【未来】聖導士学校

マスター:馬車猪

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
  • relation
参加費
500
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
7日
締切
2019/09/19 09:00
完成日
2019/09/25 06:11

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●ルル大学
 魔導バスからの眺めは期待外れだった。
 クリムゾンウェスト各地で高層ビルが建ち始めているのに、伝統的な、サルバトーレ・ロッソ到着以前に建てられたような校舎しか見えない。
 1階建てが殆どで、本校舎も2階建てでしかない。
「うわ、すっごい!」
「生精霊が見える学校かぁ」
 リアルブルー出身らしいガキ共……ではなく学生達がはしゃいでいるのが鬱陶しい。
 ふんと苛立たしげに鼻を鳴らして窓の外を見ると、図鑑でしか見たことのない幻獣と目があった。
「うきゃぁっ」
 淑女らしくない声が出てしまっても仕方が無いと思う。
 最新のバスに欠伸をしながら並走できるイェジドなんて見たことも聞いたこともない。
 ひょっとして、伝説的なハンターと一緒に戦い抜いたイェジドのだろうか。
「皆さん、もう少しで目的地に到着します。各校の代表として恥ずかしくない態度を期待します」
 カソック姿の、司教としては若すぎる女性が厳かに言った。
 行く先はとんでもなく偏差値が高い割に聖堂教会とズブズブの関係だ。
 ちょっと怖いと同時に、どんなものが待ち受けているのか考えるとわくわくしてくる。
 バスが止まる。
 赤絨毯はないけれど、瑞瑞しい緑の芝生が財力と環境の良さを主張していた。
 バスの降り口側で控える幻獣の意図はよく分からないが決して悪いものでは無い、と思う。
「大丈夫です。噛みついたりはしませんよ」
 司教に微笑まれたので表情を取り繕う。
 これから半年、王立学校のエリートとして実力を見せ付けてやるのだ。こんなところで戸惑ってなどいられない。
 と、考えていたのが数年前のように感じる。
「タッチパネルが苦手な方は手を挙げて下さい。説明会が始まる前に取り替えますので」
 校舎の中が異次元だった。
 いや異次元というより未来的? リアルブルーの記録写真で見たことがあるような設備が、広々とした講義堂を埋め尽くしている。
「すみません入力は仏語でいけますか」
「皆さんの母国語であれば大丈夫です。王国の書き言葉に挑戦されても構いませんよ」
 三十路に見える女性が柔らかく微笑んでいる。
 無意識に背筋が伸び、滅多しない覚醒をしかかっているにのに気付く。
 ほとんど鍛えられていない覚醒者としての自分が、強烈なマテリアルに気付いて緊張していた。
「あの、ひょっとして貴方は……」
 返事が返って来るより大音量の緊急放送が始まる方が早かった。
「ルル様ー! 小学校3年と1年のルルさんではなく丘精霊のルル様ー!」
 発音は王国貴族階層なのに、込められた感情は下町のおばちゃんじみている。
「この放送を聞いていたらすぐに厨房に向かって料理人に謝罪しなさい! 歓迎用のデザートを食べ尽くさないで下さい去年も言いましたよねっ」
 窓の外をとんでもない速度で何かが通過した。
 10歳くらいに見えるカソック娘と、それを追う猫型幻獣だ。
 そんな光景に気付きもせず男の子達が話している。
「俺も覚醒者としてトレーニング受けたいぜ。やっぱハンターになりたいよな!」
「僕は実習が楽しみだよ。ヒールが使えると外科か強いからね」
 とんでもない所に来てしまったなぁと思いながら、希望の授業を頑張って打ち込んだ。

●麦と森の大地
「迷った」
 だって地平線まで畑で目印がないのだ。
 方向感覚が狂ったのは私の責任ではないと思う。
「誰かいませんかー!」
 反応どころか反響すらない。
 いや、収穫がとっくに終わった麦畑で草刈り中だった農業用ゴーレムが手を振ってくれた。
「愛想がいいなー」
 こちらも手を振り、太陽の向きを判断材料に歩く。すると、畑の色とは違って濃い緑がいくつか見えてきた。
「森?」
 畑の近くにあるのは不自然な、生命力に溢れた緑の固まりだ。
 興味を惹かれてそちらに向かう。
 聖堂戦士のような体力馬鹿ではないけど、体力には自信があるのだ。
 鞄の中から大きな音が響いた。
 首を傾げながら鍵を外すと、緊急時に使えと言われて渡されたPDAが点滅していた。
「そこの人、それ以上進むと住居侵入罪になりますよ」
「え?」
 周囲を見渡しても人影はない。
「住居って……森? いえそもそもどこからっ」
 PDAと繋がった回線の向こうから、困惑と諦めのため息が聞こえた。
「エルフだから森に住んでいるに決まっているでしょーが! あなた転入生ですか? 学校まで送ってあげるからその場にいなさい!!」
 森の中からママチャリが現れる。
 漕いでいるのはエルフらしい美形だけれど、弓矢の代わりに私と同じ型の鞄を背負っていた。
 そして十数分後、私は見慣れぬ林の中にいた。
「ここどこですかっ。私をどうする気ですかっ」
 涙目で抗議したのに鼻で笑われてしまった。
 心の中の復讐帳に太字で書き入れていこうと思う。
「どーせルル様に会おうとしたんでしょ」
 図星を指された。
 王族や高位貴族なら会おうと思えば会えるのかもしれないけれど、エリートとはいえただの学生に実体を持った精霊に会える機会なんてない。
「私は地元民だから顔パスなんだ。地元民だから付き合いは大変なんだけどね……」
 美形エルフがげっそりした表情になっている。
 よく見てみると同年齢のような気もした。
「服装、よし」
 手鏡で髪型と服を確認していたので私もそれに倣う。
「お土産、よし」
 採れたて野菜とナッツのサラダ入り容器を取り出したので、私も懐からチョコレートバーを取り出す。
「失礼します!」
「失礼しまっ!?」
 見通せないほどの草木があった場所が歩道に変わっていた。
 美形エルフ……もういじわるエルフでいいや、とにかくエルフを盾にしながら奥へ行くと、強烈なマテリアルが全身に吹きつけ一瞬何がなんだか分からなくなった。
「いらっしゃい。でもごめんなさいね。ルル様は今学校なの」
 桜色の装束の女の子だ。
 でも、この方を人間と間違えるなんてあり得ない。
 丘から吹き付けるマテリアルの中でも平然としていて、丘のそれとは異なる純粋なマテリアルを感じる。
「ルルねーちゃん相変わらずなんですね。学校まで運ぶと痛んでしまうんで、良ければ受け取って下さい。今回のはちょっと自信作ですよ」
「まあ嬉しい。貴方達の学業が順調でありますように」
 サラダとお菓子と引き替えに加護を受けることになったなんて、王都にいる頃に私に言っても信じられないと思う。

●ハンターへの招待状
 久しぶりの依頼になります。
 この度我々は、リアルブルーからも留学生を迎え入れることになりました。
 受け入れ準備は十分に整えているつもりではありますが、留学生が期待する高位ハンターは我が校には極少数しかいません。
 邪神戦争を戦い抜かれた皆様にお願いするには簡単過ぎる依頼かもしれませんが、もし余裕がおありでしたら彼等の相手をお願いしたいのです。
 教職員一同、心からお待ちしております。

リプレイ本文

●大学からの招待状
 情熱は止められない。
 あの日の決断に後悔は無い。
「ルル様桜様、俺に一部がおっきなねえちゃんとの出会いを、出会いをーっ!」
 ラスティ・グレン(ka7418)は自動兵器群による弾幕を突破し、致死の罠に満ちたエルフの森を踏破し、正マテリアルに満ちた丘に登って必死にすがりついた。
 2柱の精霊は胸部は控えめなので、下心はなかったと今でも断言できる。
 追いついてきた弓エルフと自動機械に包囲され、これはさすがに拙いかもと思ったタイミングで、高校転入試験の問題用紙を差し出されたことを今でも鮮明に思い出せる。
「受かるのに1年かかるとはなぁ……おい邪魔すんな」
 餌くれ、構えと集まってくる猫とユグディラを追い払う。
 今日から附属高校に転入できるのだ。
 スパイを捕まえたらあーんなことやこーんなことしても許されるんじゃね? という下心で防諜部門に入って1年間おっかないオートマトンにこき使われていたような気もするけどそんな過去は忘れた。
 給料が入った口座は忘れないけど。
「行ってくるぜ!」
 今思えば、見送りの猫達が哀れむような目をしていたのだ。
 講義室に入っても、中にいるのは美人ではあってもひょろっとした人間やエルフばかり。
 壇上の教授だけはデカイけど、下心を見せると骨まで焼かれそうなのでちょっと手を出せない
「あの、俺高校生……」
「魔術師学部へようこそ」
 貴様だけは逃がさないという眼光で、エルバッハ・リオン(ka2434)が挨拶を始めた。
「皆さんの中には滑り止めでこの学部を受けた人も」
 帝国人らしい女性徒が居心地悪げに身じろいだ。
「目新しさに惹かれて転部してきた人もいると思います」
 服装は上品だがいまいち頭の回転が鈍そうな生徒がうんうんと頷く。
「どちらでも全く問題ありません」
 整った美貌に蠱惑的な微笑みが浮かんだのに、ラスティを除く学生は地獄の講義と演習を直感して逃げ道を探した。
 無論逃げ道など存在しない。
「まず見て覚えなさい」
 詠唱もせずに火球を発生させる。
 巨大なエネルギーを秘めているのに制御は完璧であり熱を感じない。
 生徒の中から引き抜いた特待生も学生も全員魔術師なので、理屈はさっぱりでも凄いということだけは直感的に分かる。
 エルバッハは1人1人の目の奥を覗き込むようにして理解の度合いを確かめ、まあ良いでしょうと一言言って爆発させないまま火球を消した。
「魔法スキルの扱い方だけでなく、CAMや幻獣に乗った際の戦い方、チームでの戦闘、従軍時の行動も身につけてもらいます」
 戦闘しか能がないというのも問題なので、一般教養や道徳は附属高校の教師陣に頑張ってもらう予定だ。
 つまり、転入生は講義と演習に加えて補習があるということだ。
「これもまず見本から始めます」
 エルバッハが手元のコンソールを操作し、対爆ガラスを隠していたブラインドを一斉に上へ引き上げた。
「霊闘士はリジェネとファントムハンドが使えるようになってからだが、聖導士はフルリカバリーが使えるようになってからが本領だ」
 引き締まった体付きの男が、志願者の列の前で説明をしている。
「質問です」
「いいぞ言ってみろ」
 トリプルJ(ka6653)が楽しげに笑う。
 活きのいい若者は大歓迎だ。
 最近は気配を抑えても畏れられてしまうことが多く、向こう見ずでもやる気に満ちた人間を愛おしく感じる。
「滅茶苦茶高度なスキルじゃないですか!」
「前線に出たら嫌でも覚える。死にたくなければだがな」
 脅しの要素の無い、事実の指摘だった。
 それに気付いた生徒が騒ぎ出すがもう遅い。
 筋骨逞しい聖導士学部の学生達が、体力が基準に満たない志願者をフルマラソンへ強制的に誘う。
 CAMの操縦にもルクシュヴァリエの操作にも体力が必須であることは周知されているので、虐めと認識する者はいない。
 最初の志願者が刻騎ゴーレムに乗り込む。
 中に棲む中小精霊がはりきって力を与え、いきなり機体が大空へ飛翔した。
「助けっ」
「初級の演習に合格したら宇宙軍仕様の空中機動を見せてやる。墜落した程度で壊れる機体じゃねぇよ。恐れず前へ行け!」
 叱咤ではなく激励だ。
 校舎の天井にあるアンテナに脚先をかすめ、講義室を振動させて魔術師な女学生に悲鳴をあげさせる。
「着地っ、しましたぁ!」
 着地時にグラウンドに大穴を開けたが成功は成功だ。
 機体の中小精霊達も、新たな乗り手の登場に喜びセンサーを光らせている。
「次はどいつだ。よし!」
 最初は怖じ気づいたとしても全員覚醒者でCAMに憧れ集まった者達だ。
 一度火がつけば止まらない。
「今回は豊作であって欲しいがな……」
 宇宙軍所属のスカウトでもあるトリプルJが、安全を最優先に考え演習を進めていた。
「お主等! 休憩時間は終わりじゃ!」
 工学部の校舎で幼い声が響く。
 もっとも幼いのは声だけで、声から感じる老練さは妖怪じみている。
「准教授、本当に、本当に分解していいんですか」
 学生達が囲んでいるのはマスティマだ。
 ミグ・ロマイヤー(ka0665)が対邪神戦争直後に取得した機体であり、後の世のための研究対象として許可を取得しようとして揉めに揉めた代物だ。
 惑星どころか世界の根幹である大精霊の力を秘めた逸品なのだから当然である。
 文化的にも技術的も危機管理的にも、文字通り最大級の慎重さが求められる。
「ふむ」
 齢3桁のドワーフが、無垢な少女に見える笑みを浮かべる。
「この学部の目玉は星神機のマスティマを研究されてくれることに尽きると言える」
 最初はミグ個人で調べ尽くすつもりだったのだが1年も経たないうちに限界を感じた。
 ミグの技術と経験があっても、大精霊という壁は高く分厚かった。
 なので予算と人手とリアルブルーとのコネを目的に工学部設立計画を持ち込み設立にまでこぎ着けたのだ。
「皆の努力でデータは集まりつつある。マスティマ研究からフィードバックされた技術を搭載した、大学発汎用人型ユニットも夢ではない」
 野心と夢が燃え上がる。
 身分は学生でも選び抜かれた精鋭だ。
 大精霊への畏れはあっても手は鈍らず、淡々と分解と整備を進めてより精密なデータを集める。
「そういえば准教授、なんでまだ教授になれないんすか」
 技術はあっても言葉使いと配慮が足りない学生がいきなり聞いた。
 能力と実績の面では最低でも教授、人材の集まり次第では学部長になってもおかしくないのに未だ准教授。
「本当になんでじゃろうなぁ」
 多重に施錠された分厚い隔壁が、力任せに押し上げられ破壊された。
「こんなことをやっているからに決まっているじゃないですか! 全員突入! マスティマには死んでも傷つけないこと!」
 聖堂教会の暗部であった。
 邪神も傲慢も滅んだので一般的聖導士として生を終えるはずだった面々が、かつて以上に張り詰めた気配で工房に侵入して生徒を制圧する。
「またお主か」
 ミグは拘束されていない。
 彼女を物理的に押さえ込むためには守護者が最低1人は必要なのだ。暗部にそれほどの人材がいる訳がないし、そもそも必要無い。
「今回は減給5割で3ヶ月です。……これを止めれば学部長ですよ?」
 イコニアが懇願するように言ってもミグは頷かない。
 口とコネを駆使して集めたデータの破棄を防ぎ、少しずつでも研究を進めるのだった。

●熱烈講義
「ここも久しぶりですねぇ」
 個人用オフィスで着替えて講義室へ直行する。
 レクエスタの一員として北征に参加するだけでなく東方主導の遠征にも参加してきた直後なのに、星野 ハナ(ka5852)には疲れた気配すらない。
「5分前に集まっていますね。上出来です」
 ハナの帰着と講義開始が24時間前に告げられて集まった学生と生徒が合計100人と少し。
 将来ハンターとして活動する気がある覚醒者なら絶対に見逃せない講義なのでこの程度当然ではある。
「聖導士の浄化は基本人間への作用なのでぇ」
 いきなり本題である。
「北征や南征に携わろうと思ったらピュリフィケーションのレベルを上がるかぁ、サブで白巫女を取るかぁ」
 かつての一線級ハンターは複数の職を使いこなせた。
 予習で知った学生は改めてハナ達の凄さに気付き、今初めて知った生徒は半信半疑だ。
「浄化スキルのある機導師や符術師、霊闘士と組むことになりますぅ」
 板書が面倒なのでバスの中で書いてきた文書を黒板兼用ディスプレイに表示させる。
 作戦中の人員と物資の変動が、詳細な地図に重ね合わせる形で映し出された。
「それでぇ、例えばこのタイミングで襲撃を受けた場合ぃ」
 容赦なく問うて回答を強いる。
 時に指揮能力や参謀的能力まで要求される高度な問いだ。
 そして、かつてのハンター達なら程度の差はあっても全員答えを出し続けていた、かつての日常的問題だ。
「南は暑いですからぁ、如何に日差しを遮るか物を腐らせないか水分消費を抑えるかが重要でぇ……」
 正午を告げる鐘の音が、天井スピーカーで再生された。
「はいでは今日はここまでぇ。ハンターになる気があるなら、ボルディアさんの授業も受けるのをお勧めしますよぅ」
 ハナをのんびりした女と思う人類はハンターに向いていない。
 彼女はそれほどの高みにあった。
「ふん、ボルディアの授業を受けずにここに来たか」
 野外演習場でルベーノ・バルバライン(ka6752)が鼻を鳴らした。
「ハンターになる気がないならそれでもよかろう」
 ルベーノが表情を引き締める。
 ハナより強さが分かり易いので、強さを目指す男女がハナの講義以上に集まっている。
「俺のルクシュバリエには法術装備を積んでおらんので騎乗して法術は使えんが、起動方法を学ぶ分には問題あるまい」
 彼の刻騎ゴーレムを加えても2桁に達しない。
 演習に使う数としては少な過ぎるが、機体の貴重さを考えると非常識な程多くもある。
「それに俺はルクシュバリエ開発に最初から完成まで関わっているからな、そういう方面の助言も可能だ」
 座学を含む事前の準備で演習の効率を上げろと強く命じる。
「今日は魔術師学部のエルバッハ教授に協力してもらう」
 なんだR7かよという声が学生の間から聞こえ、ルベーノは怒りではなく失望を顔に浮かべた。
「3機がかりで有効打を与えたら3人全員に優の単位をやる。滅多にない機会だ。よし、お前とお前とお前、すぐに乗り込め!」
 エルバッハは教師としての目で見守っている。
 非常に、拙い。
 乗り込む速度も遅いし、機体と一体化してから戦闘出来るようになるまで時間がかかっている。
 しかも近くに歪虚や敵がいるかもしれないという警戒心がない。
 ルベーノが目配せしてきた。
 気付くまでは、少なくとも今日の演習が終わるまではこのままさせるつもりらしい。
「3機なら倍の戦力にする必要があるのですが……」
 少なくともエルバッハやかつての戦友達なら、それぞれを補い高め合うことで個々の戦力を倍以上に跳ね上げていた。
 残念ながら、目の前の学生達は意図せず足を引っ張り合う有様だ。
「さっさと前に出んかぁ!」
 ルベーノに叱咤されて3機ばらばらに駆け出す。
 戦闘の2体がメイスを振り上げ、移動射撃を試みた1機が2機の背中にペイント弾を当てる。
 経過を詳しく述べる必要はない。
 エルバッハのR7ウィザードの能力をCAMの最底辺に設定しても、小破対大破3機の結果になった。
「せっかくみんなが法術も使えるよう準備して残していってくれたんですからぁ、これをきちんと使いこなせるようにならないでどうするんですぅ!」
 見学に来たハナが激怒する。
 維持費がどれだけかかるかを考えると、これでも非常に優しい反応だ。
「続けるぞ。戦場で受ける圧力はこの程度でない! 歯を食いしばれ、腹に力を入れろ。王国の聖導士ここにあり、と全世界に誇る聖導士を生み出し人間領域を広げる一助とする。全世界が想像する聖導士、最も聖導士たるものを体現する聖導士、お前達がなるのはそういうものだ。前を向け、胸を張れ! お前達がお前達の夢となるのだ」
 大学のもととなった聖導士学校の方針に沿って檄を飛ばし、未だひよっこですらない覚醒者の訓練を進める。
「すまんな」
 演習終了後、機体を整備に引き渡したルベーノ達は丘を訪れていた。
「いいんですよぅ」
 飴と鞭だったのはハナも理解している。
「精霊が大勢宿る機体は大変ですね。これで?」
「予想以上ですぅ。こっちも?」
 ハナは桜精霊とやりとりをしている。
 お菓子と正マテリアルという、聖堂教会やハンターズソサエティーが見れば頭を抱えてしまう内容だ。
「さて。次のユニオン行き研修旅行には誰を連れて行くか」
 良くも悪くも保守的な王国民には刺激が強いので、希望者の選別には毎回気を遣うのだった。

●要人来訪
「そろそろ滅ぼすか」
 生徒全員が写し終えるのを確認してから、ボルディア・コンフラムス(ka0796)が軽い口調で黒板消しを使う。
「せんせぇ! それすっごく人聞き悪いです!」
 負けん気の強い生徒が元気に発言する。
 ボルディアはにやりと笑いながら片手だけで地図を描く。
 クリムゾンウェストでは見慣れない、解凍が終わったリアルブルーの地形だ。
「安心しろ。クリムゾンウェストでの亡国も王国の駄目な所もやるから」
 この程度は序の口でしかない。
 王国の一般的歴史書では曖昧にする箇所も詳しく教える。
「とまあ権威と統治機構と軍が連携とれなくなってこの有様って訳だ」
 目で見させ、耳で聞かせ、手で書かせ。
「前回やった国との違いは分かるな? そうそう、革命ってか流れた血の量な。少ない側も0じゃないんだが」
 生徒の集中力を維持し、生徒の頭脳をぎりぎりまで酷使するため話題と雰囲気を操作する。
 限界が近づいてきたら世間話に見せかけた副教材の内容だ。
「んでこの失敗を参考にしたんだろうな。ホロウレイドの後の立て直しの際帝国と……」
 歪虚という人類共通の敵がい無くなった以上、グラズヘイム王国でも変化は起こる。
 その時血なまぐさい革命にならないために、ここにいる生徒達に過去の国の興亡をしっかり教えるのだ。
「よーし今日はここまで」
「きりーつ」
「おう背中が曲がってるぞ。礼法の先生は俺みたいに甘くなんだからしっかりしろ。お前は馬鹿みたいに口開けるな」
 今の彼女を見て、戦場の英雄であった頃の彼女を想像出来る者は少ないはずだ。
「随分と様変わりしましたね」
 この地の権力者を引き連れ、エステル(ka5826)が廊下を行く。
 授業を中断させたりなどしない。
 来賓や権力者を教育に利用することはあってもその逆はないというのが、丘精霊の名を冠する教育機関の方針なのだ。
「現状を聞いても?」
「確か……あのファイルどこに。いや、先週郵送した報告書が一番詳しいです」
 実質的な領主であるルル農業法人社長は下手に出ている。
 最も苦しいときに最大に支援をしたエステルには頭が上がらないのだ。
「あっ。うちの娘と息子は元気ですよ!」
 かつての王国騎士も今ではただの親馬鹿だ。喜びで声が大きき成りガラスが震えるほどだ。
「とーさまうるさい!」
「五月蠅いのは君だ。放課後にルル様の歌を1番から3番まで書いて持って来なさい。綺麗な字で、だよ」
「はぁい、じゃなくてはいせんせぇ!」
 エステルが優しげに微笑み、社長が顔を青くして教師と娘に頭を下げる。
「レクエスタへの食糧提供から少しこちらに回して頂けませんか。貧困層出身の生徒が増えていまして」
 代替わりした校長が控えめに要請する。
「私も国内外の私も貧困地や孤児院へのお願いしようと思っているのですが」
「あの、隣領で使うためのゴーレム購入費用が」
 社長の困り顔を見て司教が咳払いする。
「エステル様、校長、社長をからかわないで下さい。落とし所は既に決まっているはずです」
 20代半ばで司教というエリートが、何故かとても世慣れしている。
「司祭と呼び捨てにしてもいいのですよ」
 聖導士学校卒業生でありエステルから直接指導を受けたマティが、口元を微かに引き攣らせた。
「あなたなら王立学校くらいすぐに入学出来るでしょう!」
「時間がね、足りないの」
 上品に首を傾げる。
 かつてのイコニア以上に手を広げているので、学問に専念するのが難しいのだ。
「この歳になってようやく上司の苦労が分かりましたよ。人材が増やせるなら金でも位階でもいくらでもばらまきたくなります」
 そう言うマティの表情はかつてのイコニアの表情に酷似していて、エステルは後輩の成長を嬉しく感じた。
「小作ではない、契約社員にしろと言っている!」
 社長がいない本社で、いつも通りの騒ぎが起きている。
「社員だから衣食住の面倒を見、契約を短期で切ってさっさと放り出す。放り出されることが分かっていれば人は町に住むために金を貯めようと思い立つ。全ては流民になりかけの連中をなんとかするため策だと何故分からん!」
「領主としての権利もないのにそこまで面倒見切れません。我が社は営利企業ですよ!」
 社長夫人であり副社長でもあり、この10年近く実務を取り仕切ってきた実質社長が怒りを露わにする。
「ここの農業法人を作ったのは聖堂教会過激派だ。聖導教会過激派が支援したここはまだ倒れず済んでいる。機械化などはな、人さえいなくなればすぐに取り掛かれて且つ2年もすれば弁済できるのだ! ここを間違えば法人自体が失われると何故分からん!」
「リスクへの認識が甘いと言っているのですというか必死に貯めた結婚資金を根こそぎ事業に賭けた私と彼等を一緒にするなぁ!」
 ユーレン(ka6859)と農業法人が一定の合意に至るまで、後3年ほど必要だった。

●10年後に向かって
 新設された管制室の性能はなかなかだった。
 高位ハンターの五感と比べると情報収集面で劣るが、非覚醒者が何人いても演習場の状況が分かるというのは素晴らしい。
「その機体にわざわざメイスを持たせたのは、貴方達が法術訓練をできるようによ。それを踏まえて行動しなさい」
 マリィア・バルデス(ka5848)がルクシュヴァリエの乗り手に注文をつける。
 彼女が使用権を持つ機体を生徒に貸し出すのには問題がある。
 が、ソサエティー側も人材が供給されるという利点があるのでなあなあになっていた。
「戦地で1人は死ぬわよ? どんな時も2人以上で行動なさい」
 仮想敵部隊に集中攻撃を命じてからのこの発言である。
 ペイント弾の被弾で塗料塗れになった機体から、泣き声じみた了解の言葉が返ってきていた。
「もうこんな時間」
 マリィアが顔色を変えた。
 歴戦のハンターではなく母親の顔になっている。
「鍵は持たせているけど……」
 年の半分近くは外部で活動している。
 その間は娘は寮暮らしで、今家に帰っても冷えた空間があるだけだ。
 最優先のホットラインに反応があった。
 丘との直通回線である。
「ママ見てるー?」
「こんにちはマリィアさん。今お時間大丈夫ですか?」
 愛しの我が子と、着物姿の精霊がディスプレイに映っていた。
「エドラ、またご迷惑を」
「引き留めたのは私なので怒らないであげて下さい。でも、宿題を後回しにしているのは注意してあげてくださいね」
 ショックを受けている娘も可愛かった。
 戦闘教官達と話し合っていたディーナ・フェルミ(ka5843)が振り返り頭を下げる。
「お久しぶりです、桜様。今年もまた討伐訓練と遠征訓練に入るの。……子供達が、無事に訓練できますように」
「様はつけないで下さいと毎回言っているでしょう。皆さんの方が先輩ですよ」
 元は東方から運ばれ丘に移植された桜の木だ。
 丘精霊から儀式や儀礼を押しつけた結果こうなっているだけで、本質は中小精霊でしかない。
「しさい……イコニア様への連絡をお願いしたいのです」
 精霊の望みを聞いて、ディーナがこくりと頷いた。
 無言ですり足移動。
 部屋の隅の簡易ベッドで仮眠中の見慣れた顔を揺り起こす。
「カーナボン司祭、久しぶりにお会いできてうれしいの」
「起こすなと……ディーナさんっ? やだ」
 超高速で化粧を直す様は、以前の彼女からは想像し辛い。
 胸ポケットから出ている写真はさらにだ。
「そちらはお子さんは?」
 分かっていても聞くのが人付き合いというものだ。
 化粧を直したイコニアは、黒髪の男児と栗色の髪の女児の写真を宝物のように扱っている。
「可愛いでしょう?」
「うちの子の方が可愛いの」
 戦場じみたマテリアルが噴き出し管制室が恐慌状態になる。
 マリィアは平然と演習全体の面倒を見ながら、うちのエドラが一番可愛いと考えていた。
「この話題はここまでにしましょう。不毛な争いになります」
「そうするの」
 圧力が弱まり管制室の人員が復活。
 イコニアが手渡した書類に目を通し、ディーナが微かに安堵の表情を浮かべる。
「派閥は健在なのね」
「形はかなり変わりました。実権もマティに移しましたし」
 ルルへの支援やミグへの警戒、レクエスタへの協力までしようとしたので順次引き継ぐしかなかった。そうしないと子供の顔も見ることが出来なくなる。
「ルクシュヴァリエは厳しいけど全体的に順調なの」
 ディーナは隅から隅まで目を通して記憶し、書類をイコニアに返す。
「私も聖堂教会過激派寄りだもの。この学校が隆盛する方が良いの。それに、娘は中学になったらこの学校にお世話になってほしいなとも思うの」
 桜の精霊が目を輝かせている。
「うちの娘も中学からここにお世話になれるように、勉強頑張らせなきゃなの」
 ルル大学やその付属幼小中高も教育水準が高い。
 当然のように受験が必要だ。
「楽しみにしていますね!」
 精霊は受験合格を確信し、今からどんな加護や祝福を与えようか上機嫌で考えている。
「娘と私は違うの分かってる?」
「勿論です」
 絶対に分かっていない。
 悪意無しで娘に対するハードルを上げるのが目に見えるようだ。
 情報漏洩にならない範囲でタスカービレに受験資料を持ち帰ろうと心に決めたディーナであった。

●家路
 伝統的な聖導士教育も、決して悪い内容ではない。
 平均的聖導士の能力では教師をするのに不十分なことがあるだけだ。
「単位にならないのによく集まってくれました」
 鳳城 錬介(ka6053)の授業に参加したのは平均20歳の聖堂戦士達だ。
 大学生と聴講生が殆どで、聖堂戦士団経験者が3割を超えている。
「もう僕も年ですからね。若い皆さんの元気に負けてしまいそうですよ」
 錬介から受ける印象は百戦錬磨かつ老練だ。
 しかし肌も声も若若しく、聖堂戦士団経験者の方が老いて見える。
 だから冗談として受け止められ、学生達の戦意とやる気が研ぎ澄まされていく。
「今日はルル様と司祭様が見学されています」
 カソック姿の精霊が、小洒落た椅子の上から手を振ってくる。
 イコニアは、戦歴でも武力でも己を上回る自称ただの聖導士へ責めるような視線を向けた。
「日頃の成果を見せる良い機会です。丁度鬼六もいますので」
 歪虚殲滅に定評のある砲戦ゴーレムではなく、刻令ゴーレム「Gnome」が微かに前傾姿勢になる。
「突破してくる敵の対処法とかやってみましょうか!」
 のどかな空気が一瞬で戦場のそれに変わった。
 学生の過半は即座にメイスを振り上げ駆け出すが、ゴーレム掛矢鬼六の方が一呼吸分早い。
「大丈夫大丈夫。僕は守るだけですし、鬼六は法術地雷とマテリアルバーストしか使いませんから。ゴールに着くまでに止める感じで!」
 錬介が仮想の要救助者の位置を指差す。
 鬼六は十分に速いメイスを軽々と避けた上で、展開したマテリアル障壁で数人の聖導士を無傷のまま吹き飛ばす。
「畜生っこの程度でっ」
「馬鹿お前戦死判定だろ。俺に任っ」
 メイスを振り下ろす前に盾で止められゴーレムにひき逃げされる。
 錬介の目元が緩む。
 鍛え方は戦中の平均的聖堂戦士を上回っているのに、隠しきれない絶望の臭いが全くしない。
 逃れる術のない邪神や傲慢という死は既になく、皆伸び伸びと育っている。
「未来を守れて、本当に良かった」
 だから、未来を維持するためにも手は抜かない。
 疲労で学生全員が倒れるまで、錬介と鬼六は傷一つつけない扱きを続けていた。
 そして夕刻。
 疲れ果て寮へ向かう学生達を、マリィア親子が追い抜いていく。
 道は良く整備されていてゴミ一つ落ちていない。
 体力の有り余った学生と生徒がいるのに非常に治安が良いのは、精霊のお膝元という意識があるから、ではない。
「あっ」
 エドラがマリィアの手を離して駆け出した。
 疲れ切った学生が、教官を前にした新兵の如き態度で姿勢を正す。
「おかーさん!」
 メイド姿のエバーグリーンオートマトン、フィロ(ka6966)である。
 呼びかけを間違ったのに気付いたエドラが真っ赤になり、間違われたマリィアがなんとも表現し難い表情になる。
「こんばんは、エドラさん。今日のエドラさんはホストの一員です。お料理は第3応接室に準備してありますよ」
「はい!」
 元気に返事をして振り返る。
 子供らしい小さな体なのに身振りも表情も淑女らしく、可愛らしくも綺麗なカテーシーをマリィアへ向ける。
「ママが大変なのは知ってるから、今日はわたしがおもてなしします」
 マリィアは咄嗟に顔を手で覆った。
 娘の成長と、それ以上に真っ直ぐに努力する姿勢が嬉しくて涙腺が決壊しそうだ。
 親子2人だけの場ならともかく、部外者の前で泣く訳にはいかずかなりの努力をする必要があった。
「在校生の皆様はいつも通りにどうぞ」
 無人兵器群が道の左右から現れ、従者っぽく若者達を寮へ導く。
 一部取り払われているとはいえレーザーやミサイルを搭載したままで、しかも学生から反発がないのはこれまで学校と学生を守ってきた実績と信頼があるからだ。
「寮母のフィロと申します。この寮で皆様にお教えすることは自活の方法です。表を確認して下さい。月に数回清掃・洗濯・調理補助の当番が回ってきます。分からないことがあったら私や他の寮母に確認して下さい」
 ルル大学防諜部門長フィロの斜め後ろで、フィロど同系統のオートマトンとフィロと似せた化粧と衣装のメイドが完全に同期した礼をする。
「これは自活訓練の一環ですので成績に加味されます。また将来的に南征や北征への参加希望者は長期休暇時にそれ専用の生活訓練・戦闘訓練があるので忘れず参加申し込みをして下さい」
 学生のPDAに申請用の書式が着信する。
「貴族だろうと平民だろうとクリムゾンウェスト人だろうとリアルブルー人だろうとここでは平等に学生です。一般社会での生活方法と戦時の生活方法、貴方方がどんな場所でも生きていけるように指導させていただきます」
 怠ればどうなるかど、言葉と態度だけで理解させる。
「では、お入り下さい」
 このやりとりだけで、内部から情報を集めるはずだった間諜が普通の学生として過ごすことを決断した。

●結婚
「最初はいきなりだったから最初は疲れたけど」
 鍛え抜かれた体に礼服が良く似合っている。
「出来ることは全てやらないと僕の失敗で恥をかかせたり、危険な目に合わせるわけにはいかないし、良い夫になりたいから」
 事前に考えてきたはずの言葉が出てこないようだ。
 緊張で汗が滲むのを感じ、しかし穏やかに待つ緑の瞳に気付いて落ち着きを取り戻す。
「何より離したくないし離れたくない」
 ジルコニウム製の婚指輪を取り出す。
 いつも一緒にと刻印された、何の変哲もない、2人にとって特別な指輪だ。
「渡すのが少し遅れて順序が変わってしまったけど、改めて僕と一緒に生きて欲しい」
 2人を並べると、青年になりかけの戦士とやや年上の司祭の美男美女のカップルだ。
 貴賓席に座る精霊がはやし立てようとして、北谷王子 朝騎(ka5818)に口を塞がれていた。
「はい。この身が果てるまで、妻としてご一緒します」
 言葉よりも声の響きよりも、真摯な瞳に説得力があった。
「いいでちゅねぇ」
 ルルもむーむー言いながら頷いている。
 イコニアが属する派閥のブライダル部門が全力を出した式と衣装だ。
 デザインも素材も奇をてらわずに上質で、2人を絵本から出て来たような王子様とお姫様に仕上げている。
「朝騎ママ、ルルママ、しーだよ」
 ルルの席と朝騎の席の間から、幼児の囁き声が聞こえた。
 朝騎そっくりの銀髪に年齢相応の幼い顔に、両親の態度を咎める態度と羞恥が浮かんでいる。
 ルルと朝騎の娘だ。
 違う。
 カイン・A・A・マッコール(ka5336)とイコニアの式にはルルと2人で出席したはずだ。
 朝日は今日9歳になったばかりで……。
 朝日?
 丘精霊との子をつくるための計画名であって進捗は……。
「っ、あぁっ」
 夢から覚める。
 ベッドの横に羽毛布団が転がっているのは起き上がるとき吹き飛ばしたからだ。
 隣には寝ぼけたルルと……ルルしかない。
 呼吸が安定しない。
 守護者としての膨大な力が暴走して頑丈なはずのログハウスが揺れる。
 縋るように、あるいは現実から目逸らすようにルルの身体に溺れようとして、目が覚める前から響いていたノックの音に現実へ引き戻される。
「ルル様! 止めてください、一度に大きく弄ると親子共に反動が酷くなると去年も言って……」
 朝騎から吹き上げるマテリアルが勢いを増す。
 うつむく朝騎は高位の歪虚を思わせる不気味さと存在感で、ルルは直視されてもいないのに降伏モードだ。
「今度の原因はルル様ではなく……。朝騎! しっかりしなさい! 朝日さんは一時的に弱っているだけで生きてっ」
 無意識に放たれたビームがイコニアを掠めて天井に大穴を開ける。
 青い空と、不自然に丸い穴が開いた白い雲が見えた。
 咄嗟に防御結界を展開しなければ息子と娘に会えなくなる所だった。
「朝日は、いるの?」
「人間として存在出来るかはどうか北谷王子さんとルル様次第です」
 オートマトン用パーツが入ったトランクをログハウスの床に下ろす。
「一度この世に生まれた命です。安定するのに時間はかかるかもしれませんが……」
 書類の上ではオートマトンボディが安置されていることになっている地下室の入り口を一瞥する。
「私もマイク越しに話しました。あの子達も友達と認識しています」
 精霊ともオートマトンともつかぬ今の状況では、本人が危険なだけでなく好奇の目や悪意に極めて弱い。
 朝騎とルルが手段を選ばず守ったとしても、今のままでは守り切るのは難しい。
「人が1人、いきなり現れても完全な戸籍と履歴が手に入るようにしておきます。誰にも文句がつけられない形で、人間の世界に連れてきてあげて下さい」
 朝騎が1人の少女を伴い人類の領域に戻るまで、10年の時間が必要だった。
 超常の出来事も日常は続く。
「わっふー! 遊びに来ましたですー! ルルさーんっ!」
 空気を読んだ上で敢えて踏み込む。
 しばらく朝騎会えないルルの第2人型端末が、やさぐれた顔でアルマ・A・エインズワース(ka4901)を見上げた。
「ルルさん器用ですねー」
 特級の神秘相手にこの気安さである。
 別の精霊と深い関係を結んでいるという理由だけでは説明しきれない。間違いなく本人の資質が主な理由だ。
「アルマおじさーん!」
「おじちゃーん!」
 アルマにとっては良く知った顔に近い顔と、イコニアと似ているのに何故かエルフっぽい顔立ちの用事がアルマに向かって突っ込んでくる。
「やられたーっ!」
 抱きつかれて倒れて相手に傷を与えない。
 職人芸を通り越して超人技だ。
「カインさんも来てたですか」
「ああ、そっちも変わりが」
 お洒落な運動着で5人と1柱分の食事を運んで来たカインが、友の気配の微かな変化に気付く。
 悪い変化ではない。
 愛するものと変化を与え合った結果の、充実した人生の証明というべき変化だ。
「あはっ、分かったです?」
「ようやくな。この歳になっても学ぶことばかりで時間が足りないぜ」
「とーさん悪っぽいことばづかいー」
「づかいー」
 子供に指摘され、妻に笑顔のまま無言で非難され、カインは結婚生活の中で養った忍耐を発揮し理想的イクメンに戻る。
「すっかり良いパパさんですー?」
「努力をしていますからね」
 極自然に肩車して、無意味な危険を冒そうとしたときには怒らず叱る。
 友の人間としての変化を、アルマは優しい目で眺めていた。
「いー空気です」
 アルマはさりげなく友人家族を丘ふもとのログハウスから引き離す。
 一般参拝客と生徒が通る場所だけに目を向けるなら、極小の危険で神秘を体験できる素晴らしい場所だ。
「わふふ。僕ら、幸せ者ですねー。お互い良い伴侶に恵まれてますですっ」
「ときどき、愛が重く感じたりしませんか?」
 14歳くらいにしか見えない精霊の発言だ。
「答えるのは楽しいですよ?」
 アルマの本音だ。
 それが分かるからルルの悩みは深くなる。
 無理に近い悩みを挙げるならなら、そろそろ出産する妻を待つ夫のそれだろうか。
「まったく、ルルさんも毎年懲りないねー」
 刻令ゴーレムのーむたんが、石畳を痛めない動きで丘から下ってくる。
 微かに漂う香りは、生クリームとカスタードクリームのものだ。
 香りの複雑さから手の込んでいることが分かる。
 王都で買える高級果実ではなく、敢えてこの地で収穫されたものを使っているのでルルにとっての栄養になる。
「去年は本体だっけー」
「本体は朝騎達といます」
 やけ食いをするつもりでのーむたんのキッチンへ向かうが、メイム(ka2290)によって制止される。
「ルルさんが食べ物への感謝を忘れたら駄目だよー」
 桜に振る舞ったベリー系フリュイを皿に並べている。
 カインが手伝ってくれたので、のーむたんは冷蔵庫からキウイを取り出し慣れた手つきで絞る。
「ごくり」
 口で言わないと無意識に涎を零してしまいそうな香りだった。
 微かに加えたレモンが心憎い。
 ルルとカインの家族に振る舞うだけなら短時間で出来るが、エルフの移民でご近所さんが増えた今はその数では足りない。
「ルルさん踊れば、林が森に♪ その分棚から、お菓子が消えた~♪」
 メイムはパルムを通じて精霊パワーを供給し、のーむたんに勢いをつけさせる。
 キウイジュースの生産速度が上がって150人で完了。
 ほどよく冷えたレモンムースも皿に並べ始める。
「あの」
「お土産持って来ました!」
 エルフがわらわらと集まってくる。
 生活水準は高くても田舎で暮らしているので、洗練されたお菓子にありつく機会はあまりない。
 特に女性陣が熱心だ。
 森の中でのみ獲れる稀少な野菜や果実や薬草が献上されていく。
 しかしその中に肉類はない。
 ここの森は狩猟にはまだ向いていないのだ。
「後でこっそり焼いたげるねー。その分、式は頑張って♪」
 既に下拵えの済んだ肉の気配を感じ、いつもと髪型の違う丘精霊が真剣な顔で頷くのだった。
 丘精霊の隣に腰を下ろし、アルマは行儀良く楽しげに甘味を楽しむ。
 ルルはじっとアルマを見上げ、キウイジュースを無意識に揺らして香りを立ち上らせる。
「わぅ。僕の妻は帝国の英霊さんですから、帝国から出られないのが残念といえばそうなんですよねー」
「国の中で動けるのは羨ましいよ」
 ルルはこの土地そのものでもあるので、この地域から出ようにも出られない。
 外へ出向くハンターについて行けないのは、通信は出来るとはいえ寂しいものだ。
「いろんなとこ、旅行とかできたらいいのにって思うです」
「出来ない?」
 超高位の機導師なら奥の手の1つや2つあるのではと、期待を抱く。
「わぅ。危険が大き過ぎる案しか思い浮かばないです」
 ルル2Pカラーの肩が落ちた。
「でも一緒に居られるだけでも十分なんですけどね!」
 にへ、と心底幸せそうに微笑むアルマを見て、ルルは今度の同期は徹底的にしようと固く決心していた。

●青い鳥
 生気の抜けた白い肌を涙が濡らす。
「フィーナ」
 カティス・フィルム(ka2486)が車椅子を押すのを止めた。
 上を向こうとするフィーナ・マギ・フィルム(ka6617)を支えて望み通りにする。
 昨日よりもさらに軽い。
 重さが残りの命に思えて、絶望で足が萎えていく。
 それでも顔には出さない。
 伴侶を支えることがカティスにとっての最優先。
 だから、笑顔は無理でも精一杯穏やかな顔で支え続けるのだ。
「見落としていた?」
 フィーナが呆然とつぶやいていた。
 ハンターとして稼いだ全ての私財を使ってリアルブルーの治療手段を用意し、己の出発点である魔術刻印を調べ尽くしても、己の意思を残す手段が見つからなかった。
 最期の瞬間まで諦めるつもりはなくても、自身の中の冷静な部分が残り時間を計算して突きつけてくる。
 もう駄目だ。
 イコニア個人ではなく聖堂教会という巨大組織が禁忌の研究手段をフィーナから遠ざけてしまった。
 そのはずなのに。
「こんなに、近くに」
 ルルのマテリアルが丘の周辺を漂っている。
 焦っていたこ頃はただのエネルギーとしてしか認識出来なかった。
 だが、心も体も擦り切れた今、消えたくないという生き物として当然の思いと、ルルと一緒にいたいという初志だけが残り……気づかされたのだ。
 フィーナだー。
 やっほー。
 森に還る?
 家に帰るなら手伝うよー。
「生も死もルルにとっては」
 力が抜ける。
 視界が色を失う。
 血相を変えたカティスが手当を始めているのを遠くにしか感じられない。
「ただ、願えば」
 己の魂と身体に大きな欠落を感じる。
 足先には穴がある。欠けたフィーナが冥府に向かうには丁度良い大きさだ。
 そして、フィーナの欠落を埋めるには少々大きすぎる力が頭上に浮いている。
 サイズの違いは、ルルがどちらをより強く期待しているかを示していた。
「良かっ、た」
「フィーナ!」
 心臓が止まる。
 魂が抜けていく。
 だがこの程度、ルルの依怙贔屓級の助けがあるなら障害ですらない。
 意識だけで術を使い過剰なマテリアルを削除。
 すると自然にフィーナの中に入り込んでぴたりと嵌まる。
「生きたい」
 ただ思うだけだ良い。
 マテリアルがフィーナのマテリアルと合流する。
 衰えきっていた再生力が激増。カティスが手を尽くしても止まったままだった心臓が再び動き出す。
「身体が、暖かく」
 カティスが安堵の息を吐き、それまで抑えて涙が零れる。
 嗚咽が止まらない。
 体重は以前のままでも生気は完全に元に戻っている。
 胃腸に至っては回復のため全力で動き出し、腹の音が聞こえるほどだ。
「すぐに料理を」
 走り出そうとしたのにカティスの足が動かない。
 フィーナから一瞬でも目を離せば二度と会えない気がする。
 錯覚だと分かっているのに、ここ数年綱渡りの治療をしながら耐えてきた恐怖は消えてくれない。
「カティスっ!?」
 だから直接手で抱き上げた。
 恥ずかしがっても逃すつもりはない。
 良質な肉の脂の臭いが漂っている。
 衰えた身体が再生の原料を欲しているので、フィーナは人生最大級の食欲に襲われ口内に唾が溜まる。
「回復してからです!」
 足取りは軽く、出迎えるルルの表情も明るかった。

●10年後
「私とハンスさんはレクエスタにも南征にも関わっています。人間領域を広め浄化するにはまだまだ聖導士が必要です」
 凜として隙の無い女性が教壇に立っている。
「貴方方は戦闘中は前衛に立ったり、中衛に立って短時間に2度回復を行ったり、走り回って仲間が倒れないよう回復したります」
 講義内容は普段の講師や元聖堂戦士の准教授と同じなのに、戦況を示す図解の内容も戦場の説明も迫力が凄い。
「そして戦闘後は負傷者の怪我を治療し、討伐や浄化計画に関する自分の意見を述べ、浄化を行い、病気にならない生活の助言を行います」
 事前に準備していれば板書より多くの情報を示せるのがディスプレイの利点だ。
「水は簡単に腐りますし、そいう水を飲めば人は腹を下して簡単に死にます。そうならない幅広い知識が皆さんには求められています」
 既存の講義の価値を再認識させる、実に巧みな講義であった。
 講義が終わった後、穂積 智里(ka6819)はレクエスタを一時休業している間借りている部屋に走る。
「シャッツ……」
 夫は優れた人物だが癖が強い。
 講師と教官としての服装は完璧でも、昼食はパンと水だけで済ませるつもりだったので大急ぎで野菜とハムを挟んだサンドイッチにして飲み物もつける。
「気をつけて下さいね」
 そうしていると、インドア派の普通の若奥様に見えた。
「走っている間も隙を見せない!」
 貴族家出身の生徒がしごかれている。
 かつては三男三女以降や妾腹の子供しかいなかったが、今では地方貴族の後継者もちらほらいる。
「貴方方は貴族子弟です。つまり他人に生存のための意見を他の聖導士よりも多く求められる可能性があります」
 ハンス・ラインフェルト(ka6750)は生徒より倍重い装備を身につけ、生徒の数割増しの速度で全力走行中の生徒を指導している。
「それを答えられない、自分で自分の身を守れないでは、軽んじられ、命が危なくなります。そうならない行動ができるように教えるのが私達の役目です」
 貴族用特別コースには出身による制限はない。
 しかしその過酷さはあまりに有名だ。
「あれが噂の」
「見るな巻き込まれるぞっ」
 中高大と常に鍛え続けている聖導士でも怖じ気付くほどだ。
「2人1組を徹底しなさい。歪虚はこちらがどんな状況かなど斟酌しませんよ」
 これは片方が学生の場合であり、ハンスが相手をするときは最低でも4人だ。
 身の丈近くある片刃の剣で東方の剣術を繰り出し、装甲を砕きメイスを斬り飛ばすという凄まじい戦闘力を見せ付ける。
「戦地では休憩時間の確保が命に直結しますよ」
 休むことも訓練のうちだ。
 参加者の気力と体力が猛烈な勢いで削り取られ。
「疲れた時ほど本性がでるものです。礼儀正しくするのは当然、平民を下に見る意識を消しきるか隠しきりなさい」
 一通り走り終えた後、駐留する聖堂戦士団部隊に引き渡す。
「おい坊主大丈夫か」
「坊主などと呼ぶな! このっ……いや失礼。だが子供扱いはやめて欲しい」
「分かった。あのハンス先生の授業によくついて行けるな」
「貴族は貴族で競争が激しいのだ。ではない、激しいんだ。これに合格できなければ……」
 青春の汗は熱く、時々苦かった。
「オーナー、また在庫切れですっ」
 森の中に建つ瀟洒な店が、いつも通りに騒がしい。
「今度はどの草です」
 自前の植物園から戻ってきたばかりのソナ(ka1352)が、ソナより倍ほど歳をとって見えるエルフのご婦人に問いかける。
「昨日話題にあった2種類と、後は木と加工品で合計14種です」
 何故か謝罪に近い印象がある。
 不思議に思いながら注文書を受け取ると、20を越える宛先と合計して数百キロに達する注文が目に飛び込んできた。
 自家消費分だけでなく、域外の実家に送る分も注文してきたらしい。
「卸売業のつもりはないのですが。……医学部と中高の園芸部に在庫の確認をしてください。それと」
 大量注文の前に相談をしてください。
 穏やかな口調で強く伝えると、数年前に引っ越してきた家系のまとめ役が深々と頭を下げた。
「かいらんですっ」
 可愛らしい鈴の音が響く。
 よちよち歩きを脱したばかりのエルフが扉を全身で押し開く。
「ありがとう。おつかい、良く出来ましたね」
 かがみ込んで目を合わせて受け取ると、将来の美貌が容易に想像できる顔に誇らしげな笑みが浮かぶ。
 ソナはこの地のエルフのまとめ役で、他のエルフの森なら長老と呼ばれてもおかしくない立場だ。
 ルルはソナへの強い信頼と、ソナへ全く頭が上がらない態度を隠さないし隠せないので自然とそういう立場になった。
 また鈴の音が鳴った。
 ソナにとっては懐かしい気配で、産まれた時から森と家族と精霊に守られているエルフにとっては刺激が強すぎる気配が吹き込んだ。
「ご無沙汰しております」
 研ぎ澄まされた剣を連想させるエルフだ。
 しかも極めて強靱。
 どれほどの戦いを減ればこう成るのか想像も出来ない。
 守護者になった後10年戦い続けたイツキ・ウィオラス(ka6512)は、それほどの武威を持つに至っていた。
「いくつか用立てて頂きたいものが」
 開けっ放しのドアを、イツキに迫る気配を持つイェジドが丁寧に閉じた。
 イツキは幼児エルフが怯え続けているのに気付いて気配を抑え。
「もう少し、警戒心を持たせた方が良いですよ。悪意のある覚醒者であれば、丘は無理でも森の中までは入り込めます」
 小声でエルフ従業員に注意をして、次の長旅に備えた物資を発注する。
「次も遠出を? ルル様が寂しがりますよ」
「此処は、少し哀しい記憶が多い。彼等を悼みには来ますが……」
 イツキは年齢以上に疲れた息を吐く。
 全力で戦い抜きはしたが、イツキにとっては取りこぼした物が大き過ぎる。
 学校が拡大し、エルフの移民も始まり空気は変わってもイツキは変われない。
「必要な無理と自罰を混同するのは恥ずかしいですよ」
 若いエルフを注意する口調と同じだった。
「ソナさんも案外口が悪いですよね」
「遠慮して欲しいなら遠慮しますよ?」
 長い付き合いなので、お互いどこまで踏み込んで良いか分かっている。
「一度丘に行って上げてください。行かないと身内割引が出来ませんからね」
 イツキと別の道を歩いた彼女は、イツキとは別の強さを身につけていた。
「私は足踏みをしているのでしょうか」
 出発まで日にちがあるので受け取りを出発時に指定し丘への道を急ぐ。
 道といっても事実上エルフと幻獣専用で、すれ違うもの知っている顔ばかりだ。
 顔を覚えられる程度には丘に寄るようにしている。
 しばらく足が遠のいていたので、今回の招待状も良い切っ掛けだった。
「えっ」
 イツキの感覚はあらゆる変化を見逃さない。
 しかしし全く予想外の状況に即座に対応出来る訳でもない。
 全力で媚びを売りなら突進してくる猫とユグディラ総勢200など、どう対処すればいいのだ。
 咄嗟に飛び退くがユグディラの反応が早い。
 エイルは戦闘と認識していないので助けてくれない。
「存分に甘えるのじゃ!」
 猫にとっての感動の再会を演出したのは来たカナタ・ハテナ(ka2130)だ。
 数え切れない虎猫を引き連れこの地に移住し、地元の猫とユグディラと縄張り争いという名目の親睦会を重ねて猫達の代表者になった。
「あの」
 超人とも魔人とも呼ばれることのあるエルフが、10年以上前のように猫に纏わりつかれている。
「おぬしがいない間も、猫達が語り伝えておったのだ」
 十数年前、歪虚が蠢く土地で猫達はネズミの如く逃げ続けて生きていた。
 逃亡の過程で親を失い兄弟を失い、わずかな生き残りがイツキ達ハンターと出会って学校との共存を選んだ。
「イツキどんは猫の守護者という奴じゃなっ」
 そういうカナタは異常なほど若く見える。
 だが幼さは感じない。
 生身の人間が霊的な存在に変わる過程のような、特異な気配を感じる。
「にゃに? 守護者を見習って猫神らしく飯を寄越せじゃと? 今日のカナタは試練を与える神じゃもーん」
 高給猫餌を右手に掲げ、寮でそれを頼むために必要な労働を左手のPDAで示す。
「働かざる者美味しい物食うべからずじゃ!」
 カナタが学校へ駆け出す。
 猫達が守護者に挨拶して持ち場の畑と植物園へ走る。
 カナタは聖導士学部で講義、猫とユグディラは害虫駆除や雑魔への警戒など、人間世界で報酬を得るための仕事もきちんとやっているのだ。
「今日は懐かしい顔が多いですね」
 以前と比べて無理が聞かなくなった司祭が、丘の上から見下ろしている。
「10年前に戻ったみたいです」
「イコちゃんもすっかり色っぽくなっちゃって……。10年前といったらカインさんと頑張ってた頃だよね」
「決闘申し込みますよ」
「あはは勝てると思ってるのかー」
 冗談のつもりで殺気を飛ばすだけで大気のマテリアルが揺れた。
 2人共かなりの頻度で戦場に赴いているので10年前より強くなっている。
「まあご夫婦様の時間は遠慮するけどさぁ、それ以外でイコちゃんに遠慮する必要ってあったかな?」
「親しき仲にも礼儀ありってサクラさんの出身国の言葉でしょう」
 互いの出身国の言語を使えるほどの密接な関係だ。
「ところで次はどうするの。今中央で揉めてるから10年前のこと蒸し返されそうじゃん?
「また長期遠征ですか。今でも授業参観とか全く出られないんですよ?」
「イコちゃんの子供のことはカインさんが考えりゃいいじゃん? 私はイコちゃんのこと以外考えることないから」
 傍若無人にも程がある発言ではあるのだが、私生活ほぼ無しでイコニアを守り続けている宵待 サクラ(ka5561)が言えば別の意味になる。
「私の騎士様は相変わらず割り切りが良すぎます」
 常時気を張り詰め危険に身を晒しているのだ。
 この程度は、放言ではなく切実な本音だろう。
「寿命だろうが戦闘だろうが。イコちゃんが死んだらすぐに行くから。絶対1人にしないから。それだけは信じて待ってて」
 イコニアの残り寿命を見抜いた上で、延命にも力を入れろという釘刺しだ。
「でも私が先だったら、イコちゃんはのんびり土産話を貯めてから来て」
「全く、サクラさんは……」
 無意識にしそうになった咳を我慢する。
 まだ大丈夫。
 後10年は現役を続けられるはずだ。
「行きましょう」
 同じ速度で丘を下る。
 待っているのは俗世の面倒ごとばかりでも、倒れるその時まで足を止めることはない。
 2人と入れ替わりに送迎用魔導バスが丘を登る。
 新入生と転入生が目を輝かせ窓ガラスに張り付いている。
 剥き出しの神秘に触れるのはこれが初めてなのだ。
 精霊から邪神まで、あらゆる神秘と出会い戦い抜いたハンターの世代とは何もかもが違う。
「聖導士学部の方は朝のルル様の丘の清掃と聖歌合唱があります。これは学年毎に日替わりで行われます」
 希望者は他の学部や学科でも参加出来ますよと補足して、フィロは小学生の子供達を最初に丘へと下ろして案内する。
「おはようございます、ルル様、桜様。本日もよろしくお願いします」
 丘精霊は特に上機嫌で、だからこそ部下に発言を禁じられている。
 高出力テレパシーで脳が焼き切れることが、かなりの確率で有り得るからだ。
「はい。ルル様も歓迎すると仰っています」
 宙に漂うマテリアルを見れば一目瞭然なので嘘ではない。
 丘精霊の表情が引き締まる。
 普段着に近いエルフが、ソナに引率されて道無き道を駆け上る。
 腕白盛りのエルフ子供会ご一行だ。
「遺構より危ないですよ」
 ソナは様々なことを伝えようとしている。
 その中には古エルフのことも含まれていて、憎悪や恨みではなく知識として受け継がれている。
 ソナが安心させるように微笑むと、丘精霊の緊張が薄れて自然と雰囲気が柔らかくなった。
「ボルディアおばさーん!」
「お前等俺以外に言ったら拳骨じゃすまねぇぞ」
 小学校の授業も受け持っているボルディアにとってはエルフ子供会も顔馴染みだ。
 純粋に慕ってくる相手を振り解く訳にもいかず、新たな住人との音楽の会へ引きずり込まれる。
「え、歌? 歌は……ちょっと」
 曇り無き期待の瞳が眩しい。
 戦場で鍛えた大音量で怯えさせてしまった記憶が自動で再生される。
 瞳に催促の感情が浮かぶ。
「ホ、ホラ、子供が主役なんだから歌うのはお前等に決まってんだろ!」
 いつの間にか桜の精霊と丘の精霊が子供会の中に混じって同じ目をしている。
 新入生と転入生は戸惑っているのかと思いきや、事前に渡されていた歌詞をエルフミュージシャンの伴奏で歌い出す。
「分かったよ」
 ボルディアが仕方なく歌い出すと子供達が歌を合わせてきた。
 産まれも育ちも生き方も違う人々が、一つの曲を通じて触れ合う。
「良い形になりました」
 丘を見上げて錬介が目を細める。
 小さな学校しかなかった土地に、人と精霊が歌を響かせあっている。
 これまでも全て順調だった訳ではない。
 取りこぼしもあるし、悲劇もある。
 これからも問題は発生するだろうし、日々の苦労や悲しみは無くならないだろう。
 それでも。
「素敵なお仕事でした」
 錬介が満足そうに頷いて、学校とも司祭とも違う方向へ歩き出す。
 丘精霊ルルの瞳に微かな涙が浮かぶ。
 別れは必然だ。
 それでも、ハンターと共に走り続けた日々はルルの心に刻まれ永遠に残る。
「ありがとうっ」
 テレパシーもマテリアルも伴わず、万感の思いが籠もった言葉が青空に響いた。


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    ミグ・ロマイヤー(ka0665
    ドワーフ|13才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
    マスティマ
    ビッグ・バウ(ka0665unit012
    ユニット|CAM
  • ボルディアせんせー
    ボルディア・コンフラムス(ka0796
    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • エルフ式療法士
    ソナ(ka1352
    エルフ|19才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    ユキウサギ
    バーニャ(ka1352unit001
    ユニット|幻獣
  • 猫の守り神
    カナタ・ハテナ(ka2130
    人間(蒼)|12才|女性|聖導士
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    ノームタン
    のーむたん(ka2290unit005
    ユニット|ゴーレム
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    ウィザード
    ウィザード(ka2434unit003
    ユニット|CAM
  • ティーマイスター
    カティス・フィルム(ka2486
    人間(紅)|12才|女性|魔術師
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • ユニットアイコン
    ミーティア
    ミーティア(ka4901unit005
    ユニット|幻獣
  • イコニアの夫
    カイン・A・A・カーナボン(ka5336
    人間(紅)|18才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    ワイルドハント
    -Wild Hunt-(ka5336unit002
    ユニット|幻獣
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • ユニットアイコン
    ハタシロウ
    二十四郎(ka5561unit002
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の配偶者
    北谷王子 朝騎(ka5818
    人間(蒼)|16才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka5818unit018
    ユニット|ゴーレム
  • 聖堂教会司祭
    エステル(ka5826
    人間(紅)|17才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コクレイゴーレム「ノーム」
    刻令ゴーレム「Gnome」(ka5826unit003
    ユニット|ゴーレム
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ユニットアイコン
    コッキゴーレム「ルクシュヴァリエ」
    刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」(ka5843unit007
    ユニット|CAM
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • ユニットアイコン
    クレプスクルム
    Crepusculum(ka5848unit008
    ユニット|CAM
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • ユニットアイコン
    ルクチャン
    ルクちゃん(ka5852unit008
    ユニット|CAM
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • ユニットアイコン
    カケヤオニロク
    掛矢鬼六(ka6053unit002
    ユニット|ゴーレム
  • 闇を貫く
    イツキ・ウィオラス(ka6512
    エルフ|16才|女性|格闘士
  • ユニットアイコン
    エイル
    エイル(ka6512unit001
    ユニット|幻獣
  • 丘精霊の絆
    フィーナ・マギ・フィルム(ka6617
    エルフ|20才|女性|魔術師
  • ユニットアイコン
    シュヴァルツェ
    Schwarze(ka6617unit002
    ユニット|幻獣
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
  • ユニットアイコン
    コッキゴーレム「ルクシュヴァリエ」
    刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」(ka6653unit008
    ユニット|CAM
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバライン(ka6752
    人間(紅)|26才|男性|格闘士
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    コッキゴーレム「ルクシュヴァリエ」
    刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」(ka6752unit007
    ユニット|CAM
  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師
  • 黒鉱鎧の守護僧
    ユーレン(ka6859
    鬼|26才|女性|聖導士
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士
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    コッキゴーレム「ルクシュヴァリエ」
    刻騎ゴーレム「ルクシュヴァリエ」(ka6966unit006
    ユニット|CAM
  • 桃源郷を探して
    ラスティ・グレン(ka7418
    人間(紅)|13才|男性|魔術師

サポート一覧

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依頼相談掲示板
アイコン 相談卓
カイン・A・A・カーナボン(ka5336
人間(クリムゾンウェスト)|18才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/09/18 08:02:55
アイコン 依頼前の挨拶スレッド
ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/09/14 23:08:38
アイコン 質問卓
北谷王子 朝騎(ka5818
人間(リアルブルー)|16才|女性|符術師(カードマスター)
最終発言
2019/09/18 15:46:31