王都第七街区 灰と瓦礫の底から、三度

マスター:柏木雄馬

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
6~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/09/03 19:00
完成日
2019/09/11 10:29

みんなの思い出

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オープニング

 王都を攻めた傲慢王イヴは滅び去り、お味方が勝利した── その報せは狼煙と早飛脚によって、瞬く間に王国中へと広まった。
 戦勝を祝う祭りは、各地で一週間以上も続いた。戦火を避ける為、郊外への避難を命令されて王都を離れていた民たちも、疎開先の民たちと共に王国の勝利に沸いた。
 避難命令が解除され、王都の民らのイルダーナへの帰還が始まった。戦勝の余韻と共に笑顔で王都への帰途を急いだ王都の民らは、だが、到着した瞬間に笑みを絶やして絶句した。
 立ち尽くした彼らが目の当たりにした光景──それは、王都の象徴たる城壁群が無残に崩れ落ちた姿と…… 戦災に焼け落ちた街並みだった。


 王都第六城壁の外。通称『第七街区』と呼ばれる難民街── その南門付近の地域の『自治』を担って来たドニ・ドゥブレーが、彼の民たちと共に王都へと帰って来た。
 帰還の順番は最後の方だった。理由は単純で、順番的に王都の内側の街区の人間から移動指示が出されたからだ。殊更、彼らが王都の行政区画外に住む『元難民』だからと差別をされたわけではない。
 だが、その最後の方の順番の第七街区の民たちの中でも、自分たちがどうして最後に回された回されたのか──その理由はすぐに理解できた。
 彼らの故郷──第七街区のドゥブレー地区は、文字通りの焦土と化していた。
 戦災に崩れた第七城壁から第六城壁の間、見渡す限りの焼野原── 何もないところから彼らが一から立ち上げて来た街が。生きて、暮らして来た痕跡が。彼らの目の前から綺麗さっぱりと無くなってしまっていた。

「……こいつは、また……見事に何もかもなくなってしまいましたねぇ……」
 絶句し、立ち尽くした人々の中、ドニの腹心、『髭面』のアンドルー・バッセルが呟いた。
 ドニは苦虫を噛み潰したような顔をして唸った。地区の被害については、疎開先を出る前から王都の役人に確認を取ってはいたのだが……ここまで酷いことになっているとは聞かされていなかった。
「傲慢王イヴとの決戦において、王都で最も大きな被害を出したのが南側の地区でした。傲慢の将マシューが仕掛けた最後の大攻勢を、しかし、王国軍は『巡礼陣』が発動するまで辛くも凌ぎ切ったのです。戦災に焼けた地域はその聖なる戦いの舞台となったわけで、言わば、勝利の礎──決して無駄な犠牲ではありません。むしろ、王国の人々が今後千年に亘って謳い継ぐ、誉の戦跡となりましょう」
 慰めようとしたのだろうか。ドニたちを出迎えた王都の若い役人が励ますようにそう告げた。
「ほう。だから、俺たちの街が『誉の地』となって焼け落ちた事に、涙に咽んで感謝しろ、と?」
「い、いえ、そんなつもりでは……」
 ドニが睨み付けると、役人は口籠った。ドニは嘆息した。今、自分たちに必要なのは『今後千年に亘って語り継がれる誉』などではなく、明日を暮らしていけるだけの生活基盤だ。
「しょ、食糧に関しましては、イヴ戦以前と同様に王都が責任を以って配給を行いますので、その点はご安心を……」
「食いっぱぐれることだけはないわけだ。その点だけは王国にもたらされる精霊の恵みに感謝だが…… 俺たちのねぐらについてはどうなっている? わざわざ疎開先から呼び戻した以上、手立ては講じられたと信じたいが?」
「仮設ではありますが、配給所の近くに長屋を用意させていただきました。ただ、何分、質の方は……」
「うちのシマのもんらはバラック暮らしには慣れている。当座は雨露が凌げれば十分だ。が、とにかく数が足らんぞ。何人詰め込むつもりで計算しやがった」
 役人を質問攻めにしてテキパキと問題点を洗い出していくドニを、部下たちや住人たちが頼もし気に見やっていた。戦災によってまた何もかも失ってしまったが、ドニならば、ドニならば何とかしてくれる、と彼らは信じていた。
「さあ、ドニさん。俺たちはまず何をすればいい?」
「構想があれば言ってくれ。俺たちがあんたの手足となって、その実現の為に働こう」
 そう言う人々の顔は、むしろ晴れやかだった。ホロウレイドで故郷を失い、逃げ延びたこの地で幾度も戦火に街を焼かれ…… いい加減、焼け出されることにも慣れてしまったか、あるいは開き直りの心境か。或いは、きれいさっぱり何もかも失くなってしまったことが、却って良かったのかもしれない。
 王都全住民の避難という女王陛下の英断により、幸い、住人に人死には出ていない。生きてさえいれば、道は拓ける── それが、幾度となく辛酸をなめてきた第七街区の、いや、ドゥブレー地区の住民たちが辿り着いた境地であるのかもしれなかった。
「気楽に言ってくれる……」
 ドニはげんなりとして見せた。……だが、まあ、それでも、絶望して塞ぎ込んでいるよりはずっといい。
「……前よりも暮らしやすい街をまた一から立て直せると考えてみるか……よし、意見があったらじゃんじゃん持ってこい!」

 とは言え、現状は楽観できない。なまじ被害の全体像が把握できてしまうだけに、ドニは眉間に皴を刻んで頭をバリバリ掻きむしった。
 前に地区の復興を成し遂げた時とは、あまりに状況が違っていた。
 まず、復興に投じられるリソースについて── かつて、ドニは城壁建設や上水道整備などの公共事業を仕掛け、王都の商人たちを地区に誘致することで地区の経済と人心を上向かせた。
 だが、今回、この方法は使えなかった。先のイヴ戦において、王都南地区は第四城壁まで突破された。王都第四街区──職人たちが多く住むこの街も戦場となり、人的被害こそなかったものの多くの生産設備が失われた。王都の物資の集積地──流通を担う川湊のある第五街区はその倉庫群が大火に見舞われ、またレーヌ川の堰が切れたことで街の一部が汚水に浸かった。その影響で、大聖堂の『奇跡の泉』から溢れ出す清水をを利用している王都の上水道は、第六街区南地区以降が汚染された。第七街区で整備した運河もまた同様だった。壊れた堰を直して汚水を抜き、水路の洗浄と浄化が済むまでは配給に頼らざるを得ないだろう。
 つまり、今回は、かつてドニが頼った第五・第六街区の教会や新興商人たちも被災者だということだ。自分たちの街の復興が最優先であり、とてもじゃないが、第七街区の復興にまで手を貸す余裕はないだろう。第二・第三街区の老舗の商人たちも、まずは短期的な利益に繋がる他の街区の復興に優先的に資本を投入するはずだ。王都の役人たちも、貧民にも等しい第七街区の住民たちは後回しにせざるえを得ない──何せ、第七街区は未だ王都の正式な行政区画ではないからだ。
(働き手はあり余っている。やる気もある。だが、資金も資材も何もかもが俺たちには足りていない──)
 ドニは嘆息して頭を抱えた。
「……さて。どこから手を付けていったもんかね……」

リプレイ本文

「なんだ、まだこんな場末の廃墟に来てくれたのか? 今やこの王国を、世界を救った英雄だろうに」
 復興支援にやって来た顔馴染のハンターたちを見て。ドニが驚き──というよりどこか呆れた様に発した第一声は、そのようなものだった。
「いやー、何か力になれたら、って思って……」
 馬車一杯に持ち込んだ支援物資を皆と共に下ろしながら、時音 ざくろ(ka1250)はあっけらかんと答えた。
「『英雄』? って言われたって、ざくろの何が変わったわけでもないしね!」
「それに、ある意味、私たちが綺麗に何もかも無くしてしまったようなものですしね……」
 サクラ・エルフリード(ka2598)の呟きに、シレークス(ka0752)がグッ……と言葉を詰まらせ、ディーナ・フェルミ(ka5843)もまたアハハ……と力の無い笑みを浮かべた。エルバッハ・リオン(ka2434)は少なくとも表面上は反応を見せず。星野 ハナ(ka5852)だけはただ一人、心の底から平然としていた。
(まあ、仕方ないでしょ、戦争だし。女王様からは「物より人命が最優先」ってお触れも出てたし。っていうか、街を壊さずに王国と女王を守るなんてそもそも無理だし。私たちが来た時にはもうここ壊れてたし)
「ハッハッハッ! こうも綺麗にされッちまっちゃァ、酒に逃げる気も失せるってもんだな。ナァ、大将!」
 J・D(ka3351)はドニの肩に手を回すと、そう言って豪快に笑った。
「まァ、人さえ無事なら万々歳だ。……さァ、何をすればいい? こんな根無し草にもまだ守れるものがあるンなら、精々腕を振るってやるさ!」

 その『何をすればいいのか』──まずは、それを決める為に会議の場が持たれた。とは言え、何もかもが瓦礫の山と化してしまったものだから、これまでの復興とは勝手が違う。
「破壊と現状維持は得意でも、一からの再生となると手に余るな」
 ルベーノ・バルバライン(ka6752)は苦り切った表情でバリバリと頭を掻き。天央 観智(ka0896)もまた心中で溜め息を吐いた。
(復興の手伝い……ですか。まぁ、個人的な話であれば、出来ることからやっていくしかないのですが……)
 自分に出来る事…… 例えば、教育支援辺りだろうか。教育者が不足しているようだし、臨時講師という形で協力が出来るかもしれない。
(しかし、町全体の話となると……他に自分に出来ることは……)
 観智は考え、悩み……とりあえず、以前、この地で行われていた公共事業──第七城壁建設と上水道整備工事に関して、『金抜き』を作ってみることにした。『金抜き』とはその名の通り金額などは記さぬまま、工事に必要となる諸々を見積もった、言わば設計書とも言えるものだ。
(……必要な資材量と、出る予定の廃材量。事業に必要な延べ人数──各事業の必要最低人数、及び、効率が悪化しない最大人数を推算し、それらを踏まえた工事の必要期間を導き出して……)
 観智はそれを城壁と運河、それぞれのケースで見積もりを出した。表計算ソフトを使い、資材の単価や人件費等をそれぞれの項目に入力すれば、すぐに計画全体の工費が出て来るようにした。
「こんなに……」
 その総額に、ざくろとシアーシャ(ka2507)は目を丸くして絶句した。
「今は需要に供給が追い付いていませんからね。どうしても資材価格は高騰してしまいます」
 観智の言葉に、皆、渋い顔をした。以前、ドニは公共事業を利用して地区の経済を回したものだったが……
「ドニさんのとこだけでやりくりできる額じゃないですね…… どうせなら王国がお金を出せる時を狙って再開させたいところです……」
 サクラの言葉に全員が頷いた。──公共事業の再開は延期する。どこをどう引っ繰り返しても、今はそんな金はない。
「……システィーナ女王さまなら、陳情の機会とか設けてくれないかなあ……」
 テーブルの上に両肘をついてシアーシャが嘆息した。
 勿論、女王は積極的に王都の復興に動いていた。だが、どうしても第七街区の優先度は低くなる。
「うぅ……じゃあ、王女さまにお願いするのは、もう少し落ち着いてからかなぁ……」
「じゃあ、他に金を持ってるところからむしり取れるだけむしり取ってくるしかないんじゃないですかぁ?」
 他に金を持ってるところ──即ち、貴族。にこやかに笑いながらハナが『毒』を吐き、シアーシャがびっくりした顔をした
「綺麗事だけでは自分の領分なんて守れませんよぉ? ……もう欲で回すしかないんですよぅ。人のやる気は怒りと欲。貴族のやる気はそれに加えて名誉と面子。ノブレスオブリージュなんて、その本質はそれの最たるものですぅ。貴族の欲を掻き立ててやろうじゃないですかぁ」
 ネーミングライツ──即ち、命名権。それがハナの提案の骨子だった。貴族に金を出して貰い、その金を使って街道や水路、公共建築物を整備する。代わりに、その道路や水路、建物に出資者の名を冠する。
 こちらの財布はまったく痛まない。が、『名誉』を重んじる貴族にとっては、『将来の王都の一部』に名が残るというのはこの上ない『価値』となろう。……もっとも、王都の許可を取るわけではないので、ちゃぶ台返しになる可能性もままあるが。
「詐欺紛い? 良い死に方なんて、とっくに諦めましたよぅ」
 正義で腹は膨れない。衣食足りて、という奴だ。勿論、ドニたちもその道理は理解している。
 しかし、ドニはハナの案に待ったを掛けた。時期じゃないというのがその理由だった。
「むぅー。いい案だと思ったのになぁ……」
「いや、俺も良くした案だと思うぜ? ただ、今は貴族たちも先の決戦の為に大規模な兵力動員したばかりで余力がない。どうせ取るなら、連中がもうちょい肥えてからの方がいい」
 ざくろがテーブルに突っ伏した。話はまたフリダシに戻ってしまった。
「人はいるのに、仕事がない。仕事は無いけど、お金はいる…… いっそ、王都じゃない近隣の街に人手が足りなくなってるところは無いかな? そういう所があれば、皆を出稼ぎに行かせられるのに……」
「あー、そりゃ逆だな。王都には復興の仕事が山ほどある。だから、近隣の人間の方が出稼ぎにやって来る」
 ドニの答えに「そっかぁ……」と落ち込むざくろ。が、瞬間、J・Dが何かを閃いた。
「いや……いいんじゃねぇか、出稼ぎ! ただし、行くのは郊外じゃなくて、王都の方だ」
「出稼ぎ? 王都へ? だが、さっき言った通り、王都はすぐに人が余る。足元を見られるぞ?」
「いやいや、ここの地区の連中は他所と違って復興慣れしてやがる。つまり、ちゃんと技術を持ってんだよ! 考えてみろよ、旦那。いったい他のどこに土木機器(刻令術式)やGnomeの操作に習熟した出稼ぎ労働者がいる? 足下を見られるだァ? そんなこと、俺がさせねェよ!」
 J・Dはドニに復興事業支援組織の発足を提案した。日雇いの出稼ぎ労働者としてではなく、きちんとした技術者として地区の人間を送り込む。雇用先との交渉はJ・Dが一括して行い、不利な労働契約から区民を守る。
「王都の窓口はルパートの旦那(復興担当官)に頼もう。暫くは俺と何人かで回すとして……最終的には、区内復興部門も立ち上げて、技術の継承や人脈の活用も行いてェところだな」
 J・Dはすぐに立ち上がると、アンドルーに事務方の部下を何人か借り受ける為に出て行った。暫くはドニの事務所(仮)の一室が彼の職場──復興事業支援組織のオフィスとなるだろう。
「……じゃあ、ざくろは冒険方々、王国のあちこちを回って物資の新しい調達先を探してみようかな。現場によって足りない物は違ってくるだろうし、色んな場所から融通してもらえるように」
「では、私は物資や資材を手に入れられないか、ダフィールド侯爵家を頼ってみます…… 輸送に時間とお金が掛かるかもしれませんが、王都で買うより安くつくのであれば……」
 続けて、ざくろとサクラが出発した。こういう時、転移門を利用できるハンターは距離と時間に融通が利く。
 それぞれが行動する為にドニの事務所を去っていった。
 最後に残ったエルは、ドニに自警団の設立を提言した。
「地区の住民たちから志願者を募って、治安維持を目的とした部隊を組織します。現状、ドニさんたちだけでは手が回らないでしょうし、治安の悪化はどうしても避けられないでしょうから」
「うん。いいんじゃないかな? ちょっとした揉め事くらい自力で対処できるようになれば、犯罪の発生も抑止できるようになって、治安も良くなると思うな」
 忘れ物を取りに戻ったざくろが、テーブルの下を探しながら二人に告げた。そして、忘れ物を見つけると「あ、帰って来たらざくろも協力させてもらうね!」と言って慌ただしく去っていった。
 エルは暫し沈黙し……コホンと咳払いをした後、続けた。
「教官役として何人か人を貸してください。初期費用については……予算が無ければ自腹を切ります」
 そいつぁあまりにも俺に甲斐性が無さ過ぎるってもんだろう──ドニは苦笑して腰を上げると、無理を承知で伝手のある商人たちに資金援助を要請した。
 その殆どには予想通り断られたが、ただ一人、応じてくれた者があった。
 ノーサム商会会長ブライアン・ノーサム──かつて『息子の命を救われた』恩を返すべく、個人としては有り得ぬ額の資金を融資してくれた。

 『時を進める』ボタンが押された(何
 J・Dはルパートを通して各街区の復興担当官に渡りをつけると、まずは上水道の復旧作業に纏まった数の作業員を送り込んだ。
 上水道の復旧は女王の肝入りもあって最優先で行われていた。ドゥブレー地区の人間は上水道整備工事に関わっていた者も多く、即戦力として重宝された。
「ダフィールド侯爵家と木材・石材・鉄材の買い付け契約を交わしてきました。輸送費に関しては大河ティベリスの水運を利用できたので思っていたよりずっと安くなりました。ただ、第五街区の川湊がまだ使えず、その分、足が……」
 帰還したサクラの報告に、J・Dは続く作業員らの第二陣を川湊の復興作業にツッコんだ。
 一方、エルは自警団員たちに訓練を施していた。その内容は基礎体力の向上に、屋内での犯人制圧手段やロープを使っ捕縛術といった技術の習得。チームの一員としての役割分担、連携の徹底など多岐に亘った。
「殺傷性の高い武器は後々、王都に規制されるおそれがありますし、殺傷性の低い捕縛道具を自作しました」
「……自作?」
「はい、自作です」
 刺又や投網、警棒、ボーラにスリングショット、刺激物を詰めた投擲用の球状容器、拳銃弾が防御可能な方形盾などが人数分用意された。
 各地で資材の買い付けを済ませて来たざくろが自警団に加わり、ウンウンと頭を捻りながら各隊の巡回ルートを決定し、実際の活動が始まった。エルは教官兼現場指揮官として隊を率いた。
「……巡回、と言っても、まだ瓦礫しかないですけどね……いえ、だからこそ、犯罪者が入り込んでいないか見て回るのは大事ですか」
 巡回に同道していたサクラが、廃墟の街並みを見渡して溜め息を吐いた。……ここまで使われていない土地が余っているのなら、臨時的に一部の土地を田畑に替えてもいいかもしれない。治安対策にもなるだろうし……
 ジョアニス教会に向かう観智を案内しがてら同道していたルベーノが、地区のあちこちに立った見覚えのないバラックを見て眉をひそめた。
「いいのか、ドニ? どうやら他所から入り込んで勝手に住み着き始めた連中がいるぞ? たとえバラックでも一度建てられてしまえば10年、20年と占拠される可能性がある。後々、スラムとして取り残されるかもしれないぞ?」
 ドニはすぐに行動に移した。自警団に命じてすぐにバラックを取り壊させたのだ。暴れて抵抗する者はエルが『スリープクラウド』で即座に沈黙させた。
「自警団の初仕事がこれとは……かなり不本意です」
「すまねぇな。だが、バラックは作らせねぇ。その代わりと言っちゃなんだが、余所者であろうと地元の人間と同じ待遇で仮設長屋に迎え入れる」
 ドニは言う。たとえ街が戦火に焼けても、前の都市計画自体が消え失せちまったわけじゃない。勝手に家など建てられては、確かに将来に禍根が残る。
「とは言え、詰め込むだけじゃあ居住環境が劣悪になっちまうからな……当面は長屋を増やすとして、早急に住宅街の整備計画を進めないと……」


 半年が経った。
 王都復興を最優先に掲げるシスティーナ女王の方針により、街の再建はこれまでとは比べ物にならない早さで進んだ。
 最優先で進められていた上水道は完全復旧。川湊もその機能を回復し、港街ガンナ・エントラータやフェルダー地方から物が入るようになって物価も安定し始めた。
 ドゥブレー地区でも流れ始めた上水道に沿って市街・住宅が広がり始めた。地区の経済も回り始め、トトムら元裏通り商店街の人間たちが、そのフットワークを活かして小規模商店群を地域に復活させた。
 ドニの誘致により、新興商人たちも一人、また一人と戻り始めた。J・Dによって、区内で初めて住宅街の整備計画も立てられた。
 少しずつ、少しずつではあるが、地区は復興を果たしつつあった。
 そんな時だ。ほぼ唯一の出資者だったノーサム商会から融資の打ち切りが通告されたのは。

「ノーサム商会とは、人材派遣の交流もアリかな、って思ったの」
 かつて、ディーナはそう言って、自身を商会に派遣するよう、ドニに要請したことがあった。だが、あくまで出資は会長個人で商会は無関係だったため、その時は実現しなかった。
 だが、ディーナは諦めなかった。直接、会長ブライアンの元を訪れ、毎日のように通って説得した。搦手として、人材の足りないドニの事務所へ商会の事務員を派遣してくれるよう頼み、また、ドニの部下を研修生として受け入れてくれるように頼んだ。
 その頃から、会長の体調は思わしくなくなり始めていた。ディーナは会長の館で看護師兼お手伝いさんのような真似事もした。
「ブライアンさん、あんまり無茶はしない方が良いと思うの。ゆとりが長生きの秘訣なの」
 甲斐甲斐しく世話をするディーナに根負けしたのか、或いは、地区の経済に復活の兆しを感じ取ったのか。会長ブライアン・ノーサムは正式に商会としての出資を彼女に約束し、『人材交流』についても受け入れることになった。
「やったーなの! ドニさんとノーサム商会の蜜月目指して頑張るのー♪」
 ディーナは事務員らと共に商会に出向し、実務と技術の習得にひたすら真面目に取り組んだ。最初は地区の人間を『難民』と下に見ていた商会の人間たちも、彼らのひたむきさと人柄──出向する人材の選定に当たり、ドニはその辺りを最大限重視した──に触れる内に少しずつ見る目が変わっていった。
 だが、そうでない者たちもいた。大番頭になっていたジャック・ウェラーなどはその筆頭だった。
「ジャックさん、これからも街の復興のために頑張るの。だからみんなと仲良しで居て下さいなの」
「……」
 ディーナの訴えに、ジャックは聞く耳を持たなかった。会長の妾腹の子でもあるジャックは、かつてドニから受けた『屈辱』を忘れてはいなかった。
 ……やがて、ブライアンが逝去した。堂々たる大往生だった。
 頭の上の重しが取れたジャックはすぐに商会上層部を自派で固め、ドゥブレー地区への融資を止めるという『意趣返し』を行った。
 ……以前のままであったら、ドニは貴重な資金源を失っていたかもしれない。だが、人材の交流によって、地区の将来性を冷静に見極められるようになっていた現場の人間たちは『融資の停止は金のガチョウを絞め殺す様なもの』、『これまでの投資を無にするもの』と新会長に反発した。
 派閥争いが再燃し、驚くほどあっけなくジャックは商会から放逐された。大番頭には温厚な性格の、正妻の子が担ぎ上げられた。
 父ブライアンはジャックにとって重しであると同時に、彼を守る海でもあった。その事に彼は最後まで気付けなかった。
 ……そして、ディーナや事務員、シンパたちから得た情報を基に、交代劇の裏でドニが暗躍していたことにも。

 ドニたちが避難先から地区に帰って来た日の事だ。廃墟と化した瓦礫の只中で、ただ一軒、ジョアニス教会だけが原形を留め、帰還した住民たちを物言わず出迎えた。
 彼らは涙を流して膝をつき、エクラへの祈りを捧げ始めた。それを目の当たりにした観智は「こうして信仰というものは形作られていくのかもしれない」とか考えたものだった。
 ともあれ、ルベーノに案内されてジョアニス教会へと辿り着いた観智はその時の事を思い出しつつ、臨時教員として子供たちに教育を施すことになった。
 子供たちと言っても、観智が教える相手は比較的年齢層が高い者たちだった。通常、教会の孤児院では12~14歳で施設を出るのが通例なのだが、この頃は技術も何もない若者が独り立ちするには厳しい状況で、彼らも教会に留め置かれていた。
 ならば、と観智はこのモラトリアムの期間を利用して、彼らに高等教育を施そうと決めた。高等教育と言ってもこんなご時世、教えるのは実際的なことだ。例えば、先の見積もり計画書を教材にして、実際に住居を建てる際の工事の見積もりをやらせてみたり、或いは設計そのものをさせてみたり、複式簿記を教えたりと、そう言う事だ。勿論、表計算ソフトなどないので全ては手計算。それらを支える数学的知識も十分に身につけさせた。
(復興現場というのは、ある意味、生の教材でもありますしね…… 生活に関わって来るだけに、聴く方も身を入れて受講するでしょう)
 ジョアニス教会の子供たちは、それを受け入れられるだけの下地が出来ていた。シスターマリアンヌは孤児たちが生きていく上で、教育の重要性をキチンと理解していたらしい。
 観智も手を抜かずに本気で生徒たちに向き合った。……いや、優秀な人材にものを教えるということは、この上なく喜ばしいものだ。
 一方、ルベーノはそれより下の年代の子供たちの教育を担った。とは言っても、専従の教員という訳ではなく、教会の力仕事や雑務、護衛役といった用務員さん的なポジションを引き受けながらの課外授業的・ボーイスカウト的なものだった。
 授業内容も実践的なもので、体力の向上のみに留まらず、自衛手段の習得──護身術やサバイバルと言った技術的なものだけでなく、危険の見極め方や逃走方法、野草の識別など生きる為の知識──というより知恵を身に着けさせるものだった。
「ここには教育もある。女子供もいる。盗賊に人さらい……人は貧すれば何でもするのだ。備えて備えすぎるということはあるまい」
 そして、自警団員を目指す者には、より実戦的な訓練を施した。兵士に憧れる者にはその現実を助言しつつ……それでも目指したいと言う者には剣や槍の使い方をこっそりと教えてやった。
 やがて、ルベーノの教えは、『損して得取れ(徳取れ、ではない方)』『(本来の意味での)情けは人の為ならず』的な、『教会的ではない人生論』にまで及んだ。
「第七街区を変えていくのは、多分、お前たちの世代が中心になりそうだからな。詰め込めるだけ詰め込んでおくのも悪くなかろう」
 ……更に下の世代には、いつもの様にボランティアに来たサクラとシレークスがシスターたちを手伝い、基礎となる『読み書き算盤』を教えた。何をするにしても基礎となる土台の部分の勉強だ。
(産業というものが無い現状、この街で資源と呼べるものは人材だけです。最終的な復興の為にも、それなりに教育を受けた人材が必須です。手に職を、だけでなく、頭を使える人材が──)
 サクラの脳裏に、先日、ドニが告げた言葉が浮かんだ。
 彼は集まったハンターたちにこんなことを言ったのだ。

「今の内に、初等教育を地区に普及させておきたい。ジョアニス教会だけじゃない。地区の全ての子供たちに教育を施せるようにしたい」
 復興開始初期の頃、酒の席でドニがポツリと零した言葉──貧しい地域において、子供は貴重な労働力だ。親が学校に行かせない事も多く、その事実はリアルブルーでも第七街区でも変わらない。
 だが、仕事もなく、人手が余っている今ならば、親たちも説得し易い。昼飯で釣る手もある。しかし、この第七街区では、初等教育を担う教会の絶対数が足りていなかった。余りに治安が悪くて中央の教会が二の足を踏んだからだ。
「中央のクソ坊主どもは当てにならん! ……俺はな、初等教育の場を、教会という場に限らなくても良いんじゃないか、と思っている」
 ……ドニ本人が意識していたかは知らないがが、それは教会に依らぬ学校制度というものに対する初めての言及だった。

 祝祭日── J・Dとシアーシャの2人が、菓子や玩具、古本や文房具が山ほど入った段ボール箱を担いでジョアニス教会にやって来た。
 全てはシアーシャが王都で寄付を募ったものだった。それでもどうしても足りなかった物はJ・Dが自腹を切って用意した。
「みんなー! シアーシャサンタさんが祝祭日のプレゼントを持って来たよー!」
「サン、タ……?」
「リアルブルーではね、良い子にしてるとサンタさんって赤い人がプレゼントを持って来てくれるんだって!」
 その日は、日々少しずつ溜めた食材を使ってささやかながらパーティが催された。ハンターたちは全力で子供たちと遊び、その体力が尽きるまで付き合った。
 夕食後、ドニやエル、ディーナが到着し、J・D、ルベーノを交えて年長組の進路面談が行われた。
 それぞれの技術や希望に応じて、就職先が紹介された。観智の教え子たちの多くはJ・Dやディーナの伝手で復興事業支援組織やノーサム商会へ。自警団への所属を希望する者はルベーノがエルに推薦した。料理人や職人を志す者には、ドニがトトムたちや新興商人たちに弟子入りが可能かを打診した。
 そうして面談も最後の一人の順番となり……どんな仕事に就きたいか尋ねられた少年が、ドニの目を真っ直ぐ見てこう答えた。
「僕は、ドニさんの事務所に入りたいです」
 J・Dはドニと顔を見合わせた。そして、戸惑いがちに答えた。
「俺だって、ドニの旦那のことァ尊敬している。だが、そいつァ止めておいた方がいい」
「なぜですか? ドニさんはいつも街の皆を助けてくれてるじゃないですか。僕もそこで皆を助ける仕事がしたいです」
「……だったら尚の事だ。お前ェさんがたには、お天道様の下をきちんと歩いて欲しいのさ」

 その日の夜── ドニは客室の寝台を抜け出して教会の中庭に出た。月の美しい夜だった。
「皆を助けるお仕事、か……」
 月を見上げて、自嘲する。まさか自分たちが、子供たちからそんな風に見られていたなんて。そんな風に言ってもらう資格など、自分たちには無いというのに……
「ドニさんも眠れないの?」
 不意に後ろから声を掛けられ、ドニは心臓が飛び出さんばかりに跳び上がって振り返った。
 声の主はシアーシャだった。少女はそんなドニを見てカラカラ笑うと、一転、母性的な表情で何があったかを訊ねた。
「それは、ドニさんたちが実際にその子や街の人々を『救った』からだよ」
 話を聞いたシアーシャは、何を今更、という風に一刀両断にした。そして、暫しの沈黙の後……このような一言を零した。
「あたし、この前の戦いで大切な『トモダチ』を失くしたんだ」
 ドニはハッと驚き、彼女を見返した。シアーシャはこちらを振り返らずに続けた。
「心がめちゃくちゃになって、ぽっかりと穴が開いたみたいになって……でも、ドニさんもさっきの子たちは、こんな苦しいことを何度も乗り越えてきたんだよね……」
 ドニは、彼女に掛ける言葉を持ち合わせていなかった。気持ちが分かる、などとは絶対に言えなかった。その想いは本人だけのもの……他者に踏み込めるものではない。
「死んでしまった人は戻って来ない…… けど、だからこそ、大切な『トモダチ』に笑われないように…… あたし、頑張って、ここの復興を手伝うよ。だから……ドニさんも自分なりに頑張って!」

 翌日。シアーシャは、教会へボランティアにやって来たセルマ・B・マクネアーの元を訪れた。セルマは元ホロウレイド戦士団──マーロウ大公私設軍の幹部の一人だった。
「セルマさん! セルマさんって、新聞社にコネとかある?」
「え!? ……いえ、ありませんが……いきなり何です?」
「ん? もし紹介してもらえれば、この地区の苦境を記事にして伝えてもらって、『第七街区のことも忘れないで!』って訴えて、あと、寄付金をお願いしたり、『働く意欲のある人がいっぱいいますよ! 雇ってくれませんかー?』って広告を出してもらったり…… あとあと、お金持ちと言えばやっぱり貴族だと思うから、寄付金をくれた貴族のトップテンを毎月ランキングにしてもらったり、『○○伯爵が第七街区を視察!』とか写真入りで記事にして貰って、貴族たちが競って『慈善活動』をしてくれたら嬉しいなぁ、って」
 ぷはーっ、とそこまで一息に言い切ったシアーシャに、セルマは圧倒されたが……ハンターたちの攻勢はまだ終わらなかった。
「マスコミを利用するのは良いアイデアですねぇ」
 いつの間にか教会を訪れていたハナがそうシアーシャを持ち上げた。
「しかし、まだまだ甘いですぅ」
 そして、すぐに落っことした。
「ハ、ハナさん!? どうしてここに……?!」
「決まってますぅ。セルマさんに大公閣下への繋ぎを取ってもらう為ですぅ。王家は現在、王都の復旧で手一杯……なら、第七街区の復興はお貴族様に頑張っていただくしかないじゃないですかぁ。大公様には、第七街区の整備に参加する貴族たちの取り纏めと音頭取りをお願いしたいんですよぉ。……これ、そのままお孫様の為の地盤固めになりますよ? 出資者にはもれなく『復興を担当した地区の街や道路に自分の名前が付く権』をプレゼントぉ! 王都から郊外まで続く街道に名前が付けば、名誉は青天井ですよぉ?」
 セルマはハナに圧倒されつつ、話だけはしておくと約束した。
 もっとも、領地に帰る予定はもう暫くはないのだが……


 貧していた時には表面化していなかった対立が、経済的な余裕を得た途端に表立って噴き出した。
 王都決戦時の避難中にかつての主ノエルを失ったネトルシップ地区── そこで、かつてのノエルの配下たちが血みどろの抗争を始めたのだ。
 以前から兆候はあった。他所から勝手に住み着き始めていたのはネトルシップ地区からの住人が殆どだった。
 彼らは口々に訴えていた。──ノエル統治下の方がよっぽどマシだった、と……

「ふふ、ふふふ……食うに足りて『飲む・打つ・買う』が充足してきた途端にコレですか……」
 ネトルシップ地区にほど近い第二事務所教会── 相変わらずご近所のお年寄りたちに人気のシスターメレーヌを見守りながら、ネトルシップ地区の『体たらく』にシレークスは笑みを引きつらせた。
 抗争のきっかけは、ネトルシップ地区で頻発していた小競り合いを抑えるべく、ノエルの元幹部だった各勢力のボスたちが一堂に会した話し合いの場で起きた。ボスの一人が闇討ちを仕掛けて複数のボスたちが死に、抗争が勃発。野火が広がる様に一気に地区全体に広がり、今では群雄割拠の様相を呈しているという。
「前兆はあった…… だからこそ、ネトルシップ地区の状況には気を配っていたんだけど……」
「すぐ隣りの地区ですからね…… いつ火の粉が降りかかるとも限りませんし……」
 現在、第二事務所にはシレークス、ざくろ、サクラ、3人のハンターたちがいた。隣区にきな臭さを感じて、いざという時の為に備えていたのだ。
 一方、ドニの元には、地区に進出した商人たちから「何とかしてくれ」という『悲鳴』が幾つも舞い込んでいた。
「王都の部隊が介入して来る前に、自分たちでかの地区を制圧すべきです。治安維持を名目に、それに貢献することで自警団の活動の既成事実化を」
 エルの進言に、ドニは一旦待ったを掛けた。大義名分なく抗争に加われば、今、かの地で暴れているバカどもと同じになってしまう。
「確かに…… 報復やらで血みどろの応酬になると面倒くさいことこの上ない。ただ単純に壊滅させるのは、非効率というか勿体ない」
 ドニの方針を伝えられたシレークスは同意を示した。
 何か大義名分は無いか──? ざくろは一人、ネトルシップ地区へ潜入調査の冒険に出掛け……現地で情報を収集して回り、そして、その『大義名分』を連れて戻って来た。
「ノエル閣下は亡くなる際に、自分の死後はシマをドニ殿に託すよう遺言をされておりました。しかし、私を含めて誰も受け入れる者はありませんでした……」
 ノエルの『忠臣』だったという『最小勢力』のボスが内幕を暴露した。ドニは彼に自分に救援要請を出す気があるかをYes or Noで聞き出すと、その過程を正式に文書に認めた後、エルの自警団を第二事務所へと進出させた。
「これはもう、やるしかねぇですねぇ」
 ドニがやる気を見て取って、シレークスは拳を打ち鳴らした。……ここは多くの兵たちが死力を尽くし、命を賭して歪虚から守った土地だ。そこで好き勝手に暴れようなんざ、絶対に許せない。
「上手く頭だけ抑えられるといいんだけど……」
 ざくろもまた静かに気合を入れ直し、シレークスやサクラと共に第二事務所を出発した。
 ……第二事務所に入った自警団に、ボスたちの注意が集中する。その隙に、事前に『忠臣』のシマに入っていたシレークスとサクラの二人が、背後から『最大勢力』の事務所にカチコミを掛けた。
「流浪のシスター、シレークスなのです。お邪魔しますですよ(メキャッ!」
 玄関のノブを怪力でねじ切りながら、ご近所さんに挨拶するような気軽さでズカズカと侵入していくシレークス。その後ろについていったサクラが手刀を切りつつ、心の底からの忠告を彼らに発した。
「早めに白旗上げた方がいいですよ……? 私はさておき、そこの人は優しくないですから……」
 ふざけるな、と反駁の声が飛んだ。即座にシレークスは「喧しいっ!」との声を返しながら、奥義で事務所の天井をぶち抜いた。
「諦め悪いようですね…… では、私も遠慮はしませんからね……?(ニッコリ)」
 奥義の威力に呆然とする相手に向かって、サクラとシレークスは笑顔で戦闘状態に突入した。と言っても、二人がほぼ相手を殴り倒すだけの一方的な展開に終わったが。

 いきなり最大勢力が潰され、幹部たちは驚愕した。そして、一時的に手を組んでその脅威に対処しようとした。
 まず、裏切り者の『忠臣』のシマに粛清の手が伸びたが、これは護衛についていたざくろによって悉く弾き返された。
 その背後を突く様にネトルシップ地区へと侵入するエルの自警団──それを排除するべく大軍を差し向けた同盟軍は、『式符』と『マジックフライト』を活用して索敵・哨戒を行ったエルの指揮により、各個に撃破されていった。

 ネトルシップ地区は僅か一週間で制圧された。
 遅れて到着した王都の役人たちに対し、エルは私利私欲で介入したわけではない事を示すように、地区の一切を彼らに任せてドゥブレー地区へと引き上げた。


 数か月後、領地に帰ったセルマは大公に面会し、ハナとの約束通り、話された内容を一字一句違えずに主に伝えた。一字一句──口調も変えずにノリノリで伝えたセルマが「──以上です」と真顔に戻り……その様を目の当たりにした大公はちょっと引いた。
「千年の歴史を持つ王都の復旧に力を貸せと言うなら、喜んで出資もしよう。名誉なぞでない、愛国者故にだ。……だが、その第七街区……難民たちが寄せ集まって作った街だというが、私が金を出してまで復旧する価値のある場所なのか?」
 恐れながら、と顔を上げ、主の目を見てセルマは答えた。
「彼らは不屈の民です。何度も戦火に曝されながら、その度に諦めることなく立ち上がる…… その様を、私はこの目で見続けて来ました。千年の歴史を持つ王国に相応しき民たちです」

 数日後── ヘルメス情報局の一面に、マーロウ大公家が復興資金をロハで『寄付』する記事がデカデカと掲載された。併せて第七街区の窮状を訴える記事も載せられた。
 それ以降、大公の口利きに乗せられた貴族たちが続々と出資を表明し、地区の命名権を『購入』していった(ちなみに、大公自身は命名権を買ってはいない)。
 その後、ヘルメス情報局の寄付金ランキングの上位に乗ることが貴族たちのステータスになり、民たちはそれを恰好のイベントとして囃し立てた。
「この数か月が勝負よ」
 ハナは集めた資金を全てドニの裁量に任せた。ただ、J・Dの復興事業支援組織には一つだけ注文を付けた。
「雇用者の報酬もそうだけど、まずは作業員たちに出す食事を旨くて量の多いものにして。その食事を見て働こうとする人が増えれば、諸々に波及効果が出ますよぅ?」
 ドニとJ・Dはその資金を以って、都市計画を一気に押し進めた。貴族たちの名を冠した学校(私塾という扱いにされた)が幾つも立てられ、住宅地区と商業地区の建設ラッシュは、ドゥブレー地区に仕事と雇用を生んだ。
 貴族たちの伝手で第二・第三街区の老舗の大商人たちが参入し、他街区の新興商人たちもそれに対抗する為に慌てて商人連合を復活させた。
 やがて、無秩序な乱開発は王都にインフレを招きかねないと、第七街区の整備は王家の名の下に管理されることとなった。
 命名権も取り消されることとなり、多くの貴族が泣くこととなったが、各貴族は提供した石材などにこっそりと自家の紋章を刻んで名誉を主張した。住人たちもまたその通りや町の名を彼らの名で呼び習わすことを止めず、俗名として後世に伝えることで彼らへの感謝を表し続けた。

 あれから数年の時が流れた。
 第七街区は復興を果たし、王都の他の街区に負けないくらいの街並みを有していた。
 そんな時、故郷であるリベルタース地方への『入植者』を募集するお触れが王都より出され、トトムを初めとする少なくない数の地区の住民たちが、故郷の復興の為にここから旅立つことになった。
「すまんな、ドニ。辛い記憶ばかり残る故郷だが……あそこもここと同じように復興させてやりたいんだ」
 そう言うトトムたちを、ドニは快く送り出した。その帰還を支援する為に、ディーナが随伴することとなった。
「リベルタースで生まれる特需の余波を、こっちに持ち込めるように頑張るのー」

 旅立つ彼らを見送りながら、J・Dがドニに呟いた。
「復興はなった…… なら、いつかみたいにまた盛大に復興祭をやりたいところだな」

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参加者一覧

  • 流浪の剛力修道女
    シレークス(ka0752
    ドワーフ|20才|女性|闘狩人
  • 止まらぬ探求者
    天央 観智(ka0896
    人間(蒼)|25才|男性|魔術師
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • 力の限り前向きに!
    シアーシャ(ka2507
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 星を傾く者
    サクラ・エルフリード(ka2598
    人間(紅)|15才|女性|聖導士
  • 交渉人
    J・D(ka3351
    エルフ|26才|男性|猟撃士
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
J・D(ka3351
エルフ|26才|男性|猟撃士(イェーガー)
最終発言
2019/09/03 18:23:55
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/09/03 18:22:50