ゲスト
(ka0000)
【郷祭】お役目の引継ぎ
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 易しい
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~6人
- サポート
- 0~2人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/10/15 22:00
- 完成日
- 2019/10/26 01:56
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
今年も、同盟領の農耕推進地域ジェオルジでは、年に2回の『郷祭』の準備が進められていた。
とはいえ、対邪神戦の影響もあって例年より開催は少し早めになっており、ジェオルジの各村では食料の調達に大わらわとなっていた。
それはサルヴァトーレ・ロッソの元乗員達が移住したバチャーレ村でも同じことだ。
村長会議までに自慢の特産品を用意して、頑張って売り込まねばならない。
そんなある日、村の代表であるサイモン・小川(kz0211)の元を、マリナ・リヴェール(kz0272)が訪れた。
「ごめん。忙しいところ。ちょっと時間取ってもらってもいい?」
「改まってどうしたんだ?」
サイモンは帳簿を脇に避け、簡素な応接セットにマリナを座らせる。
実験農場で栽培したお茶を前に、マリナはこの村を離れてリアルブルーへ戻るつもりだ、と告げた。
「そうか……まあそうなるような気はしていたよ」
サイモンは頭を掻きながら、少し困ったような笑みを浮かべた。
「僕の鈍い勘でも偶には当たることもあるんだな」
「……ごめん。あ、でも今すぐってわけじゃないんだけど」
実現するまでには、まだまだ多くの課題が残されている。
帰還に向けてマリナにできることは多くはなく、その日まではこの村の住民であることは変わらない。
ただいつその日が来てもいいように、準備を整えておきたいという。
「一番大事なのは、マニュス・ウィリディス様のことだと思って」
地精霊マニュス・ウィリディスは、近くの山にある廃鉱山の入口に祀られており、今はバチャーレ村の守り神のような存在だ。
基本的に人間のことを好きでいてくれる精霊だが、偶に人間をびっくりさせることをしでかすことがある。
マリナはかつて命を救ってもらったことが縁で、精霊の感情とでもよぶべきものを感じられるようになっていた。
そのため精霊を祀る行事の進行役を担っているのだが、この役割だけはきちんと引継ぎしておきたいという。
「それで? 適任者はいるのかい?」
そこでサイモンがハッと表情を改める。
「僕は無理だからな!? この村にはずっといるつもりだけど!」
「流石にサイモンには任せられないわよ」
自分でもいう通り勘が鈍いというのはさておき、村の代表としての仕事、そして村の農作物の管理と研究だけで手いっぱいなのは間違いない。
マリナが村に住む少女の名前をあげると、サイモンは始めこそ驚いたがすぐに考え込む。
「そうだな……適任かもしれないな。本人が納得してくれれば、だけど」
●
そのすぐ後、オフィスにバチャーレ村からの依頼が出された。
山中にある精霊の祠で祭祀を行うため、護衛を頼みたいという内容だ。
依頼を受けて集まったハンター達は、今年もまた郷祭が開催される平和が訪れたことを、しみじみとかみしめるのだった。
今年も、同盟領の農耕推進地域ジェオルジでは、年に2回の『郷祭』の準備が進められていた。
とはいえ、対邪神戦の影響もあって例年より開催は少し早めになっており、ジェオルジの各村では食料の調達に大わらわとなっていた。
それはサルヴァトーレ・ロッソの元乗員達が移住したバチャーレ村でも同じことだ。
村長会議までに自慢の特産品を用意して、頑張って売り込まねばならない。
そんなある日、村の代表であるサイモン・小川(kz0211)の元を、マリナ・リヴェール(kz0272)が訪れた。
「ごめん。忙しいところ。ちょっと時間取ってもらってもいい?」
「改まってどうしたんだ?」
サイモンは帳簿を脇に避け、簡素な応接セットにマリナを座らせる。
実験農場で栽培したお茶を前に、マリナはこの村を離れてリアルブルーへ戻るつもりだ、と告げた。
「そうか……まあそうなるような気はしていたよ」
サイモンは頭を掻きながら、少し困ったような笑みを浮かべた。
「僕の鈍い勘でも偶には当たることもあるんだな」
「……ごめん。あ、でも今すぐってわけじゃないんだけど」
実現するまでには、まだまだ多くの課題が残されている。
帰還に向けてマリナにできることは多くはなく、その日まではこの村の住民であることは変わらない。
ただいつその日が来てもいいように、準備を整えておきたいという。
「一番大事なのは、マニュス・ウィリディス様のことだと思って」
地精霊マニュス・ウィリディスは、近くの山にある廃鉱山の入口に祀られており、今はバチャーレ村の守り神のような存在だ。
基本的に人間のことを好きでいてくれる精霊だが、偶に人間をびっくりさせることをしでかすことがある。
マリナはかつて命を救ってもらったことが縁で、精霊の感情とでもよぶべきものを感じられるようになっていた。
そのため精霊を祀る行事の進行役を担っているのだが、この役割だけはきちんと引継ぎしておきたいという。
「それで? 適任者はいるのかい?」
そこでサイモンがハッと表情を改める。
「僕は無理だからな!? この村にはずっといるつもりだけど!」
「流石にサイモンには任せられないわよ」
自分でもいう通り勘が鈍いというのはさておき、村の代表としての仕事、そして村の農作物の管理と研究だけで手いっぱいなのは間違いない。
マリナが村に住む少女の名前をあげると、サイモンは始めこそ驚いたがすぐに考え込む。
「そうだな……適任かもしれないな。本人が納得してくれれば、だけど」
●
そのすぐ後、オフィスにバチャーレ村からの依頼が出された。
山中にある精霊の祠で祭祀を行うため、護衛を頼みたいという内容だ。
依頼を受けて集まったハンター達は、今年もまた郷祭が開催される平和が訪れたことを、しみじみとかみしめるのだった。
リプレイ本文
●
村に到着すると、マリィア・バルデス(ka5848)は当然のように共同キッチンへ向かう。
「お参りにはごちそうがつきものでしょう?」
星野 ハナ(ka5852)は用意していたレシピを村人に手渡した。
以前好評だった、雪山に見立てた肉団子や、クロカンブッシュの作り方だ。
「こっちの方が美味しいって感じたらぁ、どんどん変えて行って下さいねぇ。これは最初に作った時の味ってだけなのでぇ」
この村で手に入る材料で工夫すれば、また新しい料理ができるだろう。
ハナはいつか、変化を遂げた料理を目にする日を思う。
「あ、やっぱりここにいた」
マリナが顔を出した。その後ろからサイモンも現れる。
「いつもすみません。ずいぶん早く来ていただいたようで」
「気にしないで。結構こういうの好きだから」
マリィアは少し表情を改め、ふたりに自分の結婚を報告する。
「それはおめでとうございます。お相手はリアルブルーの軍人でしたっけ?」
サイモンが懐かしそうに目を細めた。彼の中にも、その星の名は生きているのだ。
「ええ。子供達の未来を拓きたいっていうのが彼の口癖だから、その手伝いをしたくなったのよ」
いつか、リアルブルーの彼の部隊に参加することに決めたという。
「彼は元々私より30歳近く年上で、強化人間だったもの。時間を有効に使わなきゃ勿体ないじゃない」
マリナもサイモンも、マリィアの選択が軽いものではないと思う。
それでも未来を語る表情は強く、眩しかった。
「サイモンもマリナも、ぼぉっとしてるとあっという間におじいちゃんとおばあちゃんになっちゃうわよ?」
おかしそうに笑い、ウィンクするマリィアに、サイモンが苦笑いを返した。
「僕はともかく、マリナに言ってやってください」
「ちょっと、早く行かなきゃ。みんな待ってるわよ!」
マリナが大慌てで、サイモンを引っ張る。
天央 観智(ka0896)がゆっくりと歩み寄ってくる。
「マリナさんに、お願いしたいこと……が、あるのですが……」
「なあに?」
「初代『精霊を祀る役』として……次代以降に引き継いでいく事……というか、伝えていかないといけない様な事の、覚え書きを……記しておいて頂きたいのですが……」
「わかったわ。一応日誌のようなものは、都度書いてあるの。何をお供えしたとか、どんなことがあったとかね。清書しておかなくちゃね」
観智は頷いた。
「それと……これは、個人的なお願い……ええ、今回のこととは無関係……ですけれど」
観智は、サルヴァトーレ・ロッソが転移してくるより少し先に、この世界に飛ばされてきた。
「僕も、いずれ……リアルブルーに帰る積もりですので……後で戻ったら、伺ってもよろしいでしょうか……先人として……」
行方不明ならまだしも、死亡扱いになっている可能性すらある。
そのときに所属がはっきりしているマリナから口添えを頼みたい、というのだった。
「そっか……それは大変よね。いいわ、何らかの方法で連絡できるようにしておくわね」
いつか戻る日が来たら。
少しの名残惜しさと、故郷への強い憧れは、この世界にやって来た者同士に通じる想いだった。
●
大事な話がある。
母親からそう伝えられたビアンカは、姉のレベッカにべったりとくっついたまま、テーブルに着いた一同をおそるおそる見回す。
サイモンが穏やかな声で、椅子に掛けるよう促した。
「怖いお話じゃないよ、ビアンカ。ほら、このお姉さんやお兄さん達のことは、よく知ってるだろう?」
「うん……」
マリナが暖かい飲み物を入れたカップを、テーブルに着いた全員に配ると、ビアンカの正面の椅子に座る。
「ビアンカ、マニュス様のことは好き?」
マリナの問いに、こくりと頷く。
「そう。よかった」
マリナが一呼吸置くのを待って、天王寺茜(ka4080)が身を乗り出す。
「ビアンカ、貴方にマニュス様の『友達』になってもらいたいの。マリナさんの代わりにね」
ビアンカがびっくりしたように目を見開き、マリナを、それからレベッカを見る。レベッカも目を丸くしていた。
「マリナ姉ちゃん、マニュス様とケンカしたの?」
レベッカは単刀直入に突いてくる。マリナは笑って首を振った。
「違うの。私ね、リアルブルーに帰ることにしたんだ」
「えっ」
周囲の人々を見回す姉妹は、それが既に「決まったこと」だと悟る。
「どうして? 村がきらいになっちゃったの?」
ビアンカの問いに、マリナの表情が曇る。
「ううん、この村は大好きよ。でも私がビアンカやレベッカぐらいの頃にいた世界だから、やっぱりそっちも大好きなの」
マリナは分かりやすい言葉で、自分のことを語る。
そして一番の気がかりは精霊のことで、これは誰かにお願いしなければならないのだと言った。
鞍馬 真(ka5819)が頷き、ビアンカと目線を合わせる。小さな女の子が怖がらないように、なるべく重くならないように笑顔を浮かべて。
「マニュス様は、この村だけじゃなく、周りの村も見守ってくれるすごい精霊様だよね」
姉妹が揃って頷く。この村で起こった数々の騒動を当事者として経験してきたのだから。
「大切な役目だけど、難しいことをする訳じゃない。いつもありがとうって思いを伝える役だよ」
おそらく、ビアンカは役割を理解している。
理解しているからこそ、『責任』を感じてしまう。
茜はビアンカが戸惑っていると感じた。
それは当然だが、ビアンカにはマリナとはまた違った、精霊との良い関係があるとも思うのだ。
「お兄さんの言う通り。難しいことじゃないわ。貴方がこれから過ごす毎日のできごと、楽しかったことを伝えて欲しいの。お友達に話してあげるみたいにね」
「ビアンカ。君は僕よりもっと、マニュス様のことをよく知ってると思うんだ」
サイモンの言葉に、ビアンカは小首をかしげた。
「でもね、嫌なら嫌って言ってもいいんだ。暫く考えてみてくれないかな。まずはお参りを済ませよう」
そのタイミングを待っていたかのように、ハナが部屋に飛び込んでくる。
「お弁当ができましたよぅ。そろそろ出発しませんかぁ」
ハナはなるべく明るく声をあげた。
美味しいものを食べて、気分がほぐれたほうが話しやすいこともあるだろう。
「ビアンカちゃんは、自分が思ってること素直に言えば良いんですぅ」
どうせ精霊に嘘はつけない。怖いと思っているにせよ、正直に伝えたほうがいいはずだ。
●
山道を歩くビアンカは、真剣な面持ちだった。
トリプルJ(ka6653)が声をかける。
「ふたりとも今までに何度も通った道だろうけどな。大変になったらすぐ言えよ? レベッカもな?」
親指で示したのは、ビアンカが座ることのできる背負子だ。事前に強度も確認してある。
「うん。だいじょうぶ」
「いい返事だ」
それから少し前を行くマリナに追いつき、声をかけた。
「大丈夫だ、マリナが転びそうになってもちゃんと手が届く位置にいるさ」
「転ばないわよ!」
マリナが前を睨んだままで即答した。
先頭を行く真が振り向き、小さく笑う。
「もう少しで祠だよ。マリナだけじゃなく、みんな転ばないようにね」
「ゆっくりで大丈夫ですよぅ。マニュス様は私達を急かしませんからぁ。元気で会いに来るのを一番喜んで下さいますよぅ」
箒に乗ったハナが、そう言って山肌を飛んでいく。
結局、全員がそれほど苦労なく祠までたどり着いた。
「マニュスさん、どうも」
観智は軽く頭を下げると、早速辺りの草を刈り始めた。
真は周囲に雑魔の気配がないかを見て回り、ついでに枯れ枝や蔓草を片付ける。
「……サニディン君に会った時も思ったけど、こうやって精霊のために何かをする、というのは結構好きかもしれないなあ」
かつて山の向こうに会いに行った、小さな精霊のことを思う。
今、世界中の精霊たちが、傷ついた惑星を癒そうとしているという。
「だからきちんとお礼を言って、そして強くなってもらわないとね」
祠を一生懸命磨くビアンカとレベッカに声をかける。
姉のレベッカが、手を止めないまま言った。
「精霊さまは、ちゃんとお祈りしないと眠っちゃうんだよね」
「うん。そうだよ」
「お祈りなら、ビアンカだけじゃなくて、あたしも手伝えるよ」
「うん。そうだね」
その言葉は妹に向けたものだろう。真は頼もしい気持ちで、姉妹を見守った。
●
綺麗になった祠に、マリナが進み出る。
「マニュス・ウィリディス様。大変なことがあった中で、今年も山野の実りをありがとうございます。お礼に伺いました」
やがて祠の上に、金色に輝く小さな人型の光が浮かび上がる。
「皆、律儀なことよの。騒ぐは程々にな」
挨拶に来なければ文句を言うが、煩くするなとも文句を言う。
それも慣れっこになった。マリナは鼻の奥がつんとするのを感じる。
「……実は今日は、ご報告があります」
マリナは自分がこの地を離れること、祭は村で引き継いでいくことを告げた。
だが次の役目については触れなかった。
精霊を形作る光が、僅かに瞬いたように見えた。
それを見て、観智が進み出る。
「マニュスさん、急なこと、ですが……」
観智は精霊と人の時間の長さの違いについて語る。
「いずれ、お祀りを行う人は……代わらないといけなかった、とも言えます」
他国のように、特別な力を持った者、特殊な種族ならばずっと一緒に居られることもある。
だがこの村の人々はただの人間だ。
「まぁ……それでも、ちょっと早過ぎた……とは、言えるかも知れませんけれど……」
「知っておる」
精霊が短く答えた。
「我がひと眠りする間に、ヒトは消えるものじゃ」
精霊に感情があるならば、それは「寂寥」だったかもしれない。
一瞬の沈黙を破ったのはビアンカだった。
「あのっ、マニュスさま! あたしがおまいりします!」
片手で自分のスカートの裾を、残る片手で姉の袖をしっかり握りしめながら。
「マリナ姉ちゃんの分まで、がんばりますから!」
「あたしも手伝います。だから村のことを嫌いにならないでください!」
レベッカも一生懸命だ。
「……ヒトはすぐに消えるもの」
精霊は同じ言葉を繰り返した。
「じゃが、新たに訪れる者は、昔に居った者に似ておる」
人型の光がゆらりと揺らめくと、マリナを向く。
「……いずれ、汝に似た者がまたここへ来る日はあろうかの」
「はい。いつか、きっと」
マリナは泣いていた。
「ならばいずれまた逢おうぞ。……それまでは汝らがしっかり勤めよ」
レベッカとビアンカに優しく声をかけると、精霊の姿は薄れ、消えて行った。
●
ハナは持参した料理を、敷物の上に賑やかに並べた。
「一時はどうなることかと思いましたけどぉ。やっぱりこうしてみんなで楽しめるのが一番ですぅ」
ごちそうを取り分けると、やっと落ち着いたらしい姉妹は揃ってぱくついた。
「あっ聞くのを忘れましたぁ。マニュス様ぁ、恋愛お守りってありませんかぁ」
にじり寄るハナに、観智が真面目な表情を崩さずに諭す。
「マニュス様は、精霊ですから……そもそも恋愛感情、を理解されないかと……」
「ハナ姉ちゃんってこんなにお料理上手なのに、カレシいないんだ」
レベッカが大人びた口調でぼそりと呟いた。ハナがショックを受けつつも、とっておきの一皿を祠の前に据える。
「誰でもいいってわけじゃないだけですぅ。だからマニュス様にご縁をお願いするんですぅ」
切実なお願いは、果たして精霊に通じるのか。
トリプルJはビアンカを呼び出すと、背負子に座らせた。
「どうだ? きちんと座れてるか?」
「本当に大丈夫なの?」
「戦闘は無理だが、少し飛ぶぐらいは大丈夫だ」
こわごわ抱き着くマリナも共に、中空に浮かび上がる。
地面も木々の枝も離れてゆき、賑やかに料理を囲む人たちも遠くなる。
「これがマニュス様の居る場所だ……マリナからビアンカへ、想いが繋がる大地だ」
ビアンカに、この世界の姿を知っておいてほしかったのだ。
「……すごく広いね」
ビアンカは怖がることなく、眼下の景色を見つめていた。
ビアンカを皆の所に戻し、トリプルJはマリナだけを呼び止めた。
「あの時、精霊に願ったんだ。俺はマリナと一緒にリアルブルーへ帰りたいって」
マリナは黙って聞いていた。
「マリナ……頑張ってきたお前を支えたい。俺と結婚してくれないか」
「え……あれは冗談じゃ……」
「お前が帰るつもりなら、どんな手伝いだってする。それは結婚しようがしまいが変わらん。ただ、俺はお前の一番傍に居たいと思った……駄目か?」
しばしの沈黙の後、マリナは微笑む。そして差し伸べた両腕で、トリプルJの首をかき抱いた。
「じゃあこれから、ジョニーって呼んでいい?」
「好きにしたらいいさ」
呼び名なんて好きにすればいい。これからは共に生きる未来のことを、たくさん語り合うのだから。
マリィアがサイモンの背中を叩いた。
「ねえ、本当にひとりよ。ちょっとは焦ったら?」
盛大に咳き込んだサイモンに、茜が飲み物を手渡した。
「サイモンさん。私も……リアルブルーに戻ることにしました」
「それは……」
サイモンが目を見張る。
「……って言ったら少しは残念がってくれます? すみません、実は」
茜は笑いながら、自分の夢を語る。
いつかリゼリオで、LH044にあった実家の大衆食堂を再建したい。
そのために趣味ではない、仕事にできるだけの料理の技能と、開業に必要な知識をリアルブルーで学びなおしてくる、と。
「リゼリオをリアルブルー風に拡張する計画があるらしいんです。そうなったら、お店や施設の誘致がすっごく増えると思うから……」
茜が言葉を切ると、サイモンは穏やかに微笑んだ。
「素敵な夢ですね。きっと叶いますよ」
「お店をオープンできたら、バチャーレ村の特産品も扱いますよ」
「嬉しいな。リゼリオに行く楽しみも増える」
茜は手を差し出した。
「だから……その時まで少し、お別れです。ありがとうございました!」
この世界で生きていく決断をした先輩に、感謝を込めて。
「こちらこそ、色々とありがとうございました。その、なんて言っていいのか、わからないぐらい……本当に」
農作業で固くなった大きな手が、茜の手をそっと握った。
真は姉妹の隣に座り、決断をねぎらう。
「ビアンカちゃん、レベッカちゃん、頑張るって言ってくれてありがとうね」
「だってマリナ姉ちゃんが、おうちに帰れないもん」
怖がりの少女は、誰かの力になることを決意したのだ。
こうして世界は少しずつ変わっていく。
不安も寂しさも抱えながら、それでも良い未来が続くと信じて人は進む。
(精霊も、かな)
だが新しい世話役と作る歴史もまた、素晴らしいものになるはずだ。
そしていつか、ここに集う人々によく似た誰かが、精霊に対面する。
その日まで、精霊との約束を語り継ごう。
この大地を愛し、守り抜いた仲間達の物語と共に――。
<了>
村に到着すると、マリィア・バルデス(ka5848)は当然のように共同キッチンへ向かう。
「お参りにはごちそうがつきものでしょう?」
星野 ハナ(ka5852)は用意していたレシピを村人に手渡した。
以前好評だった、雪山に見立てた肉団子や、クロカンブッシュの作り方だ。
「こっちの方が美味しいって感じたらぁ、どんどん変えて行って下さいねぇ。これは最初に作った時の味ってだけなのでぇ」
この村で手に入る材料で工夫すれば、また新しい料理ができるだろう。
ハナはいつか、変化を遂げた料理を目にする日を思う。
「あ、やっぱりここにいた」
マリナが顔を出した。その後ろからサイモンも現れる。
「いつもすみません。ずいぶん早く来ていただいたようで」
「気にしないで。結構こういうの好きだから」
マリィアは少し表情を改め、ふたりに自分の結婚を報告する。
「それはおめでとうございます。お相手はリアルブルーの軍人でしたっけ?」
サイモンが懐かしそうに目を細めた。彼の中にも、その星の名は生きているのだ。
「ええ。子供達の未来を拓きたいっていうのが彼の口癖だから、その手伝いをしたくなったのよ」
いつか、リアルブルーの彼の部隊に参加することに決めたという。
「彼は元々私より30歳近く年上で、強化人間だったもの。時間を有効に使わなきゃ勿体ないじゃない」
マリナもサイモンも、マリィアの選択が軽いものではないと思う。
それでも未来を語る表情は強く、眩しかった。
「サイモンもマリナも、ぼぉっとしてるとあっという間におじいちゃんとおばあちゃんになっちゃうわよ?」
おかしそうに笑い、ウィンクするマリィアに、サイモンが苦笑いを返した。
「僕はともかく、マリナに言ってやってください」
「ちょっと、早く行かなきゃ。みんな待ってるわよ!」
マリナが大慌てで、サイモンを引っ張る。
天央 観智(ka0896)がゆっくりと歩み寄ってくる。
「マリナさんに、お願いしたいこと……が、あるのですが……」
「なあに?」
「初代『精霊を祀る役』として……次代以降に引き継いでいく事……というか、伝えていかないといけない様な事の、覚え書きを……記しておいて頂きたいのですが……」
「わかったわ。一応日誌のようなものは、都度書いてあるの。何をお供えしたとか、どんなことがあったとかね。清書しておかなくちゃね」
観智は頷いた。
「それと……これは、個人的なお願い……ええ、今回のこととは無関係……ですけれど」
観智は、サルヴァトーレ・ロッソが転移してくるより少し先に、この世界に飛ばされてきた。
「僕も、いずれ……リアルブルーに帰る積もりですので……後で戻ったら、伺ってもよろしいでしょうか……先人として……」
行方不明ならまだしも、死亡扱いになっている可能性すらある。
そのときに所属がはっきりしているマリナから口添えを頼みたい、というのだった。
「そっか……それは大変よね。いいわ、何らかの方法で連絡できるようにしておくわね」
いつか戻る日が来たら。
少しの名残惜しさと、故郷への強い憧れは、この世界にやって来た者同士に通じる想いだった。
●
大事な話がある。
母親からそう伝えられたビアンカは、姉のレベッカにべったりとくっついたまま、テーブルに着いた一同をおそるおそる見回す。
サイモンが穏やかな声で、椅子に掛けるよう促した。
「怖いお話じゃないよ、ビアンカ。ほら、このお姉さんやお兄さん達のことは、よく知ってるだろう?」
「うん……」
マリナが暖かい飲み物を入れたカップを、テーブルに着いた全員に配ると、ビアンカの正面の椅子に座る。
「ビアンカ、マニュス様のことは好き?」
マリナの問いに、こくりと頷く。
「そう。よかった」
マリナが一呼吸置くのを待って、天王寺茜(ka4080)が身を乗り出す。
「ビアンカ、貴方にマニュス様の『友達』になってもらいたいの。マリナさんの代わりにね」
ビアンカがびっくりしたように目を見開き、マリナを、それからレベッカを見る。レベッカも目を丸くしていた。
「マリナ姉ちゃん、マニュス様とケンカしたの?」
レベッカは単刀直入に突いてくる。マリナは笑って首を振った。
「違うの。私ね、リアルブルーに帰ることにしたんだ」
「えっ」
周囲の人々を見回す姉妹は、それが既に「決まったこと」だと悟る。
「どうして? 村がきらいになっちゃったの?」
ビアンカの問いに、マリナの表情が曇る。
「ううん、この村は大好きよ。でも私がビアンカやレベッカぐらいの頃にいた世界だから、やっぱりそっちも大好きなの」
マリナは分かりやすい言葉で、自分のことを語る。
そして一番の気がかりは精霊のことで、これは誰かにお願いしなければならないのだと言った。
鞍馬 真(ka5819)が頷き、ビアンカと目線を合わせる。小さな女の子が怖がらないように、なるべく重くならないように笑顔を浮かべて。
「マニュス様は、この村だけじゃなく、周りの村も見守ってくれるすごい精霊様だよね」
姉妹が揃って頷く。この村で起こった数々の騒動を当事者として経験してきたのだから。
「大切な役目だけど、難しいことをする訳じゃない。いつもありがとうって思いを伝える役だよ」
おそらく、ビアンカは役割を理解している。
理解しているからこそ、『責任』を感じてしまう。
茜はビアンカが戸惑っていると感じた。
それは当然だが、ビアンカにはマリナとはまた違った、精霊との良い関係があるとも思うのだ。
「お兄さんの言う通り。難しいことじゃないわ。貴方がこれから過ごす毎日のできごと、楽しかったことを伝えて欲しいの。お友達に話してあげるみたいにね」
「ビアンカ。君は僕よりもっと、マニュス様のことをよく知ってると思うんだ」
サイモンの言葉に、ビアンカは小首をかしげた。
「でもね、嫌なら嫌って言ってもいいんだ。暫く考えてみてくれないかな。まずはお参りを済ませよう」
そのタイミングを待っていたかのように、ハナが部屋に飛び込んでくる。
「お弁当ができましたよぅ。そろそろ出発しませんかぁ」
ハナはなるべく明るく声をあげた。
美味しいものを食べて、気分がほぐれたほうが話しやすいこともあるだろう。
「ビアンカちゃんは、自分が思ってること素直に言えば良いんですぅ」
どうせ精霊に嘘はつけない。怖いと思っているにせよ、正直に伝えたほうがいいはずだ。
●
山道を歩くビアンカは、真剣な面持ちだった。
トリプルJ(ka6653)が声をかける。
「ふたりとも今までに何度も通った道だろうけどな。大変になったらすぐ言えよ? レベッカもな?」
親指で示したのは、ビアンカが座ることのできる背負子だ。事前に強度も確認してある。
「うん。だいじょうぶ」
「いい返事だ」
それから少し前を行くマリナに追いつき、声をかけた。
「大丈夫だ、マリナが転びそうになってもちゃんと手が届く位置にいるさ」
「転ばないわよ!」
マリナが前を睨んだままで即答した。
先頭を行く真が振り向き、小さく笑う。
「もう少しで祠だよ。マリナだけじゃなく、みんな転ばないようにね」
「ゆっくりで大丈夫ですよぅ。マニュス様は私達を急かしませんからぁ。元気で会いに来るのを一番喜んで下さいますよぅ」
箒に乗ったハナが、そう言って山肌を飛んでいく。
結局、全員がそれほど苦労なく祠までたどり着いた。
「マニュスさん、どうも」
観智は軽く頭を下げると、早速辺りの草を刈り始めた。
真は周囲に雑魔の気配がないかを見て回り、ついでに枯れ枝や蔓草を片付ける。
「……サニディン君に会った時も思ったけど、こうやって精霊のために何かをする、というのは結構好きかもしれないなあ」
かつて山の向こうに会いに行った、小さな精霊のことを思う。
今、世界中の精霊たちが、傷ついた惑星を癒そうとしているという。
「だからきちんとお礼を言って、そして強くなってもらわないとね」
祠を一生懸命磨くビアンカとレベッカに声をかける。
姉のレベッカが、手を止めないまま言った。
「精霊さまは、ちゃんとお祈りしないと眠っちゃうんだよね」
「うん。そうだよ」
「お祈りなら、ビアンカだけじゃなくて、あたしも手伝えるよ」
「うん。そうだね」
その言葉は妹に向けたものだろう。真は頼もしい気持ちで、姉妹を見守った。
●
綺麗になった祠に、マリナが進み出る。
「マニュス・ウィリディス様。大変なことがあった中で、今年も山野の実りをありがとうございます。お礼に伺いました」
やがて祠の上に、金色に輝く小さな人型の光が浮かび上がる。
「皆、律儀なことよの。騒ぐは程々にな」
挨拶に来なければ文句を言うが、煩くするなとも文句を言う。
それも慣れっこになった。マリナは鼻の奥がつんとするのを感じる。
「……実は今日は、ご報告があります」
マリナは自分がこの地を離れること、祭は村で引き継いでいくことを告げた。
だが次の役目については触れなかった。
精霊を形作る光が、僅かに瞬いたように見えた。
それを見て、観智が進み出る。
「マニュスさん、急なこと、ですが……」
観智は精霊と人の時間の長さの違いについて語る。
「いずれ、お祀りを行う人は……代わらないといけなかった、とも言えます」
他国のように、特別な力を持った者、特殊な種族ならばずっと一緒に居られることもある。
だがこの村の人々はただの人間だ。
「まぁ……それでも、ちょっと早過ぎた……とは、言えるかも知れませんけれど……」
「知っておる」
精霊が短く答えた。
「我がひと眠りする間に、ヒトは消えるものじゃ」
精霊に感情があるならば、それは「寂寥」だったかもしれない。
一瞬の沈黙を破ったのはビアンカだった。
「あのっ、マニュスさま! あたしがおまいりします!」
片手で自分のスカートの裾を、残る片手で姉の袖をしっかり握りしめながら。
「マリナ姉ちゃんの分まで、がんばりますから!」
「あたしも手伝います。だから村のことを嫌いにならないでください!」
レベッカも一生懸命だ。
「……ヒトはすぐに消えるもの」
精霊は同じ言葉を繰り返した。
「じゃが、新たに訪れる者は、昔に居った者に似ておる」
人型の光がゆらりと揺らめくと、マリナを向く。
「……いずれ、汝に似た者がまたここへ来る日はあろうかの」
「はい。いつか、きっと」
マリナは泣いていた。
「ならばいずれまた逢おうぞ。……それまでは汝らがしっかり勤めよ」
レベッカとビアンカに優しく声をかけると、精霊の姿は薄れ、消えて行った。
●
ハナは持参した料理を、敷物の上に賑やかに並べた。
「一時はどうなることかと思いましたけどぉ。やっぱりこうしてみんなで楽しめるのが一番ですぅ」
ごちそうを取り分けると、やっと落ち着いたらしい姉妹は揃ってぱくついた。
「あっ聞くのを忘れましたぁ。マニュス様ぁ、恋愛お守りってありませんかぁ」
にじり寄るハナに、観智が真面目な表情を崩さずに諭す。
「マニュス様は、精霊ですから……そもそも恋愛感情、を理解されないかと……」
「ハナ姉ちゃんってこんなにお料理上手なのに、カレシいないんだ」
レベッカが大人びた口調でぼそりと呟いた。ハナがショックを受けつつも、とっておきの一皿を祠の前に据える。
「誰でもいいってわけじゃないだけですぅ。だからマニュス様にご縁をお願いするんですぅ」
切実なお願いは、果たして精霊に通じるのか。
トリプルJはビアンカを呼び出すと、背負子に座らせた。
「どうだ? きちんと座れてるか?」
「本当に大丈夫なの?」
「戦闘は無理だが、少し飛ぶぐらいは大丈夫だ」
こわごわ抱き着くマリナも共に、中空に浮かび上がる。
地面も木々の枝も離れてゆき、賑やかに料理を囲む人たちも遠くなる。
「これがマニュス様の居る場所だ……マリナからビアンカへ、想いが繋がる大地だ」
ビアンカに、この世界の姿を知っておいてほしかったのだ。
「……すごく広いね」
ビアンカは怖がることなく、眼下の景色を見つめていた。
ビアンカを皆の所に戻し、トリプルJはマリナだけを呼び止めた。
「あの時、精霊に願ったんだ。俺はマリナと一緒にリアルブルーへ帰りたいって」
マリナは黙って聞いていた。
「マリナ……頑張ってきたお前を支えたい。俺と結婚してくれないか」
「え……あれは冗談じゃ……」
「お前が帰るつもりなら、どんな手伝いだってする。それは結婚しようがしまいが変わらん。ただ、俺はお前の一番傍に居たいと思った……駄目か?」
しばしの沈黙の後、マリナは微笑む。そして差し伸べた両腕で、トリプルJの首をかき抱いた。
「じゃあこれから、ジョニーって呼んでいい?」
「好きにしたらいいさ」
呼び名なんて好きにすればいい。これからは共に生きる未来のことを、たくさん語り合うのだから。
マリィアがサイモンの背中を叩いた。
「ねえ、本当にひとりよ。ちょっとは焦ったら?」
盛大に咳き込んだサイモンに、茜が飲み物を手渡した。
「サイモンさん。私も……リアルブルーに戻ることにしました」
「それは……」
サイモンが目を見張る。
「……って言ったら少しは残念がってくれます? すみません、実は」
茜は笑いながら、自分の夢を語る。
いつかリゼリオで、LH044にあった実家の大衆食堂を再建したい。
そのために趣味ではない、仕事にできるだけの料理の技能と、開業に必要な知識をリアルブルーで学びなおしてくる、と。
「リゼリオをリアルブルー風に拡張する計画があるらしいんです。そうなったら、お店や施設の誘致がすっごく増えると思うから……」
茜が言葉を切ると、サイモンは穏やかに微笑んだ。
「素敵な夢ですね。きっと叶いますよ」
「お店をオープンできたら、バチャーレ村の特産品も扱いますよ」
「嬉しいな。リゼリオに行く楽しみも増える」
茜は手を差し出した。
「だから……その時まで少し、お別れです。ありがとうございました!」
この世界で生きていく決断をした先輩に、感謝を込めて。
「こちらこそ、色々とありがとうございました。その、なんて言っていいのか、わからないぐらい……本当に」
農作業で固くなった大きな手が、茜の手をそっと握った。
真は姉妹の隣に座り、決断をねぎらう。
「ビアンカちゃん、レベッカちゃん、頑張るって言ってくれてありがとうね」
「だってマリナ姉ちゃんが、おうちに帰れないもん」
怖がりの少女は、誰かの力になることを決意したのだ。
こうして世界は少しずつ変わっていく。
不安も寂しさも抱えながら、それでも良い未来が続くと信じて人は進む。
(精霊も、かな)
だが新しい世話役と作る歴史もまた、素晴らしいものになるはずだ。
そしていつか、ここに集う人々によく似た誰かが、精霊に対面する。
その日まで、精霊との約束を語り継ごう。
この大地を愛し、守り抜いた仲間達の物語と共に――。
<了>
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相談(雑談)卓 天王寺茜(ka4080) 人間(リアルブルー)|18才|女性|機導師(アルケミスト) |
最終発言 2019/10/15 19:37:26 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/10/13 11:45:20 |