ゲスト
(ka0000)
【郷祭】緑の光に想いを寄せて
マスター:樹シロカ

- シナリオ形態
- ショート
- 難易度
- 普通
- オプション
-
- 参加費
1,500
- 参加制限
- -
- 参加人数
- 3~15人
- サポート
- 0~5人
- マテリアルリンク
- ○
- 報酬
- 普通
- 相談期間
- 5日
- 締切
- 2019/11/07 22:00
- 完成日
- 2019/11/30 02:53
このシナリオは5日間納期が延長されています。
みんなの思い出
思い出設定されたOMC商品がありません。
オープニング
●
邪神の脅威は去り、日常が戻る。
同盟の農業推進地域ジェオルジでは、今年も秋の収穫を祝う郷祭が開かれていた。
ジェオルジだけではなく、今年は同盟の各都市からもこの祭に何らかの形で関わりたいと望む声が届いていた。
心身ともに傷を負い、せめて何か明るい催しに参加したいという気持ちを持つ人もいたのかもしれない。
更には戦いで人が動き、食糧も多く求められている。
領主のセスト・ジェオルジ(kz0034)は評議会との相談や、商人たちの面会希望で忙殺されつつ、表情だけは相変わらず淡々と仕事をこなしていた。
そんなある日、セストをある女が尋ねてきた。
「アニタさんが? 入っていただいてください」
セストはいそいそと書類を片付け、女を出迎えた。
「お待ちしておりました」
「お久しぶり、領主サマ。あ、こっちは旦那のニーノね」
30がらみの色っぽい美女の隣で、実直そうな大男が、大きな荷物を背負って笑顔を見せる。
「これが頼まれていたものになります。如何ですか?」
ニーノが広げたのは、淡い緑色をした、薄い紙の束だった。
「綺麗ですね」
セストは満足そうにうなずく。
「なんでだろうね? 紙にしてもやっぱり緑色なんだよね、あのトウモロコシ……」
アニタが苦笑いを浮かべる。
セストが発見した「ヒスイトウモロコシ」はその名の通り、美しい緑色のトウモロコシだった。
味も良く、病気にも強いという理想的な作物なのだが、どういうわけか粉に挽いても蒸留酒にしても、鮮やかな緑色が抜けない。
というわけで作物としてはあまり売れず、アニタはバチャーレ村でこのトウモロコシを栽培し、利用法を考えるよう依頼されていた。
今回、セストから余った皮で紙を作ってみてほしいと頼まれて、完成品を持参したのである。
「それで、この紙をどうするの?」
「少々お待ちください」
セストは蝋燭に火をつけると、紙を一枚取り上げ、燭台を覆うように立てかける。
それから分厚いカーテンを閉めた。
「綺麗!」
アニタが歓声を上げた。
蝋燭の明かりが緑の薄紙を通して柔らかく揺れる。幻想的な灯火だった。
「郷祭のフィナーレに、皆でこの紙のランタンを灯すことにしようかと思いついたのです。各都市でも希望があれば、一緒に灯してもらいましょう」
「いいわね。あたしも参加したいわ」
セストが嬉しそうに微笑む。
「紙に何か書いてもいいかもしれませんね。ではお手数ですが、紙の作り方を皆に教えてください。急いで配らなければ」
「任せて。皮はたっぷりあるからね」
アニタは張り切って立ち上がった。
邪神の脅威は去り、日常が戻る。
同盟の農業推進地域ジェオルジでは、今年も秋の収穫を祝う郷祭が開かれていた。
ジェオルジだけではなく、今年は同盟の各都市からもこの祭に何らかの形で関わりたいと望む声が届いていた。
心身ともに傷を負い、せめて何か明るい催しに参加したいという気持ちを持つ人もいたのかもしれない。
更には戦いで人が動き、食糧も多く求められている。
領主のセスト・ジェオルジ(kz0034)は評議会との相談や、商人たちの面会希望で忙殺されつつ、表情だけは相変わらず淡々と仕事をこなしていた。
そんなある日、セストをある女が尋ねてきた。
「アニタさんが? 入っていただいてください」
セストはいそいそと書類を片付け、女を出迎えた。
「お待ちしておりました」
「お久しぶり、領主サマ。あ、こっちは旦那のニーノね」
30がらみの色っぽい美女の隣で、実直そうな大男が、大きな荷物を背負って笑顔を見せる。
「これが頼まれていたものになります。如何ですか?」
ニーノが広げたのは、淡い緑色をした、薄い紙の束だった。
「綺麗ですね」
セストは満足そうにうなずく。
「なんでだろうね? 紙にしてもやっぱり緑色なんだよね、あのトウモロコシ……」
アニタが苦笑いを浮かべる。
セストが発見した「ヒスイトウモロコシ」はその名の通り、美しい緑色のトウモロコシだった。
味も良く、病気にも強いという理想的な作物なのだが、どういうわけか粉に挽いても蒸留酒にしても、鮮やかな緑色が抜けない。
というわけで作物としてはあまり売れず、アニタはバチャーレ村でこのトウモロコシを栽培し、利用法を考えるよう依頼されていた。
今回、セストから余った皮で紙を作ってみてほしいと頼まれて、完成品を持参したのである。
「それで、この紙をどうするの?」
「少々お待ちください」
セストは蝋燭に火をつけると、紙を一枚取り上げ、燭台を覆うように立てかける。
それから分厚いカーテンを閉めた。
「綺麗!」
アニタが歓声を上げた。
蝋燭の明かりが緑の薄紙を通して柔らかく揺れる。幻想的な灯火だった。
「郷祭のフィナーレに、皆でこの紙のランタンを灯すことにしようかと思いついたのです。各都市でも希望があれば、一緒に灯してもらいましょう」
「いいわね。あたしも参加したいわ」
セストが嬉しそうに微笑む。
「紙に何か書いてもいいかもしれませんね。ではお手数ですが、紙の作り方を皆に教えてください。急いで配らなければ」
「任せて。皮はたっぷりあるからね」
アニタは張り切って立ち上がった。
リプレイ本文
●移民の村
バチャーレ村では、人々がハンターの到着を待ちわびていた。
「皆さん、お元気そうで何よりです」
代表のサイモン・小川が、懐かしい顔を見かけるたびに嬉しそうに笑う。
サルヴァトーレ・ロッソの乗員を連れてこの村にたどり着き、ジェオルジの人間と共に村をどうにか自活できるまでに整えてきた。
その自信と、ハンター達の協力に対する感謝が、笑顔に表れているようだ。
マリィア・バルデス(ka5848)も協力者のひとりだった。
「今年は郷祭に出店し損ねて暇になっちゃったのよ。他にもそういう人、居るみたいだけど」
郷祭では酒や腕を振るった自慢のツマミを提供する店を出すのが常だったが、今回は最終決戦の後ということもあり、準備も申し込みもできなかったのだ。
「でも、やっとここまで来ることができたわ。マリナにも挨拶したかったんだけど」
「後で呼びましょう」
よく知る住人は、別の場所で作業しているという。
一同は、村の隅にあるログハウスのような小屋へ移動した。
小屋の脇には何やら大きな機械が据え付けられている。
「ここが紙漉きの作業小屋です。紙漉きに必要な水は川からくみ上げ、その後でろ過装置を通して川に流しています」
小屋の前の空き地には、大きな釜のようなものがいくつも据え付けられていた。
中には緑色の液体が入っており、そこに村人たちは小さな木箱のようなものをつけては揺すっている。
「何これ凄い碧ですぅ」
星野 ハナ(ka5852)の言う通り、とにかくすごい緑色なのだ。
釜を覗き込み、ユーレン(ka6859)も唸る。
「まるで抹茶か青汁のようだ。随分と緑が濃いが……これは何かで着色しているのか」
サイモンが笑いながら、皮から緑色のトウモロコシを見せて説明する。
皮をはがすと、中にはヒスイ色の実がぎっしりと並んでいた。
ハナの目がキラリと光る。
「トウモロコシぃ? つまり食べられるってことですぅ?」
「ええ、味はいいんですよ。ただあまり人気はなくて」
「なるほど、トウモロコシ由来……それは面白い」
ユーレンの目もキラリ。何やら思いついたらしい。
トリプルJ(ka6653)は馴染みの村人を見つけて、マリナの居所を尋ねた。
教えられた畑の作業場に向かうと、マリナは収穫したトウモロコシから皮を分ける作業の輪の中にいた。
その和気あいあいとした様子をしばらく見つめていると、隣からつつかれたマリナが顔を上げる。
「よう」
軽く手を上げて合図すると、何やら村人たちに冷やかされながら、マリナはすぐに駆け寄って来た。
「来てくれたんだ」
「まあな」
連れ立って小屋の裏へ回る。
目の前に広がる綺麗に整えられた畑は、移民たちがこの土地に根付いた証だ。マリナも勿論、そのひとりだった。
トリプルJはマリナの手を取り、掌にワイヤーリングを乗せた。小さな貴石が優しく光る。
「RBに戻ったら、2人で指輪を買いに行こう。あっちで一緒に買いに行く、予約だと思ってくれ」
「……有難う。自分で作ったの? 器用だね」
マリナが嬉しそうに光に透かした。
「それで、な……明日の昼間、なんだが」
トリプルJの提案に、マリナが頷いた。
子供達が、ソナ(ka1352)の手を引っ張るようにして駆ける。
「おねーちゃん、こっちこっち!」
「そんなに急いで、転ばないでくださいね」
ソナは微笑みながら、子供達に導かれるままに村の中を巡る。
かつてここは、「呪われた村」と呼ばれるほどに荒れ果てた廃村だった。
その理由を解き明かし、移民たちが開拓し、今ではあの時の荒れ果てた光景が嘘のように賑わっている。
気にかかってはいた。だがハンター達の手を必要とする依頼は多く、いずれと思いながら今日まで立ち寄ることができなかった。
報告書で見るだけだった復興の様子を自分の目で確かめたくて、ソナはこの地にやって来たのだ。
「見知った場所がこんな風に、息を吹き返したように明るくなったのが嬉しく感じます」
荒れ果てた土地が、人々の力で蘇る。その光景は、どこであっても感慨深い。
「ではお仕事に戻りましょうか。紙漉きのことを教えてくださいね」
子供達はまた賑やかな声を上げると、競争するように駆けだした。
釜に満たされた緑色の液体に、木枠を浸す。
木枠の底は細かい網のようになっており、ゆすりながらそっと持ち上げると、水が抜けて繊維が残る。
「こんな感じね。とにかく沢山いるから、出来は気にしないで!」
紙漉きの責任者だというアニタが、割と適当なことを言っている。
実際のところ薄く紙を漉くのは難しく、子供達の作業にあれこれ言うのも難しいところだ。
アニタに挨拶を済ませ、高瀬 未悠(ka3199)とユメリア(ka7010)は子供達の作業を手伝っていた。
「すごい、みんな上手ね」
「次はこの枠をどうすればよろしいのでしょうか?」
先輩扱いされて嬉しいらしく、子供は誇らしげに次の手順を説明する。
乾燥室に入れて暫くすると、紙ができるのだという。
「で、これが紙!」
未悠に一枚を渡してくれた。
「とっても綺麗な色ね、ユメリア。まるで森の緑を閉じ込めたみたいだわ」
「ええ。本当に」
この紙を使ったランタンはさぞかし美しいだろう。
「皆はどんなお願い事を書くの?」
ランタンには皆の願い事を書くことになっている。子供達は口々に、他愛のない願い事を並べた。
それから、未悠を見上げる。
「おねーちゃんは?」
「私? ……私はね、大好きな人達と一緒にずっと幸せでいる事よ」
未悠は最愛の人の笑顔を思い浮かべる。いつどんなだって、心のなかに優しい光を灯す笑顔だ。
そうしてもうひとりの、大切な人。傍らのユメリアに微笑みかける。
子供はそれに促されたように、ユメリアの夢を尋ねた。
「私の夢? 詩人として最高の英雄に出会う事です」
ユメリアは穏やかな声で続ける。
「ただ、それはもう叶えることができました。だから次は、英雄の幸せな姿を見続けることでしょうか……ふふ」
未悠を見返す笑顔には、幸せがあふれている。
自分の願いは間違いなく叶うと、そう信じる笑顔だった。
マリィアは完成した紙を日に透かした。
「素敵。インテリアにも、食材にもよさそうね。これ、どのくらい水に強いのかしら」
「どうでしょう。確かめたことはありませんが、これから強い物を作ることは可能だと思いますよ」
サイモンにとっても、まだ実験の段階だった。
領主の依頼を受けたアニタが責任者ではあるが、科学的な根拠で手順を示したのはサイモンだ。
おそらくセストはそれも見越して、バチャーレ村での作業を依頼したのだろう。
サイモンは、計算ずくなのか天然なのかいまひとつ掴みかねる、若い領主の顔を思い浮かべる。
「そう。紙包み焼きとか、紙鍋とか、これでやったら料理が映えそうって思ったのよね」
「なるほど。面白い方法ですね」
マリィアは半ば独り言のように語りだす。
「そんなに高くなくて面白そうな素材や食材があったら、物作りが好きな素人の方が喜んでチャレンジするんじゃないかしら」
特に文化レベルの高い同盟の都市では、間違いなく喜ばれるだろう。
「緑とか茶色のアースカラーって、そういうのに興味ある人には堪らないのよ。明礬で染めてどういう色になるか確認したいと思うし、これでザックリしたバックを作ってみたいかなって私ですら思うもの」
マリィアがふふっと笑いを漏らす。
「バチャーレが、なのか、セスト様が、なのか分からないけど。面白いこと始めたみたいじゃない。良いわね、あのトウモロコシ。生産量次第だけど、かなり面白いことができると思うわ」
「色々と思案中なんですけどね。アニタが頑張ってくれていますよ」
「あら。工業用のコーンスターチの利用方法なんて、私よりサイモンの方が詳しいでしょうに」
サイモンが曖昧に笑う。
「……難しいところなんです。リアルブルーの技術で今すぐ変えていいものと、変えるべきでないものの線引きが」
敢えて不便を残すこともあるのだ。移民たちはジェオルジで生きるために、思案を続けている。
「けれど、近い将来にはジェオルジの機械化も進むでしょう。それが良い未来に繋がればいいと思います」
「相変わらずね」
マリィアが笑った。一見柔和そうで、かなり頑固な、リアルブルーの技術者は「変わらない」。
「とりあえず色々試したいわ。もし良かったら少し分けてもらえるかしら」
「もちろん、喜んで」
ハナはアニタを捕まえていた。
「何にまぜても綺麗な碧になるってぇ、食紅として超優秀ってことですよぅ。私これ欲しいですぅ。どこに行けばそこそこ売って貰えそうでしょぉかぁ」
ヒスイトウモロコシのことだ。
「え? 欲しいの? 普通に買えるわよ。といっても飼料用だから、人間用ってわけじゃないんだけどね」
「お菓子作りや料理作り好きな人ならぁ、これかなり夢が広がりますよぅ!」
アニタが疑わしそうな目を向けた。
「いやー……どうだろうねぇ……」
「考えてみてくださいよぅ。例えばトルティーヤの皮って、今までトウモロコシの薄黄色と小麦の白しかなかったわけですけどぉ、それに碧も加わったら目に鮮やかじゃないですかぁ」
「それが美味しそうかって言うと、ねぇ?」
実際の所、ジェオルジ、ひいては同盟では全く受けなかったのだ。
だが異界の人々がまじりあい、世界は少しずつ変わっている。ハナはそれを体感している。
「コーンブレッドもマーブルで作れるようになりますしぃ、見た目だけジェノベーゼソースも自由自在ですぅ。マジパンの色つけとか飴への着色も簡単そうですしぃ、ここの肉団子に夏山肉団子とか出来そうですぅ」
マシンガンのように語り続けるハナ。新しい食材に夢は広がるばかりだ。
「配合はこれからちょっと考えなきゃならないですけどぉ、翡翠麺とかぁ、グリーンカステラとかぁ、コーン茶なのにグリーンティーとかぁ、お饅頭や羊羹にもいけそうですぅ。テンション上がりますぅ、きゃー」
「あ、うん、そうね」
アニタは若干引いている。引いているが、ハナの前向きな言葉を聞いていると、何かできそうな気がしてくるのだった。
「何かいい案ができたら、教えてくれる? 粉は後で用意するから。もちろん、実験協力のお礼ってことね」
「わぁ、お願いしますぅ」
その間も紙漉きの手は動き続けるハナなのだ。
●賑わう郷祭
紙漉きの傍ら、村では郷祭の準備も進んでいる。
レイア・アローネ(ka4082)と愛梨(ka5827)は、資材の移動や飾りつけを手伝っていた。
「つい最近まで慌ただしかったから、こういうのんびりしたのもいいな……」
レイアの言葉に、愛梨は少しおどけて天を仰ぐ。
「女同士で色気もないけど、まあたまにはいいでしょ」
口ではそう言いながら、愛梨もレイアと過ごす時間を楽しんでいた。
「さ、行こう。こっちのお祭りも賑やかで楽しいわね」
準備から祭は始まっている。それは愛梨の故郷でも同じだった。
賑やかな喧噪、訪れる人の笑顔。どこの祭でもよく似ていて、とても良いものだ。
そうして歩いていると、突然レイアがぽつりと呟く。
「女同士と楽しむのは、たまにしか駄目なものなのか」
「今そこを気にするの!?」
愛梨が思わずつっこむ。
その横を賑やかに駆けていく子供の手から、何かが転がり落ちる。
拾い上げた愛梨が思わず声を上げた。
「わあ、これがヒスイトウモロコシ?」
「ん? これが名物の……初めて見るな。確かに食欲をそそられる外観ではないようだが……綺麗だ」
つやつやと宝石のような緑色の粒が、びっしり並んでいる。まるで工芸品のようだ。
「綺麗だけど、作り物みたいよね」
「だが食べ物に美しさを求める者も少なからずいるのではないか?」
そういえば、とレイアが首を傾げる。
「愛梨は料理は得意だったか?」
「んーまあね。ふるさとの森に居たころから一通りはね。だいたい一人で行動する事もあるハンターならそれなりにはできるでしょ」
「……そうか」
レイアが視線を彷徨わせた。
「おねーちゃん、ヒスイトウモロコシしらないの? それあげるよ」
「え、いいの? ありがとう!」
思わず受け取ったものの、愛梨も悩む色合いだ。
「確かに綺麗だけど、ほんとうに食べられるのかしら……ちょっと焼いて食べてみようかな?」
「食べるのか」
「あ、一口目はレイアに譲るわね! 遠慮なく食べて感想を私に聞かせて?」
「毒見役か。引き受けよう」
レイアは何処までも真面目に頷いた。
「いやそんな覚悟を決めたような顔をしなくていいわよ!」
友の相変わらずな一面に、愛梨は半ば呆れつつ、やはり好ましいと思うのだ。
郷祭のメイン会場は領主の直轄地だ。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は到着するや否や、パンフレットを確保する。
「郷祭♪ 郷祭♪ 私の胃袋が火を吹くの~♪」
底なしの胃袋が、屋台から漂う良い匂いに刺激されて暴れ出す。
「お肉の煮込みは外せないの! でもお魚のフライも大事なの!」
朝から晩まで、滞在期間中にすべてを食べつくす。その執念で、最適なルートを書き込んだパンフレットを握り締め、ディーナは祭の会場に乗り込んでいく。
「郷祭は~、魅惑がいっぱい~、郷祭は~、喉まで修行~」
食べて食べて食べまくる修行。いやいや修行だから仕方ない。などと歌いつつ、限定品を攻めるディーナ。
「あれ? ここってさっきも通ったような」
わざわざ別に用意した、書き込み少なめのパンフレットで現在地確認。そしてまた歩き出す。
ディーナの通った後には、一時品切れの店が並んでいたという。
同盟の主要な都市以外でも、今回は郷祭を楽しんでいる。
邪神の脅威をはねのけた高揚と、それまでの苦難が、祭によって昇華されるようだった。
酒飲みは色々と理由をつけて飲むものだが、ことにここ数日はどこの街でも、連日大騒ぎだ。
Gacrux(ka2726)自身も、仕事を終えて立ち寄った街で、その熱気に当てられたように杯を煽った。
仮面をつけたままだったが、酔っぱらった連中はそんなことも気にしない。
飲み比べの輪に参加し、とにかく杯を重ねる。
気を失うまで飲み、何もかも忘れたい気分だったのだ。
何故? いや、それを突き詰める事すら煩わしい。とにかく今は飲むだけだ。
「にーちゃん、いい飲みっぷりだな! 奢るぞ、こっちの酒もどうだ?」
浮かれ騒ぐ声に、鞍馬 真(ka5819)は小首をかしげる。
トラブルなら(絡んだ男の方が危険なので)仲裁に入ろうと思ったが、問題ないだろう。
真自身は鯨飲の輪に入ることはなかったが、杯を煽る気持ちは理解できるような気がした。
少し疲れていたのだろう。
大きな脅威が去り、ひとつの区切りがついて、けれど未来の見通せない状況に。
命を削って、すべき何かが見つからない日々に。
そんな空白を埋めるかのように、真は郷祭の手伝いに顔を出している。
「こうやって新しい習慣が生まれていくのも、平和になったからこそ、なのかな」
何かを作り上げること、何かを成し遂げること。
日々をそうして過ごしていれば、いつか何かが見えてくるかもしれないと、本能的に感じていたのかもしれない。
そうしていなければ、自分自身が空白に溶けて行ってしまいそうだ、と。
「こっちはもういいよ。いやー、立派なもんだ。手伝ってくれて助かったよ!」
酒場の店主は、満足そうにあたりを見回す。
真が子供達を手伝って飾り付けた店の中は、収穫祭らしい暖かさに満たされていた。
「にーちゃん、これ来る? 明日やるんだって!」
「?」
子供から渡されたのは、この町での「ランタン祭」の案内だった。
「明日か……予定もないし、いいよ」
「やったー! とーちゃんたち忙しいし、火を使うから子供だけじゃダメだって言われてたんだ!」
したたかな子供たちの歓声に、真もつられて笑う。
その笑みは少しぎこちなくも見えたが、それでも心の中にわだかまる何かをほぐしていくのだった。
●灯の鎮魂歌
トリプルJはマリナを伴って、バチャーレ村近郊の廃鉱山を目指していた。
「流石に冷えるな。大丈夫か?」
「それ、誰に言ってるの?」
マリナが笑う。確かに、この山道はマリナにとっては通いなれた道だった。
廃鉱山の入口近くにある祠で、足を止める。この地を見守る地精霊、マニュス・ウィリディスの祠だ。
「悪いな、マニュス様。帰りに寄るんで、ちょっと奥に行かせてくれや」
声をかけて、坑道に入る。
灯火の水晶球が照らし出す坑道は、どこまでもうねっていた。
マリナが緊張しているのが分かる。かつて、マリナはここで歪虚に操られ、ハンター達に敵対したのだ。
トリプルJは気づかないふりをして進み、開けた採掘場跡で荷物をおろした。
簡易テントを張り、湯沸かしキットを使ってコーヒーを淹れる。
テントの入口に並んで座ると、揃ってランタンに火を入れた。
「マリナ、俺は死んだ誰かの為に祈るなら、元憤怒王と消えちまった黙示騎士のために祈る」
緑の灯りが廃坑を妖しく照らし出した。
「本当に高位になると、理性で衝動を押さえられる歪虚が出てくるんだ……そいつらとは会話もできるし、共感もできるんだ。あいつらの方が強くても、もっと手を尽くしてやりたかったと後悔もする」
「うん」
マリナはほとんど言葉を発しない。
「お前は……白の君、ブフェーラ・ディ・ネーレに、同じような想いを持ってるんじゃないかと思ってな」
「え?」
怯えたような目がトリプルJに向けられた。
「少なくとも、あいつはお前の『帰りたい』って孤独を掬い上げた。例え思惑があっても、そのときお前は救われたと感じたんじゃないのか」
だから、この場所で祈ろうというのだ。
マリナをこの星から本当の意味で解き放つには、負の思い出にもケリをつけなければならない。
自分のわがままかもしれないが、一緒に前を向いてほしいと、心から願うから。
「ただ見てると寒いだろ……ほら」
マントに一緒にくるまりながら、緑色の灯りを見つめる。
「不思議ね。あの時は全然寒くなかった。いいえ、とても温かかったの」
そう言ったきり、マリナは言葉をつぐんだ。
無言の祈りは炎の熱と共に、虚空へと流れていくようだった。
今年初めて開催されるランタン祭。
生き残ったことを喜び、失われたものを悼むイベントは、同盟の各所で開催されることになった。
ある場所では盛大に、ある場所ではそれぞれの家で静かに。
希望者には緑色の薄紙が配られ、日が暮れるのを待って蝋燭に明かりが灯された。
「嬢ちゃん、祭にはいかないのかい?」
ディーナは何周めかで(その食べっぷりで)顔を覚えられた屋台の店主から、声を掛けられた。
店先にも緑色に淡く輝く、紙のランタンが置かれている。
「……ランタン? すごいのこれ初めて見たの」
「広場ではみんなでつけるらしいから、見ものだと思うぜ」
お土産を抱えるディーナに、店主は祭の会場を教えてくれた。
「そう言えば、あの時もそうだったの」
かつて辺境でも失われた命の為に、火を点けて魂の輪廻と幸せを祈った。
今は夫となった大事な人に、押しかけ女房を宣言したのも、知り合いが歪虚の通り道に居たからと言う理由だけで皆殺しにされて、自分の知らない所で彼もそうなったらどうしようと、そう恐れたのが切欠だった。
祭の会場に向かう道の脇にも、いくつもの緑の灯りが揺れていた。
その灯りがゆらりとにじむ。
「あれ……私なんで泣いてるんだろ……おかしいの」
気が付くとディーナの両頬を暖かい涙が流れていた。慌てて手で拭う。
普段は笑顔の下に隠れている、哀しく愛しい思いが、ランタンの灯りに照らし出されるようだ。
――ランタン、こんなに綺麗なのに。
突然、ディーナが両頬を勢いよく叩く。
「そうなの、このランタンは綺麗なの。それなのに下を向いちゃいけないの」
ディーナは配られたランタンに火を灯した。
「うん、この緑色はとても綺麗なの。これでお皿を作ってマニュス様のお供えにしたらいいの。それから……」
素敵な使い道が次々と浮かんできた。
ディーナはもう泣いていなかった。
素敵なことを皆と分かち合うために、顔を上げて歩き出す。
酒場の賑わいが、遠い波音のように響いてくる。
Gacruxは薄く目を開け、見慣れぬ寝室の光景を暫く眺めていた。
確か酔いつぶれて、そのまま酒場の上の宿を取り、ベッドに倒れ込んで眠っていたのだ。
「……酷い有様だな」
襲い掛かる頭痛に顔をしかめて起き上がる。
水差しに手を伸ばすと、ふと一枚のチラシが目に入った。
「ランタン祭……?」
ヒスイトウモロコシという作物は謎だったが、ランタン祭の趣旨は悪くない、とも思った。
特にやるべきことも思いつかなかったし、二日酔いの薬も欲しかったので、町に出る。
町には色々な人がいた。
余り裕福ではないようだが、蝋燭を手に幸せそうに親と手を繋ぐ子供。
そこから遠くない店では、使用人を連れた貴婦人がランタンを買い求めていた。彼女が纏うのは喪服だ。
突然、声を掛けられた。
「がっくん、大丈夫だった? 二日酔いとか」
振り向くと、真だった。そういえば、昨夜酒場で挨拶したような気がする。
「ああ、少しばかり飲み過ぎましたがね。この通り、生きています」
「ならよかった。ランタン祭に行くのかな?」
真は子供達に囲まれて、大きな紙袋を抱えている。
Gacruxが首を振った。
「部屋で休むことにしますよ」
「そう。じゃあまたね」
真はそれ以上、無理に誘うことはしなかった。
部屋に戻ったGacruxは、改めてチラシを見る。
「願いは……世界平和とでも書いておくか」
緑色の紙を前に、一見気のない様子でペンを握る。
邪神の脅威は過ぎ去った。だが、平和は永遠ではない。
この世界の理はいつでも新たな歪虚王が発生し得るのだ。
人類が努力しない限り、悲劇は繰り返されるだろう。
だから願う。今日の祈りの灯が、皆の心から消えないことを。
そうしてあとふたつ、ランタンを並べる。
(彼女たちなら何を願うだろう……)
もし願いがあるならば、その祈りが届くように……。
蝋燭に火を入れ、窓辺に並べる。
窓の外を見ると、暗い街のあちらこちらに緑の灯りが星のように揺らめいていた。
やがて街を練り歩く行列が、光の川が流れるように動き出す。
そのひとつひとつが祈りであり、命そのものなのだ。
ふと振り向くと、パルムがじっと自分を見つめている。
「自分の分が欲しいのか。お前は何を願うんだ?」
Gacruxは微笑むと、ランタンをもうひとつ用意した。
真は祭の会場で、ランタンの準備を手伝っていた。
「へー、綺麗な緑色だね。トウモロコシの皮からできているのか……」
「おにーちゃん、自分の分にはお願い事を書くんだよ!」
子供達ははしゃぎながら、一生懸命文字を書く。
だが真のペンは動かない。
(自分のために願いたいことなんて無いな)
しばらく悩んだ後に、無難な願い事を書いた。
『皆が幸せな未来を送れますように』
無難だが、心からの願いだ。
次々と明かりが灯り、広場は緑の灯りに照らし出される。
少し怖いような、綺麗な光景だった。
(そういえば、ハンターになったのは4年前の秋の郷祭の時期だったかな)
それから本当に色々なことがあった。
死にかけたことも、人を殺したことも。守りたいものを守れなかったことも。
悔やんでも悔やみきれない。罪悪感だけが空っぽの心の中に積み重なっている。
だからいまだに、自分の未来を上手く描くことができない。
――記憶にない過去の自分は、どんな未来を思い描いていたのだろう?
真は首を振って、自分を覆う暗い霧を払おうとする。
これからもハンターとしてやることは山積みだ。ぼんやりしている暇はない。
それはわかっている。
わかっているのだけれど、今だけは少しこの感傷に浸っていたい気分だった。
ここまで頑張ってきた意味はきっとある。それは自分の、世界の素晴らしい未来に繋がると、せめて信じていたい。
明日からまた、笑顔で頑張るために。
さっき書いた願いを、本当のものにするために。
●奇跡を抱いて
ジェオルジのメイン会場で、ようやくハナはセストを見つけた。
「領主様ぁ、やっと会えましたぁ。ヒスイトウモロコシの粉をわけてほしいんですぅ」
「我にも是非」
ユーレンも便乗した。
「それは願ってもないことです」
誰かと話をしていたセストは、すぐにふたりに向き直る。
彼が見つけ出した優秀なトウモロコシが不遇に扱われているのが残念なのだ。あらゆる方法で、この有益性を皆に知ってほしいと思っている。
ハナは思いついたアイデアを熱心に語った。
「帝国と東方は無理かなって思いますけどぉ、王国・同盟・辺境でぇ、伝統的でない料理人さん相手ならこれかなり売れると思いますぅ」
「なるほど、見た目に惑わされない方を探すわけですね」
いや、料理に見た目は大事なんだけれども。
「トウモロコシに馴染みのない地域なら、味だけで勝負できるだろう」
ユーレンが請け合った。荒れた土地で収穫できる作物なら、欲しい者はいくらでもいる。
「そうですね。他国には他国の農業がありますから、簡単にはいかないと思いますが」
セストが僅かに微笑んだ。
「世界は変わりつつあると感じます。これからも外のことを色々と教えてください」
あるはずのない緑のトウモロコシが、人々に行きわたる。
倒せるはずがないと思っていた敵は、駆逐された。
小さな奇跡も、大きな奇跡も、時に叶うことがある。だが一歩を踏み出さなければ、決して叶うことはない。
「はいぃ、次に来る時は、これで沢山お菓子を作りますねぇ。楽しみにしていてくださいよぅ」
ハナは遠い未来ではなく、手の届く未来の約束を重ねる。
だって今日お腹が空いている人に、明日のことなんて考えられないだろうから。
遠くを見る目と同じぐらい、近くを見る目は大事なのだ。
ジェオルジの会場では、大量のガラスコップと蝋燭、そして緑色の紙が積み上がっていた。
今年は無料で配布とあって、皆が手に取り、それぞれの願いを書きつける。
レイアはしげしげと紙を見つめる。
「この緑の紙もなかなか風流だな」
意外にも、ヒスイトウモロコシは実に美味だった。
レイアの言葉をなかなか信じず、愛梨は疑わしそうに遠目で見ていたが、いざ口にしたとたんレイアに同意したほどだ。
「うん、この紙とランタンとセットなら、尚のこと売れるのではないか?」
「そうだよね! お願い事を書くってなんだか素敵だもの」
「願い事か……なんか東方の祭で似たようなものを聞いたな。タナボタだったか……」
「それは七夕。ラッキーをお願いっていうのは、タナボタともちょっと似てるけど!」
愛梨が即座に訂正した。
「とにかく何かを書けばいいのだな」
レイアは考えこむ。
故郷を剣一本で飛び出してきた。そして今日まで生き延びてきた。
(うん、いつかハンターをやっていて、心から良かったと思える日が来るといいな)
そう思ってから、ふと気づいた。
(今はそうではないのか?)
辺りを見回す。邪神の脅威は過ぎ去り、人々は祭に興じるまでになった。
そしてすぐ傍には、肩を並べて祭を楽しむ大事な友がいる。出会いの奇跡とでも呼ぶべき幸福。
「……なるほど、私の願いはとうに叶っていたらしい……」
「え? 何か言った?」
顔を上げた愛梨の、きょとんとした顔に、レイアは思わず笑顔になる。
「いいや。……で、愛梨のほうは何を書いたのだ?」
「御願い事するなら、やっぱり私は彼氏が欲しいかなあ……」
「では私は、愛梨の願い事が叶うように祈ろう」
「なにそれ!」
愛梨はそう言いながら、もう一言を書き足した。
『目の前の男っ気の無い友人も含めて、みんなが幸せになれますように』
それは今が不幸せだということではなくて。
とてもささやかで、とても大それたお願いなのだった。
未悠はユメリアの手元を覗き込む。
「ユメリアは本当に器用よね」
「そうでしょうか?」
ユメリアは、ランタン用の紙に切り絵を施していた。
針で穴を開けたり、黒い紙を張って黒猫や音符を施したりと、個性的なランタンに子供達が歓声を上げる。
「でもこの紙、本当に綺麗ね。食べても結構おいしかったわ」
ヒスイトウモロコシは思い切って食べてみると、甘味も素晴らしく、絶品だったのだ。
「このランタン祭で有名になったら、手に入りにくくなるかもしれないわね」
一通りのランタンを作り終え、ユメリアと未悠は部屋に戻った。
未悠が自分のランタンに火を灯す。覆い紙には優しい文字が綴られていた。
『大切な人達がいつも笑顔でいられますように 愛しいこの日々がずっと続きますように』
優しい明りが優しい祈りを浮かび上がらせる。
ユメリアはとても穏やかな気持ちでしばらく眺めていた。
「ユメリアは? どんなお願い事をしたの?」
遠慮がちに尋ねる未悠に、ユメリアは微笑み返すと自分のランタンに火を入れた。
覆いから漏れた光が部屋にあふれ、星空を作り、花咲く小道を黒猫が楽しそうに歌いながら歩いていく。
「未悠にいつでも歌っていてほしい、ことでしょうか」
ユメリアの言葉に、未悠が思わず目を見張る。
「昔、未悠は歌う事を遠慮していたのに、一緒にいるようになってから歌うようになりましたね。あなたの歌は、私の唄です」
未悠は暫くランタンの作り出す世界を見つめていた。
いつしか、唇が歌を紡ぎ出す。歌と光が満ち、かけがえのない時間が流れていく。
愛しく、優しく、大切な時間。出会えた奇跡に想いを籠めて。
「緑の光がいっぱいね。まるで森の中にいるみたいだわ。……貴女はこれからの毎日を、こんな風に優しい緑に包まれて生きていくのね」
長く生きる為に、森に入ると決めたエルフのユメリア。
最愛の人と世界中を旅すると決めた未悠。
とても大切な友達だけど、これからは離れて過ごすことになる。
「エルフの宿命として森で過ごさなくてはならないとしても、見上げる星は同じもの。毎日どこかでつながっている」
ユメリアは歌うように呟いた。
離れていても、互いを思う気持ちは変わることはないだろう。
あなたは私に光をくれた。
あなたは私の心の故郷。
これからも、いつまでも。
くっつけた肩のぬくもりは、ずっと私を包み込む。
あなたの歌声は、ずっと私の耳に届く。
「ねぇ、ユメリア。明日はどこに行きましょうか? 貴女と行きたい所がたくさんあるのよ」
「未悠とならどこへだって。どんな場所だってあなたと一緒なら素敵な場所になります」
いつか互いが旅立つその日まで、幸せな思い出を重ねていきたいと願う。
祭の喧騒から少し離れた場所で、バイオリンの音色に気づいた者が顔を上げた。
愛おしむような、包み込むような音色だ。
ソナが小高い丘の上でランタンを灯し、バイオリンを奏でていたのだ。
子供たちの明るい声が、楽しい遊びを教えてくれた。
美味しい物、景色の綺麗な場所、村を見守る精霊のことも。
ソナは穏やかな心持になり、澄んだ空気に音色を響かせたいと思ったのだ。
緑の光が感極まったように震える。
ソナは祈る。
村がこれからも繁栄することを。
村の住人たちが健やかな日々を送ることを。
今日と変わらぬ日常が、喜びで満たされることを。
曲の区切りでバイオリンの手を休める。
眼下に広がる村では、星が瞬くようにいくつもの緑の光が灯っていた。
覆いの紙には様々な願い事が綴られているのだろう。
その一つ一つの願いが、全て空の星に届きますように。
「本当に素敵ですね。また訪れたいです」
次はまた、素敵な何かに出会えることを信じて。
来年も、その次も、人々の営みは続いていく。
大地は人々の訪れを待っている。
<了>
バチャーレ村では、人々がハンターの到着を待ちわびていた。
「皆さん、お元気そうで何よりです」
代表のサイモン・小川が、懐かしい顔を見かけるたびに嬉しそうに笑う。
サルヴァトーレ・ロッソの乗員を連れてこの村にたどり着き、ジェオルジの人間と共に村をどうにか自活できるまでに整えてきた。
その自信と、ハンター達の協力に対する感謝が、笑顔に表れているようだ。
マリィア・バルデス(ka5848)も協力者のひとりだった。
「今年は郷祭に出店し損ねて暇になっちゃったのよ。他にもそういう人、居るみたいだけど」
郷祭では酒や腕を振るった自慢のツマミを提供する店を出すのが常だったが、今回は最終決戦の後ということもあり、準備も申し込みもできなかったのだ。
「でも、やっとここまで来ることができたわ。マリナにも挨拶したかったんだけど」
「後で呼びましょう」
よく知る住人は、別の場所で作業しているという。
一同は、村の隅にあるログハウスのような小屋へ移動した。
小屋の脇には何やら大きな機械が据え付けられている。
「ここが紙漉きの作業小屋です。紙漉きに必要な水は川からくみ上げ、その後でろ過装置を通して川に流しています」
小屋の前の空き地には、大きな釜のようなものがいくつも据え付けられていた。
中には緑色の液体が入っており、そこに村人たちは小さな木箱のようなものをつけては揺すっている。
「何これ凄い碧ですぅ」
星野 ハナ(ka5852)の言う通り、とにかくすごい緑色なのだ。
釜を覗き込み、ユーレン(ka6859)も唸る。
「まるで抹茶か青汁のようだ。随分と緑が濃いが……これは何かで着色しているのか」
サイモンが笑いながら、皮から緑色のトウモロコシを見せて説明する。
皮をはがすと、中にはヒスイ色の実がぎっしりと並んでいた。
ハナの目がキラリと光る。
「トウモロコシぃ? つまり食べられるってことですぅ?」
「ええ、味はいいんですよ。ただあまり人気はなくて」
「なるほど、トウモロコシ由来……それは面白い」
ユーレンの目もキラリ。何やら思いついたらしい。
トリプルJ(ka6653)は馴染みの村人を見つけて、マリナの居所を尋ねた。
教えられた畑の作業場に向かうと、マリナは収穫したトウモロコシから皮を分ける作業の輪の中にいた。
その和気あいあいとした様子をしばらく見つめていると、隣からつつかれたマリナが顔を上げる。
「よう」
軽く手を上げて合図すると、何やら村人たちに冷やかされながら、マリナはすぐに駆け寄って来た。
「来てくれたんだ」
「まあな」
連れ立って小屋の裏へ回る。
目の前に広がる綺麗に整えられた畑は、移民たちがこの土地に根付いた証だ。マリナも勿論、そのひとりだった。
トリプルJはマリナの手を取り、掌にワイヤーリングを乗せた。小さな貴石が優しく光る。
「RBに戻ったら、2人で指輪を買いに行こう。あっちで一緒に買いに行く、予約だと思ってくれ」
「……有難う。自分で作ったの? 器用だね」
マリナが嬉しそうに光に透かした。
「それで、な……明日の昼間、なんだが」
トリプルJの提案に、マリナが頷いた。
子供達が、ソナ(ka1352)の手を引っ張るようにして駆ける。
「おねーちゃん、こっちこっち!」
「そんなに急いで、転ばないでくださいね」
ソナは微笑みながら、子供達に導かれるままに村の中を巡る。
かつてここは、「呪われた村」と呼ばれるほどに荒れ果てた廃村だった。
その理由を解き明かし、移民たちが開拓し、今ではあの時の荒れ果てた光景が嘘のように賑わっている。
気にかかってはいた。だがハンター達の手を必要とする依頼は多く、いずれと思いながら今日まで立ち寄ることができなかった。
報告書で見るだけだった復興の様子を自分の目で確かめたくて、ソナはこの地にやって来たのだ。
「見知った場所がこんな風に、息を吹き返したように明るくなったのが嬉しく感じます」
荒れ果てた土地が、人々の力で蘇る。その光景は、どこであっても感慨深い。
「ではお仕事に戻りましょうか。紙漉きのことを教えてくださいね」
子供達はまた賑やかな声を上げると、競争するように駆けだした。
釜に満たされた緑色の液体に、木枠を浸す。
木枠の底は細かい網のようになっており、ゆすりながらそっと持ち上げると、水が抜けて繊維が残る。
「こんな感じね。とにかく沢山いるから、出来は気にしないで!」
紙漉きの責任者だというアニタが、割と適当なことを言っている。
実際のところ薄く紙を漉くのは難しく、子供達の作業にあれこれ言うのも難しいところだ。
アニタに挨拶を済ませ、高瀬 未悠(ka3199)とユメリア(ka7010)は子供達の作業を手伝っていた。
「すごい、みんな上手ね」
「次はこの枠をどうすればよろしいのでしょうか?」
先輩扱いされて嬉しいらしく、子供は誇らしげに次の手順を説明する。
乾燥室に入れて暫くすると、紙ができるのだという。
「で、これが紙!」
未悠に一枚を渡してくれた。
「とっても綺麗な色ね、ユメリア。まるで森の緑を閉じ込めたみたいだわ」
「ええ。本当に」
この紙を使ったランタンはさぞかし美しいだろう。
「皆はどんなお願い事を書くの?」
ランタンには皆の願い事を書くことになっている。子供達は口々に、他愛のない願い事を並べた。
それから、未悠を見上げる。
「おねーちゃんは?」
「私? ……私はね、大好きな人達と一緒にずっと幸せでいる事よ」
未悠は最愛の人の笑顔を思い浮かべる。いつどんなだって、心のなかに優しい光を灯す笑顔だ。
そうしてもうひとりの、大切な人。傍らのユメリアに微笑みかける。
子供はそれに促されたように、ユメリアの夢を尋ねた。
「私の夢? 詩人として最高の英雄に出会う事です」
ユメリアは穏やかな声で続ける。
「ただ、それはもう叶えることができました。だから次は、英雄の幸せな姿を見続けることでしょうか……ふふ」
未悠を見返す笑顔には、幸せがあふれている。
自分の願いは間違いなく叶うと、そう信じる笑顔だった。
マリィアは完成した紙を日に透かした。
「素敵。インテリアにも、食材にもよさそうね。これ、どのくらい水に強いのかしら」
「どうでしょう。確かめたことはありませんが、これから強い物を作ることは可能だと思いますよ」
サイモンにとっても、まだ実験の段階だった。
領主の依頼を受けたアニタが責任者ではあるが、科学的な根拠で手順を示したのはサイモンだ。
おそらくセストはそれも見越して、バチャーレ村での作業を依頼したのだろう。
サイモンは、計算ずくなのか天然なのかいまひとつ掴みかねる、若い領主の顔を思い浮かべる。
「そう。紙包み焼きとか、紙鍋とか、これでやったら料理が映えそうって思ったのよね」
「なるほど。面白い方法ですね」
マリィアは半ば独り言のように語りだす。
「そんなに高くなくて面白そうな素材や食材があったら、物作りが好きな素人の方が喜んでチャレンジするんじゃないかしら」
特に文化レベルの高い同盟の都市では、間違いなく喜ばれるだろう。
「緑とか茶色のアースカラーって、そういうのに興味ある人には堪らないのよ。明礬で染めてどういう色になるか確認したいと思うし、これでザックリしたバックを作ってみたいかなって私ですら思うもの」
マリィアがふふっと笑いを漏らす。
「バチャーレが、なのか、セスト様が、なのか分からないけど。面白いこと始めたみたいじゃない。良いわね、あのトウモロコシ。生産量次第だけど、かなり面白いことができると思うわ」
「色々と思案中なんですけどね。アニタが頑張ってくれていますよ」
「あら。工業用のコーンスターチの利用方法なんて、私よりサイモンの方が詳しいでしょうに」
サイモンが曖昧に笑う。
「……難しいところなんです。リアルブルーの技術で今すぐ変えていいものと、変えるべきでないものの線引きが」
敢えて不便を残すこともあるのだ。移民たちはジェオルジで生きるために、思案を続けている。
「けれど、近い将来にはジェオルジの機械化も進むでしょう。それが良い未来に繋がればいいと思います」
「相変わらずね」
マリィアが笑った。一見柔和そうで、かなり頑固な、リアルブルーの技術者は「変わらない」。
「とりあえず色々試したいわ。もし良かったら少し分けてもらえるかしら」
「もちろん、喜んで」
ハナはアニタを捕まえていた。
「何にまぜても綺麗な碧になるってぇ、食紅として超優秀ってことですよぅ。私これ欲しいですぅ。どこに行けばそこそこ売って貰えそうでしょぉかぁ」
ヒスイトウモロコシのことだ。
「え? 欲しいの? 普通に買えるわよ。といっても飼料用だから、人間用ってわけじゃないんだけどね」
「お菓子作りや料理作り好きな人ならぁ、これかなり夢が広がりますよぅ!」
アニタが疑わしそうな目を向けた。
「いやー……どうだろうねぇ……」
「考えてみてくださいよぅ。例えばトルティーヤの皮って、今までトウモロコシの薄黄色と小麦の白しかなかったわけですけどぉ、それに碧も加わったら目に鮮やかじゃないですかぁ」
「それが美味しそうかって言うと、ねぇ?」
実際の所、ジェオルジ、ひいては同盟では全く受けなかったのだ。
だが異界の人々がまじりあい、世界は少しずつ変わっている。ハナはそれを体感している。
「コーンブレッドもマーブルで作れるようになりますしぃ、見た目だけジェノベーゼソースも自由自在ですぅ。マジパンの色つけとか飴への着色も簡単そうですしぃ、ここの肉団子に夏山肉団子とか出来そうですぅ」
マシンガンのように語り続けるハナ。新しい食材に夢は広がるばかりだ。
「配合はこれからちょっと考えなきゃならないですけどぉ、翡翠麺とかぁ、グリーンカステラとかぁ、コーン茶なのにグリーンティーとかぁ、お饅頭や羊羹にもいけそうですぅ。テンション上がりますぅ、きゃー」
「あ、うん、そうね」
アニタは若干引いている。引いているが、ハナの前向きな言葉を聞いていると、何かできそうな気がしてくるのだった。
「何かいい案ができたら、教えてくれる? 粉は後で用意するから。もちろん、実験協力のお礼ってことね」
「わぁ、お願いしますぅ」
その間も紙漉きの手は動き続けるハナなのだ。
●賑わう郷祭
紙漉きの傍ら、村では郷祭の準備も進んでいる。
レイア・アローネ(ka4082)と愛梨(ka5827)は、資材の移動や飾りつけを手伝っていた。
「つい最近まで慌ただしかったから、こういうのんびりしたのもいいな……」
レイアの言葉に、愛梨は少しおどけて天を仰ぐ。
「女同士で色気もないけど、まあたまにはいいでしょ」
口ではそう言いながら、愛梨もレイアと過ごす時間を楽しんでいた。
「さ、行こう。こっちのお祭りも賑やかで楽しいわね」
準備から祭は始まっている。それは愛梨の故郷でも同じだった。
賑やかな喧噪、訪れる人の笑顔。どこの祭でもよく似ていて、とても良いものだ。
そうして歩いていると、突然レイアがぽつりと呟く。
「女同士と楽しむのは、たまにしか駄目なものなのか」
「今そこを気にするの!?」
愛梨が思わずつっこむ。
その横を賑やかに駆けていく子供の手から、何かが転がり落ちる。
拾い上げた愛梨が思わず声を上げた。
「わあ、これがヒスイトウモロコシ?」
「ん? これが名物の……初めて見るな。確かに食欲をそそられる外観ではないようだが……綺麗だ」
つやつやと宝石のような緑色の粒が、びっしり並んでいる。まるで工芸品のようだ。
「綺麗だけど、作り物みたいよね」
「だが食べ物に美しさを求める者も少なからずいるのではないか?」
そういえば、とレイアが首を傾げる。
「愛梨は料理は得意だったか?」
「んーまあね。ふるさとの森に居たころから一通りはね。だいたい一人で行動する事もあるハンターならそれなりにはできるでしょ」
「……そうか」
レイアが視線を彷徨わせた。
「おねーちゃん、ヒスイトウモロコシしらないの? それあげるよ」
「え、いいの? ありがとう!」
思わず受け取ったものの、愛梨も悩む色合いだ。
「確かに綺麗だけど、ほんとうに食べられるのかしら……ちょっと焼いて食べてみようかな?」
「食べるのか」
「あ、一口目はレイアに譲るわね! 遠慮なく食べて感想を私に聞かせて?」
「毒見役か。引き受けよう」
レイアは何処までも真面目に頷いた。
「いやそんな覚悟を決めたような顔をしなくていいわよ!」
友の相変わらずな一面に、愛梨は半ば呆れつつ、やはり好ましいと思うのだ。
郷祭のメイン会場は領主の直轄地だ。
ディーナ・フェルミ(ka5843)は到着するや否や、パンフレットを確保する。
「郷祭♪ 郷祭♪ 私の胃袋が火を吹くの~♪」
底なしの胃袋が、屋台から漂う良い匂いに刺激されて暴れ出す。
「お肉の煮込みは外せないの! でもお魚のフライも大事なの!」
朝から晩まで、滞在期間中にすべてを食べつくす。その執念で、最適なルートを書き込んだパンフレットを握り締め、ディーナは祭の会場に乗り込んでいく。
「郷祭は~、魅惑がいっぱい~、郷祭は~、喉まで修行~」
食べて食べて食べまくる修行。いやいや修行だから仕方ない。などと歌いつつ、限定品を攻めるディーナ。
「あれ? ここってさっきも通ったような」
わざわざ別に用意した、書き込み少なめのパンフレットで現在地確認。そしてまた歩き出す。
ディーナの通った後には、一時品切れの店が並んでいたという。
同盟の主要な都市以外でも、今回は郷祭を楽しんでいる。
邪神の脅威をはねのけた高揚と、それまでの苦難が、祭によって昇華されるようだった。
酒飲みは色々と理由をつけて飲むものだが、ことにここ数日はどこの街でも、連日大騒ぎだ。
Gacrux(ka2726)自身も、仕事を終えて立ち寄った街で、その熱気に当てられたように杯を煽った。
仮面をつけたままだったが、酔っぱらった連中はそんなことも気にしない。
飲み比べの輪に参加し、とにかく杯を重ねる。
気を失うまで飲み、何もかも忘れたい気分だったのだ。
何故? いや、それを突き詰める事すら煩わしい。とにかく今は飲むだけだ。
「にーちゃん、いい飲みっぷりだな! 奢るぞ、こっちの酒もどうだ?」
浮かれ騒ぐ声に、鞍馬 真(ka5819)は小首をかしげる。
トラブルなら(絡んだ男の方が危険なので)仲裁に入ろうと思ったが、問題ないだろう。
真自身は鯨飲の輪に入ることはなかったが、杯を煽る気持ちは理解できるような気がした。
少し疲れていたのだろう。
大きな脅威が去り、ひとつの区切りがついて、けれど未来の見通せない状況に。
命を削って、すべき何かが見つからない日々に。
そんな空白を埋めるかのように、真は郷祭の手伝いに顔を出している。
「こうやって新しい習慣が生まれていくのも、平和になったからこそ、なのかな」
何かを作り上げること、何かを成し遂げること。
日々をそうして過ごしていれば、いつか何かが見えてくるかもしれないと、本能的に感じていたのかもしれない。
そうしていなければ、自分自身が空白に溶けて行ってしまいそうだ、と。
「こっちはもういいよ。いやー、立派なもんだ。手伝ってくれて助かったよ!」
酒場の店主は、満足そうにあたりを見回す。
真が子供達を手伝って飾り付けた店の中は、収穫祭らしい暖かさに満たされていた。
「にーちゃん、これ来る? 明日やるんだって!」
「?」
子供から渡されたのは、この町での「ランタン祭」の案内だった。
「明日か……予定もないし、いいよ」
「やったー! とーちゃんたち忙しいし、火を使うから子供だけじゃダメだって言われてたんだ!」
したたかな子供たちの歓声に、真もつられて笑う。
その笑みは少しぎこちなくも見えたが、それでも心の中にわだかまる何かをほぐしていくのだった。
●灯の鎮魂歌
トリプルJはマリナを伴って、バチャーレ村近郊の廃鉱山を目指していた。
「流石に冷えるな。大丈夫か?」
「それ、誰に言ってるの?」
マリナが笑う。確かに、この山道はマリナにとっては通いなれた道だった。
廃鉱山の入口近くにある祠で、足を止める。この地を見守る地精霊、マニュス・ウィリディスの祠だ。
「悪いな、マニュス様。帰りに寄るんで、ちょっと奥に行かせてくれや」
声をかけて、坑道に入る。
灯火の水晶球が照らし出す坑道は、どこまでもうねっていた。
マリナが緊張しているのが分かる。かつて、マリナはここで歪虚に操られ、ハンター達に敵対したのだ。
トリプルJは気づかないふりをして進み、開けた採掘場跡で荷物をおろした。
簡易テントを張り、湯沸かしキットを使ってコーヒーを淹れる。
テントの入口に並んで座ると、揃ってランタンに火を入れた。
「マリナ、俺は死んだ誰かの為に祈るなら、元憤怒王と消えちまった黙示騎士のために祈る」
緑の灯りが廃坑を妖しく照らし出した。
「本当に高位になると、理性で衝動を押さえられる歪虚が出てくるんだ……そいつらとは会話もできるし、共感もできるんだ。あいつらの方が強くても、もっと手を尽くしてやりたかったと後悔もする」
「うん」
マリナはほとんど言葉を発しない。
「お前は……白の君、ブフェーラ・ディ・ネーレに、同じような想いを持ってるんじゃないかと思ってな」
「え?」
怯えたような目がトリプルJに向けられた。
「少なくとも、あいつはお前の『帰りたい』って孤独を掬い上げた。例え思惑があっても、そのときお前は救われたと感じたんじゃないのか」
だから、この場所で祈ろうというのだ。
マリナをこの星から本当の意味で解き放つには、負の思い出にもケリをつけなければならない。
自分のわがままかもしれないが、一緒に前を向いてほしいと、心から願うから。
「ただ見てると寒いだろ……ほら」
マントに一緒にくるまりながら、緑色の灯りを見つめる。
「不思議ね。あの時は全然寒くなかった。いいえ、とても温かかったの」
そう言ったきり、マリナは言葉をつぐんだ。
無言の祈りは炎の熱と共に、虚空へと流れていくようだった。
今年初めて開催されるランタン祭。
生き残ったことを喜び、失われたものを悼むイベントは、同盟の各所で開催されることになった。
ある場所では盛大に、ある場所ではそれぞれの家で静かに。
希望者には緑色の薄紙が配られ、日が暮れるのを待って蝋燭に明かりが灯された。
「嬢ちゃん、祭にはいかないのかい?」
ディーナは何周めかで(その食べっぷりで)顔を覚えられた屋台の店主から、声を掛けられた。
店先にも緑色に淡く輝く、紙のランタンが置かれている。
「……ランタン? すごいのこれ初めて見たの」
「広場ではみんなでつけるらしいから、見ものだと思うぜ」
お土産を抱えるディーナに、店主は祭の会場を教えてくれた。
「そう言えば、あの時もそうだったの」
かつて辺境でも失われた命の為に、火を点けて魂の輪廻と幸せを祈った。
今は夫となった大事な人に、押しかけ女房を宣言したのも、知り合いが歪虚の通り道に居たからと言う理由だけで皆殺しにされて、自分の知らない所で彼もそうなったらどうしようと、そう恐れたのが切欠だった。
祭の会場に向かう道の脇にも、いくつもの緑の灯りが揺れていた。
その灯りがゆらりとにじむ。
「あれ……私なんで泣いてるんだろ……おかしいの」
気が付くとディーナの両頬を暖かい涙が流れていた。慌てて手で拭う。
普段は笑顔の下に隠れている、哀しく愛しい思いが、ランタンの灯りに照らし出されるようだ。
――ランタン、こんなに綺麗なのに。
突然、ディーナが両頬を勢いよく叩く。
「そうなの、このランタンは綺麗なの。それなのに下を向いちゃいけないの」
ディーナは配られたランタンに火を灯した。
「うん、この緑色はとても綺麗なの。これでお皿を作ってマニュス様のお供えにしたらいいの。それから……」
素敵な使い道が次々と浮かんできた。
ディーナはもう泣いていなかった。
素敵なことを皆と分かち合うために、顔を上げて歩き出す。
酒場の賑わいが、遠い波音のように響いてくる。
Gacruxは薄く目を開け、見慣れぬ寝室の光景を暫く眺めていた。
確か酔いつぶれて、そのまま酒場の上の宿を取り、ベッドに倒れ込んで眠っていたのだ。
「……酷い有様だな」
襲い掛かる頭痛に顔をしかめて起き上がる。
水差しに手を伸ばすと、ふと一枚のチラシが目に入った。
「ランタン祭……?」
ヒスイトウモロコシという作物は謎だったが、ランタン祭の趣旨は悪くない、とも思った。
特にやるべきことも思いつかなかったし、二日酔いの薬も欲しかったので、町に出る。
町には色々な人がいた。
余り裕福ではないようだが、蝋燭を手に幸せそうに親と手を繋ぐ子供。
そこから遠くない店では、使用人を連れた貴婦人がランタンを買い求めていた。彼女が纏うのは喪服だ。
突然、声を掛けられた。
「がっくん、大丈夫だった? 二日酔いとか」
振り向くと、真だった。そういえば、昨夜酒場で挨拶したような気がする。
「ああ、少しばかり飲み過ぎましたがね。この通り、生きています」
「ならよかった。ランタン祭に行くのかな?」
真は子供達に囲まれて、大きな紙袋を抱えている。
Gacruxが首を振った。
「部屋で休むことにしますよ」
「そう。じゃあまたね」
真はそれ以上、無理に誘うことはしなかった。
部屋に戻ったGacruxは、改めてチラシを見る。
「願いは……世界平和とでも書いておくか」
緑色の紙を前に、一見気のない様子でペンを握る。
邪神の脅威は過ぎ去った。だが、平和は永遠ではない。
この世界の理はいつでも新たな歪虚王が発生し得るのだ。
人類が努力しない限り、悲劇は繰り返されるだろう。
だから願う。今日の祈りの灯が、皆の心から消えないことを。
そうしてあとふたつ、ランタンを並べる。
(彼女たちなら何を願うだろう……)
もし願いがあるならば、その祈りが届くように……。
蝋燭に火を入れ、窓辺に並べる。
窓の外を見ると、暗い街のあちらこちらに緑の灯りが星のように揺らめいていた。
やがて街を練り歩く行列が、光の川が流れるように動き出す。
そのひとつひとつが祈りであり、命そのものなのだ。
ふと振り向くと、パルムがじっと自分を見つめている。
「自分の分が欲しいのか。お前は何を願うんだ?」
Gacruxは微笑むと、ランタンをもうひとつ用意した。
真は祭の会場で、ランタンの準備を手伝っていた。
「へー、綺麗な緑色だね。トウモロコシの皮からできているのか……」
「おにーちゃん、自分の分にはお願い事を書くんだよ!」
子供達ははしゃぎながら、一生懸命文字を書く。
だが真のペンは動かない。
(自分のために願いたいことなんて無いな)
しばらく悩んだ後に、無難な願い事を書いた。
『皆が幸せな未来を送れますように』
無難だが、心からの願いだ。
次々と明かりが灯り、広場は緑の灯りに照らし出される。
少し怖いような、綺麗な光景だった。
(そういえば、ハンターになったのは4年前の秋の郷祭の時期だったかな)
それから本当に色々なことがあった。
死にかけたことも、人を殺したことも。守りたいものを守れなかったことも。
悔やんでも悔やみきれない。罪悪感だけが空っぽの心の中に積み重なっている。
だからいまだに、自分の未来を上手く描くことができない。
――記憶にない過去の自分は、どんな未来を思い描いていたのだろう?
真は首を振って、自分を覆う暗い霧を払おうとする。
これからもハンターとしてやることは山積みだ。ぼんやりしている暇はない。
それはわかっている。
わかっているのだけれど、今だけは少しこの感傷に浸っていたい気分だった。
ここまで頑張ってきた意味はきっとある。それは自分の、世界の素晴らしい未来に繋がると、せめて信じていたい。
明日からまた、笑顔で頑張るために。
さっき書いた願いを、本当のものにするために。
●奇跡を抱いて
ジェオルジのメイン会場で、ようやくハナはセストを見つけた。
「領主様ぁ、やっと会えましたぁ。ヒスイトウモロコシの粉をわけてほしいんですぅ」
「我にも是非」
ユーレンも便乗した。
「それは願ってもないことです」
誰かと話をしていたセストは、すぐにふたりに向き直る。
彼が見つけ出した優秀なトウモロコシが不遇に扱われているのが残念なのだ。あらゆる方法で、この有益性を皆に知ってほしいと思っている。
ハナは思いついたアイデアを熱心に語った。
「帝国と東方は無理かなって思いますけどぉ、王国・同盟・辺境でぇ、伝統的でない料理人さん相手ならこれかなり売れると思いますぅ」
「なるほど、見た目に惑わされない方を探すわけですね」
いや、料理に見た目は大事なんだけれども。
「トウモロコシに馴染みのない地域なら、味だけで勝負できるだろう」
ユーレンが請け合った。荒れた土地で収穫できる作物なら、欲しい者はいくらでもいる。
「そうですね。他国には他国の農業がありますから、簡単にはいかないと思いますが」
セストが僅かに微笑んだ。
「世界は変わりつつあると感じます。これからも外のことを色々と教えてください」
あるはずのない緑のトウモロコシが、人々に行きわたる。
倒せるはずがないと思っていた敵は、駆逐された。
小さな奇跡も、大きな奇跡も、時に叶うことがある。だが一歩を踏み出さなければ、決して叶うことはない。
「はいぃ、次に来る時は、これで沢山お菓子を作りますねぇ。楽しみにしていてくださいよぅ」
ハナは遠い未来ではなく、手の届く未来の約束を重ねる。
だって今日お腹が空いている人に、明日のことなんて考えられないだろうから。
遠くを見る目と同じぐらい、近くを見る目は大事なのだ。
ジェオルジの会場では、大量のガラスコップと蝋燭、そして緑色の紙が積み上がっていた。
今年は無料で配布とあって、皆が手に取り、それぞれの願いを書きつける。
レイアはしげしげと紙を見つめる。
「この緑の紙もなかなか風流だな」
意外にも、ヒスイトウモロコシは実に美味だった。
レイアの言葉をなかなか信じず、愛梨は疑わしそうに遠目で見ていたが、いざ口にしたとたんレイアに同意したほどだ。
「うん、この紙とランタンとセットなら、尚のこと売れるのではないか?」
「そうだよね! お願い事を書くってなんだか素敵だもの」
「願い事か……なんか東方の祭で似たようなものを聞いたな。タナボタだったか……」
「それは七夕。ラッキーをお願いっていうのは、タナボタともちょっと似てるけど!」
愛梨が即座に訂正した。
「とにかく何かを書けばいいのだな」
レイアは考えこむ。
故郷を剣一本で飛び出してきた。そして今日まで生き延びてきた。
(うん、いつかハンターをやっていて、心から良かったと思える日が来るといいな)
そう思ってから、ふと気づいた。
(今はそうではないのか?)
辺りを見回す。邪神の脅威は過ぎ去り、人々は祭に興じるまでになった。
そしてすぐ傍には、肩を並べて祭を楽しむ大事な友がいる。出会いの奇跡とでも呼ぶべき幸福。
「……なるほど、私の願いはとうに叶っていたらしい……」
「え? 何か言った?」
顔を上げた愛梨の、きょとんとした顔に、レイアは思わず笑顔になる。
「いいや。……で、愛梨のほうは何を書いたのだ?」
「御願い事するなら、やっぱり私は彼氏が欲しいかなあ……」
「では私は、愛梨の願い事が叶うように祈ろう」
「なにそれ!」
愛梨はそう言いながら、もう一言を書き足した。
『目の前の男っ気の無い友人も含めて、みんなが幸せになれますように』
それは今が不幸せだということではなくて。
とてもささやかで、とても大それたお願いなのだった。
未悠はユメリアの手元を覗き込む。
「ユメリアは本当に器用よね」
「そうでしょうか?」
ユメリアは、ランタン用の紙に切り絵を施していた。
針で穴を開けたり、黒い紙を張って黒猫や音符を施したりと、個性的なランタンに子供達が歓声を上げる。
「でもこの紙、本当に綺麗ね。食べても結構おいしかったわ」
ヒスイトウモロコシは思い切って食べてみると、甘味も素晴らしく、絶品だったのだ。
「このランタン祭で有名になったら、手に入りにくくなるかもしれないわね」
一通りのランタンを作り終え、ユメリアと未悠は部屋に戻った。
未悠が自分のランタンに火を灯す。覆い紙には優しい文字が綴られていた。
『大切な人達がいつも笑顔でいられますように 愛しいこの日々がずっと続きますように』
優しい明りが優しい祈りを浮かび上がらせる。
ユメリアはとても穏やかな気持ちでしばらく眺めていた。
「ユメリアは? どんなお願い事をしたの?」
遠慮がちに尋ねる未悠に、ユメリアは微笑み返すと自分のランタンに火を入れた。
覆いから漏れた光が部屋にあふれ、星空を作り、花咲く小道を黒猫が楽しそうに歌いながら歩いていく。
「未悠にいつでも歌っていてほしい、ことでしょうか」
ユメリアの言葉に、未悠が思わず目を見張る。
「昔、未悠は歌う事を遠慮していたのに、一緒にいるようになってから歌うようになりましたね。あなたの歌は、私の唄です」
未悠は暫くランタンの作り出す世界を見つめていた。
いつしか、唇が歌を紡ぎ出す。歌と光が満ち、かけがえのない時間が流れていく。
愛しく、優しく、大切な時間。出会えた奇跡に想いを籠めて。
「緑の光がいっぱいね。まるで森の中にいるみたいだわ。……貴女はこれからの毎日を、こんな風に優しい緑に包まれて生きていくのね」
長く生きる為に、森に入ると決めたエルフのユメリア。
最愛の人と世界中を旅すると決めた未悠。
とても大切な友達だけど、これからは離れて過ごすことになる。
「エルフの宿命として森で過ごさなくてはならないとしても、見上げる星は同じもの。毎日どこかでつながっている」
ユメリアは歌うように呟いた。
離れていても、互いを思う気持ちは変わることはないだろう。
あなたは私に光をくれた。
あなたは私の心の故郷。
これからも、いつまでも。
くっつけた肩のぬくもりは、ずっと私を包み込む。
あなたの歌声は、ずっと私の耳に届く。
「ねぇ、ユメリア。明日はどこに行きましょうか? 貴女と行きたい所がたくさんあるのよ」
「未悠とならどこへだって。どんな場所だってあなたと一緒なら素敵な場所になります」
いつか互いが旅立つその日まで、幸せな思い出を重ねていきたいと願う。
祭の喧騒から少し離れた場所で、バイオリンの音色に気づいた者が顔を上げた。
愛おしむような、包み込むような音色だ。
ソナが小高い丘の上でランタンを灯し、バイオリンを奏でていたのだ。
子供たちの明るい声が、楽しい遊びを教えてくれた。
美味しい物、景色の綺麗な場所、村を見守る精霊のことも。
ソナは穏やかな心持になり、澄んだ空気に音色を響かせたいと思ったのだ。
緑の光が感極まったように震える。
ソナは祈る。
村がこれからも繁栄することを。
村の住人たちが健やかな日々を送ることを。
今日と変わらぬ日常が、喜びで満たされることを。
曲の区切りでバイオリンの手を休める。
眼下に広がる村では、星が瞬くようにいくつもの緑の光が灯っていた。
覆いの紙には様々な願い事が綴られているのだろう。
その一つ一つの願いが、全て空の星に届きますように。
「本当に素敵ですね。また訪れたいです」
次はまた、素敵な何かに出会えることを信じて。
来年も、その次も、人々の営みは続いていく。
大地は人々の訪れを待っている。
<了>
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