• 血断

【血断】お逝きなさい そしてお還りなさい

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/08/23 12:00
完成日
2019/08/31 11:10

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

「我々は今回の大規模作戦で戦場となった宇宙空間にて、遺品、遺体の回収を続けている」
 邪神突入が完了し残党を掃討して状況終了となった時点から。
 リアルブルーの宇宙空間であるそこに、月面基地より転移し、帰還時間となるまで作業する。
 オフィスにこの依頼を掲示し、説明する士官の口調は。
 手伝ってもらう必要がある、というよりは。
 やりたければ来てもいいぞ、と言いたげな印象を受けた。
 難儀していることではある。該当宙域はかなり広い。
 が、何にもまして優先しなければならないことではない──今はまだ、激戦による心身の疲労も癒えていないだろうから。
 それでも。
 いや、人によってはだからこそ。
 今すぐに、『あそこに残された彼ら』に報告したいことがあるならば。
 あるいは、あの場に行って思うことがあるならば。
 回収部隊の手伝いとして、あの宙域に連れていくことが出来ると。
 弔いだ。
 彼らを亡霊にしないための。
 狂気たちはきれいさっぱり消えたのだから、あの場の彼らの肉体やマテリアルが歪虚に汚染されることはない?
 ……違う。
 それぞれの記憶の中で、想いの中で彼らを『亡霊』にしないために。
 これまで、大きな闘いの中で。
 為すべきことのために。
 人々はどこか、心の一部を麻痺させてきた。
 だが。それをそのままにしておけば。『彼ら』の記憶が劣化していく。その死を曖昧にしたまま、もはや彼らの実像とは違う何かがそれでも心のどこかにこびりつき続けるだけとなる。
 だから。生者は死者と向かい合う必要がある。折を見て己の中のその存在を整える必要がある。墓に手を合わせ、生前を語り合い。
 だから。
 墓は、遺品は、弔いは必要なのだ──生者のためにも。
 あなたは、そんな、死者との思い出と踏ん切りをつけるための切欠として遺品を待つ者たちのために手伝いにいってもいい。
 あるいは。あなた自身にとって『彼ら』とは何であったかを整理するために参加しても良い。
 激戦の記憶は今は濃密だろう。だがそれでも、時と共に薄れていくものだ。
 ……そうなる前に、向かい合っておきたいなら。

 必要なことではあった。
 それでも我々はこの闘いで、沢山のものを喪ったのだ。

リプレイ本文

「本任務への協力に感謝する」
 名乗り出たハンターたちに士官は形式的に礼を述べた。そうしてから、部下たちに今日はハンターが加わる旨を告げる。そうして、続けて何か言うべき事を……思い付かずに、士官はそこで発言をやめた。
 特別な注意事項がそれにより生じるだろうか。勝手な行動をするな、あるいはさせないように見張れと──勝手な行動とはなんだ? 『感情的に動くな』と、言うのか。この任務で。それは如何にも馬鹿馬鹿しいことに思えた。
 兵士たちは整然と並んでは居るものの、幾つかに冴えない表情は見てとれた。今回の任務に限っては、それを咎めようとも思わない。……勿論、ここで見つけたものの全ての記録と記憶を破棄しろ、などと言うつもりも。
 ……そんな一行の中。兵士たちの列の中には居らず、しかしどの兵士以上に完璧たる直立不動の姿勢の者がいた。綺麗な姿勢だけではない。表情にも一切の感情の揺れを感じさせない、まるで完全な兵士というものを捏ねて造形したらこうなるだろうかという雰囲気で立つ一人のドワーフの女性。
 静かなその表情はその先も一切動かすことはなかった。その視線は皆と同様、戦艦内のモニターが映す星の海にある。その光景が美しい煌めきばかりでは無くなっても。漂うそれらがはっきりと数を増し、形を明らかにしていっても、彼女の表情は眉ひとつ揺るぐことは無かった。
 やがて戦艦は一つの座標に辿り着く。ここをベースにするとだけ告げられ、CAMが、宇宙服がそこから出発していく。散り散りになり活動を始める、その時になって。
 彼女──ミグ・ロマイヤー(ka0665)は。
「生き残ってしもうたのぅ。決して死ぬ気で決戦に赴いたわけではないが、それでも若人たちを差し置いて……までは思うてもみんことじゃわい」
 ポツリ呟いた。
 その声はどこに通されることもなく。宇宙の真空に弾けて消える。

 虚空、と言うにはここには様々なものが漂い過ぎている。
 星々の輝きを背景にして朽ちた機体はより一層哀切を漂わせているようではあった。
 その中を、ミグの魔導型ドミニオン、ハリケーン・バウ・USFCが進んでいく。
 愛機バウシリーズの最初機であるそれは、凝り性である彼女の手によってボルトの1本に至るまでいじりつくされている。彼女がそれを今回旅の供として選んだのは……その付き合いの長さと深さによる取り回しの自在さ故にだった。彼女の戦歴を振り返ればもはやロートルと言えるそれが生身の肉体と思うほどに繊細に作業し、戦場に取り残された機体たちが纏められ回収されていく。その多くが……エクスシアやコンフェッサーといった機体、それも、取り立ててカスタマイズされてはいないようなものというのが、対照的ではあった。
 量産機というものを見下すつもりは無い。そも、多くの者の実用性に応え得るから量産されうるのだ。軍に正式採用されるものならばなおさらだろう。激戦の後、ひしゃげ、穿たれ、千切れて何かしらパーツが欠損した──あるいはパーツだけの──それら一つ一つを、アーマーペンチを巧みに用いて状態を確認し、ワイヤーで纏め上げ、効率的に回収は進められていく。ただ遺品としてではなく、再利用され生まれ変わるなら、それもまた一つの慰めとなるだろう。利用可能そうなものの分類と収納に精を込める。
 そうした中。一つの魔導CAMの前で、彼女は暫く動きを止めた。

 ──ロマイヤー家は帝国軍人の家系だ。
 一族の関係者は多い。ミグの直系のみにしたところで5男4女、さらにその下に孫やひ孫が大勢いる。
 当然と言うべきか、ハンターもいくたりかは輩出しているし、それ以外でも覚醒者、非覚醒者含めれば多数、それぞれの信ずるものとともに対邪神戦に参加していた。そして──これは当然と言うべき結果として──帰らぬものも何人か。
 誰も見ることのなくなった今もなお、彼女から感傷らしいものは伺えない。回収作業は丁寧ながらも、心を込めてというよりは職人が『手が覚えている』というたぐいの半ば自動化されたそれで、むしろ感情は淡白に感じさせた。
 口さがない親族が見ればまた、ほれみろ、あれは身も心も機動に売り渡したスティールハートだと揶揄するだろうか。
 ……実際の所、悲しみははるかな昔に旦那を亡くした時からこちら抱いたことは無いと、彼女自身も己をそう認識している。
 ならば。
 本来であれば最長老として悠々自適の身であろうが──戦場にいる方がいい。それが既に終わった、名残ばかりのものであっても。
 ただ漫然と待ち。中身のない棺桶を前にお悔やみを述べるよりは。
 偵察中未帰還の親族を迎えに行くほうが、己の在り方として順当であり、ましな貢献になるだろうと。
 ……とはいえ、明確に遺族の遺品回収を目的にしてきたのかと言えば、もののついで。見つかればいいだろうという程度の期待で、その他の者たちの事も怠るつもりは無かった。むしろ依頼であることを鑑みれば、そちらが本筋であろうと。
 だから、その魔導CAMを思わず子細に眺めたのは……つい、ではあった。あからさまに、乗り手の意図と個性が組み込まれた手の込んだそれ。
 役割を忘れてじっくりくまなくというほどの時間をかけたわけでもなく。機体のカメラ越しに眺めただけ。彼女はそれでもそこに、十二の指摘すべき点と七つの見どころのある点を見出していた。
「……」
 彼女の口元が動いた。聞く者は居ない。単語──あるいは、名前。
 一つの顔立ちを思い浮かべる。彼女に言わせればまだ若造というそれだった。
 若造だ。
 未熟。
 未完成。
 肉体も、精神も、技術も……彼女の『極まった』それとは違う。まさしく、相対する二つの機体が表すかのように。
 同時にそれは可能性だった。この機体は、乗り手は、これからも何かに変わりゆく余地があった。やはり……彼女とは違って。
 ……もはや意味の無い話ではある。余地は永遠の余白となった。それがどんなものになったかを見ることはもはや、叶わない。
 それが順当なのか、と問われれば。
 彼女はやはり思う。戦争とはそうしたものだ。
 死ぬも。生き残るも。何が妥当であったのかと言えば……ただ、結果が示す通り。そうなったのだから、それこそが成るべくしてなった結果。それ以上の事など無い。
 噛み締めて。
 何が変わるわけでもなかった。
 彼女の表情も、感情も。
 変わらない──とうに枯れはてた涙も、抱えた哀切も。

 虚空、と言うにはここには様々なものが漂い過ぎている。
 無数の残骸と、その空間に横たわる名の付けられない何かが。
 彼女はその中を押し進んでいく。淡々と、作業は続けられていく。



 一つの戦艦──だったもの──の前で、宇宙服姿のヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549)と鞍馬 真(ka5819)は降ろされた。
 まずは甲板に辿り着いたのだが。焼け出され航行不能に陥った後、無数の狂気に集られたのだろうそこは足場にするのも不安があって、浮いた状態を保ったまま漕い進んでいく。
 戦艦の損傷は間近で見るとより鮮明だった。叩かれ歪み、鉄板が剥がれてめくれている。無機質のそれが、亡霊を思わせるかのような様相。
 真は思わず宙を仰ぎ見た。あちこちに、こんな艦がさ迷い漂っている。……いや、そんな景色の中にあっては、己たちの方こそさ迷い出でたようだった。己たちを乗せてやって来た艦。自走し駆動するそれは、この宇宙の中では感じられないはずなのにはっきりと熱を伝えてくる。その存在感は……この冷たく寂しい空間の中ではしかし、逆に異物めいていた。
 ──ああ、沢山、死んだんだね。
 その事を否応なしに思い知らされて。
「……墓場みたいだ」
 思いは知らず、呟きとなって漏れてしまった。
「墓場か。死者の為の場所。ここでは生者こそが異邦。なるほどその様にも見えるのう」
 ヘルメットに内蔵された通信越しに返ってきた言葉に、真は思わずビクリと肩を震わせた。
 余計なことを聞かせてしまった。恐縮し振り向く真に、
「この宇宙服とやらは野暮ったいのぅ。ほんに魔女らしくない衣装じゃて。そうは思わんかの?」
 ヴィルマはそう、おどけて見せた。
「は? いえ、あの……」
 どう反応すれば良いのか分からなかった真がただ間の抜けた声を返すと、ヴィルマはコロコロと笑った。
「しかしそう、言われてみればお誂え向きの場所じゃ。朽ちた地にて、死者と踊るか。如何にも魔女らしき様よ」
 そうしてヴィルマはふわり、身を翻した。呪言を紡ぎ、指先で空に何かを描く。まるでその指先から魔術文字の帯を引くような錯覚を残しながら、捲れた壁から戦艦内を進んでいく。
 漂う遺体に彼女はそっと手を差し伸べた。
「さあ、眠れるものよ。今宵は歌えよ。そなたの想い、この霧の魔女が拾うてやろう」
 ゆっくり、慎重に。抱き抱えるように腕を伸ばして、力なく浮かび漂う遺体の一つを引き寄せる。
 朽ちた遺体 何も語りはしない。唇が渇き切り開きっぱなしの口が動くことはなく。その魂を呼び出し聞き出すような具体的な術を彼女が持ち合わせる訳でも無かった。
 それでも。じぃと、抱き寄せた遺体を覗きこむと、浮かび上がるものはある。
 魔法が始まるのを、確かに、真も見た。
 ここで何が起きたのか。
 彼らが何を思っていたのか。
 その状態、景色から。

 ──固まって倒れるCAMが数機。それが最前線に居たのか。胴体に強く入った一撃が見てとれる。これほど強力、かつ鋭い一撃を加えたのはおそらく堕天使型なのだろう。彼らはそれに居合わせた。
 強大な敵に居合わせたら彼らはどうするのか。極力遠距離から削り取ろうとするが、詰め寄られれば誰かが前に出るより無い。命を使って、僅かな時を稼ぎ、その間に援護を待つか……来なければ、命を捧げ続けながら残りの者に削り続けてもらう。
 彼らの戦いは、そういうものだった。
 ……助かりたい、と、彼らは願っていただろうか。
 それすらも苦しかっただろう。己自身に事態を打開する力が無ければ。己が助かるとは則ち、「強敵が別の者のところに行く」か、「助けが別の場所に行かない」ことを望むのと裏表だ。
 己を犠牲とし誰かが助かるか。
 誰かの犠牲の結果生き残るのか。
 彼らが何かを願うとすればそんな不自由な二択。
 ある者は率先して前に出ることを選び。
 ある者は歯を食いしばって踏みとどまり敵を撃ち続けたのだろう。
 ──……あるいは自らはどちらも選ばず、運命に身を委ねたか。
 そんな戦いをそれでも、しなければ、させなければならなかった。
 全面戦争という選択に、敵の数が、守らなければならないものが多すぎたから。
 彼らが居なければ精鋭のハンターと言えど圧倒的な数の敵に飲み込まれるしかなかったし。
 世界の各地で、誰かを逃がす間すら作れずに完全に為す術が無い者たちがただただ蹂躙されるばかりになると。
 穿たれた身体、撃ち尽くされた銃弾。それらの痕跡は、彼らがどの役目を選び、選ばれようが。ただ必死で己の役割を全うしようという意志が残り香として確かに残っていた。
 ヴィルマは、ここで散っていった者たちと直接共闘したわけではない。それでも……はっきりと、それを感じ取ると。
「そうか、そうか」
 頷き、そっと掌を遺体の顔にかざして瞳を閉じてやる。
 そうして、損傷の激しい身体を崩さぬようゆっくり進んで、一旦それらを安置できるよう準備されたコンテナの中へと降ろした。
 遺体として残らぬほどに焼き滅ぼされ、砕かれた者も居るだろう。何が唯一の遺品になってもおかしくない。周囲の品々も一つ一つ漏らさず確認しては、収納していく。
「……墓場とは言うが、適切でない部分もあるのう」
 呟いたのは、手分けのために真が離れていった後だった。
「……こんな所に漂わせたままでは、おちおちゆっくり眠れぬじゃろ」
 星々の海はあまりにも広大だ。地に足もつかないここでは、不意に波にさらわれて何処までも流されて行きそうで。
 機械を通さねば声も届かないここは……口を閉じて耳を澄ませてみれば、静寂が刺してくる。
 墓とは、静かに眠る場所。
「宇宙では酒も飲めぬでのぅ、そなたらに供えてやれぬが、まあそれは故郷の星に帰った後に誰かが供えてくれるじゃろうて」
 そして、生きてる者が参り、忍びに来る場所だ。
 ならばやはり、思い出を語るに相応しきところへ。
 ──……住み慣れた、星につれて帰ろう。
 霧の魔女は、星の海から彼らの存在を見つけ出し掬い上げる。
 その一つ一つに、祈りと感謝を捧げながら。
 皆、先を往くものに希望を託して散っていった。
 ……彼らなくば、邪神討伐は成されなかった。
 慰めになどならないかもしれないけど、それでも、どうか誇ってほしい。
 そして。
 ……おやすみ。ゆっくりと──おやすみ。



 漂うバックパックの一つに、真はそろそろと両腕を伸ばす。
 激戦の後に真空に晒され続けていたのだ。適当に引っ張れば千々に分解するのではないかと冷や冷やしながら。
 ……こうした細かい品の回収は、CAMや魔導アーマーでは難しいだろう。機体ユニットは持ち合わせない自分は、だからこそこうした作業のためにここに居る意味がある──
 丁寧を言い聞かせながら思い浮かべたそれが。どこか、言い訳じみていることを真は自覚していた。
 逃げて、来たのだ。周囲の戦勝モードが、自分には辛くて。そんな風に、誤魔化すように受け続けている事後依頼の一つだ。
 ……不自然なく、立派なハンターとして振る舞えているだろうか。
 戦艦内の捜索を手分けしたことも違和感を覚えさせる判断ではないはずだ。範囲は広く、一つ一つの作業は慎重を要する。その上で危険は確認されていないのだから、効率化は極力図るべき。そのことを確認してやはり、真はそれでも、完全に一人になったことで少し気を抜くように深く息を吐いていた。
 ヴィルマと同じようにして、コンテナに丁寧に遺品を納めていく。
 CAMの部品を。重火器を。大剣を。
 ……集まる断片の中に、どうしてもちらつく影があった。
 たくさんの者が亡くなった、その中に。
 ──私が以前、直接手に掛けた強化人間の仲間も居るのかな。

 強化人間。
 数多の艱難辛苦を味わってきた真にとってそれでも、その単語の持つ意味はひときわ、苦い。
 きちんと依頼を続けながらも、考え事は止まることが無かった。その者たちの辿って来た運命というものに。
 ……【RH】から【空蒼】、そして【血断】。その中に存在した彼らというピース。
 欧州の戦いで、その残酷なる真実が突き付けられ。
 芽吹いた不信と不安は、やがてリアルブルー全土を巻き込み最悪の形で華開いた。
 ……だが。だからこそ。全世界の者たちが人同士、恨み、疑い合う事のもたらす悲劇を共有したとも言える。
 やはりこうも思うのだ。それが無かったら……決断の結果はすべての人類にどのように受け止めてもらえただろうか、と。
 人々の、いや、前線に出る者だけに限っても、邪神を殲滅する、今問題を根本から解決するというこの選択だったからこそ誰もが納得し、意気揚々と参戦することが出来たのだ──というわけでは、無いだろう。
 きっとどれが選ばれてもやがて人々はそれを受け止めることは出来た──否。結局どの選択も完全に納得など出来るはずも無いものだったのだ。
 だから。『決まったことは決まったこと』。それが人々を纏め上げた想いだろう。もう人類同士争い合って停滞する愚は犯さない。決めたからにはもうそれだけを見て、団結して邁進する……あの戦いを、苦難を経験した者たちだからこそ、そうすることが出来たのだと。
 そして。
 これは討伐という選択、それに限って。
 彼らに下された残酷な結末……寿命が大きく削られる、という事は、どう作用したか。
 自ら死の前に身を晒すか、誰かの犠牲を黙認するか……そんな想いで戦場に出なければならない立場の者たちはどうやって団結した。士気を保った。
 そこに──影響がなかったなどと言えるだろうか。そんな彼らの中に、『どの道もうすぐ死ぬ』者たちがいたという事実は。
 ……ああ、なるほど。
 こうして辿ってみれば、筋道は通っている気がした。
 皆が苦しんできたことは、犠牲は決して、無意味なことにはならなかった。
 この決断、この決着の末に、皆でそれらを結実させたのだ。
 真の戦いも、自らに課して来た役目もこうしてきちんと。
 このために全うしてきたんだ。この道程を辿り、ここに到達するために。
 そうやって整頓して。納得して。

 胸にある蟠りは消えるどころか、ますます存在感を強固にして喉を、胸元を締め付けてくる。

 沢山の人を犠牲にした。
 己の手で犠牲にした。
 選んだのも自分自身。
 経験を積んだハンターとして。守護者として。
 判断し、実行するのは自分でなければいけない。逃げてはいけない。
 他の誰かが嫌な思いをするくらいなら、私が……──
 ……もうずっとそうやって心を麻痺させて。
 そのまま割り切れる程、彼は強くなかった。
 殺したくなかった。助けたかった。死なせたくなかった。
 苦しくて、痛くて、壊れそうな心を、責任感で埋めて誤魔化していただけ、だったのだ。
 ……そして。戦いが終わって、それももう、できなくなってしまった。
 浮かぶ遺体を、見上げていた。
 真を見下ろす形の相貌は濁り、光を宿してはいない。
「ごめん……ごめん、なさい」
 それは掠れるように唇からただ零れていく。
 謝るのは、覚悟して命を散らせた者達への冒涜かもしれないと頭の片隅では自問しながら、それでも謝らずには居られなくて。
 壁伝いに、少しずつ上昇していく。一気に飛んでは止まれなくなる。そっと腕を伸ばし、背中を支えるようにして抱き寄せる。
「……せめて、暖かい場所に、帰ろう」
 もう二度と動くことのない、抜け殻のような肢体の感触。腕の中にあるものはどうしようもなく『失われた』ものであると。それを感じて。
 ──もしも代われるのなら、代わりたかったよ。
 思ってしまう。考えてしまう。
 生き残った者がそんなことを思うのはやはり間違っていると、そう思うのに。

 あとは黙々と作業に従事しながら。
 自覚した胸のつかえは消えてくれることは無かった。
 血の塊がそこに出来ているみたいだった。決して吐き出せない。ただ血の匂いだけが口元にせり上がるような。
 ……全部背負って生きるなんて、もう言えないと、力なく認めた。これ以上自分を誤魔化して生きることはもう、限界だと。
 せめて、と。
 コンテナに運んだ遺体を横たえて。その死に顔をしっかりと見つめた。
 一つ一つの遺品。それらの意味を、最期の意志を可能な限り汲み取ろうとした。
 ……兵士の数が減った、のではない。名前を持つ一人一人が、ここで散った。
 私達の決断が沢山の犠牲を生んだ。
 そのことを、忘れないように生きる……その為に。
 今の自分にできることなんて……その程度しか、ないから。
 それでも……この想いも、いつかは風化してしまうのだろうか。
 甲板から見渡す宇宙は広かった。広すぎた。小さな自分の意識、存在、あっという間に霧散してしまうのではないかと思うほどに。
 顔を上げて視線を向ける。己を吸い込むんじゃないかという果ての無いその先へと。
 そこで不意に、グイと肩を引かれた。
「そちらの首尾はどうじゃ。そろそろこの船からは移動かと思うんじゃがの」
 ヴィルマに言われて、真は我に返った。
「ああ……そうだね」
 やけにタイミングよく感じた呼びかけはしかし。感傷以上のものを見透かされたわけではないだろう、と感じた。
 そのことに。無数の死の中で。
 ……ああ、自分は生かされたんだ、と。
 そんなことを急に、しかし強く意識させられた。
 どうしてなんだろう。
 どうしたら、いいんだろう。
 


「高瀬 康太さんのことを、知っていたら話してもらえませんか」
 道中。士官にそう話しかけたのはメアリ・ロイド(ka6633)だった。士官が思わず眉をひそめた表情を見せると、メアリは付け足すように「私の大事な人です」と言って小さく微笑む。
 士官は短く嘆息して、言った。
「私がそれほど詳しく知る訳では無いよ」
 多数いる部下の一人だ。強化人間という事で意識に乗る存在ではあったが。それ以前からの彼に、特に目をかける程の何かがあったわけでは無いという。
「まあ、兵士としては優等生……というべきか。戦場に於いて正しく歯車だった」
 報告から受ける印象としてはそんなものだという。彼が優秀というより、彼を通じて、日本の軍学校というものの性質、ある種の優秀さを感じる、そんな存在だったと。
 軍とは徹底した集団行動の場だ。個人で能力を磨けばいいのではなく周囲と綺麗に合わせて動く。そうした感覚を理屈ではなく習慣レベルで内在させるために規律で徹底管理する。
 時にそれ単体では理不尽や嫌がらせとも思えるルールにはしかし歯車として滞ることなく、ズレることもなく動くには先んじて何を見てどう行動指針を立てるべきなのかその感覚を知らぬうちに身に着けさせるものだ。
 歯車の回転数は平素より徹底的に調整しておくもの。司令官というものは実行の際にはただ螺子を巻くだけだ。そうした人材を育て上げることに、日本の軍学校というものはまあ良くできているのだろう。そして、如何にもそんなところで育った人材。
「おそらく入隊以前から身についていた物なのだろうとは感じたね。行き過ぎていた点もあった。軍人としての厳しさを他人にも求めすぎる」
「家系的に軍人だったと聞きました」
 メアリの言葉に、士官は頷いた。重ねられる言葉の一つ一つに、懐かしむように視線を遠く、優しく緩めるメアリに士官はやはり、どこか嘆かわしいと言いたげな表情を浮かべていた。
「死者について語り合うのは、その姿を正しく留めておくためだ。過度に美化し、己を縛りすぎることもあるまいよ」
 その年齢で、とは、直接は言わずに含めるに留めたが。
「そんなことは無いですよ」
 きっぱりというメアリに、しかし士官はゆっくりと首を横に振り、それからメアリに、一際強い視線を向けて、告げた。
「君の事は彼から話を聞いていたよ。言付かっていることも、ある」
「……!」
 身を乗り出さん位の勢いでメアリは士官に向き直った。その士官の表情は、硬い。
「──『形に残るような物を彼女に遺すつもりはありません。それはいつか、彼女の人生に邪魔になるべきものだ』」
 ……。
 一拍置いて。
 何なのかもわからない吐息が、ただただ零れた。
「無理に『優しさ』などと捉える必要は無いのではないかね。ただ、現実的に言えば……彼がそう残した以上、君が権利を主張するのは難しい。血縁でも、姻族でもないのだから」
 士官の言葉は淡白だ。そこに何かを覆い隠そうとするように。
「思うよりも。死者の相手をし続けるというのはしんどいよ。意見を違えたらどれほど文句があってもそれをすり合わせることはもう……叶わない」
 忠告は。経験談だった。
 彼が背負っただろう幾多の死の中で。問いただしたいことはあった。結局、己の末路を見て自分の決断をどう思う。……今のこの、勝利を掴んだ世界に何を想うのか。
 極力生前の姿を思い浮かべ、どう答えるだろうかその実像を結ぼうとしても……結局、虚しさばかりが募る。想像は所詮想像であるという事実を越えてはくれなかった。
「彼が君に一方的に残した仕打ちは残酷だとは思うがね。しかし……一生の長さを思えば今軽々しく己を縛ることも無いという点に……同意は出来る」
 そこまで言って。ようやくという風に士官は深く溜息をついた。
 メアリは。
「……有難うございます。でも、大丈夫です。彼のお話も、ありがとうございました」
 やはり微笑のままそう言って、頭を下げた。

 そうして彼女もまた、星の海を渡り存在の証を拾い集めに行く。
 あの時と同じサンダルフォンに乗って。
 孤独な宇宙に光の尾を引きながら、漂う、やはり主にCAMを集めていきながら。
 広い宇宙を捜索する皆と違い彼女の機体は明確に、一つの場所を目指しながら作業を進めていて。それを、誰も咎めることはできなかった。
 そうしてやがて、彼女は辿り着く。
 あの日彼をおいて……先へと進んだ場所へと。また、戻ってくる。
 あの日と変わらない光景のまま。あの日と変わらない姿のまま。彼はそこに居ると──思った。
 違った。
 あの時戦艦はまだ戦火の熱気をともしていた。
 あの時の彼は生命の最期の輝きを放っていた。
 静かな。暗い宇宙で。焦燥に駆り立てられることもなくじっくりと立つこの空間は……こんなに、こんなに、寂しくて、虚ろなのか。
 彼も。そのままの姿であるはずが無かった。こけて窪んだ、何も宿さぬ虚ろな姿──
 その姿を認めたのは一瞬の事で。直後、すべての周りの景色ごとぐにゃりと歪んでいく。
 頬を冷たいものが伝っていく。とめどなく。とめどなく。
 だけどお陰で。ぼやけて霞んでしか見えない視界を元に脳裏が像として映し出すのは、かつての彼の変わりない姿だった。
「ただいま。やっと邪神を倒してきました」
 手を伸ばすことが出来た。宇宙服越しにだけど、抱きしめることが。無重力なのもあって、酷く軽い。
「遅い誕生日プレゼントになってしまいましたが、取り戻しましたよ。私に抱え上げられるのとか、康太さん怒りそうですけど……ちゃんと連れて帰るので我慢して下さいね」
 ほら、リアルブルーが滲んだ視界の向こうで輝いている。
 邪神の姿はもう綺麗になくなったから、良く見える。
 貴方の魂はこの光景をここでずっと見ていただろうか。……それじゃあ、帰りましょうか。
 それきりもう声も出せないほど、涙を流し続けた。
(この間は上手く笑って看取れたのにな)
 でも、だから今。誰も居ないこの場所で、流せる涙は全部流してしまおう。そう思った。
 日本では遺体を火葬をするのだったか、……その時はもう泣かなくて済みそうだ、と。
 ここに身体はあっても、もういない。
 もしかしたら魂は居るのかもしれないけれど、それもじきにあの世へ向かうのだろう。
(……泣いてるからって怒らないで下さいね)
 もしかして。泣いていたら、優しい彼はまだ傍でこちらを見ているかもしれない、そう思って……心の中で釈明しておく。
 ──今泣かないと、ずっと泣けなくなりそうだから泣いているんです。
 だからもう少し。
 もう少しだけ。
 そうしたらきっと、寂しがらずにまた、歩き出せそうだから。
 幸せに生きるって、まだ全然わからないけど。立ち止まらずに、前を向いて歩いて行くから。
 貴方との思い出は私の中に確かに生き続けてるから。
 ……今は寂しくて、悲しくて涙が出るけれど。
 嗚咽すら響かぬ静寂。
 ただ静かに煌き続ける星々の中。
 康太の遺体を納めるその時まで、メアリの視界は滲み続けたままだった。
 ……その時まで。抱きしめた身体は。何の反応も、音も、返すことは無かった。



 静かな。静かな世界の中。
 想いが、欠片が、拾い集められていく。
 彼らは還るのだ。
 宇宙の孤独の中に取り残されていては戻れない場所。
 生き続ける者の想いの中。守りたかった世界、守り切った大切な人たちのところへ。
 永遠に止まってしまった彼らは、そうして残ったものを動かす。
 ──……彼らは、還る。
 帰るべき場所。暖かい場所へ。その想いによって、還されていく。

依頼結果

依頼成功度成功
面白かった! 4
ポイントがありませんので、拍手できません

現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!

MVP一覧

重体一覧

参加者一覧

  • 伝説の砲撃機乗り
    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    ハリケーンバウユーエスエフシー
    ハリケーン・バウ・USFC(ka0665unit002
    ユニット|CAM
  • 其の霧に、籠め給ひしは
    ヴィルマ・レーヴェシュタイン(ka2549
    人間(紅)|23才|女性|魔術師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    サンダルフォン
    サンダルフォン(ka6633unit001
    ユニット|CAM

サポート一覧

マテリアルリンク参加者一覧

依頼相談掲示板
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/08/20 00:48:17