おいしいご飯をつくらせて!

マスター:ことね桃

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
  • relation
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
5日
締切
2019/09/05 22:00
完成日
2019/09/22 19:44

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●人か獣か、シュターク・シュタークスン

 ごそごそごそ。ざっざっざ。
 2mを超える巨体がカールスラーエ要塞周辺の草を鎌で刈る。
 その人の名はシュターク・シュタークスン(kz0079)。戦闘部隊「帝国軍第二師団」の師団長だ。
 高い身分にありながら自ら率先して汗と土にまみれ、
 雑草駆除に励む姿はなんとも勤勉で労働意欲にあふれているではないか――。
 が、しかし。
 彼女は突然鎌を放り出すと、小山となった雑草を口に運んだ。
「……っぁぐ」
 野菜でもハーブでもない。
 ましてや洗ったわけでも火を通したわけでもない。
 刈ったばかりのただの雑草を歯ですり潰す。
 青臭さと苦みの強い草をもしゃもしゃと食べる姿は巨躯も相まって闘牛のよう。
「ん、この辺りの草はイケるな。クセはあるけど悪くない。
 ……この前、要塞の庭で草を食ったら食堂のおばちゃんに怒られて監視されたのは辛かった……。
 あたしはどんなモン食っても腹壊したことねえのに。よっし、これからはこっちで食お!」
 こんな愚痴を零しながら、嬉々として雑草を食べる。食べる。
 つまるところ要塞の景観や保安のために草を刈ったのではなく、腹を満たすべく草を摂取しに来たのだった。
 ――だがシュタークは以前よりも成長している。
 まずは2年以上にわたるおばちゃん達の根気強い指導(調教?)により、
 土や汚れのついた部分は洗ってから食べるようになった。
 副師団長スザナの恐ろしいほど長い説教により毒草の知識も身につき、それらは避けるようになった。
 一応、だが。
 そんなシュタークが雑草をおやつ代わりに食む姿は日常が戻ってきたという証だ。 
(オウレルは今んとこ真っ当に生活しているし、エリザベートのクソ野郎もハンター達が討伐してくれたし……)
 暴食王ハヴァマールを筆頭に
 アイゼンハンダーや紫電の刀鬼らが息を潜めていることが不気味なのは否めない。
 それでも負傷兵が治療に専念し、
 中央が戦後処理に集中できる程度には平和になったことはただただありがたい。
 数カ月前まで毎日厳しい行軍を繰り返していたのが遠い夢のよう。
 シュタークは身体についた草や土を払うとにっと笑った。
「さて、これからまた稽古つけてやるか! うちの戦闘技術は帝国一だ。
 邪神が消えた途端に腑抜けちまったら他の師団に笑われるもんな」
 今日も生き生きと巨大な剣を手に訓練場へ向かうシュターク。かくも彼女は悠々と日々を過ごしている。

 と、そんな彼女を見て顔を顰める女性がいた。
 シュタークが何よりも恐れる「食堂のおばちゃん」達である。
「ああ、やっぱり師団長さんってば草食べてる! 食堂で山のように食事をしてもまだ足りないのよっ」
「スザナ副師団長に6時間しぼられても『毒食わなきゃいいんだろ』と言っていたしねェ」
「あの体を維持するのにどれだけの食事が必要なのか……」
「第二師団は食欲魔人の集団。健康面を無視するのなら経済的にはありだけど、そうもいかないよね」
「それに組織のトップが裸に近い格好で草を食べるというのも風聞に悪いわ。
 せめてハーブ園や菜園を利用するとか……そういう風にしてくれると良いのだけれど」
「周りの目、全然気にしないものね……」
 揃って頭を抱えた時に、ふとおばちゃん達の中でも比較的若い女性が「ぽん」と手を叩いた。
「そうだわ、師団長さんに料理をさせるのよ!
 さっき草を食べていた時、草の味はきちんと認識していたようだったもの」
「たしかに。前は何を食べても『腹の膨れ具合』で判断していたものねぇ。食生活が改善された証かしら」
「それなら話は早いわ。
 調理の意義や楽しさを教えて少しでも人の道に戻さないと! このままじゃまた野生に帰ってしまう!」
 何とも酷い言い様だが――とにかくおばちゃん達は頷きあうと早速調理場で準備を始めるのだった。


●巻き込まれる英霊

 その日は丁度、フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)が戦斧の指南のため要塞へ立ち寄った日だった。
『斧は軌道が読まれやすく、力の弱い者が振るえば重心が揺らぐ。いわば使い手を選ぶ武器と言えよう』
 そう言ってフリーデは新兵に両手斧を握らせた。
 柄が木製の半ば日用品に近いものだが、細身の青年には分厚い刃が重く感じる。
「……これは力をつけないと駄目ですね」
『ああ。現状では知能のない雑魔程度にしか使い物にならないだろうな。……だが!』
 フリーデが得物のハルバードで試し切り用の丸太を打てば、鮮烈な音と同時に木がふたつに割れた。
「「……!」」
『速度は剣や刀に劣り、射程は銃や弓矢どころか……鞭や長柄の槍にも劣る。
 しかしその破壊力はいずれにも勝る。
 先手を取ればどのような敵にも脅威となるだろう。この通り、障害物を破壊することもできるしな?』
 斧は誰でも扱える道具だ。
 しかし戦闘に能うまで業を極めるには相応の筋力と技術を要する――いわゆるロマン武器である。
 その奥深さに青年たちが目を輝かせたところで
「ちょっと、フリーデさん!」とおばちゃんが訓練場に乗り込んできた。
『何かあったのか? 歪虚でも現れたか!?』
「ああん、そうじゃないのよ。うちの師団長ってあの通り色々な意味で野生じゃない?
 だから料理のひとつでも教えて、食生活から改善しようと思ってね」
『ふむ。それがどうしたのだ?』
「こんなことを言うのもなんだけど……それに協力してもらいたいのよ。
 再編纂された史書で読んだの、生前のフリーデさんが野外生活で様々な料理を作ったって話!」
 するとフリーデが顔を引き攣らせた。
 たしかに野生動物の肉や野草を使って滋養に良い料理を作った記憶は、ある。
 ただそれは滋養に良いだけで、全てが現地調達だったため味は決して良くなかった。
『ナイフの扱いや血抜きぐらいなら教えられるが……その、食感や味については保証できないぞ……』
「何を言ってるの、あなたが作ったと猪とハーブのミートパイは今でも伝統料理として人気があるのよ?」
『それはおそらく後世の料理人が美味く仕立てたんだろう。
 私の作ったものはパイではない。固焼きパンに猪のミンチと臭み消しのハーブを挟んだものだ』
 パイなんて嗜好品を作れるほど豊かではなかった……と俯くフリーデ。
 だが彼女の腕をおばちゃんはがっしと掴んだ。
「それならそれで構わないわ! うちの師団長は多分、その辺りから始めないとついていけないから!!」
『え?』
「放っておくとあの子、ヤギや牛みたいに草ばかり食べるのよ!
 だから野菜に味をつけるとか、肉を挟むとか、そういうひと工夫から始めないといけないのっ!!」
 おばちゃんの悲痛な叫び。フリーデは困っている人間を見ると放置できない気質である。
『……わかった。簡単なものでよければ……』
 かくしてやる気がなく味覚も曖昧な師団長に調理させるという、非常に困難な依頼が始まったのだった。

リプレイ本文

●草食む女

 帝国軍第二師団の食堂のおばちゃん達が
 連名で「師団長の悪食を改善して!」と申請した依頼を受けたハンター達。
 彼らはシュターク・シュタークスン(kz0075)の大雑把な性格から察して、
 精々食べ合わせを気にしないとか、生に近い状態の食材でも平気で口にするのだろうと気楽に構えていた。
 しかし目の前で見てしまうと――誰もが絶句する。
 要塞の裏庭に生えた雑草を鎌でブチブチと薙ぎ、
 手の中の草を一瞥した後……迷いなく口に押し込むシュタークの姿に。
「ほらね、いつもああして食べるのさ。
 その度に食糧庫からパンや携行食を出して『こっちを食べな』って言ってるんだけどねえ」
 案内役のおばちゃんが口をへの字にする。
 鞍馬 真(ka5819)は野性味あふれる帝国軍第二師団長の姿に無意識に眉を顰めた。
「草を、そのまま食べる……? さすがに、私もそこまでは……至らないな……」
 彼自身もそれほど食にこだわる気質ではない。
 しかしそれは食べ物を選り好みしないというだけの話。
 ここにいる誰もが食物の現地調達となれば食に適した獣肉や野草を求め、手ずから調理するのが常道だった。
 そんな中でメンカル(ka5338)もしばし呆然としていたが、
 ふいに我にかえるや「おい、シュターク!」と声をあげた。
「あん? どうしたよ」
「あのな……幾ら何でも食うなそんなもの……。
 生臭いし栄養価も微妙だし、そもそも雑草は人の体に合うようにできてないぞ?」
「何言ってんだよ。あのな……草はいいぞ。草ヤバい。超ヤバい。食えばわかる」
 そう言って左手に握った草をもしゃりと食すシュターク。
 その顔は無邪気な子供のように朗らかだった。
 ――曲がりなりにも人並みの生活を送っていた行軍生活に区切りがついたため、彼女は野生に還った。
 そして知能指数が下がった結果、ついに言語能力まで衰えてしまったのだろうか……。
 もしかしたら今まで口にした草の中に毒が含まれており、脳を損傷させたのかもしれない……。
 全員が顔を蒼白にする中で、
 シュタークは新しい草を拾うと「ほら、お前も喰えよ。うまいぞ」とメンカルに束で差し出した。
 そして今までの語彙の貧困さを裏返すように雄弁を振るい出す!
「あのな、草は雨が降るたびにいくらでも生えてくるんだ。
 野菜と違って種を蒔かなくても世話をしなくても生え続けるからずっと食べ続けられる。
 それに季節や場所ごとに種類が変わるから一向に味に飽きが来ない!
 帝都のように地面が舗装されると調達しにくくなるが、この田舎じゃ春になれば無数に生える!
 例え農産物不作の年があろうと、草さえあれば生きていけるッ!!
 さぁ、まずはこれを食ってみてくれ。初心者向けの味だからきっと気にい」
 ――以上、4秒。メンカルは左手で腹をおさえながら、辛うじて微笑むと草束を押し返した。
「わかった、わかったよ。お前の草への愛は。でもな? 世の中には草よりも美味いものがたくさんあるだろ」
「ん?」
「食堂で出される食事とか、行軍中に食べた携行食とか。
 栄養バランスを考え、手間暇かけて食べやすいよう創意工夫をされた料理に何か思うことはないのか?」
「んー……それがあんまりないんだよなァ。舌が壊れてるわけじゃねえんだけどさ」
 その答えにトリプルJ(ka6653)が眉を顰めた。
(身体の健康状態に異常があるわけじゃねえとなると……もしかしてメンタル面に問題があるのか?)
 そこで「あのぉ……ちょっといいですかぁ?」と小さく挙手したのが星野 ハナ(ka5852)。
 彼女はシュタークとおばちゃんの顔を交互に見ると、おずおずと口を開いた。
「これぇ、食べたい時に食べたいだけ出せる分の物がない……
 つまりぃ、資金力の問題な気がしますけど違うんですぅ?」
 現在の帝国は多くの兵をグラウンド・ゼロをはじめとした戦場で失ったために国力が弱体化。
 そして多くの街が戦場となったため、生還した軍人達や貴重な軍事費も復興活動にあてられている。
 そこで定住者の少ないこの地域を司る第二師団には
 兵站が後回しにされているのではとハナは案じたのだ。だが。
「いや、そんなことはねーんだ。あたしは食堂で一日3食腹いっぱい食わせてもらってるからな」
「そうそう。ここは毎日山のように調理しても米粒ひとつ残さない帝国一の大飯喰らい集団さ」
「ああ。第二師団は真っ先に国防へ命を懸けると宣誓するだけに、
 責任を背負うと同時に兵站を十分確保してもらっているんだ」
 何でもないように話すシュタークの隣で証言するおばちゃんの「帝国一」という言葉が、重い。
 それでも物は十分に食べられるのだと知ったハナは安堵し、考えをまとめ直した。
「なるほどぉ。となると、シュタークさんは草以外でも毎日きちんと食べているんですねぇ?」
「おう! だから草は間食、みたいな?
 外でいい匂いがしたんで食事前だけど買い食いしちゃった的なやつ。お前らにもあんだろ」
「それは……ゼロとはいいませんけどぉ。でも雑草はないですねぇ」
 その声にシュタークが顔を引き締め、花の両肩を大きな手で掴んだ。
「いいか、ハナ。世の中に雑草という草はねえんだ。
 全てに名前があって精一杯生きているんだよ。自分の生きた証を残すために!」
「んー、でもその生きた証を容赦なく食べているのはシュタークさん自身だと思うですぅ……」
「いんだよ、細けぇことは!
 草は放っておけば伸びるから実際問題死なねぇんだ!! とにかく無限の可能性を秘めた草最高ー!」
 全く、取り付く島もない。
 真は小さく咳払いすると「それでは」とこう提案した。
「草が美味しいのはわかったけど……どうせ食べるなら、美味しいものの方が良いよね?」
「あん?」
「さっきシュタークさんはこう言っていたね。帝都のように地面が舗装されると草が食べられなくなるって」
「お、おう。そうだな」
「それでは、これからの帝国は人類の居住地域を増やすために
 汚染区域を開拓しようとしていることは知っているかな?」
「ああ、それは偉い奴から聞いてる。あたしらも北で開拓する連中の護衛をすることになるんだろうなぁ」
「……で、将来的にここはどうなると思う?
 おそらく北に繋がる要衝として大きく開発されて、
 いつかは帝都のように土地が舗装された商業の街になると私は考えているんだ」
 そこでようやく事態を把握したのか「んっ」と顔を顰めるシュターク。
 真は彼女の感情を荒ぶらせることのないよう、柔らかな声でわかりやすく説明を続ける。
「そして第二師団は戦闘部隊という立場上、負の領域の周辺で雑魔達を相手取ることになるはず。
 だけどそこは正のマテリアルが存在しないから、草は生えていないよね?
 兵站にも食品に分類されない草は含まれないはずだ」
「う……」
 今まで馴染んできた味に別れを告げる日が来るとは思っていなかったのだろう。
 シュタークが大きく肩を落とす。
 そこで真が彼女の腕をとり、元気づけるように微笑んだ。
「だから……今のうちに少しでも草以外の、栄養があって腹持ちの良い食べ物を探してみようよ。
 私達も協力するから、ね? そこから少しずつでいい。できることから挑戦してみよう?」
「……わかった。草が食えないなら、自分で美味いと思えるものを作るしかないもんな」
 シュタークがようやく覚悟を決めたように顔を上げる。フィロ(ka6966)が大きな買い物袋を手に明るく笑った。
「その意気でございます、シュターク様。
 食の楽しみを実感できますよう、私も尽力しますので今日は楽しんで参りましょうね」
「ああ。今日のあたしはマジで食いモンを考えてみるよ。
 このままじゃあたしの腹が空くだけじゃなくて、皆にも心配をかけるもんな」
 ――こうしてシュタークの初めての料理教室が始まったのだった。


●英霊との再会

 シュタークが要塞に向かう傍ら、メンカルの弟アルマ・A・エインズワース(ka4901)は
 愛妻フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)の姿を目にするや満面の笑みを浮かべた。
「あ、フリーデさんっ! わふー!!」
 何しろ邪神戦争終結後も互いに多忙で同居に至ることができずにいる夫婦である。
 久しぶりにわんこタックルを敢行するアルマをぼふ、といつものように腕で抱き上げフリーデも笑った。
『アルマ、元気そうで何よりだ。毎日ちゃんと食べているか?』
「はいですー!
 ハンターのお仕事をしながら新しいお家の準備をしてるので結構忙しいです。栄養つけて頑張ってるですよー」
『そうか……私も荷造りを進めているところだ。お前に何もかも任せてしまって申し訳ないな』
「んー、でも僕の実家は辺境ですのでー。
 転移門を通しての荷運びもありますから、自分でできる分はしっかりやるです!」
 そうしてきゃふきゃふ笑いながらフリーデと手遊びに興じるアルマを見て、メンカルはほっと息を吐いた。
(アルは以前より大分落ち着いたようだな。……守るべき者を見つけたからだろうか。
 このままだと心配性な兄貴はお役御免だな。
 まぁ、不器用な義妹のことも心配といえば心配だし……俺自身はそう変わらない、か)
 微かに笑みを浮かべて弟夫婦を見つめる。その時――フリーデが彼の存在に気付くや顔を真っ赤に染めた。
『こ、これは義兄殿! 先日は大変失礼したっ!!』
 あまりの過剰な反応にメンカルが「いやいや」と苦笑する。
「フリーデ、久しぶりだな。変わりないようで何よりだ。
 それとあの日のことは気にしちゃいない。あれは本当に偶然だったからな」
 実は数カ月前に泥湯温泉で偶然出会っているふたり。
 しかしそのことを知らないアルマは子犬のように目を丸くした。
「あれ? お兄ちゃんとフリーデさんってどこかで会ってたです?」
 あの日のことはふたりの間での秘密。
 メンカルがアルマに気を遣って身を隠したことも、フリーデが彼に喧嘩腰で迫ったことも。
 そこでフリーデに視線を送るとメンカルは何でもないことのように言った。
「あ、いや……帝国の街角で偶然、な?」
『そ、そうだ。その時私が無作法な態度を取って。それがずっと気にかかっていてだな』
「そうだったです? でも良かったですー。
 フリーデさんを辺境に連れて行くのは難しいですから、顔合わせできて安心しました!」
 無邪気に喜ぶアルマ。メンカルは微かに痛む腹を撫でながらも安堵し、フリーデにこう提案した。
「ああ、そうだ。フリーデ、義兄殿というのは堅苦しい。
 これから長い付き合いになるんだ。……お兄ちゃん、でも別にいいんだぞ?」
 するとフリーデが困ったように眉尻を下げておろおろと口を開く。
『お、お兄ちゃん……殿?』
「いや、殿はいらない。お前は俺の義妹なんだ、既に家族も同然。もっと気楽に接してほしい」
『う、うー……でも……やはり……』
 メンカルの真剣な表情に顔を真っ赤にするフリーデ。
 アルマもアルマで「お兄ちゃんとフリーデさんが仲良しになったら僕も嬉しいですー」と
 呑気に言うのだからたまらない。
『わ……わかった。それでは兄上、でどうだろうか。慣れたら、その……いつかは』
 今のフリーデにはそれが精一杯。
 メンカルは「その時が来るのを楽しみに待つとするか」と笑うと要塞の門をくぐった。


●シュタークの心の檻

 調理場に続く廊下でトリプルJはシュタークの顔をみとめるや、小さく手を挙げた。
「よぉ」
「おっ、トリプルJじゃねえか。
 この前の戦では支援ありがとな。ところでお前もこれから調理場に行くのか?」
「いいや、俺は料理するよりお前に聞きたいことがあってここに来たんだ。少しだけ、いいか?」
「ああ、今は食材の搬入中だから大丈夫だろ」
 シュタークはトリプルJの射貫くような瞳に頷き返す。ふたりは階段脇の壁に背を預け、向き合った。
「まずは、だ」
 ――こう一言おいて、トリプルJが話を切り出す。
「腹減りゃ人間は、すぐカロリーになる炭水化物を摂取して乗り切るわけだが。
 ただの野草にそんなもんが多く含まれてる訳がねえ。
 腸刺激してより健啖家になるのが関の山だ。そのことはわかってるか?」
「ケンタンカ?」
 聞きなれない言葉に眉を顰めるシュタークにトリプルJが指を立てて説明する。
「そうだな……大食家とも言うかな」
「んー……草を食えば食うほどもっと腹が減るようになるのか。
 そいつは具合が悪いな、あたしは部下達を守らなきゃならねえのに」
「ああ。お前が腹へって身体を動かすエネルギーを欲してるなら、
 それこそ厨房で小麦由来の麺やらパンやら食わしてもらう方がよっぽど効率的だ。
 あっちの方がすぐにお前の体を動かすエネルギーに変わるからな」
「……」
 考え込むようにして俯くシュターク。その様子にトリプルJは頭を掻き、改めて彼女の顔を見つめて問うた。
「おばちゃん達にゃ申し訳ないが……お前、何かトラウマになってねぇか?
 新兵時代に大食を揶揄されたとか、師団長になってから兵站で苦労したりとか。
 お前が気軽におばちゃんのとこに来れる心地に慣れねえと、
 いくら皆が料理を提案しても、お前の心にも行動様式にも残らねえ気がするんだ」
「や、おばちゃん達には感謝してるんだ。それにハナに言った通り、食で困ったことはない。
 あたしの大食いについても……新兵時代はチビだったから『もっと食え』と言われたぐらいさ」
「それなら何故草にこだわる? 十分に飯を食えたなら草なんて食べる必要はなくなるだろ」
 すると、シュタークの瞳が下に向かって小さく揺らいだ。
「……実は、さ。あたしにとって草はガキの頃から親しんできた食いモンなんだよ」
「ガキの、頃?」
「ああ。……革命前の帝国は社会全体が停滞していてな。
 あたしのような孤児を社会が世話してくれる余裕なんてなかった」
「それで草を食って空腹を紛らわせたのか」
「ああ。労働できるほどの年齢や体格に達していなかった孤児は
 残飯をあさったり食える草を探したり、泥水を掬って生き延びたもんだ。
 ま、そのせいか今は色々と免疫がついたのか健康だけどな!」
 冗談交じりに朗らかに笑うシュターク。
 しかしそれゆえに痛々しさが色濃く映った。――トリプルJが拳を固く握りしめる。
(その貧困でお前の左目が光を失ったんだろうが。
 左目に十分な治療が施されていたら、顔も深く傷つかずに済んだはずだろう?)
 思いが高まり、トリプルJは無意識に彼女の両腕を掴んだ。
「それなら尚更、真っ当な物を食えよ。
 食いたい物を食える身になったのに、いつまで過去に自分を押し込める?
 そこまでお前の過去は背負い続けなくちゃいけないものなのか!?」
 強い声にシュタークは目を瞬かせると「……すまねぇな」と頭を垂れた。
「あたしは誰のことも恨んじゃいねえ。
 軍では出自関係なく扱ってもらえたし、この通りの身体になるほど飯も食わせてもらった。
 でもふとした時に疼くんだよ、あたしの中にいるガキがさ。ここと同じように」
 そう言って眼帯越しに左目を撫でる。その仕草にトリプルJは彼女の奥に隠された悲哀を感じ取った。
(理屈では超えられない寂しさが過去を繰り返させるのか。
 それを払拭させる何か……親族の発見は無理でも、
 無条件に甘えられる、信頼できる相手ができれば話が変わるんだろうがな。
 しかし帝国軍第二師団師団長という立場上、弱みは見せられないのだろうし……厄介なもんだ)
 となれば彼女自身の意志で信頼できる人間を見つけるしかないのだろうと彼は判断し、腕を放した。
「こちらこそ激してすまなかった。……ただな、今のお前に覚えておいてほしいことがある。
 第二師団は皆、お前のことを信頼している。
 だからお前もあいつらに責任感で接するんじゃなくて、もっと信じて頼れ。
 おばちゃんもあいつらもお前のことを考えているから俺達ハンターを呼んだんだ。それは忘れんなよ」
 そうでなきゃお前はいつまでもひとりぼっちのガキのままだ。
 胸のうちで呟き、トリプルJがシュタークの肩を叩く。
 するとシュタークがそっと目を閉じた。
「……ああ、わかったよ。これから帝国が変わっていくのと同様にあたしも……
 過去を捨てることはできなくても、前に進めるようにならなくちゃいけねえ。皆のためにも」
「そういうことだ。すまなかったな、足を止めさせて。……料理、頑張れよ。楽しみにしてるからさ」
 そう言って薄暗い空間から陽の射す廊下に向かい、シュタークの背を押すトリプルJ。
 その時シュタークは「ありがとな。頑張ってみる」と振り向かずに囁いた。
 彼女の表情を見ることは叶わなかったが、
 日焼けした頬が朱に色づいていることだけは――トリプルJの瞳に確かに映っていた。


●キャンプの定番料理

「よいしょ、っと。第二師団がエンゲル係数の高い部隊とはいえ、これだけの鍋があれば十分か。
 シェリー、食材の準備はどうだい?」
 ヒース・R・ウォーカー(ka0145)は巨大な寸胴鍋を竈の上に置くと、
 戦友兼妹分のシェリル・マイヤーズ(ka0509)にこう問うた。
「ぇっとね……ちゃんとお砂糖と、お塩は完璧だよ!」
 そう自信満々に答えるシェリルの前に並んでいるものは白い調味料だけ。
 ヒースが購入してきた肉や野菜、スパイスはシンクの脇で行儀よく並んでいる。彼は困ったように笑った。
「シェリー? カレーの調味は後半だよぉ。特に砂糖は隠し味だから慎重に入れなくちゃならないしねぇ?」
 そんな彼に対し、シェリルの顔がぼんっと熟した林檎のように赤くなる。
「わ、わかってる……味付けは、最後だって……知ってる……!」
「そうかそうか。最初に砂糖を持ってくるからキャンディでも作りたいのかと思ったよぉ」
「もう、ヒー兄ったら……」
 照れ隠しにつん、とそっぽを向くシェリル。
 戦では容赦のない彼女もささやかな日常では年齢相応の愛らしい仕草を見せる。
 とりあえずからかうのはここまでにするか、とヒースは目を細めると早速野菜を袋から出した。
「それならシェリー? まずは野菜を洗って、皮むきを頼むよ。
 一番にやってほしいのは火の通りにくい人参を乱切りにすること、かなぁ。乱切りはわかるかな?」
 念のため、と言って野菜を切る動作を見せるヒース。シェリルは当然とばかりに頷いた。
「大丈夫……お野菜は、切れる。……スパイスは……まだよく……わからないけど……」
「スパイスも肉の仕込み以外は後で入れるものだから今は考えなくて大丈夫さぁ。
 ……さて、シェリーの料理の腕は上がったかな? 食べさせたい相手、帝都にもいるしねぇ」
「ヒ、ヒー兄ってば……私だって、おにぎりと目玉焼きぐらいは……
 ちゃんと作れるようになったよ……? ご飯、炊けるよ……」
 ――いずれも包丁を使わずに作れる料理だということはツッコんではいけない。
 いずれにせよやる気があるのならまずは任せてみるべきかとヒースは判断した。
「うんうん、それじゃあ野菜は頼んだよ。
 ボクは肉の下拵えをしているから、何かわからないことがあったら聞きに来るといいさぁ」
「……わかった」
 早速シェリルは意気込んで人参を剥き始めた。
(まだ料理は上手じゃないけど……いつかカッテにおいしいご飯を食べさせたい……帝国皇子カッテの為に!)
 先頃彼女と深い縁を結んだ聡明な少年の笑顔が脳裏に浮かべば、自然と笑みがこぼれだす。
 シンクへするりと落ちていく皮を見て、ヒースが僅かに口角を上げた。
(シェリーの表情がやわらかくなった。何か良いことを思い出したんだろうねぇ。
 辛い記憶ではなく。それは……いいことだねぇ)
 彼は角切りにした肉にカレー粉をまぶし、羊独特の臭みを消す。そこにシュタークが顔を出した。
「ん……その肉、羊か? 臭いがそれっぽい」
「よくわかったねぇ。たしか帝国は羊が多いんだよねぇ?
 それなら羊肉を使ったカレーでも作ろうかと思ったんだよ」
「かれー?」
「カレーはリアルブルーのキャンプで作る料理の代表格でねぇ。
 スパイスの効いたルーで具材を煮込む栄養食さぁ。
 米にかければ十分な満足感と栄養が得られるんで軍でも重宝されているんだよねぇ」
 ヒースは傭兵出身だ。野営向けの食事や携行食の調理など、とうに手慣れている。
「ボクはこう見えても日常でつまむ程度の料理は作れるんでねぇ。
 ……ああ、シュタークはシェリーと一緒に野菜を切ってくれるかな?
 例えば薄切りにした大蒜はいい香り付けになるんだ」
「わかった。やってみる。……しかし、羊の臭いが消えるなんて随分と強いスパイスを使ってるんだな?」
「いや、辛味はそれほど強くないよぉ。
 香辛料の組み合わせで調整できるけどやり過ぎは胃を傷めるからねぇ。
 今日は初心者向けに甘口寄りの中辛ってとこだから安心して食べてほしいなぁ」
 そこにシェリルが粗めの乱切りにした人参を入れたボウルを得意げにヒース達へ見せた。
「……人参、綺麗にできた。次は何を切ればいい……?」
「うんうん、よくできたねぇ。……次は玉ねぎかなぁ。
 表面の茶色い皮を手で剥がして、白い身をくし切りにするんだ」
「くし切り?」
「玉ねぎを縦半分に切って、まな板に切り口を伏せて放射状に切るのさぁ。
 できた形が櫛に似ているからくし切りっていうんだよぉ」
「……わかった。人参より簡単そう。シュタークも来てくれて……嬉しい。一緒に……がんばろうね?」
 人参のカットに成功したことで自信がついたのだろう、
 シェリルが鼻歌まじりで玉ねぎの皮をパリパリと剥き始める。
 しかし玉ねぎには恐ろしい罠がある。それは――硫化アリルの気化。
 意気揚々とナイフを玉ねぎに入れた瞬間、シェリルの大きな瞳から涙がぽろぽろとあふれ出した。
「……なに、これっ。なんで目が……痛いよ……!」
 咄嗟に目を手で覆うシェリル。硫化アリルにまみれた手が瞼に触れたことで痛みが増していく。
「ヒー兄、この玉ねぎ毒があるかも! 目に毒が入ったみたい……! 痛い……」
 ぐすぐすと鼻を鳴らすシェリルの顔をヒースは清潔なタオルですぐに拭った。
「ああ、言い忘れていたねぇ。玉ねぎは切ると刺激物質を放出するんだ。
 ボクはわりと平気だけど、シェリーは免疫が弱いのかなぁ。
 玉ねぎはキンキンに冷やすか電子レンジで温めると刺激物質を押さえられるんだけど……
 生憎、そういう機材はここにないようだしなぁ」
 困ったねぇ、と肩を竦めるヒース。そこで立ち上がったのがシュタークだった。
「はッ、玉ねぎに喧嘩を売られたんじゃ買うしかねーよな。
 おい、シェリル。ナイフを貸せ。……あたしが仇をとってやる!」
 そう言ってシュタークはいつもの大業物ではなく、
 手にすっぽり収まる調理用ナイフを武器にまな板へ向かう。
 そして玉ねぎを爛々とした瞳で睨みつけ包丁を思いっきり叩きつける……と!
 ――プッシャアアアア!!!(※実際にこんな派手な音はしません。イメージ音声です)
 玉ねぎは命懸けの報復か絶望の断末魔とばかりに容赦なく凶手へ新鮮な汁を放出した!
「……痛ァっ!!」
 こうして、シュタークは右目を押さえ呆気なく撃沈した。
 かつて脇腹を抉られようと戦い続けた女戦士が調理場という戦場で……。
「やれやれ……ふたりとも、まずは野菜の扱いに慣れるところから始めないとだねぇ。
 玉ねぎは万能食材、長い付き合いになるんだからさぁ」
 ヒースがシェリルを慰め、シュタークを椅子に座らせる。
 そしてせめてこの玉ねぎは自分が処理してやろうと――包丁を握った。


●サバイバルマスター、サバイバルを考察するの巻

 ディーナ・フェルミ(ka5843)は料理とは別の切り口から安全な食について考察していた。
 実は彼女は貧しい開拓村出身ゆえに、シュタークの奇行にはさほど驚いていない。
 むしろディーナ自身も幼少時は食に適した野草や虫を探し、
 生活の糧としていたのだから親近感を覚えているほどだ。だが――。
「何でもかんでもサバイバル食するのは聖導士の特権であって、闘狩人の特技じゃないと思うの……」
 闘狩人は前線での斬り結びに特化したクラスであり、体を蝕む毒や呪いを消し去る力は存在しない。
 だから、ディーナは考える。愛らしい唇に親指をあてて、小さく唸った。
「むーんむーんむーん……
 聖導士の力を一部引き出せるならレジストで体の抵抗力を上げられるから、それで後は体力勝負かなぁ」
 彼女は一部のハンターに備わった「サブクラス」と呼ばれる補助的な力について考える。
 闘狩人ではフォローできない状況も、
 他のクラスの力を借りれば打破できるのではないかと思いついたのだ。
 そこに先ほどの衝撃から立ち直ったシュタークが真っ赤に染まった下瞼を擦りながら通りすがる。
 彼女は先ほどのカレーの仕込みが一通り終わり、
 煮込みの段階に入ったのでやることがなくなってしまったらしい。
「ディーナ、どうしたよ。そんな神妙な顔をして」
「あ、シュタークさん。
 今、どうすれば安全に草を食べられるか考えていたの。サバイバルマスター的視点で」
 手のひらサイズのメモ帳を差し出すディーナ。そこには様々なクラスの能力が書き出されていた。
「私、小さい頃からサバイバル生活していたから何か役に立てることはないかなって思ったの。
 でも即効性を考えると、地道に知識をつけるよりも魔法や技で治す方がきっと早いと考えたの」
「確かに有事の時は真っ先に聖導士の力を借りるもんな」
「ん。聖導士はある程度までなら魔法で治療できるの。
 だからうっかり毒を食べても覚醒さえできれば元気になれる。でも闘狩人さんにはそういう力がないの」
「あー……そいつはそうだな。治癒系統の技は全くできねえんだった」
「でしょ? そこでサブクラスを活用したらどうなのかなって。
 でも霊闘士は傷の回復しかできないし、符術師や機導師にも毒を消し去る力がないの」
 ディーナは事前に懸命に調べてきたのだろう、メモに走り書きした文章を指で示しながら説明を続ける。
「あとね、マーキスソングで歌いながらじゃ物が食べられない。
 浄化の祈りはマテリアル汚染由来でアルカロイド系の毒に対応しないの……」
「食材そのものの毒性には効かねえのか、参ったな」
 ふたりで「うーん」と俯いて考え込む――と、その時だ。
 シュタークの見事に割れた腹筋を見てディーナが「ハッ」と何かに気づいた。
「練筋術師! 錬金術師の知的黄金律なら毒対応可なの!
 シュタークさんは練筋術師つけてじゃんじゃんばりばり食べまくれば良いと思うのっ!
 それならどこでも食べ物に困らないの!」
 ぱああっと笑顔が輝く。しかしシュタークは遠慮がちに微笑むと目線を反らし、頬を掻いた。
「お、おう。でもあたしらには何故かイクシード・プライムの恩恵がないんだよな。
 あれがあれば格段に戦闘が楽になるんだが……」
 シュターク曰く、一部のハンターを除いた世の覚醒者はイクシード・プライムの力を受けられずにいるらしい。
 その道理は未だに不明だが、だからこそ帝国軍では聖導士隊が今も重用されているという。
「ええっ!? シュタークさんなら絶対に錬金術師の業をすぐにマスターできると思ったのにぃ……。
 勿体ないの……。身体とかどう見ても錬金術師向きなのに~!」
 一生懸命考えたアイデアが不意になり、がっくりと俯くディーナ。
 だがそんな彼女をシュタークは何よりも必要とした。
「でもよ、お前ってサバイバルの知識に長けてるんだよな?
 だったら野山に生えるヤバい植物や動物を沢山教えてくれよ。
 あたしは割と平気だけど、部下がな。遠征先で毒物なんぞ煮た日には目も当てられねえ事態になっちまう」
「あ、それならいくらでも大丈夫なの!
 食用キノコにそっくりな毒キノコの見分け方とか、触るだけで危ない猛毒キノコとか、
 逆にちょっとした毒の解毒ができる野草とか! 食べられる動物とその加工法とか!
 昔、村でたくさん教わったの。伝えられることはいっぱいあるのっ!」
 こうして元気を取り戻したディーナは第二師団の訓練場に向かった。
 ――余談だが。
 このディーナの知識が後の北方地方開拓で多くの人命を救い、後の世に役立てられていったという。


●簡単携行食!

 ディーナを訓練場まで連れて行ったシュタークは
 おばちゃんに発見されるとすぐさま「料理の勉強再開だよ!」と調理場へ連れ戻された。
「料理にどれだけの手間がかかるかを体験して、そして自分で食べてみる。
 そうすりゃ料理のありがたみもわかるだろうさ」
 おばちゃんがふんす、と鼻息荒く言うと、シュタークは眉を八の字にして頭を下げる。
「……玉ねぎを切った時点でそれは重々感じたよ。
 おばちゃん達は毎日あんなヤバいもんを切っているんだな、しかも大量に」
「それは料理の手間をほんの一部知っただけ。
 後はできる範囲でいい、自分で作ってみないとね。……ハナさん、今大丈夫かい?」
 おばちゃんが調理台に向かうハナに声を掛けると
 彼女は「ええ、いつでもぉ♪」と返答し大きなボウルを抱えた。
「シュタークさんにいいものがありますぅ!
 薄力粉と塩と食用油があればすぐクラッカーが作れますぅ。
 パンやクッキーと違って発酵不要ですからぁ、混ぜて伸ばしてフォークで適当に穴開けて20分焼くだけですぅ」
 ボウルに材料を投入し、へらで混ぜ込むハナ。
 練り上げた生地を一口大に伸ばしてフォークで突くまでそう時間はかからない。
 後はオーブンで焼き上げるだけだ。
「あ、これならあたしでもできそうだな」
「でしょお? これを朝のうちに大量に作ってお腹がすいたら大量の水と一緒に食べるとかぁ。
 ある物乗せてカナッペにしてもいいですねぇ。野菜とかチーズとか」
 これはとても合理的な提案だ。
 たとえ旅先に転移門がなくとも簡素な石窯があれば空腹を満たすことができる。
 続けてハナはへらにたっぷりと生地を乗せて提案した。
「あとぉ、エネルギー問題だけなら乾パンはどうですぅ?
 さっきのにベーキングパウダー加えて厚さを1cm、焼きを25分にすれば乾パンになりますぅ。
 これも揚げたり牛乳でふやかしたりチーズかけたりで味も食感も全く変わりますぅ」
 乾パンもクラッカーと同様に携帯が容易で、かつ腹持ちが良い。
 兵站が滞ってもある程度は飢えに耐えられるはずだ。
「乾パンっつーと緊急時に配給される印象が強かったんだけど、日常でも使えるんだな……」
「んー。戦場や汚染区域にいる時点で非日常ではありますけどねぇ。
 まぁ、ローコストで常備できる食品の定番ってことで!」
 にっこり笑うとハナはシュタークの分のボウルも用意し、今度はふたり隣り合わせで生地を練り始めた。
「戦場での食事となると汗をかいてますから生地に塩を練り込むといいですぅ。
 逆に疲れた時はジャムを乗っけたりとかぁ」
「そういえばジャムも保存食の代表格だよな。これからだと……林檎か?」
「そうですねぇ。少し前までなら桃ジャムも美味しかったんですけどぉ。夏なら柑橘系がお勧めですぅ」
 ハナは料理にかけるこだわりが強い。
 それゆえにシュタークは彼女との対話が楽しく、気がつけば山のような量のクラッカーを作っていた。


●故郷の味、色鮮やかに

 ハナの隣の調理台では真が顎に手を当てて作るべき料理について思案していた。
(無理強いはしないけど、嫌々やるよりはやる気で楽しくやって欲しいからね。だから手軽なもの……)
 調理台の上に一通り並べた野菜を眺め、考える。
 最も目につくものといえば――やはり帝国のソウルフードたるジャガイモ。
(芋ならカロリーは高いし、どっしりとした食べ応えがあるからシュタークさんも満足するんじゃないかな)
 さてレシピはどうしたものかと考えた時、当のシュタークが真の隣にやってきた。
「お、芋いっぱいあんのな。毎日食べてるけど、こいつは飽きないんだよなー」
「シュタークさん、芋嫌いじゃないんだ?」
「ああ。前は生で食ってたんだけど『芋の芽の毒を食べたらゴリラになる』ってスザナに言われてな。
 今はきちんと芽をとった調理済みのだけ食ってる。師団長がゴリラっつーのは困るもんな」
「……芋の芽を食べたらゴリラ……?」
 真は意味不明なパワーワードに思わず頭を抱えた。
 おそらく「芋の芽には毒がある」と注意しても
 真面目に話を受け取らないから荒唐無稽な話をでっち上げたのだろうが。
 何にせよ、シュタークが芽の生えた芋どころか生芋を食べなくなったという情報は朗報といえる。
 後は芋を簡単に調理できるよう指導するだけだ。
「それじゃあ、じゃがバターを作ってみない? 作り方は簡単だよ」
「じゃがばたー?」
「熱々の芋に塩胡椒やバターで味付けをするシンプルな料理。
 でもお腹が膨れるし、美味しいよ。物足りなかったら他の調味料を加えてもいいと思う」
 今のところシュタークの味覚はまだ常人と比べて曖昧な状態にあるようだ。
 ならばわかりやすい塩気と芋の甘みを感じさせることで食の楽しさを教えられるだろう。
「おー、芋は兵站でいつも来るからな。それならあたしも皆に作ってやれるかもしれないぞ」
 ――どうやらシュタークはやる気になったようだ。張り切って芋を洗い始める。
「そういや芋の皮はどうすりゃいいんだ? 芽は取らないとヤバいから取るけど」
「芋はそのままでいいよ。皮には毒はないからね」
「そっか、よかった」
 洗い桶でじゃぶじゃぶと芋を洗うシュターク。
 その姿は勇猛果敢な女戦士ではなく、まるで子供のように稚い。
 真は水の沸騰を確認すると「そろそろ入れて大丈夫」と微笑んだ。
 恐る恐る鍋に芋を投入するシュターク。
 煮えたぎる鍋の中で芋が転がっていく。真はそれを見るなり、鍋に蓋をした。
「……後は何をすればいいんだ?」
「中火で20分ぐらい加熱。中までしっかり柔らかくなるまで待つんだ。
 あまり急ぐと中が生煮えのままっていうこともあるからね」
「それじゃ、その間にやれることは?」
 彼女はどうやら今までの経験で何かやれることがあるならやりたいという感情が出てきたようだ。
 そこに真が少しだけ、困る。
(塩胡椒は既にあるし……バターもカットするだけ、か。
 20分……時間を持て余してしまうね。何か新しいもの……)
 しかし何をしようにも中途半端な時間だ。
 バターを芋に合わせたサイズにカットするよう教えるも、おそらく数分もしないうちに終わるだろう。
 ――そこにフィロがハーブや調味料の入った袋を差し出した。
「真様、シンプルなお料理であればハーブの香味が活かせましょう。ぜひご活用ください」
「フィロさん、いいの?」
「勿論です。この地にもウコンやクミン、コレアンダー等ハーブがあるのは確認されています。
 ですのでカレー粉やハーブソルトを大量に自作し、それを一緒に食していただくのはどうでしょうか」
 シュタークが効きなれない言葉に瞬きする。
 調理場の片隅に置いてある臼を布巾で浄めながらフィロは続けた。
「本来ならカレー粉には30種類近いハーブを使用していただきたいですが、
 シュターク様が飽きてしまいそうな気がするのです。10種類に抑えましたので、これでいかがでしょう?
 ハーブソルトの方は基本のバジルとパセリも用意しましたが、大量の塩に少量の胡椒、
 そこそこの量の唐辛子粉末、大蒜チップ、干した檸檬の皮を入れた物もご用意しました」
「えっと……つまりこれはどういうことなんだ?」
「これはね、シュタークさん。
 フィロさんが『自分で美味しいって思える味を作ってみて』って提案しているんだよ」
 真に背中を軽く押されるシュターク。
 フィロが「材料を十分に揃えましたので、組み合わせをお楽しみください」と微笑む。
 その手本として臼で挽かれたハーブからは何とも言えない良い香りがした。
「シュターク様の味覚が成長途中であるのなら、まずは様々な味を経験する必要があると思うのです。
 私もお手伝いしますので、お鼻とお口の感覚を研ぎ澄ませてください」
「わ、わかった。まずはこの草……じゃなくて、ハーブを臼で挽くんだな?」
「ええ。そしてシュターク様の好みの味が判れば、
 ブレンドした調味料を飽きないよう数種類用意して袋へストックします。
 お食事される際にまずはそのお料理を一口味わって……物足りない時にお好みの味を加えていただければ」
 フィロの言葉に頷き、シュタークがひたすら臼を挽く。
 その度に異なる香りが漂い、指先についた粉末を舐めれば複雑な香味が舌を刺激した。
「……あたしはこれが好きかもしれない」
 一通りの味を確かめたシュタークがいくつかのハーブとスパイスを揃えるとフィロが目を細める。
「辛みのあるものが多いのですね。直接的に刺激を感じるからでしょうか」
「うーん……よくわかんねえけど。ただ、味のないものにかけるとしたらこれだなって」
「承知しました。それではこちらでいくつかの系統に分けてブレンドしますね」
 フィロはそう言って粉末調味料を集めるとメイドとしての知識をフル活用し、ブレンドを始めた。
 その間に芋が茹で上がったようだ。真が芋に易々と串を通した。
「こちらもいい仕上がりだ。シュタークさん、この芋を笊にあけて熱いうちに十字に切れ目を入れてくれるかな」
「あ、ああ!」
 芋に包丁を入れると湯気が立ち昇る。そこにバターを落とし、塩胡椒をぱらりと散らせばじゃがバターの完成だ。
「生で丸齧りするよりは美味しいと思うけど……どうかな?」
 真が小皿にまず1個置き、シュタークに手渡す。
 早速頬張るとほろりと芋がほぐれていった。
「……悪くない。生より甘くて、しょっぱくて、辛くて、美味いと思う」
「良かった。これならひとりでも作れそう?」
「ああ。芋を茹でるだけなら大丈夫だ。きっと開拓に行っても頑張れると思う。……ありがとう、真」
 力強い返事に静かな笑みを返す真。そこにフィロがブレンドした調味料を一先ず、と3点差し出した。
「辛味をベースに、酸味の強いものと塩気の強いもの、
 そして辛味に特化したものをご用意しました。ご賞味ください」
 出来立ての香辛料を芋に振りかけると食欲をそそる香りが漂う。
「フィロさん、私も試食しても?」
「ええ、喜んで」
 フィロが真とシュタークに熱い芋を分けるとふたりは息を吹きかけながらそれを食した。
 もちろん結果は――美味。
 ほどよい辛味が体を熱くさせる。北方でも強い寒気から心身をきっと守ってくれるだろう。


●リアルブルーの味

 シュタークが次に連行された先は3人のハンターと1体の英霊が囲む調理台だった。
「あ、シュタークさんですー。お久しぶりですー?」
 調理用グローブを嵌めたアルマが陽気にひらひらと手を振る。
 その隣で狭霧 雷(ka5296)が穏やかな笑みを湛えシュタークへ一礼した。
「初めまして、狭霧と申します。シュタークさんは帝国軍の師団長だとか……
 私も過去にリアルブルーで軍人として分隊指揮を執った経験があります。
 お役に立てることがあればと思い、参りました」
 指揮官を務めたほどの男なら学ぶことも多いだろう。
 シュタークはそう思い、よろしくと笑みを返した。
「なぁ、リアルブルーはCAMとか空飛ぶ船とかあんだろ。
 兵站や人員の補充なんてここよりずっと安全なんじゃないか?」
「そうでもないですよ。世界的な技術の発達は、相手側の技術と練度の向上にも繋がります。
 速度は上がれど危険度は変わりません」
「へえ、それなら新しい技術を開発してもすぐに大っぴらに公開できないわけだ」
「ええ、情報戦の激しさはリアルブルーの方が上かもしれません。
 それに今までは歪虚という人類共通の敵がいましたから国家間の均衡を保てていましたが、
 これからは誰もが平和や自然を守る方向へ意識をシフトしないといけないですね」
「それはこちらもだ。ハヴァマールのクソ野郎との戦に区切りがつけば戦乱が終わる。
 あたしらの立場も相当変わるんだろうなァ」
 シュタークは決して愚鈍な女ではない。
 単純に礼節や信仰や政治といった堅苦しい分野に関心がないだけで、
 世界を穏やかで豊かにしたいという想いは皆と同じだ。
 その答えに満足したのか、雷はこう切り出した。
「それでは料理を部隊指揮になぞらえて考えてみましょう。その方がわかりやすいかもしれません」
「え、部隊指揮? それなら聞かせて貰おうじゃないか」
 そこから始まった雷の料理論は想定以上に勇ましいものだった。
「まずは料理の心得をば。……料理とは武器であり、部隊。
 食卓という戦場で腹ペコという敵を倒すため、料理人とは戦場を駆ける戦士であり、
 軍勢を率いる将であるということを忘れてはなりません」
「え、おばちゃん達が戦うのか……?
 おばちゃん達はいつもここで仕事してんぞ。たまに兵站の確保に出ることはあるけど」
「あくまでもたとえ話、ですよ。調理場もひとつの戦場ということです」
 雷が丁寧に説明しているにも関わらず、いまひとつ話を呑み込めていないシュターク。
 彼女の頭の中では勇壮に武装したおばちゃんが
 荒野で暴食歪虚「腹ペコ」をフライパンや麺棒でどつきまわす姿が浮かんでいた。
 雷はそれに気づくことなく真面目に言葉を続ける。
「調理とは食材という武器や兵士たちを鍛え上げること。
 人それぞれ得意不得意があるように、食材にあった鍛錬(ちょうり)方法があります。
 個々の相性を見極め、適切な処理を行いそれぞれにあった鍛錬を行う。活かすも殺すも料理人次第なのですよ」
「お、おう……それはテキザイテキショってことだな?」
「そうです。まずは野菜や穀物を育てるために欠かせない開墾の大切さ。
 そしてシュタークさんには野菜と雑草の違いを教えたいところですが……」
 そこにアルマが「わぅ」と呻き、両手を上げた。
「草たべちゃだめです……。
 一般人さんは戦場に立たせるものじゃないです……。今日はお料理、お料理するです……」
 本来は怜悧な顔も併せ持つアルマだが、今はシュタークの奇行と雷の高度な例え話に頭がくらりと揺れていた。
 雷がそれを察し、気を取り直すように手を打つ。
「ああ、そうでしたね。今回はフリーデさんの発明した料理をベースにした料理を作るのでした」
 ――ようやく本来の作業に入ることができる。アルマはうんうん、と頷いた。
「ですー。それではフリーデさん、詳しいお話を聞かせてくださいです!」
 するとまた、フリーデは困ったように顔を傾けた。
『いや、本当に大したものではないのだ。
 猪肉のミンチと臭み消しのハーブを固焼きパンで挟んだだけのものでな』
「ふむふむ。どっちかというと、パイよりリアルブルーのハンバーガーに近い気がするです」
『ハンバーガー?』
 初めて聞く言葉にきょとんとするフリーデ。アルマは両手を合わせて微笑んだ。
「丸パンを横から真っ二つにして。その間にパティやお魚のフライ、あとチーズや野菜を挟んだ食べ物ですー」
「俺達の父親はリアルブルー人でな。幼い頃にあちらの様々な文化を教えてもらったものだ」
 メンカルが懐かしそうに頷く。
 するとフリーデは『アルマも兄上も物知りなのだな!』と深く感心した。
 早速生真面目なメンカルが作業工程を紙に走り書きして提案する。
「ま、物は試しだ。全員で作業を分担してやってみよう。
 俺は付け合わせを用意する。フリーデはアルとパティを作ってみろ。
 雷とシュタークはパンズのカットと具のチョイスと盛り付けを任せていいか?」
「パンを切るのと具を挟むぐらいだったらあたしでもできそうだな。
 いいぜ、美味いモン作ってやろうじゃねえか!」
 張り切ってパン用のナイフを手に丸パンをざくざく切っていくシュターク。
 雷から指導を受けながら具も併せて考えていく。
「猪肉で厚みのある味になるのなら、レタスなど爽やかな味の野菜で口をリフレッシュさせたいですね」
「あぁ、この時期にしちゃ珍しくトマトが入っているからそれも挟もうぜ。あと味付けはどうするんだ?」
「それはアルマ達に尋ねてみましょう。肉の下味によってソースも変えた方がいいでしょうから」
 レタスをほどよいサイズに千切りながら雷は言う。
 そしてパティ班を見るや――相変わらずの新婚夫婦ぶりを発揮していた。
「猪さんの臭いが気になるなら、ミンチにハーブだけでなく胡椒でしっかり味付けして、
 みじん切りにした玉ねぎも混ぜてこねこねするといいです!」
 そう言いながら妻の隣でこね終わった肉を手際よく纏め、パティを形成するアルマ。
 彼はゆっくりめに手本を見せているのだが、それでもフリーデは追いつく兆しがない。
 彼女は玉ねぎを懸命に刻んでいるものの、
 いつもの不器用さが祟り、みじん切りならぬただの角切り玉ねぎを量産していたのだ。
『ううっ、お前と一緒に作りたいのに……全然上手くできん……』
 泣き出しそうなフリーデ。そこでアルマが手を添え、玉ねぎを薄くスライスしてみせた。
「急いで格好よく、とか考えなくて大丈夫です! まずは慣れることですよー」
『で、でも……私のではきっと美味しくならない……粗いから食感が悪いと思う……』
 アルマの手が離れた途端に戸惑いだすフリーデ。
 アルマが逡巡し、再び手を伸ばそうとすると――それを雷が止めた。
「アルマ、新妻さんを案ずる気持ちは理解できます。しかしここは結果よりもまず経験を重んじるべきかと。
 一度でも『ここまでやれた』『次はこうしたい』と喜び、考えることも大切だと私は思うのです」
「雷さん……」
 アルマが悩ましげにフリーデを見つめる。そんな彼を励ますように雷は微笑んだ。
「妻の努力する姿を見守り、素直に褒めたり励ましたりするのも夫にしかできない役目だと私は思いますよ?」
「そ、そうですよね! 僕、頑張ります!
 フリーデさんっ、ゆっくりでいいです。丁寧にやって覚えていくですー!」
『う、うむ』
「わかんないとこは僕が教えます。でもできるところは深呼吸して、落ち着いて、やってみるです!」
 こうしてアルマはフリーデの作業が進むごとにひとつずつ調理法を仕込んでいった。
 初めて使うフライパンにも慣れて、
 やがてパティが揃う頃には――ふたりとも笑い合って料理ができるようになって。
 アルマ提供の万能調味料をベースにしたソースと雷達がチョイスした野菜をパンに挟み、
 そしてメンカルお手製のフライドポテトを添えれば立派なリアルブルーのファストフードが完成だ。
「アル。皿ここに置くぞ」
「ありがとうです、お兄ちゃん!」
 後は熱いうちにこれを第二師団の皆に提供するだけ。
 フリーデとシュタークは目を合わせると小さくハイタッチした。


●帝国軍第二師団、実食!

 こうしてシュタークの料理体験が終わりを迎えた。
 試食会は第二師団全員が行うことになっており、食堂で既に食器と水の入ったグラスを並べて待機している。
 その先頭にいるのが――かの吸血鬼歪虚オウレルだった。
 メンカルはオウレルの事情をアルマから聞いていたため、
 彼を敵視することなく、むしろ真摯に案じる姿勢をみせた。
「なあ、お前……その立ち位置は毒見役って言わないか……?」
「あはは……まぁ、それはそうですね。
 でも僕は万が一食べ物として口にできないものを出されても、
 自然由来のものでしたら正のマテリアルだけですけど……身体に取り込めるので。大丈夫です!」
 オウレルが眉をハの字にしながらも握りこぶしの親指を立てる。
 常に悲壮感を漂わせてた以前の姿からは想像もつかない表情だ。
 そんな彼に対し、メンカルがジャケットの胸元を軽く叩いた。
「大丈夫か、もし胃が痛くなったら遠慮なく言えよ。よく効く胃薬を持っているからな」
 真も「私も翠雨の唄で治療ができるから、何かあったらすぐに教えて」と
 申し出ればオウレルはふたりにはにかみながら会釈した。
 だがそんな中でも能天気な軽口を叩く者がいた。
「まぁ、俺達は今までも色々外で食ってきたからな。並大抵のものじゃ騒ぎやしねえよ。な、オウレル?」
 第二師団部隊長のヴァルターがへらりと笑い、催促する。
「さ、早く食おうぜ。師団長の手がかかってる飯なんて初めてだしさ!」
 そこでヒースとシェリルが寸胴鍋と炊飯釜を調理場から運び出し、オウレルにカレーライスを差し出した。
「歪虚になって味覚がどうなっているのか興味があるんでねぇ。
 一緒に同じものを食べて、美味いと感じられるなら幸いなんだけどねぇ」
「どう……かな……。羊肉とたっぷり野菜のカレー……」
 まだ第二師団で提供されたことのない未知の料理をオウレルが口に運ぶ。
 すると彼の頬が赤く色づいた。
「お、おいしいですっ。これ!
 コクがあって肉もしっとりしているのに、ほどよい辛味がそれを引き締めていて!」
 どうやら歪虚になっても味覚はそう変わらなかったようだ。安堵したシェリルが言う。
「野菜は私と……シュタークが……一生懸命切った。
 味付けは……ヒー兄にお任せ。3人で作ったの、喜んでもらえて……嬉しい」
 ヴァルターもカレーの味が気に入ったようだ。
「これがリアルブルーの軍隊で食べられている飯か。
 味がしっかりしているから具のアレンジが効きそうだな。魚介類もイケそうだ」
「ああ。食材の癖をスパイスの風味で和らげられるから食べやすくなるよぉ。
 まあ、この世界でも需要はあるだろうさぁ」
 続いてアルマ達が作ったハンバーガーも大好評。
 猪肉の臭みがトラウマになっていた師団員も喜んで齧り付いていた。
 そしてメインは――シュタークが自力で作り上げたじゃがバター。
「師団長のメインディッシュは……茹でた芋ですか。豪快で、素朴で、らしいというか」
「と、とにかく食べてみろよ……絶対美味いから。な、真。フィロ!」
 口を尖らせるシュタークに真とフィロが頷く。
 今回用意したスパイスはフィロと相談しあってつくり出した、バターと芋の優しい味を活かすハーブソルト。
 オウレルはそれを口にするなり声を詰まらせた。
「新しいはずなのに懐かしい味がします。……皆がいてくれた頃の収穫祭。
 芋を煮て、塩を振って。それだけの料理しかなくても楽しくて幸せだった時のことを思い出して……」
 あの頃と違い、もう何人もの軍人がここからいなくなった。
 そのうちの何人かはオウレル自身が手にかけてしまった。
 それでも同じ未来を目指して歩む仲間が自分の傍にいてくれる。
 そんな複雑な心境の彼にシュタークが訥々と語った。
「あのさ……過去も大切だけど。でもあたしらは傷みを抱いても前に進まなくちゃいけねえんだよ。
 いなくなった奴らの分まで役目を果たして生き抜かねえと」
 そうしてトリプルJに視線を送る。彼は小さく頷くと芋を口に運んだ。
(……なかなか上等の味じゃねえか)

 こうして和やかな食事会が始まる。
 シェリルは芋を食べながらオウレル達と会話した。
「シュタークのお芋……色んな味がする……。
 きっと皆に美味しく食べてもらいたいって……気持ちだよね? オウレル……楽しい、ね?」
「うん。もちろん歪虚の討伐は続けるけど……これからはできるだけこういう時間ができるといいな」
 そこにハナがクラッカーに秋の果物とクリームを乗せて振る舞い始めた。
「シュタークさんがいっぱい焼いたので在庫過多ですぅ。遠慮なく食べて疲れを癒してくださいねぇ♪」
 そんな彼女の心憎い気配りに第二師団は感激、
 あっという間にデザート風カナッペの大皿が空になってしまう。
 呆気にとられるハナ。
 その隣でディーナがふふ、と優しく笑った。
「どうしたですぅ、ディーナさん?」
「えっとね、シュタークさんが皆に芋に何を入れれば美味しいかって聞いてたの。
 きっと新しいじゃがバターを作るつもりなの」
 それはかつてフリーデが質素な料理で仲間達を励ましたように、
 いつか新しい伝承となり次の世代に引き継がれるかもしれない。
「それじゃ、私もひとつアドバイスしてきましょうかぁ!」
 そう言うとハナはシュタークを囲む軍人達のもとへどこか楽しそうに向かっていった。

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  • 鞍馬 真ka5819
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    トリプルJka6653
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    フィロka6966

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  • 真水の蝙蝠
    ヒース・R・ウォーカー(ka0145
    人間(蒼)|23才|男性|疾影士
  • 約束を重ねて
    シェリル・マイヤーズ(ka0509
    人間(蒼)|14才|女性|疾影士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 能力者
    狭霧 雷(ka5296
    人間(蒼)|27才|男性|霊闘士
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士

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