ゲスト
(ka0000)
【未来】神鳥と聖獣
マスター:近藤豊
- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
- 1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 多め
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/09/23 07:30
- 完成日
- 2019/09/26 17:59
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
邪神戦争の激闘の最中、最愛なる『家』を失った。
家族が無事だった事も奇跡的な状況。家だけで済んだのは、幸運と考えるべきなのか。
それでも愛着もあった家だ。爆発に巻き込まれ、沈んでいく姿は今も忘れられない。まるで思い出も一緒にそこへ置き去りにしたような感覚。寂しさにも似た感情が離れない――。
「探索任務?」
旧CAM実験場『ホープ』で拡張工事が続くラズモネ・シャングリラ専用ドックを山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)が歩く。
主を失ったは、広い空間を持て余していた。邪神戦争でラズモネ・シャングリラは轟沈。総員退艦命令から乗組員は無事だったが、ラズモネ・シャングリラは散ってしまった。
役目を果たしたと思われていたドックに呼び出された八重樫は怪訝そうな顔を浮かべている。
「そうザマス。スワローテイルに新たな命令が下ったザマス」
ラズモネ・シャングリラ艦長森山恭子(kz0216)は力強く答える。
対異世界支援部隊『スワローテイル』の旗艦として活躍したラズモネ・シャングリラは既に失われている。その状況で新たなる命令が下るとは考えにくい。
あるとすれば――。
「……そういう事か」
自らの中で納得する八重樫。
その言葉を受け、恭子は頷いた。
「ええ。近日中に崑崙で観艦式が催されるザマス。あたくし達の『新しい家』のお披露目ザマス」
●
ジェイミー・ドリスキル(kz0231)は、崑崙の商業地区にあるバーでグラスを傾けていた。
空気と交じり、時折爆ぜる氷。
グラスの中を浸すウイスキーへ溶け出していく。
「任務か」
ドリスキルも軍人だ。
邪神戦争で相棒であった戦車型CAM『ヨルズ』が失われた事は大きな事件でもあった。
砲術に特化した戦い方だけに、相棒の喪失は戦いへの態度を変えさせた。
さらに強化人間だった過去がドリスキルへのし掛かる。
「もう一杯だ」
カウンターへグラスを置くドリスキル。
マスターは黙って追加のウイスキーを注ぐが、その視線は不安と警戒が占めている。
元強化人間であったドリスキルはその寿命を削ることで強化されていた。覚醒者へ上書きされて強化人間ではなくなったが、削られた寿命は戻らない。
軍人ならばそれでも良いとは思ったが、ここに来て自分が『臆病』になっている事に気付いた。
「……クソッ」
ドリスキルは舌打ちする。
勘に新たな命令が下った事は知っている。乗組員であるドリスキルもそれに従うべきだ。希望すれば新たな相棒も与えられるだろう。
ただ、その任務は長期に渡る事になる。死の間際にまで軍人を求められる。
――本当にそれでいいのか?
邪神もいなくなり、平和になった。
ここらでリタイヤしても誰も責めない。ゆっくり休むべきではないか。
もう、十分働いたじゃないか。
軍人と私人。
選択に悩みながら、ドリスキルは新たなるウイスキーに口を付けた。
●
「これが新たなる艦……カミア・シャングリラザマス!」
崑崙近くの宙域に、新たなる家が家族を待っていた。
最新鋭艦であるが、この艦は特別だった。
ムーンリーフ財団の協力に加え、辺境ドワーフなどの協力を得てリアルブルーに限らずクリムゾンウェストの技術も盛り込まれている。
「長期航行を可能にした新型マテリアルエンジン『ヤヌス』。反重力バリアの技術を発展させた新型反重力バリア『ミネルヴァ』。
数々の新技術がこの子には詰まってザマス」
カミア・シャングリラに載せられた技術は三つの世界に存在した物が数多く利用されている。
それはハンター達が救ったからこそ存在し得るものであり、だからこそ『新たなる任務』に相応しい。
「これで複数の世界を探査する独立部隊として活動する訳か」
八重樫はカミア・シャングリラから月面を見下ろした。
スワローテイルに下った任務は、リアルブルー及びクリムゾンウェストを中心とした歪虚残党の掃討。さらに未開地域の開拓である。ある程度の独自裁量を認められる破格の待遇も邪神戦争での貢献があってこそだろう。
「そうザマス。おそらく多忙を極める任務になるザマス。この船は……ニダヴェリールの意志を継いだ希望の象徴になるザマス」
メタ・シャングリラ。
ラズモネ・シャングリラ。
ニダヴェリール。
そこで活躍した多くの人々、さらには邪神と戦った人々の想いをカミア・シャングリラは抱えていく。
任務に就けば、激務が待っている事は間違いない。
「まだまだ役目はある、か」
「早速驚いているようだな」
後ろ手に胸を張りながら現れたのは、ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフ(kz0282)であった。
今回のカミア・シャングリラ建造でも中心となって取り仕切っていた。トモネにとっても自慢の艦だ。
「我がムーンリーフ財団だけではなく、クリムゾンウェストの技術機関にも協力を要請した。恭子の言う通り、世界を繋ぐ希望の船となろう。
ユーキも、そう言ってくれるに違いない」
トモネはカミア・シャングリラを見上げた。
ユーキ・ソリアーノ()は、邪神戦争でニダヴェリールと共に散った。それは致し方ない犠牲であった。悲しみに暮れる日もあったが……。
「悲しくないと言えば嘘になる。無情にも時間が進むでな」
「そうザマスか。
数日後にカミア・シャングリラを皆さんへお披露目するザマス。トモネさんも是非観艦式へ来るザマス」
「そうさせて貰おう」
「そして観艦式の最終調整後、早速クリムゾンウェストの未開地域を探索するザマス。派手な観艦式にするザマスよ」
「…………」
八重樫は敢えて言葉を飲み込んだ。
観艦式で門出を祝われるのはカミア・シャングリラだけではない。
リアルブルー、クリムゾンウェストら、世界の住人達すべてが邪神の脅威を退けて歩み始めた。門出を祝うとするなら、この世界のすべての者達だ。
それを言葉にするのも野暮だ。
気合の入る恭子を前に、八重樫はただ黙って見つめていた。
家族が無事だった事も奇跡的な状況。家だけで済んだのは、幸運と考えるべきなのか。
それでも愛着もあった家だ。爆発に巻き込まれ、沈んでいく姿は今も忘れられない。まるで思い出も一緒にそこへ置き去りにしたような感覚。寂しさにも似た感情が離れない――。
「探索任務?」
旧CAM実験場『ホープ』で拡張工事が続くラズモネ・シャングリラ専用ドックを山岳猟団の八重樫 敦(kz0056)が歩く。
主を失ったは、広い空間を持て余していた。邪神戦争でラズモネ・シャングリラは轟沈。総員退艦命令から乗組員は無事だったが、ラズモネ・シャングリラは散ってしまった。
役目を果たしたと思われていたドックに呼び出された八重樫は怪訝そうな顔を浮かべている。
「そうザマス。スワローテイルに新たな命令が下ったザマス」
ラズモネ・シャングリラ艦長森山恭子(kz0216)は力強く答える。
対異世界支援部隊『スワローテイル』の旗艦として活躍したラズモネ・シャングリラは既に失われている。その状況で新たなる命令が下るとは考えにくい。
あるとすれば――。
「……そういう事か」
自らの中で納得する八重樫。
その言葉を受け、恭子は頷いた。
「ええ。近日中に崑崙で観艦式が催されるザマス。あたくし達の『新しい家』のお披露目ザマス」
●
ジェイミー・ドリスキル(kz0231)は、崑崙の商業地区にあるバーでグラスを傾けていた。
空気と交じり、時折爆ぜる氷。
グラスの中を浸すウイスキーへ溶け出していく。
「任務か」
ドリスキルも軍人だ。
邪神戦争で相棒であった戦車型CAM『ヨルズ』が失われた事は大きな事件でもあった。
砲術に特化した戦い方だけに、相棒の喪失は戦いへの態度を変えさせた。
さらに強化人間だった過去がドリスキルへのし掛かる。
「もう一杯だ」
カウンターへグラスを置くドリスキル。
マスターは黙って追加のウイスキーを注ぐが、その視線は不安と警戒が占めている。
元強化人間であったドリスキルはその寿命を削ることで強化されていた。覚醒者へ上書きされて強化人間ではなくなったが、削られた寿命は戻らない。
軍人ならばそれでも良いとは思ったが、ここに来て自分が『臆病』になっている事に気付いた。
「……クソッ」
ドリスキルは舌打ちする。
勘に新たな命令が下った事は知っている。乗組員であるドリスキルもそれに従うべきだ。希望すれば新たな相棒も与えられるだろう。
ただ、その任務は長期に渡る事になる。死の間際にまで軍人を求められる。
――本当にそれでいいのか?
邪神もいなくなり、平和になった。
ここらでリタイヤしても誰も責めない。ゆっくり休むべきではないか。
もう、十分働いたじゃないか。
軍人と私人。
選択に悩みながら、ドリスキルは新たなるウイスキーに口を付けた。
●
「これが新たなる艦……カミア・シャングリラザマス!」
崑崙近くの宙域に、新たなる家が家族を待っていた。
最新鋭艦であるが、この艦は特別だった。
ムーンリーフ財団の協力に加え、辺境ドワーフなどの協力を得てリアルブルーに限らずクリムゾンウェストの技術も盛り込まれている。
「長期航行を可能にした新型マテリアルエンジン『ヤヌス』。反重力バリアの技術を発展させた新型反重力バリア『ミネルヴァ』。
数々の新技術がこの子には詰まってザマス」
カミア・シャングリラに載せられた技術は三つの世界に存在した物が数多く利用されている。
それはハンター達が救ったからこそ存在し得るものであり、だからこそ『新たなる任務』に相応しい。
「これで複数の世界を探査する独立部隊として活動する訳か」
八重樫はカミア・シャングリラから月面を見下ろした。
スワローテイルに下った任務は、リアルブルー及びクリムゾンウェストを中心とした歪虚残党の掃討。さらに未開地域の開拓である。ある程度の独自裁量を認められる破格の待遇も邪神戦争での貢献があってこそだろう。
「そうザマス。おそらく多忙を極める任務になるザマス。この船は……ニダヴェリールの意志を継いだ希望の象徴になるザマス」
メタ・シャングリラ。
ラズモネ・シャングリラ。
ニダヴェリール。
そこで活躍した多くの人々、さらには邪神と戦った人々の想いをカミア・シャングリラは抱えていく。
任務に就けば、激務が待っている事は間違いない。
「まだまだ役目はある、か」
「早速驚いているようだな」
後ろ手に胸を張りながら現れたのは、ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフ(kz0282)であった。
今回のカミア・シャングリラ建造でも中心となって取り仕切っていた。トモネにとっても自慢の艦だ。
「我がムーンリーフ財団だけではなく、クリムゾンウェストの技術機関にも協力を要請した。恭子の言う通り、世界を繋ぐ希望の船となろう。
ユーキも、そう言ってくれるに違いない」
トモネはカミア・シャングリラを見上げた。
ユーキ・ソリアーノ()は、邪神戦争でニダヴェリールと共に散った。それは致し方ない犠牲であった。悲しみに暮れる日もあったが……。
「悲しくないと言えば嘘になる。無情にも時間が進むでな」
「そうザマスか。
数日後にカミア・シャングリラを皆さんへお披露目するザマス。トモネさんも是非観艦式へ来るザマス」
「そうさせて貰おう」
「そして観艦式の最終調整後、早速クリムゾンウェストの未開地域を探索するザマス。派手な観艦式にするザマスよ」
「…………」
八重樫は敢えて言葉を飲み込んだ。
観艦式で門出を祝われるのはカミア・シャングリラだけではない。
リアルブルー、クリムゾンウェストら、世界の住人達すべてが邪神の脅威を退けて歩み始めた。門出を祝うとするなら、この世界のすべての者達だ。
それを言葉にするのも野暮だ。
気合の入る恭子を前に、八重樫はただ黙って見つめていた。
リプレイ本文
「『スワローテイル』の新たなる門出……いえ、船出……ですか」
対異世界支援部隊『スワローテイル』は今日、新たなる一歩を踏み出す。
その一歩を目にする為、天央 観智(ka0896)は月面基地『崑崙』まで赴いていた。
(邪神の脅威はなくなった……。とはいえ……今も、世界の何処かで……歪虚が蠢いている、可能性は……無くなって、ないんですよね……困った事に)
邪神ファナティックブラッドは連合軍とハンターの尽力によって倒された。
多くの犠牲を払ってもぎ取ったこの勝利ではあるが、すべての歪虚が消滅したかといえばそうではない。
「スワローテイルの、今後の発展と……益々のご活躍には……大いに期待、ですね」
天央も理解している。
今まで通りハンターが担う部分もあるあだろうが、精霊を含む他の存在もあって世界は守られる。
謂わば、適材適所。それぞれがそれぞれの役目を果たしたからこそ、あの邪神は倒されたのだ。
「無論だ。希望なくして、人々は前へと進めぬ」
天央の傍らに一人の少女が歩み寄る。
記憶に残る少女の顔。見間違えでなければ、ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフ(kz0282)である。
「今日は……観艦式へ?」
――観艦式。
新たなる旗艦であるカミア・シャングリラのお披露目を兼ねた観艦式が催される
「うむ。よく見ておくが良い。あの艦はこれから長く過酷な旅に出なければならないのだ。それに……」
「それに……?」
天央は聞き返した。
少しだけ呼吸を整えるトモネ。
「ニダヴェリールの抱えた希望を、あの艦が引き継いでくれる。私はそれだけでも嬉しく思う。希望というのはあまりにも多くの者の想いを抱えてしまうからな」
「……はい。……希望は……時に、残酷でも……あります。
今日は……あの艦が、希望の象徴に……相応しいか、見定めたいです」
「そういえば、知っているか? 新造艦は乗組員に命名を任せたのだが、あの艦名の意味を」
「カミア……でしたね?」
「イタリア語で我が家だそうだ。あの艦に乗る者は皆、家族だと言いたいのだろう」
ガラス越しで見る宇宙空間に、また軍艦が到着する。
過酷なる旅路へ送り出すかのように――。
●
「模擬戦? やらねぇ……てか、出来ねぇ」
カミア・シャングリラのドックでアニス・テスタロッサ(ka0141)は尉官にそう告げた。
スワローテイル特別隊員となったアニスにとってこの船の乗組員は仲間だと分かっているが、観艦式での模擬戦を打診されれば不機嫌にもなる。
状況を理解していない尉官は首を傾げている。
「何故だ? 盛り上げる為にCAMに乗った訳じゃないと言うつもりか?」
「それもあるけどよ」
「班長。アニスさんは出撃したくてもできないんです。これを……」
傍らから整備兵が書類を割り込ませた。
差し出された尉官はその書類に視線を落とした後、大きく瞳孔を開いた。
「これは……!?」
「スラスター、駆動系、バランサー。すべてに重大な破損を被っています。特に酷いのはコックピットを含めた中枢系です」
アニスの愛機であるオファニム『レラージュ・ベナンディ』は、邪神戦争の折に戦ったエンジェルダストの攻撃を大きく被った機体だ。
仲間と共に体を張って高位歪虚を撃破した功績は大きかったが、その代償をアニスは愛機で支払う事になってしまった。
「この機体でよく生還できたな」
「……まあな」
尉官の言葉にアニスは視線を合わせないように呟いた。
我ながら無茶をしたと分かっている。それでも負けられない戦いだった。後悔してはいない。
「アニスさんの話によれば修理は完了しているものの、複数搭載されたエンジンのマッチングが終了していません。観艦式に出撃させるのは無理です」
「正確には修理じゃねぇな……。使えるパーツだけを流用した事実上の新造だ」
新造。
自分でその言葉を口にした時点で、少々寂しさを感じる。
状況を知った尉官はため息をつく。
「そうか。邪神戦争で功績を挙げた機体が観艦式に姿を見せれば観客も喜ぶとは思ったんだが……」
「そういう訳だ。俺は会場警備でもさせてもらう。軍人以外の生き方なんぞ知らねぇから、パーティでドレス着て接待なんてぇのはゴメンだ」
「アニスさん、どちらへ?」
立ち去ろうとするアニスに後ろから整備兵が声をかけた。
酒場へ、と答える訳にもいかないアニスはその場で適当に言葉を取り繕う。
「まあ……ちょっと、野暮用でな」
●
「新しいメカのロールアウトをこのミグが見逃すとでも思うたか?」
アニスが立ち去った後、ドックへ運び込まれたのはミグ・ロマイヤー(ka0665)のマスティマ『ビッグ・バウ』であった。
観艦式はカミア・シャングリラのお披露目を兼ねているが、模擬戦を含むハンターのCAMを目当てに訪れる者も少なくはない。ミグはそこに目を付け、新たに入手したビック・バウもこの場でお披露目しようという魂胆だ。
「これはまた見事な大砲ですね。機体色も宇宙なら映えそうです」
搬入されるビック・バウを前に整備兵は下から見上げる。
ビック・バウは邪神戦争では活躍していない機体だが、統一地球連合宙軍内でもマスティマを触る機会のあった整備兵は限られていた。心なしかミグの傍らにいる整備兵が緊張した面持ちだ。
「ミグも気持ちは分かる。刻騎ゴーレムの開発に携わったものの、やはりメカのへの執心は止められなかった。邪神戦争が終わったにも関わらずマスティマ欲しさに契約したぐらいじゃからな」
ミグがビック・バウを入手した理由も歪虚と戦う為だけではない。
マスティマの技術、研究を進める事も目的である。
「メカへの執心、ですか。さすがは大砲屋ですね」
大砲屋。その言葉にミグは素早く反応する。
「違うのじゃ。大砲屋ではなく、砲撃屋じゃ」
「ええ!?」
「大砲は携えるだけではダメなのじゃ。その砲身から撃ち出してこその意義があるのじゃ。ミグは大砲屋に留まらず、砲撃に賭ける砲撃屋じゃ」
力強く断言するミグ。
ビック・バウは装備されたマテリアルキャノン「タスラム」を始めとするプラズマ砲撃機だ。マスティマに乗ろうとも砲撃屋の魂は受け継がれる。スワローテイルに所属すれば、ビック・バウに搭載された大砲も必ず出番が生じる。
邪神が倒れた今でも、砲撃屋稼業は決して終わらない。
「カタパルトで発進後、大きく左へルートを取るつもりじゃ。ビック・バウを観客に見て貰わねばな」
●
「おねぇさま、森山おねぇさま。カミア・シャングリラが任務に就いたら、もうおねぇさまの新作は読めなくなっちゃうんでしょうぉかぁ。もうずっと探索に行かれて此方には戻って来なくなっちゃうんですぅ?」
カミア・シャングリラの廊下で艦長の森山恭子(kz0216)を捕捉した星野 ハナ(ka5852)は、間合いを詰めるように一気に駆け寄った。
そして皺の多くなった手をそっと握り締める。
実はハナは恭子を『貴腐人仲間』として認めていた。戦いの裏でひっそり流れていた薄い本を入手して堪能。捜索意欲に燃え上がったハナは王国の某聖導士学校の避難民キャンプで携わるはずだった配給食作りから逃走。三日ほど完徹して想いをペン先に込め続けていた。
「まだ分からないザマス。探索だけに限らず、救援を受ければこの艦も現地へ赴くので詳しくは申し上げられないザマス」
「それでも『草薙恭』先生の作品がしばらく読めなくなりますぅ」
「ちょっ!? ここであたくしのペンネームを言ってはダメザマス!」
慌ててハナの口を押さえ込む恭子。
ハンターのみんなが命を賭して戦ってきた裏で恭子は――草薙恭の名で薄い本をリリースしていった。その内容は推して図る他無い。
「えーと、ではおねぇさま。おねぇさまが鬼畜眼鏡がお好きかと思ったのでぇ、お餞別代わりに新作を描いて来ましたぁ。一つでもおねぇさまの好みに合えば幸いですぅ」
ハナは三日完徹の成果を恭子へと差し出した。
そこには某帝国軍人がSぶりを全開させて優しいながらも厳しい攻めを某大首長へ見せる作品や某財団補佐役と某歪虚がお互い牽制し合いながら言葉で火花を散らす萌える作品が詰め込まれていた。
恭子はカミア・シャングリラの廊下である事を忘れたかのように薄い本へ没頭する。
「……さすがザマス。特に某帝国軍人の激しい責め苦に項垂れる某大首長。そこへ某帝国軍人が某大首長にしてみせた顎クイ。
そして、そこからの台詞……『ふふ、お逃げなさい。私が地の果てまでも追い詰めて……教えて差し上げます。あなたは私の所有物だという事を』……くぅ~、素晴らしいザマス。またあたくしの創作意欲が刺激されるザマス」
ハナの作品を率直で褒める恭子。
端から見れば腐女子の交流会だが、幸いにも触れてはいけないオーラが周囲から人を近付けさせない。
「え? ……創作意欲ってなんですかぁ?」
「何もまったく帰って来ないって訳じゃないザマス。永い航海になるかもしれないザマスが、必ず帰ってくるザマス。その時には草薙恭の新作を沢山公開するザマスよ」
恭子の任務は多忙になり責任も大きくなる。
だが、それで作品意欲が失われる事は無い。むしろ醸造され、更に鮮麗された作品を持って恭子は帰ってくるだろう。
ハナは一安心して胸を撫で下ろす。
「おねぇさまの観艦式……全力で盛り上げさせていただきますぅ」
暗く沈みかけたハナの顔色が、再びパッと明るくなった。
●
「なんだ?」
崑崙のバーに立ち寄ったアニスの前に飛び込んできたのは、ジェイミー・ドリスキル(kz0231)を囲む人々の姿だ。
「マスター。ウイスキーをシングル。
……で、こっちの査問委員会はなんなんだ? 上官を背中から撃った時ぐれぇの騒ぎだ」
「それ以上よ。ジェイミーがカミア・シャングリラから降りようか悩んでるの」
マリィア・バルデス(ka5848)はため息をつく。
ドリスキルに話したい事があって探していたマリィアは、予想通りバーで飲んでいるドリスキルを発見した。そこでドリスキルから相談された内容にマリィアは衝撃を受ける。
『艦を降りた方が良いかもしれない』
それはマリィアにとって想定外の事態でもあった。
「艦をねぇ……」
カウンターに出されたグラス。
アニスは視線をドリスキルへ向けたまま、グラスへ口を付ける。
「おっさんはニダヴェリール奪還の時も体を張って道を作ってくれた。あんた、もう十分過ぎる程頑張ったじゃねぇか」
ドリスキルを前に玄武坂 光(ka4537)は思いの丈をぶつけていた。
スワローテイル特別隊員に志願したのも、恭子やドリスキル達とずっと世話になってきた事が大きかった。この数奇な縁はメタ・シャングリラ、ラズモネ・シャングリラの最期にも立ち会う事になった。三代目となるカミア・シャングリラを居場所とするには良いタイミングかもしれない。
そういう気持ちを持っていたからこそ、光はドリスキルに対してまっすぐ向き合った。
「最終的にどうするかはおっさんが決める事だけどよ……。俺はあんたがどういう道を選択したって応援するぜ?
最後の時を誰とどこで迎えたいか……。そこなんじゃねぇかな? 使命とか、そんなもんは置いていけばいい。一人の人間として選択すりゃいいのさ」
「…………」
――最後の時。
それは光の脳裏にも残っていた懸念。強化人間は契約者であり、能力を引き出す代わりに寿命を削っていく。それはハンターに契約を上書きしても削られた寿命は戻らない。
「軍人の悪い癖だな。どうしても自分以外を優先しちまう」
二人のやり取りを目にしたアニスは沈黙を切り裂くように呟いた。
そしてそのまま言葉を続ける。
「こういう時ぐらい好きにしろや。若手は信用できねぇか?」
「信用か」
ドリスキルはグラスを飲み干すと、お代わりを要求。
アニスもそれに続くように次のグラスを注文する。
「アンタと同じ境遇の奴を一人知っててな。そいつは自分のやりたい事をやって、胸を張って逝ったよ」
アニスは邪神戦争を含めて多くの人間を目にしてきた。
軍人はとにかく戦う事以外は不器用だ。業の深い生き様に悶え苦しむ様は、何度も目にしてきた。だからこそ悔いの無い生き方をして欲しい。
「……ジェイミー、一つ聞いて良い? 貴方の悩んでるその未来で、私は貴方の隣に居るかしら」
「!」
マリィアからの唐突な言葉にドリスキルは目を見開いた。
それは二人とは別の視点からのアプローチなのだが、もしかしたらドリスキルはマリィアの意図に気付いたのかもしれない。
「ねぇ、ジェイミー。未来への道を子供の為に拓きたかったんじゃなかったの。艦から降りて、貴方のその夢は叶うのかしら」
「…………」
「私ね。生き延びて結婚できたら、子供が欲しいと思った。子供の名前、沢山考えたわ。娘ならエドラ、息子ならロルフが良いかな、とか。休日は家族でピクニックに行きたいな。パパがどんな格好が良いか。子供達に自慢したいな、とか」
マリィアの口から語られるのは普通の家庭。
その光景は軍人であるマリィアには遠い光景。それはマリィア自身もよく分かっている。
――それでも。
「ジェイミー。……私、私ね。貴方と結婚……」
「だから!」
大切な事を語ろうとした瞬間、ドリスキルはマリィアの言葉を遮った。
「俺達は軍人だ。任務の為には危険な事をしなきゃならねぇ。そんな仕事で俺はお前と一緒に家庭を築けるのか。艦を降りて普通の生活を送った方が良いんじゃないか。
寿命が短いからこそ、それも選択だと思ったんだ」
お前と一緒に家庭を築けるのか。
それは言い換えればマリィアが言おうとしていた言葉を同じ物だ。
ドリスキルもまたマリィアと同じ事を考えていたようだ。
「おい、これって……」
傍らにいた光が、思わずアニスへ話し掛ける。
アニスは光の首に腕を回し、ぐいと引き寄せる。
「そういう事だろうな。こっから先は二人の話だ。軍人でもそれぐらいは弁えている」
アニスはカウンターの上に金を置くと光を連れて店を出る。
残された二人。
少々の沈黙の後、言葉を発したのはマリィアだった。
「馬鹿ね。そういう大事な話は私に相談するべきよ」
「……すまないな。ヨルズの引き金は引けても、こういう引き金は慣れて無くてな」
「ジェイミー。私は……いえ、私達なら大丈夫。スワローテイルなら受け入れてくれる。普通の家庭に憧れるのは分かるけど、カミア・シャングリラのみんなも『家族』でしょう。普通って、もっといろいろな形があるわ」
艦を降りて普通の家庭を築く。
それも答えの一つだろう。だが、カミア・シャングリラはそれ程狭量か。二人を受け入れる度量はあるはずだ。
「言って、ジェイミー。貴方の口から聞きたいの」
マリィアの言葉。
ドリスキルは覚悟を決める。
「結婚してくれ。俺の最後のその時まで、傍に居てくれ」
普段のキザな言い回しのない、ストレートな言葉。
マリィアは小さく頷いた。
●
「皆様。これがスワローテイル旗艦のカミア・シャングリラです」
宇宙空間を臨める崑崙の展望室に見える大型軍艦。周囲の軍艦と明らかに異なる新鋭艦。
目にした見物人から歓声が湧き上がる。
「……あれが……希望」
天央は改めてカミア・シャングリラを見つめた。
見学で回った際に乗組員を見かけたが、邪神戦争の頃と異なった印象があった。
何かをやり遂げた者達。困難を乗り越えたからこそ、乗組員同士の結び付きが強くなったのかもしれない。彼らならやってくれる。その印象を天央は『希望』と言葉で表現した。
「そうだ。あれが人々を導く象徴だ。あの艦は多くの人々へ未来に目を向ける力を与えてくれる」
いつの間にか傍らに立っていたトモネ。
天央と同じようにカミア・シャングリラを見据えている。
「いつの世も……人々は、希望を……求めてる」
「そうだ。だからこそ、誰かが希望で在り続けねばならん。お前の言う通り残酷だ」
人々は希望に縋る。
そして前を向いて歩く覚悟をもらう。
カミア・シャングリラは導かなければならない。人々を、未来へと――。
●
「行くのじゃ!」
大きく旋回してビック・バウを可能な限り観衆の近くへ接近させるミグ。
スワローテイルに身を置けば、実地運用も臨める。今回の観艦式で新しい愛機となったビック・バウをお披露目する一方、これからの事をミグは心を躍らせていた。
「それにしても……」
ミグはカミア・シャングリラのブリッジへと視線を向けた。
そこにはドリスキルの姿があった。
「何か言ってやろうかと思っておったが……あっちが先に動いたか。それも良かろう」
ビック・バウのスラスターを全開にして一気に加速。
その先を飛行するのはマスティマ『morte anjo』である。
「嬉しそうじゃな。何か良い事でもあったか?」
「……え、そう?」
ミグの言葉に惚けてみせるマリィア。
まだカミア・シャングリラの乗組員には言っていない。光とアニス辺りは察しが付いてそうなのだが、気恥ずかしさからミグには言い難い様子だ。
「まあ良い。希望の船から下りるとは少し寂しいからのう。立ち直ったならそれで良いのじゃ」
「そうね」
マリィアはそう一言だけ呟く。
――未来への出航。
様々な想いを乗せて、カミア・シャングリラは碇を上げた。
対異世界支援部隊『スワローテイル』は今日、新たなる一歩を踏み出す。
その一歩を目にする為、天央 観智(ka0896)は月面基地『崑崙』まで赴いていた。
(邪神の脅威はなくなった……。とはいえ……今も、世界の何処かで……歪虚が蠢いている、可能性は……無くなって、ないんですよね……困った事に)
邪神ファナティックブラッドは連合軍とハンターの尽力によって倒された。
多くの犠牲を払ってもぎ取ったこの勝利ではあるが、すべての歪虚が消滅したかといえばそうではない。
「スワローテイルの、今後の発展と……益々のご活躍には……大いに期待、ですね」
天央も理解している。
今まで通りハンターが担う部分もあるあだろうが、精霊を含む他の存在もあって世界は守られる。
謂わば、適材適所。それぞれがそれぞれの役目を果たしたからこそ、あの邪神は倒されたのだ。
「無論だ。希望なくして、人々は前へと進めぬ」
天央の傍らに一人の少女が歩み寄る。
記憶に残る少女の顔。見間違えでなければ、ムーンリーフ財団総帥のトモネ・ムーンリーフ(kz0282)である。
「今日は……観艦式へ?」
――観艦式。
新たなる旗艦であるカミア・シャングリラのお披露目を兼ねた観艦式が催される
「うむ。よく見ておくが良い。あの艦はこれから長く過酷な旅に出なければならないのだ。それに……」
「それに……?」
天央は聞き返した。
少しだけ呼吸を整えるトモネ。
「ニダヴェリールの抱えた希望を、あの艦が引き継いでくれる。私はそれだけでも嬉しく思う。希望というのはあまりにも多くの者の想いを抱えてしまうからな」
「……はい。……希望は……時に、残酷でも……あります。
今日は……あの艦が、希望の象徴に……相応しいか、見定めたいです」
「そういえば、知っているか? 新造艦は乗組員に命名を任せたのだが、あの艦名の意味を」
「カミア……でしたね?」
「イタリア語で我が家だそうだ。あの艦に乗る者は皆、家族だと言いたいのだろう」
ガラス越しで見る宇宙空間に、また軍艦が到着する。
過酷なる旅路へ送り出すかのように――。
●
「模擬戦? やらねぇ……てか、出来ねぇ」
カミア・シャングリラのドックでアニス・テスタロッサ(ka0141)は尉官にそう告げた。
スワローテイル特別隊員となったアニスにとってこの船の乗組員は仲間だと分かっているが、観艦式での模擬戦を打診されれば不機嫌にもなる。
状況を理解していない尉官は首を傾げている。
「何故だ? 盛り上げる為にCAMに乗った訳じゃないと言うつもりか?」
「それもあるけどよ」
「班長。アニスさんは出撃したくてもできないんです。これを……」
傍らから整備兵が書類を割り込ませた。
差し出された尉官はその書類に視線を落とした後、大きく瞳孔を開いた。
「これは……!?」
「スラスター、駆動系、バランサー。すべてに重大な破損を被っています。特に酷いのはコックピットを含めた中枢系です」
アニスの愛機であるオファニム『レラージュ・ベナンディ』は、邪神戦争の折に戦ったエンジェルダストの攻撃を大きく被った機体だ。
仲間と共に体を張って高位歪虚を撃破した功績は大きかったが、その代償をアニスは愛機で支払う事になってしまった。
「この機体でよく生還できたな」
「……まあな」
尉官の言葉にアニスは視線を合わせないように呟いた。
我ながら無茶をしたと分かっている。それでも負けられない戦いだった。後悔してはいない。
「アニスさんの話によれば修理は完了しているものの、複数搭載されたエンジンのマッチングが終了していません。観艦式に出撃させるのは無理です」
「正確には修理じゃねぇな……。使えるパーツだけを流用した事実上の新造だ」
新造。
自分でその言葉を口にした時点で、少々寂しさを感じる。
状況を知った尉官はため息をつく。
「そうか。邪神戦争で功績を挙げた機体が観艦式に姿を見せれば観客も喜ぶとは思ったんだが……」
「そういう訳だ。俺は会場警備でもさせてもらう。軍人以外の生き方なんぞ知らねぇから、パーティでドレス着て接待なんてぇのはゴメンだ」
「アニスさん、どちらへ?」
立ち去ろうとするアニスに後ろから整備兵が声をかけた。
酒場へ、と答える訳にもいかないアニスはその場で適当に言葉を取り繕う。
「まあ……ちょっと、野暮用でな」
●
「新しいメカのロールアウトをこのミグが見逃すとでも思うたか?」
アニスが立ち去った後、ドックへ運び込まれたのはミグ・ロマイヤー(ka0665)のマスティマ『ビッグ・バウ』であった。
観艦式はカミア・シャングリラのお披露目を兼ねているが、模擬戦を含むハンターのCAMを目当てに訪れる者も少なくはない。ミグはそこに目を付け、新たに入手したビック・バウもこの場でお披露目しようという魂胆だ。
「これはまた見事な大砲ですね。機体色も宇宙なら映えそうです」
搬入されるビック・バウを前に整備兵は下から見上げる。
ビック・バウは邪神戦争では活躍していない機体だが、統一地球連合宙軍内でもマスティマを触る機会のあった整備兵は限られていた。心なしかミグの傍らにいる整備兵が緊張した面持ちだ。
「ミグも気持ちは分かる。刻騎ゴーレムの開発に携わったものの、やはりメカのへの執心は止められなかった。邪神戦争が終わったにも関わらずマスティマ欲しさに契約したぐらいじゃからな」
ミグがビック・バウを入手した理由も歪虚と戦う為だけではない。
マスティマの技術、研究を進める事も目的である。
「メカへの執心、ですか。さすがは大砲屋ですね」
大砲屋。その言葉にミグは素早く反応する。
「違うのじゃ。大砲屋ではなく、砲撃屋じゃ」
「ええ!?」
「大砲は携えるだけではダメなのじゃ。その砲身から撃ち出してこその意義があるのじゃ。ミグは大砲屋に留まらず、砲撃に賭ける砲撃屋じゃ」
力強く断言するミグ。
ビック・バウは装備されたマテリアルキャノン「タスラム」を始めとするプラズマ砲撃機だ。マスティマに乗ろうとも砲撃屋の魂は受け継がれる。スワローテイルに所属すれば、ビック・バウに搭載された大砲も必ず出番が生じる。
邪神が倒れた今でも、砲撃屋稼業は決して終わらない。
「カタパルトで発進後、大きく左へルートを取るつもりじゃ。ビック・バウを観客に見て貰わねばな」
●
「おねぇさま、森山おねぇさま。カミア・シャングリラが任務に就いたら、もうおねぇさまの新作は読めなくなっちゃうんでしょうぉかぁ。もうずっと探索に行かれて此方には戻って来なくなっちゃうんですぅ?」
カミア・シャングリラの廊下で艦長の森山恭子(kz0216)を捕捉した星野 ハナ(ka5852)は、間合いを詰めるように一気に駆け寄った。
そして皺の多くなった手をそっと握り締める。
実はハナは恭子を『貴腐人仲間』として認めていた。戦いの裏でひっそり流れていた薄い本を入手して堪能。捜索意欲に燃え上がったハナは王国の某聖導士学校の避難民キャンプで携わるはずだった配給食作りから逃走。三日ほど完徹して想いをペン先に込め続けていた。
「まだ分からないザマス。探索だけに限らず、救援を受ければこの艦も現地へ赴くので詳しくは申し上げられないザマス」
「それでも『草薙恭』先生の作品がしばらく読めなくなりますぅ」
「ちょっ!? ここであたくしのペンネームを言ってはダメザマス!」
慌ててハナの口を押さえ込む恭子。
ハンターのみんなが命を賭して戦ってきた裏で恭子は――草薙恭の名で薄い本をリリースしていった。その内容は推して図る他無い。
「えーと、ではおねぇさま。おねぇさまが鬼畜眼鏡がお好きかと思ったのでぇ、お餞別代わりに新作を描いて来ましたぁ。一つでもおねぇさまの好みに合えば幸いですぅ」
ハナは三日完徹の成果を恭子へと差し出した。
そこには某帝国軍人がSぶりを全開させて優しいながらも厳しい攻めを某大首長へ見せる作品や某財団補佐役と某歪虚がお互い牽制し合いながら言葉で火花を散らす萌える作品が詰め込まれていた。
恭子はカミア・シャングリラの廊下である事を忘れたかのように薄い本へ没頭する。
「……さすがザマス。特に某帝国軍人の激しい責め苦に項垂れる某大首長。そこへ某帝国軍人が某大首長にしてみせた顎クイ。
そして、そこからの台詞……『ふふ、お逃げなさい。私が地の果てまでも追い詰めて……教えて差し上げます。あなたは私の所有物だという事を』……くぅ~、素晴らしいザマス。またあたくしの創作意欲が刺激されるザマス」
ハナの作品を率直で褒める恭子。
端から見れば腐女子の交流会だが、幸いにも触れてはいけないオーラが周囲から人を近付けさせない。
「え? ……創作意欲ってなんですかぁ?」
「何もまったく帰って来ないって訳じゃないザマス。永い航海になるかもしれないザマスが、必ず帰ってくるザマス。その時には草薙恭の新作を沢山公開するザマスよ」
恭子の任務は多忙になり責任も大きくなる。
だが、それで作品意欲が失われる事は無い。むしろ醸造され、更に鮮麗された作品を持って恭子は帰ってくるだろう。
ハナは一安心して胸を撫で下ろす。
「おねぇさまの観艦式……全力で盛り上げさせていただきますぅ」
暗く沈みかけたハナの顔色が、再びパッと明るくなった。
●
「なんだ?」
崑崙のバーに立ち寄ったアニスの前に飛び込んできたのは、ジェイミー・ドリスキル(kz0231)を囲む人々の姿だ。
「マスター。ウイスキーをシングル。
……で、こっちの査問委員会はなんなんだ? 上官を背中から撃った時ぐれぇの騒ぎだ」
「それ以上よ。ジェイミーがカミア・シャングリラから降りようか悩んでるの」
マリィア・バルデス(ka5848)はため息をつく。
ドリスキルに話したい事があって探していたマリィアは、予想通りバーで飲んでいるドリスキルを発見した。そこでドリスキルから相談された内容にマリィアは衝撃を受ける。
『艦を降りた方が良いかもしれない』
それはマリィアにとって想定外の事態でもあった。
「艦をねぇ……」
カウンターに出されたグラス。
アニスは視線をドリスキルへ向けたまま、グラスへ口を付ける。
「おっさんはニダヴェリール奪還の時も体を張って道を作ってくれた。あんた、もう十分過ぎる程頑張ったじゃねぇか」
ドリスキルを前に玄武坂 光(ka4537)は思いの丈をぶつけていた。
スワローテイル特別隊員に志願したのも、恭子やドリスキル達とずっと世話になってきた事が大きかった。この数奇な縁はメタ・シャングリラ、ラズモネ・シャングリラの最期にも立ち会う事になった。三代目となるカミア・シャングリラを居場所とするには良いタイミングかもしれない。
そういう気持ちを持っていたからこそ、光はドリスキルに対してまっすぐ向き合った。
「最終的にどうするかはおっさんが決める事だけどよ……。俺はあんたがどういう道を選択したって応援するぜ?
最後の時を誰とどこで迎えたいか……。そこなんじゃねぇかな? 使命とか、そんなもんは置いていけばいい。一人の人間として選択すりゃいいのさ」
「…………」
――最後の時。
それは光の脳裏にも残っていた懸念。強化人間は契約者であり、能力を引き出す代わりに寿命を削っていく。それはハンターに契約を上書きしても削られた寿命は戻らない。
「軍人の悪い癖だな。どうしても自分以外を優先しちまう」
二人のやり取りを目にしたアニスは沈黙を切り裂くように呟いた。
そしてそのまま言葉を続ける。
「こういう時ぐらい好きにしろや。若手は信用できねぇか?」
「信用か」
ドリスキルはグラスを飲み干すと、お代わりを要求。
アニスもそれに続くように次のグラスを注文する。
「アンタと同じ境遇の奴を一人知っててな。そいつは自分のやりたい事をやって、胸を張って逝ったよ」
アニスは邪神戦争を含めて多くの人間を目にしてきた。
軍人はとにかく戦う事以外は不器用だ。業の深い生き様に悶え苦しむ様は、何度も目にしてきた。だからこそ悔いの無い生き方をして欲しい。
「……ジェイミー、一つ聞いて良い? 貴方の悩んでるその未来で、私は貴方の隣に居るかしら」
「!」
マリィアからの唐突な言葉にドリスキルは目を見開いた。
それは二人とは別の視点からのアプローチなのだが、もしかしたらドリスキルはマリィアの意図に気付いたのかもしれない。
「ねぇ、ジェイミー。未来への道を子供の為に拓きたかったんじゃなかったの。艦から降りて、貴方のその夢は叶うのかしら」
「…………」
「私ね。生き延びて結婚できたら、子供が欲しいと思った。子供の名前、沢山考えたわ。娘ならエドラ、息子ならロルフが良いかな、とか。休日は家族でピクニックに行きたいな。パパがどんな格好が良いか。子供達に自慢したいな、とか」
マリィアの口から語られるのは普通の家庭。
その光景は軍人であるマリィアには遠い光景。それはマリィア自身もよく分かっている。
――それでも。
「ジェイミー。……私、私ね。貴方と結婚……」
「だから!」
大切な事を語ろうとした瞬間、ドリスキルはマリィアの言葉を遮った。
「俺達は軍人だ。任務の為には危険な事をしなきゃならねぇ。そんな仕事で俺はお前と一緒に家庭を築けるのか。艦を降りて普通の生活を送った方が良いんじゃないか。
寿命が短いからこそ、それも選択だと思ったんだ」
お前と一緒に家庭を築けるのか。
それは言い換えればマリィアが言おうとしていた言葉を同じ物だ。
ドリスキルもまたマリィアと同じ事を考えていたようだ。
「おい、これって……」
傍らにいた光が、思わずアニスへ話し掛ける。
アニスは光の首に腕を回し、ぐいと引き寄せる。
「そういう事だろうな。こっから先は二人の話だ。軍人でもそれぐらいは弁えている」
アニスはカウンターの上に金を置くと光を連れて店を出る。
残された二人。
少々の沈黙の後、言葉を発したのはマリィアだった。
「馬鹿ね。そういう大事な話は私に相談するべきよ」
「……すまないな。ヨルズの引き金は引けても、こういう引き金は慣れて無くてな」
「ジェイミー。私は……いえ、私達なら大丈夫。スワローテイルなら受け入れてくれる。普通の家庭に憧れるのは分かるけど、カミア・シャングリラのみんなも『家族』でしょう。普通って、もっといろいろな形があるわ」
艦を降りて普通の家庭を築く。
それも答えの一つだろう。だが、カミア・シャングリラはそれ程狭量か。二人を受け入れる度量はあるはずだ。
「言って、ジェイミー。貴方の口から聞きたいの」
マリィアの言葉。
ドリスキルは覚悟を決める。
「結婚してくれ。俺の最後のその時まで、傍に居てくれ」
普段のキザな言い回しのない、ストレートな言葉。
マリィアは小さく頷いた。
●
「皆様。これがスワローテイル旗艦のカミア・シャングリラです」
宇宙空間を臨める崑崙の展望室に見える大型軍艦。周囲の軍艦と明らかに異なる新鋭艦。
目にした見物人から歓声が湧き上がる。
「……あれが……希望」
天央は改めてカミア・シャングリラを見つめた。
見学で回った際に乗組員を見かけたが、邪神戦争の頃と異なった印象があった。
何かをやり遂げた者達。困難を乗り越えたからこそ、乗組員同士の結び付きが強くなったのかもしれない。彼らならやってくれる。その印象を天央は『希望』と言葉で表現した。
「そうだ。あれが人々を導く象徴だ。あの艦は多くの人々へ未来に目を向ける力を与えてくれる」
いつの間にか傍らに立っていたトモネ。
天央と同じようにカミア・シャングリラを見据えている。
「いつの世も……人々は、希望を……求めてる」
「そうだ。だからこそ、誰かが希望で在り続けねばならん。お前の言う通り残酷だ」
人々は希望に縋る。
そして前を向いて歩く覚悟をもらう。
カミア・シャングリラは導かなければならない。人々を、未来へと――。
●
「行くのじゃ!」
大きく旋回してビック・バウを可能な限り観衆の近くへ接近させるミグ。
スワローテイルに身を置けば、実地運用も臨める。今回の観艦式で新しい愛機となったビック・バウをお披露目する一方、これからの事をミグは心を躍らせていた。
「それにしても……」
ミグはカミア・シャングリラのブリッジへと視線を向けた。
そこにはドリスキルの姿があった。
「何か言ってやろうかと思っておったが……あっちが先に動いたか。それも良かろう」
ビック・バウのスラスターを全開にして一気に加速。
その先を飛行するのはマスティマ『morte anjo』である。
「嬉しそうじゃな。何か良い事でもあったか?」
「……え、そう?」
ミグの言葉に惚けてみせるマリィア。
まだカミア・シャングリラの乗組員には言っていない。光とアニス辺りは察しが付いてそうなのだが、気恥ずかしさからミグには言い難い様子だ。
「まあ良い。希望の船から下りるとは少し寂しいからのう。立ち直ったならそれで良いのじゃ」
「そうね」
マリィアはそう一言だけ呟く。
――未来への出航。
様々な想いを乗せて、カミア・シャングリラは碇を上げた。
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/09/19 10:08:47 |