【未来】みんなでおいでよ茶房「よつば」

マスター:ことね桃

シナリオ形態
ショート
難易度
易しい
オプション
参加費
1,500
参加制限
-
参加人数
3~10人
サポート
0~0人
マテリアルリンク
報酬
寸志
相談期間
5日
締切
2019/11/05 19:00
完成日
2019/12/02 09:52

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング

●帝国精霊のその後

 帝国国内の戦争が終結してから10年後。帝国に住まう精霊達は人権を認められ、社会への発言権を手に入れた。もっともそれはほとんどの精霊にとってささやかな変化に過ぎず、今まで同様彼らの思うがままのライフスタイルは変わらない。
 しかし旧い時代と異なり戦に巻き込まれることも、人間に過剰なおそれを抱かれ迫害されることもなくなった事実は大きい。他者に脅かされることのない平穏な日々が精霊達の頑なな心を少しずつ解き、精霊と人類間の諍いは劇的に減少していった。


●おみせはしぜんこうえんのとなりです

 帝都郊外にそびえるコロッセオ・シングスピラ。かの巨大な施設は帝都に比較的近い場所にあれど、大精霊リアルブルーが帝都に施した結界により戦火を免れていた。そしてその裏に広がる国立自然公園も健在であり、戦争終結後も多くの精霊が出入りしている。
 ――そんな公園の隣に可愛らしい喫茶店ができたことをあなたはご存じだろうか。

「ワーイ、クッキーガイッパイ焼ケタノー♪」
 花の精霊フィー・フローレ(kz0255)はオーブンから焼きたてのクッキーを取り出すと真っ黒な鼻を鳴らした。クッキーの形はハート、星、ツリー、オーバル。彼女が色とりどりのクッキーを調理台に並べて「次ハドウシタライイノ?」と問うとクッキングコートを着た人間達がにっこりと微笑む。

 ここは茶房「よつば」。自然公園の隣に9年前にオープンした喫茶店。邪神戦争と暴食王ハヴァマールとの決戦で職場を失った人間と、住処を失い公園に身を寄せた精霊達がつくりあげた店だ。
 精霊が戦火で傷ついた土地を癒し、豊かな土で作物を育てる。その恵みを人間達が加工し販売することで利益を得て、帝都や精霊達の故郷の復興に役立てる。人間と精霊の共存共栄を実現したこの店は店構えこそ小さいが、多くの笑顔に溢れていた。
 そして今日は終戦から10年が経過した特別な聖輝節。フィーはこの国を救ってくれたハンターに感謝する「ありがとうパーティー」を開くため、せっせとお菓子を用意しているのだった。

「皆ガ来ルマデニ間ニ合ワセルノ!」
『わかったわかった。だが、急いては事を仕損じるのじゃ。ほら、また溢すところじゃったろ』
 クッキーにアイシングを施すフィーの隣で清水の精霊・葵が宥める。フィーは10年経ってもあわてん坊な点が変わらず、放っておけばクッキーを乗せたバットもアイシングの入ったボウルもひっくり返しそう。葵はそれらを支えながら、人間達に教わった通りにフィーに助言をしている。
 ――葵はかつて英霊フリーデリーケ・カレンベルク(kz0254)の攻撃で肉体をほとんど失ったが、ハンターが地下水脈から水を汲んだ泉により水のマテリアルを回復させ復活。現在はエルフ達の集落で祀られているが、帝国国内の治水事業に参加し毎日が移動と仕事の繰り返し。それでも今日ここにいるのはハンター達に再会し、改めて感謝の言葉を伝えたいからだった。

 一方、ホールの灯りに飾り付けを施すローザリンデ(kz0269)の隣に5歳ぐらいのエルフの少年がいる。
『ねぇ、ローザ様。次は何色のリボンにするの?』
『そうだねェ、白にしようか。リン、白と赤を用意しておくれ』
 かつて手のひらサイズの光球だった精霊リンは新たな信仰を得てからというもの、ヒトの形をとるようになった。今日は10年ぶりにラズビルナムから自然公園に戻り、ローザと共に会場に訪れている。
 両手に巻いたリボンをするりと引いて『はーい』とローザに渡すリン。会場はリアルブルーで言うところのクリスマスカラーに染まっており、なんとも賑やかだ。一通り装飾が終わるとローザが表情を和らげる。
『これでよし、と。……今日は無理を言ってでも休暇をとって良かったよ。アンタがこっちに戻ってくるって日に仕事じゃたまらないもんね』
『……やっぱり今もお仕事忙しいの?』
『ようやく自然精霊達への交渉が終わったところでね、むしろこれからってとこさ』
 ローザは10年をかけて精霊達に政治への取り組みと人間との共存について教育を施し、やっとまとまった数の意見を集められるようになった。もっとも自然精霊の多くは自分にまつわること――マテリアルや信仰に興味がひどく傾いているので、政治には直感的にイエスノーで答える程度しかできない。だが、回答のひとつひとつから人類への嫌悪感が薄れていく様子を感じる度にローザは仕事のやりがいを感じていた。
『次の休暇まではかなり間があるからね。今日は悔いのないように思いっきり楽しむよ』
『うん!』
 ローザの意気のいい言葉にリンが元気よく頷く。どうか今日が皆にとって幸せな一日になりますようにと。

 その頃、厨房ではフリーデが黒ベストに腕を通しネクタイを締めた。
『……これでいいだろうか』
「ウン、バッチリナノヨ。後ハ、ハイコレ!」
 フリーデが銀色のトレーをフリーデに差し出す。トレーの上に載っている物はカクテルシェイカーのセット。今日のフリーデはバーテンダー仕様だ。
『うむ……うまくやれると良いのだがな』
「何言ッテルノヨ。孤児院ノオ仕事ノ間ニ一生懸命練習シタンデショ!」
『それはそうだが、いつも味見で満足してしまってな。一通り作れるようになったものの、いまひとつ自信が』
「モー、オ酒好キノフリーデガ満足スルナラ美味シインジャナイノ? 自信ヲ持ッテ一緒ニ頑張ルノ!」
『わ、わかった。頑張ってみる』
 しゃがんで視線をあわせたフリーデの額をてしてし叩いて、ほっぺをぷりぷりと膨らませるフィー。かつて彼女は力の弱さから自信というものがほとんどなく、歪虚やフリーデと対峙した時には明らかに怯えていた。
 しかしハンターに何度も助けられながら苦難を乗り越えたことで精神的に大きく成長。今では誰にでも屈託なく接し、愛馬(ポニー)を乗り回して帝国各地を巡ってはコボルドや精霊に関わる問題の解決に着手している。
 一方フリーデは孤児院で孤児の養育に携わっている。亜人を殺すためなら手段を選ばなかった彼女がエルフやドワーフの子も差別せずに幸福に生活できているのはハンター達との出会いに起因する。今こうしてコボルド姿のフィーと交流ができているのもハンターの橋渡しがあったからこそ。ただただかつての恩人や友人達に感謝するのみだ。

 その時、カランとドアベルの音がした。招待客が到着したのだろうか。フィーはリアルブルーのサンタ帽をかぶると「イラッシャイナノー!」と声を弾ませて来場者を歓迎した。

リプレイ本文

●しあわせのにおい

「フィー様! お久しぶりです。相変わらずお元気そうで何よりです。毛並みもふわふわですね」
「ワーイ! エステル、イラッシャイナノ! 来テクレテ嬉シイノ!」
 フィー・フローレ(kz0255)は恩人であり大切な友人のひとりでもあるエステル・クレティエ(ka3783)の来訪に感激した。折り目正しく温厚な少女だったエステルは7年前に雑貨商の跡継ぎである幼馴染と結婚し、3人の子宝に恵まれ、今は夫の商いを手伝っているという。
「今日は一番上の娘を連れて来たんですよ。フィー様に会わせたくて……さあ、ご挨拶は?」
「ワァ、エステルハオ母サンニナッタノネ! オメデトウナノ、嬉シイノ! ウフフ、オ土産ノクッキー2ツアゲルネッ」
 早速フィーはクッキーの袋を両手にし、踊りながらふたりを案内する。席に着いたエステルはテーブルに色とりどりのラベルが貼られた缶を並べた。
「エステル、コレハナァニ?」
「聖輝節のお祝いに王国のとっておきの茶葉を持って来ました。同じ茶葉でも産地が違うと風味も変わります。もしお口に合えばお店でも使ってください。気に入っていただけたら定期的に納品に伺えますから。それに近々東方の品物も取り扱う予定ですので交流の一助になれば嬉しいです」
 願いひとつで大好きな友達とずっと会える。フィーは紅茶の缶を抱え、カウンターに向かった。
「フィー様?」
「皆デ一緒ニオ茶飲ムノ。エステルノオススメナラ絶対美味シイノ! ソレニ……エステルトズット一緒ニイタイモノ」
 それから間もなく始まるエステル母娘とフィーの小さなお茶会。紅茶はフィーの素朴なクッキーと相性がよく、すぐにどちらも空になった。そこでエステルは商家の若奥様らしい提案をした。
「フィー様のクッキーは聖輝節由来の形でとても楽しかったです。……そうだわ、今度はチョコレートクッキーでフィー様のお顔を作ってみてはどうかしら。なんといってもこのお店の看板精霊さんですもの。きっと多くのお客様が喜ばれるわ」
「ワワ、私ノ!?」
「そうです。きっとお子さんを中心に人気が出ますよ。……でも食べるのがもったいないかも。大事に飾る人がいるかもしれませんね」
 慌てるフィーに10年前の茶目っ気をそのままに微笑むエステル。ふたりの間に隔たりはなく、いつだってあの頃に戻れる……そんな気がした。
「ねえ、フィー様」
「ン?」
「いつかは変わっていくとしても、私はこの奇跡の時代があった事を語り継いでいきたい。こうして姿を見せて積極的に触れ合って下さるフィー様達のこと、そのままの言葉や思いもまた残して行く事も大事だと思っているのです」
「エステル……」
 フィーの目がふいに潤む。フィーも考えていたのだ。心優しい人達の記録を多くの精霊に伝えたいと。それを知ったエステルは少し考え、絵本という形はどうかしらと人差し指を立てた。
「絵本なら大きな絵がついていますから精霊様にも親しみやすいでしょう。例えばフィー様の事を絵本にしたら子供達がとても喜ぶと思います。……私自身に絵心詩心はないですけど、ご縁を頼ってまずは一冊だけ作ってみます。うちの子達の為に。出来上がったら見て下さいね」
 フィーの頭をくしゃくしゃ撫でてエステルが微笑む。その手には「精霊達との関係が優しく永く根付きます様に」と優しい祈りが込められていた。


●ふんわりとあたたかに

「フィー様、本日はお招き戴きありがとうございます。お元気でしたか? 今日は聖輝節ですのでお隣の林檎農園で造られている飲み物とお菓子を持ってまいりました。ぜひ皆さんで召し上がってください」
 10年前より大人びた雰囲気を纏うようになったリアリュール(ka2003)は手土産を持ったままフィーを優しく抱き寄せた。
 今のリアリュールはエルフハイム南西地域に広がる牧羊場の主。普段は羊の世話と営業で多忙なため、帝都に来られる日が限られている。大好きな友人との久方ぶりの再会にフィーが喜ぶのは当然のこと。
「リアリュール、毎日忙シイノニ来テクレテアリガト! オ土産モトッテモ嬉シイノ、本当ニ本当ニアリガト!」
 彼女は楽しそうに聖輝節の歌を口ずさみながらリアリュールの手をひいた。
 ――店内では既にふたりのよく知る顔が幾人も食事を楽しんでおり、礼儀正しいリアリュールは一通り挨拶を交わしてから席に着く。どうやら知人達の新生活は順調なようだ。運ばれてきた料理を楽しみながら今度はフィーの近況を尋ねた。
「フィー様、お仕事の方はいかがですか? ここのところめっきり冬めいてきましたよね。温かくしてお出かけしていますか? 帝国中を駆け巡っておられると聞きましたから心配です」
「ウフフ、リアリュールハ優シイネ。実ハコノ前、精霊ノ友達ガオ花ノオ礼ニッテ可愛イコートヲ作ッテクレタノヨ。今度見セテアゲルネ!」
「まぁ、それは楽しみです。きっと、約束ですよ」
 ほんのささやかな約束でも「次」に繋がる楽しみになる。リアリュールとフィーはこの10年、そうやって希望を繋いできた。その思い出を振り返りながらリアリュールがスープを掬い、微笑む。
「ドウシタノ?」
「フィー様は以前もこうして一生懸命お料理されていたなあって。昔も今も元気いっぱいの頑張り屋さんなんですよね」
「ソ、ソンナコトナイヨ。羊サンヲ沢山育テテイルリアリュールノ方ガスゴイモノ。ダッテ最初ハ……」
 リアリュールの牧羊場開設当時を知るフィーは慌ててかぶりを振った。リアリュールが気まぐれな自然や海千山千の商人に苦悩しながらも試行錯誤を繰り返していたことを間近で見ていたのだから。
 それでもリアリュールは朗らかに笑う。
「私には最高の羊を育てるという夢がありますから。落ち込むよりも大切な夢の続きを一日も早く見たいって……そればかりでしたよ」と。
 そして夢が結ばれる日が来るのならフィーと共に迎えたいと願いながら言葉を紡いだ。
「ねえ、フィー様。また私のところに遊びにいらして。よちよち歩きだった仔もすっかり大きくなりました」
「コノ前一緒ニ遊ンダ赤チャン?」
「ええ、そうですよ。きっとびっくりします。毛がとっても柔らかな優しい子に育ちました」
「ワァ、ソレハ楽シミナノ! 今度エルフハイムニ行ク時、絶対絶対遊ビニ行クネ!」
「約束ですよ。あの子達もフィー様のことが大好きなんですから」
 こうして楽しいランチを終えた時、リアリュールは改めて店内を見回した。良い店と出会えたと。
「フィー様、本当に……素敵なお店ですね。精霊様も人間も屈託なく対話して、笑いあって……。私、ここに来られて良かったです」
「ウン。コノオ店ハネ、リアリュールト皆ガ私達ヲ助ケテクレタカラデキタノヨ。人ト精霊ガ仲良シニナレタノガ全テノキッカケ……本当ニアリガトネ」
 フィーが幸せそうに微笑み、右手を差し出す。リアリュールはそれを愛おしげに握った。これからも、いつまでも、心は繋がっていると信じて。
「いいえ、私こそ……。いつも無垢で真っすぐなフィー様のように、私もどこまでも」


●ティータイムは誘惑の香り

「ふーっ、すごいボリュームでしたあ……帝国なら名物の芋料理と決めていたけど、今でも量を重んじる文化が色濃いんですね……」
 ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)は1時間近くかけて平らげたランチの皿を眺め、盛大なため息をついた。何しろ帝国は昔から質より量の国である。巨大なベイクドポテトを筆頭にした炭水化物てんこ盛りのランチは女性の胃に厳しすぎたのだ。さっぱりしたノンアルコールカクテルで口を潤し、ルンルンはおもむろに周囲を見回す。
 ――茶房「よつば」は人間と精霊が共同経営している喫茶店だ。キッチンはもちろん、ホールでも様々な姿をした精霊が自由に行き交っている。その光景にルンルンは「ほんとうに……良かったですね」と呟いた。そこに先ほど顔見知りになった花の精霊フィーが足を止める。
「ン? ドウシタノ? ルンルン」
「あ、フィーさん。ここは精霊さん達も生き生きしていて良かったと思ったのです。平和になったからこうして皆とお茶できるようになったんだと思うと胸がいっぱいになって……」
「ワァ、初メテ来テクレタ人ニソウ言ッテモラエルナンテ嬉シイノ! アリガト!」
 フィーはこの店を褒められたのが相当嬉しいようだ。大きなポケットから「ドウゾ!」とクッキーを出した。ルンルンはそれをにっこり笑って受け取る。
「ありがとうございます。フィーさんのサンタさんの恰好、よく似合っててとても可愛いです。お菓子もプレゼントしてくれてなんか、とても楽しい。……ところでこれからアフタヌーンティーなんですよね? 私、とっても素敵な紅茶の香りがさっきから気になって……食後の紅茶、追加で頼めますか?」
「エルフハイムノオ茶ネ? 大丈夫ナノ。オ任セナノ!」
 ――だがルンルンはフィーの姿が見えなくなったところで「う……ん」と小さく唸った。
(本当はケーキが気になってるんですけど、お芋祭りの直後に甘味は危ないですよね。今はお茶だけ。帰ったらしっかり身体を動かさなくちゃ。私の役目はお菓子を食べることじゃなくて、この平和な時をずっと続けて行けるようにすること……でも、まずは聖輝節の予定を確保なのです)
 悩めるルンルンは甘味を求める心を抑えるべく、自分の使命について考えたり……空っぽの今晩のスケジュールを考えたり……懸命に意識を反らした。そして届いた紅茶に口をつけるといたわるような優しい味に目を見開く。
(おいしい……! この香りは柑橘ですね。とても爽やか……。やはりお茶にしてよかった。心が透き通るような気がします)
 ああ、このまま食欲も香りの中に消えてしまえばいいのに。そんな思いが彼女の頭に過ぎる。しかし時が経つごとに色とりどりのケーキがルンルンの前を通り過ぎ、甘い香りも容赦なく鼻と脳を刺激した。幸福と空虚の狭間でルンルンの心が激しく揺れる。
(うっうう~、我慢我慢っ! 食べるのは簡単ですけど跡が大変なんですっ。後のことを考えて私っ!! いつもよりたくさん動かないと駄目になっちゃうんだから! 動いて、動いて、動いて……あ、あれ? それなら食べた分動けば大丈夫……なんでしょうか?)

 さて、この煩悩の末に辿り着いた境地をあなたは想像できただろうか。――幸せとは案外、小さな諦めの向こうにあるのかもしれない。


●変わるもの、変わらないもの

「お久しぶり、フィー。貴女は変わらないわね。元気だった?」
 幼い少女を連れて「よつば」を訪れたマリィア・バルデス(ka5848)はフィーに挨拶すると可愛らしい袋を渡した。
「これはお土産のポマンダーとペッパカーカよ。お仲間で分けて貰えるとうれしいわ」
「ワァ! アリガトウナノ! 大切ニスル! ……トコロデソチラノ子ハダァレ?」
 マリィアの贈り物に喜びながらも好奇心いっぱいの瞳を向けるフィー。マリィアは少女に優しいまなざしを向けた。
「この子は私の娘よ。一度フィーに会わせたかったの。さあ、御挨拶なさい」
「ワァ、マリィアモママにナッタンダ! 嬉シイノ、素敵ナノー!」
 今日は本当に嬉しい報告が続くものだ。フィーは母娘の前でぴょんぴょん飛び跳ねながら居心地のいい席に案内する。ソファに座ったマリィアは珈琲を楽しみながら顔をほころばせた。
「同盟領にジェオルジという街があるのだけれど、そこにとても面倒見の良いコボルドがいてね。私がそこにいる知り合いに会いに行く時、彼がこの子の良い遊び相手になってくれているのよ。それで私がコボルドそっくりの精霊が帝国にいるよって教えたら、フィーと友達になりたいって何度も言ってね」
「ウフフ。私ハ花ノ精霊ダケド、コボルドニ育テテモラッタカラネ。コボルドニ姿ヲ作ッテモラッタンダカラ、コボルドノ精霊ト言ッテモ間違イナイカモシレナイワ!」
 母娘の前で冗談めかしてふわふわの毛を揺らすフィー。マリィアが揺れる毛を撫でて「あらあら、コボルドの精霊さんは体にお花を飾るおしゃまさんなのね?」と応じると一層楽しそうに笑った。
 それから皆でフィー特製のクッキーを食べて一息つくと、マリィアがフィーの知らない世界――王国とリアルブルーの近況を語り出す。
「この子は普段は王国にあるルル聖導士大学の付属小学校で寮生活をしているの。私はスワローテイルに参加している分、傍にいられる時間が少なくて……。王国に戻った時は聖導士大学の戦闘教官として働いているから一緒にいられるのだけれど」
「マァ、マリィアハ世界ノアチコチデ頑張ッテルノネ。学校ノ先生マデシテルナンテスゴイノ!」
 多忙なマリィアの生活に素直に感嘆の意を表すフィー。マリィアはほんの少しだけ困ったように微笑み「まだ、全然よ」とこたえた。そして。
「この子には覚醒者なの。そうなるといずれはレクエスタや南征に参加するだろうし、聖導士学校の子供達の多くもその道を選ぶだろうから……私が下手に連れまわすより良いかと思ってね」
 娘には娘の人生がある。自分の都合で振り回してはならないのだとマリィアは静かに言う。フィーは彼女の決意がとても温かく、優しいものなのだと感じた。
「ソッカ……マリィアモ変ワラナイノネ。10年前ト同ジ、優シイオ姉チャンナンダ」
 フィーは決めた。もしマリィアの娘が寂しい思いをしているのなら友達になろうと。小さな手を差し出す彼女にマリィアは「ありがとう」と笑顔を向け、その耳元で囁いた。
「この子に今度お小遣いを渡してここでお茶をするように伝えておくわ。そろそろ転移門も一人で使えるようにしてあげたいし……何より新しい友達がここにいるんだもの。よろしくね、私の愛娘を」と。


●ゆびきりげんまん

 夜の部が開始されてから間もなくのこと。星野 ハナ(ka5852)は可愛らしい紙箱を手土産に「よつば」を訪れた。
「フィーちゃん元気でしたぁ? 最近急に冷えましたよねぇ。帝国は冬になり始めるとホント駆け足ですぅ」
「ワァ! ハナ、イラッシャイナノ! 今日モ遊ビニキテクレテトッテモ嬉シイノー!」
 今日も――そう、ハナがこの店に来るのは初めてではない。彼女は季節の折にふれ、多忙の身でありながら近況報告を兼ねてこの店に立ち寄っていた。
「この前ちょっと時間があったんでぇ、記録調べてフィーちゃんがいた丘に行ってきましたぁ。あんまり帰れてないかなぁって思ってぇ。緑が青々してお花も綺麗に咲いてましたよぅ。今年は時期過ぎちゃいましたからぁ、来年は一緒にあの丘にピクニックに行きましょぉかぁ」
 テーブルに着いたハナが写真を差し出す。そこには冬咲きの小ぶりな赤や紫が丘を彩り、花を労るように深い緑が生い茂る風景が写されていた。感激屋のフィーはハナの真心に思わず涙を溢す。
「ハナ、忙シイノニアリガト。嬉シイノ! ……昔、歪虚ニ荒ラサレタオ花ガ元気ニナッテル。ピクニック、一緒ニ行コウネ。私、ハナニオ花ノ冠作ル……約束」
「はいぃ、約束ですぅ。でも今日はせっかくの聖輝節ですからぁ、元気を出して指切りしましょうぅ。そうしたらお土産を出しますからねぇ?」
「オ土産?」
 フィーはやはり子供だ。瞳をきょとんとさせながら小指を立てる。早速指切りを交わしたハナが明るく笑って紙箱を開封した。
「それではいい子にお約束の……じゃじゃーん!」
「ワーイ、ワッフルダー! ハナノワッフル、フワフワデ甘ーイノ!」
 香ばしい匂いの黄金色。大好物のワッフルにフィーがすぐさま手を伸ばす。だが普段と違う弾力が――あった。
「ふふふ、驚きましたぁ? 実はこれぇ、マッシュポテトとご飯で作ったワッフルですぅ。もっちり感凄いでしょぉ。甘いジャムたっぷりつけると良いですよぅ」
「ワァ、コレッテオ芋トオ米ノワッフルナノ!? ドウヤッテ作ルノ!?」
「それは今度来た時に教えますねぇ。今はキッチンが忙しそうですしぃ。実はこのお米、特製なんですぅ。南征の最初の拠点近くで発見した湖で水耕栽培を行っていたんですけどぉ、やーっと軌道に乗って今年は大豊作になってぇ……このワッフルはハナ湖産のお米のお菓子なんですぅ」
「ハナ湖?」
「ハナ湖は私が発見したのでハナ湖なんですぅ。他の湖沼もぉ、見つけた人の名前がついてますぅ」
 得意そうにウィンクするハナ。途端にフィーが喜色満面でワッフルを齧り、「オイシイ!」と何度も床を飛び跳ねた。
「ハナガ発見シタカラ『ハナ湖』! スゴイノ、ソレッテハナ以外ノ人ハ今マデ見ツケタコトナカッタンデショ!? スゴイ、格好イイノ! 冒険家ナノ!!」
 だが喜ぶ彼女をハナは突然強く抱きしめ、柔らかな毛に顔をうずめた。
「フィーちゃん。少しだけ、このままで……。今の私ぃ、北征・南征・聖導士学校講師に辺境の部族活動してぇ、合間に緊急依頼やユニゾン行ってぇ……何か働いてないと死んじゃいそうですぅ。だからたまにこうやってフィーちゃんに会ってリフレッシュですぅ」
 甘えるような声にフィーは「ハナハトッテモ頑張リ屋サン……」と呟いてぎゅっと抱き返した。あなたの居場所はここにもあるよ、ずっと――そう想いを込めて。


●大切な友達

 夜の部が賑わい始めた頃、フリーデのもとに懐かしい友人が訪れた。
「お久しぶりです、フリーデ様。メリークリスマス、で宜しかったでしょうか」
 フィロ(ka6966)が両手いっぱいにシャンパンや料理の入った袋を提げている。彼女の心配りに深く感謝したフリーデは彼女を奥の席へ案内した。
『お前が変わりなくて安心したよ。ところでフィロは王国に移ったと聞いたが、そちらでの暮らしはどうだ?』
「私ですか? 私は今、聖導士学校で寮母をしております。子供達が無事に家に帰りましたので、やっとこちらに来ることができました」
『ほう、寮母か。フィロは誠実だから子供達にも頼られているのだろうな』
「それはどうでしょう……生活の相談で声を掛けられることは増えましたが」
『それはお前が良い母親代わりになっている証だよ。子供とて自尊心がある。悩みを打ち明けられるのは距離が縮まっている証だ』
 フリーデがフィロお手製のクグロフを取り分ける。砂糖漬けの無花果が入った菓子を楽しみながらふたりは近況報告を続けた。
「聖導士学校では講師や長期休暇時のみ教官をしている方々が北征や南征に関わり、積極的に子供達の就職活動を行っています。私もオートマトンが行ける範囲で交替で出張しております」
『フィロは就職活動の引率もしているのか。子供の世話だけでも忙しいだろうに面倒見の良いことだ。……ところで今の新米ハンターは働き口が必要なのか?』
「昔と比べて大口の依頼が減りましたから。今はまず覚醒者の組織で経験を積むことがセオリーになっています。初心者のうちはある程度安全を保障してほしいと願う保護者もおられますし」
 ハンターの仕事には常に危険が付き纏う。実力がつくまでは信頼のできる組織や先達と行動してほしいと願う親心にフリーデがなるほどと頷けば、「ええ、私もです」とフィロも穏やかに微笑んだ。
「フリーデ様、私は……幸せな子供達を見たかったんです。最初はムーンリーフ財団の子供達のお世話を考えていましたが、ユーキ様が亡くなられて。結局聖導士学校の寮母に拾っていただきました。みんな元気な子ばかりでハンターのお子さんも何人も通ってらっしゃいます。今は子供達が一日も早く夢を叶えられるよう、私なりに心を尽くすのみです」
『そうか……お前は自分の居場所を見つけたのだな。おめでとう、フィロ。私は嬉しいぞ』
 フィロの再出発に胸が熱くなり、シャンパングラスを掲げることで祝意を表すフリーデ。すると「ありがとうございます。それでは私はフリーデ様に」とフィロがグラスを上げ、乾杯の形をとった。
『私の?』
「ええ。フリーデ様は最近は孤児院にお勤めになっていると聞きました。そちらの方はいかがです?」
『む……私のことか。そうだな、まずは何から話そうか』
 それは日常の出来事の連鎖。小さな愛らしい悩みの数々と、それを忘れさせてしまうほどの温かい記憶。フィロがよく知るものと瓜二つの「幸福」だった。
 フィロはほう、と温かな吐息を漏らす。思えば不思議なものだ。フィロもフリーデも己のルーツに苦しみ、自分の在り方にさえ胸を痛めた。それが子供という未来に触れ、ふたりとも生命を齎すことのできぬ体ながら母性という安らぎを得たのだから。
 そんな鏡写しの幸せにふたりは改めて問う。「あなたは今、幸せですか」と。
 ――その答えはまたしても、全く同じものだった。


●約束

「フリーデ、久しぶり」
『リクか、久しいな。息災か』
「それなりにね。ああ、今日はなんか気分がいいから軽いやつを頼むよ。おすすめで」
 鬼塚 陸(ka0038)はカウンター席に着くと慣れた様子でグラスを傾けた。茶色の瞳が懐かしそうに細められている。
「……酒か。なぁ、帝都の酒場で僕とお前が初めて会った時のことを覚えてるか? お前、やっすい酒飲んでてさ」
『ああ……酔えば胸の痛みがまぎれるなど、馬鹿なことをしたものだ』
 言葉こそ苦いがフリーデの顔に悲壮の色はない。彼女が懐かしむ様に陸は安堵した。
「あの時、いっきなり僕が頭突きしたんだよな。いつもはしないんだけどね? でもあの時はそれが必要な気がして……似てる気がしたんだ。あの時のお前も、僕も。過去に囚われて、あの日々の為に今を犠牲にして」
『あの時のお前も?』
「僕は凡人だからさ、それまで様々な事件に関わって色々と悩んだり悔やんだりしたよ。そういう……自分の中でぐるぐるしちゃってる時って優しい言葉よりも、一回衝撃与えた方が目が覚めるかなって思ったんだ。今となっちゃ余計なお世話だったかもしれないけれど」
 最後に陸の漏らした一言にふっと息を漏らし、片眉を上げるフリーデ。陸はそれならと空のグラスを置いた。
「……なぁ、フリーデ。僕が今日ここに来たのはさ、約束を果たすためなんだよ」
『約束?』
「そう。あの日をやり直すんだ。お前の全力を『俺』が受ける一本勝負……どちらが勝ってもこれが最後」
 陸の瞳に漲る力――フリーデはここ数年の間に失っていた闘志が燃え上がるのを確かに感じた。
『願ってもないことだ。やろう』
「それじゃ、言おうか? あん時みたいに『表出ろ』って」
『言われずとも!』
 11年前のあの日のように陸が外に飛び出し、フリーデも続く。外はあの日と同じように暗く、静かだ。
(一回だけ……この一瞬はフリーデの為だけに。この世界で自分の全てを賭けた最後の超覚醒を……!)
 人知を超えた力が陸に宿る可能性を開放する。聖盾剣が音もなく浮き上がり、体内から守護の光が生まれた。後はインパクトの瞬間が全て――。
「一回だ、一回。全力で叩き込んでこい」
『はっ、後悔するぞ!』
 かつてのやり取りを合図にフリーデが地を蹴る。雄叫びとともに巨大な刃が宙から振り下ろされた。
 轟ッ!!
 風が陸の髪を強く弄る。陸は盾へ送ったマテリアルを展開。暴威を弾く拒絶の力が彼を覆った。そして稲妻の如き力が陸の盾に叩き込まれる!
「くっ……!」
 盾が圧され、支える腕が強く痺れる。凄まじい音が互いの耳を叩き、脳を揺らした。――だが、それだけだった。雷の力が瞬時に収束し、フリーデの巨体があの日と同じく宙へ放り出される。
『っ! ……また私の負けか』
「そうとは限らないんじゃない? ほら」
 陸は悔しがるフリーデに向けて聖盾剣を掲げた。盾に武器として誂えられた刃の先端が折れている。陸は満足そうな顔でその盾をフリーデの前に突き立てた。
「これは僕から……お前に」
『なっ!? これは上等の盾だぞ。修復すればいくらでも使えようものを!』
「いいんだ。この盾は呪いであり祈り。生きろ、という僕からの。守るべきものができたんだろう? それなら生きることを諦めるなとね」
 そんな彼の願いを聞いたフリーデは返事をする前に折れた刃を拾い、ハンカチで包み込んだ。
『……お前の願い、確かに了承した。ならば私も願おう。お前が鬼塚陸として強く生き抜くことを』
 守護の英霊の名を持つ刃を陸に、盾をフリーデに。これで双方の契約が相成る。刃を受け取った陸は照れくさいけど、と前置きして頬を掻いた。
「お前が僕の事をどう想うかは解らない。それでも、僕はお前と一緒に戦えて楽しかった。ありがとう、フリーデ」
 その言葉にフリーデが『……うむ』と頷いた。
 旅立ちの証は己の手に――ふたりは未来に向けて歩み出す。


●甘やかな幸せ

「澪、香墨、聖輝節オメデトウナノ!」
「ありがとう、フィー。サンタの格好、かわいい……!」
 澪(ka6002)は真っ赤なワンピースとサンタ帽を被ったフィーに会うや、その小さな体をぎゅうっと抱きしめた。「今年も香墨と何度か冒険に出たけれど、無事に帰って来られた。フィーも元気でいてくれて……嬉しい」
 澪の幸せそうな顔にパートナーの濡羽 香墨(ka6760)も無意識に頬を緩める。彼女は手提げに入った重箱を差し出した。
「ん。今日はね。みんなが頑張ってるって。よく聞いてるから。これ、差入れ」
「ワァ、アッタカイノ……モシカシテ作リタテ?」
「そう。澪と一緒に作ったの。……こうして皆に会える日があるって。とても素敵なこと。皆に会うたび、穏やかな日が大切に思える」
 控えめに微笑む香墨。だがその背に澪が優しく触れ「自信をもって」と囁いた。
「今回のお弁当は香墨の料理が多め、だよ。共同生活を始めた頃は私がほとんど家事をやっていたんだけど、香墨にコツを教えたら驚くほど上達が早くて。今は大体五分五分で家事分担してる」
 かつての香墨は路地裏生活に浸っていたため家事経験が同世代の少年少女よりも欠けていた。だが澪に家事を教わっているうちに料理の楽しさに目覚めたらしい。今や師匠の澪から料理を頼まれるほどの腕となり、当番のない日でも包丁を握る機会が増えていたのだった。
「もう、澪ったら。……口に合えばいいけど」
 恥じらう香墨に「絶対ニ美味シイノ。香墨、澪、アリガト!」と満面の笑みを返すフィー。早速ふたりを席に案内すると、澪と香墨の周囲に見知った顔が集まった。
『澪、香墨、元気そうで何よりだよ。ふふ、ふたりともすっかりいい女になったじゃないのさ。帝国での生活はどうだい?』
 まず第一にふたりに料理を運んだのはローザリンデ(kz0269)。リンが続き、フィーと葵も加わればなんとも賑やかな席になる。そんな一団が話題にしたのは精霊達が初めて澪と香墨に出逢った頃の思い出、それぞれの近況、そしてこれからのこと――言葉を交わすごとに笑顔が溢れた。
「……そっか、皆も新しい目標に向かって頑張ってるんだ」
 ひとしきり話を聞いた澪は満足そうに微笑んだ。香墨も「良かった。皆が元気で。安心した」と嬉しそうに両手の指を組む。そして精霊達が仕事に戻ったところで澪はそっと囁いた。
「ねえ、香墨。みんなが和やかに話して騒いでるのを見て、その輪の中にいると幸せだなって実感するね」
「ん。みんなが笑っていると。なんだかくすぐったいけど、いい気持ちになる」
「そうだよね。十年前までの厳しい戦いは今このためにあったのかな。そう思うと頑張ったことが……誇らしく思えてくる。この時間を守るためなら私はきっと何度でも戦いに赴くよ。今でもそう思う」
 どうやらふたりの想いは重なっていたようだ。頷く香墨の真摯なまなざしに澪は思わず目を細めた。そこにフリーデがカクテルを2杯、テーブルに並べる。香墨が事前に注文したものだ。ふたりは同時にグラスを呷ると幸せそうに熱い息を漏らした。
「フリーデ、このお酒。甘いけど。結構度数ある?」
『ああ。ベースが辛口でな。林檎のシロップの風味が強いから気づきにくいが』
「そうなんだ。……甘いお酒。フリーデが作ってくれたのもあるけど……とってもすき」
 呟く香墨の声にはどこか甘い響きがある。それを聞いた澪がくすりと笑った。
香墨は酒を口にすると可愛らしい甘えん坊の顔を見せることがある。その性質に気づいた澪はますます香墨が愛おしくなり、酒の席でももっと幸せにしたいと考えていた。だから澪は剣の他に酒の鍛錬も積んでいるのだ。甘える香墨に最後まで寄り添い、彼女の願いを叶えるために。
 やがてテーブルに空のグラスが並ぶ頃、香墨の顔は桜色に色づいていた。
「ね。澪……聞いてくれる? ずっと言いたいことが。あって……」
「うん」
「戦争が終わってからもずっと。ふたりで戦ってきたでしょ」
「うん。私が前衛で戦う時、いつも香墨がサポートしてくれて。これまでずっと上手くやってきたよね。私達、最強のペアだって思ってる」
「そう。だからこれからも。ふたりで頑張ろうって。澪は私の最高のパートナーだから」
「……香墨」
「澪一人でなんて。行かせない。……私のだいじなひとだから。私が護りたい。これからも。どうか」
 言葉を重ねるごとに黒い瞳が揺れる。それはいつもの愛らしい我儘ではなく、本心からの願い。澪は香墨の手を両手で包み込んだ。
「大丈夫。私はずっと香墨の傍にいる。香墨と助け合って生きていくって決めたんだもの。……これからもずっと」
 10年前の約束をもう一度、繰り返す。すると香墨は「ん、約束」と呟いて花のように、笑った。

 それから約一時間後のこと。
「もう大通りも灯りを消し始めたね。香墨、そろそろ帰ろうか」
「ん。雪も降り始めたし。……あ、少し待ってて」
 酔い覚ましを済ませた香墨は「皆と別れる前に」とバッグを探り、小さな布袋をテーブルに並べた。そして精霊達を呼び、ひとつひとつを手渡す。
「香墨、コレハ?」
「……それは開けてみての。お楽しみ」
「何ダロ……アッ!」
 不思議そうに布袋を開いたフィーが声をあげた。他の精霊達も目を瞬かせる。何しろその袋には今日の香墨と澪が着けているものと揃いのペンダントが入っていたのだから。
「このペンダントは私と澪の手づくり。今日は聖輝節だから。みんなにプレゼント。……どこにいても。ずっといっしょ」
「香墨、澪……!」
 フィーが香墨に抱きついて「ありがとう」を繰り返す。そして他の精霊達も同様に深い謝意を示した。――プレゼントを渡せば今年の聖輝節はおしまい。香墨と澪が「ありがとう」と「またね」を伝えて外に出る。
「さ、帰ろう、香墨。私達の家へ」
 いつものように澪がさりげなく香墨へ手をのばした。繋がり合う手。ちらつく雪が肌に触れても大好きなひとが傍にいれば寒くない。
(明日も明後日も、また10年後の未来も。私は最愛のパートナーと生きていくんだ。ずっと)
 香墨のぬくもりがその想いを肯定するように優しく澪を包み込んでいた。


●お父さんとお母さん

 聖輝節の夜も深まり店内から人がほとんど消えた頃。突如店にエルフの青年が飛び込んできた。
「わふーっ! 僕のリリィ!」
 青年の名はアルマ・A・エインズワース(ka4901)。彼はいつものようにフリーデにじゃれつくもあっさりと捕まり、カウンター正面の席に座らされた。
『リリィ呼びにはもう慣れた……だが、お前はどうしてここに? 今夜は子供達とパーティーだろう』
「わふふ、でもその子供達がね? 折角だし、お父さんも行ってくるといいって。良い子達です、本当に」
 アルマとフリーデが夫婦となり孤児院を開設してから10年が経過した。今や養子のうち数名がアルマの狩子となり彼の不在時には立派に父親役を果たしている。日に日に逞しくなる子供をアルマは誇らしく思っていた。
「子供達の頑張りはきみが一番知ってるはず。いつも頑張っている分、たまにはこういう日があってもいいんですよ。……ん、その衣装、すごく似合ってる」
『そんなこと言って……本当に、お前という奴は』
 フリーデがそっぽを向いてアルマ好みの酒を作る。普段は子供と全力で遊ぶぐらい無邪気な父親なのに、ふとした時に愛しい男に戻る。そのたび心を揺さぶられ、ふたりは今でも新婚と変わらぬ初々しさだ。変わったのはアルマがフリーデを呼び捨てにし、言葉遣いをフランクに変えたことぐらいか。
 カウンター席に着いたアルマはそんな妻にちょいちょいと手招きをした。
『ん? どうした?』
「もう少し、お耳を近づけて」
 アルマの瞳が悪戯っ子のように輝いている。何か企んでいるな……フリーデが彼に頭を傾けると、アルマの手がフリーデの髪に触れた。
「聖輝節、おめでとう!」
『こ、これは?』
「僕からのプレゼントです。いつも子供達のことを守ってくれて、僕の傍にいてくれてありがとうって」
 フリーデの髪に飾られたものは白い花の髪飾り。「似合ってる」と呟いて彼は妻の顔を見上げた。
「ねえ、フリーデ……僕、あの時すごく嬉しかったんです」
『どうした、唐突に』
「暴食王が倒れた日……フリーデが、英霊の……ナイトハルトさんよりも僕を選んでくれたような気持ちで。……実際選んでくれたんだけど」
『それは……私は主と共に逝く栄光よりお前との日常が欲しかっただけの話だ。たとえただの女だと民衆に見做され、力を失っても……お前と共にいたかったのだよ。髪飾りはお前が私の傍にいてくれる証、だな。……大切にする』
「フリーデの想い、わかってるよ。だから僕も、何があっても生きて帰らなきゃって思ってる。君に寂しい、悲しい思いさせるわけにいかないですもん」
 互いの心にある愛おしい秘密。くすくすと小さな笑みを浮かべてアルマはフリーデの頬に手をかけた。
「誰より愛してますよ、僕の大切なリリィ」
 こうして募るばかりの愛情にフリーデが瞳を閉じた時――突然フィーがキッチンからひょっこり顔を出した。
「フリーデ、オ片付ケハ私達ガスルノ。今日ハアルマト一緒ニ帰ッテ……キャア!」
 大人の雰囲気に驚いたフィーが慌てて顔を引っ込める。目を瞬かせるフリーデにアルマが頷いた。
「フィーさんもああ言ってくれたことだし帰ろうか。お休み中のいい子たちにプレゼントを配らないといけないですし。僕、サンタさんやるです!」
『あ、ああ。衣装を揃えていたのだったな。……フィー、気遣いに感謝する。また後日な!』
 こうして――魔王の卵は卵のまま、願いを叶える天秤になり、二人分の願いを叶えて優しい父親になった。そして今、子供のように笑って、妻の手をとり、駆ける。
「夢を壊しちゃだめですからね! 行きますよ、『お母さん』!」
『ああ。子供達の喜ぶ顔が楽しみだな、お父さん』
 フリーデは祝福のように輝きながら降りてくる雪に目を細め、夫の手をしっかりと握り返した。この幸せを決して手放すまいと心に決めて。

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参加者一覧

  • 白き流星
    鬼塚 陸(ka0038
    人間(蒼)|22才|男性|機導師
  • よき羊飼い
    リアリュール(ka2003
    エルフ|17才|女性|猟撃士
  • 星の音を奏でる者
    エステル・クレティエ(ka3783
    人間(紅)|17才|女性|魔術師
  • フリーデリーケの旦那様
    アルマ・A・エインズワース(ka4901
    エルフ|26才|男性|機導師
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 比翼連理―瞳―
    澪(ka6002
    鬼|12才|女性|舞刀士
  • 比翼連理―翼―
    濡羽 香墨(ka6760
    鬼|16才|女性|聖導士
  • ルル大学防諜部門長
    フィロ(ka6966
    オートマトン|24才|女性|格闘士

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ミリア・クロスフィールド(kz0012
人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人
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