つきよ。あれが広まりつつあるから、話は早いと思う。人の可能性と、明日が自分たちで作り上げることは信じていると思うわ」
歪虚の襲来は恐ろしい。
だがそれは同時にチャンスだ。手を加えることで、勇気に変えることもできる。
勇気が大精霊を、そしてハンターを、そして未来の力にしてくれるのなら。
クリームヒルトは『運命の解放者』とかかれたシャツに身を包み、高らかに叫んだ。
「帝国は神に祈ったり救済を求めないわ、自分たちの手でつかみ取ってきた。今までも、これからもよ。立て、帝国の民!」
その言葉を後ろにしてシグルドは笑みを浮かべ、身の丈以上の刀身を支える為に同程度の柄を取り付けた剣を下ろして、マテリアルを反応させる。
「変わらぬ明日が来ることを約束してるからね」
命を賭して戦う者たちが帰還して、この世界が壊れてしまった悲しみを担わせるわけにはいかないんだ。
ゾンネンシュトラール帝国、首都バルトアンデルス。
「小さくて弱々しいわたしを、いいえ、わたしだけじゃない。帝国の人々を、世界の人々を、異世界の命だって助けてくれた」
邪神ファナティックブラッドによって襲来するシェオル型との決戦地、グラウンド・ゼロでの戦闘はいまだに続いていた。だが、形勢はあまりよくない。暴食王ハヴァマールが退いた後からいくつか歪虚が決戦地から漏れ出たという情報も入っているし、各国軍の損耗率も徐々に大きくなっている。ゾンネンシュトラール帝国のシグルドの直轄軍も旅団一つを送っていたが、一個大隊まるまる通信が取れなくなったという情報も入ってきている。
「その彼らに恩返しをするというなら、今しかないのよ!」
庶民議員となったクリームヒルトの掛け声に応じて、方々から動きがあった。
「誰一人命を奪わせたりしない。みんなの命はみんなで守ります!」
防衛力のない地方の町村は各部都市への避難を受け入れている。その足になればと羊飼いの娘テミスは喜んで人を恐れない数多の勇猛な羊を送り出して避難を進めた。
「あたしも生かされた以上は、へたれてなんかいられない、ってね」
まだこの世界が、自分の命が風前の灯火であることを理解できない人々には人形使いと呼ばれたアミィがその口上と手練をもって、意図せずとも移動させることに努めている。
「ハンターさんに喜んでもらえることは、みんなが笑顔になることだからっ」
避難民を受け入れに必要な物は商人のミネアと詩天の商人五条がその財産を惜しみなく使い物資をかき集めた。
「体の傷も、心の傷も、同じように痛い。そのどれもを癒してくれたハンターさんのように……私達も」
怪我をした人々には名もなき医療団のチームたちが治療を開始している。
「ハンターたちの努力に比べれば、自分たちの努力など些末な事ではありますが」
「何度でもやり直せるってことを教えてくれたんだから、こっちもやり直せる機会作ってやらなきゃな」
光の森では人間だけではない、数々の動物や精霊を受け入れて、守りを固めている。
「守れ、ハンターだけが全てではないことを示せ!!」
そしてグラウンド・ゼロで逃した歪虚たちを跋扈させない為にも軍隊に一斉放火の号令を飛ばすのはギュントだ。
それでも、それでも歪虚は押し寄せてくる。
それでも難民と化した人々の命を狙ってくるものがいる。
「手が、手が勝手に動くんだ。やめて、やめてやめてやめて」
右腕に虫の卵を植え付けられた男が半狂乱になって叫んだが、異形と化した右腕はそのまま妻の首を吹き飛ばそうとした瞬間、勇猛なる羊が突き飛ばしてそれを阻止する。だが、それも産卵者たる巨大な蠅型の歪虚を前にしては無為な抵抗かもしれない。
「通信できない大隊が……バルトアンデルス北東から戻って来てます……が通信に反応しません。おそらく歪虚に乗っ取られていると推測されます」
ボロボロながらも戦車や魔導アーマーで編成された部隊。その歩兵たちは茫洋とした瞳ながらも、銃器や剣を向けてバルトアンデルスに迫る。
「なんだ、この音……」
大隊に通信を試みる通信兵が、音楽のようなものが通信に混ざるのを聞き取った。
そしてその次に、通信兵の瞳は泥のように光を失い、次々と通信チャンネルを解放していく。
この得も言われぬ曲を皆に聞かせるために。
「それでも私達は……」
次の瞬間、クリームヒルトの言葉は轟雷の音にかき消された。
「ひぇぇ……」
大隊より若干方向は違うが、まだ数キロ先だというのにはっきりと視認できる歯車で構成されたような羽のある竜が咆哮を上げると、雷が次々とバルトアンデルスを襲い掛かるが、それは各種防衛機構で歯止めをかけるが、その轟音は消せないし、空気を震わせ畏怖させるには十分だった。一般人たちはただひたすらに脅えるしかない。
「私達が信じているのは人の力でしょう!!」
「轟音勝負なら負けんっ」
負けてたまるか。ボラ族のレイアが風を起こし蠅を祓い、ゾールが雷をこちらも巻き起こして雷に対抗する。そんな小さなことで、畏怖の呪縛からは解放されるものだ。
「あんなもの達を間近でハンター達は立ち向かってきたのよ。遠くから眺めるだけで恐怖に打ち震えるなんてしたらハンターに笑われてしまうわっ」
「いい演説するじゃないか。さすが庶民議員。祈りよりよほど効果がある」
叫ぶクリームヒルトに応えたのは、シグルドだった。
「人の心を一つにすることで、ハンターの役に立てるのなら、こんなことくらい」
クリームヒルトが演説を始めたのは、シグルドの提案だった。
「ファナティックブラッドが無数の異世界から歪虚を召喚するには各異世界に指令を送る必要がある。それを惑星ジュデッカの衛星、黒い月のクレーターに存在する神霊樹が担っている。でも無数の異世界から適切に情報を統理管制するのは難しいはずだ。ファナティックブラッドは異世界をことごとく滅ぼして、世界最後の日を見せる事で世界中の人々を縛りつけている。つまり統率しているわけだ。そうすることで情報の簡便化を図っている。とてもいい考えだ」
シグルドはそう話し、言葉を続ける。
「クリムゾンウェストに置き換えてみればいい。神霊樹は大精霊にもつながっている。だが、僕達の感情は様々な想いに溢れている。それを認められるのが生きている世界だが、それは同時に世界の感情が統一されていないことになる。こちらの神霊樹に自然的なものだが負担をかけている。もし人々が、命が、気持ちを一つにし、神霊樹に負担がかからなくなれば、力なき者たちでも……力になるかもしれない。君ならできるだろう、祈るように人々の心が一つにすることを」
その言葉にクリームヒルトは笑って答えた。
「ちょうど、この前衣装づくりをしてね、同じデザインのTシャツが売れてきているの。『運命の解放者』って命名つきよ。あれが広まりつつあるから、話は早いと思う。人の可能性と、明日が自分たちで作り上げることは信じていると思うわ」
歪虚の襲来は恐ろしい。
だがそれは同時にチャンスだ。手を加えることで、勇気に変えることもできる。
勇気が大精霊を、そしてハンターを、そして未来の力にしてくれるのなら。
クリームヒルトは『運命の解放者』とかかれたシャツに身を包み、高らかに叫んだ。
「帝国は神に祈ったり救済を求めないわ、自分たちの手でつかみ取ってきた。今までも、これからもよ。立て、帝国の民!」
その言葉を後ろにしてシグルドは笑みを浮かべ、身の丈以上の刀身を支える為に同程度の柄を取り付けた剣を下ろして、マテリアルを反応させる。
「変わらぬ明日が来ることを約束してるからね」
命を賭して戦う者たちが帰還して、この世界が壊れてしまった悲しみを担わせるわけにはいかないんだ。
リプレイ本文
●1
「これから話す事は、ハンターでも守護者でもなくいち帝国民の発言として聞いてほしい。私は父を戦場で喪った。十年前の事だ」
拡声器を通じたひび割れた音の中、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)の声が響くと、雷に怖れていた民は顔を上げた。
だがその次の瞬間、また轟雷がアウレールの声をかき消した。
●4
振り返れば10本の雷がバルトアンデルスの周囲に同時に落下していた。
「その程度で障害になるか!」
その内の1本を落雷をライトブロッカーで弾き飛ばしながらも、自転車を全力疾走させるクレール・ディンセルフ(ka0586)は叫んだ。落雷の衝撃はずっしりと身体の芯を重くさせたが、耐えられないレベルではない。
「この勇気を我が御旗に! 絶対に生きて帰るわよ」
高瀬 未悠(ka3199)の覇者の剛勇が発動し、全員に加護を与えると同時に、バイクを急転回させてブレーキをかけたエアルドフリス(ka1856)がそのままの姿で楔型の杖を天高く掲げた。
「我天土の理を越え、星の均衡を掴まん。理に背く代償如何なるとも……甘受せり。塵芥へと帰せ」
空が割れるようにして星の欠片といっても過言ではない巨大な火球を歯車の竜に叩き落とした。
「いくわよ、みんな!!!」
続いて未悠が我が正義のままにを発動させた瞬間に、正面から瀬崎・統夜(ka5046)、背後からヒース・R・ウォーカー(ka0145)、そしてクレールが同時に攻めを見せた。
その瞬間、奇妙な音が聞こえたかと思うと仲間たちの視界がブレた。音波で頭を、マテリアルが揺さぶられているかのようだ。
「ちっ」
背後からの絶対の一撃をねらったヒースも、一撃を外してしまった。
振り返れば、遥かかなたから大隊の一部がスピーカーをこちらに向けていた。それだけでマテリアルが乱れ、力が思うように入らない。
「くそ……」
好機を逸してしまったヒースは唸ったが、次の瞬間それは竜の爪による薙ぎ払いにより、くぐもった血反吐へと変わった。
「ヒースさん、今癒します」
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)がすぐさまヒールをかけて立て直す。
●3
神楽(ka2032)の提案した音での対抗という依頼に、ギュントは自分の指揮する部隊を用いて実施していた。確かに音の衝突で、敵の歌の効果における安全地帯になっているが、それはあくまで神楽が渡したオーケストラの音色が響くあたりだけ。大隊の規模からすればほとんど焼け石に水の状態だ。
「それじゃ、あれ……いくね」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)が岩井崎 メル(ka0520)から耳栓を借りると、隠の徒を使って一番近い魔導アーマーに向かって一気に飛び出した。鞍馬 真(ka5819)が天空の唄を歌い上げて、全ての視線をこちらに向けた。一斉の銃撃に血しぶきがほとばしるが真は歌うことをやめない。
「鞍馬様!」
ルフィリア・M・アマレット(ka1544)がすかさずフルリカバリーで癒す。
「ありがとう。助かる……」
自分の命で少しでも誰かのためになれるのなら。
その想いを伝えたい。真はすべての銃口がこちらを向いても決して止めることは無かった。そもそも大量の砲弾だろうが、凝視しないと見えないほどの鉛玉だろうが、当たらなければ意味はない。今度は華麗なターンで銃撃をかわす。
それに合わせてルフィリアも音色を奏でる。
「この国に必要なものは……全てを守ろうとする人々の言葉ですわ」
2人の音色がオーケストラに乗って広がっていく。
●2
「お願い、力を貸してくれないかな」
ルナ・レンフィールド(ka1565)は羊に優しく話しかけると、ヒルトシープは身体を軽く震わせるとそのまま勝手に手が動く男に猛突進した。そしてその羊にしては立派な角で卵が寄生している部分を突き刺して、そのまま吹き飛ばした。
男は悲鳴を上げて吹き飛んだが、そこでのたうち回っているくらいだから死にはしていない。そしてあれほど暴虐的だった腕を抑え込んでいる。
「ヒルトシープ……うん、お役に立てて良かったです」
それを自慢げにみるテミスとルナは目線がふと合わせるとにっこりと微笑みあった。
「なるほど、あのような感じですのね。だいたい力加減はつかめましたわ」
音羽 美沙樹(ka4757)は目を細めて、先程の衝撃を瞼の裏で再現する。
踏み込み、羊の力。大自然と触れ合った経験、刀の修練。色んなものが美沙樹の脳裏をよぎり、そして抜刀して一撃、続いて蠅の卵を産み付けられた別の男の腹部を切り裂いた。
「破邪顕正では処置できずにどうしようかと思いましたけれども……あたしの相手ではないようですわ」
「そのまま、卵を産み付けられていないものはこちらへ! 頭を手で覆ってください」
Gacrux(ka2726)がその間に拡声器を使って門の近くへ固まるように避難誘導をする。
蠅は1体。
「これ以上、運命を翻弄させません」
まるで拡散弾のように飛んでくる卵をライトブロッカーと重厚な鎧でユメリア(ka7010)が受け止めて護っていた。
そしてその背後から、跳躍したアーシュラ・クリオール(ka0226)がデルタレイ、そしてゾールがセイクリッドフラッシュ、レイアがウォーターシュートを同時に放った。
「行けたか!?」
だが、ギチギチと顎を鳴らす蠅の動きは止まらない。それどころか傷が自然と埋まっていく。その背後からは音楽が聞こえる。
「大隊を止めない限り、倒せないのか……」
避難民も受け入れ態勢もまだ整っていない。ジリ貧の戦いになると思いながら、アーシュラは乾いた唇を舐めた瞬間、背後にいたゾールに落雷による悲鳴がこだました。
●3
「ごめん。殺しはしないから」
手裏剣の一撃でスピーカー部を破壊すると同時に、魔導アーマーのフレームに軽い跳躍で飛び乗ったシェリルは乗組員を座席から蹴り飛ばし、メルに手招きをした。
「心地好い歌がいいのか、英雄の大演説がいいのか。わかんないけどね」
どっちも同じような胸の痛む雑音でしかない。
「……わかんない。でも負けられない」
「そだね」
何がいいのかなんてわかりはしないが負け戦だけは御免。メルは目に蛍光色のグリーンに光らせながら、操縦部を次々と動かしていく。
「……ん、これだ♪」
メルは口元をにやりと浮かべて、ボタンをぱちんと跳ね上げた瞬間、周りの音が真とルフィリアの音色で染まる。
「それからこうやって……こう」
電波チャンネルをいじくり回すと続いて、演説が聞こえてきた。
●1
「父は戦いの果てに喪った。10年前のことだ。その姿を見失わないように私は歩んできた。
母は涙にくれた。その後から頻繁にその姿を見たものだ。だから誰も泣かなくて済むように目指してきた。貴方達を守りたいと」
落雷はまだ続くが、その爆音にも負けずアウレールは語りかけた。
むしろところどころ聞こえなくとも構わない。余計な言葉をかき消してくれる。そして雷の雨の中でも背を正して、視線を動かさないアウレールの姿は人に勇気を与えた。
「だが、それだけではいけないのだ。誰かに一方的に願いをゆだねる姿勢なのだ!」
轟雷の音の中、その言葉ははっきりと人々の心を恐怖から引き出す。
リラ(ka5679)はその中で雷の音に負けないようにギターを響かせた。
「覚醒者だからできることはある、でもみんなが一生懸命に生きるからこそ、頑張れるんです。模索もする、迷いもする。それでも諦めない」
みんな凄い人達。クリームヒルト様、力がなくとも頑張っているミネアさん、心は変われるんだと教えてくれたテミスさん。力がなくとも彼女たちは頑張っている。
リラの言葉が無力な人達に光明を変えていく。
「我々は宇宙最後の反逆者かもしれぬ。人間、幻獣、歪虚。色々なものが反逆の御旗を掲げておる。くじけている暇などないぞ」
顔を上げ始めた民衆に挑発的に笑いかけるようにしてミグ・ロマイヤー(ka0665)は語った。
「こんなところで、雷なんぞに負けてどうする。宇宙が崩壊すれば雷どころではなかろうが」
腹の底から響くようなミグの笑い声。問題などなにもないかのような態度。
それは委縮する人々に十分に太陽のような価値を見出させるに十分だった。
「そうだ、そうだ!!」
と、次の瞬間、もう一度落雷が激しく帝国の防衛塔を直撃した。都の一部から黒煙を立ち上らせるそれは確かに人々の目を瞠らせるものがあった。
「防御網が破壊されちまった」
リュー・グランフェスト(ka2419)がそれを見上げて、それでもクリームヒルトを見た。演説なんぞ向いたクチではないが、心はもとよりそのつもりだ。そして何より。
「大丈夫だ、負けやしないさ」
「もちろん、ここからが本番よ」
もっと厳しい死線を心を共にしてかいくぐってきたのだ。これくらいの恐怖で負けはしない。
だが、次の瞬間。
烈光が走り回るミネアを襲った。
「危ないっ!!!」
時音 ざくろ(ka1250)がガウスジェイルを使って雷を自らに引き受けた。鈍い衝撃に身体がバラバラになりそうになる。
「時音さん!!」
「ざくろだって守護者の皆と比べたら力負けをする、でもね、この手で届く範囲の人々を護りたい、周囲の大切な人との未来を信じて諦めない」
その言葉にミネアの目が大きく開かれる。
「そうだよ、みんなのそれぞれの力を活かそうよ。大きな奇跡をあたし達の周りは、あたし達で起こそう!!」
防衛網が破壊されるよりも早く民衆の気持ちは大きく戦いに向き直った。
大きな歓声が響き始める。
●2
城門が開いた。
「皆さん、こちらです!! 左右に分かれて空いているところから進んでください!!」
子供ウルの声は、ことさらよく響き、受け入れを始めた城門で混雑が発生しないように大声を上げていた。
「みんな、助けに来たぞ。さあ、入れ。みんなで戦おう」
演説に感化された都の人間達がその整理を手伝いだす。
「ウルくん、さっすが。そっちは任せたよ」
アーシュラはその声を背後にしながら、槍を構え直し、長大なジャンプと共に巨大な蠅を脳天から突き刺した。それを振り払うようにして大きく羽ばたくのをレイアがウィンドスラッシュで妨害する。
そしてルナがリメンバーラブを歌い続けて、敵意を全て攻撃者から奪い取っていく。
「あまり高いところにいてもらっては困りますのでね」
Gucruxが歌の切れ目に合わせてソウルトーチで蠅をおびき寄せて、降下してきたところをユメリアがジャッジメントで縛りつけた。
だが蠅もそれだけでは終わらない、ひたすらにその場から卵をルナ……の射線上にいるユメリアにたたきつける。
「……ぐ」
一番弱い足の部分の感覚がなくなるとユメリアはためらわず、自分の足にジャッジメントを叩き込んだ。
「これで問題なく戦えそうですね」
Gucruxはラナンキュラスを持ってその背後から刺突一閃でその複眼を貫いた。
●4
エアルドフリスを守った未悠がぼそりと呟いて、鋭い翼で鎧ごと袈裟掛けに叩き切られても、ひざを折っても倒れない。
「言葉が……聞こえてくるわ」
あの音楽は消えて、今はアウレールやリラの紡ぎ語りが聞こえてくる。
「ここまでくると力なき者にとって信じるという行為は何よりも重要だ。さすがはクリームヒルト嬢だ」
音楽によって威力が減退したり、こちらの攻撃を回復されたりと、まともな有効打はすべて外されたが、どうやらチャンスはこれからのようだ。エアルドフリスは再び杖を構える。
それでも頭上に光が走る。
落雷だ。覇者の剛勇は先程切れてしまった。
「負けて、負けてたまるか」
「その意気だ」
頭上に光ったそれは2人を襲うことは無く、真横に逸れた。ガウスジェイルで、こちらに落ちてくる雷はシグルドが全て担っていた。
「シグルド!」
「攻撃がばらけたら、ツィスカも奔走して辛いだろう。これは君たちだけの戦いじゃない。みんなの戦いなんだ」
その言葉に未悠は立ち上がり叫んだ。
「転輪の守護者として、繰り返す明日を守ってみせる!!!」
二度目の覇者の剛勇が発動した。
同時に歯車の竜も大きく吼えたてて、落雷を呼び寄せようとしたが、それは全てシグルドが長大な刀を天に掲げて自らに引き寄せた。
だが、直絶攻撃までは防げない。
「こぉのぉぉぉぉぉ!!!」
カリスマリスを叩きつけたクレールに返ってきた爪の一撃でその向日葵のような顔に真一文字の深い傷が走り、吹き飛んだ。
●3
雷の音が遠くに留まると、戦場では妙なる調べがひときわ大きく広がっていた。残っていた演説に染まっていたスピーカーから、神楽のスマートフォンから、シェリルの短電話から、真のヘッドセットから、ルフィリアのサポートロボットから、メルのCAPAが、音楽に次々切り替わっていく。
「あ、れ……」
何をしていたか思い出せなくなる。
「電波ジャックされたか。へぇぇ、やってくれるじゃん」
耳栓をしていたメルとシェリルは回避し、その事実を確認すると俄然やる気になってジャックし返そうと試みたが、他は何が起きているのか理解できずにぼうっとしていた。
「ハンターを守れ、これは私達の戦いだ!!」
遠くで兵士たちが銃撃戦を行っている。そして駆逐されていくのは、どっちだ?
目の前でギュントが血まみれになって、神楽を庇っていた。
「……選ばれない人間でも、小さなことくらいは、で、き……る」
そして奪われるスマートフォン。
ぼうっとしていた神楽の瞳孔が急速にしまっていくのを感じた。
メルと通信管制者が電波ジャックの応酬をしている間、少なくとも思考が潰されることはなかった。
「あたし管制者潰してくる」
「アミィ、すまねっす。歌姫……どこっすか」
広がった大隊の中からたった一人を見つけるのは困難だ。あちこちの魔導アーマーに目を凝らしても、すぐには見つからない。
「意外と人ごみに隠れているんじゃないかな」
真のその言葉に、神楽はすぐモフロウを飛ばしてファミリアズアイを周囲を探索する。
「歌う一団を発見したっす! ここから北東300mっす」
「よし、わかった。行かせてもらう」
真、そしてシェリルが同時に走り出した。唄の効力を受けなかったシェリルが歌舞団に一足先に到着するが、防御網が厚く、おいそれとは近づけない。それにそこは歌の中心地。周りはスピーカーがなくともその影響を十分に受けていて、隠の徒でも先程のようなことがあればただでは済まない。
「その攻撃は全部引き受けた。行ってくれ」
真が唄い出す。大空に澄み渡る音色を。雲の隙間から差し込む太陽に響劇剣の軌跡をほとばしらせながら。
この舞台の主役を務めよう。
すべての視線をもらって、影の仕事をするシェリルにすべてを果たしてもらう為に。
「私が相手しよう!!」
●4
「いい加減、その騒音はやめてくれない、かな。みんな迷惑だって苦情がひどいんだ」
咆哮する度に数多の落雷が起きるのなら、その顎を潰してやろう。
アクセルオーバーで身体能力を極限まで高めたヒースは、竜の顎が開くのも構わずにその顎関節に向かってネーベルナハトを叩き込んだ。べきべきべきと歯車が壊れる音と感触が伝わってくる。
「山ほどぶっぱなしてくれやがって」
そして反対側からは統夜が、ヒースが砕いた歯車の竜の反対側の顎を狙ってアルコルの照準を絞る。
「今度はこっちがぶっ放させてもらうぜ!!!!」
爆裂音と同時に歯車の破片が雨のように降り注いだ。
「いけますか。いいえ、行ってください。輝きを妨げるものは全力で倒すまで」
「もっちろんです!」
全員血塗れだ。覇者の剛勇は切れ、後はツィスカの回復頼みだ。そのツィスカの尋ねる声に、クレールは笑って答えた。
「顔を傷つけてくれた礼は、頭を吹っ飛ばして返すのみ!! カリスマリス!!! 全剣鍛造!!」
カリスマリスと、携帯していたスリアンヴォスを重ね合わせて、クレールはマテリアルを一気に込め剣からのマテリアルを噴射し、顎関節を失ってだらりと半開きになったその口にめがけて、飛び込んだ。
「我、均衡を以て均衡を破らんとす。理に背く代償を甘受せん。灰燼と化せ!!」
その勢いを跳び越すようにエアルドフリスの蒼炎獄が喉元に飛び込み、その火球をクレールが喉元奥へとねじ込んでいく。
「終わりの時間にしよう」
「最後の一発。とびきりのをおみまいしてやるよ」
ヒース、そして統夜で左右にまわりその胴体に向けて、それぞれの得物を構えた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
大爆発が起こった。
●3
「管制者発見したよ。機械丸ごといただいちゃいましたー♪」
不意に電波ジャックが止まったかと思うと、通信機器からアミィのそんな声が聞こえる。
だが、その声は不自然に跳ねる。まるでしゃっくりでもしているようだし、通信機器はついでに、耐える事のない発砲音が響き渡る。
「アミィ……お前」
「これでこっちの音楽、垂れ流しに、して、あげちゃう。そしたら歌舞隊の音楽も、相、殺じゃ ん」
その言葉の通り、音声がルフィリアのサポートロボットを通じて、バルトアンデルスの演説が鳴り響き始める。スピーカーの大半がメルの手でジャックされ終わると、大隊の攻撃反応は次第に収まっていった。
後は中心、歌舞隊だけだ。
「歌で、仲間を増やすの……」
歌でマテリアル汚染でもしているのだろう、仲間を増やして歌っている歌舞隊の姿はシェリルはなんともいえない気持ちがあった。楽しそうでもあり、虚ろでもあり。
「無理やり仲間を増やして、楽しむって、そんなに、いいこと?」
シェリルは気配を隠したまま、跳躍して歌舞隊の中央にいる軍服に身を包んでいいな唯一の女性に向かって飛びかかっていく。
「ははは、おままごとみたい。友達のフリしてさ」
電波ジャックの応酬を止めて応援に走ったメルがそのままパンをひっつかんで歌姫の口に叩き込んだ。
「本当の友達は……」
大切な人は。
言葉がなくとも、音がなくとも、鼓動が合わさる。
音が一瞬止まった瞬間に、シェリルの刃が歌姫の首を跳ね飛ばした。
「聞いてください、この言葉を!!」
まだ自分たちが何をしていたか、何をすべきか忘れて立ち尽くす大隊の兵士に癒しの魔法をかけながら、ルフィリアは演説のチャンネルのボリュームを大きくした。
●1
それはキヅカ・リク(ka0038)の演説だった。
「この世界に来るまでは決められたレールを生きて、死ぬんだろって思ってた。けど、この世界は教えてくれた。本当に"生きる"って自分の声を聴くことだって。それに向き合うことだって!」
おおっぴらに言えない悩みがあった。
道を歩むのが苦しいと思うこともあった。
そんな過去を思い出しながら、キヅカは叫んだ。
「お前らの心に在る声はどうだ! こんな世界で誰かが押し付けてくる終末で本当にいいのか」
よくない!
誰かが叫んだ。
アウレール、ミグの演説で、そしてざくろの体をはって誰かを守る行為で、帝国民たちの心は完全に戦いに燃えていた。
心が一つになっていることを感じる。
「だからアンタが、俺が! 救うんだよ!」
その言葉で、自分たちの命を守る城門が開かれた。
それは心が一つになって、全員で戦うという意志の表れだった。
「雷は止まっただろ。俺たちの仲間が止めた。俺たちを信じてくれ」
リューの言う通り、あの落雷はもう降ってこない。
「声を出せ!」
「求めろ!」
キヅカとリューが一声上げるたびに、おー! おー! と声が上がっていく。
「できることをやっていこう!」
帝国民はいつでも戦う民だ。勇気を取り戻した人々はそれぞれに武器を突き上げて声を上げる。
●2
「これで救われる、か」
人々が手を取り、避難民を受け入れる姿を見てGucruxはほっと息をついた。
卵を産み付けられた人々はルナのお願いをきいたヒルトシープが壊してまわり、そしてその治療は名もなき治療団が、応急手当をして回復に努めている。
蠅は一歩も動かずユメリアに狂ったように卵を産み付ける間に、左右からアーシュラ、美沙樹が攻撃を加えていく。
攻撃を一身に集めるユメリアはルナの歌に身を任せ、心を強く保つ。
「想うは月夜の光、願うは静謐……奏でましょう。ノックターン『ブルームーンライト』」
青い光がルナを中心に広がり、その力でがあれば、どれだけ卵が体を蝕もうとも怖れることはなかった。
被害は完全に抑え込まれて、拡散するような余地はない。
「さあ、これで最期ですわ」
美沙樹が刀を掲げると、背後に白竜の幻影が浮かび上がる。
「あたし達は絶対に負けない。ヴォラーーーーー!!!!」
アーシュラも呼応するように、デルタレイを準備する。
そして。
「歪虚なんぞにこの国の、この大地の、この星の命を奪わせるなー!!!!」
城内から多数の援護射撃が蠅を穴だらけにしていく。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!」
蠅の恐怖は、そうして終わりを告げた。
●3
「アミィ!!」
神楽は通信管制車両に飛び込み、銃撃を繰り返していた男をことごとく殴り倒してそう叫んだ。
目の前には、女がいた。
機械を守って、大の字に身体を広げてにんまりと笑ったままの、彼女が。
「アミィ……アミィ。遅くなってすまねっす」
演説が広がる中、神楽の姿をみたアミィは他の誰にも見せたことのない涙と悲しい笑顔を浮かべた。
「ううん、ちょうどいいタイミングだよ」
外では勝機を取り戻した大隊が演説を聞いて雄たけびを上げている。
うるさい、うるさい。
そんな声が邪魔だ。囁くような声しか出さないアミィを抱きしめると、背中から大量の赤いもので手が滑りそうになる。
なんて声をかければいいんだ。
言葉が見つからない神楽に、アミィは頬を撫でた。
「オレ、弱くて、三下で、ヘタレで」
うん。
うん。
「嘘しか言えないあたしを、最後まで見捨てなかったじゃん。笑って返してくれたじゃん」
アミィはそのまま手をさらに伸ばして、神楽の髪を撫でる。血糊でべとついた手は髪をひっぱってしまうけれど。
「すごい勇気、もらえたよ」
「そんな勇気なんていらねっすよ!」
勇気があるからこんなことになったんじゃないか?
勇気、勇気ってなすか。
勇気っていうのはさぁ。
「お前が好きっす、アミィ。だからだから」
弱い癖に命なんか張るんじゃ、ねっす
弱いなら、弱いものの生き方をしていこっす。
だから
だから
生きて。
「……神楽」
アミィは髪を撫でていた頭をそのまま首の後ろに回して、そしてゆっくり顔を近づけた。
「あたしも、好き」
真っ赤に濡れた唇でアミィはそう囁いて、動かなくなった。
「決戦の後でご飯食べに行くっすよ、服買いにいくっす。誰かをからかうっすか。アミィ、アミィ。アミィ」
その顔に神楽は語り掛け続けた。だが、その返事は帰ってこない。
●4
「シグルド……!!」
何十発の落雷を身に受けたのだろう。
おなじみの白い軍服は黒く焦げ、皮膚は張り裂け、内側から膨張して焦げた肉をさらしていた。
未悠は手を伸ばして、そんな姿で倒れるシグルドに手を伸ばした。
かといって自分も満身創痍でまともに動くことすらできない。這いつくばりながら、シグルドへと身体を寄せていく。
「未悠……」
シグルドもまた、黒い軍服を血塗れにし、袈裟に切られた左腕はずるずると力なく引きずりながらも進む未悠に向かって、力を込めて進んだ。
どちらも一瞬気を抜けば、そのまま意識が飛んでしまいそうだった。
あと1m。
「ずっとあなたの事追いかけてた」
あと80cm
「ずっと君が走り続ける姿を見ていたよ。それは勇気になった」
50cm
「私も。あなたの存在がどれほど勇気に、なったか」
血が抜ける。
震えが止まらない。目がかすむ。
もう声と今までの歩みだけで、2人は進むしかなかった。
「シグルド」
「未悠」
最後の、最後の、腕を精いっぱい伸ばして、温かいものに触れた瞬間。
意識が途切れた。
●2
「ユメリアさん!!!」
叫んだのはヒルトシープと共にかけつけるテミスだった。
彼女はひたすらに生み出される卵を一人で受け続けた。足が乗っ取られれば自分で足止めしてまで庇い続けた。
今はもう卵に全身を被り、人型の何か、という以外の形容しかなかった。彼女が元より持っている部分はもう左目の一部だけ。それ以外はどす黒いものに覆われて、何一つ見えなかった。
「ユメリアさん、今……」
次の瞬間、テミスの胸に杖が向けられたかと思うと、それは容赦なく闇色の弾丸を放ち、テミスの胸を貫いた。
「テミスさん!!!!」
ルナが悲鳴を上げる。
「歪虚だ、歪虚だ」
「違う、彼女は守ってくれた」
「殺せ、殺せ、帝国民を害する歪虚を殺せ」
「お止めになって、私が助けます」
美沙樹が破邪顕正を発動させるも効果がない。剣を閃かせても、ユメリアの硬い防御が今度は邪魔をする側に回っていた。
バルトアンデルスから救命に来た人間達がユメリアに向かって次々と銃口を向ける。
「殺せ、殺せ」
「みんなを救え、できるのはオレ達だ」
ユメリアにはそんな声がぼんやりと聞こえていた。聞こえはするが、体のどこももう自分の意志では動かせない。助けに来たヒルトシープも容赦なく杖で薙ぎ払ってしまう。
ああ、豊穣の巫女よ。貴女はこのように人々が見えていたのですね。
ああ、ああ。私の物語も……悲しい終わり方をするようです。
「うてぇぇぇぇぇぇ!!!!」
怒号と悲鳴が入り混じる中、ユメリアは死を覚悟した。それは目をつむるようなものでもなくて、どこか安心したような。
でも、ただ一人、心から敬愛する人の事が頭の中をちらりとよぎった。
『必ず、生きて帰りましょう』
ごめんなさい。
ごめんなさい。私は……。
銃弾が一斉に撃ち込まれて、体が跳ねた。
跳ねたのはルーフィだった。ユメリアの前に立ち、その銃弾を全部受け止めた。そして人間が吹き飛ぶというその圧力で卵を圧し砕いていく。
「ルーフィ! なんてことを!!」
ユメリアに覆いかぶさるようにして倒れるルーフィにGucruxが叫び彼女をすぐさま抱き起こす。
「生きてください。あの歪虚にも、他の人間にもそう言われているでしょう!」
「私は命を救ってもらった……その御返し、する為に、生きてきたんだもの」
Gucruxの前でルーフィは可憐に笑った。あの時見た、疲れ切った、心の死んだような顔ではなく、満面の笑みで。
そしてその笑顔で言うのだ。
私は自分の夢をかなえることができて、幸せだったと。
●
凱歌が上がる。
「犠牲がありました。0とは言いません。ですが、こうして私達は立っている。この大地は屍でできています。私達はその上で暮らしています。次に繋ぐために。悲しんではなりません。最後まで帝国民らしく、誇りある歩みを!」
クリームヒルトの声に歓声が上がる。
民衆の心は一つになった。
大隊の兵士も、避難民もほとんど被害はなく、その演説に心打たれた。
大成功である。だがそれは少しばかり、苦い味に感じるものも、いた。
【死亡】
テミス
ルーフィ
ギュント
【再起不能】
アミィ
【重体】
シグルド
「これから話す事は、ハンターでも守護者でもなくいち帝国民の発言として聞いてほしい。私は父を戦場で喪った。十年前の事だ」
拡声器を通じたひび割れた音の中、アウレール・V・ブラオラント(ka2531)の声が響くと、雷に怖れていた民は顔を上げた。
だがその次の瞬間、また轟雷がアウレールの声をかき消した。
●4
振り返れば10本の雷がバルトアンデルスの周囲に同時に落下していた。
「その程度で障害になるか!」
その内の1本を落雷をライトブロッカーで弾き飛ばしながらも、自転車を全力疾走させるクレール・ディンセルフ(ka0586)は叫んだ。落雷の衝撃はずっしりと身体の芯を重くさせたが、耐えられないレベルではない。
「この勇気を我が御旗に! 絶対に生きて帰るわよ」
高瀬 未悠(ka3199)の覇者の剛勇が発動し、全員に加護を与えると同時に、バイクを急転回させてブレーキをかけたエアルドフリス(ka1856)がそのままの姿で楔型の杖を天高く掲げた。
「我天土の理を越え、星の均衡を掴まん。理に背く代償如何なるとも……甘受せり。塵芥へと帰せ」
空が割れるようにして星の欠片といっても過言ではない巨大な火球を歯車の竜に叩き落とした。
「いくわよ、みんな!!!」
続いて未悠が我が正義のままにを発動させた瞬間に、正面から瀬崎・統夜(ka5046)、背後からヒース・R・ウォーカー(ka0145)、そしてクレールが同時に攻めを見せた。
その瞬間、奇妙な音が聞こえたかと思うと仲間たちの視界がブレた。音波で頭を、マテリアルが揺さぶられているかのようだ。
「ちっ」
背後からの絶対の一撃をねらったヒースも、一撃を外してしまった。
振り返れば、遥かかなたから大隊の一部がスピーカーをこちらに向けていた。それだけでマテリアルが乱れ、力が思うように入らない。
「くそ……」
好機を逸してしまったヒースは唸ったが、次の瞬間それは竜の爪による薙ぎ払いにより、くぐもった血反吐へと変わった。
「ヒースさん、今癒します」
ツィスカ・V・アルトホーフェン(ka5835)がすぐさまヒールをかけて立て直す。
●3
神楽(ka2032)の提案した音での対抗という依頼に、ギュントは自分の指揮する部隊を用いて実施していた。確かに音の衝突で、敵の歌の効果における安全地帯になっているが、それはあくまで神楽が渡したオーケストラの音色が響くあたりだけ。大隊の規模からすればほとんど焼け石に水の状態だ。
「それじゃ、あれ……いくね」
シェリル・マイヤーズ(ka0509)が岩井崎 メル(ka0520)から耳栓を借りると、隠の徒を使って一番近い魔導アーマーに向かって一気に飛び出した。鞍馬 真(ka5819)が天空の唄を歌い上げて、全ての視線をこちらに向けた。一斉の銃撃に血しぶきがほとばしるが真は歌うことをやめない。
「鞍馬様!」
ルフィリア・M・アマレット(ka1544)がすかさずフルリカバリーで癒す。
「ありがとう。助かる……」
自分の命で少しでも誰かのためになれるのなら。
その想いを伝えたい。真はすべての銃口がこちらを向いても決して止めることは無かった。そもそも大量の砲弾だろうが、凝視しないと見えないほどの鉛玉だろうが、当たらなければ意味はない。今度は華麗なターンで銃撃をかわす。
それに合わせてルフィリアも音色を奏でる。
「この国に必要なものは……全てを守ろうとする人々の言葉ですわ」
2人の音色がオーケストラに乗って広がっていく。
●2
「お願い、力を貸してくれないかな」
ルナ・レンフィールド(ka1565)は羊に優しく話しかけると、ヒルトシープは身体を軽く震わせるとそのまま勝手に手が動く男に猛突進した。そしてその羊にしては立派な角で卵が寄生している部分を突き刺して、そのまま吹き飛ばした。
男は悲鳴を上げて吹き飛んだが、そこでのたうち回っているくらいだから死にはしていない。そしてあれほど暴虐的だった腕を抑え込んでいる。
「ヒルトシープ……うん、お役に立てて良かったです」
それを自慢げにみるテミスとルナは目線がふと合わせるとにっこりと微笑みあった。
「なるほど、あのような感じですのね。だいたい力加減はつかめましたわ」
音羽 美沙樹(ka4757)は目を細めて、先程の衝撃を瞼の裏で再現する。
踏み込み、羊の力。大自然と触れ合った経験、刀の修練。色んなものが美沙樹の脳裏をよぎり、そして抜刀して一撃、続いて蠅の卵を産み付けられた別の男の腹部を切り裂いた。
「破邪顕正では処置できずにどうしようかと思いましたけれども……あたしの相手ではないようですわ」
「そのまま、卵を産み付けられていないものはこちらへ! 頭を手で覆ってください」
Gacrux(ka2726)がその間に拡声器を使って門の近くへ固まるように避難誘導をする。
蠅は1体。
「これ以上、運命を翻弄させません」
まるで拡散弾のように飛んでくる卵をライトブロッカーと重厚な鎧でユメリア(ka7010)が受け止めて護っていた。
そしてその背後から、跳躍したアーシュラ・クリオール(ka0226)がデルタレイ、そしてゾールがセイクリッドフラッシュ、レイアがウォーターシュートを同時に放った。
「行けたか!?」
だが、ギチギチと顎を鳴らす蠅の動きは止まらない。それどころか傷が自然と埋まっていく。その背後からは音楽が聞こえる。
「大隊を止めない限り、倒せないのか……」
避難民も受け入れ態勢もまだ整っていない。ジリ貧の戦いになると思いながら、アーシュラは乾いた唇を舐めた瞬間、背後にいたゾールに落雷による悲鳴がこだました。
●3
「ごめん。殺しはしないから」
手裏剣の一撃でスピーカー部を破壊すると同時に、魔導アーマーのフレームに軽い跳躍で飛び乗ったシェリルは乗組員を座席から蹴り飛ばし、メルに手招きをした。
「心地好い歌がいいのか、英雄の大演説がいいのか。わかんないけどね」
どっちも同じような胸の痛む雑音でしかない。
「……わかんない。でも負けられない」
「そだね」
何がいいのかなんてわかりはしないが負け戦だけは御免。メルは目に蛍光色のグリーンに光らせながら、操縦部を次々と動かしていく。
「……ん、これだ♪」
メルは口元をにやりと浮かべて、ボタンをぱちんと跳ね上げた瞬間、周りの音が真とルフィリアの音色で染まる。
「それからこうやって……こう」
電波チャンネルをいじくり回すと続いて、演説が聞こえてきた。
●1
「父は戦いの果てに喪った。10年前のことだ。その姿を見失わないように私は歩んできた。
母は涙にくれた。その後から頻繁にその姿を見たものだ。だから誰も泣かなくて済むように目指してきた。貴方達を守りたいと」
落雷はまだ続くが、その爆音にも負けずアウレールは語りかけた。
むしろところどころ聞こえなくとも構わない。余計な言葉をかき消してくれる。そして雷の雨の中でも背を正して、視線を動かさないアウレールの姿は人に勇気を与えた。
「だが、それだけではいけないのだ。誰かに一方的に願いをゆだねる姿勢なのだ!」
轟雷の音の中、その言葉ははっきりと人々の心を恐怖から引き出す。
リラ(ka5679)はその中で雷の音に負けないようにギターを響かせた。
「覚醒者だからできることはある、でもみんなが一生懸命に生きるからこそ、頑張れるんです。模索もする、迷いもする。それでも諦めない」
みんな凄い人達。クリームヒルト様、力がなくとも頑張っているミネアさん、心は変われるんだと教えてくれたテミスさん。力がなくとも彼女たちは頑張っている。
リラの言葉が無力な人達に光明を変えていく。
「我々は宇宙最後の反逆者かもしれぬ。人間、幻獣、歪虚。色々なものが反逆の御旗を掲げておる。くじけている暇などないぞ」
顔を上げ始めた民衆に挑発的に笑いかけるようにしてミグ・ロマイヤー(ka0665)は語った。
「こんなところで、雷なんぞに負けてどうする。宇宙が崩壊すれば雷どころではなかろうが」
腹の底から響くようなミグの笑い声。問題などなにもないかのような態度。
それは委縮する人々に十分に太陽のような価値を見出させるに十分だった。
「そうだ、そうだ!!」
と、次の瞬間、もう一度落雷が激しく帝国の防衛塔を直撃した。都の一部から黒煙を立ち上らせるそれは確かに人々の目を瞠らせるものがあった。
「防御網が破壊されちまった」
リュー・グランフェスト(ka2419)がそれを見上げて、それでもクリームヒルトを見た。演説なんぞ向いたクチではないが、心はもとよりそのつもりだ。そして何より。
「大丈夫だ、負けやしないさ」
「もちろん、ここからが本番よ」
もっと厳しい死線を心を共にしてかいくぐってきたのだ。これくらいの恐怖で負けはしない。
だが、次の瞬間。
烈光が走り回るミネアを襲った。
「危ないっ!!!」
時音 ざくろ(ka1250)がガウスジェイルを使って雷を自らに引き受けた。鈍い衝撃に身体がバラバラになりそうになる。
「時音さん!!」
「ざくろだって守護者の皆と比べたら力負けをする、でもね、この手で届く範囲の人々を護りたい、周囲の大切な人との未来を信じて諦めない」
その言葉にミネアの目が大きく開かれる。
「そうだよ、みんなのそれぞれの力を活かそうよ。大きな奇跡をあたし達の周りは、あたし達で起こそう!!」
防衛網が破壊されるよりも早く民衆の気持ちは大きく戦いに向き直った。
大きな歓声が響き始める。
●2
城門が開いた。
「皆さん、こちらです!! 左右に分かれて空いているところから進んでください!!」
子供ウルの声は、ことさらよく響き、受け入れを始めた城門で混雑が発生しないように大声を上げていた。
「みんな、助けに来たぞ。さあ、入れ。みんなで戦おう」
演説に感化された都の人間達がその整理を手伝いだす。
「ウルくん、さっすが。そっちは任せたよ」
アーシュラはその声を背後にしながら、槍を構え直し、長大なジャンプと共に巨大な蠅を脳天から突き刺した。それを振り払うようにして大きく羽ばたくのをレイアがウィンドスラッシュで妨害する。
そしてルナがリメンバーラブを歌い続けて、敵意を全て攻撃者から奪い取っていく。
「あまり高いところにいてもらっては困りますのでね」
Gucruxが歌の切れ目に合わせてソウルトーチで蠅をおびき寄せて、降下してきたところをユメリアがジャッジメントで縛りつけた。
だが蠅もそれだけでは終わらない、ひたすらにその場から卵をルナ……の射線上にいるユメリアにたたきつける。
「……ぐ」
一番弱い足の部分の感覚がなくなるとユメリアはためらわず、自分の足にジャッジメントを叩き込んだ。
「これで問題なく戦えそうですね」
Gucruxはラナンキュラスを持ってその背後から刺突一閃でその複眼を貫いた。
●4
エアルドフリスを守った未悠がぼそりと呟いて、鋭い翼で鎧ごと袈裟掛けに叩き切られても、ひざを折っても倒れない。
「言葉が……聞こえてくるわ」
あの音楽は消えて、今はアウレールやリラの紡ぎ語りが聞こえてくる。
「ここまでくると力なき者にとって信じるという行為は何よりも重要だ。さすがはクリームヒルト嬢だ」
音楽によって威力が減退したり、こちらの攻撃を回復されたりと、まともな有効打はすべて外されたが、どうやらチャンスはこれからのようだ。エアルドフリスは再び杖を構える。
それでも頭上に光が走る。
落雷だ。覇者の剛勇は先程切れてしまった。
「負けて、負けてたまるか」
「その意気だ」
頭上に光ったそれは2人を襲うことは無く、真横に逸れた。ガウスジェイルで、こちらに落ちてくる雷はシグルドが全て担っていた。
「シグルド!」
「攻撃がばらけたら、ツィスカも奔走して辛いだろう。これは君たちだけの戦いじゃない。みんなの戦いなんだ」
その言葉に未悠は立ち上がり叫んだ。
「転輪の守護者として、繰り返す明日を守ってみせる!!!」
二度目の覇者の剛勇が発動した。
同時に歯車の竜も大きく吼えたてて、落雷を呼び寄せようとしたが、それは全てシグルドが長大な刀を天に掲げて自らに引き寄せた。
だが、直絶攻撃までは防げない。
「こぉのぉぉぉぉぉ!!!」
カリスマリスを叩きつけたクレールに返ってきた爪の一撃でその向日葵のような顔に真一文字の深い傷が走り、吹き飛んだ。
●3
雷の音が遠くに留まると、戦場では妙なる調べがひときわ大きく広がっていた。残っていた演説に染まっていたスピーカーから、神楽のスマートフォンから、シェリルの短電話から、真のヘッドセットから、ルフィリアのサポートロボットから、メルのCAPAが、音楽に次々切り替わっていく。
「あ、れ……」
何をしていたか思い出せなくなる。
「電波ジャックされたか。へぇぇ、やってくれるじゃん」
耳栓をしていたメルとシェリルは回避し、その事実を確認すると俄然やる気になってジャックし返そうと試みたが、他は何が起きているのか理解できずにぼうっとしていた。
「ハンターを守れ、これは私達の戦いだ!!」
遠くで兵士たちが銃撃戦を行っている。そして駆逐されていくのは、どっちだ?
目の前でギュントが血まみれになって、神楽を庇っていた。
「……選ばれない人間でも、小さなことくらいは、で、き……る」
そして奪われるスマートフォン。
ぼうっとしていた神楽の瞳孔が急速にしまっていくのを感じた。
メルと通信管制者が電波ジャックの応酬をしている間、少なくとも思考が潰されることはなかった。
「あたし管制者潰してくる」
「アミィ、すまねっす。歌姫……どこっすか」
広がった大隊の中からたった一人を見つけるのは困難だ。あちこちの魔導アーマーに目を凝らしても、すぐには見つからない。
「意外と人ごみに隠れているんじゃないかな」
真のその言葉に、神楽はすぐモフロウを飛ばしてファミリアズアイを周囲を探索する。
「歌う一団を発見したっす! ここから北東300mっす」
「よし、わかった。行かせてもらう」
真、そしてシェリルが同時に走り出した。唄の効力を受けなかったシェリルが歌舞団に一足先に到着するが、防御網が厚く、おいそれとは近づけない。それにそこは歌の中心地。周りはスピーカーがなくともその影響を十分に受けていて、隠の徒でも先程のようなことがあればただでは済まない。
「その攻撃は全部引き受けた。行ってくれ」
真が唄い出す。大空に澄み渡る音色を。雲の隙間から差し込む太陽に響劇剣の軌跡をほとばしらせながら。
この舞台の主役を務めよう。
すべての視線をもらって、影の仕事をするシェリルにすべてを果たしてもらう為に。
「私が相手しよう!!」
●4
「いい加減、その騒音はやめてくれない、かな。みんな迷惑だって苦情がひどいんだ」
咆哮する度に数多の落雷が起きるのなら、その顎を潰してやろう。
アクセルオーバーで身体能力を極限まで高めたヒースは、竜の顎が開くのも構わずにその顎関節に向かってネーベルナハトを叩き込んだ。べきべきべきと歯車が壊れる音と感触が伝わってくる。
「山ほどぶっぱなしてくれやがって」
そして反対側からは統夜が、ヒースが砕いた歯車の竜の反対側の顎を狙ってアルコルの照準を絞る。
「今度はこっちがぶっ放させてもらうぜ!!!!」
爆裂音と同時に歯車の破片が雨のように降り注いだ。
「いけますか。いいえ、行ってください。輝きを妨げるものは全力で倒すまで」
「もっちろんです!」
全員血塗れだ。覇者の剛勇は切れ、後はツィスカの回復頼みだ。そのツィスカの尋ねる声に、クレールは笑って答えた。
「顔を傷つけてくれた礼は、頭を吹っ飛ばして返すのみ!! カリスマリス!!! 全剣鍛造!!」
カリスマリスと、携帯していたスリアンヴォスを重ね合わせて、クレールはマテリアルを一気に込め剣からのマテリアルを噴射し、顎関節を失ってだらりと半開きになったその口にめがけて、飛び込んだ。
「我、均衡を以て均衡を破らんとす。理に背く代償を甘受せん。灰燼と化せ!!」
その勢いを跳び越すようにエアルドフリスの蒼炎獄が喉元に飛び込み、その火球をクレールが喉元奥へとねじ込んでいく。
「終わりの時間にしよう」
「最後の一発。とびきりのをおみまいしてやるよ」
ヒース、そして統夜で左右にまわりその胴体に向けて、それぞれの得物を構えた。
「いっけぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
大爆発が起こった。
●3
「管制者発見したよ。機械丸ごといただいちゃいましたー♪」
不意に電波ジャックが止まったかと思うと、通信機器からアミィのそんな声が聞こえる。
だが、その声は不自然に跳ねる。まるでしゃっくりでもしているようだし、通信機器はついでに、耐える事のない発砲音が響き渡る。
「アミィ……お前」
「これでこっちの音楽、垂れ流しに、して、あげちゃう。そしたら歌舞隊の音楽も、相、殺じゃ ん」
その言葉の通り、音声がルフィリアのサポートロボットを通じて、バルトアンデルスの演説が鳴り響き始める。スピーカーの大半がメルの手でジャックされ終わると、大隊の攻撃反応は次第に収まっていった。
後は中心、歌舞隊だけだ。
「歌で、仲間を増やすの……」
歌でマテリアル汚染でもしているのだろう、仲間を増やして歌っている歌舞隊の姿はシェリルはなんともいえない気持ちがあった。楽しそうでもあり、虚ろでもあり。
「無理やり仲間を増やして、楽しむって、そんなに、いいこと?」
シェリルは気配を隠したまま、跳躍して歌舞隊の中央にいる軍服に身を包んでいいな唯一の女性に向かって飛びかかっていく。
「ははは、おままごとみたい。友達のフリしてさ」
電波ジャックの応酬を止めて応援に走ったメルがそのままパンをひっつかんで歌姫の口に叩き込んだ。
「本当の友達は……」
大切な人は。
言葉がなくとも、音がなくとも、鼓動が合わさる。
音が一瞬止まった瞬間に、シェリルの刃が歌姫の首を跳ね飛ばした。
「聞いてください、この言葉を!!」
まだ自分たちが何をしていたか、何をすべきか忘れて立ち尽くす大隊の兵士に癒しの魔法をかけながら、ルフィリアは演説のチャンネルのボリュームを大きくした。
●1
それはキヅカ・リク(ka0038)の演説だった。
「この世界に来るまでは決められたレールを生きて、死ぬんだろって思ってた。けど、この世界は教えてくれた。本当に"生きる"って自分の声を聴くことだって。それに向き合うことだって!」
おおっぴらに言えない悩みがあった。
道を歩むのが苦しいと思うこともあった。
そんな過去を思い出しながら、キヅカは叫んだ。
「お前らの心に在る声はどうだ! こんな世界で誰かが押し付けてくる終末で本当にいいのか」
よくない!
誰かが叫んだ。
アウレール、ミグの演説で、そしてざくろの体をはって誰かを守る行為で、帝国民たちの心は完全に戦いに燃えていた。
心が一つになっていることを感じる。
「だからアンタが、俺が! 救うんだよ!」
その言葉で、自分たちの命を守る城門が開かれた。
それは心が一つになって、全員で戦うという意志の表れだった。
「雷は止まっただろ。俺たちの仲間が止めた。俺たちを信じてくれ」
リューの言う通り、あの落雷はもう降ってこない。
「声を出せ!」
「求めろ!」
キヅカとリューが一声上げるたびに、おー! おー! と声が上がっていく。
「できることをやっていこう!」
帝国民はいつでも戦う民だ。勇気を取り戻した人々はそれぞれに武器を突き上げて声を上げる。
●2
「これで救われる、か」
人々が手を取り、避難民を受け入れる姿を見てGucruxはほっと息をついた。
卵を産み付けられた人々はルナのお願いをきいたヒルトシープが壊してまわり、そしてその治療は名もなき治療団が、応急手当をして回復に努めている。
蠅は一歩も動かずユメリアに狂ったように卵を産み付ける間に、左右からアーシュラ、美沙樹が攻撃を加えていく。
攻撃を一身に集めるユメリアはルナの歌に身を任せ、心を強く保つ。
「想うは月夜の光、願うは静謐……奏でましょう。ノックターン『ブルームーンライト』」
青い光がルナを中心に広がり、その力でがあれば、どれだけ卵が体を蝕もうとも怖れることはなかった。
被害は完全に抑え込まれて、拡散するような余地はない。
「さあ、これで最期ですわ」
美沙樹が刀を掲げると、背後に白竜の幻影が浮かび上がる。
「あたし達は絶対に負けない。ヴォラーーーーー!!!!」
アーシュラも呼応するように、デルタレイを準備する。
そして。
「歪虚なんぞにこの国の、この大地の、この星の命を奪わせるなー!!!!」
城内から多数の援護射撃が蠅を穴だらけにしていく。
「いっけぇぇぇぇぇぇ!!!!」
蠅の恐怖は、そうして終わりを告げた。
●3
「アミィ!!」
神楽は通信管制車両に飛び込み、銃撃を繰り返していた男をことごとく殴り倒してそう叫んだ。
目の前には、女がいた。
機械を守って、大の字に身体を広げてにんまりと笑ったままの、彼女が。
「アミィ……アミィ。遅くなってすまねっす」
演説が広がる中、神楽の姿をみたアミィは他の誰にも見せたことのない涙と悲しい笑顔を浮かべた。
「ううん、ちょうどいいタイミングだよ」
外では勝機を取り戻した大隊が演説を聞いて雄たけびを上げている。
うるさい、うるさい。
そんな声が邪魔だ。囁くような声しか出さないアミィを抱きしめると、背中から大量の赤いもので手が滑りそうになる。
なんて声をかければいいんだ。
言葉が見つからない神楽に、アミィは頬を撫でた。
「オレ、弱くて、三下で、ヘタレで」
うん。
うん。
「嘘しか言えないあたしを、最後まで見捨てなかったじゃん。笑って返してくれたじゃん」
アミィはそのまま手をさらに伸ばして、神楽の髪を撫でる。血糊でべとついた手は髪をひっぱってしまうけれど。
「すごい勇気、もらえたよ」
「そんな勇気なんていらねっすよ!」
勇気があるからこんなことになったんじゃないか?
勇気、勇気ってなすか。
勇気っていうのはさぁ。
「お前が好きっす、アミィ。だからだから」
弱い癖に命なんか張るんじゃ、ねっす
弱いなら、弱いものの生き方をしていこっす。
だから
だから
生きて。
「……神楽」
アミィは髪を撫でていた頭をそのまま首の後ろに回して、そしてゆっくり顔を近づけた。
「あたしも、好き」
真っ赤に濡れた唇でアミィはそう囁いて、動かなくなった。
「決戦の後でご飯食べに行くっすよ、服買いにいくっす。誰かをからかうっすか。アミィ、アミィ。アミィ」
その顔に神楽は語り掛け続けた。だが、その返事は帰ってこない。
●4
「シグルド……!!」
何十発の落雷を身に受けたのだろう。
おなじみの白い軍服は黒く焦げ、皮膚は張り裂け、内側から膨張して焦げた肉をさらしていた。
未悠は手を伸ばして、そんな姿で倒れるシグルドに手を伸ばした。
かといって自分も満身創痍でまともに動くことすらできない。這いつくばりながら、シグルドへと身体を寄せていく。
「未悠……」
シグルドもまた、黒い軍服を血塗れにし、袈裟に切られた左腕はずるずると力なく引きずりながらも進む未悠に向かって、力を込めて進んだ。
どちらも一瞬気を抜けば、そのまま意識が飛んでしまいそうだった。
あと1m。
「ずっとあなたの事追いかけてた」
あと80cm
「ずっと君が走り続ける姿を見ていたよ。それは勇気になった」
50cm
「私も。あなたの存在がどれほど勇気に、なったか」
血が抜ける。
震えが止まらない。目がかすむ。
もう声と今までの歩みだけで、2人は進むしかなかった。
「シグルド」
「未悠」
最後の、最後の、腕を精いっぱい伸ばして、温かいものに触れた瞬間。
意識が途切れた。
●2
「ユメリアさん!!!」
叫んだのはヒルトシープと共にかけつけるテミスだった。
彼女はひたすらに生み出される卵を一人で受け続けた。足が乗っ取られれば自分で足止めしてまで庇い続けた。
今はもう卵に全身を被り、人型の何か、という以外の形容しかなかった。彼女が元より持っている部分はもう左目の一部だけ。それ以外はどす黒いものに覆われて、何一つ見えなかった。
「ユメリアさん、今……」
次の瞬間、テミスの胸に杖が向けられたかと思うと、それは容赦なく闇色の弾丸を放ち、テミスの胸を貫いた。
「テミスさん!!!!」
ルナが悲鳴を上げる。
「歪虚だ、歪虚だ」
「違う、彼女は守ってくれた」
「殺せ、殺せ、帝国民を害する歪虚を殺せ」
「お止めになって、私が助けます」
美沙樹が破邪顕正を発動させるも効果がない。剣を閃かせても、ユメリアの硬い防御が今度は邪魔をする側に回っていた。
バルトアンデルスから救命に来た人間達がユメリアに向かって次々と銃口を向ける。
「殺せ、殺せ」
「みんなを救え、できるのはオレ達だ」
ユメリアにはそんな声がぼんやりと聞こえていた。聞こえはするが、体のどこももう自分の意志では動かせない。助けに来たヒルトシープも容赦なく杖で薙ぎ払ってしまう。
ああ、豊穣の巫女よ。貴女はこのように人々が見えていたのですね。
ああ、ああ。私の物語も……悲しい終わり方をするようです。
「うてぇぇぇぇぇぇ!!!!」
怒号と悲鳴が入り混じる中、ユメリアは死を覚悟した。それは目をつむるようなものでもなくて、どこか安心したような。
でも、ただ一人、心から敬愛する人の事が頭の中をちらりとよぎった。
『必ず、生きて帰りましょう』
ごめんなさい。
ごめんなさい。私は……。
銃弾が一斉に撃ち込まれて、体が跳ねた。
跳ねたのはルーフィだった。ユメリアの前に立ち、その銃弾を全部受け止めた。そして人間が吹き飛ぶというその圧力で卵を圧し砕いていく。
「ルーフィ! なんてことを!!」
ユメリアに覆いかぶさるようにして倒れるルーフィにGucruxが叫び彼女をすぐさま抱き起こす。
「生きてください。あの歪虚にも、他の人間にもそう言われているでしょう!」
「私は命を救ってもらった……その御返し、する為に、生きてきたんだもの」
Gucruxの前でルーフィは可憐に笑った。あの時見た、疲れ切った、心の死んだような顔ではなく、満面の笑みで。
そしてその笑顔で言うのだ。
私は自分の夢をかなえることができて、幸せだったと。
●
凱歌が上がる。
「犠牲がありました。0とは言いません。ですが、こうして私達は立っている。この大地は屍でできています。私達はその上で暮らしています。次に繋ぐために。悲しんではなりません。最後まで帝国民らしく、誇りある歩みを!」
クリームヒルトの声に歓声が上がる。
民衆の心は一つになった。
大隊の兵士も、避難民もほとんど被害はなく、その演説に心打たれた。
大成功である。だがそれは少しばかり、苦い味に感じるものも、いた。
【死亡】
テミス
ルーフィ
ギュント
【再起不能】
アミィ
【重体】
シグルド
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
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面白かった! | 14人 |
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/01 09:01:28 |
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作戦相談所 ヒース・R・ウォーカー(ka0145) 人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2019/08/01 11:16:05 |
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4.雷の歪虚対応 相談所 ヒース・R・ウォーカー(ka0145) 人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2019/08/01 07:13:13 |
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3.大隊対応 シェリル・マイヤーズ(ka0509) 人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー) |
最終発言 2019/08/01 09:25:52 |
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2.避難民対応 相談所 音羽 美沙樹(ka4757) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|舞刀士(ソードダンサー) |
最終発言 2019/08/01 00:08:45 |