• 血断

【血断】未来への祈りを

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
イベント
難易度
やや難しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/08/08 07:30
完成日
2019/08/18 18:04

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 祈り――とは何か。

 紡伎 希(kz0174)はふと、そんな事を思い浮かべていた。
 あの頃、深き絶望の環の中に居た頃、“祈る”という事はしなかった。
 どんなに祈っても願っても、叶う事がない底の無い絶望が全てを支配していたから。
「最近、思うのです。祈るって、今を……いえ、明日でも1刻でも、ほんの先の事でも、こうなって欲しいという“未来”を願う事なのではないかと」
「……そう、ですね……そうあって欲しいです」
 答えたのは仮面の剣士(ネムレス)であった。
 未来の不幸を願うのは呪いだろう。だとすれば、希望ある未来を願う事は、祈り――なのかもしれない。
 ネムレスはゆっくりとした動作で仮面を外す。
「不思議な事に、この仮面を通じてみると、人々の祈りが“見える”気がするのです」
 勿論、彼の仮面にそんな能力は付いていない。
 それでも、ネムレスの瞳には、そんな風に、今の世の中が映って見えた。
 多くの哀しみと犠牲を背負って、あるいは腕一杯に抱えて、涙を流しながら、邪神との決戦にまで到達した。
「祈りは決して無力ではありません。その想いはマテリアルの流れを生み出し、そして、願う未来へと繋いでくれるのです」
「未来への祈り……ですか。それが、今、この街で――」
 希は視線をリゼリオの街へと向けた。
 大勢の人々が祈っている。ハンター達の勝利を、この世界の未来を。
 ネムレスが仮面を装着すると“大太刀”を手にしてスッと立ち上がった。
 首を傾げる希にネムレスは微笑を浮かべて応える。
「ここは邪神勢力に対抗する最重要拠点の一つです。“敵”が放置しておくとは思えません」
「襲撃があるのですか!?」
「敵が狙っているのか、あるいは偶然なのかは分かりませんが……備えておいて不足はないでしょう。私はそれが理由で、此処にいるのですから」
 確信はない。ただ、祈りがマテリアルの流れを生み出すのであれば、その流れを察知する歪虚が居ても不思議ではない。
 彼の思った通り、数刻後、リゼリオの郊外に邪神勢力が姿を現したのであった。


「こんな敵……残された防衛戦力では、防ぎ切れないかも……」
 敵の情報を持ってきた先輩受付嬢に希は告げた。
 主力となる戦力は邪神との決戦に臨んでいるのだ。ハンター達に呼び掛けても、一体、どれだけの人達が来てくれるか……。
「それでもやるしかないわね。私も戦えないけど、此処には残るつもりよ」
 資料には敵の姿が記されている。
 巨大な船のような姿。その底にタイヤのようなキャタピラのようなものが付いており、陸上からリゼリオに迫って来るのだ。
「ミノリ先輩……」
「異世界からの船ってさ。なんか、あの時を思い出すな~。私がまだ、受付嬢見習いだった時、幻でも見てるのかなって程、大きい戦艦がこの世界にやって来てさ、そりゃ、もう凄い騒ぎだったんだから」
 先輩受付嬢は海の方角を見つめて数年前の事を語りだした。
 あの時、世界の行く末が今のようになると、誰が想像できただろうか。
「もしかして、あの陸上から来る船も、実は味方だったらいいな……とか……だけど、そんな事は絶対にない」
 モニターに映し出された“それ”は世界全てを破壊せんと、大地を蹂躙しながらリゼリオの街へと向かっていた。
 幸いな事に小さい村や集落は避難が完了している。人的な被害はないだろうが……それでも、何も知らない動物や自然は無慈悲に破壊されているのだ。
 あれが、平和の使者な訳ではない。どう見ても、世界を滅ぼそうとする存在だ。
「あんな化け船に、この街をくれてあげるのは勿体ないわ。ノゾミちゃんはどうする?」
「勿論、戦います!」
「頼もしい限りね。でも、何か手段がないと……」
 敵船に乗り込むための準備は出来ていない。強引に止めようとしても、あのサイズだ。
 CAM何機かでは抑えられるものでもないだろう。
「……それでも、私は戦います。ハンターの皆様に沢山の恩があるのです。ここで逃げる訳には行きません!」
「ノゾミちゃん……」
「それに……手段は絶対にあります!」
 力強く叫ぶ希に先輩受付嬢は頷いた。
「分かったわ……私も出来るだけ手伝うから!」
「はいっ! よろしくお願いします!」
 希はそう言って駆け出した。
 この街の――未来への祈りを守る為に。


 勢い良く屋敷の扉が開かれ、希は躊躇なく入る。
「オキナ! オキナは居ますか?」
 リゼリオ郊外に構えた【魔装】の屋敷であり、オキナの拠点だ。
 だが、踏み込んだ所に居たのは、同じ髪と瞳を持つ一人の中年男性だった。
「えっと……お嬢ちゃんはオキナさんのお知り合いですか?」
「は、はい。急いでいるのですが……」
「オキナだったら、先程、出て行ったよ……あの化け船を止めるって」
 中年男性は両肩を竦めて言った。
 あのオキナの事だ。何か作戦があるのだろうか。
「分かりました。あの……貴方様は?」
「あぁ、ごめんね。私はルストと言う。オキナさんの知り合いだ」
 おっさんの自己紹介に希は丁寧に頭を下げた。
「私は紡伎希です。ルスト様は一刻も早く、ここから避難して下さい。敵の進路上ですので」
「ありがとう。だけど、ここに残るよ」
 ルストは笑顔を浮かべると、掃除道具を手に二階へと上がっていく。
「そうそう、オキナさんから言付けがあるよ。もし、君が来たら……“部屋の鍵は開けてある”ってね」
「っ!」
 希は階段を駆け上がると豪華な扉のノブを回した。
 確かに鍵は開いていた。
「普段はオキナしか入れないけど……何か大事なものが置かれているのかな?」
「はい……私にとって、大切な“もの”です」
 部屋の中に入ると、中央に巨大な棺桶のような魔装鞘が置かれていた。
 希は迷いなく、魔装鞘を背負う。きっと、今からでもオキナの下に行けば間に合うかもしれない。
 階段を駆け下りる少女をルストが呼び止めた。
「ノゾミお嬢ちゃん」
「……なんでしょうか?」
 振り返ると、おっさんは優しい口調で言ってきた。
「いってらっしゃい。必ず、無事に帰ってくるんだよ。君の家は此処なんだろう?」
「はいっ! 行ってきます!」
 そう返事をすると、希は魔装鞘を背負いなおして、走り出した。

リプレイ本文

●未来への祈りを
 仮面の剣士が直剣ではなく大太刀を手にしていた。
 天竜寺 詩(ka0396)はその刀に、ふと懐かしさを感じる。
(あれ? ネムレスさん?)
 彼は軽い動作で投石器に飛び乗ると詩の視線に気が付いて、微笑を浮かべた。
 しかし、今は刀の事を問い掛けている場合ではないようなので、詩は気持ちを切り替えて意識を集中させる。
(いってらっしゃい!)
 そう心の中で呼び掛けて、詩は周囲に茨のような幻影を展開させた。
 仲間の防衛能力を向上させる事ができる力を持っているのだ。甲板の上はどういう状況になっているかわからない。できる援護はやっておいて損はないだろう。
彼女は魔法を使っての支援に徹するつもりなのだ。
 仲間への支援という意味ではUisca Amhran(ka0754)も同様だった。
 法術奏鐘を鳴らしながら、アイデアル・ソングを唄い奏でる。その力は邪神眷属との戦いでは重要なスキルの一つだ。ただでさえ、邪神眷属は1体1体が恐ろしい力を持っており、かつ、ハンター達に悪影響を及ぼすバッドステータスを付与させてこようとする。対抗手段がなければ危険だろう。
「いくよ、ノゾミちゃん! 希望を、未来を、守るために!」
「はいっ! イスカさん! 繋いできた希望と未来の為に!」
 イスカの呼び掛けに力強く言葉を返した紡伎 希(kz0174)は【魔装】を鞘から抜き放つと構えた。
 希の意思に反応して【魔装】が魔導剣弓の形に変形する。
「……リゼリオでは多くの人々が今も祈っているのです。それを途絶えさせる訳にはいきません!」
 そう宣言したUiscaの視線は希の【魔装】へと向けた。
 因縁のある“相手”でもある。
「私達は……貴方にも希望を示せましたか?」
 返事はない。だが、【魔装】がカチャリと音を立てたようにも見えた。
 【魔装】が抜けた後の鞘の具合を確かめるソフィア =リリィホルム(ka2383)。
 鞘は予想して以上にも手入れが行き届いているようだ。
 これは希ではなく、オキナの仕業だろう。改めて何者なのかと疑いたくなる。
「鞘の調子は……大丈夫みたいだね。何か、不具合とか改善要望あればどしどしお願いしますねっ」
「ちょっと重いのが……」
 振り返った希が苦笑を浮かべる。
 普段、彼女は魔装鞘を背負っている程だ。流石に戦闘中は降ろすようだが……。
「なら少し考えてみようかな」
 人差し指を口元に当てて応えるソフィア。
 必要な機構は外せないし、となると、最小化する為の工夫がいる事になる。
「大丈夫でしょうか?」
「……? あぁ。あの程度、邪神に比べりゃ木っ端ですよ!」
 迫って来る陸上戦艦を心配する希にソフィアは笑って答えた。
 頼もしい言葉だが、油断はできない。
「射撃の邪魔になる敵を排除する」
 勇ましい台詞と共に七葵(ka4740)が刀を抜き放った。
 太陽の光にキラリと刀先が反射する。投石器の準備は進んでいるので、時間はあまりない。
 万が一でも投石器で飛ばされたハンターが空中で敵と衝突してしまえば大惨事だろう。
「皆が進む道を、切り拓く!」
 構えた降魔刀から無数の刃が放たれ、空中を飛ぶ邪神眷属を切り裂いた。
 だが、枯れ手のような翼を持つ邪神眷属はそう簡単には倒せない。1体でも複数人のハンターが必要になる相手だ。そして、そんな敵が多くいる。
 そこへ、光輝く結界が現れ、七葵が斬りつけた邪神眷属を焼いた。
「敵を少しでも早く減らしていきたいですね」
 夜桜 奏音(ka5754)が唱えた符術だった。
 ハンター達は敵戦艦に乗り込む班と護衛を打ち倒す班に分かれている。
 どういう特性か分からないが、生存している護衛の数が多い程、敵戦艦は進む速度が増すのだ。逆に護衛を倒せば倒すほど、敵の速度は落ちる。
 その為、なるべく早く、そして、少しでも多くの敵を倒す必要があった。
「そろそろ、投石器から射撃開始……でしょうか」
 構えていた符をそのままに、奏音は全身のマテリアルを集中させる。
 存在するもの全てを踏み潰して進む敵戦艦。禍々しい翼を持つ邪神眷属。そして、リゼリオを守る為に戦う仲間達。
 それらをイメージとして浮かべつつ、成すべき事を決意した。
「さぁ、皆さん、行きますよ!」
 刹那、奏音の身体から眩い光が放たれた。
 奏唱士の能力であるリメンバーラブだ。広範囲の敵に対して悪影響を与える事が出来るのだ。

 準備は万全とはいえないものの、射線を確保できたと判断したオキナが腕で大きく丸を形作り合図を出す。
 投石器の上で構えているネムレスを見つけ、アルマ・A・エインズワース(ka4901)がパァっと表情を変える。
「わぅっ? ネムレスさん、それおもしろそーです! 僕もやるですー! オキナさん、おねがいしますです!」
 おやつを目の前にして狂喜乱舞する大型犬かと感じるような勢いでオキナに迫るアルマ。
 落ち着くように宥めるオキナが投石機の機構を作動させた。
「おおう。そう、慌てるな。ほれ、そこの侍が飛んだら乗るんじゃぞ」
 程なく、第一弾が放たれた。大きな滑車の音が辺りに響き渡る。
 そんな訳で物凄い勢いで発射されるネムレス。続いて、アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)が発射された。
 邪神眷属の合間を抜け、敵戦艦の甲板に向けて弧を描いて一気に飛ぶ。
 一番先に飛んだネムレスに敵の注意が引いたようだ。撃ち落とそうと魔法や射撃が上がるが――ネムレスの居合斬りは空間を切り裂き、次の瞬間、甲板に移動していた。
 その様子を確りと観察していたアルトは心の中で感心していた。
(流石、東方最強。だったら、私も負けてはいられないっ)
 神経を研ぎ澄ます。
 ネムレスはスキルの活用によって甲板へと無事に降り立ったが、アルトは地力で着地を試みる。
 如何に身体能力が高いハンターといえども、簡単には成功しないだろう事を、彼女はやってのけた。
 甲板に降り立つと同時に勢いそのままに前転。鎧と手足を上手に使いながら跳ねるよう転がって敵戦艦に乗り込んだ。こうなると、ネムレスも化け物みたいだが、アルトも似たようなものだろう。
(こっちも敵だらけのようだね)
 滑らかな動きで法術刀を抜き放つ。
 まずは仲間と合流するのが先決だろうか。
「人々の希望や暮らしを護る為、邪神の好きには絶対させない!!」
 時音 ざくろ(ka1250)が決意と共に空を飛ぶ。
 飛んでいる最中に落下しないように胸元に入れたロプラスが苦しそうに鳴いているが、今はそれに気に掛けている場合ではない。
「落下地点、よし! これなら、ラキスケの神も入る余地がない!」
 オキナと知り合いという事を活かして一番先に飛ばしてもらうよう、配慮してもらっただけはある。
 これなら、甲板に着地する時に、毎度毎度、容赦なく来襲してくる忌々しいラキスケに遭遇しないだろう。そこにうっかり女性がいたら、胸元に顔から突っ込んでいたのに違いない。
 そして、その相手が嫁だったら兎も角、それ以外の人であれば目も当てられない。
 両足を突き出してジェットブーツで勢いを相殺しつつ、盾を構えて着艦すると、マテリアルのオーラを周囲に放つ。
「超機導結界発動!……ここはもう、ざくろの領域だ!」
 着地地点周辺の敵を押しのけるオーラを放つ。
 運が良ければ、後続のハンターはこの地点に安心して降りられるはずだ。

 勢いよく大空を飛翔したハンター達の姿を見届ける央崎 遥華(ka5644)はゴクリと生唾を飲み込んだ。
「すごいなぁ……私は着地できる自信ないや……」
 空に撃ち出された衝撃だけでも相当だろう。
 遥華は堅実に魔箒に乗って敵戦艦の甲板へと向かう事にしていた。
 邪神眷属からの魔法攻撃を辛うじて避ける。運が良かったといえばそれまでだが、避けてしまえばこっちのものだ。
 眼下を進む邪神眷属共に向かって空中から魔法を放つ。青白く光輝く矢が敵を容赦なく貫いた。
「あははー♪ シューティングゲームみたい!」
 箒に跨ってスカートをひらひらとさせながら無邪気に笑う遥華。
 角度によっては、スカートの中身が見えそうでちょっと危ういかもしれない。
 そんな楽しそうな遥華に真実を教えるべきかどうか悩みつつ、ミィリア(ka2689)は気持ちを切り替えるように頬をパンパンと叩いた。
 まさか、投石器で飛びながら「見えてるよ!」なんて叫べるはずもないし。
「よおーし! 気合、充填ッ!!」
「投石器で人を飛ばすとは……成程、この発想はなかった」
 銀 真白(ka4128)が淡々とそんな感想を漏らす。
 それぞれの台座にちょこんと座った二人を見てオキナが頷いた。
 その様子は小動物か何かが飼い主に遊ばれているような姿を連想させた。
「うむ……よく飛ぶかもしれんの。軽い上に空気抵抗も少なそうじゃし」
「……むぅ。それってどういう意味でござッ――あぁぁ、い、ずーはー!?」
 何かを問いただそうとしたミィリアの台詞を途中で遮るように合図無しで投石器を作動させるオキナ。さすが、戦慄の機導師と呼ばれていた事はある。
 落下のタイミングを外された絶叫マシンよろしく、ミィリアは叫び声を残しつつ、勢いよく射出された。
「よし、ここで! って、ミィリア殿はどうやって着地を!?」
 十翼輝鳥を十字に構えてマテリアルを形作りだしつつ、闘狩人の技を着地と同時に繰り出そうとした真白はただ空を飛ぶ桃色の侍に声を掛けた。
「突貫で、ござる!」
 グッと親指を立てたミィリアが可愛げのある短い脚を突き出した。
 無謀というかなんというか。だが、飛んでしまった以上、後には引けない。
 真白は十翼輝鳥で作り出したマテリアルの盾で気流を受け流して強引に軌道を修正する。侍突撃を繰り出す仲間がいるのだ。だったら、己も付き合うまでだ。
「ミィリア殿がそれならば、私も!」
 これが息の合った侍というものなのか、二人の侍キックが邪神眷属を直撃した。
 その上を蒼い犬――ではなくて、アルマが飛び越していく。
「わっふぅぅぅぅ!!!」
 ノリで飛んだアルマであったが着地は慌ててはいなかった。
 クルっと宙で無駄な一回転を披露するとネムレスの傍に降り立つように、踵からマテリアルを吹き出させ、難なく舞い降りるように着艦した。
 降り立った隙を狙った邪神眷属の攻撃は軽く体を捻りつつ、ネムレスに抱き着くように飛び込んで避ける。
「一緒に行っていいですー?」
「勿論ですよ、アルマ。それにしてもよく飛びましたね」
「……だって、投石器のが面白そうだったんですもん」
 ネムレスの言葉にアルマは嬉しそうに、そして、満足そうに答えると長杖の先を邪神眷属へと向けた。

 幾人か飛んでいる様子を見上げて、ディーナ・フェルミ(ka5843)は心配そうに呟いていた。
「甲板に着地でめり込んだ人が、いないと良いなって思うの……」
 かなりの勢いで飛ばされているのだ。
 万が一にでも着地に失敗すれば大きなダメージを負うだろうし、そんな状態で甲板上での戦いを続けなければいけないのだ。
「少しでも早く甲板に上がらないと」
 箒に乗って上がろうとするが、邪神眷属が行く手を遮る。
 投石器から射出される場合、弧を描く関係から敵を越えていけるのだが、魔箒だけで上がろうとするには、行く手を阻む敵の占有スクエアを突破しなければいけない。
 そんなディーナを援護するかのように地上での邪神眷属を相手に戦っていたアルラウネ(ka4841)が刀を振るって道を拓いた。
「あらあら、奇抜で楽しそうな事やってるわね~」
 アルラウネもまた地上から甲板に上がるつもりだった。
 魔箒も有効なスキルも無かったので上がれる場所を探していたのだが、どうも、甲板には上がれそうになかった。
 だとしたら、やるべき事は、上がろうとする仲間を援護する事だ。
「ここは、私に任せて!」
「ありがとうなの」
 援護を受けて、甲板へと登っていくディーナに気が付いた幾体もの邪神眷属。
 枯れ手のような翼を一斉に開いたが、それらが襲い掛かってくる前に、鞍馬 真(ka5819)が敵の目を引くように体内のマテリアルを燃やして光った。
「あんな奴をリゼリオに近付けさせる訳には行かないね」
 ディーナに向いていた注意が一斉に真へと向けると、負のマテリアルの光線を放ってきた。
 それらを苦も無く避け続けつつ、真は蒼いオーラに包まれた魔導剣を高く掲げると、向かって来る邪神眷属に対して突き出す。
 マテリアルの刺突が一直線に放たれると、幾体もの邪神眷属を貫き、敵戦艦の胴体も深く抉った。
「まだまだ……!」
 再び魔導剣を構える真。
 敵戦艦の護衛となっている邪神眷属は無数にいるのだ。
 乗り込もうとするハンター達を援護する為にも、出来る限り倒しておきたい所だし、倒しきれなくとも、ソウルトーチで引き付けておけば、それだけ仲間は安全になるはずだ。
 しかし、それは自らが囮になる事を意味していた。
 四方から一斉攻撃はさすがに捌ききれずダメージを負うが、すぐさま回復魔法を飛んできて傷が癒える。
「山ほど仕留めても、おかわりがガンガン来るのが困るぜェ」
 シガレット=ウナギパイ(ka2884)が唱えたものだった。
 邪神眷属を倒しても敵戦艦から這い出るように新手が出現する。
 倒し続けない限り、敵の進行スピードが遅くならないので、どの道、倒すしかハンターには選択肢はない。
「リゼリオに入られたら困るどころじゃないからなァ……」
 ぷかーと煙草を吹かすと黒き刃を無数に出現させる魔法を唱えた。
 強度が不足していて足止めの効果は無いが、広範囲を攻撃できる有効な魔法だ。おまけに敵味方の識別もあるので使いやすい。
「敵は主要都市を狙いますか……いただけませんね」
 魔法の効果が抜けた直後をGacrux(ka2726)がメタリックなフォルムをした杖と盾を構えて飛び込む。
 空間そのものを粉砕するのではないかというような邪神眷属の猛攻を、身体を捩って避けると、盾で押し込み――間髪入れずに杖で殴打。
 直後、練り上げたマテリアルを放った。
 仲間からの攻撃を受けて傷ついていた邪神眷属はそれを受けるとボロボロと消滅していく。
「……リゼリオは料理が旨いのでね」
 ニヤっと笑うと次の標的を定め、杖を構えると意識を集中させた。
 邪神眷属が難敵であるのは前回の戦いで確認済みだ。近接攻撃してくるものもいれば、離れた場所から魔法や射撃で攻撃してくる個体もいる。
 だったら、こちらも状況に合わせた戦い方で対抗するのみだ。
「フェアウアタイルング」
 マテリアルが具現化した大型拳銃から放たれた魔弾が5つ出現すると、それぞれが邪神眷属へと直撃した。

 宙を貫いて飛ぶのは、まるで自身が風のようだと感じながら、ユリアン・クレティエ(ka1664)は空へと上がった。
 戦場では、出来る事を、最善の事を尽くすしかない。そう、仲間から背を押された。後はやれる事を積み重ねるだけだ。
「例え及ばない力でも、祈りの様に」
 グッと握った到来拳からマテリアルの爪を形創ると甲板上の邪神眷属に向けて放った。
 蒼白い流星の軌跡に引っ張られるように、ユリアンは風と共に甲板を駆け抜けると、邪神眷属を足場代わりに着地する。
 一方、衝撃をまともに受けた哀れな敵は甲板上から落下していった。大地に落ちると運が悪かったようで、船体の下に巻き込まれて消えていった。
「……」
 緑色の鉢巻に手を触れながら、祈るように呟いた彼は精霊刀を抜き放つ。
 甲板上での戦いはハンター達が、勢いあるようだ。だが、肝心の核である邪神眷属には辿り着いていない。あれを倒さない限り、戦いは終わらない。
 既に戦っている仲間達を援護するようにユリアンは甲板を蹴って駆け出した。
 トリプルJ(ka6653)も同じタイミングで投石器から発射していた。
 甲板がいよいよ近くなった所で手を交差させる。このまま文字通り、弾となって敵に直撃するつもりなのだ。
「おらぁ!」
 もっとも、無策という訳ではない。全身のマテリアルを身体能力へと変換させている。
 この状態だとスキルは使用できないが――トリプルJは狙った敵に容赦なくクロスチョップを喰らわせた。
 圧倒的な衝撃に邪神眷属が打倒された。だが、ぶつかった彼自身もただでは済まない。
 それでも、暴走するマテリアルを制御しつつ、精霊と完全に同調したトリプルJが立ち上がった。
 所謂、高位の霊闘士が行使できる、神憑きしものだ。
「どうせダメージ入るなら、ついでに敵を粉砕した方が得だろうが、イテテ……」
 無茶といえば無茶だが、無謀ではないだろう。
 おもむろに古代大剣を構えるトリプルJであった。
 一緒に飛んだルベーノ・バルバライン(ka6752)の大声も大空に響き渡っていた。
「ハッハッハ、こんな面白いことに乗らんでどうする!」
 投石器から放たれたルベーノは目を見開いて確りとぐんぐんと迫る敵戦艦の甲板を見つめる。一瞬の判断ミスが命取りになる、このギリギリの状況こそ、至高というもの。
 衝突するとただでは済まないコースをそのままにルベーノはマテリアルを練った。
「戦場の華は格闘士だと皆に見せつけてやらねばな、ハッハッハッ!」
 笑い声をあげながらルベーノは甲板上の構造物と邪神眷属に激しく激突した。
 生身では即死していても可笑しくはない角度と速度だ。その衝撃で甲板にゴロゴロと転がるルベーノ。
「ハッハッハッ!」
 満身創痍のはずだが、嬉々とした表情を浮かべて金剛不壊の力で立ち上がった。
 とはいうものの、リアクションスキルは連発できないので、そのフォローにネムレスがサッと入る。
 回復役が甲板に上がって来るまでの辛抱だ。

「いや、もう吹っ飛ばす相手に事欠かない戦場ですよぅ」
 光輝く結界を作り出し、邪神眷属を焼きまくっている星野 ハナ(ka5852)が、そんな言葉を口にした。
 敵は無数にいるのだ。なればこそ、無数に符術を使って焼くに徹するしかない。
 ちゃんとスキルをセットしてきたので、まだまだ、マテリアルには余裕がある。
「陸を進む船ですか……普段なら大いに驚くところですが」
 鳳城 錬介(ka6053)が聖盾剣を構えてガウスジェイルを行使していた。
 ハナが圧倒的な殲滅力を見せると、その分、反撃が怖い所だが、強力な攻撃は錬介が防いでいたのだ。
 攻防に特化しているからこそ、出来る事だろう。
「最近こういうのが多すぎて食傷気味ですぅ」
「戦いも最後になると色んなものを見るせいか、何でも来ーいという感じになりますね」
 敵戦艦は大地を圧し潰して進んでくる。
 あんなものに轢かれてしまったら、とんでもない事になるだろう。生身ならすりおろされるだろうし、頑丈な建物でも粉々にされかねない。
 つまり、この陸上戦艦一隻だけでリゼリオの街は廃墟と化してしまうはずだ。
「五方の理を持って、千里を束ね、東よ、西よ、南よ、北よ、ここに光と成れ! 五色光符陣!」
 ハナが再び符術を使って敵戦艦を巻き込みつつ、邪神眷属を攻撃する。
 かなりの枚数の符を消費するが、彼女はマテリアルを練りながら次の符を準備する。そうでなければ、打ち止めしなければいけないだろう。
 目障りなハナの攻撃に対し、邪神眷属が攻撃を繰り出してくるが、悉く、錬介が止めた。
「リゼリオは破壊させません。今回も皆で何とかしてみせますよ」
「回復はお願いするのですぅ」
「俺のやる事は変わりませんからね。皆さんが戦いに集中出来るよう、確りと支えましょう」
 無謀にも肉弾戦を仕掛けてきた邪神眷属を聖盾剣で殴りつつ、錬介は一歩前に出た。
 その後ろから、自信満々の表情でハナが符を放ち続けるのであった。

 投石器を操作していたオキナがミグ・ロマイヤー(ka0665)に声を掛けた。
「お主で最後じゃな……なんじゃ? 悩み事かの」
 その質問にミグは静かに首を横に振ると、投石器に乗りつつ、リゼリオの街を振り返った。
「祈りとは決意であり、ねじ伏せんとする力であり、呪詛じゃ……総じて、願いだったり、希望だったり願望という形をとりがちだがの」
「そうじゃな。祈りで投石器が動く訳じゃないからのぅ」
 呑気に応えながら、オキナは準備を整える。
 オキナにとって祈りとは自身と無用のものであった。そんな暇があれば足の一歩、指の一本でも動かせという人間だったからだ。
「聞き届けられなければただでは置かぬという一種の剣呑めいた覚悟をオブラートに包んだものであるとミグは思う」
 そう言いながら、ちょこんと体育座りして発射の衝撃に備えた。
 リゼリオの街では邪神と戦うハンター達に祈りが続けられている。それが、意味のある結果になるのかどうか、誰にも分からない。
「まあ細かいことはどうでもいいことだ……全人類が祈った結果として、ミグたちは邪神を打ちのめそうとしているのだから」
「なんにせよ、お互いやる事は変わらんからのう。準備はいいか? 思いっ切り飛ばすぞ」
 フっと笑ったミグにオキナは念を押す。
 ここからでは甲板上での戦いの行方は分からない。最悪、死地に飛び込む可能性だってある。
「勿論じゃ」
 直後、ミグの小さい身体が撃ち出された。
 着地の仕方は分かっていた。ジェットブーツとアルケミックフライトを駆使して軟着陸するつもりだからだ。
「ミグが活躍できるだけの敵は残っておるんじゃろうな」
 そんな叫びと共に、ミグは甲板へと問題なく降り立ったのであった。

 地上での戦いは一進一退の状態となっていた。
 原因はハンターの戦力の割り振りだった。この戦いの場合、幾通りかの作戦が考えられた。
 一つは敵戦艦の足止めを確りと行い、少人数が核を破壊する方法。もう一つが、逆に足止めは最小人数に抑え、一刻も早く核を破壊する方法だ。
 投石器と自力で甲板に上がる者、それを支援する者が連携を上手く取れれば、早期撃破も可能だったかもしれない。
「……まだ、慌てる時間ではないが……」
 龍崎・カズマ(ka0178)は確認していた地図を仕舞うと、蒼機刀を構えた。
 彼我の位置からリゼリオまでの到達時間を見ていたのだ。
 戦いの前に出来る準備を確りとやっておけば、いざ、戦場で慌てる事も少なくなる。
「街に突入しなきゃいいってだけじゃない。街道や農地、様々な生活圏が近辺にはある……それも守らなきゃいけないだろう? 人はパンのみに生きるにあらずってな」
「カズマ様は細かい所まで気が付きますね」
 【魔装】を振り回していた希が感心した様子で頷いて言った。
 リゼリオを守るのは大前提だが、少しでも早く、敵戦艦をどうにかしないといけない。
 脅威から生き残っても、その先、生きていける術がなければ――また、不幸な人を、絶望する人が出てきてしまうかもしれない。
 そんな人が、また何か事件を起こす切っ掛けにならないと、誰がいえようか。
「そういう事なら、今からでも甲板に上がれる者は行った方がいいかもな」
 大鎌を振るいながら邪神眷属を切り伏せてヴァイス・エリダヌス(ka0364)が言った。
 作戦は色々とあるが、早期撃破が最も求められているのだろう。
「そうすると地上に残る私達次第という事ですね」
「あぁ……そういう事だ。だから、こそ、俺達がここに居る」
 強い決意を持った希の頭をヴァイスはくしゃくしゃと撫でた。
 戦力を傾ける以上、残った方は死線となるのは明らかだからだ。
 それがとても大変な戦いになるか、ヴァイスはよくわかっていた。同時に、自分達ならばこそ、出来るとも信じている。
 アックスブレードを振り回しつつ、天竜寺 舞(ka0377)は邪神眷属の反撃を、ステップを踏むような軽やかさで避けた。
「地面の上を走る船とかまたごつい物が出てきたけど、絶対リゼリオには行かせないよ!」
 武器の機構を作動させて、咄嗟に大地を突くとその反動で体勢を整える。
 邪神眷属が一筋縄ではいかないのは覚悟していたが、想定以上の強さだ。中には優勢に戦えるハンターもいるようだが、それはほんの一握りだけで、決して舞が劣っているという事ではない。
 ふと、視線を上げると、甲板へと向かう妹の姿が見えた。
(しっかりやりなよ!)
 幾つもの意味を込めて舞は心の中で最愛の妹に呼び掛けた。
 あの子なら、きっと、大丈夫だろう。
「……新手がどんどん出てきたようね」
 再び機構を操作して、剣モードに戻したアックスブレードを構える舞の視界には、数える事すら躊躇する程の邪神眷属の姿があった。

●船上の戦い
 甲板に上がったディーナはすぐさま、回復魔法を行使した。
 誰もが戦闘で傷ついている。幸いな事に戦闘不能者はまだ出ていないようだ。
「お待たせしたの」
「これは助かるぜ」
 傷が癒えた所で、トリプルJが古代大剣を大きく振りかぶって気合を入れ直す。
 続々とハンター達が甲板に上がってくる意図を敵は感じ取ったようだ。
 核に近づけさせまいと邪神眷属が次々に出現する。
「どうやら、悪影響を及ぼす敵の力は抑えられているようだな」
 各自、バッドステータスへの対処はされている事に加え、抵抗力を増す支援が成されていた事が大きい。
 これなら、後は核を破壊する為に、邪魔な敵を倒すだけだ。
「いくぞぉ!」
 駆け出したトリプルJに邪神眷属が袈裟懸けに鋭い爪を繰り出してくる。
 それをディーナはホーリーヴェールを援護した。もとより、防御力も強化されている事もあり、トリプルJは引っかかれても無傷だった。
「また怪我したら戻ってくるの」
「おう! だが、怪我する前に終わらせるぜ!」
 敵の群れの中に到達すると、古代大剣にマテリアルを込める。
 神憑きしものからのスキルアシストを加えたカーネージロアだ。
 広範囲の魔法攻撃かと思わすような大振りで周囲を一薙ぎするトリプルJ。多くの邪神眷属を斬りつけた。
「チャンスですね。ここは堅実に!」
 甲板に上がった遥華がマテリアルを高めつつ、魔杖を敵の一団に向ける。
 幾体かが遥華に気が付いたようだが、それよりも早く、彼女の魔法が発動した。
「……氷よ、切り裂く氷の嵐となり、全てを凍てつかせて!」
 猛烈な冷気の嵐が吹き荒れて、邪神眷属を痛めつけた。
 間髪いれずにギアブレイドの機構を作動させると、支援を続けるディーナを守るように立つ。
 魔法職は接近戦が不得意だが、贅沢を言っている場合ではない。
 自身だけではなく全体通して効率良く魔法を行使できた方が良いのだ。
「近寄って来る敵は私が盾になるから」
「よろしくお願いしましの」
 そんな二人の前に箒に乗って来たソフィアが降り立った。
 敵が迫ってくるのであれば、一時的にでも遠くに離した方が良いと判断したからだ。
「それじゃ、支援は託したよ」
 錬金杖を掲げると、不可思議なオーラが広がっていく。
 そのオーラに押し負けて幾体もの邪神眷属が後退した。この結界の有利な所は敵を通さずに味方の行動を塞がない所だ。
 マテリアル結晶を展開しつつ、ソフィアはなおも場を維持する。
「入って来られるものなら、入ってみな!」
 ソフィアが形成したスペースを詩とUiscaの二人が走り、前線に向かった。
「核を倒すまで皆を支援するよ」
「地上班が支えている間に、一気に畳み掛けて下さい!」
 魔法で援護しつつ、仲間にそう呼び掛ける。
 状況は一刻を争う。遅かろうが早かろうが核は破壊できるだろう。
 だが、戦死者が出れば、それは勝利とはいえない。この状況で誰かを失う事など――。
「後方は任せて、皆は前へ!」
 箒に跨っていた七葵が甲板に飛び降りるとソフィアが作った結界の後方に位置取った。
 最前線で戦う仲間が憂いなく刀を振るう為だ。甲板上でも戦力を傾けた方が、より効率的でもある。
 ただし、それは地上班と同様、危険な役目でもある。先に進む最前線よりも、後方に残る殿が危険なのと同様だ。
「その役目。一人では負わせないよ」
 残像を残しながら颯爽と現れたユリアンが七葵に並んだ。
 二人の鉢巻が絡むように風に乗る。
 信頼する仲間達の背を守る……あの時、戦友がそうしたように。
「追い風は縁と、誰かの祈り。立ち止まらずに……駆けるっ」
「いざ、参る!」
 二人は後方から迫る邪神眷属へと刀先を向けた。

●魔装と共に
「敵ばっかりですぅ~」
 嬉々として符術を行使していたハナであったが、敵の多さに疲労が見えてきた。
 次から次に邪神眷属が出現してくるのだ。地上班のハンター達の殲滅力が低い訳ではない。敵の数が単に多いだけだ。
次の符を口元に当てて、ハナは息を整える。
「私も上がろうと思っていたのに」
「今、上がられると、困りますね」
 錬介が苦笑を浮かべて応えた。
 広範囲を敵味方識別ありで魔法を撃てるハナがいなくなると、ますます攻撃力が不足するだろう。
 もっとも、回復役と壁役を兼ねて戦線を支えている錬介もいなくなると大惨事になるので、この場合、誰が抜けても困る結果にしかならないだろう。
 ワラワラと甲殻類のように迫る邪神眷属が負のマテリアルを操ったオーラを放ってきた。
「何度やっても無駄ですよ」
 こちらの言葉が通じているか分からないが、錬介はガウスジェイルで仲間を守る。こうなったら、意地でも戦線を支え続けるしかない。
 反撃とばかりに幾枚もの符が弧を描いて飛翔していく。
 これが何回目になるのか数えて来なかった符術による結界をハナが放ったのだ。
「はいはい。焼かれたい人は順番ですよぉ~」
「並ばせられればいいんですけどね」
 とは言っても、列になる訳もなく、邪神眷属が回り込んでくる。
 それを阻止しようと真が星神器を手に滑り込んできた。
 敵の攻撃が多いのなら、そもそも、攻撃が“当たらない”ようにすればいい。例え短い時間であっても、要は核を破壊するまで戦線が保てば良い訳なのだから。
「断絶の理、万象全てに通じる門は決して開かず、明らかにされず至れ、ヤルダバオート!」
 星神器に秘められていた力が解放された。
 すぐさま、魔導剣と響劇剣に持ち替える真。星神器の力が続いている間に出来る限り、敵を倒すつもりなのだ。
「回り込んでくる敵は私がなんとかするよ」
 そう言って駆け出すと邪神眷属の攻撃の中に身を飛び込ませる。
 だが、敵の攻撃は、不可思議な結界の中、真には当たり難い。
 二刀流を繰り出して斬撃を見舞うと、アスラトゥーリで追撃を掛けた。

 奏音が宙に投げ放った符が5つの稲妻となって、邪神眷属を貫く。
「これは、キリがない感じですね」
 それでも魔法を撃ち続けるしかない訳で。
 呪詛返しのおかげでバッドステータスは怖くはないが、次から次に出て来る敵の数の方が問題ありだ。
「倒さないと敵戦艦の動きは早くなるしなァ」
 ライトニングボルトで敵を貫いたシガレットが応える。
 まさかとは思うが敵の船が急に向きを変えて轢かれるような事態にはならないだろうが……。
「ここは今一度、奏唱士の力を使います」
 全身に残ったマテリアルを集中させる奏音。
 リメンバーラブを使う時は、特に多数の時に囲まれた状態の時に使うのは危険だが、ある状況下であれば、心強いものだ。
「任せろ」
 Gacruxが盾を構えて、短くそう告げた。
 ガウスジェイルで奏音を守るつもりなのだ。これであれば、攻撃が奏音に集中しても、Gacruxが守る形になり、シガレットが回復魔法で支えればいい。
「結局、仲間がどうにか核を破壊するまで粘りに粘るしかないぜェ」
 その時は着実に近づいているはずなのだから。

「これはキツくなってきた!?」
 舞が肩を激しく上下させながら言う。
 確かに戦況は一刻と悪くなってきている。敵戦艦の動きも早くなった気がしていた。
「無理はするな」
 アサルトディスタンスとアフターバーナーで無数の攻撃を繰り出していたカズマが舞の横に並び立った。
 力量差があるのは仕方ない事だが、舞はキュっと唇を噛む。
「泣き言言っている場合じゃなかった」
「……そうだな。左右に分かれて仕掛ける。いけるか?」
「当然」
 二人の疾影士が再び駆け出した。
 【魔装】を振り続ける希がカズマの視界の中に映っていた。
 如何にあの力があっても、やはり、ここは危険だろう。しかし、出来る事以上の事はカズマには出来ないのも事実だ。
「さて、せいぜい足止めをさせてもらいますかねえ」
 ただそう呟くと敵陣の中へと斬りかかった。

 マテリアルの消費が激しく、希は膝をついた。
 周囲は完全に邪神眷属に囲まれている。脱出の術はない。それでも、希の瞳には力が宿っていた。
 諦めるつもりはない事を、絶望する事はしないと。
「まだ……私は……決着をつけないと……」
「ノゾミちゃん、大丈夫? お姉さんが最後まで手伝うから」
 アルラウネが慌てて希に駆け寄ると身体を支えた。
 近接戦が必ずしも得意ではない機導師をメインクラスとする希だ。ここまでよく頑張ったというべきだろう。
 片手で希の華奢な身体を支えつつ、もう片方の手で刀を握る。
 結果的に地上に残って正解だったようだ。この子を失う訳にはいかないのだから。
「……胸、ずるいです」
「冗談いえる位なら、まだ、平気みたいね」
 押し付けているつもりはないが、この状況なら仕方ない事だろう。
 苦笑を浮かべるアルラウネの前で、希の手から離れて誰も動かしていない【魔装】が、ひとりでに大地へと突き刺さった。
「【魔装】が!?」
「……ネル・ベル様?」
 まだ、戦うつもりなのだろうか。【魔装】が戦うのは希を守る為だ。
 決して絶望する事なく希望を持ち続ける強い決意で希は戦い続けた。もし、言葉を発する事ができるのなら、「それが主としての役目だろう」とでも言っているだろうか。
 それまで一緒に戦っていたヴァイスが静かに希を庇うように立つと振り返った。
 そして、コツンと希……ではなく、【魔装】を小突く。
「最後まで見届けると言ったんだ。希を守って勝手に消滅するなよ」
「……」
 返事はない。だが【魔装】が云わんとする事をヴァイスは直感的に理解した。
 大鎌を手放して【魔装】の柄を握る。希はアルラウネに掴まっていたのも限界だったようで、ペタリと座り込むように崩れた。
「ヴァイス様……」
「大丈夫だ、そこで見ててくれ。アルラウネ、希を頼めるか」
「もちろん大丈夫よ」
 胸を無駄に張ったアルラウネの横で見上げてくる希に、ヴァイスは力強く頷くと【魔装】を正眼に構えた。
 彼の意志に反応して、【魔装】が巨大な一本の剣へと形を変えた。赤き炎と黒き炎が絡み合うように刀身を包み込む。
「行くぞっ!」
 邪神眷属が強力な一撃を受けて真っ二つに上体が切り裂かれる。この程度ではまだ倒せないはずだが、不思議な事に切り裂かれた部位からボロボロと崩れていく。
 傲慢ではないが――“二人の決着”を守り通せると、そんな自信と共にヴァイスは【魔装】を振るい続けた。

●集った力を
 核となっているのは邪神眷属であったが、一目瞭然で違いが分かった。
 禍々しい枯れ手の翼が幾重にも持つ個体が船体と繋がっているからだ。いや、もっと正確にいうのであれば、核が船体そのものといえよう。
「分り易いですっ!」
 アルマが大きな声を挙げた。
 もっとも、厳重に護衛が取り巻いているので、そう簡単には近づけられないが。
 だが、敵が密集すれば密集するほど、魔法職にとっても美味しい標的に過ぎない。
「邪魔ですよー!」
 集中させていたマテリアルを一気に解放するアルマ。
 恐るべき威力の機導術が放たれる。邪神眷属はそれだけでは倒れないが、相当なダメージを与えているはずだ。
「相変わらずな威力ですね」
「じっくりと見て下さい」
 ネムレスの台詞にアルマは嬉しそうな表情を浮かべると再び意識を集中させた。
 兎に角、敵を倒さなければ前に進めない。邪神眷属は小賢しい事に占有スクエアを作りだしてハンター達の侵攻を妨げているのだ。
 大太刀をだらりと下げたネムレスの横にアルトが音も無く現れると並ぶ。
 誰にも聞こえないように耳元で小さく告げた。
「朱夏君、思い詰めすぎて死にかけてたぞ。こんなの早く終わらせて顔ぐらい見せてやれ」
 悪狐との戦いでは、立花院家の朱夏(kz0116)が危うく負のマテリアルの塊に飲み込まれて消滅する所だったのだ。
 その原因は何かといえば、ネムレス――立花院 紫草(kz0126)――にあるのだ。
 心情的にも立ち直ったとはいえ、そのまま会わないという訳にはいかないだろう。
「早く終わらせないといけないのは確かな事ですね」
 含みのある微笑で応えるネムレス。
 アルトの言葉を理解しての事なのか、それとも、まだ記憶が完全に甦っていないのか……いや、そんな事はないはずだ。
 目元を覆う仮面だが、微笑を浮かべている事は理解できた。
「それと……貴方なら私の全力にも合わせられるだろう?」
「言いますね、アルトさん。その自信、楽しみにしていますよ」
 その台詞が言い終わると同時に、アルトとネムレスの二人は、それぞれ、刀を構えて邪神眷属に向かって駆け出した。
 アルトは紫草と初めて会った時から比べて、格段に強くなった。今戦えば、きっと勝てるという自信がある程に。だが、それは相手にとっても同じ事が言える。ハンター登録した事により、サブクラスを取得した彼は、アルトが知っている強さ以上になっているはずだ。
 二人の勢いは嵐のようだった。次々に邪神眷属を斬りつける。
 アルマ、アルト、そして、ネムレスの3人が、人外とも言える強さで切り拓いた所に、残ったハンター達が突撃していった。
「頑張るでござる!」
 オキナに言われた一言を引きずっているのか、それとも、目の前の敵を倒すという戦士の宿命に従ってか、ミィリアが大太刀を存分に振り回す。
 敵が前面に集中している状況での薙ぎ払いは有効だ。幾体もの邪神眷属を巻き込んで強引に刀を振った。
「帰る場所あっての戦いだもの、守り通さなきゃね」
「ミィリア殿の言う通りだ。人々の祈りを、未来を、守るのだ!」
 十翼輝鳥を高く掲げた真白が応えるとマテリアルの光を発した。
 ただの光ではない。正義の光だ。
 その援護を受けて、ミィリアが一歩踏み込むと再び大太刀を力いっぱい振り回した。
 鼓舞された光の中で、ルベーノも甲板を力強く踏み込んで前に出る。
「どけどけどけっ!」
 占有スクエアすらも突破できる力だが、移動先が空いていないと、当然、移動は不可だ。
 それでも突貫していく彼の背中を面白そうに見ていたミグが、眼鏡に添えていた手を離すとマテリアルを集中させた。
 魔導機械を介して増殖していく力。
 複雑奇怪な回路を廻るようなマテリアルの流れを制し、過大集積魔導機塊の幾つも繋がれた魔導計算機が数値を表す。
 マテリアルで創られた数値の幻影が寄り集まって、魔方陣を形成した。
「それ、とっておきじゃ!」
 過大集積魔導機塊の先端から放たれた無数の氷柱は一直線に邪神眷属を貫いて、核まで届いた。
 合わせるように、ソフィアが星神器を高く掲げる。彼女もまた、マテリアルを最大限まで引き上げていた。
「光輝の理よ、征く道を照らす蒼光となれ! 顕現せよ、蒼き太陽!」
 5つの爆発が核とその周辺で爆発する。ミグの魔法とソフィアの攻撃で取り巻きの幾体かがボロボロと消滅していなくなる。
 その僅かに空いたスペースにルベーノが移動して、核の前面に自信満々な様相で立った。
 絶好のチャンスだ。ソフィアが放った『ラヴァダの光条』は、ごく短い時間とはいえ、敵の防御力を無くす事が出来る。
「これが、漢の拳、だぁ!」
 マテリアルを込めた必殺の打撃。
 強度が不足していたが、確かに強力な一撃は入った。
 けれども、戦艦核はまだ倒れない。不遜な輩に対して注意を向けると、必中のカウンターを見舞うべく、不気味な口をパカっと開いた。
 放たれたのは負のマテリアルによる光線。
 金剛不壊を用意していなければ、ルベーノは即死していたかもしれないが、まだ、取り巻きが残っているので危険な状態だろう。
「言ったよね。ここは、もう、ざくろの領域だって」
 不安要素の邪神眷属がざくろが作り出した結界で強制的に後退した。
 だが、戦艦核は移動しなかった。核自体が船体と結合している為だ。
 こうなると、核だけが取り残された形となった。
「さぁ、今ですっ!!」
 場を維持しながら、ざくろは叫ぶ。
 露払いは終わっている。敵の防御力は皆無でダメージも叩き込んでいる。
 この場に集ったハンター達、一人ひとりの力が、今、この瞬間に集約されているのだ。
「これで、おしまいですよー!」
 アルマが持つ長杖の先端に蒼く輝くマテリアルの魔法陣が出現すると、無数の氷柱が出現した。
 それらが一斉に戦艦核へと放たれると――戦艦核の胴体にポッカリと丸い穴が開く。
 致命傷になったのは間違いない。断末魔のような叫び声をあげる核は、それでも、憎悪を周囲に放ち続ける。
「次の一手を放たれる前に、一斉に攻撃じゃ!」
 冷静に戦況をみていたミグの言葉に、ハンター達はそれぞれが出せる全力を繰り出した。
 恐ろしいほどの負のマテリアルを全周囲から集束させる戦艦核。
「自爆なんてさせるかぁ!」
「必殺超重剣!」
「さっさとくたばりやがれ!」
 一斉攻撃が次々に戦艦核を直撃していく。
 戦艦核が自爆するのが早いか、それとも、ハンター達の総攻撃によって倒されるのが早いか……それは一瞬で決した。
 猛攻に耐え切れないように戦艦核がその身体を崩して、船体と繋がっていた無数の枯れ手のような翼が外れたのだ。
 集束していた膨大な負のマテリアルが上空へと霧散していく。
 これだけ巨大な陸上戦艦だ。爆発していたら、この一帯は軽く吹き飛んでいたかもしれない。
 枯れている翼と同じように胴体も力が抜けてシオシオと萎んでいく戦艦核を眺めながら、小型飛行翼アーマーの機構を思わず確認しつつ、アルマは言った。
「急に崩れたりしないですよね?」
「きっと、緩やかには崩れると思いますよ」
 微笑を浮かべながらネムレスが納刀して応える。
 急に消滅したら、甲板上にいるハンター達の幾人かは地面に叩き付けられる事になっていたかもしれない。
 彼らの前で戦艦核は徐々に崩れ、それはゆっくりと船体全体に広がっていくのであった。


 戦いの様子を見守っていたオキナが投石器の機構を停止させた。
 彼ら彼女らがやり遂げたのだ。
「……よう、やったの」

 戦場からやや離れた場所に立つ屋敷で、緑髪緑眼を持つ中年のおっさん――ルスト――が望遠鏡を外した。
 素人から見ても戦いが激しいものだと分かった。
 それでもハンター達は勝った。その勝利が、自分とは関係ない事なのに、とても誇らしく感じた。
「お見事です。皆さん……さて、出迎える用意をしないといけませんね」

 街では、モニターを通じて戦いの状況が伝えられていた。
 それでも大きな騒ぎにはなっていない。この街をハンター達が必ず救ってくれると信じていたから。
「――――」
 そして、何よりも、祈りの最中だからだ。
 世界を滅ぼさんとする邪神に、立ち向かうハンター達と繋いでいく希望の為に。
 この祈りがきっと、未来へと届くようにと。


 リゼリオに迫っていた陸上戦艦型の邪神眷属を、ハンター達は撃破する事ができた。
 街の人々、祈り、未来、そして、ハンター達が帰るべく居場所を守り通したのであった。


 ――了。


●未来へと続く日
 陸上戦艦の崩壊は緩やかだった。
 枯れ手のような翼を持つ邪神眷属も戦艦の崩壊と共に消えていく。リゼリオの街まではまだ猶予があったし、進路上の田畑や小川も無事な所が多いようだ。
「……終わったか」
 敵の動きを注視していたカズマは、それでも油断なく到来拳を構えながら呟いた。
 もう少し、核を倒すのに時間が掛かっていたら、地上班のハンターに致命的な結果が訪れていたかもしれない。
「どうにかなってよかったぜェ」
 一息入れようと、シガレットが煙草を咥えた。
 崩れていく戦艦からハンター達が降りてくる様子が見えた。あちらも全員が無事のようだ。
「街の方に被害もなさそうですね」
「邪神との決戦前にリゼリオを失う訳にもいかないから」
 リゼリオを振り返った奏音の言葉に真が頷きながら答える。
 多くのハンターにとって、大切な場所でもあるのだ。それが壊されたとあっては、心情的にもよろしくはないだろう。
「最後の最後まで打ち尽くした感ですぅ」
「実にお見事でしたよ」
 ひたすら五色光符陣を連打していたハナが符を揃えながら、そんな感想を口にした。
 ハナの活躍を認めた錬介だったが、彼もいなければ、今、この場でハンターらは立ってはいられなかっただろう。
 仲間の無事を確認したヴァイスは【魔装】を希へと受け渡す。
「“全員”で掴み取った勝利だな……感謝だ」
 幾分か弱体化したとしても【魔装】の強さは健在だった。
 思えば、こうして共に戦った事は幾度目かだろうか。
「ヴァイス様、ありがとうございます。ネル・ベル様もきっと……」
「意外と使われるのが好きなのかな」
 希の後ろでアルラウネがそんな事を呟くと【魔装】が抗議のつもりか、カチャリと音を鳴らした気がした。
 いや……誇り高き彼を使うのに足る存在へとハンター達が至ったかもしれない。
 戦艦から降りてくるハンターを迎えるべく駆け出した者達の背を眺めていたGacruxは息を大きく吸い込み、空を見上げた。
「祈り、か……俺の祈りは、果たして届くのだろうか……」
 彼の祈りが届くかどうか分からない。
 けれど、それを見届ける事が出来るのも、生きている者が出来る事だろう。

「誰も重体者がいなくて良かったの」
 安堵しながらディーナが地上に降りてきた。彼女の言った通り、戦闘による重体者は出ていないし、戦闘不能者もいなかった。それはディーナを始めとする支援職の働きが大きいからこそではあったが。
 とにかく、彼女なりの目的は十分に果たせたと見るべきだろうか。
「結果的には合流できたタイミングも良かったからかな」
 ソフィアの感想に、ミグが頷く。
「戦闘の流れとはそういうものじゃろ」
「後ろで見ていたこちらはヒヤヒヤとしたがの。寿命が縮んだわい」
 ハンター達のやり取りに投石器を操作していたオキナが真顔で言う。
 もっとも、投石器でハンターを飛ばしたオキナの行動も人の事を言える立場ではなかろうが。
 そこへ、崩壊する戦艦の甲板で最後まで残っていた七葵が魔箒に跨りながら降りてくる。彼の手に掴まるように、ユリアンも一緒だ。
「討ち残しがいないか見ていたが、心配なさそうだ」
「枯羽型のシェオル・ノドの本体が戦艦だったみたいだね」
 ふんわりと二人は地上に降りた。
 振り返ると陸上戦艦は塵となって音もなく消えていく。
「また一つ、無事に冒険を終えたよ!」
 清々しく胸を張るざくろ。
 幾度も依頼を受けてきた。どれもこれも、冒険はいつだって無事に終わるとは限らない。
 今回も無事だった事に誇りと感謝を抱きながら、ざくろは駆け寄ってくる愛しい嫁に笑顔を向けた。

 地上に降り戻ったルベーノがバンバンと両拳を合わせ、不敵な笑みを浮かべる。
「どうだ、これが戦場の華よ! ハッハッハ!」
 勝利のポーズか、高く右拳を掲げた。
 華かどうかは分からないが、存分に格闘士としての力を見せつけることができただろう。
 ……もっとも、見せつけた邪心眷属は残らず消滅してしまったが。
「投石器で飛ぶのはいけるかもな」
 癖になった訳ではないが、トリプルJが言う。
 高速で撃ち出すので敵も止めるのは一筋縄ではいかないだろう。
 対処方法がないとハンターも危険ではあるが、少なくとも、トリプルJには問題ないようだ。
「やっぱり、私は無事に着地する自信がない、かな……」
 ギターを持つように魔箒を手にした遥華が恐れを知らない野郎共の会話に、素直な感想を告げた。
 クラスによって得手不得手あるのだ。そこは無理に頑張らなくていいかもしれない。
「遥華ー! ちょっと乙女として大事な話がある、ござるっ」
 ちょいちょいと手招きしてミィリアが呼ぶ。
 彼女が魔箒に乗っていた時の事で、大事かつ、重要な話があるようだ。

 依頼の結果をオフィスに伝えるのも受付嬢の大事な役目でもあり、連れてきたパルムをあっちに行かせ、こっちに投げていた緑髪の少女にUiscaが穏やかな表情を向けながら駆け寄る。
「ノゾミちゃん、お疲れ様」
「はい、イスカさんも」
 魔装鞘を背負ったまま希は応える。
 緑髪の少女と【魔装】の決着がここで途切れなくて良かったと思った。
 そして、Uiscaは信じている。この少女が最後まで希望を失わない事を。だからこそ、今から呼びかけるつもりなのだ。
「ねぇ、ノゾミちゃん……邪神との戦いが終わったら、希望を広める機関を一緒に創って欲しいの」
「希望を広める機関……ですか?」
「もう色々な所に話はつけてあるから……どうかな?」
 邪神に勝ったとしても、人は人のままだ。次の瞬間、すべての人が不幸や絶望から逃れられる訳ではない。
 それらを核心的に解決できる手段がある訳でもない。けれど、だからと言って諦める事は違う。希望を大勢に紡いでいく事は出来るはずなのだ。
「是非とも、ご一緒させて下さい! 私に何ができるか分かりませんが、それでも!」
 折り鶴の形をしたイヤリングを揺らしながら、真剣な表情で答える希だった。

 アルマに抱えられるように地上に降りたネムレスは、いつもの微笑を浮かべていた。
「皆さんも街も無事で良かったです」
「わふっー! ネムレスさんは記憶が戻ったのです?」
 ストレートなアルマの台詞にネムレスは彼の頭を撫でて応える。
 頷きもしないが否定もしない様子は、ある意味、“彼”らしいかもしれない。
「まだ……答えられはしない、か。何か、やるべき事でもあるのかな?」
 大型犬を撫でているようなネムレスに向かってアルトが冷静に尋ねる。
 悪狐を倒した結果、記憶が戻ったのか、それとも傷が癒えてきて記憶が戻ったのか分からないが、紫草の事だ。何か考えや想いがあるのかもしれない。
「そう受け取って貰って構いませんよ」
「心配されている方々にはどうされるのしょうか?」
 ネムレスの態度に首を傾げながら真白は確認を取った。
 少なくとも、スメラギ(kz0158)や蒼人、朱夏や立花院家には無事を知らせて欲しいものだ。
「追々……となるでしょうかね」
 それが何時頃になるかは、彼次第という事のようだ。
 変に騒ぎになる可能性もあるだろうけど、大将軍が生きている噂話ぐらいはあってもいいかもしれない。
 だが、真実を語る事になるのは、当分、先の話になるだろうか。東方はスメラギを中心に公家・武家が一つとなって復興に向かっているのだ。征夷大将軍がこのタイミングで復帰すると、不要な争いがまた起こるかもしれない。そして、紫草は望まないだろう。
 東方が進むべき道は、“秘宝”エトファリカ・ボードによって示したはずなのだから。
 ハンター達とネムレスの会話を不機嫌そうな表情で見ていた舞がぶすっと告げる。
「本当に記憶が戻ったなら、殴っていいかな! 妹を泣かせた事に!」
「ちょっと、お姉ちゃん。大丈夫だよ」
 姉の言動に恥ずかしさを覚えながら言った詩。それだけ姉が心配していたという事なのだろうが。
 大太刀を振るうネムレスの姿は、知っている人が見れば、タチバナが帰ってきたように見えただろう。直剣と盾から武器を変えたという事は、そういう事のはずだ。
「大丈夫じゃない! 本当に心配かけて!」
 いかにも妹を溺愛する姉らしい舞に、ネムレスは仮面を外すと姉妹に深く頭を下げた。
「……そうですね。きちんと、“責任”は取らないといけませんね……詩さん。私から貴女にお願いがあります」
「お、お願い……?」
 ネムレスの唐突な告白に、詩は思わず胸を抑える。
 周囲の仲間達も何事かと注目する中、ネムレスは真剣な表情で詩を見つめた。
「えぇ。勿論、今この場でお返事頂かなくても大丈夫ですが」
 そう前置きしてから、彼は宣言するのであった。


 エトファリカ連邦国、長江や憤怒本陣よりも更に南に広がる未開の大地に、共に来て欲しいと――。

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参加者一覧

  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
    人間(蒼)|20才|男性|疾影士

  • ヴァイス・エリダヌス(ka0364
    人間(紅)|31才|男性|闘狩人
  • 行政営業官
    天竜寺 舞(ka0377
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩(ka0396
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • 緑龍の巫女
    Uisca=S=Amhran(ka0754
    エルフ|17才|女性|聖導士
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 抱き留める腕
    ユリアン・クレティエ(ka1664
    人間(紅)|21才|男性|疾影士
  • 大工房
    ソフィア =リリィホルム(ka2383
    ドワーフ|14才|女性|機導師
  • 春霞桜花
    ミィリア(ka2689
    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 紫煙の守護翼
    シガレット=ウナギパイ(ka2884
    人間(紅)|32才|男性|聖導士
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 正秋隊(雪侍)
    銀 真白(ka4128
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 千寿の領主
    本多 七葵(ka4740
    人間(紅)|20才|男性|舞刀士
  • 甘えん坊な奥さん
    アルラウネ(ka4841
    エルフ|24才|女性|舞刀士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 雷影の術士
    央崎 遥華(ka5644
    人間(蒼)|21才|女性|魔術師
  • 想いと記憶を護りし旅巫女
    夜桜 奏音(ka5754
    エルフ|19才|女性|符術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/08/08 00:35:06
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/08/07 20:04:07
アイコン 【質問卓】
Uisca=S=Amhran(ka0754
エルフ|17才|女性|聖導士(クルセイダー)
最終発言
2019/08/04 13:40:59