ゲスト
(ka0000)
【未来】旅立ちの日
マスター:音無奏

- シナリオ形態
- イベント
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 1~25人
- サポート
- 0~0人
- 報酬
- 無し
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/11/08 19:00
- 完成日
- 2019/12/06 00:19
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
出発時間を示すベルが鳴り、一台の馬車がゆっくりと速度を上げて大通りを駆けていく。
空いた場所には程なくして次の乗合馬車が待機に入り、手続きを行う客が疎らにその席を埋めていった。
街の出口に程よく近いこの広場は馬車乗り場を兼ねている事もあって人通りが多く、賑わっている。
すぐ近くの通りでは力の入った露店が立ち並び、通行人をターゲットに商売に勤しんでいた。
ハンターの場合、遠方への移動は神霊樹があるのだけれど、時には馬車だって利用する。
何より、こういった場所はわかりやすいので待ち合わせ場所にだって使われていた、時間を潰す方法だって多くある。
隅っこから一望すれば、見渡すだけの目まぐるしい人の流れ。
その一人一人が何かしらの行き先を持ち、どこかへ行こうとするのだろう。
車輪のついたキャリーバッグを引き、馬車から降りて来る誰か。
余り急ぐ様子のない誰かは荷物を傍らに、露店で買い食いに勤しんでいる。
おろおろと地図とチケットを見やる誰かはきっと旅慣れしていないのだろう、看板は多くあるから、迷子になる心配はないはずだ。
暗い顔をした誰かを見かけたが、既にすれ違ってしまい様子を伺う暇もない。気にかかるも見失ってしまった以上打つ手はないだろう。
さて、自分はどこに行こうとしていたのだったか。
何かしら求めるものがあって此処に来たはずで、暫し思索にふける。
目的にしていた時刻まで後僅か、この空いた時間で自分は何をしよう。
空いた場所には程なくして次の乗合馬車が待機に入り、手続きを行う客が疎らにその席を埋めていった。
街の出口に程よく近いこの広場は馬車乗り場を兼ねている事もあって人通りが多く、賑わっている。
すぐ近くの通りでは力の入った露店が立ち並び、通行人をターゲットに商売に勤しんでいた。
ハンターの場合、遠方への移動は神霊樹があるのだけれど、時には馬車だって利用する。
何より、こういった場所はわかりやすいので待ち合わせ場所にだって使われていた、時間を潰す方法だって多くある。
隅っこから一望すれば、見渡すだけの目まぐるしい人の流れ。
その一人一人が何かしらの行き先を持ち、どこかへ行こうとするのだろう。
車輪のついたキャリーバッグを引き、馬車から降りて来る誰か。
余り急ぐ様子のない誰かは荷物を傍らに、露店で買い食いに勤しんでいる。
おろおろと地図とチケットを見やる誰かはきっと旅慣れしていないのだろう、看板は多くあるから、迷子になる心配はないはずだ。
暗い顔をした誰かを見かけたが、既にすれ違ってしまい様子を伺う暇もない。気にかかるも見失ってしまった以上打つ手はないだろう。
さて、自分はどこに行こうとしていたのだったか。
何かしら求めるものがあって此処に来たはずで、暫し思索にふける。
目的にしていた時刻まで後僅か、この空いた時間で自分は何をしよう。
リプレイ本文
玄関で靴を履き、行ってきますと声をかける。
まるで普通の男子高生のようで、でももうそうじゃなくて。居間からぞろぞろと見送りに来る両親に、鬼塚 陸(ka0038)は思わず苦笑を漏らしていた。
全てが起きるまでのかつて、リクが両親に見送られて出かけることなどなかった。
お互いの繋がりは毎朝食事代として食卓に置かれる千円札だけ、無関心、或いは失望を示すように、彼らは総じてリクより早く家を出ていた。
自分が受験勉強に成功してたらああはならなかったのだろうか、怒りではなく、ただ期待に応えられなかった不甲斐なさが疼きとして僅かに残っている。
その後リクは転移に巻き込まれ、姿を消すこと数年、連邦議会を占拠した姿を見て、彼らは何を思っただろう。
ただ帰還の報告をしに行った時、ガチ泣きされたことははっきり覚えているいる。
多くを語ることはまだ難しそうだったけれど、きっとあの時に何かが溶け始めた。
何かを言いたげに、しかし何も言えずにいる二人に、リクは精一杯の穏やかさで「行くよ」と告げた。
「……すぐ帰ってくるから」
この言葉が支えになれるかはわからない、でも今は彼らに向けて精一杯をしたいと思っている。
取り戻せないものがあっても、新たにつかめるものもきっとあるから。
だから。
「――行ってきます」
+
薄紅色に敷き詰められた日本の桜並木を、ミィリア(ka2689)はてくてくと歩いていた。
話で聞く事の方が多かったリアルブルーの世界を、こうして歩けることがなんとも感慨深い。
誰もいないのをいいことに、ミィリアは思いっきり伸びをして空気を吸い込んだ。
――此処がおじいちゃんの生まれた世界。
どっちがいいかなんて比べられっこないけど、違うことなき美しい世界だと思う。
これは恩師の実家を目指す旅道。
彼はミィリアがハンターになる前に、紅の世界で天寿を全うした。リアルブルーに帰る事は叶わなかったけれど、彼の話を、彼の生き様を家族の元に持ち帰ればと思っている。
大好きなおじいちゃんだった。
ミィリアに「春霞」というもうひとつの名前をくれた、同じ響きの孫がいると、家族の事を誇らしげに語っていた。
記憶にある語り口から、きっといい人達であると確信出来る。
風が吹いて桜の花びらがふわりと舞い上がる。可憐に空へと駆けていくそれを見送りながら、ミィリアはふっと口元を綻ばせた。
貰った名前と、『桜のように在れ』という言葉、今なら胸を張って誇れるから。
(……いざ出発! でござる!!)
+
邪神との戦いの後、ハンター部隊に加わったGacrux(ka2726)はずっとグラウンド・ゼロでの活動を続けていた。
いつ終わるかもわからない日々だけれど、想うものがあるから、多分苦しくはない。
少し時間が取れそうな1028年のある日に、Gacruxは仲間に暫し休暇を取る事を伝え、僅かな荷物と共に短い旅行へと赴いていた。
転移門への馬車に乗り込む、首元に手を遣れば、いつもと変わらぬペンダントの感触。
死に別れた両親の形見、父が親から譲り受け、母に贈られた大切なもの。ルースに使われてるブラックオパールはリアルブルーの特定の地方でしか産出されない石だと鑑別されていた。
石の事を想うと同時に、Gacruxの思考は浅く思い出の中に沈んでいく。
かつての思い出の中、父の部屋はリアルブルーの転移物に溢れていた。
どれもが見たことのないもの、普段見ることのないもので、不思議と未知はその部屋を夢溢れるものとして映していた。
語り口もあったのだろうが、父が語るリアルブルーもやはり夢に満ちていて。父は幼い自分に、リアルブルーの南十字星が船乗りの道標だと教えてくれた。
今の名はその南十字星を想い、自分でつけたもの。
今から自分はその星を見にリアルブルーへ向かい、自分のルーツを確かめに行く。
トランクと飛行機チケットを片手に、目指すは豪州、エアーズロックへと。
+
待機列の歩みに合わせて、鞍馬 真(ka5819)は少しずつ足を進めていく。
少しばかり手持ち無沙汰だったけれど、これからの事を想えば胸が踊るから、意外と退屈でもなかった。
二つの世界が行き来出来るようになった現在、真と親友はそれぞれ違う世界で生きる事を選択した。
親友はリアルブルーに帰り、真はクリムゾンウェストに残る。
理由について真が多くを語る事はなかったけれど、ただ、戦いを経て、変わったことが一つあるのだと思う。
多分、少し強くなった。引退して引きこもってもいいと思った瞬間だってあったのだけれど、それを振り払えるくらいに前向きに生きられるようになったと思っている。
今の自分は、会いに行く親友に何を話そうかとても楽しみにしている。
自分の事を話したいし、彼の話も聞きたい。腕いっぱいのお土産と思い出を抱えて、真は世界間の転移門へと歩みを進めていく。
世界が違っててもいい、道を違えても構わない。そう強く想えるくらいに、心は繋がっているのだから。
+
数カ月ぶりにリゼリオの土地を踏む。
耳にする潮騒がセレン・コウヅキ(ka0153)にとっては懐かしいような、落ち着くような。
町並みもさぞかし相変わらずなのだと思って視界を巡らせたけれど、記憶の中とほんの少しズレがあった気がして、セレンはおやと気を惹かれていた。
少し歩みを進め、リゼリオを巡っていく。
貿易でも増えたのか活気に満ちている、ギルド街は少し縮小した気がして、通り過ぎていく人々は少し民間人が増えただろうか。
変わっていく街に一抹の感傷を覚えながら、セレンはかつての思い出を噛みしめていた。
リアルブルーから引き離された直後、誰もが恐慌の中にあり、誰もが生きようと必死だった。
迷いと後悔を乗り越え、多くの出会いと別れがあって、セレン達はここまで辿り着いたのだ。
一度はリアルブルーへの帰還を果たしたけれど、結局は平穏が落ち着かず、セレンは再び紅の世界に舞い戻っている。
友人達に会いたいなと、ふとした思いつきが囁く。今から? と自身に問いかけるけれど、少しの苦笑が浮かび、もう少し後にしようと思い直していた。
だって彼らは本当に騒がしいから、会ったらセレンはきっとすぐに飲み込まれてしまう。
もう少しは帰ってきた感触をかみしめて、この世界のために出来る事を探そう。
世界の状況を調査する部隊があると聞く、そこでならセレンの仕事もみつかるだろう。
+
あの戦いに、自分は何を言えただろう。
暴食王との戦いに反対していたシェリル・マイヤーズ(ka0509)だけれど、結局人類は、彼と戦う道を選んでいた。
戦いは終わった、でも心の整理はつけられていない、今一度自分の在り方を見つめ直すために、シェリルは旅に出る事を決意していた。
傍らには幻獣とCAM、旅の伴には親友たちを。
シェリルの見た世界はまだまだ小さくて、ヒトのココロはとても広くて。だから邪神のいない世界を旅して、もっと人の心に触れたいと思っていた。
横切る風が短くなった髪を揺らす。
髪を切った、小さい頃に使っていた「シェリー」という愛称を使うようになった。
少し童年返りしたかのような姿は、小さな私が一緒にいてくれるかのようで心が浮き上がった。
この心のままに、多くを見て、多くに触れたいと思う。
そして、いつかいっぱいの笑顔にたどり着ければいい。
すり寄ってくる幻獣に笑いかける。
旅路は幸福な方がいいから、食料はいっぱい持とう。
戦いだけじゃない何かを見つけるために、私の新たな世界を、ここから始めよう。
+
戦いが終わった翌年の夏、カフカ・ブラックウェル(ka0794)は故郷の村から旅立っていた。
携えるのは父親から譲り受けた古びてるけど頑丈で大きなトランク、もう既に見えなくなっている村の方角を、心の中でだけ振り返る。
妹は、この世でたった一人の『対』は、笑顔と力強い言葉でカフカを送り出してくれた。
カフカの事を信じている、だから離れても大丈夫。
死なないように、無茶しないように――それだけを言付かっている。
『生きている限り、世界のどこに居たって繋がっているから』
もしかしたらカフカの方が感傷は深いのか、いつの間にか妹に追い抜かれてしまったかもしれない事に口元を緩め、カフカは負けないようにとしっかり前を向く。
妹が信頼してくれたように、妹がそうであったように、きっと大丈夫――。
向かう先は極彩色の街ヴァリオス。
かの街にはカフカが支え続け、カフカが愛した女性がいる。
彼女への愛を、その覚悟を示すために――カフカはヴァリオスを第二の故郷に定めていた。
だから、この旅路は彼女への愛を示すための第一歩。
どんな困難が立ちはだかっても、カフカはその先に辿り着いてみせる。
+
故郷からの帰り道をミア(ka7035)はぎこちなく歩く。
村から離れて随分経ったはずなのに、高揚は収まらず、指先は震えっぱなし。
もういいだろうか、大丈夫だろうか、そう思っても感情を爆発させる事は出来ず、ひたすら強がりながら歩いてきた。
故郷に帰り、ミアは現村長に自分は次期村長にならないと告げてきた。
これまでの自分を否定する言葉を口にするのは勇気が必要だったけれど、ミアは魅朱を名乗り、自分が得た家族と共に生きる事を宣言して来た。
未だ燻るかすかな怯えと罪悪感、ミアを責める言葉は、全て自分の内から来ていた。
村長になるために、かつて双子の兄を手にかけた。
あの時の事を毎日のように思い、共に逃げ出さなかったを後悔していた。
なのに、全てを反故にした事を受け止めれば、ついにミアは膝をついた。
数え切れない謝罪の中で、兄に似た人の事を想う。
優しくて頼りになる人で、初めて抱きしめて貰った時、本当は内心泣きそうになっていた。
その人は大好きなお姉ちゃんと結ばれて、その姿を記憶の中で見届けながら、ミアは心の中の兄に語り続ける。
罪深さを自覚して尚、諦められない貪欲さをどうか許して欲しい。
(……兄さん。魅朱も、幸せになっていいかな)
痛みがなくなる事はなく、懺悔は心の中にある、ただ夢見る空間だけでも、せめて。
+
リアルブルーに戻り、玲瓏(ka7114)は日々を過ごしていた。
家族も住居もある、職場にだって復帰する事が出来たけれど、自覚出来るぎこちなさはどうしても拭い去る事が出来ない。
周囲は良くしてくれてると思うけれど、五年間は余りにも長すぎて、それは知識から人間関係にまで至って。
追いつこうと必死になる傍らで、心は少しずつ疲弊していった。
カルテを傍らに置き、少し温度が抜けたお茶を手に取る。
数秒ほどの休憩時間の中で、玲瓏はかつての思い出に浸っていた。
東方でお世話になった医師、そこで目にした人々の笑顔。
ふと放浪の生き方が浮かんだ、山姥の山廻りのように、医療過疎の地域を四季と共に巡るのもいいんじゃないかと。
心が惹かれればじっとしてられなくて、ついにはかの医師に手紙を送り、紅の世界に舞い戻る手はずを整えてしまった。
去る事への寂しさはない、ただ自身の未来が向こうに在ると確信する意志だけがある。
転送門を前にして狛犬に手を伸ばし、玲瓏はふっと笑みを零した。
玲瓏の席は此処にある、自身の運命は狂わされたのではなく、この世界に導かれたのだろう。
+
吐息と共にアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はアジトを見上げる。
まだ誰も来ておらず、一番乗り。
どこがいいかなと散々悩んだのだけれど、結局は当たり前のように、アジト前となっていた。
帝国は今変革に揺れている、自身も実家に戻らざるを得ず、最早小隊を維持する事は難しい。
ならば、この機会にお別れと解散をするべきだと考えた、感傷……があるかどうかはよくわからなかったけれど、名残惜しいという気持ちは全く無い訳でもない気がしたから、きっとあるのだろう。
「あら、まだ殆ど来てないのね」
「アオちゃん」
沢城 葵(ka3114)はさほど気負った様子もなく、いつもと同じ気安さで会釈をする。
隊員達はこれから各々の道を歩くのだろう。
転移組は戻る人もいるし戻らない人もいる、確かめるように葵にも尋ねれば。
「流石に一回は向こうに帰るわね」
社長だった葵は自分の会社がどうなっているか確かめないといけない、最悪トップ不在で畳まれてるかもしれないし、何にせよ状況を知っておかない事には次の動きを決める事も出来ない。
「まだ在ったら……そうね、会社を守ってくれた部下達の慰労会とか、これからの話し合いとか……」
引き立て上手で気配り上手、それでいて舵取りはちゃんとしてるから、葵はきっとすぐに自分の好きなものを手元に取り戻すのだろう。
次に会う時は、今度こそ会社代表かもしれない。
「なになに? 葵さんの会社のお話?」
弾む声で今度はジュード・エアハート(ka0410)がアジト前にやってくる、後ろからはゆっくりとした足取りでエアルドフリス(ka1856)がついてきていた。
「社長に戻れたらこっちと商売でもしようと思ってね」
「わぁ、お洋服だよね」
リアルブルーのお洋服いっぱい欲しいという希望を隠す気もなく、ジュードは胸前で手を合わせる。
その時はまた見立てて欲しいなとおねだりすれば、いいわよと葵も気安く請け負った。
「俺もねー、極楽鳥を同盟以外の場所にも広げようと思ってて」
ジュードが店長を務める店の話だ、ハンターも続けるつもりのようで、店を大きくしながらエアさんを待つのだと包容力の滲む顔で宣言を果たす。
ずっと見守ってきた隊員達にとっても二人の事は他人事ではない、一斉に視線を向けられればエアは「ん」と軽い頷きを返して、自身の決断を明かした。
「俺は旅に戻る」
悩む事は多くあった。ジュードとの事、抱えてきたものとの折り合い、それをどうするべきかずっと考えて、原点に戻るようにして、エアは自身の未来を選択していた。
「俺は旅の薬師だからな」
夢見た未来は決して軽くなかったけれど、自身が志した事はやはり同じように重かった。
でもそれは今までの事を手放す訳じゃない、貰ったものを全て胸の内に抱えながら、旅路を新たに続けていくだけ。
だからジュードに言付けてくれればいつでも駆けつけようとエアは言う。
言葉を確かめるようにエアがジュードの方を向けば、それでいいとジュードが力強く頷いた。
「師匠」
「ユリアンか」
少し前から着いていたのか、ユリアン・クレティエ(ka1664)が小さく会釈する。
話は聞いていたのだろう、旅に出るのはユリアンも同じだったけれど、ユリアンが師に向ける眼差しは少しの名残惜しさを語っていた。
引き止める言葉は持っていないけれど、思い切りがいい訳でもない。
「不肖の師ですまなかったな」
ユリアンが少し目を見開いて、首を横に振った。感謝こそすれど謝られる筋合いなどない、足りないところがあるとしたら、それは多分自身の貪欲さが足りなかったのだ。
「いや……旅立つ直前になってなんだが、もっと教えられたんじゃないかって、そう思うよ」
叶うならもっと時間が欲しかった。
だがそれは今得られるものではなく、きっと将来二人で望んで道を重ねるものだ。
「一つ、忘れて欲しくない事がある」
迷ったら一番欲する事を為し給え、師より短く告げられた言葉にはそれだけの重みが込められている。
少し呆然としたユリアンはその重みに気づいて、真面目な顔と共に「はい」と力強い返事をした。
伝わったなら大丈夫、だからエアはその背中を二度叩いて見送る仕草をする。
「あんたは大丈夫さ、俺よりずっと筋がいい」
後二人が来て、今日来れるのだと言っていた面子は全て揃った。
藤堂研司(ka0569)とフレデリク・リンドバーグ(ka2490)を加えて、各々別れを告げていく。
「アルヴィンさん」
「ヤァ、向こうに帰るンだってネ」
アルヴィンよりかけられる言葉に、研司は短く頷いた。
「世話になった」
差し出される手を取れば、力強い感触が掌に刻まれる、藤堂氏らしいなぁと思ってると、隊服をこのまま貰ってもいいかと研司からの申し出があった。
「別に構わないケド」
「助かる」
もう少し突っ込んで聞けば、今はコックコートと隊服しか服の持ち合わせがないらしい。野戦服はかつて退職金のつもりでパクったものであり、少し前に『真っ当に生きる』ため返還したと語っていた。
「……本当は俺、最初にVOIDと戦った時、一度心が折れてるんだ」
紅の住人が覚醒したのは自然な事だろう。
葵は覚悟して覚醒者になったんだと思う。
だがかつての研司は勝てない事を認め、人間を諦めてしまったから、覚醒者になる事を選んだのだ。
「まだ五体満足で、死ぬまで戦った訳でもなかったのにな」
負け犬だったと研司は自嘲する、誰が何と言おうと、研司は自身の心境がそういうものだったと理解していた。
だから、これからの行動はその不名誉を返上する事を志す。それが果たされた時こそ胸を張って皆に会いに来ると、研司は朗らかな笑顔で宣言を告げた。
「約束だ、またな! 神託の素敵な仲間達よ!!」
『また会う時まで』、それぞれが別れを告げこの場を去っていく。
フレデリクだけは旅立ちを選んでいない。
エルフだから、長命だから、旅立っていく皆の事を何十年でも待ち続ける事が出来る。
「エアさん、ジュードさんを泣かせないでくださいね」
「当然だ」
「……女遊びは程々に!」
「ん゛っ……善処しよう」
本当ですよ! と頬を膨らませると、ジュードが大丈夫だよと示すように笑って手を振る。
その大丈夫がどっちの意味なのかは、フレデリクはおろかエアにさえ多分わからない。
「俺がここまで強くなれたのは皆のお陰だよ」
寂しさがない訳でもない、だがそれ以上に支えて貰って、ジュードは待ち受けるための港を志す事が出来るようになった。
店を広げ、大きくするのも自身の夢と誇りのため。港は栄えてる方が寄り甲斐があるだろうしと悪戯っぽく言う一方で、すぐにその顔はくしゃくしゃになって、皆有難う、大好きだよと仲間を一人ずつ抱擁して回っていた。
「師匠、必ず追いつきます」
「そうか」
学ぶことはたくさんある、これからは蒼の世界の医療技術がなだれ込み、師が語る薬品の怖さ、変化への考え方と向き合う事になるだろう。
師匠の門下生を名乗る事が目標だと言えば、エアは流石に照れくさそうに苦笑するが、やめろとは言わなかった。
三年の目標と共に短い別れを告げて、ユリアンは待ち合わせをしてるらしき誰かのところへ向かう、きっと皆が知る彼女のところだろう。
「皆に会えたのは望外の幸運だったわ」
葵の挨拶は爽やかで後を引かない。
またいつかこの面子で集まってバカ騒ぎ、しましょ? と告げる彼女らしいものだった。
ジュードとエアもそれぞれ去っていく、後はきっと、フレデリクにアルヴィン自身が見送られるだけだ。
「隊長……お疲れ様でした」
帝国での事を含めてエールを送るフレデリクに、アルヴィンは有難うと微笑みを返す。
別れを告げる前にフレデリクは困ったように笑って、視線を彷徨わせた。
「なんて言えばいいか……最後だし素で話していい?」
「モチロン」
「うん……あのね、兄さんの店を手伝いながら、機導術の勉強をしようと思うんだ」
今までとそんなに変わらないと言いながら、口にしたのは「変わらず待ってる」と伝えたいためだろう。
「色々あったけど楽しかったな……皆と会えて本当によかった! ありがとう!」
朗らかに告げられる言葉。誰一人として旅立ちにさようならを言う事はない。
「手紙……送ってきていいからね!」
+
買い込むものを選別しながら、ルナ・レンフィールド(ka1565)はユリアンを待っていた。
多分大丈夫だと思うけれど、慣れないうちは彼に答え合わせをしてもらえればと思う。
未だ知らぬ旅路の事を思えば動悸が膨らむ、不安が全くない訳でもないけれど、それよりは期待で笑みが溢れるばかりだった。
「お待たせ」
かけられる声に振り向けば、ルナは笑顔を輝かせる。
ご挨拶は済みましたか? と尋ねれば頷きが返り、自然な仕草で荷物を持ち上げる彼の後ろを、ルナはわたわたとついていった。
傍らで見上げれば彼もルナに視線を落としている、ふっと優しげに笑いかけられたから、ルナは彼の腕に手を伸ばし、そっと手を重ね合わせた。
「最初、どこに行きましょうか?」
ルナの心の中で、貴方と一緒ならどこにでもと言葉が続く。
旅路の予定は殆どが空白、ユリアンはそれを確かめながら決めていこうと思っていた。
数秒ほど目を閉ざして風に耳を傾ける。
未来に生きる理由をくれたルナと共に、まずは。
「北へ」
+
里帰りのため、時音 ざくろ(ka1250)は妻たちを連れてリアルブルーへの転移門へと向かっていた。
見目華やかで賑やかな一団はそこそこ注目を浴びていたが、気にしているのは恥ずかしがり屋のざくろだけで、周囲の女の子は気にする様子もない。
表情こそ動かなかったが時音 リンゴ(ka7349)は静かにリアルブルーへの興味を示し、その傍らで時音 巴(ka0036)がもったいぶるような笑みを見せる。
リアルブルーへの想いは色々あったのだけれど、とりあえずざくろにとっては心配の方が大きい。
両親や皆の事が気にかかるし、向こうの世界で何があったかの説明となれば更に前途多難だ。
何しろざくろは向こうにいる間に結婚していて、妻が複数いて、孫まで出来ている。いわば今回の里帰りは自分の両親と、お嫁さんの両親への事後報告なのだ、怒られるか驚かれるかのどっちかはまず確実だろう。
何発殴られるだろうか、いや殴られるだけで済むのだろうか。
しかし逃げるわけにはいかない、全てを覚悟して決めたのはざくろ自身なのだ。
ぶるぶると震えるのは半分くらい武者震いという事にして欲しい。
自身の家の面倒くささを知っている巴は、皆の気を削がぬように敢えて笑っているだけだけど、茶化す一方でどことなくざくろならなんとかしてくれると信頼してるようにも思える。
「主様であればきっと大丈夫です」
本当? とざくろが縋るような目線を向けてしまうが、リンゴは迷いもせずにはいと頷いて見せる。
「だって主様ですから」
圧倒的無根拠。圧倒的信頼を喜ぶべきかどうかわからなくて、ざくろは乾いた笑いと共に肩を落とす。
アルラウネ(ka4841)は特に口を挟む事なく、ちらりと視線を向けただけ。それでも話は聞いていたから、ざくろが少しでも楽になるように、必要な時はリンゴを連れて別行動をしようと思っていた。
「……うん、ざくろ頑張るね」
落ち着いたら皆でリアルブルーを見て回ろうと微笑みを見せ、リンゴはこくこくと頷き、主の世界を、主自ら案内してもらえる歓びで頬を染める。
「最低限の荷物しか持ってこなかったから、向こうの服を見たいわ」
「ん……そうね、色々見ましょうね?」
アルラウネに応じる巴の微笑みはどこか妖しいものを含んでいるように思える。
リアルブルー、それも日本となればこの手の娯楽には事欠かない。とは言え、どんな際どいものを渡されても、アルラウネならしれっと着てしまうのだろうが。
これからの予定を話し合い、女性陣がはしゃぎながら進む中、あっと思い出したようにざくろがアルラウネを呼び止める。
「その、アルラの家族にも、いつか……」
「うちの家族なら手紙で十分よ?」
飛び出した身だし、と言えばざくろは気遣わしげに顔を曇らせた。
「本当に? アルラは気遣い屋さんだから……」
「本当よ」
ざくろの心配を吹き飛ばすように小さく笑って、アルラは身を翻し、行きましょとざくろに手を伸ばした。
アルラは明るくて優しい、お姉さんのような素敵な人。彼女が先行した二人に声をかけるのを見ながら、ざくろは女の子達の後を追っていた。
+
雪積もる街を、ジャック・エルギン(ka1522)とリンカ・エルネージュ(ka1840)は二人で歩く。
目指すのはリンカの故郷、穏やかな間に少しの緊張があり、それが二人の言葉をいつもより減らしている。
今から、ジャックはリンカの家族に嫁取りの挨拶をしに行く。
無言だからって今更気まずくなるような関係性でもなかったけれど、それでもジャックを気遣うリンカは、わざとおどけた様子で「緊張してる?」と肩に頭を寄りかからせた。
「ああ」
虚勢も何もなくジャックが素直に頷く、そのストレートさにリンカは少しどきっとして彼の顔を見つめていたけれど、邪神戦より緊張していると彼に言われれば、ぷっと思わず吹き出した。
可愛いなぁとか嬉しいなぁとか浮かんで口元が緩むが、リンカは最初に「大丈夫だよ」と安心してもらう言葉を口にする。
だって自分がついている、今までもそうだったし、これからもそうだと二人で決めていた。
頬に冷たいものが触れ、見上げれば雪がはらはらと落ちてきていた。
「雪か……」
呟くジャックの声が耳に届く、指先を包む体温に視線を落とせば、彼が自身の手を握っていた。
「……行くか」
「……ん」
くすぐったげに笑い、二人寄り添って歩く。
足元を気遣いながらも、手を繋いだ理由はそれだけじゃなかった。
二人で行こうと決めた未来を象徴するように、手を堅く繋ぎ合わせる。
「リンカは緊張していないのか?」
「ジャックさんほどではないかなぁ」
二人で生きる未来で、お店を開こう。
ジャックが雑貨と細工物を作り、リンカがアロマと魔法薬を作るお店。
思いつきを話して、改良するべきところがあったら二人で考えて。
店の内装も、何を作るかも、二人で話し合って決めよう。
未来の夢を語り合えば、いつしか緊張も消え、いつもの二人になっていた。
二人一緒だから大丈夫、きっと賑やかで強く、幸せにやっていける。
+
長い時間を過ごした工房を見渡し、仙堂 紫苑(ka5953)は感慨深げな息を漏らす。
幾つか面影は残っているものの、私物は全て運び出され、かつて寝起きしていた場所はすっかりがらんとしてしまっていた。
これが終わりじゃないことはわかっていたけれど、やはり幾らかの寂しさは禁じ得ない。
紫苑が暫しの感傷に浸っていると、アルマ・A・エインズワース(ka4901)が心配したのか、ひょこっと様子を見に来ていた。
「大丈夫です? もう少しいたいなら付き合いますけど……」
「いや、大丈夫だ」
呼びに来てくれたのも、腹を決めるにはちょうど良かったと紫苑はアルマを促して外に出た。
今日は二人の共同生活最終日。
これからアルマは妻との新居に移り、紫苑は東方で領主を務める事になる。
「シオン。今更ですけど……色々、本当にありがとう」
アルマは人懐っこくありながら、時々真面目で繊細さも内包している。
そんなアルマを支え甲斐があると思い、彼からも多くを気づかせて貰ったのだと思いながら、紫苑は微笑んで力強い言葉を返した。
「俺の方もありがとな、小隊に誘ってもらってから色々と変わったよ」
小隊に参加しなかったら、紫苑は集団戦闘の方が得意だと気づく事もなかった。
作戦立案でそこそこ戦果を上げているのも、仲間をどう活かすか考え抜いた結果だ。
「シオンがいてくれなきゃ、今の僕はなかったなーって思ったです」
にへとしたアルマの笑顔に、こっちもだよと紫苑は軽口で返す。
日常でも戦場でも、二人は相棒で、アルマにとって大切な参謀だった。これから少し離れ離れになるけど、別れという訳でもない。
「僕、遊びに行くですー。シオンも遊びに来るです!」
「転移門もあるし、すぐまた会えるさ。どうせ魔導機械の調達は帝国でする事になるだろうし」
向こうはこの帝国の工房ほど設備が整っている訳ではなかったから、紫苑はきっと暫し忙しくなる。
少ししんみりしながらアルマに声をかけ、じゃあなと転移門の方へと足を向けた。
「わふーっ。シオン、またですー!」
力いっぱいかけられる声に振り返って、ぶんぶんと振り回される手にふっと笑い、紫苑も空いた手を振り返す。
忙しいと言っても長くて一ヶ月くらいだろう、その時には落ち着くはずだ。
…………。
「シオンー! お手伝いにきましたですー!」
余韻時間、多分半日くらい。
転移門を使って突撃してきた相棒を驚きもせずに迎え、紫苑はわかっていたとばかりの笑いを上げる。
「ハハッ、いつもと変わんねーな」
なんとなく来る気はしていた、相棒だから、わかってしまうのだ。
まるで普通の男子高生のようで、でももうそうじゃなくて。居間からぞろぞろと見送りに来る両親に、鬼塚 陸(ka0038)は思わず苦笑を漏らしていた。
全てが起きるまでのかつて、リクが両親に見送られて出かけることなどなかった。
お互いの繋がりは毎朝食事代として食卓に置かれる千円札だけ、無関心、或いは失望を示すように、彼らは総じてリクより早く家を出ていた。
自分が受験勉強に成功してたらああはならなかったのだろうか、怒りではなく、ただ期待に応えられなかった不甲斐なさが疼きとして僅かに残っている。
その後リクは転移に巻き込まれ、姿を消すこと数年、連邦議会を占拠した姿を見て、彼らは何を思っただろう。
ただ帰還の報告をしに行った時、ガチ泣きされたことははっきり覚えているいる。
多くを語ることはまだ難しそうだったけれど、きっとあの時に何かが溶け始めた。
何かを言いたげに、しかし何も言えずにいる二人に、リクは精一杯の穏やかさで「行くよ」と告げた。
「……すぐ帰ってくるから」
この言葉が支えになれるかはわからない、でも今は彼らに向けて精一杯をしたいと思っている。
取り戻せないものがあっても、新たにつかめるものもきっとあるから。
だから。
「――行ってきます」
+
薄紅色に敷き詰められた日本の桜並木を、ミィリア(ka2689)はてくてくと歩いていた。
話で聞く事の方が多かったリアルブルーの世界を、こうして歩けることがなんとも感慨深い。
誰もいないのをいいことに、ミィリアは思いっきり伸びをして空気を吸い込んだ。
――此処がおじいちゃんの生まれた世界。
どっちがいいかなんて比べられっこないけど、違うことなき美しい世界だと思う。
これは恩師の実家を目指す旅道。
彼はミィリアがハンターになる前に、紅の世界で天寿を全うした。リアルブルーに帰る事は叶わなかったけれど、彼の話を、彼の生き様を家族の元に持ち帰ればと思っている。
大好きなおじいちゃんだった。
ミィリアに「春霞」というもうひとつの名前をくれた、同じ響きの孫がいると、家族の事を誇らしげに語っていた。
記憶にある語り口から、きっといい人達であると確信出来る。
風が吹いて桜の花びらがふわりと舞い上がる。可憐に空へと駆けていくそれを見送りながら、ミィリアはふっと口元を綻ばせた。
貰った名前と、『桜のように在れ』という言葉、今なら胸を張って誇れるから。
(……いざ出発! でござる!!)
+
邪神との戦いの後、ハンター部隊に加わったGacrux(ka2726)はずっとグラウンド・ゼロでの活動を続けていた。
いつ終わるかもわからない日々だけれど、想うものがあるから、多分苦しくはない。
少し時間が取れそうな1028年のある日に、Gacruxは仲間に暫し休暇を取る事を伝え、僅かな荷物と共に短い旅行へと赴いていた。
転移門への馬車に乗り込む、首元に手を遣れば、いつもと変わらぬペンダントの感触。
死に別れた両親の形見、父が親から譲り受け、母に贈られた大切なもの。ルースに使われてるブラックオパールはリアルブルーの特定の地方でしか産出されない石だと鑑別されていた。
石の事を想うと同時に、Gacruxの思考は浅く思い出の中に沈んでいく。
かつての思い出の中、父の部屋はリアルブルーの転移物に溢れていた。
どれもが見たことのないもの、普段見ることのないもので、不思議と未知はその部屋を夢溢れるものとして映していた。
語り口もあったのだろうが、父が語るリアルブルーもやはり夢に満ちていて。父は幼い自分に、リアルブルーの南十字星が船乗りの道標だと教えてくれた。
今の名はその南十字星を想い、自分でつけたもの。
今から自分はその星を見にリアルブルーへ向かい、自分のルーツを確かめに行く。
トランクと飛行機チケットを片手に、目指すは豪州、エアーズロックへと。
+
待機列の歩みに合わせて、鞍馬 真(ka5819)は少しずつ足を進めていく。
少しばかり手持ち無沙汰だったけれど、これからの事を想えば胸が踊るから、意外と退屈でもなかった。
二つの世界が行き来出来るようになった現在、真と親友はそれぞれ違う世界で生きる事を選択した。
親友はリアルブルーに帰り、真はクリムゾンウェストに残る。
理由について真が多くを語る事はなかったけれど、ただ、戦いを経て、変わったことが一つあるのだと思う。
多分、少し強くなった。引退して引きこもってもいいと思った瞬間だってあったのだけれど、それを振り払えるくらいに前向きに生きられるようになったと思っている。
今の自分は、会いに行く親友に何を話そうかとても楽しみにしている。
自分の事を話したいし、彼の話も聞きたい。腕いっぱいのお土産と思い出を抱えて、真は世界間の転移門へと歩みを進めていく。
世界が違っててもいい、道を違えても構わない。そう強く想えるくらいに、心は繋がっているのだから。
+
数カ月ぶりにリゼリオの土地を踏む。
耳にする潮騒がセレン・コウヅキ(ka0153)にとっては懐かしいような、落ち着くような。
町並みもさぞかし相変わらずなのだと思って視界を巡らせたけれど、記憶の中とほんの少しズレがあった気がして、セレンはおやと気を惹かれていた。
少し歩みを進め、リゼリオを巡っていく。
貿易でも増えたのか活気に満ちている、ギルド街は少し縮小した気がして、通り過ぎていく人々は少し民間人が増えただろうか。
変わっていく街に一抹の感傷を覚えながら、セレンはかつての思い出を噛みしめていた。
リアルブルーから引き離された直後、誰もが恐慌の中にあり、誰もが生きようと必死だった。
迷いと後悔を乗り越え、多くの出会いと別れがあって、セレン達はここまで辿り着いたのだ。
一度はリアルブルーへの帰還を果たしたけれど、結局は平穏が落ち着かず、セレンは再び紅の世界に舞い戻っている。
友人達に会いたいなと、ふとした思いつきが囁く。今から? と自身に問いかけるけれど、少しの苦笑が浮かび、もう少し後にしようと思い直していた。
だって彼らは本当に騒がしいから、会ったらセレンはきっとすぐに飲み込まれてしまう。
もう少しは帰ってきた感触をかみしめて、この世界のために出来る事を探そう。
世界の状況を調査する部隊があると聞く、そこでならセレンの仕事もみつかるだろう。
+
あの戦いに、自分は何を言えただろう。
暴食王との戦いに反対していたシェリル・マイヤーズ(ka0509)だけれど、結局人類は、彼と戦う道を選んでいた。
戦いは終わった、でも心の整理はつけられていない、今一度自分の在り方を見つめ直すために、シェリルは旅に出る事を決意していた。
傍らには幻獣とCAM、旅の伴には親友たちを。
シェリルの見た世界はまだまだ小さくて、ヒトのココロはとても広くて。だから邪神のいない世界を旅して、もっと人の心に触れたいと思っていた。
横切る風が短くなった髪を揺らす。
髪を切った、小さい頃に使っていた「シェリー」という愛称を使うようになった。
少し童年返りしたかのような姿は、小さな私が一緒にいてくれるかのようで心が浮き上がった。
この心のままに、多くを見て、多くに触れたいと思う。
そして、いつかいっぱいの笑顔にたどり着ければいい。
すり寄ってくる幻獣に笑いかける。
旅路は幸福な方がいいから、食料はいっぱい持とう。
戦いだけじゃない何かを見つけるために、私の新たな世界を、ここから始めよう。
+
戦いが終わった翌年の夏、カフカ・ブラックウェル(ka0794)は故郷の村から旅立っていた。
携えるのは父親から譲り受けた古びてるけど頑丈で大きなトランク、もう既に見えなくなっている村の方角を、心の中でだけ振り返る。
妹は、この世でたった一人の『対』は、笑顔と力強い言葉でカフカを送り出してくれた。
カフカの事を信じている、だから離れても大丈夫。
死なないように、無茶しないように――それだけを言付かっている。
『生きている限り、世界のどこに居たって繋がっているから』
もしかしたらカフカの方が感傷は深いのか、いつの間にか妹に追い抜かれてしまったかもしれない事に口元を緩め、カフカは負けないようにとしっかり前を向く。
妹が信頼してくれたように、妹がそうであったように、きっと大丈夫――。
向かう先は極彩色の街ヴァリオス。
かの街にはカフカが支え続け、カフカが愛した女性がいる。
彼女への愛を、その覚悟を示すために――カフカはヴァリオスを第二の故郷に定めていた。
だから、この旅路は彼女への愛を示すための第一歩。
どんな困難が立ちはだかっても、カフカはその先に辿り着いてみせる。
+
故郷からの帰り道をミア(ka7035)はぎこちなく歩く。
村から離れて随分経ったはずなのに、高揚は収まらず、指先は震えっぱなし。
もういいだろうか、大丈夫だろうか、そう思っても感情を爆発させる事は出来ず、ひたすら強がりながら歩いてきた。
故郷に帰り、ミアは現村長に自分は次期村長にならないと告げてきた。
これまでの自分を否定する言葉を口にするのは勇気が必要だったけれど、ミアは魅朱を名乗り、自分が得た家族と共に生きる事を宣言して来た。
未だ燻るかすかな怯えと罪悪感、ミアを責める言葉は、全て自分の内から来ていた。
村長になるために、かつて双子の兄を手にかけた。
あの時の事を毎日のように思い、共に逃げ出さなかったを後悔していた。
なのに、全てを反故にした事を受け止めれば、ついにミアは膝をついた。
数え切れない謝罪の中で、兄に似た人の事を想う。
優しくて頼りになる人で、初めて抱きしめて貰った時、本当は内心泣きそうになっていた。
その人は大好きなお姉ちゃんと結ばれて、その姿を記憶の中で見届けながら、ミアは心の中の兄に語り続ける。
罪深さを自覚して尚、諦められない貪欲さをどうか許して欲しい。
(……兄さん。魅朱も、幸せになっていいかな)
痛みがなくなる事はなく、懺悔は心の中にある、ただ夢見る空間だけでも、せめて。
+
リアルブルーに戻り、玲瓏(ka7114)は日々を過ごしていた。
家族も住居もある、職場にだって復帰する事が出来たけれど、自覚出来るぎこちなさはどうしても拭い去る事が出来ない。
周囲は良くしてくれてると思うけれど、五年間は余りにも長すぎて、それは知識から人間関係にまで至って。
追いつこうと必死になる傍らで、心は少しずつ疲弊していった。
カルテを傍らに置き、少し温度が抜けたお茶を手に取る。
数秒ほどの休憩時間の中で、玲瓏はかつての思い出に浸っていた。
東方でお世話になった医師、そこで目にした人々の笑顔。
ふと放浪の生き方が浮かんだ、山姥の山廻りのように、医療過疎の地域を四季と共に巡るのもいいんじゃないかと。
心が惹かれればじっとしてられなくて、ついにはかの医師に手紙を送り、紅の世界に舞い戻る手はずを整えてしまった。
去る事への寂しさはない、ただ自身の未来が向こうに在ると確信する意志だけがある。
転送門を前にして狛犬に手を伸ばし、玲瓏はふっと笑みを零した。
玲瓏の席は此処にある、自身の運命は狂わされたのではなく、この世界に導かれたのだろう。
+
吐息と共にアルヴィン = オールドリッチ(ka2378)はアジトを見上げる。
まだ誰も来ておらず、一番乗り。
どこがいいかなと散々悩んだのだけれど、結局は当たり前のように、アジト前となっていた。
帝国は今変革に揺れている、自身も実家に戻らざるを得ず、最早小隊を維持する事は難しい。
ならば、この機会にお別れと解散をするべきだと考えた、感傷……があるかどうかはよくわからなかったけれど、名残惜しいという気持ちは全く無い訳でもない気がしたから、きっとあるのだろう。
「あら、まだ殆ど来てないのね」
「アオちゃん」
沢城 葵(ka3114)はさほど気負った様子もなく、いつもと同じ気安さで会釈をする。
隊員達はこれから各々の道を歩くのだろう。
転移組は戻る人もいるし戻らない人もいる、確かめるように葵にも尋ねれば。
「流石に一回は向こうに帰るわね」
社長だった葵は自分の会社がどうなっているか確かめないといけない、最悪トップ不在で畳まれてるかもしれないし、何にせよ状況を知っておかない事には次の動きを決める事も出来ない。
「まだ在ったら……そうね、会社を守ってくれた部下達の慰労会とか、これからの話し合いとか……」
引き立て上手で気配り上手、それでいて舵取りはちゃんとしてるから、葵はきっとすぐに自分の好きなものを手元に取り戻すのだろう。
次に会う時は、今度こそ会社代表かもしれない。
「なになに? 葵さんの会社のお話?」
弾む声で今度はジュード・エアハート(ka0410)がアジト前にやってくる、後ろからはゆっくりとした足取りでエアルドフリス(ka1856)がついてきていた。
「社長に戻れたらこっちと商売でもしようと思ってね」
「わぁ、お洋服だよね」
リアルブルーのお洋服いっぱい欲しいという希望を隠す気もなく、ジュードは胸前で手を合わせる。
その時はまた見立てて欲しいなとおねだりすれば、いいわよと葵も気安く請け負った。
「俺もねー、極楽鳥を同盟以外の場所にも広げようと思ってて」
ジュードが店長を務める店の話だ、ハンターも続けるつもりのようで、店を大きくしながらエアさんを待つのだと包容力の滲む顔で宣言を果たす。
ずっと見守ってきた隊員達にとっても二人の事は他人事ではない、一斉に視線を向けられればエアは「ん」と軽い頷きを返して、自身の決断を明かした。
「俺は旅に戻る」
悩む事は多くあった。ジュードとの事、抱えてきたものとの折り合い、それをどうするべきかずっと考えて、原点に戻るようにして、エアは自身の未来を選択していた。
「俺は旅の薬師だからな」
夢見た未来は決して軽くなかったけれど、自身が志した事はやはり同じように重かった。
でもそれは今までの事を手放す訳じゃない、貰ったものを全て胸の内に抱えながら、旅路を新たに続けていくだけ。
だからジュードに言付けてくれればいつでも駆けつけようとエアは言う。
言葉を確かめるようにエアがジュードの方を向けば、それでいいとジュードが力強く頷いた。
「師匠」
「ユリアンか」
少し前から着いていたのか、ユリアン・クレティエ(ka1664)が小さく会釈する。
話は聞いていたのだろう、旅に出るのはユリアンも同じだったけれど、ユリアンが師に向ける眼差しは少しの名残惜しさを語っていた。
引き止める言葉は持っていないけれど、思い切りがいい訳でもない。
「不肖の師ですまなかったな」
ユリアンが少し目を見開いて、首を横に振った。感謝こそすれど謝られる筋合いなどない、足りないところがあるとしたら、それは多分自身の貪欲さが足りなかったのだ。
「いや……旅立つ直前になってなんだが、もっと教えられたんじゃないかって、そう思うよ」
叶うならもっと時間が欲しかった。
だがそれは今得られるものではなく、きっと将来二人で望んで道を重ねるものだ。
「一つ、忘れて欲しくない事がある」
迷ったら一番欲する事を為し給え、師より短く告げられた言葉にはそれだけの重みが込められている。
少し呆然としたユリアンはその重みに気づいて、真面目な顔と共に「はい」と力強い返事をした。
伝わったなら大丈夫、だからエアはその背中を二度叩いて見送る仕草をする。
「あんたは大丈夫さ、俺よりずっと筋がいい」
後二人が来て、今日来れるのだと言っていた面子は全て揃った。
藤堂研司(ka0569)とフレデリク・リンドバーグ(ka2490)を加えて、各々別れを告げていく。
「アルヴィンさん」
「ヤァ、向こうに帰るンだってネ」
アルヴィンよりかけられる言葉に、研司は短く頷いた。
「世話になった」
差し出される手を取れば、力強い感触が掌に刻まれる、藤堂氏らしいなぁと思ってると、隊服をこのまま貰ってもいいかと研司からの申し出があった。
「別に構わないケド」
「助かる」
もう少し突っ込んで聞けば、今はコックコートと隊服しか服の持ち合わせがないらしい。野戦服はかつて退職金のつもりでパクったものであり、少し前に『真っ当に生きる』ため返還したと語っていた。
「……本当は俺、最初にVOIDと戦った時、一度心が折れてるんだ」
紅の住人が覚醒したのは自然な事だろう。
葵は覚悟して覚醒者になったんだと思う。
だがかつての研司は勝てない事を認め、人間を諦めてしまったから、覚醒者になる事を選んだのだ。
「まだ五体満足で、死ぬまで戦った訳でもなかったのにな」
負け犬だったと研司は自嘲する、誰が何と言おうと、研司は自身の心境がそういうものだったと理解していた。
だから、これからの行動はその不名誉を返上する事を志す。それが果たされた時こそ胸を張って皆に会いに来ると、研司は朗らかな笑顔で宣言を告げた。
「約束だ、またな! 神託の素敵な仲間達よ!!」
『また会う時まで』、それぞれが別れを告げこの場を去っていく。
フレデリクだけは旅立ちを選んでいない。
エルフだから、長命だから、旅立っていく皆の事を何十年でも待ち続ける事が出来る。
「エアさん、ジュードさんを泣かせないでくださいね」
「当然だ」
「……女遊びは程々に!」
「ん゛っ……善処しよう」
本当ですよ! と頬を膨らませると、ジュードが大丈夫だよと示すように笑って手を振る。
その大丈夫がどっちの意味なのかは、フレデリクはおろかエアにさえ多分わからない。
「俺がここまで強くなれたのは皆のお陰だよ」
寂しさがない訳でもない、だがそれ以上に支えて貰って、ジュードは待ち受けるための港を志す事が出来るようになった。
店を広げ、大きくするのも自身の夢と誇りのため。港は栄えてる方が寄り甲斐があるだろうしと悪戯っぽく言う一方で、すぐにその顔はくしゃくしゃになって、皆有難う、大好きだよと仲間を一人ずつ抱擁して回っていた。
「師匠、必ず追いつきます」
「そうか」
学ぶことはたくさんある、これからは蒼の世界の医療技術がなだれ込み、師が語る薬品の怖さ、変化への考え方と向き合う事になるだろう。
師匠の門下生を名乗る事が目標だと言えば、エアは流石に照れくさそうに苦笑するが、やめろとは言わなかった。
三年の目標と共に短い別れを告げて、ユリアンは待ち合わせをしてるらしき誰かのところへ向かう、きっと皆が知る彼女のところだろう。
「皆に会えたのは望外の幸運だったわ」
葵の挨拶は爽やかで後を引かない。
またいつかこの面子で集まってバカ騒ぎ、しましょ? と告げる彼女らしいものだった。
ジュードとエアもそれぞれ去っていく、後はきっと、フレデリクにアルヴィン自身が見送られるだけだ。
「隊長……お疲れ様でした」
帝国での事を含めてエールを送るフレデリクに、アルヴィンは有難うと微笑みを返す。
別れを告げる前にフレデリクは困ったように笑って、視線を彷徨わせた。
「なんて言えばいいか……最後だし素で話していい?」
「モチロン」
「うん……あのね、兄さんの店を手伝いながら、機導術の勉強をしようと思うんだ」
今までとそんなに変わらないと言いながら、口にしたのは「変わらず待ってる」と伝えたいためだろう。
「色々あったけど楽しかったな……皆と会えて本当によかった! ありがとう!」
朗らかに告げられる言葉。誰一人として旅立ちにさようならを言う事はない。
「手紙……送ってきていいからね!」
+
買い込むものを選別しながら、ルナ・レンフィールド(ka1565)はユリアンを待っていた。
多分大丈夫だと思うけれど、慣れないうちは彼に答え合わせをしてもらえればと思う。
未だ知らぬ旅路の事を思えば動悸が膨らむ、不安が全くない訳でもないけれど、それよりは期待で笑みが溢れるばかりだった。
「お待たせ」
かけられる声に振り向けば、ルナは笑顔を輝かせる。
ご挨拶は済みましたか? と尋ねれば頷きが返り、自然な仕草で荷物を持ち上げる彼の後ろを、ルナはわたわたとついていった。
傍らで見上げれば彼もルナに視線を落としている、ふっと優しげに笑いかけられたから、ルナは彼の腕に手を伸ばし、そっと手を重ね合わせた。
「最初、どこに行きましょうか?」
ルナの心の中で、貴方と一緒ならどこにでもと言葉が続く。
旅路の予定は殆どが空白、ユリアンはそれを確かめながら決めていこうと思っていた。
数秒ほど目を閉ざして風に耳を傾ける。
未来に生きる理由をくれたルナと共に、まずは。
「北へ」
+
里帰りのため、時音 ざくろ(ka1250)は妻たちを連れてリアルブルーへの転移門へと向かっていた。
見目華やかで賑やかな一団はそこそこ注目を浴びていたが、気にしているのは恥ずかしがり屋のざくろだけで、周囲の女の子は気にする様子もない。
表情こそ動かなかったが時音 リンゴ(ka7349)は静かにリアルブルーへの興味を示し、その傍らで時音 巴(ka0036)がもったいぶるような笑みを見せる。
リアルブルーへの想いは色々あったのだけれど、とりあえずざくろにとっては心配の方が大きい。
両親や皆の事が気にかかるし、向こうの世界で何があったかの説明となれば更に前途多難だ。
何しろざくろは向こうにいる間に結婚していて、妻が複数いて、孫まで出来ている。いわば今回の里帰りは自分の両親と、お嫁さんの両親への事後報告なのだ、怒られるか驚かれるかのどっちかはまず確実だろう。
何発殴られるだろうか、いや殴られるだけで済むのだろうか。
しかし逃げるわけにはいかない、全てを覚悟して決めたのはざくろ自身なのだ。
ぶるぶると震えるのは半分くらい武者震いという事にして欲しい。
自身の家の面倒くささを知っている巴は、皆の気を削がぬように敢えて笑っているだけだけど、茶化す一方でどことなくざくろならなんとかしてくれると信頼してるようにも思える。
「主様であればきっと大丈夫です」
本当? とざくろが縋るような目線を向けてしまうが、リンゴは迷いもせずにはいと頷いて見せる。
「だって主様ですから」
圧倒的無根拠。圧倒的信頼を喜ぶべきかどうかわからなくて、ざくろは乾いた笑いと共に肩を落とす。
アルラウネ(ka4841)は特に口を挟む事なく、ちらりと視線を向けただけ。それでも話は聞いていたから、ざくろが少しでも楽になるように、必要な時はリンゴを連れて別行動をしようと思っていた。
「……うん、ざくろ頑張るね」
落ち着いたら皆でリアルブルーを見て回ろうと微笑みを見せ、リンゴはこくこくと頷き、主の世界を、主自ら案内してもらえる歓びで頬を染める。
「最低限の荷物しか持ってこなかったから、向こうの服を見たいわ」
「ん……そうね、色々見ましょうね?」
アルラウネに応じる巴の微笑みはどこか妖しいものを含んでいるように思える。
リアルブルー、それも日本となればこの手の娯楽には事欠かない。とは言え、どんな際どいものを渡されても、アルラウネならしれっと着てしまうのだろうが。
これからの予定を話し合い、女性陣がはしゃぎながら進む中、あっと思い出したようにざくろがアルラウネを呼び止める。
「その、アルラの家族にも、いつか……」
「うちの家族なら手紙で十分よ?」
飛び出した身だし、と言えばざくろは気遣わしげに顔を曇らせた。
「本当に? アルラは気遣い屋さんだから……」
「本当よ」
ざくろの心配を吹き飛ばすように小さく笑って、アルラは身を翻し、行きましょとざくろに手を伸ばした。
アルラは明るくて優しい、お姉さんのような素敵な人。彼女が先行した二人に声をかけるのを見ながら、ざくろは女の子達の後を追っていた。
+
雪積もる街を、ジャック・エルギン(ka1522)とリンカ・エルネージュ(ka1840)は二人で歩く。
目指すのはリンカの故郷、穏やかな間に少しの緊張があり、それが二人の言葉をいつもより減らしている。
今から、ジャックはリンカの家族に嫁取りの挨拶をしに行く。
無言だからって今更気まずくなるような関係性でもなかったけれど、それでもジャックを気遣うリンカは、わざとおどけた様子で「緊張してる?」と肩に頭を寄りかからせた。
「ああ」
虚勢も何もなくジャックが素直に頷く、そのストレートさにリンカは少しどきっとして彼の顔を見つめていたけれど、邪神戦より緊張していると彼に言われれば、ぷっと思わず吹き出した。
可愛いなぁとか嬉しいなぁとか浮かんで口元が緩むが、リンカは最初に「大丈夫だよ」と安心してもらう言葉を口にする。
だって自分がついている、今までもそうだったし、これからもそうだと二人で決めていた。
頬に冷たいものが触れ、見上げれば雪がはらはらと落ちてきていた。
「雪か……」
呟くジャックの声が耳に届く、指先を包む体温に視線を落とせば、彼が自身の手を握っていた。
「……行くか」
「……ん」
くすぐったげに笑い、二人寄り添って歩く。
足元を気遣いながらも、手を繋いだ理由はそれだけじゃなかった。
二人で行こうと決めた未来を象徴するように、手を堅く繋ぎ合わせる。
「リンカは緊張していないのか?」
「ジャックさんほどではないかなぁ」
二人で生きる未来で、お店を開こう。
ジャックが雑貨と細工物を作り、リンカがアロマと魔法薬を作るお店。
思いつきを話して、改良するべきところがあったら二人で考えて。
店の内装も、何を作るかも、二人で話し合って決めよう。
未来の夢を語り合えば、いつしか緊張も消え、いつもの二人になっていた。
二人一緒だから大丈夫、きっと賑やかで強く、幸せにやっていける。
+
長い時間を過ごした工房を見渡し、仙堂 紫苑(ka5953)は感慨深げな息を漏らす。
幾つか面影は残っているものの、私物は全て運び出され、かつて寝起きしていた場所はすっかりがらんとしてしまっていた。
これが終わりじゃないことはわかっていたけれど、やはり幾らかの寂しさは禁じ得ない。
紫苑が暫しの感傷に浸っていると、アルマ・A・エインズワース(ka4901)が心配したのか、ひょこっと様子を見に来ていた。
「大丈夫です? もう少しいたいなら付き合いますけど……」
「いや、大丈夫だ」
呼びに来てくれたのも、腹を決めるにはちょうど良かったと紫苑はアルマを促して外に出た。
今日は二人の共同生活最終日。
これからアルマは妻との新居に移り、紫苑は東方で領主を務める事になる。
「シオン。今更ですけど……色々、本当にありがとう」
アルマは人懐っこくありながら、時々真面目で繊細さも内包している。
そんなアルマを支え甲斐があると思い、彼からも多くを気づかせて貰ったのだと思いながら、紫苑は微笑んで力強い言葉を返した。
「俺の方もありがとな、小隊に誘ってもらってから色々と変わったよ」
小隊に参加しなかったら、紫苑は集団戦闘の方が得意だと気づく事もなかった。
作戦立案でそこそこ戦果を上げているのも、仲間をどう活かすか考え抜いた結果だ。
「シオンがいてくれなきゃ、今の僕はなかったなーって思ったです」
にへとしたアルマの笑顔に、こっちもだよと紫苑は軽口で返す。
日常でも戦場でも、二人は相棒で、アルマにとって大切な参謀だった。これから少し離れ離れになるけど、別れという訳でもない。
「僕、遊びに行くですー。シオンも遊びに来るです!」
「転移門もあるし、すぐまた会えるさ。どうせ魔導機械の調達は帝国でする事になるだろうし」
向こうはこの帝国の工房ほど設備が整っている訳ではなかったから、紫苑はきっと暫し忙しくなる。
少ししんみりしながらアルマに声をかけ、じゃあなと転移門の方へと足を向けた。
「わふーっ。シオン、またですー!」
力いっぱいかけられる声に振り返って、ぶんぶんと振り回される手にふっと笑い、紫苑も空いた手を振り返す。
忙しいと言っても長くて一ヶ月くらいだろう、その時には落ち着くはずだ。
…………。
「シオンー! お手伝いにきましたですー!」
余韻時間、多分半日くらい。
転移門を使って突撃してきた相棒を驚きもせずに迎え、紫苑はわかっていたとばかりの笑いを上げる。
「ハハッ、いつもと変わんねーな」
なんとなく来る気はしていた、相棒だから、わかってしまうのだ。
依頼結果
依頼成功度 | 大成功 |
---|
面白かった! | 75人 |
---|
ポイントがありませんので、拍手できません
現在のあなたのポイント:-753 ※拍手1回につき1ポイントを消費します。
あなたの拍手がマスターの活力につながります。
このリプレイが面白かったと感じた人は拍手してみましょう!
MVP一覧
重体一覧
参加者一覧
サポート一覧
マテリアルリンク参加者一覧
依頼相談掲示板 | |||
---|---|---|---|
![]() |
依頼前の挨拶スレッド ミリア・クロスフィールド(kz0012) 人間(クリムゾンウェスト)|18才|女性|一般人 |
最終発言 2019/11/06 23:11:15 |