ゲスト
(ka0000)
捨てる神あれば……
マスター:サトー

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,000
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 4~7人
- サポート
- 0~0人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 寸志
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2015/02/14 12:00
- 完成日
- 2015/02/20 09:51
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
極彩色の街、ヴァリオス。
自由都市同盟の顔として、評議会や魔術師協会本部のあるこの街には、大きく分けて3つの商区がある。
一つは高級品などを扱う、ヴァリオスの目玉である高級商店街。
一つは最新流行の発信地である新興商店街。
もう一つは、旅行者や学生、労働者が集う大衆商店区。
その大衆商店区に店を構えるアミーコ個人商店。主に生鮮食品を扱うその主は、厳しくも優しい恰幅の良いおばさん。
「ちょいと、アン。ファルソさんのところに行ってきてくれるかい?」
「だから、おばさん! アンじゃなくて、ビッツィって呼んでくださいって言ってるでしょうが!」
抗議の声を上げるのは、短く刈り上げた赤髪をトサカのように立てている、目つきの悪い若い男。
名は、アン・ビツィオーネ。
よく女と間違われるせいで、アンという呼び名が好きではないようだが、アンの方が断然呼びやすいと、おばさんは全く掛け合ってくれない。
「ああ、はいはい。で、今から大丈夫かい?」
アンは棚卸の作業を中断する。
「どしたんですか? 急に」
「ファルソさん、ぎっくり腰らしくてね」
「ああ、歳ですもんね」
「それで、今日の荷を運べないそうだから、今から行って受け取って来て頂戴」
「へーい」
お昼前、まだ休憩には早い。
アンはまくっていた袖を元に戻し、壁に掛けてあった上着を羽織って郊外にあるファルソ宅へ向かった。
●
「すまんね」
出迎えたファルソ爺が、アンに荷物を示す。
「…………」
目の前に置かれた荷袋は荷でぱんぱんに膨れており、自分の身体の半分ほどもある。通常よりも明らかに大きい。
「若いもんなら、これ位大丈夫じゃろ。いやぁ、ぎっくり腰は辛いのう」
腰をトントンと叩くファルソ爺。
本当にぎっくり腰だったら、こうして立っていることも無理なのではなかろうか。
「じゃ、頼んだぞ」
ぱたんと閉じられる扉。
この爺は、と内心毒を吐きながらも、不承不承アンは腰を屈め、荷を背負う。
野菜が主とはいえ、これだけの量になれば結構な重さだ。
ぐぅと足を踏ん張り何とか背負いあげると、アンはえっちらおっちら帰路に着く。
足取りが覚束ないのは当然のこと。小石に躓いて転んでしまうのも、仕方ないだろう。
一回転二回転。アンはごろごろと土の道を転がる。
頭を振って立て直したアンが見つめるのは、土に塗れた荷袋。幸い、荷が袋から飛び出してはいなかった。
アンはゆっくりと結び目を解き、中身を確認する。
「あ、あぁ…………」
人参、ネギ、キャベツ、大根、株、玉葱、ジャガイモ、ほうれん草、オレンジなどなど。荷の半分以上が圧迫され、傷み、また一部形が崩れていた。
「これじゃ売りもんにならねえぞ……」
アンはどうしたものかと思案する。
このまま持って帰れば、あのおばさんでも激怒しかねない。場合によっては、給料から天引きも十分にあり得る。それは避けたかった。
うんうんと腕を組み唸るアンの下に、近づいて来る一つの集団。
何やらものものしい装備をした一団を見て、アンはハタと閃く。
あの集団の格好からして、恐らくはハンターと呼ばれる者達だろう。
ハンターといえば、腕っぷしだけではなく、知恵の回る者も少なくないと聞いたことがある。
これは何と好都合な。
アンは手を振って、大きな声を上げた。
「おーーい! ちょっと手を貸してくれー!」
●
呼び止められたハンター達は、事情を聞いて頷いた。どうやら仕事帰りだったらしく、丁度手が空いているそうな。
「何とかこいつらを売り捌きたいんだ。
値引きしても構わねえ。値を下げれば下げるほど売れやすくはなるだろうが、あんまり値引きしすぎてもな。出来れば赤字は避けてえけど、売れ残るのが一番困る。それだけは絶対にな」
そうなれば、自動的にアンの懐が痛むことになるだろう。いや、それだけならまだいいかもしれない。
こんなことで自分の評価が下がれば、出店という自分の夢が一歩遠のくことは間違いなかった。
逆に、この危機を乗り越えられれば、むしろ評価が上がるかもしれない。
ピンチの中にチャンスありだ。アンは腹の中でくっくと笑う。
「と言っても、ただ売るだけじゃ見向きもされねえ可能性があるしな……。
付加価値を狙うとしたら……加工は、そうだな。ウチは料理屋じゃねえし、家庭レベルの物しかねぇ。
食事のできるスペースだってありゃしねえからなぁ……。
それに、料金の設定も厄介だな」
あとは工夫次第か、とアンは一人ごちる。
「一先ずこれから店に戻っから、一緒に着いてきてくれ。
俺はアン・ビツィオーネ。ビッツィって呼んでくれや。
んで、店に着くまでに、何とかこいつらの上手い処理方法を考えてくれねえか。頼むわ」
自由都市同盟の顔として、評議会や魔術師協会本部のあるこの街には、大きく分けて3つの商区がある。
一つは高級品などを扱う、ヴァリオスの目玉である高級商店街。
一つは最新流行の発信地である新興商店街。
もう一つは、旅行者や学生、労働者が集う大衆商店区。
その大衆商店区に店を構えるアミーコ個人商店。主に生鮮食品を扱うその主は、厳しくも優しい恰幅の良いおばさん。
「ちょいと、アン。ファルソさんのところに行ってきてくれるかい?」
「だから、おばさん! アンじゃなくて、ビッツィって呼んでくださいって言ってるでしょうが!」
抗議の声を上げるのは、短く刈り上げた赤髪をトサカのように立てている、目つきの悪い若い男。
名は、アン・ビツィオーネ。
よく女と間違われるせいで、アンという呼び名が好きではないようだが、アンの方が断然呼びやすいと、おばさんは全く掛け合ってくれない。
「ああ、はいはい。で、今から大丈夫かい?」
アンは棚卸の作業を中断する。
「どしたんですか? 急に」
「ファルソさん、ぎっくり腰らしくてね」
「ああ、歳ですもんね」
「それで、今日の荷を運べないそうだから、今から行って受け取って来て頂戴」
「へーい」
お昼前、まだ休憩には早い。
アンはまくっていた袖を元に戻し、壁に掛けてあった上着を羽織って郊外にあるファルソ宅へ向かった。
●
「すまんね」
出迎えたファルソ爺が、アンに荷物を示す。
「…………」
目の前に置かれた荷袋は荷でぱんぱんに膨れており、自分の身体の半分ほどもある。通常よりも明らかに大きい。
「若いもんなら、これ位大丈夫じゃろ。いやぁ、ぎっくり腰は辛いのう」
腰をトントンと叩くファルソ爺。
本当にぎっくり腰だったら、こうして立っていることも無理なのではなかろうか。
「じゃ、頼んだぞ」
ぱたんと閉じられる扉。
この爺は、と内心毒を吐きながらも、不承不承アンは腰を屈め、荷を背負う。
野菜が主とはいえ、これだけの量になれば結構な重さだ。
ぐぅと足を踏ん張り何とか背負いあげると、アンはえっちらおっちら帰路に着く。
足取りが覚束ないのは当然のこと。小石に躓いて転んでしまうのも、仕方ないだろう。
一回転二回転。アンはごろごろと土の道を転がる。
頭を振って立て直したアンが見つめるのは、土に塗れた荷袋。幸い、荷が袋から飛び出してはいなかった。
アンはゆっくりと結び目を解き、中身を確認する。
「あ、あぁ…………」
人参、ネギ、キャベツ、大根、株、玉葱、ジャガイモ、ほうれん草、オレンジなどなど。荷の半分以上が圧迫され、傷み、また一部形が崩れていた。
「これじゃ売りもんにならねえぞ……」
アンはどうしたものかと思案する。
このまま持って帰れば、あのおばさんでも激怒しかねない。場合によっては、給料から天引きも十分にあり得る。それは避けたかった。
うんうんと腕を組み唸るアンの下に、近づいて来る一つの集団。
何やらものものしい装備をした一団を見て、アンはハタと閃く。
あの集団の格好からして、恐らくはハンターと呼ばれる者達だろう。
ハンターといえば、腕っぷしだけではなく、知恵の回る者も少なくないと聞いたことがある。
これは何と好都合な。
アンは手を振って、大きな声を上げた。
「おーーい! ちょっと手を貸してくれー!」
●
呼び止められたハンター達は、事情を聞いて頷いた。どうやら仕事帰りだったらしく、丁度手が空いているそうな。
「何とかこいつらを売り捌きたいんだ。
値引きしても構わねえ。値を下げれば下げるほど売れやすくはなるだろうが、あんまり値引きしすぎてもな。出来れば赤字は避けてえけど、売れ残るのが一番困る。それだけは絶対にな」
そうなれば、自動的にアンの懐が痛むことになるだろう。いや、それだけならまだいいかもしれない。
こんなことで自分の評価が下がれば、出店という自分の夢が一歩遠のくことは間違いなかった。
逆に、この危機を乗り越えられれば、むしろ評価が上がるかもしれない。
ピンチの中にチャンスありだ。アンは腹の中でくっくと笑う。
「と言っても、ただ売るだけじゃ見向きもされねえ可能性があるしな……。
付加価値を狙うとしたら……加工は、そうだな。ウチは料理屋じゃねえし、家庭レベルの物しかねぇ。
食事のできるスペースだってありゃしねえからなぁ……。
それに、料金の設定も厄介だな」
あとは工夫次第か、とアンは一人ごちる。
「一先ずこれから店に戻っから、一緒に着いてきてくれ。
俺はアン・ビツィオーネ。ビッツィって呼んでくれや。
んで、店に着くまでに、何とかこいつらの上手い処理方法を考えてくれねえか。頼むわ」
リプレイ本文
「なんだい、その人らは?」
アミーコ商店のおばさんは目を丸くしてハンター達を見つめる。
「いや、実は――」
アンが事情を説明すると、おばさんは雷を落とすでもなく「商人なら、落とし前は自分でつけて見せな」と全て任せた。
店内の奥、住居部分にてアンが広げた袋を眺め、天王寺茜(ka4080)は渋い顔だ。
「食べ物を粗末にするのは駄目、絶対!」
「確かに勿体無いですよね」
エステル・クレティエ(ka3783)も胸に手を当て、痛ましそうにする。
「そもそも、食材の運搬方法からして問題があったと思いますの……」
苦言を呈するのは、イスタ・イルマティーニ(ka1764)。
圧迫される程詰め込んでは、転ばなくとも食材が傷みかねない。商人としてそれはどうなのか、と無言の圧力がアンを襲う。
アンは罰の悪そうな笑みを浮かべるばかり。
「傷んでいないものは別として、傷んだ奴は……」
顎に手を当てるシャーリーン・クリオール(ka0184)に、クレール(ka0586)は息巻く。
「まだ大丈夫! この野菜達が手に入れた『傷み』の力……私の野菜アートで、引き出しきって見せる!」
折角丹精込めて作ったのに、誰にも食べられずに捨ててしまうのは寂しいものだ。
「やれるだけやってみましょう」
エステルが頷き、茜は拳を握る。
「私の目の黒いうちは、廃棄なんて許さないんだから!」
「そうですわね。皆で知恵を出し合い頑張りましょう」
イスタの言葉に皆が同意する中、雨月 藍弥(ka3926)だけはどこ吹く風。
団体行動が苦手な彼だったが、愛しの妹とは別件で離ればなれなので、他にすることもなし。「いい暇潰しにはなるでしょう」と小さく呟き、妹の写真にため息を落とした。
「すまねぇな。頼りにしてるぜ。お前もそんな怪我してる中で手伝わせてわりぃな」
アンの視線の先にいるのは、三日月 壱(ka0244)。先の戦闘で負傷し、包帯が目立つ。
「いえ、お任せ下さい! 僕達が沢山のお客さんを招いてみせますよ!」
「お前ってやつぁ……」
(ったく、怪我人に手伝いさせてんじゃねーよ)
壱が笑顔の裏でそう毒づいているのも知らず、涙もろいアンは感激に目端を拭っていた。
●下拵え
「うーん……このジャガイモは売れそうにないし、あと人参と……」
茜が材料の選別をしている間に、エステルとシャーリーンは包丁を手に早速調理に取りかかる。
エステルが挑むのは、刻み野菜。
各家庭で切る手間を省いた主婦に優しい品だ。
キャベツはざく切り、玉葱は薄くスライス、人参は粗い千切りにしてミックス。
傷んだ部分は最小限取り除き、別の調理に使用する為、端にとっておく。
その隣で、シャーリーンは玉葱を火が通りやすいように細かく刻む。
台所が窮屈なのは致し方ない。二人同時に作業するようには作られていないのだ。
「ん……」
「くぅ……」
玉葱の洗礼が二人を襲う。目は真っ赤。
だが、彼女達は覚醒者。玉葱一つに負けてなるものか。
はひはひ言いながらも、二人は黙々と切り刻んでいく。
食卓上でせっせと野菜を摩り下ろしているのは、藍弥。
彼が作ろうとしているのは、果物と野菜のジュースである。
何種類もの材料を混ぜ合わせた濃い緑色のどろっとした液体は、ちょっとおどろおどろしい。微妙に泡立っているのも遠慮したいところだ。
藍弥は躊躇わず味見とばかりに口に含み、納得したように瞼を閉じる。
妹のお肌の為に、ビタミン豊富かつ美味しいジュースの研究を重ねていた日々は間違っていなかったようだ。
「……あぁ、我が麗しき妹に是非飲ませて――」とぶつぶつ呟き始めた藍弥の正面では、クレールが真剣に傷んだ野菜を並べている。
クレールが作るものは、アート!
傷みの激しい野菜を下に敷き、徐々に積み上げていく内に鮮度が高まり、新鮮な野菜へ……。
そう、それは、植物の転生を表現した、渾身の盆栽!
そして、ビッツィとおばさんを野菜で象ったアミーコ商店のウェルカム看板!
傷みと鮮度が互いを高めあい、生命の循環を傷み野菜で表現するクレールは、正に芸術家的な何かだ! もしかしたら爆発してしまうかもしれない。
一つ一つのパーツを慎重に組み合わせていくクレールであった。
居間のテーブルで作業に勤しむのは、壱とイスタ。
壱は店名と店の場所が記載された簡易な看板の作成を。イスタはポップの作成を。
傷んだ食材や皆が調理に使用している食材の健康効果や調理法から保存まで、懇切丁寧に解りやすい図解での解説を書いている。
食材の選別を終えた茜は、傷んだジャガイモをぐりぐりと完全に潰し、潰れた人参や玉葱を細かく刻む。
料理が得意な彼女は、玉葱に目をしぱしぱさせながらも手慣れたものだ。
エステルは先ほど取り置いていた傷んだ部分を含め、残っている傷んだ食材を細かく切って鍋に放り込む。
「んー、皆で一斉に料理できるスペースはやっぱり無いよな」
シャーリーンは、火が通って透き通った茶色になった玉葱の入った鍋を持ちながら、きょろきょろと辺りを見回す。
切るだけなら同時並行でも問題ないが、火はエステルが使用中だ。
「お、ここ使ってもいいかな?」
彼女が見つけたのは暖炉。アンから許可を貰うと、温め直して水と他の刻んだ具材も投入する。
「そうそう、これも一緒にっと」
シャーリーンは手頃な石をかき集め、鍋の側に寄せて一緒に熱しておく。
「どうでしょう?」
「うーん、塩っけが足りないかなあ」
エステルは隣の茜に野菜スープの味見をしてもらう。
「どれどれ」
シャーリーンは煮込みの隙を見て、スープを試飲。
「っ! しみるー」
「ハーブを入れても良いかもしれませんわね」
作成を終えた壱とイスタもそれに加わり、藍弥はスープの感想を電波に込めて妹に送る。
「わわっ。私も味見したいですっ!」
作業に集中していたクレールは出遅れていた。イスタがよそって渡す。
「料理は魔法ですわね。あの食材が見事に変身しましたわ」
和気藹々とお互いの作品を披露する間、店頭に立っていたアンは、無事だった野菜の売り出しにひぃひぃ言っていたそうな。
●奔流に抗って
午後2時。街路は人でごった返している。
大衆商店区の賑わいは、一見さんにはびっくりなほど。各々の店先で客を呼び込む声かけが行われることもあって、昼時を過ぎてもざわめきは衰えることを知らない。
「いらっしゃいませー!」
そんな喧噪に負けじと、クレールの叫びが商店街に鳴り響く。
「なんだなんだ」という声の先には、奇妙な4人の一団が。壱の作成した簡易看板で、アミーコ商店の名を掲げている。
「刻み野菜は如何ですか? すぐに使えるお野菜です。炒め物やスープに便利ですよ」
エステルは籠別に山盛りになっている食材を見せる。
既に用途に合わせて切り揃えられている食材というのは珍しかったのか、何人か購入していったが、昼食時を過ぎた現在は売れ行きは芳しくない。勝負は夕方になるだろう。
「そっちの荷車にあるのは何なんだ?」
「はい、こちらは野菜スープとポタージュになります」
シャーリーンの引く荷車には、大きな箱が2つ。
箱の中には、大きな鍋がそれぞれ一つずつ。その周囲には温められた石が敷き詰められ、木の枠組みでがっちり固定されていた。
シャーリーンが暖炉で熱していたのはこの石だ。保温用には最適である。
「シンプルで具沢山の野菜スープ。最後の隠し味は各ご家庭でどうぞ」
客の対応をしているエステルの傍ら、シャーリーンはにこにこと笑顔を絶やさず給仕に努める。
彼女がよそう器は、壱が事前に商店街を巡って調達してきたもの。
不要となり見た目も問題なさそうな容器を言葉巧みに貰い受け、綺麗に洗って使うことにした。
頭や首など目立つところに包帯を巻いた子供にうるうるした瞳で要求されては、断れる大人はそうはいない。あざとさは文句なく一流だ。
とはいえ、器の数も無尽蔵では無い。
「器を持参して下さったお客様には、割引きをさせて頂きますので」
エステルは周囲の人だかりに聞こえる様に、なるべく声を張り上げる。
「おぉ、こりゃ美味い」
シャーリーンの作ったポタージュをその場で啜っている男が感嘆の声を上げた。
玉葱の出汁と野菜の甘み、シンプルな塩味に隠し味でオレンジを加えたものは、素材の良さが引き立っている。
潰したジャガイモをよくよく煮込んだことで、とろみもついてまろやかな仕上がりになっていた。
「あんた、大丈夫なのかい?」
40代のおばさんが眉を顰めるのは、壱にだ。
壱は弱々しく腕を押さえ、気丈な笑みを浮かべる。
「は、はい。最近うちの売り上げが厳しくて……。怪我してるからって、じっとなんかしてられないんです」
壱は荷車から、板に乗せたクレール作の野菜アートを震える手で掲げる。
「これ、見てください。お姉ちゃんが作りました。不器用なのに、精一杯頑張って……ぅっ」
身体の痛みに呻き声を上げる壱。心配する声にも、健気に首を振った。
「大丈夫です。商品が沢山売れれば、薬も買うことができますからね!」
ちらっと周囲の様子を窺う間もなく、女性客を中心にあっという間に商品は売れていく。
「ありがとうございます! これで安心です!」
ニコリとあざとい笑みを浮かべる笑顔の下では当然、
(なーんちゃって、俺は覚醒者だから自然治癒するんだけどなぁ!)
という、悪魔の囁きを漏らしていた。なお、因果応報には気をつけて。
「注目です! 今からちょっとした実演を行いますよ!」
クレールは首にかけた紐を通した板を胸の前に俎板代わりに提げて、ナイフと野菜を荷車から取り出す。
ひょいひょいと手軽なナイフ捌きが野菜を殲滅していき――
「はい! 人参くんのできあがり!」
「おぉ!」
クレールの手には人型に形成された人参くん。ギャラリーのように集まった人だかりに、次々とクレールは自慢のセンスを披露する。
「こっちは少しくたびれたネギ夫人! あれに見えるはミスターキャベツ!」
ノリにのるクレール。野菜アートは止まるところを知らない。それは最早一つの国家の様相で。野菜王国の誕生が、今ここに宣言された……気がする。
●アミーコ商店の店頭
「いらっしゃいませー!」
茜の元気な声がよく通る。
「傷あり野菜でも美味しく調理できるポテトのキャベツ巻、どうですかー! 合わせて、ちょっと傷んだお野菜の割引販売やってまーす!」
「一つ貰おうか」
「はい!」
『ポテトの潰し焼き(野菜コロッケ風)』を、手掴みで食べられるようにとキャベツで巻いたものは、出来立てほやほや。客ははふはふと美味しそうに頬張っている。
元の世界でよくコロッケの買い食いをしていた茜には懐かしい光景だ。
「傷ありでこの値段? まだまだ高いぞ」
「なら、こっちの株とセットでどうでしょう。更にお安くいたしますよ!」
「うーん……まあそれだったら」
「はい! まいどあり!」
食堂の娘として全て売り切って見せると、意気込み強く、茜は動く。
「奥さん、朝食抜いたりしてませんか?」
藍弥の言葉に、奥さんはどっきり。
「何で分かるの!? まさか、貴方はエスパー」
「お肌が荒れ気味です。それではいけませんよ。こちらを――」
藍弥はお手製の野菜ジュースを取る。昔の営業マン時代の感覚が蘇って来るようだ。
緑の泥が入ったコップに、奥さんの顔が引きつった。
「騙されたと思って、試してみるのはいかがでしょう」
試飲を勧める藍弥。なぜか不思議な圧力を感じる。奥さんは愛する旦那に別れの言葉を心の中で呟き、一思いにと一気に飲み干した。
「……あれ、美味しい」
「え、じゃあ私も……」と横にいた女性もジュースに手を伸ばす。
「お買い上げありがとうございます」
そんな対応をしている最中にも、藍弥の心にあるのはただ一つ。
(……あぁ、我が可愛らしい妹の姿を目にすることができないというのは、やはり辛いです)
妹への愛に上限など存在しない。離れているからこそ、その想いは募るばかりなのだ。
早く帰ろう、藍弥はそう思ったそうな。
「人参は血圧を下げ、免疫力を上げます。キャベツは胃腸の浄化作用があり――」
ポップを示し、一つ一つの食材について丁寧に説明しているのはイスタ。
「玉葱は風邪の予防や筋肉痛も和らげてくれますし――」
「はぁ……そんな効果があったのね」
イスタを囲む主婦連は言葉の一つ一つに深く頷き、中にはメモを取っているものもいる。
商品はただ売れば良いというものではない。どのような料理になり、味になり、効果があるのか知っておくべきだとイスタは考えていた。
「傷んでいても、大いに味や栄養価が損なわれることはありませんのよ。野菜はお薬なのですわ」
「そうね。じゃあこれを頂くわ」
「はい!」
「このキャベツは何に使えばいいかしら?」
「そうですわね……茹でたキャベツをこちらのお肉で巻いて――」
お客と一緒に献立を考えながら、イスタは別の食材もさりげなく勧めていく。貴婦人らしからぬしっかりさである。
販売は順調に進んだ。
日暮れ間近にはタイムセールを行い、夕食の買い出しに来た主婦や女将層も狙い打ち、無事に完売までこぎつけることに成功した。
●万事解決……?
「助かったぜ」
「まあ、次回からは荷車を用意する事だな」
安堵するアンに、シャーリーンは汗を拭う。
「ところで、あたし達を雇うと高い、ってのは意識しなかったのかな?」
ウィンクする彼女に、アンはたじたじだ。
思ったほど値引きせずに完売できたため、十分な黒字が生まれていた。自腹で用意するはずだったハンターへの報酬は、ここから充てられそうだ。
「良かったです。無事に売れて……」
エステルは疲れを滲ませながらも笑顔。後ろで皆を見守っていた女将へ向き直る。
「でも転ばれたそうなので、数日ビツィオーネさんの様子を見たほうが良いと思います。打ち身の痛みは日を開けて出ることもあるらしいので……お大事にどうぞ」
「なんて優しい嬢ちゃんだ」
鼻をすするアンは放っておいて、女将は笑って一つ頷いた。
「じゃあ、本当にありがとな!」
ハンター達を見送るアンと女将。
彼らの姿が見えなくなってから、女将はアンを見つめた。
「アン」
「だからビッ――」
と、振り向いた女将の顔は厳しいものだった。
「最終的な責任はあたしが持つけどね、あんたが対処するべきだとは思うよ」
「へ――?」
移動販売は盛況だった。
面白半分の客を含め、人だかりが絶えることは無く。
一方で、こんな声が聞こえたのも事実。
「なんだありゃ」
「アミーコ商店?」
「あそこは調理品なんて売ってなかっただろ」
「なんでこんなとこまで出張ってやがんだ」
「ああ、うちの客が……」
それは禍根となって、後に響くこととなるが、それはアンの自業自得という奴で――。
アミーコ商店のおばさんは目を丸くしてハンター達を見つめる。
「いや、実は――」
アンが事情を説明すると、おばさんは雷を落とすでもなく「商人なら、落とし前は自分でつけて見せな」と全て任せた。
店内の奥、住居部分にてアンが広げた袋を眺め、天王寺茜(ka4080)は渋い顔だ。
「食べ物を粗末にするのは駄目、絶対!」
「確かに勿体無いですよね」
エステル・クレティエ(ka3783)も胸に手を当て、痛ましそうにする。
「そもそも、食材の運搬方法からして問題があったと思いますの……」
苦言を呈するのは、イスタ・イルマティーニ(ka1764)。
圧迫される程詰め込んでは、転ばなくとも食材が傷みかねない。商人としてそれはどうなのか、と無言の圧力がアンを襲う。
アンは罰の悪そうな笑みを浮かべるばかり。
「傷んでいないものは別として、傷んだ奴は……」
顎に手を当てるシャーリーン・クリオール(ka0184)に、クレール(ka0586)は息巻く。
「まだ大丈夫! この野菜達が手に入れた『傷み』の力……私の野菜アートで、引き出しきって見せる!」
折角丹精込めて作ったのに、誰にも食べられずに捨ててしまうのは寂しいものだ。
「やれるだけやってみましょう」
エステルが頷き、茜は拳を握る。
「私の目の黒いうちは、廃棄なんて許さないんだから!」
「そうですわね。皆で知恵を出し合い頑張りましょう」
イスタの言葉に皆が同意する中、雨月 藍弥(ka3926)だけはどこ吹く風。
団体行動が苦手な彼だったが、愛しの妹とは別件で離ればなれなので、他にすることもなし。「いい暇潰しにはなるでしょう」と小さく呟き、妹の写真にため息を落とした。
「すまねぇな。頼りにしてるぜ。お前もそんな怪我してる中で手伝わせてわりぃな」
アンの視線の先にいるのは、三日月 壱(ka0244)。先の戦闘で負傷し、包帯が目立つ。
「いえ、お任せ下さい! 僕達が沢山のお客さんを招いてみせますよ!」
「お前ってやつぁ……」
(ったく、怪我人に手伝いさせてんじゃねーよ)
壱が笑顔の裏でそう毒づいているのも知らず、涙もろいアンは感激に目端を拭っていた。
●下拵え
「うーん……このジャガイモは売れそうにないし、あと人参と……」
茜が材料の選別をしている間に、エステルとシャーリーンは包丁を手に早速調理に取りかかる。
エステルが挑むのは、刻み野菜。
各家庭で切る手間を省いた主婦に優しい品だ。
キャベツはざく切り、玉葱は薄くスライス、人参は粗い千切りにしてミックス。
傷んだ部分は最小限取り除き、別の調理に使用する為、端にとっておく。
その隣で、シャーリーンは玉葱を火が通りやすいように細かく刻む。
台所が窮屈なのは致し方ない。二人同時に作業するようには作られていないのだ。
「ん……」
「くぅ……」
玉葱の洗礼が二人を襲う。目は真っ赤。
だが、彼女達は覚醒者。玉葱一つに負けてなるものか。
はひはひ言いながらも、二人は黙々と切り刻んでいく。
食卓上でせっせと野菜を摩り下ろしているのは、藍弥。
彼が作ろうとしているのは、果物と野菜のジュースである。
何種類もの材料を混ぜ合わせた濃い緑色のどろっとした液体は、ちょっとおどろおどろしい。微妙に泡立っているのも遠慮したいところだ。
藍弥は躊躇わず味見とばかりに口に含み、納得したように瞼を閉じる。
妹のお肌の為に、ビタミン豊富かつ美味しいジュースの研究を重ねていた日々は間違っていなかったようだ。
「……あぁ、我が麗しき妹に是非飲ませて――」とぶつぶつ呟き始めた藍弥の正面では、クレールが真剣に傷んだ野菜を並べている。
クレールが作るものは、アート!
傷みの激しい野菜を下に敷き、徐々に積み上げていく内に鮮度が高まり、新鮮な野菜へ……。
そう、それは、植物の転生を表現した、渾身の盆栽!
そして、ビッツィとおばさんを野菜で象ったアミーコ商店のウェルカム看板!
傷みと鮮度が互いを高めあい、生命の循環を傷み野菜で表現するクレールは、正に芸術家的な何かだ! もしかしたら爆発してしまうかもしれない。
一つ一つのパーツを慎重に組み合わせていくクレールであった。
居間のテーブルで作業に勤しむのは、壱とイスタ。
壱は店名と店の場所が記載された簡易な看板の作成を。イスタはポップの作成を。
傷んだ食材や皆が調理に使用している食材の健康効果や調理法から保存まで、懇切丁寧に解りやすい図解での解説を書いている。
食材の選別を終えた茜は、傷んだジャガイモをぐりぐりと完全に潰し、潰れた人参や玉葱を細かく刻む。
料理が得意な彼女は、玉葱に目をしぱしぱさせながらも手慣れたものだ。
エステルは先ほど取り置いていた傷んだ部分を含め、残っている傷んだ食材を細かく切って鍋に放り込む。
「んー、皆で一斉に料理できるスペースはやっぱり無いよな」
シャーリーンは、火が通って透き通った茶色になった玉葱の入った鍋を持ちながら、きょろきょろと辺りを見回す。
切るだけなら同時並行でも問題ないが、火はエステルが使用中だ。
「お、ここ使ってもいいかな?」
彼女が見つけたのは暖炉。アンから許可を貰うと、温め直して水と他の刻んだ具材も投入する。
「そうそう、これも一緒にっと」
シャーリーンは手頃な石をかき集め、鍋の側に寄せて一緒に熱しておく。
「どうでしょう?」
「うーん、塩っけが足りないかなあ」
エステルは隣の茜に野菜スープの味見をしてもらう。
「どれどれ」
シャーリーンは煮込みの隙を見て、スープを試飲。
「っ! しみるー」
「ハーブを入れても良いかもしれませんわね」
作成を終えた壱とイスタもそれに加わり、藍弥はスープの感想を電波に込めて妹に送る。
「わわっ。私も味見したいですっ!」
作業に集中していたクレールは出遅れていた。イスタがよそって渡す。
「料理は魔法ですわね。あの食材が見事に変身しましたわ」
和気藹々とお互いの作品を披露する間、店頭に立っていたアンは、無事だった野菜の売り出しにひぃひぃ言っていたそうな。
●奔流に抗って
午後2時。街路は人でごった返している。
大衆商店区の賑わいは、一見さんにはびっくりなほど。各々の店先で客を呼び込む声かけが行われることもあって、昼時を過ぎてもざわめきは衰えることを知らない。
「いらっしゃいませー!」
そんな喧噪に負けじと、クレールの叫びが商店街に鳴り響く。
「なんだなんだ」という声の先には、奇妙な4人の一団が。壱の作成した簡易看板で、アミーコ商店の名を掲げている。
「刻み野菜は如何ですか? すぐに使えるお野菜です。炒め物やスープに便利ですよ」
エステルは籠別に山盛りになっている食材を見せる。
既に用途に合わせて切り揃えられている食材というのは珍しかったのか、何人か購入していったが、昼食時を過ぎた現在は売れ行きは芳しくない。勝負は夕方になるだろう。
「そっちの荷車にあるのは何なんだ?」
「はい、こちらは野菜スープとポタージュになります」
シャーリーンの引く荷車には、大きな箱が2つ。
箱の中には、大きな鍋がそれぞれ一つずつ。その周囲には温められた石が敷き詰められ、木の枠組みでがっちり固定されていた。
シャーリーンが暖炉で熱していたのはこの石だ。保温用には最適である。
「シンプルで具沢山の野菜スープ。最後の隠し味は各ご家庭でどうぞ」
客の対応をしているエステルの傍ら、シャーリーンはにこにこと笑顔を絶やさず給仕に努める。
彼女がよそう器は、壱が事前に商店街を巡って調達してきたもの。
不要となり見た目も問題なさそうな容器を言葉巧みに貰い受け、綺麗に洗って使うことにした。
頭や首など目立つところに包帯を巻いた子供にうるうるした瞳で要求されては、断れる大人はそうはいない。あざとさは文句なく一流だ。
とはいえ、器の数も無尽蔵では無い。
「器を持参して下さったお客様には、割引きをさせて頂きますので」
エステルは周囲の人だかりに聞こえる様に、なるべく声を張り上げる。
「おぉ、こりゃ美味い」
シャーリーンの作ったポタージュをその場で啜っている男が感嘆の声を上げた。
玉葱の出汁と野菜の甘み、シンプルな塩味に隠し味でオレンジを加えたものは、素材の良さが引き立っている。
潰したジャガイモをよくよく煮込んだことで、とろみもついてまろやかな仕上がりになっていた。
「あんた、大丈夫なのかい?」
40代のおばさんが眉を顰めるのは、壱にだ。
壱は弱々しく腕を押さえ、気丈な笑みを浮かべる。
「は、はい。最近うちの売り上げが厳しくて……。怪我してるからって、じっとなんかしてられないんです」
壱は荷車から、板に乗せたクレール作の野菜アートを震える手で掲げる。
「これ、見てください。お姉ちゃんが作りました。不器用なのに、精一杯頑張って……ぅっ」
身体の痛みに呻き声を上げる壱。心配する声にも、健気に首を振った。
「大丈夫です。商品が沢山売れれば、薬も買うことができますからね!」
ちらっと周囲の様子を窺う間もなく、女性客を中心にあっという間に商品は売れていく。
「ありがとうございます! これで安心です!」
ニコリとあざとい笑みを浮かべる笑顔の下では当然、
(なーんちゃって、俺は覚醒者だから自然治癒するんだけどなぁ!)
という、悪魔の囁きを漏らしていた。なお、因果応報には気をつけて。
「注目です! 今からちょっとした実演を行いますよ!」
クレールは首にかけた紐を通した板を胸の前に俎板代わりに提げて、ナイフと野菜を荷車から取り出す。
ひょいひょいと手軽なナイフ捌きが野菜を殲滅していき――
「はい! 人参くんのできあがり!」
「おぉ!」
クレールの手には人型に形成された人参くん。ギャラリーのように集まった人だかりに、次々とクレールは自慢のセンスを披露する。
「こっちは少しくたびれたネギ夫人! あれに見えるはミスターキャベツ!」
ノリにのるクレール。野菜アートは止まるところを知らない。それは最早一つの国家の様相で。野菜王国の誕生が、今ここに宣言された……気がする。
●アミーコ商店の店頭
「いらっしゃいませー!」
茜の元気な声がよく通る。
「傷あり野菜でも美味しく調理できるポテトのキャベツ巻、どうですかー! 合わせて、ちょっと傷んだお野菜の割引販売やってまーす!」
「一つ貰おうか」
「はい!」
『ポテトの潰し焼き(野菜コロッケ風)』を、手掴みで食べられるようにとキャベツで巻いたものは、出来立てほやほや。客ははふはふと美味しそうに頬張っている。
元の世界でよくコロッケの買い食いをしていた茜には懐かしい光景だ。
「傷ありでこの値段? まだまだ高いぞ」
「なら、こっちの株とセットでどうでしょう。更にお安くいたしますよ!」
「うーん……まあそれだったら」
「はい! まいどあり!」
食堂の娘として全て売り切って見せると、意気込み強く、茜は動く。
「奥さん、朝食抜いたりしてませんか?」
藍弥の言葉に、奥さんはどっきり。
「何で分かるの!? まさか、貴方はエスパー」
「お肌が荒れ気味です。それではいけませんよ。こちらを――」
藍弥はお手製の野菜ジュースを取る。昔の営業マン時代の感覚が蘇って来るようだ。
緑の泥が入ったコップに、奥さんの顔が引きつった。
「騙されたと思って、試してみるのはいかがでしょう」
試飲を勧める藍弥。なぜか不思議な圧力を感じる。奥さんは愛する旦那に別れの言葉を心の中で呟き、一思いにと一気に飲み干した。
「……あれ、美味しい」
「え、じゃあ私も……」と横にいた女性もジュースに手を伸ばす。
「お買い上げありがとうございます」
そんな対応をしている最中にも、藍弥の心にあるのはただ一つ。
(……あぁ、我が可愛らしい妹の姿を目にすることができないというのは、やはり辛いです)
妹への愛に上限など存在しない。離れているからこそ、その想いは募るばかりなのだ。
早く帰ろう、藍弥はそう思ったそうな。
「人参は血圧を下げ、免疫力を上げます。キャベツは胃腸の浄化作用があり――」
ポップを示し、一つ一つの食材について丁寧に説明しているのはイスタ。
「玉葱は風邪の予防や筋肉痛も和らげてくれますし――」
「はぁ……そんな効果があったのね」
イスタを囲む主婦連は言葉の一つ一つに深く頷き、中にはメモを取っているものもいる。
商品はただ売れば良いというものではない。どのような料理になり、味になり、効果があるのか知っておくべきだとイスタは考えていた。
「傷んでいても、大いに味や栄養価が損なわれることはありませんのよ。野菜はお薬なのですわ」
「そうね。じゃあこれを頂くわ」
「はい!」
「このキャベツは何に使えばいいかしら?」
「そうですわね……茹でたキャベツをこちらのお肉で巻いて――」
お客と一緒に献立を考えながら、イスタは別の食材もさりげなく勧めていく。貴婦人らしからぬしっかりさである。
販売は順調に進んだ。
日暮れ間近にはタイムセールを行い、夕食の買い出しに来た主婦や女将層も狙い打ち、無事に完売までこぎつけることに成功した。
●万事解決……?
「助かったぜ」
「まあ、次回からは荷車を用意する事だな」
安堵するアンに、シャーリーンは汗を拭う。
「ところで、あたし達を雇うと高い、ってのは意識しなかったのかな?」
ウィンクする彼女に、アンはたじたじだ。
思ったほど値引きせずに完売できたため、十分な黒字が生まれていた。自腹で用意するはずだったハンターへの報酬は、ここから充てられそうだ。
「良かったです。無事に売れて……」
エステルは疲れを滲ませながらも笑顔。後ろで皆を見守っていた女将へ向き直る。
「でも転ばれたそうなので、数日ビツィオーネさんの様子を見たほうが良いと思います。打ち身の痛みは日を開けて出ることもあるらしいので……お大事にどうぞ」
「なんて優しい嬢ちゃんだ」
鼻をすするアンは放っておいて、女将は笑って一つ頷いた。
「じゃあ、本当にありがとな!」
ハンター達を見送るアンと女将。
彼らの姿が見えなくなってから、女将はアンを見つめた。
「アン」
「だからビッ――」
と、振り向いた女将の顔は厳しいものだった。
「最終的な責任はあたしが持つけどね、あんたが対処するべきだとは思うよ」
「へ――?」
移動販売は盛況だった。
面白半分の客を含め、人だかりが絶えることは無く。
一方で、こんな声が聞こえたのも事実。
「なんだありゃ」
「アミーコ商店?」
「あそこは調理品なんて売ってなかっただろ」
「なんでこんなとこまで出張ってやがんだ」
「ああ、うちの客が……」
それは禍根となって、後に響くこととなるが、それはアンの自業自得という奴で――。
依頼結果
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マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
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相談卓 三日月 壱(ka0244) 人間(リアルブルー)|14才|男性|霊闘士(ベルセルク) |
最終発言 2015/02/14 00:02:50 |
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依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2015/02/10 01:09:06 |