【未来】一つの旅が終わって 僕らは……

マスター:凪池シリル

シナリオ形態
ショート
難易度
普通
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~6人
サポート
0~6人
マテリアルリンク
報酬
無し
相談期間
5日
締切
2019/10/31 09:00
完成日
2019/11/05 12:35

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出? もっと見る

オープニング

●In adventure world, called FNB

「そういやあ……」
 とりとめのない話を、ずっとしていた。
 チィ=ズヴォーが何気なく切り出したそれも、単にとりとめのない一つではあった。
「本当に良かったんですかい?」
「……。いや、何がだよ?」
 それだけで終わった質問が、本気で何の事だか心当たりが無くて、伊佐美 透(kz0243)は苦笑と共に聞き返す。
「いや、透殿にも手前どもらに多額の寄付を貰ったじゃねえですかい。手前どもは帰りゃ生活についちゃどうとでもなりやすが、透殿はこれから金はあるに越したこたあねえでしょう?」
「ああ……まあ、いいんだよ。こっちだって、健康な青年男子が一人生きてくくらいどうとでも出来るさ。それに、今は変に余裕が無い方が却っていいと思ってるよ」
 少しがむしゃらになるくらいのスタートでなきゃ駄目になる、そういって笑う透に、チィはまだ少し複雑そうな顔だ。
「……何だよ?」
 今、この時になって。余計な引っ掛かりを置きっぱなしにするのは無しだ。そう視線に込めて、透は問いかける。
「……自分だけ先に幸せになるのが申し訳ねえとか、んなこたあ考えて、ねえですよね?」
「……」
 僅かの間、透は沈黙した。クリムゾンウェストにはまだあちこちに戦禍の傷跡を残していて、復興の為に人手は幾らでも必要だろう。それは、チィの故郷、ズヴォー族にしたってそうだ。
 ……そんな中、自分はさっさと夢を叶えに行くのか。
「……誰かが不幸なら、皆一緒に不幸でいるべきだ。んな考え方、アホらしいと手前どもは思いやすよ。辛え事が沢山あって、でも乗り越えた。ならこれからはなれる奴からさっさと報われてくべきでさあ」
 チィの言葉も噛んで含んで。透はしっかり己の今の気持ちを改めて……ゆっくりと頷いた。
「うん、まあ……俺は別に、そんなに殊勝なやつじゃないよ。この世界で、今も誰かが苦しんでる。それは分かってて……それは、それだ」
 元を正せば。リアルブルーにいた頃から、そんな話はあった。同じ世界の何処かに、災害や貧困で苦しんでる人がいることは知っていて、それに対して自分が幸せで申し訳ない、なんて一々考えてなんか無かっただろう。
 ただ、それでも。
「目の前で大変な人が居て、自分の事のついでにちょっと頑張れば助けられるかも知れない、ならちょっとは頑張るよ。俺がしてきたのなんて、その程度の事だったし」
 今までだって、ずっとそうだった。あくまで帰還の方法を探すための戦いで……でも、そのくらいの良心はあるって、それだけの。
「へえ。自分のついでに、『ちょっと』頑張れば、ですかい。透殿がこれまでやってきたことってえのは」
「……いや、何だよ」
「まあ、良いでさあよ。透殿がどう感じるかも勝手だし、手前どもがどう感じるかも勝手でさあ」
「いやまあ……。だから。お前のところに手を貸すのは、罪滅ぼしとか、俺も少しは苦しめばいいんだとか、そんなつもりじゃない。世界の不幸なんて背負えない。けど……お前のことは他人事じゃない。だからだよ」
「……」
 透の言葉に、今度はチィが気恥ずかしそうに少し沈黙した。
「あー……そんで、お前の故郷と言えばさ」
 やはりどこか気まずい空気を誤魔化すように、透は話題を変える。
「しばらくハンターやったら、お前は戻るんだよな?」
「へえ。ハンターとしちゃ、手前どもにとって刺激的なことも減ってきそうですし……だったら暮らし向きとしちゃあ、故郷の方がやっぱり手前どもにゃ馴染んでんですよねい」
 だから。もうしばらく外貨を稼いだら、部族を守る戦士に戻ると。
「まあ、部族の立て直しに、もしかしたら生活様式そのものに変化が必要かもしれねえってことですが……だからこそ、お前さまが外で見て学んだことはねえか、補佐してくれって族長からも言われてやして」
 そう言われて。透は少し考えて、目を丸くした。
「え。なんだ。もしかしてお前次期族長とか?」
「さあ……もしかしたらそういう風も吹くかもしれねえでさあねえ。だったら、透殿はどう思うんですかい?」
「いや……まあ。何度か言ったと思うが、俺はお前のことは……大した奴だと思ってるよ」
 透の答えに、チィはへへ、と笑った。

 そんな。
 とりとめのない話を、ずっとしていた。
 時間を確認する。まだもう少し──こんな空気に浸っていられるみたいだ。

 王国暦1019年12月。
 リアルブルー人の第一次帰還、開始。
 出立と見送りの為に、今二人はここにいる。
 やっとこの時が来た。
 とうとうこの時が来てしまった。
 互いにそんな気持ちを、ないまぜに。
 透は改めてチィを、その存在を通じて、この五年間を想起した。
 名残が惜しくないわけがない。こいつとともに、この世界でやれること、きっとまだ沢山あるのだろう。それはとても楽しく、充実出来ると、思う。
 それでも──やはり、迷いはそこには無かった。思い浮かべるそれらは、やれたらいい事、であって、じくじくと胸に残る『どうしてもやり残したこと』では無いのだ。
 リアルブルーには、ある。面倒を見てくれた事務所、世話を焼いてくれた先輩、初期から応援してくれたファンの人たち。やっとこれから少しずつ恩が返せる──透がこちらの世界にこさせられたのは、そう手応えを感じ始めた矢先のことだったのだから。
 だから。
 ただ芝居が出来るだけでは駄目だった。
 どうしても、もう一度、リアルブルーで。
 だから。

「……そっち行けるようになったら、観に行きやすよ」
「ああ。俺も……こっちに来れるようになったら、時間ができたら遊びに来るよ」

 二人の結果を見れば、今これはハッピーエンドだと思う。
 二人共生き残って、夢を叶えた。故郷は残った。
 二つの世界は繋がったままで。
 これからの二世界の交流について、まだ確たる話が出ている訳ではないが、今の空気を思えば、覚醒者の行き来については楽観してもいいだろう。
 文句のない結末だ。
 永遠の別れじゃない。きっとまた会える。
 だけど、それでも。

 今この別れに。寂しいなあと。
 そう想えることこそが──多分とても、幸せなことなのだろう。

 出立まで、あともう少し。
 まだもう少し。
 見回せば、似たように旅立つ人。見送る人。
 皆はどう過ごすのだろう。浸るのだろう。
 この、暖かく優しい、寂しさの空間を。

リプレイ本文

 整備ドックにCAMがズラリと並べられている。
 そういえばハンターとしてここを訪れるときは出撃準備をするときが殆どであるから、この景色をじっくりと眺める機会はそうなかった。改めて見ると、中々に壮大な光景ではある。
 折角だからこの景色もしっかり心に留めておこう──思いながら、メアリ・ロイド(ka6633)は己の機体の元へと向かう。
 サンダルフォン──私の機械の翼。天使になりそこねた私の、空を翔る為の翼代わりの機械の天使。
 出発まであと数日のとある日──彼女は、ゆっくり愛機を磨き上げることにした。 
 CAMの巨躯を人の手で丁寧に磨くのは時間のかかる作業ではある。だからこそ、じっくりと心の整理をする時間にも丁度いい。
 思い出すことは幾らでもあった。一つ一つ振り返る冒険の日々は、そうしてみると夢物語のようですら、ある。
 幾多の戦いを、試練を潜り抜けて──友人が出来て。感情を取り戻して。
 空っぽだった胸に手を当てれば、今はそこを満たす存在が居る。
 親のように世話になった女将さんや近所の店主、ハンター仲間や友達。
 ……第二の故郷と言えるこの世界に、残る人たち。
 それらを思い浮かべて。
「……あなたとも暫しの別れですね。サンダルフォン」
 メアリはそう言葉にして、己の決意を改めて確かなものにする。
 彼女は戻るのだ。リアルブルーに。
 高瀬 康太(kz0274)との約束を果たすために。
 リアルブルーの為にと戦い続けて散った彼は……忌まわしい戦場というだけでなく、この地に少しは、思い出を感じてくれただろうか。
 ……なにか、得るものが少しでもあったなら良い。
 彼を思い浮かべたそこが、回想の締め括りとなる位置だった。
 ふと顔を上げる。磨く箇所はまだまだ残っていた。一つ息を吐いて、再び手を動かし続ける──つられて、思考も、また動く。
 そう、約束だ。遺体と遺品を届けるという彼との約束のことだ。軍に確認する必要はあるだろう。……何も遺してくれなかった彼だけど、そこはきちんと約束したんですから、話は通せますよね?
 彼の家族に会ったら、友人とでも伝えよう。ハンターとして共に戦って世話になったのだと言って……そうすれば、たまにお墓参りに来ても良いか、許可は取れるだろうか。やはり筋は通せるならそうしたい。
 筋、と言うならば、そう……帰ったら、自分の両親にもきちんと向かい合おう。目を逸らさず。大丈夫。今の私なら……出来る。時間はかかるだろうけど。
 それから……それからは……。
 ああ、そうだ。リアルブルーでも色々な景色を見よう。
 康太さんの守りたかったリアルブルーを、軍に協力したりして支えていくのも良いだろう。
 彼の為にと買った、誕生日に渡せなかった蒼色の万年筆は──何も残してくれないから遺品がわりに、そしてお守りとして使おう。
 半ば自動的となった作業と共に、徒然と思い続ける。磨き上げた金属の光沢に己の顔が映り込んで……己のその表情に気付くと、メアリは思わずキョトンと瞬きをした。
 私は今。
 ……ただ漠然と、徒然に考えていただけだった。
 懐かしめる過去を一通り回想し終えて、それから先も、こんなにも。
 自分はいつしか、こんなにも自然に──未来を考えるようになったのか。
 なら──自分はこれからも、停滞せず、前に。まだ成長出来る、そんな気がした。
 そして。
「またあなたにも会いに来ますからね」
 振り切るばかりが過去ではない。
 サンダルフォンの顔の部分と向かい合う位置に立って、メアリは告げる。
 間もなくの、別れ──でも、永遠ではない。
 少し時間はかかるだろうけれども、きっとまた自由に来られるようになるだろう。
 ……うん。満足した。
 愛機と気持ちの大掃除も、一先ずこれくらいで今は十分だろう。
 これから。
 まだ、これからだから。
 メアリはこの時間をそう締め括ると、話を通した整備員に礼を言ってこの場を去る。
 さあ──出立の準備をしよう。



 その日、天王寺茜(ka4080)が訪れたハンターオフィスは、今日、この日を迎えてもいつも通りに、見えた。
 訪れたハンターが掲示された内容を見て受付に向かう。
 とある一行は、手早く装備を整えると機敏に転移門へと向かった。表情に悲壮感は無いが、敵の出現位置が予断を許さない……という感じだろうか。
 別の人たちは、復興の手伝いだろうか? 与えられた情報を元に役割分担を相談しているようだった。こうやって、同じ依頼を受けた誰かが片隅の一卓を相談用に確保するのも、よくある光景。
 ……その一つ一つが、己に重なる。この光景の中に、間違いなく自分も居たのだ。
 ハンターだった。
 ここが、今の自分にとって一番身近な場所だった。
 だから……出発のこの日。帰還の開始となるその時間までを、茜はここで過ごすことに決めた。
 時折に時計を見上げる。先程見たときよりさほども経っていなくて、誤魔化すように膝の上の愛猫を撫でる。猫のミールは満更でも無さそうに片目を細めながら、しかし、「また?」と言いたげに一声鳴いて、茜は思わず苦笑した。
 出立まで、あともう少し。そのあともう少し、が、こうして待ち構えていると思ったよりも長くて、何だか落ち着かない。
「……私の場合は帰還っていうより、留学みたいなものなのに」
 ポツリ、声に出してみたそれは、思った以上に己の気持ちにしっくり来た。
 茜は、紛うことなきリアルブルー人だ。だからリアルブルーに行くとなれば、「帰る」という言葉が正しい……のかも、しれないが。
 今回の帰還は一時的なものだ、と、彼女は計画している。リアルブルーに向かうのはそこで調理や経済の勉強をするためで……それを終える頃には覚醒者の行き来が可能になっているだろうから、またこちらに来て、リゼリオに食堂を構えるつもりでいるのだ。
 だから……今日でこの世界と、この世界に残る人たちとはお別れ、ではあるけど、それも一時的なこと。……なのに。
 馴染んだ光景、自分が居た場所の残滓は、こんなにも感慨深い。
「それだけ、心がこの世界に根付いちゃったのかな」
 またポツリと、茜は言った。

「まあ、根付きもするわよね」
 言い訳のように茜は言って、ちょっと聞いてよ、とミールを正面から向かい合うように抱え上げる。
「こっちに来てから、これまでの人生と比べ物にならないくらい濃い出来事ばっかりだったんだから」
 元はといえば、住んでいた場所──LH044──を失って、どうしたら良いか分からなくて。ハンターは、帰る方法を探すための手段として選んだ生き方だった。
 そうして、この世界と、ここで生きてる人たちに出会うことで、少しだけ励まされて。
 エバーグリーンの世界を知って、オートマトンの友達ができて、嬉しくて。
 出会った人たちの中には、リアルブルーからこちらの世界に移住しようという人も居た。そんな彼らを応援するうちに……ああ、そうだ。自分の今のこの結論は、逆に彼らから勇気を貰ってたんだ、と改めて実感する。
 大変なことも沢山あった。苦しいこと、悲しいこと、やりきれないことも……沢山。
 それも。
「……皆で一生懸命、頑張ってきて今日、ここに居るんだよね」
 それでも……今この世界にいる皆は、本当によく頑張って、だから今があるのだ。
 ね、とまた言ってミールを見る。猫はただ、脇の下で抱えあげられるその姿勢のままだらーんと脱力して伸びていた。
 マイペースなんだから、と苦笑して……でもどこかほっとして、気が抜ける。
「というか、本当に私たち、良くやったと思わない?」
 ──すべての世界を滅ぼそうとする邪神を倒した、なんて。
 端的にそう纏めて口にしてみて、改めて途方もなさすぎて閉口しそうになる。
 でも……そう。考えてみればそんなものをなんとかしたのだ、私たちは。この、たったの数年間で。
 ……だから。きっとなんとかなる。これからはきっと。
 茜はそうして、ミールを膝の上に乗せなおして撫でてやる。
 やがて。
「……たぶんハンターとしてオフィスに来るのは今日が最後かな」
 茜がそう零したのは、何度めかの、時計を見上げたときだった。
 覚醒者であることをやめることは出来ないが、ハンターとしての茜は今日が最後と決めている。
 立ち上がって──そうして、最後、もう一度だけ振り返った。オフィスの光景をしっかり目に焼き付けるために。
「行こう、ミール。もちろん貴方には一緒に来てもらうからね」
 猫を抱き上げて、荷物を引いて歩き始めて……そして、決意を告げる。
「必ずこの世界に戻って──ううん、」

 茜はそこで、目を閉じて、未来を描く。
 そこに広がるのは拡張計画で都市化した冒険都市リゼリオの風景。
 そこに構える大衆食堂──かつてはLH044にあった、それを思い浮かべて築く場所。
 そこを訪れる人たち。賑やかな笑顔。
 もう失って二度と戻らない場所ではなくて、これからきっとたどり着く、そこにこそ……──。

「『帰ってくる』から」

 ……その日まで。



 ここに居る人たちは皆、帰還するために集まったか、それを見送る人たち。
 穂積 智里(ka6819)は少し遠巻きに──なるべく多くの人たちをその眼に収められるように──帰る人々をただ見送っていた。
 歩み続ける人の流れ。動き続ける視界に乗せるようにして、思考を動かし続けて。

 本来なら、私もこの便で戻っていただろうか。
 ──もしも、記憶が残っていたならば。

 問いの形で思い浮かべてみたものの、実際のところそれは確信に近かった。
 あの日。
 智里と彼女の夫は、お互い大事な大事な人の記憶を忘れた。
 夫は彼女の事を。
 そして……彼女が忘れたのは、祖父母の事だった。
 両親の記憶は、ある。『もう片方』の祖父母の事も。
 それらの記憶が残った上で……思い返せる懐かしい記憶は、驚くほど少なかった。
 そのことが逆説的に。彼女の記憶、その大半が、その顔も思い出せない祖父母と共にあったということの証左といえるだろう。
 空白の大きさを。誤魔化すことなく認識して。それから。
 ……彼女はまず思った。なくして2度と手に入らぬものを嘆いているばかりでは、生きる事さえ難しくなる、と。
 だから彼女は……そう言うものだと割り切ることにして、それで現実のところどうするのか、を考えることに傾注した。
 彼女にとってそれほど難しい考えではなかった──邪神戦争を目前にして、目の前には彼女の事を忘れた夫がいたからだ。
 そのことが、主に二つの事を彼女に理解させていた。
 一つは、記憶は失っても感情は、行動様式は残ると言う事。
 ……夫との記憶は残っている。初めから、事細かに。
 初めのころ、彼の言動が気恥ずかしくて、特に人前ではやめてください、と身悶えていたそのころの事から。
 ──何故、と。
 まじまじと思い返せばそこに疑問が浮かぶ。何故、『そこから』始まるのか。
 シャッツ──ドイツ語で『宝』を意味するその言葉を、何故、恋人や我が子に向けて使うものだ、と当たり前のように知っていたのか。
 鼠ちゃん、と言われて、それはどういう意味かと誤解も疑問すら抱かず、照れるところから始まっているのか。
 自分も何故今、ごく自然に彼を示す言葉としてシャッツ、を用いてそこに不慣れさを感じないのか。
 日本人は──私の記憶に残る人たちは──そんな風には、言わない。
 だからそれを普通に受け入れる己の感性は、失った二人の記憶と行動様式によるものだと断言できるのだ。
 そして理解したもう一つは……忘れ去られた者がその相手を目の前にしたときの立場だ。
 会いに行って、気付かず目の前を通り過ぎられ。
 話しかけても何のことかさっぱり分からないという対応をされる。
 ……その後に交流を重ねて仮に再び愛が芽生えたとしても、一つ一つの記憶は戻らない。
 思い出を語りかけたら、怪訝な顔をされ法螺話のように扱われる……それも、彼女は夫で経験済みだった。それが、如何に傷付くかも。
 ……二つの事を、理解した。
 自分は本当に本当に、記憶から失われたその人たちを深く愛し……そして、同じくらいの愛を返されていたのだろうと。
 そして……その人に忘れ去られることがどれ程のショックであるかをだ。それは比喩でなく、心臓が止まりそうなほどの衝撃なのだと。
 自分はまだ、立ち直りやり直そうと思えるだけの時間と柔軟性は残されているだろう。互いに記憶を失ったあの日、自分たちは同じ家に居たのだから、自分の場合は行きがかり上避けようもない痛みだったのだ、というのもある。
 だけど、だからこそ──思い出せない彼らに対し、私は、どうするのか。
 考えて。
 帰らないことにした。
 代わりに、手紙を書く。まずは両親に宛てて、あちらの祖父母に渡してほしいという形にして。
 納得はしたいだろう。事細かに状態を記した手紙は気付けばノートのように分厚くなって。
 その中に自分とシャッツの写真を挟んだ──幸せだから、と。
『私の代わりに全部の記憶を覚えておいて。ありがとう。私が1番愛した人たち』
 事細かに書いた手紙の最後をそう結んで。
 そうして束になったそれを収めた封筒に祈りを込める。
 ……その手紙だけが、彼女の代わりにあの世界へ帰る。

 流れていく人。
 進んでいく世界。
 地続きではない世界に生きることにした互いに、これからどんな未来があるだろう。
 きっとこれから彼女と祖父母の文通が始まる。
 彼女は今後はクリムゾンウェストの東方で生きる。詩天に居を構えるが、そこに1年の3分の1も住まない彼女の異世界とのやり取りは……きっと、年単位の遅々としたものになるだろう。
 ……その予測も、忘れず手紙に書いておいた。
 想像が、出来るのだ。
 きっと彼らは、この手紙を見て、そしてやがて二つの世界の交流が始まり可能になれば返事を寄こしてくるだろう、と。
 そして、その返事が戻ってこなければ……彼らはやってきて。……直接の会話をすれば、自分は彼らを深く傷つけるだろう未来が。
 何も覚えていないのに。
 顔も。性格も。分からないはずなのに。
 奇妙なまでに確信をもって、そうなるだろうと、想像が出来るのだ。

 彼女は人の流れを見ている。
 かつて帰れるようになったら会いたいと願っていただろう人たち、その人と直接つながる世界へと旅立つ人たちを。
 手紙はもう託し終えた。手放して逆に、抱えていた重みを意識して。
 それでもまだ彼女は、帰る人たちを見ている。
 最後の一人が発つその時まで、彼女は見送るつもりでいた。

 今日、この一次帰還で帰る人たち、そこでは……──
 


 膝の上で、ぱたりと一際大きく音を立てて尻尾がしなる。
 痛くは無かったが衝撃に驚いて鞍馬 真(ka5819)は目を丸くして視線を落とすと、そこにいたユグディラのシトロンは「撫で方が上の空すぎる」と抗議するような目をしていた。
 間を持たせるために真からお願いして一緒に来てもらったのだから、これは自分が悪かったと思う。ごめんごめんと呟いて、彼女が好むように耳元から背中まで丁寧に撫でなおしてやる。
 元より、本気で怒っていた訳ではないのだろう。聡い彼女は今この空気をきちんと察していて、「そのタイミング」が来たら彼女自ら膝から降りてすらみせた。
 有難う、と言って呟いて、振り返る。
「……やあ、真」
 丁度、会話が一段落した透とチィも向き直ったところだった。
「やあ、透。見送りに来たよ」
 その言葉に、透は色んな感情を織り交ぜて「そうか」と呟いた。
 ……つまり、真はクリムゾンウェストに残ることを選んだ。この先もずっとハンターを続けて……そうして、ハンターとして死ぬつもりなのだろうと。
 そこまで感じ取って、しかしまだ深くは触れずに有難う、と透が告げると、真はゆっくりと頷く。
「こうやってさ。3人とも生きて、蟠りも無くリアルブルーに帰る透を見送ることができるなんて、正直思っていなかった」
 染み入るような声で真は言った。そこには、これまでの事の様々な記憶、想いが込められている。ここに至るまで──特にこの一年は、本気で色々有り過ぎて。こうしていられるのが、奇跡みたいだと思えて。
「……本当に、嬉しいなあ」
 逆にそれしか、言葉にならない。
 ……と。
「おめでとう、地球に帰っても元気でね!!」
 その時、折よく、というべきか。
 明るい、心から門出を祝福するようなそんな声が近くから聞こえてきた。
 思わずという風に視線を向けた先に居たのは時音 ざくろ(ka1250)だ。
 ざくろの方も透たちに気が付くと、やがて手を振りながら近寄って、同じように祝いの言葉をかけてくる。
「……ありがとうございます。一人一人に見送りを?」
 透の問いに、ざくろは頷く。特定の誰かの見送り、というわけでは無いらしい。
「ほんとにこの帰還をずっと待ち望んでた人達が帰れるんだよね、凄くお目出度いことだなって」
「ええ……そうですね」
 今度はざくろの言葉に透が噛み締めるような声で応えると、真も目を閉じて実感を深めていた。
 目出度い。ああ、本当に目出度いことなのだ、と。
 時折に、真は思う事もあった。戦いで死んでいた方が楽だったかも、と。
 それでも、今。生きてこの場面を見ることができて良かった、その気持ちに偽りは無いんだと。今は心から友人の門出を祝えていることを、ざくろの明るさにはっきりと真は確かめるのだった。
「本音を言うとね。どんな人たちが帰るのかなって興味もあるんだ。ざくろもこの世界に来た時は、まず帰還する方法を探したくてハンターにもなったし、依頼で何度もリアルブルーに行ったけど」
「え、あ。リアルブルーの方だったんですか。てっきり東方の方かと……」
「えっ? い、いや、この服装については色々あってそのっ……! そ、そう、ざくろはだから、東方で領地を貰って嫁様達と移住する事に決めたからっ!」
 そのまま何とはなしに雑談となった中、つい聞き返したことについては、あまり安易に突っ込んでいいところではなかったらしい。
「……でも、そうですか。時音さんは移住を選ぶんですね」
「うん。でも、でもいつか一度は元気な姿を両親に見せに帰りたいから、それもあって、帰還がどんな様子なのかも見てみたかったんだ」
 親と言えば、紹介したい人たちもいるし……とは、照れくさいので内心だけで付け加えて。
 そんな風に話をしていると、それで彼らの存在に気付いたのだろう。そこに更に近づいて来る者たちがいた。
 メアリと、それから。アーサー・ホーガン(ka0471)だった。

「……よお」
 軽く片手を上げて近付いてくるアーサーに、皆それぞれ挨拶の言葉を返す。
「アーサーさんは、戻ったらやはり軍……ですか?」
 そのままの空気で彼にも向けられた時間潰しの雑談は、「帰還ですか」という問いは暗黙のうちに省略された。旅支度を見るまでもなく、彼ならばそうするだろうと言う事は疑問にすらならなかったからだ。
 そうして聞かれたことに対し、アーサーは少し困り顔で肩を竦める。
「今すぐはこの先どう動くか決められねぇんだよな。統一連合議会がクリムゾンウェストとの付き合い方や宇宙開発について検討し出すのは、各国の情勢が落ち着いてからになるだろうしな」
 守護者としての立場の厄介さも理解しているのだろう。リアルブルーとしての対応・方針が固まらないことには下手に動きづらいと感じているらしい。
 それまでの当分の間はどうするか。顎に手を当ててアーサーは思案する。
「一旦故郷に帰るとして、実家の家業関連も俺の出る幕じゃねぇしなあ……」
 羊を飼うのも麦を育てるのもそれ以外の諸々も、兄貴や姉貴たちの方がずっと上。そっちの方は任せるとして……。
 クリムゾンウェストの方を手伝うにしても、二つの世界が自由に行き来できるようになる時期がはっきりしないと準備もしておくのもやり辛い。
 ……というか。
「自由に行き来できると言えば、覚醒者がリアルブルーに長期滞在できない問題はどうやって解消したんだ?」
 そこまで考えてはたと気付いたように、アーサーはその疑問を口にした。
「どう……なったんでしょうね。帰還が正式決定になった以上、検証はされてるんでしょうけど」
 勿論、帰還計画が形になった以上、すでに凍結は解除され、覚醒者による帰還実験は行われその中で強制送還が起きないことは確認されている。
 が、召喚は本能だから、大精霊にも止め方が分からないという話だったとアーサーは記憶している。
 はっきり「どうしてなのか」と──つまりそれは、一年や十年たっても大丈夫なのかと──説明できるものはこの場には居ない。
 実はどうなのか、と言うと。邪神戦争の中でクリムゾンウェスト大精霊は、ハンターの「全部を守る」という気持ちと同調した結果、「クリムゾンウェストに限らず、この宇宙は全部クリムゾンウェスト」と定義することでその契約の範囲を拡張した。すなわち、今やリアルブルーに居てもクリムゾンウェスト大精霊の意識では「そこもクリムゾンウェストの一部」としたのだ。故に覚醒者はリアルブルーに居続けることが可能だし、持ち物も互いの世界に戻らない。守護者がリアルブルーのために戦っても、大精霊にとってはクリムゾンウェストを護るためにその力を用いるという事に反していない……と、そういうカラクリではある。
 まあ、繰り返しになるがそうは言ってもその理屈は今この場では誰も知らない。今対話可能な存在で誰がそれを知るのかと言えば四大精霊なのだが──そういうわけで、これについてはほっといたとしても後にイクタサが何かのタイミングでしれっと零すので安心して欲しい。
 というわけで、閑話休題。
「ま、当面は復興支援でもしながら過ごすことになるかね」
 考えても仕方ないかと、アーサーは己の身の振り方も含め、そう言って肩を竦めるしかなかった。
 ……話していて。
 アーサーの態度は終始、掛け値なしに「ただ知った顔を見かけたから折角だし声をかけた」、それ以上の物ではなかった。
 別れを惜しみ過去を懐かしむ……そんな風に水を向ける気配は微塵もなく。語られるすべてはこれからの事だった。
「何だ、薄情とでも思ってるか?」
 気付いた透の視線に、アーサーは揶揄うように言って見せて。透は無言で首を横に振る。
 これは、冷たいとか、淡白だとか、そういうのではきっとないのだ。透が主に戦場で見て来たアーサーは、飄々としている様ですべきことをしっかりと捉え、成し遂げてきた、一本筋の通った男である。
 だから、積み重ねたその結果が、彼を今の態度たらしめているのだろうと思うし──それはむしろ、尊敬すべきものだ。
 そこに、
「これが永遠の別れじゃ無いだろうし、いつかもっと2つの世界が簡単に行き来できる方法も確立されたら、また逢う事もあるよね」
 そう言ったのはざくろだ。
「誰かが言ってたっけ、世界は丸いさいつか出会えるって……いや、世界が違っちゃっては居るけど、とにかくそんな感じでいつかきっとまた」
 言っててよくわからなくなってきた、と自分でも首を傾げつつ、やや無理矢理言い切った彼にメアリがくすりと笑って、そうして思い出したように透の方を向く。
「そう言えば、伊佐美さんの劇をまた見られるの、楽しみにしています」
「ああ、それはどうも。是非お待ちしています」
 社交辞令の可能性もあるだろうか、と念頭に置きつつも透は無難にそう返して。
「……私も……そして多分高瀬少尉も貴方の演劇のファンですから。伊佐美さんの未来を応援していますよ」
「……」
 続く言葉に出てきた問いに、何と言えばいいのか分からなくなって、ただ暫く沈黙するしかできなかった。否定は……しきれない。ただ、透は結局、彼との間にあった幾つかのわだかまりを直接解消する機会は得られなかったから、どう消化していいか分からない存在でもある。
 まして。彼女に向けて、彼についてどんな言葉を返せばいいと言うのか。
 言葉を詰まらせる透に、メアリは「ああ、いえ」と言って、
「別に、何を言って欲しいとかじゃありません。ただ……あちらに戻られてもお元気で、と」
「ええ、と。はい。有難う……ございます」
 こくりと頷くだけの己が、ひたすら間抜けだなと透は思った。
 アーサーから、しょうがねえなと言わんばかりの苦笑が漏れる。それから。
「ただ俺は……バラバラになるってのは悪いことばかりでもねえと思ってるぜ」
 ざくろを、メアリを順番に見ながら言った。
「邪神との戦いは……最後は皆が心を一つにして勝利した。けどな、皆が一つになれたってのは結局、全員が『そうするしかねえ』って思うしかなかった事でもある」
 犠牲になると、あるいは犠牲にすると分かっていても──それでも、『もう、それしかなかった』。
「そうして勝ち取った結果が、今だ。それぞれがそれぞれの道を行ける、やり方で出来る。別々になるってのは、そう言う事でもあるだろ」
 言いながらアーサーが思いだすのは、この日を迎える前にと群れへと返した幻獣たちの事だった。
 二匹とも。別れ際、ただ一度しっかりと向かい合って、頷く。それだけの、それだけで十分だった別れを済ませた。後は素早く振り返り一目散に群れへと駆けて行ったその姿に感じたのは、あいつらなら2体とも己の足で新たな道を歩いて行ける、その確信だった。未練にはなり得ない。
 この場に集った全員に限らず同じことが言える。
 だから。
「この先、一生会う機会がねぇ奴もいるだろうが達者でな」
 アーサーは、飾ることなくはっきりと、そう別れの言葉を告げて。
「……今日この場で、貴方に会えて良かったです」
 その言葉を受けて、透は言った。
「ハンターとして、貴方は尊敬する存在でした。同じ戦場に居るととても安心できたし、実際何度助けられたか分からない。守護者であることを抜きにして、です。……きちんと、感謝と敬意を伝えたかった」
 透がそういうと。
「……柄じゃねえよ。まして、野郎に言われてもな」
 アーサーはやはりと言うべきか、軽い調子でそれを受け流した。それでいい……と、透は満足げに頷く。
「ま、折角だし、新たな門出を祝して記念写真でも撮るか?」
 そして、ふと思いついたように言うアーサーの提案に、
「いいですね。是非」
 と透が穏やかな声で応じると、希望するものがそこに集まって、一枚の写真が納められる。



 そうやって、いよいよ本格的に、帰還に向けた動きが流れ出す。
 一行の中でアーサーが真っ先に踵を返すと、ざくろもまた、別の人に「言ってらっしゃい、元気でね!」と手を振るために駆け出していく。
 メアリもその流れに沿って動き始めて、かくしてなんとは無しに固まって雑談していた流れも解散になる──間際。
「おーい、ちょっと待って」
 ざくろが不意に雑踏の中で大きく声を上げた。何事か、と多くの者が振り向く。
「ごめん、両親に元気でやってるって、手紙位はお願いしておくんだったかなって! 誰か日本に帰る予定の人!?」
 そうしてざくろはバタバタと、付近にある売店で便箋を買い求めて手短に状況と感謝の気持ちを綴った手紙を用意して──結局それは透が預かって。
 その騒ぎの中、アーサーも、
「あ、やべ。軍に入隊して以来、実家に全然連絡入れてなかったぜ」
 なんて思い出して、クリムゾンウェスト土産で誤魔化されちゃ……くれねぇよな、なんて、彼には珍しくドジ踏んだなと頭を掻く様な事態も発生して。
 メアリはそうして、笑みを浮かべる。きっとこの世界での一番の変化。楽しいと感じたときに、自然に溢れるようになった笑顔。
 慌ただしくはなったが、お陰で身構えることなく、笑顔で。最後にはと決めていた笑顔で──改めて、この場にいる皆と別れる。
 そうして、帰還する彼らの中で最後まで動かずにいた透は。
 もう一度、振り返った。
 再び、真と向かい合う形で。
 流されて、ここまで後回しになってしまった訳ではない。
 本当に最後の最後、その時間を過ごすのは、彼とが良かった。

 雑談と騒動の余韻に微笑んでいた真の表情が不意に改まる。そして、
「……チィさんの話の受け売りみたいになるけど」
 それでも、切り出したそのときの顔と口調は、明るさを殊更意識したものだった。
「私はさ。自分にとっての幸せが何なのかなんてわからない。……別にわからなくて良いんだ。私には必要の無いものだから」
 そんな調子で告げられたそれは、馬鹿なことを言うなと、簡単に笑い飛ばせるものではない。
 片鱗すら掴めない、転移前の、大切だった筈の記憶。
 沢山の人を死に追いやる選択をしたこと。
 それら全てを踏まえての、結論なのだ──幸せになれなくていい、自分は幸せになるべきではないのだ、と。
「ま、こんな風に考えている人だって居る訳だし。透みたいに幸せに近い人から、気兼ね無く幸せになっていくべきだと思うんだ」
 真は続ける。変わらずに明るく。軽く。大した事じゃないんだよ。きみが気にするところじゃ、と言いたげに。
「だから、早く夢を叶えて幸せになって欲しい。……私の分まで、なんて言ったら重すぎるかな?」
 冗談めかして──だけど、これは本気でそう思って、望んでしまってはいることだけど。
 そうして、重ねて伝えるのは。
「ありふれた言葉しか、言えないけどさ。『私は何があってもきみを応援し続けるから』」
 それは、かつても伝えたことのある言葉だった。まださほど親しくないときに。
 だからこそ、そこにある想い。意味。受け取る重み。変わるもの、変わらないもの……その両方に、重ねた時間を感じさせる。
「……うん」
 そして、透はゆっくりと、口を開く。
「まずはさ、渡したいものがあるんだ」
 そう言って、荷物から何かを取り出した。
「ズヴォー族の間でさ、門出とか、節目のときに贈るものだって。その道行きの、行き着く先に、祈りをこめて」
 大事にするように包んだ布を開いて取り出されたのは、革紐を編み込んで作られたバングルだった。特徴的な編み方はどこか風に舞う木の葉の形を思わせて、紐を通して挟むように組み込まれた金属のプレートが菱形に覗いている。
「ずっと考えてたんだけどさ。俺は君が選んだ生き方を、これから歩む道を、否定できないし……しない」
 だって彼が抱えているものについて、透は何一つ「許す」と言える立場では無いのだから。ならば無理に、それでも幸せになるべきだ、なんて言えない。
「だから……それでも、君の道行きに、ずっと心は沿わせてくれないか。離れていても……君の為に祈ってる」
 動けない真の手を取って、その上にバングルを乗せる。想いをそこに込めるように、暫く重ねた手の上からその金属を撫でた。
「俺だって。俺が俺らしく歩いてきて、結果今こうなったって、結局はそれだけなんだと思う。だから……君も君らしく生きると決めた結果なら、それでいい。その辿り着いた先が……君の納得の行くものでありますように」
 後悔しない、というのすらもう難しいだろうから、せめて。
 だから。
 透もまた、かつて伝えたことのある言葉から、何か一つ、改めてまた伝えるならば。
「『やっぱり、大好きだよ』」
 どうにかその心に留めておけないだろうか。
 君がどれほど自分を否定しても。傷付けても。それでも君が大好きだというやつが、この宇宙に居るんだと言うことを。
 その徴として、形としてこれを。
 そうして、真の手の上から透の手が離れていく。
 真は暫く、手の上に残されたバングルを見つめていた。どんな気持ちで受け取れば良いのか。今この感情を纏めるには時間がかかりそうで。
「……ごめん、流石にもう、行かないと」
 それでも透のその言葉に、はっと真は顔を上げる。
 まだどんな顔をすればいいか分からない様子の真に、透は穏やかな笑みを浮かべて、そして軽く腕を広げた。
 意図に気付いて真も腕を広げて、互いに緩くハグをする。
 そうだ。今は一先ずこの時を。もう一つ……どうしても伝えておくことが残っている。
「私も、きみの舞台は絶対見に行くよ。地の果てに居たって飛んでいく。だから……『またね』」
 寄せ合った耳元に、囁くように告げる。
「うん……『また会おうな』」
 それが、今の二人の別れの言葉。
 互いを労うようにポンポンと背中を叩き合って、それですぐ離れて……それでも残った温もりが、言葉で伝えきれなかったものを伝えてくれたら、と願う。
 そうして。透も去っていき、真の手には透が渡したバングルだけが残る。
 今日は。今は。
 自分の未来に希望は見えない。幸せなんて無いのかもしれない。
 それでいいと思っていたのだ。こうして──大切な友に『さよなら』を言わなくて良い。それだけで、十分だと。
 そんな真にとってそれは。どれほどの重みになりうるのだろう。



 一人一人、リアルブルーへと向かう人たちが去っていく。
 見届けに来た人たちも、一人一人。彼らとは逆方向に、またこの場を去り始める。
 帰るもの。残るもの。
 一つになって全ての世界を守った彼らは、これからはそれぞれの世界、それぞれの道を行く。
 それぞれの想い、それぞれのやり方で。
 それでも、その向かう先に見ているものが【未来】なら。

 ──もう一度、逢う事も、あるでしょうか。

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  • 蒼き世界の守護者
    アーサー・ホーガン(ka0471
    人間(蒼)|27才|男性|闘狩人
  • 神秘を掴む冒険家
    時音 ざくろ(ka1250
    人間(蒼)|18才|男性|機導師
  • 語り継ぐ約束
    天王寺茜(ka4080
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

  • 鞍馬 真(ka5819
    人間(蒼)|22才|男性|闘狩人
  • ユニットアイコン
    シトロン
    シトロン(ka5819unit004
    ユニット|幻獣
  • 天使にはなれなくて
    メアリ・ロイド(ka6633
    人間(蒼)|24才|女性|機導師
  • ユニットアイコン
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    サンダルフォン(ka6633unit001
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  • 私は彼が好きらしい
    穂積 智里(ka6819
    人間(蒼)|18才|女性|機導師

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鞍馬 真(ka5819
人間(リアルブルー)|22才|男性|闘狩人(エンフォーサー)
最終発言
2019/10/25 18:50:29
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鞍馬 真(ka5819
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2019/10/31 08:22:29
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ミリア・クロスフィールド(kz0012
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最終発言
2019/10/31 08:23:44