ゲスト
(ka0000)
【血断】剣を掲げ誇りを胸に
マスター:凪池シリル

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/08/04 09:00
- 完成日
- 2019/08/12 21:08
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
何が読み間違いなのかと言えば。
そもそも『何処を狙っている』と考えようとすることからだったのかもしれない。
邪神の勢力は今や世界全てを滅ぼそうとしているのだ。ならば。
……マギア砦が囮だとしても、ホープを落とさないとは言っていない。
マギア砦の襲撃から時間差をもって、堕落者、沢渡率いる狂気の集団は空からホープを襲撃した。
……とはいえ、果たしてこれは策と言えるのか。戦力の分散は敵にとっても同じこと。それならば先に、共にマギア砦を落とせば良いのでは……と言えば。
「リアルブルーの同胞諸君とは話がしたい」
ホープであることに、沢渡には意味があったのだ。
見慣れぬ中型狂気。それが主に辺境戦士で構成されていた部隊を蹂躙すると、沢渡は一度進軍を止めて告げてきた。
……当然、何を言い出すかと一笑に付されようとしたが。
「──共に異世界に運命を翻弄された者同士、腹を割って話そうじゃないか! 君たち自身は! 『この世界を離れる』ことに、己の命を懸けられるというほどの熱意が有ったのかね!? 自分達の命は軽く見積もられ蔑ろにされたと、そう感じなかったのかね!?」
揶揄するような口調から、一転。
その声にあったのは真摯な、本気の、運命というものへの怒りだった。
つい、意識を吸い込まれる。聞いてしまう。そして奥底に封じていた思いを引きずり出される。
「良く考え、見つめてみたまえ! 君たちは今、意に沿わない、苦しいだけの戦いを、無理矢理己を納得させながら続けてはいまいかね!」
この戦いは君に報いて、満たしてくれるものなのか。
辛いだけの、報われない行為からは離れていくべきだ。
沢渡は迫る。
「邪神と契約し、こちら側に来ないかね?」
「今更死を恐れて寝返る者が、ここに残ると思うか……!」
「では一思いに楽になるというのはどうかね。繰り返しの地獄を思えばその方がいいだろう」
「……人類が邪神に負けることなどそれこそ考えたくもないことだ!」
「では……──一先ずここから逃げてはどうかね?」
「──……」
筋書き通り、なのだろう。
不意にハードルの下がった提案に、兵士たちは沈黙を産み出してしまう。この場において致命の毒となりうるそれを。
それでも。
やはり、今ここでなお戦い続けている戦士たちは、すぐに易々と寝返ったりなどはしなかった。
ただ──どうしても士気が、落ちるだけ。
自分達は所詮、情けない、取るに足らない存在だと再認識してしまったから。
これが……沢渡という敵だった。その演説能力でもって、まず戦意を削いでくる。
集団戦闘能力と合わせるとその効果はより鮮明となる。初めて見た敵精鋭にではない、散々見た小型狂気の集団にすら押されかねない──
その時だった。
「……『どうして封印にしてくれなかったのか』」
その声は。
痛いところをはっきり告げるその、やはり、普通の者のそれよりも強く気を引かれるようなその声は沢渡のものではなく。
「それを、誰よりも考えて、分かっているのが、封印を選ぼうとした、あるいは本気で望んでいた者でしょう」
駆けつけたハンターの一人、伊佐美 透のものだった。
「分かってたんだ! いつ解けるか分からない封印に怯える日々で良いのか──だからこそ! 示された新たな道に、そこに確かに強い希望を感じたんだ!」
意識して。力強く、真っ向から沢渡に立ち向かう声。振る舞い。
「……共に、生きる為に、戦ってください! 一人一人、希望を失わずに戦い抜く、それが、邪神に勝つ為に必要なことじゃないですか! 俺たちにだって──俺たちだからこそ!」
刀を掲げ、腕をひろげて呼び掛ける。兵士たちの意識が透へと──
そこで。
「はは は は はは は!」
哄笑。割れるような。故に鋭く突き刺さるそれと。
「──『正義で唆すのかね、小僧』」
一言。
ただそれだけで。
場の支配はあっさりと沢渡へと戻された。
声の。立ち振舞いの。存在感が違う──!
これが、『舞台の魔人』沢渡という男。『もはや配役がネタバレ』などと揶揄されつつも起用され続け魅了してのけたその実力。
透のそれとて決して劣るものではないが。対峙するとはっきりと感じてしまうのだ……ああ、やはり透はまだ演劇の世界では『若手』の部類なのだと。
そして、言葉もまたその印象に引きずられる。透の先程の言葉は如何にも若造の理想論に思えたし、沢渡の、たった一言の重みを、全員が否応なしに理解する。
悪で誘うのと正義で誘うのはどちらがより重たいか。人は本質的には『正しくありたい』のだから、どちらが容易で──よりおぞましいか。
分かっていたのか。
刃のような視線を突き付けると、皆の注目は透へと向けられた。沢渡によって『向けさせられた』。
そして。
「──……『はい』」
声は。やはり『劇的な』タイミングを計って発せられた。注目が、緊張が最大となる瞬間、そこで堂々と。
「それでも俺は皆に願います。どうか、共に信じて、その心で彼らの力となってください。分かっています。この言葉に、俺はこの戦いで失われる命を背負います」
声をあげる。腕を伸ばす。
その実力差を感じるから、より研ぎ澄ませろと、髪の先から足の爪までを意識して。
「俺は信じる! この戦いが、一人でも多く、願う未来に辿り着く道なんだと! その未来の為に、これが俺の出来る戦い方なんだと!」
勝利して──生き残るために。
これが、己が、己だからこそやるべきことだと。
「邪神に向かう力となるために! 邪神の中で燻る想いの標となるために! 皆で願い、祈る心を俺は戦いの最後までこの世界で伝え続ける!」
……全霊を注ぎながら演じて、訴える。その瞬間の一つ一つで、新たな細胞が目覚め沸き立つような感触に──ああ、自分は今、引っ張り上げられていると。その事を理解していて。沢渡を見つめ返しながら、言い様のない悲しみを透は感じていた。
そしてその時。沢渡には。
目尻に確かに、柔らかなものが浮かんでいた。
ああ……懐かしい、と、つい思ったのだ。
魔人として。犯人として、黒幕として舞台に立つとき。クライマックスで対峙するのは大抵こうした、『気鋭の若者』だったと。
顔合わせの初日、己の存在に呑まれ頼り無さそうにしていた若手が、稽古を、そして本番を重ねるほどに光るものを見せてくる様に……成長してほしいと、願っていた。そんな頃も確かにあったのだと。
だが。
「ははは──面白いな、面白いよ」
その感情はもう希望などは生みださない。溶けて歪み虚ろと成す。
「いいとも。全力で決しよう。刻まれるべきはどちらの姿で、言葉なのか──」
世界の命運が決まろうというその中の戦いで。己がつける決着がこのような形になろうとは。まさに劇的、運命的。
笑い声を、撒き散らしながら。
沢渡は周囲の狂気たちを密集させ、己の姿をそこに紛れさせ姿を眩ませた。
そもそも『何処を狙っている』と考えようとすることからだったのかもしれない。
邪神の勢力は今や世界全てを滅ぼそうとしているのだ。ならば。
……マギア砦が囮だとしても、ホープを落とさないとは言っていない。
マギア砦の襲撃から時間差をもって、堕落者、沢渡率いる狂気の集団は空からホープを襲撃した。
……とはいえ、果たしてこれは策と言えるのか。戦力の分散は敵にとっても同じこと。それならば先に、共にマギア砦を落とせば良いのでは……と言えば。
「リアルブルーの同胞諸君とは話がしたい」
ホープであることに、沢渡には意味があったのだ。
見慣れぬ中型狂気。それが主に辺境戦士で構成されていた部隊を蹂躙すると、沢渡は一度進軍を止めて告げてきた。
……当然、何を言い出すかと一笑に付されようとしたが。
「──共に異世界に運命を翻弄された者同士、腹を割って話そうじゃないか! 君たち自身は! 『この世界を離れる』ことに、己の命を懸けられるというほどの熱意が有ったのかね!? 自分達の命は軽く見積もられ蔑ろにされたと、そう感じなかったのかね!?」
揶揄するような口調から、一転。
その声にあったのは真摯な、本気の、運命というものへの怒りだった。
つい、意識を吸い込まれる。聞いてしまう。そして奥底に封じていた思いを引きずり出される。
「良く考え、見つめてみたまえ! 君たちは今、意に沿わない、苦しいだけの戦いを、無理矢理己を納得させながら続けてはいまいかね!」
この戦いは君に報いて、満たしてくれるものなのか。
辛いだけの、報われない行為からは離れていくべきだ。
沢渡は迫る。
「邪神と契約し、こちら側に来ないかね?」
「今更死を恐れて寝返る者が、ここに残ると思うか……!」
「では一思いに楽になるというのはどうかね。繰り返しの地獄を思えばその方がいいだろう」
「……人類が邪神に負けることなどそれこそ考えたくもないことだ!」
「では……──一先ずここから逃げてはどうかね?」
「──……」
筋書き通り、なのだろう。
不意にハードルの下がった提案に、兵士たちは沈黙を産み出してしまう。この場において致命の毒となりうるそれを。
それでも。
やはり、今ここでなお戦い続けている戦士たちは、すぐに易々と寝返ったりなどはしなかった。
ただ──どうしても士気が、落ちるだけ。
自分達は所詮、情けない、取るに足らない存在だと再認識してしまったから。
これが……沢渡という敵だった。その演説能力でもって、まず戦意を削いでくる。
集団戦闘能力と合わせるとその効果はより鮮明となる。初めて見た敵精鋭にではない、散々見た小型狂気の集団にすら押されかねない──
その時だった。
「……『どうして封印にしてくれなかったのか』」
その声は。
痛いところをはっきり告げるその、やはり、普通の者のそれよりも強く気を引かれるようなその声は沢渡のものではなく。
「それを、誰よりも考えて、分かっているのが、封印を選ぼうとした、あるいは本気で望んでいた者でしょう」
駆けつけたハンターの一人、伊佐美 透のものだった。
「分かってたんだ! いつ解けるか分からない封印に怯える日々で良いのか──だからこそ! 示された新たな道に、そこに確かに強い希望を感じたんだ!」
意識して。力強く、真っ向から沢渡に立ち向かう声。振る舞い。
「……共に、生きる為に、戦ってください! 一人一人、希望を失わずに戦い抜く、それが、邪神に勝つ為に必要なことじゃないですか! 俺たちにだって──俺たちだからこそ!」
刀を掲げ、腕をひろげて呼び掛ける。兵士たちの意識が透へと──
そこで。
「はは は は はは は!」
哄笑。割れるような。故に鋭く突き刺さるそれと。
「──『正義で唆すのかね、小僧』」
一言。
ただそれだけで。
場の支配はあっさりと沢渡へと戻された。
声の。立ち振舞いの。存在感が違う──!
これが、『舞台の魔人』沢渡という男。『もはや配役がネタバレ』などと揶揄されつつも起用され続け魅了してのけたその実力。
透のそれとて決して劣るものではないが。対峙するとはっきりと感じてしまうのだ……ああ、やはり透はまだ演劇の世界では『若手』の部類なのだと。
そして、言葉もまたその印象に引きずられる。透の先程の言葉は如何にも若造の理想論に思えたし、沢渡の、たった一言の重みを、全員が否応なしに理解する。
悪で誘うのと正義で誘うのはどちらがより重たいか。人は本質的には『正しくありたい』のだから、どちらが容易で──よりおぞましいか。
分かっていたのか。
刃のような視線を突き付けると、皆の注目は透へと向けられた。沢渡によって『向けさせられた』。
そして。
「──……『はい』」
声は。やはり『劇的な』タイミングを計って発せられた。注目が、緊張が最大となる瞬間、そこで堂々と。
「それでも俺は皆に願います。どうか、共に信じて、その心で彼らの力となってください。分かっています。この言葉に、俺はこの戦いで失われる命を背負います」
声をあげる。腕を伸ばす。
その実力差を感じるから、より研ぎ澄ませろと、髪の先から足の爪までを意識して。
「俺は信じる! この戦いが、一人でも多く、願う未来に辿り着く道なんだと! その未来の為に、これが俺の出来る戦い方なんだと!」
勝利して──生き残るために。
これが、己が、己だからこそやるべきことだと。
「邪神に向かう力となるために! 邪神の中で燻る想いの標となるために! 皆で願い、祈る心を俺は戦いの最後までこの世界で伝え続ける!」
……全霊を注ぎながら演じて、訴える。その瞬間の一つ一つで、新たな細胞が目覚め沸き立つような感触に──ああ、自分は今、引っ張り上げられていると。その事を理解していて。沢渡を見つめ返しながら、言い様のない悲しみを透は感じていた。
そしてその時。沢渡には。
目尻に確かに、柔らかなものが浮かんでいた。
ああ……懐かしい、と、つい思ったのだ。
魔人として。犯人として、黒幕として舞台に立つとき。クライマックスで対峙するのは大抵こうした、『気鋭の若者』だったと。
顔合わせの初日、己の存在に呑まれ頼り無さそうにしていた若手が、稽古を、そして本番を重ねるほどに光るものを見せてくる様に……成長してほしいと、願っていた。そんな頃も確かにあったのだと。
だが。
「ははは──面白いな、面白いよ」
その感情はもう希望などは生みださない。溶けて歪み虚ろと成す。
「いいとも。全力で決しよう。刻まれるべきはどちらの姿で、言葉なのか──」
世界の命運が決まろうというその中の戦いで。己がつける決着がこのような形になろうとは。まさに劇的、運命的。
笑い声を、撒き散らしながら。
沢渡は周囲の狂気たちを密集させ、己の姿をそこに紛れさせ姿を眩ませた。
リプレイ本文
ハンターたちの到着と共に唸りを飛翔する姿、三つ。
アーサー・ホーガン(ka0471)の刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」、ウィガールと、アリア(ka2394)の同じくルクシュヴァリエ、楓。それからメアリ・ロイド(ka6633)のR7エクスシア、サンダルフォンである。
「貴方のそれは演技でしかありません。舞台上で見たかった。伊佐美さんの想いの方が荒削りでも本物です。現実では作られた狂気に恐怖なんて感じねーな」
上昇しながら、まだ届くその範囲で沢渡にそう呼びかける。返ってきたのは鼻で笑い飛ばすような態度だった。
「演技は技術でなく心というやつかね。散々聞かされるやつだが下らんね……実際に親を失った素人と演技のプロ、どちらの悲劇が心を打つか、見比べてみたいと思うのかね?」
言い返されながら、声の出所を探ろうとメアリが、アリアが地上に意識を向けて、しかし。
「……っ! 一旦おしゃべりと捜索は中断だ! 来るぞ!」
アーサーの声に二人とも、慌てて向かう先へと視線を戻す。
猛接近する気配を中型狂気が放っておくわけが無かった。三機にそれぞれ一発ずつレーザーが放たれる──一発は、相変わらず空に展開する戦士の一人に向けられた。
ウィガールはアーサーの鮮やかな操作で機敏に避けたが、空中の不安定さに囚われたアリアと、機動性がそこまで万全ではないメアリ機は、やはり気を逸らしていた直後ということも有って被弾する。
「迷惑なクジラさんだね」
アリアが呟いた。
中型狂気のみならず統率された個体たち──地上の観察をしながらこれらの相手をする余裕など、到底ありそうには無かった。
「あ、お芝居終わりましたです?」
地上で沢渡に最初に声をかけたのは、アルマ・A・エインズワース(ka4901)である。
「とっても面白かったです!」
わぁい、とはしゃいだ歓声すら上げてみせて、そして、
「けど……」
そうしてその笑顔のまま、無邪気さだけがそこからスッと消えた。
「僕的に、主張としてはゼロ点ですねぇ?えぇ、お二人とも」
現れるのは『魔王の卵』としての姿。
「だって僕の正義は君の悪で、君の正義は僕の悪なんですもん。なら大事なものだけ抱えて、邪魔する嫌なのは全部燃やしちゃえば一緒かなって」
彼は言う。そもそも正義や善悪論で動く時点はもうとっくに過ぎ去っていると。
「所詮我儘のぶつけ合いですー。だから、僕は思いっきり我儘になることにしたです」
大事な物を守り後の世代が最大の脅威と直面しなくていい未来も手に入れ、その上で生きて帰ると。
そこまでは、沢渡は静かに聞いていた。それは結局「アルマの」話だ。出来る者の話。アルマ自身も認める強者の──それが出来ると信じられる者の──理論で、兵士たちに通じるものではない。なら言わせておけばいいと。
「それでも、一緒に来る『お友達』になら見せてあげられるです。逃げずに生き残る努力位して貰わないとですー」
しかし、そう言った途端、沢渡の纏う空気が変わる。
「──『見せてあげられる』? 言い切るじゃないか。現実、これまでの戦いでどれ程の兵士が亡くなったか分かってて言うのかね? 君たちは守りきれてなどいないくせに」
多くの『普通に生きて来た者たち』が、『未来のために死んでくれ、嫌なら何とか頑張ってくれ』で納得してるとでもと思うのか。
「『逃げずに生き残る努力位しろ』? 殲滅を選ばなければ。大精霊が勝手に呼んだりしなければ。しなくて良かった努力だろうに。弱い者にまで押しつけておいてその自覚もなく、乗り越えられなかったら自己責任と転化する──その驕りと盲目を許すなと、私は言うのだよ」
異世界間に来た誰かが幸せになっていれば。連れてこられたせいで狂わされた人生は。死なずに済んだ人間の事は無かったことか。
「クリムゾンウェストこそが、永劫の苦しみに囚われるべき世界だ! 殺されたリアルブルー人への報いとして!」
アルマの言葉は。沢渡の歪んだ恨みをはっきり浮き立たせるものだった。アルマにも友人を傷付けられた恨みでここに来たが、こうなった沢渡にそれで凄んで見せても怯ませる事にはならないだろう──沢渡自身が、復讐の権化なのだから。
『吠えたな、歪虚。しかしおぬしらこそ追い詰められているのではないかな?』
次に響き渡った声は、ミグ・ロマイヤー(ka0665)のダインスレイブ、ヤクト・バウ・PCに搭載された 魔導拡声機「ナーハリヒト」からのものだ。
『真に追い詰められているのは歪虚の方であるよ。なぜなら我らに離間の計を仕掛けているからの──もはや我らを分断することでしか歪虚が我らに勝つすべがないことの証左である』
論には論。相手の行動を論破し反論させることで声を上げさせ、居場所を探ろうという作戦だった。
『力だけで勝てるのなら論など不要。それに歪虚は歪虚のためにしか言葉を語らぬ。……では何故我らを惑わすか? 我らの団結を崩すことでしか勝てないからじゃ』
派手に拡声し広く呼びかけるのは謀略だけに留まらない。
『諸君らは無力ではない。一人一人は弱いかもしれぬが皆が結束することでこそ我らは歪虚を追い詰めている』
その対象は、沢渡のみならず兵士たちにも。
『凱歌を上げよ、勝利まではあと一歩ぞ。敵の甘言に惑わされまいぞ』
景気よくぶち上げられた、勝利への論理。はたして沢渡はそれに。
「弱い者は犠牲にして勝利する、そのことを言わないそちらの方が余程甘言では無いかね?」
ただ一言、兵士たちを慰めるような声でそう一言だけ答えた。
無数に蠢く狂気たちの合間から発せられる声ははっきりと居場所を特定できるものではない。だが、おおよその位置が分かれば、とミグは照準を合わせようとして……しかし。砲撃は、直ぐに断念することになる。
直径30スクエアの広範囲を無差別に焼き払って無事な場所は今回の状況においては存在しない。グランドスラムの出番はこの戦いではとうとう訪れることは無かった。
そしてこの機会においては、エステル・ソル(ka3983)の蒼燐華や、アルマの暁の呼び声も同様である。
位置を大まかにしか把握できない状態で確実に当てようとしたのだろうがしかし、それ故に兵士を巻き込まないように撃つことはどれもできなかった。
『俺は、守護者として邪神戦の主力の1人となる立場だ──だがな、守護者だけじゃ、限られた精鋭だけじゃ、邪神まで辿り着くことさえできやしねぇ』
再び拡声器から響く声は、アーサーの物だった。
(舌戦で、俺に勝ち目なんてねぇからな。いつも通り、言いたいことを言うだけだぜ)
そんな心情で呟かれる言葉は、だから、穏やかで平坦で。それが飾らない本音を感じさせた。
『道を切り開いてくれる奴がいるから、戦いの舞台に立つことができる。世界を守り続ける奴がいるから、邪神と戦い続けられる。俺たちはな、現在進行形で借りを作っていて、それを際限なく溜め続けて行くんだ。邪神を倒すくらいしないと返しきれねぇんだよ』
空に輝きが生まれる。ウィガールと楓が再び、搭乗者の力を光の刃へと変えて、小型狂気たちを貫いていく。だが……敵はまだまだ多い。
『……今だって同じだぜ? 沢渡を倒すには、無数にいる小型どもが邪魔だ。数が多すぎて、俺達だけじゃ対応しきれねぇ。沢渡に集中できるようにするための、お膳立てが必要なんだ──だから』
アーサーは呼びかける。特別でない、ここに居るすべての者に。
『頼って、良いよな?』
シンプルに、そのことを。
その、上空からの言葉に呼応するように。
劣勢の兵士たちの元へと駆けつけながら、鞍馬 真(ka5819)もまた常に声を上げて呼びかけていた。
「立場も強さも関係無い。一緒に頑張ろう」
一部のハンターだけではなく、全員が、全ての戦いが大切なんだと。
……実際に、彼ほどのハンターが手数を割いて、危険を聞きつけてやって来てくれることは、『必要としている』という言葉のこの上ない後押しとなる。
それが口先だけにならないように、真は果敢に密度の高い狂気の群れの前に立つ。
「一度私の前から離れて!」
一声かけると共に、二刀流から派生させた衝撃波で直線状の敵を纏めて薙ぎ倒していく。
一撃では滅ぼしきれなかったそれらは、真に敵意を向けて取り囲もうとして……透の刀が牽制して阻止する。真が連れて来たユキウサギ、セレーネが向かい来る集団の一体を回転しながらの斬撃で怯ませると、もつれた集団に向けてチィが刺突を繰り出す。
「苦しくてもここまで来たんだ。皆で勝利を掴みたい」
傍から見るとやはり真の実力が突出している。それでも彼らは共に闘った。押し寄せる敵の数を減らしては立て直しまでの時間を稼ぎ、そしてまた、他に救援が必要な場所へと駆けつけていく。
「……皆で勝利を、か」
そんな彼らのその背をちらりと見ながら、誰かが呟いた。その声は、まだどこか遠い世界の話をするようだった。
「巡ってきたリベンジの機会……ですが、すっかり乱戦ですね」
鳳城 錬介(ka6053)はぼやくように呟いた。
混迷の状況はすぐには打開できていない。
アルスレーテ・フュラー(ka6148)は眼前の狂気に蹴りを入れながら、最初に沢渡が消えた狂気が密集する周辺に意識を向けて……そして、気配が遠ざかっていくのを感じた。
エステルはワイバーンのフローに跨り、上から沢渡を探しだそうとしていたが、単独で見通しがいい場所に浮かび上がれば……相手からすれば格好の集中砲火の的だ。上空からの偵察には、射線への対策が必須だった。統率された狂気からの束ねられた熱線の他、あちこちの狂気からも攻撃され、フローはいきなり大きく負傷することになる。
それをみてアルマのポロウもすぐに下降せざるを得なかった。
錬介が地上でかけたミレニアムは、フローの回復のために集中を解くことになる。
(何もかも全ては難しいと思いますが、それでも出来るだけの事はしましょう──今度こそは、何とかしてみせますよ!)
気を引き締め直して……錬介は、統率された動きを見せる小型狂気が居ないかと周囲に目を走らせる。
再び空中の戦い。
アーサーのウィガールが両腕を組むようにして前方へと伸ばす。想いを籠めるような動作は次の瞬間、光の刃を生み、一直線に敵だけを貫いて、そのまま中型狂気も巻き込んでいく。
アリアの楓が構える灼滅剣「イシュカルド」に魔法紋が浮かび上がる。纏うマテリアルの出力を彼女は一気に最大限まで上昇させた。カーブを描くように移動、接近と離脱をしながら、軌道上の小型狂気を薙ぎ切っていく。
メアリは射撃位置で、中型狂気を直接狙いに行く。レーザー砲門を狙いたいところだったが……適切なスキルを用いずに特定の箇所に狙いをつけるのはそう簡単なことではない。単独で狙うには好機を逃さねばならないこともあった。
彼らの攻撃は、中型狂気に彼らの脅威度の高さを十分認識させた。統率された小型狂気たちが彼らに取り付こうと近づき、熱線を浴びせてくる。
これで良い。中型狂気の意識が今己に最も向いたことはむしろアーサーの目論見通りと言えた。
対地制圧とそれによる威圧、王の防壁と攻撃による沢渡の支援がこれの役割ならば。対地攻撃に専念されないよう気を引くことが彼らの役目となる。
兵士たちと共にハンターたちも防衛に回れば、物量に任せて一気に押し切ってくるだろう。こちらの相手に集中せざるを得ないように……ここは、攻める!
ウィガールが暴風のようにマテリアルを纏う。突き進み、己を囲わんとする小型狂気の群れを突破、そのまま中型狂気周囲に居る小型狂気たちを引きはがすように弾き飛ばす。
交差するように楓がまた駆け抜けていた。擦り抜け様の斬撃は当たらずとも小型狂気たちを怯ませ、隙間をこじ開けていく。
──中型狂気の巨体が、不意に激しく揺れた。
アーサーの攻撃も。アリアが常に中型狂気からの離脱を心掛けていたことも。直接攻撃以上に目的はこちら。射線をこじ開け、地上からの狙撃の邪魔とならないこと。
そして。
ハンター一個分隊による一斉射撃かと思うほどの高威力、精密な射撃は──マリィア・バルデス(ka5848)一人によって行われたものだった。
「死者の努力は報われない。生者の努力は報われることもある。その努力すらせず、ただの扇動と恨み言か。生者を馬鹿にするなよ、歪虚」
呟いてマリィアは目を細めた。
だが、その言葉から感じられる忌々しさとは対照的に、狙撃銃の狙いをつけるその動作は機械めいているほど冷静で性格だ。
「他者の言葉で折れる人間に狙撃はできない。私達はただ、実力を以て勝利に貢献する事だけが求められる」
上空を見る。仲間が作ってくれた好機を生かすべく待ち構えて──トリガーに指が掛けられる。
「共感しない、されない。戦場の戦士にとって重要な資質だと思うのだけどね」
銃声は果たして何発に聞こえたのか。一度きりにも思えたそれは重く響く。
銃弾は。
込められていた九発、すべて一度に放たれていた。
撃ち切った魔導銃に弾を詰め込みなおしながら、マリィアは呟く。
「CAMより落としやすい相手がCAMよりダメージを出してくるなら、その羽虫を先に叩き潰そうと思ったり統率できる小型を先にそちらに向かわせたりすると思わない? 堕落者から戦場を離すようコントロールできる可能性があるなら、誰だって試すでしょう?」
その言葉は確かに事実で、敵はこの時マリィアを捨て置けない存在と認識した。
……ただ。沢渡がわざわざ自分から小型狂気を放って追いかけっこをするよりかは。先に動くのは直接狙われた中型狂気の方だろう。
距離75~80。撃ち切ると共に直後リロードするならばその時点ではその場から動いていないことになる。この距離なら、真っ直ぐマリィアに向けて移動して撃てば。レーザーの射程は彼女を捉えることが出来たのだ。
かくして四門のレーザーが一気にマリィアの生命力を奪い取り、更に地上の小型狂気たちからも何度か攻撃を受ける。
ユグディラを背負っていることが、これらの攻撃からすら回避を困難にしていた。……残念ながら彼女は早期に戦線離脱となった。
ただ……それでも。尋常でない威力、回数の攻撃をそれでもこの時点まで行っていたことは確かだ。……であれば。一人のハンターが担うべきダメージはこの時すでに出せていたとも言える。
レーザー砲門は前に出るヴィガールと楓を中心に、時にサンダルフォンや地上へと向けられる。やるべきことは変わらない、大物の敵はハンターであると思わせ続けるために攻めあげるだけだ。
王に従い包囲してくる小型をアーサーは再び弾き飛ばして突破する。
距離を置き射線をこじ開ける戦いをする彼らは、ミグ機に徹甲榴弾での砲撃は可能にしていた。
以降、大きく戦局を変える動きがあったわけではない。複数回狙ってくるレーザーに耐えながらの削り合い。空の戦いはそうした形に収束していった。
地上での、対沢渡戦。先に手短に書いておくと今回ミレニアムは使えない。『逃げる』『隠れる』ことを積極的に行う敵だ。一度見せてしまえばそんなのをまともに相手にするよりさっさと別の場所へと向かいとりあえず兵士でも殺しておく。
かと言っていたちごっこの逃走と奇襲をただ許すという流れがずっと続く……とは、ならなかった。
統率された狂気を意識していた錬介とエステルが幾度かそれらしき集団を発見する。
そして、巻き込みを避けたいアルマが乱戦の手段として白龍の息吹を用いるようになっていたのだが……これが結構、沢渡にとって痛撃なのである。
アルマは白龍の息吹と共に、統率済みの狂気は過半数切らないよう調整し倒す事を提案していた。そう……沢渡にとって一つ怖れていた作戦がここに決まっている。半数が倒されれば支配対象は再設定できる。この性質に対する有効打の一つは──『狂気にBSを与えて放置』である。王の障壁は、抵抗力は上げていない。
そして決定打は、錬介が、本来は本来は救援に駆け付ける際の突破手段として連れてきていたGnome、掛矢鬼六……それが折を見ては設置していたbindである。
統率狂気の移動をできなくする、見えないそれがばら撒かれては致命的と、沢渡に早期決着を促す結果になっていた。
ならば今すぐ戦局を動かしうる、難易度と効果を鑑みて最も効率が良さそうな作戦はどれか。
──透を狙い、兵士たちの士気を一気に大きく削ぐこと。
真と共に兵士を護る彼は、これまでのハンターたちの全ての言葉を台無しにするのにうってつけになっていた。
……だが、ここにもう一つ、沢渡の目論見を大きく阻害する存在が居た。
一人は勿論、真。もとより真が透に同行を願い出たのはこのためだ。皆の……そして自分にとっても希望である透を傍で護るために、沢渡の襲撃はずっと警戒していた。
そして。もう一人は。
「はーいどうもどうも、初めまして。初対面だけど毎度お世話になっております沢渡さん」
アルスレーテである。彼女もまた真と同じ可能性を考え、透の方を警戒していたため、沢渡がそちらに向かうのを先んじて察知し、ママチャリの爆走で一手先に駆け付けることに成功した。
「お近づきの印にツナサンドとかどう? そこそこいいツナ使ってるわよ」
これまでの空気などまるで気にしていない、マイペースな問いかけに。
「これはこれはいつも応援ありがとう君の事は聞いたことも無いがね。ただ差し入れに飲食物は禁止でね? 観劇マナーとして覚えておいていただけるかな」
まだ焦りを見せることなく、沢渡は割とあっさり対応した。
「そう来るんだ、ここで」
「アドリブ対応能力は舞台役者の命綱だよ」
「成程ー。……とまあ、それはさておいて」
そこまで会話すると、アルスレーテは蹴りの一撃を沢渡に向けてお見舞いする。
(敵の話なんか聞くからいけないのよね。敵は敵、ぶん殴ればいいだけ)
器が小さかろうがどうしようが知ったことではない、自分はそんな要職にある存在でもないのだから、器が大きくある必要もない。
(兵士は兵士であればいいのよ。だから敵の話なんざスルースルー)
そんな思考と共に繰り出される一撃はこれまで狂気を叩き潰していたそれでは無い、意識を刈り取る、必殺の一撃……は、しかしここでは、避けられる。
対し沢渡は……一先ず彼女を、支配下の狂気で囲みに行って。
そして改めて、標的の方へと向き直るのだった。
「……実の所、結構耳が痛えんですよ、手前どもには」
チィが不意に、ポツリと言った。
「リアルブルーの人たちが不本意に連れてこられたのは事実でさぁ。それでも努力すりゃあ報われるってのは……でも本来、努力しなくても向こうの世界では普通に幸せだった。手前どもらはその上に胡坐かいてんでさあよね」
言いながらチィには分かっていた。これを吐くのもまた甘えだ。
「苦しいでさぁよ。後ろめてぇ。分かってた。向こうの世界に大事なものがあった。余計な苦労があった……──それが分かってても手前どもは今も、やっぱり、出会えたことが嬉しい、その気持ちの方がどうしても大きいんでさあ!」
叫ぶと、チィは狂気の群れへと突き進んでいく。だからこそ今ここで、奮起するのは辺境戦士たちであるべきなのだろう、それを示すように。
「お前今更なあ……」
透は苦笑した。多分言うまでも無いんだろうが、それでも改めて言う事にした。
「もしもの話なんか、俺は本当に要らないからな。俺だって、今更お前と出会わなかった人生なんて思いつかない。少なくとも、たとえリアルブルーの人間がこの世界ごとお前を嫌ったって……俺はお前が、大好きだよ」
それを、敢えて応える事にしたのは。
「……アルマさんはああ言うけどさ」
真の優しい視線を受けて、透はポツリと言う。
「俺は自分の我儘でしかないと思いながら命は懸けられないよ。自分の事だけならきっと妥協する。それでも闘わなきゃいけないなら……報われたい。誰かにこれでいいって言って欲しい。……正直、弱い人の弱さを、もう少し分かってくれないか、と思った」
結構、透は怒っている。軽くゼロ点と言い放てる、自分の心を尽くした言葉はそんなに容易く足蹴に出来るものか。演じて伝えることは、透にとって最も大事な部分だ。その結果を見下されて、流して置いておけるものではない。
「……透」
その時真が透にかけた声はしかし、諌めるものではなく純粋な警告だった。……沢渡が彼らの方を見たのは、この時だ。
「……『逃げずに生き残る努力位して貰わないと』か。簡単に言ってくれるよ、まったく」
苦笑して、透は沢渡を見つめる。決意を込めて。
──それが、『魔王』のやり方で、在り方だというのなら。
まあ、やってやろう。自分や沢渡の言葉の重みがどれ程なのか、示してやろうじゃないか。
覚悟を決めて己へと真っ直ぐ向かう透に、沢渡はいっそ憐れさすら込めた笑みを浮かべた。
「君もまた。唆されて壮大な貧乏くじを自ら引きに来るのか。気の毒だねえ」
その言葉に、透が意識を向けたのは沢渡ではなく真の方だった。
「俺は……やっぱり嬉しいですよ。大事な戦友が信じてくれる、尊敬する人が頼ってくれる──俺はやっぱりそれに報いたい! 当たり前の人間として、そう思う!」
決着を付けに行く透を、真は止めたり割り込もうとすることは無かった。ただ──共に闘うと、その意志で立っている。
「ここを乗り越えて……彼らに応えます。貴方たちが不在の間、少しでもこの世界を守ってみせると。そしてやっぱり、願うし、伝える! 信じてもらえることは力になる! 共に信じ、祈ってほしい!」
「──……それで『英雄でもない普通の人間』が皆うまくいくなら、私のようなものは生まれていないよ!」
沢渡の投刃が透に迫る。だが……真たちと共に、護り合いながら戦えば暫くしのげるのは以前の戦いで実証済み。
真は防衛に注力して、皆が駆けつけてくれるのを待つ。
アルスレーテの全身が金色のオーラを纏う。気功を練り衝撃波を放つとそれが貫いていった狂気の一体の横に彼女の姿は瞬間移動していた。背後は取れない。沢渡がそこの占有を緩めることは決してなかった。
「……下がってください! 道を拓きます!」
エステルが声を上げると共に、何処までも澄み切った蒼穹の輝きが、今度こそ敵だけになった空間を薙ぎ払い、フローと共に突き進む。
アルマもそれを追うように駆けつけ、錬介も掛矢鬼六に道を切り開かせて直行する。
それぞれに手段を用意していたハンターたちの集結が早い。……だがここで透に何も出来ずに退却すれば、沢渡の言葉はそれこそ失墜する。
中型狂気の支援も受けた狂気の群れと共に襲い掛かる沢渡の攻撃は、簡単には攻め落とせず、防ぎきれないものだ。
錬介の回復と防御も加わり耐え凌ぐが、長引く戦いで受け損ねた透が深い一撃を食らう……──!
「こなくそぉぉぉ!?」
やけくそのような声はハンターの誰でもない、周辺に居た兵士たちの一人から上がった。
沢渡に。統率された狂気たちに。ハンターたちの猛攻の合間に、時折兵士たちの誰かが放った弾丸が、魔法が、回復が混ざる。
それが……どうということは、無かった。別に戦況を何か変える訳ではない。攻撃は彼らの威力と比べたら正直誤差の範囲で。回復の効果は錬介のそれと比べるべくもなくて見てて如何にもじり貧だ。
ただ、応え、見せようというのだ。今この戦いにおいて、特に力のあるハンターたちが抜けたらどういう戦いになるのか。
透のようなどうにか前に立てる者が必死で凌ぎながら、とても必殺とは言えない攻撃でそれでも地味に削り続ける。
攻撃スキルを撃ちきってもまだまだ倒しきれやしない。対策を立てたって、そのためのスキルもやっぱり途中で切れるだろう。最終的には、一人一人、倒れながらも最後まで攻撃を加えて、そうして敵を滅ぼすまでに誰かが立ってたら勝ち。
それでも『上々の結果』で、壊滅し守るべき完全に無力な者もろとも滅ぶ場所もやはりあちこちにある。
それが『英雄になれない』者たちの戦いで結末。『かなり死ぬ』、と言われたその現実。
こういう風にしかできない。それを知ってほしいのはでも、責める為ではなくて。
「馬鹿げているよ……! 死を、意味の無い消滅を恐れないなら、君たちの方が狂っている!」
「ええそうですよ! 普通こんなのやってられないし、またきっと逃げ出せないか考える! だから……それでも、今これだけの人が闘ってる、それこそが彼らが見せている奇跡だ!」
初めは、邪神を倒すために仕方ない。そんな気持ちだったけれども。
共に闘い、余裕の顔を崩さずに闘い続け励ましてくれる彼らの姿に。
もしかしてもう少し期待できるのか。
もしかして……生き残る者たちに自分も居ると、願っていいのか。
……少なくとも、今ここは、彼らとともに切り抜ければ。明日また生きるための一歩になるじゃないか。
そんな彼らを否定するように、沢渡の元に支配下にある小型狂気が整列する。対応しようとしたアルマのポゼッションは間に合わない。一斉射撃がハンターと兵士たちを纏めて飲み込んで、光の晴れたその後には多くの者が傷付き倒れている。
だがここで……エステルは手にした指輪──星神器「レメトゲン」を掲げる。
「大精霊の加護は此処に! 空で戦う方も地で戦う方も全ての祈りと意思は大精霊の力となります! その力は邪神を倒し世界を再誕させる灯となりましょう! 閉じ行く未来ではなく、希望ある未来のために!」
高らかな声と共に、広範囲を魔力が満たす。味方には癒しの力、敵には滅びの力として。
焼き払われたその瞬間に、ハンターたちは距離を詰め、アルスレーテの一撃……『災いの娘』が、とうとう沢渡を捉える。
だが、強靭な抵抗力を持つ沢渡は意識を保ち……。
「やー、敵にしかもやっといていうのもホントなんだけど、ホントご愁傷様」
もう一撃。『繰り返す災い』が今度こそ、沢渡の意識を刈り取った……皆に囲まれたこの状況で。
エステルの、収束された雷撃が沢渡を貫く。瞬間のこととはいえ防御の力も削がれて……勝負は決して。
やがて……空の脅威も討たれた。
「沢渡さん、以前は約束を守って下さってありがとうございました」
倒れ逝く沢渡に、エステルが声をかける。
「永遠に思える繰り返しであっても、終幕の時は訪れるものです──貴方の悪夢にどうか終わりを」
同時に、降り立ったサンダルフォンからメアリも呼び掛ける。
「完璧で最悪な、悪役としてこの戦場の舞台に立ちたかったのでしょうが、私は貴方に同情しますよ沢渡さん。運命に選ばれた配役から逃れられず、手を差し伸べられたり守るものも得られず、孤独と絶望で悪に染まろうとした悲劇の貴方に。演じている部分ではなく本質に」
それを、沢渡は。
「──何を言っているのだか。あの時私が彼らを殺さなかったのは一片の良心だと言う事にでもしたいかね? 戦略と悪意しか無かったに決まってるだろう」
滅びく逝くその時まで、嘲弄の態度を崩さずに、心底うっとおしそうに払いのけた。
「君たちは本当に、何一つまともに見えちゃあいないなあ。そんなことをして……私に殺された者たちを愚弄しているとは思わないのかね?」
彼が許さないこと。彼の演目。
「【都合のいいことだけ引っ張り出して美化するな】。クリムゾンウェストの所業も、君たちの選択も──私もね」
その裏にある多くの死と理不尽が軽視されること。英雄になれない普通の人が迎える、普通の結末。
「『可哀想な私』を『救って差し上げる』『お優しい物語』として記憶されるなど御免だよ。そんな『万人好み』、私向きかと思ったなら自分の勝手な願望ばかり言って私のことなど何も見てないと言うのだよ。虫唾の走る偽善者ちゃんたち」
そう言って彼は消える。反省などしない、同情されればそこに付け入って更に踏みにじる──世界にありふれた悪党の立ち振る舞いのまま。
それでも。
「……世界が報われる物語ばかりじゃないことなんて、良く思い知ってる」
メアリはぽつりとつぶやいた。
「選んだ道を、犠牲になって未来に繋ごうとした人達を知っている私には迷いなんてない、振り返らない」
どこまでが演技で。
何が主題だったのか。
どうでもいい。
結局は──観たもの一人一人に、何が一番刺さるかだ。
アーサー・ホーガン(ka0471)の刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」、ウィガールと、アリア(ka2394)の同じくルクシュヴァリエ、楓。それからメアリ・ロイド(ka6633)のR7エクスシア、サンダルフォンである。
「貴方のそれは演技でしかありません。舞台上で見たかった。伊佐美さんの想いの方が荒削りでも本物です。現実では作られた狂気に恐怖なんて感じねーな」
上昇しながら、まだ届くその範囲で沢渡にそう呼びかける。返ってきたのは鼻で笑い飛ばすような態度だった。
「演技は技術でなく心というやつかね。散々聞かされるやつだが下らんね……実際に親を失った素人と演技のプロ、どちらの悲劇が心を打つか、見比べてみたいと思うのかね?」
言い返されながら、声の出所を探ろうとメアリが、アリアが地上に意識を向けて、しかし。
「……っ! 一旦おしゃべりと捜索は中断だ! 来るぞ!」
アーサーの声に二人とも、慌てて向かう先へと視線を戻す。
猛接近する気配を中型狂気が放っておくわけが無かった。三機にそれぞれ一発ずつレーザーが放たれる──一発は、相変わらず空に展開する戦士の一人に向けられた。
ウィガールはアーサーの鮮やかな操作で機敏に避けたが、空中の不安定さに囚われたアリアと、機動性がそこまで万全ではないメアリ機は、やはり気を逸らしていた直後ということも有って被弾する。
「迷惑なクジラさんだね」
アリアが呟いた。
中型狂気のみならず統率された個体たち──地上の観察をしながらこれらの相手をする余裕など、到底ありそうには無かった。
「あ、お芝居終わりましたです?」
地上で沢渡に最初に声をかけたのは、アルマ・A・エインズワース(ka4901)である。
「とっても面白かったです!」
わぁい、とはしゃいだ歓声すら上げてみせて、そして、
「けど……」
そうしてその笑顔のまま、無邪気さだけがそこからスッと消えた。
「僕的に、主張としてはゼロ点ですねぇ?えぇ、お二人とも」
現れるのは『魔王の卵』としての姿。
「だって僕の正義は君の悪で、君の正義は僕の悪なんですもん。なら大事なものだけ抱えて、邪魔する嫌なのは全部燃やしちゃえば一緒かなって」
彼は言う。そもそも正義や善悪論で動く時点はもうとっくに過ぎ去っていると。
「所詮我儘のぶつけ合いですー。だから、僕は思いっきり我儘になることにしたです」
大事な物を守り後の世代が最大の脅威と直面しなくていい未来も手に入れ、その上で生きて帰ると。
そこまでは、沢渡は静かに聞いていた。それは結局「アルマの」話だ。出来る者の話。アルマ自身も認める強者の──それが出来ると信じられる者の──理論で、兵士たちに通じるものではない。なら言わせておけばいいと。
「それでも、一緒に来る『お友達』になら見せてあげられるです。逃げずに生き残る努力位して貰わないとですー」
しかし、そう言った途端、沢渡の纏う空気が変わる。
「──『見せてあげられる』? 言い切るじゃないか。現実、これまでの戦いでどれ程の兵士が亡くなったか分かってて言うのかね? 君たちは守りきれてなどいないくせに」
多くの『普通に生きて来た者たち』が、『未来のために死んでくれ、嫌なら何とか頑張ってくれ』で納得してるとでもと思うのか。
「『逃げずに生き残る努力位しろ』? 殲滅を選ばなければ。大精霊が勝手に呼んだりしなければ。しなくて良かった努力だろうに。弱い者にまで押しつけておいてその自覚もなく、乗り越えられなかったら自己責任と転化する──その驕りと盲目を許すなと、私は言うのだよ」
異世界間に来た誰かが幸せになっていれば。連れてこられたせいで狂わされた人生は。死なずに済んだ人間の事は無かったことか。
「クリムゾンウェストこそが、永劫の苦しみに囚われるべき世界だ! 殺されたリアルブルー人への報いとして!」
アルマの言葉は。沢渡の歪んだ恨みをはっきり浮き立たせるものだった。アルマにも友人を傷付けられた恨みでここに来たが、こうなった沢渡にそれで凄んで見せても怯ませる事にはならないだろう──沢渡自身が、復讐の権化なのだから。
『吠えたな、歪虚。しかしおぬしらこそ追い詰められているのではないかな?』
次に響き渡った声は、ミグ・ロマイヤー(ka0665)のダインスレイブ、ヤクト・バウ・PCに搭載された 魔導拡声機「ナーハリヒト」からのものだ。
『真に追い詰められているのは歪虚の方であるよ。なぜなら我らに離間の計を仕掛けているからの──もはや我らを分断することでしか歪虚が我らに勝つすべがないことの証左である』
論には論。相手の行動を論破し反論させることで声を上げさせ、居場所を探ろうという作戦だった。
『力だけで勝てるのなら論など不要。それに歪虚は歪虚のためにしか言葉を語らぬ。……では何故我らを惑わすか? 我らの団結を崩すことでしか勝てないからじゃ』
派手に拡声し広く呼びかけるのは謀略だけに留まらない。
『諸君らは無力ではない。一人一人は弱いかもしれぬが皆が結束することでこそ我らは歪虚を追い詰めている』
その対象は、沢渡のみならず兵士たちにも。
『凱歌を上げよ、勝利まではあと一歩ぞ。敵の甘言に惑わされまいぞ』
景気よくぶち上げられた、勝利への論理。はたして沢渡はそれに。
「弱い者は犠牲にして勝利する、そのことを言わないそちらの方が余程甘言では無いかね?」
ただ一言、兵士たちを慰めるような声でそう一言だけ答えた。
無数に蠢く狂気たちの合間から発せられる声ははっきりと居場所を特定できるものではない。だが、おおよその位置が分かれば、とミグは照準を合わせようとして……しかし。砲撃は、直ぐに断念することになる。
直径30スクエアの広範囲を無差別に焼き払って無事な場所は今回の状況においては存在しない。グランドスラムの出番はこの戦いではとうとう訪れることは無かった。
そしてこの機会においては、エステル・ソル(ka3983)の蒼燐華や、アルマの暁の呼び声も同様である。
位置を大まかにしか把握できない状態で確実に当てようとしたのだろうがしかし、それ故に兵士を巻き込まないように撃つことはどれもできなかった。
『俺は、守護者として邪神戦の主力の1人となる立場だ──だがな、守護者だけじゃ、限られた精鋭だけじゃ、邪神まで辿り着くことさえできやしねぇ』
再び拡声器から響く声は、アーサーの物だった。
(舌戦で、俺に勝ち目なんてねぇからな。いつも通り、言いたいことを言うだけだぜ)
そんな心情で呟かれる言葉は、だから、穏やかで平坦で。それが飾らない本音を感じさせた。
『道を切り開いてくれる奴がいるから、戦いの舞台に立つことができる。世界を守り続ける奴がいるから、邪神と戦い続けられる。俺たちはな、現在進行形で借りを作っていて、それを際限なく溜め続けて行くんだ。邪神を倒すくらいしないと返しきれねぇんだよ』
空に輝きが生まれる。ウィガールと楓が再び、搭乗者の力を光の刃へと変えて、小型狂気たちを貫いていく。だが……敵はまだまだ多い。
『……今だって同じだぜ? 沢渡を倒すには、無数にいる小型どもが邪魔だ。数が多すぎて、俺達だけじゃ対応しきれねぇ。沢渡に集中できるようにするための、お膳立てが必要なんだ──だから』
アーサーは呼びかける。特別でない、ここに居るすべての者に。
『頼って、良いよな?』
シンプルに、そのことを。
その、上空からの言葉に呼応するように。
劣勢の兵士たちの元へと駆けつけながら、鞍馬 真(ka5819)もまた常に声を上げて呼びかけていた。
「立場も強さも関係無い。一緒に頑張ろう」
一部のハンターだけではなく、全員が、全ての戦いが大切なんだと。
……実際に、彼ほどのハンターが手数を割いて、危険を聞きつけてやって来てくれることは、『必要としている』という言葉のこの上ない後押しとなる。
それが口先だけにならないように、真は果敢に密度の高い狂気の群れの前に立つ。
「一度私の前から離れて!」
一声かけると共に、二刀流から派生させた衝撃波で直線状の敵を纏めて薙ぎ倒していく。
一撃では滅ぼしきれなかったそれらは、真に敵意を向けて取り囲もうとして……透の刀が牽制して阻止する。真が連れて来たユキウサギ、セレーネが向かい来る集団の一体を回転しながらの斬撃で怯ませると、もつれた集団に向けてチィが刺突を繰り出す。
「苦しくてもここまで来たんだ。皆で勝利を掴みたい」
傍から見るとやはり真の実力が突出している。それでも彼らは共に闘った。押し寄せる敵の数を減らしては立て直しまでの時間を稼ぎ、そしてまた、他に救援が必要な場所へと駆けつけていく。
「……皆で勝利を、か」
そんな彼らのその背をちらりと見ながら、誰かが呟いた。その声は、まだどこか遠い世界の話をするようだった。
「巡ってきたリベンジの機会……ですが、すっかり乱戦ですね」
鳳城 錬介(ka6053)はぼやくように呟いた。
混迷の状況はすぐには打開できていない。
アルスレーテ・フュラー(ka6148)は眼前の狂気に蹴りを入れながら、最初に沢渡が消えた狂気が密集する周辺に意識を向けて……そして、気配が遠ざかっていくのを感じた。
エステルはワイバーンのフローに跨り、上から沢渡を探しだそうとしていたが、単独で見通しがいい場所に浮かび上がれば……相手からすれば格好の集中砲火の的だ。上空からの偵察には、射線への対策が必須だった。統率された狂気からの束ねられた熱線の他、あちこちの狂気からも攻撃され、フローはいきなり大きく負傷することになる。
それをみてアルマのポロウもすぐに下降せざるを得なかった。
錬介が地上でかけたミレニアムは、フローの回復のために集中を解くことになる。
(何もかも全ては難しいと思いますが、それでも出来るだけの事はしましょう──今度こそは、何とかしてみせますよ!)
気を引き締め直して……錬介は、統率された動きを見せる小型狂気が居ないかと周囲に目を走らせる。
再び空中の戦い。
アーサーのウィガールが両腕を組むようにして前方へと伸ばす。想いを籠めるような動作は次の瞬間、光の刃を生み、一直線に敵だけを貫いて、そのまま中型狂気も巻き込んでいく。
アリアの楓が構える灼滅剣「イシュカルド」に魔法紋が浮かび上がる。纏うマテリアルの出力を彼女は一気に最大限まで上昇させた。カーブを描くように移動、接近と離脱をしながら、軌道上の小型狂気を薙ぎ切っていく。
メアリは射撃位置で、中型狂気を直接狙いに行く。レーザー砲門を狙いたいところだったが……適切なスキルを用いずに特定の箇所に狙いをつけるのはそう簡単なことではない。単独で狙うには好機を逃さねばならないこともあった。
彼らの攻撃は、中型狂気に彼らの脅威度の高さを十分認識させた。統率された小型狂気たちが彼らに取り付こうと近づき、熱線を浴びせてくる。
これで良い。中型狂気の意識が今己に最も向いたことはむしろアーサーの目論見通りと言えた。
対地制圧とそれによる威圧、王の防壁と攻撃による沢渡の支援がこれの役割ならば。対地攻撃に専念されないよう気を引くことが彼らの役目となる。
兵士たちと共にハンターたちも防衛に回れば、物量に任せて一気に押し切ってくるだろう。こちらの相手に集中せざるを得ないように……ここは、攻める!
ウィガールが暴風のようにマテリアルを纏う。突き進み、己を囲わんとする小型狂気の群れを突破、そのまま中型狂気周囲に居る小型狂気たちを引きはがすように弾き飛ばす。
交差するように楓がまた駆け抜けていた。擦り抜け様の斬撃は当たらずとも小型狂気たちを怯ませ、隙間をこじ開けていく。
──中型狂気の巨体が、不意に激しく揺れた。
アーサーの攻撃も。アリアが常に中型狂気からの離脱を心掛けていたことも。直接攻撃以上に目的はこちら。射線をこじ開け、地上からの狙撃の邪魔とならないこと。
そして。
ハンター一個分隊による一斉射撃かと思うほどの高威力、精密な射撃は──マリィア・バルデス(ka5848)一人によって行われたものだった。
「死者の努力は報われない。生者の努力は報われることもある。その努力すらせず、ただの扇動と恨み言か。生者を馬鹿にするなよ、歪虚」
呟いてマリィアは目を細めた。
だが、その言葉から感じられる忌々しさとは対照的に、狙撃銃の狙いをつけるその動作は機械めいているほど冷静で性格だ。
「他者の言葉で折れる人間に狙撃はできない。私達はただ、実力を以て勝利に貢献する事だけが求められる」
上空を見る。仲間が作ってくれた好機を生かすべく待ち構えて──トリガーに指が掛けられる。
「共感しない、されない。戦場の戦士にとって重要な資質だと思うのだけどね」
銃声は果たして何発に聞こえたのか。一度きりにも思えたそれは重く響く。
銃弾は。
込められていた九発、すべて一度に放たれていた。
撃ち切った魔導銃に弾を詰め込みなおしながら、マリィアは呟く。
「CAMより落としやすい相手がCAMよりダメージを出してくるなら、その羽虫を先に叩き潰そうと思ったり統率できる小型を先にそちらに向かわせたりすると思わない? 堕落者から戦場を離すようコントロールできる可能性があるなら、誰だって試すでしょう?」
その言葉は確かに事実で、敵はこの時マリィアを捨て置けない存在と認識した。
……ただ。沢渡がわざわざ自分から小型狂気を放って追いかけっこをするよりかは。先に動くのは直接狙われた中型狂気の方だろう。
距離75~80。撃ち切ると共に直後リロードするならばその時点ではその場から動いていないことになる。この距離なら、真っ直ぐマリィアに向けて移動して撃てば。レーザーの射程は彼女を捉えることが出来たのだ。
かくして四門のレーザーが一気にマリィアの生命力を奪い取り、更に地上の小型狂気たちからも何度か攻撃を受ける。
ユグディラを背負っていることが、これらの攻撃からすら回避を困難にしていた。……残念ながら彼女は早期に戦線離脱となった。
ただ……それでも。尋常でない威力、回数の攻撃をそれでもこの時点まで行っていたことは確かだ。……であれば。一人のハンターが担うべきダメージはこの時すでに出せていたとも言える。
レーザー砲門は前に出るヴィガールと楓を中心に、時にサンダルフォンや地上へと向けられる。やるべきことは変わらない、大物の敵はハンターであると思わせ続けるために攻めあげるだけだ。
王に従い包囲してくる小型をアーサーは再び弾き飛ばして突破する。
距離を置き射線をこじ開ける戦いをする彼らは、ミグ機に徹甲榴弾での砲撃は可能にしていた。
以降、大きく戦局を変える動きがあったわけではない。複数回狙ってくるレーザーに耐えながらの削り合い。空の戦いはそうした形に収束していった。
地上での、対沢渡戦。先に手短に書いておくと今回ミレニアムは使えない。『逃げる』『隠れる』ことを積極的に行う敵だ。一度見せてしまえばそんなのをまともに相手にするよりさっさと別の場所へと向かいとりあえず兵士でも殺しておく。
かと言っていたちごっこの逃走と奇襲をただ許すという流れがずっと続く……とは、ならなかった。
統率された狂気を意識していた錬介とエステルが幾度かそれらしき集団を発見する。
そして、巻き込みを避けたいアルマが乱戦の手段として白龍の息吹を用いるようになっていたのだが……これが結構、沢渡にとって痛撃なのである。
アルマは白龍の息吹と共に、統率済みの狂気は過半数切らないよう調整し倒す事を提案していた。そう……沢渡にとって一つ怖れていた作戦がここに決まっている。半数が倒されれば支配対象は再設定できる。この性質に対する有効打の一つは──『狂気にBSを与えて放置』である。王の障壁は、抵抗力は上げていない。
そして決定打は、錬介が、本来は本来は救援に駆け付ける際の突破手段として連れてきていたGnome、掛矢鬼六……それが折を見ては設置していたbindである。
統率狂気の移動をできなくする、見えないそれがばら撒かれては致命的と、沢渡に早期決着を促す結果になっていた。
ならば今すぐ戦局を動かしうる、難易度と効果を鑑みて最も効率が良さそうな作戦はどれか。
──透を狙い、兵士たちの士気を一気に大きく削ぐこと。
真と共に兵士を護る彼は、これまでのハンターたちの全ての言葉を台無しにするのにうってつけになっていた。
……だが、ここにもう一つ、沢渡の目論見を大きく阻害する存在が居た。
一人は勿論、真。もとより真が透に同行を願い出たのはこのためだ。皆の……そして自分にとっても希望である透を傍で護るために、沢渡の襲撃はずっと警戒していた。
そして。もう一人は。
「はーいどうもどうも、初めまして。初対面だけど毎度お世話になっております沢渡さん」
アルスレーテである。彼女もまた真と同じ可能性を考え、透の方を警戒していたため、沢渡がそちらに向かうのを先んじて察知し、ママチャリの爆走で一手先に駆け付けることに成功した。
「お近づきの印にツナサンドとかどう? そこそこいいツナ使ってるわよ」
これまでの空気などまるで気にしていない、マイペースな問いかけに。
「これはこれはいつも応援ありがとう君の事は聞いたことも無いがね。ただ差し入れに飲食物は禁止でね? 観劇マナーとして覚えておいていただけるかな」
まだ焦りを見せることなく、沢渡は割とあっさり対応した。
「そう来るんだ、ここで」
「アドリブ対応能力は舞台役者の命綱だよ」
「成程ー。……とまあ、それはさておいて」
そこまで会話すると、アルスレーテは蹴りの一撃を沢渡に向けてお見舞いする。
(敵の話なんか聞くからいけないのよね。敵は敵、ぶん殴ればいいだけ)
器が小さかろうがどうしようが知ったことではない、自分はそんな要職にある存在でもないのだから、器が大きくある必要もない。
(兵士は兵士であればいいのよ。だから敵の話なんざスルースルー)
そんな思考と共に繰り出される一撃はこれまで狂気を叩き潰していたそれでは無い、意識を刈り取る、必殺の一撃……は、しかしここでは、避けられる。
対し沢渡は……一先ず彼女を、支配下の狂気で囲みに行って。
そして改めて、標的の方へと向き直るのだった。
「……実の所、結構耳が痛えんですよ、手前どもには」
チィが不意に、ポツリと言った。
「リアルブルーの人たちが不本意に連れてこられたのは事実でさぁ。それでも努力すりゃあ報われるってのは……でも本来、努力しなくても向こうの世界では普通に幸せだった。手前どもらはその上に胡坐かいてんでさあよね」
言いながらチィには分かっていた。これを吐くのもまた甘えだ。
「苦しいでさぁよ。後ろめてぇ。分かってた。向こうの世界に大事なものがあった。余計な苦労があった……──それが分かってても手前どもは今も、やっぱり、出会えたことが嬉しい、その気持ちの方がどうしても大きいんでさあ!」
叫ぶと、チィは狂気の群れへと突き進んでいく。だからこそ今ここで、奮起するのは辺境戦士たちであるべきなのだろう、それを示すように。
「お前今更なあ……」
透は苦笑した。多分言うまでも無いんだろうが、それでも改めて言う事にした。
「もしもの話なんか、俺は本当に要らないからな。俺だって、今更お前と出会わなかった人生なんて思いつかない。少なくとも、たとえリアルブルーの人間がこの世界ごとお前を嫌ったって……俺はお前が、大好きだよ」
それを、敢えて応える事にしたのは。
「……アルマさんはああ言うけどさ」
真の優しい視線を受けて、透はポツリと言う。
「俺は自分の我儘でしかないと思いながら命は懸けられないよ。自分の事だけならきっと妥協する。それでも闘わなきゃいけないなら……報われたい。誰かにこれでいいって言って欲しい。……正直、弱い人の弱さを、もう少し分かってくれないか、と思った」
結構、透は怒っている。軽くゼロ点と言い放てる、自分の心を尽くした言葉はそんなに容易く足蹴に出来るものか。演じて伝えることは、透にとって最も大事な部分だ。その結果を見下されて、流して置いておけるものではない。
「……透」
その時真が透にかけた声はしかし、諌めるものではなく純粋な警告だった。……沢渡が彼らの方を見たのは、この時だ。
「……『逃げずに生き残る努力位して貰わないと』か。簡単に言ってくれるよ、まったく」
苦笑して、透は沢渡を見つめる。決意を込めて。
──それが、『魔王』のやり方で、在り方だというのなら。
まあ、やってやろう。自分や沢渡の言葉の重みがどれ程なのか、示してやろうじゃないか。
覚悟を決めて己へと真っ直ぐ向かう透に、沢渡はいっそ憐れさすら込めた笑みを浮かべた。
「君もまた。唆されて壮大な貧乏くじを自ら引きに来るのか。気の毒だねえ」
その言葉に、透が意識を向けたのは沢渡ではなく真の方だった。
「俺は……やっぱり嬉しいですよ。大事な戦友が信じてくれる、尊敬する人が頼ってくれる──俺はやっぱりそれに報いたい! 当たり前の人間として、そう思う!」
決着を付けに行く透を、真は止めたり割り込もうとすることは無かった。ただ──共に闘うと、その意志で立っている。
「ここを乗り越えて……彼らに応えます。貴方たちが不在の間、少しでもこの世界を守ってみせると。そしてやっぱり、願うし、伝える! 信じてもらえることは力になる! 共に信じ、祈ってほしい!」
「──……それで『英雄でもない普通の人間』が皆うまくいくなら、私のようなものは生まれていないよ!」
沢渡の投刃が透に迫る。だが……真たちと共に、護り合いながら戦えば暫くしのげるのは以前の戦いで実証済み。
真は防衛に注力して、皆が駆けつけてくれるのを待つ。
アルスレーテの全身が金色のオーラを纏う。気功を練り衝撃波を放つとそれが貫いていった狂気の一体の横に彼女の姿は瞬間移動していた。背後は取れない。沢渡がそこの占有を緩めることは決してなかった。
「……下がってください! 道を拓きます!」
エステルが声を上げると共に、何処までも澄み切った蒼穹の輝きが、今度こそ敵だけになった空間を薙ぎ払い、フローと共に突き進む。
アルマもそれを追うように駆けつけ、錬介も掛矢鬼六に道を切り開かせて直行する。
それぞれに手段を用意していたハンターたちの集結が早い。……だがここで透に何も出来ずに退却すれば、沢渡の言葉はそれこそ失墜する。
中型狂気の支援も受けた狂気の群れと共に襲い掛かる沢渡の攻撃は、簡単には攻め落とせず、防ぎきれないものだ。
錬介の回復と防御も加わり耐え凌ぐが、長引く戦いで受け損ねた透が深い一撃を食らう……──!
「こなくそぉぉぉ!?」
やけくそのような声はハンターの誰でもない、周辺に居た兵士たちの一人から上がった。
沢渡に。統率された狂気たちに。ハンターたちの猛攻の合間に、時折兵士たちの誰かが放った弾丸が、魔法が、回復が混ざる。
それが……どうということは、無かった。別に戦況を何か変える訳ではない。攻撃は彼らの威力と比べたら正直誤差の範囲で。回復の効果は錬介のそれと比べるべくもなくて見てて如何にもじり貧だ。
ただ、応え、見せようというのだ。今この戦いにおいて、特に力のあるハンターたちが抜けたらどういう戦いになるのか。
透のようなどうにか前に立てる者が必死で凌ぎながら、とても必殺とは言えない攻撃でそれでも地味に削り続ける。
攻撃スキルを撃ちきってもまだまだ倒しきれやしない。対策を立てたって、そのためのスキルもやっぱり途中で切れるだろう。最終的には、一人一人、倒れながらも最後まで攻撃を加えて、そうして敵を滅ぼすまでに誰かが立ってたら勝ち。
それでも『上々の結果』で、壊滅し守るべき完全に無力な者もろとも滅ぶ場所もやはりあちこちにある。
それが『英雄になれない』者たちの戦いで結末。『かなり死ぬ』、と言われたその現実。
こういう風にしかできない。それを知ってほしいのはでも、責める為ではなくて。
「馬鹿げているよ……! 死を、意味の無い消滅を恐れないなら、君たちの方が狂っている!」
「ええそうですよ! 普通こんなのやってられないし、またきっと逃げ出せないか考える! だから……それでも、今これだけの人が闘ってる、それこそが彼らが見せている奇跡だ!」
初めは、邪神を倒すために仕方ない。そんな気持ちだったけれども。
共に闘い、余裕の顔を崩さずに闘い続け励ましてくれる彼らの姿に。
もしかしてもう少し期待できるのか。
もしかして……生き残る者たちに自分も居ると、願っていいのか。
……少なくとも、今ここは、彼らとともに切り抜ければ。明日また生きるための一歩になるじゃないか。
そんな彼らを否定するように、沢渡の元に支配下にある小型狂気が整列する。対応しようとしたアルマのポゼッションは間に合わない。一斉射撃がハンターと兵士たちを纏めて飲み込んで、光の晴れたその後には多くの者が傷付き倒れている。
だがここで……エステルは手にした指輪──星神器「レメトゲン」を掲げる。
「大精霊の加護は此処に! 空で戦う方も地で戦う方も全ての祈りと意思は大精霊の力となります! その力は邪神を倒し世界を再誕させる灯となりましょう! 閉じ行く未来ではなく、希望ある未来のために!」
高らかな声と共に、広範囲を魔力が満たす。味方には癒しの力、敵には滅びの力として。
焼き払われたその瞬間に、ハンターたちは距離を詰め、アルスレーテの一撃……『災いの娘』が、とうとう沢渡を捉える。
だが、強靭な抵抗力を持つ沢渡は意識を保ち……。
「やー、敵にしかもやっといていうのもホントなんだけど、ホントご愁傷様」
もう一撃。『繰り返す災い』が今度こそ、沢渡の意識を刈り取った……皆に囲まれたこの状況で。
エステルの、収束された雷撃が沢渡を貫く。瞬間のこととはいえ防御の力も削がれて……勝負は決して。
やがて……空の脅威も討たれた。
「沢渡さん、以前は約束を守って下さってありがとうございました」
倒れ逝く沢渡に、エステルが声をかける。
「永遠に思える繰り返しであっても、終幕の時は訪れるものです──貴方の悪夢にどうか終わりを」
同時に、降り立ったサンダルフォンからメアリも呼び掛ける。
「完璧で最悪な、悪役としてこの戦場の舞台に立ちたかったのでしょうが、私は貴方に同情しますよ沢渡さん。運命に選ばれた配役から逃れられず、手を差し伸べられたり守るものも得られず、孤独と絶望で悪に染まろうとした悲劇の貴方に。演じている部分ではなく本質に」
それを、沢渡は。
「──何を言っているのだか。あの時私が彼らを殺さなかったのは一片の良心だと言う事にでもしたいかね? 戦略と悪意しか無かったに決まってるだろう」
滅びく逝くその時まで、嘲弄の態度を崩さずに、心底うっとおしそうに払いのけた。
「君たちは本当に、何一つまともに見えちゃあいないなあ。そんなことをして……私に殺された者たちを愚弄しているとは思わないのかね?」
彼が許さないこと。彼の演目。
「【都合のいいことだけ引っ張り出して美化するな】。クリムゾンウェストの所業も、君たちの選択も──私もね」
その裏にある多くの死と理不尽が軽視されること。英雄になれない普通の人が迎える、普通の結末。
「『可哀想な私』を『救って差し上げる』『お優しい物語』として記憶されるなど御免だよ。そんな『万人好み』、私向きかと思ったなら自分の勝手な願望ばかり言って私のことなど何も見てないと言うのだよ。虫唾の走る偽善者ちゃんたち」
そう言って彼は消える。反省などしない、同情されればそこに付け入って更に踏みにじる──世界にありふれた悪党の立ち振る舞いのまま。
それでも。
「……世界が報われる物語ばかりじゃないことなんて、良く思い知ってる」
メアリはぽつりとつぶやいた。
「選んだ道を、犠牲になって未来に繋ごうとした人達を知っている私には迷いなんてない、振り返らない」
どこまでが演技で。
何が主題だったのか。
どうでもいい。
結局は──観たもの一人一人に、何が一番刺さるかだ。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/08/04 01:09:38 |
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質問卓 鞍馬 真(ka5819) 人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/07/31 08:41:04 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/02 16:22:57 |