• 血断

【血断】帝国軍第二師団の契り

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
難しい
オプション
  • relation
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
多め
相談期間
5日
締切
2019/08/09 12:00
完成日
2019/08/24 15:55

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●吸血鬼の一夜

 ゾンネンシュトラール帝国第二師団に帰還した歪虚オウレルは
 数年ぶりに人間らしい生活を取り戻していた。
 もちろん高位歪虚であるため仲間と共に暮らすことはできない。
 第二師団の仲間達が生活する宿舎とは別に、
 カールスラーエ要塞の訓練棟にある休憩室を自室として与えられ。
 そこで寝起きしては朝に第二師団の面々と合流、歪虚討伐に向かうという日々を送っていた。
 ――だが帝国軍の歪虚は排除すべしという方針は変わっておらず、
 ましてや師団員を手にかけたオウレルへの風当たりは今なお強い。
 今日も手厳しい声を掛けられながらも何とかシェオル型歪虚を倒し、自室に戻るとため息を吐いた。
(スザナ姉さん……今日も口をきいてくれなかったな。
 僕のせいでずっと苦労させたのだから当然だけど……)
 簡易ベッドをぎしりと鳴らして座るオウレル。
 戦場で何度か姉からの視線を感じてはいたが、その奥にある感情が何なのかはわからない。
 ――そんな時、ドアがノックされて。
 扉を開くとオウレルの親友ヴァルターが「入るぞ」と酒を手に押し入り、椅子にどっかと腰を下ろした。
 ヴァルターは本当に大きくなった。
 かつて吸血姫エリザベートを追っていた頃はオウレルと同じぐらいの背丈、体つきだったのに、
 今ではオウレルより頭ひとつ背が高くなり、筋力をつけたのか胸板も肩幅もずっと大きくなっている。
 そのことがオウレルにとってほんの少し、寂しかった。
 自分も人間であれたのならヴァルターと共に切磋琢磨し、このように成長できただろうか。
 そしてスザナにも認められ、帝国軍の誉れ高き軍人として生きて行けただろうかと。
 そんな想いと裏腹にヴァルターは酒を開けるとふたつのグラスへ豪快に注いだ。
「なぁ、オウレル。酒ぐらいはまだ飲めるんだろ?」
「あ、ああ」
「なら今日は呑もうぜ。相変わらずのアクアヴィットだが、故郷の味だからよ」
 そこでオウレルが渡されたグラスをおどおどと持つと、ヴァルターが自分のグラスをぐっと突き出す。
「久しぶりの酒席だな、乾杯」
「……乾杯」
 軽やかな音を立ててグラスが重なる。
 オウレルは酒を呷ると熱い息を吐いた。ヴァルターが笑う。
「正直言うとな、ちょっと心配だったんだよ。今のお前は食事しないし、寝もしないって聞いてたから」
「うん、歪虚は大人しくさえしていれば寝なくても食事しなくても平気なんだ。
 激しい戦いの後は正のマテリアルがほしくなるけど」
 その答えにヴァルターの片眉がぴくりと吊り上げる。
 しかし続くオウレルの声はひどく穏やかなものだった。
「……今はまだ理性があるから大丈夫。
 自然界に漂うマテリアルを少しずつ分けてもらうことで耐えられるから」
「そうか、それなら……良かった。
 でも本気で危なくなったら俺に言えよ。血やマテリアルぐらいいくらでも分けてやる」
「ありがとう。でも僕はできるかぎり自分の力で『ヒト』であれるように頑張ってみるよ。
 ハヴァマールがまだ生きている以上、僕も死ぬわけにはいかない。
 最後まで帝国の人々のために戦わないといけないからね」
 オウレルの強い意思に安堵し、ヴァルターは酒を喉を鳴らして呑みほした。
「なぁ、全部終わったらさ、ドワーフ領から極上の酒をありったけ買ってくる。
 そしたら師団長とスザナ副団長と酒盛りしような。
 旨い酒を呑んで、嫌なこと全部忘れて……また皆と一緒にこの地域を盛り上げていこうぜ」
「ん……そうできたらいい」
 オウレルは懐かしい味に目を細め、幸せそうに笑った。


●薄明の戦い

 オウレルが酒のおかげで久しぶりに穏やかな眠りについていた時
 ――ふとけたたましい鐘の音が要塞内に響き渡った。
「敵襲、敵襲!! 東方よりシェオル型歪虚とその眷属と思しき歪虚が接近中!
 第二師団員、大至急戦闘態勢に入れ!!」
「……!」
 がばりとベッドから起き、軍服に袖を通すオウレル。
 二振りの剣を腰に挿し、すぐさま宿舎の仲間達と合流する。
 そこに師団長のシュターク・シュタークスン(kz0075)が姿を見せた。
「相変わらず邪神の野郎はこの世界の破滅を諦めていないらしい。
 お前ら、朝だからって気を抜くんじゃねーぞ!」
 応! と力強く応える団員達。その隣でスザナが淡々と情報を伝達する。
「現在シェオル型歪虚は1体のみ。蜘蛛の脚と蟷螂の腕を持った奇怪な形状をしているとのこと。
 口から粘液を広範囲にわたり吐き団員の動きを止めるなど、高い戦闘能力を有している。
 現在東方の農村部に駐留していた部隊が応戦するも危険な状況にある。
 私は師団長ならびにヴァルター隊がシェオル型歪虚を優先して対処、
 スザナ隊が全体の支援ならびに眷属への対応をすることを提案する。異論はないか?」
 彼女の問いに黙って一斉に敬礼する第二師団員たち。この方針で良いという意思表示なのだろう。
 ――そんな中、オウレルは居心地の悪さを感じていた。
 今の自分はどの隊にも所属せず、ただ自由意思で歪虚を討伐しているに過ぎない。
 せめて「命を捨てる覚悟で戦え」とでも言ってくれれば惑わずに戦えるのに……。
 師団員が移動を開始する中、シュタークは顔を曇らせる彼の前に立つとその両肩に手を置いた。
「スザナがお前に何も言わねえのはな、お前が自分で居場所を作るようにってことなんだよ。
 こっちがお前の所属先を作るのは簡単だ、あたしが命令すりゃいいんだからな。
 ……でも、今まで多くのことがあり過ぎた。
 それを乗り越えて自分で道を切り拓くまで信じてるんだよ……あいつもあたしもな」
「師団長……」
 大柄な上官の顔を見上げ、息を呑むオウレル。するとシュタークは力強く頷いて彼の背中を叩いた。
「さぁ、行け。歪虚は待ってはくれやしねえ。
 眷属つきとなるとお前の業が役に立つだろう、思いっきり得意の剣技をぶちかましてやれ!」
「はいっ!!」
 歪虚ならではの強烈な脚力で戦場に向かうオウレル。
 シュタークは「全く、世話が焼ける奴だ」と微笑むと大剣を手に彼を追った。


●その頃、農村部では

「ぐああっ!」
 帝国軍第二師団の軍人が蜘蛛の脚に蹴散らされ、地面に叩きつけられた。
 相手は全高10mもあろうかという巨大歪虚。
 手練れの軍人でも丸太のような脚がぶつかれば吹き飛んでしまう。
「小隊長、師団長たちがこちらに向かっているそうです! あと少し耐えれば……!」
「だがこちらももう余裕がねえ!
 悔しいがハンターオフィスでハンターの派遣を依頼してくれ。このままでは全滅するぞ!」
「……!」
「俺達が潰れたらこの地域の人間がこいつらの餌食になる。それだけは防がなくてはならん!」
「了解しました、大至急!!」
 馬に乗った団員が農村の片隅にあるオフィスへ向かって全力で走る。
 小隊長は槍を構えたまま歪虚を黙って睨みつけた。

リプレイ本文

●帝国軍第二師団との共同戦線

 邪神ファナティックブラッドとの決戦が佳境に向かう中で、突如帝国に出現した巨大なシェオル型歪虚。
 転移門から降りたハンター達は荒らされた農地と群がる小蜘蛛を目にするや得物を構えた。
 そこにシュターク・シュタークスン(kz0079)をはじめとした帝国軍第二師団が駆け付ける。
 どの面々も全力で駆けてきたのか息が荒い。
「お前ら、これからっていう時にわりィな。力を借りるぜ!」
 シュタークとヴァルターが走り出すと、
 リリア・ノヴィドール(ka3056)がこくりと頷きふたりの背を追い始めた。
「これだけの大物を送ってくるということは、それだけ邪神が追い込まれている証だと思うのよ。
 今最終決戦前後だから来るなら後にしてって感じだけど!」
 リリアの手から煌く投具が放たれ、迫る小蜘蛛の背をふたつに割る。
 たちまち小蜘蛛は口から泡状になった糸を吐きのたうち回った。
 その苦悶を断つのが歪虚たるオウレルとは何たる皮肉か。
 彼は両手の剣を交差させるように突くと腕を大きく開き、
 まるで大鋏を押し開くかのように蜘蛛の身体を引き千切る。
 歪虚ならではのフィジカルかつシンプルな業に
 リリアは一瞬息を呑んだが気を取り直すと彼に呼びかけた。
「ねぇ、オウレルさん。時々誰かがやってるみたいに所属や覚悟でも叫んで戦うとかどうかしら?
 ヒトは胸の内にいくら強い想いがあったとしても言葉にしないとわかんないものなのよ」
「言葉?」
「どれだけ想いがあっても何を考えているのかわからなければ周りは気づかないし。
 ……力がある分、どういう風に接すればいいのかわからない。
 それなら自分から言うしかないんじゃない? なの!」
 小蜘蛛の牙をステップで躱しながらリリアが言う。
 だがオウレルはどこか物怖じしたような素振りを見せる。
 星野 ハナ(ka5852)はこのままではいけないと判断し、叫んだ。
「オウレルさん、小蜘蛛に回って下さいぃ!
 団員さん達の被害を軽減するならぁ、その方が効率的なはずですぅっ!!」
「小蜘蛛の方、ですか!?」
「はいぃ! シェオル型の眷属なら逃した時に何があるかわかりませんしぃ、
 それにオウレルさんのスケルトン使役能力を使えば団員さんの消耗も抑えられるはずですぅ!」
「……そうか、それなら皆を守れる……!」
 その声と同時にオウレルの周囲に負のマテリアルが充満する。
 それは生けるものにとって決して心地の良いものではないが、彼の生み出す死者達はヒトの敵ではない。
 ハナは魔導ママチャリ「銀嶺」でシェオル型歪虚へ急行するさなか、
 行く手を塞ぐ五色光符陣で焼き払いながら小さくため息を吐いた。
(守護者としての気持ちは複雑ですけどぉ、
 オウレルさんは今精一杯人間と共存しようと頑張ってるんですよねぇ。
 だったら背を押すのも……私の役目なんでしょうねぇ)
 その後方からシェオル型歪虚へ直行するのはコンフェッサーに搭乗したトリプルJ(ka6653)。
 彼はハンターや軍人達を見るや嬉々とした様子で向かってくるシェオル型歪虚にその精悍な顔を顰めた。
「おいおい、こんなところでアラクネかぁ?
 デカすぎじゃね? よくこれで小隊に死者が出なかったなあ」
 そんな彼の呟きが魔導パイロットインカムに拾われたらしい、
 シュタークのトランシーバーからレスポンスが入る。
『うちは帝国軍きっての戦闘部隊だからな、引き際も違えねえのさ。
 死んじまったら継戦もクソもねえからな。
 まぁ、相応の負傷者も出てっからコイツだけはぶっ殺さねぇと気が済まないけどな!』
「ん……そういう感情は理解できないわけではないがな。
 まずは俺がこいつと正面から殴り合うから、お前らは横や後ろに回ってくれよ。
 生身で殴り合うにゃデカすぎだろ、コイツ」
 モニターに映る巨大な歪虚。身の丈は10mはあろうか。
 特に巨大な鎌はCAMやゴーレムでなければ真っ向から攻撃を受け止めるのは困難だろう。
『いいのか? 奴は図体の割に相当動けるようだぜ?』
「こちらもそれなりに対策しているから気遣いはいらねえよ。
 何より生身で攻撃を引き付けるよりずっと安全だろう? 殴るにしても搦め手を使うにしても、だ」
『……わかった、それじゃお前を頼りにさせてもらう。ただし極度の無理はするんじゃねーぞ』
 了解、とだけ返して不敵に笑むトリプルJ。
 機体の腕にある超々重斧「グランド・クラッシャー・マキシマム」が鈍く輝く。
「アラクネが哭くまで精々暴れさせてもらうさ、こいつでな」
 ――その頃、ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は
 小蜘蛛を魔導槍「ネーベルナハト」で突きながらぽつりと呟いた。
「なあ、アーベント。お前と一緒に戦えるのはあとどれぐらいあるんだろうねぇ」
 彼の同行者たるイェジドのアーベントは冷静にして合理的、そして孤高の気質を秘めている。
 それゆえに――いかにも『つまらない事を聞くな』と言わんばかりに、
 一瞬だけ鋭い目をヒースに向けて低く唸った。
 そして彼はヒースが振り落とした小蜘蛛をクラッシュバイトで頭から噛み潰す。
 相棒の雄々しき強さにヒースは微かに苦笑した。
 そうだ、彼との間に余計な感傷はいらない。
 アーベントは倒すべき敵を駆逐するため、ヒースを主ではなく共闘者として認めているのだ。
「……ああ、そうだね。余計なことを考えている暇はないな。さて、この先に……行こうか、相棒」
 まだまだ倒すべき敵は数多くいる。
 一体も逃すわけにはいかないとヒースはアーベントに騎乗し、
 戦場を反時計回りになるよう移動を開始した。
 そんな彼の背をシェリル・マイヤーズ(ka0509)は見つめながら無意識に胸元のドッグタグを握っていた。
(ヒー兄……どうか無事で)
 シェリルはヒースを兄と慕っている。
 血縁があるかどうかは定かではないが、それでも彼女にとっては頼りになる大切な存在だ。
 そしてまた、もうひとりの大切な存在にシェリルは声を掛けた。
「オウレルのお兄さん……堂々とすればいい……。見せよう……その服と共に在ることを……。
 スケルトンだって……皆を守る盾になれば……きっと恐れられることもなくなるはず……」
「うん、ありがとう。今度こそ皆を守ってみせる。きみもどうか無事で」
「ん。誰も……死なせない……。さぁ、リリ。これからよろしく……」
 そう言ってシェリルがリーリーのリリの喉を撫で手綱を引く。
 戦場をヒースと同じく反時計回りに周回するように、まずは北西へ。
 小蜘蛛がいないか、負傷者がいないかを確認しながら駆ける。
(通信機器は常にオープン状態……それにリリの力があればすぐに駆け付けられるはず。
 気は逸るけれど、冷静に……!)
 早速スザナに通信し、彼女の現在位置を確認するシェリル。
 この戦場において強力な癒しの魔法を扱えるのは彼女だけだ。
「スザナ……移動したらその都度連絡をお願い。深手を負った隊員がいたら連れて行くから……」
『了解しました、常に施術の準備を整えておきます。……どうか御武運を』
 相変わらずの淡々とした声音だが、以前よりもハンター達への態度は軟化したようだ。
 無事を祈るその声にシェリルは小さく微笑んだ。
 初めて出逢った頃のスザナは弟の罪と副師団長の重責を背負い、機械のような印象を受けたものだった。
 それが――ここまで。
(オウレル……スザナも少しずつ変わってきているよ。
 ……後は貴方が一歩踏み出すだけ。だから頑張ろう……!)
 この戦いが終わったら伝えたいことがたくさんある。
 シェリルは「リリ、今度は北」と再び手綱を強く握った。
 その時だ。空から激しく風を切る音が一行の耳を打ったのは。
「今回はちと敵が近すぎるのう」
 ミグ・ロマイヤー(ka0665)は愛らしい唇を尖らせるも、
 魔導ヘリコプター「ポルックス」のカスタム機「バウ・キャリアー」を己が身同然に操る。
 プラズマスフィアで機体を守り、プラズマランチャーを構える姿はまさに空中要塞。
 彼女は第二師団の関係者やハンターに当たらない
 ギリギリのラインにプラズマロケットランチャーを撃ち小蜘蛛達を蹴散らしていく。
 ――しかしそれでも彼女にとっては不満らしい。
(広い戦場なら我が愛機ヤクトバウのグランドスラムで歪虚どもをまとめて焼き払ってしまえようものを)
 彼女が普段登場しているダインスレイブベースの砲撃戦用CAMヤクトバウならば、
 歪虚どころか数十mに渡る区域を吹き飛ばすことができる。
 しかもミグ自慢の回路「カートリッジフェアリー」によって、
 本来なら1度しか放てぬはずのグランドスラムを間断なく放てるのだ。
 そのため多勢と戦うにはこれ以上ないほど相性の良い機体なのだが、
 今回はお蔵入りにせねばならないことをミグは僅かに苦く思っていた。
(今回は流石に味方も焼き払ってしまう可能性が高いからのぅ。
 ミグはマッドな砲撃屋なれど、第二師団全滅となれば砲撃手の面目が潰れてしまう。
 支援砲撃に専念するしかあるまい……)
 もっともバウキャリアーもミグが改造を重ねて造り上げた名機だ。
 飛べぬ歪虚に反撃する間も与えず撃ち砕くことができる。
(ミグには高所ならではの広い視野もあるしの……。
 増援などあらば見抜いてみせるわ。まあ、ないとは思うがね)
 容姿こそ稚くも、歴戦の勇士たる風格は堂々としていて。
 ミグは照準器を通して次のターゲットを大きな青い目で見つめると「ふふ」と小さく笑った。


●巨大な鎌、振り下ろされる地にて

 トリプルJのコンフェッサーはシェオル型歪虚に肉迫した瞬間、
 重厚な刃にマテリアルのバリアを張り存分に力を込め振り下ろした。
「これは挨拶代わりだ、受け取りなッ! シュタークも続けぇっ!!」
「ああ、やってやらぁ!!」
 トリプルJに力強く応じ、シュタークは歪虚の真横に踏み込むと魔法の刃に変えた大剣で衝撃波を放った。
 だが槌同然の重みと苛烈な魔力が分厚い鎌で弾かれた。
 小隊の報告通り、見た目に反し反射能力が高いようだ。
 ――バギィッ!!
 大得物である鎌に深いヒビが入ったものの、トリプルJは小さく舌を打つ。
 もし粘着力の強い糸を吐くという顔を潰すか肩をもぎ取れれば十分に戦力を削げただろうにと。
「……ガタイのデカさに似合いのタフさじゃねえか。いいぜ、こっちも手加減なしでいってやる」
 その間、リリアはシェオル型歪虚に向かいまっすぐに駆けていた。
(シェオル型と眷属の小蜘蛛は今のところ連携している様子はなし。
 ……でも小蜘蛛は数がある分だけ、油断はできないの)
 普段の品の良い穏やかさから一転、冷徹な目で戦場を見据えるリリアは「ん……」と下唇を噛んだ。
(撤退した小隊の報告によると、シェオル型は広範囲の軍人を糸で拘束したとか。
 できるだけレンジ外から攻撃するようにしないと、なのね。側面か背面に取り付きたいところだけど!)
 彼女は投具を構えることで小蜘蛛を牽制し、横に大きくステップした。
 戦場を弓なりに移動することでシェオル型の認識から外れようと考えたのだ。
 トリプルJが敵の意識を引き付けているうちに着実にダメージを与えねばならない。
 そのためには敵の視覚外からの攻撃が最も効果的。
 常人より優れた視覚で小蜘蛛の少ないルートを導き出し、彼女は足を止めずに走り続ける。
 その頃、ハナはシェオル型歪虚から12mほど離れた位置で銀嶺から降りると、
 相棒のユグディラ・グデちゃんに命じた。
「グデちゃん、ヴァルターさん達が入る場所へ移動して練習曲!
 ヴァルターさんが怪我したら前奏曲に切替えて演奏を続けてくださいぃ!
 あとで好きな物いくらでも作ってあげますからぁ!」
 グデちゃんは普段こそ鷹揚だが、同時に食い意地も張っているユグディラだ。
 早速ハナの言葉に普段は垂れ気味の耳をピンと立てるとリュートを奏で始めた。
 ヴァルターが彼女の心遣いに首を傾げる。
「ハナさん、俺はまだ……」
「いいえぇ、この中で1番危ないのがカウンター主体のヴァルターさんですぅ。
 それにぃ、もう団長さん達はオウレルさんと仲良しこよしじゃないですかぁ。
 オウレルさんにあっちで戦って貰えば小蜘蛛も早く倒せて仲間との絆も深まって一石二鳥。
 それまでこちらも頑張りましょうぅ!」
 仲間の目に影響を与えぬよう絶妙な位置に五色光符陣を放つハナ。
 シェオル型歪虚は一時的に視力を失ったのか、顔面を鎌で覆い悲鳴を上げた。
(叩くなら今しかないか!)
 ハナの戦働きに負けじとヴァルターが斜の位置から剣を振るう。
 すると前脚の巨大な鉤爪に大きなヒビが入り、もろりと崩れ落ちた。
 だがシェオル型歪虚は周囲が見えないからこそ――脚で前方から右側面に向けて力いっぱい薙ぎ払う。
 トリプルJのコンフェッサーは咄嗟に地を強く踏みしめることで辛うじて転倒を免れたが、
 シュタークは脇腹を強く打たれ後方へ吹き飛んだ。
「団長さんッ!!?」
 駆け寄ろうとするハナにシュタークが叫んだ。
「俺のことはいい! それよりもそいつを食い止めろ……腕利きの符術師ならばできるはずだ!」
 ハナは黙って頷くと再び符を構えた。
 そうだ、この歪虚は力任せに暴れる馬鹿ではない。
 視界が正常になった瞬間、おそらくは――厄介な業を仕掛けてくるだろうから。


●脅威を狩る者たち

「ぐっ! こいつら硬い上に力がありやがる!」
 小蜘蛛に腕を噛まれた軍人が顔を顰めて剣を握り直した。
 しかしそれは負傷した腕には重すぎる。
 抵抗する手段を失った彼に小蜘蛛が群がり始めた時、
 アーベントが小蜘蛛達に猛々しい咆哮で威圧し、奴らの挙動を鈍くさせた。
 そこにスケルトンが手斧を叩きつけ、
 オウレルも二刀流で2体の小蜘蛛を斬り裂くと負傷者に「姉さんのところに。早く!」と告げる。
 続いてヒースの黒い槍から光が放たれ、3体の小蜘蛛を光で蒸発させるがごとく消滅に至らしめた。
「さぁ、早く行け。まだまだこの国には問題が多い。
 お前たち一人一人にやるべきことがあると思うからねぇ。お互い、生きて帰らないとねぇ」
 彼は飄々と告げると槍の穂先でスザナのいる方向を示した。
「……すまない、恩に着る!」
 ふたりに一礼し、後方に走り去る師団員。
 ヒースはアーベントが対峙している小蜘蛛達に向かい槍を構え直した。
「どうだい? 人の命を助けられた感想は」
「歪虚でも、ここにいる意味はあるのだと……思いました。
 以前の僕だったらここまで戦えはしなかった。負の力も使い方を違えなければ……」
「そうか、それなら良かった」
 それだけ言うとヒースはほんの少しの笑みを浮かべ、すぐに表情を引き締めた。
 彼は一刻も早くこの戦場から敵を駆逐せねばならないのだから。

 その頃、シェリルは深く傷ついた師団員をスザナの元へ届けていた。
 リーリージャンプを使えばいつでも前線に向かうことが出来るのがなんとも心強い。
「この程度ならフルリカバリーで動けるようになりましょう。ありがとう、シェリルさん」
 スザナが早速癒しの術を唱え、傷を塞いでいく。その様を見つめ、シェリルが問うた。
「ううん。それよりも……ねぇ、スザナ。死にたいって思ったことある?」
「それは……どういう意味でしょうか?
 今まで苦境に立たされたことは幾度となくありますが、前に進むしかないと思っていましたから」
「……そっか。スザナは強いんだね。……私はあったよ。
 両親が私を崩壊する施設から庇うために死んで。
 こちらの世界に転移してからもたくさんの悲劇を見て……。
 誰かの幸福の陰には、誰かの不幸や絶望があることも知った……」
 シェリルに向けられる沈痛な面持ち。しかし彼女は寂しそうな彩を浮かべながらも、笑った。
「……でも。葛藤して辿り着いたのが……目の前のモノを守ろうという想いだった。
 小さな笑顔が……いつか広がると信じて。
 ……だから私は守りたいモノを守り、倒すべき敵を倒すと決めた……」
「そうでしたか……」
「それときっと同じで……スザナが軍人……聖導士になったのは……大切なヒトや国を守るためだよね?
 それならオウレルがどうして痛みを伴う闘狩人という道を選んだのか……わかるはず……」
 そう言ってリリの背に跨るシェリル。少しでも多くの人を救い、敵を穿てるよう彼女は駆ける。
 次の負傷者を治療しながらスザナは
「……わかっています、優しいあの子が剣を握る覚悟をしたのは……」と呟きながら――まなざしを伏せた。

 こうして複雑な感情が入り乱れていく戦場。
 その中で迷うことなく呵々と笑うのが空中戦を繰り広げるミグだ。
 彼女は反時計回りに行動するヒースやシェリルと異なり、
 上空から戦場全体を見据え状況に合わせた砲火と支援を行っている。
「煙幕を張るぞ! 負傷者は後退せよ、ここはミグが引き受ける!!」
 バウキャリアーが地上すれすれに飛行し、スモークカーテンを放つ。
 魔力の煙が周囲の小蜘蛛達の視線を遮り、戸惑わせる。
 その隙にミグはプラズマランチャーで中距離まで迫った小蜘蛛を吹き飛ばした。
 ハンターが直に斬りつけるのと比べれば些か威力は劣るが、
 それでも空中に身をおけることは大きなアドバンテージに繋がる。
「手数さえ重ねれば必ず勝利できよう! ミグは天空の支配者である。
 頭上を取ったものが勝つのは常道。飛べない歪虚は豚以下じゃのう、カカカー!」
 ミグは手製の補給用回路を山のように揃えてきたのだ。
 上空を捉える術のない地を這う歪虚など訓練用のターゲットも同然。
『ミグ殿、御助力に感謝いたします』
 コクピットに据え付けたトランシーバーが受信した、生真面目そうな軍人の声に彼女はふっと笑う。
「いいか、若いの。戦は空、制空権を支配した者が勝者となる。戦場を面ではなく空間で捉えるのじゃ。
 敵と真っ向から斬り結ぶのもひとつの作法じゃろうが、確実な勝利を掴むにはより視野を広げよ!」
『はっ。ご助言、ありがたく頂戴します』
 ぷつっと切れる通信音。
(もっともこの世界にリアルブルーやエバーグリーンの航空技術が浸透するまでには時間が必要じゃろうがの)
 ミグは内心苦笑しながらも弾切れになったランチャーに
 ミグ回路「カートリッジフェアリー」で弾薬を装填。
 再び銃口にマテリアルが充填されていくのを確認するや、
 主――シェオル型歪虚のもとへ逃げ込む小蜘蛛達をしっかりと見据えた。
「バウキャリアーの4枚羽から易々と逃れられると思うでないぞ! 全て纏めて焼き払ってやるわ!」


●糸と呪い

 シェオル型歪虚との戦はほぼ互角の様相を呈していた。
 ハンター達の方が圧倒的に手数が多いにも関わらず、
 歪虚の身体を硬質な毛皮と盾替わりの鎌がダメージを緩和させてしまうのだ。
 そこで強化術式・紫電で身体能力を引き上げたリリアは
 歪虚の右後方に回り込み、チェイシングスローでまずは一打。続けて――。
(馬鹿の一つ覚えって感じで悪いけれど、小細工が効く環境でも状況でもないのよね!)
 広角投射で銀の皿を模した6枚の刃が宙を舞い、歪虚の脚をざくりと斬りつける。
 ――ギャアアアッ!
 元よりトリプルJのコンフェッサーと彼が放つマテリアルバルーンに目を引き付けられていた歪虚だ。
 無防備な脛をぱっくりと斬られてはたまったものではない。
 即座に後方へ向かおうと脚をずらした瞬間。
「戦での余所見は命取りだって邪神から教えてもらわなかったのか? 本命から目を逸らすんじゃねえってな!」
 トリプルJのワイルドラッシュが歪虚の胸から脇腹を打ち下ろし――続けて胸まで鎌ごとかち上げた!
 途轍もない重量が歪虚の硬い毛皮に覆われた身体を圧し潰す。途端にめりりと鎌の刃が剥がれ落ちた。
「よっしゃ、俺も本気で……いくぜぇッ!!」
 歪虚の後方に控えていたシュタークが大剣を振り下ろしリバースエッジを放つ。
 びきびきびき、と蜘蛛の腹が音を立てて割れた。
 守りはとうに薄くなっている。あともう少し力を尽くせば――誰もがそう思っていた時。
 ――シャアアアアアアアッ!!
 歪虚が白い糸を吐き散らし、周囲のハンターや軍人達を絡めとろうとした。
 それは強烈な粘着性を持った液体。
 糸状のそれに手足をとられれば蜘蛛の巣にかかった小虫の如く歪虚に食い散らかされただろう。
 だが……そこで凛とした声が放たれた。
「貴方の呪い、倍にしてお返ししますぅっ!!」
 ハナが5枚の符に強力な拘束の力を収束し、歪虚に解き放つ。
 たちまち歪虚は白い縄状の液体で締めつけられた。
 そこでヴァルターがハナを庇うように立つと縄の合間を剣で突いた。
 トリプルJが抉った腹から血肉が零れだす。
「危ないところだったな。ハナさん、助かったよ」
「いいえぇ。ただ、いつまでこの拘束が続けられるかわかりません。
 ですからぁ……ヴァルターさん、護衛をお願いしますねぇ?」
「護衛?」
「黒曜封印符で大蜘蛛の技を封じますぅ。
 呪詛返しを続けるのも手ではありますけどぉ、万が一返せなかったら危険ですからねぇ」
「副師団長がここにいない分、きみが奴からの搦め手を封じるんだな。
 ……今日の俺は守りに特化している。護衛役、承ろうじゃないか」
 ハナがにこっと笑い、符の数を揃える。
 グデちゃんもそれに付き合うようにヴァルターの隣で練習曲を奏で続けた。

 一方でヒースとシェリル、そしてミグは小蜘蛛の大半の討伐に成功したことを
 トランシーバーで知らされるなりシェオル型歪虚へ移動を開始した。
「……なるほどなるほど。
 残りはシェオル型を取り巻くように逃げ込んでいる6体のみか、状況は悪くないじゃないか」
 アーベントの背に乗り風をきるヒース。その隣をリリに跨ったシェリルが伴走する。
「ヒース……負傷者は全員スザナに治療を頼んでおいた。きっと、大丈夫」
「さすがはシェリー。ボクはそれなりに割り切っているつもりだけど、
 後味の悪い戦ほど腕を鈍らせるものはないからねぇ。助かるよ」
「……ん。後は皆が無事に帰れるように頑張るだけ……。ところで、オウレルは?」
 するとヒースは後方に向けて顎をしゃくってみせた。
 彼らから20mほど後方でスケルトンを引き連れた影が地を鋭く蹴り進軍している。
「自分が何者であれ、どう生きるかが大切だということにやっと気づいたようだ。
 ボクにできるのはここまで。後は彼自身の生き様で示すしかないよ」
「……そう。……ありがとう、ヒース」
「シェリーと違ってボクはあくまでも第三者。戦に少しだけ手を貸しただけさ、大したことじゃあない」
 シェリルはその言葉に淡く笑むとフードを深く被った。これは彼女なりの戦支度。
「先に行きなよ、リリの方が足が速い。深紅のシャイターンであいつを驚かせてやるといい」
 ヒースがこう告げると、シェリルはリリを大跳躍させた。
 ミグはそんなふたりの道を拓くように、
 シェオル型歪虚を巻き込みながら小蜘蛛の生き残りをプラズマランチャーで散らす。
「敵が孤立しているならばグランドスラムで一瞬で吹き飛ばすんじゃがなぁ……。
 もっとも、限られた戦力を最大に活かすのも戦の妙味。若者達にみせてやらんとのう」
 愛らしい唇を金属製の指先で撫でるなり、バウキャリアーの操縦桿を前方に押し倒した。
(今は身動きが取れぬようじゃの。それならばミサイルをしこたまぶちこんで黙らせてやるわ!)
 ミサイルランチャー「レプリカント」の砲門が開く。
 ミサイル10発が流星のごとく空を裂き、敵を一瞬にして灰燼にせしめる恐るべき兵器だ。
 ――ああ、その瞬間だけは目にとどめなくては!
 ミグは発射タイミングを見計らいながら恍惚と微笑んだ。


●巨大歪虚蜘蛛の崩壊

 ハナが危惧していた通り、シェオル型歪虚は間もなくして身体の自由を取り戻した。
 全身の筋肉を軋むほどに奮い立たせ、粘液の縄を無理矢理斬り千切ったのだ。
「やっぱりぃ。でも、あの糸は二度と吐かせませんよぅ。
 昏き魂を破邪の祈りにて封じん……黒曜封印符うぅッ!!」
 ワイルドカードで符を増したハナが東方から伝わりし
 複雑怪奇な術式を用いて歪虚の自由を束縛する言の葉の呪を成す。
 すると歪虚は口を幾度も開くも、粘液ひとしずくも垂らすことができず、苦しげに呻いた。
「ありがとうなの、ハナさん! ここが攻め時なのよ!」
 再び体内に激しいマテリアルの電流を流したリリアがチェイシングスローで歪虚の後頭部を撃ち、
 裂かれた腹を広角投射で抉るように穿つ。
 続けてシュタークが側面からソウルエッジの力を宿した刃でリバースエッジを放つ。
 同時にトリプルJのコンフェッサーからマテリアルネットが放たれ、巨大な体躯を絡めとった。
「これで守りも薄くなんだろっ、俺も続く……コンフェッサー、俺の力を存分に使えっ!!」
 斧がうねる風のような音を上げ、ワイルドラッシュが守りに構えた両腕の鎌を根元から断つ。
 続いて額から顎を重力に任せ真一文字に斬り裂いた。
 すると歪虚の口が左右にぐらりとずれ、粘液どころか悲鳴すらあげられなくなった。
 そこで歪虚は残りの力をかけて前に突進すると封印の術師たるハナに脚を振り上げた。
 ――が、それを鎧受けを纏ったヴァルターとグデちゃんが庇う。
 グデちゃんも食事を用意してくれる大切な主の危機を悟ったのだろう、
 咄嗟に演奏曲を「森の午睡の前奏曲」に切り替え癒しの音色を奏で始める。
 だが小蜘蛛達も本格的に合流をはじめ、ハナを狙い出したのか彼女の背に鋭い歯を突き立てた。
 しかしハナは構えた指を解くことなく呪を紡ぎ続ける。
(ぐっ……! 全く、厄介な状況ですねぇ。このままだと……)
 その時だ。
 リリが小蜘蛛を獣鎌「サカルエリダ」で斬り裂くと同時に、
 何も存在しなかったはずの空間から手裏剣が放たれシェオル型歪虚の下腹部に突き刺さる。
 続いて燃えるような紅の刀が現れ――かねてより脆くなっていた蜘蛛の足の膝から下を切断した。
「……この腕に宿る力が弱くとも、状況が許すように動けば……私でも斬れる……!」
 シェリルのナイトカーテンによる不意打ちでバランスを崩し前のめりに崩れるシェオル型歪虚。
 そこでアーベントが小蜘蛛をクラッシュバイトで噛み砕き敵の視線を奪う中、
 強化術式・紫電とナイトカーテンを事前に施したヒースが歪虚の背後に滑り込みデルタレイを放つ。
(全く、力任せの戦法とは見ていられないねぇ?
 ある意味能がない分……身体だけは立派なものを与えられたのかもしれないけど)
 鮮烈な光がシェオル型歪虚の胸と小蜘蛛2匹を焼き払う。
 そこにミグが「愚昧なる歪虚よ、これはミグの誅罰である!」と
 畳みかけるように10のミサイルを撃ち込んだ。
 轟音が歪虚の全身の表皮を剥ぎ取るように抉り、炸裂する。その爆風たるや壮絶なものだった。
 ――それでも歪虚は動きを止めず。庇うように残りの小蜘蛛2匹が前に出た。
「ここまでなった主君を守ろうとは健気だと思うけど……僕達にも守りたいものがある!」
 オウレルの二刀流が小蜘蛛達の身を斬り裂き、続くアスラトゥーリで首を潰す。
「そうよ、オウレルさん。戦には迷いはいらないの。ただ――敵を穿つだけよ!」
 リリアのチェイシングスローと広角射撃が歪虚の脆くなった背を抉る。
 すると背がめきりと音を立て、上半身が前に倒れた。
「シュターク、とどめを刺すぞ。俺に合わせろ!」
「ああ、最後はド派手に決めてやろうぜ!!」
 トリプルJのワイルドラッシュとシュタークの大剣が前後から交差するように放たれる。
 常人では扱えぬ大剣が歪虚の背を斬り裂き、
 鈍器めいた刃が歪虚の上半身を2度叩き潰せばシェオル型歪虚でも稀有な巨体が石くれの山となり。
 そして――砂と変じ、消失した。

 戦が終結を迎えた後にスザナ隊も無事に合流し、負傷者の治療が開始された。
 再び忙しくなる現場。
 ハナはグデちゃんの奏でる前奏曲を聴きながら
 小蜘蛛討伐に奔走していた軍人の傷の手当てをする際に――こう尋ねた。
「……そっちにオウレルさんが回りましたけどぉ、どんな感じでしたぁ?」
「そ、それは……助けられたよ。あいつもスケルトン達も俺達を身を挺して……。
 でも、あいつは歪虚だ。その危険性はあんたもわかっているだろう?」
 戸惑うように目を揺らしてから、縋るようにハナを見つめる軍人。
 ハナは「んー……」と軽く眉を顰めて逡巡してからこう答えた。
「本気で堕ちたら滅しますよぅ、当然ですぅ。
 でもぉ、今はまだ自我が残ってらっしゃるわけですしぃ、皆さんともっと仲良くなられたらとぉ……」
「俺だって昔はあいつとよくつるんでた。
 元に戻れるならと何度だって思ったさ。でも今は……あいつが怖いんだ」
「怖いぃ? どういうことですぅ?」
「今のあいつは寡黙で何を考えているのかわからないんだよ。
 力も強いし……もしあいつが俺達を害する気になったらと思うと……」
 包帯を巻き終えたハナが小さくため息を吐く。
 今のオウレルはただ、自分を拒絶されるのが怖くて喋られない悪循環に陥っていることを彼女は知っている。
 しかしこの場でそれを暴露すればオウレルが自ら立ち上がる機を摘み取ってしまうことになる。
 だから今はこれだけ、伝えた。
「……そうですねぇ、でもぉ……オウレルさんの心は人間ですからぁ。
 今は不安でもぉ、見守ってあげてくださいぃ。きっと応えてくれるはずですからぁ」
「あ、ああ……。」
 軍人は添え木で支えられた足を擦りながらハナに感謝を伝えた。

 一方、シェリルはオウレルを一行から少し離れた場所に呼び出すと不意に問いかけた。
「ねぇ、お兄さん……今は……生きたい? 帝国の為とかじゃなくて……自分の心は?」
 するとオウレルが困ったように俯いた。
「前は……過ちを犯さないように、全部終わったらどういう形であれ消えようと決めていた。
 でも……今はそれが曖昧になっている。自分のことがわからなくなってきているんだ。
 ……まだ皆の傍にいたいと思い始めている恥知らずな自分に」
 シェリルはその答えに満足したように微笑むと
「それでいいと……思うよ。恥なんかじゃない」と呟き、独り言のように続ける。
「以前の私は……死にたいと思ってた……」
「それは……以前僕に言っていた『似ている』ということ?」
「……そう。自分の無力さが苦しくて……。
 でも、今は……生きたい……。だから抗う。……皆といたい。それも、似ているのかもね」
 オウレルは返す言葉もなく、ただ彼女の深い茶色の瞳の実直さに心が和らぐのを感じていた。
「想いは力だ……。自分の為に願ったって……いいんだよ」
 シェリルの言葉はまるで自分自身に言い聞かせるように。
 そしてオウレルの苦しみを拭い去るように。とても穏やかで優しい響きだった。


●心がほどけていく時

 シェオル型歪虚とその眷属の消滅を確認したハンターと軍人達は戦場を再度確認し、
 軍人から歪虚殲滅の報告を受けると一様に安堵した。
 さすがに荒らされた農地はどうにもならなかったが、
 農夫達は顔を出すや「命ぶんがあっただけでもありがたいことです」と皆に感謝する。
 今年は土を半ば休ませることになった分、来年にはきっと再び大きな恵みを齎してくれるだろう。
 こうしてシュタークが作戦終了を告げるさなか、
 オウレルは第二師団から一歩引いた場所でひっそりと立っている。
 その様子に鼻を鳴らしたヒースは彼に歩み寄ると、
 顔はあくまで第二師団の面々を見つめたまま静かに言った。
「シェリーの友人に兄代わりからひと言。想いを伝える唯一の手段は自分自身の言葉だよ。
 自分から声を出さなきゃ、誰にも思いは伝わらない。それに必要な勇気は、持っていると思うからさぁ」
 あれだけ体を張ったんだ、もう既に彼らには伝わってるだろうしねぇ。
 飄々と続けたヒースは「だろ、アーベント」と相棒に言うと
 漆黒のイェジドはどうだか、とでも言いたげにそっぽを向いた。
 しかしヒースの言葉はずしんとオウレルの心に響いた。
 幾度も言葉を紡ごうと、オウレルは乾いた唇を何度も開いては閉じ、そして。
「師団長……発言、よろしいでしょうか」
「ああ、何かあんのか」
「……はい」
 オウレルは緊張で顔を強張らせつつ、シュタークの隣に立ちひとつひとつ言葉を繋ぐ。
 スザナの視線が彼の目から頬を撫でるように動いた。
「あ、あの……僕は歪虚で……
 今までたくさんの仲間を傷つけたことはこれからも背負わなくてはならない罪とわかっています。
 僕を仇と思っている師団員がいるのも当然……それでも、帝国軍第二師団のオウレル・エルマンです。
 もう一度だけで構いません、皆と共に戦わせてください! お願いします!!」
 言い出しこそ細けれど、次第に強い決意が込められていくオウレルの声。
 それに対するざわめきの中から、それまで最も彼に厳しく当たっていた師団員が頭を掻きながら前に出た。
「……ヨーゼフ達を殺したことは今でも許せねえけど。でも今のお前はまだ人間、だと思う。
 帝国は罪人を殺めず国を支える力として使う。それなら……筋を通すのが務めってもんだよな?
 そして同じ戦場で力を合わせるのなら……それは仲間ってやつなんだろう」
 大きな手を差し出す師団員。
 オウレルは「ありがとう」と声を震わせ、その手を両手で包み込むように握った。
(オウレルも皆も……きっかけが必要だっただけ……。これならもう……大丈夫)
 シェリルがフードの奥で静かに微笑むと、リリアが寄り添うように囁いた。
「オウレルさんと第二師団の方々……正直あたしが思ってた以上に既に良い環境でいてくれてると思うのよ。
 そのおかげで良くも悪くもあたしから言いたい事はほとんどありませんなの」
「……ん。お兄さんの居場所はもうここにある。
 これなら……もしかしたら、お兄さんは……最後まで人間でいられるかもしれない……」
 過去にオルクスの精神操作によって仲間達を殺めたオウレルだが、
 自律した今なら大切な仲間をそう傷つけようとは考えないはずだ。
 そして自然から少しずつ生体マテリアルを得ながら
 ひそやかに生活するのであれば人間に追われることもないだろう。
「ええ。勿論手放しで喜べる状態ってわけではないと思うけれど。
 ……当人たちに後悔がないのならあたしは嬉しい、なの」
 リリアが目を細めたその時、シェリルはそっと天に小さな手を翳した。
(皆の傷が癒えるように……幸せが少しでも長く続くように……終わらないように。私は願う……)
 ハンターと第二師団員達がふいにざわめく。
 シェリルのマテリアルが雪の幻影となり、一同を祝福するかのように力を与えたのだ。
 ――そんな中でオウレルの体に触れた雪がふわりと融けたように消えていく。
 それは皆と同じく彼女の業の恩恵を受けた証。仲間、ということだ。
 スザナは雪のきらめきの中で弟と向き合い、彼の頬を両手で包み込んだ。
 それはぬくもりのない死者の頬ではあったけれど。
「オウレル……私は貴方の犯した罪を許さない。
 けれど、それを共に背負って歩んでいくことはできる。
 そして私が生きているかぎり貴方には過ちを犯させない。
 今の私はその義務を既に背負っているのに……なぜかそれを厭わず望んでいる節がある。厄介なものね」
「姉さん……それは……!」
 だが弟の問いに答えることなくスザナはぱっと手を離すと、そのまま馬に乗って走り去った。
 その背を見つめたまま肩を震わせるオウレルの背をトリプルJが叩く。
「良かったじゃないか。すげえ不器用だけど、しっかりした姉さんで。
 責任に雁字搦めになりながらもお前のことを心配していたんだろうな。……これからは孝行しろよ?」
「はい、ありがとうございます。トリプルJさん!」
 オウレルも足取り軽く走り出す。いつまでこの幸福が続くのかはわからない。
 けれど。
 オウレル・エルマンとして生きられる最後の日まで懸命に生きようと。そう彼は決心していた。

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  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • ユニットアイコン
    アーベント
    アーベント(ka0145unit001
    ユニット|幻獣
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    リリ
    リリ(ka0509unit001
    ユニット|幻獣
  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    マドウヘリコプター「ポルックス」
    バウ・キャリアー(ka0665unit009
    ユニット|飛行機
  • それでも尚、世界を紡ぐ者
    リリア・ノヴィドール(ka3056
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    グデチャン
    グデちゃん(ka5852unit004
    ユニット|幻獣
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    コンフェッサー
    コンフェッサー(ka6653unit005
    ユニット|CAM

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依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/08/05 12:30:56
アイコン 作戦相談所
ヒース・R・ウォーカー(ka0145
人間(リアルブルー)|23才|男性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/08/06 08:00:07
アイコン 質問卓
シェリル・マイヤーズ(ka0509
人間(リアルブルー)|14才|女性|疾影士(ストライダー)
最終発言
2019/08/04 12:51:14