【未来】東方大決戦 ~かつての友は宿敵~

マスター:赤山優牙

シナリオ形態
イベント
難易度
普通
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/10/30 07:30
完成日
2019/11/11 10:30

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

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オープニング

※この【未来】シナリオは無数にある未来の形の一つ、連動ページに記された【未来】とは違う時間軸となっています。シナリオ結果によっては、キャラクターの死亡・重体など描写される可能性が極めて高いですが、反映はされません。
また、判定はダイスによるものが基本となりますので、このシナリオの勝敗はたまたまの一つの結果に過ぎない事をご理解の上、ご参加をご検討下さい。依頼に参加した時点で上記の旨、了承されたとみなします。

◆大決戦までの経過
 王国歴1025年の春、東方に大きな事件が発生した。
 スメラギの急死である。歴代スメラギは短命という事実はあったが、これは強力な結界を維持する為に生命を削っていたからだ。
 結界が無くなり、黒龍もいない為、そうした心配は無かったはずだった。
 人々の悲しみは大きかった。東方大復興が完遂しようとしたその直前に亡くなるとは……。

 ところが、国葬が終わって間もなく、ある噂が東方に駆け巡る。
 それは、スメラギが暗殺されたのではないかという陰謀論だった。
 東方の統治機能は朝廷から幕府にほぼ委任され、上位武家を含む旧来武家による共同統治が始まっていた。
 スメラギが急死する前に定められた華族制度も無期限延期が決定。これに公家は反発するも、幕府の方が力が強く押し切られてしまう。

 公家と武家の序列を統一し、西方諸国のような華族制度にする。将来的には特権はなく名誉華族となる……という事を嫌った古参武家がスメラギを暗殺したのだ――と噂が広がった。
 幕府は噂を否定したが、スメラギの幼い遺児である暁丸を天ノ都にある立花院家に閉じ込めているという事実に、庶民は陰謀論が正しいのではないかと思ったのだ。
 そして、王国歴1025年の秋、幕府の息が掛かった公家から、新しい帝が擁立されるが、幕府の言いなりなのは誰の目にも明らかだった。
 更に新生幕府は統治が上手くいっていないハンター達や新興武家に対し、領地の返還を要求する。

 ところが、ここで再び大事件が起こった。立花院家の屋敷に幽閉されていた暁丸が、公家と関わりが強かった大轟寺家の忍びの手により母親と共に抜け出したのだ。
 そして、公家の中でも強い影響力を持つ足柄家を頼ると、恵土城に入城し、スメラギの正当な後継であると新生幕府と現帝に対し、南朝の成立を宣言する。
 この状況に多くの武家は悩むが、暁丸の母親が、かつてハンターだったのではないかと疑惑が起こると、東方以外からの内政干渉やハンターによる国の乗っ取りではないかと強く反発。
 公家と武家の勢力争いは当初は平和的に対話で行われていたが、やがて、武力行使へと至った。

 旧来武家の共同統治による新生幕府と現帝が率いる北朝。
 暁丸を帝とし、公家と新興領主連盟を主とする南朝。東方は南北に朝廷が分かれる事態となった。
 当初は北朝に押され、風前の灯火だった南朝だったが“龍の背骨”を越えた南の地にて興った新しい国より、立花という男が船団を率いてやってきた。
 立花は、MIA(作戦行動中行方不明)となっていた『八代目征夷大将軍』立花院 紫草(kz0126)を自称。
 東方の正当なる後継ぎは暁丸である事を支持し、南朝側に付くと、勢力争いは佳境に入り、自然とお互いの兵力が恵土城付近へと集合した。
 そして、天下分け目の大決戦が起ころうとしていた――。


◆北朝軍
 朱夏(kz0116)が総大将として率いる北朝軍は、南朝軍の兵力数を大幅に上回っていた。
 ゆえに、立花という男が東方の地に訪れても、その戦力比は変わりはしない。
「戦いは数だという事を知らない訳はないはずです」
「そこまで警戒する必要はありますかね?」
 上位武家の侍が余裕な態度を見せながら聞いてきた。
「あの男が、本当に紫草殿であれば……私達は痛い目に合うかもしれない。気を引き締める事は悪くはないだろう」
「東方最強と呼ばれた男の再来。まぁ、誰も信じていませんがね。第一、紫草殿なら立花院家に戻るであろう」
「……紫草殿は死んだ。この世にはいない」
 僅かな間の後に朱夏は応えた。
 だが、内心ではどうすべきかと思案を続けていた。
 相手は東方最強。そう簡単には討ち取れないだろうし、損害も大きくなるだろう。
 だが、負ける要素はなかった。北朝の勝利に、立花の生死は無関係だからだ。
「私達の勝利は、暁丸を南朝の手から保護する事です」
「引き渡しも無視していますからな。だったら、力づくで奪うのみ」
 どんなに強くても、人間という枠から外れる事は出来ない。
 一人の人間が出来る事は限られているのだ。圧倒的な物量で攻め立て、一気に暁丸を保護すれば、それで北朝の勝利。
 残った公家は黙っていても勢力を落としていくだろう。問題はその後、今度は有力武家との政争が待っている。
 だが、それも問題ない。統廃合を繰り返し、東方は統一されればいいのだから。そうすれば、もう、無用な争いは起こらないだろう。当方武家は“統幕”され、平和な時代の礎となるのだ。
「よし、作戦を開始する。こちら側についたハンター達にも伝えて」
 大太刀を手にして朱夏は立ち上がった。

◆南朝軍
 公家、新興領主達を取り纏めて、南朝軍を率いるのは大轟寺蒼人だった。
 そこに立花らが合流した事により士気は旺盛だ。戦う前は崩壊寸前だったのが嘘のようだ。それだけ、大将軍の存在は大きいという事なのだろう。
「恵土城には最低限の守備だけで、野戦を選ぶとは思いませんでした」
 蒼人はこの度の作戦を立案した立花に頭を下げる。
 数に勝る北朝軍は、二手に分かれた。野戦で激突する部隊と城を直接攻める部隊にだ。
「北朝軍の意図は明らかに暁丸ですからね」
 危険を承知の上で暁丸は野戦陣地にお連れしている。
 最悪の場合の逃げ道も用意している為だ。城だと囲まれてしまえば脱出の機会がなくなってしまう。
「朱夏もまさか、暁丸が野戦場におられるとは思いもしないでしょう」
「承知の上かもしれませんよ。どの情報が真に正しいかなど、判断のしようがない。ならば、戦力を二手に分ける――という事です」
「それでも、まだ北朝軍の方が数的には有利です」
 非覚醒者を含めた総数は圧倒的に北朝軍が多い。
 しかし、覚醒者の数だけでいうならば、拮抗しているはずだ。
「幕府軍は一枚岩ではありません。朱夏を始めとする一部の司令塔を倒せば我々にも勝機はあります。それに“倒幕”には絶好の機会です」
 古参武家の勢力を削る事で東方の勢力図は大きく塗り替えられる。それは、国の在り方自体も変えられるチャンスなのだ。
 その時、伝令が駆け込んできた。北朝軍の先行部隊が突撃を開始した事を告げる。
「来ましたか……蒼人は暁丸を直接護衛して下さい」
「紫草殿は?」
 その問いかけに立花は微笑を浮かべると言葉の代わりに大太刀を鞘から抜いた。
 東方最強の力が、歪虚ではなく、人へと向けられる瞬間であった。

リプレイ本文

●南朝軍最前線
 北朝軍の先鋒が大地を揺らす勢いで迫る。
 騎兵隊が並び、一列に槍を並べている姿は壮観であった。
「……無限の彼方より至る、破滅を呼ぶ永遠の旅人よ。その姿を現し、我が敵に劫火の鉄槌を与えよ!」
 幾重にも出現した魔法陣の中央で、南朝軍に参加しているエルバッハ・リオン(ka2434)が、メテオスウォームを唱えた。
 練り上げたマテリアルが猛烈な炎球となって、流星さながら、北朝軍の先鋒に襲い掛かったのだ。
「血路は開きましたわ」
 幼さが残る端正な顔にかかった銀髪を耳に掛けながら、エルバッハは振り返る。
 淡々と言っているが、やってる事は容赦ない。彼女の驚異的な魔法攻撃により、先鋒隊はほぼ全滅したのだ。
「見事なものだ。では、俺は敵の狙撃ポイントを制圧してくる」
 ステイプラチナに乗った南護 炎(ka6651)は聖罰刃を敵陣へと向けた。
 敵は十中八九、立花院 紫草(kz0126)を狙ってくるだろう。それも遠距離からの狙撃も入り交えて。
 その程度で東方最強の大将軍が討たれるとは思わないが、戦場では何が起こるか分からない。
 だから、南護は狙撃に絶好な場所――ベストポイント――を制圧して回るのが自身に課した役目であった。
「援護が必要なら、通信機で呼んで下さい。巻き込まないように魔法を撃てますので」
「それは、助かる」
 そう言い残し、南護は僅かな手勢と共に駆け出した。
 合わせるように、紫草が兵と共に前線を押し上げる。
 エルバッハのおかげで一気に押し返した形となったからだ。
「さぁ、私達が最前線になりますが……よろしくお願いしますね」
「私がきっと支えるよ。だから、自分の思う事を成してね」
 大将軍に寄り添う天竜寺 詩(ka0396)。
 どのような事態になっても離れるつもりは無かった。故郷には、飛鳥と真紅と名を付けた子が待っているのだ。
(お父さんもお母さんもきっと生きて帰るからね……)
 遠く南東の方角を見つめながら、詩は心の中で呟く。
 今回の戦いは敵味方にハンターが分かれている。北朝軍にも相当な実力者がいるはずだ……紫草が無事でいられるかは、回復担当の腕にかかっているだろう。
「私は刀を振るうつもりなので、紫苑殿に最前線の部隊の補助をお願いします」
「大役、承りました。優位に戦闘が進められるようにいきます」
 仙堂 紫苑(ka5953)はマテリアルを集中しながら応えた。
 戦いながら全軍の指揮を執るのは難しいものだ。その点、機導師のスキルは小技が多い。紫草ならではの采配だろう。
「……とはいえ、少し不安だがな……」
 誰にも聞こえないように小さく呟いたつもりだったが、アルマ・A・エインズワース(ka4901)には聞こえていたようだった。
「シオン。君がいてくれるなら、大丈夫ですー」
「アルマの言葉を信じるよ。大きい戦だが、だからこそ、いつもどおりやろう」
 確りと互いに頷きあうアルマと紫苑。
 これまで大規模戦闘を経験していない訳ではない。相手が歪虚から人間になっただけだ。
 数多の戦場を共に駆けてきたからこその信頼関係だ。と言っても、やはり、人によっては心配する。それも、胃が痛くなるほどに。
「……いつかこうなるんじゃないかと思ってはいた。馬鹿だな、どいつもこいつも」
 真面目な顔でそう言ったのはメンカル(ka5338)だった。
 まるで影のように立つ姿は、これから正々堂々と正面から斬りかかる侍には見えない。
「お兄ちゃん……わぅぅ」
「まぁ、それが戦場というものだ。俺も多少暴れてくる」
 ポンポンと弟の肩を叩くと、兵士達の間に掻き消えるようにメンカルは走り出した。
 その背中姿を見つめるアルマ。もし、自分が戦場に立つという事を選択しなければ、兄も戦場には居なかっただろう。
 そして、戦場では万が一というものが存在する事を、アルマはよく知っている。
「シノさん……紫草さん。僕も行きます!」
 強い覚悟と共に、アルマは束ねている長く美しい髪を根元から掴むと、躊躇なく切り落とした。
 風に舞う黒髪がまるで、生き物のように揺れながら、散る。
「わふふ。やってる事、女の子みたいですね、僕」
「まぁ、アルマは元が女の子みたいに可愛いですからね」
「立花さん、戦場で女の子の話をすると縁起が悪いんだよ」
 微笑を浮かべた紫草の隣で、詩がマテリアルを高めながら告げる。
「そうなのですか。それは気をつけた方が良さそうですね」
 正妻の前で女の子の話をする事なのか、それとも、戦場での事なのか、どちらか分からないが、紫草は両肩を竦めた。
 ここが戦場の最前線とは思えないような、そんな仲間達のやり取りを鳳城 錬介(ka6053)は見守っていた。
 和風の全身甲冑は馬が足を進める度にガチャガチャと忙しく音を立てる。
(……まったく政というものは……まぁ、もうここまで来たら是非もなしというやつですね)
 彼の役目はここでも変わらない。いつもと違うのは敵が歪虚ではなく、人という事だ。
 錬介は拳をグッと握って気を引き締めた。どんな戦場でも彼が行う事は決まっている。
(やる事は変わりません。この手の届く限り、守りたいものを守るだけです)
 紫草とハンター達の後ろ姿を見つめながら、錬介は戦馬に合図を出して駆け出すのであった。

●北朝軍のハンター達
 怒号が響き渡り、土煙が立つ。
 セレス・フュラー(ka6276)は自転車のハンドルバーの感覚を確かめながら、前を進むアルト・ヴァレンティーニ(ka3109)の背を眺めていた。
(……この戦いには、守護者も参加してる。アルトくんも、そう。人同士の戦いで、何を守護するのかね……最後にしたいもんだ、まったく)
 呆れとも悲観とも取れるような事を心の中で呟いた。
 邪神に対して共に戦ってきたハンター達が、東方の地で敵味方に分かれている。
 ハンターズソサエティは戦にハンターが参加する事を止めなかった。
(何かの意図があったりして……)
 ある疑念が過った。邪神との戦いの後、ハンターは明らかに過剰戦力だ。危険視されていても不思議ではない。
 ハンター同士が互いに潰しあえば、手間も省けるというものだ。
(これは、脱出の手段をちゃんと用意しておこうかな)
 ふと気が付くと、リューリ・ハルマ(ka0502)が心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫?」
「ん……あぁ……ちょっと考え事してたよ」
「なら……いいけど。心配事があったら、遠慮せずに言ってね!」
 悩みを一人で抱えている乙女を見守るお姉さんみたいな笑顔を向けてくるリューリ。
 彼女が優しい女性であるのは、昔からの話だが。
「私は個人的には人同士の戦いに興味は無いけどね」
「ごめんね。巻き込ませてしまって」
 申し訳なさそうに親友に声を掛けるアルト。
 ハンター最強ともいえる実力を持っているアルトといえども、双方合わせて万を越える戦場で、一人で出来る事は限られている。
「いいのいいの。アルトちゃんとセレスさんが怪我したら嫌だし。だから、全力サポートするよ!」
「暁丸を出来るだけ早く保護する。それが、この戦を早く終わらせる為の事だと思うから」
「それじゃ、早速……てやぁ!」
 リューリはマテリアルを込めて、連れてきたイヌワシを大空に飛ばす。
 空中から偵察させて、暁丸の居場所を確認させるのだ。
 もっとも、無事に発見できるかどうか分からない。両軍とも、お互いの手の内は知っているので、戦場の上空を飛び交う生物は容赦なく射て落とされているからだ。
「よし、暁丸発見までは大人しくしていようか」
 雑兵が羽織る戦衣で身を隠すアルトは二人に言った。
 目立ってしまっては狙っている作戦が成功し難くなるからだ。

●烈戟之友
 世界を滅ぼす邪神と戦ったハンター達の中ででも、特に強力な力を持つ存在――守護者。
 北朝と南朝それぞれについた守護者だったが、双方、その活かし方は個人任せとなった。それほどの実力者を御せる者もいない訳だ……。
「……よぉ。長く一緒にいたけど、本気で殴り合うのは、これが初めてだな」
 巨大な魔斧を抱えたボルディア・コンフラムス(ka0796)が、眼前に立つ、鬼塚 陸(ka0038)に言い放った。
 もし、二人が雑兵を相手に戦っていたら、双方の軍の損害は恐ろしい事になっていただろう。
「そういえば、そうだったね……悲しいけれど本気で行くよ」
「来いよキヅカァ! せっかくの喧嘩だ、派手にいこうぜぇ!」
 咆哮のように叫ぶとボルディアは祖霊を憑依させる。
 戦闘能力を飛躍的に向上させる霊闘士の力だ。
 だが、鬼塚は慌てていなかった。互いの実力は共に戦ったからよく分かっている。
「悪いけど、こっちはこっちのやり方で戦うから!」
 放った機導術はアイシクルコフィン。発動体である聖機剣の剣先に魔法陣が出現すると、無数の氷柱がボルディアへと襲い掛かる。
 回避する事が難しい魔法攻撃であるが、ボルディアは苦もなく避けた。10回に1回でも当たれば良い方だろう。
「そんな物、当たった所で、今の俺には通じないぜ!」
 『吼え狂いしもの』は、それが持続している間は、あらゆるバッドステータスやグッドステータスを受け付けないのだ。
 故にアイシクルコフィンによる凍傷は通じない。
「それはどうかな」
 そう言い残して、鬼塚は魔導バイクを操り、間合いを広げる。
 すぐさま追い駆けるボルディアは、巨大な斧をマテリアルの幻炎と共に高速で振った。
 その軌道を見抜いた鬼塚は身体を僅かに反らして攻撃を避ける。
「そっちの攻撃も当たらないけどね」
「ハッ! その余裕がいつまで保つか、楽しみだぜぇ!」
 攻撃が当たらなくとも、ボルディアは闇雲に斧を振るっている訳ではない。
 高実力者同士の戦いは基本的にクリティカル勝負。それゆえ、先に致命的な一撃を与える為に、攻撃を繰り返し続けるのだ。

●時音軍出陣
 恵土城を守る南朝軍の兵力は最低限だ。
 対して、北朝軍の別動隊は圧倒的な戦力を持つ。落城は時間の問題だが……どれだけ時間を稼ぐかが、重要であった。
 もし、早々に恵土城が落ちてしまったら、南朝軍は退路を失うどころか、挟撃されてしまうからだ。
「自分の所領は違うけど、約束を反故にしている北朝のやり方には従えないから!」
 流れ弾に当たるかもしれないのに、時音 ざくろ(ka1250)は、私兵を従えて戦場に立っていた。
 脇には妻の一人であるアルラウネ(ka4841)も居る。
「なんで戦場に立ってるんだか……」
「ごめんね、アルラ。邪神を倒したのに人同士の戦いに巻き込んで」
「ざくろんと一緒ならいいの。そうじゃなくて、この状況に、ね」
 人類は罪深い……そう、アルラウネは思った。
 もっとも、それは今に感じた事ではない事だが。
「私の色気とざくろんの防護で、兵士達を鼓舞できるかしら?」
「出来るだろうけど……あまり色気は……」
 ここは暴力が支配する戦場だ。ざくろが心配するのも当たり前ではあるだろう。
 なお、士気という事で言うならば、少なくともざくろが率いる部隊は旺盛だ。
「だったら、とりあえずは普通に援護するわ」
 ニッコリと笑うアルラウネにざくろは勇気づけられると、覚悟を決め、マテリアルを練る。
 彼の頭上に光り輝く三角形が出現すると、それぞれの頂点から光が迸った。
「戦場に立った以上、全力で挑ませてもらうから!」
 デルタレイの光は敵兵を容赦なく射貫く。
 遊撃的に動いて、北朝軍別動隊の動きを出来るだけ抑える。その為には、ある程度、目立たなければいけないし、敵にとっても脅威と見られないといけない。
(もしもの時は……ざくろんを絶対に戦域外に連れていかないと)
 真剣な眼差しのざくろを横目で見つめながら、アルラウネは心の中で呟いた。
 相手が非覚醒者や低レベルの覚醒者であれば問題ないだろうが、圧倒的な数で押され、あるいは、腕の立つハンターと遭遇すればどうなるか分からない。
 ところが、アルラウネの不安は杞憂であった。
 恵土城を狙った別動隊の中には、ハンターの姿が無かったからだ。

●決戦の行方
 戦闘開始から激しい戦いが続いている。
 数に劣る南朝軍の善戦の中、多数の犠牲を出しながらも北朝軍は絶対的な数で押し、南朝軍の本陣へと迫っていた。
 暁丸が本陣にいるとの情報を得たハンス・ラインフェルト(ka6750)と穂積 智里(ka6819)、そして、星野 ハナ(ka5852)は、雑兵を打ち倒しつつ最前線を突き進む。
「ここから先には行かせませんよ」
 本陣に踏み込んだ瞬間、ハンスらの前に立ち塞がったのは、大轟寺蒼人だった。
 やや小振りの太刀をそれぞれ左右の手に持っている。噂によると大轟寺家は武家でありながら朝廷との深い繋がりがあり、武家の監視役だったという。
「暁丸様を北朝に渡す訳にはいきませんから、ハンター相手であっても僕は遠慮しませんからね」
「御柱を用いないなら血統は不要。共和制にするなら王自体が東方に不要」
 ハンスが聖罰刃を構えて前に進み出る。
「東方に不要ではない。スメちゃんの想いを伝え続ける為に、暁丸様が必要なんだ」
「柵なく自由に生きる機会くらい差し上げるべきでは?」
「それは、暁丸様が大きくなってから、ご自身で決める事、だっ!」
 次の瞬間、蒼人が大地を蹴ると一気に間合いを詰めた。
 左右の手から繰り出されるかまいたちのような連撃。
「ハンスさん!」
 慌てて、智里が回復魔法を唱える。
 これまでずっと共に戦ってきたから、ハンスの実力を智里はよく知っていた。
 ハンターの中でも、それなりの実力者であるはずだ。だが、蒼人の方が僅かに上であったようだ。
「成長するのは、ハンターだけだと思いました? 僕も……立花さんも、日々、強くなっているのですよ」
「やりますね!」
 やや押されているにも関わらず、ハンスはニヤリと笑った。
 歪虚との戦いとは別の緊張感ある戦いだ。
 そこへ、ハナが放った幾枚もの符が蒼人の周囲を包んだ。
「ここじゃ、どっちの陣営でも暁丸は一生、飼い殺しですぅ。許せるわけ、ないじゃないですかぁ!」
「こっちは武家の暴走で歪んだ事を正そうとしているだけです。邪魔しないで下さい」
「スメラギ帝の目指したことのためにもぉ、暁丸は東方に居ちゃ駄目なんですぅ!」
 ハナは強大なマテリアルを操作して、結界を構築する。
 ただの結界ではない。黒曜封印符……対象の力を封印する符術だ。
「まさか、これほどの強度で……」
「スキルが使えない状態では、流石に厳しいですよねぇ!」
 対人戦に特化している蒼人でもスキルや技が使えなければ、ハンス相手に戦い続けるのは不利だろう。
「私も残念ですが……今は戦いを楽しんでいる場合ではないのでね」
 卑怯かもしれないが、これが戦場というものだ。
 体内のマテリアルを練ったハンスが意識を刀先に集中させる。
 雑兵の横やりを、円を描きながら避けると、勢いそのままに強く踏み込む。
「これで終わりです!」
 目にも止まらぬ斬撃を繰り出すハンス。
 間違いなく蒼人の身体に届くはずだったその攻撃は、まるで次元の歪みにでもあったように別方向へと伸びた。
「間に合ったで……ござるっ!」
 武者兜を輝かせながら、機構式の鞘で攻撃を受け止めたのはミィリア(ka2689)であった。
 ガウスジェイルで蒼人を庇ったのだ。
「助かったよ。小さいロリっ子に守られるのは絵的には悲しいけど」
「むぅ。こう見えて年長者でござるよ」
「分かった。ロリ婆に訂正しておく」
 戦場というのに二人の掛け合いに苦笑を浮かべながら、銀 真白(ka4128)が一隊を率いて並んだ。
「邪神も狐の影も倒し、これからようやく東方一丸となる所でこの状況、大変遺憾ではあるが、流れ始めてしまったのならば致し方なし」
「ほら、見ろ。この真面目な一言」
 蒼人の挑発的な言葉にミィリアが地団駄を踏む。
「天下分け目のって戦いだもの。ミィリアだって、たまには、こっそり真面目にするつもりだもん!」
「真面目とか、ほんとかよ」
「いつだって未来を切り拓く為、信じたいもののためにミィリアは戦ってきた。だから……絶対に、ここで終わらせたりしない」
 すっかり語尾を付け忘れているが、真面目に宣言すると刀先をハンスらに向けるミィリア。
 そこへ、降魔刀を構えた本多 七葵(ka4740)が、進み出た。
 彼は、かつての詩天で起きた争いを思い出して、眉間に皺を寄せている。
「ハンス殿が北朝側に立つのは……水野殿の指示のものか?」
「その質問に答える必要はないでしょう」
 手段は違ったとしても、詩天の為に尽くしてきた二人が相対する。
 この戦、詩天は中立だ。だが、スメラギと強い信頼関係があった現詩天ならば、南朝側に想いを向けてくれていると考えるのが自然だ。
 だが、北朝側が有利な状況であれば、詩天の軍師の動きは別だろう。
 少なくとも、どっちが勝利しても詩天が生き残るように画策はするはずだ。
「俺は一領主として民を守り、政を支える者として責を果たす」
 七葵の強い決意。
 それをハンスも感じ取ったようだ。これは簡単には突破できないだろう。
 ハナは蒼人の封印で身動きが取れない。だが、封印を解除すれば、蒼人が全力で向かってくる。
 膠着した空気を切り裂くように、北朝軍の攻勢が強まった。全軍に暁丸の場所が伝わった為だ。
 雪崩のように押し寄せる北朝軍を迎え撃つ南朝軍本陣の兵らは精鋭だが少数だ。
「ミィリア殿、任せていいか?」
 緑色の鉢巻に触れながら、真白は訊ねる。
 誰かが北朝軍の勢いを止めなければいけない。
「勿論だよ! 七葵も行ってあげて。でないと、止められないと思う」
「分かった……だが、無理はするなよ」
 ミィリアからの促しに七葵は深く頷いて応えた。
 桜色の侍はわざとらしい笑顔を向ける。もしもの時は……そんな覚悟のつもりなのだろうか。
 戦馬に飛び乗ると、真白は十翼輝鳥を高々と掲げた。
「十鳥城騎馬隊は機動力を持って敵を押し返す! 続けっ!」
「本多歩兵隊は騎馬隊の援護だ! 遅れるな!」
 続けて七葵も力強く声を上げる。
 嵐のように二つの隊が駆け抜け、雪崩れ込んできた北朝軍を受け止める。
 これで今しばらく、戦線は保つはずだ。
「それじゃ、ここから、本気を出すでござる、よ!」
 長大な太刀を天に向けて大きく突き出すと桜吹雪のマテリアルがミィリアを包み込んだ。
 刹那、放たれるのは筋肉の波動――アブソリュート・ポーズ――だった。
 その効果はスキルを使用させなくする事であり、ハンスは抵抗に失敗した。
「く……これで、互いにスキルなし、ですか。楽しませてくれますね」
「ハンスさん、楽しんでいる場合ではありませんよ」
「封印を解くに解けなくなったかもですぅ」
 スキルが使えなければ、積極的な攻勢が難しい。
 こうして、ハンター同士の戦いは泥沼化しようとしていた。

●決着
 ボルディアと鬼塚の戦いも続いていた。
 距離を取って機導術で攻撃を繰り返す鬼塚に対し、ボルディアは接近して機会があれば斧を振るう。
「そろそろ、その憑依の力も限界なはずだよね」
「他人の心配している場合じゃないぜぇ!」
 憑依の力は長くは続かない。効果が切れる度に、都度、憑依させているが、そのマテリアルは枯渇しつつあった。
 だから、ボルディアは温存して、突如、別のスキルに切り替えた。
「デケェキャノン持ってる癖に、逃げてンじゃねぇ!」
「いやいや、持ち歩いてって、しまった!」
 炎鎖の幻影が鬼塚を絡め取ったのだ。歪虚との戦いで幾度も勝利を導いたファントムハンドのスキルだ。
 これの辛い所は移動不能になるという事だ。おまけにボルディアの強度は、そう簡単に外れるものではない。
「これで掴んでしまえば!」
「対抗策は用意していたさ!」
 組手に入ろうとしたボルディアの手を避ける鬼塚。
 ファントムハンドは移動不能を与えるスキルだが、回避をさせないものではないからだ。
 そして、最接近状態から距離を取る方法を鬼塚は準備していた。彼を中心にマテリアルの力場が急速に広がったのだ。
「くっそ!」
 ポゼッションの効果により、ボルディアは強制的に間合いを取らされる。
 鬼塚は力場の維持に注力している。いずれ、ファントムハンドの効果も外れるだろう。
 ボルディアは憑依の力を再び使う――だが、力場に侵入する事は出来なかった。この力場は空間に作用しており、ボルディアに対するバッドステータスではないからだ。
「また、距離を取られちまう……な、に!?」
「ボルちゃんはやっぱ、つえーわ。きっと、全部をぶつけられるのは、後にも先にも、君だけなのだと思う!」
 流星のような光が鬼塚の眼鏡から放たれた。
 それはついに致命的な一撃となって、ボルディアを貫いたのであった。

 倒れ込んだボルディアの脇に、鬼塚は座り込んだ。
 ギリギリの戦いだった。端的に言ってしまえば、どちらかが先に致命的な一撃を放った方の勝ちとなる戦いなのだ。ある意味、今回は鬼塚の方が、僅かに運が良かったとも言える。
「片腕をあげる覚悟でいたけど、運の差で僕の勝ちだね」
「運だけじゃねぇよ……くそっ!」
 徹底した戦術と必要なスキルの理解、そして、準備。
 戦ったからこそ分かる。紙一重分、鬼塚が上回っていた。
「ボルちゃん。僕は決着がつけられただけで、充分だよ」
「おまえって奴は……」
 幾度も死線を越えてきた二人の戦士の顔には、昔懐かしいあの頃の笑顔が浮かんでいた。

●東方大決戦
 数に劣る南朝軍であったが、紫草の供についたハンター達の活躍は、凄まじいものがあった。
 本来、同程度の戦力が戦えば数が多い方が有利だ。だが、圧倒的な実力差というものは、戦いの法則すらも捻じ曲げていた。
「こんなものか……思った以上にあっけないな」
 返り血を浴び続けた南護が物言わない死体を見下ろしつつ言い放った。
 結論からいえば、ハンターと対峙する事がなかったのだ。
 幾人かは覚醒者はいたが、ほとんどが非覚醒者だった。
「あらかた、狙撃ポイントは始末した。これで魔法も集中して撃てるはずだ」
「分かりました。それなら、敵の本陣に向かって……大魔法を唱えます」
 エルバッハが両腕で宙にマテリアルの魔法陣を描き出した。
 それは一重二重と次々に重ねられ、輝きを増していく。敵兵が魔法詠唱の邪魔をしようと迫るが、南護がすぐさま立ち塞がる。
「まだ懲りないか。もっとも、命乞いした所でこちらも止まらないけどな」
「まるで血に飢えた剣士のようですね……南護さん」
 そう言って敵兵を切り捨てながら現れたのは紫草であった。
 だらりと下げた刀先は一見、無防備だが、繰り出される技が容赦ない事は、南護と変わらない。
「ですが、見事な活躍ですよ。狙撃の心配さえなければ、その分、意識を集中できますからね」
「意味があって、なによりだ」
 南護は紫草の言葉に応えると聖罰刃を大上段に構えた。
 必死になって向かってくる敵の一団に、必滅の技を叩きこむつもりなのだ。
 一方、エルバッハの流れるような詠唱も、いよいよ完成しようとしていた。
「……戦いと死を司る偉大なる者よ。決して外れる事なき、勝利を呼ぶ神槍を我に授けよ!」
 魔法陣から放たれた紫電は北朝軍の本陣に向かって一直線に飛んだ。
 占有スクエアも貫通する魔法の前には、即席の柵など役に立たない。
 その為、無防備に攻撃を受けて、次々に倒れる北朝軍の兵士達。突然の大魔法に、恐慌状態となったようだった。
「混乱すれば士気は下がる。崩れた部分に食い込め、不安は伝播する」
 開いた空間に紫苑が強引に侵入すると、ポゼッションを行使した。
 マテリアルの力場が広がり、弾き出されるように幾人もの北朝軍の兵士達が後退する。
「戦場をコントロールするのは、俺だ」
 錐で空いた穴に螺旋釘を打ち込むように、本陣の陣形を崩した。
 攻撃は衝撃とも言える。堅い守りの所に平然と衝撃が加わるより、脆い箇所に衝撃が入った方が影響は強い。
 数で劣る南朝軍が有利に戦うには、限られた衝撃を如何に効率的に行使できるかだ。
 エルバッハの攻撃魔法が圧倒的である事に変わりはない。紫苑の動きは、更に相乗効果を生んでいた。
「流石、シオンですー」
「突っ込み過ぎるなよ」
 相棒の忠告に照れ笑いで返すとアルマは、紫草と共に最前線を押し上げる。
 スッと影から誰かが飛び出してきて、一瞬、驚くアルマ。
 咄嗟にフォローに入った紫草だったが、その正体が分かるとホッと息を漏らした。
「突然の事で驚きましたよ、メンカルさん」
「すまん。驚かせるつもりは無かった」
「なにしてるですかー!」
 弟からの苦情をハイハイと抑えつつ、そっと紫草の耳元で告げた。
「総大将の姿は見つからなかったが、幾人かは始末した」
「……大儀でした。それに、無事でなによりです」
 メンカルは疾影士としての能力を存分に生かして、北朝軍の要人を狙っていたのだ。
 北朝軍はそれに対し無抵抗だった訳ではない。だが、混乱する戦場がメンカルの行動を後押ししていた。
「引き際は見誤らないからな。卑怯者かもしれんが」
「そんな事はありませんよ」
「なに、コソコソ話しているのですー?」
 周りをぴょんぴょんと跳ねるアルマに紫草は微笑を浮かべる。
「アルマのお兄さんが良い働きをしたので、そろそろ、決めに掛かりましょう」
「ジュってするですー!」
 先頭立ってアルマが機導術を放つと恐ろしい炎が放たれた。
 北朝軍の兵士達は我先に逃げ始める。
 散発的な反撃もあるが、それらは錬介や詩の支援の前には意味を成さない。
「どうやら、敵軍は完全に士気が崩壊したようですね」
 冷静に分析しながら回復魔法を唱える錬介。
 大魔法を打ち込まれ、反撃と起点となる狙撃ポイントを潰され、指揮官級を次々と失っては、立て直すのは難しいだろう。
 なにより、指揮しなければならない規模が大きい程、崩壊した士気を回復させるのは至難な事だ。
「紫草さんの後を行ける所まで付いていくつもりでしたが……蓋を開けてみれば、思った以上に快勝でしたね」
「こっちに北朝軍のハンターが来なかったという事は……本陣が大丈夫かな?」
「それは確かに……気になりますね」
 詩の疑問に錬介は唸った。
 暁丸が居なければ南朝軍の存続は困難だ。
 二人の視線は紫草へと向けられる。それに気が付いた紫草は、太刀を敵陣の方向へと向ける。
「戦場ですからね。万が一というのはあり得ます。ですが、攻撃に出た以上、その目的を達するべきです」
 つまり、北朝軍を指揮する者達を打ち倒す事だ。
 既にその目論見は半分以上達している。北朝軍を取り纏める朱夏(kz0116)の姿は戦場から消え、幾人もの指揮官級をメンカルが討ち取っている。
「いずれ、本陣の情報も入ってくるでしょう。私達はこのまま攻勢を維持しましょう」
 紫草の言葉にハンター達は頷くのであった。

●逆襲の太刀
 疾影士という存在は東方では主に忍者が担っていたという。
 故に、戦場における対策が行われているのは、ある意味、当たり前であった。
「人垣でこれ以上前に進むのは難しいかな」
「柵も使って上手、だね」
 一時はナイトカーテンで隠れながら進んでいたセレスは、本陣で精鋭部隊に阻まれてしまっていた。
 すかさず、リューリがフォローに入ってくれたおかげで囲まれる事態は防げたが、これでは接近は難しいようだ。
「一気に突破するのは、少し距離があるみたいだし」
 スキルを使って占有スクエアを突破できる術はあるが、僅かに届かない。
 自転車上でアクロバティックな動きを魅せながら、敵兵を切り倒しつつ、位置を確認するセレス。
「でも、これ『自体』が狙いなんでしょ」
「そういう事だね」
 リューリの言葉にセレスは頷いた。
 暁丸の護衛していた蒼人は別のハンターが、近衛兵らはセレスに意識が向いている。
 勿論、セレス自身が暁丸にたどり着ければそれで良かったが、見つかっても問題はなかった。
 炎の残像のようなオーラを残しながら、超加速したアルトが、乱戦状態になっている本陣の外側から一気に距離を詰めた。
「ここなら行けるっ!」
 僅かに空いた空間に躰を捩じり込ませると暁丸の正面にいた近衛兵を一刀で切り伏せる。
 一瞬の事に反応が遅れる近衛兵達。それよりも早くアルトが暁丸に手を伸ばした――その時だった。アルトが予想もしていない事が起こった。
「雷撃!?」
「帝が在る以上、偽帝は不要っす。親と同じように殺せっす!」
 どこかで聞いた事のあるようなハンターの声が響くと同時に稲妻が迸った。
 それも、ただのライトニングボルトではない。占有スクエアや障害物を無視し、射程を伸ばすスキルアシストがされた魔法だったのだ。
 無慈悲な威力の雷撃は、掴みかけた暁丸に容赦なく叩きつけられた。
 その衝撃は幼いスメラギの遺児を吹き飛ばし……乱戦の中へと消えていく。
「な、に、をっ!!」
 振り返ったアルトの視界の中に、その魔法を使ったハンターの姿は、乱戦状態だったという事もあり、見つからなかった。
 僅かに静まり返った本陣に真っ先に響いたのは、北朝軍が暁丸を討ち取ったという事であった。
 急いで蒼人が本陣に戻ってくるも、そこに暁丸の姿はない……。
「蒼人……」
 ギリっと歯を食いしばりながらミィリアが蒼人の袖を握る。
 誰も失わせない為に戦っていたのに、この結末は予想していなかった。
 憤怒すらも達しないというような怒りを込めて、蒼人は刀を振り上げ、宣言する。
「この恩知らず共! 今の東方があるのは先代帝の尽力あってこそ! その遺児に手を掛けるとは、恥を知れ! 真の朝敵だ!」
 圧倒的な数で攻め寄せていた北朝軍の動きが止まった。
 一枚岩ではない北朝軍を繋ぎとめていたのは、暁丸の存在だった。
 自分達に従わない公家が誘拐した暁丸を保護する事こそ、この戦の最大の目的だと北朝軍は認識していたという事だ。それを自分達の手で失わせるという事は、北朝軍は大義名分を失う事も意味していた。
「たとえ我々が全滅する事になっても、暁丸様の仇を!」
 呆然とする南朝軍の兵士は蒼人の呼びかけに、大きく歓声を上げた。
 このまま北朝軍が勝利すれば、南朝軍の兵士らに未来はない。滅びるなら仇を取ってからというのは自暴自棄でもあったが、勢いになったのは確かだった。
「なんという事だ。我らがもっと確りしていれば……」
 馬上で悔やむように呟いた真白に七葵が並んだ。
 責任は真白にはない……だが、それを彼は言葉にしなかった。そう伝えても、この真面目な領主は言葉そのままに受け入れたりはしないだろう。
 だから、七葵は並び立つと、刀を敵陣へと向けた。
「命が惜しくば退け。暁丸様への狼藉、俺が決して許さん!」
「七葵殿……」
「戦いはまだ終わってない。蒼人殿もミィリア殿も、まだ戦っている」
「そうであったな……ありがとう、七葵殿」
 辛かった時、想いを共にする仲間が常に傍に居た。
 まだ戦いは終わっていない。南朝軍の総大将は暁丸であるのは確かだが、実質的には紫草が取り仕切っているのだ。それに総大将が討たれたので、素直に負けを認めますと降伏するほど、根性なしではない。
「仇討ちだ!」
「真白殿に続けぇ!」
 極めて高い士気で、真白と七葵が率いる隊が突撃を開始した。
 その様子を認め、蒼人は力強く頷くと懐から伊達眼鏡を取り出し、それを手慣れた手付きでスッと掛ける。
 何か決意したのだろう。それがどういう所以のものか分からないが、気持ちはミィリアに伝わった。
「それすると懐かしい感じ……でござるね」
「あぁ……最期まで戦い抜く。ミィリアさん、その時まで、一緒に来てもらっていいかい?」
「台詞だけ聞くと、なんかプロポーズみたいだけど……勿論でござるよ!」
 ぶんぶんと大太刀を振り回すミィリア。
 二人は敵陣に向かって突貫すると、残った近衛兵らも続く。
 彼ら彼女らの決意は決定的だった。あまりの勢いに、北朝軍側から寝返りが続出したのだ。

●子宝領主の奮闘
 ざくろが率いる部隊は、北朝軍相手に機先を制した戦いが展開できていた。
 これは、アルラウネが舞刀士としての力を発揮しているからだ。戦馬に跨りながら、大太刀を振るい続ける姿は、美しくもあり、また、圧倒的でもあった。
「一角を崩すわ! ざくろんに続いて!」
 大上段に構えて敵陣の中へと進むアルラウネ。
 敵がここぞとばかりに殺到するが、それは狙った通りだ。
「心頭滅却。我が太刀は無――」
 深紅の薔薇蕾が開いては消えるマテリアルの幻影を纏いながら、刀を振るう。
 次々と倒れる北朝軍の兵士達は、相手が覚醒者だという事を改めて認識したようだ。
 埋められない絶対的な力量差。
 浮足立つ兵に、それでも数に勝る敵はそれを頼りに突撃を開始した。
「させないよ!」
 ざくろが集中していたマテリアルを解き放つ。
 強力な力場が広がり、結界と化した。槍衾で迫る北朝軍は結界で足止めをされて中に入れない。
 アルラウネが“攻め”に特化した戦術である一方、ざくろは攻守を兼ね備えた態勢で臨んでいた。
 デルタレイと超重練成で遠近の攻撃を行い、近付く敵には攻性防壁で吹き飛す。
 手に負えないと感じた敵は供回りから狙うが、ガウスジェイルで止められ、ポゼッションで突撃の機会すら奪う。
 二人の覚醒者の働きは、南朝軍にとって十分過ぎる程の時間を稼ぎ、北朝軍にとっては思いもしない障害となったのだ。
「……アルラ、もう勝負は見えたし、この辺でざくろ達は帰ろうか」
 もう一つの主戦場の方に一瞬視線を向けたざくろはそう言った。
 あちらの戦況は分からないが、南朝軍が北上をしているようにも見える。
「そうね。あんまり長居したくはないし」
「多くの死者や怪我人が出てしまった……」
 敵も味方も、本当は失わなくてもいい命が消えた事に、ざくろは胸を痛める。
 それでも、前に進まないといけない事も、ざくろは知っていた。
「よし、帰ったら湯治場施設の拡充と広報をしよっか! 大々的に!」
「傷には湯治が良いっていうし、良いと思うよ、ざくろん」
 ざくろにピタっと寄り添うアルラウネ。
 戦は終わったのだ。まだ紆余曲折あるだろうが、きっと平和な世が来るはず……そう二人は信じて自領へと戻るのであった。

●脱出
 アルト達の作戦は実に見事であった。
 恐らく、依頼通りの流れであれば、暁丸を無事に保護する事が出来ただろう。
 だが、北朝軍側には不測があった。参加したハンター達の意思統一に欠けた事だった。
「……これは、不味いな」
 敵味方入り交じり、更に誰が敵なのか味方なのかも分からなくなった戦場で、アルトは呟いた。
 長く傭兵をやっていた経験が、首筋にピリピリと何かを伝えているような、そんな感覚を覚える。
「どうしたの、アルトちゃん?」
「そろそろ潮時って奴かな?」
 リューリとセレスの投げ掛けにアルトは頷いた。
 混乱する戦場のど真ん中にいると分かりにくいが、戦力差が拮抗しているのだ。
 それだけではない。南朝軍の勢いが強くなっている。
「逃げるか……南朝軍の頭を潰すか……判断する時だね」
「南朝軍の頭って、だって暁丸は……あ。そっちじゃない方だね」
 ポンと手を叩くリューリ。
 紫草を討てば、この流れも少しは変わるかもしれない。だが、そこまで義理立てする理由は、アルトにはなかった。
 それに、大切な友を危険に晒す事にもなる。
「今から逃げるとして、どこに逃げようかな?」
 周囲を見渡すセレスにアルトは東の方角を指差す。
「きっと本隊の退却は天ノ都がある北に向けてだと思う。けど、追撃は絶対にあるから、一度、東に抜け、そこから海岸沿いを北上しよう」
「なるほどね。天ノ都の転移門は使わないで、北方から帰還すると。長旅になるけど、一番確実だと私も思う」
 セレスは魔導自転車のハンドルを握りつつ、発煙筒を取り出した。
 逃亡する際の準備は万端だ。
「余計な事がなければ、こんな苦労もしなかったのに」
「仕方ないよ、セレスさん。これも戦場では、稀によくある事なんだろうから。ね、アルトちゃん?」
「うーん。そうかもしれないね。それじゃ、完全に囲まれる前に脱出しようか」
 こうして3人は混沌と化した戦場から無事に脱出を果たすのであった。

●終戦
 暁丸を失った南朝軍だったが、それが逆に南朝軍を追い詰める形になった。
 捨て身で仇討ちに燃える本陣は、北朝軍を迎撃。一方、紫草やハンター達が率いる隊は少数ながらも、善戦。北朝軍の主要な幹部を討ち取った。
 もともと一枚岩ではなかった北朝軍は瓦解。
 天ノ都に向けて撤退を開始して、南朝軍が追撃した事により、恵土城から天ノ都までの街道は死屍累々とし、血の川が出来たという。
「追撃戦、お疲れ様でした。怪我していれば治療しますよ」
 回復魔法を唱え続けていた錬介が、追撃戦に参加していたハンターを出迎える。
 南朝軍の被害が想定した以上に少ないのは、彼のように回復の力を持つハンターが居た事によるものだろう。
「だいぶと削ったはずだ。一部はまだ敵を追い続けている」
「この様子ですと、勢いそのままに天ノ都も制圧できそうですね」
 南護とエルバッハの二人は、回復の必要はなさそうな素振りで応えた。
 無傷ではないが、慌てて治療を必要とする程ではない。これなら、まだ歪虚との戦いの方が厳しかっただろう。
「攻城戦になると……また多くの人々に影響が出ますね」
「……そうだな。まぁ、後の事は、偉い連中がなんとかするだろう」
 心配する錬介に対して南護はそう告げると、紫草へと視線を向ける。
 戦いには勝ったが、南朝軍は暁丸を失っている。これからの事は不透明だ。
「今回の戦いで、北朝軍の指揮官を多数倒したので、交渉はスムーズになると思います」
 表情を変えずにエルバッハが言った。
 彼女の強大な魔法に巻き込まれた上位武士は多い。総大将である朱夏も行方不明だ。
 南朝軍に参加したハンターの中でも、戦いの貢献度は高い。
 ハンターの力を見せつけた以上、今後、彼ら彼女らの扱いや在り方も大きく変わっていくに違いないはずだ。
 そこへ、特命を受けて調査に出ていたメンカルも陣に戻ってきた。
 彼は行方不明となった暁丸の探索を行っていたのだ。
「……そうですか。ありがとうございます」
 遺体すら見つからなかった報告に紫草はそう答える。
 皆を心配させない為なのか、それとも、もともとそのつもりなのか、紫草の表情は暗くはなかった。
「一先ず、南朝軍の総大将は紫草さんになるという事か……暗殺など気をつけたい所だ」
 顎に手を当てながら考えるように紫苑が言った。
 東方に一時期いなかったとはいえ、『八代目征夷大将軍』である。実質的な国のトップなのだ。
 将軍位は廃止されていなかったので、その権限は残されている。
「この人を二度も殺そうとする悪い子達は、全部死んじゃえばいいです!」
 ムスっとした表情でアルマが口を尖らせた。
 戦で勝敗は決したのだ。これ以上の混乱を望む者がいたら、その者はもはや、人ではないだろう。
「なんにせよ、交渉は南朝側に有利には動きそうか……少しは胃が楽になりそうだ」
 そう言ってお腹を摩るメンカル。ある意味、戦後交渉も戦いの場と言っても過言ではない。
 それが分かるからこそ、胃が痛くなるのだが……。
「皆さんには追加の報酬が必要ですね。もっとも、それが報酬になるかは別ですが」
「……そうだな、どちらかと言うと胃が痛くなるか」
「出来れば自領から近く穏便な所領が欲しいですね」
 紫草の台詞に苦笑を浮かべるメンカルと紫苑だった。
 一方、アルマは話の内容は分からず首を傾げた。
「シオン、どういう意味ですかー?」
「あぁ……この戦いで、メンカルやエルバッハさんが多くの上位武士を倒したからね。トップ不在になる領地も出てくるだろうから……戦いの褒美に新たに拝領を受けるという事だ」
「しまったな……やり過ぎたかもしれん」
 今更後悔しても遅いのだが、やってしまった以上は仕方ない事だ。
 将来があるのか、それとも、胃が痛い日々が続くかは……これから分かる事だろう。
「紫草さん、暁丸はどこ行ったと思います?」
 アルマのストレートな問いに、紫草は微笑を浮かべた。
 こんな戦場に幼い子供を連れてきたのだ。何の準備もしていなかったとは思えない。
「特別な符術具で守られていたと思うので、余程の事がない限り、命は助かるはずです」
「探索させても見つからないという事は……」
 思案する南護よりも早く、エルバッハが推測を口にする。
「誰かが秘密裏に脱出させたとしか。でも、それじゃ、北朝も南朝も困るはずです」
 両陣営にとって必要な存在なのだ。それなのに、だ……動機に説明がつかない。
 ハッとした錬介は目を見開きながら言った。
「まさか、ハンターの誰かが連れ去った!?」
「我々についたハンターは全員、所在が確認出来ていますからね。つまり、北朝側のハンターの仕業でしょう……引き続き、探索をお願いするようですが……」
 そう言って紫草は遠く、西の方角を見つめた。
 用意周到に計画されていたとしか思えない。見つかる可能性は限りなく低いだろう。
「これで良しとしない輩もいるはずですので、引き続き、ハンターの皆さんには協力をお願いしますね」
 大将軍の台詞に一行は頷いて応えるのであった。

●唯の人と守護者
 南朝軍の兵站施設を破壊していた龍崎・カズマ(ka0178)は戦場で朱夏の姿を探していた。
 彼が目的を達した事で、立花は短期決戦に切り替えたが、既に戦いの趨勢は決していた。長期戦になれば後が無いという事も分かっていたからこその南朝軍の必死の攻撃だったかもしれない。
 今は執拗な残党狩りが行われ、戦場は各地への追撃戦へとなっていた。
 今日、流された血と同じような真っ赤な夕日の中、フードを深く被ったUisca Amhran(ka0754)が、毛布にくるんだ何かを抱えてカズマの前に姿を現した。
「カズマさんが探している方は……無事、ですよ」
「そうか……」
 Uiscaが抱えていたのは、朱夏だった。
 激しく疲労しているようで意識はなく、か細く呼吸をしているのが、微かに分かった。
「エルバッハさんの遠距離魔法攻撃の直撃か、巻き込まれたかしたようで、戦闘不能な所を保護しました」
「俺が南朝軍の兵站を破壊しに行った隙に本陣がやられたようだ。もっとも、その攻撃では、庇いようもなかったようだが」
 気絶している朱夏を受け抱えるカズマ。
 無意識なのか、彼女の手が、ギュっと衣服を掴んだ。
 ある意味、運が良かったというべきだろう。ずっと朱夏の護衛をしていたら、カズマも強力な魔法攻撃に巻き込まれていたはずだ。
「……話は聞いた。暁丸が北朝軍の手の者に暗殺されたと」
 最初は何かの手違いかと思っていたが、それが事実だと両軍の大多数で認識されたようだった。
 北朝軍が瓦解したのはそれから間もなくの事だ。戦場から離脱する武家、南朝軍に裏切る部隊、士気が崩壊したのだ。
「実は半分の正解です。智里さんが隠し連れていた瀕死の暁丸ちゃんに回復魔法を施したのは私ですから」
 Uiscaは微笑を浮かべて、幼い帝を思い出していた。
 ただの子供が覚醒者の魔法攻撃を受けて無事でいられるはずはない。辛うじて命が持ったのは、幾重にも施された特殊な防御術式のおかげだ。よく考えれば幼い子供を無防備で戦場には連れ出さないだろう。
「命は無事か……だが、北朝軍に保護された事になっていないのか」
 保護されている事が明らかにされていれば、北朝軍の瓦解も無かっただろう。
「暁丸ちゃんへの攻撃により北朝軍の大義名分は失っていますから。智里さんは暁丸ちゃんを連れて東方から脱出するそうです」
 東方との関わりを持たせないつもりなのだろう。北朝にしろ、南朝にしろ、幼い子供の人生は政争の中であり続ける。そうさせたくはないという思いが智里にはあったようだ。
 その時、兵士の一団が向かってくるのが見えた。北朝軍か南朝軍かはまだ分からないが、どの道、この状況はマズいはずだ。溢れるばかりの殺気に満ちた戦場なのだから。
「朱夏さんを連れて、西方諸国で暁丸さんと合流して下さい……唯の人として。それが出来るのはカズマさんだけです」
「……それで、彼女は納得するのか?」
 北朝軍を率いていた長としての責任を取らないで生き続ける事になる。それは真面目な彼女には酷な事だろう。だが、勝敗は決したのだ。二度と東方の地に帰らず、一人の村娘として西方の地で生きるのであれば、無駄に命を捨てる事もないはずだ。
 苦痛の表情を浮かべながら、朱夏はカズマの衣服を掴んでいた。
 その手は小さく震えているようにも見え、安心させるようにそっと手を重ねる。
「カズマさんが一緒なら、きっと……大丈夫だと思います。回復魔法を唱えている間、微かにカズマさんの名を呼んでいましたから」
 そう告げると、Uiscaは深くフードを被った。
 この守護者には、まだやらなければいけない事があるようだ。
 前に進むべきこの決戦に水を差した輩がいる。見知ったハンターではあるが、危険な存在であれば、歴史の表舞台から消さなければいけない。
「ままならないものだな……」
 自分の行く末も、この守護者の熱意にも、感想のように呟くカズマ。
 Uiscaの目は既に戦後処理、両朝の和解に向いているようだ。
 朱夏をしっかりと抱きかかえ直すとカズマは疾影士としての力を使う。なんにせよ、迫ってくる兵士の一団から逃げる必要がある。
 西方諸国への脱出は困難だろうが、成し遂げなければならないだろう。
(……いっその事、辺境か王国で唯の家族として生きるのも……悪くはない、か?)
 そんな未来の築き方もあるのではないかと、そんな事を頭の中で描きながら、彼は駆け出すのであった。

●最強の符術師へ
 兵士達による執拗な追手を退けながらの退避は、これまで歪虚との戦いでは無かった。
 その動きは時に予見できないものであったが、持ち前の気力でカバーしつつ、ハンスはハナと協力して無事に戦場の西側へと脱出をする。
「ここまで来られれば、何とかなりそうですね。本格的な追撃は北に向けてのようですから」
 安全を確認したハンスが刀を鞘に納めた。
 全身が血まみれとなっているが、ハンス自身に大きな怪我はない。
「ようやく終わったですぅ~」
 安堵したハナがペタリと地面に座り込んだ。
 既に術を行使するマテリアルを使い切っている。疲れるのも無理はない。
「ところで、暁丸ちゃんは大丈夫ですかぁ?」
「勿論ですよ。背負っている間に泣き疲れて寝てしまいましたが」
 ハナの問いに智里が答える。
 ハンス達は運が良かった。もし、運命がダイスで決められているのであれば、今回、彼らに良い結果が出たのだ。
 北朝軍所属のハンターの攻撃によって吹き飛ばされた暁丸は、智里が見つけて保護できた。
「ハンターの魔法を直撃しても身体が砕けないとは……流石ですね」
「いやいや、ハンスさん、違いますよぉ~。どうやら、暁丸が羽織っていた着物に特別な術式が施されていたようなのです」
 如何にも符術師らしいハナの発言。
「それと、途中で出会った守護者の方にも感謝ですね」
 寝息を立てている暁丸の体温を背に感じながら智里が言った。
 その者から回復魔法を受けていなければ、もっと慌てていたはずだ。
「そうですね。さぁ、休憩は終いですよ。これから西海岸に行って船を探さないといけませんから」
「まだまだ長旅ですぅ~。でも、やり遂げないと。私がこの子を最強の符術師に育て上げるんですぅ!」
 それが、ハナの目的であった。政争に使われる事なく未来へ歩んで欲しいという願いだ。
 それに同調して、ハンスも智里も手伝った。詩天には暫くは戻れないだろうが、それはそれ、これはこれだ。
「希望はちゃんと西に届けますから。行きましょう、ハンスさん」
 智里は気合を入れなおすと、暁丸を背負い直す。
 そして、この子の未来の為に、確りと一歩を踏み出すのであった。

●救恤の光
 神楽(ka2032)は北朝軍に混ざったまま、天ノ都へと向かっていた。
 戦の結果は明らかだった。圧倒的な兵力を有していた北朝軍だったが、南朝軍に敗れたのだ。
 その切欠ともいえる事を残した神楽だったが、気持ちは落ち込んでいなかった。
「これで北朝も南朝も要を失い崩壊。次に東方に来るのは戦国時代っす」
 直接、確認はしていないが、北朝軍を率いていた上位武家の武士達は、その多くが討ち死にしたようだ。
 これにより、神楽の推測通り、北朝も南朝も要を失った……はずだ。
「次は援助先の武家と援助元の地球の国家を探すっす。ケケケ、地球の技術なら楽勝で東方統一可能っす」
 覚醒者という力は、数が少数だ。
 リアルブルーの科学力を用いれば、東方統一も容易だと神楽は考えている。
「統一中に武家の頭を殺って、成り代われば俺が新生東方の帝っす!」
 ケケケと笑いながら、神楽は頭の中で未来を描いて――いや、妄想に耽っていた。
 戦国時代になれば、多くの人々が苦しむ事になる……それが誰も望んではいない未来だとしても……。
「一先ずは、無事に脱出するのが大事っすね」
 落ち武者狩りは始まっているようだ。
 覚醒者に比べ、体力の少ない非覚醒者が次々に落伍していく。
 しかし、それらを助けている場合ではない。助けようものならば、後から後から湧いて出てくる敵の増援を相手にしないといけない。
「北朝軍を裏切った武士もいるっす。悪いのは俺だけではないっすよ」
「た、助けてくれぇ~」
 体力の限界を迎えて座り込んだ侍を見捨て、神楽は無数の触手が生えている不気味な妖精に乗って、駆け続ける。日も落ちようとした頃には、周囲には同じ方向に逃げる仲間の姿は全く見えなくなっていた。
「むしろ、好都合っす」
 集団で動くと何かと目立つものだ。
 だから、逃げる時は単独の方が良いに決まっている。
 鼻歌交じりで逃避行を続ける神楽の行く手に、薄汚れたローブを身に纏った女性が現れた。
 王国の怪談話に出てくる『絶望した人に死を誘う緑髪の少女』を連想した神楽は、思わず、足を止めた。
「フードで顔がよく見えないっすけど……美人さんっすか?」
 問い掛けの答えに、女性はスッと右腕を神楽へと差し向けた。
 これは思った以上の上玉だと喜ぶ神楽だったが、女性から発せられた殺意に気が付き、表情が固まる。
 その直後――眩い光の奔流が神楽を一瞬で貫く。
 光が収まる頃、そこに残ったのは、それが人だとはよく見ないと分からない程に……炭化した何かがあるだけだった。


 南朝軍は北朝軍を破ったものの、暁丸を失った事もあり、現帝へと接触。
 現帝も上位武士の後ろ盾がない為、南朝の要求をほぼ受け入れ、南北に分かれていた朝廷は再び一つとなった。
 論功行賞では、自領を持つハンター達には広大な所領が与えられ、また、それ以外のハンターにも多額の報酬が追加で支払われた。
 北朝軍の総大将であった朱夏は行方不明のままだが、後日、戦死扱いとなった。
 もし……彼女が生きていても、きっと東方の地を踏む事はないだろう。どこかで、唯の人としての人生を歩んでいるか、あるいは、自責の念に苛まれている日々を過ごしているはずだ。


 ――終結。


●征夷大将軍の正室
 龍尾城の大広間を、豪華絢爛な着物に包まれた詩がゆっくりと歩く。
 東方の地を治める大小さまざまな武家の代表者が集まっているのだ。作法とか色々と学んだが、ミスをすると恥ずかしいので、かなり緊張する。これなら舞っていた方が、楽というものだ。
「表情が堅いですね」
「正室の大変さが、少し、分かったわ」
 紫草と小声で言葉を交わす。
 タチバナ、ネムレス、そして、紫草を、常に傍で支え続けた詩は、征夷大将軍の正室として迎えられた。
「でも、大丈夫。私は最後まで立花さんの……愛する人の傍にいるから」
「改めて、よろしくお願いしますね。私達と、そして、スメラギが願った、この国の未来の為に」
 人同士が戦うという悲劇はもう二度と起こさないように。
 今度こそ、平和な国になるようにと願いながら、二人は並び立つのであった。

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  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • 虹の橋へ
    龍崎・カズマ(ka0178
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    人間(紅)|23才|女性|霊闘士
  • 神秘を掴む冒険家
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  • 大悪党
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  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
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  • 春霞桜花
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    ドワーフ|12才|女性|闘狩人
  • 茨の王
    アルト・ヴァレンティーニ(ka3109
    人間(紅)|21才|女性|疾影士
  • 正秋隊(雪侍)
    銀 真白(ka4128
    人間(紅)|16才|女性|闘狩人
  • 千寿の領主
    本多 七葵(ka4740
    人間(紅)|20才|男性|舞刀士
  • 甘えん坊な奥さん
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    エルフ|24才|女性|舞刀士
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 胃痛領主
    メンカル(ka5338
    人間(紅)|26才|男性|疾影士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 大局を見据える者
    仙堂 紫苑(ka5953
    人間(紅)|23才|男性|機導師
  • 流浪の聖人
    鳳城 錬介(ka6053
    鬼|19才|男性|聖導士
  • 風と踊る娘
    通りすがりのSさん(ka6276
    エルフ|18才|女性|疾影士
  • 覚悟の漢
    南護 炎(ka6651
    人間(蒼)|18才|男性|舞刀士
  • 変わらぬ変わり者
    ハンス・ラインフェルト(ka6750
    人間(蒼)|21才|男性|舞刀士
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    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

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エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/10/27 17:16:53
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エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/10/27 17:20:19
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エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/10/30 07:28:14
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エルバッハ・リオン(ka2434
エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル)
最終発言
2019/10/29 10:53:22
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
最終発言
2019/10/29 02:23:03