【未来】long vacation

マスター:KINUTA

シナリオ形態
イベント
難易度
易しい
オプション
参加費
1,000
参加制限
-
参加人数
1~25人
サポート
0~0人
報酬
普通
相談期間
7日
締切
2019/11/08 22:00
完成日
2019/11/19 01:05

このシナリオは5日間納期が延長されています。

みんなの思い出

思い出設定されたOMC商品がありません。

オープニング


 ユニゾン歴103年(王国歴1120年)



●とある国のとある機関がユニゾンについて報告した文章(一部)



 *ユニゾンにおいて人口の維持は、ウテルスという胎外出生装置によってなされる。
 ウテルスは市民から採取した生殖細胞をもとに、同じ遺伝情報を持つ人間を、ダース単位で生み出す。
 従ってユニゾンは、双生児だらけである。
 彼らの間ではお互い同士区別がつけられるらしいが、外部者には、非常に困難である。
 

 *市民は階級によって服が色分けされている。ワーカーは緑、ソルジャーは赤、マゴイは白、ステーツマンは青。私服の場合であれば、差し色を入れることが許されている。一色のみ、衣装全体の10パーセント未満という縛りがあるが。


 *ごくごく非常に稀なケースだが、ユニゾン市民の中から共同体理念に順応出来なくなるものも発生する。その際ユニゾンは彼らを矯正施設に入れる。矯正不能と判定された場合、当事者はユニゾン内部にある特区で職業訓練を施された後、ユニゾンから出されてしまう。

 *特区には、先にユニゾンを出たものの戻ってきた元市民が多数いるらしい。彼らは(矯正所に送られてきた以外の)市民との接触を禁じられている。



 

●ユニゾン――ユニゾン島エリア―本日の授業



 ここは市民育成機関にある一つの教室。
 お揃いの顔をした白い服の幼児たちが並んで座っている。
 彼らの前には大きなスクリーン。
 そこに映されているのはクリムゾンウェストの地図。
 成人済みのマゴイがその地図を指し示しながら、解説をしてやっている。幼い後輩たちに。

「この緑色に塗られた部分――ユニゾン島と、南方大陸西岸、そして南極大陸が、ユニゾンのエリアです。ここまでは昨日、地理のお勉強で習いましたから、覚えていますね?」

「「はーい」」

「それでは今日は歴史のお勉強をしましょう。皆さん、テキストの3頁目を開いて」

 幼児たちは言われたとおり、テキストを開く。


――――――

 わたしたちの ユニゾンがあるのは クリムゾンウェストという ほしです。
 このほしは ずっと ながいあいだ たいへん おせんされていました。
 とてもおおきくてつよい ファナティックブラッド という ふのエレメントが そのようにしたのです。
 ファナティックブラッドは わたしたちの ユニゾンが さいしょに うまれた エバーグリーン という せかいを こわしてしまいました。 リアルブルーも こうげきされ おおきなひがいが でました。
 ユニゾンれき2ねん(おうこくれき1019ねん) クリムゾンウェストと リアルブルーのじゅうにんは エバーグリーンの ガイアエレメントと それぞれのほしの ガイアエレメントを きょうりょくさせ ファナィテックブラッドを しょうめつさせました。
 そのあと クリムゾンウェストでは だいきぼな じょうかさぎょう が かいしされました。
 おかげで クリムゾンウェストは たいへん きれいに なりました。よいかんきょうがととのい ひとが ふえました。
 それにともない クリムゾンウェストにある ユニゾンいがいの くにぐにの かたちも おおきくかわりました。
 しみんのみなさんは これからそのことを くわしく おべんきょうしていきましょう。


――――――





●ユニゾン・南極大陸エリア――『外部者宿泊ホテル』





 白い氷原の夜。
 ダイヤモンドをちりばめたような星空の下、並木のように並ぶ街灯。
 その先に、白くて四角い大きな建物。
 
「いらっしゃいませ、スラーインさま。お早いお着きですね」

 濃緑の制服を着たドアマンが、エルフの婦人を出迎える。
 小麦色の肌、黒い髪。黒い目。年のころは15、6といったところか。 








 ドアボーイを前にマリー・スラーインは何とも複雑な表情になった。
 傍らにいる金髪碧眼の、すこぶる美麗なエルフ――彼女の娘、イザベル・スラーインだ――が、それに気づいて尋ねる。

「どうしたの、母さん」

「いえ、今の子の顔が、知ってる顔にあまりにも似ていたもんだから」

「知り合い?」

「まあね。人間だったから、もう亡くなってるけど……それにしても、南極って本当に何にもないところなのね」

「でも、悪くないでしょ? 100歳超えのエルフでも長期間滞在出来る用に、空気の含有マテリアルが調整されてるし。そういう場所ってあんまりないから、すごく貴重だと思わない?」

「そうねえ……」

 と言いながらマリーは、ロビーのソファーに腰を下ろした。
 手荷物から取り出したのは一冊のアルバム。
 アルバムに入っているのは、彼女の夫であった紅顔の美少年ナルシスが、白髭の美老人になるまでの写真の数々。
 見ていると、 ついつい涙に暮れてしまう。

「……佳人薄命って本当ね……」

「……あのさー、お母さん。お父さん全然薄命じゃなかったと思うよ。なんのかんのしながら、百まで生きてたし。元気に」

「イザベル……いつもながらあんたって子は、どうしてそう薄情なの。実のお父さんでしょう」

 そんなやり取りをしているところ、ダンディにしておしゃれな人間の老人が近づいてきた。
 マリーの息子にしてイザベルの兄、ハーナル・スラーインだ。

「イザベル、母さん。もう来てたの。早いね」

 彼を見てマリーは、新たに悲しみを覚えたらしい。声を湿らせる。

「……ハーナル……あなたすっかり年とっちゃって……」

「仕方ないよ、俺は人間だし。でも、俺のひ孫は違うよ」

 そこへ双子の少年たちが駆け込んできた。
 緑色の髪に緑の目。とがった耳。エルフだ。
 並んでマリーたちに礼をする。

「森のご先祖様、お久しぶりです」

「お久しぶりです」

「このとおり、隔世遺伝したからね。そうそう、グリーク本家の方も、追ってこっちに来るってさ」




●待望の



 青いスーツを羽織ったトイプードル風のコボルドが、ちょこりんと執務室に座っている。
 彼はこの北極エリアを担当するステーツマンの1人。
 それに相対しているのはマゴイさん。
 真っ白なサマードレス、真っ白なつば広の帽子。帽子の縁には白い梅の花飾り。肩には、青のグラデーションが入ったスカーフ。
 そして手には、白い日傘。

『……エリアも増えた……市民も増えた……全部の階級がきちんと揃っている……時々いなくなる市民が出るけど……戻ってきたりもする……もう大丈夫と思うので……私は……これまで未消化だった分の長期休暇を……取ることにしたいの……』

 ステーツマンは尻尾を振って言った。

「それはよろしきことです、マゴイ様。あなたは長い間、ユニゾンのために勤務されてこられました。ユニゾン市民の一人として、存分に休暇を取ってきてくださいませ――ええと、未消化分はどれほどの年月になりましょう」

 ステーツマンの横にいた人間のマゴイが、さっと書類を渡して言った。

「10年になります」



リプレイ本文




●れきしきょういくのじかんです


――――――――


 以下、ユニゾンの公式記録に残されている、マリィア・バルデス(ka5848)と英霊マゴイのやり取り。

――――――――

「オートマトンやオートソルジャーを使いたくないのは分かったわ。CAMはどうなのかしら」

『……CAMは人間の補助機械であり……オートマトンではないので……使用すること自体に法的問題はない……』

「北極や南極を開発するなら、極地方を生身のソルジャーだけで守護するのは辛いのではないかと思うんだけど――私のマスティマは連合宙軍に、ルクシュヴァリエは私を通じて連合宙軍から王国聖導士学校への貸与と言う形をとるけれど。R7やデュミナスなら、ユニゾンに持ち込めると思う。解析して此方のソルジャー用に使ったらどうかしら」

『……ユニオン法は……他の主権国と軍事同盟を組むことも……軍事行動を行うことも……軍事品の共同開発をすることも……禁じている……』

「知ってるわ。だから――貸与じゃなくて贈与ってことでどう? それによって得たデータはユニゾンだけが所有し使えばいい。そういうことにすれば問題ないんじゃない?」

『………まあ……それなら……ある程度は容認可能かも…………』


「王国の聖導士学校の縁もある、ここがEG由来の技術を遺し衛星まで打ち上げる都市国家であることに対する敬意もある、ここには円満に発展してほしいと思ってるの……コボちゃんもいるし」


――――――――

以下、歴史教科書の記述

――――――――

 マリィア・バルデスは ゆうりょうがいぶしゃの ひとりでした。
 ユニゾンの としぼうえいに かんする ていげんをおこない とうじ クリムゾンウェストで おおく つかわれていた きどうへいきの サンプルを ユニゾンに ぞうよ しました。
 これは げんざい なんきょくエリアで しようされている しょうかいき の もとになった ものです。
 そのサンプルは げんざい ユニゾンの れきししりょうかんに てんじされています。

――――――――





●歴史の時間2


――――――――

 以下、グラウンド・ゼロ公共放送長寿番組「あの人に会えたら」『ラスティ・グレン(ka7418)』の回のアーカイブ映像。

――――――――


 『π乙カイデーの偉人』ラスティ(当時40代後半)は、東方、南方、RBで夢破れ続けた日々においてもけして諦めなかったことをインタビュアーに語った後、朗らかに笑った。

「ジャイアントって亜人なんだから、亜人ばっかりのユニゾンの市民になれるんじゃね? んで市民になったジャイアントなら、俺も友好的に凄いことして貰えるんじゃね?――その結論に至ったのは、今から30年前のことだ」

「友好的なジャイアントがいないなら、これから作ればいい、と?」

「ああ、発想の転換ってやつだ。けど、口で言うほど簡単じゃなかったぜ? 説得と貢ぎ物工作を長々続けて、やっと一人のジャイアントねぇちゃんと友誼を結び、ユニゾン市民にならせることに成功した――これで俺も伝説のぱ●ぱ●堪能者だぜ!」


――――――――

以下、歴史教科書の記述

――――――――


 ラスティ・グレンは ゆうりょうがいぶしゃの ひとりでした。
 さいほうたいりく ほくぶに すむ ジャイアントたちに ユニゾンの すばらしさを つたえ かれらが しみんに なることに おおきくこうけんしました。
 これによって ユニゾンの たようせいは たかまりました。
 かれは しょうへいしゃとして ユニゾンに いでんじょうほうとうろくも おこないました。

――――――――



●歴史の時間3



――――――――

 以下、身近なものたちしか知らなかった、Gacrux(ka2726)の言葉。

――――――――

「俺がこうしているのは――彼女の素敵な未来と笑顔の為ですよ」

「ハンターを脅威と見る風潮を、少しでも修正していかなければ。かつてのエルフハイムの巫女や龍狩りと同じようなことが起きないように。十三魔以上の歪虚をハンターから生まないために」


――――――――

以下、歴史教科書の記述

――――――――


 Gacruxは とうさいふっこうの ちちとよばれている がいぶしゃです。
 かれは ユニゾンれき9ねん(おうこくれき1026ねん) ハンターズソサエティに せかいへいわの りねんのもと とうさいふっかつを よびかけ そのための さまざまな かつどうを おこないました。
 その はたらきかけにより ユニゾンれき12ねん(おうこくれき1029ねん) だいにかいめの とうさいが ソサエティの しゅさいにより かいさいされました。
 ユニゾンれき15ねん(おうこくれき1032ねん) ユグドラシルけいかくの かんりょうと じきをおなじくして ふたつのせかいがきょうさんし ていきてきに とうさいを おこなうことに ごういしました。
 いこう とうさいは はってんの いっとを たどりました。
 いまでは かくせかいの だいひょうと だいちゅうしょう さまざまな エレメントたちが つどう だいきぼな いべんとに なっています。
 ユニゾンも この かつどうに きょうさん しています。


●歴史の時間4

――――――――

 以下、リゼリオにあるジルボ記念館入口プレートに記された、マルカ・アニチキン(ka2542)の功績(抜粋)。

――――――――

 当記念館を含め、クリムゾンウェストの各地に「ジルボ」の名がつくFC特区を設立(ジルボのオペラカーテンがシンボルマーク)。特区にはすべからく神霊樹を植樹。
 『ジルボ』を唯の人名ではなく、一つの概念として世間に広く認知(『ロミオ』や『ドン・キホーテ』のように)させることに成功。
 英雄伝『真実の英雄譚! ライフ・ゴーズ・オン・ジルボ』を発刊。ベストセラーに(本人はノンフィクションのつもりだったが、何故か書店ではフィクションとして分類されていた)。


――――――――

以下、歴史教科書の記述

――――――――


 マルカ・アニチキンは ゆうりょうがいぶしゃの ひとりでした。
 ユニゾンの そうせいきに ユニゾンの けんせつのため いろいろな きょうりょくを おこないました。
 この せかいにおける ユニオンの つうしょうめい ユニゾン の はつあんしゃでも あります。
 かのじょが はつあんした この めいしょうが とうじの しみんたちから しじされ えらばれ、しまの なまえと なったのです。
 



●歴史の時間5


――――――――

 以下、月面開発地区における大規模爆発事件の事後調査において回収された、音声データのひとつ。

――――――――



「先越されたね。脱出ポッド全部なくなってた――ねえ、あたしさ、これまで随分いろんなことに挑戦したよね。映像に酒造、不動産業を中心に各業界に参入」

「自由都市評議会議員にもなりましたよ。そして議長歴任」

「公約どおり福祉・教育制度の拡充と不平等是正に努め、タホ=カノア財団を創設。学校作って初代理事長……今考えたらやり過ぎだったかなあ。この事故、テロって可能性ない? 落成式で集まってきてたの、皆あたしと似たような実業家連中ばっかりだったよね」

「……でもリナリス、仮に止められたって全部やる気だったんでしょう?」

「うん、まあね」

「じゃあ、今更悔いても無駄ですよ」

「はは、そうかも――あー楽しかった。向こうでもよろしくね、カチャ♪」

「私こそ――」



――――――――

以下、歴史教科書の記述

――――――――

 リナリス・リーカノアは じゆうとしれんごうの ぎちょうを さんき つとめた がいぶしゃでした。
 たくさんの ふくしじぎょうを たちあげ どうめいにすむ ろうどうしゃの せいかつの そこあげを しました。きょういくの きかいを ひろく おおく あたえました。そのための としも つくりました。
 かのじょは ゆうりょうがいぶしゃでは ありませんが かのじょの したことは ユニオンほうの せいしんに がっちし とてもよい ことでした。
 

――――――――



●歴史の時間6




――――――――

 以下、ユニゾン歴史資料館に展示されているオートマトン――フィロ(ka6966)――につけられた説明書き。

 フィロ。
 ユニゾンで唯一認められたオートマトンの外部協力者。
 本人の希望により、停止後の機体をここに展示するものとする。


――――――――

以下、歴史教科書の記述

――――――――



 フィロは オートマトンですが ゆうりょうがいぶしゃの ひとりでした。
 おうこくの せいどうしがっこう(*るる そうごうだいがくの きゅうめい)の がくせいりょう かんりしゃとして はたらいていました。
 ユニゾンの がいぶこうりゅうじぎょうと ついほうしゃけんしゅうについて おおいに こうけんしました。
 かのじょは オートマトンですが ユニゾンほうを りかいし ほうのめいじる こうどうに さんじゅうねんかん よく したがいました。
 そのことをもって かのじょは じぶんが ユニゾンに がいをなさない しんらいできる オートマトンで あることを しょうめいしました。
 かのじょは オートマトンかんれんほうに ついて ゆうえきないけんを たすう ていしゅつ しつづけました。
 そのきたいは げんざい ユニゾンれきししりょうかんに てんじされています。



●歴史の時間7


――――――――


 以下、タスカービレの剣道場にディーナ・フェルミ(ka5843)が、生前ユニゾンからの追放者に語った言葉。

「ここでは、一つの決まった仕事というものはないの。皆が色んなことを、ちょっとづつ分担するの。出来ていないなあと思うところを自分から見つけてやるの。指示や、計画表なしに……初めからうまくやろうとしなくていいの。ひとつずつ、実地に、確実にやって行くのが大切なの――後ね、エクラ様は最高なの」



――――――――

以下、歴史教科書の記述

――――――――


 ディーナ・フェルミは ゆうりょうがいぶしゃのひとりでした。
 かのじょは どうめいの タスカービレに ユニゾンついほうしゃの うけいれしせつを つくりました。
 また ユニゾンしみんと おうこくせいどうしがっこう(*るる そうごうだいがくの きゅうめい)せいととの こうりゅうの いしずえを つくりました。
 この こうりゅうによって ユニゾンには ゆうしゅうな しみんがんしゃが あつまりました。
 かれらは ユニゾンを ゆたかにしました。
 その こうせきを たたえ ユニゾンは かのじょを めいよがいぶしみんに しました。
 かのじょの いしを うけつぐ いでんじょうほうけいしょうしゃにも そのしょうごうを ひきつづき つかうことを きょかしました。






●100年後。ここから始まる物語



 ユニゾン南極エリア。港湾。

 トリプルJ(ka6653)の玄孫であるジョン(本人はJと自称しているので、以降その表記とする)は、ほかの観光客たちと一緒にあたりを見渡した。
 目に入るのは岩と雪。俵みたいに転がる海獣たち。のしのし動き回る超大型ペンギンたち。『ユニゾンへようこそ・ここは駅です』と入り口に書かれた白く四角い建物。

「……なんか、何もねーな」

 いささか期待はずれな気分で彼は、建物に入った。そして驚いた。
 建物の中は外見とは裏腹に、滅茶苦茶広い。天井高く暖かく、観葉樹がふんだんに配置してある。

「これがEG由来の空間拡張か……すげえ」

 感心しながら歩き回っていると、アナウンス。

<<皆様、ユニゾンへようこそお越しくださいました。ユニゾン南極エリア・外部者専用ホテル直行便が間もなく、到着いたします。ご利用のお客様は3番ホームまでおいでください>>

 指示通りそちらへ向かうと、電車みたいな乗り物が滑り込んできた。これも入ってみればやたら広い。
 窓際に腰掛けたところで乗り物が動き出す。
 車掌が切符の回覧に回ってきた。妙にでかいなと思ったら、ジャイアントだった。

(なんで北方の亜人が南極に……)

 ついまじまじと見ていたところ、近くの席から叫び声。
 何事かと窓に顔を向ければ、7、8メートルの巨大な人影がこちらに向け歩いてくる。全身真っ白で凹凸がない。顔に当たる部分に円形の赤い光がともっている。
 アナウンスが入った。

<<皆様、右手に見えますのはユニゾンの人型哨戒機です。ただ今定期巡回をしているところです。哨戒機の機体には透過バリアが使用されておりますので、けして衝突することはありません。ご安心ください>>

 その言葉どおり人影は全くスピードをゆるめず近づいて来るや、乗り物をするりと擦り抜け、向こうへ行ってしまった。
 Jはううんと唸る。

「住民になるかはさておき、この技術には憧れるぜ……どうにか技術提携出来ねぇもんかなあ」



…………………………



 エトファリカ連邦のとある州。
 そこには、創設者天竜寺 舞(ka0377)の名前を取って『天竜寺音楽学院』と名付けられた音楽学校がある。天竜寺 詩(ka0396)の玄孫である立花紫音、並びに舞の玄孫である天竜寺舞華は、共にこの学校に通っている。
 2人は現在休暇中。揃ってどこかへ行こうとしているところ。



 舞華空港内の各所に貼られている『1120闘祭―セントラル開催!』のポスターを眺めた。
 それからお下げにした銀色の髪を背中へ回し、くいっと眼鏡を直す。

「それで、何処にいくの?」

 傍らの紫音は灰色の髪をくしゃくしゃ掻き、彼の先祖が書いた自叙伝をめくった。

「先ずマリーに会おう。グリーク商会かNGで聞けば居場所解るだろ」

「え? 居場所もまだちゃんと分かってないの? いきあたりばったりねえ……」

 軽く睨んでくる彼女の目は自分と同じ蒼色。
 そのことに紫音は、内心ちょっとしたうれしさを覚える。

「そう言うなよ。仕方ないだろ。相手はエルフなんだから」

「何の説明にもなってないけど? あーあ、これで本当に自身の原点を知る旅が出来るのかしら。折角の連休を使って行くんだから、創造性と想像性に対するリスぺクトは是非とも欲しいんだけど」

「まーまー、気楽に行こうぜ。ただ観光ってだけでも十分楽しいじゃん」


 この後2人は訪れたポルトワールで、グリーク家の人間が、揃って南極へ向かうところに鉢合わせ。
 ちょうどだからということで、同行させてもらえることになった。


…………………………




 グラズヘイム王国。王立図書館書庫。

「あー……ショボつく」

 メイム(ka2290)は人差し指と中指で目頭をぐいぐい押した。
 彼女は目下職員やパルムたちと共に、貴重文献の電子化保存作業中。
 右に積まれた蔵書を1ページずつひたすらスキャンし、終わったら左に積みなおすという単純かつ単調な作業に、心身とも疲弊中。
 最新機器を駆使すればもっと効率的に電子化出来るはずだが、生憎担当省庁がそれだけの予算をつけてくれなかった。

「王国は変なところ保守的っていうかさあ……いや写本するよりは楽なんだけどね……」

 でも努力の甲斐あって、気づけば後一冊。割り当て分はこれで終わる。
 安堵のため息を絞り出しながら最後の本を手に取ったところで、半分落ちかけていた瞼が持ち上がる。

「『ライフ・ゴーズ・オン・ジルボ』! いやー、なつかしいなあ。これベストセラーになったの、何十年前だったかなあ……エルフハイムにも何冊か送られてきてたよね」

 その声を聞いて、1匹のパルムが寄ってきた。

「あれ? あなたもしかして……マルカさんについてたパルム?」

 パルムはうんうん頷き、感慨深げに本を見やった。
 メイムは知らなかったが彼(彼女?)主人の最期の姿――、さむずあっぷした拳を天に上げたまま昇天――を脳裏に思い浮かべていた。
 メイムが改めて本を開く。
 そこに描かれているかつてのユニゾンと南方大陸、ペリニョン村とタホ郷の姿に、ふふ、と小さく笑う。

「そうそう、こうだったこうだった。カチャやあたしが結婚式した時分のタホ郷は……矢が刺さったり滝から落ちたり、大騒ぎだったなあ。この本借りて帰ろっか。うちの子たちに見せてあげたら、面白がるよねー」

 彼女はカチャの弟キクルを婿に貰い、2男3女を設けた。
 そのうち3人を郷へ里子に出し、残りを自分の氏族の後継にしている次第。
 そんな激変があっても彼女の容姿は……ほぼ変わらない。子育ての最中は胸が大きくなっていたのだが、それが一区切りついた途端、また元通りに引っ込んでしまった。

「近況も、たくさん聞きたいしねー」

 辺境も今では随分開けた。
 子供たちを勉学のため辺境以外の場所へ送り出すのも、さほど珍しいことではなくなっている。



…………………………





 リナリスの母であったイメルサ・ファルズール(ka6259)はリナリスがひとり立ちし結婚したのを機に、拷問官を正式に廃業。姓を旧姓に戻した。そして一般男性と再婚し、子を設けた。
 アビゲイル・リーカノアは、その時生まれた子のひ孫である。
 血統的にはよほど遠くなっているはずだが、何故か彼女の容姿は、在りし日のリナリスによく似ている。






 ここはグラウンド・ゼロにある学園都市、カチャ。時はまだ夜も明け切らない頃合い。

 アビゲイルは寮備え付けのランドリーから顔を出した。
 洗ったばかりの布団を抱え、なるべく足音を立てないよう、薄暗い廊下を急ぐ。
 齢10歳にして彼女はまだ、おねしょぐせが抜けない。

(うう……またやっちゃった。今週これでもう3回目……)

 と、曲がり角で何かにぶつかった。

「きゃっ!」

 洗ったばかりの布団を抱いたまま、尻餅をつく。

「あっ、ご、ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 声をかけてきたのは、小麦色の肌に赤い髪、緑色の目をした、同い年くらいの少女。短い一本のお下げをリボンでまとめている。
 その顔を見た瞬間アビゲイルの心臓は跳ね上がった。初対面のはずなのに、泣けてきそうなほどの懐かしさを感じる。
 そういえば昨日か一昨日先生が、転入生が来ると言っていたようないないような……。

「あああああのっ、貴女転入生?」

「あ、はい、そうで「私はアビゲイル! アビーって呼んでね♪ 貴女は? 貴女と、お友達になりたいな♪」

 初手からの猛烈な押しっぷりに気圧されつつ、転校生も自己紹介。

「あ、はいその、カラチャ・タホと言いまして――そのお布団どうしたんですか?」

 自分の置かれた状況をやっと思い出したアビゲイルは、さっと布団を背中に回した。隠せてないけど、隠している気持ちで。

「こ、これは何でもない♪」


…………………………




 辺境、タホ郷。
 この地は100年前よりも、森が瑞々しく、深くなっている。
 タホ族に血を交えたエルフが、こつこつ浄化作業を行っているおかげらしい。




「ここは空気がいーね。エルフハイムみたい」

 エルバッハ・リオン(ka2434)が山道を上って行く。
 その後ろからエルフの若者が、フウフウ言いながらついて行く。

「エルバッハさん、ちょっと、待って」

「タホ郷来るのひさしぶりー。みんな、元気かなー」

 1025年、リオンは一族の間で散発的に発現していた「外見年齢の停滞と精神の幼児化」という呪いの根源となる装置の在処を突き止め停止させた。
 続けて自分自身に発現した呪い――実質最後の呪い――を解除しようと、研究を続行していたのだが……結局『不可能である』という結論に至らざるを得なくなった。
 それから数年後彼女は、大学の教授職を辞し故郷に帰還。
 現在は浄化技術発展の恩恵をフル活用し、野盗討伐や歪虚殲滅活動などの活動に勤しんでいる。短期間ずつ、ではあるが。
 戦闘力については『邪神戦争時よりもかえって強くなったのでは』と言われるくらいのレベルを維持出来ているのだが、精神は反比例し、ご覧のとおり。随分後退してしまった。
 若者は、そんな娘を心配した両親がつけたフォロー役……彼女の又従兄弟だ。
 目下気ままなリオンに振り回されてばかりだが、一応、親戚筋では最も戦闘能力が高い。
 
「あ、羽妖精が飛んでるー。待て待てー」

「エルバッハさん、待ってえ」


…………………………



 東方のある県には「ルンルン忍法」なるものがある。
 符術、体術、剣術を巧みに融合した戦闘術――と言われるが、本当のところどういうものなのかはよく分からない。なにしろ、一子相伝門外不出の技なので。
 その開祖と謳われるのがルンルン・リリカル・秋桜(ka5784)。
 そのルンルンの玄孫が、ルンルルン。
 彼女はルンルン忍法5代目の使い手。そして現役女子高生。







 ルンルルンは、休暇を利用してユニゾンに向かった。
 表向きの目的は外交と見学。内実は観光旅行。

「お婆ちゃんのお婆ちゃんが話していた国、この目で見ちゃうんだからっ!」

 彼女の持つユニゾンのイメージは、不思議の国だ。
 亜人が人と仲良く付き合い、双生児がやたら多く、食べ物の変化と服のレパートリーが乏しく、建物の中がとっても広い。衛星チャンネル『ユニオンウェザーニュース』で、全世界に正確なお天気情報とかなり癖のあるユニゾン情報をお届けしている……。

「おとぎ話に聞いていた猫頭の人とか、居るのかな??」

 現地到着した彼女は、外部者入国審査所で、親戚筋の知事からもぎとってきた大使任命書を提示した。
 すると係員は彼女に、こう言ってきた。

「ロビー内にてしばらくお待ちください。公式訪問者のためのガイドを呼んできますので」

 言われたとおり、待つ。退屈は全然しない。ロビーの中には見るものがたくさんあったからだ。
 みやげ物販売所、花盛りの屋内庭園、緑の制服を着たコボルド、リザードマン、ジャイアント、そして人間――。

「はっ、なんかあそこにいる集団、写真で見たひいひいひいお婆ちゃんに良く似てます!? なぜ???」

 動揺のあまりか、『ひい』をひとつ多く言ってしまうルンルルン。
 そこに案内人が来た。

「あんたが東方の県から来はった大使さんか?」

「あ、はい。あなたは?」

「俺はλ(ラムダ)・M・89845654・ワーカーや。今日はあんたの案内務めさせてもらいますんで、よろしゅう。で、確認なんやけど、あんたμ・マゴイ様への面会求めてんねんな?」

「はい、可能ならお会いしたく――」

「よし、ほな、ちゃちゃっと行くで。ついて来」

 と言うなりλはせかせか歩き出す。
 ルンルルンは慌ててついていく。

「え、い、行くってどこにですか?」

「南極エリアや。今あの方、そっちにおんねん」

 彼らが向かったのは、ロビーの奥にある通路。行き止まりの壁の上部にウォッチャーがはめこまれている。

<<ここは市民以外通行禁止です。本人確認をいたします>>

「わかっとる。はよしてや。後ろにおんのは東方からの大使や」

 λは指輪をはめた手をウォッチャーにかざした。
 指輪が赤く光る。
 と同時に、彼の顔は猫になった。

「ふわああああおおおおおおお!!」

「おうっ!? な、なんやいきなりびっくりするやんけ!」

 相手の戸惑いも何するものぞ、ルンルルンは怒涛の勢いでサインブックを差し出す。

「か、感激です、猫人間は実在したのです! あの、私あなたのことをお婆ちゃんのお婆ちゃんから聞いてまして初対面だけど他人とは思えません! サインくださいサイン!」




…………………………





「あー、メイムちゃんいたー! おーいおーい!」

 肌も目も色とりどりな郷の血族と山道を登っていたメイムは、聞き覚えのある声に振り向き手を振る。

「あ、エルさん! 森から出てきてたのー!」

「そだよー。なにしてるの?」

「キクルのお墓に供え物」

「そっかー。キクルちゃん何歳で死んじゃったんだっけ」

「82だよ、エルさん」

「短いねえ。もうちょっとゆっくり生きててくれたらよかったのに」

「まあねー、でも、あたしはうんと長生きしてくれたような気がするんだ。なにしろカチャが予想外に逝くの早かったしさ」

 リオンの表情が哀しげに曇った。

「うん……そうだね」

 メイムもちょっとばかり感傷に浸る。でも、すぐにいつもの調子に戻る。

「ま、仕方ないよね。思えばあたしの知ってるエルフ外の人で一番長生きしたの、フィロさんだったなあ」

「フィロちゃん、今ユニゾンにいるんだっけ?」

「そう。それにしてもあの人偉かったよね。なんのかんのでマゴイさんの信用勝ち取って――ところでさエルさん、闘祭の観戦チケット取れた? うちは子から玄孫まで軒並み全滅でさー」

 そこで後ろから息を切らす音。若者がやっと追いついてきたのだ。

「待ってくださいエルバッハさん……」

「あ、あなたのこと忘れてた。ごめんねー」

「いえ、構いません……これはメイムさん、お久しぶりです」

「おひさ。お目つけ大変だね」



…………………………





 グロリアスはカラチャと屋上で話し込む。布団を干しながら。
 学園敷地を取り巻く町並みの、更に向こうにある丘陵から、曙光が差し込んできた。

「ということは、カラチャはこの学校の創立者の伴侶であるカチャの弟の、玄孫ってこと?」

「はい。その人に顔が似ているそうです。エルフの森のご先祖によれば……アビーさんはリナリスさん方の子孫って事ですか?」

「うん。リナリスさんのお母さんが再婚して子供を産んで、その玄孫があたし。あー、あの、あたしもさ、よく言われるの。その人に顔が似ているって」

 アビゲイルは最後の言葉に力を込めた。憧れの人に顔が似ているということは、彼女にとって喜ばしいことなのだ。
 いつか自分もかの人のように、素敵な恋愛がしたい。最愛のひとを――『カチャ』を――見つけたい。常日頃から彼女は、そのように夢想し続けていた。

「あのー……グロリアスイレヴンのどなたかと交流あります?」

 アビゲイルは、ぶんぶん首を振った。

「そんな、とんでもない!」

 グロリアスイレヴンとは、リナリスとカチャが養子にした子供たちの総称だ。「クリムゾンウェストのダヴィンチ」と呼ばれたミリィを始め、いずれも各界で輝かしい業績を残したことから、そう呼ばれるようになった。
 今ではその子供たちが興した家もまた「グロリアスイレブン」と呼ばれている。どれもいわゆる『名家』であり、ひとかたならぬ勢力を持つ。

「私の家は一般家庭だから。おばあさんのおばあさんとリナリスさんたち、交渉あんまりなかったみたいだし……別の国に住んでたから……ごめんね……カチャとリナリスに関する出版物は漏れ無くもってるんだけど……」

「いや、いいんですよ謝らなくても。私も全く一緒ですから」

「え? そうなの? でも貴女、カチャさんの弟がひいひいおじいさんなんだから、私よりかかわりあるんじゃ……」

「いえ、それが全然。むしろエルフ関係に縁が深いくらいで」

 カラチャは、あは、と屈託なく笑った。

「何か私たち、似てますね」

 アビゲイルは胸の奥が激しく疼くのを感じた。
 多分、ううん、絶対、間違いなくこれは恋。

(私のカチャ、見つけたかも)

「あ、あのさ、カラチャ、今度の休みにさ、一緒にセントラル行かない? ほら、今闘祭やってるし――」



…………………………



 氷山が変化して出来た歪虚が哨戒機の拳によって砕かれ消える。
 搭乗席で高笑いを上げるのは、ユニゾン永久名誉市民の称号を得たルベーノ・バルバライン(ka6752)――の遺伝情報を継ぐソルジャー・δ(デルタ)――のうちの1人。

「ぬるい、ぬるいぞマゴイ。もっと強い敵を持って来んか、ハッハッハ」

 彼の無茶振りに、インカムから反論が上がる。

『文句言わないで下さいぃ、今時雑魔より強い敵なんて居ないですぅ。 来られても困りますけどぉ』

「なにをぬかす。いつ何時かつての邪神やら歪虚王やらみたいなものが出てこないとも限らないのだぞ」

『そりゃ、可能性はいつだってゼロじゃありませんからねぇ。でも衛星から送られてくるデータではですね、負マテリアルのホットスポットは今のところ現れてないんっですぅ。ていうか、任務が終わったら早く帰ってきてください。こっちはμさんの抜ける穴埋めで忙しいんですからぁ』

「……はあ?! おい待て。μさんというのは英霊μのことか」

『そうですよ。ユニゾン運営も軌道に乗ったことだから、ここらでひとつ積み残していた長期休暇を取られるそうで――もしもーし、聞いてますぅ?』




…………………………



 レイア・アローネ(ka4082)の遺伝情報を持つソルジャーο(オミクロン)の一団は、今日初めて皆で南極エリアへお出掛け。
 皆、12歳。基礎学習が一通り終わった頃合。
 ユニゾン本島にはないだだっ広い空間とぶちあたってくる強風に、皆大興奮。

「わたしがユニゾンをまもるんだー!」

「わたしもー!」

「わたしもー!」

 あっと言う間にちりぢりばらばら、西へ東へ南へ北へ、元気一杯に駆け出す。
 だが心配ない。場には監督官として多数のδがいるのだ。
 彼らは飛び出したοたちにすぐさま追いつき、やすやすと捕獲。元の場所に連れ戻す。
 

「勝手に動いてはいかん。ここはユニゾン島のような甘い環境ではないのだぞ。道を見失えば、ソルジャーと言えども命にもかかわる可能性がある。皆、方向指示バンドを持っているな?」

「「はーい」」

「よし、ではそれが指す通りの方向に進むのだ。マラソンコースの折り返し地点はここから50キロ先の――」

 説明の途中であったが、οたちは一斉に別方向を向く。

「あ」「あ」「あ」

 δたちも顔を向ける。
 白い平原の向こうから足早に、哨戒機が複数やってきたのだ。
 それらは彼らの傍で止まり、するんと搭乗口を開いた。中から出てきたのは、彼らと同じδたち。

「皆、ちょっと集まってくれ。大事な話があるのだ。今しがたマゴイから聞いたのだが、英霊のμ・マゴイが――」

 δ一同は深刻な様子で、何事か相談し始めた。
 何を話しているのかな、とοたちは興味津々。
 そこで突如、δたちが殴り合いを始めた。



…………………………



「あらあ……そうなの、あなたたちが舞と詩の」

 マリーは舞華と紫音に、限りなく懐かしそうな眼差しを注いだ。

「不思議ねえ、もう血もだいぶ薄まっていると思うのに、あの子たちによく似てる。特に目が一緒」

 マリーの脇にいるイザベルは母の言に、そうかしらと首を傾げる。

「舞華の方はともかく、紫音は将軍に似てる気がするけど」

 そういえば彼女も年齢的には、ご先祖を生で知っている世代なのだ。
 思いながら舞華は、マリーに聞いた。

「2人は、どんな人でしたか?」

 マリーは頬に手を当てほんのり笑った。

「詩はおとなしくて優しい。舞は豪放で勇ましい。そんな印象だったわねえ。でも……最終的に詩の方が思い切ったことをする感じかしら。何しろ東方の将軍を射止めちゃったんだから。舞はそのことに、随分あたふたしてたわねえ。今思えば彼女の方が、根は真面目な子だったのかも……堅物っていうか」

 ぷっと紫音が吹いた。
 舞華にキッと睨まれ、あわてて咳払いする。マリーに礼を言う。

「貴重なお話ありがとうございます、マリーさん」

「いいえ、どういたしまして。よかったら、エルフハイムにも遊びに来てちょうだいね」

「あ、はい――あのー、ところでマゴイさんがどこにいるかご存じですか? 俺たち彼女にも話を聞きたくて」

「え? さあねえ……ユニゾン内にいることだけは確かなんだけど――正確にどの場所にいるのかは――ちょっと待って、グリーク家の方に聞いてみるから。あの子達のほうがこういうことには詳しいのよ。顔も利くしね」


…………………………




 Jはホテルのレストランで、軽く食事を取ることにした。

「……なんか……何もかも四角いな」

 メニューを眺めつつぼやき、改めて周囲を見回した。
 ジャイアントのみならずリザードマンや、コボルドといった従業員が大勢働いている。

「亜人の楽園、か?」

 呟いたところで、ちょっとした騒ぎが起きた。

「ちょっ、駄目ですよδ! 関係者以外の市民がホテルに入ってきたら!」

 見れば赤い服を着た男と、ドアボーイがもめている。

「俺は入れるはずだぞ。なにしろこれから休暇に入るμ・マゴイの護衛なのだからな」

「え、そうなんですか? それは失礼しました。なら任命書を見せてください」

「それは発行されていない。ステーツマンからまだ認可が降りていないのでな」

「……は? じゃあ護衛じゃないじゃないですか」

「『まだ』降りていないだけで降りることは確実だ。だから俺には護衛としての行動を行う権利がある。ここを通せΣ」

「いやいやいやいやそんなごり押しな理屈こねられましても、ルールはルールですから駄目です――あっ。駄目です、そっち行ったら駄目ですったらあ!」



…………………………



 ジェオルジの某地にある、のどかな温泉郷タスカービレ。
 緑の中湧き出る湯気を見透かせば、清冽な雰囲気を漂わせる東方風の建物が、二棟並んでいるのが見える。
 一つは剣道場、一つは孤児院。






 鴨居に設けられているのはエクラ風神棚。
 道場主である当主はそこに飾られている写真に手を合わせ、頭を下げる。

「おはようございます、エクラ様、曾ばあ様、曾じい様」

 写真の中に佇んでいるのは、まるで少女のような外見の女性と、着物を着た長髪の男性。
 彼らこそはこの剣道場、ならびにそれに付随する孤児院の創立者である。

「今日もまた1人、ユニゾンから放逐者が参ります。資料を見ましたところ、まだ少年のようであります。彼が己の道を自ら見出し進むことが出来ますよう、エクラ様と共に、力をお貸しください」

 そのように道場主が真摯な願いをささげていると、外から騒ぎ声が聞こえてきた。

「すげー! ユニゾンの外では庭に風呂があんのかー! おおおおπ乙だ! 色んな形のπ乙がたくさんだ! すげー!」

「ちょっと、なんなのよこのエロガキは!」

「どっから入ってきたの、ここは女湯よ!」

「早く出て行けー!」

 ……どうやら近隣にある温泉宿からのものらしい。
 道場主は半眼になり、急いでそちらへと向かった。弟子を数人引き連れて。
 神棚の写真がちょっと傾いたように見えたが……多分気のせいだろう。
 



…………………………




 市民生産機関の会議室。のひとつ。
 星野 ハナ(ka5852)の遺伝情報を持つマゴイ・η(イータ)と宵待 サクラ(ka5561)の遺伝情報を持つマゴイ・υ(イプシロン)が揃い踏みで、会議をしている真っ最中。


「――それで、優良外部者ラスティの遺伝情報のことなんだけど」

「あれをもとに出生させた市民は、追放者になる率がほかのグループより多いというデータが出ていますぅ。よい掛け合わせが行えそうな遺伝子が見つかるまで、保留したほうがいいのではぁ」

「よい掛け合わせを行うためには、登録遺伝情報をもっと充実をさせなくてはね」

「外部者は毎年コンスタントに入ってきているから、問題ないんじゃないですぅ?」

「でも……ずっと横ばいですからねえ、数字。やはり何らかの改善が必要なのだと思います。たとえば対外放送機関のプログラムを見直してみるとか」


 延々倦むことなく意見を交わし合ったマゴイたちは、議事録を定式に従い書類にまとめていく。
 そして、ステーツマンのところへ持っていく。






「ステーツマンαに上申がありますぅ。2度と戻れませんがぁ、追放者にぃ、ユニゾンに忠実な広報者を混ぜるべきではないでしょぉかぁ」

 αは小さな手で渡された書類をめくる。
 つぶらな黒い目と目の間にしわがよった。悩んでいる様子だ。

「追放に値しなかった市民を外部に送り出すというのは、人道的に問題があると思えます。それは当人にとって、不幸な状態を作り出してしまう。ユニゾンは市民に対し、そういうことをしてはいけないのではありませんか?」

 αの見解はユニオン法の精神に完全に則っている。
 だがηは、それで引っ込むわけにはいかなかった。

「人は実際に自分の目で見たものを重視する傾向にありますぅ。外部領域の人間が普段目にするのはぁ、ユニゾンからの追放者だけですぅ。その場合ぃ、追放者の語る内容と対外放送機関の内容乖離からぁ、ユニゾンが不実なディストピア扱いされる危険性が高いですぅ。それにぃ、今後のユニゾンの隆盛のためにはぁ、より多くの遺伝子情報の登録も必要だと思いますぅ。わたしたちの国が幾久しく平和で幸福であるためにはぁ、宣伝工作にもっと、力こぶを入れるべきだと思うんですぅ」

 αは目を閉じ沈思黙考した。
 登録遺伝情報を増やすこと、並びに外部からの友好度を引き上げることは、なるほどユニゾンの安全と繁栄のため、大いなる意義があるだろう。
 だが追放者と認定されないものを追放するというのは、やはりどうも引っ掛かる。その人間が戻ってこられなくなるという点についてもだ。
 そう指摘するとηは、お任せをと言わんばかり胸を叩いた。

「志願制にすればよいのですぅ。そうすれば不本意な追放ではありませんしぃ」

「志願と言っても、誰が」

「言い出しっぺの法則で良いんじゃないでしょぉかぁ。私が最初に立候補しますぅ」

 ふーむ、とαは唸った。そして、この問題はやはり、慎重な検討が必要であると結論づけた。

「この議題に関しては継続審議といたします。改めてじっくり検討してください」

「はい、仰せのままにぃ♪」

 ηはそそくさ場を辞した。
 それと入れ替わるようにしてυが入ってくる。

「α・ステーツマン、δ・ソルジャーの大幅なシフト変更について、裁可をしてもらいたいんですけれど……」

「どうしました。彼らは確か南極エリア58ポイントにおいて、歪虚駆逐の任務を行っていたはずですが。誰か負傷でもしましたか」

「まあ、負傷と言えば負傷を少々。でも、そういう理由からじゃあないんです」



…………………………




 南極エリア。外部者専用ホテル。公式訪問者応接室。




「――え、マゴイさんはこれから休暇をとられるんですか?」

『……そう……これまでの積み残しの分……10年ばかり……』

 休みを取れるのがよほどうれしいのだろう。マゴイの表情は初対面のルンルルンにもはっきり分かるほど緩んでいた。
 これはチャンスかもしれないと思いルンルルンは、こう切り出す。

「もし良かったら、私の故郷に遊びに来ませんか? 東方の大きな温泉観光地で……ご先祖様もきっと喜びます」

『……そうね……長期休暇中ユニゾン市民は……ユニゾンの保養所にいることが求められるから……そこに泊まることは出来ないけど……見に行くだけなら……法に触れないから……かまわないわ……』

「あ、ありがとうございます! ぜひ、来てくださいね! 待ってますんで!」

 両手でマゴイの手を取り振るルンルルン。
 そこで案内人のλが言う。

「ほなこれで、あんたの割り当て分の面会時間終了や」

 そこにどたどた足音が聞こえてきた。焦るワーカーたちの声も。

「マゴイ様はお仕事中なんですから!」

「駄目ですって!」

 ルンルルンは「なんだろう」と席を立つ。そこへδが入ってきた。制止しようとしたワーカーたちを引きずりつつ。
 マゴイが訝しげに尋ねる。

『……何事なの……δ……ここには関係者以外の市民は……入っていてはいけないのよ……それと……負傷しているなら……きちんと治療機関に受診を……』

「案ずるな、俺は関係者の市民だ。そしてこの負傷も歪虚によるものではないから問題ない。δ同士で殴り合いをしただけでな」

『……まあ……どうしてそういうことをするの……』

「代表を決めていたのだ」

『……代表……?……何の……?』

「護衛だ。μ、休暇の護衛は俺を連れていけ」

 ルンルルンの案内役であるλが、口を挟む。

「休暇に護衛は必要あらへんのやないか?」

「そりゃ、普通の休暇であればな。しかし、今回の違うだろう。10年といえば、長い。その間に何が起こるともわからん。俺は仕事で構わん。お前を1人にして消滅されては困るからな」

 そこに床から立方体が浮き出てきた。マゴイ付きのウォッチャーだ。

【――マゴイ。市民生産機関から連絡です。δ・F・53757386・ソルジャーがあなたの護衛として特別任務に入ります。彼が彼自身の休暇をとる際は、他のδが交代いたします。そのためにδ全体のシフト組み換えが行われます】

 ステーツマンがこの件についての認可を下したらしい。
 であればマゴイには、彼の申し出を拒否する理由はない。

『……分かったわ……』

 しかし、釘は刺す。

『……でもδ……あなたたちのしたことは……よくなかった……何かを決めるのなら……話し合って決めなさい……殴りあうのではなく……』

 δは具合悪そうに頭をかき、うむ、と頷いた。

「これからどこへ行くんだ?」

『……セントラル……闘祭の開会式に出席するの……長期休暇に入る前の仕事収め……ということで……まずはペリニョン村へ……θを迎えに行くわ……彼女も出席するから……』

 そこにノックの音。
 Σが入ってくる。

「μ・マゴイ様。グリーク商会の紹介を受けた外部者が、面談を求めておりますが」




…………………………



 リオンとリオンの付き人、そしてメイムとその血族は、広間の大型モニターを前にお菓子をつまむ。
 闘祭開会式の生中継が始まるのを待ち構えているのだ。

「いやー、しかし便利な時代になったもんだね。こんな田舎でも居ながらにして、遠い場所のイベントが見られるんだから」

「今年はセントラルでやるんだったっけ?」

「そう。世論調査では最後まで詩天開催がリードしてたんだけどね。いざ国際投票にかけてみたらセントラルが大きく水をあけて勝利」

「確か疑惑の判定とか言われてましたよね。セントラルが裏で各国を買収したんじゃないかとか」

「あー、言われてた。まあ、でも、こんだけ規模がでかくなるとそういうことは起きがちだから」

「そういえば、カラチャちゃんセントラルの近くの町にいるんだよね 今」

「そうだよ。でも、授業があるから多分これ、見に行けないだろうねー」

「あの子本当に、カチャに似てるね」

「だよねー。生まれ変わりなんじゃないかって、時々あたし思うんだ」




…………………………





『……おー……舞と……詩……の……遺伝情報を継ぐ人々……』

 マゴイは紫音と舞華に快く、舞と詩についての思い出を話した。

『……両者とも……特に詩は……ユニゾンの設立に……貢献してくれた……エバーグリーンのユニゾンを……終わらせる際にも協力してくれた……市民たちによくしてくれた……よい外部者だった………結婚やら……出産や……ということをしたのは……たいへん悔やまれる……可能なら遺伝情報を登録して……もらいたかったのだけれど……それが果たせなかったのが残念……』

 独特な語り口調だが、なつかしくは感じているのだろう。マゴイは終始、しんみりした顔だった。
 そういえば、と紫音は、同席していたマリーの方を振り返る。

「俺のご先祖は、どうやって将軍の寵愛を得たんだ? 自叙伝にはそこんとこ、あんまり詳しく書いてなくてさ」

「うーん……そこは私もよく知らないのよねえ。何しろ遠い東方で起きたことだから。でもまあ、なんとなく想像はつくかなあ」

「どんな?」

「多分……肝腎要のところは、自分から仕掛けに行ってるわ。じゃなきゃあんな大物、捕まえられるはずないもの」

 真偽定かならないコメントを得た紫音は舞華の方を見て、こっそり一人ごちた。

「自分から仕掛ける、か」

 その間当の舞華は、マゴイに質問をぶつけている。

「ペリニョン村のぴょこ様のことは、ご存じですか?」

『……もちろん……θとは同郷だから……ペリニョン村とユニゾンは……特別友好関係にある……これから村へ……彼女を迎えにいくのよ……ついでなのであなたたちも……一緒に来る……?』

 レストランでの食事を終え出てきたJは、その光景に鉢合わせし仰天する。

「……英霊!? そういやここは英霊が居るんだったな」




……………………



「メイムさん、さっきからチャンネルちょこちょこ変えるのやめてくださいよ」

「だって、まだ始まんないしさ」

「あーそーだ。ねーねーメイムちゃん、老後のため、五番街ギルドに分霊樹貰ってさ、敷地を植林化してるって言ってたけど、あれどーなったの?」

「あー、あれねー……思ったほどなかなか大きくなんなくてさ。やっぱり地味が悪いのかなあ。だから、近々もぐやんに手助けをしてもらおうかと思ってるんだ。最近は農業の機械化が進んでるから、農地を世話する機会が減ったって、この間会ったときぼやいてたし」

「ふーん。もぐやん同盟の精霊だけど、王国まで来られるの?」

「大丈夫じゃない? 一昔前に比べれば、国境の意義も薄くなってるし。帝国に至っては解体しちゃったしね」


……………………



 マゴイとの会談を終えたルンルルンは案内役に導かれ、再びユニゾン本島に戻った。

「公式外部者には、必ず視察してもらう決まりなんや」

 と言って連れて行かれたのは、見学市民でにぎわうユニゾン歴史資料館。
 入った瞬間まず目に飛び込んできたのは、メイド型のオートマトン。座り心地のよさそうな椅子にゆったり腰掛け、微笑を浮かべている。
 コボルドの館内清掃員がその顔を、丁寧に優しく拭いている。

「えっ、と……この方もう動いてないんですか?」

「そらそうや。動くんやったらこんなとこいつまでも座ってえへんがな」

 うんと奥のほうには、2体のCAMが直立した姿勢で飾ってある。

「あっ! あれもしかして、R7とデュミナスじゃないですか!?」

「あんなクラシック機体よう知ってんなあ」

「そりゃもう、お婆ちゃんのお婆ちゃんから色々話を聞いてますから! うちの蔵にも何台かあります!」

「へー。使うてんのか?」

「いいえ。ですから埃まみれです」

「あかんやん」

 そこでゴガーンとけたたましい音。
 デュミナスのコクピットカバーが落ちたのだ。
 6歳くらいのοが数人、あらわになった搭乗席に詰まっていた。
 λが思わず猫顔になる。

「ο! お前ら何してんや! 展示品にいたずらしたらあかんやろ!」

「ち、ちがう」

「わたしたちはいたずらしようとしたのではないぞ」

「ただその、うごかせるかなとおもって」

「それをいたずらと言うねん!」



……………………


 グラウンド・ゼロ。コロセウム型の闘祭特設会場。中にも外にも大型スクリーンが設置してある。観客が競技を360度あますことなく見られるように。





『おー、おひさじゃの、おひさじゃの、もぐやんよ』

『おー、お久しぶりだべぴょこどん。元気にしとったべか』

 ここは精霊のためにもうけられた闘祭会場ブース。
 クリムゾンウェストの各所から(来なかったり、来られなかったりするものは別として)集まってきたあまたの精霊、英霊のために設けられた特別席。
 ハンターたちが栄冠を競い合うこの場は彼らにとって、遠方の仲間たちと友好を暖める場でもある。

『どうじゃの、最近調子は』

『いやあ、最近はあんまりあちこち世話する機会がなくてなあ。お百姓たちも前に比べて少なくなってきたで。ぴょこどんとこはどうだべ?』

『そうじゃのう、そういえばうちも、路地栽培より温室栽培が増えて……』

 言いかけたところでぴょこは、垂れた耳をピンと立てる。

『どしたべ、ぴょこどん』

『うむ? いや、何か、体が半分透けたものが近くを通ったような……気のせいかのう』 




 色とりどりの花火が夜空に上がる。高らかなファンファーレ。
 開会式が始まったのだ。
 今年のテーマは、「消滅と再生」。
 会場のみならず周辺一体の照明が一時に落ちた。
 空中に2つの魔法陣が描かれる。
 片方から邪神が、どす赤い炎を吹きながら現れる。
 もう片方からは白い光に覆われたかつての勇者――ハンターたちが現れる。




 σは最新技術を駆使した立体映像の妙には目もくれないまま、マゴイに尋ねる。

「今保養所は同盟内にあるのか」

 彼はユニゾン全体の地理について詳しくない。教育課程でひと通りは習っているはずなのだが、あまり興味がないためか大まかなところ以外忘れてしまっているのだ。

『……それはもちろん同盟内よ……ひとまず南方大陸西岸エリアに行こうと思うの……』

「西海岸……乾燥地帯だな」

『……ええ……もともとは……でも……耐乾植物による緑化が大いに進み……住みやすくなった……あなたはそこに行くのは初めてだったわね……』

「ああ。俺が行った事があるのはユニゾン本島と南極エリアと、そこに近い保養所くらいでな。そういえば、北極にも保養所はあるのか?」

『……北極には……保養所は……作られてないわ……』


 観客席の上を炎と光がもつれ合いながら旋回する。
 巻き起こる風と弾ける音。
 ルベーノは夜空を見上げた。
 月が浮かんでいる。

「将来的にユニゾンは月に行くべきではないか。新規市民の獲得は難しくなるが、何も考えず放逐者をCWに放てるぞ」

 マゴイはしばし考えた後、首を振った。

『……月は……幸福な生活に向いた場ではないわ……』
 



 剣が邪神を刺し貫く。
 断末魔の声を上げた邪神は真っ赤な炎の塊となり、弾け、会場一面に飛び散る。
 観客席の人々は、立体プロジェクションとは知りながら炎を避けようと、あるいは払おうとしてしまう。
 そこで飛び散った火の粉が星に変じた。
 星は寄り集まり、渦を形作り、銀河となる。




……………………


 ステーツマンから志願追放者についての継続審議要請が出たことを聞いた1人のυは、1人のηに言った。

「私もそれやってみたいかも」

「え、そーなんですかぁ? 物好きですねぇ。私はユニゾン市民に戻れないって時点で勘弁願いたいと思う派ですけどぉ」

「私だってそう思ってるよ。ただね、それ以上に興味があるんだ」

「何に?」

「私たちの遺伝情報提供者が公式記録から消えた後、どこでどんな人生送ったのかなーって。なんかすっごく気になっちゃって。外に行って足跡探してみたいかなって」

「……やっぱりあなた変わってますねぇ、υ」



……………………



 闘祭特設会場の外。
 紫音は巨大スクリーンを見上げながら、先刻聞いたぴょこの話を、頭の中で反芻する。


『舞と詩か。うんうん、どっちもいい奴であったぞ。ペリニョンの祭りにもよう来てくれたし』
『うむ、2人のかんけーか。そーじゃのー、詩は時々舞のことをうるさがってはおったぞ。私一人で出来るから、お姉ちゃんは手を出さないでもいいよ、とかの。でも舞は全くそんなの気にかけてはおらんかった。とにかく詩がかわいくてかわいくてならなんだようでな』
『おーそうじゃ。詩がしょーぐんと結婚したときは、舞、式場で大号泣しておった。しょーぐんに、一発殴らせろとか言うておった。同時に詩の妊娠発表もあったからのー』

 紫音は新曲の構想が沸いてくるのを感じた。
 ふと隣にいる舞華を見る。自分はこのお堅そうな子のことが大好きなのだと自覚しながら。

「なあ、舞華」

「何よ」

「あのさ、俺たち組まないか?」

「は?」

「いや、俺とお前、いいユニットが作れると思うんだよ。だからきっといい曲が作れるぜ。俺お前のこと好きだし」

 出し抜けな最後の一言に舞華は、一瞬息を止めた。
 その必要もないのに眼鏡をせわしくかけ直し、そっぽを向く。

「ま、紫音は少しちゃらいけど嫌いじゃないし、一緒に活動してあげてもいいわよ」

 そのとき、巨大スクリーンにリアルブルーから緊急速報、の文字が現れた。



『ユグドラシルから速報――ターミナルポイントに第三世界からのコンタクトあり――ユグドラシルから速報――ターミナルポイントに第三世界からのコンタクトあり――』




 会場中が、いや、この報を聞いた2つの世界中が息を飲む。
 舞華は思わず紫音の手を握った。

「うそ……本当に!?」


……………………


 会場の片隅でスクリーンを見上げていた白髪の女騎士は、大きく目を見開いた。
 紫の瞳から涙がこぼれる。
 うれしそうに、本当にうれしそうに彼女は微笑んだ。
 唇が音にならぬ言葉を呟いた。
 誰かを抱きとめようとするかのように、その両手が広げられる。
 半ば透けていた体がふうっと――かすかな光となって――広がり、消えた。
 新しい始まりを迎えるために。




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MVP一覧

  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacruxka2726
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミka5843
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデスka5848
  • 我が辞書に躊躇の文字なし
    ルベーノ・バルバラインka6752
  • ルル大学防諜部門長
    フィロka6966
  • 桃源郷を探して
    ラスティ・グレンka7418

重体一覧

参加者一覧

  • 行政営業官
    天竜寺 舞(ka0377
    人間(蒼)|18才|女性|疾影士
  • 征夷大将軍の正室
    天竜寺 詩(ka0396
    人間(蒼)|18才|女性|聖導士
  • タホ郷に新たな血を
    メイム(ka2290
    エルフ|15才|女性|霊闘士
  • ルル大学魔術師学部教授
    エルバッハ・リオン(ka2434
    エルフ|12才|女性|魔術師
  • ジルボ伝道師
    マルカ・アニチキン(ka2542
    人間(紅)|20才|女性|魔術師
  • 見極めし黒曜の瞳
    Gacrux(ka2726
    人間(紅)|25才|男性|闘狩人
  • 乙女の護り
    レイア・アローネ(ka4082
    人間(紅)|24才|女性|闘狩人
  • また、あなたと
    リナリス・リーカノア(ka5126
    人間(紅)|14才|女性|魔術師
  • イコニアの騎士
    宵待 サクラ(ka5561
    人間(蒼)|17才|女性|疾影士
  • 忍軍創設者
    ルンルン・リリカル・秋桜(ka5784
    人間(蒼)|17才|女性|符術師
  • 灯光に託す鎮魂歌
    ディーナ・フェルミ(ka5843
    人間(紅)|18才|女性|聖導士
  • ベゴニアを君に
    マリィア・バルデス(ka5848
    人間(蒼)|24才|女性|猟撃士
  • 命無き者塵に還るべし
    星野 ハナ(ka5852
    人間(蒼)|24才|女性|符術師
  • 未来への種を宿す
    イメルサ・ファルズール(ka6259
    人間(紅)|28才|女性|聖導士
  • Mr.Die-Hard
    トリプルJ(ka6653
    人間(蒼)|26才|男性|霊闘士
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