ゲスト
(ka0000)
【血断】信仰と絆
マスター:近藤豊

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 難しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 7日
- 締切
- 2019/08/22 09:00
- 完成日
- 2019/08/26 20:27
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
パシュパティ砦陥落の一報は、辺境の地を不安に陥れた。
幻獣の森、パシュパティ砦と瞬く間に辺境の地は闇へ染まっていく。生き延びる場所を探し求めた人々は、要塞『ノアーラ・クンタウ』へと足を運ぶ。
「ヴェルナー様、かなり厳しい状態です」
審問部隊『ベヨネッテ・シュナイダー(銃剣の仕立て屋)』隊長メイ・リー・スーの報告を受け、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は深刻そうな顔を浮かべる。
これは歪虚側の――計略だ。
わざと民を生かして西へ逃がしている。
民をノアーラ・クンタウへ集めれば、要塞の人口密集度は上がる。食料は瞬く間に消えていき、衛生面も治安も悪化する。混乱に陥る要塞を前に歪虚は一気に攻撃。そうなれば辺境の民は歪虚の前に虐殺だ。
「ヴェドルのドワーフにも協力を仰いで下さい。今、民を見捨てれば要塞内で暴動が発生する恐れもあります」
歪虚の軍が攻め寄せる事は既に周知の事実だ。
現時点で辺境ドワーフの王ヨアキム(kz0011)は行方不明となっているが、今ヨアキムの娘カペラ(kz0064)とキュジィ・アビトゥーア(kz0078)が対応してくれている。
「大丈夫かな?」
心配そうな面持ちのファリフ・スコール(kz0009)。
「はい。何とかなるでしょう」
「ヴェルナー……歪虚の戦いはどうする?」
腕を組み黙って耳を傾けていた部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は口を開く。
「敵は正面からノアーラ・クンタウを攻撃します。
ですが、この要塞での籠城は無理です。既に民が多く流れ込んでいます。要塞前の平地に布陣してぶつかる他ありません」
「歪虚の誘いに乗るってこと?」
ファリフは問い掛けた。
ヴェルナーは首を横に振る。
「いいえ。バタルトゥさんが騎馬隊を引き連れて正面から歪虚側へ突撃を開始します。
敵が正面に目を惹き付けている間に各方向から同時に強襲を仕掛けて包囲殲滅を図ります」
「この作戦は前面の部隊があまりにも危険過ぎないかな?」
作戦を聞いたファリフは不安を覚えた。
正面からぶつかる部隊は敵の猛攻に身を晒すことになる。それは正面の部隊が文字通り命を賭した戦いを強いられる事になる。
だが――。
「……構わない」
バタルトゥは、はっきりと断言した。
バタルトゥは戦う為に戻ってきた。
残された時間も少ない。
たとえ、泥と血に塗れて赤き大地に斃れる最期でも――。
その覚悟はヴェルナーにも伝わっていた。
「バタルトゥさん、生きて下さいとは言えません」
一呼吸置くヴェルナー。
その後に続く言葉は、ヴェルナーがバタルトゥへかけられる精一杯の思いだ。
「悔いの無い戦いを期待します」
●
天使達は、言った。
神への信仰と仲間との絆。
どちらが強いのか。
それは神への反抗を示した者達が口にするにはあまりにも奇妙なものだった。
「どうして……」
ブラッドリー(kz0252)は呟いた。
西へ進む漆黒の群れ。その中に浮かび上がる純白のマスティマ。
エンジェルダストと呼ばれた機体の中で、ブラッドリーは思案する。
彼らの強さは、絆?
否、ヒトは何かに縋らなければ生きていけない。
それは同格の存在では無く、絶対的な神――。
「同じ信じるという行為でありながら……あなた方にとって神は」
――『不要なのか』。
そう言い掛けた瞬間、ブラッドリーは言葉を飲み込んだ。
それはブラッドリーが決して口にしてはならないもの。
神は絶対に必要であり、ヒトに畏怖の存在でなければならない。
神を信じる事こそ、唯一の正義。
「見せていただきましょう。その覚悟と強さを」
●
「敵、視認しました」
戦場となる平地の森で隠れるヴェルナー率いる部族会議。
援軍として森山恭子(kz0216)ら、ラズモネ・シャングリラの面々も参戦していた。
「あたくし達も最大限頑張るザマス」
ヴェルナーを前に恭子は気合いが入る。
魔導型デュミナスやR7エクスシアで南から敵を強襲する手筈になっており、ヴェルナーや恭子は情報統制と指揮に努めるようだ。
「山岳猟団、号令と共に一斉に敵へ攻撃だ。背後の仲間を信じて一気に攻め上がれ。狙うはエンジェルダストだ」
八重樫 敦(kz0056)は部下に指示を与えていた。
混戦になれば明確な指示は間に合わない。各員が臨機応変に戦う他無い。八重樫は団員を、仲間を信じる事にした。彼らならやってくれる、と。
(シーツ、ブロック……。俺は戦う。二人の分まで)
八重樫の傍らで新兵のレオンが覚悟を決める。
戦いの中で二人も同僚を失った。残ったのは自分一人。これが最後の戦いだと信じて戦いに臨む。
「あれは?」
双眼鏡で敵陣を調べていたジェイミー・ドリスキル(kz0231)は、敵の軍から離れた場所に巨大な大砲を見つけた。あれでノアーラ・クンタウを攻撃されてはたまらない。
だが、ドリスキルには別の興味を惹いていた。
「あれ、奪えねぇか?」
「はぁ!?」
ドリスキルの言葉に恭子は驚嘆する。
「ここでアサルト構えて銃撃したって仕方ねぇだろ。敵はもっとデカいんだ。それにパーティには祝砲も必要だろ」
「へぇ、おもろそうじゃねぇか!」
ドリスキルの言葉に同調したのは、テルル(kz0218)。愛用のカマキリとピリカ部隊で参戦していた。
「道中危ねぇだろ。俺っちが守ってやるからよ」
「……決まりだな」
ドリスキルとテルルは、早々に大砲へ向かう事にした。
●
「で、今回は大丈夫なんだろうね?」
トーチカ・J・ラロッカとその一味は、歪虚の軍前から少し離れた東の高台に布陣した。元怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルの仇を討つ為にブラッドリーを狙うトーチカ一味だが、毎回混乱を巻き起こしている。
「もちろんよー。今回は超巨大大砲『ビックマーキャノン』。この大砲はマテリアルを凝縮。一度発射すれば強力なエネルギーでブラッドリーなんてイチコロよ。ついでにビックマー様が破壊しようとしてた要塞も壊して二倍お得よー」
トーチカ一味の頭脳であるモルッキーは胸を張った。
今回は東の高台からブラッドリーとノアーラ・クンタウを狙い撃つだ。
「でも、なんでまた……自転車なんだい?」
息も絶え絶えのトーチカ。
実は一味は必死にキャノンの中で自転車を漕ぎ続けていた。
「このキャノン、エネルギー充電は以前使ったQSエンジンなの……。だから自転車を漕がないと……」
「ここで自転車を漕いでいたら……誰が狙って撃つでおますか?」
「あ」
セルトプの言葉にモルッキーは思わず絶句した。
一方、大砲の外では。
「なんだ、あの大砲は。聞いてないぞ」
上空でドラグーン部隊を率いるアルフォンソが異変に気付いていた。
東にあんな大砲があるとは聞いていない。あれは――なんだ?
「青龍様に仇為すか? 調べる必要がある……アル」
アルフォンを乗せていたワイバーン『アル』は旋回してキャノンの方へと向かった。
幻獣の森、パシュパティ砦と瞬く間に辺境の地は闇へ染まっていく。生き延びる場所を探し求めた人々は、要塞『ノアーラ・クンタウ』へと足を運ぶ。
「ヴェルナー様、かなり厳しい状態です」
審問部隊『ベヨネッテ・シュナイダー(銃剣の仕立て屋)』隊長メイ・リー・スーの報告を受け、ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)は深刻そうな顔を浮かべる。
これは歪虚側の――計略だ。
わざと民を生かして西へ逃がしている。
民をノアーラ・クンタウへ集めれば、要塞の人口密集度は上がる。食料は瞬く間に消えていき、衛生面も治安も悪化する。混乱に陥る要塞を前に歪虚は一気に攻撃。そうなれば辺境の民は歪虚の前に虐殺だ。
「ヴェドルのドワーフにも協力を仰いで下さい。今、民を見捨てれば要塞内で暴動が発生する恐れもあります」
歪虚の軍が攻め寄せる事は既に周知の事実だ。
現時点で辺境ドワーフの王ヨアキム(kz0011)は行方不明となっているが、今ヨアキムの娘カペラ(kz0064)とキュジィ・アビトゥーア(kz0078)が対応してくれている。
「大丈夫かな?」
心配そうな面持ちのファリフ・スコール(kz0009)。
「はい。何とかなるでしょう」
「ヴェルナー……歪虚の戦いはどうする?」
腕を組み黙って耳を傾けていた部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は口を開く。
「敵は正面からノアーラ・クンタウを攻撃します。
ですが、この要塞での籠城は無理です。既に民が多く流れ込んでいます。要塞前の平地に布陣してぶつかる他ありません」
「歪虚の誘いに乗るってこと?」
ファリフは問い掛けた。
ヴェルナーは首を横に振る。
「いいえ。バタルトゥさんが騎馬隊を引き連れて正面から歪虚側へ突撃を開始します。
敵が正面に目を惹き付けている間に各方向から同時に強襲を仕掛けて包囲殲滅を図ります」
「この作戦は前面の部隊があまりにも危険過ぎないかな?」
作戦を聞いたファリフは不安を覚えた。
正面からぶつかる部隊は敵の猛攻に身を晒すことになる。それは正面の部隊が文字通り命を賭した戦いを強いられる事になる。
だが――。
「……構わない」
バタルトゥは、はっきりと断言した。
バタルトゥは戦う為に戻ってきた。
残された時間も少ない。
たとえ、泥と血に塗れて赤き大地に斃れる最期でも――。
その覚悟はヴェルナーにも伝わっていた。
「バタルトゥさん、生きて下さいとは言えません」
一呼吸置くヴェルナー。
その後に続く言葉は、ヴェルナーがバタルトゥへかけられる精一杯の思いだ。
「悔いの無い戦いを期待します」
●
天使達は、言った。
神への信仰と仲間との絆。
どちらが強いのか。
それは神への反抗を示した者達が口にするにはあまりにも奇妙なものだった。
「どうして……」
ブラッドリー(kz0252)は呟いた。
西へ進む漆黒の群れ。その中に浮かび上がる純白のマスティマ。
エンジェルダストと呼ばれた機体の中で、ブラッドリーは思案する。
彼らの強さは、絆?
否、ヒトは何かに縋らなければ生きていけない。
それは同格の存在では無く、絶対的な神――。
「同じ信じるという行為でありながら……あなた方にとって神は」
――『不要なのか』。
そう言い掛けた瞬間、ブラッドリーは言葉を飲み込んだ。
それはブラッドリーが決して口にしてはならないもの。
神は絶対に必要であり、ヒトに畏怖の存在でなければならない。
神を信じる事こそ、唯一の正義。
「見せていただきましょう。その覚悟と強さを」
●
「敵、視認しました」
戦場となる平地の森で隠れるヴェルナー率いる部族会議。
援軍として森山恭子(kz0216)ら、ラズモネ・シャングリラの面々も参戦していた。
「あたくし達も最大限頑張るザマス」
ヴェルナーを前に恭子は気合いが入る。
魔導型デュミナスやR7エクスシアで南から敵を強襲する手筈になっており、ヴェルナーや恭子は情報統制と指揮に努めるようだ。
「山岳猟団、号令と共に一斉に敵へ攻撃だ。背後の仲間を信じて一気に攻め上がれ。狙うはエンジェルダストだ」
八重樫 敦(kz0056)は部下に指示を与えていた。
混戦になれば明確な指示は間に合わない。各員が臨機応変に戦う他無い。八重樫は団員を、仲間を信じる事にした。彼らならやってくれる、と。
(シーツ、ブロック……。俺は戦う。二人の分まで)
八重樫の傍らで新兵のレオンが覚悟を決める。
戦いの中で二人も同僚を失った。残ったのは自分一人。これが最後の戦いだと信じて戦いに臨む。
「あれは?」
双眼鏡で敵陣を調べていたジェイミー・ドリスキル(kz0231)は、敵の軍から離れた場所に巨大な大砲を見つけた。あれでノアーラ・クンタウを攻撃されてはたまらない。
だが、ドリスキルには別の興味を惹いていた。
「あれ、奪えねぇか?」
「はぁ!?」
ドリスキルの言葉に恭子は驚嘆する。
「ここでアサルト構えて銃撃したって仕方ねぇだろ。敵はもっとデカいんだ。それにパーティには祝砲も必要だろ」
「へぇ、おもろそうじゃねぇか!」
ドリスキルの言葉に同調したのは、テルル(kz0218)。愛用のカマキリとピリカ部隊で参戦していた。
「道中危ねぇだろ。俺っちが守ってやるからよ」
「……決まりだな」
ドリスキルとテルルは、早々に大砲へ向かう事にした。
●
「で、今回は大丈夫なんだろうね?」
トーチカ・J・ラロッカとその一味は、歪虚の軍前から少し離れた東の高台に布陣した。元怠惰王ビックマー・ザ・ヘカトンケイルの仇を討つ為にブラッドリーを狙うトーチカ一味だが、毎回混乱を巻き起こしている。
「もちろんよー。今回は超巨大大砲『ビックマーキャノン』。この大砲はマテリアルを凝縮。一度発射すれば強力なエネルギーでブラッドリーなんてイチコロよ。ついでにビックマー様が破壊しようとしてた要塞も壊して二倍お得よー」
トーチカ一味の頭脳であるモルッキーは胸を張った。
今回は東の高台からブラッドリーとノアーラ・クンタウを狙い撃つだ。
「でも、なんでまた……自転車なんだい?」
息も絶え絶えのトーチカ。
実は一味は必死にキャノンの中で自転車を漕ぎ続けていた。
「このキャノン、エネルギー充電は以前使ったQSエンジンなの……。だから自転車を漕がないと……」
「ここで自転車を漕いでいたら……誰が狙って撃つでおますか?」
「あ」
セルトプの言葉にモルッキーは思わず絶句した。
一方、大砲の外では。
「なんだ、あの大砲は。聞いてないぞ」
上空でドラグーン部隊を率いるアルフォンソが異変に気付いていた。
東にあんな大砲があるとは聞いていない。あれは――なんだ?
「青龍様に仇為すか? 調べる必要がある……アル」
アルフォンを乗せていたワイバーン『アル』は旋回してキャノンの方へと向かった。
リプレイ本文
『あれだけ願い敬い尽くし捧げてきたのに』
『嘆き叫び助けを求めても尚、神は手を差し伸べて下さらない』
『――神など、いない。あるのは、希望を踏みにじる無情な世界と絶望だけだ』
ある男の言葉だ。
その者は時代に翻弄され数奇な運命を辿ってきた。
強く信じたからこそ、その反動は大きい。
それでも、男は悩み歩み続けた。
正解の無い答えを探し求めて。
そして――男は長い旅の果てに辿り着く。
赤き大地で、その男はついに……。
●
「今です! 各機出撃して下さい」
ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)の号令の下、各機は歪虚の軍勢に向かって攻撃を開始した。
要塞ノアーラ・クンタウへの攻略を開始した歪虚の軍勢。
それに対して部族会議はノアーラ・クンタウを背後に平地にて防衛線を構築。部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は正面から歪虚の侵攻を食い止める。
あまりに危険な任務であるが、部族会議はバタルトゥが侵攻を食い止めている隙に残りの兵力で各方面から同時に強襲を仕掛ける作戦に出た。
「山岳猟団、作戦開始だ。何としても友軍の道を切り拓け!」
八重樫 敦(kz0056)のR7エクスシアが武装巨人に向けてアサルトライフルを発射。間合いを詰めながら巨人の隊列を崩壊させる。
確かに奇襲の形にはなっているが、戦力差で言えば歪虚は数倍。狂気の眷属を多く取り込んで膨れあがった軍勢だ。部族会議とハンターが奇襲を仕掛けたとしてもすべてを殲滅する事は困難だ。
この為、部族会議側はターゲットを絞る事にした。
「エンジェルダスト……その機体は貴方の心の鎧に見えるのです。
まずはその鎧、破壊します!」
Uisca Amhran(ka0754)はポロウ『銀雫』と共に上空から白いマスティマ――エンジェルダストの捜索を開始した。
今までの侵攻を考えればこの巨大な軍勢のキーマンはブラッドリー(kz0252)。
その乗機であるエンジェルダストを破壊する事。
これこそが部族会議が辺境を救う唯一の手立てである。
(ブラッドリーさん。神は偉大かもしれませんが、万能ではありません。信じるべきモノを見誤らないで)
Uiscaは深刻の海から、必死に白い機体を探す。
ブラッドリーの意図は未だに不明だが、言葉にし辛い危うさを感じていた。それはハンターと戦う中で生じた感情とでも言うのか。
「奴は、どこだ」
Uiscaの少し後方をアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はポロウ『パウル』と共に飛行していた。
アルトもまたエンジェルダストを捜索していたが、Uiscaと大きく異なる点があった。
それはブラッドリーに対する感情である。
「あいつが余計な事をしなければ、エンタロウは獣にまで落ちる事はなかったかもしれない」
今でも、アルトは思い出す。
青髯と呼ばれる巨大な獣と化した青木燕太郎(kz0166)。もし、ブラッドリーが手を貸して元怠惰王ビックマーの力を吸収しなければ――事態は変わっていたかもしれない。
アルトは自分で分かっている。
これは私怨だ。だから余計な駆け引きはいらない。
ただ、全力でこの黒い感情をあの白い機体にぶつけるだけだ。
「これで終わらせる。すべて……」
二匹のポロウは――漆黒の海となった赤き大地の空を駆け抜ける。
●
ミグ・ロマイヤー(ka0665)は、その目で目撃してしまった。
戦場の東にある高台。その上に設置された巨大な砲塔――部族会議が設置したものではない以上、あれは歪虚側が設置した兵器だ。
通常ならミグも破壊に向かっている。
しかし、愛機の砲撃機は連戦に次ぐ連戦により不調。止む無く魔導ヘリコプター「ポルックス」『バウ・キャリアー』で出撃したものの、大砲の撃てない機体でフラストレーションが溜まる一方だった。
そこへ飛び込んできた巨大大砲。
聞けば、友軍も大砲の奪取へ向かうという。
「これは……でかい大砲を撃つチャーンス」
邪な笑みと共に目を輝かせるミグ。
あの大砲を奪い取って敵陣へ砲撃すれば、溜まりに溜まった鬱憤を一気に晴らす事ができるだろう。それに気付いたミグはバウ・キャリアーで上空へ舞い上がっていた。
「わはははっ! 大砲じゃ大砲じゃ、大砲祭りじゃ」
敵を飛び越えて一路東の高台へと向かうミグ。
だが、地上の敵は回避できても上空の敵まではパスできない。
「あれは……」
ワイバーン『アル』と共に高台へ向かっていたアルフォンソは、接近するバウ・キャリアーに気付いた。
地上から進めば見つからなかったかもしれないが、上空から高台へ向かえば遮蔽物は存在しない。接近する飛行物体をアルフォンソが見逃すはずもなかった。
「やはりあの大砲は敵の兵器か。奴を墜とせ。俺はあの大砲を破壊する」
ドラグーン部隊へ指示を出したアルフォンソは、大砲に向かって動き始める。
ミグに向かって多数飛来するワイバーン。
しかし、大砲を目指すミグは一歩も退く気はない。
「邪魔をするでないのじゃ!」
プラズマランチャーが前面から接近するワイバーンへと発射される。
ワイバーンはミグが何かを仕掛けると感じたのか左右に分かれて回避。
しかし、この戦力が二分するタイミングを仲間が見逃すがない。
「道を開けて下さい!」
木綿花(ka6927)を乗せたワイバーン『アヴァ』はドラグーン部隊へ肉薄する。
サイドワインダーで急接近して獣大爪「アキエース」による攻撃。ふいを突かれる形となったドラグーンは回避する暇も与えられず直撃。胴体に大きな傷が刻み込まれる。
しかし、木綿花の瞳は目の前のワイバーンには向けられていない。
その少し前方を飛行する鎧を装備したワイバーンに向けられていた。
「アルフォンソ様……」
先の戦いでアルフォンソと交戦していた木綿花は、青龍に対する思想が異なる事に気付いた。
青龍を敬愛する点では同じはずなのに、一方では青龍を敬い、一方では青龍を盲信。双方の間に横たわる巨大な溝は、隔絶と表現しても差し支えない。
空しさや悲しさをも抱かせるアルフォンソ。
彼は何を誤ったというのか。
(アルフォンソ様とお話しなければなりません。あの方が更なる罪を犯す前に)
木綿花がワイバーンと交戦する頃、残るワイバーンの群れにはエンバディ(ka7328)のワイバーン『インドラ』が強襲する。
「わざわざ地上から上がってきたんだ。歓迎しろよ、な」
サイドワインダーでドラグーンへ接近すると同時に魔鎌「ヘクセクリンゲ」による一撃。ふいを突く事に成功したエンバディはドラグーンを地面へ墜落させる事に成功する。
元々地上部隊で索敵を行っていたエンバディだったが想定よりも早く上空でドラグーン部隊と交戦が開始。予定よりも早く上空へ上がり味方の支援を開始する事にしたのだ。
「地上も敵が多いが、空も十分すぎる程多いじゃないか。それでも、やるしかない」
周辺から飛来するワイバーンの群れ。
それでもエンバディは挑む他無い。
すべては、この辺境の未来を救う為――撤退の選択肢は、あり得ない。
●
「おい、本当にあの大砲を奪えるんだろうな!」
「…………」
ピリカ部隊のテルル(kz0218)はジェイミー・ドリスキル(kz0231)へ叫んだ。
元々東の高台に大砲がある事を見つけたのはドリスキルだ。
あの大砲を奪えれば、大軍である歪虚の軍勢に痛撃を与えられる。そんな希望を提示されたなら、テルルも一肌脱がない訳にはいかない。
だが、そもそもあの大砲が奪取できる保証は何処にもないのだ。
「……おい、聞いてるのかよ!」
再びドリスキルへ呼び掛けるテルル。
実はドリスキルの脳裏には別の言葉が浮かんでいた。
(『ジェイミー!なんでヨルズに乗って行かないの!?』か。ヨルズは未来にベットしてきた、って言っても納得しねぇだろうなぁ)
「おい!」
ドリスキルの真横で大声を出すテルル。
その音量で慌てるドリスキル。
「な、なんだよ? 水着の美女軍団がポップコーン片手にやってきたか?」
「何言ってやがる! さっきから話し掛けているのによ!」
「すまねぇ」
「で、あの大砲は本当に奪えるんだろうな?」
「……たぶんな」
テルルの問いに、ドリスキルは『たぶん』と答えた。
実はドリスキルには何の確証もなかった。ただ、本陣でアサルトライフル片手に銃撃しているよりは少しでも役に立てる大砲奪取にすべてを賭けたくなったのだ。
外れなら外れで仕方ない。頭でも掻いて誤魔化せばいい。
「それで充分だ、テルル。行く価値はある」
テルルの傍らから南護 炎(ka6651)が声をかける。
仮に大砲が奪取できなければ、味方を攻撃されないように大砲を破壊すればいい。奪取できるなら活用すればいい。高台へ向かうのは間違った選択肢じゃない。
「価値はある、か。ゴチャゴチャ考えねぇで一気にやるか!」
進路を塞ぐ武装巨人を愛機『カマキリ』の鎌で押し退けるテルル。
その側面から堕天使型がカマキリへ迫っていた。
それに気付いた南護は――。
「行くぞ。『STAR DUST』出撃! 何が待っていようと、俺達は前に進むだけだ!」
ガルガリン『STAR DUST』のスラスターを全開。
堕天使型へ一気に肉薄する。そして間合いに入った瞬間、斬艦刀「雲山」よる斬撃。体術を巧みに用いて何度も浴びせかける刃。周辺の堕天使型を巻き込む形で敵の進軍を妨害する。
「ピリカには傷を付けさせない。俺が相手になってやる!」
ピリカ部隊と南護が友軍の進軍路を切り拓く。
まだ発見されたとしても周辺の敵すべてに露見した訳ではない。道を急げば多くの敵に察知される前に大砲へ到達できるはずだ。
「面白い趣向じゃありませんか」
カマキリの後方から飛び出す形でハンス・ラインフェルト(ka6750)のR7エクスシアが前に出た。
前方から武装巨人が迫っている事に気付いたハンス。
敵がショットガンを構えるより早く、斬艦刀「雲山」よる一撃。
円を意識して大きく振り上げられる刀身。刃は巨人の腕を斬り落とし、巨人を怯ませる。気圧される巨人。しかし、ハンスはさらに追い打ちを掛ける。
「いけませんよ。戦場で臆しては。それは死を意味します」
隙だらけとなった巨人目掛けて雲山が振り下ろされる。
肩口から入った刃は、そのまま武装巨人の胴体に大きな刀傷が刻まれる。
戦場で生き抜くなら道は限られる。
生に執着するか、始めから死人となるか。
死が当たり前の世界に生きてきたハンスにとって『心地良い』時間が訪れる。
「おお、頼もしい事だ」
ハンスの機体を迂回するように大砲へ向かうドリスキル。
その背中に数度の衝撃が走る。
「ハッハッハ、敵の巨砲を鹵獲するか。存外面白い事を考える。気に入ったぞ、ドリスキル」
高笑いしながらルベーノ・バルバライン(ka6752)はドリスキルの背中を平手で叩いていた。
どうやら今回の作戦をルベーノは気に入ってくれたらしい。
「あ? ……ああ、こういう場は祝砲が必要だろ? 俺が手伝ってやろうと思ってな」
「それはいい。アレを奪ってブラッドリーに一泡吹かせたら面白かろう、ハッハッハ」
ドリスキルの言葉を受け、ルベーノは楽しそうな未来を思い浮かべる。
敵の大砲を奪って放たれた砲撃。それを受けたブラッドリーはどういう表情を浮かべるのか。考えるだけでも楽しくなる。
「いいだろう。この俺がドリスキルを確実に巨砲まで連れて行ってやろう。大船に乗ったつもりでいるがいい。ハッハッハ」
オートソルジャーと共にドリスキルに同行するルベーノ。
野望を持った者達が、早くも暗躍を開始していた。
●
「敵の壁は予想よりも厚い、か」
瀬崎・統夜(ka5046)はブラッドリー捜索に尽力していた。
南から奇襲を仕掛けた部族会議ではあるが、敵は想像以上の大軍。まるで黒い海となっている敵陣に切り込みながら捜索するというのだ。そう簡単な事ではない。
「そらよ」
集まってくる小型狂気に対して蒼機砲「シャクヤク」の制圧射撃で一気に撃退する。
前方の小型狂気は瞬く間に消えていくが、その穴を埋めるかのように小型狂気が集まってくる。正直、キリがない――。
「味方からの方向もなしか」
樹木にもたれ掛かる形でため息をつく統夜。
大きな戦場だが、ブラッドリー発見に役立つのは通信妨害だ。ブラッドリーの乗るエンジェルダストにはトランシーバーや魔導短伝話を妨害する『通信妨害』能力がある。これはエンジェルダストと一定の距離に入れば発動する。言い換えれば、通信妨害が発生した段階で周辺に必ずエンジェルダストが存在する証拠になる。
現時点で本陣からの通信が届く以上、もう少し先にいると考えて差し支えないようだ。
「本当に、良かったのですか?」
後方からアティ(ka2729)が心配して追いかけてきた。
無理もない。統夜はCAMや幻獣にも乗らないどころか、オートソルジャーも同行させていない。単身奥深くを目指して探索を行っていたのだ。
しかし、これも統夜とっては覚悟の上だ。
「今の所はな」
「ですが……」
「分かってる。この戦いもそう甘い戦いじゃねぇ。だけどよ、敵の裏を画くなら多少のリスクを負う覚悟も必要だ」
危険は百も承知だ。
エンジェルダストに発見されずに接近するには敢えてこのような形で接近した方が良い。高すぎるリスクではあるが統夜はそのリスクを冒してでも行う価値はあると信じていた。
「後方からも他の皆様が向かわれています。ご無理なさらぬように」
アティは統夜の身を案じた。
きっとこの戦いは大きな意味を持つに違いない。
味方にとっても。
敵にとっても――。
●
……。
…………。
…………――。
「見かけぬ姿よな。それに酷く疲れている。肉体も、精神も」
「…………」
「転移者か」
「教えて欲しい、緑の龍。この世界に神はいるのでしょうか」
「それはクリムゾンウェストに神はいるのか、という問いか?」
「クリムゾンウェスト? ここはセイラムではないのですか?」
「その名は知らぬ。ここはクリムゾンウェストと呼ばれる世界だ」
「では、あの子達は?」
「あの子?」
「あの子達は村人から疑いをかけられたのです。私は必死に否定しました。ですが、やってもいない降霊会を目撃したと偽証された挙げ句、悪魔憑きで有罪だと……。教会は焼かれ、生き残った子達もすべて村人捕縛されました」
「その子供は知らぬ。お前は一人でクリムゾンウェストに転移したのだ」
「そんな……。
私は神の御心を尊重してきました。孤児だった子供達に救いの手を差し伸べ、神に祈りを捧げて。ですが、神は助けて下さらなかった。いくら私が縋ってもあの子達は縛り首に……」
「…………」
「私は、あの子達が召された日に始めて神を呪いました。そして、この世で生きる意味が分からなくなりました。
緑の龍、教えて欲しい。この世に神は本当にいるのでしょうか? いるのなら、私はその姿を見せて欲しい。そして、何故あの子達を召したのか。絶望に塗れたこの世界で生きる意味を教えて欲しい」
「神か。神を祈るヒトはいる。だが、神を目にした者はおらぬ。龍を神と崇めるヒトもいるが、龍は神ではない。そもそもお前が言う神とは何か?」
「迷い彷徨う神の子に救いの手を差し伸べて下さる偉大なる父です」
「それはセイラムと呼ばれた地にいた者か? いずれにしてもクリムゾンウェストにそのような者はおらぬ」
「…………」
「見た事もない神を信じる者が、異世界より現れた。転移した先でも神を探し続ける。これもこの者の運命なのか」
「……やはり神など、いないのですね」
●
「発見した。ここからさらに北の地点だ」
統夜は後方に向かって精一杯大声で叫んだ。
通信妨害で通信機が沈黙している以上、今は大声で叫ぶ他無い。周囲には味方の交戦によって引き起こされた爆音が鳴り響く。何処まで届いたのかは分からない。
だが、その声は敵にも届いたようだ。
「……!」
数機の堕天使型が統夜を発見。
上空から統夜に向かって接近する。歪虚側としてもエンジェルダストへ容易に接近させる訳にはいかない。懸念事項となり得る要素はなるべく排除しておきたいのだろう。
地上と上空から統夜に向かって移動する堕天使型。
樹木に身を隠す手もあるが、既に発見されている以上、遠距離ビームで狙われる恐れもある。
「マズイか……?」
「いや、十分だ」
地上から迫る堕天使型に正面から止めに入ったのはマスティマ『エストレリア・フーガ』であった。
キヅカ・リク(ka0038)が斬艦刀「雲山」を手に堕天使型の接近を食い止める。
「この先にアイツがいる。それがはっきりしたのは大きい。既に味方が周辺を取り囲むように展開している」
この戦いの結果を左右するエンジェルダストを確実に仕留める為には、エンジェルダストを完全に捕捉する必要がある。仮にプライマルシフトで転移されたとしても味方と連携すれば確実に発見できるはずだ。
「そういう事。……売られた喧嘩だ。きっちり返してやらないとな」
上空から迫る堕天使型に対してワイバーンに乗ったGacrux(ka2726)は、蒼機槍「ラナンキュラス」を片手に割り込んだ。
前面に向かって薙ぎ払い、堕天使型の接近をその場で押し止める。
エンジェルダストの戦いでは堕天使型を盾役に使う事は経験済みだ。Gacruxは少しでも周辺の敵を掃討する事がエンジェルダスト撃破の鍵だと知っていた。
少しでも周辺の敵を片付けられるか――。
「目立つ機体だけあって、周辺の敵は相当な数だ」
「それでもやらなければな。アイツとは、ここで決着を付ける」
――ここまで来たんだ。
手痛い目に遭い、機体をマスティマに乗り換えてまで追いかけた相手だ。
キヅカは肉薄する堕天使型を押し返しながら、少しずつ前へと進んでいく。
●
東の高台に設置された大砲を目指していた双方であるが、大砲へ接近するという事は双方が交戦する可能性も高くなる。
上空からワイバーンで接近するドラグーン部隊が有利にも思えるが、ハンター側は既に敵の動きを察知していた。察知さえできれば、それに備える事は十分可能だ。
「愚者どのが。この乱痴気騒ぎの先に何が待っているか、痛い程思い知る事になるぞ」
アクティブスラスターで先行したR7エクスシア『カラミティ・ホーネット』。高台の近くに陣取ったコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は上空に向けてマテリアルライフルを連射していた。
コーネリアの記憶にも新しいマギア砦での攻防。アルフォンソが襲来した事により勝手を許した事は今でも忘れていない。
「キャノンを狙っているようだが、簡単に近付けると思うな」
襲来するワイバーンへ次々とコーネリアはマテリアルライフルを撃ち続ける。
命中せずとも撃ち続ける事で大砲への接近を押し止める事ができる。同時にアルフォンソへの撃墜を狙う仲間達を支援する事もできる。
この状況は当のアルフォンソが厄介に感じていた。
「対空か。やはりあの大砲を守るのが狙いか」
「いい加減目ぇ覚ましやがれこのボケがぁ!」
ポロウでアルフォンソへの接近を試みるボルディア・コンフラムス(ka0796)。
その心情は荒れ狂っていた。青龍が好きなのは分かる。だが、それはヒトを攻撃する理由にはならない。アルフォンソの言い分は、単に自分のヒト嫌いを青龍のせいにしているだけだ。
「青龍を利用しているだけなんだよ、テメェは!」
「なんだと? 貴様、青龍様を愚弄する気か」
アロフォンソはアルを反転させる。
ポロウもワイバーンも飛行能力は保有するが、その機動性は大きく異なる。旋回してポロウに向けて直進するアルのスピードは短時間で一気に距離を詰めていく。
その事はボルディアも熟知していた。
「てめぇから接近してくれるたぁな!」
魔斧「モレク」を構えるボルディア。
ポロウでいくら追跡してもアルに追いつけるとは思えない。敵がこちらへ向かって来る状況に合わせて接近戦を挑む事がボルディアにとって有効打になる。
だがそれは他のワイバーンならば十分だが、アルフォンソを乗せたアルには――。
「直情的だな。だが、その方が簡単だ」
空中でスピードを緩めたアルは、一瞬だけホバリング。
タイミングをずらした後、アルの足から放たれたのは閃光弾。ボルディアの直線で炸裂して視界をホワイトアウトさせる。
「くそっ! 目眩ましかよ」
「目を覚ますのはお前の方だったな。地上に墜ちてその事を噛み締めるがいい」
槍を携えて再び接近するアルフォンソ。
このまま突進でボルディアに一撃を加えるつもりだ。
しかし、その状況を捨て置く程ハンター達の絆は弱くない。
「させませんわ」
アルフォンソの槍は木綿花の幻盾「ライトブロッカー」によって阻まれた。
木綿花も一度マギア砦で経験している。閃光弾が発射されると察知した段階で上空へ離脱していたのだ。
「青龍様は、恩には礼にて報いるのが誇りと仰ったそうです。世界を護る為にこのような状態で青龍様の御前に立つ事ができると仰せでしょうか」
「世界など知った事ではない。青龍様を誑かして我が物にしようとしているのは、お前等ヒトだ」
「では、何故青龍様が苦しめられた者と手を組んでいるのです? それも良いように使われて」
「使われてなどいない! 利用しているだけだ!」
青龍の名前を出されて激昂するアルフォンソ。
だが、木綿花からすればアルフォンソが感情を露わにすればする程、空しさばかりが募っていく。
「青龍様が貴方達に直接お声を掛けていただければ……いえ、それも叶わぬ夢なのでしょうか。
どうか、救いの光がありますように」
「……貴様……貴様っ!」
木綿花と対照的にアルフォンソは、殺意を高めていく。
子供同然と断じるのは簡単だ。だが、彼らは青龍を信じていただけのはずだった。青龍へ敬愛を示しているはずがその距離は遠ざかるばかり。
その現実が、木綿花にとって心に刺さった棘のように痛みを生じさせていた。
●
……。
…………。
…………――。
この世界に、神はいない。
いや、神などという存在は始めからいなかったのだ。
もし、いらっしゃるならばあの子達は吊られていない。
もし、いらっしゃるならば偽証だらけの裁判など行われていない。
罪深い者達がのさばり、弱者は餌食にされる。
たとえ、神がいたとしてもこの世界はとうの昔に見捨てられている。
毎日のように神に祈りを捧げ、弱者に手を差し伸べてきた。
それが神の御遣いの役目だと信じて。
見返しが欲しかった訳じゃ無い。
でも、あの時だけは。
あの時だけは、神に助けてほしかった。
思い返してみても、あの子達の顔が見えない。
記憶に浮かぶのは何もない顔。
笑みも怒りもない。いや、それどころか目も鼻も口もない。
あなた達が――私に感情をぶつけてくれたなら、どれだけ楽だったか。
どうして、手が差し伸べられないのか。
どうして、試練は続けて課せられるのか。
どうして……どうして――。
●
「相変わらず鬱陶しいんだよ! 今度こそ本当に『ダスト』にしてやるからよ!」
アクティブスラスターを全開にしたオファニム『レラージュ・ベナンディ』は、プラズマライフル「ラッド・フィエル01」を手に前へ突進する。
アニス・テスタロッサ(ka0141)の体に重圧が掛かる。
それでもアニスの眼光は前方にいる白い機体へと注がれる。
「あなたの力とは、その無茶な突撃の事を仰るのですか?」
ラッド・フィエル01のマテリアルが光の盾によって防がれる。
同時にエンジェルダストが放った誘導型攻撃端末からのビームがレラージュ・ベナンディを襲う。
小刻みの振動。
機体にダメージが走っている事は分かってる。
――それでも、アニスは前に進む事を止める訳にはいかない。
エンジェルダストと遭遇するまでにかなりの無茶を押し通してる。今更退く事などできるはずもない。
「ふざけるのも……大概にしろっ!」
弾体生成用のエネルギーカートリッジを素早く入れ替え、予備の弾倉をセットながら、機体を反転。
銃口をエンジェルダストへと差し向ける。
まだだ。まだ愛機は動ける。動き限り、エンジェルダストに照準を合わせ続ける。
神だ信仰だなんてどうでもいい。あの多くの者の人生を狂わせた天使を叩き潰す。その為には無茶も承知の上だ。
「あなた方は神の信仰を越える力を示すと断言した。その力がこの程度ですか?」
レラージュ・ベナンディの背後に回った攻撃端末が、何発ものビームを撃ち込んでくる。
激しく揺れるアニス。
悠々とその様子を眺めるエンジェルダストであったが、そこへ別方向からハンターが接近を試みる。
「今更、お喋りする事なんてねぇんだよ」
刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」『ウィガール』でエンジェルダストへ向かうアーサー・ホーガン(ka0471)。
既に幾度めかの交戦。その度に生き存えてきたエンジェルダストだが、未だ得体の知れないブラッドリーを気にする素振りは無い。あるのはエンジェルダストを確実に仕留める事――。
「新手ですか。本当にあなた達は……」
ブラッドリーの呟き。
それに答えるように堕天使型が数機アーサーの前に立ち塞がる。
アーサーも周辺の敵撃破に注力していたが、敵の物量は圧倒的。時間を掛ければブラッドリーの護衛が次々と現れる。エンジェルダストを巻き込んで攻撃を試みるが……。
「そらよっ!」
「!」
機剣「イフテラーム」による薙ぎ払い。
刃は確実に堕天使型を捉えている。だが、エンジェルダストへ至るには少しばかり足りない。
「くそが……」
憎々しげにエンジェルダストへ視線を向けるアニス。
既に多くのハンターと交戦しているはずのエンジェルダストだが、未だその力を抑えきる事はできない。
「あなたの力はここまでのようです。もう眠りなさい。永久の眠りに」
誘導型攻撃端末がレラージュ・ベナンディの前方を貫いた。
次の瞬間、レラージュ・ベナンディの機体は力を失って地面へと倒れ込む。
――何かが、切れた。
操縦席からはアニスの呼吸音だけが響いていた。
●
「エンジェルダストを捕捉した模様。現在、ハンターが交戦中」
南の森に展開された本陣へ戦況がもたらされる。
通信障害で魔導短伝話が使用できない事から、斥候を出して逐次状況を報告する他無い。
「そうですか。後はどのぐらい早期にブラッドリーを倒せるかが鍵ですね」
ヴェルナーはそう呟きながら西の方へ視線を送る。
その方向には歪虚の進軍を正面から受け止める決死隊の存在があった。
たとえ、死が約束された存在だったとしても苦痛はなるべく早く取り除いてやりたい。
もっとも、戦っている張本人は戦いの中で死ぬ事を望むだろう。周囲が生きる事を要求したとしても不器用な『彼』だ。戦い続きの人生だったからこそ、剣を握って泥まみれのまま死ぬ事を選ぶに違いない。
「まったく、あなたという方は……他人の気持ちを最後まで素直に受け取らないつもりですか?」
「東の高台の方はどうザマショ?」
統一地球連合宙軍の森山恭子(kz0216)は斥候へ確認する。
ドリスキルが向かった高台の大砲について気になっているのだ。
「そちらも現在交戦中です。ドラグーン部隊とハンターが大砲を巡って争奪戦を行っています」
「! やはり、危険な賭けだったザマスか」
ドリスキルの思いつきから始まった戦いではあるが、あの大砲を無視して良いはずがない。
結果的にハンターも危険な目に遭わせる事になってしまった点が恭子にとって心苦しい。
「ヴェルナーさん」
前線の戦士を回復していた桜憐りるか(ka3748)は、本陣へ戻ってきた。
本来であればもう少しエンジェルダスト周辺に近い場所で戦うつもりだった。だが、敵の物量が本陣へ雪崩れ込む事を警戒したりるかは本陣を守る戦士達の後方支援を続けていた。
「りるかさん、ご無事ですか?」
「は、はい……前線は、大丈夫でしょうか」
りるかの懸念はヴェルナーも感じていた。
本陣近くの敵は歪虚の軍勢から見れば端に位置する。つまり、強力な敵は西の敵かブラッドリーの近くに固まっている可能性がある。
――早く決着を付けなければ。
「りるかさん」
「はい」
「あなたに酷なお願いをしなければなりません。今からのブラッドリーと戦う皆さんを助けてあげて下さい」
「! ですが、この本陣は……」
「大丈夫です。もう少し持ちこたえられます。なるべく早くブラッドリーを倒さなければなりません。辺境の地に身を捧げてきたあの人を解き放つ為にも」
りるかにはあの人が誰かすぐに分かった。
ヴェルナーのその感情が向けられる事に軽い嫉妬を覚える。
だが、その感情は不器用だった彼に対するヴェルナーなりの餞だ。
「分かりました。ヴェルナーさん、危なくなったら退いて、下さい」
「はい。お願いします」
ヴェルナーの笑顔に送り出される形でりるかはペガサス『輝夜』と共に北を目指す。
りるかは戦場の空気が変わりつつある事を無意識に感じ取っていた。
●
「えいっ!」
オートソルジャー『翠蘭』と共に金鹿(ka5959)が五色光符陣を発動させる。
光の中で焼かれる堕天使型。だが、その間にエンジェルダストは金鹿と距離を取る。
――このままでは、役目を果たせない。
その言葉が金鹿の脳裏に浮かぶ。
翠蘭に守られながら、金鹿はずっとチャンスを窺っていた。だが、その感情が読まれているのかエンジェルダストは一箇所に留まらない上、近づけば攻撃端末による攻撃を叩き込んでくる。
近付けなければ。その事が金鹿を呪いのように焦らせる。
「あはっ! 僕、守護者になったんですよ、ドリーさん! この力で、貴方の最後に『遊び』ましょうよ」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)はポロウの背に乗ってエンジェルダストへ接近を試みる。
東方で出会ってから、アルマはずっとブラッドリーを追い続けてきた。
大好きで、楽しくて――大嫌いで憎くて。殺したくて仕方ない存在。
その感情がアルマの心を殺意で満たしていく。穏やかに笑ってはいるが、ドス黒い感情が漏れ出している。
その感情に吊られてか中型狂気がアルマとエンジェルダストの間に割り込んでくる。
「邪魔ですー!」
中型狂気に向けてアルマのデルタレイ。
中型狂気の顔面を強烈な一撃が貫いた。
だが、この交戦の隙をブラッドリーも見逃さない。
「お断りしますよ、駄犬さん。あなたの居場所は煉獄にあります。すぐに送って差し上げます」
アルマに向けるスナイパーライフル。
中型狂気の体を貫くように放たれた一撃。アルマは惑わすホーを使ってこの一撃を回避する。
「ごめんですよ。それに笑っちゃいました」
「……?」
「あんな『元人間』が神様だなんて、ドリーさんおかしいですー!
「…………」」
アルマは敢えてブラッドリーを挑発する。
注意をこちらに惹きつける為だ。
だが、今回に限ってブラッドリーは挑発に対して沈黙で答える。
「……信じませんよ。あんな絶望の塊を楽園だなんて。おまけに救えるだなんて」
「ではこの世界が一番だと言うのですか? この穢れに塗れ、助けを求めても誰も手を差し伸べない世界が」
「え? あの絶望の塊よりは……」
言い返そうとするアルマだったが、ブラッドリーは無視して言葉を続ける。
「あの時、どうすれば助かったというのですか? 神を信じる以外に何もできなかった私に。やはり神はいないと言い切るのなら、私は……」
「神は畏れても孤独にしちゃいけない」
八島 陽(ka1442)はマスティマ『シュネルギア・アリシア』は斬艦刀「天翼」でエンジェルダストへ斬り掛かる。
ブラッドリーは反射的に光の盾を構えて刃を押し止める。
「孤独?」
「神は人々の絆から生まれる。そうして生まれた神はオレ達にも大切な存在だよ。
神もオレ達と同じ有限な存在。万能じゃない。神と人間が絆を築いてこそ、補い合ってこそ、未来に救いが繋がるんじゃないのか?」
八島はブラッドリーへ神と絆について説いて見せた。
大精霊の力の一部を借りたこのマスティマ。これこそ、大いなる存在との絆から生み出された物だ。
だが、その言葉はブラッドリーに別の意味で変革を引き起こす。
「でしたら、どうして『あの子』達は死ななければならなかったのですか!?」
「……!」
強烈なパワーで刃を押し返すブラッドリー。
八島は距離を取った。
(……あの子? 何を言っている。いや、ブラッドリーが意味不明な事を言うのは今に始まった事じゃない。だが、その存在がブラッドリーにとって重要な何かか)
八島は改めて白い機体を見据える。
ハンターとの交流で何かが変わり始めた事を感じ取っていた。
●
「これは、少々厄介ですね」
「ハッハッハ、もう弱気か? 道は切り拓いたのだ。後はこの大砲を守るだけだ」
ハンスとルベーノは大砲近くで堕天使型と交戦していた。
ドリスキルを大砲近くまで送り届ける事に成功していたが、戦いはこれで終わりではない。目的はあの大砲の奪取。それが成功するまでの間、大砲を守り切らなければならない。
「斬ってしまえれば楽なのですが……」
マテリアルカーテンを展開して堕天使型のビームソードを防御するハンス。
既に何体も倒し続けている状況だが、未だに敵は次々と現れる。
邪神復活から辺境の地に現れる歪虚。明らかに味方の主力不在を狙って送り込まれた戦力だ。不在の間にクリムゾンウェストを徹底的に叩く腹づもりなのだ。大軍なのも頷ける。
ハンスも歴戦のハンターだが、無限とも思える敵を前に手を焼く始末だ。
「余裕がないな。ま、それは俺もだが」
ルベーノも大砲を背にオートソルジャーと奮戦している。
小型狂気が大砲内部へ入り込む恐れもある。一匹たりとも逃せないと考えれば、気を抜く事は許されない。その緊張感が疲労へと変わっていくのに時間がかからなかった。
「ご無事ですか!」
後方から姿を見せた穂積 智里(ka6819)はペガサスの背中で息を切らせている。
ドリスキルを送り届けてから急いで戻ってきたのだろう。
「智里さん」
ハンスの一言。
その言葉に智里の心は痛む。
あの頃の呼び方とは違う――それが心を軋ませる。
しかし、確かな一歩を歩み出したのだ。智里は頑張ると誓ったのだ。今まで以上に。
「い、今癒しますから」
ペガサスのヒールウィンドウでハンスとルベーノの傷を癒す智里。
負っていた傷が癒されていくのが分かる。
「現在、大砲内部で調査中です。もう少しだけ踏ん張って下さい」
状況を話しながら、智里は一瞬だけ躊躇する。
続きの言葉を簡単に口にして良いのか分からなかったからだ。
だが、勇気を振り絞って大声で叫ぶ。
「私、精一杯……頑張りますから。絶対に誰も、傷付けさせない為に」
「!」
必死に伝える智里。
その言葉に一瞬ハンスは驚かされる。
そして、R7エクスシアを反転させて敵に向かって雲山を構える。
「そこまで言い切ったのですから、頼りにさせていただきますよ」
「ハッハッハ、悪いがかなり頑張って貰う事になるぜ」
ルベーノもハンスへ続くように敵と交戦を開始する。
もう少し――あと少しだけ大砲を護衛しなければならない。
●
「東方で会ってから、こんなに長い付き合いになるなんて思わなかったけれど。そろそろ終わりにしてあげるわ」
マスティマ『morte anjo』のプラズマキャノン「アークスレイ」で堕天使型を吹き飛ばしながら、マリィア・バルデス(ka5848)は一気に前へと出る。
ブラッドリーと交戦してから既に長い月日が流れていた。
今も何を考えているか分からない相手だ。だが、今日に限ってはブラッドリーの心が揺れている事に気付いていた。
「ええ。終わりにしてあげます。あなたをね」
至近距離からスナイパーライフルを放つエンジェルダスト。
morte anjoはプライマルシフトを使いながら、エンジェルダストに接近を試みる。
「創世の神のいる場でその神が説かぬ定めを説く。偽神扱いされても仕方ないんじゃないかしら」
「その上で、あなたが神を説きますか。では、あなたが神になりますか?」
「必要ならね。なんだってやってあげるわ。
そもそも神に神以上の物を望むばかりのあなたが不敬でしょう?」
「知ったような事を」
エンジェルダストは攻撃端末をmorte anjoへ差し向ける。
morte anjoは数発の被弾。だが、パラドックスは使用しない。
攻撃にパラドックスを回して至近距離からの砲撃に賭ける為だ。
「あなたの神は、あなたに何かしてくれたの?」
「…………!」
マリィアの一言で、ブラッドリーはマリィアに意識を向ける。
それは今までに感じた事のない感情を孕んでいた。
「神は人々を楽園へ誘う為に私を遣わせたのです。楽園へ行く事が唯一の……」
「嘘。きっと、あなたの神は何もしてないでしょ? 楽園へ連れて行くのは神じゃない。ブラッドリー、あなたよ。あなたの神は世界を破壊するだけ。何一つ手を差し伸べていない」
「そうだ。お前の神がやっている事は絆を断つ事だけだ」
マリィアへ追いつくようにロニ・カルディス(ka0551)のマスティマも攻撃に参加する。
ロニもブラッドリーの思想が揺らいでいると考えていた。
神の否定。この世界に神はいない。
何故、今になってそれが揺さぶるのかは分からない。
だが、この戦場で精神的優位に立てる可能性があるのなら、ここを突かない手はない。
「これだけ多くの人を惑わしたお前に、神は何をしてくれた? おそらく何もしていない。ただ、お前が連れてくる人を受け入れるだけ。受け取るばかりで神が何をしてくれた?」
「うるさいですよ……」
マスティマのブライズウィングを射出するロニ。
エンジェルダストの攻撃端末へ対抗する為だ。仲間が少しでも周囲の敵を倒す為には、ここでエンジェルダストを押さえ込まなければならない。
「祈りを捧げた結果、お前の神は何を……」
「その口を閉ざせと言っているのです!」
エンジェルダストはロニのマスティマを力任せに突き押した。
拒絶の感情を交えた一撃。
大したダメージにはなっていないが、ブラッドリーの精神的なダメージを感じ取れる。
(やはり神への念が揺らいでいる? だとしてもこの変わり様は……)
ロニは、心で呟きながらエンジェルダストを静かに見据えていた。
●
「ちょっと……モルッキー。いつまで、漕ぐんだい?」
大砲――ビックマーキャノンの内部でトーチカ・J・ラロッカとその一味は自転車を漕ぎ続けていた。
ビックマーキャノンはQSエンジンを利用してエネルギーをチャージしている。部族会議ではこのチャージを幻獣のキュウソが担っていたが、歪虚のトーチカ達にそのような存在もいない。だからこそ、自分達で自転車を漕いでエネルギーをチャージする必要があったのだ。
「そろそろ、いいはずなのよね……」
「これだけ漕げば、連射できるでおますよな?」
疲れ果てるモルッキーにセルトポは期待の笑みを浮かべる。
――言えない。これだけ漕いでも一発撃つだけのエネルギーしか溜まっていないなんて。
そこへ思わぬ者が現れる。
「来たっすよ、ハニー!」
「ゲーーッ! あんたは!」
ビックマーキャノンに姿を見せたのは、神楽(ka2032)。
トーチカにアプローチを続ける不屈のハンターである。
「汗まみれで自転車を漕ぐ姿もセクシーで可愛いっすね」
「ちょっと、モルッキー! なんでハンターがここにいるんだい!?」
「……あ。入り口の警備を作るのを忘れたわ~」
「何やってんだい、スカポンタン!」
トーチカの蹴りがモルッキーの頭にヒット。
相変わらず天才なのか、馬鹿なのか。きっと限りなく馬鹿に近いのだろう。
「一緒にビックマー様の仇を取るっす! あ、その自転車を漕げばいいっすね」
半ば強引にトーチカから自転車を奪い取ると、神楽は跨がって高速で漕ぎ始める。
漕ぎ始めると同時に神楽は自転車を左右へ大きく振り始める。
「完全自己流のダンシング。貫くっしょ。そして……てっぺん取るっしょ!」
既に一発分のエネルギーはチャージできているのだが、トーチカにとっても神楽に絡まれるぐらいなら黙って焦がせておいた方がいい。
「あー、割りと中はまともだな」
「おお、ここが照準じゃな」
続いてドリスキルとミグがキャノン内部へ入ってくる。
あっさりと奪い取られるトーチカ一味だが、さすがに文句も言いたくなる。
「勝手にその辺をいじってもらっては困るでおます」
「うーむ、なんじゃこの調整は。酷すぎるのじゃ。これでは命中できるはずもないのじゃ」
「……え。そうでおますか?」
「細かい事はこっちでやってやっから、そこの自転車でも漕いでろ」
「わ、分かったでおます」
半ば二人に丸め込まれるセルトポ。
ここで納得する辺りが馬鹿である。
「温度湿度を元に角度調整。いつでも発射OKだ。
狙いはエンジェルダストだが……あのドラグーンが邪魔だな」
照準にアルフォンソが入り込むのがドリスキルは気になっているようだ。
だが、ミグにとってはアルフォンソも些細な事。
この大砲を発射できる事こそ、至福の時間なのだ。
「構わぬ。この大砲で奴もまとめて撃ち落とすのじゃ」
感情を昂ぶらせるミグ。
長く続いた戦いも間もなく――終焉を迎えようとしていた。
●
……。
…………。
…………――。
「神はいるよ。正確には限りなく神に近い存在かな」
「!」
「それも概念的な存在でもないし、お目にかける事もできる」
「その神ならば、あの子達を助けられるのでしょうか?」
「うーん、その子っていうのが分からないけど、可能性はあるんじゃないかな。神がちゃんと記憶していればね」
「……本当でしょうか! 神は、神は本当に御座すのですね?」
「ああ、その神ならいるよ。嘘ついてもしょうがないしね。
ただ、その神はこの世界にはいないんだ。なんていうかな。別の世界にいるんだ。でも、神は間違いなくいる。そしてこの世界を救うために何とかやって来ようと努力してるって所かな」
「分かります。神は神の国に御座すのでしょう? そして、神は私達をいつでも見て下さっているのです」
「……ん? 神の国? 何言っているか分からないけど、とにかく神は別の世界からこの世界を観測しているんだ。その観測データの中にその子達がいれば再び出会う可能性はゼロじゃない」
「やはり神はいらっしゃった。罪を重ねる者に裁きの雷を。神の子を楽園へ誘っていただけるのでしょう?」
「楽園……。そうだ。できれば神の手伝いをしてもらいたいんだ。神の子を楽園へ招待する手伝いをね」
「喜んで。私が仕えるべき神が存在したと分かったのです。お手伝い致します。それが神の為ならば」
「なら決まりだ。一緒に来てよ。会って欲しい人達がいるんだ」
●
一人で戦う事は、簡単ではない。
傷付いても、助けてくれる者はいない。
それは本人が思うよりも早く限界を迎えさせる。
「テルル! 決して大砲に敵を近付けるなっ!」
「分かってる。お前もしっかり背中を守ってくれよ、炎!」
STAR DUSTと背中合わせに愛機カマキリを寄せるテルル。
既に大砲を奪い取ったのは確認済み。南護とテルルが大砲を守り切れば、敵軍に必ず痛撃を与えられるはずだ。
テルルを――仲間を信じる。
それが南護にとって何倍にも力となる。
そう。個々の力は、決して大きくはない。
それは川の流れにも似ている。
「青龍様を愚弄する貴様は、やはり敵だ!」
アルフォンソの突きが繰り出された後、アルから発射される三連射のファイアボール。バレルロールで回避しながら、木綿花はアルフォンソへ肉薄する。大砲へ近付けない為だ。
「その行動が青龍様を愚弄しているとどうして分からないのですか!」
「何ぃ!? それは貴様が……?」
そう言い掛けた瞬間、アルフォンソは大砲の異変に気付く。
明らかに砲身がこちらを向いている。
まさか敵が大砲を発射するのか? ならば、ここから逃れなくては……。
「歪虚に魂を売り渡した時点で、貴様の大義など無意味に等しい。青龍も貴様に振り返る事もない。愚者は敗北と破滅あるのみだ」
地上からコーネリアがR7エクスシア『カラミティ・ホーネット』から降りてヘビーガトリング「イブリス」による斉射を敢行。撃ち落とすのが狙いではない。その宙域に留めるのが狙いだ。そこにいれば、大砲の砲撃が直撃するはずだ。
「馬鹿な、止せ!」
悲痛な声。その間に大砲の砲身にエネルギーが走るのが分かる。
そして、次の瞬間――ビックマーキャノンが咆哮する。
撃ち出されたエネルギーはアルフォンソを貫き、アル諸共力を奪い墜落させる。
「あなたは、もう飛べないでしょう。青龍様の心は、とっくにあなたから離れていたのです」
落下していくアルフォンソを木綿花は寂しそうに見つめていた。
小川は集まり、大河となる。
その大河の流れは少々大きな岩でも押し止められない。
「……!」
エンジェルダストに向けて発射されたエネルギーは、危険を察知した光の盾で防がれる。
だが、そのパワーは完全に防ぐ事はできない。耐えきれなかった攻撃端末は爆発。エンジェルダストの機体を掠め、表面を焼いていく。
「今のは一体……!?」
状況を理解できないまま、パラドックスでダメージを回復するブラッドリー。
だが、この大砲が重要だったのはダメージではない。予想外の方向から強力な砲撃を敢行する事で大きな隙を生じさせる事だった。
「今ですわっ!」
金鹿は一気に間合いを詰めて黒曜封印符を発動する。
対象とされたエンジェルダストの能力を封印。これこそ、金鹿に課せられていた重要な役目である。黒曜封印符でエンジェルダストのパラドックスやプライマルシフトを封じて攻撃機会を到来させたのだ。
その瞬間を待っていたようにキヅカは金鹿の前へ出る。動けない金鹿を守るべく、体を張って守る為だ。
「オレ達も神に縋りたい時もある。けれど……自分の足がある。自分の足で歩いていける。お前にも、足はあるはずだ。ブラッドリー」
無ノ領域・撃で敵の攻撃に備えるキヅカ。
マスティマ特有の能力を封じられ、金鹿を狙いたくてもキヅカが壁となってそれを防ぐ。
更に――。
「何処へ行くんだ……? 天使狩りは悪魔の仕事だろ」
スティルハートで機能指定していたレラージュ・ベナンディが再起動。
それはアニスの、エンジェルダストに対する執念が実らせた行動。だが、このタイミングはエンジェルダストにとって最悪な出来事。
エンジェルダストの後方を塞ぐように壁となる。
握られたラッド・フィエル01で至近距離からエンジェルダストを狙う。
「まだ終われねぇ……テメェを墜とすまでは、終われねぇええええ!!」
アニスはラッド・フィエル01の引き金を引いた。
これに呼吸を合わせるように周囲のハンター達がエンジェルダストに向けて総攻撃を開始する。
「これが、私たちヒトの絆の力ですっ!」
Uiscaは銀雫の背から錬金杖「ヴァイザースタッフ」を翳し、ティストリヤを放つ。宝石の幻影が導き、一直線に閃光を放つ。
苛烈な一撃を前にエンジェルダストは避ける術を持たない。逃げようにもプライマルシフトも使用できなければ、パラドックスで打ち消す事もできない。いや、パラドックスも残り少なかったはずだ。周辺からハンター達がしつこく叩き続けたのだ。エンジェルダストのパラドックスも残りは少なかったに違いない。
「ヒトの力を、絆の力を思い知って下さい」
「絆の力……?」
「信徒と称した方々は、あなたに何かをもらたせてくれましたか? 心を寄せるだけの方が本当にあなたにいらっしゃいましたか?」
Uiscaは銀雫を旋回させ、再びティストリヤによる閃光を叩き込む。
Uiscaの記憶ではブラッドリーには黒い巫女や契約者のドラグーンが存在していた。だが、彼らに絆はあったのか? ただの駒と絆は生まれない。人と人の繋がりがあって、始めて絆は生まれる。
もし、道を誤っても絆があれば正してくれたはずだ。
「…………」
ブラッドリーは沈黙を守る。
こうしている間にも周囲から次々とエンジェルダストへ攻撃が集まる。
右腕は吹き飛び、攻撃端末は次々と撃ち落とされていく。
(最期の瞬間に、あなたは誰かを思い出すのでしょうか? あの神だけが浮かぶのなら、あなたは誰との絆も持っていなかった。それはなんて不幸な人生なのでしょうか)
エンジェルダストの機体が爆ぜる度に、Uiscaの心は何故か暗く沈んでいった。
その川は、絆と同じだ。
個々の力を結びつける絆。
それは、時に信仰をも凌駕する。
誰かが欠けては掴めなかった結果。
その結果が、失われかけた未来を繋ぎ止める――。
様々な方向からエンジェルダストへ攻撃が仕掛けられた後、そこには既に朽ち果てたエンジェルダストの姿があった。
プライマルシフトも封じられた今、包囲網を突破する事は困難だ。
それが分かっているのか、エンジェルダストはその場から動こうとしない。
「死を覚悟したか。ならばさっさと終わらせるぞ」
アルトは歩み出る。
獣となった男の悲劇を、本当の意味でこれで終わらせられる。
ウィガールの機剣「イフテラーム」で流転の炎による連撃を叩き込んでいたアーサーも戦いを同調する。
「時間がねぇ。終わらせるべきだ」
「待ってくれ」
二人を止めたのはGacruxだ。
Gacruxもニダヴェリール陥落時に挑発的なセリフを言われた事は忘れていない。
今までやった過ちを許すつもりは毛頭ない。ただ、ここで終わらせる『幸せ』をブラッドリーに与えて良いのか迷ったのだ。
「このまま邪神が倒される様を見せた方が、ブラッドリーにとって残酷じゃないのか?」
Gacruxも賛否がある意見なのは分かっている。
重要なのは、ブラッドリーがここから殉教を選ぶのか。命乞いするのか。
ブラッドリー自身がどうしたいのかを見定めたいのだ。
「生かして、私が苦しむ様をみて楽しむつもりですか? あなたは神のようだ」
「わう? その言い方だと神はいないみたいですー。ドリーさん、神はいないって気付いた?」
「…………」
アルマの痛烈な一言。ブラッドリーはその一言で押し黙った。
戦いの中でブラッドリーの言動がおかしかった事はGacruxも気付いていた。
もう、ブラッドリーにとって神が何か分からなくなっているのだろう。
「神は……いない……」
「そうですー。あれは人が作ったモノですー。ドリーさん、勘違いしてたです」
「だったら、私はあの時……どうすれば良かったのですか?」
「ドリーさん?」
アルマは首を傾げる。
いつも以上に何を言っているのか分からない。
ただ、ブラッドリーの声色から必死さだけは伝わってくる。
「私は必死に神へ祈りました。
助けて欲しい。救って欲しい。
ですが、求めた神はいなかった。誰も救ってはくれない」
「神に丸投げすれば楽ではあろうだろう。しかし、思考を放棄するのとは別だ。考える事をやめるなど人間にはできないんですよ」
「だったら! あの子達はどうすれば生きられたのですか。あらぬ疑いを掛けられたあの子達を、どうすれば救えたのですか?」
――あの子達。
Gacruxも誰の事を言っているのか分からない。過去に何かがあったのかもしれない。
ただ、Gacruxにかけられる言葉は決まっている。
「自分で考えろ。あんたに人の心があるならば」
「……死ぬ事が運命だった、なんて認めない。あの子達が何をしたのでしょう。あの子達は……」
「認める認めないはお前の勝手だ。だが、他に手立てがあったはずだ」
腕を組んで様子を見守っていたロニ。
信じていたモノが崩れた瞬間――空しさを感じると思ったが、今回は事情が少し異なる。
ただ、その答えを探し求めても、もう手遅れな事は間違いない。
「あなたは歩み方を間違えた」
八島は、ブラッドリーを見つめた。
八島もブラッドリーが何を言っているか分からない。それでもブラッドリーの間違えた選択については少しだけ分かる。
「人は縋る存在として神を生み出した。だが、縋るばかりじゃない。隣を見れば、同じように神へ祈る者達もいたはずだ。
もっと隣を見るべきだった。上ばかり見すぎたんじゃないか?」
ブラッドリーは神に祈り続けて来た。
神が何かを変えてくれる。神がこの苦境を打開してくれる。
本当は神に縋りながらも共に祈る者と苦境を乗り越えるべきだった。
それは同じ境遇を持つ者との『絆』だ。
「道を、間違えたのです。正しい道を教えてくれる人が、いれば……」
アルトの傷を癒しながら、りるかは呟いた。
隣に誰かがいてくれれば。
それがハンターとブラッドリーとの最大の差だ。
「神ではなく、隣を歩んだ者……そうですか。答えは始めから手元にあったのですね」
エンジェルダストで顔が見えないが、この声を聞くだけでブラッドリーが満足したのは理解できた。
だからこそ、キヅカはエンジェルダストに近づいた。
「やっぱり終わらせるべきだ。悪夢だったんだ、今まで」
キヅカはMブレード「ウルスラグナRev7」の持つ手を引くと、エンジェルダストの操縦席に目掛けて突き刺した。
自らを貫かれた剣を見守るブラッドリー。
そこには剣でこじ開けられた箇所から見える太陽の光。
ブラッドリーの瞳へ差し込み、視界をホワイトアウトさせる。
「ああ……見えます……あの子達の顔が……」
「ブラッドリー」
キヅカは、それ以上多くを語らなかった。
それが幻だと指摘する程、野暮ではない。
キヅカが以前、ブラッドリーへ告げた言葉。
信仰と絆、どちらが強いかを示す。
それは裏を返せば人の持つ可能性を示す為の戦いだった。小さな力でも共に戦う事で可能性は何倍も増幅させられる。
――可能性の輝きの形。
それがキヅカの手に握られ、ブラッドリーの悪夢を終わらせた。
●
「エンジェルダスト撃破、通信妨害が回復しました」
本陣にもたらせれる吉報。
それは辺境の窮地を救うものとなった。
指揮官級を撃破したとなれば、歪虚の軍勢も撤退を開始するはずだ。
「これで辺境は救われるザマスね」
恭子の声に、ヴェルナーは答える。
「……そうですね」
その言葉に寂しさが込められている事に恭子は気付いた。
ヴェルナーの視線は、西の方角へと向けられていた。
『嘆き叫び助けを求めても尚、神は手を差し伸べて下さらない』
『――神など、いない。あるのは、希望を踏みにじる無情な世界と絶望だけだ』
ある男の言葉だ。
その者は時代に翻弄され数奇な運命を辿ってきた。
強く信じたからこそ、その反動は大きい。
それでも、男は悩み歩み続けた。
正解の無い答えを探し求めて。
そして――男は長い旅の果てに辿り着く。
赤き大地で、その男はついに……。
●
「今です! 各機出撃して下さい」
ヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)の号令の下、各機は歪虚の軍勢に向かって攻撃を開始した。
要塞ノアーラ・クンタウへの攻略を開始した歪虚の軍勢。
それに対して部族会議はノアーラ・クンタウを背後に平地にて防衛線を構築。部族会議大首長バタルトゥ・オイマト(kz0023)は正面から歪虚の侵攻を食い止める。
あまりに危険な任務であるが、部族会議はバタルトゥが侵攻を食い止めている隙に残りの兵力で各方面から同時に強襲を仕掛ける作戦に出た。
「山岳猟団、作戦開始だ。何としても友軍の道を切り拓け!」
八重樫 敦(kz0056)のR7エクスシアが武装巨人に向けてアサルトライフルを発射。間合いを詰めながら巨人の隊列を崩壊させる。
確かに奇襲の形にはなっているが、戦力差で言えば歪虚は数倍。狂気の眷属を多く取り込んで膨れあがった軍勢だ。部族会議とハンターが奇襲を仕掛けたとしてもすべてを殲滅する事は困難だ。
この為、部族会議側はターゲットを絞る事にした。
「エンジェルダスト……その機体は貴方の心の鎧に見えるのです。
まずはその鎧、破壊します!」
Uisca Amhran(ka0754)はポロウ『銀雫』と共に上空から白いマスティマ――エンジェルダストの捜索を開始した。
今までの侵攻を考えればこの巨大な軍勢のキーマンはブラッドリー(kz0252)。
その乗機であるエンジェルダストを破壊する事。
これこそが部族会議が辺境を救う唯一の手立てである。
(ブラッドリーさん。神は偉大かもしれませんが、万能ではありません。信じるべきモノを見誤らないで)
Uiscaは深刻の海から、必死に白い機体を探す。
ブラッドリーの意図は未だに不明だが、言葉にし辛い危うさを感じていた。それはハンターと戦う中で生じた感情とでも言うのか。
「奴は、どこだ」
Uiscaの少し後方をアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)はポロウ『パウル』と共に飛行していた。
アルトもまたエンジェルダストを捜索していたが、Uiscaと大きく異なる点があった。
それはブラッドリーに対する感情である。
「あいつが余計な事をしなければ、エンタロウは獣にまで落ちる事はなかったかもしれない」
今でも、アルトは思い出す。
青髯と呼ばれる巨大な獣と化した青木燕太郎(kz0166)。もし、ブラッドリーが手を貸して元怠惰王ビックマーの力を吸収しなければ――事態は変わっていたかもしれない。
アルトは自分で分かっている。
これは私怨だ。だから余計な駆け引きはいらない。
ただ、全力でこの黒い感情をあの白い機体にぶつけるだけだ。
「これで終わらせる。すべて……」
二匹のポロウは――漆黒の海となった赤き大地の空を駆け抜ける。
●
ミグ・ロマイヤー(ka0665)は、その目で目撃してしまった。
戦場の東にある高台。その上に設置された巨大な砲塔――部族会議が設置したものではない以上、あれは歪虚側が設置した兵器だ。
通常ならミグも破壊に向かっている。
しかし、愛機の砲撃機は連戦に次ぐ連戦により不調。止む無く魔導ヘリコプター「ポルックス」『バウ・キャリアー』で出撃したものの、大砲の撃てない機体でフラストレーションが溜まる一方だった。
そこへ飛び込んできた巨大大砲。
聞けば、友軍も大砲の奪取へ向かうという。
「これは……でかい大砲を撃つチャーンス」
邪な笑みと共に目を輝かせるミグ。
あの大砲を奪い取って敵陣へ砲撃すれば、溜まりに溜まった鬱憤を一気に晴らす事ができるだろう。それに気付いたミグはバウ・キャリアーで上空へ舞い上がっていた。
「わはははっ! 大砲じゃ大砲じゃ、大砲祭りじゃ」
敵を飛び越えて一路東の高台へと向かうミグ。
だが、地上の敵は回避できても上空の敵まではパスできない。
「あれは……」
ワイバーン『アル』と共に高台へ向かっていたアルフォンソは、接近するバウ・キャリアーに気付いた。
地上から進めば見つからなかったかもしれないが、上空から高台へ向かえば遮蔽物は存在しない。接近する飛行物体をアルフォンソが見逃すはずもなかった。
「やはりあの大砲は敵の兵器か。奴を墜とせ。俺はあの大砲を破壊する」
ドラグーン部隊へ指示を出したアルフォンソは、大砲に向かって動き始める。
ミグに向かって多数飛来するワイバーン。
しかし、大砲を目指すミグは一歩も退く気はない。
「邪魔をするでないのじゃ!」
プラズマランチャーが前面から接近するワイバーンへと発射される。
ワイバーンはミグが何かを仕掛けると感じたのか左右に分かれて回避。
しかし、この戦力が二分するタイミングを仲間が見逃すがない。
「道を開けて下さい!」
木綿花(ka6927)を乗せたワイバーン『アヴァ』はドラグーン部隊へ肉薄する。
サイドワインダーで急接近して獣大爪「アキエース」による攻撃。ふいを突かれる形となったドラグーンは回避する暇も与えられず直撃。胴体に大きな傷が刻み込まれる。
しかし、木綿花の瞳は目の前のワイバーンには向けられていない。
その少し前方を飛行する鎧を装備したワイバーンに向けられていた。
「アルフォンソ様……」
先の戦いでアルフォンソと交戦していた木綿花は、青龍に対する思想が異なる事に気付いた。
青龍を敬愛する点では同じはずなのに、一方では青龍を敬い、一方では青龍を盲信。双方の間に横たわる巨大な溝は、隔絶と表現しても差し支えない。
空しさや悲しさをも抱かせるアルフォンソ。
彼は何を誤ったというのか。
(アルフォンソ様とお話しなければなりません。あの方が更なる罪を犯す前に)
木綿花がワイバーンと交戦する頃、残るワイバーンの群れにはエンバディ(ka7328)のワイバーン『インドラ』が強襲する。
「わざわざ地上から上がってきたんだ。歓迎しろよ、な」
サイドワインダーでドラグーンへ接近すると同時に魔鎌「ヘクセクリンゲ」による一撃。ふいを突く事に成功したエンバディはドラグーンを地面へ墜落させる事に成功する。
元々地上部隊で索敵を行っていたエンバディだったが想定よりも早く上空でドラグーン部隊と交戦が開始。予定よりも早く上空へ上がり味方の支援を開始する事にしたのだ。
「地上も敵が多いが、空も十分すぎる程多いじゃないか。それでも、やるしかない」
周辺から飛来するワイバーンの群れ。
それでもエンバディは挑む他無い。
すべては、この辺境の未来を救う為――撤退の選択肢は、あり得ない。
●
「おい、本当にあの大砲を奪えるんだろうな!」
「…………」
ピリカ部隊のテルル(kz0218)はジェイミー・ドリスキル(kz0231)へ叫んだ。
元々東の高台に大砲がある事を見つけたのはドリスキルだ。
あの大砲を奪えれば、大軍である歪虚の軍勢に痛撃を与えられる。そんな希望を提示されたなら、テルルも一肌脱がない訳にはいかない。
だが、そもそもあの大砲が奪取できる保証は何処にもないのだ。
「……おい、聞いてるのかよ!」
再びドリスキルへ呼び掛けるテルル。
実はドリスキルの脳裏には別の言葉が浮かんでいた。
(『ジェイミー!なんでヨルズに乗って行かないの!?』か。ヨルズは未来にベットしてきた、って言っても納得しねぇだろうなぁ)
「おい!」
ドリスキルの真横で大声を出すテルル。
その音量で慌てるドリスキル。
「な、なんだよ? 水着の美女軍団がポップコーン片手にやってきたか?」
「何言ってやがる! さっきから話し掛けているのによ!」
「すまねぇ」
「で、あの大砲は本当に奪えるんだろうな?」
「……たぶんな」
テルルの問いに、ドリスキルは『たぶん』と答えた。
実はドリスキルには何の確証もなかった。ただ、本陣でアサルトライフル片手に銃撃しているよりは少しでも役に立てる大砲奪取にすべてを賭けたくなったのだ。
外れなら外れで仕方ない。頭でも掻いて誤魔化せばいい。
「それで充分だ、テルル。行く価値はある」
テルルの傍らから南護 炎(ka6651)が声をかける。
仮に大砲が奪取できなければ、味方を攻撃されないように大砲を破壊すればいい。奪取できるなら活用すればいい。高台へ向かうのは間違った選択肢じゃない。
「価値はある、か。ゴチャゴチャ考えねぇで一気にやるか!」
進路を塞ぐ武装巨人を愛機『カマキリ』の鎌で押し退けるテルル。
その側面から堕天使型がカマキリへ迫っていた。
それに気付いた南護は――。
「行くぞ。『STAR DUST』出撃! 何が待っていようと、俺達は前に進むだけだ!」
ガルガリン『STAR DUST』のスラスターを全開。
堕天使型へ一気に肉薄する。そして間合いに入った瞬間、斬艦刀「雲山」よる斬撃。体術を巧みに用いて何度も浴びせかける刃。周辺の堕天使型を巻き込む形で敵の進軍を妨害する。
「ピリカには傷を付けさせない。俺が相手になってやる!」
ピリカ部隊と南護が友軍の進軍路を切り拓く。
まだ発見されたとしても周辺の敵すべてに露見した訳ではない。道を急げば多くの敵に察知される前に大砲へ到達できるはずだ。
「面白い趣向じゃありませんか」
カマキリの後方から飛び出す形でハンス・ラインフェルト(ka6750)のR7エクスシアが前に出た。
前方から武装巨人が迫っている事に気付いたハンス。
敵がショットガンを構えるより早く、斬艦刀「雲山」よる一撃。
円を意識して大きく振り上げられる刀身。刃は巨人の腕を斬り落とし、巨人を怯ませる。気圧される巨人。しかし、ハンスはさらに追い打ちを掛ける。
「いけませんよ。戦場で臆しては。それは死を意味します」
隙だらけとなった巨人目掛けて雲山が振り下ろされる。
肩口から入った刃は、そのまま武装巨人の胴体に大きな刀傷が刻まれる。
戦場で生き抜くなら道は限られる。
生に執着するか、始めから死人となるか。
死が当たり前の世界に生きてきたハンスにとって『心地良い』時間が訪れる。
「おお、頼もしい事だ」
ハンスの機体を迂回するように大砲へ向かうドリスキル。
その背中に数度の衝撃が走る。
「ハッハッハ、敵の巨砲を鹵獲するか。存外面白い事を考える。気に入ったぞ、ドリスキル」
高笑いしながらルベーノ・バルバライン(ka6752)はドリスキルの背中を平手で叩いていた。
どうやら今回の作戦をルベーノは気に入ってくれたらしい。
「あ? ……ああ、こういう場は祝砲が必要だろ? 俺が手伝ってやろうと思ってな」
「それはいい。アレを奪ってブラッドリーに一泡吹かせたら面白かろう、ハッハッハ」
ドリスキルの言葉を受け、ルベーノは楽しそうな未来を思い浮かべる。
敵の大砲を奪って放たれた砲撃。それを受けたブラッドリーはどういう表情を浮かべるのか。考えるだけでも楽しくなる。
「いいだろう。この俺がドリスキルを確実に巨砲まで連れて行ってやろう。大船に乗ったつもりでいるがいい。ハッハッハ」
オートソルジャーと共にドリスキルに同行するルベーノ。
野望を持った者達が、早くも暗躍を開始していた。
●
「敵の壁は予想よりも厚い、か」
瀬崎・統夜(ka5046)はブラッドリー捜索に尽力していた。
南から奇襲を仕掛けた部族会議ではあるが、敵は想像以上の大軍。まるで黒い海となっている敵陣に切り込みながら捜索するというのだ。そう簡単な事ではない。
「そらよ」
集まってくる小型狂気に対して蒼機砲「シャクヤク」の制圧射撃で一気に撃退する。
前方の小型狂気は瞬く間に消えていくが、その穴を埋めるかのように小型狂気が集まってくる。正直、キリがない――。
「味方からの方向もなしか」
樹木にもたれ掛かる形でため息をつく統夜。
大きな戦場だが、ブラッドリー発見に役立つのは通信妨害だ。ブラッドリーの乗るエンジェルダストにはトランシーバーや魔導短伝話を妨害する『通信妨害』能力がある。これはエンジェルダストと一定の距離に入れば発動する。言い換えれば、通信妨害が発生した段階で周辺に必ずエンジェルダストが存在する証拠になる。
現時点で本陣からの通信が届く以上、もう少し先にいると考えて差し支えないようだ。
「本当に、良かったのですか?」
後方からアティ(ka2729)が心配して追いかけてきた。
無理もない。統夜はCAMや幻獣にも乗らないどころか、オートソルジャーも同行させていない。単身奥深くを目指して探索を行っていたのだ。
しかし、これも統夜とっては覚悟の上だ。
「今の所はな」
「ですが……」
「分かってる。この戦いもそう甘い戦いじゃねぇ。だけどよ、敵の裏を画くなら多少のリスクを負う覚悟も必要だ」
危険は百も承知だ。
エンジェルダストに発見されずに接近するには敢えてこのような形で接近した方が良い。高すぎるリスクではあるが統夜はそのリスクを冒してでも行う価値はあると信じていた。
「後方からも他の皆様が向かわれています。ご無理なさらぬように」
アティは統夜の身を案じた。
きっとこの戦いは大きな意味を持つに違いない。
味方にとっても。
敵にとっても――。
●
……。
…………。
…………――。
「見かけぬ姿よな。それに酷く疲れている。肉体も、精神も」
「…………」
「転移者か」
「教えて欲しい、緑の龍。この世界に神はいるのでしょうか」
「それはクリムゾンウェストに神はいるのか、という問いか?」
「クリムゾンウェスト? ここはセイラムではないのですか?」
「その名は知らぬ。ここはクリムゾンウェストと呼ばれる世界だ」
「では、あの子達は?」
「あの子?」
「あの子達は村人から疑いをかけられたのです。私は必死に否定しました。ですが、やってもいない降霊会を目撃したと偽証された挙げ句、悪魔憑きで有罪だと……。教会は焼かれ、生き残った子達もすべて村人捕縛されました」
「その子供は知らぬ。お前は一人でクリムゾンウェストに転移したのだ」
「そんな……。
私は神の御心を尊重してきました。孤児だった子供達に救いの手を差し伸べ、神に祈りを捧げて。ですが、神は助けて下さらなかった。いくら私が縋ってもあの子達は縛り首に……」
「…………」
「私は、あの子達が召された日に始めて神を呪いました。そして、この世で生きる意味が分からなくなりました。
緑の龍、教えて欲しい。この世に神は本当にいるのでしょうか? いるのなら、私はその姿を見せて欲しい。そして、何故あの子達を召したのか。絶望に塗れたこの世界で生きる意味を教えて欲しい」
「神か。神を祈るヒトはいる。だが、神を目にした者はおらぬ。龍を神と崇めるヒトもいるが、龍は神ではない。そもそもお前が言う神とは何か?」
「迷い彷徨う神の子に救いの手を差し伸べて下さる偉大なる父です」
「それはセイラムと呼ばれた地にいた者か? いずれにしてもクリムゾンウェストにそのような者はおらぬ」
「…………」
「見た事もない神を信じる者が、異世界より現れた。転移した先でも神を探し続ける。これもこの者の運命なのか」
「……やはり神など、いないのですね」
●
「発見した。ここからさらに北の地点だ」
統夜は後方に向かって精一杯大声で叫んだ。
通信妨害で通信機が沈黙している以上、今は大声で叫ぶ他無い。周囲には味方の交戦によって引き起こされた爆音が鳴り響く。何処まで届いたのかは分からない。
だが、その声は敵にも届いたようだ。
「……!」
数機の堕天使型が統夜を発見。
上空から統夜に向かって接近する。歪虚側としてもエンジェルダストへ容易に接近させる訳にはいかない。懸念事項となり得る要素はなるべく排除しておきたいのだろう。
地上と上空から統夜に向かって移動する堕天使型。
樹木に身を隠す手もあるが、既に発見されている以上、遠距離ビームで狙われる恐れもある。
「マズイか……?」
「いや、十分だ」
地上から迫る堕天使型に正面から止めに入ったのはマスティマ『エストレリア・フーガ』であった。
キヅカ・リク(ka0038)が斬艦刀「雲山」を手に堕天使型の接近を食い止める。
「この先にアイツがいる。それがはっきりしたのは大きい。既に味方が周辺を取り囲むように展開している」
この戦いの結果を左右するエンジェルダストを確実に仕留める為には、エンジェルダストを完全に捕捉する必要がある。仮にプライマルシフトで転移されたとしても味方と連携すれば確実に発見できるはずだ。
「そういう事。……売られた喧嘩だ。きっちり返してやらないとな」
上空から迫る堕天使型に対してワイバーンに乗ったGacrux(ka2726)は、蒼機槍「ラナンキュラス」を片手に割り込んだ。
前面に向かって薙ぎ払い、堕天使型の接近をその場で押し止める。
エンジェルダストの戦いでは堕天使型を盾役に使う事は経験済みだ。Gacruxは少しでも周辺の敵を掃討する事がエンジェルダスト撃破の鍵だと知っていた。
少しでも周辺の敵を片付けられるか――。
「目立つ機体だけあって、周辺の敵は相当な数だ」
「それでもやらなければな。アイツとは、ここで決着を付ける」
――ここまで来たんだ。
手痛い目に遭い、機体をマスティマに乗り換えてまで追いかけた相手だ。
キヅカは肉薄する堕天使型を押し返しながら、少しずつ前へと進んでいく。
●
東の高台に設置された大砲を目指していた双方であるが、大砲へ接近するという事は双方が交戦する可能性も高くなる。
上空からワイバーンで接近するドラグーン部隊が有利にも思えるが、ハンター側は既に敵の動きを察知していた。察知さえできれば、それに備える事は十分可能だ。
「愚者どのが。この乱痴気騒ぎの先に何が待っているか、痛い程思い知る事になるぞ」
アクティブスラスターで先行したR7エクスシア『カラミティ・ホーネット』。高台の近くに陣取ったコーネリア・ミラ・スペンサー(ka4561)は上空に向けてマテリアルライフルを連射していた。
コーネリアの記憶にも新しいマギア砦での攻防。アルフォンソが襲来した事により勝手を許した事は今でも忘れていない。
「キャノンを狙っているようだが、簡単に近付けると思うな」
襲来するワイバーンへ次々とコーネリアはマテリアルライフルを撃ち続ける。
命中せずとも撃ち続ける事で大砲への接近を押し止める事ができる。同時にアルフォンソへの撃墜を狙う仲間達を支援する事もできる。
この状況は当のアルフォンソが厄介に感じていた。
「対空か。やはりあの大砲を守るのが狙いか」
「いい加減目ぇ覚ましやがれこのボケがぁ!」
ポロウでアルフォンソへの接近を試みるボルディア・コンフラムス(ka0796)。
その心情は荒れ狂っていた。青龍が好きなのは分かる。だが、それはヒトを攻撃する理由にはならない。アルフォンソの言い分は、単に自分のヒト嫌いを青龍のせいにしているだけだ。
「青龍を利用しているだけなんだよ、テメェは!」
「なんだと? 貴様、青龍様を愚弄する気か」
アロフォンソはアルを反転させる。
ポロウもワイバーンも飛行能力は保有するが、その機動性は大きく異なる。旋回してポロウに向けて直進するアルのスピードは短時間で一気に距離を詰めていく。
その事はボルディアも熟知していた。
「てめぇから接近してくれるたぁな!」
魔斧「モレク」を構えるボルディア。
ポロウでいくら追跡してもアルに追いつけるとは思えない。敵がこちらへ向かって来る状況に合わせて接近戦を挑む事がボルディアにとって有効打になる。
だがそれは他のワイバーンならば十分だが、アルフォンソを乗せたアルには――。
「直情的だな。だが、その方が簡単だ」
空中でスピードを緩めたアルは、一瞬だけホバリング。
タイミングをずらした後、アルの足から放たれたのは閃光弾。ボルディアの直線で炸裂して視界をホワイトアウトさせる。
「くそっ! 目眩ましかよ」
「目を覚ますのはお前の方だったな。地上に墜ちてその事を噛み締めるがいい」
槍を携えて再び接近するアルフォンソ。
このまま突進でボルディアに一撃を加えるつもりだ。
しかし、その状況を捨て置く程ハンター達の絆は弱くない。
「させませんわ」
アルフォンソの槍は木綿花の幻盾「ライトブロッカー」によって阻まれた。
木綿花も一度マギア砦で経験している。閃光弾が発射されると察知した段階で上空へ離脱していたのだ。
「青龍様は、恩には礼にて報いるのが誇りと仰ったそうです。世界を護る為にこのような状態で青龍様の御前に立つ事ができると仰せでしょうか」
「世界など知った事ではない。青龍様を誑かして我が物にしようとしているのは、お前等ヒトだ」
「では、何故青龍様が苦しめられた者と手を組んでいるのです? それも良いように使われて」
「使われてなどいない! 利用しているだけだ!」
青龍の名前を出されて激昂するアルフォンソ。
だが、木綿花からすればアルフォンソが感情を露わにすればする程、空しさばかりが募っていく。
「青龍様が貴方達に直接お声を掛けていただければ……いえ、それも叶わぬ夢なのでしょうか。
どうか、救いの光がありますように」
「……貴様……貴様っ!」
木綿花と対照的にアルフォンソは、殺意を高めていく。
子供同然と断じるのは簡単だ。だが、彼らは青龍を信じていただけのはずだった。青龍へ敬愛を示しているはずがその距離は遠ざかるばかり。
その現実が、木綿花にとって心に刺さった棘のように痛みを生じさせていた。
●
……。
…………。
…………――。
この世界に、神はいない。
いや、神などという存在は始めからいなかったのだ。
もし、いらっしゃるならばあの子達は吊られていない。
もし、いらっしゃるならば偽証だらけの裁判など行われていない。
罪深い者達がのさばり、弱者は餌食にされる。
たとえ、神がいたとしてもこの世界はとうの昔に見捨てられている。
毎日のように神に祈りを捧げ、弱者に手を差し伸べてきた。
それが神の御遣いの役目だと信じて。
見返しが欲しかった訳じゃ無い。
でも、あの時だけは。
あの時だけは、神に助けてほしかった。
思い返してみても、あの子達の顔が見えない。
記憶に浮かぶのは何もない顔。
笑みも怒りもない。いや、それどころか目も鼻も口もない。
あなた達が――私に感情をぶつけてくれたなら、どれだけ楽だったか。
どうして、手が差し伸べられないのか。
どうして、試練は続けて課せられるのか。
どうして……どうして――。
●
「相変わらず鬱陶しいんだよ! 今度こそ本当に『ダスト』にしてやるからよ!」
アクティブスラスターを全開にしたオファニム『レラージュ・ベナンディ』は、プラズマライフル「ラッド・フィエル01」を手に前へ突進する。
アニス・テスタロッサ(ka0141)の体に重圧が掛かる。
それでもアニスの眼光は前方にいる白い機体へと注がれる。
「あなたの力とは、その無茶な突撃の事を仰るのですか?」
ラッド・フィエル01のマテリアルが光の盾によって防がれる。
同時にエンジェルダストが放った誘導型攻撃端末からのビームがレラージュ・ベナンディを襲う。
小刻みの振動。
機体にダメージが走っている事は分かってる。
――それでも、アニスは前に進む事を止める訳にはいかない。
エンジェルダストと遭遇するまでにかなりの無茶を押し通してる。今更退く事などできるはずもない。
「ふざけるのも……大概にしろっ!」
弾体生成用のエネルギーカートリッジを素早く入れ替え、予備の弾倉をセットながら、機体を反転。
銃口をエンジェルダストへと差し向ける。
まだだ。まだ愛機は動ける。動き限り、エンジェルダストに照準を合わせ続ける。
神だ信仰だなんてどうでもいい。あの多くの者の人生を狂わせた天使を叩き潰す。その為には無茶も承知の上だ。
「あなた方は神の信仰を越える力を示すと断言した。その力がこの程度ですか?」
レラージュ・ベナンディの背後に回った攻撃端末が、何発ものビームを撃ち込んでくる。
激しく揺れるアニス。
悠々とその様子を眺めるエンジェルダストであったが、そこへ別方向からハンターが接近を試みる。
「今更、お喋りする事なんてねぇんだよ」
刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」『ウィガール』でエンジェルダストへ向かうアーサー・ホーガン(ka0471)。
既に幾度めかの交戦。その度に生き存えてきたエンジェルダストだが、未だ得体の知れないブラッドリーを気にする素振りは無い。あるのはエンジェルダストを確実に仕留める事――。
「新手ですか。本当にあなた達は……」
ブラッドリーの呟き。
それに答えるように堕天使型が数機アーサーの前に立ち塞がる。
アーサーも周辺の敵撃破に注力していたが、敵の物量は圧倒的。時間を掛ければブラッドリーの護衛が次々と現れる。エンジェルダストを巻き込んで攻撃を試みるが……。
「そらよっ!」
「!」
機剣「イフテラーム」による薙ぎ払い。
刃は確実に堕天使型を捉えている。だが、エンジェルダストへ至るには少しばかり足りない。
「くそが……」
憎々しげにエンジェルダストへ視線を向けるアニス。
既に多くのハンターと交戦しているはずのエンジェルダストだが、未だその力を抑えきる事はできない。
「あなたの力はここまでのようです。もう眠りなさい。永久の眠りに」
誘導型攻撃端末がレラージュ・ベナンディの前方を貫いた。
次の瞬間、レラージュ・ベナンディの機体は力を失って地面へと倒れ込む。
――何かが、切れた。
操縦席からはアニスの呼吸音だけが響いていた。
●
「エンジェルダストを捕捉した模様。現在、ハンターが交戦中」
南の森に展開された本陣へ戦況がもたらされる。
通信障害で魔導短伝話が使用できない事から、斥候を出して逐次状況を報告する他無い。
「そうですか。後はどのぐらい早期にブラッドリーを倒せるかが鍵ですね」
ヴェルナーはそう呟きながら西の方へ視線を送る。
その方向には歪虚の進軍を正面から受け止める決死隊の存在があった。
たとえ、死が約束された存在だったとしても苦痛はなるべく早く取り除いてやりたい。
もっとも、戦っている張本人は戦いの中で死ぬ事を望むだろう。周囲が生きる事を要求したとしても不器用な『彼』だ。戦い続きの人生だったからこそ、剣を握って泥まみれのまま死ぬ事を選ぶに違いない。
「まったく、あなたという方は……他人の気持ちを最後まで素直に受け取らないつもりですか?」
「東の高台の方はどうザマショ?」
統一地球連合宙軍の森山恭子(kz0216)は斥候へ確認する。
ドリスキルが向かった高台の大砲について気になっているのだ。
「そちらも現在交戦中です。ドラグーン部隊とハンターが大砲を巡って争奪戦を行っています」
「! やはり、危険な賭けだったザマスか」
ドリスキルの思いつきから始まった戦いではあるが、あの大砲を無視して良いはずがない。
結果的にハンターも危険な目に遭わせる事になってしまった点が恭子にとって心苦しい。
「ヴェルナーさん」
前線の戦士を回復していた桜憐りるか(ka3748)は、本陣へ戻ってきた。
本来であればもう少しエンジェルダスト周辺に近い場所で戦うつもりだった。だが、敵の物量が本陣へ雪崩れ込む事を警戒したりるかは本陣を守る戦士達の後方支援を続けていた。
「りるかさん、ご無事ですか?」
「は、はい……前線は、大丈夫でしょうか」
りるかの懸念はヴェルナーも感じていた。
本陣近くの敵は歪虚の軍勢から見れば端に位置する。つまり、強力な敵は西の敵かブラッドリーの近くに固まっている可能性がある。
――早く決着を付けなければ。
「りるかさん」
「はい」
「あなたに酷なお願いをしなければなりません。今からのブラッドリーと戦う皆さんを助けてあげて下さい」
「! ですが、この本陣は……」
「大丈夫です。もう少し持ちこたえられます。なるべく早くブラッドリーを倒さなければなりません。辺境の地に身を捧げてきたあの人を解き放つ為にも」
りるかにはあの人が誰かすぐに分かった。
ヴェルナーのその感情が向けられる事に軽い嫉妬を覚える。
だが、その感情は不器用だった彼に対するヴェルナーなりの餞だ。
「分かりました。ヴェルナーさん、危なくなったら退いて、下さい」
「はい。お願いします」
ヴェルナーの笑顔に送り出される形でりるかはペガサス『輝夜』と共に北を目指す。
りるかは戦場の空気が変わりつつある事を無意識に感じ取っていた。
●
「えいっ!」
オートソルジャー『翠蘭』と共に金鹿(ka5959)が五色光符陣を発動させる。
光の中で焼かれる堕天使型。だが、その間にエンジェルダストは金鹿と距離を取る。
――このままでは、役目を果たせない。
その言葉が金鹿の脳裏に浮かぶ。
翠蘭に守られながら、金鹿はずっとチャンスを窺っていた。だが、その感情が読まれているのかエンジェルダストは一箇所に留まらない上、近づけば攻撃端末による攻撃を叩き込んでくる。
近付けなければ。その事が金鹿を呪いのように焦らせる。
「あはっ! 僕、守護者になったんですよ、ドリーさん! この力で、貴方の最後に『遊び』ましょうよ」
アルマ・A・エインズワース(ka4901)はポロウの背に乗ってエンジェルダストへ接近を試みる。
東方で出会ってから、アルマはずっとブラッドリーを追い続けてきた。
大好きで、楽しくて――大嫌いで憎くて。殺したくて仕方ない存在。
その感情がアルマの心を殺意で満たしていく。穏やかに笑ってはいるが、ドス黒い感情が漏れ出している。
その感情に吊られてか中型狂気がアルマとエンジェルダストの間に割り込んでくる。
「邪魔ですー!」
中型狂気に向けてアルマのデルタレイ。
中型狂気の顔面を強烈な一撃が貫いた。
だが、この交戦の隙をブラッドリーも見逃さない。
「お断りしますよ、駄犬さん。あなたの居場所は煉獄にあります。すぐに送って差し上げます」
アルマに向けるスナイパーライフル。
中型狂気の体を貫くように放たれた一撃。アルマは惑わすホーを使ってこの一撃を回避する。
「ごめんですよ。それに笑っちゃいました」
「……?」
「あんな『元人間』が神様だなんて、ドリーさんおかしいですー!
「…………」」
アルマは敢えてブラッドリーを挑発する。
注意をこちらに惹きつける為だ。
だが、今回に限ってブラッドリーは挑発に対して沈黙で答える。
「……信じませんよ。あんな絶望の塊を楽園だなんて。おまけに救えるだなんて」
「ではこの世界が一番だと言うのですか? この穢れに塗れ、助けを求めても誰も手を差し伸べない世界が」
「え? あの絶望の塊よりは……」
言い返そうとするアルマだったが、ブラッドリーは無視して言葉を続ける。
「あの時、どうすれば助かったというのですか? 神を信じる以外に何もできなかった私に。やはり神はいないと言い切るのなら、私は……」
「神は畏れても孤独にしちゃいけない」
八島 陽(ka1442)はマスティマ『シュネルギア・アリシア』は斬艦刀「天翼」でエンジェルダストへ斬り掛かる。
ブラッドリーは反射的に光の盾を構えて刃を押し止める。
「孤独?」
「神は人々の絆から生まれる。そうして生まれた神はオレ達にも大切な存在だよ。
神もオレ達と同じ有限な存在。万能じゃない。神と人間が絆を築いてこそ、補い合ってこそ、未来に救いが繋がるんじゃないのか?」
八島はブラッドリーへ神と絆について説いて見せた。
大精霊の力の一部を借りたこのマスティマ。これこそ、大いなる存在との絆から生み出された物だ。
だが、その言葉はブラッドリーに別の意味で変革を引き起こす。
「でしたら、どうして『あの子』達は死ななければならなかったのですか!?」
「……!」
強烈なパワーで刃を押し返すブラッドリー。
八島は距離を取った。
(……あの子? 何を言っている。いや、ブラッドリーが意味不明な事を言うのは今に始まった事じゃない。だが、その存在がブラッドリーにとって重要な何かか)
八島は改めて白い機体を見据える。
ハンターとの交流で何かが変わり始めた事を感じ取っていた。
●
「これは、少々厄介ですね」
「ハッハッハ、もう弱気か? 道は切り拓いたのだ。後はこの大砲を守るだけだ」
ハンスとルベーノは大砲近くで堕天使型と交戦していた。
ドリスキルを大砲近くまで送り届ける事に成功していたが、戦いはこれで終わりではない。目的はあの大砲の奪取。それが成功するまでの間、大砲を守り切らなければならない。
「斬ってしまえれば楽なのですが……」
マテリアルカーテンを展開して堕天使型のビームソードを防御するハンス。
既に何体も倒し続けている状況だが、未だに敵は次々と現れる。
邪神復活から辺境の地に現れる歪虚。明らかに味方の主力不在を狙って送り込まれた戦力だ。不在の間にクリムゾンウェストを徹底的に叩く腹づもりなのだ。大軍なのも頷ける。
ハンスも歴戦のハンターだが、無限とも思える敵を前に手を焼く始末だ。
「余裕がないな。ま、それは俺もだが」
ルベーノも大砲を背にオートソルジャーと奮戦している。
小型狂気が大砲内部へ入り込む恐れもある。一匹たりとも逃せないと考えれば、気を抜く事は許されない。その緊張感が疲労へと変わっていくのに時間がかからなかった。
「ご無事ですか!」
後方から姿を見せた穂積 智里(ka6819)はペガサスの背中で息を切らせている。
ドリスキルを送り届けてから急いで戻ってきたのだろう。
「智里さん」
ハンスの一言。
その言葉に智里の心は痛む。
あの頃の呼び方とは違う――それが心を軋ませる。
しかし、確かな一歩を歩み出したのだ。智里は頑張ると誓ったのだ。今まで以上に。
「い、今癒しますから」
ペガサスのヒールウィンドウでハンスとルベーノの傷を癒す智里。
負っていた傷が癒されていくのが分かる。
「現在、大砲内部で調査中です。もう少しだけ踏ん張って下さい」
状況を話しながら、智里は一瞬だけ躊躇する。
続きの言葉を簡単に口にして良いのか分からなかったからだ。
だが、勇気を振り絞って大声で叫ぶ。
「私、精一杯……頑張りますから。絶対に誰も、傷付けさせない為に」
「!」
必死に伝える智里。
その言葉に一瞬ハンスは驚かされる。
そして、R7エクスシアを反転させて敵に向かって雲山を構える。
「そこまで言い切ったのですから、頼りにさせていただきますよ」
「ハッハッハ、悪いがかなり頑張って貰う事になるぜ」
ルベーノもハンスへ続くように敵と交戦を開始する。
もう少し――あと少しだけ大砲を護衛しなければならない。
●
「東方で会ってから、こんなに長い付き合いになるなんて思わなかったけれど。そろそろ終わりにしてあげるわ」
マスティマ『morte anjo』のプラズマキャノン「アークスレイ」で堕天使型を吹き飛ばしながら、マリィア・バルデス(ka5848)は一気に前へと出る。
ブラッドリーと交戦してから既に長い月日が流れていた。
今も何を考えているか分からない相手だ。だが、今日に限ってはブラッドリーの心が揺れている事に気付いていた。
「ええ。終わりにしてあげます。あなたをね」
至近距離からスナイパーライフルを放つエンジェルダスト。
morte anjoはプライマルシフトを使いながら、エンジェルダストに接近を試みる。
「創世の神のいる場でその神が説かぬ定めを説く。偽神扱いされても仕方ないんじゃないかしら」
「その上で、あなたが神を説きますか。では、あなたが神になりますか?」
「必要ならね。なんだってやってあげるわ。
そもそも神に神以上の物を望むばかりのあなたが不敬でしょう?」
「知ったような事を」
エンジェルダストは攻撃端末をmorte anjoへ差し向ける。
morte anjoは数発の被弾。だが、パラドックスは使用しない。
攻撃にパラドックスを回して至近距離からの砲撃に賭ける為だ。
「あなたの神は、あなたに何かしてくれたの?」
「…………!」
マリィアの一言で、ブラッドリーはマリィアに意識を向ける。
それは今までに感じた事のない感情を孕んでいた。
「神は人々を楽園へ誘う為に私を遣わせたのです。楽園へ行く事が唯一の……」
「嘘。きっと、あなたの神は何もしてないでしょ? 楽園へ連れて行くのは神じゃない。ブラッドリー、あなたよ。あなたの神は世界を破壊するだけ。何一つ手を差し伸べていない」
「そうだ。お前の神がやっている事は絆を断つ事だけだ」
マリィアへ追いつくようにロニ・カルディス(ka0551)のマスティマも攻撃に参加する。
ロニもブラッドリーの思想が揺らいでいると考えていた。
神の否定。この世界に神はいない。
何故、今になってそれが揺さぶるのかは分からない。
だが、この戦場で精神的優位に立てる可能性があるのなら、ここを突かない手はない。
「これだけ多くの人を惑わしたお前に、神は何をしてくれた? おそらく何もしていない。ただ、お前が連れてくる人を受け入れるだけ。受け取るばかりで神が何をしてくれた?」
「うるさいですよ……」
マスティマのブライズウィングを射出するロニ。
エンジェルダストの攻撃端末へ対抗する為だ。仲間が少しでも周囲の敵を倒す為には、ここでエンジェルダストを押さえ込まなければならない。
「祈りを捧げた結果、お前の神は何を……」
「その口を閉ざせと言っているのです!」
エンジェルダストはロニのマスティマを力任せに突き押した。
拒絶の感情を交えた一撃。
大したダメージにはなっていないが、ブラッドリーの精神的なダメージを感じ取れる。
(やはり神への念が揺らいでいる? だとしてもこの変わり様は……)
ロニは、心で呟きながらエンジェルダストを静かに見据えていた。
●
「ちょっと……モルッキー。いつまで、漕ぐんだい?」
大砲――ビックマーキャノンの内部でトーチカ・J・ラロッカとその一味は自転車を漕ぎ続けていた。
ビックマーキャノンはQSエンジンを利用してエネルギーをチャージしている。部族会議ではこのチャージを幻獣のキュウソが担っていたが、歪虚のトーチカ達にそのような存在もいない。だからこそ、自分達で自転車を漕いでエネルギーをチャージする必要があったのだ。
「そろそろ、いいはずなのよね……」
「これだけ漕げば、連射できるでおますよな?」
疲れ果てるモルッキーにセルトポは期待の笑みを浮かべる。
――言えない。これだけ漕いでも一発撃つだけのエネルギーしか溜まっていないなんて。
そこへ思わぬ者が現れる。
「来たっすよ、ハニー!」
「ゲーーッ! あんたは!」
ビックマーキャノンに姿を見せたのは、神楽(ka2032)。
トーチカにアプローチを続ける不屈のハンターである。
「汗まみれで自転車を漕ぐ姿もセクシーで可愛いっすね」
「ちょっと、モルッキー! なんでハンターがここにいるんだい!?」
「……あ。入り口の警備を作るのを忘れたわ~」
「何やってんだい、スカポンタン!」
トーチカの蹴りがモルッキーの頭にヒット。
相変わらず天才なのか、馬鹿なのか。きっと限りなく馬鹿に近いのだろう。
「一緒にビックマー様の仇を取るっす! あ、その自転車を漕げばいいっすね」
半ば強引にトーチカから自転車を奪い取ると、神楽は跨がって高速で漕ぎ始める。
漕ぎ始めると同時に神楽は自転車を左右へ大きく振り始める。
「完全自己流のダンシング。貫くっしょ。そして……てっぺん取るっしょ!」
既に一発分のエネルギーはチャージできているのだが、トーチカにとっても神楽に絡まれるぐらいなら黙って焦がせておいた方がいい。
「あー、割りと中はまともだな」
「おお、ここが照準じゃな」
続いてドリスキルとミグがキャノン内部へ入ってくる。
あっさりと奪い取られるトーチカ一味だが、さすがに文句も言いたくなる。
「勝手にその辺をいじってもらっては困るでおます」
「うーむ、なんじゃこの調整は。酷すぎるのじゃ。これでは命中できるはずもないのじゃ」
「……え。そうでおますか?」
「細かい事はこっちでやってやっから、そこの自転車でも漕いでろ」
「わ、分かったでおます」
半ば二人に丸め込まれるセルトポ。
ここで納得する辺りが馬鹿である。
「温度湿度を元に角度調整。いつでも発射OKだ。
狙いはエンジェルダストだが……あのドラグーンが邪魔だな」
照準にアルフォンソが入り込むのがドリスキルは気になっているようだ。
だが、ミグにとってはアルフォンソも些細な事。
この大砲を発射できる事こそ、至福の時間なのだ。
「構わぬ。この大砲で奴もまとめて撃ち落とすのじゃ」
感情を昂ぶらせるミグ。
長く続いた戦いも間もなく――終焉を迎えようとしていた。
●
……。
…………。
…………――。
「神はいるよ。正確には限りなく神に近い存在かな」
「!」
「それも概念的な存在でもないし、お目にかける事もできる」
「その神ならば、あの子達を助けられるのでしょうか?」
「うーん、その子っていうのが分からないけど、可能性はあるんじゃないかな。神がちゃんと記憶していればね」
「……本当でしょうか! 神は、神は本当に御座すのですね?」
「ああ、その神ならいるよ。嘘ついてもしょうがないしね。
ただ、その神はこの世界にはいないんだ。なんていうかな。別の世界にいるんだ。でも、神は間違いなくいる。そしてこの世界を救うために何とかやって来ようと努力してるって所かな」
「分かります。神は神の国に御座すのでしょう? そして、神は私達をいつでも見て下さっているのです」
「……ん? 神の国? 何言っているか分からないけど、とにかく神は別の世界からこの世界を観測しているんだ。その観測データの中にその子達がいれば再び出会う可能性はゼロじゃない」
「やはり神はいらっしゃった。罪を重ねる者に裁きの雷を。神の子を楽園へ誘っていただけるのでしょう?」
「楽園……。そうだ。できれば神の手伝いをしてもらいたいんだ。神の子を楽園へ招待する手伝いをね」
「喜んで。私が仕えるべき神が存在したと分かったのです。お手伝い致します。それが神の為ならば」
「なら決まりだ。一緒に来てよ。会って欲しい人達がいるんだ」
●
一人で戦う事は、簡単ではない。
傷付いても、助けてくれる者はいない。
それは本人が思うよりも早く限界を迎えさせる。
「テルル! 決して大砲に敵を近付けるなっ!」
「分かってる。お前もしっかり背中を守ってくれよ、炎!」
STAR DUSTと背中合わせに愛機カマキリを寄せるテルル。
既に大砲を奪い取ったのは確認済み。南護とテルルが大砲を守り切れば、敵軍に必ず痛撃を与えられるはずだ。
テルルを――仲間を信じる。
それが南護にとって何倍にも力となる。
そう。個々の力は、決して大きくはない。
それは川の流れにも似ている。
「青龍様を愚弄する貴様は、やはり敵だ!」
アルフォンソの突きが繰り出された後、アルから発射される三連射のファイアボール。バレルロールで回避しながら、木綿花はアルフォンソへ肉薄する。大砲へ近付けない為だ。
「その行動が青龍様を愚弄しているとどうして分からないのですか!」
「何ぃ!? それは貴様が……?」
そう言い掛けた瞬間、アルフォンソは大砲の異変に気付く。
明らかに砲身がこちらを向いている。
まさか敵が大砲を発射するのか? ならば、ここから逃れなくては……。
「歪虚に魂を売り渡した時点で、貴様の大義など無意味に等しい。青龍も貴様に振り返る事もない。愚者は敗北と破滅あるのみだ」
地上からコーネリアがR7エクスシア『カラミティ・ホーネット』から降りてヘビーガトリング「イブリス」による斉射を敢行。撃ち落とすのが狙いではない。その宙域に留めるのが狙いだ。そこにいれば、大砲の砲撃が直撃するはずだ。
「馬鹿な、止せ!」
悲痛な声。その間に大砲の砲身にエネルギーが走るのが分かる。
そして、次の瞬間――ビックマーキャノンが咆哮する。
撃ち出されたエネルギーはアルフォンソを貫き、アル諸共力を奪い墜落させる。
「あなたは、もう飛べないでしょう。青龍様の心は、とっくにあなたから離れていたのです」
落下していくアルフォンソを木綿花は寂しそうに見つめていた。
小川は集まり、大河となる。
その大河の流れは少々大きな岩でも押し止められない。
「……!」
エンジェルダストに向けて発射されたエネルギーは、危険を察知した光の盾で防がれる。
だが、そのパワーは完全に防ぐ事はできない。耐えきれなかった攻撃端末は爆発。エンジェルダストの機体を掠め、表面を焼いていく。
「今のは一体……!?」
状況を理解できないまま、パラドックスでダメージを回復するブラッドリー。
だが、この大砲が重要だったのはダメージではない。予想外の方向から強力な砲撃を敢行する事で大きな隙を生じさせる事だった。
「今ですわっ!」
金鹿は一気に間合いを詰めて黒曜封印符を発動する。
対象とされたエンジェルダストの能力を封印。これこそ、金鹿に課せられていた重要な役目である。黒曜封印符でエンジェルダストのパラドックスやプライマルシフトを封じて攻撃機会を到来させたのだ。
その瞬間を待っていたようにキヅカは金鹿の前へ出る。動けない金鹿を守るべく、体を張って守る為だ。
「オレ達も神に縋りたい時もある。けれど……自分の足がある。自分の足で歩いていける。お前にも、足はあるはずだ。ブラッドリー」
無ノ領域・撃で敵の攻撃に備えるキヅカ。
マスティマ特有の能力を封じられ、金鹿を狙いたくてもキヅカが壁となってそれを防ぐ。
更に――。
「何処へ行くんだ……? 天使狩りは悪魔の仕事だろ」
スティルハートで機能指定していたレラージュ・ベナンディが再起動。
それはアニスの、エンジェルダストに対する執念が実らせた行動。だが、このタイミングはエンジェルダストにとって最悪な出来事。
エンジェルダストの後方を塞ぐように壁となる。
握られたラッド・フィエル01で至近距離からエンジェルダストを狙う。
「まだ終われねぇ……テメェを墜とすまでは、終われねぇええええ!!」
アニスはラッド・フィエル01の引き金を引いた。
これに呼吸を合わせるように周囲のハンター達がエンジェルダストに向けて総攻撃を開始する。
「これが、私たちヒトの絆の力ですっ!」
Uiscaは銀雫の背から錬金杖「ヴァイザースタッフ」を翳し、ティストリヤを放つ。宝石の幻影が導き、一直線に閃光を放つ。
苛烈な一撃を前にエンジェルダストは避ける術を持たない。逃げようにもプライマルシフトも使用できなければ、パラドックスで打ち消す事もできない。いや、パラドックスも残り少なかったはずだ。周辺からハンター達がしつこく叩き続けたのだ。エンジェルダストのパラドックスも残りは少なかったに違いない。
「ヒトの力を、絆の力を思い知って下さい」
「絆の力……?」
「信徒と称した方々は、あなたに何かをもらたせてくれましたか? 心を寄せるだけの方が本当にあなたにいらっしゃいましたか?」
Uiscaは銀雫を旋回させ、再びティストリヤによる閃光を叩き込む。
Uiscaの記憶ではブラッドリーには黒い巫女や契約者のドラグーンが存在していた。だが、彼らに絆はあったのか? ただの駒と絆は生まれない。人と人の繋がりがあって、始めて絆は生まれる。
もし、道を誤っても絆があれば正してくれたはずだ。
「…………」
ブラッドリーは沈黙を守る。
こうしている間にも周囲から次々とエンジェルダストへ攻撃が集まる。
右腕は吹き飛び、攻撃端末は次々と撃ち落とされていく。
(最期の瞬間に、あなたは誰かを思い出すのでしょうか? あの神だけが浮かぶのなら、あなたは誰との絆も持っていなかった。それはなんて不幸な人生なのでしょうか)
エンジェルダストの機体が爆ぜる度に、Uiscaの心は何故か暗く沈んでいった。
その川は、絆と同じだ。
個々の力を結びつける絆。
それは、時に信仰をも凌駕する。
誰かが欠けては掴めなかった結果。
その結果が、失われかけた未来を繋ぎ止める――。
様々な方向からエンジェルダストへ攻撃が仕掛けられた後、そこには既に朽ち果てたエンジェルダストの姿があった。
プライマルシフトも封じられた今、包囲網を突破する事は困難だ。
それが分かっているのか、エンジェルダストはその場から動こうとしない。
「死を覚悟したか。ならばさっさと終わらせるぞ」
アルトは歩み出る。
獣となった男の悲劇を、本当の意味でこれで終わらせられる。
ウィガールの機剣「イフテラーム」で流転の炎による連撃を叩き込んでいたアーサーも戦いを同調する。
「時間がねぇ。終わらせるべきだ」
「待ってくれ」
二人を止めたのはGacruxだ。
Gacruxもニダヴェリール陥落時に挑発的なセリフを言われた事は忘れていない。
今までやった過ちを許すつもりは毛頭ない。ただ、ここで終わらせる『幸せ』をブラッドリーに与えて良いのか迷ったのだ。
「このまま邪神が倒される様を見せた方が、ブラッドリーにとって残酷じゃないのか?」
Gacruxも賛否がある意見なのは分かっている。
重要なのは、ブラッドリーがここから殉教を選ぶのか。命乞いするのか。
ブラッドリー自身がどうしたいのかを見定めたいのだ。
「生かして、私が苦しむ様をみて楽しむつもりですか? あなたは神のようだ」
「わう? その言い方だと神はいないみたいですー。ドリーさん、神はいないって気付いた?」
「…………」
アルマの痛烈な一言。ブラッドリーはその一言で押し黙った。
戦いの中でブラッドリーの言動がおかしかった事はGacruxも気付いていた。
もう、ブラッドリーにとって神が何か分からなくなっているのだろう。
「神は……いない……」
「そうですー。あれは人が作ったモノですー。ドリーさん、勘違いしてたです」
「だったら、私はあの時……どうすれば良かったのですか?」
「ドリーさん?」
アルマは首を傾げる。
いつも以上に何を言っているのか分からない。
ただ、ブラッドリーの声色から必死さだけは伝わってくる。
「私は必死に神へ祈りました。
助けて欲しい。救って欲しい。
ですが、求めた神はいなかった。誰も救ってはくれない」
「神に丸投げすれば楽ではあろうだろう。しかし、思考を放棄するのとは別だ。考える事をやめるなど人間にはできないんですよ」
「だったら! あの子達はどうすれば生きられたのですか。あらぬ疑いを掛けられたあの子達を、どうすれば救えたのですか?」
――あの子達。
Gacruxも誰の事を言っているのか分からない。過去に何かがあったのかもしれない。
ただ、Gacruxにかけられる言葉は決まっている。
「自分で考えろ。あんたに人の心があるならば」
「……死ぬ事が運命だった、なんて認めない。あの子達が何をしたのでしょう。あの子達は……」
「認める認めないはお前の勝手だ。だが、他に手立てがあったはずだ」
腕を組んで様子を見守っていたロニ。
信じていたモノが崩れた瞬間――空しさを感じると思ったが、今回は事情が少し異なる。
ただ、その答えを探し求めても、もう手遅れな事は間違いない。
「あなたは歩み方を間違えた」
八島は、ブラッドリーを見つめた。
八島もブラッドリーが何を言っているか分からない。それでもブラッドリーの間違えた選択については少しだけ分かる。
「人は縋る存在として神を生み出した。だが、縋るばかりじゃない。隣を見れば、同じように神へ祈る者達もいたはずだ。
もっと隣を見るべきだった。上ばかり見すぎたんじゃないか?」
ブラッドリーは神に祈り続けて来た。
神が何かを変えてくれる。神がこの苦境を打開してくれる。
本当は神に縋りながらも共に祈る者と苦境を乗り越えるべきだった。
それは同じ境遇を持つ者との『絆』だ。
「道を、間違えたのです。正しい道を教えてくれる人が、いれば……」
アルトの傷を癒しながら、りるかは呟いた。
隣に誰かがいてくれれば。
それがハンターとブラッドリーとの最大の差だ。
「神ではなく、隣を歩んだ者……そうですか。答えは始めから手元にあったのですね」
エンジェルダストで顔が見えないが、この声を聞くだけでブラッドリーが満足したのは理解できた。
だからこそ、キヅカはエンジェルダストに近づいた。
「やっぱり終わらせるべきだ。悪夢だったんだ、今まで」
キヅカはMブレード「ウルスラグナRev7」の持つ手を引くと、エンジェルダストの操縦席に目掛けて突き刺した。
自らを貫かれた剣を見守るブラッドリー。
そこには剣でこじ開けられた箇所から見える太陽の光。
ブラッドリーの瞳へ差し込み、視界をホワイトアウトさせる。
「ああ……見えます……あの子達の顔が……」
「ブラッドリー」
キヅカは、それ以上多くを語らなかった。
それが幻だと指摘する程、野暮ではない。
キヅカが以前、ブラッドリーへ告げた言葉。
信仰と絆、どちらが強いかを示す。
それは裏を返せば人の持つ可能性を示す為の戦いだった。小さな力でも共に戦う事で可能性は何倍も増幅させられる。
――可能性の輝きの形。
それがキヅカの手に握られ、ブラッドリーの悪夢を終わらせた。
●
「エンジェルダスト撃破、通信妨害が回復しました」
本陣にもたらせれる吉報。
それは辺境の窮地を救うものとなった。
指揮官級を撃破したとなれば、歪虚の軍勢も撤退を開始するはずだ。
「これで辺境は救われるザマスね」
恭子の声に、ヴェルナーは答える。
「……そうですね」
その言葉に寂しさが込められている事に恭子は気付いた。
ヴェルナーの視線は、西の方角へと向けられていた。
依頼結果
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質問卓 Gacrux(ka2726) 人間(クリムゾンウェスト)|25才|男性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2019/08/21 14:41:50 |
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相談卓 アニス・テスタロッサ(ka0141) 人間(リアルブルー)|18才|女性|猟撃士(イェーガー) |
最終発言 2019/08/22 05:14:36 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/18 02:07:04 |