ゲスト
(ka0000)
墜ちた星々を乗り越えて
マスター:猫又ものと

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/09/18 22:00
- 完成日
- 2019/09/29 14:13
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
「……ところで、君はいつまでここに居座るつもりなのかな?」
「そんなの分からないであります! 我輩的にはずっといてあげてもいいでありますよ」
イクタサの森の中にある彼の家。その床に転がっている丸い物体……チューダ(kz0173)にうんざりとした目線を向けるイクタサ(kz0246)。
家の主に向かって、ツギウサギが申し訳なさそうに頭を下げる。
「イクタサ様、申し訳ないッス。……ナーランギ様と幻獣の森を失って、幻獣達は行く場所がないッスよ」
「ああ、それは分かってる。それについては人間達が協議中であることもね。別に君達は気にしなくて良いんだ。僕が言いたいのは、この食って寝てばかりいる幻獣に限っての話だよ」
「むっ。我輩は幻獣王でありますぞ!? もっと敬うがいいのです!」
「僕の知ってる幻獣王はもっと気品があって賢かったけどねえ」
「そうです! 我輩は気品があって賢いのであります!」
「……君、嫌味も通じないんだね」
寝転がったまま胸を張るチューダに、呆れたようにため息をつくイクタサ。
ツキウサギはその様子に苦笑を漏らす。
怠惰王に続き、邪神ファナティックブラッドが倒し、ブラッドリーも退けた辺境の地は、久方振りの平穏を取り戻していた。
とはいえ、押し寄せた大量の歪虚に蹂躙された場所は多い。
長城ノアーラ・クンタウは無事だったものの、開拓地ホープやパシュパティ砦は酷く損壊してしまっている。
そして。先の戦いで、オイマト族はその族長であるバタルトゥ・オイマト(kz0023)も喪った。
彼の遺言に従い、イェルズ・オイマト(kz0143)が族長に就任したが……彼の死を悼む暇もなく、事後処理に追われる日々を送っている。
そして、あの戦いから1か月ほど経った今も、部族会議の大首長の座は空席のままだった。
「……パシュパティ砦を見て来たけど、皆頑張って作業してたよ。あれなら結構早く復興できるんじゃないかな」
「ホープについても、森山艦長率いるラズモネ・シャングリラチームの皆さんが時々お手伝いに来てくれています。お世話になった場所だから、何とかしたいって仰ってくれて……」
ファリフ・スコール(kz0009)とイェルズの報告にヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)が満足そうに頷く。
「そうですか。それは何よりです。あとは……ここに避難してきている辺境の民達の件ですね。皆徐々に自分達の土地に戻りつつありますが、歪虚によって蹂躙されたため、未だ戻れない民達がここに留まっています」
「そっか……。その人達も早く戻れるようにしてあげないとね」
「戻るのに必要なものを聴取した方が良さそうですね」
「ええ、そうしましょう。……それから、ファリフさん、イェルズさん」
「ん? なーに?」
「どうかしましたか?」
「部族会議の件ですが……暫くは大首長を置かず、この3人の協力体制でやっていきましょう」
「……うん。そうだね。それがいいと思う」
「……分かりました」
静かなヴェルナーの声に、頷くファリフとイェルズ。
部族会議の時期大首長については、ファリフとイェルズの名が挙げられていたが……歪虚が去ったとはいえ、混乱が続く辺境。それを決める投票をすることすらままならない。大首長の選定については、もう少し落ち着いてからという結論に至るのは当然の帰結だった。
「さて、紅茶が入りましたよ。お二人ともどうぞ」
「やったー! 戴きます!」
元気に告げて出されたお茶を口にしたファリフ。ふと、紅茶のカップが1つ多いことに気づいた。
「……ヴェルナーさん。そのカップって、もしかしてバタルトゥさんの分?」
「……ええ。あの人がいないことに慣れていないのか、つい用意してしまうんですよね」
らしくありませんよね、と呟くヴェルナーに、イェルズは目を伏せる。
喪った痛みは、時間が癒してくれると言うけれど。
――胸に楔のように刺さったこの痛みは、消えるとは思えなかった。
●墜ちた星々を乗り越えて
「……すごく久しぶりになるんですが、星灯祭を執り行いたいと思います。皆さんも参加して下さいませんか?」
突然現れてそんなことを言い出したイェルズに、ハンター達は目を瞬かせる。
「せいとうさい……って何だ?」
「こんな時にお祭りするの?」
「星灯祭は、死んでいった者達の魂を慰めるオイマト族のお祭りですよ」
首を傾げるハンター達に、淡々と説明を続けるイェルズ。
――星灯祭。
オイマト族では、故人を偲ぶ者達が、色とりどりの蝋燭に花や手紙を添え、火を灯して大地を飾り、餞に酒を酌み交わす風習がある。
蝋燭の火が、亡くなった人の魂を星に住まう精霊の元に導くと言われ、また、蝋燭に手紙を結ぶと故人に想いを届けてくれるという言い伝えがある。
闇夜の中、沢山の蝋燭が立てられた大地は、まるで天の星を映したようで……追悼という内容に反し、とても美しく……。
その灯火の中で、白龍の巫女達による鎮魂の舞も披露されるのだそうだ。
「……邪神ファナティックブラッドとの戦いや、今回の辺境の戦いで、沢山の人が犠牲になったじゃないですか。あの後、ずっと俺達事後処理に追われてて、死を悼む時間もなくて……それに、皆や族長が迷わず精霊の元に辿り着けるよう、手伝いたいですし」
「……イェルズ」
あはは、と力なく笑うイェルズに、言葉をなくすハンター達。
戦いには確かに勝った。けれど、払った犠牲はあまりにも大きい。
大切な存在を喪ったこの青年は、悲しみに蓋をすることで、ここまで動き続けていたのではないだろうか――。
彼らの無念を弔うのは、生きている自分達がすべきことだと、そう思う。
「……勿論個人的に故人を偲んで貰ってもいいですよ。蝋燭を眺めたり、酒を飲むだけでもいいです。……出来れば、協力をお願いします」
「そういうことなら手伝うわ」
死者の魂を鎮めることは生者を奮い立たせることにも繋がる。
この地が、この世界が、が新たな一歩を踏み出す為に……。
――大地に星を降ろそう。
そして、亡くなった人の魂を、天の星の元に送り届けよう――。
「そんなの分からないであります! 我輩的にはずっといてあげてもいいでありますよ」
イクタサの森の中にある彼の家。その床に転がっている丸い物体……チューダ(kz0173)にうんざりとした目線を向けるイクタサ(kz0246)。
家の主に向かって、ツギウサギが申し訳なさそうに頭を下げる。
「イクタサ様、申し訳ないッス。……ナーランギ様と幻獣の森を失って、幻獣達は行く場所がないッスよ」
「ああ、それは分かってる。それについては人間達が協議中であることもね。別に君達は気にしなくて良いんだ。僕が言いたいのは、この食って寝てばかりいる幻獣に限っての話だよ」
「むっ。我輩は幻獣王でありますぞ!? もっと敬うがいいのです!」
「僕の知ってる幻獣王はもっと気品があって賢かったけどねえ」
「そうです! 我輩は気品があって賢いのであります!」
「……君、嫌味も通じないんだね」
寝転がったまま胸を張るチューダに、呆れたようにため息をつくイクタサ。
ツキウサギはその様子に苦笑を漏らす。
怠惰王に続き、邪神ファナティックブラッドが倒し、ブラッドリーも退けた辺境の地は、久方振りの平穏を取り戻していた。
とはいえ、押し寄せた大量の歪虚に蹂躙された場所は多い。
長城ノアーラ・クンタウは無事だったものの、開拓地ホープやパシュパティ砦は酷く損壊してしまっている。
そして。先の戦いで、オイマト族はその族長であるバタルトゥ・オイマト(kz0023)も喪った。
彼の遺言に従い、イェルズ・オイマト(kz0143)が族長に就任したが……彼の死を悼む暇もなく、事後処理に追われる日々を送っている。
そして、あの戦いから1か月ほど経った今も、部族会議の大首長の座は空席のままだった。
「……パシュパティ砦を見て来たけど、皆頑張って作業してたよ。あれなら結構早く復興できるんじゃないかな」
「ホープについても、森山艦長率いるラズモネ・シャングリラチームの皆さんが時々お手伝いに来てくれています。お世話になった場所だから、何とかしたいって仰ってくれて……」
ファリフ・スコール(kz0009)とイェルズの報告にヴェルナー・ブロスフェルト(kz0032)が満足そうに頷く。
「そうですか。それは何よりです。あとは……ここに避難してきている辺境の民達の件ですね。皆徐々に自分達の土地に戻りつつありますが、歪虚によって蹂躙されたため、未だ戻れない民達がここに留まっています」
「そっか……。その人達も早く戻れるようにしてあげないとね」
「戻るのに必要なものを聴取した方が良さそうですね」
「ええ、そうしましょう。……それから、ファリフさん、イェルズさん」
「ん? なーに?」
「どうかしましたか?」
「部族会議の件ですが……暫くは大首長を置かず、この3人の協力体制でやっていきましょう」
「……うん。そうだね。それがいいと思う」
「……分かりました」
静かなヴェルナーの声に、頷くファリフとイェルズ。
部族会議の時期大首長については、ファリフとイェルズの名が挙げられていたが……歪虚が去ったとはいえ、混乱が続く辺境。それを決める投票をすることすらままならない。大首長の選定については、もう少し落ち着いてからという結論に至るのは当然の帰結だった。
「さて、紅茶が入りましたよ。お二人ともどうぞ」
「やったー! 戴きます!」
元気に告げて出されたお茶を口にしたファリフ。ふと、紅茶のカップが1つ多いことに気づいた。
「……ヴェルナーさん。そのカップって、もしかしてバタルトゥさんの分?」
「……ええ。あの人がいないことに慣れていないのか、つい用意してしまうんですよね」
らしくありませんよね、と呟くヴェルナーに、イェルズは目を伏せる。
喪った痛みは、時間が癒してくれると言うけれど。
――胸に楔のように刺さったこの痛みは、消えるとは思えなかった。
●墜ちた星々を乗り越えて
「……すごく久しぶりになるんですが、星灯祭を執り行いたいと思います。皆さんも参加して下さいませんか?」
突然現れてそんなことを言い出したイェルズに、ハンター達は目を瞬かせる。
「せいとうさい……って何だ?」
「こんな時にお祭りするの?」
「星灯祭は、死んでいった者達の魂を慰めるオイマト族のお祭りですよ」
首を傾げるハンター達に、淡々と説明を続けるイェルズ。
――星灯祭。
オイマト族では、故人を偲ぶ者達が、色とりどりの蝋燭に花や手紙を添え、火を灯して大地を飾り、餞に酒を酌み交わす風習がある。
蝋燭の火が、亡くなった人の魂を星に住まう精霊の元に導くと言われ、また、蝋燭に手紙を結ぶと故人に想いを届けてくれるという言い伝えがある。
闇夜の中、沢山の蝋燭が立てられた大地は、まるで天の星を映したようで……追悼という内容に反し、とても美しく……。
その灯火の中で、白龍の巫女達による鎮魂の舞も披露されるのだそうだ。
「……邪神ファナティックブラッドとの戦いや、今回の辺境の戦いで、沢山の人が犠牲になったじゃないですか。あの後、ずっと俺達事後処理に追われてて、死を悼む時間もなくて……それに、皆や族長が迷わず精霊の元に辿り着けるよう、手伝いたいですし」
「……イェルズ」
あはは、と力なく笑うイェルズに、言葉をなくすハンター達。
戦いには確かに勝った。けれど、払った犠牲はあまりにも大きい。
大切な存在を喪ったこの青年は、悲しみに蓋をすることで、ここまで動き続けていたのではないだろうか――。
彼らの無念を弔うのは、生きている自分達がすべきことだと、そう思う。
「……勿論個人的に故人を偲んで貰ってもいいですよ。蝋燭を眺めたり、酒を飲むだけでもいいです。……出来れば、協力をお願いします」
「そういうことなら手伝うわ」
死者の魂を鎮めることは生者を奮い立たせることにも繋がる。
この地が、この世界が、が新たな一歩を踏み出す為に……。
――大地に星を降ろそう。
そして、亡くなった人の魂を、天の星の元に送り届けよう――。
リプレイ本文
「都さん、こっち終わったよ。食材運んできた」
「ありがとうございます。それじゃ炊き出しの準備をお願いしてもいいですか?」
「了解。任せておいて」
ノアーラ・クンタウの一角で忙しく動き回る鞍馬 真(ka5819)と志鷹 都(ka1140)。
彼らは、未だ故郷に戻れず、ここに留まり続ける避難民の慰問にやって来ていた。
戦いが終わり、しばしの時が経ったからか重傷者はいなかったが――それでも回復期の者や、老人、小さな子供など癒し手を必要とする者は多くいた。
真と都ははそう言った者ひとりひとりに声をかけ、必要があれば治療し、悩みを聞き、励まして……。
ここに来た当初は不安げな顔をしている者が多かったが、今は笑顔が増えている。
助けになっていると実感出来て、都はほっと安堵のため息をつく。
そんな彼女に、真はお茶を差し出した。
「都さん、そろそろ休憩の時間だ。君、働きどおしだっただろう」
「あら。真さんだって同じじゃないですか」
顔を見合わせて笑う二人。都はお茶を受け取りながら真を見る。
「真さんは星灯祭に行かなくて良かったんですか?」
「うん。私には、こちらの方が性に合っているしね」
目を伏せる真。
それも嘘ではないが……今、死者を悼めば、後悔や罪悪感で立ち止まってしまう気がするのだ。
だから、今は。無理をしてでも前を向いていたいと思う。
そんな真の気持ちを知ってか知らずか、都はぽつりと呟く。
「……人を助けるというのには、底がないですよね」
いつの時代にも、どんな世界にも、困っている人というのは必ずどこかにはいて。
きっと戦いがなくなっても、こうした生活は変わらずに続くのだろう……。
「……さてと。そろそろ煮えたかな。炊き出しは豚汁にしたんだ」
「さすが真さん。栄養たっぷりで消化にいいですね」
「あはは。炊き出しといったら豚汁のイメージが強くてね。後で都さんにも持って来るよ」
微笑み合う2人。短い休憩を済ませて立ち上がると、それぞれの持ち場へ戻っていく。
「次はこれを運べばいい?」
「あ、手伝うよ。重いから、それ」
「ズルいぞ、ロイ! 俺もお姉ちゃん手伝いたい!」
「お前は別なことしろよ、キヤイ」
騒ぎながら星灯祭の準備をする子供達に笑みを漏らすイスフェリア(ka2088)。
――あの人を喪って、半身をもがれたような気がして。
いっそ消えてしまいたい……。
そう思った時に思い浮かんだのは、オイマト族の子供達の顔だった。
あの人だけではなく、彼らも――厳しい自然の中で、手を取り合って暮らすことや生きることの素晴らしさを教えてくれた。
「皆すごく大きくなったね。ビックリしちゃった」
「姉ちゃん」
「なーに?」
「このままオイマト族で暮らす気はない?」
息を飲むイスフェリア。ロイと呼ばれた少年は、彼女を真っすぐ見つめて続ける。
「俺達皆、姉ちゃんを大事に思ってるし。……ここにいてくれたら、嬉しい」
「……ありがと。ちょっと考えさせて」
曖昧な笑みを返すイスフェリア。
ロイの申し出はとても嬉しかったけれど……あの人の家族になりたいという願いと、その願いを勘違いしていた不器用さを思い出すと胸が痛くて――。
目頭が熱くなるのを感じて、彼女は慌てて首を振った。
眼下には地上に降りた星々。
温かな灯の光を、キヅカ・リク(ka0038)は小高い丘の上から見つめていた。
そして、リクは足元に蝋燭を並べると、1本づつ火を灯していく。
――まずは、バタルトゥに。
彼には助けて貰ってばかりだったけれど。その可能性は、こうしてここに。
――次は、ブラッドリーに。
敵としてだったが、最期まで在り方を問われ続けた。
その答えは、ここに。
――そして、最後にテセウス。
関わった時間こそ短かったが、誰より優しい奴だった。
あいつと植えた可能性の種は、今もまだ育ち続けている。
「……可能性の先の結果は、まだ出ていないけど。次会った時に、必ず伝えるから。……おやすみ」
腕を上げ、空へ伸ばすリク。ありったけの想いを込めて――その力を開放した。
「わうー……」
「何だい? 今日は突進してこないんだね」
「……今日は、特別な日ですから」
イクタサの肩に顎を乗せたまま呟くアルマ・A・エインズワース(ka4901)。そのまま酒をちびちびと啜る彼に、イクタサが苦笑する。
「僕の肩を杖代わりにして酒を飲むなんて、本当いい度胸してるよね」
「ダメだったです?」
アルマの問いに無言を返すイクタサ。本当に嫌なのであれば問答無用で振り払っているはずだ。
――イクタサのマテリアルに心地よさを感じつつ、アルマは数々の灯篭を眺める。
「……この灯よりもたくさん、たくさんいなくなったんですよね」
知ってる顔も、知らない顔も、人も歪虚も、たくさんの声が消えた。
「イクタサさん。僕らが死んだらマテリアルは星に還りますけど、『僕』はどこに行くんでしょうね?」
「さあね。……君の身体が枯れ木のようになるまで生きて、マテリアルに還る時に分かるんじゃない」
キョトンとして友人の横顔を見つめるアルマ。
アルマが長生きをすることを望んでいると言ってくれているようで……彼の顔がと緩む。
「僕、イクタサさんのそういうとこすきですー」
「何でそうなるんだか。君という人間は理解し難いね」
肩を竦めたイクタサの背に、アルマは笑いながらへばりついた。
旧い辺境の巫女の歌を贐に捧げるエアルドフリス(ka1856)の低い声が耳に心地良い。
ジュード・エアハート(ka0410)は蝋燭に火を灯すと、近くに手紙と花を供える。
「……俺達、生き残ったね」
「……そうだな。だが、大首長殿は……」
最後まで続かぬエアルドフリスの言葉に複雑な胸中を感じて、その手をそっと握るジュード。
気遣いながら声をかけるエアルドフリスに、緊張した面持ちを見せていたオイマト族の新しい族長を思い出して、彼は目を伏せる。
「イェルズさんも、辛いと思うけど……頑張って欲しいよね」
どんなに辛くても、立ち止まることがあっても、先を目指さなければ。それが、生き残った者の使命だと思うから……。
そう続けたジュードに頷き、エアルドフリスは口を開く。
「……ジュード、すまんな」
「んー? 何が?」
「結局、俺はこの地から離れられん」
――故郷を失い、あとは流れていくだけだと思っていた。
しかし、蛇の戦士と、そして大首長の遺志を受け取り、新たな役目を持つに至った。
皮肉な結果だと思う。それでも――。
「俺は多くを喪ったが……幸福だ。何も喪わない生よりずっといいと今は思う。だがジュードは喪いたくないんだ」
ずっと一緒に居ると約束もできない。その癖に、愛しい人を縛ろうとしている。
我儘だと思う。だが、それが……エアルドフリスという男の剥きだしの本音だった。
「……この先も、ジュードが俺の帰る場所だと、思っていいだろうか」
揺れるエアルドフリスの灰色の瞳。それをじっと見ていたジュードは徐に手を上げると、思い切り彼の額を指で弾く。
まさかのデコピンに、エアルドフリスが目を瞬かせた。
「あのねー、エアさん。思っていいか、じゃないの。ずっとそうなの。確認すること自体がおかしいでしょ! もう! 頼まれたって離れてやらないんだからね!」
「……そうか」
ぷりぷりしているジュードに、くつりと笑いを漏らすエアルドフリス。
彼にしか聞こえぬ声で、ありがとう……と囁いた。
「……この灯火は、ユーキに届くだろうか」
「ああ、きっとな」
暗闇の中、金色の髪の少女と共に灯をともす鳳凰院ひりょ(ka3744)。
邪神との戦いより帰還して、まず頭に浮かんだのはこの少女の事だった。
一杯話したい事があるのに、本人を前にするとうまく言葉に出来ない。
――それでも、この想いを伝えたくて……一生懸命、言葉を探す。
「……なあ、トモネ。俺を傍に置く気はないか?」
「……? ひりょ。それはどういう……?」
「ユーキの代わりが出来るとは思っていない。そうなりたいとも思わない。……俺は、俺として、トモネを支えたい。生涯をかけて、ただ1人の男として」
トモネを真摯に見つめる黒い双眸。答えを求めるように差し出される手。少女の頬がみるみるうちに朱に染まり、目線を泳がせる。
「わ、私はムーンリーフ財団の総帥だ。傍にいると苦労することになるぞ?」
「それは分かってる」
「人遣いも荒いし……」
「ユーキの域まで到達するには少々時間を貰うが、期待に添う働きをするよ。……どうかな?」
不安気に首を傾げるひりょ。
トモネは涙目になりながら、ひりょの手に自身の手を重ねる。
「……私は、ユーキを喪って独りになったと思っていたが……違ったのだな」
「ああ、俺が隣にいるよ」
乗せられた小さな姫君の手が、明るい未来を暗示しているようで――ひりょは目を細めた。
「これ祭というより葬式的ですね。魂送りと言うより、魂を戻しているような感じも受けますけど」
「そうだな。辺境はしんみりした祭するよな。俺様のとこだと盛大に宴会するんだけどよ」
「その風習も変わってますよね」
蝋燭の灯火を見ながらそんなことを呟く十 音子(ka0537)。隣にいるスメラギの顔を覗き込む。
「……で、本当にいいんですか?」
確認する彼女。スメラギに、個人的にお金を渡したいと告げたところ、断られた。
念の為もう一度聞いたのだが――彼はからりと笑った。
「ああ、気持ちだけ貰っとく。あんがとな。音子みたいに個人的に献金したいって奴結構いるんだけどさ、全部断ってんだ。ハンターに頼ってたら結局自立したことになんねーだろ?」
「スメラギさんって変なとこで律儀ですよね」
「うっせ」
「まあ、そういうことなら……他に出来ることをしましょうか」
スメラギの手を取る音子。引っ張られるようにしてスメラギも歩き出す。
「おい、どこ行くんだよ」
「恭子さんのところです。彼女は宙軍でも上の立場になりますし、挨拶しておきましょう。それからトモネさんもいらっしゃいましたね。彼女にも挨拶を……」
「ハァ!? 挨拶!? 何でだよ!」
「有力者との人脈づくりですよ。この先のことを考えたら大切なことです。ほら、行きますよ!」
スメラギを引きずるようにして進む音子。
東方の未来の為に、根回しはキッチリする彼女だった。
――肉体を離れた魂は、どれだけ巡れば輪廻の輪に戻って来るのだろうか。
愛しい人達の顔を思い浮かべながら、ルシオ・セレステ(ka0673)は蝋燭を並べる。
「……シバ。あの子達は傷つきながらも立派に受け継いでいるよ。どうか、褒めてやって欲しい」
呟いて、蝋燭に火を灯す。更に火を灯して……鮮やかな赤い髪が脳裏に蘇った。
「テセウス。早く戻っておいで」
――母さん。
呼ばれた気がして、ルシオは振り返る。
――姿は見えないけれど、そこにいるのだろうか。
今度はヒトの子になった彼に会いたい。身勝手な願いかもしれないけれど。。
ため息をついた彼女。灯火に目を落として、祈りを捧げる。
疲弊し尽くしたこの大地も、人の身体も心も……このひと時だけでも安らかに。
「……さあ、あの子にも声をかけてやらないと」
立ち上がるルシオ。もう1人の赤毛の青年を思い浮かべながら歩き出した。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は、1本1本、蝋燭に火を点けながら一心に祈っていた。
――私は、好きな人のところへ帰れるのに。
この蝋燭に灯る魂は別れの言葉もないままに、帰ることができなかった。
もっと強かったら、彼らのことも救えたのだろうか……?
「ごめんなさい。ありがとう……オイマトさんも、ありがとう……」
「……夜のお供にスープ入り焼き小龍包いかがですぅ? あったかいチャイもありますよぅ」
そこに香る食欲をそそる匂いと、聞こえてきた小さな声。
ディーナが顔を上げると、小さな屋台を開いている星野 ハナ(ka5852)と目が合った。
「ディーナさん、こんばんはですよぅ」
「こんばんはなの。とってもいい匂いなの」
「そうでしょぉ。良かったら食べていきませんかぁ? ……ディーナさん、すごく寒そうな顔してますしぃ」
ハナに言われ、己の頬に触れるディーナ。そこで初めて、強張った表情をしていたことに気づく。
「大きな戦いは終わったけど、小さな戦いはまだあるかもしれないの。その度に、こうしてまた人を見送るのかなって思ってしまったの」
「そうですねぇ。何かしらと戦うことにはなるでしょうねぇ。歪虚も全部消えた訳じゃないですしぃ。……でも、私達のやることって変わらないと思うのですぅ」
「……その中で出来ることを探していくしかない、ということなの?」
こくりと頷くハナ。ディーナは彼女から差し出されたチャイを受け取って。ため息をつく。
「……あったかいの」
「温まるといいですよぅ。自分を見送る人が風邪引いちゃ嫌でしょうしぃ、逝く人だってちょっとくらい温まりたいでしょうしぃ」
「うん。小籠包も戴きたいの」
「はいですよぅ。よろこんでですぅ」
屋台に回り込むハナ。
この先どれだけの戦いに臨むのかはわからないけれど。1人でも多くの人を救えるように努力を続けよう……。
温かな紅茶に口をつけながら、ディーナは決意を固めた。
Uisca Amhran(ka0754)は、白龍の巫女の正装を身に纏い、鎮魂の舞を捧げていた。
「Uisca様、お疲れ様です。本日の舞もお美しくていらっしゃいますね」
「ありがとうございます。皆さんの舞もいつもながら素敵ですよ」
休憩の間、他の白龍の巫女達とそんな会話を交わす彼女。Uiscaはふう、とため息をつく。
――こうして舞っていると、【深棲】の戦い後に行われた夜煌祭を思い出す。
あれからもう5年も経つだなんて……。
「Uisca様、どうかされましたか?」
「いえ。何でも。……さあ、舞いましょう。正しきマテリアルの流れがお手伝いできるように」
Uiscaの声に頷く巫女達。
死者のマテリアルは大地に帰り、いずれまた新たな命として産まれ落ちる。
戦いで失われたすべての命が正しく流れ、廻れますように――。
彼女達の祈りを込めた舞は、夜を通して続いて行く。
「ちょっと、伺いたかったんですけれど。バタルトゥさんは……英霊には、なれなかったのでしょうか?」
「逆に聞くけど。英霊って、死んですぐになれるようなものだと思ってるの?」
「信仰や知名度があり、大精霊が認めればなれるものではないんですか?」
逆に質問を投げてきたイクタサに、首を傾げる天央 観智(ka0896)。
勇気の大精霊は小さくため息をつく。
「英霊ってそんなにすぐポンポンと生まれるものでもないよ」
「祀り方が悪いとか、足りなかったという訳ではないんですね」
「そういう意味では足りてないでしょ。彼死んだばっかりなんだから」
なるほど、と頷く観智。
英霊を英霊たらしめるものは人々からの尊崇や信仰だ。
バタルトゥはこの点において条件を満たしていると思われる為、いずれは英霊として転化することもあり得るかもしれない。
観智はイクタサは感情のない目線を受け止めた。
「……質問の意図が読めないんだけどさ。彼をあれだけ戦わせて、死んでも戦わせるつもりなの?」
「いえ。そういうつもりでは。単純に気になったのと……辺境を照らす、大きな星が墜ちたのは残念なことだなと思いまして」
「そう。……バタルトゥは自業自得な部分はあるけど、ちょっとだけ同情するよ」
肩を竦めるイクタサに、観智もそうですね、と頷き返した。
ラミア・マクトゥーム(ka1720)は、イェルズと酒を酌み交わしながら、バタルトゥの話を聞かせて貰っていた。
イェルズの口から語られる彼は、懐が広く優しく、楽しい人で――父であり、兄のような存在だったのだと見て取れる。
そして、そんな大きな存在を喪った彼の心痛も見えるようで……ラミアはそっと、イェルズの両頬に手を添える。
「……? ラミアさん、どうしたんです?」
「イェルズ。泣いてもいいよ?」
「……ラミアさんの肩はもう貸して貰ったんで、大丈夫ですよ」
「まーたそんなこと言って……あんた、部族の人の前では泣けないだろ? けど、あたしの前では、そんなに強くなくていいから、さ」
「前から思ってたんですけど、そんなに俺甘やかしてどうするんです? これからしっかりしないといけないのに」
「しっかりしないといけないから必要なんだろ。それに、甘やかしてるんじゃないよ。これはあたしの我儘で……だから、その。あたしは、ずっと……あんたの隣であんたを見ていたいの。……あたし、あんたが好き、だから」
勢いのまま一気に言い放つラミア。
自分の両手でイェルズの顔を拘束しているものの、彼の顔を見られない。
そうしている間に、ふと両手が熱くなるのを感じて恐る恐る顔を上げると、イェルズの顔が茹りそうになっていることに気づいた。
「……ラミアさん」
「言っとくけど友達としてじゃないからね!!?」
「分かってますよ! 分かってますから!! ……えっと、その。前向きに検討させてください」
「……うん。宜しくお願いします」
おずおずと手を放すラミア。
……その後のお酒は、何だか味が分からなかった。
「嫌なのですー! 何でこんな可愛い愛され系幻獣王をいじめるでありますかー!?」
己の足元で転がりながら泣きわめいている球体に、エルバッハ・リオン(ka2434)は真剣な眼差しを向けていた。
「勘違いして戴いては困ります。これはチューダ様が真の幻獣王となるための試練。いわば私からの愛です」
すんすん、とあざとくすすり泣く自称幻獣王にビシっと小冊子を突きつけるエルバッハ。
表紙に『幻獣王再教育計画書』と書かれたこれこそがチューダが泣き喚いている原因である。
色々と直して戴きたいところが多すぎて、割と厚い冊子になってしまったのはご愛敬ということにして欲しい。
「素直に計画案を受け入れて戴ければ良かったのですが……仕方ありませんね。最後の手段です。……チューダ様。ここをご覧ください」
「我輩、字読めないでありますよ。読めたとしても今だけは読めないであります」
「……そうですか。では特別に私が読み上げて差し上げますね」
にっこりと笑って、最後の条文を読むエルバッハ。その内容にチューダが青ざめていく。
「い、いやであります! 我輩を食べても美味しくないであります!」
「誰も食べるなんて申し上げておりません。嫌なら訓練を受けて戴ければいいだけの話です」
「それも嫌であります!」
「そうですか。あくまでも拒否される、と。ではどうなるか分かっていらっしゃいますね?」
にっこりと笑うエルバッハ。辺境の地に、チューダの悲鳴が木霊した。
シアーシャ(ka2507)はイェルズと共に、眼下に広がる蝋燭を見つめていた。
誰かが、誰かの為に灯した炎。
――この戦いで『トモダチ』との別れを経験した。
この灯火の分だけ、皆大切な人を亡くしているのだろう。
横にいるイェルズもそうだ。同時に人の上に立つ立場になって悲しんでいる暇もない筈で。
シアーシャは彼を勇気づけるように、その手を握る。
「あのね、イェルズさん。イェルズさんが『弱さ』と思ってるものは、バタルトゥさんにとっては『強さ』なんだと思うよ。だから、イェルズさんのまま族長になれば大丈夫だよ」
「そうでしょうか」
「うん。これからは戦う為の力じゃなくて、人に寄り添う優しさが、これからのオイマト族に必要だって思ってて……あたしもそんなイェルズさんが好きなんだよ」
「……そういう言葉は、あまり軽率に言わない方がいいですよ。勘違いされますから」
困ったような笑みを浮かべるイェルズ。自分がテセウスに対して言ったような言葉を言われて、シアーシャはキョトンとする。
――なるほど。テセウスもこういう気持ちだったのかもしれない。
でもわたしは、彼とは違う。この想いを自覚して、伝える言葉を持っている。
だから……。
「勘違いしてくれてもいいよ! というか勘違いじゃないから!」
「……はい?」
「だからイェルズさんが好きだって言ってるの」
「わー! 分かりました! ……すみません、ちょっと考える時間をください」
慌てるイェルズに、頷くシアーシャ。
勢い余った節はあるけれど、このまま終わって後悔するのは嫌だから――。
変わり始めた関係に、彼女の胸が騒めいた。
「……そっか。あいつ死んだんだな」
「……はい。辺境の戦士として、立派な最期だったと思います」
アシェ-ル(ka2983)の報告に耳を傾けるスメラギ。
そういえばスメラギは、バタルトゥと個人的に仲が良かったように記憶している。
付き合いの長かった家臣達に続いて、友人まで喪ったのかと思うと……アシェールの心がズキリと痛んで、目頭が熱くなった。
「何でお前がそんな顔してんだよ」
「スメラギ様が泣かないから、代わりに泣いてあげてるんですよ」
「……頼んでねーだろ、そんなこと」
「私がしたくてしてるだけですから……」
言いかけた彼女の前に差し出された手ぬぐい。パッと見で上質なことが分かるそれを見て、受け取ろうとしたアシェールの手が止まる。
「……私の涙を拭くのに使うにはちょっと躊躇われる品なんですが」
「ハァ!? 良いから使えよ」
グイっと押し付けられるそれに、彼の不器用な優しさを感じてアシェールから笑みが漏れる。
「色々とありましたけど、今日はゆっくりしましょう、スメラギ様」
「おう。でもよ、俺様この後挨拶に行けって言われてんだよ。音子があちこちに約束しちまってさ」
「あら。じゃあ私もご一緒しますね。側室として入るならその方がいいでしょうし」
当然のことのように言うアシェール。スメラギは思い切り飛び退いた後、耳まで赤くなった。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は独り、高台の上から静かに蝋燭の灯火を眺めていた。
――私は、力を得た。意思を示し続けもした。
だが、誰かに何かを遺せるのかと言われたら、正直分からない。
そんなアルトの脳裏に浮かぶのは、バタルトゥの姿。
最期のその瞬間まで戦い抜いた彼。言葉で語らずとも……あの戦場にいた者は、自分を含め、何かを受け取ったはずだ。
……言ってはいけないことなのだろうけれど。
こうして何かを遺すことができた貴方が少し羨ましい。
私もあの人のように、死ぬ時に……死ぬまでに何かを遺せるだろうか?
「ねえ、バタルトゥさん。あなたに相談しておけば良かったかな」
こんな悩みを抱えるなんてらしくないとも思うけれど。
彼なら、不器用ながらも一生懸命に言葉を考えてくれた気がする。
「戦士として、もっと話がしたかった。……残念だよ」
剣を抜き、空へ捧げ持つアルト。戦士らしく、彼への敬意を表した。
海のように広がる蝋燭の灯の中を、エステル・ソル(ka3983)はぼんやりとしながら歩いていた。
彼を喪ったあの日から、ぽっかりと穴が開いたような感覚がして胸が痛むけれど、不思議と涙は出なかった。
――気づけば、繰り返し、最期に何かを伝えようとしていたあの人の姿を思い出す。
受け取り損ねてしまった言葉は、一体何だったのだろう。
こんな時まで伝えずに逝ってしまうなんて、本当に酷い人。
「……バタルトゥさん。わたくしは貴方の目にどう映っていたのでしょう。貴方の心に少しでも触れられましたか?」
エステルの問いに、応えるものはないけれど。きっと、この問いと想いは生きている限り消えることはないのだろう。
「次に生まれて来る時には、きちんと自分を大切にしてください」
ずっとずっと、愛しています……。
エステルから漏れ出る想い。
彼女は、あの人が旅立ってから日課となってしまった祈りを、目の前の灯に捧げた。
地上に灯る火。そこにひらひらと、色とりどりの花弁が舞い降りる。
風に揺れるそれらを虚ろな目で追いながら、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はあの人の名を呼び続けていた。
呼んでも呼んでも、応えるものはない。彼に届くこともない。
その事実が悲しくて、蜜鈴の瞳に涙が浮かぶ。
この胸に宿る想いが何であるのか、気付くのが遅すぎた。
――愛した事が罪なのか。
手をのばした事が罪なのか。
少なくとも気づいていれば、彼をこの呪いのような想いに巻くこともなかったであろうに。
辛くても、生きなくてはならない。向こうに渡った時に、土産話をすると約束をした。
その為にも、オイマトの未来が少しでも輝くように祈り、見守らねば……。
「オイマト……。揃いも揃うて、阿呆な殿御じゃ……」
蜜鈴の瞳から、はらはらと月の雫のような涙がこぼれ落ちた。
蝋燭に火を灯し、祈りを捧げていたマリィア・バルデス(ka5848)は、森山恭子の姿を見つけて反射的に立ち上がって敬礼をした。
「森山艦長! お1人ですか?」
「そうザマス。復興の手伝いの帰りにちょっと寄ったザマスよ」
「左様でしたか。申し遅れました。元統一連合宙軍所属のマリィア・バルデスと申します」
「堅苦しいのはなしで構わないザマス。あなた、ドリスキルちゃんのイイ人でしょ。うちの子がお世話になってるザマス」
「……! 勿体ないお言葉恐縮です。カミア・シャングリラの完成、おめでとうございます」
「ありがとうザマス。あなたはこのままハンターを続けるつもりザマスか?」
「いえ。リアルブルーへのの帰属が叶い次第、再度軍に奉職したいと思っておりました。その際は、次はカミア・シャングリラ部隊への着任を希望する所存です。部隊でお目にかかれれば幸いです」
「あらー。うちは人遣いが荒くて有名ザマスよ? そんな事いって大丈夫ザマス?」
「閣下の部隊が忙しいのは、常に人々のことを考え、最前線にいらっしゃるが故と考えます。そう言った場所で力を尽くせたら本望です」
「そうザマスか。覚悟して来るといいザマス」
マリィアの訴えに、頷く恭子。その目線は子を見守るような優しさを称えていた。
「いやー。色々あったなー」
「そうだなぁ」
「お前、ピリカ隊率いて本当頑張ってたよな」
「よしやがれ。アレは成り行き上そうなっただけで、別にお前らの為じゃねえよ」
酒を酌み交わしつつ、思い出話に花を咲かせる南護 炎(ka6651)とテルル。
テルルの照れ隠しに炎は笑った後、ふと真顔になる。
「なあ、テルル。お前幻獣王になる気はないか?」
「あ? 幻獣王ならチューダがいるだろ」
「そうなんだけどさ。戦乱の最中に惰眠を貪り自堕落な生活をして何もしなかったチューダよりも、危険を顧みずピリカ隊を率いて自ら前線で闘っていた君の方が幻獣の王に相応しいと思うんだ」
炎の表情を見て、大真面目に切り出していると理解したのか、テルルはため息をつく。
「王なんて面倒なことは御免だな。さっきも言ったが、別に俺ぁ何かの為に戦った訳じゃねえ。しいて理由があるとすれば、俺は機導術を極めて自分のピリカを強くしたかっただけだ。この先も気ままにピリカを弄っていられりゃ充分だ」
「お前のそういうとこが王に向いてると思うんだけどな」
「もうその話はやめろぃ。酒がマズくならぁ」
肩を竦めて酒を煽るテルル。
江戸っ子気質の彼が一度言い出したら翻意はなかなか難しいかもしれない。炎は少し残念に思いながら、盃を傾けた。
――スキットルという容器は便利だ。
謝りたいと思う相手に酒を渡すことも出来るし、こうして自分で飲むこともできる。
イクタサに詫びの印として酒を渡した後、トリプルJ(ka6653)は蝋燭の灯を見ながら酒を流し込んでいた。
知ってる奴も、知らない奴も沢山死んだ。
自分もその中に加わるだろうと思っていたのに……。
生きて故郷に戻れることが、嬉しくもあり後ろめたくも感じる。
「そんなこと言ったら、お前は怒るかねえ。テセウス」
もう一口酒を煽るトリプルJ。今飲んでいる酒も、本当は赤毛の歪虚の為に持って来たものだったが、あのお子様が飲む訳がなかった。
花か、甘味でも持ってきてやれば良かったかもしれない。
「なぁ、テセウス。お前の妹分な、頑なすぎてちっとばっか心配だわ。お前くらい頭柔らかければ良かったのになぁ」
――また美味いもん食わせてやるから、早く戻って来いや。
風に溶けるトリプルJの呟き。灯の中に、テセウスの無邪気な笑顔が見えたような気がした。
「……ユーキ様。トモネ様は頑張って前に進んでいらっしゃいますよ」
灯した蝋燭に向かって、そっと声をかけるフィロ(ka6966)。
――戦いが終わったら、トモネとユーキに仕え、アスガルドの子供達の世話係に就こうと思っていたのに。
ユーキが戦場で散ったことで、その夢も潰えてしまった。
フィロは、幸せな子供達が見たかった。
ユーキ様を失い、失意に沈むトモネを見たくない。
トモネはユーキが育てた子だ。そんなに弱くはないのだろう。
その証拠に、彼を亡くした後も着実に物事を進めている。
――それでも、人知れず泣いているのだろうと思ったら……どうしてもトモネに会う気にはなれなかった。
「生きて贖罪をと仰っていたのに……彼女を置いていくなんて罪深い方ですね、ユーキ様」
せめて眠りについた後は、誰も幸せになれたらいい。
フィロはそっと目を閉じて、頭を垂れた。
人々の願いを乗せた灯火が、辺境の大地を包む。
そして祈りと想いを乗せた流星と光柱が、星々に吸い込まれて消えた。
「ありがとうございます。それじゃ炊き出しの準備をお願いしてもいいですか?」
「了解。任せておいて」
ノアーラ・クンタウの一角で忙しく動き回る鞍馬 真(ka5819)と志鷹 都(ka1140)。
彼らは、未だ故郷に戻れず、ここに留まり続ける避難民の慰問にやって来ていた。
戦いが終わり、しばしの時が経ったからか重傷者はいなかったが――それでも回復期の者や、老人、小さな子供など癒し手を必要とする者は多くいた。
真と都ははそう言った者ひとりひとりに声をかけ、必要があれば治療し、悩みを聞き、励まして……。
ここに来た当初は不安げな顔をしている者が多かったが、今は笑顔が増えている。
助けになっていると実感出来て、都はほっと安堵のため息をつく。
そんな彼女に、真はお茶を差し出した。
「都さん、そろそろ休憩の時間だ。君、働きどおしだっただろう」
「あら。真さんだって同じじゃないですか」
顔を見合わせて笑う二人。都はお茶を受け取りながら真を見る。
「真さんは星灯祭に行かなくて良かったんですか?」
「うん。私には、こちらの方が性に合っているしね」
目を伏せる真。
それも嘘ではないが……今、死者を悼めば、後悔や罪悪感で立ち止まってしまう気がするのだ。
だから、今は。無理をしてでも前を向いていたいと思う。
そんな真の気持ちを知ってか知らずか、都はぽつりと呟く。
「……人を助けるというのには、底がないですよね」
いつの時代にも、どんな世界にも、困っている人というのは必ずどこかにはいて。
きっと戦いがなくなっても、こうした生活は変わらずに続くのだろう……。
「……さてと。そろそろ煮えたかな。炊き出しは豚汁にしたんだ」
「さすが真さん。栄養たっぷりで消化にいいですね」
「あはは。炊き出しといったら豚汁のイメージが強くてね。後で都さんにも持って来るよ」
微笑み合う2人。短い休憩を済ませて立ち上がると、それぞれの持ち場へ戻っていく。
「次はこれを運べばいい?」
「あ、手伝うよ。重いから、それ」
「ズルいぞ、ロイ! 俺もお姉ちゃん手伝いたい!」
「お前は別なことしろよ、キヤイ」
騒ぎながら星灯祭の準備をする子供達に笑みを漏らすイスフェリア(ka2088)。
――あの人を喪って、半身をもがれたような気がして。
いっそ消えてしまいたい……。
そう思った時に思い浮かんだのは、オイマト族の子供達の顔だった。
あの人だけではなく、彼らも――厳しい自然の中で、手を取り合って暮らすことや生きることの素晴らしさを教えてくれた。
「皆すごく大きくなったね。ビックリしちゃった」
「姉ちゃん」
「なーに?」
「このままオイマト族で暮らす気はない?」
息を飲むイスフェリア。ロイと呼ばれた少年は、彼女を真っすぐ見つめて続ける。
「俺達皆、姉ちゃんを大事に思ってるし。……ここにいてくれたら、嬉しい」
「……ありがと。ちょっと考えさせて」
曖昧な笑みを返すイスフェリア。
ロイの申し出はとても嬉しかったけれど……あの人の家族になりたいという願いと、その願いを勘違いしていた不器用さを思い出すと胸が痛くて――。
目頭が熱くなるのを感じて、彼女は慌てて首を振った。
眼下には地上に降りた星々。
温かな灯の光を、キヅカ・リク(ka0038)は小高い丘の上から見つめていた。
そして、リクは足元に蝋燭を並べると、1本づつ火を灯していく。
――まずは、バタルトゥに。
彼には助けて貰ってばかりだったけれど。その可能性は、こうしてここに。
――次は、ブラッドリーに。
敵としてだったが、最期まで在り方を問われ続けた。
その答えは、ここに。
――そして、最後にテセウス。
関わった時間こそ短かったが、誰より優しい奴だった。
あいつと植えた可能性の種は、今もまだ育ち続けている。
「……可能性の先の結果は、まだ出ていないけど。次会った時に、必ず伝えるから。……おやすみ」
腕を上げ、空へ伸ばすリク。ありったけの想いを込めて――その力を開放した。
「わうー……」
「何だい? 今日は突進してこないんだね」
「……今日は、特別な日ですから」
イクタサの肩に顎を乗せたまま呟くアルマ・A・エインズワース(ka4901)。そのまま酒をちびちびと啜る彼に、イクタサが苦笑する。
「僕の肩を杖代わりにして酒を飲むなんて、本当いい度胸してるよね」
「ダメだったです?」
アルマの問いに無言を返すイクタサ。本当に嫌なのであれば問答無用で振り払っているはずだ。
――イクタサのマテリアルに心地よさを感じつつ、アルマは数々の灯篭を眺める。
「……この灯よりもたくさん、たくさんいなくなったんですよね」
知ってる顔も、知らない顔も、人も歪虚も、たくさんの声が消えた。
「イクタサさん。僕らが死んだらマテリアルは星に還りますけど、『僕』はどこに行くんでしょうね?」
「さあね。……君の身体が枯れ木のようになるまで生きて、マテリアルに還る時に分かるんじゃない」
キョトンとして友人の横顔を見つめるアルマ。
アルマが長生きをすることを望んでいると言ってくれているようで……彼の顔がと緩む。
「僕、イクタサさんのそういうとこすきですー」
「何でそうなるんだか。君という人間は理解し難いね」
肩を竦めたイクタサの背に、アルマは笑いながらへばりついた。
旧い辺境の巫女の歌を贐に捧げるエアルドフリス(ka1856)の低い声が耳に心地良い。
ジュード・エアハート(ka0410)は蝋燭に火を灯すと、近くに手紙と花を供える。
「……俺達、生き残ったね」
「……そうだな。だが、大首長殿は……」
最後まで続かぬエアルドフリスの言葉に複雑な胸中を感じて、その手をそっと握るジュード。
気遣いながら声をかけるエアルドフリスに、緊張した面持ちを見せていたオイマト族の新しい族長を思い出して、彼は目を伏せる。
「イェルズさんも、辛いと思うけど……頑張って欲しいよね」
どんなに辛くても、立ち止まることがあっても、先を目指さなければ。それが、生き残った者の使命だと思うから……。
そう続けたジュードに頷き、エアルドフリスは口を開く。
「……ジュード、すまんな」
「んー? 何が?」
「結局、俺はこの地から離れられん」
――故郷を失い、あとは流れていくだけだと思っていた。
しかし、蛇の戦士と、そして大首長の遺志を受け取り、新たな役目を持つに至った。
皮肉な結果だと思う。それでも――。
「俺は多くを喪ったが……幸福だ。何も喪わない生よりずっといいと今は思う。だがジュードは喪いたくないんだ」
ずっと一緒に居ると約束もできない。その癖に、愛しい人を縛ろうとしている。
我儘だと思う。だが、それが……エアルドフリスという男の剥きだしの本音だった。
「……この先も、ジュードが俺の帰る場所だと、思っていいだろうか」
揺れるエアルドフリスの灰色の瞳。それをじっと見ていたジュードは徐に手を上げると、思い切り彼の額を指で弾く。
まさかのデコピンに、エアルドフリスが目を瞬かせた。
「あのねー、エアさん。思っていいか、じゃないの。ずっとそうなの。確認すること自体がおかしいでしょ! もう! 頼まれたって離れてやらないんだからね!」
「……そうか」
ぷりぷりしているジュードに、くつりと笑いを漏らすエアルドフリス。
彼にしか聞こえぬ声で、ありがとう……と囁いた。
「……この灯火は、ユーキに届くだろうか」
「ああ、きっとな」
暗闇の中、金色の髪の少女と共に灯をともす鳳凰院ひりょ(ka3744)。
邪神との戦いより帰還して、まず頭に浮かんだのはこの少女の事だった。
一杯話したい事があるのに、本人を前にするとうまく言葉に出来ない。
――それでも、この想いを伝えたくて……一生懸命、言葉を探す。
「……なあ、トモネ。俺を傍に置く気はないか?」
「……? ひりょ。それはどういう……?」
「ユーキの代わりが出来るとは思っていない。そうなりたいとも思わない。……俺は、俺として、トモネを支えたい。生涯をかけて、ただ1人の男として」
トモネを真摯に見つめる黒い双眸。答えを求めるように差し出される手。少女の頬がみるみるうちに朱に染まり、目線を泳がせる。
「わ、私はムーンリーフ財団の総帥だ。傍にいると苦労することになるぞ?」
「それは分かってる」
「人遣いも荒いし……」
「ユーキの域まで到達するには少々時間を貰うが、期待に添う働きをするよ。……どうかな?」
不安気に首を傾げるひりょ。
トモネは涙目になりながら、ひりょの手に自身の手を重ねる。
「……私は、ユーキを喪って独りになったと思っていたが……違ったのだな」
「ああ、俺が隣にいるよ」
乗せられた小さな姫君の手が、明るい未来を暗示しているようで――ひりょは目を細めた。
「これ祭というより葬式的ですね。魂送りと言うより、魂を戻しているような感じも受けますけど」
「そうだな。辺境はしんみりした祭するよな。俺様のとこだと盛大に宴会するんだけどよ」
「その風習も変わってますよね」
蝋燭の灯火を見ながらそんなことを呟く十 音子(ka0537)。隣にいるスメラギの顔を覗き込む。
「……で、本当にいいんですか?」
確認する彼女。スメラギに、個人的にお金を渡したいと告げたところ、断られた。
念の為もう一度聞いたのだが――彼はからりと笑った。
「ああ、気持ちだけ貰っとく。あんがとな。音子みたいに個人的に献金したいって奴結構いるんだけどさ、全部断ってんだ。ハンターに頼ってたら結局自立したことになんねーだろ?」
「スメラギさんって変なとこで律儀ですよね」
「うっせ」
「まあ、そういうことなら……他に出来ることをしましょうか」
スメラギの手を取る音子。引っ張られるようにしてスメラギも歩き出す。
「おい、どこ行くんだよ」
「恭子さんのところです。彼女は宙軍でも上の立場になりますし、挨拶しておきましょう。それからトモネさんもいらっしゃいましたね。彼女にも挨拶を……」
「ハァ!? 挨拶!? 何でだよ!」
「有力者との人脈づくりですよ。この先のことを考えたら大切なことです。ほら、行きますよ!」
スメラギを引きずるようにして進む音子。
東方の未来の為に、根回しはキッチリする彼女だった。
――肉体を離れた魂は、どれだけ巡れば輪廻の輪に戻って来るのだろうか。
愛しい人達の顔を思い浮かべながら、ルシオ・セレステ(ka0673)は蝋燭を並べる。
「……シバ。あの子達は傷つきながらも立派に受け継いでいるよ。どうか、褒めてやって欲しい」
呟いて、蝋燭に火を灯す。更に火を灯して……鮮やかな赤い髪が脳裏に蘇った。
「テセウス。早く戻っておいで」
――母さん。
呼ばれた気がして、ルシオは振り返る。
――姿は見えないけれど、そこにいるのだろうか。
今度はヒトの子になった彼に会いたい。身勝手な願いかもしれないけれど。。
ため息をついた彼女。灯火に目を落として、祈りを捧げる。
疲弊し尽くしたこの大地も、人の身体も心も……このひと時だけでも安らかに。
「……さあ、あの子にも声をかけてやらないと」
立ち上がるルシオ。もう1人の赤毛の青年を思い浮かべながら歩き出した。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は、1本1本、蝋燭に火を点けながら一心に祈っていた。
――私は、好きな人のところへ帰れるのに。
この蝋燭に灯る魂は別れの言葉もないままに、帰ることができなかった。
もっと強かったら、彼らのことも救えたのだろうか……?
「ごめんなさい。ありがとう……オイマトさんも、ありがとう……」
「……夜のお供にスープ入り焼き小龍包いかがですぅ? あったかいチャイもありますよぅ」
そこに香る食欲をそそる匂いと、聞こえてきた小さな声。
ディーナが顔を上げると、小さな屋台を開いている星野 ハナ(ka5852)と目が合った。
「ディーナさん、こんばんはですよぅ」
「こんばんはなの。とってもいい匂いなの」
「そうでしょぉ。良かったら食べていきませんかぁ? ……ディーナさん、すごく寒そうな顔してますしぃ」
ハナに言われ、己の頬に触れるディーナ。そこで初めて、強張った表情をしていたことに気づく。
「大きな戦いは終わったけど、小さな戦いはまだあるかもしれないの。その度に、こうしてまた人を見送るのかなって思ってしまったの」
「そうですねぇ。何かしらと戦うことにはなるでしょうねぇ。歪虚も全部消えた訳じゃないですしぃ。……でも、私達のやることって変わらないと思うのですぅ」
「……その中で出来ることを探していくしかない、ということなの?」
こくりと頷くハナ。ディーナは彼女から差し出されたチャイを受け取って。ため息をつく。
「……あったかいの」
「温まるといいですよぅ。自分を見送る人が風邪引いちゃ嫌でしょうしぃ、逝く人だってちょっとくらい温まりたいでしょうしぃ」
「うん。小籠包も戴きたいの」
「はいですよぅ。よろこんでですぅ」
屋台に回り込むハナ。
この先どれだけの戦いに臨むのかはわからないけれど。1人でも多くの人を救えるように努力を続けよう……。
温かな紅茶に口をつけながら、ディーナは決意を固めた。
Uisca Amhran(ka0754)は、白龍の巫女の正装を身に纏い、鎮魂の舞を捧げていた。
「Uisca様、お疲れ様です。本日の舞もお美しくていらっしゃいますね」
「ありがとうございます。皆さんの舞もいつもながら素敵ですよ」
休憩の間、他の白龍の巫女達とそんな会話を交わす彼女。Uiscaはふう、とため息をつく。
――こうして舞っていると、【深棲】の戦い後に行われた夜煌祭を思い出す。
あれからもう5年も経つだなんて……。
「Uisca様、どうかされましたか?」
「いえ。何でも。……さあ、舞いましょう。正しきマテリアルの流れがお手伝いできるように」
Uiscaの声に頷く巫女達。
死者のマテリアルは大地に帰り、いずれまた新たな命として産まれ落ちる。
戦いで失われたすべての命が正しく流れ、廻れますように――。
彼女達の祈りを込めた舞は、夜を通して続いて行く。
「ちょっと、伺いたかったんですけれど。バタルトゥさんは……英霊には、なれなかったのでしょうか?」
「逆に聞くけど。英霊って、死んですぐになれるようなものだと思ってるの?」
「信仰や知名度があり、大精霊が認めればなれるものではないんですか?」
逆に質問を投げてきたイクタサに、首を傾げる天央 観智(ka0896)。
勇気の大精霊は小さくため息をつく。
「英霊ってそんなにすぐポンポンと生まれるものでもないよ」
「祀り方が悪いとか、足りなかったという訳ではないんですね」
「そういう意味では足りてないでしょ。彼死んだばっかりなんだから」
なるほど、と頷く観智。
英霊を英霊たらしめるものは人々からの尊崇や信仰だ。
バタルトゥはこの点において条件を満たしていると思われる為、いずれは英霊として転化することもあり得るかもしれない。
観智はイクタサは感情のない目線を受け止めた。
「……質問の意図が読めないんだけどさ。彼をあれだけ戦わせて、死んでも戦わせるつもりなの?」
「いえ。そういうつもりでは。単純に気になったのと……辺境を照らす、大きな星が墜ちたのは残念なことだなと思いまして」
「そう。……バタルトゥは自業自得な部分はあるけど、ちょっとだけ同情するよ」
肩を竦めるイクタサに、観智もそうですね、と頷き返した。
ラミア・マクトゥーム(ka1720)は、イェルズと酒を酌み交わしながら、バタルトゥの話を聞かせて貰っていた。
イェルズの口から語られる彼は、懐が広く優しく、楽しい人で――父であり、兄のような存在だったのだと見て取れる。
そして、そんな大きな存在を喪った彼の心痛も見えるようで……ラミアはそっと、イェルズの両頬に手を添える。
「……? ラミアさん、どうしたんです?」
「イェルズ。泣いてもいいよ?」
「……ラミアさんの肩はもう貸して貰ったんで、大丈夫ですよ」
「まーたそんなこと言って……あんた、部族の人の前では泣けないだろ? けど、あたしの前では、そんなに強くなくていいから、さ」
「前から思ってたんですけど、そんなに俺甘やかしてどうするんです? これからしっかりしないといけないのに」
「しっかりしないといけないから必要なんだろ。それに、甘やかしてるんじゃないよ。これはあたしの我儘で……だから、その。あたしは、ずっと……あんたの隣であんたを見ていたいの。……あたし、あんたが好き、だから」
勢いのまま一気に言い放つラミア。
自分の両手でイェルズの顔を拘束しているものの、彼の顔を見られない。
そうしている間に、ふと両手が熱くなるのを感じて恐る恐る顔を上げると、イェルズの顔が茹りそうになっていることに気づいた。
「……ラミアさん」
「言っとくけど友達としてじゃないからね!!?」
「分かってますよ! 分かってますから!! ……えっと、その。前向きに検討させてください」
「……うん。宜しくお願いします」
おずおずと手を放すラミア。
……その後のお酒は、何だか味が分からなかった。
「嫌なのですー! 何でこんな可愛い愛され系幻獣王をいじめるでありますかー!?」
己の足元で転がりながら泣きわめいている球体に、エルバッハ・リオン(ka2434)は真剣な眼差しを向けていた。
「勘違いして戴いては困ります。これはチューダ様が真の幻獣王となるための試練。いわば私からの愛です」
すんすん、とあざとくすすり泣く自称幻獣王にビシっと小冊子を突きつけるエルバッハ。
表紙に『幻獣王再教育計画書』と書かれたこれこそがチューダが泣き喚いている原因である。
色々と直して戴きたいところが多すぎて、割と厚い冊子になってしまったのはご愛敬ということにして欲しい。
「素直に計画案を受け入れて戴ければ良かったのですが……仕方ありませんね。最後の手段です。……チューダ様。ここをご覧ください」
「我輩、字読めないでありますよ。読めたとしても今だけは読めないであります」
「……そうですか。では特別に私が読み上げて差し上げますね」
にっこりと笑って、最後の条文を読むエルバッハ。その内容にチューダが青ざめていく。
「い、いやであります! 我輩を食べても美味しくないであります!」
「誰も食べるなんて申し上げておりません。嫌なら訓練を受けて戴ければいいだけの話です」
「それも嫌であります!」
「そうですか。あくまでも拒否される、と。ではどうなるか分かっていらっしゃいますね?」
にっこりと笑うエルバッハ。辺境の地に、チューダの悲鳴が木霊した。
シアーシャ(ka2507)はイェルズと共に、眼下に広がる蝋燭を見つめていた。
誰かが、誰かの為に灯した炎。
――この戦いで『トモダチ』との別れを経験した。
この灯火の分だけ、皆大切な人を亡くしているのだろう。
横にいるイェルズもそうだ。同時に人の上に立つ立場になって悲しんでいる暇もない筈で。
シアーシャは彼を勇気づけるように、その手を握る。
「あのね、イェルズさん。イェルズさんが『弱さ』と思ってるものは、バタルトゥさんにとっては『強さ』なんだと思うよ。だから、イェルズさんのまま族長になれば大丈夫だよ」
「そうでしょうか」
「うん。これからは戦う為の力じゃなくて、人に寄り添う優しさが、これからのオイマト族に必要だって思ってて……あたしもそんなイェルズさんが好きなんだよ」
「……そういう言葉は、あまり軽率に言わない方がいいですよ。勘違いされますから」
困ったような笑みを浮かべるイェルズ。自分がテセウスに対して言ったような言葉を言われて、シアーシャはキョトンとする。
――なるほど。テセウスもこういう気持ちだったのかもしれない。
でもわたしは、彼とは違う。この想いを自覚して、伝える言葉を持っている。
だから……。
「勘違いしてくれてもいいよ! というか勘違いじゃないから!」
「……はい?」
「だからイェルズさんが好きだって言ってるの」
「わー! 分かりました! ……すみません、ちょっと考える時間をください」
慌てるイェルズに、頷くシアーシャ。
勢い余った節はあるけれど、このまま終わって後悔するのは嫌だから――。
変わり始めた関係に、彼女の胸が騒めいた。
「……そっか。あいつ死んだんだな」
「……はい。辺境の戦士として、立派な最期だったと思います」
アシェ-ル(ka2983)の報告に耳を傾けるスメラギ。
そういえばスメラギは、バタルトゥと個人的に仲が良かったように記憶している。
付き合いの長かった家臣達に続いて、友人まで喪ったのかと思うと……アシェールの心がズキリと痛んで、目頭が熱くなった。
「何でお前がそんな顔してんだよ」
「スメラギ様が泣かないから、代わりに泣いてあげてるんですよ」
「……頼んでねーだろ、そんなこと」
「私がしたくてしてるだけですから……」
言いかけた彼女の前に差し出された手ぬぐい。パッと見で上質なことが分かるそれを見て、受け取ろうとしたアシェールの手が止まる。
「……私の涙を拭くのに使うにはちょっと躊躇われる品なんですが」
「ハァ!? 良いから使えよ」
グイっと押し付けられるそれに、彼の不器用な優しさを感じてアシェールから笑みが漏れる。
「色々とありましたけど、今日はゆっくりしましょう、スメラギ様」
「おう。でもよ、俺様この後挨拶に行けって言われてんだよ。音子があちこちに約束しちまってさ」
「あら。じゃあ私もご一緒しますね。側室として入るならその方がいいでしょうし」
当然のことのように言うアシェール。スメラギは思い切り飛び退いた後、耳まで赤くなった。
アルト・ヴァレンティーニ(ka3109)は独り、高台の上から静かに蝋燭の灯火を眺めていた。
――私は、力を得た。意思を示し続けもした。
だが、誰かに何かを遺せるのかと言われたら、正直分からない。
そんなアルトの脳裏に浮かぶのは、バタルトゥの姿。
最期のその瞬間まで戦い抜いた彼。言葉で語らずとも……あの戦場にいた者は、自分を含め、何かを受け取ったはずだ。
……言ってはいけないことなのだろうけれど。
こうして何かを遺すことができた貴方が少し羨ましい。
私もあの人のように、死ぬ時に……死ぬまでに何かを遺せるだろうか?
「ねえ、バタルトゥさん。あなたに相談しておけば良かったかな」
こんな悩みを抱えるなんてらしくないとも思うけれど。
彼なら、不器用ながらも一生懸命に言葉を考えてくれた気がする。
「戦士として、もっと話がしたかった。……残念だよ」
剣を抜き、空へ捧げ持つアルト。戦士らしく、彼への敬意を表した。
海のように広がる蝋燭の灯の中を、エステル・ソル(ka3983)はぼんやりとしながら歩いていた。
彼を喪ったあの日から、ぽっかりと穴が開いたような感覚がして胸が痛むけれど、不思議と涙は出なかった。
――気づけば、繰り返し、最期に何かを伝えようとしていたあの人の姿を思い出す。
受け取り損ねてしまった言葉は、一体何だったのだろう。
こんな時まで伝えずに逝ってしまうなんて、本当に酷い人。
「……バタルトゥさん。わたくしは貴方の目にどう映っていたのでしょう。貴方の心に少しでも触れられましたか?」
エステルの問いに、応えるものはないけれど。きっと、この問いと想いは生きている限り消えることはないのだろう。
「次に生まれて来る時には、きちんと自分を大切にしてください」
ずっとずっと、愛しています……。
エステルから漏れ出る想い。
彼女は、あの人が旅立ってから日課となってしまった祈りを、目の前の灯に捧げた。
地上に灯る火。そこにひらひらと、色とりどりの花弁が舞い降りる。
風に揺れるそれらを虚ろな目で追いながら、蜜鈴=カメーリア・ルージュ(ka4009)はあの人の名を呼び続けていた。
呼んでも呼んでも、応えるものはない。彼に届くこともない。
その事実が悲しくて、蜜鈴の瞳に涙が浮かぶ。
この胸に宿る想いが何であるのか、気付くのが遅すぎた。
――愛した事が罪なのか。
手をのばした事が罪なのか。
少なくとも気づいていれば、彼をこの呪いのような想いに巻くこともなかったであろうに。
辛くても、生きなくてはならない。向こうに渡った時に、土産話をすると約束をした。
その為にも、オイマトの未来が少しでも輝くように祈り、見守らねば……。
「オイマト……。揃いも揃うて、阿呆な殿御じゃ……」
蜜鈴の瞳から、はらはらと月の雫のような涙がこぼれ落ちた。
蝋燭に火を灯し、祈りを捧げていたマリィア・バルデス(ka5848)は、森山恭子の姿を見つけて反射的に立ち上がって敬礼をした。
「森山艦長! お1人ですか?」
「そうザマス。復興の手伝いの帰りにちょっと寄ったザマスよ」
「左様でしたか。申し遅れました。元統一連合宙軍所属のマリィア・バルデスと申します」
「堅苦しいのはなしで構わないザマス。あなた、ドリスキルちゃんのイイ人でしょ。うちの子がお世話になってるザマス」
「……! 勿体ないお言葉恐縮です。カミア・シャングリラの完成、おめでとうございます」
「ありがとうザマス。あなたはこのままハンターを続けるつもりザマスか?」
「いえ。リアルブルーへのの帰属が叶い次第、再度軍に奉職したいと思っておりました。その際は、次はカミア・シャングリラ部隊への着任を希望する所存です。部隊でお目にかかれれば幸いです」
「あらー。うちは人遣いが荒くて有名ザマスよ? そんな事いって大丈夫ザマス?」
「閣下の部隊が忙しいのは、常に人々のことを考え、最前線にいらっしゃるが故と考えます。そう言った場所で力を尽くせたら本望です」
「そうザマスか。覚悟して来るといいザマス」
マリィアの訴えに、頷く恭子。その目線は子を見守るような優しさを称えていた。
「いやー。色々あったなー」
「そうだなぁ」
「お前、ピリカ隊率いて本当頑張ってたよな」
「よしやがれ。アレは成り行き上そうなっただけで、別にお前らの為じゃねえよ」
酒を酌み交わしつつ、思い出話に花を咲かせる南護 炎(ka6651)とテルル。
テルルの照れ隠しに炎は笑った後、ふと真顔になる。
「なあ、テルル。お前幻獣王になる気はないか?」
「あ? 幻獣王ならチューダがいるだろ」
「そうなんだけどさ。戦乱の最中に惰眠を貪り自堕落な生活をして何もしなかったチューダよりも、危険を顧みずピリカ隊を率いて自ら前線で闘っていた君の方が幻獣の王に相応しいと思うんだ」
炎の表情を見て、大真面目に切り出していると理解したのか、テルルはため息をつく。
「王なんて面倒なことは御免だな。さっきも言ったが、別に俺ぁ何かの為に戦った訳じゃねえ。しいて理由があるとすれば、俺は機導術を極めて自分のピリカを強くしたかっただけだ。この先も気ままにピリカを弄っていられりゃ充分だ」
「お前のそういうとこが王に向いてると思うんだけどな」
「もうその話はやめろぃ。酒がマズくならぁ」
肩を竦めて酒を煽るテルル。
江戸っ子気質の彼が一度言い出したら翻意はなかなか難しいかもしれない。炎は少し残念に思いながら、盃を傾けた。
――スキットルという容器は便利だ。
謝りたいと思う相手に酒を渡すことも出来るし、こうして自分で飲むこともできる。
イクタサに詫びの印として酒を渡した後、トリプルJ(ka6653)は蝋燭の灯を見ながら酒を流し込んでいた。
知ってる奴も、知らない奴も沢山死んだ。
自分もその中に加わるだろうと思っていたのに……。
生きて故郷に戻れることが、嬉しくもあり後ろめたくも感じる。
「そんなこと言ったら、お前は怒るかねえ。テセウス」
もう一口酒を煽るトリプルJ。今飲んでいる酒も、本当は赤毛の歪虚の為に持って来たものだったが、あのお子様が飲む訳がなかった。
花か、甘味でも持ってきてやれば良かったかもしれない。
「なぁ、テセウス。お前の妹分な、頑なすぎてちっとばっか心配だわ。お前くらい頭柔らかければ良かったのになぁ」
――また美味いもん食わせてやるから、早く戻って来いや。
風に溶けるトリプルJの呟き。灯の中に、テセウスの無邪気な笑顔が見えたような気がした。
「……ユーキ様。トモネ様は頑張って前に進んでいらっしゃいますよ」
灯した蝋燭に向かって、そっと声をかけるフィロ(ka6966)。
――戦いが終わったら、トモネとユーキに仕え、アスガルドの子供達の世話係に就こうと思っていたのに。
ユーキが戦場で散ったことで、その夢も潰えてしまった。
フィロは、幸せな子供達が見たかった。
ユーキ様を失い、失意に沈むトモネを見たくない。
トモネはユーキが育てた子だ。そんなに弱くはないのだろう。
その証拠に、彼を亡くした後も着実に物事を進めている。
――それでも、人知れず泣いているのだろうと思ったら……どうしてもトモネに会う気にはなれなかった。
「生きて贖罪をと仰っていたのに……彼女を置いていくなんて罪深い方ですね、ユーキ様」
せめて眠りについた後は、誰も幸せになれたらいい。
フィロはそっと目を閉じて、頭を垂れた。
人々の願いを乗せた灯火が、辺境の大地を包む。
そして祈りと想いを乗せた流星と光柱が、星々に吸い込まれて消えた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/09/17 18:57:53 |