ゲスト
(ka0000)
寂寞の女
マスター:DoLLer

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/08/31 19:00
- 完成日
- 2019/09/13 10:33
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
暑さをやわぐ木漏れ日の光をアミィは眺めていた。
「おーい、アミィ」
森の管理者たる一人、ギムレットの声が大きく響くも、アミィは身体ひとつ、表情一つだけ動かしギムレットの顔を見た。ただ、ただ。ぼんやり。包帯だらけの顔から覗く双眸で見つめるのみだ。呼ばれてうるさいとか、何かしらと期待するとか、思案するとか、そんな感情は見当たらない。
それを遠くから見て、ギムレットはため息をついて、横にたたずむアガスティア。彼女の受け入れを決めたもう一人の管理人の顔を見た。
「……森が癒しになるってのはさ。そりゃ事実だ。マテリアルの宝庫だからな。エルフに至っては数百年の存命も可能にする不老長寿の源泉だ。だがよ……無理あるんじゃねぇかなぁ。感情と意志を回復させるってのは」
「ギムレットは怖がりですね」
アミィの体は包帯だらけで、服と包帯で隠された以外の部分にも銃創などで作られた裂傷が見え隠れする。滑らかな肌、そこそこに引き締まった体つき、魅惑的な瞳はきっとそれらがなければとても輝いて、多くの人々を魅了していたに違いない。だが今は。
ぼんやりとしたまま動かないアミィの元に足を運んだアガスティアはそっと横に座り、それから顔を軽くのぞき込んだ。するとアミィも顔をこちらを向けた。
光のない顔。
表情は一つも動かさず、それは人形のようであった。
「アミィ。森での生活はどうですか」
「あ…… ……ぁ。あー」
彼女は音を垂れ流すようにして、アガスティアの言葉に反応した。言葉を理解しているのかすらわからないが、それでも名前を呼べば反応する認識と知性、相手に顔を向けるという注意力の指向性などはある。決してすべてが空っぽになったわけではない
アミィにそんなものを感じながら、アガスティアは穏やかに尋ね返すと、アミィは静かになった。
「光の森は今とても成長が豊かで、マテリアルの勢いも強い森です。一度失われた森なので今まで人の手をたくさんお借りすることがありました。成長した今はそのマテリアルを人々にお返しする番だと、感じています。ご不便をかけますが、きっと貴女に笑顔を取り戻せる一助になると考えています」
それについてはアミィは答えなかったが、アガスティアはそれも善しとして、軽く背中をさすると「お腹がすいたらお出で下さい」とだけ声をかけて立ち上がった。
アミィはそれについても応えず、またぼんやりとアガスティアを見送った。
自分がその後どうすればいいのかわからず、取り残される子供のように。または未来に進む人間に置き去りにされ過去に縛られる虜囚のように。
「……戦争ってのは本当にやだね。ちょっと昔の自分たちの顔、道筋を誤った自分のもう一つの未来にみえちまう」
「精神はどうあれ、肉体は生きようとする。何かを成し遂げたいと思う。そのための絞り出すマテリアルを彼女は感情という場所から取り出したでしょう」
絶対に。何があっても。守るものがあったからこそ。彼女が支払ったものが今の状態だ。
彼女は泣かない、笑わない。楽しいとも不快とも思わない。意味のある単語も浮かべる事ができない。
自分がそうまでして何を守りたかったのかも、感情という記憶の維持装置がない以上、時期に忘れてしまうだろう。生きている喜びも悲しみも、今の彼女にとっては対岸の火事の出来事。それが……人間の感情と欲望を駆使して生きてきた存在だったとしても。
「森はきっと助けてくれます。私達がそうであったように。この森に託された想いがそうであるように」
アガスティアの言葉に、ギムレットは頷いたあと、アミィにもう一度振り返った。
だが、きっかけがないと彼女の感情が戻ることは無いだろうし、この場所にそのきっかけを作るに至るにはまだまだ時間がかかることだろうとギムレットは考えていた。
●
何かできることはないだろうか。
「あるとも。可能性は常に探究すべきだ。人は積み重ねて歴史を作り、人は歩み続けて成長をする。人類が歴史を重ねて歩んだこの1000年の積み重ねの上にはあらゆる悩みと苦しみと、それに対抗する手段の模索がある」
森を訪れた老人はそんなアミィを見てそう言った。
老人は旅の錬金術師だと言っていたが、一滴の栄養剤で、一本の樹木を病気からすくったのを見せたところをみるに、口だけの詐欺師ではないことを示していた。
「具体的にどうやって?」
「感情も極微細なマテリアルの流れであり、それを処理する脳にマテリアルが反応して感情が想起されると仮定できる。戦災で感情が欠落したというのは、そこに使われるマテリアルを別の事に使った結果、回路が壊れたと考えたまえ。回路の異常によって不具合が起こる機器はどのようにして直すかね?」
「回路の修正、もしくは交換だよな。だがあいつの脳を交換しろってのは俺は御免だぞ」
「では森が癒してくれる可能性を信じるのは、今の仮説に合わせるとどのように考えるかね」
一度は難色を示したギムレットも続く言葉に、考えを改めた。
「潤沢なマテリアルを流し続けることで、脳の回復機能……新しい回路、道筋を作ってくれることを期待する、かな」
「正解だ。マテリアルを主に脳へと届ける薬、それからイベントで感情発露の機会を作る。二つの事ができれば、彼女は感情を取り戻すだろう」
その言葉にギムレットもアガスティアもしばらく言葉を反芻するしかなかった。
この男の物静かながら、自信に満ちた物言い、そしてそれを裏打ちするアイデア。
「あんた……何者だ?」
「旅の錬金術師だよ。もう長い事、こんな絶望と戦い続けている、卑小で、諦めの悪い、ね」
老人は微笑むと懐からカートリッジを渡した。中には黄金色の液体が入っているのが見え、潤沢なマテリアルがあることを感じさせた。
「薬だ。ただほんの少し、加減には気を付けた方がいい。足りなければ効果はなく、少しでもオーバーすれば、脳神経は今度こそ焼けちぎれる。頻度が足りなければすぐに戻り、過度に使用すれば人格が破綻する」
手渡されたギムレットはその一言に、受け取った手を震えさせた。
「その匙加減をやれというのか。劇薬もいいところだな」
「そうだ。それに至るまで、何人も廃人にしてきた。まだ完成でもない。その女に合うかどうかもわからない。だが、それは彼女を知っている人間でしか加減できないことだ」
震えるギムレットに、老人はまったく意に介した様子もなく言葉を続けた。
「救うとは、そういう事だ」
老人の言葉は重たく、そしてギムレットはそれを理解する程度の知識は持ち合わせていたが、覚悟はまだなかった。
「責任が持てないかね。それならハンターに声をかければいい。救済のボタン、または死刑執行のボタンを一緒に押してくれる。責任感は少し低減するだろう」
老人は静かにそう提案し、ギムレットはそれを受け入れた。
アミィはぼんやりとただ、それを見つめていた。
「あー……」
「おーい、アミィ」
森の管理者たる一人、ギムレットの声が大きく響くも、アミィは身体ひとつ、表情一つだけ動かしギムレットの顔を見た。ただ、ただ。ぼんやり。包帯だらけの顔から覗く双眸で見つめるのみだ。呼ばれてうるさいとか、何かしらと期待するとか、思案するとか、そんな感情は見当たらない。
それを遠くから見て、ギムレットはため息をついて、横にたたずむアガスティア。彼女の受け入れを決めたもう一人の管理人の顔を見た。
「……森が癒しになるってのはさ。そりゃ事実だ。マテリアルの宝庫だからな。エルフに至っては数百年の存命も可能にする不老長寿の源泉だ。だがよ……無理あるんじゃねぇかなぁ。感情と意志を回復させるってのは」
「ギムレットは怖がりですね」
アミィの体は包帯だらけで、服と包帯で隠された以外の部分にも銃創などで作られた裂傷が見え隠れする。滑らかな肌、そこそこに引き締まった体つき、魅惑的な瞳はきっとそれらがなければとても輝いて、多くの人々を魅了していたに違いない。だが今は。
ぼんやりとしたまま動かないアミィの元に足を運んだアガスティアはそっと横に座り、それから顔を軽くのぞき込んだ。するとアミィも顔をこちらを向けた。
光のない顔。
表情は一つも動かさず、それは人形のようであった。
「アミィ。森での生活はどうですか」
「あ…… ……ぁ。あー」
彼女は音を垂れ流すようにして、アガスティアの言葉に反応した。言葉を理解しているのかすらわからないが、それでも名前を呼べば反応する認識と知性、相手に顔を向けるという注意力の指向性などはある。決してすべてが空っぽになったわけではない
アミィにそんなものを感じながら、アガスティアは穏やかに尋ね返すと、アミィは静かになった。
「光の森は今とても成長が豊かで、マテリアルの勢いも強い森です。一度失われた森なので今まで人の手をたくさんお借りすることがありました。成長した今はそのマテリアルを人々にお返しする番だと、感じています。ご不便をかけますが、きっと貴女に笑顔を取り戻せる一助になると考えています」
それについてはアミィは答えなかったが、アガスティアはそれも善しとして、軽く背中をさすると「お腹がすいたらお出で下さい」とだけ声をかけて立ち上がった。
アミィはそれについても応えず、またぼんやりとアガスティアを見送った。
自分がその後どうすればいいのかわからず、取り残される子供のように。または未来に進む人間に置き去りにされ過去に縛られる虜囚のように。
「……戦争ってのは本当にやだね。ちょっと昔の自分たちの顔、道筋を誤った自分のもう一つの未来にみえちまう」
「精神はどうあれ、肉体は生きようとする。何かを成し遂げたいと思う。そのための絞り出すマテリアルを彼女は感情という場所から取り出したでしょう」
絶対に。何があっても。守るものがあったからこそ。彼女が支払ったものが今の状態だ。
彼女は泣かない、笑わない。楽しいとも不快とも思わない。意味のある単語も浮かべる事ができない。
自分がそうまでして何を守りたかったのかも、感情という記憶の維持装置がない以上、時期に忘れてしまうだろう。生きている喜びも悲しみも、今の彼女にとっては対岸の火事の出来事。それが……人間の感情と欲望を駆使して生きてきた存在だったとしても。
「森はきっと助けてくれます。私達がそうであったように。この森に託された想いがそうであるように」
アガスティアの言葉に、ギムレットは頷いたあと、アミィにもう一度振り返った。
だが、きっかけがないと彼女の感情が戻ることは無いだろうし、この場所にそのきっかけを作るに至るにはまだまだ時間がかかることだろうとギムレットは考えていた。
●
何かできることはないだろうか。
「あるとも。可能性は常に探究すべきだ。人は積み重ねて歴史を作り、人は歩み続けて成長をする。人類が歴史を重ねて歩んだこの1000年の積み重ねの上にはあらゆる悩みと苦しみと、それに対抗する手段の模索がある」
森を訪れた老人はそんなアミィを見てそう言った。
老人は旅の錬金術師だと言っていたが、一滴の栄養剤で、一本の樹木を病気からすくったのを見せたところをみるに、口だけの詐欺師ではないことを示していた。
「具体的にどうやって?」
「感情も極微細なマテリアルの流れであり、それを処理する脳にマテリアルが反応して感情が想起されると仮定できる。戦災で感情が欠落したというのは、そこに使われるマテリアルを別の事に使った結果、回路が壊れたと考えたまえ。回路の異常によって不具合が起こる機器はどのようにして直すかね?」
「回路の修正、もしくは交換だよな。だがあいつの脳を交換しろってのは俺は御免だぞ」
「では森が癒してくれる可能性を信じるのは、今の仮説に合わせるとどのように考えるかね」
一度は難色を示したギムレットも続く言葉に、考えを改めた。
「潤沢なマテリアルを流し続けることで、脳の回復機能……新しい回路、道筋を作ってくれることを期待する、かな」
「正解だ。マテリアルを主に脳へと届ける薬、それからイベントで感情発露の機会を作る。二つの事ができれば、彼女は感情を取り戻すだろう」
その言葉にギムレットもアガスティアもしばらく言葉を反芻するしかなかった。
この男の物静かながら、自信に満ちた物言い、そしてそれを裏打ちするアイデア。
「あんた……何者だ?」
「旅の錬金術師だよ。もう長い事、こんな絶望と戦い続けている、卑小で、諦めの悪い、ね」
老人は微笑むと懐からカートリッジを渡した。中には黄金色の液体が入っているのが見え、潤沢なマテリアルがあることを感じさせた。
「薬だ。ただほんの少し、加減には気を付けた方がいい。足りなければ効果はなく、少しでもオーバーすれば、脳神経は今度こそ焼けちぎれる。頻度が足りなければすぐに戻り、過度に使用すれば人格が破綻する」
手渡されたギムレットはその一言に、受け取った手を震えさせた。
「その匙加減をやれというのか。劇薬もいいところだな」
「そうだ。それに至るまで、何人も廃人にしてきた。まだ完成でもない。その女に合うかどうかもわからない。だが、それは彼女を知っている人間でしか加減できないことだ」
震えるギムレットに、老人はまったく意に介した様子もなく言葉を続けた。
「救うとは、そういう事だ」
老人の言葉は重たく、そしてギムレットはそれを理解する程度の知識は持ち合わせていたが、覚悟はまだなかった。
「責任が持てないかね。それならハンターに声をかければいい。救済のボタン、または死刑執行のボタンを一緒に押してくれる。責任感は少し低減するだろう」
老人は静かにそう提案し、ギムレットはそれを受け入れた。
アミィはぼんやりとただ、それを見つめていた。
「あー……」
リプレイ本文
エアルドフリス(ka1856)はしばらく言葉が出なかった。
アミィは彩度の高いカラーインクのようだった。雨として全てを濡らし、流れゆくことを伝えるエアルドフリスでも、彼女のきつい色合いは雨に濡れれば濡れるほど、地面を汚していく。それがまた癇に障って、さてどうしてやろうかと思案してばかりだった。
それがどうだ。化粧をなくし、手櫛で直した程度の髪、半開きの口、茫洋とした目は、エアルドフリスの雨にかかれば、すぐに崩れ去りそうなほどに色褪せて、脆さを感じさせた。
「これがアミィだって?」
「ちょっと疲れてるだけっすよ。寝ぼけてるだけっす」
神楽(ka2032)は笑っていった。エアルドフリスが今までどれだけアミィに煮え湯を飲まされてきたか、それは自分も同じように体験したのだから知っている。そしてそれが彼女らしいのだ。
今の彼女はそう。ちょっと、疲れているだけ。
「すぐに、すぐに……元に戻るっす」
「ああ、すぐに治る。私の患者だからね」
震えを我慢してか細く強がる神楽の声を聞いて、エアルドフリスは頷いた。
目の前にいるのは患者だ。全力を尽くす相手であり、そして成り行きを見守らなくてはならない相手だ。
●
「これは……一種の麻薬です」
老人の提供した薬をの材料を確認したユメリア(ka7010)はエアルドフリスにそっと耳打ちする。
「薬は過ぎれば毒となる。そういうものもあるものだ。だが、確認してくれたのはありがたい。それなら閾値も、使用法もおおよそ判別がつく。後はどの程度の代物なのかということだが……」
「俺、試してみるっすから、反応見てほしいっす」
神楽(ka2032)が迷わず挙手する。その目や態度をしばしエアルドフリスは観察して、ふむ。と呟いた。
「ユメリアの指摘が正しいなら一滴でも人間を狂わせるに十分な代物だ。水で薄めて服用した方がいい。徐々に濃度を上げていく。心的変化があれば報告したまえよ」
「わかったっす」
濃度についてやりとりを始めるエアルドフリスを横に、神楽は片膝をついてぼんやりとしたままのアミィに、その目線を合わせる。
「今度は俺が命を賭ける番っす」
「……ぁ」
アミィは小さく嗚咽を漏らすと、今まで自発的な動きは何一つできなかったのに、弱々しく神楽の袖を掴んだ。
それだけで彼女の気持ちは痛いほど伝わってくる。
エアルドフリスはそれをじっと見つめていた。
「大丈夫よ。アミィ。どこにもいかない。行かせない」
高瀬 未悠(ka3199)が優しくアミィを抱きしめて、指が外れる瞬間にも。
●
「ところで、ギムレットさん……あの。お手紙の結果、いかがでした?」
ルナ・レンフィールド(ka1565)はこっそりと以前にもらった手紙の件について尋ねるとギムレットは親指をぐっと立てた。
「おめでとうございます!!」
「ははは、今回がその結果というか初の共同作業っていうのかな。ただ広がるだけじゃなくて、命を助けられる森でありたい、とね」
森は前に見た時よりもずっと裾野を広げて、植生も増え、木々の密度も増して様変わりをしていたが、温かな何かに触れるような感覚は昔と変わらなかった。
ここは一つの世界なんだ。音が縒り合わさって曲となるように。今も昔も同じ音色を奏で続けている。
「うん、この森でなら、それからこの子なら……きっと響き合う」
ルナはこの森からいただいた樹で作られたリュートを抱きしめて、その温かみを、その清冽な空気を胸にため込む。森の中にたゆたうマテリアルは五線譜の流れのように。そしてアミィの姿を思い浮かべると音色が、そう。
曲が流れ出てくる。
本当にイメージしていた音色が現実の耳にふと触れて、ルナははっと目を開けた。
「この森の風は、豊かですわね。ルナさんでなくとも音色を感じてしまいそうですわ」
歌は音羽 美沙樹(ka4757)のものだった。キノコを摘んで小さな木樽に入れながら、ルナが頭の中で感じていた曲を鼻歌にして紡いでいく。陽気で、どことなくのびやか音色。
「その曲、アミィさんが唄っていた……知ってるんですか」
「もうずっと一緒ですもの。神楽さんと同じくらい付き合いは長いのですわよ。それに……」
美沙樹はくすりと笑うと小刀を器用に操り、木樽に入れたキノコを次々と処理しながら、その歌の続きを紡いでいく。
「デジャヴというのかしら。どこかで聴いたことのある歌ですの」
アミィが歩く姿も、笑う顔も、ふと時々、遠い記憶を、夢の世界を刺激して、緩やかな大河の流れのある街並みの中、赤い屋根の酒場で彼女が笑っている姿が、その彼女が鼻歌で歌って歩いているのを見た気がするのだ。
「深い絆なんですね」
もしかしたら、私もそう思うことがあるのかな。
だとしたら、どこかでこの森で奏でたあのメロディが思い出せるといいなとルナは思いながら、まずは目の前のことと改めて気持ちを切り替えた。
「あの、もしよかったら、そのまま聴かせてもらっていいですか。その曲、覚えたらきっと、アミィさんを救う手だてになると思うんです」
「ええ、私に出来ることでよければ」
●
「神楽、気を付けてね」
未悠がレジストをかけてそう言うと、神楽は頷いて、老人から渡されたカートリッジの中から一滴、黄金の液体を水の張ったコップに溶け込ませた。液体は蛍光色がゆらめくようにして水の中を踊ると、徐々に薄まって見えなくなっていく。
「それじゃ行くっす」
それをまず警戒して、ちみりと舌で舐めとるようにして口にしたその瞬間。
森の景色が輝いた。
「お、おぉ……?」
森が眩しく見える。木の葉の擦り合う音が音楽のように聞こえる。
「瞳孔が開いたな。あの量でこれだけの効果とは恐れ入った。カグラ、気分はどうだね」
「なんか緊張した時みたいに胸がドキドキするっす……視界グラグラっすよ。あ、やべ」
自分が変わっていきそうな感覚に耐えきれなくなって神楽はすかさず未悠のレジストを遺憾なく享受し、それを押し止め、ようとしたが、神楽はあえてそれを放棄した。
「神楽!」
「レジスト使ったら効果がどんだけあるか、どんな量や間隔が必要かわかんないっす」
瞳孔が開き切り、筋肉が弛緩して表情もだらんとしながらも神楽はそう言い切った。
「……わかった。脳内のマテリアルの流量が増えて感情が混乱をきたすだろう。落ち着いたらそれは山を越えた証拠だ。それまで我慢しろ」
歯を食いしばる未悠をユメリアに預けて、エアルドフリスは神楽にそう言った。
「わ、わわ、わかった、たたっす」
筋肉が痙攣する。喉を震わす筋肉も、唇も。
世界が色に満ちている。エアルドフリスの顔がやたらに輝いてイケメンに見える。神楽には女の感情はよくわからないが、男が好きになるという気持ちがちょっとわかった気がした。それが自分ながらに異常な認知だとはぼんやりとは思うのだが。
「あああ、おおおおお」
文字通りの七転八倒を繰り返す神楽の姿は凄絶だった。
「過剰摂取です。やり直すべきです」
「……重篤なる患者の薬を健常者が使うってのはな。こんなもんだ」
ユメリアの提案にもエアルドフリスは取り合わなかった。
取り合ってはいけない。アミィを本当に救うと言うなら。痙攣する神楽から一瞬たりとも目を離さないようにして、エアルドフリスはぽつりと言った。
「安心しろ。ギリギリまで付き合ってやる」
円環の外へ踏み外させないように。
手を繋いで。
心を繋いで。
それが円環の送り手たるエアルドフリスの仕事だ。
●
アミィが座る前で、香の煙が立ち上った。
神楽の体を張った実験で、効力や半減期などが明らかになった。老人からは薬物の吸収方法について学んだエアルドフリスが選んだ方法はまず煙にして吸引するところからだった。
未悠のレジストを得たエアルドフリスがアミィの変化を見ながら、ユメリアに指示して香に入れる薬の量を調節していく。
「あっ、あああ、ああ」
アミィの反応が変わり始める。音が漏れ出るペースが速まり、頭が前後に揺れ動く。その内に声は奇声に変わり、その内に喉から血が噴き出し始める。頭も四肢も動きがバラバラで、まるで糸をもつれさせた操り人形のよう。
「……アーシェン! ご主人様を治すのにお前も手伝ってくれっす!!」
神楽はアミィを抱きしめて叫んだ。
これで本当に乗り切れるかわからない。本当に正しかったのかわからない。
ただ神楽は必死にアミィを抱きしめて、コンバートライフに集中した。
「アミィ。お前と最初に合った時はベント伯ん時だったっす。第一印象はヒルデガルドちゃんのことがあったから最悪だったっす。でもそれから何度も会う内に俺と同じ嘘吐きだけど悪い奴じゃないって解って少しずつ惹かれてったっすそして人形繰りで事情が解って枷が無くなったっす」
抱きしめたまま、神楽は言葉をかけ続けた。
「でもヘタレて告白出来ずグズグズして結局あんな告白になっちまったっす。だからお前が治ったら告白しなおしたいっす」
痙攣がひどくなる。それを力ずくで押し止めてコンバートライフに集中する。
「い、ぎ、あ、あが、ご、ごぼっ」
「限界だ。薬の効果をいったん切るぞ、ユメリア」
だが、ユメリアが準備するよりもずっと早くアミィの限界はやって来た。
完全にひきつけを起こした身体は硬直しきった後、今度は力を失い、だらりと神楽の腕の中で崩れ落ちた。
「寝てる暇なんてないっすよ、アミィ……! アミィ、アミィ!!」
言葉が虚ろに響く。
「三下の俺が足掻いたところでどうにもなるわけねっすよね……」
神楽はアミィに使っていた薬のカートリッジを握りしめ、熱い涙で頬が濡れるのも気にせず、アミィに呟いた。
「俺もすぐ、そっちにいくっすよ……」
そして蓋をこじあけて一気にそれを煽ろうとした瞬間、エアルドフリスの拳が神楽の顔面を吹き飛ばした。
「……早まるな。悲しい未来がやって来たとしても、生を自分で捨てるやつがあるか。それが自分の出来得る最善だと思っているのなら大間違いだ」
「だって、俺、俺……」
嗚咽する神楽に耳に、ユメリアの歌声が響く。
「在れ、ただ在れ」
そんな意志のこもった歌声は魔力に変わりて、アミィの体に巡るマテリアルの暴走を落ち着かせた。
「大丈夫ですよ。神楽様。貴方の言葉はちゃんと届いていますよ」
ユメリアに導かれるようにして神楽は恐る恐る体を起こしてアミィの顔を覗き込んだ。
「……アミィ!!」
「かぐら、ないちゃ だめ」
目を開けて、うっすら微笑んでいたのをみて、神楽はもう一度抱きしめた。
今度は助けるためではなくて、喜びを伝えるために。
●
アミィは少し回復の兆しを見せた。意思を自分の力で表明できるようにもなった。
だが、まだ言葉は少なく、陽気で口達者な彼女の全盛とは雲泥の差であった。
それを解決させるために、ユメリアはギムレットとアガスティアを連れてアミィに話をし出した。
「結婚にはやっぱり指輪がいると思って帝都の方に歩いていたんだ。そしたら、地面が急に爆発して光の柱が立ってさ。何事かと思ったら金の粒が降って来たんだよ。いやあ、天の恵みだね」
ギムレットが嬉しはずかしと言った様子で金の結婚指輪を披露するとほぼ全てのハンターとクリームヒルトとアミィがそれをみて沈黙した。
金の粒をパズルのように組み合わせて復元した指輪はクリームヒルトがつけているものにそっくりだったりして。
「この断面図、見覚えがありすぎますわ」
「でも、指輪の意味が変わってますから、いいかも。ね、アミィさん」
ルナがとってつけたように発想の転換を披露すると、答えを求められたアミィは目を泳がせて言葉を濁した。
「こ、この会話、劇毒じゃないかしら」
「毒も薬も表裏一体です」
未悠の心配をよそににっこり笑うユメリアはアミィの性質を読み解いていた。
「じゃあここで指輪交換行ってみましょう」
「そうね。これから未来の果てまで、この身体朽ちて後も……繋がっていますように」
アガスティアの言葉にアミィは小さく噴き出した。
「人形使いの指輪も本当は良い事に使われる予定だったのよね。好きな人への誓いと、とても被っているから、笑顔になっちゃうのよね」
クリームヒルトと未悠がアミィの横に立って微笑んだ。
「わたしもあなたが必要よ。笑顔を絶やさず、悪戯好きで、ちょっぴり小悪魔で。でも一途で、傷つきやすくて、はにかみやなあなたが」
全部好きよ。
クリームヒルトの言葉にアミィが震えた。
「貴女の力、信じてる」
未悠の言葉を始まりとして、ルナな音色を響かせる。
皆、貴女の幸せを願っている
どんな貴女であっても
それぞれの道を進んでも 気持ちはいつも通じている
未悠、ユメリア、美沙樹と徐々に歌声が広がるとエアルドフリスは顔を上げた。森が音色に沿って揺れている。
「森も歌うのか」
大地から流れ出るような、確かな流れ。
「魔法のような夢の一時、どんな運命にあっても、その美しさは変わらないセーヌ河のように。さあ、お茶会をしよう。柱の影から大ホールを覗き見よう。その時からの縁はきっとかわらない」
美沙樹がルナの音色に新たな歌詞を付ける。
アミィがずっと歌っていた鼻歌に沿わせた音色。
その音色にアミィの顔色は明確に輝きを灯しだした。知性の光ではなく、感情の輝きが煌めて始めたのだ。
「ちょっと嫉妬していましたのよ?」
料理を運んできた美沙樹はキノコをフォークで刺してアミィの口元に運ぶ、
「……おいしい」
「リアルブルーの調味料も準備してきましたのよ。きっと故郷の味がするんじゃないかしら」
アミィは美沙樹の料理を口にして、涙を浮かべた。情緒が不安定なのかと神楽は気にしたように彼女に声をかけた。
「アミィ……なんで泣くっすか」
「あたし、恨まれるより、捨てられるのが こわい。みてくれないのが つらい。今、みんなが見てくれている。それがうれしくて それがまたいつか独りになるんじゃないかって」
「なぁに言ってんすか、これからはずっと一緒っすよ。ご馳走食べたり遊んだり色々するっす。そうだ、崑崙案内するっすよ」
神楽がぐっと親指を立てて、夜空を指さした。
そこは星空がいっぱい閃いていた。どこまでも遠い星々は今一斉に降り注ぐように輝いていて。
刹那的に生きるしかなかったアミィは今日ようやく涙を流した。
「愛してくれてありがとう」
アミィは彩度の高いカラーインクのようだった。雨として全てを濡らし、流れゆくことを伝えるエアルドフリスでも、彼女のきつい色合いは雨に濡れれば濡れるほど、地面を汚していく。それがまた癇に障って、さてどうしてやろうかと思案してばかりだった。
それがどうだ。化粧をなくし、手櫛で直した程度の髪、半開きの口、茫洋とした目は、エアルドフリスの雨にかかれば、すぐに崩れ去りそうなほどに色褪せて、脆さを感じさせた。
「これがアミィだって?」
「ちょっと疲れてるだけっすよ。寝ぼけてるだけっす」
神楽(ka2032)は笑っていった。エアルドフリスが今までどれだけアミィに煮え湯を飲まされてきたか、それは自分も同じように体験したのだから知っている。そしてそれが彼女らしいのだ。
今の彼女はそう。ちょっと、疲れているだけ。
「すぐに、すぐに……元に戻るっす」
「ああ、すぐに治る。私の患者だからね」
震えを我慢してか細く強がる神楽の声を聞いて、エアルドフリスは頷いた。
目の前にいるのは患者だ。全力を尽くす相手であり、そして成り行きを見守らなくてはならない相手だ。
●
「これは……一種の麻薬です」
老人の提供した薬をの材料を確認したユメリア(ka7010)はエアルドフリスにそっと耳打ちする。
「薬は過ぎれば毒となる。そういうものもあるものだ。だが、確認してくれたのはありがたい。それなら閾値も、使用法もおおよそ判別がつく。後はどの程度の代物なのかということだが……」
「俺、試してみるっすから、反応見てほしいっす」
神楽(ka2032)が迷わず挙手する。その目や態度をしばしエアルドフリスは観察して、ふむ。と呟いた。
「ユメリアの指摘が正しいなら一滴でも人間を狂わせるに十分な代物だ。水で薄めて服用した方がいい。徐々に濃度を上げていく。心的変化があれば報告したまえよ」
「わかったっす」
濃度についてやりとりを始めるエアルドフリスを横に、神楽は片膝をついてぼんやりとしたままのアミィに、その目線を合わせる。
「今度は俺が命を賭ける番っす」
「……ぁ」
アミィは小さく嗚咽を漏らすと、今まで自発的な動きは何一つできなかったのに、弱々しく神楽の袖を掴んだ。
それだけで彼女の気持ちは痛いほど伝わってくる。
エアルドフリスはそれをじっと見つめていた。
「大丈夫よ。アミィ。どこにもいかない。行かせない」
高瀬 未悠(ka3199)が優しくアミィを抱きしめて、指が外れる瞬間にも。
●
「ところで、ギムレットさん……あの。お手紙の結果、いかがでした?」
ルナ・レンフィールド(ka1565)はこっそりと以前にもらった手紙の件について尋ねるとギムレットは親指をぐっと立てた。
「おめでとうございます!!」
「ははは、今回がその結果というか初の共同作業っていうのかな。ただ広がるだけじゃなくて、命を助けられる森でありたい、とね」
森は前に見た時よりもずっと裾野を広げて、植生も増え、木々の密度も増して様変わりをしていたが、温かな何かに触れるような感覚は昔と変わらなかった。
ここは一つの世界なんだ。音が縒り合わさって曲となるように。今も昔も同じ音色を奏で続けている。
「うん、この森でなら、それからこの子なら……きっと響き合う」
ルナはこの森からいただいた樹で作られたリュートを抱きしめて、その温かみを、その清冽な空気を胸にため込む。森の中にたゆたうマテリアルは五線譜の流れのように。そしてアミィの姿を思い浮かべると音色が、そう。
曲が流れ出てくる。
本当にイメージしていた音色が現実の耳にふと触れて、ルナははっと目を開けた。
「この森の風は、豊かですわね。ルナさんでなくとも音色を感じてしまいそうですわ」
歌は音羽 美沙樹(ka4757)のものだった。キノコを摘んで小さな木樽に入れながら、ルナが頭の中で感じていた曲を鼻歌にして紡いでいく。陽気で、どことなくのびやか音色。
「その曲、アミィさんが唄っていた……知ってるんですか」
「もうずっと一緒ですもの。神楽さんと同じくらい付き合いは長いのですわよ。それに……」
美沙樹はくすりと笑うと小刀を器用に操り、木樽に入れたキノコを次々と処理しながら、その歌の続きを紡いでいく。
「デジャヴというのかしら。どこかで聴いたことのある歌ですの」
アミィが歩く姿も、笑う顔も、ふと時々、遠い記憶を、夢の世界を刺激して、緩やかな大河の流れのある街並みの中、赤い屋根の酒場で彼女が笑っている姿が、その彼女が鼻歌で歌って歩いているのを見た気がするのだ。
「深い絆なんですね」
もしかしたら、私もそう思うことがあるのかな。
だとしたら、どこかでこの森で奏でたあのメロディが思い出せるといいなとルナは思いながら、まずは目の前のことと改めて気持ちを切り替えた。
「あの、もしよかったら、そのまま聴かせてもらっていいですか。その曲、覚えたらきっと、アミィさんを救う手だてになると思うんです」
「ええ、私に出来ることでよければ」
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「神楽、気を付けてね」
未悠がレジストをかけてそう言うと、神楽は頷いて、老人から渡されたカートリッジの中から一滴、黄金の液体を水の張ったコップに溶け込ませた。液体は蛍光色がゆらめくようにして水の中を踊ると、徐々に薄まって見えなくなっていく。
「それじゃ行くっす」
それをまず警戒して、ちみりと舌で舐めとるようにして口にしたその瞬間。
森の景色が輝いた。
「お、おぉ……?」
森が眩しく見える。木の葉の擦り合う音が音楽のように聞こえる。
「瞳孔が開いたな。あの量でこれだけの効果とは恐れ入った。カグラ、気分はどうだね」
「なんか緊張した時みたいに胸がドキドキするっす……視界グラグラっすよ。あ、やべ」
自分が変わっていきそうな感覚に耐えきれなくなって神楽はすかさず未悠のレジストを遺憾なく享受し、それを押し止め、ようとしたが、神楽はあえてそれを放棄した。
「神楽!」
「レジスト使ったら効果がどんだけあるか、どんな量や間隔が必要かわかんないっす」
瞳孔が開き切り、筋肉が弛緩して表情もだらんとしながらも神楽はそう言い切った。
「……わかった。脳内のマテリアルの流量が増えて感情が混乱をきたすだろう。落ち着いたらそれは山を越えた証拠だ。それまで我慢しろ」
歯を食いしばる未悠をユメリアに預けて、エアルドフリスは神楽にそう言った。
「わ、わわ、わかった、たたっす」
筋肉が痙攣する。喉を震わす筋肉も、唇も。
世界が色に満ちている。エアルドフリスの顔がやたらに輝いてイケメンに見える。神楽には女の感情はよくわからないが、男が好きになるという気持ちがちょっとわかった気がした。それが自分ながらに異常な認知だとはぼんやりとは思うのだが。
「あああ、おおおおお」
文字通りの七転八倒を繰り返す神楽の姿は凄絶だった。
「過剰摂取です。やり直すべきです」
「……重篤なる患者の薬を健常者が使うってのはな。こんなもんだ」
ユメリアの提案にもエアルドフリスは取り合わなかった。
取り合ってはいけない。アミィを本当に救うと言うなら。痙攣する神楽から一瞬たりとも目を離さないようにして、エアルドフリスはぽつりと言った。
「安心しろ。ギリギリまで付き合ってやる」
円環の外へ踏み外させないように。
手を繋いで。
心を繋いで。
それが円環の送り手たるエアルドフリスの仕事だ。
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アミィが座る前で、香の煙が立ち上った。
神楽の体を張った実験で、効力や半減期などが明らかになった。老人からは薬物の吸収方法について学んだエアルドフリスが選んだ方法はまず煙にして吸引するところからだった。
未悠のレジストを得たエアルドフリスがアミィの変化を見ながら、ユメリアに指示して香に入れる薬の量を調節していく。
「あっ、あああ、ああ」
アミィの反応が変わり始める。音が漏れ出るペースが速まり、頭が前後に揺れ動く。その内に声は奇声に変わり、その内に喉から血が噴き出し始める。頭も四肢も動きがバラバラで、まるで糸をもつれさせた操り人形のよう。
「……アーシェン! ご主人様を治すのにお前も手伝ってくれっす!!」
神楽はアミィを抱きしめて叫んだ。
これで本当に乗り切れるかわからない。本当に正しかったのかわからない。
ただ神楽は必死にアミィを抱きしめて、コンバートライフに集中した。
「アミィ。お前と最初に合った時はベント伯ん時だったっす。第一印象はヒルデガルドちゃんのことがあったから最悪だったっす。でもそれから何度も会う内に俺と同じ嘘吐きだけど悪い奴じゃないって解って少しずつ惹かれてったっすそして人形繰りで事情が解って枷が無くなったっす」
抱きしめたまま、神楽は言葉をかけ続けた。
「でもヘタレて告白出来ずグズグズして結局あんな告白になっちまったっす。だからお前が治ったら告白しなおしたいっす」
痙攣がひどくなる。それを力ずくで押し止めてコンバートライフに集中する。
「い、ぎ、あ、あが、ご、ごぼっ」
「限界だ。薬の効果をいったん切るぞ、ユメリア」
だが、ユメリアが準備するよりもずっと早くアミィの限界はやって来た。
完全にひきつけを起こした身体は硬直しきった後、今度は力を失い、だらりと神楽の腕の中で崩れ落ちた。
「寝てる暇なんてないっすよ、アミィ……! アミィ、アミィ!!」
言葉が虚ろに響く。
「三下の俺が足掻いたところでどうにもなるわけねっすよね……」
神楽はアミィに使っていた薬のカートリッジを握りしめ、熱い涙で頬が濡れるのも気にせず、アミィに呟いた。
「俺もすぐ、そっちにいくっすよ……」
そして蓋をこじあけて一気にそれを煽ろうとした瞬間、エアルドフリスの拳が神楽の顔面を吹き飛ばした。
「……早まるな。悲しい未来がやって来たとしても、生を自分で捨てるやつがあるか。それが自分の出来得る最善だと思っているのなら大間違いだ」
「だって、俺、俺……」
嗚咽する神楽に耳に、ユメリアの歌声が響く。
「在れ、ただ在れ」
そんな意志のこもった歌声は魔力に変わりて、アミィの体に巡るマテリアルの暴走を落ち着かせた。
「大丈夫ですよ。神楽様。貴方の言葉はちゃんと届いていますよ」
ユメリアに導かれるようにして神楽は恐る恐る体を起こしてアミィの顔を覗き込んだ。
「……アミィ!!」
「かぐら、ないちゃ だめ」
目を開けて、うっすら微笑んでいたのをみて、神楽はもう一度抱きしめた。
今度は助けるためではなくて、喜びを伝えるために。
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アミィは少し回復の兆しを見せた。意思を自分の力で表明できるようにもなった。
だが、まだ言葉は少なく、陽気で口達者な彼女の全盛とは雲泥の差であった。
それを解決させるために、ユメリアはギムレットとアガスティアを連れてアミィに話をし出した。
「結婚にはやっぱり指輪がいると思って帝都の方に歩いていたんだ。そしたら、地面が急に爆発して光の柱が立ってさ。何事かと思ったら金の粒が降って来たんだよ。いやあ、天の恵みだね」
ギムレットが嬉しはずかしと言った様子で金の結婚指輪を披露するとほぼ全てのハンターとクリームヒルトとアミィがそれをみて沈黙した。
金の粒をパズルのように組み合わせて復元した指輪はクリームヒルトがつけているものにそっくりだったりして。
「この断面図、見覚えがありすぎますわ」
「でも、指輪の意味が変わってますから、いいかも。ね、アミィさん」
ルナがとってつけたように発想の転換を披露すると、答えを求められたアミィは目を泳がせて言葉を濁した。
「こ、この会話、劇毒じゃないかしら」
「毒も薬も表裏一体です」
未悠の心配をよそににっこり笑うユメリアはアミィの性質を読み解いていた。
「じゃあここで指輪交換行ってみましょう」
「そうね。これから未来の果てまで、この身体朽ちて後も……繋がっていますように」
アガスティアの言葉にアミィは小さく噴き出した。
「人形使いの指輪も本当は良い事に使われる予定だったのよね。好きな人への誓いと、とても被っているから、笑顔になっちゃうのよね」
クリームヒルトと未悠がアミィの横に立って微笑んだ。
「わたしもあなたが必要よ。笑顔を絶やさず、悪戯好きで、ちょっぴり小悪魔で。でも一途で、傷つきやすくて、はにかみやなあなたが」
全部好きよ。
クリームヒルトの言葉にアミィが震えた。
「貴女の力、信じてる」
未悠の言葉を始まりとして、ルナな音色を響かせる。
皆、貴女の幸せを願っている
どんな貴女であっても
それぞれの道を進んでも 気持ちはいつも通じている
未悠、ユメリア、美沙樹と徐々に歌声が広がるとエアルドフリスは顔を上げた。森が音色に沿って揺れている。
「森も歌うのか」
大地から流れ出るような、確かな流れ。
「魔法のような夢の一時、どんな運命にあっても、その美しさは変わらないセーヌ河のように。さあ、お茶会をしよう。柱の影から大ホールを覗き見よう。その時からの縁はきっとかわらない」
美沙樹がルナの音色に新たな歌詞を付ける。
アミィがずっと歌っていた鼻歌に沿わせた音色。
その音色にアミィの顔色は明確に輝きを灯しだした。知性の光ではなく、感情の輝きが煌めて始めたのだ。
「ちょっと嫉妬していましたのよ?」
料理を運んできた美沙樹はキノコをフォークで刺してアミィの口元に運ぶ、
「……おいしい」
「リアルブルーの調味料も準備してきましたのよ。きっと故郷の味がするんじゃないかしら」
アミィは美沙樹の料理を口にして、涙を浮かべた。情緒が不安定なのかと神楽は気にしたように彼女に声をかけた。
「アミィ……なんで泣くっすか」
「あたし、恨まれるより、捨てられるのが こわい。みてくれないのが つらい。今、みんなが見てくれている。それがうれしくて それがまたいつか独りになるんじゃないかって」
「なぁに言ってんすか、これからはずっと一緒っすよ。ご馳走食べたり遊んだり色々するっす。そうだ、崑崙案内するっすよ」
神楽がぐっと親指を立てて、夜空を指さした。
そこは星空がいっぱい閃いていた。どこまでも遠い星々は今一斉に降り注ぐように輝いていて。
刹那的に生きるしかなかったアミィは今日ようやく涙を流した。
「愛してくれてありがとう」
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【質問卓】治療方針検討卓 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/08/31 11:32:11 |
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【相談卓】アミィを治療せよ 神楽(ka2032) 人間(リアルブルー)|15才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2019/08/31 11:43:12 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/08/29 02:46:42 |