ゲスト
(ka0000)
ケムリが目にしみて
マスター:湖欄黒江

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~6人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/02/13 09:00
- 完成日
- 2015/02/21 02:31
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
その工場の隣には魔法装置の燃料として、加工済みの鉱物性マテリアルを収める倉庫が設置されていた。
重工業化へ邁進する今日のゾンネンシュトラール帝国にあって、燃料の需要は日に日に高まる一方だ。
時には窃盗で儲けようとする不埒な輩もいるので、貯蔵庫の周囲には専従の警備員が昼夜を問わず張っている。
中身のぎっしりと詰まった麻袋が馬車から荷下ろしされ、
開け放した大扉から赤いレンガ造りの建物へ運び込まれる様子を見守りながら、
警備員たちは時折、肩に提げた銃を重そうに揺すってみせる。
夕刻、今日最後の燃料搬入だった。これが終われば、今の警備は夜勤組と交替する。
4名の警備員の内ひとり、新入りのノルベルトは欠伸を噛み殺しつつ、夕食の当てを考えた。
彼が帝国軍を傷病除隊してからまずありついたのがこの仕事で、最初の給料日は1週間ほど先だ。
兵隊時代は隊内の博打に明け暮れてろくに蓄えもできず、給料が入るまでは恩給で食いつなぐしかないが、
折角隊のまずい配給食から自由の身になったのだから、可能な範囲で贅沢をしたいというのも人情だ。
今夜は従業員寮の食事をパスして、外で食おう。町と行き来する乗合馬車を使って、降りたら店を探そう。
気取った店でなくて良い。安い皿をたくさん並べて、酒と一緒に平らげる。
ノルベルトの懐事情からすると食後は遊ばずまっすぐ帰ってくるしかないが、
たったひとりの除隊祝いにはまぁこんなもんだ、と潔く諦めた。
予定が決まるといよいよ退勤が待ち遠しくなり、
くたびれ切った作業員たちののろい仕事振りが気に食わない。
ノルベルトは彼らから目を背ける。考えるな、頭を空っぽにしてただ待つんだ。
工場を囲む森の裾にじっと視線を据え、木を端から数え始める。
陽が落ちかけて、辺りは既に暗い。彼が背を向けている倉庫の中では、
天井からいくつも下がった作業灯がオレンジがかった光を放っていた。
重たい麻袋が、作業班長の音頭に合わせて馬車から倉庫へリレーされていく。
黙々と木を数えながら、50本目辺りでふと考えた。
俺に怪我を負わせ除隊へ追いやった歪虚連中、あいつらはマテリアルを世界から消すのが目的らしいから、
純度の高い燃料用鉱物性マテリアルなど、さぞ目の仇にしていることだろう。
どうやって燃料を世界から消すのか――いっそ食うか。食って、彼らの養分たる負のマテリアルに変換する。
ノルベルトは、砂利ほどの大きさまで破砕された鉱物性マテリアルを、
口の開いた袋から手づかみでもりもりと食う雑魔の姿を想像した。
どんな味だ? 人間には食えたもんじゃないだろうが、連中は旨いと感じるかも知れない。
硬い石をばりばり噛み砕いていくと、粉っぽい口の中に、
やがて人間にとっての上等の肉料理に相当する、こってりとした滋味が広がり――
駄目だ、上手く想像できない。大体あんな硬いもの旨い訳ないだろ、石だぜ?
●
森の中を、数人がうろついている。大柄な黒い影。
倉庫に向かって歩いてくるようだ。
急に目が冴えたノルベルトの手が、ゆっくりと銃にかかる。
作業員たちはまだ気づいていないが、他の警備員が腰だめに銃を構える彼を見て、
「おい、何だ! 何かあったのか?」
「いや、まだ良く分からんですが、どうもおかしいのがこっちへ来ます」
人影が森を出かかったところ、荷馬車に繋がれた馬たちが一斉に前足を上げていなないた。
作業員たちが振り返る。警備員のひとりが、持っていたランタンの灯りを森へ投げかけると、
「……雑魔だ!」
森から姿を現したのは、灰褐色の全身に、火山の噴火口のようなあばたが無数に浮いた人型の怪物。
首がなく、肩の上に土手のように盛り上がった頭部には、三日月型に裂けた大きな口しかない。
全部で6匹。横一列に並び、垂らした腕を左右に振りつつ早足で倉庫へ突っ込んでくる。
警備員たちが声を上げるまでもなく、作業員は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
馬たちも、荷物の残った車を牽いて走っていく。4人の警備員だけが取り残された。
慌てて銃で撃つが、大して効いている様子もない。
倉庫の大扉を守るように4人で並ぶも、近づいてきた雑魔がぐわっと口を開くとたまらず飛び退った。
ノルベルトも逃げる。この距離、この人数で、覚醒者でもない自分には雑魔は止められないと知っていた。
道を空けると、雑魔たちは手近な人間には目もくれず、鉱物性マテリアルで一杯の倉庫へ入っていく。
●
騒ぎを聞きつけて、工場からも警備隊の応援が集まってくるが、雑魔6体は既に倉庫の中だ。
奥のほうで作業していた者たちも、雑魔に追い散らされてほうほうの体で屋外へ出てくる。
ノルベルトは仲間たちと共に、開けっ放しの大扉の前でただ途方に暮れていた。
「ハンターを呼ぶしかないなぁ……」
誰ともなく言う。やがて、倉庫の中からごりごりと石臼を挽くような音が聴こえ始め、
少し遅れて、何やら白く濃い煙が屋内に立ち込め始めた。
「火事か!?」
「扉を閉めちまえ! 窓は嵌め殺しだし、閉めたほうが火が回らねぇ!」
それに雑魔も閉じ込められる。警備員と作業員が協力して、大急ぎで巨大な鉄扉を閉め切った。
倉庫の出入口はこれひとつ。一応、灯り取りの窓が天井近くにあるものの、
ひどく細くて狭いので、雑魔の体格では例えガラスを割っても出られない。
「壁を壊せりゃどうにでもなるんだろうが……、
なぁ、俺は思うんだが、奴ら、中で燃料を食ってるんじゃないか?」
ノルベルトが言うと、中から逃げてきた作業員たちがもっともらしく頷く。
「俺たちが大人しく逃げると見たら、連中、こっちにゃ目もくれず麻袋に掴みかかってたよ」
「これなら火事で勝手に死ぬんじゃないか? 燃料は駄目になっちまうかもだけど……」
本当に火事か? 倉庫の天井に取りつけられたランプが落ちて、麻袋に燃え広がったのだろうか。
ノルベルトは何気なく、扉の下の隙間から漏れ出した白い煙へ顔を近づける。
今までに嗅いだことのない異臭が鼻を刺す。慌てて下がって、
「ひでぇ臭いだが、火事じゃないらしい。
俺が兵隊にいた頃、野営が火事になって輸送中の燃料をやられたことがあったが、こんな臭いはしなかったぜ」
「雑魔の能力か……」
年長の警備員が呻いた。やはり、ハンターに討伐してもらわなければならないか。
ノルベルトが呻いた。こうなると、騒ぎが落ち着くまで退勤する訳にも行かず、
今夜は飯抜きになりそうだと思うと、倉庫内で雑魔が燃料を貪る音が一層恨めしかった。
その工場の隣には魔法装置の燃料として、加工済みの鉱物性マテリアルを収める倉庫が設置されていた。
重工業化へ邁進する今日のゾンネンシュトラール帝国にあって、燃料の需要は日に日に高まる一方だ。
時には窃盗で儲けようとする不埒な輩もいるので、貯蔵庫の周囲には専従の警備員が昼夜を問わず張っている。
中身のぎっしりと詰まった麻袋が馬車から荷下ろしされ、
開け放した大扉から赤いレンガ造りの建物へ運び込まれる様子を見守りながら、
警備員たちは時折、肩に提げた銃を重そうに揺すってみせる。
夕刻、今日最後の燃料搬入だった。これが終われば、今の警備は夜勤組と交替する。
4名の警備員の内ひとり、新入りのノルベルトは欠伸を噛み殺しつつ、夕食の当てを考えた。
彼が帝国軍を傷病除隊してからまずありついたのがこの仕事で、最初の給料日は1週間ほど先だ。
兵隊時代は隊内の博打に明け暮れてろくに蓄えもできず、給料が入るまでは恩給で食いつなぐしかないが、
折角隊のまずい配給食から自由の身になったのだから、可能な範囲で贅沢をしたいというのも人情だ。
今夜は従業員寮の食事をパスして、外で食おう。町と行き来する乗合馬車を使って、降りたら店を探そう。
気取った店でなくて良い。安い皿をたくさん並べて、酒と一緒に平らげる。
ノルベルトの懐事情からすると食後は遊ばずまっすぐ帰ってくるしかないが、
たったひとりの除隊祝いにはまぁこんなもんだ、と潔く諦めた。
予定が決まるといよいよ退勤が待ち遠しくなり、
くたびれ切った作業員たちののろい仕事振りが気に食わない。
ノルベルトは彼らから目を背ける。考えるな、頭を空っぽにしてただ待つんだ。
工場を囲む森の裾にじっと視線を据え、木を端から数え始める。
陽が落ちかけて、辺りは既に暗い。彼が背を向けている倉庫の中では、
天井からいくつも下がった作業灯がオレンジがかった光を放っていた。
重たい麻袋が、作業班長の音頭に合わせて馬車から倉庫へリレーされていく。
黙々と木を数えながら、50本目辺りでふと考えた。
俺に怪我を負わせ除隊へ追いやった歪虚連中、あいつらはマテリアルを世界から消すのが目的らしいから、
純度の高い燃料用鉱物性マテリアルなど、さぞ目の仇にしていることだろう。
どうやって燃料を世界から消すのか――いっそ食うか。食って、彼らの養分たる負のマテリアルに変換する。
ノルベルトは、砂利ほどの大きさまで破砕された鉱物性マテリアルを、
口の開いた袋から手づかみでもりもりと食う雑魔の姿を想像した。
どんな味だ? 人間には食えたもんじゃないだろうが、連中は旨いと感じるかも知れない。
硬い石をばりばり噛み砕いていくと、粉っぽい口の中に、
やがて人間にとっての上等の肉料理に相当する、こってりとした滋味が広がり――
駄目だ、上手く想像できない。大体あんな硬いもの旨い訳ないだろ、石だぜ?
●
森の中を、数人がうろついている。大柄な黒い影。
倉庫に向かって歩いてくるようだ。
急に目が冴えたノルベルトの手が、ゆっくりと銃にかかる。
作業員たちはまだ気づいていないが、他の警備員が腰だめに銃を構える彼を見て、
「おい、何だ! 何かあったのか?」
「いや、まだ良く分からんですが、どうもおかしいのがこっちへ来ます」
人影が森を出かかったところ、荷馬車に繋がれた馬たちが一斉に前足を上げていなないた。
作業員たちが振り返る。警備員のひとりが、持っていたランタンの灯りを森へ投げかけると、
「……雑魔だ!」
森から姿を現したのは、灰褐色の全身に、火山の噴火口のようなあばたが無数に浮いた人型の怪物。
首がなく、肩の上に土手のように盛り上がった頭部には、三日月型に裂けた大きな口しかない。
全部で6匹。横一列に並び、垂らした腕を左右に振りつつ早足で倉庫へ突っ込んでくる。
警備員たちが声を上げるまでもなく、作業員は蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
馬たちも、荷物の残った車を牽いて走っていく。4人の警備員だけが取り残された。
慌てて銃で撃つが、大して効いている様子もない。
倉庫の大扉を守るように4人で並ぶも、近づいてきた雑魔がぐわっと口を開くとたまらず飛び退った。
ノルベルトも逃げる。この距離、この人数で、覚醒者でもない自分には雑魔は止められないと知っていた。
道を空けると、雑魔たちは手近な人間には目もくれず、鉱物性マテリアルで一杯の倉庫へ入っていく。
●
騒ぎを聞きつけて、工場からも警備隊の応援が集まってくるが、雑魔6体は既に倉庫の中だ。
奥のほうで作業していた者たちも、雑魔に追い散らされてほうほうの体で屋外へ出てくる。
ノルベルトは仲間たちと共に、開けっ放しの大扉の前でただ途方に暮れていた。
「ハンターを呼ぶしかないなぁ……」
誰ともなく言う。やがて、倉庫の中からごりごりと石臼を挽くような音が聴こえ始め、
少し遅れて、何やら白く濃い煙が屋内に立ち込め始めた。
「火事か!?」
「扉を閉めちまえ! 窓は嵌め殺しだし、閉めたほうが火が回らねぇ!」
それに雑魔も閉じ込められる。警備員と作業員が協力して、大急ぎで巨大な鉄扉を閉め切った。
倉庫の出入口はこれひとつ。一応、灯り取りの窓が天井近くにあるものの、
ひどく細くて狭いので、雑魔の体格では例えガラスを割っても出られない。
「壁を壊せりゃどうにでもなるんだろうが……、
なぁ、俺は思うんだが、奴ら、中で燃料を食ってるんじゃないか?」
ノルベルトが言うと、中から逃げてきた作業員たちがもっともらしく頷く。
「俺たちが大人しく逃げると見たら、連中、こっちにゃ目もくれず麻袋に掴みかかってたよ」
「これなら火事で勝手に死ぬんじゃないか? 燃料は駄目になっちまうかもだけど……」
本当に火事か? 倉庫の天井に取りつけられたランプが落ちて、麻袋に燃え広がったのだろうか。
ノルベルトは何気なく、扉の下の隙間から漏れ出した白い煙へ顔を近づける。
今までに嗅いだことのない異臭が鼻を刺す。慌てて下がって、
「ひでぇ臭いだが、火事じゃないらしい。
俺が兵隊にいた頃、野営が火事になって輸送中の燃料をやられたことがあったが、こんな臭いはしなかったぜ」
「雑魔の能力か……」
年長の警備員が呻いた。やはり、ハンターに討伐してもらわなければならないか。
ノルベルトが呻いた。こうなると、騒ぎが落ち着くまで退勤する訳にも行かず、
今夜は飯抜きになりそうだと思うと、倉庫内で雑魔が燃料を貪る音が一層恨めしかった。
リプレイ本文
●
ハンターが到着したときも、閉め切った倉庫の中からはごりごりと不気味な音が聴こえていた。
立会いの警備員曰く、
「入口はこの扉ひとつです。天窓もありますが出入りにゃ使えんでしょうし」
「見るだけ見ておこう。梯子はあるか?」
ゲルト・フォン・B(ka3222)の求めに応じて、作業員の誰かが梯子を担いでくる。
他のハンターたちは、作業員から内部構造や雑魔の位置など聞き込みを行う。クルス(ka3922)が、
「奥に何体か固まってそう、か。厄介かもな。
いざってときの為に俺も手札を残しときてぇ。クローディア(ka3392)、それまで悪ぃが矢面を頼むぜ」
以前彼と組んだことのあるクローディアは、試作振動刀を片手で素振りしながら小さく頷く。
「喜んで。クルス殿のバックアップについては信用している」
「僕も魔法で援護する。通信機も持ってるから、万が一のときは助けを呼ぶよ」
ピオス・シルワ(ka0987)がトランシーバーを掲げながら、離れて立つ夕鶴(ka3204)のほうへ目配せした。
「こちらはダブルヘッダーになるだろうか?」
くわえ煙草の弥勒 明影(ka0189)が、アックスブレードを剣へ組み替え中の夕鶴へ話しかける。
「ああ。私も接近戦を仕掛けるつもりだが、短期決戦を目指す以上手数は多いほうが良い。
移動中はピオスを通じて、向こう側3人と連絡を取り合う必要も出てくるだろう。
その間のフォローなども頼めると、助かる」
「陣頭立って働くのは性分でないからな。そちらが自由に動けるよう、細々と立ち回るつもりだ」
倉庫へ目を向ければ、屋根からゲルトが手を振って下へ呼びかけている。
「少しでも煙を逃がせるよう、窓を割っておきたい!」
「そんくらいならどうぞ、やっちまって下さい!」
警備員の言質を取ったゲルトが、剣の柄で嵌め殺しのガラスを割って回るが、
「……出ていかないか」
「煙が冷えているか、空気より重いかだろうな」
明影が煙草を口から離し、ふぅっと煙を吐いてみせる――その『煙』が問題だった。
●
警備員たちが大きな鉄扉から閂を抜き、両側から引いて開け放した。
身構えていたハンターたちの前に、分厚い白い煙の壁が現れる。
奥底にぼんやりと灯るオレンジ色の光は、倉庫内の照明だろうか。
扉が開いてもなお、煙は屋内に充満してほとんど出ていこうとしない。
「想像以上にひでぇな」
「身体に悪そうな煙だね。あんまり吸いたくないなぁ……」
悪臭に鼻をつまんで呆れ顔をするクルスへ、ピオスがハンターオフィス支給のマスクを手渡した。
他の仲間にも同じものを配り、
「すぐ用意できるものだとこれくらいだ、って。ガーゼマスクっていうらしいけど」
もらったマスクを着けながら、夕鶴は思う。
(鎧の下のセーラー服に臭いがつくと、嫌だな)
ゲルトとクルスがそれぞれ、先鋒を務める夕鶴とクローディアへ加護の法術を施した。
僅かな時間だが、毒や呪いに対する抵抗力を高めてくれる。クローディアが、
「左の通路を引き受ける。入口に近い敵は建物の左側に寄っているらしい、
我々が引きつけている間に背後を取ってくれれば良いだろう」
「承知した。こちらは右を」
夕鶴が答え、明影、ゲルトを連れて倉庫内へ進入する。
クローディアもそれに続きながら、警備員たちへ、
「我々が入ったら扉は閉めてしまってくれ。出るときは中から合図する」
開け放しのままだと、雑魔が逃走を図った際に周囲へ危険が及ぶ。
それに、開けておいたところで煙は消えてくれそうにない。発生源である雑魔を駆除するより仕方なかった。
●
まさに五里霧中、1歩先を行く仲間さえぼやけた灰色の人影としか見えない。
悪臭を放つ乳白色の煙幕は倉庫内の隅々まで均等に行き渡り、
ランプのおぼろな光が反射して辺りは薄明るい。そしてあちこちから、雑魔が立てる気味悪い物音。
左側3人の最後尾を行くピオスは、杖の先で慎重に足下を確かめる。
(夕焼け雲の中を歩いてるみたいだ。雑魔と臭いさえなければ、これはこれで楽しい体験なんだけど)
奇襲や誤射の危険が極めて高い。夕鶴と緊密に連絡を取る必要がありそうだ。早速、
「そっちはどうかな、変わりない? どうぞ」
トランシーバーへ囁きかける。問題ない、と夕鶴の返事。前を歩くクルスが小声でぼやいた。
「ゴーグルの機能も意味ないぜ。視覚強化してくれたところで、目の前に壁があるようなもんだ」
「全く意味なくはないと思うよ。この煙、目も少しピリピリする……」
「おいおい、大丈夫か?」
目が塞がって見えないというほどではない。害としては僅かな不快感だけだ。
先を歩くクローディアが気になるのはむしろ、
(鼻と喉も痛む、やはり毒性があるようだな)
先頭に立って左の壁沿いに進む内、何か大きな塊が右前方に現れた。一瞬緊張が走るも、
(燃料の袋か)
石臼を挽くような音が近い。麻袋の列の端を回れば、すぐに敵がいる。
「1体目だ。仕掛ける」
クローディアが後ろの2人へ告げる。ピオスが夕鶴へ通信し、挟撃の準備を整えさせた。
振動刀と盾を構え、音で見当をつけた敵の位置へ、すり足で接近する。
煙の中、相手の姿はなかなか見えない。これは入口から1列目の麻袋、その奥は2列目、
その合間に立っていると思われたが――
(近い!?)
気づかぬ内に半歩、近づき過ぎていた。長身の雑魔の影が唐突に目前へ現れた。
振動刀が唸りを上げ、敵の皮膚を切り裂く――浅い。
間合いの内側に入り込まれたクローディアは、雑魔の拳を肩口に受けて転倒した。
「クルス、伏せて!」
トランシーバーの向こうの夕鶴へも連携を促すと、ピオスは杖からかまいたちを放った。
雑魔が怯んだ隙に、その背後から夕鶴と明影が迫る。
煙の中から、岩のような拳固が飛び出す。夕鶴は咄嗟に武器で受けた。
床に倒れていたクローディアが敵の膝裏を切ってよろめかせ、次いで明影の刀が雑魔の大口へ差し込まれる。
横へ振り抜けば、粘つく灰色の体液が飛沫いた。
「仕留めたぞ。クローディア、動けるか?」
明影が、クローディアへ倒れかかった雑魔の腕を掴んで支えつつ、言った。
「ええ……まんまと一発もらってしまいました」
煙のせいで顔も見えない明影に答えて、クローディアが起き上がる。クルスが早速治癒の法術をかけるが、
「何だか術の効きが悪いぜ」
煙に含まれる負のマテリアルの作用だ。
マテリアルの力を借りて戦う覚醒者にとっては、あらゆる行動の効果が阻害されることになる。
前衛へレジストやプロテクションの法術を使うゲルトも、同じ感覚を覚えていた。
(手早く済まさないと、どんどんこちらが不利になる)
●
雑魔が先程まで立っていた場所では麻袋が破かれ、中から鉱物マテリアルがこぼれ落ちている。
死んだ雑魔の口には石の欠片が詰まっていて、それを見たピオスが、
「ね、燃料を食べてる!? もしかして燃料っておいしい……訳ないよね」
仲間が1体倒されたところで、残りの雑魔たちは見向きもしないようだ。
これ幸いと一行は仕事を急ぐ。クローディアの怪我もどうにか回復した。
(彼女ほど重装備でない私は、一撃を受けただけで動けなくなるかも知れん。防御に重きを置いて戦わねば)
夕鶴は考える。だが、視界の悪さがハンターたちの動作を困難にする。
2、3体目の隠れた列に差しかかり、先と同じ要領で挟撃を狙った。明影を伴って素早く踏み込む夕鶴だったが、
(間合いが計り辛い!)
初太刀を外され瞬時に防御を試みるも、反撃を受けて転倒させられた。
起き上がろうとしたところで、夕鶴の胸に強い痛みが走る。毒が回り始めていた。
「がはっ……!?」
夕鶴の呻きをトランシーバーが拾った。
姿は見えないが危機だと察知し、ピオスは攻撃をマジックアローに切り替え、敵の背中へ見当をつけて撃ち込む。
近場のもう1体を警戒していたクローディアも、仕方なく前に出た。
明影と連携して早急に目前の1体を処理したいが、敵は長い腕を振るってふたりの攻撃を跳ね除ける。
ゲルトは倒れたままの夕鶴へ駆け寄り、法術で治療を施す――
(ええい、本当に効きが悪い!)
気配に気づかれたか、もう1体が左側通路へ現れる。クルスがピオスを庇って食い止めた。
クローディアの袈裟斬りが、深々と雑魔の背に食い込む。
雑魔はよろめきつつ闇雲に振るった腕で明影を押し退け、夕鶴のほうへ踏み出しかけた。
ゲルトは治療を中断して剣を抜く。
「させるものかよ!」
のしかかってくる影へ片膝立ちから突きを繰り出すと、剣は雑魔の腹を破った。
明影が更にその首を切り落として止めを刺し、
「夕鶴を頼む」
麻袋の山に手をかけて乗り越え、向こう側の列へ降りた。
左側通路でクルスとぶつかっている、もう1体の背後を取りたい。
クローディアもクルスと入れ替わって、盾で雑魔を押し返す。
敵の後ろへ回った明影と前後から剣を振るい、切り刻んだ。
「3体目! これで半分……夕鶴……」
ピオスが咳き込む。個人差こそあれ、毒はハンター全員の身体を蝕んでいた。
ゲルトの法術と自身の治癒能力で回復し、夕鶴はどうにか起き上がれたが、
「無理はするな。残り3体、俺が先鋒を務めよう」
「面目ない……」
明影が隊列の先頭に立ち、左側3人と共に作戦を続行した。
気づけば雑魔の半数を倒したせいか、辺りを包む白煙も心なし薄まり始めている。
前衛がそれぞれに傷を負いつつも、クルスはこのまま行けると踏んだ。
「次からは俺も攻撃に回る。奥に固まってる奴ら、接近戦でまとめて掃除しちまいたい」
●
残り3体。倉庫奥で燃料を貪っている。
咀嚼音からして最奥列に1体、1列手前に2体と読めた。ピオスが、
「手前の2体は同じ列にいるみたいだね。3人で1体ずつ、何とか片づけよう」
『あるいは先に当面の敵を倒した側が、残りの背後を奇襲する。
兎に角、最後の1体が気づく前に2体素早く倒し切り……』
「後は6対1、アクシデントがなければ簡単に行く筈だ」
夕鶴でタイミングを取り合い、左右通路を足並みを揃えて前進した。
敵が潜む列の手前に来ると、クローディアと明影が刀を構えて麻袋の陰に伏せた。準備完了――
左右同時に飛び込む。
裂けた口から石の欠片を吐き出しながら振り返る雑魔、その姿もだいぶはっきり見えるようになった。
左側通路からはピオスの魔法の矢、そしてクルスの放つ黒い魔法の弾丸が雑魔を捉え、
弾幕の中からクローディアが踏み込んで格闘戦を仕掛ける。
右側からは明影、続いて夕鶴とゲルトも突入し、もう1体を相手取る。
(怖れで活路など見出せん、零距離ともなれば視界不良に意味もなく――)
明影は胸元で雑魔の拳をまともに受けるが、
ゲルトの法術による防御支援もあって踏み堪えられた。構わず、雑魔へ身体ごとぶつかる。
自身より背の高い雑魔の口腔目がけ、下から刀を突き上げた。
クローディアの渾身の片手突きが、雑魔の喉元に刺さる。
そのまま切り下ろせば、振動刀がじりじりと敵の胸筋を裂いていく。
雑魔は直立したまま痙攣を始め、全身のあばたから煙を噴出させる。
(こうして倉庫内に煙を充満させていたのだな。しかし)
腹までばっさり割ってしまうと、雑魔は灰色の体液をどば、と吐いて仰向けに倒れた。
中空に漂う濃い煙の塊を、クローディアが刀を振るって散らす。
煙が晴れた先では、ちょうど明影が雑魔を片づけたところだ。それが見えるほどに、
「見通しが良くなりましたね、弥勒殿」
「ああ。最後の1体だ、隠密裏に当たる必要も最早ない」
明影が刀を鞘に収め、背負っていた魔導銃へ持ち替える。
●
夢中で燃料を摂取している最後の1体へ、左からピオスとクルスの魔法、右から明影の銃で集中攻撃をかけた。
雨あられと降り注ぐ射撃に、雑魔は成す術もないかのように思えた。
しかし、あと僅かというところで雑魔が必死の逃走へ打って出る。
目の前に積み上がった麻袋へ長い手足を引っかけて登り、別の列へと乗り越えていく。
唯一の出入口である大扉を目指すつもりか。ハンターたちも走った。
「夕鶴、先回りだ!」
ゲルトが次列の右側を塞ぐ。左側もクローディアに塞がれ、雑魔はもうひとつ山を越えてまた別の列へ。
麻袋の山から飛び降りたところに、夕鶴が待ち構えていた。
(これ以上無様を晒す訳にはいかん、必ず仕留める!)
アックスブレードの刃に仄かな光が宿る。雑魔は苦し紛れに全身から勢い良く煙を噴射するが、
「そんなものでっ!」
アックスブレードの剣風が、立ち込めた濃煙を切り払った。
刃は雑魔の反撃をも打ち落とし、遂に体幹の急所へ突き刺さる。
仲間たちが駆けつけたとき、夕鶴は最後の1体を仕留め終えていた。
発生源を全て失った毒性の煙は見る見る内に掻き消えて、
「思っていたより、狭い倉庫だったんだな」
ゲルトが天井を見上げる。割られた天窓から、遅ればせに夜風が降りてきて、
屋内にわだかまっていた悪臭も次第に和らいでいく。
「まさか居残りはいやしねぇだろうが、軽く見回って……外に出ようぜ」
いい加減まともな空気が吸いたい、とクルスがぼやいた。
●
倉庫の扉を開けると、森から流れてくる冷たい、湿った空気が心地良かった。
外に出た明影が満足げに煙草をくゆらせる。
「今回の任務、10分とかからなかったな」
「あんだけ煙を吸わされた後で、まだ煙草を呑む気になれるのかい」
クルスのからかいもどこ吹く風、明影は穏やかな顔で煙を吐いた。
クローディアは振動刀からモーターを外し、刀身にこびりついた雑魔の体液を丁寧に拭い取る。
「見事な腕前でしたね、弥勒殿。クルス殿の支援も的確だった……かなり動きを助けられたよ」
「皆、体調は問題ないか?」
ゲルトが尋ねつつ、治癒の法術をかけて回る。
毒の煙から解放されるとすぐに鼻や喉の痛みも引いていき、後遺症のある者はいなかった。
倉庫内に作業員たちを残して、ピオスと夕鶴が出てくる。
「麻袋をいくつか破られちゃったけど、中身は大した被害じゃないって。良かったよ」
後片付けに加わっていたピオスが、服から鉱物マテリアルの欠片を叩いて落とす。
「夕鶴もありがとうね、僕が言い出したことなのに手伝ってもらっちゃって」
「いや、大した手間でもなかったから」
ピオスと共に片付けに参加した夕鶴は、浮かない顔で答える。
戦闘中、雑魔相手に思いがけず遅れを取ったことが心残りだった。
(まだまだ、修行が足りんか……)
夕鶴は夜空を見上げ、次なる戦いへ決意を新たにする。
警備員のノルベルトも夜空を見上げる。
ハンターたちの迅速な活動のお蔭で、夜明けまでに夜食くらいは取れそうだと安心する。
何はともあれ、今夜この場は大事な『糧』を守り抜くことができた、ということか……。
ハンターが到着したときも、閉め切った倉庫の中からはごりごりと不気味な音が聴こえていた。
立会いの警備員曰く、
「入口はこの扉ひとつです。天窓もありますが出入りにゃ使えんでしょうし」
「見るだけ見ておこう。梯子はあるか?」
ゲルト・フォン・B(ka3222)の求めに応じて、作業員の誰かが梯子を担いでくる。
他のハンターたちは、作業員から内部構造や雑魔の位置など聞き込みを行う。クルス(ka3922)が、
「奥に何体か固まってそう、か。厄介かもな。
いざってときの為に俺も手札を残しときてぇ。クローディア(ka3392)、それまで悪ぃが矢面を頼むぜ」
以前彼と組んだことのあるクローディアは、試作振動刀を片手で素振りしながら小さく頷く。
「喜んで。クルス殿のバックアップについては信用している」
「僕も魔法で援護する。通信機も持ってるから、万が一のときは助けを呼ぶよ」
ピオス・シルワ(ka0987)がトランシーバーを掲げながら、離れて立つ夕鶴(ka3204)のほうへ目配せした。
「こちらはダブルヘッダーになるだろうか?」
くわえ煙草の弥勒 明影(ka0189)が、アックスブレードを剣へ組み替え中の夕鶴へ話しかける。
「ああ。私も接近戦を仕掛けるつもりだが、短期決戦を目指す以上手数は多いほうが良い。
移動中はピオスを通じて、向こう側3人と連絡を取り合う必要も出てくるだろう。
その間のフォローなども頼めると、助かる」
「陣頭立って働くのは性分でないからな。そちらが自由に動けるよう、細々と立ち回るつもりだ」
倉庫へ目を向ければ、屋根からゲルトが手を振って下へ呼びかけている。
「少しでも煙を逃がせるよう、窓を割っておきたい!」
「そんくらいならどうぞ、やっちまって下さい!」
警備員の言質を取ったゲルトが、剣の柄で嵌め殺しのガラスを割って回るが、
「……出ていかないか」
「煙が冷えているか、空気より重いかだろうな」
明影が煙草を口から離し、ふぅっと煙を吐いてみせる――その『煙』が問題だった。
●
警備員たちが大きな鉄扉から閂を抜き、両側から引いて開け放した。
身構えていたハンターたちの前に、分厚い白い煙の壁が現れる。
奥底にぼんやりと灯るオレンジ色の光は、倉庫内の照明だろうか。
扉が開いてもなお、煙は屋内に充満してほとんど出ていこうとしない。
「想像以上にひでぇな」
「身体に悪そうな煙だね。あんまり吸いたくないなぁ……」
悪臭に鼻をつまんで呆れ顔をするクルスへ、ピオスがハンターオフィス支給のマスクを手渡した。
他の仲間にも同じものを配り、
「すぐ用意できるものだとこれくらいだ、って。ガーゼマスクっていうらしいけど」
もらったマスクを着けながら、夕鶴は思う。
(鎧の下のセーラー服に臭いがつくと、嫌だな)
ゲルトとクルスがそれぞれ、先鋒を務める夕鶴とクローディアへ加護の法術を施した。
僅かな時間だが、毒や呪いに対する抵抗力を高めてくれる。クローディアが、
「左の通路を引き受ける。入口に近い敵は建物の左側に寄っているらしい、
我々が引きつけている間に背後を取ってくれれば良いだろう」
「承知した。こちらは右を」
夕鶴が答え、明影、ゲルトを連れて倉庫内へ進入する。
クローディアもそれに続きながら、警備員たちへ、
「我々が入ったら扉は閉めてしまってくれ。出るときは中から合図する」
開け放しのままだと、雑魔が逃走を図った際に周囲へ危険が及ぶ。
それに、開けておいたところで煙は消えてくれそうにない。発生源である雑魔を駆除するより仕方なかった。
●
まさに五里霧中、1歩先を行く仲間さえぼやけた灰色の人影としか見えない。
悪臭を放つ乳白色の煙幕は倉庫内の隅々まで均等に行き渡り、
ランプのおぼろな光が反射して辺りは薄明るい。そしてあちこちから、雑魔が立てる気味悪い物音。
左側3人の最後尾を行くピオスは、杖の先で慎重に足下を確かめる。
(夕焼け雲の中を歩いてるみたいだ。雑魔と臭いさえなければ、これはこれで楽しい体験なんだけど)
奇襲や誤射の危険が極めて高い。夕鶴と緊密に連絡を取る必要がありそうだ。早速、
「そっちはどうかな、変わりない? どうぞ」
トランシーバーへ囁きかける。問題ない、と夕鶴の返事。前を歩くクルスが小声でぼやいた。
「ゴーグルの機能も意味ないぜ。視覚強化してくれたところで、目の前に壁があるようなもんだ」
「全く意味なくはないと思うよ。この煙、目も少しピリピリする……」
「おいおい、大丈夫か?」
目が塞がって見えないというほどではない。害としては僅かな不快感だけだ。
先を歩くクローディアが気になるのはむしろ、
(鼻と喉も痛む、やはり毒性があるようだな)
先頭に立って左の壁沿いに進む内、何か大きな塊が右前方に現れた。一瞬緊張が走るも、
(燃料の袋か)
石臼を挽くような音が近い。麻袋の列の端を回れば、すぐに敵がいる。
「1体目だ。仕掛ける」
クローディアが後ろの2人へ告げる。ピオスが夕鶴へ通信し、挟撃の準備を整えさせた。
振動刀と盾を構え、音で見当をつけた敵の位置へ、すり足で接近する。
煙の中、相手の姿はなかなか見えない。これは入口から1列目の麻袋、その奥は2列目、
その合間に立っていると思われたが――
(近い!?)
気づかぬ内に半歩、近づき過ぎていた。長身の雑魔の影が唐突に目前へ現れた。
振動刀が唸りを上げ、敵の皮膚を切り裂く――浅い。
間合いの内側に入り込まれたクローディアは、雑魔の拳を肩口に受けて転倒した。
「クルス、伏せて!」
トランシーバーの向こうの夕鶴へも連携を促すと、ピオスは杖からかまいたちを放った。
雑魔が怯んだ隙に、その背後から夕鶴と明影が迫る。
煙の中から、岩のような拳固が飛び出す。夕鶴は咄嗟に武器で受けた。
床に倒れていたクローディアが敵の膝裏を切ってよろめかせ、次いで明影の刀が雑魔の大口へ差し込まれる。
横へ振り抜けば、粘つく灰色の体液が飛沫いた。
「仕留めたぞ。クローディア、動けるか?」
明影が、クローディアへ倒れかかった雑魔の腕を掴んで支えつつ、言った。
「ええ……まんまと一発もらってしまいました」
煙のせいで顔も見えない明影に答えて、クローディアが起き上がる。クルスが早速治癒の法術をかけるが、
「何だか術の効きが悪いぜ」
煙に含まれる負のマテリアルの作用だ。
マテリアルの力を借りて戦う覚醒者にとっては、あらゆる行動の効果が阻害されることになる。
前衛へレジストやプロテクションの法術を使うゲルトも、同じ感覚を覚えていた。
(手早く済まさないと、どんどんこちらが不利になる)
●
雑魔が先程まで立っていた場所では麻袋が破かれ、中から鉱物マテリアルがこぼれ落ちている。
死んだ雑魔の口には石の欠片が詰まっていて、それを見たピオスが、
「ね、燃料を食べてる!? もしかして燃料っておいしい……訳ないよね」
仲間が1体倒されたところで、残りの雑魔たちは見向きもしないようだ。
これ幸いと一行は仕事を急ぐ。クローディアの怪我もどうにか回復した。
(彼女ほど重装備でない私は、一撃を受けただけで動けなくなるかも知れん。防御に重きを置いて戦わねば)
夕鶴は考える。だが、視界の悪さがハンターたちの動作を困難にする。
2、3体目の隠れた列に差しかかり、先と同じ要領で挟撃を狙った。明影を伴って素早く踏み込む夕鶴だったが、
(間合いが計り辛い!)
初太刀を外され瞬時に防御を試みるも、反撃を受けて転倒させられた。
起き上がろうとしたところで、夕鶴の胸に強い痛みが走る。毒が回り始めていた。
「がはっ……!?」
夕鶴の呻きをトランシーバーが拾った。
姿は見えないが危機だと察知し、ピオスは攻撃をマジックアローに切り替え、敵の背中へ見当をつけて撃ち込む。
近場のもう1体を警戒していたクローディアも、仕方なく前に出た。
明影と連携して早急に目前の1体を処理したいが、敵は長い腕を振るってふたりの攻撃を跳ね除ける。
ゲルトは倒れたままの夕鶴へ駆け寄り、法術で治療を施す――
(ええい、本当に効きが悪い!)
気配に気づかれたか、もう1体が左側通路へ現れる。クルスがピオスを庇って食い止めた。
クローディアの袈裟斬りが、深々と雑魔の背に食い込む。
雑魔はよろめきつつ闇雲に振るった腕で明影を押し退け、夕鶴のほうへ踏み出しかけた。
ゲルトは治療を中断して剣を抜く。
「させるものかよ!」
のしかかってくる影へ片膝立ちから突きを繰り出すと、剣は雑魔の腹を破った。
明影が更にその首を切り落として止めを刺し、
「夕鶴を頼む」
麻袋の山に手をかけて乗り越え、向こう側の列へ降りた。
左側通路でクルスとぶつかっている、もう1体の背後を取りたい。
クローディアもクルスと入れ替わって、盾で雑魔を押し返す。
敵の後ろへ回った明影と前後から剣を振るい、切り刻んだ。
「3体目! これで半分……夕鶴……」
ピオスが咳き込む。個人差こそあれ、毒はハンター全員の身体を蝕んでいた。
ゲルトの法術と自身の治癒能力で回復し、夕鶴はどうにか起き上がれたが、
「無理はするな。残り3体、俺が先鋒を務めよう」
「面目ない……」
明影が隊列の先頭に立ち、左側3人と共に作戦を続行した。
気づけば雑魔の半数を倒したせいか、辺りを包む白煙も心なし薄まり始めている。
前衛がそれぞれに傷を負いつつも、クルスはこのまま行けると踏んだ。
「次からは俺も攻撃に回る。奥に固まってる奴ら、接近戦でまとめて掃除しちまいたい」
●
残り3体。倉庫奥で燃料を貪っている。
咀嚼音からして最奥列に1体、1列手前に2体と読めた。ピオスが、
「手前の2体は同じ列にいるみたいだね。3人で1体ずつ、何とか片づけよう」
『あるいは先に当面の敵を倒した側が、残りの背後を奇襲する。
兎に角、最後の1体が気づく前に2体素早く倒し切り……』
「後は6対1、アクシデントがなければ簡単に行く筈だ」
夕鶴でタイミングを取り合い、左右通路を足並みを揃えて前進した。
敵が潜む列の手前に来ると、クローディアと明影が刀を構えて麻袋の陰に伏せた。準備完了――
左右同時に飛び込む。
裂けた口から石の欠片を吐き出しながら振り返る雑魔、その姿もだいぶはっきり見えるようになった。
左側通路からはピオスの魔法の矢、そしてクルスの放つ黒い魔法の弾丸が雑魔を捉え、
弾幕の中からクローディアが踏み込んで格闘戦を仕掛ける。
右側からは明影、続いて夕鶴とゲルトも突入し、もう1体を相手取る。
(怖れで活路など見出せん、零距離ともなれば視界不良に意味もなく――)
明影は胸元で雑魔の拳をまともに受けるが、
ゲルトの法術による防御支援もあって踏み堪えられた。構わず、雑魔へ身体ごとぶつかる。
自身より背の高い雑魔の口腔目がけ、下から刀を突き上げた。
クローディアの渾身の片手突きが、雑魔の喉元に刺さる。
そのまま切り下ろせば、振動刀がじりじりと敵の胸筋を裂いていく。
雑魔は直立したまま痙攣を始め、全身のあばたから煙を噴出させる。
(こうして倉庫内に煙を充満させていたのだな。しかし)
腹までばっさり割ってしまうと、雑魔は灰色の体液をどば、と吐いて仰向けに倒れた。
中空に漂う濃い煙の塊を、クローディアが刀を振るって散らす。
煙が晴れた先では、ちょうど明影が雑魔を片づけたところだ。それが見えるほどに、
「見通しが良くなりましたね、弥勒殿」
「ああ。最後の1体だ、隠密裏に当たる必要も最早ない」
明影が刀を鞘に収め、背負っていた魔導銃へ持ち替える。
●
夢中で燃料を摂取している最後の1体へ、左からピオスとクルスの魔法、右から明影の銃で集中攻撃をかけた。
雨あられと降り注ぐ射撃に、雑魔は成す術もないかのように思えた。
しかし、あと僅かというところで雑魔が必死の逃走へ打って出る。
目の前に積み上がった麻袋へ長い手足を引っかけて登り、別の列へと乗り越えていく。
唯一の出入口である大扉を目指すつもりか。ハンターたちも走った。
「夕鶴、先回りだ!」
ゲルトが次列の右側を塞ぐ。左側もクローディアに塞がれ、雑魔はもうひとつ山を越えてまた別の列へ。
麻袋の山から飛び降りたところに、夕鶴が待ち構えていた。
(これ以上無様を晒す訳にはいかん、必ず仕留める!)
アックスブレードの刃に仄かな光が宿る。雑魔は苦し紛れに全身から勢い良く煙を噴射するが、
「そんなものでっ!」
アックスブレードの剣風が、立ち込めた濃煙を切り払った。
刃は雑魔の反撃をも打ち落とし、遂に体幹の急所へ突き刺さる。
仲間たちが駆けつけたとき、夕鶴は最後の1体を仕留め終えていた。
発生源を全て失った毒性の煙は見る見る内に掻き消えて、
「思っていたより、狭い倉庫だったんだな」
ゲルトが天井を見上げる。割られた天窓から、遅ればせに夜風が降りてきて、
屋内にわだかまっていた悪臭も次第に和らいでいく。
「まさか居残りはいやしねぇだろうが、軽く見回って……外に出ようぜ」
いい加減まともな空気が吸いたい、とクルスがぼやいた。
●
倉庫の扉を開けると、森から流れてくる冷たい、湿った空気が心地良かった。
外に出た明影が満足げに煙草をくゆらせる。
「今回の任務、10分とかからなかったな」
「あんだけ煙を吸わされた後で、まだ煙草を呑む気になれるのかい」
クルスのからかいもどこ吹く風、明影は穏やかな顔で煙を吐いた。
クローディアは振動刀からモーターを外し、刀身にこびりついた雑魔の体液を丁寧に拭い取る。
「見事な腕前でしたね、弥勒殿。クルス殿の支援も的確だった……かなり動きを助けられたよ」
「皆、体調は問題ないか?」
ゲルトが尋ねつつ、治癒の法術をかけて回る。
毒の煙から解放されるとすぐに鼻や喉の痛みも引いていき、後遺症のある者はいなかった。
倉庫内に作業員たちを残して、ピオスと夕鶴が出てくる。
「麻袋をいくつか破られちゃったけど、中身は大した被害じゃないって。良かったよ」
後片付けに加わっていたピオスが、服から鉱物マテリアルの欠片を叩いて落とす。
「夕鶴もありがとうね、僕が言い出したことなのに手伝ってもらっちゃって」
「いや、大した手間でもなかったから」
ピオスと共に片付けに参加した夕鶴は、浮かない顔で答える。
戦闘中、雑魔相手に思いがけず遅れを取ったことが心残りだった。
(まだまだ、修行が足りんか……)
夕鶴は夜空を見上げ、次なる戦いへ決意を新たにする。
警備員のノルベルトも夜空を見上げる。
ハンターたちの迅速な活動のお蔭で、夜明けまでに夜食くらいは取れそうだと安心する。
何はともあれ、今夜この場は大事な『糧』を守り抜くことができた、ということか……。
依頼結果
参加者一覧
サポート一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
相談卓 夕鶴(ka3204) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|闘狩人(エンフォーサー) |
最終発言 2015/02/13 01:52:42 |
|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/09 00:25:28 |