ゲスト
(ka0000)
【未来】第七街区 王都イルダーナ第七街区
マスター:柏木雄馬

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 6~10人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/10/24 22:00
- 完成日
- 2019/10/31 21:28
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
傲慢王イブとの決戦から年単位の時が流れ…… 王都の他街区と遜色ないまでに発展した元難民街・第七街区は、住民たちが長年、待ち望んでいた日を迎えた。
「先の円卓会議により、第六城壁外区域──通称『第七街区』は正式に王都の行政区画に組み込まれることが決定された」
地区を訪れた役人によってその布告がなされた時── 第七街区の人々は大地が震える程の大歓声を上げた。
「王都イルダーナ第七街区……!」
「これで俺たちも王都の民だ!」
一方、ドゥブレー一家の関係者は複雑な表情を見せた。正式に王都の一部になるということは、この地区にも王都から役人──行政官が送り込まれて来るということ。即ち、これまで街の為に働き続けたドニはお役御免となる。
「気にすんな。むしろホッとしているくらいなんだぜ、俺は。ようやく肩の荷が下りる、ってな」
居並ぶ部下たちに向かって、ドニはそう本音を吐露した。そして、これからは悠々自適の隠居生活だ、と、40代壮年の男は伸びをした。
「だが、まぁ、実務の引継ぎが終わるまでは暫く掛かるだろう。もう少し手伝ってくれ」
数日後。ドゥブレー地区(この名称もすぐに過去のものとなろう)を治める役人たちが派遣されて来た。
怜悧な印象のその男──地区行政官ヴァレリアン・ジャルベールは、出迎えたドニらを見るなりフンと鼻を鳴らし、即日の罷免を申し渡した。
ヴァレリアンの『統治』は地区の人々にとっては『ひどい』ものだった。彼はドゥブレー地区のあらゆる慣習・慣例を無視し、王都上層と同じような──即ち、法とエクラと縁故と大資本を重視する流儀を押し付けてきた。
ドニの支持者や新興商人たちは反発した。その声をヴァレリアンら役人たちは条例の乱発で抑え込もうとした。
そんなやり方に唯々諾々と従う程、地区の住人たちは大人しくもなかった。ドニの復権を求める運動が起こり、そして、治安部隊との衝突が多発した。
事態は時の経過と共に混迷の度を深め、やがて地区の目抜き通りでバリゲードを築いて睨み合う事態になって…… そこで『詳細な』報告を受けた女王システィーナが状況に介入した。
「女王陛下!?」
その姿を目の当たりにしたヴァレリアンは驚愕した。王都の端っこで起きたこんな『些末』な一件に王族が出張ってくるなど(公的には)前代未聞の事だった。
冗談じゃない、とヴァレリアンは思った。
女王陛下の事は尊敬している。門地門閥に依らず、実力と能力のある人材を登用し、政治の担い手を無能な貴族どもから有能な役人たち(例えば自分たちのような)へ徐々にシフトしていってるからだ。
ただ、同時に、王家の人間は政治に出張らず、奥に引っ込んでいてくれとも思っている。特に今回のように自力で片を付けようとしていた直前のタイミングでは、上司や同僚たちから自分の失点と見做されかねない。
(今回の件は地区の『既得権益者』どものが度を過ぎた反応を示しただけだ。こんな事で私が『無能』と見做されるのは断じて許し難い……!)
ヴァレリアンら役人たちは今回の事件の責任全てを、大人しく『法』に従わない『暴徒』に押し付けた。
住人たちは、自分たちの流儀を押し付ける役人たちの『横暴』が今回の事態を招いたのだ、と訴えた。
両者の話を一通り聞いた女王は、にっこりと笑って沙汰を下した。
「リアルブルーには『選挙』という制度があるそうです。これで決着をつけてみてはいかがでしょう? ヴァレリアンさんの言うように今回の件の原因が一部の住民にあるのなら、他の住民の皆さんはヴァレリアンさんを支持するでしょう。対して住民の皆さんの言っていることが正しければ、民意はヴァレリアンさんのやり方にNoを突きつけるはずです」
初めて聞く『選挙』という言葉に両者は戸惑った。それでも、女王の名の下に示された調停案とあっては是非もない。
「わかりました。その選挙? とやらで我が正しさを御前に詳らかにしてみせましょう」
ヴァレリアンはそう言って、自身が『立候補』することを宣言した。
一方、住民たちは困惑して「どうする?」「どうする?」と顔を見合わせた。彼らは役人たちに不満を持ってはいたが、だからと言って方策などがあるわけでもなかった。
結果、彼らはドニを担ぎ上げる事にした。……ちなみに、全くの事後承諾である。
こうして、グラズヘイム王国千年の歴史で初めて『選挙』が行われることになった。勿論、王国の制度として正式に行われるものではないし、この勝敗が今回の事件の裁定を決っするものではない。事実、『選挙』を行う意図を問われた王女は後日、「ふふ、一度、実際にどのようなものになるのか見てみたかったのですよね、選挙」と、自身の興味に端を発したものに過ぎないと明言している。
とは言え、『選挙』など聞いたこともない人々によって行われる『選挙』──『まっとう』に進むわけはなかった。
自候補者への支持を求める集会では互いに相手への罵声の浴びせ合いとなり、行き過ぎた者たちによる『有権者』たちへの票の買収、利益誘導、脅迫などが相次ぎ、事態を知ったドニなどは「おいおい、勘弁してくれよ……」と頭を抱えた。
そんな選挙戦に嫌気がさした一部の市民グループが、第三極とも言うべき新たな候補者を擁立した。
マリアンヌ・エルフェ。ジョアニス教会のシスターである。
「ヴァレリアン某などという権力の犬はこの街から追い出されるべきです。しかし、ここも王都となった以上、『ヤクザ者』にこの街を任せておくわけにもいきません」
市民グループのリーダーの説得に、マリアンヌは暫し沈黙し……
「よろしいでしょう」
と要請を受け入れた。
その立候補を知ったヴァレリアンは驚き、脅威を感じた。
マリアンヌはリベルタースからの逃避行において、地区の人々の精神的支柱となった存在──ドニなどよりもよっぽどの強敵だ。
ドニもまた驚愕した。マリアンヌという人間の性格を良く知っているが故に──
「おい。何を考えている?」
隠れて教会を訪れたドニは、彼女に訊ねた。
「……あなたは、自分が街の人々にとって、どのような……どのように思われているのか、一度、しっかりと思い知っておくべきです」
訳が分からん、とドニは頭を振った。
自分が嫌われ者のチンピラに過ぎないことなど、今更、改めて言われなくとも分かっている。
マリアンヌは溜め息を吐き、甲斐性なしを見るような眼でドニを見やった。
「貴方がそんなだから、こんな状況になっているのですよ?」
ヴァレリアンの指示が部下に飛んだ。
「人を雇え。開票作業に従事する人間を調べ、鼻薬を嗅がせろ。金で動かないものには、それ相応の手段を用いろ。もし、それが叶わぬ時には……或いは、立候補者に減ってもらう必要もあるかもしれん」
「先の円卓会議により、第六城壁外区域──通称『第七街区』は正式に王都の行政区画に組み込まれることが決定された」
地区を訪れた役人によってその布告がなされた時── 第七街区の人々は大地が震える程の大歓声を上げた。
「王都イルダーナ第七街区……!」
「これで俺たちも王都の民だ!」
一方、ドゥブレー一家の関係者は複雑な表情を見せた。正式に王都の一部になるということは、この地区にも王都から役人──行政官が送り込まれて来るということ。即ち、これまで街の為に働き続けたドニはお役御免となる。
「気にすんな。むしろホッとしているくらいなんだぜ、俺は。ようやく肩の荷が下りる、ってな」
居並ぶ部下たちに向かって、ドニはそう本音を吐露した。そして、これからは悠々自適の隠居生活だ、と、40代壮年の男は伸びをした。
「だが、まぁ、実務の引継ぎが終わるまでは暫く掛かるだろう。もう少し手伝ってくれ」
数日後。ドゥブレー地区(この名称もすぐに過去のものとなろう)を治める役人たちが派遣されて来た。
怜悧な印象のその男──地区行政官ヴァレリアン・ジャルベールは、出迎えたドニらを見るなりフンと鼻を鳴らし、即日の罷免を申し渡した。
ヴァレリアンの『統治』は地区の人々にとっては『ひどい』ものだった。彼はドゥブレー地区のあらゆる慣習・慣例を無視し、王都上層と同じような──即ち、法とエクラと縁故と大資本を重視する流儀を押し付けてきた。
ドニの支持者や新興商人たちは反発した。その声をヴァレリアンら役人たちは条例の乱発で抑え込もうとした。
そんなやり方に唯々諾々と従う程、地区の住人たちは大人しくもなかった。ドニの復権を求める運動が起こり、そして、治安部隊との衝突が多発した。
事態は時の経過と共に混迷の度を深め、やがて地区の目抜き通りでバリゲードを築いて睨み合う事態になって…… そこで『詳細な』報告を受けた女王システィーナが状況に介入した。
「女王陛下!?」
その姿を目の当たりにしたヴァレリアンは驚愕した。王都の端っこで起きたこんな『些末』な一件に王族が出張ってくるなど(公的には)前代未聞の事だった。
冗談じゃない、とヴァレリアンは思った。
女王陛下の事は尊敬している。門地門閥に依らず、実力と能力のある人材を登用し、政治の担い手を無能な貴族どもから有能な役人たち(例えば自分たちのような)へ徐々にシフトしていってるからだ。
ただ、同時に、王家の人間は政治に出張らず、奥に引っ込んでいてくれとも思っている。特に今回のように自力で片を付けようとしていた直前のタイミングでは、上司や同僚たちから自分の失点と見做されかねない。
(今回の件は地区の『既得権益者』どものが度を過ぎた反応を示しただけだ。こんな事で私が『無能』と見做されるのは断じて許し難い……!)
ヴァレリアンら役人たちは今回の事件の責任全てを、大人しく『法』に従わない『暴徒』に押し付けた。
住人たちは、自分たちの流儀を押し付ける役人たちの『横暴』が今回の事態を招いたのだ、と訴えた。
両者の話を一通り聞いた女王は、にっこりと笑って沙汰を下した。
「リアルブルーには『選挙』という制度があるそうです。これで決着をつけてみてはいかがでしょう? ヴァレリアンさんの言うように今回の件の原因が一部の住民にあるのなら、他の住民の皆さんはヴァレリアンさんを支持するでしょう。対して住民の皆さんの言っていることが正しければ、民意はヴァレリアンさんのやり方にNoを突きつけるはずです」
初めて聞く『選挙』という言葉に両者は戸惑った。それでも、女王の名の下に示された調停案とあっては是非もない。
「わかりました。その選挙? とやらで我が正しさを御前に詳らかにしてみせましょう」
ヴァレリアンはそう言って、自身が『立候補』することを宣言した。
一方、住民たちは困惑して「どうする?」「どうする?」と顔を見合わせた。彼らは役人たちに不満を持ってはいたが、だからと言って方策などがあるわけでもなかった。
結果、彼らはドニを担ぎ上げる事にした。……ちなみに、全くの事後承諾である。
こうして、グラズヘイム王国千年の歴史で初めて『選挙』が行われることになった。勿論、王国の制度として正式に行われるものではないし、この勝敗が今回の事件の裁定を決っするものではない。事実、『選挙』を行う意図を問われた王女は後日、「ふふ、一度、実際にどのようなものになるのか見てみたかったのですよね、選挙」と、自身の興味に端を発したものに過ぎないと明言している。
とは言え、『選挙』など聞いたこともない人々によって行われる『選挙』──『まっとう』に進むわけはなかった。
自候補者への支持を求める集会では互いに相手への罵声の浴びせ合いとなり、行き過ぎた者たちによる『有権者』たちへの票の買収、利益誘導、脅迫などが相次ぎ、事態を知ったドニなどは「おいおい、勘弁してくれよ……」と頭を抱えた。
そんな選挙戦に嫌気がさした一部の市民グループが、第三極とも言うべき新たな候補者を擁立した。
マリアンヌ・エルフェ。ジョアニス教会のシスターである。
「ヴァレリアン某などという権力の犬はこの街から追い出されるべきです。しかし、ここも王都となった以上、『ヤクザ者』にこの街を任せておくわけにもいきません」
市民グループのリーダーの説得に、マリアンヌは暫し沈黙し……
「よろしいでしょう」
と要請を受け入れた。
その立候補を知ったヴァレリアンは驚き、脅威を感じた。
マリアンヌはリベルタースからの逃避行において、地区の人々の精神的支柱となった存在──ドニなどよりもよっぽどの強敵だ。
ドニもまた驚愕した。マリアンヌという人間の性格を良く知っているが故に──
「おい。何を考えている?」
隠れて教会を訪れたドニは、彼女に訊ねた。
「……あなたは、自分が街の人々にとって、どのような……どのように思われているのか、一度、しっかりと思い知っておくべきです」
訳が分からん、とドニは頭を振った。
自分が嫌われ者のチンピラに過ぎないことなど、今更、改めて言われなくとも分かっている。
マリアンヌは溜め息を吐き、甲斐性なしを見るような眼でドニを見やった。
「貴方がそんなだから、こんな状況になっているのですよ?」
ヴァレリアンの指示が部下に飛んだ。
「人を雇え。開票作業に従事する人間を調べ、鼻薬を嗅がせろ。金で動かないものには、それ相応の手段を用いろ。もし、それが叶わぬ時には……或いは、立候補者に減ってもらう必要もあるかもしれん」
リプレイ本文
王都に正式に編入され、派遣されて来た行政官がそれまでのやり方を無視して強引な政治を始めた後── 旧住民の不平不満と抗議活動が渦巻く地区で、ハンターたちが交わす会話もその話題でもちきりとなっていた。
「ドニさんの頑張りのお陰で、ようやく王都になれたんだよね? でも、代わりに新しい行政官さんのやり方を受け入れないとならないんだよね?」
昼下がりの商店街。大衆食堂のテーブル席で昼食を採りながら、シアーシャ(ka2507)が向かいの席のラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)に話題を振った。
「……ま、編入の恩恵を享受するんやったら、王都が定めた法やルールに従うのも当然っちゃ当然やけどな」
「でもでも、少しずつ移行していくならともかく、突然180度も変わっちゃったら街の皆も困っちゃうよね?!」
シアーシャの言葉にラィルも「それはなぁ……」と嘆息した。……まったく。お役人さん方も少しは前任者に敬意を払い、少しずつ様子を見ながらその地区に合ったやり方を模索していけば良かったのに……
「……強引&性急すぎたんやろな。工夫や柔軟性がちーっとばかり足りんのかもしれんね」
「清い政治、清い運営──それが理想ではありますが、一気に変革するとどうしても歪みが出ますしね……」
サクラ・エルフリード(ka2598)もシアーシャとラィルに同意した。
「あまりにも性急に舵を切れば車も船も横転します。政治や経済も同じです…… 行政府にはその辺り、上手くやって欲しいものですが……」
だが、彼らの願いもむなしく対立は深まり、その深刻さは増していった。そして、まさかの女王システィーナのご降臨という事態に至った。
「まさか王女様が出て来るとは……」
以前と同じ大衆食堂── 日没後は大衆酒場となる店の同じテーブル席で感慨深く呟くエルフリード。……尚、彼女はとある理由から酒を飲むことは禁止されていた。ちなみに、年齢が理由ではない(
「『選挙』ねぇ…… まぁ、俺には関係関係ねぇ、かな……?」
木製ジョッキのエールを飲み干し、ルベーノ・バルバライン(ka6752)が呟いた。彼の興味は主に、ボランティアとして訪れ続けているジョアニス教会の皆にあった。彼らに火の粉が降り懸からぬ限り、誰が地区の頭になろうが構わない。勿論、ルベーノもドニの手腕は認めているし、教会関係で恩義もあるが……『選挙』なんて銘打たれてても、こいつは『権力闘争』だ。そのゴタゴタに巻き込まれるのだけは勘弁願いたい。
「ともあれ、これで騒ぎが収まってくれれば一番良い…… 私としてはドニさんには生え際を犠牲にしても、もう少し頑張ってもらいたいところですが……」
「ああ。正直、旦那が返り咲きゃァ万々歳なんだろうが…… 本人のやる気ばかりはどうしようもねえ」
エルフリードに頷くJ・D(ka3351)。肝心のドニが自身の返り咲きにまるで興味がない──問題はまさにそこだった。
「私も、ずっとドニさんだけに頼りきりなのもこの街にとってよくないと思うんだ。だって、ドニさんももう年だし(ぇ ずっと皆の為に頑張ってきてくれたから、今後はドニさん自身の時間も作ってもらいたいし」
結論から言えば、彼らが望む通りにはならなかった。
ドニ以外に対抗馬がいないドニ派の面々は、本人の同意を得ぬまま、自分たちの擁立候補として届け出を行ったのだ。
「おい、これはいったいどういうことだ……?」
事後承諾を得る為にやって来た大勢の支持者たちを、ドニは門前払いにした。困り切った面々は、共通の顔見知りであるハンターたちを頼ることにした。
「……そういうことは、やらかす前に相談して欲しいのですが」
事情を聞かされたエルバッハ・リオン(ka2434)は呆れつつも『相談役』を受け入れた。その場に同席していた(ちょうど昼食が終わったところだった)ディーナ・フェルミ(ka5843)も話の流れでなんとなくついていくことにした。
「そういうわけで、私はドニさんを支持します」
通された事務室で、エルは単刀直入にそう切り出した。
偶々事務所に居合わせたシアーシャが心配そうにドニを振り返った。ドニは寝癖頭をボリボリ掻きつつ、エルに続けるよう促した。
「ドニさんに復権していただくのが街の皆さんの幸せの為に一番良いと考えます。それだけの実績がドニさんにはある。一方、ヴァレリアン某は一度任せた挙句が現状ですから……」
「……今はゴタついているが、それも時間が解決するさ。相手は秀才官僚様だぞ? 俺なんかよりよっぽど良い街づくりをするかもしれん」
何気ないその一言が気になって、ディーナはジッとドニを見た。
「……何でかな、ドニさんが一番、ドニさん自身を信じてくれないの。他の人の事ならもっと冷静に見てくれるのに、ドニさんはドニさんにだけとっても厳しいの」
その一言に、ドニは虚を突かれた想いで絶句した。エルが肘でディーナの脇を突き、そのまま続けるように促した。
「えっと、その…… 多分、ドニさんは『私たちが見てるドニさん』と『ドニさんの思うドニさん』は違うって思っているの。自分が慕われているのは皆が『本当のドニさん』を知らないからだ、って。……でもね、私たち、知ってるよ。ちゃんとドニさんを見ているよ」
──ヴァレリアンは主張する。ドニが街を発展させてきたのは自分が甘い汁を吸う為だと。でも、そんなのは生きてりゃ当たり前。誰もが普通にやってることだ。
だからこそ、自分と同じ人間的な──同じ視点、同じ価値観で行動してくれるドニに、皆、先頭に立って欲しいって思ってる。ドニが同じ方向を──街の復興と発展へ向いてくれたから、皆も共に歩んで来れた。
「ここの人たちを下に見ている人なんかにこの街を纏められるわけはないの。ドニさん自身が信じても認めてもくれなくても、ドニさんはこの街のヒーローなの。それだけは分かって欲しいの」
そこまで熱弁を一気に振るって、ディーナはふぅ、と息を吐いた。いつの間にかソファから立ち上がってもいた。
その熱に当てられて、シアーシャもドニの隣からディーナの隣の席へと移った。彼女はドニの意向を最優先に考えていたが、ほんの少し、それを変えることにした。
「……これまでたくさん頑張って来たドニさんだからこそ、これからはゆっくり休んで欲しいっていう私の気持ちは変わらない。でも、ちょっとだけ……あとちょっとだけ、この街の為にドニさんの時間をくれないかな?」
ドニには後継者を育てて欲しい──シアーシャはそう告げた。聞けば、リアルブルーの選挙は1回限りで終わるものではないという。一定期間ごとに繰り返し行うことで、期待外れだったり、不正を働いたり、もっと良さそうな人材が現れたりした時に、交代させられるように出来ている。
「だから、ドニさんも、そういった制度を作って、ドニさんの意志とやり方を継ぐ後継者も育てて、それから引退っていうのは、ダメかな……?」
シアーシャがジッとドニを見つめる。ディーナとエル、そして、支援者たちも固唾を飲んでドニの返事を待ち続け……
それら幾十の視線に晒され、また言われたことを考えて…… ドニはガクリと頭を落として長い溜め息を吐いた後。どこか吹っ切れた様子で顔を上げた。
「……まぁ、元々、引継ぎが終わるまでは続けるつもりだったしな」
支援者たちは歓喜の感情を爆発させた。
それがドニが正式に選挙に立つことを決した瞬間だった。
●
ドニ、立候補を表明す── そのニュースは地区全体を爆発的に駆け巡った。
意気上がる支持者たち。『相談役』に就任したエルは早速幹部たちを招集し、選挙対策の打ち合わせを行うことにした。
「まず我々の現状についてですが、ドニさんの支持層は古くから地区に住んでいる人たちです。言わば『共に艱難辛苦を乗り越えて来た』人たちですね。対するヴァレリアン派は、第二・第三街区の老舗の大商人たちの莫大な資金力を背景に、復興後に地区へ移住して来た、所謂『新住民』たちから大きな支持を得ています」
票とグラフを用いた資料を指揮棒で指し示しながら、(なぜか)教師ルックに身を包んだエルが説明する。
「これは何を意味するか。新住民たちにとって、より多くの利をもたらしてくれる存在はヴァレリアンだと判断しているということです」
無理もない話ではあった。新住民の多くが、大商人たちが地区に展開する関連職種で働いているからだ。
「勝つ為にはこの岩盤支持層に穴を開けて、少しでも多くの票をこちらに取り込む必要があります。その為には、まず、彼らにドニさんのことを知ってもらわねばなりません」
新住民たちはドニの業績をよく知らないという。これは大いにマイナスだ。そこでまずはこれまでのドニの功績を彼らに説明する機会を設け、ヴァレリアンでなくとも大きな利益を生み出せると周知する必要がある。
「ただし、ただ説明するだけでは彼らの興味を惹くことはできません。ですので、物語仕立てにした上で、この様に……(と、自作のイラストが描かれたフリップを出すエル)……紙芝居形式で。また、成功談だけだと胡散臭く感じられる恐れがあるので、失敗談についても包み隠さず、ただし、あくまでその後の成功談を引き断てるように脚本や話し方を気を付ける必要があります」
その頃、当のドニ本人は、忙しい最中を抜け出して事務所の裏手でサボっていた。
偶々、それを見つけたJ・Dが咎めるでもなく、共に並んで腰を下ろし、地区の思い出話に花を咲かせた。
「……よくここまで頭ァ張ってきてくれたモンさ。旦那なくしちゃ今の街並みもあるめえ。お陰サンで、こちとらもこの街に深入りする羽目になっちまった。こンな根無し草の破落戸がよ、柄でも無ェってのに!」
自虐的にそう言いながら、J・Dは空を見上げた。長く関わってしまったからか、彼はここを第二の故郷と思えるくらいには愛着が湧いていた。……口に出すには気恥ずかしいが。……憚られる気持ちもあるが。
「笑わねぇよ」
ドニもまた空を見上げた。
「破落戸ってぇんなら、俺だって同じだ」
空を雲が流れていく。
そのまま暫しそれを眺めて……J・Dは「なぁ、旦那」と呼び掛けた。
「俺にはアンタに返り咲いてもらいたいっていう街の連中の気持ちが分かる気がするぜ? あいつらは多分、旦那がこれまでコツコツ積み上げて来たモンを全部ないがしろにされたようで、腹が立って仕方がねぇんだ、きっと」
選挙戦が始まった。
ドニはエルらの助言に従い、積極的に街に出向いて遊説を行った。特に力を入れたのは新住民が多く住む新興住宅地で、ディーナが護衛として張り付いて万が一の事態に備えた。
「あれだけドニさんを煽ったの。登るも沈むも一蓮托生なの。何があってもドニさんだけが沈むってことにはさせないから」
両手で雷鎚を握り締め、ドニの背を守ってキョロキョロ警戒の視線を振るディーナ。星神器を持ち出している辺り、彼女の本気がそこはかとなく垣間見える。
「とりあえず、リアルブルー式選挙の色々を教えて手助けしちゃうよ! ……と言っても、選挙なんて生徒会選挙しかしらないけど」
選挙の話を聞かされてその手伝いに駆けつけて来た時音 ざくろ(ka1250)が元気よく拳を突き上げながら(誰にともなく)宣言する。
そんなざくろを迎えに来て、共に「おー」と拳を上げてみせるエルフリード。その彼女はエルの策に従い、紙芝居(こちらにはエルフリードが描いたイラスト。猫が多い)を手に新興住宅街を回っていた。土管(?)の置かれた空地で、飴玉を餌に集めた子供たちに『ドニ物語』を語って聞かせ、最後に皆へ言い含める。
「ドニさんはスゴイんですよー。お父さんお母さんにもよろしく伝えてくださいねー。……ヴァレリアン? 私はよく知らないし、言う事ないなぁ……」
それを見ていたざくろが、彼女の最後の台詞を聞いて「それじゃあダメだよ!」と声を上げた。
「各候補者のことは公平に人々に報せないと……! ああ、こうしちゃいられない。各候補者のプロフィールや主張を纏めたチラシを作って、住民たちに配らないと……!」
居ても立ってもいられなくなったざくろはすぐにその場を離れると、その日の内にアポを取って両陣営に取材を敢行。そこで得た情報を纏めて、過去に得た知己を頼って正式なヘルメス情報局の号外として地区に配布した。
「それぞれの事をよく知らない人も居ると思うから。こうすれば皆に分かると思って……」
そう言って良い笑顔で額の汗を拭くざくろに、エルフリードが目を瞠った。
「意外です…… ざくろさんはてっきりドニ派かと……」
「気持ち的にはドニさんを応援してるけどね…… でも、ざくろはあくまで中立の立場で選挙のお手伝いができたら、って」
なぜそこまで、とエルフリードに問われて、ざくろは逆に驚いた。
「えっ? だって、選挙だよ? 王国で行われる初めての……! なら、みんなが楽しめるようにしなくっちゃ! だって、ここの人たちにとっては、『選挙ってこういうものなんだー』ってイメージが固まる大事なとこなんだから!」
こうしてグラズヘイム王国で初めての『選挙』は賑やかしく始まった。
エルもまた新興住宅街にある商店街の片隅で精力的に紙芝居の上映を続け、そして、話が終わる度にドニに投票するよう呼びかけると、慌ただしく片づけを終えて、次の現場を目指して走り出した。
「さあ、次です。仕事帰りの人たちが大勢通る目抜き通りの一角に場所を確保してあります。今度は歌とお芝居でドニさんの功績を新住民たちに知らしめます」
盛り場の片隅で、複数人数によるオペレッタが始まった。エルは演者の一人として、どこか扇情的で、しかし、女性の反感を買わぬようにあくまで綺麗と可愛いに重点を置いた衣装を纏って役を演じていった。
とは言え、選挙も民主主義も知らない人々がやる初めての『選挙』── まともに進むはずもなく。すぐに互いの支持者によって、票の買収や脅迫行為が頻発するようになった。
最初は裏でひっそりと…… やがて、見せしめを兼ねて大胆に。
「んだぁ、この店は客に(ピーッ!)入りのスープを飲ますのかぁ、アァン?!」
真昼の商店街の一角に怒声が鳴り響き、投げ捨てられた椅子が表の通りに跳ね転がった。
客のふりして店に入って、難癖をつけて暴れる嫌がらせ── それは買収や脅迫に応じない対立候補支持者に対する実力行使に他ならなかった。
「なんか、バブル期の地上げ屋みたいな連中が湧いているんだけど!?」
「ちょっと前の第七街区では日常茶飯事ではありましたけどね……」
偶然、現場近くを通りかかったざくろとエルフリードが、突入して暴漢らを制圧した。
「こういうの、止めた方がいいよ! 選挙って、悪い事をすると候補者の人気に跳ね返って来るんだよ!?」
「ヘッ、何の話だか……」
相手を慮ってのざくろの言葉に、しかし、実行者たちは認めない。
(発展途上国の選挙ってこんな感じなのかなぁ……いや、もっと酷いのかも)
ざくろは改めて痛感した。自分が知ってる選挙って、平和で安全な国の『綺麗な選挙』なんだなぁ、と……
「……選挙が市街戦の様相を呈してきたわけだが、さて……」
地区に吹き荒れ始めた『抗争』の嵐に、街へ買い出しに来ていたルベーノが眉をひそめた。
(念の為、今後は教会周辺の見回りを強化した方が良さそうだな……)
……などと考えながら、特に足早になるでもなく堂々と教会へ帰還する。
「これ、女王が腹黒だよね。そうでなかったら、ただの騒乱好きのおバカさん?」
宵待 サクラ(ka5561)もまたそんな街の様子を屋根の上から見やって吐き捨てるように呟いた。
それでも一応小声なのは、女王の覚えをめでたくしておきたい個人的な理由があったからだ。
「選挙に関して、賄賂も脅迫も実力行使も禁止行為として罰則を設けておけばよかったのに」
いや、勿論、それらの行為は本来、選挙に関係なく王国の法によって禁止されている。
にも拘らず、彼らはそれをする。構わずにそれをやる。
「なんだなんだ?! 選挙ってなァどこぞの頭目の縄張り争いと何も変わりゃしねェのかい!? 各人が手前の意思で投票できなきゃ、せっかくの選挙も台無しだろうが!」
事態を知ったJ・Dはすぐに地区の顔馴染たち──今は条例で禁止されている『自警団』関係者──たちに声を掛け、区民の自由意思を脅かす行為は敵味方の区別なく取り締まるように呼び掛けた。
以降、暴力沙汰がある度にすぐにドニ派の自警団が駆けつけ、敵味方の区別なく迅速に『実力を以って』制圧していった。(ああ、『みかじめ料』って、こういう時代、世界だとちゃんと意味があったんだなぁ……)とざくろはまた一つ大人になった。
だが、中にはドニ派同士で示し合わせて見逃す様な輩も出始めて…… 報告を受けたドニは「マジで勘弁しろよ……?」と俯いて額を押さえ、目だけをギロリと前へと向けた。
「……安易な行動には出ないように。相手に利用される恐れがあります。こちらから暴力を振るう者などが出ないよう徹底してください。よろしくお願いします」
エルはすぐに幹部クラスを集めて釘を刺した。事態は彼らが考えているよりずっと重い。
「王都の役人たちが投入されるようなことになったら、目も当てられませんよ……」
相手には、選挙の経過や結果に関係なく全てをご破算にしてしまえる手段がある──エルフリードの言葉に幹部たちは慄き、唾を呑んだ。
●
「『選挙管理委員会』を設置しましょう!」
街の現状を憂いたざくろが、両陣営を訪れてそう訴えた。
「選挙に関する諸々を管理する、中立公平の機関です。立候補者のポスターを製作・掲示したり、選挙民の皆さんへ選挙の意義を伝えたり、投票日時と場所を周知、投票所の設置と管理と不正の監視等々、選挙に関する諸々の雑務を引き受けます。人材は中立の立場の人間を集めますが、心配ならそれぞれの陣営から人を寄越してもらってもいいです。ともかく、これ以上、選挙戦がひどくならないように、協力をお願いします」
ざくろが中立の立場で活動して来た事は、両陣営の人間もよく知っていた。何より、これ以上、事態がエスカレートする事は双方ともに避けたかった。
遅まきながらも紳士協定が結ばれることとなった。しかし、選挙戦は新たな局面を迎える。
荒れていくばかりの現状に嫌気がさした市民の一派が、地区の『英雄』であるジョアニス教会のシスターマリアンヌを担ぎ上げたのだ。
「選挙には出ましょう。しかし、教会の業務に影響が出るのは困ります」
その条件で立候補を了承したマリアンヌは一切、講演や街頭演説などは行わなかった。それでも、信心深いエクラ教徒たちや良識派と呼ばれる人たちを中心に支持を拡大。瞬く間に選挙を左右する程の勢力へと伸長した。
「元復興担当官のルパート氏に会ってドニさんへの支持を取り付けて来ました。……当てになるかは別ですが」
第二事務所教会、事務室── 選挙演説の為にこの地を訪れ、そこで休憩に入ったドニの元へ、王都で根回しを済ませて来たエルフリードが報告の為に訪れた。
「ご苦労だったな、サクラ。……しかし、マリアンヌの所に行かなくて良かったのか?」
「確かに私はエクラ教徒ですが、教会の人を支持している、というわけでもないので……」
涼し気な表情で答えるエルフリード。ドニの問いに「はうっ!?」と呻いたのは、むしろ護衛役のディーナだった。
「た、確かに、気にはなったけど……やっぱりドニさんと一蓮托生なの」
あせあせっとしながら言い募るディーナに笑って礼を返すドニ。実際、彼女はよくやってくれていた。ドニが外出する時には張り付いて警護を行い、日が沈んだ後もドニの部屋の前でずっと寝ずの番を続けていた。
マリアンヌ、立つ── その報を聞いたラィルはやれやれと頭を振った。……彼はこの場にいるものの、どこの勢力にも肩入れはしていなかった。強いて言うなら、女王が提案したこの選挙自体が上手くいくことを望んでいる。
「今の状況では、誰が選ばれたとしても街の住民が分裂したままになるんやないか? 勝ち負けを越えて今後どうしたら地区の皆が一つに纏まることができるんか……選挙で選ばれた人を皆が納得して受け入れられるか、考える必要あるんやないかなあ」
ラィルの言葉に、ドニとエルフリードが顔を見合わせた。ラィルはそんな二人を「いや、分かっとる」と手で制した。
「お役人さんのやり方が受け入れられずに、今みたいなことになっとんのやからな。あちらが勝ったら、また元の木阿弥や」
なので、まず大前提としてドニかマリアンヌが勝つ必要がある。その上で、お役人さんにある程度の地位と立場を用意して協力を持ち掛けたりして、ヴァレリアン派の人にも納得してもらえれば一番良いのだが……
「……どっちかが立候補を辞退して、票を一つに纏めるわけにはいかんかなあ……?」
ラィルが天井を見上げてポツリと呟くと、シアーシャが「おおっ!」と感動の面持ちで立ち上がった。
「私も! ドニさんがマリアンヌさんを適任だと思うなら、彼女に勝ちを譲って、慣れるまで支えてあげたりでも良いと思うんだ。ドニさんも少しは休めるし…… 今後は王都の一部になるならヴァレリアンさんの知識も必要になってくると思うし、皆で協力し合って、少しずつ変えていければ……」
全員の力が必要なのだ。そして、それを纏められるのはドニさんしかいないんだよ……! そこまで熱く語ったところでハッと気づいて、シアーシャは上目遣いでドニを見た。
「……って、やっぱり難しいのかな?」
「そうだな…… 問題があるとすれば、俺とマリアンヌの支持層の違いだろうな」
ドニは言う。マリアンヌを担ぎ上げた『市民グループ』は『政治家』というものに何よりも清廉潔白を求めるタイプだ。対して、ドニ派は政治的な実力さえあるなら『些末事』には気にしない。
「勿論、対ヴァレリアンという一点で被っている支持層も多くいる。それを纏められるなら……」
同刻。ジョアニス教会、正門前──
荷物を手に教会を抜け出したルベーノが、何食わぬ顔で近所の集会所を訪れた。
表向きには、配給物資を周辺住民に配る為。その実は、今回の選挙について皆と話し合う為だ。
「最近、シスターに会えていない。いつも例の『市民グループ』がべったりと張り付いていて……」
「あいつら、『マリアンヌ様にはその様な些事を働いている暇はない』だとよ。何様のつもりだ!」
マリアンヌ派の中から噴き出す中心グループに対する不満の声── ルベーノは頷いた。選挙に関わるつもりはなかったが『火の粉が掛かる』となれば話は別だ。
「……俺個人はドニが政治の舵を取りつつ、マリアンヌが補佐する形が一番良いと思う。……皆はどうだ?」
街で起きている騒乱は、どうにもヴァレリアン派が仕掛けているような気がする── そう考えた宵待は、一人、ヴァレリアンの官舎へ張り付いていた。
彼女もまた、選挙自体に関心はなかった。しかし、女王が提案したこの選挙を上手く運ばせて点数を稼げば、とある人物の後ろ盾になってもらえるかもしれない。
(業腹なことではあるけどねー……っと)
行政官の官舎を訪ねる人影に気付いて、宵待はサッと物陰に隠れた。
……時刻は既に真夜中を過ぎ。好き好んで出歩く者はいない。
(怪しい……)
宵待は『ナイトカーテン』を纏って姿を隠し、気配を消すと、官舎への侵入を開始した。警護はかなり厳重だったが、中に入ってしまえばそこまでではなかった。
それでも執務室と思しき扉の前に見張りがいたので、宵待は別の部屋に侵入し、そこの窓から外に出た。そして、壁歩きで執務室まで歩いて行って窓に聞き耳を立てた。
……会話の内容から、相手はヴァレリアンを支持する大商人の一人と知れた。会話は主にマリアンヌ派の立ち上げによる不利に関する話で……やがて、宵待はヴァレリアンが発した決定的な言葉を耳にした。
「人を雇え。開票作業に従事する人間を調べ、鼻薬を嗅がせろ。金で動かないものには、それ相応の手段を用いろ。もし、それが叶わぬ時には……或いは、立候補者に減ってもらう必要もあるかもしれん」
(本来の使い方ではないが)言質は取った。
報告を受けた星野 ハナ(ka5852)は、宵待やJ・Dらと共に取材と称してヴァレリアンへの面会を申し込み、応接室へと乗り込んだ。
「暴力は連鎖するものですぅ。殴ったら殴り返される。或いは、報復に一族郎党皆殺しにされるかもしれません。その線引きを、どこでつけるか……貴方はきちんと見定めされてますかぁ?」
いきなり穏当ではない質問を浴びせられて、ヴァレリアンは面食らった。とりあえず、自分も事態は憂慮している、とだけ答えて様子を窺う。
「ええ、ええ。私もそう願って止みません。……なんせリアルブルーでは、平民を人とも思わぬ王侯貴族の横暴に堪りかねた民衆がぁ、王も貴族も皆殺しにして国家転覆──なんて事例は、掃いて捨てる程ありますしぃ。今、貴方がまさに足を突っ込みかけてることはぁ、理解しておいた方がよろしいかと思いますよぅ」
今回の選挙を指示したのは女王だ。その選挙の最中、ヴァレリアンの指示で平民への暴力沙汰が横行したとなれば、恨みはそれを起こした人間と……女王に向かうことになる。
「選挙が破綻した場合、女王の権威は失墜し、貴族・役人に対する平民の反発を招くのは分かってますよね? ……私も、王国に対する御恩の感情はあるのでぇ、女王陛下に害となるような馬鹿者に遭遇したらぁ、塵も残さずに焼いちゃうかもしれませんしぃ?」
顔の横でわざとらしく紫光大綬章をクルクル弄びながら、ハナ。ヴァレリアンは顔をしかめて、「ちょっと待て」と口を挟んだ。
「さっきから何の話をしているんだ? まるで私が部下に暴力沙汰を指示しているような言い方じゃないか」
「違うの? だって、私、きちんとこの耳で聞いたよ? 『それ相応の手段を用いろ』とか『立候補者に減ってもらう必要もあるかも』とか」
「なっ……!?」
宵待が告げるとヴァレリアンはゾッとした。しかし、その事実を追及するより、反駁する必要性が勝った。
「それは、金を積んで動かぬ者には誠心誠意説得(=脅迫)しろという意味だ! 暴力なんて、そんな野蛮な……」
「またまたぁ~、そんなこと言ってぇ……」
片手を振って言い掛けたハナは、思っていたよりずっと真剣・真摯なヴァレリアンの表情を見て、言葉に詰まった。
「え? マジ……?」
「……どうやら、お宅の部下の中に、貴方の言葉を『曲解』して強硬手段に出た者がいるようですな」
それまで黙っていたJ・Dがそう言って、やれやれと腰を上げた。
「……ところで貴方は『自分が統治するかもしれない』街を自分の足で歩いたことがありますか?」
J・Dはお忍びでヴァレリアンを街に連れ出した。住宅街を歩いて主婦らに日々の暮らしについて聞き、商店街を歩いて景気を訊ねる。
最後に、盛り場の居酒屋で定食を食べ、安酒を頼んだ。ハンターたちがよく利用してる件の店だった。
「どうだい? ドゥブレー地区の人たちは」
「……とても下品で、猥雑だ。会話に知性や教養というものが感じられない」
「だが、そんな彼らが……彼らこそが、廃墟と焼野原と化したこの街をここまで復興させたんだぜ?」
J・Dは、街が焼ける度に幾度も足掻いてきた第七街区の歴史を──庶民目線の苦労話を笑い話を織り交ぜ、語って聞かせた。今日、出会った街の人々のエピソードも知る限り──
(実際に彼らを見て、間近で街の歴史に触れ合って…… それで感じるものがあるならば、歩み寄れる日も来るかもしれない)
「……ここまで言っても『やる』のならぁ、ばれずにやる方向でいくんでしょーねぇ」
「『やる』だろうねー…… 狙うのは、人気があって対抗馬になりそうなマリアンヌ派かな。ドニ派と比べて警備も薄そうだし……」
辞した庁舎を振り返りながら、呟くハナと宵待。たとえ行政官本人に『やる』気がなくとも、支援者たちの方が黙っているはずがない。
宵待はすぐに行動を開始した。目標は先日、行政官と夜に密会をしていた大商人だ。あの時、官舎から帰る商人を尾行して、既にヤサの場所は調べてあった。
地区の住人の恰好をして、尾行と張り込みを続けた。そうして、遂に商家の番頭といかにも『荒事の専門家』といった風情の男が密会する場面を突き止めた。
「我が主人はヴァレリアン氏に多額の『投資』をしている。こんなところで躓いてもらっては、全てが無駄になってしまう」
「お任せくだせぇ。金さえもらえれば仕事はきっちりさせていただきやす」
別れる番頭とならず者。宵待は今度はならず者の後を尾けた。
その際、自分と同じように彼らを見張っている存在に気が付いた。その正体を探ることはできなかったが……
(あれは……メイド服???)
●
シスターマリアンヌに立候補を取り下げさせるのに一番有効な方法は、孤児院の子供を誘拐して脅すことだろう。
しかし、教会はルベーノたちが護衛と見回りを強化しており、子供たちも教会から外には出ないよう言い聞かせられていた。
故に、悪漢たち他を狙った。──独立して孤児院を出た出身者たちを。
「ユーナ・シャンティだな……?」
夕方。人気のない路地裏で、職場から自宅へ帰る一人の女性に男たちが声を掛けた。
女性は怯えた様に後退さり、周囲を見回して誰も助けがいない事を確認すると…… 布に包んで隠していた聖罰剣を引き抜き、目にも止まらぬ勢いで男たちを斬り払った。
「……安心して。『活人剣』よ。まだ囀ってもらうことがあるからね」
そう呟き剣を収めたのは、変装した宵待だった。悪漢たちの計画は、宵待によって全て調べ上げられていた。
同じ頃、他の卒園者たちに対する襲撃も、手分けして警戒に当たっていたエルやハナ、エルフリードらによって防がれた。
宵待と同様に、『活人剣』と『縦横無尽』で犯人を捕縛するハナ。エルはスリープクラウドで纏めて敵を無力化すると、範囲外にいた悪漢たちに警告をした上で、仲間たちを取り戻しに来た彼らを再度の眠りの雲、および攻撃魔法で倒していった。
事件の報はすぐにざくろの手により、ヘルメス情報局の新聞号外として街に周知された。その際、記事にはドニとヴァレリアンが暴力沙汰は望んでいない事実も記された。
そして、街は投票日を迎え── ざくろら選挙管理委員会の監視の下、選挙が始まった。
「どんな結果が出るにせよ、この街がいい方向に進んでくれるといいのですが…」
「誰に決まるにせよ、だ。俺ァこの街を見守り、その未来に協力するさ」
投票する人々を見守りながら、呟くエルフリードとJ・D。投票率は9割を超え、街の人々の関心の高さが浮き彫りとなった。
そして、厳正な開票作業が行われ……選挙結果が発表された。
得票数1位は、ドニだった。当初、優勢と見られたマリアンヌは圧倒的な最下位で、勝利を確信していた市民グループは愕然とした。
「結果が出たようですね」
そこへタイミングよく現れる女王システィーナ。その傍らに控える侍従長マルグリッド・オクレールを見た宵待は、その姿を見てアッと声を上げた。
(メイド服……! 見た顔とは違うけど……!)
ざくろやハナらは同時に気付いた。──あ、これ、黄○さまだ。水○のご老公的なやつ──
「地区行政官ヴァレリアン・ジャルベール」
「ハッ」
「今回の事態は、貴方が特定の業者に拘泥した事が全ての原因です。挙句、その暴走を止められなかった……分かっていますね?」
「……ハッ」
膝をついたヴァレリアンは更に深く頭を垂れた。言い訳をしなかったのは、ハナやJ・Dの言葉が脳裏にあったからだ。
「それでは、ヴァレリアン・シャルベールはここに罷免し、新たな行政官を派遣するものとします。……つきましては、ドニ・ドゥブレー」
「ハ」
「貴方を我が名の下に地区の行政官補佐に任命します。新たな行政官が赴任するまで代行し、その後もよろしく補佐してあげてください」
そう言って最後ににっこり笑い掛けると、女王一行は踵を返した。ドニは「怖い女(ひと)だ……」との印象を胸にその背を見送った。
去り際、宵待は女王に向かってそっと声を掛けた。
「……貴女ならもっと早くに手が打てたのでは? そうすれば、『貴女の国民たち』が無駄に害されることもなかったんじゃあ……」
「証拠も無しに処罰をするわけにはいきませんでしたからね。貴女が報告してくださった情報はとても役に立ちましたよ?」
そう告げて去っていく女王の姿を、女王であり続けようとするシスティーナの姿を、ラィルは人込みの中から見送った。
気付いたのか気付かなかったのか……ふと立ち止まり、辺りを見回しながら去る女王へ、ラィルは(頑張れ……!)とエールを送った。
「おめでとうございます、ドニさん」
選挙に勝利したドニへ祝福の言葉を贈るエルフリードや護衛のディーナ、『相談人』エルら支持者たち。ドニはそれに返礼してから席を外し……訪れていたマリアンヌに胡散臭そうな目を向けた。
「おい、いったい何をしやがったんだ……?」
「私は何も。ただ、説法の終わりに毎回『誰が一番この街の発展に貢献してきたか、誰が身を粉にして働いてきたか、それをよく考えて投票してください』と言っただけですよ」
その結果、マリアンヌのエクラ教徒票の多くがドニの元へと流れた。大商人がやらかしたヴァレリアン派と対照的に。
「だから言ったでしょう? あなたは、自分が街の人々にとって、どのような存在なのか、一度、しっかりと思い知っておくべきです』と…… 皆が貴方を信任しているのです。これに懲りたらもう勝手に舞台を下りようとは思わないことですね」
そう言って立ち去るマリアンヌを見て、改めて「女は怖いな……」と呟いた。
迎えに出ていたざくろが、気の毒そうにドニへ訪ねた。
「ドニさん……リアルブルーの良いかつらとか探しておきましょうか?」
当選後の打ち上げを終えて。J・Dが一人、ドニを出迎えた。
二人で迎え酒を飲みにいこうと誘いに来たのだった。
「溜め込んだものもあるだろう。そいつを吐き出しちまえよ、俺にだけ。なに、ちょっとの間あんたがいなくても、この街は変わりつつも続いてゆくだろうさ」
ドニが目頭を押さえた。
「……泣かせるなよ、おい」
「そう思って、知り合いがいなくて人の多い店を選んである。そうして、明日からはまた、皆が望むドニ・ドゥブレーに戻って頑張るといいさ」
「ドニさんの頑張りのお陰で、ようやく王都になれたんだよね? でも、代わりに新しい行政官さんのやり方を受け入れないとならないんだよね?」
昼下がりの商店街。大衆食堂のテーブル席で昼食を採りながら、シアーシャ(ka2507)が向かいの席のラィル・ファーディル・ラァドゥ(ka1929)に話題を振った。
「……ま、編入の恩恵を享受するんやったら、王都が定めた法やルールに従うのも当然っちゃ当然やけどな」
「でもでも、少しずつ移行していくならともかく、突然180度も変わっちゃったら街の皆も困っちゃうよね?!」
シアーシャの言葉にラィルも「それはなぁ……」と嘆息した。……まったく。お役人さん方も少しは前任者に敬意を払い、少しずつ様子を見ながらその地区に合ったやり方を模索していけば良かったのに……
「……強引&性急すぎたんやろな。工夫や柔軟性がちーっとばかり足りんのかもしれんね」
「清い政治、清い運営──それが理想ではありますが、一気に変革するとどうしても歪みが出ますしね……」
サクラ・エルフリード(ka2598)もシアーシャとラィルに同意した。
「あまりにも性急に舵を切れば車も船も横転します。政治や経済も同じです…… 行政府にはその辺り、上手くやって欲しいものですが……」
だが、彼らの願いもむなしく対立は深まり、その深刻さは増していった。そして、まさかの女王システィーナのご降臨という事態に至った。
「まさか王女様が出て来るとは……」
以前と同じ大衆食堂── 日没後は大衆酒場となる店の同じテーブル席で感慨深く呟くエルフリード。……尚、彼女はとある理由から酒を飲むことは禁止されていた。ちなみに、年齢が理由ではない(
「『選挙』ねぇ…… まぁ、俺には関係関係ねぇ、かな……?」
木製ジョッキのエールを飲み干し、ルベーノ・バルバライン(ka6752)が呟いた。彼の興味は主に、ボランティアとして訪れ続けているジョアニス教会の皆にあった。彼らに火の粉が降り懸からぬ限り、誰が地区の頭になろうが構わない。勿論、ルベーノもドニの手腕は認めているし、教会関係で恩義もあるが……『選挙』なんて銘打たれてても、こいつは『権力闘争』だ。そのゴタゴタに巻き込まれるのだけは勘弁願いたい。
「ともあれ、これで騒ぎが収まってくれれば一番良い…… 私としてはドニさんには生え際を犠牲にしても、もう少し頑張ってもらいたいところですが……」
「ああ。正直、旦那が返り咲きゃァ万々歳なんだろうが…… 本人のやる気ばかりはどうしようもねえ」
エルフリードに頷くJ・D(ka3351)。肝心のドニが自身の返り咲きにまるで興味がない──問題はまさにそこだった。
「私も、ずっとドニさんだけに頼りきりなのもこの街にとってよくないと思うんだ。だって、ドニさんももう年だし(ぇ ずっと皆の為に頑張ってきてくれたから、今後はドニさん自身の時間も作ってもらいたいし」
結論から言えば、彼らが望む通りにはならなかった。
ドニ以外に対抗馬がいないドニ派の面々は、本人の同意を得ぬまま、自分たちの擁立候補として届け出を行ったのだ。
「おい、これはいったいどういうことだ……?」
事後承諾を得る為にやって来た大勢の支持者たちを、ドニは門前払いにした。困り切った面々は、共通の顔見知りであるハンターたちを頼ることにした。
「……そういうことは、やらかす前に相談して欲しいのですが」
事情を聞かされたエルバッハ・リオン(ka2434)は呆れつつも『相談役』を受け入れた。その場に同席していた(ちょうど昼食が終わったところだった)ディーナ・フェルミ(ka5843)も話の流れでなんとなくついていくことにした。
「そういうわけで、私はドニさんを支持します」
通された事務室で、エルは単刀直入にそう切り出した。
偶々事務所に居合わせたシアーシャが心配そうにドニを振り返った。ドニは寝癖頭をボリボリ掻きつつ、エルに続けるよう促した。
「ドニさんに復権していただくのが街の皆さんの幸せの為に一番良いと考えます。それだけの実績がドニさんにはある。一方、ヴァレリアン某は一度任せた挙句が現状ですから……」
「……今はゴタついているが、それも時間が解決するさ。相手は秀才官僚様だぞ? 俺なんかよりよっぽど良い街づくりをするかもしれん」
何気ないその一言が気になって、ディーナはジッとドニを見た。
「……何でかな、ドニさんが一番、ドニさん自身を信じてくれないの。他の人の事ならもっと冷静に見てくれるのに、ドニさんはドニさんにだけとっても厳しいの」
その一言に、ドニは虚を突かれた想いで絶句した。エルが肘でディーナの脇を突き、そのまま続けるように促した。
「えっと、その…… 多分、ドニさんは『私たちが見てるドニさん』と『ドニさんの思うドニさん』は違うって思っているの。自分が慕われているのは皆が『本当のドニさん』を知らないからだ、って。……でもね、私たち、知ってるよ。ちゃんとドニさんを見ているよ」
──ヴァレリアンは主張する。ドニが街を発展させてきたのは自分が甘い汁を吸う為だと。でも、そんなのは生きてりゃ当たり前。誰もが普通にやってることだ。
だからこそ、自分と同じ人間的な──同じ視点、同じ価値観で行動してくれるドニに、皆、先頭に立って欲しいって思ってる。ドニが同じ方向を──街の復興と発展へ向いてくれたから、皆も共に歩んで来れた。
「ここの人たちを下に見ている人なんかにこの街を纏められるわけはないの。ドニさん自身が信じても認めてもくれなくても、ドニさんはこの街のヒーローなの。それだけは分かって欲しいの」
そこまで熱弁を一気に振るって、ディーナはふぅ、と息を吐いた。いつの間にかソファから立ち上がってもいた。
その熱に当てられて、シアーシャもドニの隣からディーナの隣の席へと移った。彼女はドニの意向を最優先に考えていたが、ほんの少し、それを変えることにした。
「……これまでたくさん頑張って来たドニさんだからこそ、これからはゆっくり休んで欲しいっていう私の気持ちは変わらない。でも、ちょっとだけ……あとちょっとだけ、この街の為にドニさんの時間をくれないかな?」
ドニには後継者を育てて欲しい──シアーシャはそう告げた。聞けば、リアルブルーの選挙は1回限りで終わるものではないという。一定期間ごとに繰り返し行うことで、期待外れだったり、不正を働いたり、もっと良さそうな人材が現れたりした時に、交代させられるように出来ている。
「だから、ドニさんも、そういった制度を作って、ドニさんの意志とやり方を継ぐ後継者も育てて、それから引退っていうのは、ダメかな……?」
シアーシャがジッとドニを見つめる。ディーナとエル、そして、支援者たちも固唾を飲んでドニの返事を待ち続け……
それら幾十の視線に晒され、また言われたことを考えて…… ドニはガクリと頭を落として長い溜め息を吐いた後。どこか吹っ切れた様子で顔を上げた。
「……まぁ、元々、引継ぎが終わるまでは続けるつもりだったしな」
支援者たちは歓喜の感情を爆発させた。
それがドニが正式に選挙に立つことを決した瞬間だった。
●
ドニ、立候補を表明す── そのニュースは地区全体を爆発的に駆け巡った。
意気上がる支持者たち。『相談役』に就任したエルは早速幹部たちを招集し、選挙対策の打ち合わせを行うことにした。
「まず我々の現状についてですが、ドニさんの支持層は古くから地区に住んでいる人たちです。言わば『共に艱難辛苦を乗り越えて来た』人たちですね。対するヴァレリアン派は、第二・第三街区の老舗の大商人たちの莫大な資金力を背景に、復興後に地区へ移住して来た、所謂『新住民』たちから大きな支持を得ています」
票とグラフを用いた資料を指揮棒で指し示しながら、(なぜか)教師ルックに身を包んだエルが説明する。
「これは何を意味するか。新住民たちにとって、より多くの利をもたらしてくれる存在はヴァレリアンだと判断しているということです」
無理もない話ではあった。新住民の多くが、大商人たちが地区に展開する関連職種で働いているからだ。
「勝つ為にはこの岩盤支持層に穴を開けて、少しでも多くの票をこちらに取り込む必要があります。その為には、まず、彼らにドニさんのことを知ってもらわねばなりません」
新住民たちはドニの業績をよく知らないという。これは大いにマイナスだ。そこでまずはこれまでのドニの功績を彼らに説明する機会を設け、ヴァレリアンでなくとも大きな利益を生み出せると周知する必要がある。
「ただし、ただ説明するだけでは彼らの興味を惹くことはできません。ですので、物語仕立てにした上で、この様に……(と、自作のイラストが描かれたフリップを出すエル)……紙芝居形式で。また、成功談だけだと胡散臭く感じられる恐れがあるので、失敗談についても包み隠さず、ただし、あくまでその後の成功談を引き断てるように脚本や話し方を気を付ける必要があります」
その頃、当のドニ本人は、忙しい最中を抜け出して事務所の裏手でサボっていた。
偶々、それを見つけたJ・Dが咎めるでもなく、共に並んで腰を下ろし、地区の思い出話に花を咲かせた。
「……よくここまで頭ァ張ってきてくれたモンさ。旦那なくしちゃ今の街並みもあるめえ。お陰サンで、こちとらもこの街に深入りする羽目になっちまった。こンな根無し草の破落戸がよ、柄でも無ェってのに!」
自虐的にそう言いながら、J・Dは空を見上げた。長く関わってしまったからか、彼はここを第二の故郷と思えるくらいには愛着が湧いていた。……口に出すには気恥ずかしいが。……憚られる気持ちもあるが。
「笑わねぇよ」
ドニもまた空を見上げた。
「破落戸ってぇんなら、俺だって同じだ」
空を雲が流れていく。
そのまま暫しそれを眺めて……J・Dは「なぁ、旦那」と呼び掛けた。
「俺にはアンタに返り咲いてもらいたいっていう街の連中の気持ちが分かる気がするぜ? あいつらは多分、旦那がこれまでコツコツ積み上げて来たモンを全部ないがしろにされたようで、腹が立って仕方がねぇんだ、きっと」
選挙戦が始まった。
ドニはエルらの助言に従い、積極的に街に出向いて遊説を行った。特に力を入れたのは新住民が多く住む新興住宅地で、ディーナが護衛として張り付いて万が一の事態に備えた。
「あれだけドニさんを煽ったの。登るも沈むも一蓮托生なの。何があってもドニさんだけが沈むってことにはさせないから」
両手で雷鎚を握り締め、ドニの背を守ってキョロキョロ警戒の視線を振るディーナ。星神器を持ち出している辺り、彼女の本気がそこはかとなく垣間見える。
「とりあえず、リアルブルー式選挙の色々を教えて手助けしちゃうよ! ……と言っても、選挙なんて生徒会選挙しかしらないけど」
選挙の話を聞かされてその手伝いに駆けつけて来た時音 ざくろ(ka1250)が元気よく拳を突き上げながら(誰にともなく)宣言する。
そんなざくろを迎えに来て、共に「おー」と拳を上げてみせるエルフリード。その彼女はエルの策に従い、紙芝居(こちらにはエルフリードが描いたイラスト。猫が多い)を手に新興住宅街を回っていた。土管(?)の置かれた空地で、飴玉を餌に集めた子供たちに『ドニ物語』を語って聞かせ、最後に皆へ言い含める。
「ドニさんはスゴイんですよー。お父さんお母さんにもよろしく伝えてくださいねー。……ヴァレリアン? 私はよく知らないし、言う事ないなぁ……」
それを見ていたざくろが、彼女の最後の台詞を聞いて「それじゃあダメだよ!」と声を上げた。
「各候補者のことは公平に人々に報せないと……! ああ、こうしちゃいられない。各候補者のプロフィールや主張を纏めたチラシを作って、住民たちに配らないと……!」
居ても立ってもいられなくなったざくろはすぐにその場を離れると、その日の内にアポを取って両陣営に取材を敢行。そこで得た情報を纏めて、過去に得た知己を頼って正式なヘルメス情報局の号外として地区に配布した。
「それぞれの事をよく知らない人も居ると思うから。こうすれば皆に分かると思って……」
そう言って良い笑顔で額の汗を拭くざくろに、エルフリードが目を瞠った。
「意外です…… ざくろさんはてっきりドニ派かと……」
「気持ち的にはドニさんを応援してるけどね…… でも、ざくろはあくまで中立の立場で選挙のお手伝いができたら、って」
なぜそこまで、とエルフリードに問われて、ざくろは逆に驚いた。
「えっ? だって、選挙だよ? 王国で行われる初めての……! なら、みんなが楽しめるようにしなくっちゃ! だって、ここの人たちにとっては、『選挙ってこういうものなんだー』ってイメージが固まる大事なとこなんだから!」
こうしてグラズヘイム王国で初めての『選挙』は賑やかしく始まった。
エルもまた新興住宅街にある商店街の片隅で精力的に紙芝居の上映を続け、そして、話が終わる度にドニに投票するよう呼びかけると、慌ただしく片づけを終えて、次の現場を目指して走り出した。
「さあ、次です。仕事帰りの人たちが大勢通る目抜き通りの一角に場所を確保してあります。今度は歌とお芝居でドニさんの功績を新住民たちに知らしめます」
盛り場の片隅で、複数人数によるオペレッタが始まった。エルは演者の一人として、どこか扇情的で、しかし、女性の反感を買わぬようにあくまで綺麗と可愛いに重点を置いた衣装を纏って役を演じていった。
とは言え、選挙も民主主義も知らない人々がやる初めての『選挙』── まともに進むはずもなく。すぐに互いの支持者によって、票の買収や脅迫行為が頻発するようになった。
最初は裏でひっそりと…… やがて、見せしめを兼ねて大胆に。
「んだぁ、この店は客に(ピーッ!)入りのスープを飲ますのかぁ、アァン?!」
真昼の商店街の一角に怒声が鳴り響き、投げ捨てられた椅子が表の通りに跳ね転がった。
客のふりして店に入って、難癖をつけて暴れる嫌がらせ── それは買収や脅迫に応じない対立候補支持者に対する実力行使に他ならなかった。
「なんか、バブル期の地上げ屋みたいな連中が湧いているんだけど!?」
「ちょっと前の第七街区では日常茶飯事ではありましたけどね……」
偶然、現場近くを通りかかったざくろとエルフリードが、突入して暴漢らを制圧した。
「こういうの、止めた方がいいよ! 選挙って、悪い事をすると候補者の人気に跳ね返って来るんだよ!?」
「ヘッ、何の話だか……」
相手を慮ってのざくろの言葉に、しかし、実行者たちは認めない。
(発展途上国の選挙ってこんな感じなのかなぁ……いや、もっと酷いのかも)
ざくろは改めて痛感した。自分が知ってる選挙って、平和で安全な国の『綺麗な選挙』なんだなぁ、と……
「……選挙が市街戦の様相を呈してきたわけだが、さて……」
地区に吹き荒れ始めた『抗争』の嵐に、街へ買い出しに来ていたルベーノが眉をひそめた。
(念の為、今後は教会周辺の見回りを強化した方が良さそうだな……)
……などと考えながら、特に足早になるでもなく堂々と教会へ帰還する。
「これ、女王が腹黒だよね。そうでなかったら、ただの騒乱好きのおバカさん?」
宵待 サクラ(ka5561)もまたそんな街の様子を屋根の上から見やって吐き捨てるように呟いた。
それでも一応小声なのは、女王の覚えをめでたくしておきたい個人的な理由があったからだ。
「選挙に関して、賄賂も脅迫も実力行使も禁止行為として罰則を設けておけばよかったのに」
いや、勿論、それらの行為は本来、選挙に関係なく王国の法によって禁止されている。
にも拘らず、彼らはそれをする。構わずにそれをやる。
「なんだなんだ?! 選挙ってなァどこぞの頭目の縄張り争いと何も変わりゃしねェのかい!? 各人が手前の意思で投票できなきゃ、せっかくの選挙も台無しだろうが!」
事態を知ったJ・Dはすぐに地区の顔馴染たち──今は条例で禁止されている『自警団』関係者──たちに声を掛け、区民の自由意思を脅かす行為は敵味方の区別なく取り締まるように呼び掛けた。
以降、暴力沙汰がある度にすぐにドニ派の自警団が駆けつけ、敵味方の区別なく迅速に『実力を以って』制圧していった。(ああ、『みかじめ料』って、こういう時代、世界だとちゃんと意味があったんだなぁ……)とざくろはまた一つ大人になった。
だが、中にはドニ派同士で示し合わせて見逃す様な輩も出始めて…… 報告を受けたドニは「マジで勘弁しろよ……?」と俯いて額を押さえ、目だけをギロリと前へと向けた。
「……安易な行動には出ないように。相手に利用される恐れがあります。こちらから暴力を振るう者などが出ないよう徹底してください。よろしくお願いします」
エルはすぐに幹部クラスを集めて釘を刺した。事態は彼らが考えているよりずっと重い。
「王都の役人たちが投入されるようなことになったら、目も当てられませんよ……」
相手には、選挙の経過や結果に関係なく全てをご破算にしてしまえる手段がある──エルフリードの言葉に幹部たちは慄き、唾を呑んだ。
●
「『選挙管理委員会』を設置しましょう!」
街の現状を憂いたざくろが、両陣営を訪れてそう訴えた。
「選挙に関する諸々を管理する、中立公平の機関です。立候補者のポスターを製作・掲示したり、選挙民の皆さんへ選挙の意義を伝えたり、投票日時と場所を周知、投票所の設置と管理と不正の監視等々、選挙に関する諸々の雑務を引き受けます。人材は中立の立場の人間を集めますが、心配ならそれぞれの陣営から人を寄越してもらってもいいです。ともかく、これ以上、選挙戦がひどくならないように、協力をお願いします」
ざくろが中立の立場で活動して来た事は、両陣営の人間もよく知っていた。何より、これ以上、事態がエスカレートする事は双方ともに避けたかった。
遅まきながらも紳士協定が結ばれることとなった。しかし、選挙戦は新たな局面を迎える。
荒れていくばかりの現状に嫌気がさした市民の一派が、地区の『英雄』であるジョアニス教会のシスターマリアンヌを担ぎ上げたのだ。
「選挙には出ましょう。しかし、教会の業務に影響が出るのは困ります」
その条件で立候補を了承したマリアンヌは一切、講演や街頭演説などは行わなかった。それでも、信心深いエクラ教徒たちや良識派と呼ばれる人たちを中心に支持を拡大。瞬く間に選挙を左右する程の勢力へと伸長した。
「元復興担当官のルパート氏に会ってドニさんへの支持を取り付けて来ました。……当てになるかは別ですが」
第二事務所教会、事務室── 選挙演説の為にこの地を訪れ、そこで休憩に入ったドニの元へ、王都で根回しを済ませて来たエルフリードが報告の為に訪れた。
「ご苦労だったな、サクラ。……しかし、マリアンヌの所に行かなくて良かったのか?」
「確かに私はエクラ教徒ですが、教会の人を支持している、というわけでもないので……」
涼し気な表情で答えるエルフリード。ドニの問いに「はうっ!?」と呻いたのは、むしろ護衛役のディーナだった。
「た、確かに、気にはなったけど……やっぱりドニさんと一蓮托生なの」
あせあせっとしながら言い募るディーナに笑って礼を返すドニ。実際、彼女はよくやってくれていた。ドニが外出する時には張り付いて警護を行い、日が沈んだ後もドニの部屋の前でずっと寝ずの番を続けていた。
マリアンヌ、立つ── その報を聞いたラィルはやれやれと頭を振った。……彼はこの場にいるものの、どこの勢力にも肩入れはしていなかった。強いて言うなら、女王が提案したこの選挙自体が上手くいくことを望んでいる。
「今の状況では、誰が選ばれたとしても街の住民が分裂したままになるんやないか? 勝ち負けを越えて今後どうしたら地区の皆が一つに纏まることができるんか……選挙で選ばれた人を皆が納得して受け入れられるか、考える必要あるんやないかなあ」
ラィルの言葉に、ドニとエルフリードが顔を見合わせた。ラィルはそんな二人を「いや、分かっとる」と手で制した。
「お役人さんのやり方が受け入れられずに、今みたいなことになっとんのやからな。あちらが勝ったら、また元の木阿弥や」
なので、まず大前提としてドニかマリアンヌが勝つ必要がある。その上で、お役人さんにある程度の地位と立場を用意して協力を持ち掛けたりして、ヴァレリアン派の人にも納得してもらえれば一番良いのだが……
「……どっちかが立候補を辞退して、票を一つに纏めるわけにはいかんかなあ……?」
ラィルが天井を見上げてポツリと呟くと、シアーシャが「おおっ!」と感動の面持ちで立ち上がった。
「私も! ドニさんがマリアンヌさんを適任だと思うなら、彼女に勝ちを譲って、慣れるまで支えてあげたりでも良いと思うんだ。ドニさんも少しは休めるし…… 今後は王都の一部になるならヴァレリアンさんの知識も必要になってくると思うし、皆で協力し合って、少しずつ変えていければ……」
全員の力が必要なのだ。そして、それを纏められるのはドニさんしかいないんだよ……! そこまで熱く語ったところでハッと気づいて、シアーシャは上目遣いでドニを見た。
「……って、やっぱり難しいのかな?」
「そうだな…… 問題があるとすれば、俺とマリアンヌの支持層の違いだろうな」
ドニは言う。マリアンヌを担ぎ上げた『市民グループ』は『政治家』というものに何よりも清廉潔白を求めるタイプだ。対して、ドニ派は政治的な実力さえあるなら『些末事』には気にしない。
「勿論、対ヴァレリアンという一点で被っている支持層も多くいる。それを纏められるなら……」
同刻。ジョアニス教会、正門前──
荷物を手に教会を抜け出したルベーノが、何食わぬ顔で近所の集会所を訪れた。
表向きには、配給物資を周辺住民に配る為。その実は、今回の選挙について皆と話し合う為だ。
「最近、シスターに会えていない。いつも例の『市民グループ』がべったりと張り付いていて……」
「あいつら、『マリアンヌ様にはその様な些事を働いている暇はない』だとよ。何様のつもりだ!」
マリアンヌ派の中から噴き出す中心グループに対する不満の声── ルベーノは頷いた。選挙に関わるつもりはなかったが『火の粉が掛かる』となれば話は別だ。
「……俺個人はドニが政治の舵を取りつつ、マリアンヌが補佐する形が一番良いと思う。……皆はどうだ?」
街で起きている騒乱は、どうにもヴァレリアン派が仕掛けているような気がする── そう考えた宵待は、一人、ヴァレリアンの官舎へ張り付いていた。
彼女もまた、選挙自体に関心はなかった。しかし、女王が提案したこの選挙を上手く運ばせて点数を稼げば、とある人物の後ろ盾になってもらえるかもしれない。
(業腹なことではあるけどねー……っと)
行政官の官舎を訪ねる人影に気付いて、宵待はサッと物陰に隠れた。
……時刻は既に真夜中を過ぎ。好き好んで出歩く者はいない。
(怪しい……)
宵待は『ナイトカーテン』を纏って姿を隠し、気配を消すと、官舎への侵入を開始した。警護はかなり厳重だったが、中に入ってしまえばそこまでではなかった。
それでも執務室と思しき扉の前に見張りがいたので、宵待は別の部屋に侵入し、そこの窓から外に出た。そして、壁歩きで執務室まで歩いて行って窓に聞き耳を立てた。
……会話の内容から、相手はヴァレリアンを支持する大商人の一人と知れた。会話は主にマリアンヌ派の立ち上げによる不利に関する話で……やがて、宵待はヴァレリアンが発した決定的な言葉を耳にした。
「人を雇え。開票作業に従事する人間を調べ、鼻薬を嗅がせろ。金で動かないものには、それ相応の手段を用いろ。もし、それが叶わぬ時には……或いは、立候補者に減ってもらう必要もあるかもしれん」
(本来の使い方ではないが)言質は取った。
報告を受けた星野 ハナ(ka5852)は、宵待やJ・Dらと共に取材と称してヴァレリアンへの面会を申し込み、応接室へと乗り込んだ。
「暴力は連鎖するものですぅ。殴ったら殴り返される。或いは、報復に一族郎党皆殺しにされるかもしれません。その線引きを、どこでつけるか……貴方はきちんと見定めされてますかぁ?」
いきなり穏当ではない質問を浴びせられて、ヴァレリアンは面食らった。とりあえず、自分も事態は憂慮している、とだけ答えて様子を窺う。
「ええ、ええ。私もそう願って止みません。……なんせリアルブルーでは、平民を人とも思わぬ王侯貴族の横暴に堪りかねた民衆がぁ、王も貴族も皆殺しにして国家転覆──なんて事例は、掃いて捨てる程ありますしぃ。今、貴方がまさに足を突っ込みかけてることはぁ、理解しておいた方がよろしいかと思いますよぅ」
今回の選挙を指示したのは女王だ。その選挙の最中、ヴァレリアンの指示で平民への暴力沙汰が横行したとなれば、恨みはそれを起こした人間と……女王に向かうことになる。
「選挙が破綻した場合、女王の権威は失墜し、貴族・役人に対する平民の反発を招くのは分かってますよね? ……私も、王国に対する御恩の感情はあるのでぇ、女王陛下に害となるような馬鹿者に遭遇したらぁ、塵も残さずに焼いちゃうかもしれませんしぃ?」
顔の横でわざとらしく紫光大綬章をクルクル弄びながら、ハナ。ヴァレリアンは顔をしかめて、「ちょっと待て」と口を挟んだ。
「さっきから何の話をしているんだ? まるで私が部下に暴力沙汰を指示しているような言い方じゃないか」
「違うの? だって、私、きちんとこの耳で聞いたよ? 『それ相応の手段を用いろ』とか『立候補者に減ってもらう必要もあるかも』とか」
「なっ……!?」
宵待が告げるとヴァレリアンはゾッとした。しかし、その事実を追及するより、反駁する必要性が勝った。
「それは、金を積んで動かぬ者には誠心誠意説得(=脅迫)しろという意味だ! 暴力なんて、そんな野蛮な……」
「またまたぁ~、そんなこと言ってぇ……」
片手を振って言い掛けたハナは、思っていたよりずっと真剣・真摯なヴァレリアンの表情を見て、言葉に詰まった。
「え? マジ……?」
「……どうやら、お宅の部下の中に、貴方の言葉を『曲解』して強硬手段に出た者がいるようですな」
それまで黙っていたJ・Dがそう言って、やれやれと腰を上げた。
「……ところで貴方は『自分が統治するかもしれない』街を自分の足で歩いたことがありますか?」
J・Dはお忍びでヴァレリアンを街に連れ出した。住宅街を歩いて主婦らに日々の暮らしについて聞き、商店街を歩いて景気を訊ねる。
最後に、盛り場の居酒屋で定食を食べ、安酒を頼んだ。ハンターたちがよく利用してる件の店だった。
「どうだい? ドゥブレー地区の人たちは」
「……とても下品で、猥雑だ。会話に知性や教養というものが感じられない」
「だが、そんな彼らが……彼らこそが、廃墟と焼野原と化したこの街をここまで復興させたんだぜ?」
J・Dは、街が焼ける度に幾度も足掻いてきた第七街区の歴史を──庶民目線の苦労話を笑い話を織り交ぜ、語って聞かせた。今日、出会った街の人々のエピソードも知る限り──
(実際に彼らを見て、間近で街の歴史に触れ合って…… それで感じるものがあるならば、歩み寄れる日も来るかもしれない)
「……ここまで言っても『やる』のならぁ、ばれずにやる方向でいくんでしょーねぇ」
「『やる』だろうねー…… 狙うのは、人気があって対抗馬になりそうなマリアンヌ派かな。ドニ派と比べて警備も薄そうだし……」
辞した庁舎を振り返りながら、呟くハナと宵待。たとえ行政官本人に『やる』気がなくとも、支援者たちの方が黙っているはずがない。
宵待はすぐに行動を開始した。目標は先日、行政官と夜に密会をしていた大商人だ。あの時、官舎から帰る商人を尾行して、既にヤサの場所は調べてあった。
地区の住人の恰好をして、尾行と張り込みを続けた。そうして、遂に商家の番頭といかにも『荒事の専門家』といった風情の男が密会する場面を突き止めた。
「我が主人はヴァレリアン氏に多額の『投資』をしている。こんなところで躓いてもらっては、全てが無駄になってしまう」
「お任せくだせぇ。金さえもらえれば仕事はきっちりさせていただきやす」
別れる番頭とならず者。宵待は今度はならず者の後を尾けた。
その際、自分と同じように彼らを見張っている存在に気が付いた。その正体を探ることはできなかったが……
(あれは……メイド服???)
●
シスターマリアンヌに立候補を取り下げさせるのに一番有効な方法は、孤児院の子供を誘拐して脅すことだろう。
しかし、教会はルベーノたちが護衛と見回りを強化しており、子供たちも教会から外には出ないよう言い聞かせられていた。
故に、悪漢たち他を狙った。──独立して孤児院を出た出身者たちを。
「ユーナ・シャンティだな……?」
夕方。人気のない路地裏で、職場から自宅へ帰る一人の女性に男たちが声を掛けた。
女性は怯えた様に後退さり、周囲を見回して誰も助けがいない事を確認すると…… 布に包んで隠していた聖罰剣を引き抜き、目にも止まらぬ勢いで男たちを斬り払った。
「……安心して。『活人剣』よ。まだ囀ってもらうことがあるからね」
そう呟き剣を収めたのは、変装した宵待だった。悪漢たちの計画は、宵待によって全て調べ上げられていた。
同じ頃、他の卒園者たちに対する襲撃も、手分けして警戒に当たっていたエルやハナ、エルフリードらによって防がれた。
宵待と同様に、『活人剣』と『縦横無尽』で犯人を捕縛するハナ。エルはスリープクラウドで纏めて敵を無力化すると、範囲外にいた悪漢たちに警告をした上で、仲間たちを取り戻しに来た彼らを再度の眠りの雲、および攻撃魔法で倒していった。
事件の報はすぐにざくろの手により、ヘルメス情報局の新聞号外として街に周知された。その際、記事にはドニとヴァレリアンが暴力沙汰は望んでいない事実も記された。
そして、街は投票日を迎え── ざくろら選挙管理委員会の監視の下、選挙が始まった。
「どんな結果が出るにせよ、この街がいい方向に進んでくれるといいのですが…」
「誰に決まるにせよ、だ。俺ァこの街を見守り、その未来に協力するさ」
投票する人々を見守りながら、呟くエルフリードとJ・D。投票率は9割を超え、街の人々の関心の高さが浮き彫りとなった。
そして、厳正な開票作業が行われ……選挙結果が発表された。
得票数1位は、ドニだった。当初、優勢と見られたマリアンヌは圧倒的な最下位で、勝利を確信していた市民グループは愕然とした。
「結果が出たようですね」
そこへタイミングよく現れる女王システィーナ。その傍らに控える侍従長マルグリッド・オクレールを見た宵待は、その姿を見てアッと声を上げた。
(メイド服……! 見た顔とは違うけど……!)
ざくろやハナらは同時に気付いた。──あ、これ、黄○さまだ。水○のご老公的なやつ──
「地区行政官ヴァレリアン・ジャルベール」
「ハッ」
「今回の事態は、貴方が特定の業者に拘泥した事が全ての原因です。挙句、その暴走を止められなかった……分かっていますね?」
「……ハッ」
膝をついたヴァレリアンは更に深く頭を垂れた。言い訳をしなかったのは、ハナやJ・Dの言葉が脳裏にあったからだ。
「それでは、ヴァレリアン・シャルベールはここに罷免し、新たな行政官を派遣するものとします。……つきましては、ドニ・ドゥブレー」
「ハ」
「貴方を我が名の下に地区の行政官補佐に任命します。新たな行政官が赴任するまで代行し、その後もよろしく補佐してあげてください」
そう言って最後ににっこり笑い掛けると、女王一行は踵を返した。ドニは「怖い女(ひと)だ……」との印象を胸にその背を見送った。
去り際、宵待は女王に向かってそっと声を掛けた。
「……貴女ならもっと早くに手が打てたのでは? そうすれば、『貴女の国民たち』が無駄に害されることもなかったんじゃあ……」
「証拠も無しに処罰をするわけにはいきませんでしたからね。貴女が報告してくださった情報はとても役に立ちましたよ?」
そう告げて去っていく女王の姿を、女王であり続けようとするシスティーナの姿を、ラィルは人込みの中から見送った。
気付いたのか気付かなかったのか……ふと立ち止まり、辺りを見回しながら去る女王へ、ラィルは(頑張れ……!)とエールを送った。
「おめでとうございます、ドニさん」
選挙に勝利したドニへ祝福の言葉を贈るエルフリードや護衛のディーナ、『相談人』エルら支持者たち。ドニはそれに返礼してから席を外し……訪れていたマリアンヌに胡散臭そうな目を向けた。
「おい、いったい何をしやがったんだ……?」
「私は何も。ただ、説法の終わりに毎回『誰が一番この街の発展に貢献してきたか、誰が身を粉にして働いてきたか、それをよく考えて投票してください』と言っただけですよ」
その結果、マリアンヌのエクラ教徒票の多くがドニの元へと流れた。大商人がやらかしたヴァレリアン派と対照的に。
「だから言ったでしょう? あなたは、自分が街の人々にとって、どのような存在なのか、一度、しっかりと思い知っておくべきです』と…… 皆が貴方を信任しているのです。これに懲りたらもう勝手に舞台を下りようとは思わないことですね」
そう言って立ち去るマリアンヌを見て、改めて「女は怖いな……」と呟いた。
迎えに出ていたざくろが、気の毒そうにドニへ訪ねた。
「ドニさん……リアルブルーの良いかつらとか探しておきましょうか?」
当選後の打ち上げを終えて。J・Dが一人、ドニを出迎えた。
二人で迎え酒を飲みにいこうと誘いに来たのだった。
「溜め込んだものもあるだろう。そいつを吐き出しちまえよ、俺にだけ。なに、ちょっとの間あんたがいなくても、この街は変わりつつも続いてゆくだろうさ」
ドニが目頭を押さえた。
「……泣かせるなよ、おい」
「そう思って、知り合いがいなくて人の多い店を選んである。そうして、明日からはまた、皆が望むドニ・ドゥブレーに戻って頑張るといいさ」
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相談卓 エルバッハ・リオン(ka2434) エルフ|12才|女性|魔術師(マギステル) |
最終発言 2019/10/23 20:42:43 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/10/24 19:41:10 |