ゲスト
(ka0000)
【MN】ムダヅモばかりの人生 海底卓
マスター:のどか

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~4人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/08/23 07:30
- 完成日
- 2019/09/14 02:16
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
そこは深い深い、地下鉄があるよりもずっとずっと下の地面の底。
右も左も、当然地上へも抜け道のないその場所に彼らは住んでいた。
好んでここにいる者はひとりもいない。
皆、借金やなんらかの駆け引きに負けて、この地へと「収容」されているのである。
彼らは日夜、高そうなスーツを着込んだ黒服たちに監視されながら、延々と地下空間の掘削作業を強いられていた。
作業の目的もわからず、いま朝なのか昼なのか夜なのかもわからず。
業務開始と言われれば働き。
食事と言われれば最低限の一汁一菜を胃袋に詰め込む。
刑務所のほうがまだマシ、と言わしめるほどの苦痛の日々がそこでは現実のものだった。
――そんな彼らにも一筋の希望はある。
唯一の娯楽として認められた全自動麻雀卓。
当然、賭け事なんて認められてはいないが、これが置かれているのにも意味があった。
年に一度、収容者全員を対象として開かれる大麻雀大会。
そこで見事優勝の栄冠に輝いた者は、地下へ来る原因となったすべての借金や罪をチャラにし、地上へと返り咲くことが許されるのである。
代償は、とある富豪のお抱えの代打ち雀士となり、様々な賭け麻雀へと挑むこと。
お抱えになればタワーマンションの住居に、毎食望むだけの食事、娯楽、そして不自由のない金が、望むだけ与えられ続ける。
時に命をも賭けなければならない激戦だが、ここで生きることも死ぬこともできず飼いならされるよりはずいぶんとマシだった。
そして今日、今年の大会が決行される。
長きに渡る予選を勝ち抜き、生き残った4名。
そのすべてが王者たる資格を持った、卓と牌の女神に選ばれし者たち。
今、地上行きの栄光をかけた最後の戦いが幕を開けようとしていた。
右も左も、当然地上へも抜け道のないその場所に彼らは住んでいた。
好んでここにいる者はひとりもいない。
皆、借金やなんらかの駆け引きに負けて、この地へと「収容」されているのである。
彼らは日夜、高そうなスーツを着込んだ黒服たちに監視されながら、延々と地下空間の掘削作業を強いられていた。
作業の目的もわからず、いま朝なのか昼なのか夜なのかもわからず。
業務開始と言われれば働き。
食事と言われれば最低限の一汁一菜を胃袋に詰め込む。
刑務所のほうがまだマシ、と言わしめるほどの苦痛の日々がそこでは現実のものだった。
――そんな彼らにも一筋の希望はある。
唯一の娯楽として認められた全自動麻雀卓。
当然、賭け事なんて認められてはいないが、これが置かれているのにも意味があった。
年に一度、収容者全員を対象として開かれる大麻雀大会。
そこで見事優勝の栄冠に輝いた者は、地下へ来る原因となったすべての借金や罪をチャラにし、地上へと返り咲くことが許されるのである。
代償は、とある富豪のお抱えの代打ち雀士となり、様々な賭け麻雀へと挑むこと。
お抱えになればタワーマンションの住居に、毎食望むだけの食事、娯楽、そして不自由のない金が、望むだけ与えられ続ける。
時に命をも賭けなければならない激戦だが、ここで生きることも死ぬこともできず飼いならされるよりはずいぶんとマシだった。
そして今日、今年の大会が決行される。
長きに渡る予選を勝ち抜き、生き残った4名。
そのすべてが王者たる資格を持った、卓と牌の女神に選ばれし者たち。
今、地上行きの栄光をかけた最後の戦いが幕を開けようとしていた。
リプレイ本文
●
コンクリ張りの暗い部屋に、裸電球の光がぼんやりと卓を照らす。
卓の中央からゆっくりとせり出して来た4つの牌の山が、表面の艶めきで輝いているようにも見えた。
「よう、残ったのはおまえたちか。ま、だろうなとは思ったが」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は、半袖の作業着を肩までまくり上げて卓を囲む面子を見渡す。
「改まった挨拶はいらないか。この閉鎖空間じゃ、目立つ者はすぐに名が知れる」
回って来た仮親の賽を振って、エアルドフリス(ka1856)は細く笑んだ。
仮々を振った藤堂研司(ka0569)が、大きな鼻息と共に腕を組む。
「それでも言わせてもらう。俺は藤堂研司。人呼んで一気通貫(イッツー)の研司! 勝つためにここまで来た!」
「人呼んで? あんた、鉄火場の人間かい」
「牌でここまで落ちたなら腕ひとつで返り咲くのが矜持ってもんだ」
尋ねるエアルドフリスに、研司は力こぶをバシバシと叩いて答える。
ボルディアがスレたように鼻を鳴らした。
「その“落ちる”っての、気に食わねぇな。だが、その名前なら聞いたことはある。読みやすいってもっぱらの噂だったが」
研司は言葉に出さず、はにかんだように苦笑する。
それは無言の肯定か。
与太話に興じていると、下家の少女がじれったそうに賽に手を伸ばす。
「ねぇ、初めていい?」
「振れよ。こっちが待ってたくらいだ」
「そう」
少女の細い指が、賽を投じる。
山が切り分けられ、戦いは静かに幕を開けた。
静寂の中で、牌を切る音だけがやけに大きく響く。
「お嬢ちゃんみたいなのがこんなところに居ると思うと、なんだかやるせない気持ちになるな」
研司がため息をつくと、少女――朱鷺戸るみ(kz0060)は野暮ったそうに眉をひそめる。
「感傷に浸ってくれるのは勝手だけど、負けたときそのせいにしないでよね」
「そんなつもりはないよ。ただ――」
言いかけて、研司は言葉の代わりに牌を切る。
確かに彼女の言う通りだ。
下手な考えは判断を鈍らせる。
地上に帰れるのはたった1人だけ――自分にも、帰るための夢がある。
「――ロン」
「おっと」
響いたルミの声に、研司は眉を上げる。
ダブ東のみ手。
ドラは乗らずの3900点。
まだまだ手を作る余裕はあっただろうが、小手調べのような親の一局だ。
山が湧けられ、再び牌が切られる中で、エアルドフリスが小さく息を吐いた。
「感傷は勝手と言っても、まだまだ年端も行かないじゃないか。どうしてこんなところに?」
「人生いろいろでしょ。あなたたちだって、同じくせに」
話を打ち切るように言い放って、彼女は河に牌を滑らせる。
横づけされた壱筒に卓の空気がピリリと張った。
「リーチ」
「速いじゃねぇか」
ボルディアが小さく唸る。
手の早さに正直読めるなんてもんじゃないが、それでも捨て牌を頼りにそれぞれ一発は回避する。
だが何順かの後に、るみはツモった牌ごと手を開いた。
「ツモ――メンタンのドラが1。親の3翻、一本場は2100all」
「つぅ……手堅いな」
苦い表情で研司が点数を渡す。
るみは二本場の表示を放った。
山を切り分けながら、エアルドフリスが横目で彼女を見る。
「あんたも、ただの打ち手じゃなさそうだ」
その言葉に、終始むすっとしていたるみはその日はじめて笑顔を浮かべる。
「良い勘してるね。あたしはもう“天国への扉”への階段を歩き始めてるから」
一局から場を支配しつつある空気の中で、四方から河に流されていく牌たち。
それを払拭するように、エアの落ち着いた声が響く。
「ロン――タンピン。二本場は2600だ」
「ふぅん」
流れのあった親へ直撃の一手。
高くはないが、取られた分に色をつけて取り返すには申し分ない。
「いや、流れを切ってくれて助かったよ」
「そうだと良いが」
大きく息をついた研司に、エアルドフリスはまだどこか座りが悪そうに合わせた。
長かった東一局が済んで、続く東二局。
研司の親は、誰も上がらずにそのまま流れた。
流石に4人とも、ピリピリと互いに警戒をしているようだ。
続く東三局。
ボルディアの親で、研司が動く。
「チー! 参萬はいただく」
牌が開かれ、卓に薄く緊張が走る。
鳴きは手を速める分、何らかの役を射程に捉えたという暗黙の意思表示でもある。
(“イッツーの研司”か……萬子のイッツー、高めで染めも視野か)
下家のボルディアは河と手元とを見比べ、静かに筒子を切る。
下手に地雷原を歩くよりは、アガれずともこのまま流した方がよほどいい。
「ツモ!」
次順、研司の声が高らかに響く。
「ツモ白チャンタ混一! 満貫だ!」
朱入れの萬の字が並んだ手牌を、研司は満足げに見下ろす。
イッツーの研司――それは自分で自分の力に気づいていないころの、戒めの呼び名でしかない。
まだまだ麻雀になれない頃に覚えやすく、見た目も綺麗だからと多用していた一気通貫。
だが場数を踏めば気づくものだ。
あれ、四五六はいっつも鳴いてね――と。
「嫌な気はしていたのだがね」
「本当に欲しいもんは自分で引くしかないもんだ」
手元にある九萬を撫でるエアルドフリスに、研司は歯を見せて笑う。
東ラス、ボルディアの親。
彼女の気配とは裏腹に、粛々と打順が回る。
目立った動きもなく河も後半に差し掛かったころ。
エアルドフリスの手順でのことだ。
(三六両面で三なら高め……悪くない手だな)
固まりかけた手牌に、ツモったドラの七索をそのまま切ろうとしたその時――ぞくりと、手にした牌から嫌な感覚が指、腕、そして背中へと駆け抜ける。
「どうした。早く切れよ」
「ああ……いや」
ボルディアにせっつかれる中で、彼は放りかけた牌を手に戻した。
直感に後押しされるように待ちを切り替えて、別の牌を放る。
ロンの声は上がらない。
結果として安く済ませることになった手もアガれず、流局。
「テンパイだ」
「こっちも」
ボルディアと研司の牌が伏せられる中で、るみとエアルドフリスの手元は開かれる。
彼女の待ちに、エアルドフリスは僅かに唸った。
「気配の元はそちらだったか」
四七索の両面待ち――タンピン三色にドラが1つ。
七索ならドラがもうひとつ乗って跳満の直撃。
「どうにも、今日は冴えたもんでね」
代わりに自分もあがりにくいが――と自虐するように独りごちる。
誰ぞのアタリ牌を“握らされる”のも悪くはないものだ。
それが自分の特異な力だと気づいた時、エアルドフリスはそこに人生の神髄を見た。
一本場はそのまま流れ、東場が終わる。
ここまでトップは唯一3万点を超えるルミ。
2位に3000点差で研司がしがみつき、その下にエアルドフリスとボルディアが互いに僅差で3位4位と続く。
勝負は南場へと差し掛かった。
●
南一局。
るみの親。
東場では速攻を見せた彼女だったが、南入後も存外にゆったりとしたものだった。
さらりと流れて二局目。
親は研司。
「ところで……此処から出たら何をするかね?」
無言で牌が河に流れていく中で、エアルドフリスがそんなことを尋ねる。
研司が腕組み、宙を仰いだ。
「俺はもともと代打ちだから、そんなにやることは変わらないな。ただまあ、カネに不自由しないなら、ついでに夢を叶えさせてもらいたいもんだ」
「夢?」
るみが問い返すと、彼は力強く頷く。
「俺は鉄火場飯を極めたくってね。ほら、雀荘で食うカツ丼ってやたら旨いときあるだろ?」
「雀荘行ったことないんだけど」
「旨いんだこれが。もちろんカツ丼だけじゃなくてさ。それはそんな鉄火場飯を極めて、支える男になりたいんだ! ああ、もちろん、焼き鳥だけは頼まれたって焼かないぜ!」
研司は力こぶを叩きながら、聞かれてもいないのに言い添える。
「飯か。いいね。思えば小腹が空いたもんだ」
エアルドフリスは昼に食べた2本のめざしを思い返す。
「おっと、すまないね。それはロンだ」
と、はたと気づいたところで彼はルミの切った牌を指し示す。
「タンピンドラドラ。30符は7700点」
想定外の直撃にるみの表情が歪む。
「世間話で注意力を散漫にしようって魂胆?」
「まさか。単純に興味があるのさ」
エアルドフリスはしらを切るように笑みながら点を受け取る。
今の直撃で、るみと研司の順位がひっくり返った。
うらめしそうなるみの視線を、エアルドフリスは甘んじて受け入れた。
親はボルディアへと移る。
「そういうあんたはどうなのよ。身のこなしは結構、イイトコの人って感じだけど」
彼女の問いかけに、彼は無精髭を撫でて視線を上げる。
「そんなことはない。もともと孤児でね。むしろ何もないところから始まったくらいだ。これでも上では医者をやっていたんだよ」
「今度はお涙ちょうだいで気を引こうって?」
「好きに捉えてくれたまえ」
乾いた笑いに、るみは半信半疑に次の局を始める。
「だったらどうしてこんなとこに」
興味を持った研司が尋ねると、エアルドフリスはほんのり肩をすくめる。
「お偉いの女に手を出したのはまずかったようだ。思えば、裏にも顔が効くからこそ俺のような人間も雇ってくれたのだろうに」
力もその後悔から身に着いたものだ。
食い物にされるのはもう辟易だ。
「お前、いい匂いがするな。スカした顔してろうが、纏うのは食う側の匂いだ」
「うん?」
ボルディアの言葉に、エアルドフリスは高ぶりかけた感情を抑える。
彼女はまたあの笑みを浮かべていた。
「何もない、なにも生み出せない、クソ垂れるしか能がない。そんな奴は、他人のモノを食らうしかないよな。それは正しい」
「ほう……そういうあんたはなぜここに?」
「上でも、ここでも、大して変わらねぇ。少なくとも、死なねぇ道を選んでここに来た」
掃き溜めに生まれた時点で、その人生観は定まっていた。
これ以上落ちるところもない。
死んだら負けだ。
生きるか死ぬかを問われれば、躊躇なく道端の泥水を啜る。。
「奪って食らう。空腹の中に俺の生がある。だからよ――今が一番、腹へってんだ」
――リーチ。
牙を剥くように、彼女が吠える。
3人は見えている牌から切り進め、退路を探す。
だがやがて安牌は尽きるもの。
この先は、鬱蒼とした森の中を闇雲に駆け抜けるしかない。
後ろから迫るのは狂暴な肉食獣だ。
捕まれば喰らわれる。
だから逃げる。
しかし――その歯牙は、すでに頭上へと迫っていた。
「ロンだ」
「ぐっ……!」
捉えられたのは研司。
ボルディアの言葉が重くのしかかる。
「立直三暗刻」
「なんだ……3翻か」
「いや」
胸をなでおろす研司へ、彼女はドラ表示の山を掴み取る。
「空腹の俺は、骨までしゃぶりつくすぞ」
和了できなければできないだけ、食らうことへの渇望が積もる。
しゃぶりつくす――裏ドラの髄まで。
「裏が乗ってドラドラドラ。6翻――オヤッパネだ」
ボルディアが奪い取った点棒を乱暴にケースへと放る。
迎えるオーラス。
順位は1位が跳満で追い上げたボルディアに塗り替わる。
2位は放銃せずに小刻みに稼いでいたエアルドフリス。
彼に振り込んでしまったるみが3位につけて、オヤッパネの直撃を受けた研司が4位。
トップとドベの点差は約30000点も開いている。
研司の表情にチリチリと焼け付くような焦りが浮かんでいた。
(ひっくり返すにはトップに最低でも倍満直撃か……一筋縄じゃいかないな)
流石に敗北の文字が脳裏を過るものの、配牌を開いてそれは霧へと消える。
大丈夫。
まだヤオ九牌の神に見捨てられていない。
一方でトップのボルディアは危なげなく牌を切る。
2位とは5000点差のため安心はできないが、振り込まず、早い手で仕掛ければいいオーラスだ。
食らったものを手放しなどするか。
しかしその覚悟を横から揺さぶるのは、対面のひと言だった。
「――リーチ!」
るみが仕掛けた。
ザワザワと、張り詰めた空気の中に本能のざわめきが沸き立つ。
「辛いことも、苦しいこともあったけど、一歩ずつ歩んで行ったのよ。たった1度踏み外しただけで、全部失ってたまるもんか……!」
トップイと10000点以上の差でのリーチ。
この手はデカい――誰もが暗に理解できた。
「たった一度の過ちを見返したいのは同じでね。同情はするが勝ちは譲れんよ」
宥めるように語るエアルドフリスの指先が、山から牌を掴む。
壱索――この局面で“引かされた”これが危険であることは、自分の力を思えば明白だった。
(この局面で……もう一度選ばされるか。難儀な力だよ)
彼は自らの力を呪うでもなく、どこか諦めたように瞼を閉じた。
そして次に目を開けた時、握りしめたそれを力強く河へ放る。
(勝ちは譲れん。抱えて和了できないなら、ここは放る)
「ポン!」
「なに?」
研司が叫ぶ。
るみは動かず、エアルドフリスは僅かに動揺する。
読み勝ったのか?
しかし、こぼれるため息は安堵のものではない。
「ひりつくぜ、この場はよ。負け犬ばかりが肉を前に牽制しあう。存外に、悪い心地はしねぇ」
歯をむき出して笑むボルディア。
これでいい。
もともと誰の物でもないからこそ、金も名誉も権力も、寝こそぎ奪いつくす価値がある。
慎重だったエアルドフリスまでも突っ込んだというなら、この勝負、和了しなければ勝てない。
おそらくはこの一巡が勝負だ。
「どうせ喰らうなら上等なモン喰らわせろよ。この一撃を外したら、お前らの負けだ」
放られる牌。
卓に流れる時間が一瞬、止まったようにも感じた。
――ロン!
轟くコール。
それが誰の言葉か。
男か、女か。
ザワつき、焦げ切った脳みそでは、判断することすらできなかった。
ようやく理解できたのは、言葉を発した者が、その手牌を開いた時だった。
「清老頭――イッツーの研司は今日で終わりだ」
それまで――黒服の宣言が小部屋に響く。
張り詰めた空気が一気に解放され、代わりに湿っぽい熱気が部屋を包み込んだ。
「負け……ちゃったか」
るみが裸電球を仰ぐ。
乏しい光に照らされて、頬に零れた涙が光った。
彼女の手――国士無双。
有効牌が被ってでもヤオ九を集めきった研司の麻雀力がそれを上回ったのだ。
「だが、思ったより清々しい気分だよ」
エアルドフリスは憑き物が取れたように語った。
悔しい――そんな感情いつぶりだろうか。
忘れていたのはきっと、勝ちにこだわるという貪欲さだったのかもしれない。
「俺は先に上に行く」
研司が気持ちのいい笑みを浮かべる。
「あんたたちなら次か、その次か……近いうちに上がれるだろ。嫌味じゃなくてさ。そん時は、俺の鉄火場に顔出しな。美味い飯、食わせてやるぜ」
その視線がボルディアを見て、彼女はツンとした様子で鼻を鳴らした。
かくして、地上行きをかけた闘牌は幕を下ろしたのだった――
コンクリ張りの暗い部屋に、裸電球の光がぼんやりと卓を照らす。
卓の中央からゆっくりとせり出して来た4つの牌の山が、表面の艶めきで輝いているようにも見えた。
「よう、残ったのはおまえたちか。ま、だろうなとは思ったが」
ボルディア・コンフラムス(ka0796)は、半袖の作業着を肩までまくり上げて卓を囲む面子を見渡す。
「改まった挨拶はいらないか。この閉鎖空間じゃ、目立つ者はすぐに名が知れる」
回って来た仮親の賽を振って、エアルドフリス(ka1856)は細く笑んだ。
仮々を振った藤堂研司(ka0569)が、大きな鼻息と共に腕を組む。
「それでも言わせてもらう。俺は藤堂研司。人呼んで一気通貫(イッツー)の研司! 勝つためにここまで来た!」
「人呼んで? あんた、鉄火場の人間かい」
「牌でここまで落ちたなら腕ひとつで返り咲くのが矜持ってもんだ」
尋ねるエアルドフリスに、研司は力こぶをバシバシと叩いて答える。
ボルディアがスレたように鼻を鳴らした。
「その“落ちる”っての、気に食わねぇな。だが、その名前なら聞いたことはある。読みやすいってもっぱらの噂だったが」
研司は言葉に出さず、はにかんだように苦笑する。
それは無言の肯定か。
与太話に興じていると、下家の少女がじれったそうに賽に手を伸ばす。
「ねぇ、初めていい?」
「振れよ。こっちが待ってたくらいだ」
「そう」
少女の細い指が、賽を投じる。
山が切り分けられ、戦いは静かに幕を開けた。
静寂の中で、牌を切る音だけがやけに大きく響く。
「お嬢ちゃんみたいなのがこんなところに居ると思うと、なんだかやるせない気持ちになるな」
研司がため息をつくと、少女――朱鷺戸るみ(kz0060)は野暮ったそうに眉をひそめる。
「感傷に浸ってくれるのは勝手だけど、負けたときそのせいにしないでよね」
「そんなつもりはないよ。ただ――」
言いかけて、研司は言葉の代わりに牌を切る。
確かに彼女の言う通りだ。
下手な考えは判断を鈍らせる。
地上に帰れるのはたった1人だけ――自分にも、帰るための夢がある。
「――ロン」
「おっと」
響いたルミの声に、研司は眉を上げる。
ダブ東のみ手。
ドラは乗らずの3900点。
まだまだ手を作る余裕はあっただろうが、小手調べのような親の一局だ。
山が湧けられ、再び牌が切られる中で、エアルドフリスが小さく息を吐いた。
「感傷は勝手と言っても、まだまだ年端も行かないじゃないか。どうしてこんなところに?」
「人生いろいろでしょ。あなたたちだって、同じくせに」
話を打ち切るように言い放って、彼女は河に牌を滑らせる。
横づけされた壱筒に卓の空気がピリリと張った。
「リーチ」
「速いじゃねぇか」
ボルディアが小さく唸る。
手の早さに正直読めるなんてもんじゃないが、それでも捨て牌を頼りにそれぞれ一発は回避する。
だが何順かの後に、るみはツモった牌ごと手を開いた。
「ツモ――メンタンのドラが1。親の3翻、一本場は2100all」
「つぅ……手堅いな」
苦い表情で研司が点数を渡す。
るみは二本場の表示を放った。
山を切り分けながら、エアルドフリスが横目で彼女を見る。
「あんたも、ただの打ち手じゃなさそうだ」
その言葉に、終始むすっとしていたるみはその日はじめて笑顔を浮かべる。
「良い勘してるね。あたしはもう“天国への扉”への階段を歩き始めてるから」
一局から場を支配しつつある空気の中で、四方から河に流されていく牌たち。
それを払拭するように、エアの落ち着いた声が響く。
「ロン――タンピン。二本場は2600だ」
「ふぅん」
流れのあった親へ直撃の一手。
高くはないが、取られた分に色をつけて取り返すには申し分ない。
「いや、流れを切ってくれて助かったよ」
「そうだと良いが」
大きく息をついた研司に、エアルドフリスはまだどこか座りが悪そうに合わせた。
長かった東一局が済んで、続く東二局。
研司の親は、誰も上がらずにそのまま流れた。
流石に4人とも、ピリピリと互いに警戒をしているようだ。
続く東三局。
ボルディアの親で、研司が動く。
「チー! 参萬はいただく」
牌が開かれ、卓に薄く緊張が走る。
鳴きは手を速める分、何らかの役を射程に捉えたという暗黙の意思表示でもある。
(“イッツーの研司”か……萬子のイッツー、高めで染めも視野か)
下家のボルディアは河と手元とを見比べ、静かに筒子を切る。
下手に地雷原を歩くよりは、アガれずともこのまま流した方がよほどいい。
「ツモ!」
次順、研司の声が高らかに響く。
「ツモ白チャンタ混一! 満貫だ!」
朱入れの萬の字が並んだ手牌を、研司は満足げに見下ろす。
イッツーの研司――それは自分で自分の力に気づいていないころの、戒めの呼び名でしかない。
まだまだ麻雀になれない頃に覚えやすく、見た目も綺麗だからと多用していた一気通貫。
だが場数を踏めば気づくものだ。
あれ、四五六はいっつも鳴いてね――と。
「嫌な気はしていたのだがね」
「本当に欲しいもんは自分で引くしかないもんだ」
手元にある九萬を撫でるエアルドフリスに、研司は歯を見せて笑う。
東ラス、ボルディアの親。
彼女の気配とは裏腹に、粛々と打順が回る。
目立った動きもなく河も後半に差し掛かったころ。
エアルドフリスの手順でのことだ。
(三六両面で三なら高め……悪くない手だな)
固まりかけた手牌に、ツモったドラの七索をそのまま切ろうとしたその時――ぞくりと、手にした牌から嫌な感覚が指、腕、そして背中へと駆け抜ける。
「どうした。早く切れよ」
「ああ……いや」
ボルディアにせっつかれる中で、彼は放りかけた牌を手に戻した。
直感に後押しされるように待ちを切り替えて、別の牌を放る。
ロンの声は上がらない。
結果として安く済ませることになった手もアガれず、流局。
「テンパイだ」
「こっちも」
ボルディアと研司の牌が伏せられる中で、るみとエアルドフリスの手元は開かれる。
彼女の待ちに、エアルドフリスは僅かに唸った。
「気配の元はそちらだったか」
四七索の両面待ち――タンピン三色にドラが1つ。
七索ならドラがもうひとつ乗って跳満の直撃。
「どうにも、今日は冴えたもんでね」
代わりに自分もあがりにくいが――と自虐するように独りごちる。
誰ぞのアタリ牌を“握らされる”のも悪くはないものだ。
それが自分の特異な力だと気づいた時、エアルドフリスはそこに人生の神髄を見た。
一本場はそのまま流れ、東場が終わる。
ここまでトップは唯一3万点を超えるルミ。
2位に3000点差で研司がしがみつき、その下にエアルドフリスとボルディアが互いに僅差で3位4位と続く。
勝負は南場へと差し掛かった。
●
南一局。
るみの親。
東場では速攻を見せた彼女だったが、南入後も存外にゆったりとしたものだった。
さらりと流れて二局目。
親は研司。
「ところで……此処から出たら何をするかね?」
無言で牌が河に流れていく中で、エアルドフリスがそんなことを尋ねる。
研司が腕組み、宙を仰いだ。
「俺はもともと代打ちだから、そんなにやることは変わらないな。ただまあ、カネに不自由しないなら、ついでに夢を叶えさせてもらいたいもんだ」
「夢?」
るみが問い返すと、彼は力強く頷く。
「俺は鉄火場飯を極めたくってね。ほら、雀荘で食うカツ丼ってやたら旨いときあるだろ?」
「雀荘行ったことないんだけど」
「旨いんだこれが。もちろんカツ丼だけじゃなくてさ。それはそんな鉄火場飯を極めて、支える男になりたいんだ! ああ、もちろん、焼き鳥だけは頼まれたって焼かないぜ!」
研司は力こぶを叩きながら、聞かれてもいないのに言い添える。
「飯か。いいね。思えば小腹が空いたもんだ」
エアルドフリスは昼に食べた2本のめざしを思い返す。
「おっと、すまないね。それはロンだ」
と、はたと気づいたところで彼はルミの切った牌を指し示す。
「タンピンドラドラ。30符は7700点」
想定外の直撃にるみの表情が歪む。
「世間話で注意力を散漫にしようって魂胆?」
「まさか。単純に興味があるのさ」
エアルドフリスはしらを切るように笑みながら点を受け取る。
今の直撃で、るみと研司の順位がひっくり返った。
うらめしそうなるみの視線を、エアルドフリスは甘んじて受け入れた。
親はボルディアへと移る。
「そういうあんたはどうなのよ。身のこなしは結構、イイトコの人って感じだけど」
彼女の問いかけに、彼は無精髭を撫でて視線を上げる。
「そんなことはない。もともと孤児でね。むしろ何もないところから始まったくらいだ。これでも上では医者をやっていたんだよ」
「今度はお涙ちょうだいで気を引こうって?」
「好きに捉えてくれたまえ」
乾いた笑いに、るみは半信半疑に次の局を始める。
「だったらどうしてこんなとこに」
興味を持った研司が尋ねると、エアルドフリスはほんのり肩をすくめる。
「お偉いの女に手を出したのはまずかったようだ。思えば、裏にも顔が効くからこそ俺のような人間も雇ってくれたのだろうに」
力もその後悔から身に着いたものだ。
食い物にされるのはもう辟易だ。
「お前、いい匂いがするな。スカした顔してろうが、纏うのは食う側の匂いだ」
「うん?」
ボルディアの言葉に、エアルドフリスは高ぶりかけた感情を抑える。
彼女はまたあの笑みを浮かべていた。
「何もない、なにも生み出せない、クソ垂れるしか能がない。そんな奴は、他人のモノを食らうしかないよな。それは正しい」
「ほう……そういうあんたはなぜここに?」
「上でも、ここでも、大して変わらねぇ。少なくとも、死なねぇ道を選んでここに来た」
掃き溜めに生まれた時点で、その人生観は定まっていた。
これ以上落ちるところもない。
死んだら負けだ。
生きるか死ぬかを問われれば、躊躇なく道端の泥水を啜る。。
「奪って食らう。空腹の中に俺の生がある。だからよ――今が一番、腹へってんだ」
――リーチ。
牙を剥くように、彼女が吠える。
3人は見えている牌から切り進め、退路を探す。
だがやがて安牌は尽きるもの。
この先は、鬱蒼とした森の中を闇雲に駆け抜けるしかない。
後ろから迫るのは狂暴な肉食獣だ。
捕まれば喰らわれる。
だから逃げる。
しかし――その歯牙は、すでに頭上へと迫っていた。
「ロンだ」
「ぐっ……!」
捉えられたのは研司。
ボルディアの言葉が重くのしかかる。
「立直三暗刻」
「なんだ……3翻か」
「いや」
胸をなでおろす研司へ、彼女はドラ表示の山を掴み取る。
「空腹の俺は、骨までしゃぶりつくすぞ」
和了できなければできないだけ、食らうことへの渇望が積もる。
しゃぶりつくす――裏ドラの髄まで。
「裏が乗ってドラドラドラ。6翻――オヤッパネだ」
ボルディアが奪い取った点棒を乱暴にケースへと放る。
迎えるオーラス。
順位は1位が跳満で追い上げたボルディアに塗り替わる。
2位は放銃せずに小刻みに稼いでいたエアルドフリス。
彼に振り込んでしまったるみが3位につけて、オヤッパネの直撃を受けた研司が4位。
トップとドベの点差は約30000点も開いている。
研司の表情にチリチリと焼け付くような焦りが浮かんでいた。
(ひっくり返すにはトップに最低でも倍満直撃か……一筋縄じゃいかないな)
流石に敗北の文字が脳裏を過るものの、配牌を開いてそれは霧へと消える。
大丈夫。
まだヤオ九牌の神に見捨てられていない。
一方でトップのボルディアは危なげなく牌を切る。
2位とは5000点差のため安心はできないが、振り込まず、早い手で仕掛ければいいオーラスだ。
食らったものを手放しなどするか。
しかしその覚悟を横から揺さぶるのは、対面のひと言だった。
「――リーチ!」
るみが仕掛けた。
ザワザワと、張り詰めた空気の中に本能のざわめきが沸き立つ。
「辛いことも、苦しいこともあったけど、一歩ずつ歩んで行ったのよ。たった1度踏み外しただけで、全部失ってたまるもんか……!」
トップイと10000点以上の差でのリーチ。
この手はデカい――誰もが暗に理解できた。
「たった一度の過ちを見返したいのは同じでね。同情はするが勝ちは譲れんよ」
宥めるように語るエアルドフリスの指先が、山から牌を掴む。
壱索――この局面で“引かされた”これが危険であることは、自分の力を思えば明白だった。
(この局面で……もう一度選ばされるか。難儀な力だよ)
彼は自らの力を呪うでもなく、どこか諦めたように瞼を閉じた。
そして次に目を開けた時、握りしめたそれを力強く河へ放る。
(勝ちは譲れん。抱えて和了できないなら、ここは放る)
「ポン!」
「なに?」
研司が叫ぶ。
るみは動かず、エアルドフリスは僅かに動揺する。
読み勝ったのか?
しかし、こぼれるため息は安堵のものではない。
「ひりつくぜ、この場はよ。負け犬ばかりが肉を前に牽制しあう。存外に、悪い心地はしねぇ」
歯をむき出して笑むボルディア。
これでいい。
もともと誰の物でもないからこそ、金も名誉も権力も、寝こそぎ奪いつくす価値がある。
慎重だったエアルドフリスまでも突っ込んだというなら、この勝負、和了しなければ勝てない。
おそらくはこの一巡が勝負だ。
「どうせ喰らうなら上等なモン喰らわせろよ。この一撃を外したら、お前らの負けだ」
放られる牌。
卓に流れる時間が一瞬、止まったようにも感じた。
――ロン!
轟くコール。
それが誰の言葉か。
男か、女か。
ザワつき、焦げ切った脳みそでは、判断することすらできなかった。
ようやく理解できたのは、言葉を発した者が、その手牌を開いた時だった。
「清老頭――イッツーの研司は今日で終わりだ」
それまで――黒服の宣言が小部屋に響く。
張り詰めた空気が一気に解放され、代わりに湿っぽい熱気が部屋を包み込んだ。
「負け……ちゃったか」
るみが裸電球を仰ぐ。
乏しい光に照らされて、頬に零れた涙が光った。
彼女の手――国士無双。
有効牌が被ってでもヤオ九を集めきった研司の麻雀力がそれを上回ったのだ。
「だが、思ったより清々しい気分だよ」
エアルドフリスは憑き物が取れたように語った。
悔しい――そんな感情いつぶりだろうか。
忘れていたのはきっと、勝ちにこだわるという貪欲さだったのかもしれない。
「俺は先に上に行く」
研司が気持ちのいい笑みを浮かべる。
「あんたたちなら次か、その次か……近いうちに上がれるだろ。嫌味じゃなくてさ。そん時は、俺の鉄火場に顔出しな。美味い飯、食わせてやるぜ」
その視線がボルディアを見て、彼女はツンとした様子で鼻を鳴らした。
かくして、地上行きをかけた闘牌は幕を下ろしたのだった――
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
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